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理想的な子牛のつくり方 実践編 2 十勝農業改良普及センター 十勝北部支所 出雲将之 はじめに 私が普及員になった30年前と比べると、現在は和牛の生理生態について科学的な解明がされてきています。肥 育期間中のビタミンコントロールや哺育中のスターターの重要性など、伝承的な技術が科学的に裏付けられたり、 新しい飼育の考え方が出たりと技術は日進月歩しています。しかし、いくら素晴らしい技術があってもそれを実 践するのは人です。飼育する人が牛にどれだけ愛情をそそげるか、面倒を見てあげられるかで牛は大きく変わり ます。特に哺育中の子牛は、人間の赤ん坊を扱う感覚で管理することが大切です。(そういう点で哺育牛は、女 性の感性で育てることが良いでしょう) 離乳までに病気せずスクスク育てば、その後は案外自然と大きくなってくれます。哺育期間中は栄養を充足さ せ、子牛に優しい環境で育てることが重要です。子牛がスクスク育つ必要条件は、清潔な水、きれいな空気、暖 かい寝床、消化の良い濃厚飼料(スターター)、柔らかくて消化率の高い粗飼料、日光浴と運動ができる環境が 確保され、それに人間の愛情がプラスされることです。薄暗い牛舎に閉じこめて管理を母牛任せにするのではな く、子牛が望んでいる環境を人間が与えることも必要です。 1 哺育子牛を飼育する環境が重要です (1)哺育牛には快適な環境を用意しましょう 哺育期間中は、衛生環境について特に注意しなけ ればならない時期です。環境性の下痢や呼吸器病の 感染が起こりやすいので、牛舎内は換気を良くし、 消毒や石灰塗布をするなど衛生的な環境の維持に努 めてください。 母乳で飼育している場合は図1のような別飼い施設 を作り、そこには敷き料をたっぷりと使い、保温と 乾燥に努めてください(お腹を冷やさないようにす ることが大事です)。冬期は、保温ランプを付けるな ど寒さ対策も必要です(写真1)。特に牛体が濡れた 状態で隙間風にさらされると、体温を奪われて体力 の消耗が著しく、下痢や風邪の発生が急増します。 図1 別飼い施設の基本的レイアウト 18 − LIAJ News No.126 −

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連 載

理想的な子牛のつくり方 実践編2十勝農業改良普及センター 十勝北部支所 出雲将之

はじめに 私が普及員になった30年前と比べると、現在は和牛の生理生態について科学的な解明がされてきています。肥育期間中のビタミンコントロールや哺育中のスターターの重要性など、伝承的な技術が科学的に裏付けられたり、新しい飼育の考え方が出たりと技術は日進月歩しています。しかし、いくら素晴らしい技術があってもそれを実践するのは人です。飼育する人が牛にどれだけ愛情をそそげるか、面倒を見てあげられるかで牛は大きく変わります。特に哺育中の子牛は、人間の赤ん坊を扱う感覚で管理することが大切です。(そういう点で哺育牛は、女性の感性で育てることが良いでしょう) 離乳までに病気せずスクスク育てば、その後は案外自然と大きくなってくれます。哺育期間中は栄養を充足させ、子牛に優しい環境で育てることが重要です。子牛がスクスク育つ必要条件は、清潔な水、きれいな空気、暖かい寝床、消化の良い濃厚飼料(スターター)、柔らかくて消化率の高い粗飼料、日光浴と運動ができる環境が確保され、それに人間の愛情がプラスされることです。薄暗い牛舎に閉じこめて管理を母牛任せにするのではなく、子牛が望んでいる環境を人間が与えることも必要です。

1 哺育子牛を飼育する環境が重要です

(1)哺育牛には快適な環境を用意しましょう

 哺育期間中は、衛生環境について特に注意しなければならない時期です。環境性の下痢や呼吸器病の感染が起こりやすいので、牛舎内は換気を良くし、消毒や石灰塗布をするなど衛生的な環境の維持に努めてください。 母乳で飼育している場合は図1のような別飼い施設を作り、そこには敷き料をたっぷりと使い、保温と乾燥に努めてください(お腹を冷やさないようにすることが大事です)。冬期は、保温ランプを付けるなど寒さ対策も必要です(写真1)。特に牛体が濡れた状態で隙間風にさらされると、体温を奪われて体力の消耗が著しく、下痢や風邪の発生が急増します。

図1 別飼い施設の基本的レイアウト

18 − LIAJ News No.126 −

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 また、密閉し過ぎて湿度が高くアンモニア臭がこもるような牛舎では、採食量が減ったり、呼吸器官が損傷を受けて呼吸器病が多発します。夏期は窓を開放したり、扇風機で送風し、冬期間は換気扇をゆっくり回したり、晴れて風のない日に窓を開けるなど、年間を通してこまめな管理が必要です。 (2)呼吸器病を起こさないために

 呼吸器病の原因も下痢と同じように、感染性と非感染性があります。感染性では、ウイルス、細菌などがあり、非感染性では空気中のアンモニア、ほこり、換気などが原因となって呼吸器病に罹患します。

 健康な牛であれば、細菌が気管支に侵入しても気管支粘膜にある繊毛が活発に運動し、細菌が肺に到達することはありません。しかし、アンモニアやほこりが多い環境にいる牛は、気管支粘膜の繊毛がダメー

ジを受け弱ってしまうので、ウイルスなどに感染しやすくなります。風邪は鼻や気管粘膜に付着した細菌やウイルスにより感染し、発病に至ります。とくに子牛は床に近いところで呼吸するので、ほこりやアンモニアの刺激を受けやすいと言えます。これら刺激から守るためには、換気を心がけましょう。☆舎内が凍らない程度に日中窓を開閉するなど、換

気に努める。☆寝床の敷料を増やし床が乾くようにする(換気が

良くなれば舎内は乾燥します)。

2 子牛の栄養を充足させる これまで多くの生産現場で子牛を見てきましたが、大きくなる子牛は良く飲んで食べます。特に最近は、母牛と父牛のどちらかに気高系統が多く見られるようになり、生時体重が40kgを超える牛が珍しくなくなりました。雄牛で生時体重32kg日増体0.76kgと、生時体重40kgで日増体0.99kgの子牛を、必要栄養量で比較すると表1のようになります。大きく産まれて発育が良い牛の栄養を満たすためには、ミルクの量はこれまでの基準量4L /日では不足します。参考例で言うと、標準発育でもミルクは6L /日必要で、発育良好なAの場合では8L /日が必要となります。加えて濃厚飼料を補助飼料として早くから給与しないと、栄養不足になります。

写真1 寒い時は電熱器の下に集まります

《呼吸器病発生の原因》

 アンモニア、ほこりなどにより

気管支粘膜の繊毛が損傷する

ウイルス、マイコプラズマなどが

気管粘膜に感染する

細菌が肺に感染する

肺炎を発症する

発育が標準月齢月始体重(kg)月終体重(kg)1日当増体重DM(kg)CP(kg)TDN(kg)Ca(g)P(g)ビタミンA(千IU)全乳(㍑)スタータ(kg)

132550.760.950.281.1412.07.62.35.50.2

255780.761.490.301.4814.78.63.36.00.7

140700.991.230.361.4815.79.93.07.30.2

2701000.992.500.402.1222.311.44.28.01.5

A 発育が良好

発育

飼料

養分要求量

表1 哺育牛の発育と必要栄養量

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 人工哺育している場合は、子牛の飲みっぷりや便の状態を観察しながら、過不足がないようにミルクを給与しましょう。母乳の場合は母牛によっておっぱいの出が違います。子牛が親の乳首をしつこく吸い付いている時は、母乳の出が悪いことを疑って下さい。母乳の出がよいと、子牛はすぐに満腹になって親から離れます。栄養不足を補うためには、別飼い施設(事例1)を作ってスターターなどで空腹が満たせるように管理しましょう。 

3 スターターで腹を作る ミルクは哺育子牛の栄養源としては最高のものですが、胃袋の絨毛を作り消化力の高い胃とするためには、消化の良い穀物を多く含んだ濃厚飼料(スターター)を早い段階から給与することが重要です。生後3日目頃からスターターを手やりで口に入れ、味を覚えさせ早く慣れさせることで、ミルクで腹が減ったら自然にエサ箱からスターターを食べるようになります。スターターを食べさせるためには、次のような取組を試して下さい。 (1)食べさせる工夫をする

 スターターは製品によって嗜好性が違います。食べないからといってあきらめず、他の種類に変えるとか糖蜜混合飼料を混ぜて嗜好性を高めるなど工夫してみましょう。慣れさせるためにまずは、子牛の口にスターターを入れて味を覚えさせるのも良いで

す。塩ビ管(写真2)を給餌機替わりに使い、最初は砂糖を塩ビ管で給与して慣れさせ、塩ビ管を見せただけで子牛が寄ってくるようになってから、スターターを給与するのも良い方法です。

  (2)別飼い施設にエサ箱を置く

 他の牛が食べるのを見て学習する牛もいます。写真3のように子牛だけが入れる別飼い施設を作り、敷き料をたっぷり敷き、新鮮なスターターがいつでも食べられるようにしましょう。「エサ箱の底が深すぎると、子牛が顔をつっこんだ時に周囲が見えなくなり、不安がって食べないことがある。」とシェパード中央家畜診療所の松本大策先生が講習会で紹介していましたが、子牛の立場になって管理してあげることが重要です。  

写真2 塩ビ管を使ったスタータ順致器

手前が子牛用の別飼いスペースで柵で仕切ってあります

壁に穴を開けて出入りさせる方法もあります

ま栓棒の高さで牛の出入りを制限します

事例1 子牛別飼い施設と出入り口の色々

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 (3)きれいな水を自由摂取させる 

 スターターを十分食べてもらうためには水が欠かせませんが、飲むのを嫌がるような給水器になっていませんか。牛は臭いに敏感です。給水器にエサがよどんでたまっていたり、苔が生えていては子牛は飲む気をなくします。きれいな水が提供できるように注意しましょう。また厳寒期は、出来れば温水にしたほうが飲水量が増え、スターターの採食量にもプラスとなり尿石予防にもなります。 

4 哺育期における乾草の役割  (新しい科学的知見:図2参考)

(1)ホル雄で給与試験

 哺育期はミルクで栄養を充足し、スターターで第1胃の絨毛を作ることが大事であることは、皆さん十分理解していることと思います。ではこの時期の粗飼料給与は、どう考えれば良いのでしょうか。 産まれて3〜4日頃に親の乾草や稻わら、敷料に使っている麦桿を盗み食いする和子牛の姿をよく見かけます。生理的に欲しているから口にしているのでしょうか。独立行政法人根釧農業試験場平成20年度の試験成績で、哺育期の乾草の役割が明らかになりました。合計30頭のホル雄子牛を使って試験が行われ、試験結果を見るために6週齢までに15頭の子牛が屠畜解剖され、胃袋の状況が確認されました。尊い命を犠牲にして得られた貴重な成績と言えます。 試験はホル雄子牛で実施されましたが、考え方は

和子牛でも同じです。日齢に応じた乾草給与量などの加減は必要ですが、和子牛にも当てはまる考え方です。 (2)乾草によるブラッシング効果

 ホルスタイン雄子牛30頭を用い、ミルクとスターターを給与したうえ10頭ずつを乾草給与区(SH区)と乾草無区(S0区)、その他粗飼料区(SR区)に分けて、6週齢まで飼育しました。その結果は、スターターとともに乾草を給与することで、発育の改善を見込めることが明らかになりました。この時期の子牛は乾草を栄養源としてではなく、物理的改善により正常に第1胃が発達したと考えられました。乾草無給与のS0区5頭の解剖結果から、第1胃内に飼料片や毛が付着していたのが2頭、毛玉が確認されたのが1頭、敷料の麦桿が確認されたのが2頭おり、解剖した全頭で何らかの異常が認められました。それに比べて乾草給与のSH区5頭の解剖結果は、全頭の第1胃内容物に付着物や毛玉などが確認されませんでした。 試験結果から、乾草のような物理性のある粗飼料の摂取は、哺育期の早い段階では栄養源としてでなく、第1胃絨毛に細かな飼料片の付着を防止する作用

(ブラッシング効果)のあることが分かりました。 (3)乾草給与時の注意

 哺育中の早い時期(4週齢まで)においては少量(日量50g程度)の乾草給与が、胃の働きの正常化に役立っていることがこの試験から明らかになりました。ミルクとスターターだけ給与していた子牛が敷料の麦桿や親の乾草を盗食しているのは、生理的欲求から来ているものだと言えます。 乾草無給与の状態で絨毛発達の時期に、スターターの摂取量が多すぎると第1胃内溶液のPHが低下し、パラケラトーシス(※)の原因となります。但し、この時期のスターター摂取による第1胃絨毛の発達は重要です。スターター摂取の妨げにならない程度の乾草を給与するようにしましょう。

余談ですが…  女性が愛情をもって優しく接している農家ほど、

写真3 子牛だけが入れる別飼い施設

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図2 哺育期における粗飼料の役割

子牛は元気だし繁殖牛は穏やかです(写真4)。仕事上、地域の和牛改良組合ともずいぶんお付き合いしてきましたが、女性部の取組が熱心なところほど優秀な和牛産地となっています。和牛の場合、女性の役割が非常に大きいと言えます。経営における位置づけがどちらかというと低くなりがちな女性を大事にすることが、和牛経営成功の秘訣だと思います。 女性の専用口座を作り、販売するたびに売り上げの5%を(1頭40万円で2万円が口座に)、自由に使えるお小遣いとして振り込む取組を是非お奨めします。 女性の感性で子牛を管理することが、和牛経営を成功に導きます。 写真4 女性のほうが優しく扱うので牛はおとなしい

※第一胃パラケラトーシスとは 第一胃粘膜において角化異常が認められる状態をいう。牛では濃厚飼料の多給や粗飼料の不足などが原因となり、肝膿瘍、全身性の膿瘍、血栓を併発しやすい。同時に第一胃内のpH低下が認められる。

22 − LIAJ News No.126 −