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平成 19 年(2007 年)10 5 NO.2007-13 米サブプライム問題と金融・経済への影響 目次 (はじめに) 3 米サブプライム問題に派生する世界的な信用・流動性クランチの教訓 (経済調査室長 内田和人) 1. 米国サブプライム住宅ローンの概要 - 7 (経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子) 2. 証券化市場を拡大させた投資ファンドブーム 18 (経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子) 3. 米国住宅ローン延滞率の上昇 - 29 (経済調査室 篠原令子) 4. 今後の米国住宅価格の展望 - 31 (経済調査室 高山真) 5. 米国大手投資銀行の 6-8 月期決算 33 (経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子) 6. サブプライム問題の実体経済への影響に懸念を強める FRB 36 (経済調査室 高山真) 7. 金融・資本市場混乱の沈静化に注力する FRB - 40 - (経済調査室 高山真) 1

米サブプライム問題と金融・経済への影響平成19 年(2007 年)10 月5 日 NO.2007-13 米サブプライム問題と金融・経済への影響 目次 (はじめに)

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平成 19 年(2007 年)10 月 5 日 NO.2007-13

米サブプライム問題と金融・経済への影響

目次

(はじめに) - 3 -

米サブプライム問題に派生する世界的な信用・流動性クランチの教訓

(経済調査室長 内田和人)

1. 米国サブプライム住宅ローンの概要 - 7 -

(経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子)

2. 証券化市場を拡大させた投資ファンドブーム - 18 -

(経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子)

3. 米国住宅ローン延滞率の上昇 - 29 -

(経済調査室 篠原令子)

4. 今後の米国住宅価格の展望 - 31 -

(経済調査室 高山真)

5. 米国大手投資銀行の 6-8 月期決算 - 33 -

(経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子) 6. サブプライム問題の実体経済への影響に懸念を強める FRB - 36 -

(経済調査室 高山真)

7. 金融・資本市場混乱の沈静化に注力する FRB - 40 -

(経済調査室 高山真)

1

8. 米国サブプライム住宅ローン問題の欧州金融への影響 - 43 -

(経済調査室ロンドン駐在 本多克幸)

9. 米国サブプライム問題がドイツの中堅銀行へ影響拡大 - 47 -

(経済調査室ロンドン駐在 バーンズなおみ、宮城充良)

10. ノーザンロック、イングランド銀行に支援を要請 - 48 -

(経済調査室ロンドン駐在 バーンズなおみ、宮城充良)

11. サブプライム問題がわが国の経済・金融政策に与える影響 - 49 -

(経済調査室 岩岡聰樹、森祥人 )

12. 米国サブプライム問題のアジア金融・経済への影響 - 53 -

(経済調査室シンガポール駐在 竹島慎吾)

13. サブプライム問題の影響度:シナリオ分析 - 57 -

(経済調査室 森祥人 )

2

(はじめに)

米サブプライム問題に派生する世界的な信用・流動性クランチの教訓

米サブプライム住宅ローン問題に端を発した信用収縮懸念は、欧米ヘッジファンドの

資産凍結と巨額損失の報を契機に、一気にグローバルな流動性クランチへ波及し、世界の

金融・資本市場を震撼させた。震源地の米国では、信用収縮や住宅市場の大幅調整による

景気底割れリスクが高まり、米連邦準備理事会は、緊急避難的な公定歩合引き下げや連銀

貸出基準の緩和措置に加えて、大幅な FF 金利の引き下げに追い込まれた。

一時は深刻な金融危機に陥るとの懸念も強まったが、①米国の大幅利下げ、②欧米金

融当局による大規模な流動性供給、③欧米大手銀行の四半期決の算公表(区々ながらも

想定の範囲内)等を受けて、過度な悲観論は後退しつつあり、信用・流動性リスクプレミアム

は、 悪期のレベルから半減している。ただ、震源地である米国の住宅市場は全く改善して

おらず、引き続き悪化している。ファンダメンタルズ面への悪影響はこれから顕在化してくる

可能性があり、なお予断を許さない状況にあると言える。

本論では、米サブプライム問題について、その背景や発生過程を今一度整理した上で、

証券化市場への波及や欧米投資銀行・投資ファンドの関与、内外経済・金融への影響など

を考察する。

サブプライム住宅ローンとは、プライム(優良債務者)層向けでなく、信用水準が一定基準

を満たさない債務者向けに住宅を担保に貸し出すローンのことを示す。信用度の低いロー

ンにより貸付利率は通常の住宅ローンに比べて高くなるが、その反面、債務不履行のリスク

も通常の住宅ローンよりも高くなる。ところが、空前の住宅ブームにより、住宅価格が上昇し、

債務者は住宅価格の値上がり部分を担保に、追加的な借入(ホームエクイティローン)を行う

ことが可能になり、また、保有している住宅を売却してローンを返済した後、売却益を得るこ

とを容易にさせた。

こうしたなか、米国においては 2004 年以降、借入後の一定期間の返済負担が少額に抑

えられる新型住宅ローンが急速に普及した。本来は富裕層向けに開発された住宅ローンで

あったが、住宅市場が活況を呈するなかで、金融機関の貸出競争もあって、サブプライム層

向けへ拡がった。特に 2004 年~2006 年頃に取組まれたサブプライム層向けの新型の住宅

ローンにおいて、当初の返済軽減(低い固定金利や当初金利支払いのみ等)期間が終了し、

債務者のキャッシュフローが急速に悪化した 2006 年後半以降は、同ローンの延滞が急増し、

2007 年に入ると、数多くのサブプライム・レンダーが破綻や事業撤退に追い込まれ、その後

も住宅需要の低迷という形でマクロ経済への影響が続いている。

3

金融システムへの影響については、問題が表面化するのに時間がかかった。それは、a)

信用リスクの多くが「RMBS⇒CDO」を通じて幅広い投資家層に移転されていた、b)CDO の

複雑なストラクチャーからリスクの計測が難しくなっていた、c)CDO の市場流動性が低いこと

等のためである。一方で、オルタナティブ投資に対する機関投資家や富裕層、金融機関の

需要が増加したことから、投資ファンドや CDO/CLO 市場が急速に拡大し、その恩恵を受け

る形で、サブプライム住宅ローン市場が急速に拡大してきたため、グローバルに影響が急拡

大する事態になっている。

今回のサブプライム住宅ローン問題に派生するグローバルな信用収縮の要因を整理して

みると、1)サブプライム住宅ローンの信用リスク(支払不能リスク)、2)シンセティックな証券化

商品(CDO)の巨額損失、3)ABCP プログラム(=SIV Structured Investment Vehicle)がもた

らす流動性リスク、4)証券化商品組成の前提となる DCF 方式の評価見直しリスク(理論価格

と市場価格の乖離)の4点が存在する。

また、金融引き締めの 終局面にみられる信用リスクプレミアムの拡大が遅れた面もある。

金融緩和期には流動性拡張や企業業績の改善期待を背景に信用リスクプレミアムが縮小

する一方、金融引き締め期には流動性収縮と企業業績の悪化観測を受けて信用リスクを回

避する傾向が強まる。クレジット循環といわれるものだが、今次局面では、欧米金融当局が、

金利正常化に向けて断続的な政策金利の引き上げを実施したにも関わらず、信用リスクプ

レミアムはタイトな状態が続いた。これは、ヘッジファンドやプライベートエクイティなど投資フ

ァンドが隆盛を極めるなかで、リスクマネーが膨張し、本来あるべきクレジット循環から乖離し

た過剰流動性相場が創出されたことによる。

クレジット証券化市場が急拡大するなかで、ストレステスト的な信用収縮や流動性クランチ

の過去事例がないため、証券化商品価値の算出根拠となるディスカウント・キャッシュフロー

モデルがやや甘めに運営されていた点も否めない。長期金利の低位安定や価格変動率の

低下が長期化するなかで、将来キャッシュフローの予測や類似商品との相関性が過大評価

されていた可能性がある。複雑なキャッシュフローや性質の異なるリスクを同じモデル手法で

評価したり、過度にレバレッジをかけた擬似合成資産担保証券を組成したり、財務制限条項

の規律を緩めにするなど、一種のモラルハザードが生じていた感も強い。

クレジット証券化商品とヘッジ手段であるクレジット・デリバティブの会計上のミスマッチも

運用上の制約要因になっていると考える。欧米のように対象資産とリスクヘッジ手段双方を

時価評価する会計上のミスマッチを解消させる制度もあるが、今回表面化したように、有事

におけるクレジット証券化商品の流動性は低く、ファンドの換金売り等によって市場価格が

不安定になり、信用リスクの適正評価が行えなくなるリスクがある。証券化商品とはいえども、

貸出債権やローンの商品性を勘案すると、中長期的な保有目的を裏付けとして財務収益の

安定化と適切な信用リスクヘッジを実現させる、繰延ヘッジ会計の適用なども検討に値する

4

のではないかと思われる。

経済コストとしては、サブプライム住宅ローン残高の 1 兆 3 千億ドルに対して、10%程度に

相当する 1,450 億ドルもの累積損失(IMF 予想)が想定されている。日本の不良債権処理額

(100 兆円)や米国 GDP 規模(名目 GDP で約 13 兆ドル)と比べれば、中長期的な影響はそ

れほど大きくはならない。

但し、短期的には、過度なレバレッジにより肥大化した証券化市場が急収縮するなか

での流動性リスクが相当に高まる。行過ぎたクォンツ系金融商品(第 2 次、第 3 次の証券

化組成によるシンセティック CDO)や、それをファイナンスする ABCP プログラムに、その

影響が集中し、欧米の ABCP 市場や銀行間金融取引(LIBOR)では、市場規模の縮小や

大幅な流動性プレミアムの上乗せを余儀なくされた。

特に欧州で問題になっているのは、SIVーlite と呼ばれる仕組み金融(SIV と CDO のハ

イブリッド型ファイナンス)。SIV 市場は、ピーク時に約 4000 億ドル規模に達したとみられ

ている。SIV-lite で調達された資金は、期間ミスマッチと取って、RMBS や CDO で運用さ

れており、レバレッジ率は二桁を超えている。通常の ABCP は、資産流動化を目的とした

ものであるのに対して、SIV は、証券運用の性格が強い。

ABCP やコンデュィットには、流動性補完枠が設定されており、スポンサーである銀行

は流動性補填、信用補完の必要性が発生する。これによって、銀行のバランスシートは肥

大化する。銀行は、バランスシート拡大の抑制と流動性リスク管理を目的に、短期資金の

調達・放出を抑える。それが金融市場の流動性をさらに悪化させるという悪循環に陥る。

過剰ファイナンスが適正な水準に戻るまで、この悪循環が続くことになる。

もっとも、FED は連銀公定歩合貸出を含めて、大量の流動性供給を実施しており、 「過剰ファイナンスの調整(B/S収縮)vs中央銀行の流動性供給(B/S拡大)」は、均衡点に

向かって収束し始める。過去の経験則に従えば、資金流動性は 3-4 ヶ月間(年内)に均

衡するというのがメインシナリオとなる。また、金融当局の流動性供給により、市場流動性

が均衡した後は、再び過剰流動性が、(クレジット市場や株式市場を含む)リスク資産に流

入することになり、金融面から景気刺激効果が再び高まっていく。

無論、投資ファンドの巨額損失懸念が燻り、信用不安の連鎖が増幅されるなかで、

信用力の低いクレジット商品に対する投資需要は減退しており、証券化市場の流動性

回復には、しばらく時間を要しよう。短期的には、投資ファンド破綻による第二波の

流動性クランチに対する警戒も怠れない。

5

しかし、今回は、過去のロシア危機や米企業会計不信の金融収縮局面に比べて、世界

経済や企業財務の健全性などのマクロ環境が良好であり、信用収縮と景気調整の負のス

パイラルが深刻化、長期化する可能性は小さい。実際、一般事業会社の社債スプレッド

は、過去 10 年間の平均値を下回っており、LBO ファイナンスの延期を除けば、企業金融

に顕著な悪影響が出ている訳ではない。そうした観点からみれば、現下の金融市場混乱

は、クレジット証券化市場に特定化された信用収縮や流動性収縮の色彩が強いとも言え

る。金融システミック危機の始まりではなく、クレジット証券化市場や信用リスク評価の正常

化過程と捉えるべきであろう。

一方、リスクシナリオは、「金融バランスシートの収縮に歯止めがかからない」、乃至は

「景気後退⇔信用収縮の悪循環に陥る」パターン。そのチェックポイントは 3 点とみる。

① 株価下落+コベナンツ・ライト条項等で欧米銀行が巨額の損失を被る状態が拡大

する、

② 証券化市場のマヒ状態、格付会社に対する信頼性低下から、同じ価格評価(DCF方式)体系の REIT から投資ファンドが流出、グローバルに不動産価格が大幅に調

整され、「逆資産効果⇒負のデフレ」局面に入る。

③ 「米経済の信認低下+ドル外準離れ」から米国トリプル安が深刻化し、米国経済が

景気後退に向かい、クレジットが悪化する。

三菱東京 UFJ 銀行 企画部経済調査室長

内田 和人

6

米国サブプライム住宅ローンの概要

1.米国サブプライム住宅ローン

(1)サブプライム層、サブプライム住宅ローンとは

米国において、プライム層、サブプライム層を定義するに当たっては、第一に各債務者の

クレジットスコアが大きな意味を持つ。住宅ローンをはじめとした消費者向けローンの与信判

断においては、米国では、クレジットビューロー(個人信用情報機関)1が提供するクレジット

スコアを使用するのが一般的であり、クレジットスコアとは、基本的には「FICOスコア」を指す。

FICOスコアは、フェア・アイザック社によって開発されたスコアリングモデルであり、上記のク

レジットビューロー全てが採用している(第 1 表)。

実際の審査においては、FICO スコア以外に自社独自のノウハウを加味して、 終判断を

下している金融機関も多いが、MBS のモーゲージプールの情報開示、各金融機関の財務

情報開示における消費者向け債権ポートフォリオなど、業界スタンダードが必要とされる事

項に関しては、FICO スコアが使用される。

第 1 表:スコアリングモデル「FICO スコア」 スコアレンジ 300~850 点

返済履歴 35%

借入残高、借入口座数、借入枠の利用率 30%

信用履歴(クレジットヒストリー)の長さ 15%

新規借入の実行状況 10%

考慮項目/比重

その他(借入の種類、構成など) 10% (出所)MyFICO

確固とした基準が定められているわけではないが、「サブプライム層」に関しては、FICO ス

コア 660 点以下を 1 つの目処とするのが一般的である。米国金融当局も、サブプライム層に

該当するような信用リスクの高い債務者として、「FICO スコア 660 点以下」を目処として提示

している。

サブプライム層について、上記金融当局(OCC、FRB、FDIC、OTS)が示している具体的

な特徴は以下第 2 表の通りであり、サブプライム層に区分される債務者は、一般的には以下

5 点のうち、1つ以上の特徴を持つ者としている。

1 クレジットビューローはEquifax社、Experian社、Trans Union社の 3 社寡占。各クレジットビューローには、金

融機関等から個人情報が提供され、クレジットヒストリー(借入毎の与信枠、過去の返済実績、現在残高等)

の他、生年月日、住所、勤務先といった個人の属性などが登録されている。これらの情報と各社共通のスコ

アリングモデル(FICOスコア)を利用することによって、クレジットスコアが算出される。クレジットビューロー3社の保有情報は概ね一致するが、中小金融機関等の個人情報は、必ずしも各クレジットビューローに均しく

提供されている訳ではないため、3 社の保有する個人情報は若干異なっている。

7

第 2 表:サブプライム層に該当する債務者の特徴

① 過去 12 ヶ月間に 2 回以上の 30 日延滞履歴、または、過去 24 ヶ月間に 1回以上の 60 日延滞履歴がある債務者。

② 過去 24 ヶ月間に、強制執行、担保物権の処分、担保権実行、債権償却な

どの履歴がある債務者。 ③ 過去 5 年間に破産履歴のある債務者。 ④ FICO スコアが 660 以下、または他の信用リスクスコアなどにより、相対

的に貸倒れの可能性が高いと考えられる債務者。 ⑤ 所得に占める債務支払い負担が 50%を超える、もしくは所得から債務支

払額を差引いた金額が、生活に必要な支出をカバーするのに十分でない

ような債務者。

(出所)OCC、FRB、FDIC、OTS “Expanded Guidance for Subprime Lending Program”

次に、サブプライム・ローン、プライム・ローンなど、ローンの区分(債務者の区分ではな

い)に関しては、更に細かく区分するのが一般的である。まず、GSE(ファニーメイ、フレディ

マック)が買い取るローンについては、「コンフォーミング・ローン」と呼ばれる。GSEは、一部

サブプライム・ローン、Alt-A(後述)の買い取りも実施しているが、基本的な買い取りの対象

は、一定以上の信用力(プライム層向け)、一定金額以下(単一家族住宅向けの場合は 41.7万ドル以下)、その他一定の条件(LTV~物件価格に対する融資の割合~等)をクリアした

ローンである2。

また、プライム層向けのローンに関しては、GSE の融資上限額を超える大型のローンを

「ジャンボ・ローン」と呼び、LTV、提出書類等の条件が緩和された形で実施されるようなロー

ンを「Alt-A」と呼んでいる。Alt-A の広義の定義は、「プライム・ローンとサブプライム・ローン

の中間のリスクを持つローン」であり、プライム層、サブプライム層を分ける一般的なラインで

ある FICO スコア 660 点前後の層向けに実施されるローンを Alt-A と呼ぶこともある。FICO ス

コア 660 点前後の層については、プライム層向けローンを中核とする貸し手(銀行等)、サブ

プライム層向けローンを中核とする貸し手(ノンバンク等)のカバー範囲の間に位置するニッ

チな領域でもあるため、近年、当該層向けローンを専門的に扱う業者も台頭してきた。

サブプライム・ローンについては、サブプライム層向けのローン全般を指し、公表データベ

ースでは、それ以上の細かい括りはないが、当然、その中には FICO スコアで大きな幅があ

るだけでなく、金額の大小、LTV、DTI(対所得の負債比率)、提出書類等の面で千差万別

なローンが混在している。 近、特に問題が顕在化してきたのは、サブプライム・ローンの中

でも特にリスクの高い方法で融資が行われ(高水準の LTV、DTI など)、かつ、当初一定期

間に優遇金利が適用されるローンや返済方法に特殊なオプションの付いたローンなどであ

る。

2 ファニーメイ向けのヒアリング(2007 年 3 月 19 日、IR向け)によると、同社債権ポートフォリオに占めるサブプ

ライム・ローン(Alt-Aを含む)の構成比は 2.2%。

8

第1図:住宅ローンの区分(プライム、サブプライム、Alt-A)

第2図:返済タイプによる住宅ローンの種類

融資基準等

 

融資金額LTV(Loan to Value、掛け目)

DTI(Debt to Income、所得対比負債比率)

提出書類(収入証明等)、等

300~620※1 620~660 660~850FICOスコア(レンジ:300~850)

一般的

緩和的

(※1)ファニーメイ、フレディマック等は、FICOスコアの明確な買取基準は提示していない。

(資料)各種資料等より三菱東京UFJ銀行企画部経済調査室作成

(※2)Alt-Aについては、金額面での基準未充足のものを除いて、一部買取りを実施

③変動金利型(オプション型)          (ハイブリッド型)

元本返済開始、固定金利から変動金利

への切り替わり時に返済額が急増

①固定金利型

返済額は一定

②変動金利型(普通タイプ)

短期金利上昇時には返済額増加

プライムサブプライム

Alt-A※2

サブプライム

サブプライム

(特にリスクが高い)

GSE買取可能(コンフォーミング・ローン)

ジャンボ・ローン

(2)サブプライム市場の規模

フェア・アイザック社が公表している FICO スコアの分布(債務額の分布ではなく、債務者

数の分布)をみると、649点以下層の構成比が27%となっており、サブプライム層をFICO660点以下と定義した場合、その構成比は約 3 割程度になるものと考えられる(第 3 図)。米国の

人口、家計数が各々3 億、約 1 億程度であることから考えると、単純計算で、サブプライム市

場の人口(サブプライムに区分される親の子供は同市場の人口と考える)は 1 億人、家計数

は 3 千万家計程度と考えられる。

ただし、スコアレンジ別の予想延滞率をみると、FICO550~599 点の層における 2 年間の

予想延滞発生率が 5 割を超えるなど、600 点以下層向けのローンについては、ビジネスとし

ては成り立ち難い。ローン提供先市場としてのサブプライム層については、FICO600~660点程度、全体に占める構成比 15%(5 千万人、1.5 千万家計)程度の領域であろう。

 (※)当該債務者向けクレジットのうち少なくとも1つが、今後2年間に貸倒れ、もしくは90日以上延滞となる確率。

 (資料)フェア・アイザック社資料、Equifax社資料より、三菱東京UFJ銀行企画部経済調査室作成

サブプライム層 プライム層

第3図:FICOスコアの分布と予想延滞率

2%5%

8%12%

15%18%

13%

27%83%

70%

51%

31%

14% 5% 2% 1%0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

~499 500~549 550~599 600~649 650~699 700~749 750~799 800~

0%

20%

40%

60%

80%

100%予想延滞率(右目盛)※

分布(左目盛)

660(目処値)

9

FICO スコアは「所得」で決定される訳でないが、ちなみに米国家計の所得階層構成比か

らみると、下位 30%に相当する層は、概ね年間所得 2.5 万ドル(約 300 万円)未満層に相当

する(第 4 図)。

(ご参考)日本の消費者金融利用者の年収構成(利用者数約1,400万人、04年)

1000万未満1%900万未満

2%

600万未満10%

500万未満19%

400万未満24%

300万未満19%

200万未満14%

700万未満6%

800万未満3%

1000万以上2%

(出所)金融庁「貸金業制度等に関する懇談会」

第4図:米国家計の所得階層構成比

(05年)

5万㌦未満15%

7.5万㌦未満19%

10万㌦未満11%

10万㌦以上18%

3.5万㌦未満11%

1万㌦未満8%

1.5万㌦未満6%

2.5万㌦未満12%

(出所)U.S. Census Breau"Current Population Survey"

平均値 6.3万㌦中央値 4.6万㌦

サブプライム住宅ローン市場の市場規模に関しては、 近 IMF が公表したレポートによる

と 1.3 兆ドル(約 150 兆円)となっている。2006 年末の米国住宅ローン市場全体の残高は、

FRB の Flow of Funds ベースで約 9.7 兆ドルとなっており、住宅ローン残高全体に占めるサ

ブプライム住宅ローンの構成比は 13%強である。

第5図:米国住宅ローン実行額の内訳

120 185 310 530 625 600

1,7302,287

3,1101,720

1,660 1,470

185856760

380 400

220

176

175

130 90 80

0

1,000

2,000

3,000

4,000

2001 2002 2003 2004 2005 2006

FHA/VA※2

プライム※1

Alt-A

サブプライム

(10億㌦)

(構成比)

6% 7% 8% 21% 23% 24%

83% 84% 83%67% 60% 58%

3% 2% 2%

7% 14% 16%

8% 6% 6% 3% 3%5%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

2001 2002 2003 2004 2005 2006

FHA/VA※2

プライム※1

Alt-A

サブプライム

(※1)ジャンボローン(プライム層向けだが、融資額がGSEの買取基準額を超えるローン)を含む

(※)連邦住宅局、退役軍人省の保証付ローン(政府保証ローン)

(出所)Inside Mortgage Finance

10

(3)サブプライム住宅ローンの主要プレーヤー

米国住宅ローン市場における主要プレーヤーを概観すると第 3 表の通り。サブプライム・

ローンについては、相対的にはノンバンクのプレゼンスが高い。銀行系の HSBC、シティグル

ープについては、過去、大手消費者金融会社(ハウスホールド、アソシエイツ)を買収し、消

費者金融事業を大規模に展開していることが背景にある。また、 近、証券化業務とのシナ

ジー効果を目的に、大手投資銀行による住宅ローン業務への進出も相次いできた。

オリジネーター 実行額 シェア オリジネーター 残高 シェア

1 カントリーワイド 455,638 14.4% 1 ウェルズファーゴ 1,341,870 15.6%2 ウェルズファーゴ 397,641 12.6% 2 カントリーワイド 1,298,394 15.1%3 ワシントン・ミューチュアル 196,181 6.2% 3 ワシントン・ミューチュアル 710,797 8.3%4 JPMチェース 178,269 5.6% 4 JPMチェース 674,057 7.8%5 シティグループ 169,219 5.4% 5 シティグループ 521,509 6.1%6 バンク・オブ・アメリカ 167,527 5.3% 6 バンク・オブ・アメリカ 419,497 4.9%7 GMAC 163,247 5.2% 7 GMAC 337,454 3.9%8 インディマック 89,951 2.8% 8 ABNアムロ 229,889 2.7%9 EMCモーゲージ(ベアスターンズ) 85,604 2.7% 9 ワコビア 175,244 2.0%10 ワコビア 69,427 2.2% 10 ナショナル・シティ 171,006 2.0%

3,160,000 100% 8,591,000 100%

オリジネーター 実行額 シェア オリジネーター 残高 シェア

1 HSBC 52,800 8.8% 1 カントリーワイド 119,060 9.2%2 ニューセンチュリー(破綻) 51,600 8.6% 2 JPMチェース 83,837 6.5%3 カントリーワイド 40,596 6.8% 3 オプションワン(サーベラスが買収) 69,039 5.4%4 シティグループ 38,040 6.3% 4 アメリクエスト・モーゲージ 65,000 5.0%5 WMCモーゲージ(GE) 33,157 5.5% 5 シティグループ 64,250 5.0%6 フレモント・インベストメント 32,300 5.4% 6 オクウェン・フィナンシャル 52,160 4.0%7 アメリクエスト・モーゲージ 29,500 4.9% 7 ホームカミングス 51,735 4.0%8 オプションワン(サーベラスが買収) 28,792 4.8% 8 ウェルズファーゴ 51,321 4.0%9 ウェルズファーゴ 27,869 4.6% 9 ナショナル・シティ 49,545 3.8%10 ファースト・フランクリン(メリルリンチ) 27,666 4.6% 10 HSBC 49,465 3.8%

600,000 100% 1,289,000 100%

オリジネーター 実行額 シェア

1 インディマック 70,146 17.5%2 EMCモーゲージ(ベアスターンズ) 54,571 13.6%3 GMAC 40,085 10.0%4 ウェルズファーゴ 37,356 9.3%5 オーロラローン(リーマン) 31,569 7.9%6 WMCオーゲージ(GE) 18,339 4.6%7 グリーンポイント(キャピタルワン) 16,242 4.1%8 ワシントン・ミューチュアル 14,331 3.6%9 ファースト・マグナス 13,319 3.3%10 ホームカミングス 12,168 3.0%

400,000 100.0% (出所)アメリカン・バンカー、Inside Mortgage Finance

住宅ローン残高(2006年末、サービシングベース、100万㌦)

住宅ローン実行額(2006年、100万㌦)

市場合計

市場合計

<サブプライム>

市場合計

第3表:米国住宅ローン市場の主要プレーヤー

<市場全体> <市場全体>

<サブプライム>

市場合計

<Alt-A>

市場合計

11

(4)新型住宅ローンの特徴

前掲第 5 図の通り、サブプライム住宅ローン、Alt-A は 2004 年以降に急増しているが、こ

うしたローンの拡大を促進し、この間の住宅ブームを支えてきたのは、金融機関が積極的に

導入した新商品や、ローン審査にかかる新サービスである。特に注目されてきた新商品/サ

ービスとしては、「ハイブリッド ARM」、「インタレスト・オンリー」、「オプション ARM(支払方法

選択型の変動金利ローン)」や、「提出書類軽減型の審査」などが挙げられる。ハイブリット

ARM、インタレスト・オンリー、オプション ARM の特徴は、以下の通りである。

ⅰ)当初一定期間は、返済負担が軽減される(優遇金利、元本返済猶予) ~取組時点で適用される優遇金利は、2%以下となるケースもある。

ⅱ)固定から変動への切り替わり時に金利負担が急上昇する ~取組時点における優遇金利と店頭表示金利(一定期間経過後のベースとなる変動

金利)との格差は、一般的に 3~6%程度(FRB 調べ)。

ⅲ)優遇金利期間や元本据置期間終了と同時に、月々返済額が大幅に増加する

第 4 表:近年普及した住宅ローン商品/サービス

【新商品】 ①ハイブリッドARM

当初 2 年または 3 年間は低い優遇固定金利が適用され、その後変動金利へと移行

する(固定金利/変動金利の適用期間をとって「2/28」、「3/27」などと呼ばれる)。

②インタレスト・オンリー

当初 2~10 年程度(5 年が一般的)までは「元本据え置き、利払いのみ(固定金

利)」。一定期間終了後、元本返済開始。

③オプションARM(支払方法選択型の変動金利住宅ローン) 当初 1~5 年程度に関して、支払い方法を選択できる。例えば、 低支払金額(ミニ

マム・ペイメント)以上の返済額を自分で設定する。金利以下の金額に設定すること

も可能であり、この場合、元本が増加する。取組後一定期間は固定金利が適用さ

れ、その後変動金利に移行。

【新サービス】 ①提出書類軽減型(Non or Low Documentation)

一定の条件(基本的には高いクレジットスコア)のもと、ローン申請時の証明書類(収

入証明等)提出が軽減される。顧客利便性、審査のスピードアップに寄与。

インタレスト・オンリーやオプション ARM は、もともとは投資目的の富裕層向け商品であっ

たが、近年、ターゲットが拡大。取組当初の返済額が少額に抑えられるという特性を活用し、

一般大衆層による高額物件の購入、サブプライム層の持家購入(住宅購入層の裾野拡大)

にも幅広く活用されるようになっていった。

12

この時期、住宅価格の上昇は前年比で 2 桁を超え(全米ベース)、所得の伸びを大きく上

回るペースで拡大していたことを

考慮すると、一般消費者の住宅購

入能力・ローン完済能力は低下し

ていたと考えるのが妥当である。

新型ローンについては、当初返

済額が少額に抑えられるため、取

組当初の債務者のキャッシュフロ

ーには余裕が生まれる。一方、一

定期間終了後は返済額が急激に

増加する性格を持っているため、

終的なローンの完済は「住宅価

格の上昇&物件売却(もしくはリフ

ァイナンス)」を前提としているケー

スが多い。特に、こうしたローンは一定期間終了後には変動金利が適用されるため、取組後

に短期金利が大きく上昇した場合、債務者の返済負担は、当初見込みよりも大幅に膨らむリ

スクを抱えている(FRBは 2004 年から 2006 年にかけて FF レート誘導目標を 1.0%から 5.25%に引き上げ)。

第6図:住宅価格上昇率の推移

(全米及び主要州)

▲ 5%

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

1997 1999 2001 2003 2005 2007

全米

カリフォルニア

テキサス

フロリダ

ニューヨーク

(出所)米連邦住宅公社監

(前年比)

多くの金融機関においては、住宅ブーム下の競争激化の中で、当初返済軽減期間のキ

ャッシュフローのみをベースに貸出審査を行っていた先が多いとも言われている。近年、借

り手、貸し手双方ともに、「住宅価格上昇期待」をベースにして、借入れ、貸出しのスタンスが

大きく緩和的になっていたものと考えられる。

融資基準が緩和的となっていたことを示す一つのデータが、全米の住宅について、担保

余力による分布を示した第 5 表である。全米住宅(全ストック)ベースでみると、担保余力がな

い(マイナスとなっている)住宅は 6.9%であるが、2004 年以降に住宅ローン(リファイナンス

を含む)が実行された住宅については、担保余力マイナスの構成比が年々増加している

(2006 年に住宅ローンを取組んだものについては 17.6%)。

2006 年時点では、引き続き全米ベースの住宅価格が上昇していたことを考慮すると、担

保余力マイナスの住宅が増加しているのは、ⅰ)融資基準の緩和、ⅱ)元本返済が猶予され

る(もしくは元本が増加することもある)新型ローンの増加、という 2 つの要因が重なったため

と考えられる。

融資基準の緩和については、某ノンバンク大手が、ローン取組時の諸経費を含め

LTV107%を上限とするローンの提供を行っていた例などが挙げられる。新型ローンの影響

については、例えば、2006 年実施分の変動金利型ローン(新型ローンが含まれる)について

は、担保余力マイナスの住宅は 23.9%に達し、固定金利型ローンの 10.3%を大きく上回っ

ている。また、当該第 5 表は、住宅価格が下落に転じた場合には、担保余力を失う住宅が加

速度的に増加することを示している。

13

住宅価格対比 全米住宅

担保余力 1990 1995 2002 2003 2004 2005 2006

▲10%未満 2.9% 1.3% 1.7% 2.8% 2.3% 3.2% 3.6% 5.2%

▲10%~▲5% 1.4% 0.3% 0.4% 0.9% 0.9% 1.2% 1.8% 3.9%

▲5%~0% 2.6% 0.4% 0.5% 1.2% 1.3% 1.9% 3.6% 8.5%

0%~5% 4.1% 0.5% 0.7% 1.9% 2.2% 3.6% 7.2% 11.2%

5%~10% 4.8% 0.7% 0.8% 2.8% 3.2% 5.1% 9.2% 9.8%

10%~15% 5.2% 0.9% 1.1% 3.9% 4.2% 6.5% 9.8% 8.7%

15%~20% 5.7% 1.0% 1.3% 4.6% 5.0% 7.2% 9.6% 9.1%

20%~25% 6.4% 1.2% 1.7% 5.2% 5.6% 8.3% 10.5% 10.7%

25%~30% 6.6% 1.6% 2.4% 6.0% 6.7% 9.4% 10.4% 8.1%

30%以上 60.3% 92.1% 89.4% 70.7% 68.6% 53.6% 34.3% 24.8%

住宅価格対比 全米住宅

担保余力 1990 1995 2002 2003 2004 2005 2006

▲10%未満 2.9% 1.3% 1.7% 2.8% 2.3% 3.2% 3.6% 5.2%

▲10%~▲5% 4.3% 1.6% 2.1% 3.7% 3.2% 4.4% 5.4% 9.1%

▲5%~0% 6.9% 2.0% 2.6% 4.9% 4.5% 6.3% 9.0% 17.6%

0%~5% 11.0% 2.5% 3.3% 6.8% 6.7% 9.9% 16.2% 28.8%

5%~10% 15.8% 3.2% 4.1% 9.6% 9.9% 15.0% 25.4% 38.6%

10%~15% 21.0% 4.1% 5.2% 13.5% 14.1% 21.5% 35.2% 47.3%

15%~20% 26.7% 5.1% 6.5% 18.1% 19.1% 28.7% 44.8% 56.4%

20%~25% 33.1% 6.3% 8.2% 23.3% 24.7% 37.0% 55.3% 67.1%

25%~30% 39.7% 7.9% 10.6% 29.3% 31.4% 46.4% 65.7% 75.2%

30%以上 100.0% 100.0% 100.0% 100.0% 100.0% 100.0% 100.0% 100.0%

(出所)LoanPerformance

住宅ローン実行時点別(リファイナスを含む)

第5表:全米住宅にかかる担保余力(2006年末時点)

住宅ローン実行時点別(リファイナスを含む)

(分布)

(累積)

2.サブプライム住宅ローンの延滞急増の背景

(1)延滞発生のメカニズム

前述の通り、昨今のサブプライム住宅ローンの延滞急増については、マクロ経済の悪化よ

りも、むしろ、特殊な性格を持つ新型ローンの「キャッシュフローの問題」が主な原因となって

いる。雇用・所得環境が安定していても、過大な返済負担のもとで延滞は発生する。サブプ

ライム・ローンの延滞率が特に上昇しているのは、プライム層に比べ、サブプライム層のキャ

ッシュフロー余力(返済負担急増に対する対応能力)が相対的に乏しかったためである。

2006 年後半以降、サブプライム向け住宅ローンの延滞が急増するに至った経路は、以下

の通りと推測される。

ⅰ)2004 年から 2006 年にかけて、新型住宅ローンを活用することにより、従来基準では

困難であった低所得層によるローンの借入れが増加。

ⅱ)取組当初の返済軽減期間(優遇金利適用期間)に短期金利が大幅に上昇。

ⅲ)返済軽減期間が終了し、毎月返済額が急激に増加。

14

ⅳ)住宅ブーム一巡、住宅の需給環境悪化等の中、貸し手がローンのリファイナンス(返

済条件の緩和等)に慎重なスタンスに変化。担保余力がマイナスの物件について

は、住宅売却によるローンの完済も困難に。

ⅴ)キャッシュフロー不足により、延滞が発生。

第8図:米国金利の推移

0%

2%

4%

6%

8%

10%

98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

(資料)モーゲージ・バンカーズ協会資料、FRB

モーゲージ金利(30年固定)

FFレート

第7図:住宅ローンの30日超延滞率

0%

2%

4%

6%

8%

10%

12%

14%

16%

98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

(資料)モーゲージ・バンカーズ協会資料

サブプライム・ローン

プライム・ローン

ABA Banking Journal 誌の調べによると、

2004 年実施分のサブプライム向け住宅ロー

ンを金利条件で分類すると、約 9 割を変動

金利型が占め、その大半を当初 2 年固定型

(その後変動に移行)が占めている。

サブプライム向けローン、新型ローンが急

速に普及したのは 2004 年であり、2006 年は、

それから丁度 2 年が経過した時期にあたる。

ハイブリット型ローンについては、2004 年頃

に取り組まれたローンが、変動金利へ移行

(優遇金利期間の終了⇒適用金利の上昇)

し、キャッシュフローが急激に悪化した債務

者が相次いだ可能性が考えられる。インタ

レスト・オンリーについては、元本返済期間が 5 年に設定されているものが多かった模様で

あり、元本返済開始のインパクトが本格化するのは 2009 年頃からになろう。

第9図サブプライム向け住宅ローンの内訳

(2004年実施分)

変動

(3年固定)

19% 変動

(2年固定)66%

変動

(1年固定)

1%

固定

12%

変動

(5年固定)

2%

(出所)ABA Banking Journal

次に、各新型ローンについて、実際にどのような形で元本の返済が進み、当初一定期間

終了後にどのような形で返済負担が増加するのかについて、一定の仮定のもとでシミュレー

ションを行った結果が第 10 図である。

15

   (資料)以下仮定のもと、三菱東京UFJ銀行企画部経済調査室作成

① 当初融資額30万㌦、返済期間は30年。

② 固定金利は、05年9月(約2年前)の30年固定金利(5.77%)を使用。

③ I/O、オプションARMの金利は、当初が5.1%(05年9月の1年変動)、変動移行後が6.1%(07年9月の1年変動)を使用。

④ ハイブリット型は、当初2年の優遇金利が4%、3年目から8%と仮定。

⑤ オプションARMのミニマム・ペイメントは残高の2%。

第10図:ローン残高/返済額シミュレーション

固定金利(30年)

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

1年目 2年目 3年目 4年目 5年目 6年目

(㌦)

200,000

225,000

250,000

275,000

300,000

325,000

350,000

ローン残高(右目盛)

毎月返済額(元利合計、左目盛)

ハイブリット型(当初2年固定優遇金利)

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

1年目 2年目 3年目 4年目 5年目 6年目

(㌦)

200,000

225,000

250,000

275,000

300,000

325,000

350,000

オプションARM(返済オプション期間5年)

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

1年目 2年目 3年目 4年目 5年目 6年目

(㌦)

200,000

225,000

250,000

275,000

300,000

325,000

350,000インタレスト・オンリー

(当初5年元本据置)

0

1,000

1,500

2,000

2,500

1年目 2年目 3年目 4年目 5年目 6年目

(㌦)

200,000

225,000

250,000

275,000

300,000

325,000

350,000

500

新型ローンにおいては、返済軽減期間中は負担が少ないため、延滞は起こり難い。a)こう

した新型ローンの取り組みは、特に 2005 年、2006 年にピークを迎えたこと、b)ハイブリット型

ローンについては返済軽減期間が概ね 2~3 年程度に集中していたこと、c)インタレスト・オ

ンリーについては、5 年の元本据置期間が一般的であったこと、を考えると、現在特に問題

視されているハイブリット型ローンの延滞問題は、今後 1 年程度にかけて一段と深刻化し、ま

た、インタレスト・オンリーについては、2010 年頃が元本返済開始のピーク(返済負担が急増

する債務者がピークを迎える時期)になるものと予想される。

(2)米国内における地域格差

インタレスト・オンリーやオプション ARM の利用には、米国内でも地域差が大きかったと言

われているが、そうした新型ローンの利用が特に活発であったといわれるカリフォルニア州の

主要都市別の住宅価格をみると、2006 年第 4 四半期には、27 都市中 22 都市において、前

期比マイナスに転じている。

16

第11図:カリフォルニア州の主要27都市別の

住宅価格上昇率

-20%

-10%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006(出所)米連邦住宅公社監督局(OFHEO)

(前期比年率)

また、サブプライム住宅ローンに関する全米、及び州別の延滞率推移をみたものが第 12図である。延滞率の水準が特に高いのは、ミシガン州やオハイオ州など中西部州となってお

り、こうした州に集中する自動車産業等の不振等が影響しているものと考えられるが、2005年から 2006 年にかけての急激な悪化という点では、新型ローンの利用(住宅価格の上昇)

が特に大きかったと言われるカリフォルニア州やマサチューセッツ州の方が顕著である。

フロリダ州の延滞率上昇が相対的に緩やか且つ他州に比べて遅れているのは、同州の

住宅ブームがカリフォルニア州などよりも 1 年程度遅れていたことと関係しているものと思わ

れる(前掲第 6 図参照)。

第12図:サブプライム住宅ローンの60日超延滞率

0%2%4%6%8%

10%12%14%16%18%20%

ミシガン オハイオ カリフォルニア マサチューセッツ フロリダ

2004 2005 2006

(※)各州の実績は、LoanPerformance社の各州内主要都市の実績の平均値を使用。

(資料)LoanPerformance社データより三菱東京UFJ銀行企画部経済調査室作成

(経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子)

17

証券化市場を拡大させた投資ファンドブーム

1.2003 年~2006 年の米国金融市場を牽引した好循環の構図 近年の米国においては、以下の各種要因が相乗効果を発揮する形で、投資ファンドや

CDO/CLO 市場が急速に拡大し、その恩恵を受ける形で、サブプライム住宅ローン市場や

M&A 市場が急速に拡大してきた。

a) オルタナティブ投資(ヘッジファンド、PE ファンド、CDO/CLO 等)に対する機関投資家

や富裕層、金融機関の需要増加 b) CDO/CLO を通じたリスク選好の多様な投資家層の効果的な取り込み c) ヘッジファンドの拡大によるリスクマネーの拡大 d) 規制圧力、投資家圧力が強まる中での事業会社による非公開化ニーズの増加 e) 各種ビジネス・プロセスへの大手投資銀行の積極的な参画

こうした構図を俯瞰図及びデータで確認すると以下第 1~13 図の通り。2003~2006 年の

米国では、こうした好循環が好調な金融市場を牽引してきたと言える。

第1図:ファンドブームの構図と業界・業務・マネーフローの構図

CDO/CLO

投資銀行

金融機関、年金基金、富裕層マネー等(広範な層へのリスクの分散)

サブプライム住宅ローンの拡大(足元の残高:1.3兆㌦程度)

RMBS

主要プレーヤーは欧

州銀。引受業務を営

む米投資銀も従事

PEファンド ヘッジファンド

LBOファイナンス

約6割程度(1兆㌦弱)が証券化

CDO/CLOの発行

残高は1兆㌦程度

ヘッジファンドがCDO

の約30%を保有。

機関投資家(CLO中心)がLBOローンの約7割を購入

各種投資活動(レバレッジ活用)

主要プライム・ブローカー(投資銀行)の信用取引

残高は各1,000億㌦規模

2006年のLBOローン実

行額は2,000億㌦規模

オルタナティブ投資の拡大

事業法人

買収

M&Aの増加

アドバイザリー/引受 プライム・ブローカレッジ組成・引受

足元、M&Aの1/4程度

はPEファンド関連の案件

住宅ローンのオリジネーション

近年積極的に参入(証券

化の原債権を安定 的に

確保することが主目的)

ウェアハウジング

18

<急ピッチで拡大する PE、ヘッジファンド市場>

0200400

600800

1,0001,200

1,4001,600

91 93 95 97 99 01 03 05 07

第3図:ヘッジファンド運用資産残高

(グローバル)(10億㌦)

(※)2007年は3月末。  (出所)HFR

*

第2図:PEファンド組成総額

(米国)

020406080

100120140160180200

99 00 01 02 03 04 05 06

(10億㌦)

The Blackstone Group(出所)

<スプレッドの低下・安定が LBO ローンの拡大を促進>

第4図:LBOローンの新規実行額

(米国、99~06年)

0

50

100

150

200

250

99 00 01 02 03 04 05 06

(10億㌦)

(出所)S&P

第5図:格付け別スプレッド

0%

1%

2%

3%

4%

5%

6%

7%

8%

02/03 03/03 04/03 05/03 06/03 07/03

(週次ベース、年/月)

B格

BB格

(※)格付別のコンポジット・インデックス-国債利回り

(出所)ブルームバーグ、FRB

<借り手優位の調達環境~貸出条件の緩和が進行>

第6図 :EBITDA倍率※の推移

(米国LBO)

3.5

4.0

4.5

5.0

5.5

6.0

99 00 01 02 03 04 05 06

(倍)

(※)総負債/EBITDA(利払前・税引前・償却前利益)

(出所)S&Pレポート

第7図:コベナンツ数

(BBB格ローン)

0%

20%

40%

60%

80%

100%

05/2Q 06/2Q 07/2Q

(構成比)

3<

=3

=2

=1

(出所)LPC

19

<拡大する CDO/CLO がリスクマネーを仲介>

第9図:LBOローンの投資家構成

(米国プライマリー市場)

0%

10%

80%

<業績拡大が続く投資銀行、プライム・ブローカー業務>

<PE が牽引する M&A 市場拡大> <サブプライム住宅ローンの拡大>

第10図:投資銀行手数料

(02~06年)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

シティ JPMC GS モルスタ

(百万㌦)

(出所)各社決算関連資料

第11図:ゴールドマン・サックスの

プライム・ブローカー業務

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

03 04 05 06

(出所)ゴールドマンの決算関連資料

(粗利益、百万㌦)

第12図:M&Aに占めるPE関連案件

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

01 02 03 04 05 060%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

PE関連案件の比率(a/<a+b>)(右目盛)

(出所)The Blackstone Group

PEに関係しないM&A(b)

PE関連のM&A(a)

(案件総額、10億㌦)

第13図:サブプライム住宅ローン

実行額の推移

0

100

200

300

400

500

600

700

01 02 03 04 05 06(出所)Inside Mortgage Finance

20%

30%

50%

70%

99 00 01 02 03 04 05 06

(構成比)

機関投資家

(足元、9割程度がCDO/CLO)

60%

40%米銀

欧州銀

その他

(出所)S&P

第8図:CDO/CLOの発行額

(米国)

0

50

100

150

200

250

300

350

00 01 02 03 04 05 06

(10億㌦)

CDO CLO

(出所)ドイツ銀行、Thomson Financial

20

一方で、年初に顕在化したサブプライム住宅ローン問題、これが波及する形で 6 月に表

面化したベアスターンズ傘下ヘッジファンドの経営危機問題により、7 月以降、信用力の低

いクレジット商品(サブプライム住宅ローンを裏付けとする RMBS や、そうした RMBS を組み

入れている CDO、レバレッジド・ローンや、そうしたローンを組入れている CLO 等)に対する

投資需要の減退、スプレッドの拡大が進むなど、資金調達環境が急激に悪化した。

近年の米国金融市場では、急速に拡大するヘッジファンドや PE ファンドなどのリスクマネ

ーを、「整理・加工・調整・促進役」としての大手投資銀行が巧く回転させ、「好循環の構図」

を作り出してきた。一方で、こうした構図については、a)レバレッジを利かせることでマネーを

拡大させていたこと、b)複雑なストラクチャーを活用しながら幅広くリスクを分散させたことが、

利害関係者を増やし、リスクの所在を分かり難くする面もあったことから、局地的に発生した

問題が、金融市場の広い範囲で不安を生み、急激なマネーの縮小に繋がったことも否定で

きない。

足元の環境変化が、各種ビジネスに深く関与してきた投資銀行等に大きな影響を与える

ことは避けられないと思われるが、他方、中長期的な金融ビジネス戦略を考える上において

は、サブプライム住宅ローンや LBO などが急増した背景を検証する必要がある。特に、近年

の LBO 拡大については、規制圧力の強まり等を背景とした「事業会社による非公開化ニー

ズ」が実際に存在したものであり、これを単純なマネーゲームと言い切ることはできない。

LBO ファイナンスの発展・拡大、CDO/CLO の拡大、ヘッジファンドの拡大などは、実需に応

えるための必要なリスク分散、リスクマ

ネー供給機能を果たしていたと考える

ことができる。

第14図:JPMチェースの不良債権比率

0.0%

0.5%

1.0%

1.5%

2.0%

2.5%

05/上 05/下 06/上 06/下 07/上

住宅ローン

企業向けローン

(出所)JPMチェース決算関連資料

更に、既に延滞率急増という形で

信用リスクが顕在化しているサブプラ

イム住宅ローンに対して、企業金融を

巡る信用状況は引き続き安定してい

るなど、サブプライム住宅ローンと

LBO を同じ次元で考えるのも危険で

ある。

足元のクレジット市場の動きについては、2003 年から 2006 年頃に進んだサブプライム住

宅ローン業務やレバレッジド・ローン業務などにおける与信条件の緩和に急激な調整が発

生したものと捉えることができる。これが正常過程への回帰に向けた調整なのか、拡大してき

た投資ファンドや金融イノベーションに壊滅的な影響を及ぼすものなのか、当面は、慎重に

フォローする必要があろう。

21

2.CDO 市場へのサブプライム住宅ローン問題の波及 (1)サブプライム・ローンの延滞率急増

前章で説明した通り、2006 年後半以降、米国住宅市場においては、サブプライム層向け

ローンを中心に延滞が急増した。2004 年~2006 年頃に取組まれた新型の住宅ローンにお

いて、返済軽減期間(優遇金利適用期間)が終了し、債務者のキャッシュフローが急速に悪

化したことが主な原因。当該問題がクローズアップされるようになった 2007 年初、数多くのサ

ブプライム・レンダー(ノンバンクが中心)が破綻や事業撤退、身売りに追い込まれ、その後も

住宅需要の低迷という形でマクロ経済への影響が続いている。

一方で、その他金融システム全般へのサブプライム問題の影響については、問題が表面

化するのに時間がかかった。理由としては、a)信用リスクの多くが「RMBS⇒CDO」を通じて

幅広い投資家層に移転されていたこと、b)「原資産⇒RMBS⇒CDO」という重層プロセス、

CDO の複雑なストラクチャーなどにより、誰が、どの程度のリスクを抱えているのか、計測す

るのが難しくなっていたこと、c)CDO の市場流動性が低いこと(売買時価が付き難いこと)、

などが挙げられる。

こうした「潜在リスク」が「顕在化リスク」として一気にクローズアップされる契機になったのが、

6 月に表面化したベアスターンズ傘下のヘッジファンド問題である。

(2)ベアスターンズ・ファンド問題の表面化

4 月以降、サブプライム住宅ローン問題にかかる混乱が一旦沈静化していた米国金融市

場であるが、6 月中旬、ベアスターンズ傘下のヘッジファンド 2 本(ここでは纏めてベアスター

ンズ・ファンドと呼称)の経営難が明らかになり、サブプライム問題の RMBS 市場や CDO 市

場への波及が表面化すると、金融市場に再び動揺が広がった。

第 1 表:問題となったベアスターンズ傘下のヘッジファンドの概要 ①High-Grade Structured Credit

Strategies Fund (HSCS ファンド、第 1 ファンド)

②High-Grade Structured Credit Strategies Enhanced Leveraged Fund(HSCSEL ファンド、第 2 ファンド)

設定時期 2003 年 3 月 2006 年 8 月

投資戦略 レバレッジを効かせた CDO や MBS への投資

顧客預かり資産 9.25 億ドル(2007 年 3 月時点) 6.38 億ドル(2007 年 3 月時点)

レバレッジ 6 倍程度 10 倍程度

年初来パフォーマンス (2007 年 6 月末時点)

▲90~▲95%程度 (very little value left)※

▲100%(無価値) (no value left)※

その後の計画 時間をかけて清算

(※)ベアスターンズが 2007 年 7 月 17 日に投資家向けに送った報告書上のパフォーマンスに関する表現。 (資料)ベアスターンズの投資家向け報告書、各種報道発表等より三菱東京 UFJ 銀行企画部経済調査室作成

ベアスターンズ・ファンドが積極的に投資していたのは、サブプラム住宅ローンを裏付け

に発行されたRMBS(以下、サブプライムRMBS)を多く組み込んだCDOであり、同ファンド

22

は、プライム・ブローカー3からの借入れを活用してレバレッジを効かせた運用を行っていた。

問題は、ベアスターンズ・ファンドのプライム・ブローカーが、担保として保有している CDOの価値が低下したとして同ファンドに追加証拠金の差し入れを求めたところ、資金不足によ

りファンドが対応できず、プライム・ブローカーが CDO の売却処分(担保処分)を通告したこ

とに端を発する。多くのプライム・ブローカーからの追加証拠金拠出、投資家からの解約請

求増加に晒されたベアスターンズ・ファンドは清算の危機に直面した。

終的に、ベアスターンズは、a)HSCSファンドについては、ベアスターンズ自身が 16 億ド

ル相当の流動性供給を行うこと、b)HSCSELファンドについては、債権団(プライム・ブロー

カー)4との間で市場を通じた秩序あるレバレッジの解消作業を行うことを表明し、ベアスター

ンズ・ファンドの問題に関する限り、事態は収拾に向かった。

しかしながら、問題の根本にあるサブプライム住宅ローンの信用力悪化が続き、その他、

サブプライム RMBS などに投資していたヘッジファンドや金融機関による損失発生が続々と

表面化する中、その後も市場は不安定な状態が続いている。

年/月 本国投資会社等

(親会社)概要等

07/6 スイス UBS 傘下2つの米国ファンドにおいて、サブプライム・ローン関連投資

で1.24億㌦の損失発生。

米国 ベアスターンズ 傘下2つのファンドがCDO投資で純資産のほど全てを喪失。

07/7 米国 ユナイテッド・キャピタル 4ファンドが、サブプライム・ローン関連投資に失敗。解約を停止。

  米国 ソウッド・キャピタルサブプライム・ローン関連投資で純資産の50%を喪失。大手ヘッ

ジファンドのシタデルが買収。

  英国 カリバー・グローバル 8.8億ユーロの損失計上で純資産の82%を喪失。清算。

  米国 ブラドック・ファイナンシャル RMBS投資等で1億㌦の損失。清算。

  豪州アブソリュート・キャピタル

(ABNアムロが50%出資)CDO投資でパフォーマンスが悪化。解約を停止。

日本 野村ホールディングス RMBS業務等で2007年上期に720億円の損失を計上

豪州フォートレス・インベストメンツ

(豪Macqiarie銀行傘下)純資産価値の25%を喪失。

豪州 ベーシス・キャピタル 2ファンドがサブプライム・ローン関連投資でパフォーマンス悪化

米国 ベアスターンズ 傘下ファンドが、RMBS投資で損失。解約を停止。

07/8 ドイツ IKB産業銀行サブプライム・ローン関連投資で13.7億㌦の損失。筆頭株主のKfWが80億ユーロ規模の支援方針

(資料)各種報道発表等より経済調査室作成

第2表:6月~8月初に表面化した米国サブプライム・ローンに関連した損失等

3 プライム・ブローカーは、ヘッジファンドを代表としたオルタナティブ投資を行う運用会社などに対して、その

機動的な投資活動をサポートするために多種多様なサービスをパッケージ化して提供する機関である。提供

サービスには、売買執行、グローバル・カストディ、ファイナンス、セキュリティーズ・レンディングなどのほか、投

資管理システムの提供、販売支援、投資家紹介、事務所や内部設備の賃貸、業務立ち上げ支援、リスク管理

サポート、法務・コンプライアンスのサポートなども含まれる。 4 HSCSEFファンドについては、「債権団との協調」を示しつつも、ベアスターンズによる16 億ドルの救済策の対

象となっていない。この理由は不明であるが、同ファンドについては、ベアスターンズ自身がプライム・ブローカ

ーとして大部分の信用を供与していた可能性も考えられる。

23

ベアスターンズ・ファンドの問題が表面化したことでクローズアップされたのは、同ファンド

が積極的に投資していた CDO の市場流動性の問題と、サブプライム住宅ローン業務の川

上から川下まで幅広く関与してきた投資銀行のビジネスモデルである。以下、こうした点に

ついて概要を説明する。

①モデル価格と NAV の乖離

市場流動性のある RMBS の評価が売買価格を基準とするのが一般的である一方、持ち

切りを目的とした投資家が多く、市場流動性が低い(セカンダリーでの売買が殆ど成立しな

い)CDO については、DCF 法(キャッシュフローに基づく算定)や類似案件比較(同時期に

発行された類似商品の価格等を活用)をベースにして価格を算定することが多い。DCF 法

による CDO の時価算定の具体的なプロセスは、以下(a)~(c)の通りであり、こうして算定さ

れた価格(以下、モデル価格)を、同時期に発行された他の CDO の価格と比較する(類似

案件比較)ことでモデル価格の妥当性を確認することもある。

(a) CDO に組入れている各 RMBS のクーポンとデフォルト率の予測(格付けがベース)

から、全 RMBS 合算の将来キャッシュフローを算出。 (b) 当該キャッシュフローを優先・劣後構造に伴い CDO の各トランシェ(シニア、メザニ

ン、エクイティ)に割り振る。 (c) キャッシュフローの割引現在価値を算出する。

上記は CDO の流動性が低い時期、いわば平時において多く活用される CDO の時価算

定方法であるが、今回のように、市場で大きな問題が発生したような時には、売買の活発化

によりセカンダリー市場で CDO の値段が付くことも多くなり、再構築価格、清算価格である

Net Asset Value(以下、NAV。組入れ資産を全て処分した時の回収額)がクローズアップさ

れるようになる。

今回のベアスターンズ・ファンドの問題で明らかになったのは、高レバレッジの運用を行っ

ていたヘッジファンドの清算やプライム・ブローカーによる担保 CDO の処分などなどにより、

短期間に大量のCDOを売却するような場合には、売り手はモデル価格に基づいた期待通り

の回収を行うことができない可能性が高いということ、つまり、平時における流動性が低いが

故に、有事においては、モデル価格と NAV の間に相当な乖離が発生する可能性が高いと

いうことである。

実際にセカンダリー市場で売買が成立した場合には、潜在的には認識されつつも、顕在

化していなかったモデル価格と NAV の乖離が明白となり、CDO 運用を行っていた他のヘッ

ジファンド等にも波及する。一旦問題が波及すると、「時価下落⇒CDO の売却増加(追加証

拠金拠出のためのキャッシュ捻出、ポジション縮小)⇒時価下落⇒・・・・」というように、問題が

スパイラル的に悪化する可能性が高い。

サブプライム住宅ローンに関連した CDO 市場においては、関係するヘッジファンドや証

券会社等が「囚人のジレンマ」とも言えるような状態に置かれていたと考えることができる。即

ち、誰もが価値の下落を認識していても、誰も売却しなければ、誰も時価の下落を公式には

24

計上せずに済む。一方、実際には他社の行動を予想するのは難しく、もし実際に売却を検

討する場合には、スパイラル的な下落が始まる前に先に売った者が も得をするという状態

である。

ベアスターンズによる傘下ファンドの救済策発動は、こうした負のスパイラルに歯止めをか

けることを意図したものともいえるが、サブプライム・ローンの信用力悪化が続き、海外金融

機関やヘッジファンドによる損失発生が次々と表面化する中、一旦動き出した流れを止める

ことは難しかった。

CDO の時価に関する問題が明るみになったことで、今後、運用ファンドのパフォーマンス

算定において、CDO を NAV で評価するように求めるような機関投資家の圧力が高まる可能

性なども予想される。他業態への影響としては、DCF 法による時価算定を基本とする REITなどに議論が飛び火する可能性も考えられよう。

②業界全般に広く深く入り込む投資銀行

大手投資銀行は、a)CDO投資を戦略とするヘッジファンド運用業務に携わってい

るだけでなく、b)こうしたファンドに信用を供与するプライム・ブローカー業務、c)CDOやRMBSの組成・引受、d)ローン(もしくはRMBS)の買取開始からRMBS(も

しくはCDO)の発行までの担保資産の積み上げ(買取り)資金を供与するウェアハウ

ジング業務、e)住宅ローンのオリジネーション業務5など、サブプライム住宅ローン

に関連したビジネスに幅広く関与してきた。

初に影響が顕在化したのはヘッジファンド運用業務や住宅ローンのオリジネー

ション業務であったが、その後、ウェアハウジング業務等においても損失が表面化。

ウェアハウジング業務に関しては、積み上げ期間中にある担保資産の信用リスク、価

格変動リスクを取るものであるが、実際に CDO や RMBS が発行される場合には、当

該担保資産を引受投資銀行が簿価で買取る。一方、CDO や RMBS の発行ができなか

った場合には、積み上げた担保資産に関する信用リスク、価格変動リスクをウェアハ

ウジング業者が負うことになるため、今回のように、急激に発行環境が悪化したよう

な場合には、ウェアハウジング業者が巨額のリスクを抱える可能性が高い。ウェアハ

ウジング業務の主要プレーヤーは外銀(特に欧州系)であった、大手投資銀行の中に

は、同業務も積極的に手掛けていた先もある。

今後は、サブプライム住宅ローン問題に端を発したクレジット市場全般の活動停滞

を背景にして、プライム・ブローカー業務や投資銀行業務(引受け、M&A など)に

も業績上の影響が波及する可能性が高い。

5 投資銀行による住宅ローンのオリジネーション業務への進出については、後掲の補足②をご参照。

25

第15図:サブプライム住宅ローンにかかる金融ビジネスの構図

ヘッジファンド(ベアスターンズ・ファンド等)

プライム・ブロカー(投資銀行)

RMBS RMBS

住宅ローン

(サブプライム)

住宅ローン

(サブプライム)

シニア メザニン エクイティ

CDO・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・

組入れ

キャッシュフロー

組入れ

キャッシュフロー

組入れ 組入れキャッシュフロー キャッシュフロー

投資キャッシュフロー

信用供与

CDOを担保徴収

信用供与 ウェアハウジング(銀行、投資銀行等)

ローンの買取り開始からMBS発行までの担保資産積み上

げ資金供与。

引受・組成投資銀行

引受・組成投資銀行

近年、大手投資銀行は、サブ

プライム・レンダー買収を通じ

て住 宅ロ ーン のオリジ ネー

ション業務に積極的に参入

機関投資家

(年金

、保険

、銀行

、投信他

)等

投資

投資

投資

オリジネーションサブプライム

レンダー

平時における評価はDCF法によるモデル価格

組成後の評価は売買価格ベース(市場流動性有)

出資 投資銀行(資産運用部門)

格付機関

格付け

格付け

ウェアハウジング(銀行、投資銀行等)

RMBSの買取り開始からCDO発行までの

担保資産積み上げ資金供与。

信用供与

①③

全業

務に

投資

銀行

が深

く関

☆ベアスターンズ・ファンド問題の概要

① ベアスターンズ・ファンドのプライム・ブローカーが、信用取引にかかる担保(CDO)の

評価が低下したとして、追加証拠金を要請⇒追加証拠金を手当てできず⇒プライム・ブロ

ーカーが担保 CDO の売却を通知。

② パフォーマンスの大幅な悪化により機関投資家等の解約要請も増大。

③ ベアスターンズ・ファンドは清算(CDO の大量売却)の危機に。

④ 大量の CDO が売却された場合、当該価格が、従来活用していたモデル価格を大幅に下回

ることが確実に。市場全体で①~④の負の連鎖が発生するリスクに対する懸念が高まる。

⑤ ベアスターンズ・ファンド問題が注目される中、CDO の発行環境が急激に悪化。ウェア

ハウジング業者が発行前の CDO(担保資産として積み上げ中の RMBS)を抱え込む状態

に(RMBS、CDO の価格変動リスクを抱え込んだ状態)。

⑥ 投資マネーの急激な縮小により、住宅ローン市場にも打撃(信用収縮)

26

3.LBO 市場における資金調達環境の急激な悪化

近年の米国の PE ファンド市場は、a)機関投資家のオルタナティブ投資ニーズ増加、b)

LBO ファイナンスや CDO/CLO の発達による投資家層の拡大、ヘッジファンド拡大によるリス

クマネーの拡大、c)各種ビジネス・プロセスへの大手投資銀行の積極的な参画、などによる

良好な調達環境が拡大を支えてきた。

一方、サブプライム・ローン問題が、CDO など、より広範な市場に波及する中、LBO ファイ

ナンスにおいても、a)信用リスクに対する投資家スタンスの慎重化(低格付け債務に関する

要求スプレッドの拡大)、b)リスクマネーの縮小(ヘッジファンドのリスクテイク能力低下など)、

c)引受証券会社による引受けリスク回避の動き、等からレバレッジド・ローンや CLO のスプレ

ッド拡大と発行市場の縮小が急速に進み、資金の調達環境が急激に悪化した。

こうした投資家の慎重姿勢への転換については、6 月頃から徐々に表面化してきていた。

特に、借り手市場の象徴であった「コベナンツ・ライト・ローン」といわれるような緩い条件のロ

ーンについては、資金の出し手(投資家)が拒否を示す案件が発生し、既に多くの LBO ファ

イナンスが実行延期に追い込まれている状況となっていた。

第18図:CLO発行額の推移

(米国、月次)

02468

1012141618

06/6 06/8 06/10 06/12 07/2 07/4 07/6 07/8

(年/月)

(10億㌦)

(出所)LPC

第17図:ハイイールド債/レバレッジド・ローン

(発行額、米国)

0

40

80

120

160

200

06/1 06/4 06/7 06/10 07/1 07/4 07/7

(10億㌦)

ハイイールド債

レバレッジド・ローン

(出所)ブルームバーグ

第16図:格付け別スプレッド

(2007年1月~、10年)

1.6%

2.0%

2.4%

2.8%

3.2%

3.6%

4.0%

4.4%

4.8%

07/01 07/03 07/05 07/07 07/09

(週次ベース、年/月)

B格

BB格

サブプライム・ローン

の問題が顕在化

ベアスターンズ・ファンド

の問題が顕在化

(※)格付別のコンポジット・インデックス-国債利回り

(出所)ブルームバーグ

27

(2)LBO 問題の影響

サブプライム住宅ローン問題の LBO ファイナンス市場への波及が表面化するようになっ

た 7 月後半以降、上場 PE ファンド(6 月に上場したブラックストーン、2 月に上場したフォート

レス・インベストメント)や、当該ビジネスに深く食い込んできた投資銀行(ゴールドマン・サッ

クスや JPM チェース等)の株価は大幅に調整した。

こうした背景としては、資金調達環境の悪化による LBO ビジネスの減退に加え、投資銀行

に関しては、既に引受契約を済ませていた案件(数千億ドル規模)について、投資家不在か

ら自らのバランスシートで吸収せざるを得なくなり、こうした債権に巨額の含み損が発生する

ことへの懸念が大きかった。

7月末時点において、調達環境の悪化により実行延期に追い込まれていたLBOローンは

20 件超に達し、こうしたペンディング中の案件は、10 月に入った現在においても数多く残っ

ている。PE ファンド側の意向により、こうした LBO が発行市場の回復を待たずに実行に移さ

れた場合には、投資銀行が巨額の引受リスクを抱え込むことになる。こうした LBO 案件のひ

とつであった KKR によるファーストデータ社の買収が 9 月 24 日に行われたが、引受金融機

関は、額面比▲4%の水準で一部ローンの売却を行っている。

買収自体をキャンセルする場合、PE ファンドは、買収対象企業に対して買収予定金額の

3%程度の違約金を支払わねばならないため、投資銀行と PE ファンドの利害には相反する

点がある。8/3 付けの FT 紙は、a)投資銀行が契約済かつ未実行の引受案件が総額 3 千億

ドル規模に達すること、b)買収キャンセ

ルを希望する投資銀行に対して PE フ

ァンド側の反応が後ろ向きであること、

c)一部投資銀行は、買収キャンセル時

に E ファンドが負担する違約金の肩代

わりを検討していること、d)過去、LBOローンの引受契約には、「市場環境が

急激に悪化した場合には、違約金なし

で契約を解除できる」との条項があった

が、近年の LBO ブームの中で、そうし

た条項が削除されることが多くなってい

ったこと(投資銀行対する PE ファンドの

発言力が強まった結果)、などを指摘し

ている。

順位 アレンジャー 組成額

(百万㌦) シェア

1 バンク・オブ・アメリカ 15,907 14.2%2 ゴールドマン・サックス 15,246 13.6%3 JPMチェース 14,010 12.5%4 クレディ・スイス 12,861 11.5%5 ドイツ銀行 10,444 9.3%6 メリルリンチ 8,664 7.7%7 シティグループ 5,403 4.8%8 モルガン・スタンレー 4,911 4.4%9 リーマン・ブラザーズ 4,293 3.8%10 ワコビア 4,273 3.8%

第3表:LBOローンのリードアレンジャー

(2007年上期、米国)

(出所)LPC

P

(経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子)

28

米国住宅ローン延滞率の上昇

1. サブプライム住宅ローン延滞率が急速に上昇

9 月 6 日に発表された米モーゲージ・バンカーズ協会(MBA)による住宅ローンを対象とし

た調査では、今年第 2 四半期の住宅ローン全体の延滞率(30~89 日延滞)は 5.12%と前期

(4.84%)から上昇、2002 年 Q2 以来の高水準となった。内訳をみると、サブプライム向け住宅

ローンについては前期の 13.77%から 14.82%へ上昇、プライム(優良顧客層)向けも前期の

2.58%から 2.73%へといずれも上昇した(第 1 図)。なお、本調査の対象は約 4,400 万件、住

宅ローン残高では全体の約 80%をカバーする。

第 1 図:住宅ローン延滞率(30~89日延滞)の推移

0

2

4

6

8

10

12

14

16

98 99 00 01 02 03 04 05 06 07(年)

(%)

(資料)モーゲージ・バンカーズ協会資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

サブプライム向け

プライム向け

全体

差し押さえ開始件数の比率は、住宅ローン全体が 0.65%(Q1:0.58%)と 79 年の統計開始

以来の高水準となった。サブプライム向けは2.72%と前期の2.43%から上昇、プライム向けは

0.27%と前期の 0.25%から微増にとどまった。

2.一部州の住宅市況悪化が顕著

MBA は、今期の特徴として第一に、「前期と同様、数州での住宅市況の悪化が全体の数

字を押し上げている」としている。具体的には、カリフォルニア州、フロリダ州、ネバダ州、アリ

ゾナ州であり、この 4 州を除けば、差し押さえ開始件数の比率は低下するという。4 州のサブ

プライム向け延滞率は 2006 年以降、急速に悪化しているが、その理由として、①住宅価格

の下落:連邦住宅機関監督局(OFHEO)データでは、第 2 四半期にカリフォルニア州、ネバ

ダ州で住宅価格が前年比マイナス、アリゾナ州とフロリダ州では前年比ではプラスだが、前

期比マイナスとなっている、②主に西部州での新規住宅在庫の増加、③投機的な購入が目

立つ:延滞債権に占める投機目的の住宅ローンの比率が他州に比べて高い、が挙げられて

いる。 さらに、オハイオ州やミシガン州など中西部州でも製造業、特に自動車産業の低迷と、住

宅市況の悪化を背景に、延滞率や差し押さえ開始件数比率が高水準となっている。特にミ

シガン州では、住宅価格が前年比マイナスになっており、サブプライム向け延滞率も 20.84%

29

に達するなど顕著な悪化がみられる。また、サブプライム向け延滞率はミシシッピー州

(21.53%)、ルイジアナ州(17.67%)といったハリケーン「カトリーナ」の被害を受けた地域で非

常に高いが、被害を受けた2005年には30%台まで悪化しており、それ以降は改善傾向にあ

る。 MBA が指摘している第二の特徴として、変動金利型ローンについては、サブプライム向

けだけでなく、プライム向けも延滞率の上昇が顕著となっている。90 日以上の延滞率をみる

と、固定金利型ローンについては、プライム向け、サブプライム向けともに前期からほぼ横這

いで推移している一方、変動金利型ローンはサブプライム向けが大幅上昇、プライム向けも

上昇している(第 2 図)。

また、サブプライム向け変動金利型ローンは、上に挙げたカリフォルニア州など 4 州合計

で全体の 3 分の 1 以上を占めており、全米でみた延滞率や差し押さえ比率を押し上げてい

るとみられている。

(資料)モーゲージ・バンカーズ協会資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

第 2 図:住宅ローン延滞率(90日以上)の推移

プライム向け

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

06Q1 Q2 Q3 Q4 07Q1 Q2

(%)

固定金利型

変動金利型

サブプライム向け

0

2

4

6

8

10

12

14

06Q1 Q2 Q3 Q4 07Q1 Q2

(%)

固定金利型

変動金利型

3.プライム向け変動金利型ローンの延滞率上昇に注意

住宅ローンの延滞率や差し押さえ率は悪化しているが、地域や住宅ローン種類別に状況

は大きく異なっている。延滞・差し押さえの増加、住宅価格の下落が顕著なのは太平洋側や

中西部といった限られた地域である。サブプライム向けについても全てが悪化している訳で

はなく、固定金利型ローンでは延滞率はほぼ横這いである。一方、変動金利型ローンでは、

サブプライム向けばかりではなく、プライム向けも延滞率が上昇している。MBA の Duncan チ

ーフエコノミストは「延滞や差し押さえの増加はあと 1 四半期程度続くだろう。住宅価格が下

落し、変動金利型ローンの見直しで支払い金利が上昇しているため、借り換えが困難にな

っている」と述べているが、今後懸念されるのは、サブプライムのみならず、プライム向けも含

めた変動金利型ローンの延滞や差し押さえの増加であろう。 また、7 月に実施された連邦準備制度理事会(FRB)の銀行融資担当者調査では、米銀

のプライム向け住宅ローンの貸出態度に目立った変化はみられなかったものの、調査後に

世界の金融市場が不安定となったことを考えると、貸出態度が大きく悪化している可能性は

十分考えられる。今後はサブプライムだけでなく、プライム向け住宅ローン動向にも注意が

必要であろう。

(経済調査室 篠原令子)

30

今後の米国住宅価格の展望

1. 住宅市場の現況

住宅販売は減少が続いており、今のところ反転の兆しはみられない。7 月の中古一戸建

住宅販売件数は、年率 500 万戸と、ピーク時の水準(2005 年 9 月の同 630 万戸)を 2 割以

上下回っている(第 1 図)。

住宅需要の減退に伴い、住宅価格も軟調に推移している。販売価格はマイナスに転じて

おり、また、持ち家価格を含めた OFHEO 住宅価格指数も上昇率の鈍化が続いている。4-6月期の同指数の上昇率は、前年比 3.2%と 10 年ぶりの低い伸びとなった(第 2 図)。

第1図:中古住宅販売件数の推移

2

3

4

5

6

7

8

90 92 94 96 98 00 02 04 06 (年)

一戸建+集合住宅

一戸建

(資料)米国商務省,Survey of Current Business ; NAR より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

2000-02年の平均

年率539.0万戸

2000-02年の平均

年率477.9万戸

(年率、100万戸)

第2図:住宅価格の推移

-6-4-202468

1012141618

75 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07(年)

中古販売価格(中央値)

OFHEO住宅価格指数

(前年比、%)

(資料)住宅貸付機関監督局(OFHEO),House Price Index;NAR より三菱東京UFJ銀行

経済調査室作成

2. 住宅価格の展望

住宅価格は、中古住宅回転率(中古住宅販売件数÷住宅ストック件数、中古住宅市場

の活況度を表す)とほぼ連動している(第 3 図)。住宅販売は今後も減少が続く可能性が

大きく、回転率の低下に伴って住宅価格にも下押し圧力が掛かり続けよう。 もっとも、OFHEO 住宅価格指数でみた全米平均の住宅価格は、1975 年の統計開始以

来マイナスとなったことはない。また、米国は年率 0.8~0.9%の人口増加が続いており(第

4 図)、中長期的には人口動態要因が住宅市場を底支えしよう。今回の住宅市場の調整

局面において、住宅価格がマイナスに転じる可能性自体は否定できないが、マイナス幅

が 20%を上回る大幅下落となる可能性は比較的小さいとみる。

31

第3図:住宅価格と回転率

y = 4.5736x - 12.077R2 = 0.806

0

2

4

6

8

10

12

14

2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5(%)

(注)回転率=中古住宅販売件数÷住宅ストック件数

(資料)OFHEO,House Price Index;米国商務省,

    Survey of Current Business;NARより

    三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

2007年4-6月期

(1990Q1-2007Q2)

2004年4-6月期

~2006年1-3月

(前年比、%)

住宅価格

回転率

第4図:人口の推移

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0(億人)

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

1.4

1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020

(年率、%)

(資料)米国商務省,Population Projectionsより

    三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

米商務省予測人口増加率〈右目盛〉

人口

(年)

第 1 表は、回転率から住宅価格を試算したものである。この試算結果によると、回転率

が 0%(=中古住宅販売件数 0 件)という極端な仮定を置いた場合でも、住宅価格の下落

率は 12.1%前後にとどまる(信頼区間 95%で 8.4%~15.7%)。少なくとも過去のデータに基

づいて考える限り、OFHEO 住宅価格指数でみた全米平均の住宅価格の下落率が 20%を

上回る可能性は小さい。

第1表:住宅価格の試算

上方信頼限界 下方信頼限界

ケース① 477.9万件 3.76% 5.10% 8.17% 2.02% 販売件数が2000-2002年の平均へ回帰

ケース② 430.2万件 3.38% 3.38% 6.46% 0.30% 販売件数が2000-2002年の平均を10%下回る

ケース③ 382.4万件 3.00% 1.66% 4.76% ▲1.43% 販売件数が2000-2002年の平均を20%下回る

ケース④ 260.5万件 2.05% ▲2.72% 0.49% ▲5.92% 回転率が1982年4-6月期の過去 低値まで低下

ケース⑤ 0件 0.00% ▲12.08% ▲8.41% ▲15.75% 販売件数が0件

(注)信頼区間は95%。中古住宅販売件数の直近値は8月の年率500.0万戸(回転率3.93%)

中古一戸建住宅販売件数

回転率住宅価格推計値

前提

なお、業界団体である全米不動産業協会(NAR)は、2007 年の住宅価格を前年比

▲1.2%、2008 年は同+2.0%と予想している(第 5 図)。

第5図:中古住宅の販売件数と価格

-2

-1

0

1

2

3

4

5

6

7

8

00 01 02 03 04 05 06 07 08 (年)

(100万件)

-4

-2

0

2

4

6

8

10

12

14

16(前年比、%)

中古住宅販売件数(一戸建+集合住宅)

中古住宅販売価格(中央値)〈右目盛〉

(資料)NARより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

NAR予測

(経済調査室 高山 真)

32

米国大手投資銀行の 6-8 月期決算

1.大手米国投資銀行 4 社決算の概観

9 月 18 日から 20 日にかけ、ゴールドマン・サックス(GS)、モルガン・スタンレ

ー(MS)、リーマン・ブラザーズ(LEH)、ベアスターンズ(BS)の大手米国投資銀

行 4 社が 2007 年 6-8 月期決算を発表した。サブプライム・ローン問題に端を発した

証券化商品市場やレバレッジド・ローン市場の混乱の影響を受け、ゴールドマンを除

く 3 社で前期比▲20%を超える減収・減益となったが、ゴールドマンは大幅な増収・

増益となり、同社と他 3 社との間で、大きく明暗が分かれた。

(1)減損処理の問題は一旦はケリ

今回の決算の 大の注目点は、販売環境の悪化、流動性の枯渇により、含み損を抱

えながら「在庫」として抱え込んだ住宅ローン債権(関連証券化商品を含む)やレバ

レッジド・ローンなどにかかる減損処理であった。基本的に、持ち切りを前提とした

資産の保有を行わない投資銀行では、期末時点における各保有資産のフェアバリュー

を計測し、損益を計上しなくてはならない6。各社の減損処理額は、ヘッジ効果等を

勘案したネットで 7~15 億ドル程度になるなど、インパクトは非常に大きなものであ

った。

スプレッドが急拡大する前にオリジネート、もしくは購入、コミットしたローンや

証券化商品につき、8 月末時点のフェアバリューを測定し、価値の毀損分を 6-8 月期

に全額ロス計上したことから、a)今後、市場の混乱が一段と深化し、在庫として抱

えているローン等のスプレッドが一段と拡大しないこと、b)フェアバリューの測定

が適正に行われたこと、c)9 月以降に取り組まれたローン等の条件が市場実勢を反映

したものであったこと、の 3 点を前提とすれば、減損処理の問題は一旦はケリが付い

たと考えることができる。

(2)ビジネス環境の悪化が本格的に決算に反映されるのは 9-11 月期以降

減損処理が「期末時点での価格の問題」であるのに対し、所謂「ビジネス」(手数

料収入、金利収入等)に関しては、「期中の平均的な活動の水準」が決算の数字を左

右する。

問題が深刻化したのが 6-8 月期の後半であったことや、絶好調であった 3-5 月期以

前の余韻(例えばディールの契約と完了にタイムラグがある業務など)が残ったこと

などから、ビジネス環境の悪化が本格的に業績に反映されるのは 9-11 月期からにな

るものと予想される。

6 2006 年 9 月 15 日、米国財務会計基準審議会(FASB)は、資産及び負債の測定に公正価値(フェア

バリュー)を用いるためのガイダンス「公正価値測定に関する基準書第 157 号」(以下、SFAS157)を発表した。SFAS157 は、2007 年 11 月 15 日より開始する会計年度に発行される財務諸表より適用と

なるが、大手投資銀行は、既に同基準に基づく保有債権の評価を実施している。

33

34

(3)逆風下で証明されたゴールドマンのリスク分散、強固な顧客基盤

ゴールドマンも、他社同様、レバレッジド・ローンにかかる巨額損失を計上したが、

投資銀行業務、エクイティ・トレーディング業務や為替・金利・商品トレーディング

(特に、市場の混乱の中でリスクヘッジを目的とした対顧のデリバティブ取引が急増

した模様)などの好調が上記損失を完全に相殺。

近年、ゴールドマンのビジネスモデルについては、「トレーディング業務のウェイ

トが高過ぎ、業績不安定化リスクが高い」と見る向きもあったが、今回の決算は、「ト

レーディングと一括りにされながらも、その中で十分に収益分散、リスク分散が図ら

れていること」や「膨大なトレーディング収入の基盤に強固な顧客リレーションが存

在すること」を証明する結果になった。ちなみに、ゴールドマン・サックスのビニア

ーCFO は、コンファレンス・コールの中で、同社好決算の要因として、以下(ⅰ)~

(ⅲ)などを挙げている。

ⅰ)市場の混乱、ボラティリティの高まりにより、分野によっては、対顧客取引

が非常に活発化したこと。

ⅱ)業務別・地域別のリスク分散が効果を発揮したこと(特に海外業務)。

ⅲ)環境変化の中で、重点分野を明確化し、機動的に行動したこと。

(経済調査室ニューヨーク駐在 渡辺陽、木名瀬裕起子)

35

2007/3Q 構成比 前年比 前期比 2007/3Q 構成比 前年比 前期比 2007/3Q 構成比 前年比 前期比 2007/3Q 構成比 前年比 前期比

営業収益 12,334 100% 63% 21% 7,958 100% 13% ▲24% 4,308 100% 3% ▲22% 1,331 100% ▲37% ▲47%投資銀行※2 2,145 17% 67% 25% 1,439 18% 45% ▲16% 1,071 25% 48% ▲7% 241 18% 9% ▲29%

引受業務 733 6% 8% ▲28% 775 10% 41% ▲21% 646 15% 22% ▲26% 92 7% ▲1% ▲53%エクイティ 355 3% 31% ▲1% 429 5% 81% ▲13% 296 7% 62% ▲11% - - - -

デット 378 3% ▲8% ▲42% 346 4% 11% ▲29% 350 8% 1% ▲35% - - - -

アドバイザリー 1,412 11% 132% 99% 664 8% 50% ▲8% 425 10% 118% 53% 148 11% 12% 5%セールス&トレーディング※3 8,018 65% 82% 37% 2,864 36% ▲20% ▲38% 2,435 57% ▲14% ▲32% 837 63% ▲41% ▲44%

エクイティ※4 3,129 25% 102% 25% 1,544 19% 10% ▲15% 1,372 32% 64% ▲19% 719 54% 53% 32%フィクスト・インカム※5 4,889 40% 71% 45% 1,471 18% ▲35% ▲49% 1,063 25% ▲47% ▲44% 118 9% ▲88% ▲88%

プリンシパル投資事業※6 211 2% ▲51% ▲73% 555 7% 95% ▲44% - - - - ▲ 29 ▲2% - -

リテール証券・富裕層取引 - - - - 1,683 21% 23% 2% 334 8% 30% 8% 148 11% 15% ▲6%資産運用※7 1,198 10% 31% 14% 1,026 13% 52% 11% 468 11% 34% 2% ▲ 186 ▲14% - -

プライム・ブローカー※8 762 6% 42% 1% - - - - - - - - 332 25% 30% 5%その他 - - - - ▲ 72 ▲1% - - - - - - ▲ 11 ▲1% - -

費用 8,075 65% 55% 20% 5,693 72% 18% ▲19% 3,103 72% 10% ▲15% 1,156 87% ▲21% ▲41%うち人件費 5,920 48% 68% 21% 3,596 45% 17% ▲28% 2,124 49% 3% ▲22% 664 50% ▲35% ▲46%

税引前利益 4,259 35% 80% 24% 2,265 28% 1% ▲36% 1,205 28% ▲12% ▲36% 175 13% ▲74% ▲68%税引後利益 2,854 23% 79% 22% 1,474 19% ▲7% ▲38% 887 21% ▲3% ▲30% 171 13% ▲61% ▲53%

(※1)モルガン・スタンレーは2007年6月末にスピンオフしたディスカバー・カード(クレジットカード事業)を除く継続事業ベース。

(※2)ベアスターンズは、コンファレンス・コールの中で言及している2007年3Q、2Q、2006年3Qのプリンシパル投資収入を投資銀行収入から控除。

(※3)モルガン・スタンレーは、同社が公表しているトレーディング業務収入の実績から、これに含まれるプリンシパル投資収入を控除。

(※4)モルガン・スタンレーは、同社が公表しているエクイティ・トレーディング業務の実績から、これに含まれるプリンシパル投資収入を控除。

(※5)モルガン・スタンレーは、その他トレーディング業務に区分しているレバレッジド・ローン関連の評価損(726百万㌦)を控除。

(※6)リーマン・ブラザーズのプリンシパル投資収入は、同社が公表しているエクイティ・トレーディング業務の実績に含まれている。

(※7)モルガン・スタンレーは、同社が公表している資産運用業務収入から傘下投資ファンド向け出資にかかるキャピタル損益部分を除く(当該キャピタル損益はプリンシパル投資に計上)。

(※8)モルガン・スタンレー、リーマン・ブラザーズのプライム・ブローカー業務は、エクイティ・トレーディング業務収入に計上されている。

(資料) 各社の決算関連資料、コンファレンス・コール、ブルームバーグより経済調査室作成

第1表:米国大手投資銀行4社の2007年第3四半期(6-8月期)業績比較

ゴールドマン・サックス モルガン・スタンレー※1 リーマン・ブラザーズ ベアスターンズ

第1図:営業収益

(06/1Q~07/3Q)

0

5,000

10,000

15,000

GS MS LEH BS

(100万㌦)第2図:税引後利益

(06/1Q~07/3Q)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

GS MS LEH BS

(100万㌦)第3図:ROE

(06/1Q~07/3Q)

0%

10%

20%

30%

40%

GS MS LEH BS

(100万㌦)

サブプライム問題の実体経済への影響に懸念を強める FRB

金融・資本市場では、サブプライム住宅ローン問題に端を発する混乱が続いている。

米連邦準備制度理事会(FRB)による短期金融市場への潤沢な流動性供給や公定歩合

の引き下げ等がある程度奏功し、一時に比べれば、やや落ち着きが戻りつつあるもの

の、収束には依然程遠い状態にある。こうしたなか FRB は、金融・資本市場の混乱

が実体経済へも悪影響を与えかねないとの懸念を強めている。以下では、サブプライ

ム住宅ローン問題に対する FRB の認識の変化を確認するとともに、今後の金融政策

を展望する。

1.当初 FRB は、緩やかな景気拡大持続予想を維持

FRB は当初、サブプライム住宅ローン問題の影響は限定的との見方をとってきた。バーナ

ンキ議長は、5 月 17 日に行った講演の中で「サブプライム住宅ローン問題が住宅市場全体

に与える影響は、限定的なものにとどまる公算が大きく、また、この問題が経済全体や金融

システムに波及し、重大な影響を与えるともみていない」と述べている。 また、8 月 7 日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)では、「金融市場の混乱が一段

と深刻化し、景気の先行きに悪影響が及ぶ場合には、政策対応が必要になるかもしれない」

との議論が行われたが、結論としては「下ぶれリスクは幾分増加したものの、緩やかな景気

拡大が持続する公算が大きい」との見方が採用された。

2.信用不安の高まりを受け、FRB は姿勢を転換

FRBの姿勢に変化がみられ始めたのは、8 月のFOMCから 2 日後の 8 月 9 日からである。

8 月 9 日は、欧州市場で信用不安が急速に高まり、欧州中央銀行(ECB)が緊急の流動性

供給オペに踏み切った。これを受けてFRBも、米国の短期金融市場に対して積極的な流動

性供給を実施した。FRBによる流動性の供給は、翌日 10 日にも続けられ、2 日間での供給

額は合計 620 億ドルにも上った(次頁第 1 図)(注 1)。FRBは、8 月 10 日に「金融市場が秩序

立って機能するよう、流動性を供給していく」との緊急声明を発表し、混乱収拾に向けた姿

勢を打ち出した。

第1図:NY連銀による公開市場操作

-10

-5

0

5

10

15

20

25

30

35

40

07/1 07/2 07/3 07/4 07/5 07/6 07/7 07/8 07/9(年/月)

(10億ドル)

(資料)FRB資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

8月9-10日に合計620億ドルの流動性供給。

9月6日、ECBの利上げ見送りと流動性供給に歩調を合わせ、FRBも312.5億ドルの流動性供給実施。

36

(注 1)9 日が 240 億ドル、10 日が 380 億ドル。なお、今年 1~6 月における FRB の流動性供給オペ額は、1日平均 89.6 億ドル。

もっとも、FRBによる流動性供給後も金融・資本市場の混乱は続いた。そのためFRBは、8月 17 日に、より積極的な措置として公定歩合(注2)の引き下げ(6.25%→5.75%)に踏み切った。

公定歩合引き下げに伴って発表された声明文には「経済成長に対する下ぶれリスクが明ら

かに高まった」との文言が盛り込まれ、サブプライム住宅ローンの影響に対するFRBの認識

の変化が示された。また、声明文では「金融市場の混乱が経済に与える悪影響を緩和する

ため、当委員会は必要に応じて行動する準備がある」と、追加的措置の可能性が示唆され

た。追加的措置の具体的内容については明示されていないが、FF金利の引き下げも選択

肢の一つに含まれているとの見方が有力である。 (注 2)預金金融機関が窓口貸出制度を通じて連邦準備銀行から直接融資を受ける際に適用される金利。8 月

17 日は、公定歩合の引き下げの他にも、 大貸出期間の延長(1 日→30 日)等、金融機関の資金繰りを容易にするための施策が発表された。

昨年後半以降、FRB は、緩やかな景気拡大が持続するとの予想に基づき、インフレ警戒

に軸足を置いて FF 金利の据え置きを続けてきた。しかし、そうした姿勢は、ここに来て大きく

転換したといえよう。

3.バーナンキ議長が 8 月 31 日の講演で FRB の現状認識を包括的に説明

FRB の姿勢の変化は、8 月 31 日に行われたバーナンキ議長の講演でより明確なものとな

った。議長は、講演の冒頭から「サブプライム住宅ローン問題に端を発する混乱は、金融市

場全体に波及しており、経済全体へも影響が及ぶ可能性がある」と景気下ぶれリスクの高ま

りを指摘した。また、8 月 7 日の FOMC 以降の事態の推移について「信用リスクが想定以上

に大きく、また広範囲に波及するのではないかとの懸念の拡がりによって、金融市場の機能

低下は深刻さを増し、流動性が枯渇、金利上乗せ幅が拡大した」と述べ、FRB が景気下ぶ

れ懸念を強めた背景について説明した。 そして、今後の FRB の対応について議長は「金融市場の混乱が経済全体に悪影響を与

えないよう、必要な措置をとる所存である」と 8 月 17 日の声明を踏襲し、景気悪化の回避に

向けて行動する姿勢を改めて示した。

4.FRB が 0.50%ポイントの利下げ実施 第1図:FF金利の推移

0

1

2

3

4

5

6

7

(年)

(%)

(資料)FRB,Federal Reserve Bulletinより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

99 00 01 02 03 04 05 06 07

米連邦準備制度理事会(FRB)は、9 月

18 日に開催された連邦公開市場委員会

(FOMC)において、政策金利である FF 金

利を 0.50%ポイント引き下げ、4.75%とする

ことを決定した(第 1 図)。FF 金利の変更は、

昨年 6 月(0.25%ポイントの利上げ)以来、1年 3 ヵ月ぶりである。

今回、FRB が利下げに踏み切った背景

37

には、サブプライム住宅ローンの延滞問題に端を発する金融・資本市場の混乱がある。8 月

以降の混乱拡大を受けて、FRB は「経済成長に対する下振れリスクが明らかに高まった」と

「金融市場の混乱が経済成長を制約する可能性」に対して懸念を強め、「金融市場の混乱

が経済全体に悪影響を与えないよう、必要な措置をとる」意思を表明してきた。

FRBは 8 月にも、短期金融市場への潤沢な流動性供給(注1)や公定歩合の引き下げ(注 2)等

の措置を打ち出してきたが、市場の不安感を完全に払拭するには至らなかった。また、8 月

の非農業雇用者数が 4 年ぶりに減少(前月比▲4 千人)に転じるなど、実体経済の面でも弱

い動きがみられ始めたことも、FF金利引き下げの一因となったといえよう。 (注 1)8 月 1 日から 9 月 18 日までの流動性供給オペの累計額は 3,260 億ドルと前年同期の 1.32 倍。 (注 2)8 月 17 日に公定歩合を 0.50%ポイント引き下げ、5.75%とした。

今回の FOMC の声明文では「貸出基準の厳格化が住宅市場の調整圧力を高め、より広

範囲にわたって景気拡大を抑制する可能性がある」と、住宅市場の冷え込みによる景気下

ぶれリスクの高まりが改めて指摘されており、続いて「本日の(利下げ)決定は、金融市場の

混乱が経済全体に与えうる悪影響の一部を未然に防止し、将来にわたって緩やかな経済

成長を促すことを意図したものである」と利下げの目的が説明された。

また、前回 8 月 7 日の FOMC まで、FRB が「金融政策上の主たる懸念」としてきたインフ

レについては「コアインフレ率は緩やかに改善してきたが、いくらかのインフレリスクが残存し

ていると判断し、インフレ動向を注意深く監視し続ける所存である」と述べられており、利下

げ実施後も FRB がインフレ警戒姿勢を完全に解除したわけではないことが示された。

なお、今回のFOMCにおける利下げ幅について、事前予想では 0.25%ポイントにとどまる

との見方が有力であった。0.50%ポイント以上の利下げが行われたのは、2002 年 11 月(注 3)

以来のことである。事前予想を上回る利下げが行われたことを市場は好感し、9 月 18 日のダ

ウ平均株価終値(13,739.39 ドル)は前日比+335.97 ドルと今年 大の上げ幅となった。 (注 3)0.50%ポイントの利下げ実施。米イラク関係緊迫化を巡る地政学的リスクの高まりに対応。

利下げ幅が 0.50%ポイントとなった背景について、声明文ではとくに説明がなされていな

いが、事前予想を上回る利下げを行うことで市場にポジティブサプライズを与え、景気悪化

回避に向けた FRB の姿勢を明確に打ち出す意図があったとみる。 また、FRB は、現在の環境下での金融政策運営について「ヒアリング先の企業や銀行から

もたらされる情報や もタイムリーな指標に特段の注意を払う」方針を表明していた。そのた

め、FOMC 当日までに FRB が入手した情報が、0.50%ポイントの利下げを必要とするほど、

景気下ぶれリスクが高まっていることを示唆するものであった可能性もある。 バーナンキ議長は、9 月 20 日に米下院銀行委員会で住宅ローン問題に関する証言を予

定しており、その際に、利下げ幅も含めて今回の決定についての詳細を説明するものと予

想される。

38

【9月18日FOMC声明文】

 本日、FOMCはFF金利の誘導目標を0.50%ポイント引き下げ、4.75%とすることを決定した。

 今年上半期、景気は緩やかに拡大した。しかし、貸出基準の厳格化は、住宅市場の調整圧力を高め、より広範囲にわたって景気拡大を抑制する可能性がある。本日の決定は、金融市場の混乱が経済全体に与えうる悪影響の一部を未然に防止し、将来にわたって緩やかな経済成長を促すことを意図したものである。

 今年、コアインフレ率は緩やかに改善してきた。しかし、当委員会はいくらかのインフレリスクが残存していると判断し、インフレ動向を注意深く監視し続ける所存である。

 前回のFOMC以降の金融市場の動向は、経済の先行き見通しの不確実性を高めた。当委員会は、そうした不確実性やその他の経済動向が経済見通しに与える影響を見極め、物価安定と持続的な経済成長のために必要な行動をとる意思がある。

(利下げ決定は全会一致。公定歩合も0.50%引き下げられ、5.25%となった。)

5.追加利下げの可能性も

今後の金融政策について、今回の声明文では「(金融市場の混乱に起因する)不確実性

やその他の経済動向が経済見通しに与える影響を見極め、物価安定と持続的な経済成長

のために必要な行動をとる意思がある」と述べられている。FRB は、今後もヒアリング等を通

じて得たリアルタイム情報に基づいて金融政策運営を続けていく構えだ。 次回、10 月 30-31 日の FOMC までを展望すると、今回の利下げによって金融市場の不透

明感はある程度後退するが、完全に払拭されるには至らないと予想する。9 月 18 日に発表

された、9 月の全米住宅建設業協会(NAHB)指数(住宅建設業者の景況感を示す)が過去

低の 20 に落ち込むなど、住宅市場の落ち込みに下げ止まりの兆しがみられていないこと

を考慮すると、今しばらくは先行き不透明感が漂い続ける可能性が高い。今後も金融市場

の混乱が継続した場合、次回のFOMCでも利下げが行われる可能性が高まってくるとみる。

(経済調査室 髙山 真)

39

金融・資本市場混乱の沈静化に注力する FRB

1.公定歩合貸付の適格担保に ABCP が含まれることを明示

米連邦準備制度理事会(FRB)は、サブプライム住宅ローン問題に端を発する金融・資本

市場の混乱を沈静化するため、行動を続けている。FRB は、8 月 9-10 日に短期金融市場で

大規模な流動性供給オペレーションを行い(第 1 図)、続いて 8 月 17 日には公定歩合の引

き下げ(6.25%→5.75%)を実施した。

また 8 月 23 日、FRBは、民間預金金融機関が連邦準備銀行の公定歩合貸付を利用する

際に、担保として資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)(注 1)の差し入れを認めると通達し

た。FRBはこれまでも、コマーシャル

ペーパー(CP)を公定歩合貸付の

適 格 担 保 の 一 つ と し て き た が 、

ABCPが含まれるかについては明

確になっていなかった。今回の通

達は、FRBが公定歩合を引き下げ

て以降、複数の金融機関から適格

担保についての問い合わせがあっ

たことに対応して行われた。

第1図:NY連銀による公開市場操作

-10

-5

0

5

10

15

20

25

30

35

40

07/1 07/2 07/3 07/4 07/5 07/6 07/7 07/8 (年/月)

(10億ドル)

(資料)FRB資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

8月9-10日に合計620億ドルの流動性供給。

(注 1)住宅ローン債権や自動車ローン債権等を裏付けに発行されるコマーシャルペーパー(短期資金調達のために発行される約束手形)。

2.ABCP 市場の急速な縮小に対処

とを明示した背景には、 近の ABCP 市場の急速な

FRB が ABCP を適格担保に含めるこ

縮に対処する意図があったと考えられる。現在、ABCP 市場は、信用不安の拡がりを原因

とする急速な資金流出に見舞われ、機能不全に陥っている。発行スプレッドの大幅拡大(第

2 図)によって、ABCP による資金調達は事実上不可能となっており、ABCP の発行残高は、

8 月 22 日までの 2 週間で 1 割以上減少した(第 3 図)。

-0.2

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

05/1 05/7 06/1 06/7 07/1 07/7(年/月)

(注)AA格ABCP-AA格非金融機関発行CP(30日物)

(資料)FRB,Federal Reserve Bulletinより

    三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

第2図:ABCP発行スプレッドの推移(%ポイント)

第3図:ABCP発行残高の推移

600

700

800

900

1,000

1,100

1,200

05/1 05/7 06/1 06/7 07/1 07/7(年/月)

(資料)FRB,Federal Reserve Bulletin より

三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(10億ドル)

40

米国の住宅ローン会社の資金繰りは、住宅ローン債権を裏付けとして発行される ABCPに大きく依存しているため、 近の ABCP 市場の収縮によって資金繰りに行き詰る会社が増

加している。住宅ローン会社は、連銀から直接融資を受けることは出来ないが、ABCP が公

定歩合貸付の適格担保として認められることで安心感が生まれ、ABCP 市場に預金金融機

関を通じて資金が回帰すれば、住宅ローン会社の資金繰りも改善する可能性がある。 なお、8 月 24 日にニューヨーク連銀は、独自の記者会見を行い、公定歩合貸付を受ける

預金金融機関自身がバックアップライン(注 2)を付与しているABCPも適格担保として認めると

発表した。他の地区連銀の方針は今のところ不明だが、ニューヨーク連銀と同様の方針が

共有されれば、金融機関はバックアップラインの付与をしやすくなり、ABCPの発行・取得が

促されよう。 (注 2)CP 発行企業に対して銀行が付与する信用供与枠。CP 発行企業は、CP 償還時に資金不足が発生した

場合、銀行から融資を受けることが出来る。

3.公定歩合貸出の適格担保範囲の拡大~一定の効果

FRBは、ABCPの他にも、不良債権化していないサブプライム住宅ローン債権を担

保として受け入れるとし、加えて、サブプライム住宅ローン債権を含むCDO(注 3)や

CMO(注 4)も条件を満たせば適格担保とすると表明した。これらの措置が金融市場の

流動性回復などにどれだけの実効性があるかは未知数だが、FRBが信用不安の沈静化

に向けて、迅速かつ柔軟に行動していることが示されたことは評価できよう。 (注 3)住宅ローンや社債など複数の債権の証券化商品を合成して組成される資産担保証券の一つ。 (注 4)複数の不動産担保証券(MBS)から組成される、不動産担保証券の一つ。

第1表:公定歩合貸付の適格担保に関する通達

適格担保となる資産について

・健全な質の資産としての基準を満たせば、いかなる資産も担保として受け入れを考慮する。

・個別の資産に関する問い合わせは、各地区連銀で受け付ける。

融資可能額の決定について

・市場価格が利用可能な場合は市場価格の一定割合とする。

・市場価格が利用できない場合は、資産残高の一定割合とする。

ABCPについて

・投資適格のCPは担保として受け入れしており、ABCPもCPの一種として担保受入を考慮しうる。

・連銀の公定歩合貸付担当者は、貸付可能額の決定に当たり、当該ABCPの仕組みや原資産の質 について照会する場合がある。

サブプライム住宅ローン債権について

・サブプライム住宅ローンも、不良債権化していなければ、担保として受け入れる。

サブプライム住宅ローンが原資産に含まれる仕組み商品について

・クレジットの質やトランシェのタイプなどがFRBが定める基準を満たせば、サブプライム住宅 ローンを含む債務担保証券も担保として受け入れる。

・AAA格のCDOやCMOは適格となる債務担保証券の一例である。

(資料)FRB資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

FRB の一連の対応がある程度奏効していることもあり、足元の金融・資本市場はや

や小康状態にある。しかし、大本の火種であるサブプライム住宅ローン問題が解決さ

れた訳ではなく、金融・資本市場は引き続き予断を許さない状態にある。今後も FRBの次の一手に市場の関心が集まろう。

41

(参考)サブプライム住宅ローン問題を巡る主な出来事

2月7日 HSBCが、サブプライム住宅ローンの貸し倒れ引当金の17.6億ドル積み増しを発表。

4月2日 住宅ローン大手、ニューセンチュリーが破産法適用。

6月15日 米抵当銀行協会(MBA)が、第1四半期のサブプライム住宅ローン延滞率が13.77%に上昇と発表。

6月24日 ベア・スターンズ傘下のヘッジファンドで、サブプライム住宅ローン関連投資の多額損失が明らかに。

7月10日 ムーディーズがサブプライム関連債券399銘柄を格下げ。

7月20日 バーナンキ議長が議会公聴会に出席。

「サブプライム住宅ローンの損失は500~1,000億ドル」との推計を紹介。

8月1日 ドイツIKB産業銀行がサブプライム住宅ローン関連で多額の損失計上。

8月6日 ECBが利上げ見送り。

住宅ローン大手、アメリカン・ホームモーゲージ・インベストメントが破産法適用。

8月7日 FRBが金利据え置き。

「景気下ぶれリスクが幾分増したが、緩やかな景気拡大が続く公算大」(声明文より)

8月9日 仏BNPパリバが、傘下のファンドの解約停止発表。

ECBが緊急の流動性供給実施(948億ユーロ)。

FRBが240億ドルの流動性供給実施。

8月10日 FRBが380億ドルの流動性供給実施。

SECが大手金融機関の財務実態調査開始と報道。

8月17日 FRBが公定歩合引き下げ(6.25%→5.75%)。

「景気下ぶれリスクが明らかに高まった」(声明文より)

8月21日 バーナンキ議長、ポールソン財務長官、ドッド上院銀行都市委員長会談。

8月23日 日銀が利上げ見送り。

8月30日 独ザクセン州がサブプライム住宅ローン関連の損失によって経営難に陥っていた州立銀行の売却決定。

8月31日 バーナンキ議長が講演。

「金融市場の混乱が経済全体に影響する可能性がある」(講演より)

ブッシュ大統領が、政府による信用保証拡充等の包括対策発表。

9月6日 ECBが利上げ見送り。

米抵当銀行協会(MBA)が、第2四半期のサブプライム住宅ローン延滞率が14.82%に上昇と発表。

9月14日 英中堅銀行ノーザン・ロックの資金繰りが悪化し、英中銀イングランド銀行が救済融資実施を発表。

9月18日 FRBがFF金利を0.50%引き下げ(5.25%→4.75%)。公定歩合も5.25%に。

「本日の(利下げの)決定は、金融市場の混乱が経済全体に与えうる悪影響の一部を未然に防止し、将来にわたって緩やかな経済成長を促すことを意図したものである」(声明文より)

(資料)FRB資料、各種報道等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(経済調査室 髙山 真)

42

米国サブプライム問題の欧州金融への影響

昨年来、米国のサブプライム住宅ローンを巡る問題について様々な懸念が示されてきた。

特に、6 月下旬に米国の大手投資銀行ベアスターンズが、傘下のヘッジファンドの住宅ロー

ン債権の運用で損失を計上したことを発表すると、懸念を抱いていた投資家の不安感が一

気に高まり、市場は大きく動いた。その影響は欧州へと波及している。本稿では、米国のサ

ブプライム住宅ローン問題が欧州に与える影響について考察した。

1.金融機関への影響~現状、限定的だが、今後拡大する可能性は拭えず

問題の発端は米国であったが、欧州の金融機関においても国籍を問わず幅広く影響が

及んでいる点が、今回の問題の1つの特徴であるといえる(第 1 表)。

第 1 表:米国サブプライムローン問題が欧州金融機関に与えた影響

月日 金融機関 内 容

7月30日 HSBC ・1-6月期決算で、米国におけるサブプライムローンの焦げ付き増加に

 伴い63.5億㌦の貸倒引当金を計上。

コメルツ銀行 ・サブプライムローンの影響により、今年4-6月期、7-9月期に合わせ

 て8千万ユーロの損失を計上することを公表。

8月2日 IKB産業銀行 ・米国サブプライムローンに絡んだ投資で、損失を出し、筆頭株主で

 あるドイツ政府系金融機関、復興金融公庫(KfW)が80億ユーロの支援

 に乗り出すことが明らかとなった。

8月3日 アクサ ・米国サブプライムローンに絡んだ投資で、傘下のファンドが損失を

 被ったことが明らかとなった。投資家の持分を買い取る方向。

8月9日 BNPパリバ ・米国サブプライムローンの焦げ付き増加に伴う資産担保証券市場の

 混乱により、傘下の3つのファンドの資金の応募、償還を凍結した。

 ただし、23日には、28日以降、順次凍結を解除していくと発表。

8月16日 UBS ・4-6月期決算において、傘下のファンドが米国サブプライムローン証

 券市場の混乱により、2.3億スイスフランの損失を計上。1-3月期も

 1.5億スイスフランの損失を計上したほか、さらにファンド解散費用

 として2.3億スイスフランを今後計上する見通し。

8月17日 ザクセン ・ABCP市場の混乱により、傘下のファンドの資金調達が困難となり、

州立銀行  他の金融機関より、173億ユーロの信用枠の設定をうけた。26日に

 は、独 大手の州立銀行バーデン・ビュルテンベルグ州立銀行に売

 却されることが決まった。

8月20日 ドイツ銀行 ・クレジット市場への投資により、過去1ヶ月で1億ユーロの損失を出

 したことが明らかとなった。

(資料)Financisl Times、日本経済新聞他より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

ただし、現状、金融システム危機に陥る事態には至っていない。それは、以下に述べるよ

うに、欧州中央銀行(ECB)が大規模な資金供給を行うなどの手段を講じたほか、一部の小

規模な金融機関を除き、大手金融機関の損失は、利益あるいは自己資本で十分カバーで

きる程度の損失にとどまっているからである。また、経営危機に陥った金融機関に対しては、

他の金融機関が資金支援や吸収合併に乗り出すなどの動きが出ており、金融システムが混

乱する事態は回避されている。 今回の市場の混乱の影響はこれから発表される決算で明らかになるが、資産担保 CP 市場

43

等の混乱が続いており、米国サブプライム住宅ローンを含んだ MBS や CDO の価格が急落

していることを考えると、これらに直接あるいはファンドを通して間接的に投資していた金融

機関の損失計上が今後相次ぎ、特に、積極的な投資を行っていた小規模な金融機関にお

いては、経営難に陥るところも出てくる可能性は残っているといえよう。

2.金融市場への影響

(1)短期金融市場・株式市場の動向 ユーロ圏の金融市場においては、8 月 9 日に BNP パリバが傘下のファンドの資金の応募、

償還を凍結したこと、及び ECBによる大量の資金供給実施を契機に、大きく動いた。短期金

融市場では、金融機関の損失拡大懸念から、資金の出し手が減り、流動性が低下した結果、

金利が急上昇する一方、その資金は安全資産であるドイツ国債などに向かい、それらの金

利は急低下した(第1図)。質への逃避が急速に進んだといえる。その後、ECB による継続

的な市場への資金拠出や、米国 FRB による公定歩合引き下げにも関わらず、依然、金利は

高止まりしている。 また、株式市場においても、金融株が主導する形で株価が下落したが、その後の ECB や

FRB の資金供給などの施策により、投資家の不安はやや解消され、相場は戻しつつある

(第 2 図)。 第 1 図:ユーロ圏の主要金利指標推移 第 2 図:ユーロ圏の主要株価推移

5000

6000

7000

8000

9000

07/1 2 3 4 5 6 7 8

ドイツDAX指数

フランスCAC40指数

(資料)FACTSETより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年月、日次)

3.5

3.7

3.9

4.1

4.3

4.5

4.7

4.9

07/1 2 3 4 5 6 7 8

ユーロLIBOR3M

ドイツ10年国債

(%)

(資料)FACTSETより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年月、日次)

短期金融市場の流動性不足及び質への逃避

(2)クレジット市場の動向 クレジット市場では、投資家のリスク回避嗜好が高まった結果、低格付企業のスプレッドが

急拡大した。これまでは、リスクに対する警戒感が過度に弱まり、低格付企業のスプレッドは

低下傾向にあったが、今回の米国サブプライムローンを含んだ証券化商品等による損失拡

大を契機に、投資家の警戒感が高まり、リスクの高い低格付企業の社債のスプレッドや CDSは急上昇した(第3、4図)。 ただし、欧州のクレジット市場が機能しなくなるという事態に陥ったわけではない。確かに、

ハイリスクの LBO 案件などには、これまで、十分な資金が集まっていたが、現在では、ほとん

ど資金が集まらなくなっている。その結果、ピーク時に比べて、LBO 案件事態が減少してい

るのも事実である。しかし、質のよい案件に関しては、資金が集まり、LBO は実施されている。

つまり、投資家のリスク感覚が正常化しつつあるというのが、欧州のクレジット市場の現状で

あるといえよう。

44

第 3 図:社債スプレッドの動向 第 4 図:CDS の動向

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

110

07/3 4 5 6 7 8

Aaa

Baa

(bps)

(注)期間5~11年物の平均値(資料)ムーディーズより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年、月次)

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

07/3 4 5 6 7 8

(BPS)

(注)5年物CMA Londonのクレジットデフォルトスワップ(資料)ブルームバーグより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年、日次)

3.中銀の対応

ECB は、8 月 9 日の BNP パリバによる傘下ファンドの資金凍結発表直後、銀行間の短期

金融市場において、流動性が急激に低下したのを受けて、948 億ユーロの資金供給を実施

した。その後も、4 営業日連続で市場への資金供給を実施し、さらに 22 日には、期間 3 ヶ月

の長めの資金供給を実施するなど、大量の資金供給を続けた。その結果、マーケットは落ち

着きを取り戻しつつあるが、新たな金融機関の損失発表などがあれば、マーケットにさらなる

動揺を引き起こしかねない状況にあり、必要ならば ECB は随時マーケットへの資金供給を

行う意向である。 対照的に、英国においては、イングランド銀行(BOE)が 13 日に、「金融システムを支援す

る。」旨の声明を発表したほか、スタンディング・ファシリティで、21 日に 3.1 億ポンド、30 日に

15.6 億ポンドの資金を供給したのみで大規模な介入は行っていない。

4.マクロ経済への影響~マインド面がやや変化の兆し

ユーロ圏及び英国の実体経済については、現状、大きな変化はみられない。失業率が低

水準にあり雇用情勢が良好なうえ、賃金も上昇傾向にあることから、個人消費が堅調に推移

しているほか、稼働率が高い水準にあるため、設備投資も好調である。サブプライム問題の

影響は、マーケットでは6月から現れているが、実体経済に影響を及ぼしたことを確認できる

のは、8 月の指標からであろう。 実際に、いち早く発表されたドイツの 8 月の Ifo 景況指数においては、期待指数が低下す

るなど、サブプライム問題により株式相場が下落した影響などが現れている(第5図)。ユー

ロ圏全体では、今のところ、企業景況感は、やや低下しつつあるものの、指数自体は高い水

準にあり、企業マインドに陰りはみられない(第6図)。一方、消費者マインドは、雇用情勢が

好調なことなどを映じて、緩やかな上昇基調にある。

45

第 5 図:ドイツ Ifo 景況感指数 第 6 図:ユーロ圏消費者信頼感、景況感指数

80

85

90

95

100

105

110

115

120

1998 99 00 01 02 03 04 05 06 07

総合指数

現況指数

期待指数

(資料)IFO資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成(年、月次)

-30

-20

-10

0

10

20

30

40

50

1998 99 00 01 02 03 04 05 06 07

-1.5

-1

-0.5

0

0.5

1

1.5

2消費者信頼感指数

景況感指数(サービス業)

景況感指数(製造業、右目盛))

(資料)ECB資料より三菱東京UFJ銀行経済調査質作成(年、月次)

5.今後の展望~不安定な展開継続ながらも、金融システミックリスクは回避の公算

米国サブプライム住宅ローン問題の欧州における影響を展望するうえで起点となるのは、

初に述べた金融機関への影響であろう。現状、経営に甚大な影響が及んだのはドイツの

2つの小規模銀行にとどまっているが、こうした動きがどこまで拡大するか、現状、不明であ

る。マーケットの関心もここにあるといえる。大手銀行については、7-9 月期決算でその損失

等が明らかになるが、これまでの公表状況をみると、経営を揺るがすような事態になる銀行

はないとみられる。また、小規模金融機関については、今後、経営危機に陥るところがいく

つか出てくる可能性はあるが、多発する兆しは今のところない。ECB や BOE が金融システム

維持のために、あらゆる手段を講じる意向であることから、金融システム危機に陥る事態は

避けられるであろう。 一時、混乱した市場であるが、株式市場は 8 月 16 日を底に、一進一退ながらも、上昇トレ

ンドにある。その他、社債市場では、Baa 格の企業のスプレッドは急上昇する一方、Aaa 格の

企業のスプレッド上昇幅は小幅にとどまっていることから、混乱は、ハイリスクの部分に限ら

れているとみることができる。今後、市場参加者のリスク許容度がこれまでのように過度に高

まることはないため、ハイリスクな投資がピーク時のボリュームに戻ることは当面ないであろう。

また、低リスクな投資については、投資家は従来の姿勢をほぼ変えておらず、特に問題は生

じていない。短期金融市場については、現状、銀行部門がどれくらいのサブプライム関連商

品を保有し、どれくらいの損失が出るか、不透明であり、これらが明らかになるまでは、不安

定な状態が続くであろう。 後にマクロ経済の動向であるが、 も懸念されるのは、金融システム危機に伴う信用収

縮や、株価の大幅な下落である。そうなれば、個人消費や設備投資が減少し、深刻な景気

後退に陥るからである。こうしたリスクシナリオには十分留意しておく必要がある。しかし、こ

れまでの議論を踏まえると、それらが生じる可能性は今のところ小さい。7-9 月期の指標に若

干影響が出るかもしれないが、今後、欧州経済は利上げ効果の浸透により景気は鈍化しつ

つも、潜在成長率程度の拡大を続けていくとみられる。 (経済調査室ロンドン駐在 本多 克幸)

46

米国サブプライム問題がドイツの中堅銀行へ影響拡大

米国サブプライム問題は、ドイツの中堅銀行に多大な影響を及ぼした。7 月末には、

IKB 産業銀行、8 月中旬には、ザクセン州立銀行の資金繰りが悪化、前者は、筆頭株

主である政府系金融機関 KfW の救済を仰ぎ、後者は州立銀行 大手のバーデン・ビュ

ルテンベルク州立銀行(LBBW)に救済合併されることとなった。両行は、ともにコ

ンデュイットと呼ばれるオフバランスの投資ファンドを設立し、米国サブプライム関

連商品に投資していた。コンデュイットの基本スキームは、RMBS や CDO 等に投資

する一方、これらを担保とする CP(ABCP)を発行して資金を調達し、利ざやをかせ

ぐというものである。07 年 6 月時点で、IKB 産業銀行のコンデュイットの資産規模は

Tier1 の 3.8 倍、ザクセン州立銀行は合計で 7 倍の水準に達していた。

IKB 産業銀行とザクセン州立銀行のコンデュイット

親会社 プログラム名 資産規模Tier1比

(億ユーロ) (倍)

IKザクセン

B産業銀行 ラインランド・ファンディング・キャピタル 143.9 3.8州立銀行 オーモンド・クウェイ・ファンディング 134.6 5.9

ザクセン州立銀行 ザクセン・ファンディング 24.8 1.1(出所)モルガンスタンレー

米国サブプライム問題を背景として、ABCPの借り換えができなくなったことにより、両行

はいずれも、事前の取り決めに基づき、コン

デュイットに対して資金を供給する必要に迫

られた。しかし、サブプライム関連の投資失

敗により、多額の損失発生が見込まれる状

況のもと、両行の自力による資金調達は困

難となり、母体行や他行の救済を仰ぐことと

なった。IKB 産業銀行やザクセン州立銀行

が、高リスク商品への投資を膨らませた背景

として、ドイツでは、オーバーバンキングによ

り、資金運用先を巡る競争が厳しいという事

情も指摘されている。

米国ABCP発行残高

700,000

750,000

800,000

850,000

900,000

950,000

1,000,000

1,050,000

1,100,000

1,150,000

1,200,000

2005

/8/2

4

2005

/10/

24

2005

/12/

24

2006

/2/2

4

2006

/4/2

4

2006

/6/2

4

2006

/8/2

4

2006

/10/

24

2006

/12/

24

2007

/2/2

4

2007

/4/2

4

2007

/6/2

4

2007

/8/2

4

(百万㌦)

ABCPの金利の推移(格付AA、1ヶ月物)

5.0%

5.5%

6.0%

6.5%

2006

/8/2

5

2006

/9/2

5

2006

/10/

25

2006

/11/

25

2006

/12/

25

2007

/1/2

5

2007

/2/2

5

2007

/3/2

5

2007

/4/2

5

2007

/5/2

5

2007

/6/2

5

2007

/7/2

5

2007

/8/2

5

出所)FRB

9 月 4 日には、財務大臣が州政府に対し、

州立銀行の再編を促すよう要請しており、サ

ブプライム問題を契機に、ドイツにおける銀

行再編の動きが加速する可能性もある。 (経済調査室ロンドン駐在 バーンズなおみ、宮城充良)

47

ノーザンロック、イングランド銀行に支援を要請

9 月 13 日、英国の中堅銀行ノーザンロックは、資金繰りの悪化を理由に、イングランド銀

行(BOE)に支援を申請し、BOE は財務省と金融サービス機構(FSA)と協議のうえ、緊急融

資を実行した。ノーザンロックは、イングランド北部のニューキャッスルに本拠を置く中堅銀

行。近年の住宅ブームのなか、同行は、Buy-to-let と呼ばれる賃貸物件向けローンも積極的

に手がけ、06 年の住宅新規取組額が 3 位となるなど、業容を急速に拡大させてきた。 英国の住宅ローンランキング

①残高 ②新規取組額 順位 銀行名 順位 銀行名

シェア シェア

£bn £bn1 HBOS 220.0 20.4% 1 HBOS 73.2 21.2%2 アビー 101.7 9.4% 2 アビー 32.6 9.4%3 ロイズTSB 95.3 8.8% 3 ノーザンロック 29.0 8.4%4 ネイションワイド 89.6 8.3% 4 ロイズTSB 27.6 8.0%5 ノーザンロック 77.3 7.2% 5 ネイションワイド 21.1 6.1%6 RBS 67.4 6.2% 6 RBS 20.0 5.8%7 バークレイズ 61.6 5.7% 7 バークレイズ 18.4 5.3%8 HSBC 39.1 3.6% 8 アライアンス&レスター 12.6 3.7%9 アライアンス&レスター 38.0 3.5% 9 HSBC 12.4 3.6%

10 ブラッドフォード&バイングリー 31.1 2.9% 10 GMAC 12.1 3.5%(資料)Council of Mortgage Lenders

残高 取り組み額

一方、1997 年にビルディング・ソサエティから普通銀行に転換したばかりであることや、店

舗数が 76 と大手行に比べ、見劣りすることもあり、同行の預金は、住宅ローンに比べ低い伸

びとなっていた。このため、同行は、資金調達において、証券化に強く依存していた7。 米国サブプライム問題を背景に、サブプライム住宅ローン担保証券のみならず、プライム

住宅ローン担保証券の購入も控える動きが広が

となった。これに加えて、英国の短期金融市場

において、3 ヶ月物金利が高止まる等、資金の

需給がひっ迫していることもあり、ノーザンロッ

クは BOE に救済を仰ぐことを余儀なくされた。 資金繰り悪化が報道されて以来、ノーザンロ

ると、同行の証券化による資金調達は困難

が不十分8であること、並びに、BOEとFSA、財務省の 3 者に

、宮城充良)

(資料)英国銀行協会

英国短期金利の推移

5.0

5.5

6.0

6.5

7.0

4 5 6 7 8 9

(%)

政策金利

翌日物→3ヶ月物→

12ヶ月物↓

クには、預金引き出しを求める顧客が殺到し

た。こうした事態の鎮静化のため、17 日には、

ダーリング財務大臣が、同行の預金を全額保

護する意向を明らかにした。 本件の背景として、預金保護

る金融監督体制が危機対応において、有効に機能しなかったことが指摘されている。金融

システムの安定に向け、英国政府は制度見直し等の対応を迫られている。

(経済調査室ロンドン駐在 バーンズなおみ

7 英国の場合、販売チャネルとして、ブローカーが存在しており、店舗数の少ないノーザンロックも全国規模で住宅ローンの拡販が可能。 8 全額保護対象は 2,000 ポンド(約 47 万円)に限られ、2,001 ポンドから 33,000 ポンド(約 775 万円)

までの部分は 10%カット。10 月 1 日、全額保護対象は 35,000 ポンドに引き上げられた。

48

サブプライム問題がわが国の経済・金融政策に与える影響

1.経済への影響 ~ 直接の影響は限定も、先行きは外需の変化に注意

続いてい

米国サブプライム問題を発端とするグローバルな金融・資本市場の動揺が

。欧米の株価は 8 月にかけて約 10%急落、その後、FRB の政策金利引き下げ等を受

けて復調の兆しもみられるが、依然として下値不安の完全な払拭には至っていない

(第 1 図)。この間、わが国株価は円キャリートレードの巻き戻しに伴う円急騰もあ

って欧米を上回る調整を余儀なくされている。過去の金融危機と比較すると、企業収

益の堅調もあって、内外株価の下落幅は総じて限られているが、当面は、グローバル

な金融市場の混乱と実体経済の悪化がスパイラル的に進まないか警戒が必要である。 一方、米国では、98 年の LTCM 危機時並の信用収縮が懸念されているが、わが国

社債市場については、発行額の多いシングル A 格でみれば、企業の資金調達への影

響は総じて限られている(第 2 図)。金融・資本市場における信用収縮を通じた直接

的なインパクトという点において、わが国経済への悪影響はさほど顕現化していない

ように思われる。

40

60

80

100

120

140

160

180

200

220

97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

SP500

FT100

TOPIX

第 1 図:内外株価の推移(1997/1=100)

(注)週末値ベース。直近値は9月28日時点。(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年)

ロシア危機・LTCM危機

エンロン危機世界同時株安

サブプライム危機

シンガポールST0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

1.4

1.6

98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 (年)

(%)

BBB

AAA

(注)社債利回り-国債利回り。残存年数は5年。格付はムーディーズ。(資料)Bloombergデータより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

第 2 図:本邦・社債スプレッドの推移

ロシア危機・LTCM危機

エンロン危機

世界同時株安

サブプライム危機

もっとも、わが国については、クレジット・クランチによる直接的な悪影響より、

米国を始めとする海外経済のファンダメンタルズの悪化と輸出の減速を通じた、間接

的な影響に注意が必要であろう。次頁第 3 図に示した通り、わが国経済は 2002 年初

をボトムとする今次回復局面で、肝心の個人消費は伸び悩む一方で、海外経済の高成

長や円安を背景に、輸出が総需要に占める割合が 80 年以降で も高い水準にまで高

まるなど外需への依存度を一貫して高めてきているためである。

49

0

5

10

15

20

80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 0745

50

55

60

65輸出

設備投資

個人消費(右目盛)

第 3 図:総需要における輸出・設備投資・個人消費のシェアの推移(%) (%)

(注)名目GDPベース。総需要=GDP+輸入。93年以前は旧基準ベース。

(資料)内閣府「国民経済計算」より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成(年)

【今次回復局面】

その外需の先行きだが、現時点でのメインシナリオとしては、わが国景気を大きく

下押すほどの悪化には至らない、とみている。①世界経済に占める米国経済のウェイ

トが徐々に低下してきている点を踏まえると、米国経済の減速が世界経済に与える悪

影響は過去と比べて相対的に小さい、②新興国や欧州など、米国以外経済が堅調に推

移しており、世界経済の成長を補完していくとみられる(第 4 図)、ためだ。

第 4 図:世界経済の成長率

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008(年)

(%)

米国 BRICs欧州 日本

その他

(見通し)

(注)一部地域の成長率はIMF見通しを使用。

もっとも、足元の金融市場の混乱が深刻化・長期化し、米国経済が急減速する事態

に陥ってしまえば、世界経済全体への悪影響は免れないだろう。世界 大の経常赤字

国である米国経済に大きな変調が生じれば、さすがに各国の堅調な成長パスにも何ら

かの悪影響がでてくる可能性が高い。世界経済全体の相互依存関係が強まるなか、こ

うして各国の景気が減速局面入りしてしまえば、スパイラル的に世界経済全体が悪化

50

し、わが国の外需にも悪影響が及ぼう。金融・資本市場の混乱が、個人消費を中心と

する米国のファンダメンタルズにどの程度悪影響を及ぼすのか、慎重に見極めていく

必要がある。 2. 金融政策への影響 ~ 追加利上げは幾分後ズレの公算 日銀の追加利上げにとって、今回のサブプライム問題に端を発した世界的な市場の

混乱は、大きなハードルとなろう。日銀は、9 月 18 日・19 日に開かれた金融政策決

定会合で、「金融市場においては世界的に不安定な状況が続いているほか、米国経済

の下振れリスクが高まるなど、世界経済について不確実性が増大している」(9 月 19日、福井総裁記者会見)として政策金利を据え置いたが、同時に「今後とも標準的な

シナリオどおり経済が動いていくのであれば、金利調整の必要性にいささかの変化は

ない」(同)とし、金融市場が落ち着けば、引き続き徐々に金利正常化を図っていく

姿勢には変化は無いようだ。 もっとも、サブプライムローン問題を発端としたグローバルな金融・資本市場の混

乱が完全には治まりきらないなかで、FRB が利下げに転じ、ECB も政策金利を据え

置くなど、外部環境という点で日銀は利上げをしにくくなりつつある。「他国の政策

決定がわが国の政策選択の幅を狭めるということはあり得ない」(同)ものであるが、

グローバル化の進展で内外経済・金融市場の一体化が加速するなか、政策協調への目

配りは欠かせない。過去 20 年間振り返っても、米国が利下げをするなかで日銀が利

上げを行ったのは 90 年代初頭のバブル期のみである(第 5 図)。また、FRB の利下げ

に伴い、日米金利差の縮小を通じた円高リスクが起こりかねない点も踏まえると、日

銀は利上げに慎重にならざるをえない。

0

5

10

15

20

80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08(年)

米国

欧州

日本

(%)第 13 図:日本・米国・欧州の政策金利の推移

(注)月末値。欧州は98年まではドイツの政策金利。

(資料)各国中銀資料、Bloomberg等より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

ITバブル・ゼロ金利解除

バブル期

第2次オイルショック後

今次局面

第 5 図:各国政策金利の推移

また、足元における国内の経済指標をみても、賃金低迷が続き個人消費が力強さに

欠けるうえ、消費者物価も小幅のマイナスが続いており、国内要因に限ってみても利

上げを急ぐ必要は乏しい。さらに、4~6 月期の実質 GDP 成長率が、設備投資の統計

的な振れが主因とはいえ、マイナス成長を記録したことも、新たなハードルとなりそ

51

うだ。2006 年 3 月の量的緩和解除時直前の実質 GDP 成長率は年率 3.5%、昨年 7 月の

利上げ時は同 3.1%、今年 2 月の追加利上げ時は同 4.8%と、いずれも高成長だった。 先行き、日銀は、徐々に金利水準の調整を図るスタンス自体は維持するとみられる

ものの、グローバルな金融・資本市場が落ち着きを取り戻し、利上げに踏み切れる環

境が整うには今暫く時間を要するとみられる。この間、OIS 取引における日銀利上げ

の織り込み度合いも、足元幾分復活しているとはいえ、年内の利上げには依然として

不透明感が強い(第 6 図)。

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

10月会合 11月会合 12月会合 1月会合

8月12日

8月31日

9月14日

9月28日

第 6 図:OIS取引における利上げの織り込み度合い

(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 9 月に公表された米国の雇用者数が 4 年ぶりの減少を記録するなど、輸出を通じて

わが国景気へ及ぼす影響が大きい同国のソフトランディング・シナリオに不透明感が

強まるなか、秋頃と当室が予想してきた日銀の利上げ時期は、来年 1 月前後にまで後

ズレする可能性が高い。 (経済調査室 岩岡聰樹 森祥人 )

52

米国サブプライム問題のアジア金融・経済への影響

米国サブプライム住宅ローン問題に端を発したグローバルな信用収縮懸念は、アジアの

金融・資本市場にも影響が及んでいる。しかし、目下のところ、アジア各国の実体経済に深

刻な影響が及ぶことを懸念する声は少ない。無論、米国では住宅ローン会社の経営破綻懸

念や証券化市場の流動性クランチを背景に連邦準備理事が異例の緊急利下げに踏み切る

など予断を許さない状況にある。本稿では、アジアの金融・資本市場が大きく混乱した、アジ

ア危機(1997 年)、IT バブル崩壊(2001 年)の 2 つの局面と比較考量し、今回の金融市場混

乱が、アジア経済に与える影響について考えてみた。

1.過去 2 回の金融混乱期(アジア通貨危機、IT バブル崩壊)への考察

過去 10 年間に、金融・資本市場の混乱がアジア経済に大きな影響を与えたケースとして

は、①97 年のアジア通貨危機(以下、通貨危機)、②2001 年の IT バブル崩壊(以下、IT バ

ブル)、の 2 つがあげられる。 このうち、通貨危機は、当地域発の金融、経済危機であり、その影響は甚大であった。90年代のアジア経済は、世界の生産基地として驚異的な経済発展を遂げていた。ただ、その

反面、積極的な外資導入策により、過剰流動性が増大し、土地投機など経済がバブル化し

たという陰の部分があった。特に、タイにおいては、93 年に設立されたオフショア市場

(BIBF:バンコック国際金融市場)を通じてファイナンスされた資金が大量に不動産分野へ

流入し、不動産バブルを創出。それが不良債権化したことで、バーツ急落懸念が高まり、ア

ジア通貨危機に広がった。

これに対し、IT バブルは米国発であり、IT 革命に対する過剰な期待が剥落し、それまで高

騰していた IT 関連株の大幅下落と IT 製品の在庫調整を契機に世界景気が後退局面に入

った。世界の IT 生産拠点であったアジア経済も、大きな打撃を受け、2001 年のアジア全体

の実質経済成長率は 2.7%、NIEs は 1.2%へ急失速した。前者は、当地域発の金融、通貨

危機、後者は世界経済の景気失速による金融市場混乱と特徴付けられる。 (1)金融・資本市場の動向 次に、アジア 9 カ国・地域について、過去 2 回の金融混乱期における株価、為替動向を比

較する。まず、株価については、通貨危機時は 大で 30~90%、IT バブル時は 40~70%

の大幅な下落を示している(図 1)。金融危機が深刻化したタイが も下落率が大きい。一方、

為替(対米ドル)は、ドルペッグ制が採用されていた中国、香港を除くと、通貨危機時は 大

で 20~85%、IT バブル時は 10~40%の下落率を示している。これに対し今回は、現時点で

株価が 大4~24%、為替は1~9%の下落に止まっており、相場下落率は過去2回の金融

混乱期の約 1/3 から 1/4 に止まっている。

一方、金融・資本市場の混乱発生から 1 カ月間の動きをみると 、通貨危機の場合、株価

の下落幅は 4~17%、通貨は 0~14%、IT バブルの場合は、株価の下落幅が 5~16%、通

貨は 0~4%であった(図 2)。初期反応という観点でみると、株式相場の調整スピードが過去

2 回の金融混乱時に比べて速いことが指摘される。こうした背景には、欧米の流動性クラン

チにより、投資ファンドがアジア株換金売りを一気に加速させたことがあげられる。

53

  (資料)CEICより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

  (資料)CEICより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

図2:混乱発生から1カ月間の 大下落率

<株価> <為替>

図1:ピークからの 大下落率<株価> <為替>

-100

-90

-80

-70

-60

-50

-40

-30

-20

-10

0

SIN HK TW KR ID TH MY PH CH

通貨危機 ITバブル

(%)

-90

-80

-70

-60

-50

-40

-30

-20

-10

0

SIN HK TW KR ID TH MY PH CH

通貨危機 ITバブル

(%)

-30

-20

-10

0

SIN HK TW KR ID TH MY PH CH

通貨危機 ITバブル サブプライム

(%)

-20

-15

-10

-5

0

SIN HK TW KR ID TH MY PH CH

通貨危機 ITバブル サブプライム

(%)

(2)実体経済への影響 次に実体経済への影響をみると、通貨危機の影響が も大きかった 98 年のアジア各国・

地域の成長率は、中国と台湾を除き軒並みマイナスに転じた。IT バブル崩壊時に、マイナ

ス成長に陥ったのはシンガポールと台湾のみであったが、その他の国・地域(除く中国)も成

長率が大幅に鈍化した。両ケースともにアジア諸国の成長率は大幅に減速した。 もっとも、アジアを取り巻く環境は通貨危機と IT バブル時では異なっている(表 1)。通貨危

機の場合、米国経済が好調に推移するなか、アジア各国は通貨下落に伴うインフレと大幅

な金融引き締めにより深刻な内需低迷に見舞われ、その後 IMF の指導による財政健全化

や銀行部門の再編といった構造調整の影響から経済の停滞は長期化した。これに対し、ITバブル時は、米国経済の減速に伴う米国向けの輸出鈍化、即ち、外需の鈍化がアジア経済

の減速につながった。 足元、米国経済の下振れリスクが高まるなか、アジア経済は堅調に推移している。今回の

金融・資本市場の混乱は、米国経済の減速を発端とする世界経済の低迷懸念が起点となっ

ているという点で、外需減速が景気低迷をもたらした IT バブルのケースに類似していると考

えられる。

米国経

①アジア通貨危機 ②ITバブル崩壊 ③サブプライム

済 好調(4%台の成長) 低迷(0%台の成長) 下振れリスク高まる

金融政策(米国) 中立 積極的な金融緩和 金融緩和へ転じる

金融政策(アジア) 大幅引き締め 金融緩和 金融緩和~引き締め

物価(アジア) インフレ デフレ インフレピークアウト

(資料)各種資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

表1:過去の金融市場の混乱時との環境比較

(3)国際収支面からの考察 通貨危機時のような、国際収支面からのストレスがかかるかどうかについても考察してみる。

ASEAN4 カ国(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン)の国際収支をみると、通貨危機の

54

直前の 95~96 年には経常収支の赤字が増大する一方、外資流入加速により資本収支の

黒字が急拡大した。それが、97 年の通貨危機時には、資本収支が大幅な赤字へ転じた(図

3)。証券投資や金融機関向け融資などを通じた外国資本が、短期間に急速かつ大幅流出

したことで、「資本収支危機」とも位置付けられた。近年は経常収支の黒字傾向が続く反面、

資本収支の変動は小さくなっている。このため、グローバルな金融・資本市場の混乱によっ

て、一時的な投資ファンドのアジア株換金売りが加速したとしても、キャピタルフライトを起こ

すような資本流出が現出する可能性は小さいとみられる。即ち、通貨危機の状況と違って、

現在は、①各国ともに豊富な外貨準備を保有している、②短期対外債務が減少している、

③有事には資金を融通する通貨スワップ協定がアジア各国間で締結されているなど、様々

なセーフティネットが構築されていることも、通貨危機、金融危機を抑制防止になりうる。

但し、ASEAN 以外に目を転じると、韓国の資本収支の状況には注意する必要がある。証

券投資は赤字(流出)傾向にあるものの、2006 年以降、その他資本収支が大幅な黒字とな

っており、資本収支全体は大幅な黒字の状態にある(2005 年 48 億ドル→2006 年 186 億ド

ル)。こうした背景には、国内の銀行が海外の銀行からの短期借入を増加させていることが

あげられるが、その資金は不動産や株式投資に向けられている面が大きい。国際決済銀行

(BIS)によると、2006 年の韓国向けのクロスボーダー銀行与信額は、1,340 億ドル(前年比

+50.1%)と通貨危機前の水準を上回っており、資本流出リスクには警戒を要する(図 4)。

(資料)IMF資料などより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成    (資料)BIS資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

図3:ASEAN4の国際収支 図4:クロスボーダー銀行与信残高

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

40

50

60

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06

経常収支 資本収支

(10億㌦)

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

200

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06

ASEAN4 韓国

(10億㌦)

2.際立つ中国の株価堅調、人民元高基調 こうしたアジア金融・資本市場の調整に対して、際立つのが中国の動向である。過去の局

面においても、中国経済自体は大きな影響を免れていた。これは、中国が厳格な資本規制

を敷いており、海外の金融市場の混乱が国内の金融市場に伝播しにくい環境にあることが

主因である。また、通貨危機の際には、アジア通貨が軒並み大幅下落するなか、人民元に

対しても下落圧力がかかったが、中国政府は切り下げを回避した。仮に、この時点で中国が

人民元切り下げに踏み切っていた場合、通貨危機の混乱は更に拡大したとの見方もある。

なお、中国の株価は、2001 年半ば以降、下落基調を辿ったが、これは IT バブル崩壊の影

響というよりは、国有株放出による需給悪化懸念という国内要因によるものであったといえ

る。 中国の金融・資本市場にサブプライムローン問題の影響がないとはいえないが、その他ア

ジア各国の株価が下落するなかで、中国の株価は逆に上昇基調を維持している。また、通

55

貨についても元高基調を維持している。 この背景には、中国経済が 11%台の高成長を維持していることがある。高成長持続に対

.バル信用収縮懸念のアジア金融・資本市場への影響

速懸念は高まっているものの、足元は底堅い景気展開が続い

沢な外貨準備高

リオとして、米国で住宅市場の調整や金融市場の混乱が個人消

慎吾)

  (注)NIEsはシンガポール、香港、台湾、韓国、ASEANはタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン。NIEsの98年以前は台湾を含まず。

  (資料)CEICより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

する懸念はあるものの、好調な中国経済が、アジア各国の主要需要先として足元アジア経

済を支える一因となっていることは事実である。アジア各国・地域の輸出動向をみると、対米

輸出シェアが低下傾向を辿る一方、対中輸出シェアは拡大傾向にあり、中国経済への依存

度が増していることがわかる (図 5)。もっとも、中国向け輸出品の 終仕向け地は、引き続

き米国が相応のシェアを占めており、米国経済が減速すればアジアからの中国向け輸出も

減速を余儀なくされるであろう。ただし、中国の国内市場が急拡大しており、中国経済は米

国経済の減速の影響をある程度吸収する緩衝材の役割を果たすと考えられる。

図5:NIEs・ASEANの対米、対中輸出シェア

0

5

10

15

20

25

30

95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06

(%)

対中輸出

対米輸出

<NIEs>

0

5

10

15

20

25

95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06

(%)

対中輸出

対米輸出

<ASEAN>

3 アジア経済への影響は限定的 以上、総合的にみると、グロー

について、初期反応という点では、株式相場が IT バブル崩壊局面並みの下落率を示

しているが、全体的なマグニチュードは、通貨危機の約 1/3~1/4 程度に止まっている。

一方、以下の 3 点の要因により、アジア各国の実体経済に与える影響はそれほど大き

くないと考えられる。 1)米国経済の先行き失

ている。また、金融・資本市場の混乱が続いた場合でも、金融緩和を含めたマクロ経

済政策の裁量余地は大きく、景気の大幅な落ち込みは考えにくい。 2)通貨危機時と違って、アジアの経常収支は黒字の状態にあり、潤

を有している。ヘッジファンドのアジア株換金売りなどの短期資本流出により、アジ

ア通貨が大きく下落する局面では、自国通貨買いの為替介入を実施する余地がある。 3)高成長を続ける中国経済が米国経済の減速をある程度吸収する緩衝材の役割を果

たす公算が大きい。 ただし、リスクシナ

費の失速につながり、景気が急失速する状況となったり、世界的な金融・資本市場の

混乱が長期化し、さすがの中国経済や中国株式も調整色を強めた場合には、アジア経

済にも大きな影響がもたらされる可能性がある点に留意が必要であろう。 (経済調査室シンガポール駐在 竹島

56

サブプライム問題の影響度:シナリオ分析

1. メインシナリオ(確率 80%) クレジット・証券化市場の混乱は当面続く可能性が高いが、金融システミックリスクに

90 年代後半以降)のグローバルな信用収縮局面と比較すると、今次

ネッ

は至らない。

過去 2 回(

面は、世界経済や企業財務の健全性などのマクロ環境が良好である。①世界経

済の高成長が続いていることから、ショックへの耐久力が強い(第 1 図)、②一般

社債市場のスプレッド拡大が小幅なものにとどまっており、企業の資金調達を通

じた経済活動全般に悪影響が広がることは想定しにくい(第 2 図)、③株価の割高

感が小さく、株価下落余地も大きくはない(第 3 図)といった点が特徴。 加えて、④日米欧の金融当局・政府も、大規模な流動性供給、セーフティ

の構築など迅速に対応(表)。

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

(%)

米社債利回りスプレッド(Baa格)

【ロシア危機・LTCM危機】

【エンロン危機】

【サブプライム危機】

第 2 図:過去の信用収縮局面における社債スプレッド

(資料)FRB統計

第 1 図:世界の実質GDP成長率

0

2

4

6

97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

(yoy, %)

(注)2006年・2007年はIMF見込・見通し。

(資料)IMF統計

【ロシア危機・LTCM危機】

【エンロン危機】

【サブプライム危機】

第 3 図:PERの推移(米国・SP500指数)

0

10

20

30

40

50

60

70

97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07(年)

(倍)

(資料)Bloomberg

各国中央銀行 FRB・ECB・日銀合わせて

32兆円の緊急流動性供給を実施

FRB 公定歩合の緊急引き下げ(0.5%)FF金利誘導目標の引き下げ(0.5%)

米国政府 中・低所得層に対する公的債務保証を拡充

住宅価格が下落した契約者に対する臨時の減税措置を議会に要請

各国中央銀行・米国政府の対応

57

2. リスクシナリオ(確率 20%) ファンダメンタルズへ波及。

生した場合に限られる。

歯止めが掛からず、同市場での資金調達が不可

ァンド等が連鎖的な破綻を示し、

金融市場の混乱が深刻化、

リスクシナリオが顕現化するのは、急激な市場環境変化が発

定し得るのは、以下のような事態。

ABCP の市場環境悪化に

能となり、その悪影響が一般企業の CP 等にまで広がる(第 4 図)。CDO と同

様のプライシングモデル(DCF 方式)を適用している REIT にも影響が急速

に波及する(世界的な住宅価格の急落)。

9 月にかけて決算期日を迎える大手ヘッジフ

急膨張したリスク資産の大規模な収縮が発生(第 5 図)。欧米投資銀行の格

下げが相次ぎ、深刻な金融クランチに陥る。

第 4 図:米国のCP発行残高の推移

75

80

85

90

95

100

105

110

115

120

05/08 05/10 05/12 06/02 06/04 06/06 06/08 06/10 06/12 07/02 07/04 07/06 07/08(年/月)

(百億ドル)

ABCP

その他のCP

(資料)FRB統計

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

1,800

91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

(10億㌦)

*

(年)

第 5 図:ヘッジファンドの運用資産残高の推移

(資料)HFR

こうした各種要因を整理すると以下(第 6 図)。

既に大きな影響が影響が及んでいる分野

部分的に影響が及んでいる分野

第 6 図:サブプライムローン問題がファンダメンタルズ・金融システムに与える影響

金融機関の損失拡大・リスクテイク余力の低下

米国住宅バブルの崩壊サブプライムローン問題の顕現化

サブプライムローンを組み込んだ証券化商品(CDO・CLO・RMBS)の価格下落、流動性逼迫

ABCP発行市場の機能不全

ヘッジファンド・PEファンドの

破綻

LBO市場の機能不全

一般企業の社債・CP市場のスプレッド拡大、資金調達難航

一般企業向け貸出の縮小

設備投資等、企業活動への悪影響

米国の雇用・個人消費への悪影響

株価下落 商業銀行・投資銀行の

破綻

REIT市場の急激な調整

(経済調査室 森 祥人 )

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