1223

播種性非定型抗酸菌症を合併した後天性免疫

不全症候群(AIDS)の2例

九州大学医学部総合診療部

岸原 康浩 中島 孝哉 貫名 英之

林 純 柏木征三郎

(平成5年7月26日 受付)

(平成5年8月30日 受理)

Key words: AIDS, Mycobacterium avium complex, Mycobacterium marinum

序 文

ヒト免疫不全 ウイルス(HIV)感 染症における

日和見感染で非定型抗酸菌感染症の報告は多い.

HIV感 染者では細胞性免疫が著 しく低下 した場

合,非 定型抗酸菌は全身に播種する傾向が強 く,

また薬剤抵抗性のためその治療 に困難なことが多

い1)2).非定型抗酸菌 の菌種 としてはその多 くが

Mycobacterium avium complex (MAC) で あ

り3)～5), そのほかには Mycobacterium kansasii6•E

Mycobacterium xenopi"•EMycobacterium

gordonae8)•EMycobacterium haemophilum9)•E

Mycobacterium fortuitum 10)などの菌がHIV感 染

に伴 った とす る報告が散見される.

今回我々は播種性非定型抗酸菌症を伴った後天

性免疫不全症候群(AIDS)の2症 例を経験した.

1例 は本邦で は未報告 のMycobacteiium mai-

inumの 感染であ り,も う1例 は著明な腹腔内 リ

ンパ節腫脹を伴ったMAC感 染で,共 に興味ある

症例 と考えられたので報告する.

症 例

症例1:43歳,男 性.

主訴:咳 漱 ・喀疾 ・食欲不振 ・体重減少.

既往歴:29歳,十 二指腸潰瘍手術,32歳,イ レ

ウスの手術を受 け,い ずれ も輸血 された.38歳

(1982年),血 友病Bと 診断.

家族歴:特 記事項なし.

生活歴:飲 酒は日本酒1日2合 を20年 間.喫 煙

は1日10本 を20年 間.

現病歴:1984年(40歳)に 抜歯および左膝打撲

の際に,乾 燥濃縮 ヒ ト血液凝固第9因 子製剤の投

与を受けた.1987年1月 より口腔内白斑が出現 し,

その後食欲不振 ・咳漱 ・喀疾が持続し体重減少も

認められたため3月 当科入院 となった.

入 院 時 現 症:身 長155cm,体 重45kg,体 温

36.7℃,脈 拍84/分,血 圧124/88.皮 膚は背部か ら

轡部にかけて皮疹が多数認められた.口 腔内に白

苔が多数認められた.顎 下 ・鎖骨上 ・ソケイ部に

1cm程 度の表在 リンパ節が各々数個触知 された.

胸部には異常所見はなかった.腹 部は平坦 ・軟で

肝を2横 指触知 した.神 経学的には異常所見はな

かった.

入院時検査所見(Table):血 計はほぼ正常で,

第IX因 子活性は4%と 著明に減少 し,APTTは 延

長していた.血 液生化学検査ではアルブ ミンの減

少と γグロブリンの増加がみられ,IgEの 著明な

増加を認めた.HIV抗 体は陽性で,CD4/CD8比 は

逆転 しCD4絶 対数も33/μLと 減少 していた.

入院後経過(Fig.1A):入 院後HIV感 染に対

して天然型 インターフェロン α300万 単位 と強力

ネオ ミノファーゲンC200mLの 併用療法を開始

したが,CD4数 は漸減していった.口 腔内カンジダ

別刷請求先:(〒812)福 岡市東区馬 出3丁 目1-1

九州大学医学部附属病院総合診療部

岸原 康浩

平成5年12月20日

1224 岸原 康浩 他

Table Laboratory findings on admission of case 1

and case 2

はAmphotericin Bシ ロ ッ プ投 与 に よ り改 善 し て

い っ た.喀 疾 と水 様 下 痢 を繰 り返 して い た が,8

月 に は胸 部X線 写 真 上,両 側 肺 門 リン パ 節 腫 大 が

認 め られ る よ うに な り,喀 疾 か らM. maiinumが

検 出 され た.9月 か ら11月 に か け て は39℃ 台 の発

熱 が 出 現 し,胸 部X線 写 真 上 び ま ん性 の粟 粒 影 が

増 強 し(Fig.2A)INH, ST合 剤,CAz等 を 併 用

投 与 した が 改 善 は み られ な か った.12月 中 旬 か ら

は 意 識 レベ ル 低 下 ・痙 攣 ・失 語 と中 枢 神 経 症 状 が

出 現 し,1988年1月12日 呼 吸不 全 に て死 亡 した.

剖 検 所 見:非 定 型 抗 酸-菌は両 肺 ・脾 ・骨 髄 ・肝 ・

Fig. 1A Clinical course of case 1

Fig. 1B Clinical course of case 2

副腎 ・リンパ節(両 肺門 ・気管分岐部 ・傍気管 ・

右鎖骨上窩 ・両側頸部 ・大動脈周囲 ・腸間膜)と

広範に播種 していた.

肺では気管支を中心 に抗酸菌に感染 した組織

球 ・上皮細胞の集積を認めたが,肉 芽腫は認め ら

れなかった.こ の所見は抗酸菌に感染 した他臓器

においても同様であった.中 枢神経系では白質は

楕円形の核を有する ミクログ リアか ら成 り,多 核

細胞を混 じる小結節の多発も見 られ,臨 床症状 と

合わせ,HIV脳 症の所見 と考えられた.

症例2:25歳,男 性.

主訴:発 熱 ・咳漱 ・胸痛.

既往歴:3歳,血 友病Aと 診断された.

家族歴:兄2人 が血友病AでHIV抗 体陽性.

生活歴:飲 酒は焼酎1日2杯,10年.喫 煙は1

日20本 を5年 間.

感染症学雑誌 第67巻 第12号

播種性非定型抗酸菌症 を合併 したAIDSの2例 1225

Fig. 2A Chest X-ray from case 1 shows diffuse

infiltration in the both lung fields. (one month

before his death.)

Fig. 2B Chest X-ray from case 2 shows the nodu-

lar shadow in the left S6. (ten days before his

death).

現 病 歴:幼 時 よ り関 節 痛 出現 時 に 乾 燥 濃 縮 ヒ ト

血 液 凝 固 第VIII因子 製 剤 を 注 射 して い た.1988年12

月 にHIV抗 体 陽 性 を 指 摘 さ れ,1989年11月 よ り

咽 頭 痛,12,月 よ り39℃ 台 の 発 熱 ・咳 漱 ・胸 痛 が 出

現 した た め 当 科 入 院 と な っ た.

入 院 時 現 症:身 長155cm,体 重44kg,体 温

38.2℃,脈 拍102/分,血 圧118/74.皮 膚 は 前 胸 部

を 中 心 に 色 素 沈 着 を 認 め た が,表 在 リンパ 節 を 触

知 し な か った.胸 部 は 異 常 な か った が腹 部 膨 満 が

Fig. 3 Macroscopic finding of the left lung.

軽 度 あ り,肝 臓 を3横 指 触 知 した.神 経 学 的 に は

異 常 は な か った.

入院 時 検 査 所 見(Table):白 血球 の減 少 が み ら

れ,第VIII因 子 活 性 は1.5%と 著 明 に減 少 し,APTT

の延 長 も認 め られ た.血 液 生 化 学 検 査 で はTran-

saminase値 が 上 昇 し,γ グ ロ ブ リン の増 加 が み ら

れ た.HIV抗 体 が 陽 性 で,CD4は 検 出不 能 で あ っ

た.ま たHCV抗 体 が 陽 性 でHCV-RNAも 陽 性

で あ った.胸 部X線 写 真 上 は 左S6に 結 節 影 が 認

め られ(Fig.2B),TBLBに てMACが 検 出 され

た.

入 院 後 経 過(Fig.1B):非 定 型 抗 酸 菌 感 染 に対

して,INH・CS・SM. RFP・EBの 多 剤 併 用 を 行 っ

た が,解 熱 傾 向 は な く咳 漱 も 改善 せ ず,胸 部X線

写 真 の 結 節 影 も改 善 しな か った.口 唇 ヘ ル ペ ス に

よ る潰 瘍 か らの 出 血 や 鼻 出 血 の た め 貧血 は 進 行 し

て い った.入 院 時 よ り腹 痛 ・腹 部 膨 満 感 が み られ

て いた が,腹 部 エ コー に よ り腸 間 膜 リンパ 節 ・傍

大 動 脈 リンパ 節 の 腫 脹 に よ る も の と判 明 した.

HCVに よ る肝 硬 変 の た め ア ル ブ ミン も低 下 し

6月 に は腹 水 の 貯 留 も認 め られ た、 非 定 型 抗 酸 菌

は 血 液 ・糞 便 中 か ら も検 出 され,菌 の 全 身 播 種 が

疑 お れ9月25日 死 亡 した.

剖 検 所 見:非 定 型 抗 酸 菌 に感 染 した 組織 球 の 集

積 を肺 で は胸 部X線 写 真 で 見 ら れ た 通 りS6を 中

心 に観 察 で き(Fig-3),そ の ほ か の臓 器 と して は

肝 ・脾 ・骨 髄 ・精 巣 ・食 道 ・胃 ・小 腸 ・大 腸 ・胆

嚢 ・ リン パ 節(後 腹 膜 ・腸 間 膜 ・膵 周 囲 ・気 管 分

岐 部 ・傍 気 管 ・肺 門 ・大 動 脈 周 囲)で 同 様 の 病 巣

平成5年12月20日

1226 岸原 康浩 他

が見られた.特 に脾 ・リンパ節 ・骨髄では正常組

織は破壊 されていた.肝 臓は甲型肝硬変の像を呈

していた.

考 察

今回報告 したAIDSの2症 例はいずれ も非定

型抗酸菌に感染し,さ らにその全身播種がみ られ

た.特 に症例2で は肺病変が軽度であったが,全

身播種は著明であった.

HIV感 染が報告 される以前の播種性MAC感

染 の報 告 は1985年 まで はわず かに37例 で あっ

た11).ア メ リカのCDCの 報告によればHIV感 染

者の5.5%に 非定型抗酸菌症が見 られその多 くに

全身播種があるとされている5).そ の原因 として

HIV感 染者で著者 らの症例 のよ うにCD4陽 性T

リンパ球の減少した時期には細胞性免疫が低下 し

ているために抗酸菌に感染 した場合,肉 芽腫や空

洞を形成 しないこと12),またHIV感 染によりマク

ロファージ内のMACの 増殖が促進 されるとい う

ことが考えられる13).

症例1で 検出されたM. maiinumは 海水・淡水

魚(特 に熱帯魚)に 生息する菌で,ヒ トには水中

で感染 し皮膚に肉芽腫を作る皮膚感染症とされて

いる14).全 身に播種する形式は腎移植後に発生 し

た1例 のみで15),HIV感 染に伴った場合は我々が

検索 したかぎりでは報告が見られなかった.本 症

例では感染の診断は入院5ヵ 月後であ り菌の侵入

門戸は不明であった.入 院時に皮疹が多数見 られ

ていたことより,入 院時には既に皮膚に感染 して

いた可能性も考えられるが,カ ンジダ感染等も否

定できず皮膚生検が行われていないこともあ り確

定はできない.

症例2で は著明な腹腔内 リンパ節腫脹が見 ら

れ,悪 性 リンパ腫 との鑑別が問題 となった.し か

し本例ではTBLB以 外にも便や,播 種の診断に最

も有効 とされている血液からMACが 検出されて

いた こと16),また骨 由来ALP上 昇が見 られてい

たことより腸管 ・骨髄へのMACの 播種が考えら

れていた.非 定型抗酸菌感染の際の腹腔内 リンパ

節腫脹の程度について記載 した文献は少ないが,

HIV感 染 に結核菌感染を合併 し巨大 な腹腔内 リ

ンパ節腫脹を認めた症例の報告がある17).HIV感

染者で リンパ節腫脹を伴 っている場合には,HIV

の浸潤や悪性 リンパ腫の発症を疑わなければなら

ないが,本 症例のように肺病変が軽度でも リンパ

節腫脹 に対 して抗酸菌感染症も鑑別診断の一つに

挙げる必要があると思われる.

以上全身に播種 した非定型抗酸菌症を合併 した

後天性免疫不全症候群(AIDS)の2症 例について

報告 した.

文 献

1) Kiehn, T. E., Edwards, F. F., Branson, P.,Tsang,A. Y., Gold, J. M. W., Whimbey, E., Wong, B.,

McClatchy, J. K. & Armstrong, D.: Infectionscaused by Mycobacterium avium complexin im-munocompromised patients. J. Clin. Microbiol.,21: 168-173, 1985.

2) Young, L. S., Inderlied, C. B., Berlin, O. G. &Gottlieb, M. S.: Mycobacterial infections inAIDS patients, with an emphasis on theMycobacterium avium complex. Rev. Infect. Dis.,

8: 1024-1033, 1986.3) Tenholder, M. F., Moser, R. J. & Tellis, C. J.:

Mycobacteria other than tuberculousis. Arch.Intern. Med., 148: 953-955, 1988.

4) Mac Donell, K. B. & Glassroth, J.: Mycobacter-ium avium complex and other nontuberculousmycobacteria in patients with HIV infection.

Semi. Respir. Infect., 4 (2): 123-132, 1989.5) Horsburgh, C. R. Jr.: Mycobacterium avium

complex infection in the acquired immuno-

deficiency syndrome. N. Engl. J. Med., 324:1332-1338, 1991.

6) Sherer, R., Sable, R., Sonnenberg, M., Cooper,S., Spencer, P., Schwimmer, S., Kock a, F.,Muthuswamy, P.& Kallick, C.: Disseminatedinfection with Mycobacterium kansasii in the

acquired immunodeficiency syndrome. Ann.Intern. Med., 105: 710-712, 1986.

7) Damsker, B., Bottone, E. J. & Deligdisch, L.:

Mycobacterium xenopi, infection in an im-munocompromised host. Hum. Pathol., 13: 866-870 , 1982.

8) Chan, J., McKitrick, J. C. & Klein, R. S.:Mycobacterium gordonae in the acquiredimmunodeficiency syndrome. [Letter] Ann.Intern. Med., 100: 461-462, 1984.

9) Rogers, P.L., Walker, R. E., Lane, H. C., Witebs-ky, F. G., Kovacs, J. A., Parrillo, J. E. & Masur,H.: Disseminated Mycobacterium haemo-

philum infection in two patients with theacquired immunodeficiency syndrome. Am. J.

感染症学雑誌 第67巻 第12号

播種性非定型抗酸菌症を合併 したAIDSの2例 1227

Med., 84: 640-642, 1988.10) Sack, J. B.: Disseminated infections due to

Mycobacterium fortuitum in a patient with

AIDS. Rev. Infect. Dis., 12 (5): 961-963, 1990.11) Horsburgh, C. R., Mason, U. G., Farhi, D. C. &

Iseman, M. D.: Disseminated infection withMycobacterium avium-intracellulare. Medicine

(Baltimore), 64: 36-48, 1985.12) Hopwewll, P.C. & Luce, J.: Pulmonary

involvement in the acquired immunodeficiencysyndrome. Chest, 87: 104-112, 1985.

13) Kallenius, G., Koivula, T., Rydgard, K. J.,Hoffner, S. E., Valentin, A., Asjo, B., Ljungh, C.,Sharma, U. & Svenson, S. B.: Humanimmunodeficiency virus type 1 enhances

intracellular growth of Mycobacterium avium inhuman macrophages. Infect. Immunity, 60 (6):

2453-2458, 1992.

14) Linell, F. & Norden, A.: A new acid-fast

bacillus occuring in swimming pools and capa-

ble of producing skin lesions in humans. Acta

Tuberc. Scand. Suppl., 33: 1-84, 1954.

15) Gombart, M. E., Goldstein, E. J. C. & Corrado, M.

L.: Disseminated Mycobacterium marinum

infection after renal transplantation. Ann.

Intern. Med., 94: 486-487, 1981.

16) Wallace, J. M., et al.: Mycobacterium avium

complex infection in patients with acquired

immune deficiency sybdrome. Chest, 93: 926-932

, 1988.

17) 菊 池 嘉, 岡 慎一, 後 藤美 江 子, 後藤 元, 木

村 哲, 三 田村 圭 二, 島 田 馨: 腹 腔 内 リンパ 節

腫 脹 を 伴 ったAIDS結 核 症 の1例. 感 染 症誌, 65:

888-892, 1991.

Two Cases of Acquired Immunodeficiency Syndrome with Disseminated

Non-Tuberculous Mycobacterial Infection

Yasuhiro KISHIHARA, Koya NAKASHIMA, Hideyuki NUKINA,

Jun HAYASHI & Seizaburo KASHIWAGIThe Department of General Medicine, Kyusyu University Hospital

Two cases of Acquired Immune Deficiency Syndrome (AIDS) with disseminated non-tuberculousmycobacterial infection are reported. Both patients had hemophilia and were infected with HumanImmunodeficiency Virus type 1 (HIV) by antihemophilic factor infusion. In case 1, a 44-year-old male,Mycobacterium marinum, which ordinarily causes cutaneous infection, was isolated from sputumbefore death and from the lung, spleen, bone marrow, liver and lymph node at autopsy. This is the firstreport of disseminated M. marinum infection with AIDS. In case 2, a 25-year-old male, Mycobacteriumavium complex, which is the most common strain in non-tuberculous mycobacterial infection among

patients with HIV, was isolated from the lung by TBLB and at autopsy from the lung, liver, spleen,bone marrow, lymph node, stomach, small intestine and testis. He also had a giant intraabdominallymphadenopathy, associated with the M. avium complex infiltration. In conclusion, non-tuberculousmycobacteria can be easily disseminated in patients with AIDS because of dysfunction of cellularimmunity, even when their primary lesions are not severe.

平成5年12月20日