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岡山医学会雑誌 第118巻September2006,pp.13H37 特集 ア レル ギー疾患の現状 と治療 眼科領域のアレルギー性疾患とアトピー性皮膚炎の眼合併症 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 眼科学 キ ー ワ ー ド:ア レル ギ ー 性 結 膜 炎,春 季 カ タ ル,巨 大 乳 頭 結 膜 炎,ア トピ ー性 皮 膚 炎,ア トピー性網膜剥離 ア トピ ー 性 白 内 障 ア レ ル ギ ー 反 応 の4型,1型(lgE依 存 型 反 応),1 型(細 胞 障 害型 反応),皿 型(免 疫 複 合 体 型 反 応),W 型(細 胞 免 疫型 反応)を 眼 科 疾 患 に 当 て は め る と,1 型 は ア レ ル ギ ー 性 結 膜 疾 患,Ir型 は眼類天庖瘡やモー レ ン(Mooren)角 膜 潰 瘍 な ど の 自 己 免 疫 疾 患,III型 ぶ ど う 球 菌 ア レ ル ギ ー に よ る 周 辺 部 角 膜 浸 潤,IV型 角 膜 や 結 膜 ブ リ ク テ ン,接 触 性 皮 膚 炎 に よ る 眼 瞼 炎, と な る.そ の 他,ア レ ル ギ ー 関 連 疾 患 と して,ア トピ ー性皮膚炎がある .ア ト ピ ー 性 皮 膚 炎 は,小 児期の疾 患 で あ り,通 常,皮 膚 は乾 燥 してい る.し か し 日本 で は,思 春 期 か ら青 年 期,さ ら に は 成 人 に な っ て か ら発 症 す る 型 が あ る.こ の型 は,顔 面 にお こることが多 く, しか も皮 膚 は乾 燥 して お らず,湿 潤 して い る.ア トピ ー性白内障は ,顔 面,特 に 眼 瞼 に 皮 膚 炎 が あ る場 合 に 見 られ る.問 診 す る と,特 に就 寝 時 に眼 瞼 をた た く癖 が あ る.ア トピ ー 性 網 膜 剥 離 は,通 常,白 内障がある 眼 に起 こ って い る.硝 子 体 手 術 を 行 う と,硝 子体基底 部 の 綿 状 の き た な い 混 濁 が み ら れ,そ の 近 辺 に鋸 状 縁 断 裂,毛 様 体 無 色 素 上 皮 剥 離 や 上 皮 裂 孔 が あ る.一 方, ア トピ ー 性 白 内 障 が あ る 眼 で は,前 房水中のフレア値 (蛋 白濃 度)が 上 昇 し て い る.以 上 の 事 実 か ら,ア ピ ー 性 皮 膚 炎 の 炎 症 が 前 眼 部 に 波 及 し,そ れ に眼瞼 を た た く と い う外 傷 が 加 わ っ て 白 内 障 や 網 膜 剥 離 が お こ る と 考 え ら れ る. 眼科領域におけるアレルギー性疾患 ア レ ル ギ ー と は な ん で あ ろ う か.外 来 の 異 物(抗 原) か ら生 体 を守 る免 疫 反応 は,本 来は生体にとって無害 の は ず で あ る が,生 体にとって有害になった場合をア レル ギ ー と呼 ぶ と定 義 で き る.免 疫反応が過度に起こ っ て,「 過 敏 反 応 」に な っ た 状 態 と も言 え る.ア レル ギ ーは ,4型 に 分 類 さ れ る.I型(IgE依 存 型 反 応),H 型(細 胞 障 害 型 反 応),皿 型(免 疫 複 合 体 型 反 応),IV 型(細 胞 免 疫 型 反 応)で あ る. こ の ア レ ル ギ ー の4型 を 眼 科 疾 患 に 当 て は め る と, 1型 は ア レ ル ギ ー 性 結 膜 疾 患,II型 は眼類天庖瘡やモ ー レ ン(Mooren)角 膜 潰 瘍 な どの 自 己 免 疫 疾 患 ,III型 は ぶ ど う球 菌 ア レ ル ギ ー に よ る周 辺 部 角 膜 浸 潤,IV型 は 角 膜 や 結 膜 ブ リ ク テ ン,接 触 性 皮 膚 炎 に よ る 眼 瞼 炎, と な る.し か し,こ の よ う に単 純 に割 り切 れ ない こ と もあ り,た と え ば,モ ー レ ン角 膜 潰 瘍 は,皿 型反応 と も考 え ら れ て い る.ま た,ア レルギー疾患 と自己免疫 疾患 との境界 も線引 きが難 しい. ア レル ギ ー 性 結 膜 疾 患 と は 「ア レル ギ ー性 結 膜 疾 患診 療 ガ イ ドラ イ ン」 が2006 年 に策 定 され,日 本 眼 科 学 会 雑 誌 に掲 載 さ れ て い る1). そ れ に よ る と,ア レル ギ ー 性 結 膜 疾 患 と は,1型 アレ ル ギ ー が 関 与 す る 結 膜 の 炎 症 性 疾 患 で,何 らかの自他 覚症状 を伴 うものであ る.つ ま り,結 膜の炎症性変化 で あ る他 覚 所 見 と,か ゆ み,め や に,ご ろ ご ろ す る, なみだ目などの自覚症状の両方がないとアレルギー性 結 膜 疾 患 と は 診 断 で き な い.ま た,1型 ア レル ギー 反 応 が 関 与 し て い る 結 膜 疾 患 で あ れ ば,他 の型のアレル ギ ー 反 応 が 混 在 して い て も か ま わ な い. アレルギー性結膜疾患の頻度は正確な疫学調査がな さ れ て い な い の で 不 明 で あ る が,推 計では日本の人口 の15~20%で あ る. 平 成18年6月 受理 〒700-8558岡 山 市 鹿 田 町2-5-1 電 話:086-235-7297FAX:086-222-5059 E-mail:[email protected] 131

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岡 山医学 会雑 誌 第118巻September2006,pp.13H37

特 集

特集 アレルギー疾患の現状と治療

眼科領域のアレルギー性疾患 とア トピー性皮膚炎の眼合併症

松 尾 俊 彦

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 眼科学

キー ワ ー ド:ア レル ギー性結 膜 炎,春 季 カ タル,巨 大乳 頭結 膜 炎,ア トピー性 皮膚 炎,ア トピー性網 膜剥 離 ア トピー性 白内 障

要 約

アレル ギー反応 の4型,1型(lgE依 存型反応),1

型(細 胞 障害型 反応),皿 型(免 疫複合体 型反応),W

型(細 胞免 疫型 反応)を 眼科疾患 に当て はめ ると,1

型 はアレルギー性結膜疾患,Ir型 は眼類 天庖瘡 やモー

レン(Mooren)角 膜潰瘍 などの 自己免疫疾患,III型 は

ぶ どう球菌 アレルギーに よる周辺部角膜浸潤,IV型 は

角膜や結膜 ブリクテ ン,接 触性皮膚炎 による眼瞼炎,

となる.そ の他,ア レルギー関連疾患 と して,ア トピ

ー性皮膚 炎があ る.ア トピー性皮膚炎 は,小 児期 の疾

患であ り,通 常,皮 膚 は乾燥 してい る.し か し日本 で

は,思 春期 か ら青年期,さ らには成人 になってか ら発

症す る型があ る.こ の型 は,顔 面 にお こることが多 く,

しか も皮膚 は乾燥 してお らず,湿 潤 してい る.ア トピ

ー性 白内障 は,顔 面,特 に眼瞼 に皮膚炎があ る場合 に

見 られ る.問 診 する と,特 に就寝時 に眼瞼 をたた く癖

があ る.ア トピー性網膜剥離 は,通 常,白 内障がある

眼 に起 こってい る.硝 子体手術 を行 うと,硝 子体基底

部の綿状 の きた ない混濁 がみ られ,そ の近辺 に鋸状縁

断裂,毛 様体無色素上皮剥離や上皮裂孔が ある.一 方,

ア トピー性 白内障がある眼 では,前 房水 中の フレア値

(蛋 白濃 度)が 上昇 している.以 上の事 実か ら,ア ト

ピー性皮膚炎 の炎症 が前眼部 に波及 し,そ れ に眼瞼 を

たた くとい う外傷 が加 わって白内障や網膜剥離 がおこ

ると考 えられる.

眼科領域 におけるア レルギー性 疾患

アレルギー とはなんであろうか.外 来 の異物(抗 原)

か ら生体 を守 る免疫反応 は,本 来は生体 に とって無害

の はずであるが,生 体 にとって有害 になった場合 をア

レルギー と呼 ぶ と定義で きる.免 疫反応が過度 に起 こ

って,「 過敏反応」になった状態 とも言 える.ア レル ギ

ーは,4型 に分類 され る.I型(IgE依 存型反応),H

型(細 胞 障害型反応),皿 型(免 疫複合体型反応),IV

型(細 胞免疫型反応)で あ る.

この アレルギーの4型 を眼科疾患 に当てはめる と,

1型 はアレルギー性結膜疾患,II型 は眼類天庖瘡やモ

ーレン(Mooren)角 膜潰瘍 な どの 自己免 疫疾患 ,III型

はぶ どう球菌 ア レルギーによる周辺部角膜浸潤,IV型

は角膜 や結膜 ブ リクテン,接 触性皮膚炎 に よる眼瞼炎,

となる.し か し,こ のように単純 に割 り切 れない こと

もあ り,た とえば,モ ーレン角膜潰瘍 は,皿 型反応 と

も考 えられている.ま た,ア レルギー疾患 と自己免疫

疾患 との境界 も線引 きが難 しい.

ア レル ギー性結膜疾患とは

「アレルギー性結膜疾患診療 ガイ ドライ ン」が2006

年 に策定 され,日 本眼科学会雑 誌 に掲載 されている1).

それ による と,ア レル ギー性結膜疾患 とは,1型 ア レ

ルギーが関与す る結膜の炎症性疾患 で,何 らかの自他

覚症状 を伴 うものであ る.つ ま り,結 膜 の炎症性変化

であ る他覚所見 と,か ゆみ,め やに,ご ろごろす る,

なみだ 目な どの自覚症状 の両方 がない とア レルギー性

結膜疾患 とは診断で きない.ま た,1型 ア レル ギー反

応 が関与 している結膜疾患 であれば,他 の型の アレル

ギー反応 が混在 していて もか まわない.

ア レルギー性結膜疾患 の頻度 は正確 な疫学調査 が な

されていない ので不 明であるが,推 計 では日本の人口

の15~20%で あ る.平 成18年6月 受 理

〒700-8558岡 山市 鹿 田 町2-5-1

電 話:086-235-7297FAX:086-222-5059

E-mail:[email protected]

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ア レルギー性結膜疾患 の分類

ア レル ギー性結膜疾患 は,結 膜 の増殖性変化の有無,

ア トピー性皮膚炎の合併 の有無 に基づ いて,4つ に分

類 さ れ る.1)ア レ ル ギ ー 性 結 膜 炎(allergic

conjunctivitis),2)ア トピ ー 性 角 結 膜 炎(atopic

keratoconjunctivitis),3)春 季 カ タ ル(vernal

keratoconjunctivitis),4)巨 大 乳 頭 結 膜 炎(giant

papillary conjunctivitis)で ある.1)の ア レル ギー性

結膜炎 は,さ らに,季 節性(seasonal)ア レルギー性

結膜炎 と通年性(perennia1)ア レルギー性結膜炎 に分

かれ る.花 粉 症の ように花粉 に よって引 き起 こされ,

症状 に季 節性 があ るの を季節性 ア レルギー性結膜炎 と

呼 び,症 状 が1年 中み られ るの を通年性 ア レルギー性

結膜炎 と呼ぶ.

結膜の増殖 変化 が見 られ るのが,春 季 カタル と巨大

乳頭結膜炎であ る.結 膜 の増殖変化 で一番 よ くみ られ

るの は,上 眼瞼結膜,つ ま り,上 眼瞼 を翻転 してその

裏面 を見 た ときにわか る結 膜上皮 の乳頭 増殖 で ある

(図1).春 季 カタルでは,上 眼瞼 の結膜乳頭増殖 が接

す る角膜 に病変が同時 にみ られる場合 も多い.角 膜病

変 としては,点 状 表層角膜症,角 膜上皮 び らん,角 膜

上皮欠損,角 膜 潰瘍,角 膜 プ ラーク(角 膜浸潤病巣)

がみ られ る(図2).ア レルギー性結膜炎 に結膜上皮 の

増殖変化が加 わったのが春季 カ タルで,当 然,春 季 カ

タル に も季 節性 の もの と通年性 の もの とが あ る(図

1).ア トピー性 皮膚炎 に併発 するア トピー性角結膜炎

で も結膜乳頭 増殖 をきたす場合 がある.

巨大乳頭結膜 炎 は,コ ンタク トレンズ装用,義 眼装

用,手 術 縫合 糸の露出 によって機械 的刺激が上眼瞼結

膜 に加 わ り,結 膜 上皮 の乳頭増殖 をおこ した状態 であ

る.コ ンタク トレンズ による場合が多 く,コ ンタク ト

レンズ装用 によって,角 膜 は結膜病変か ら保護 されて

いるため,春 季 カタルの ように角膜病変 はみ られない.

ア レルギー性結膜疾患 の治療

ア レルギー性結膜 炎で は,抗 ア レルギー薬の点眼 を

使 う.結 膜 の増殖変化 がみ られる春季 カタルや巨大乳

頭結膜炎 では,ス テ ロイ ド薬点眼が必要 である.春 季

カタルにおい てス テロイ ド薬の点眼で効果が ない場合

には,シ クロスポ リンの点眼 を使 う.今 までは,シ ク

ロスポ リン内服薬 を 「ひま し油」 などの油性基剤 に溶

か して 自家調整 していたが,2006年1月,0.1%シ クロ

スポリン点眼液(パ ピロックミニ,参 天製薬)が 発売

された.

抗原を除去 し,過 剰な刺激を与 えないよう注意する

ことも重要である.コ ンタク トレンズが原因の巨大乳

頭結膜炎では,当 然なが らコンタクトレンズの使用を

中止する.花 粉症によるアレルギー性結膜炎では,防

護めがねを使用することもある.戸 外から帰った時に

は,眼 の周囲の花粉を洗眼によって除去する.ま た,

掻いたりする機械的刺激を加えるとさらに悪化するの

で,掻 痒時には冷たい水で眼のまわ りを洗い,抗 アレ

ルギー薬を点眼し,冷 凍庫などで冷やした冷たいタオ

ルで眼を覆ってしばらく待つよう指導する.

モーレン角膜潰瘍(蚕 食性角膜潰瘍)

角膜周囲の結膜充血 と周辺部角膜への白色浸潤で始

まる.そ のうち,周 辺部角膜の深 く幅広い潰瘍へ と進

行 し,場 合によっては角膜穿孔をきたす(図3).中 高

年の女性に多 く,片 眼性 または両眼性(図4)で ある.

角結膜組織 に対する自己免疫疾患 と考えられてお り,

H型 の細胞障害型反応 と皿型の免疫複合体型反応が関

与 していると推測 されている.ス テロイ ド薬の点眼を

処方する.難 治性である場合が多 く,ス テロイ ド薬の

内服(プ レドニゾロン1日30mgか ら漸減)ま たは点滴

(プ レドニゾロン1日200mgか ら漸減)を 併用する.ス

テロイ ド薬が効かない時には,角 膜潰瘍に沿った炎症

結膜を切除することもある(図3).

眼類天庖瘡

類天庖瘡は表皮下に水庖 を形成する疾患で,粘 膜を

侵す 「疲痕性」類天庖瘡 と皮膚 に緊満性水庖をきたす

「水庖性」類天庖瘡 とに分類 される.結 膜を侵すのが

眼類天庖瘡である.ヘ ミデスモゾームの構成蛋白に対

する自己抗体が産生され,基 底膜 にIgGが 沈着するIr

型の反応である.慢 性結膜炎,結 膜の瘢痕化,結 膜瞼

球癒着,角 膜上皮障害や角化がみられる.

周辺部角膜浸潤

角膜輪部血管から滲みだしたように角膜実質の白色

混濁が周辺部角膜にみられる(図5).角 膜全周に及ぶ

場合,部 分的である場合,片 眼性,両 眼性 と様々であ

る.白 色の実質浸潤が,時 間の経過とともに角膜上皮

障害,角 膜潰瘍へ と進展する.眼 瞼や結膜に常在する

ぶどう球菌が産生する外毒素が抗原となって,抗 原抗

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眼 科領域 のア レルギー疾患 の臨床 像:松 尾 俊彦

図1  13歳 男性 の両眼(左:右 眼,右:左 眼).両 眼性 の 通年

性 春季 カ タルで見 られ た1二眼瞼結 膜 の乳頭 増殖(上).

1982年 当時 の治 療 と して,増 殖 した結 膜乳頭 を切 除 した.

病 理所 見 では,好 酸 球 の浸潤 が み られ る(下).現 在 で は,

シ クロ スポ リ ン点眼(パ ピロ ッ ク ミニ,参 天製 薬)な ど

が処方 で きるので,乳 頭 切 除 はあ ま り行 わ ない.

図2  23歳 女性 の右 眼.春 季 カ タルで

見 られ た上眼 瞼結 膜 の乳頭増 殖

(上)と 角膜 プ ラー ク(下).

1986年 当時,角 膜 プ ラー ク を切

除 した.

図4  63歳 男 性 の両 眼.モ ー レ ン(蚕 食性)角 膜 潰瘍(左:右

眼,右:左 眼).全 身 的 には異常 はない.ス テ ロイ ド薬

の点 眼 と内服(リ ンデロ ンA点 眼 とプ レ ドニ ン1日6錠

か らの漸 減)で よ くなっ た.

図3  55歳 男性 の右 眼.モ ー レン(蚕 食性)角 膜潰 瘍(上).

II型(細 胞障 害型 反応)と 皿型(免 疫 複 合体 型 反応)の

ア レルギー 反応 が混 ざ ってい る と考 え られ てい る.治 療

と して 角膜潰 瘍 に沿 った結 膜 を切 除 し(中),治 癒 した

(下).

図5  65歳 男性 の 右眼.ぶ どう球 菌 に対 す るア レルギー に よる

と考 え られ る周辺 部 角膜浸 潤.ぶ どう球 菌 が産生 す る外

毒 素 を抗 原 とす る抗 原抗 体反応 に よって免疫 複 合体 が形

成 され るIII型ア レルギー 反応 であ る.ス テロ イ ド薬 点眼

に よ く反応 して治 る.

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体反応 に よって免疫複合体 を形成 してお こる皿型 アレ

ルギー反応 である.ス テ ロイ ド薬 の点眼 で よくなる.

結膜炎,眼 瞼炎,マ イボーム腺炎 を合併 してい る場合

があ り,そ の際 には抗生物質の点眼 を併用す る.

結膜 ブリクテ ン ・角膜ブ リクテン

結膜 の角膜輪部近 くにで きる結膜 の結節 を 「ブ リク

テ ン」 と呼 ぶ.結 節 の中央が上皮び らんや潰瘍 になる

場合 もあ り,「 ブ リクテ ン結膜炎」 と呼ぶ(図6).角

膜 に病変 が広 がれば,「 角膜 ブリクテ ン」「ブリクテ ン

角膜炎」 と呼 ぶ.ぶ どう球菌,真 菌,ク ラミジア,結

核菌 な どに対 するIV型 ア レルギー反応 である.第 二次

大戦 以前 は結核菌 に対す るア レルギー反応 でお こる結

膜 ・角膜 ブリクテ ンが多 かったが,最 近 は,ぶ どう球

菌 に対 す るア レルギー反応 でおこる場合 が多 い と考 え

られ る.

症状 としては,異 物感,充 血 を きたす.ス テ ロイ ド

薬の点眼 によ く反応 する.ぶ どう球菌性 の眼瞼炎 を合

併す ることもあ り,そ の際には抗生物質の点眼 を併用

す る.

ア レル ギー性 の接触性眼瞼皮膚炎

急性期 に は眼 瞼 に紅 斑,浮 腫,掻 痒 感が あ り(図

7),丘 疹,小 水庖,び らんが混在す る場合 もある.慢

性期 には,色 素沈着 をきたす.原 因 としては,常 用 し

てい る点眼液,化 粧品,外 用薬が挙 げ られる.治 療 は,

原因 と考 えられ るもの を中止 し,ス テロイ ド薬軟膏 を

塗布す る.IV型 の細胞免疫型 のア レルギー反応 によっ

てお こる薬疹であ る.こ のア レルギー反応 に,日 光に

よる光毒性 が加 わって病態 が完 成 してい る場合 もあ

る.

眼科 領域の薬物 ア レル ギ.

上述 の点眼液 などによる接触性皮膚炎(図7)の 他,

有名 な疾患 としては,薬 物 アレルギーに よるStevens-

Johnson症 候群 でみ られ る眼表面 の粘膜病変があ る.

結膜 の充血,結 膜上皮 び らん ・潰瘍,角 膜 び らん ・潰

瘍 をきたす.重 症 の場合 には,周 辺部角膜 に存在す る

角膜上皮 の幹細胞が障害 され,角 膜上皮 がで きな くな

り,か わ りに血管 を伴 う結膜上皮が角膜 を覆 って しま

い,失 明する.

膠原病 な どの基礎疾患 がある と,非 ステ ロイ ド性消

炎剤 や抗生物 質な どの内服薬 の副作用 によって,急 激

な角膜融解 をお こし,角 膜穿孔 に至 ることも稀 にある

(図8)2).こ の場合,1[型 の細胞 障害型 か皿型 の免疫

複合体型 の薬物 アレルギー と考 えられ る.

ア トピー性皮膚炎の 日本 における特殊事情

ある時,ア トピー性 白内障や網膜剥離 は,日 本 で多

い ことに気がついた.こ れは,ア トピー性皮膚炎 自体

が 日本 で多 いためである.欧 米 の常識か らす ると,ア

トピー性皮膚炎 は小児期 の疾患 であ り,四 肢 の屈側 や

体幹 に よく見 られ る.し か し,日 本で は,思 春期 か ら

青年期 におこるア トピー性皮膚炎が よ く見 られ る.つ

ま りア トピー性皮膚炎の発症 には,小 児期 と思春期 か

ら青年期 の二峰性があ ることになる.特 異 なことに,

20~40歳 の成人 で も,ア トピー性皮膚炎 はみ られ る.

小児期 にみ られるア トピー性皮膚炎 では,通 常,皮 膚

は乾燥 している.し か し,日 本人 に多い,年 齢 が進ん

だ層でみ られるア トピー性皮膚炎 では,皮 膚 は湿潤 し

てい ることが多 く,し か も眼瞼 を含 んだ顔面,項 部,

頚部 によ く見 られる.白 内障や網膜剥離 は,こ の よう

な顔面湿潤型 のア トピー性皮膚炎 に よく合併す る.

この ようなア トピー性皮膚炎 の特殊性 は,白 人 と東

洋人 とい う人種差 と最初 の頃は思 っていたが,実 はそ

うで はなかった.同 じような人種 であるはず の台湾や

韓国で は,日 本 の ようにア トピー性皮膚炎が多 くない.

そこで考 えられる理 由が,環 境 因子 である.一 つ は,

「だに」がいるカーペ ッ トや身近 な環境汚染が原因 と

なってい るとす る説であ る.も う一 つは,民 間療法の

流布であ る.ス テロイ ド薬使用 が悪者 に され,顔 面 に

塗 る様々な民 間薬が売 られてい る.民 間療法が,少 な

くともア トピー性皮膚炎の悪化 因子 になっているの は

間違い ない.こ の ような民間療法 の害 に対 して,日 本

皮膚科学会 は勧告 を出 してい る.最 近 は,ス テロイ ド

軟膏 の他 に,免 疫抑制剤FK506(一 般 名:タ クロ リム

ス,商 品名:プ ロ トピック軟膏)が でて,顔 面型 の治

療 に効 を奏 している.そ れ とともに,眼 合併症 は減 っ

て きてい る印象 がある.

湿潤 型 のア トピー性皮 膚炎 の皮 膚 に は,MRSAや

MRSEが 常在 菌 と して存在 す る こ とが よ く知 られ て

い る3).こ の ことが,ア トピー性皮膚炎 での網膜剥離

手術 では,バ ックル感染 が多 い理 由であ る4,5).

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眼科領域のアレルギー疾患の臨床像:松 尾俊彦

図6  65歳 女 性 の右 眼.ブ リクテ ン結膜 炎.角 膜 耳側 の結 膜 に

隆起病 変 がで き,そ の 中央 が潰瘍 にな り,ま わ りは充血

が強 い.IV型(細 胞 免疫 型 反応)ア レル ギー反 応 であ る.

図771歳 女性 の右 眼.市 販 点眼 液 ア レルギ ー によ る眼瞼 の接

触性 皮膚 炎.紅 斑,浮 腫,丘 疹 が み られ,か ゆ い.IV型

(細胞免 疫型 反応)ア レルギ ー反応 で あ る.

図8  79歳 女 性 の右 眼.関 節 リウマチ の経過 中に生 じた周 辺部 角膜 潰瘍 によ る角膜 穿 孔(左).内 服 薬バ フ ァリ ン81の 副作 用 であ る可

能 性 が高 い.角 膜穿孔 に対 して ソフ トコ ンタク トレンズ を装 用 し,バ フ ァ リンを中止 す る と,角 膜潰 瘍 は無治療 にて軽快 して い っ

た(右).薬 物 ア レル ギー の一種 で,II型(細 胞 障 害型)かIII型(免 疫 複合 体型)反 応 であ る.

図918歳 男性 の右 眼.ア トピー性 皮膚 炎 に合併 す る白 内障 と

網 膜剥 離.水 晶体 の前 嚢 混濁 が み られ(左),極 大散 瞳

下 で の ゴー ル ドマ ン三面 鏡 に よる観察 で毛様 体 雛襲 部 の

無 色素 上皮 裂孔 が み られる(右).網 膜剥離 はバ ック ル

手 術 にて治 った.

図1016歳 男性 の右 眼.ア トピー性 網 膜剥 離の 鋸状縁 近 辺 の硝

子体 混濁 と網 膜 の皺襞.硝 子体 手術 中の ビデオ写真.ア

トピー性 皮膚 炎 の炎症 が硝 子体 基底 部 に波及 して,こ の

ような硝 子体 混濁 を きた し,そ の結果,鋸 状縁 断 裂や 毛

様体 無色 素上 皮裂孔 を生 じる と考 え られ る.

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ア トピー性皮膚炎でみられる白内障(ア トピー性白内

障)

ア トピー性 白内障 では,水 晶体 の前嚢下混濁 と後嚢

下混濁 が見 られる(図9).も ちろん,進 行す る と成熟

白内障 になる.ま た,水 晶体 が亜脱 臼 しているこ とが

多 い.極 大散瞳す る と,少 し疎 らになった耳側 の毛様

小帯 と水 晶体 の赤道部が見 える.水 晶体 はなぜ かこの

よ うに鼻側 に偏位 している とい う印象 がある.偏 位 は

しているが,水 晶体振盪 はみ られ ない.白 内障手術 の

際に も,水 晶体前嚢切 開や皮質 ・核 吸引(年 齢が低い

ので,超 音 波乳化 吸引は必要 ない)は 問題 な くで きる.

ただ し,残 した水晶体嚢 は,や は り偏位 したままで,

挿入 した眼 内 レンズ もずれ てい る.対 策 として,挿 入

する眼 内 レンズ は,ハ プテ ィクス(眼 内 レンズ 支持部)

を含 めた長径が で きるだけ大 き く,ハ プテ ィクスのル

ープが しっか りした ものを選び ,嚢 内の上下方向 にハ

プテ ィクスを固定 してい る.水 晶体嚢 が術後 に収縮 し

て,そ の結果,毛 様小帯が毛様一体上皮 を引 っ張 って毛

様体上皮裂孔が で きる との報告 もあ り,長 径 の大 きな

眼 内 レンズ を嚢 内で水 平方向 に固定 し,水 晶体嚢 の収

縮 に拮抗 させ る方が よい との考 え方 もある.

ア トピー性皮膚炎でみられる網膜剥離(ア トピー性網

膜剥離)

ア トピー性網膜剥離 では,通 常,鋸 状縁 断裂や毛様

体扁平部 や皺襞部 の無色素上皮 裂孔(図9)が 見 られ

る4-7).硝 子体手術 を行 っている と,硝 子体基底部 には

綿状 の きたない混濁が見 られ る(図10)4).毛 様体扁平

部 の無色素上皮剥離 もある8,9).一 般 的には,無 色素上

皮剥離 は起 こりに くく,外 傷 眼での報告 がわずか にあ

るのみであ る10).し か し,ア トピー性網膜剥離で は,

よ くみ られる.

ア トピー性網膜剥離が ある眼で は,通 常,白 内障が

ある.逆 に,白 内障 はあって も,眼 底 には異常 はない

こ ともある.白 内障が ある場合 は,網 膜剥離 がある可

能性 が高 いので,散 瞳 して眼底 をよ くみて,超 音波検

査 をして周辺部 に網膜剥離が ないか どうか を探す.前

房細胞 がある場合 は,炎 症細胞で はな く,視 細胞外節

であ る(図11)11).し たが って,前 房細胞 をみた ら,網

膜剥離 があ ると考 えた方 が よい.網 膜剥離で前房 に視

細胞外節 が出て くると,眼 圧 が通常上が り,し か も眼

圧 は大 きな日内変動 をきたす.こ の状態 を,視 細胞外

図1120歳 男性の右眼.ア トピー性網膜剥離の患者の前房中か

ら検出された視細胞外節の電子顕微鏡写真.網 膜下腔の

視細胞外節が網膜最周辺部の裂孔(鋸 状縁断裂や毛様体

無色素上皮裂孔)を 通って直接,前 房に達する.通 常の

裂孔原性網膜剥離では,網 膜裂孔から硝子体内に入った

視細胞外節は,前 部硝子体面によって遮られて,前 房に

は到達しない.

節性 緑 内障(ま た は,Schwartz-Matsuo syndrome)

と名づ けたl0).ア トピー性皮膚炎 では,視 細胞外節 が

前房 に出ていて も,眼 圧 は上が ってい ない ことがなぜ

か多 い12).

ア トピー性皮膚炎 では,白 内障 と網膜剥離 を同時に

きたす こ とが多いので,白 内障 と網膜剥離 との同時手

術 をす るこ とが多 くなる.白 内障手術 とバ ックル手術

(通常 の網膜剥離手術)を す る場合 と,白 内障 と硝子

体手術 をす る場合 があるが,眼 底の状 態 によって決 め

ている.一 概 には言 えないが,網 膜剥 離が限局 してい

る時 にはバ ックル手術 を行い,全 網膜剥離 の時には硝

子体手術 を行 っている.

ア トピー性白内障と網膜剥離の原因

ア トピー性皮膚炎 では,眼 瞼炎があ り,二 次的に角

結膜炎が起 こることがある.虹 彩炎 は,ま ず起 こらな

い.前 房 細 胞 が見 られ る場 合 は,視 細 胞 外 節 で あ

る11,12).アトピー性皮膚炎の患者 で前房 中の フ レア(蛋

白濃度)を フレア ・セル ・メータで計 ると,白 内障 が

ある眼 では,な い眼 と比べ て,前 房水 の フレアが上昇

していた13).つ ま り,炎 症細胞 はないが,前 房 の蛋 白

濃度 が上昇 していて,血 液房水 関門が破綻 している こ

とを示 している.ア トピー性皮膚炎 の網膜剥 離でみ ら

れ る硝 子体基底部 の混濁 も炎 症の結果 と考 え ると4),

前眼部全体 で炎症がお こっている ことになる.

で は,こ の炎症 はなんでお こるのだろ うか.あ りき

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Page 7: 眼科領域のアレルギー性疾患とアトピー性皮膚炎の眼合併症eprints.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/1/13379/...keratoconjunctivitis),3)春 季 カ タル(vernal

眼科領域のアレルギー疾患の臨床像:松 尾俊彦

たりな結論であるが,ア トピー性皮膚炎の炎症が前眼

部にも波及 して,し かも眼瞼をたたくという外傷が加

わって,白 内障や網膜剥離が起こると考えられる.

文 献

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