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西 南 学 院 大 学 大 学 院「国際文化研究論集」第 6 号抜刷平 成 24 年 1 月 発 行
現代中国における宗教の観光資源化的要素に関する研究
─仏教とイスラム教の事例より─
駄 田 井 直 子
─ ─185
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究 1
現代中国における宗教の観光資源化的要素に
関する研究─仏教とイスラム教の事例より─
駄 田 井 直 子
【本論の構成】(はじめに)1 .宗教の観光資源化とは2 .中国における宗教の観光資源化に関する概況3 .中国の宗教の観光資源化―具体例を挙げて 3-1. 雲南省大理崇聖寺 3-2. 新疆ウイグル自治区カシュガル・エイティガール寺院4 .結論(おわりに)参考文献・参考資料
(はじめに)
寺院や教会,宗教に関する遺跡が観光地になる,これは世界各国で見られる
現象である。中国も同様で,少林寺や五台山など多くの宗教関連施設が観光地
として観光客を惹きつけている。ところで,宗教の場とは元来その宗教の信者
が訪れ祈る場所であり,他の観光地と異なり「見せる」ことを想定した場では
ない。しかし観光資源としての役割を背負うには「見るべき価値があるもの」
がその場に備わっていなければならない。では宗教の場合,観光資源となるべ
き要素とは何なのか。そこで本論では,宗教関連施設の何が観光資源となって
いるのか,について考察し,観光資源たるに必要な要素を分析することを目的
とする。方法としては,まず「宗教の観光資源化とは何か」について理論的考
─ ─186
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究2
察を行い,次に先行研究を踏まえて中国全土における宗教の観光資源化を概略
し,最後に観光資源化の顕著な宗教として仏教寺院を,仏教ほどではないが観
光資源化の対象となっているイスラム教寺院を筆者のフィールド・ワークの結
果を通して考察する。
1 .宗教の観光資源化とは
そもそも宗教の観光資源化とは何か。端的にいえば,寺院や教会など宗教関
連施設及び付随する文物や遺物などが観光資源として活用されている現象のこ
とである。この分野の研究に関して,中国国内における先行研究では宗教関連
の観光資源の観光・旅行を意味する「宗教旅游」(中国語)というタームが使用
されている。しかしながら筆者が知る限り目下日本ではこのタームは使用され
ていない 1。それは「宗教」,「観光」が実に様々な方面(経済・文化・教育・
環境など)が複雑に絡み合った現象であるからだと推測されるが,では,中国
ではどのような意味でこの「宗教旅游」が使用されているのかについてまず論
じ,筆者の視座を明確にしたい。
1-1.先行研究における「宗教旅游」
中国において宗教の観光資源化現象は,陳伝康・楚義芳・彭華(1986)2 より
具体的に研究され始め,同じく陳等(1988)では題名に「宗教旅游」とあり,
それ以降「宗教観光」が使用されるようになったと考えられる 3。
1『観光学辞典』(長谷政弘編著 同文館 平成 9 年 p8-9)に「宗教観光」(sightseeingat religious places)があり,「宗教的な場所(聖地)を観光対象として訪れたり,宗教行事への参加を目的とした観光をいう」,と定義しているが,筆者が知る限り日本においてこの定義を使用している先行研究はない。
2「陆丰县的海滨资源开发层次结构」 陈传康・楚义芳・彭华 「热带地理」 1986 年 p223-231
3「宗教旅游开发研究 - 以广东南华寺为例」保继刚・陆云梅「热带地理」 1996 年 p89参照
─ ─187
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究 3
「宗教観光」の定義を試みようとした研究には顔亜玉(2000)がある。顔は,
「宗教観光」の観点を以下 2 点に帰納した 4。
①宗教観光とは主に,その宗教を信じる信徒が宗教目的のために行う観光行動
で,例えば巡礼,求法,布教,行脚。
②宗教に関する観光資源が展開する観光行動,つまり,信徒の宗教目的による
観光体験行動だけではなく,信徒ではないものが興に基づく宗教及びその文
化の考察,体験及び芸術,器物,聖跡などを鑑賞する観光活動。
顔は以上二点に帰納しているが,「観光」の目的によって定義することによっ
て「宗教旅游」の本質を理解することができるとし,「宗教信者と民間信仰の信
者が宗教または民間信仰を主要目的として行う観光活動で,寺院や名山,聖跡
をめぐる長距離観光活動と地域の寺院や廟をめぐる短距離観光活動を含む。」5
と総括している。
一方,顏が帰納した上述の二点を踏まえて,鄭・陸・楊(2004)は,「宗教文
化を中心とし,自然資源や人文資源の力を借りて,宗教信者及び一般旅行者を
惹きつけて行われる巡礼,考察,観光,文化などの専門的観光活動。」6 と定義
している。
1-2.筆者の視座
筆者は上述の鄭らの定義は妥当だと考える。顔の総括した定義は観光の行為
者を信者のみにしているが,実際,寺院など宗教の場に行くのは信者ばかりで
はなく,大半が一般観光客であり,また,それらの観光客が宗教信仰や民間信
仰を持っているとは限らず,中には無宗教の者もいるため,すべてが妥当とは
いえないと筆者は考える。しかし,顏の「長距離観光と短距離観光をも含む」
4「宗教旅游论析」颜亚玉「厦门大学学报[哲学社会科学版]」2000 年 p69-70 5 同掲 p72 6「宗教旅游可持续发展研究」 郑嬗婷・陆林・杨钊「安徽师范大学学报[人文社会科学
版]」2004 年 p536-537
─ ─188
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究4
の点は,寺社仏閣教会など宗教の場は世界遺産の五台山や少林寺のように到着
するまでに長い時間を有する所ばかりではなく,自身の住む地域や,北京市雍
和宮や後述するエイティガール寺院のように町の中心やホテルなど滞在場所か
ら近いところにもあるため,この点に関しては同意である。
ゆえに,筆者は上述の二つの定義をまとめて,「宗教旅游」を「宗教文化を中
心とし,自然資源や人文資源の力を借りて,宗教信者及び一般旅行者を惹きつ
けて行われる巡礼,考察,観光,文化などの専門的観光活動。寺院や名山,聖
跡をめぐる長距離観光活動と地域の寺院や廟をめぐる短距離観光活動を含む。」
とする。
さて,以上の「宗教旅游」の定義は「観光する行為者」を主体とした定義で
ある。しかし,本論の主旨は宗教の場のどのような要素が観光資源として活用
されているのかという「場」を主体としており,観光活動を主体として定義し
ているこのタームをそのまま使用する際には若干の違和感が感じられる。ゆえ
に本論では「宗教旅游」の定義を念頭にいれつつ,やはり「宗教の観光資源化」
を用いて論を進めていくこととする。
2 .中国における宗教の観光資源に関する概況
本章ではでは中国では宗教に関する観光資源がどのくらいあるのだろうか。
そもそも中国における宗教とは,政府公認の仏教・道教・イスラム教・カトリッ
ク・プロテスタントという五大宗教を指す。特に仏教は全国に名山や有名な寺
院,聖跡・遺跡が数多くあり,それらは主要な観光資源である。道教,イスラ
ム教も仏教ほどの規模ではないが全国的にみて著名な観光地であるものが多い。
【資料 1】:中国における仏教・道教・イスラム教主要名山・寺院・聖跡遺跡数 7
○仏 教 主要名山:219 主要寺院:736 洞窟仏塔:690
7 同掲 p537-538 参照
─ ─189
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究 5
○道 教 主要名山:107 主要寺院:143 洞窟石窟:92
○イスラム教 主要モスク:219 著名遺跡:15
仏教の有名な名山寺院としては,世界遺産でもある山西省五台山,安徽省九
華山,浙江省普陀山,四川省峨眉山があり,このほか北京市雍和宮,河南省少
林寺など大小数多くの寺院や,敦煌,莫高窟,龍門石窟などの仏教遺跡も世界
的に有名であり,かつ主要な観光地である。道教では,道教四大名山の湖北省
武当山,四川省青城山,江西省龍虎山,安徽省黄山の斉雲山をはじめ,北京市
の白雲観など都市部の道教寺院も著名な観光地である。
イスラム教のモスクは全国にあり,特に有名な観光地となっているのは,北
京市牛街礼拝寺や第 3 章で取り上げる新疆ウイグル自治区カシュガルのエイティ
ガール寺院であり,後者はカシュガルを訪れた観光客は必ず立ち寄るといって
も過言ではないほどの重要な観光地である。
カトリック,プロテスタントは中国における歴史が比較的短いということも
あり,仏教などよりも数の上では少ないが,沿岸地域を中心に北京市の宣武天
主堂や王府井教堂,天津市の老西開教堂,山東省青島の聖弥埃尓教堂など 14 の
有名な教会及び 4 つの聖跡がある 8 が,仏教や道教,イスラム教と比較して観
光資源化が顕著ではないと筆者は考える。この点については別の機会に述べる
こととする。
また,近年中国ではパックツアーだけでなく個人旅行の普及という観光形態
の多様化により,ある専門分野に特化したガイドブックが刊行されている。宗
教の観光資源化においても同様で,寺院や教会を特集したガイドブックが出版
されて 9 おり,観光地の一例としてクローズアップされている。
8 同掲 p538 9『中国最美 100 个寺庙观堂』中国旅游出版社 2009 年 ここの本では,仏教寺院 66,モ
スク 7,道教寺院 13,カトリック教会 11,プロテスタント教会 1 ,その他(チンギスハーン廟,孔子廟)2 が紹介されており,仏教寺院が最も多い。各寺院の歴史,見所の他に,行き方,入場料なども記載されている。
─ ─190
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究6
以上のことから,寺院や遺跡などそれぞれの宗教に関連するものが全国的に
主要な観光資源となっていることが分かる。次章では具体的事例を取り上げて,
宗教という場が有する要素の何が観光資源となっているか事例を挙げて考察す
る。
3 .中国の宗教の観光資源化―具体例を挙げて
本章では,具体的に観光資源となっている事例を挙げて,何が観光資源たる
要素かを考察する。ここで取り上げる事例は,前章で述べたように,五大宗教
のうち最も観光資源となっている仏教寺院の事例と,仏教ほどではないが著名
なイスラム教寺院(モスク)の事例を取り上げる。
そこで本論では仏教の観光資源化の例として雲南省大理市の崇聖寺を,イス
ラム教の例として新疆ウイグル自治区カシュガル市のエイティガール寺院を取
り上げる。まず,大理市もカシュガル市もよく知られた一大観光地であり,そ
の中でも両寺院は必ずといってよいほど観光ルートに組み込まれているため,
「宗教の観光資源化」の実例として適していると考えられる。
3-1.雲南省大理崇聖寺
3-1-1.崇聖寺の概要
雲南省大理市は 8 世紀前後,南詔国時代(738 年-937 年)に仏教が伝来して
以降国教となった仏教のために多くの寺院が建設され,「叶榆三百六十寺,寺寺
夜半皆鸣钟」(どの山にも寺があり,どの寺にも僧がいる)と形容されたほど,
仏教が根付いている土地である。
主な仏教寺院には,崇聖寺,鶏足山などがあるが,最大の観光地となってい
る寺は崇聖寺である。大理古城の西北,大理石で有名な蒼山の中腹に位置し,
観光地である大理古城から比較的近い位置にあるこの寺の最も有名な歴史的建
造物は三つの白塔(三塔)であり,中央の塔は南詔国時代に,左右の 2 塔は大
─ ─191
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究 7
理国時代(937 年-1254 年)に創建された。大理国時代には王家の寺院として
規模も大きかったが,後に仏殿は焼失し,現在ある仏殿や大鐘,観音像などは
1979 年以降に徐々に再建された新しいものである。三塔は 1961 年に国家重点
文化保護単位(国重要文化財)に認定された。
崇聖寺の入場料は一人あたり 121 元(約 3000 円)と高い 10 が,大理,とい
えばまずこの三塔であり,一日約 4000 人(2008 年 10 月時点)11 が訪れる大理
最大の観光地である。
【写真 1:三塔・後ろの山が蒼山(筆者撮影)】
3-2-2.見所(観光資源)
崇聖寺の見所,つまり観光資源は大きくわけて 2 つある。その一つが三塔で
ある(写真 1)。三塔は大理のシンボル的存在で,観光マップやガイドブック 12
には必ず掲載されている。大理を訪れる観光客は必ずと言ってよいほど三塔を
訪れるだろう。
10インターネットでは 85 元で予約販売。(大理旅游集団崇聖寺三塔文化旅游分区公司のデータによる。http://www.dalisanta.net 2011 年 11 月 28 日取得)
11大理旅游集団崇聖寺三塔文化旅游分区公司のデータによる。(http://www.dalisanta.net) 2008 年 5 月 15 日取得)
12『中国最美 100 个寺庙观堂』(中国旅游出版社 2009 年 p174-175)崇聖寺の記載では,最大の見所として三塔を挙げている。
─ ─192
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究8
もう一つは周囲の景観とのコントラストである。崇聖寺は眼下に洱海という
大きな湖を望み,蒼山を背にし,洱海の青,三塔の白,仏殿の赤,蒼山の緑の
コントラストは崇聖寺観光の目玉の一つである。
この他にも,三塔の修復中に発見された南詔国,大理国時代の仏教文物約 600
点あり,観音像,曼荼羅など数多くの貴重な資料についてはガイドブックや紹
介文には記載があり 13 展示されている。また儀式として四月初八仏法会 14,仏
都崇聖寺盂蘭盆法会 15 が大々的に催されているが,これらは開催時期に訪れる
ならば見ることができるであろうが,観光には「季節性」(シーズン)があり,
一般的に観光の目玉として位置付けられているとは考えにくい。
3-3-3.崇聖寺の観光資源的要素
では,崇聖寺の何が観光資源となり大理市最大の観光地とならしめているの
だろうか。筆者は以下 5 点に集約できると考える。それは,
①歴史的建造物─三塔(国家文物保護単位)
②物語性─南詔国,大理国から続く悠久の歴史,仏殿焼失で三塔のみ残ったな
どの故事
③周囲の環境─眼下に洱海,背後に蒼山という自然美
④文物─仏像や観音像
である。
まず第一に崇聖寺には三塔という貴重な歴史的建造物がある。大理市のシン
ボルでもあるこの三塔なしに崇聖寺は観光資源として利用されることはなかっ
たと言ってもよいだろう。次に物語性,つまり崇聖寺は悠久の歴史を有してい
る。焼失して衰退した時期もあったが,多くの名山や著名な寺院がそうである
13例えば『中国最美 100 个寺庙观堂』(中国旅游出版社 2009 年),前出の崇聖寺公式ホームページ,大理市政府公式ホームページ(http://www.yndali.gov.cn)など。
14旧暦 4 月 8 日,釈迦牟尼に感謝し紀念する法会。一般信者も参加。 15旧暦 7 月 8 日~ 15 日に行うお盆の法会。
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中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究 9
ように,崇聖寺は三塔が残ったために,南詔国や大理国時代からの歴史が今も
続いているのである。また他の仏殿は焼失したにも関わらず三塔のみが残って
今に至っているなどの歴史,かつて大理国皇族の寺院だったという故事も,寺
の歴史に「箔をつける」,つまり彩りをそえているのである。
名勝名山と称えられる多くの仏教寺院が,宗教的な修行や鍛錬の追求のため,
静かで風光明媚な自然環境の中に存在し 16,自然美と仏教の宗教的雰囲気が調
和しているように 17,崇聖寺も周囲の環境との調和が美しい。寺自体も「崇聖
寺三塔文化旅游区観光の価値」として洱海,蒼山の自然美を挙げている 18。こ
の自然美と仏教の静粛な雰囲気が観光客を惹きつける要因での一つではないか
と筆者は考える。
④に関して,当寺院は南詔国,大理国時代の貴重な文物が多数発見されてお
り展示館の中で公開されている。観光地となっている多くの仏教寺院が貴重な
仏像や文物を持っているように,当寺院も約 600 点もの歴史的,芸術的に高い
価値がある文物を有している 19。
【写真 2:寺の中腹より眼下に洱海を望む(筆者撮影)】
16「论宗教旅游的生态化趋向」方百寿「社会科学家」 2001 年第 16 卷第 1 期 p69 17例えば世界遺産の五台山,九華山など。 18崇聖寺三塔文化旅游区(http://www.dalisanta.net/publish/chinese/show. php?itemid=2051 2011 年 11 月 29 日取得) 19『詳細は同上「文物陳列館」参照(http://www.dalisanta.net/publish/chinese/show. php?itemid=1022 2011 年 11 月 29 日取得)
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中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究10
以上,崇聖寺の何が観光資源として活用されているか,に関して具体的に検
証した。次にイスラム教寺院が観光資源となっている事例を考察する。
3-2.新疆ウイグル自治区カシュガル・エイティガール寺院
第 2 章で述べたように,中国には仏教寺院と同数の主要なイスラム寺院(モ
スク)があり,事例として考察する新疆ウイグル自治区カシュガル・エイティ
ガール寺院はその中でも最も著名なモスクである 20。
周知のとおり,新疆ウイグル自治区はイスラム教を信仰するウイグル族やカ
ザフ族といった少数民族が多く生活している民族地域である。新疆は火焔山,
葡萄溝,風光明媚な南山,数々の砂漠など非常に多くの観光資源を有した一大
観光地である。その中で少数民族が信仰するイスラム教寺院の観光資源化の情
況はどのようであるか。
3-2-1.新疆ウイグルにおけるイスラム教寺院の観光資源化
まず,新疆ウイグルにおけるイスラム教寺院がどのくらい観光地になってい
るのか,について述べたい。これに関する正式なデータは現時点では見受けら
れないが,参考としてガイドブックの記載と,筆者が実際に行き考察を行った
結果を資料として用いることとする。筆者は 2011 年 8 月 21 日から 28 日まで,
ウルムチ,カシュガル,イリ,トルファンを観光ツアーに参加して考察した。
ゆえにここで述べる場所はこの 4 カ所としたい。
まず,ガイドブックにイスラム教寺院はどれくらい掲載されているのか。参
考としたのは①『新疆游』(广东旅游出版社2010 年),②『中国最美 100 个寺庙
观堂』(中国旅游出版社 2009),③『地球の歩き方 西安・敦煌・ウルムチ‘11
~’12 年』(株式会社ダイヤモンド・ビック社 2011 年)である。①,②は中
国語書,③は和書である。
20一説には約 2 万のモスクがあるとされる。(「宗教旅游可持续发展研究」 郑嬗婷・陆
林・杨钊「安徽师范大学学报[人文社会科学版]」) 2004 年 p538
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中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究 11
①にはウルムチ 3 カ所,カシュガル 1 カ所,イリ 3 カ所,トルファン記載な
し,②にはカシュガル・エイティガール寺院のみ 21,③にはウルムチ記載なし,
カシュガル 1 カ所,イリ民俗村の中にあるとの記載のみ,トルファン記載なし,
という結果であった。また筆者がこの 4 地域で行ったモスクはカシュガル・エ
イティガール寺院のみであった。
実際新疆を訪れる前はイスラム教を信仰する民族が多く暮らす地域ならば多
くのイスラム寺院があり,仏教や道教の例にようにその宗教が地域に根付いて
いるため多くが観光地になっているだろう,と仮定していたが,実際はガイド
ブックに記載されている数よりはかなり少なく全く異なっていた。では唯一訪
れたカシュガル・エイティガール寺院の何が観光資源となっているのだろうか。
3-2-2.カシュガル・エイティガール寺院の事例
ⅰ エイティガール寺院の概要
当寺院は西暦 1442 年の創建で,新疆の中でも最も大きいイスラム教寺院であ
る。カシュガル市の中心に位置し,隣には有名な観光スポットの職人街がある。
1949 年以降何度も改築が行われ,2001 年全国重点文物保護単位(国重要文化
21この書では新疆全体でもエイティガール寺院のみ取り上げている。(『中国最美 100 个寺庙观堂』(中国旅游出版社 2009 年)p198-199
【写真 3:エイティガール寺院の外観(筆者撮影)】
─ ─196
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究
財)に指定された。面積は 16,800 平方キロメートルで,2 万人を収容できるほ
ど広大である。入館料は 20 元である。
由来は裕福な女性(ホータン出身)がメッカに巡礼に行く途中カシュガルで
病に倒れたためここに財産を寄付してモスクを建てた,ということに始まる。
さて,当寺院はカシュガルの有名な観光地だと筆者は述べたが,先に挙げた
ガイドブックの資料以外にそれを裏付けるものとして,毎年どれほどの観光客
が見学するのか,について述べたい。政府のデータは現時点で見受けられない
が,寺院境内に「2011 年度収支状況」という看板があり(写真 4 参照),ここ
からおおよその観光客数を割り出すこととする。なお,このような収支報告を
人々の目のつくところで公開している寺院は筆者の知る限り当寺院のみである。
【資料 2】:エイティガール寺院 2011 年度収支状況 22
○収入
年初余額………420412.45 元
風呂・トイレ収入………50000 元
22エイティガール寺院境内【カシュガルエイティガール寺院 2011 年度収支状況】(カシュガルエイティガール寺院管理委員会 2011 年 7 月 1 日)より収入部分を抜粋。
【写真 4:エイティガール寺院 2011 年度収支状況一覧表(筆者撮影)】
12
─ ─197
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究
建物の収入………208218 元
その他収入………33090 元
上半期収入………291308 元
建物の収入を入場料のみとなして計算すると,2011 年度上半期の観光客数は
約 10,410 人であり, 1 か月約 1735 人となる。観光にはシーズンがあり,また
この地域が民族地域で様々な問題を抱えていることを考えると単純には言えな
いが,1 年間で約 2 万人が訪れるということになる。2011 年 1 月~ 8 月までカ
シュガルを訪れた人はのべ 152 万人に上るというデータもある 23 ことから,そ
れに比べると少ない感もあるが,当寺院の収入では圧倒的に観光からの収入が
占めていると言える。
【写真 5:エイティガール寺院内部(筆者撮影)】
ⅱ 見所(観光資源)
当寺院最大の見所はその荘厳な建物および境内である。建物は 600 年の歴史
を持つアラビア建築の非対称美を有している。正面の左右に塔があり,正面の
広場から入って少し歩くと,以前礼拝の時間を知らせるために使用していた時
23「カシュガル日報」2011 年 8 月 23 日付より
13
─ ─198
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究
計台があり,その奥が礼拝堂である。中は緑の絨毯が一面に敷かれており,観
光客なら女性でも見学することができるが,人々が礼拝するところ(写真 5 の
絨毯のところ)は土足禁止で,最高指導者が座るところはそばに行くことがで
きないばかりか絨毯に座ることすら許されない。
また古尓邦節 24 などイスラム教の重要な祭りの際は数万人という信者が各地
からここに集まり礼拝をし,賑やかな祝いの祭りが催され,これら祭りは一大
観光資源と位置づけられている 25。
ⅲ カシュガル・エイティガール寺院の観光資源的要素
では当寺院の何が観光資源として活用している要素となっているのか。以下
四点に総括できると筆者は考える。
①歴史的建造物─非対称美を持つアラビア建物,礼拝所(国家重要文化保護単位)
②物語性─中国でも最大のイスラム寺院という悠久の歴史
③周囲の環境─広場,職人街など周囲の景観との調和
④儀式─古尓邦節などのイスラム教の祭典の賑やかさ
①に関して,中国屈指の美しいアラビア建築が,当寺院の最大の見所である。
②は当寺院に見る価値のあることを表示する,つまりマーク的要素で,それに
よって建物をより荘厳で歴史を感じさせるものへと変化させていると筆者は考
える。③はやはり当寺院も周囲の景観と調和している。そもそもカシュガル市
24ラマダン月(イスラム暦の 9 月 1 日から 10 月 1 日)の 70 日後,つまりイスラム暦の12 月 10 日に行われる祝日で「犠牲祭」ともいう。メッカへの巡礼(ハッジ)の最終日にあたり,イスラム教徒は沐浴して身を清め,室内では香を焚き,午前中モスク(清真寺)へ礼拝に行き,メッカに向かって頭を下げ,羊を殺して肉の一部を知人友人に贈ったり,貧しい者へ喜捨を行ったりする。
25筆者が参加したツアーのガイド(ウイグル人男性 50 歳代)の解説や前掲の(『中国最美 100 个寺庙观堂』(中国旅游出版社 2009 年 p198-199)にも見所として古尓邦節が挙げられている。
14
─ ─199
中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究
は 80 %以上をウイグル族を主体とする少数民族が占めている民族地域であ
り 26,市全体が中央アジアやイスラムの雰囲気である。全国に数多くあるイス
ラム寺院の中には一見してそれとはわからない中国伝統建築の寺院もある 27 が,
当寺院は周囲の景観と相入れない景観ではなく,きちんと調和している。言い
換えれば,周囲が当寺院に合わせて都市形成されたと考えてもよいかもしれな
いが,この点は今後の課題としたい。④に関しては,イスラム教を信仰する人々
の風俗・風習をより直に体験することができるものとして,非信者や他宗教の
観光客を引きつける一大観光資源である。筆者は今回見ることはできなかった
が,現地ガイドの話によると,非常ににぎやかで盛大だということで,一見の
価値あり,と勧められた。
4 .結 論
本論では「宗教の何が観光資源となっているか」について,まず中国国内で
使用されている「宗教旅游」というタームの意味を整理し,中国全土における
宗教の観光資源化現象を概括し,雲南省大理市崇聖寺と新疆ウイグル自治区カ
シュガル市エイティガール寺院の事例を挙げて考察した。
2 つの事例が共通している観光資源化に関する要素は,①国家重要文化保護
単位になっているような歴史的建造物を有している,②悠久の歴史,そこにま
つわる数々の故事。それは「彩り」「箔をつける」マーク的役割の物語性であ
る,③周囲の景観との調和の三点である。①と③は,第一章で述べた著名な数々
の名勝名山の例のとおり,宗教が観光資源化するにあたっては少なくとも有す
べき要素である。この点は第 1 章で筆者の視座とした「宗教旅游」の定義の中
の「自然資源や人文資源の力を借りて」と一致する。これら最低限の要素を持っ
26カシュガル市人民政府公式ホームページ(http://www.xjks.gov.cn/Item/112.aspx)のデータによる。
27例えば北京市牛街礼拝寺の外観は中国伝統建築様式であり,一見すると仏教寺院のようである。
15
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中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究
ている宗教関連施設が,ただ単に古い建物がある,歴史が古い,古い貴重なも
のがある,といった宗教の場を観光客をさらに惹きつけ,その場にやって来た
人々の想像力を駆り立て,観光資源となるには,この物語性の役割が非常に重
要ではないかと筆者は考える。
分析では文物と儀式という要素が共通しない項目として出てきた。これらは
宗教の場によって,または宗教によって持つか否か異なる。特に文物に関して
は,エイティガール寺院のようにイスラム教は偶像崇拝を嫌うため,仏教のよ
うに到るところに仏像などの塑像があるわけではない。ゆえに今回の分析では
文物は共通しない項目だと教えられる。
儀式も宗教によって信者以外にオープンか否か大きく異なる。一般的に仏教
の儀式は信者か僧たちにのみ公開されている,もしくは近くまで見に行けても
実際には参加できない。またイスラム教も礼拝には信者の男性しか参加できな
いが,その後の祭りが賑やかで,その時は多くの人が集まるが,儀式は日程が
限られており,必須の観光資源化の要素であると断言できるかどうかは疑問の
余地が残るが,今後より多くの事例研究を通して詳細に分析していく考えであ
る。
(おわりに)
以上,本論では中国における宗教の観光資源化現象の事例を分析して,宗教
の何が観光資源として活用されているのか,考察を行った。崇聖寺とエイティ
ガール寺院の事例より,歴史的建造物の有無,周囲の環境との調和が最低限必
要な要素である。そしてそこに彩りを添え,宗教信者やそうではない一般観光
客を更に惹きつける観光資源へと変化させているのは宗教の場が持つ歴史や故
事といった「物語性」だと結論付けた。
しかし「観光」には,結論のような要素だけではない。筆者が観光資源化に
おいて重要だと考える宗教の場にも,更に多くの要素があり,それらが相互に
関連していると考えられる。加えて宗教の観光資源化もその他観光地と同じく,
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中国の宗教の観光資源化的要素に関する研究
場を取り巻く行政やメディア,観光客との関係が複雑に関連している。今後は
より多くの事例を分析し,宗教と観光の関連性の特徴を考察し,「宗教旅游」を
含む「宗教の観光資源化」というタームの一般化を試みたい。
(参考文献・資料)【中国書】
・「陆丰县的海滨资源开发层次结构」 陈传康・楚义芳・彭华「热带地理」1986 年 ・「宗教旅游开发研究 - 以广东南华寺为例」保继刚・陆云梅「热带地理」1996 年 ・「宗教旅游陆析」 颜亚玉 「厦门大学学报[哲学社会科学版]」2000 年 ・「论宗教旅游的生态化趋向」方百寿「社会科学家」 2001 年第 16 卷第 1 期 ・「宗教旅游可持续发展研究」郑嬗婷・陆林・杨钊 「安徽师范大学学报[人文社会科
学版]」2004 年 ・ 『中国最美 100 个寺庙观堂』(中国旅游出版社)2009 年 ・『新疆游』广东旅游出版社2010 年
【和書】 ・『観光学辞典』 長谷政弘編著 同文館 平成 9 年 ・『地球の歩き方 西安・敦煌・ウルムチ‘11 ~’12 年』株式会社ダイヤモンド・
ビック社 2011 年
【インターネット資料】 ・崇聖寺三塔文化旅游区 http://www.dalisanta.net ・大理市人民政府 http://www.yndali.gov.cn ・カシュガル市人民政府 http://www.xjks.gov.cn
【新聞資料】 ・カシュガル日報 2011 年 8 月 23 日付
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