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Title現代トルコにおけるクルド・ナショナリズムとイスラーム : サイド・ヌルスィーの思想とクルド系ヌルジュ運動(Abstract_要旨 )
Author(s) 大庭, 竜太
Citation Kyoto University (京都大学)
Issue Date 2007-09-25
URL http://hdl.handle.net/2433/137066
Right
Type Thesis or Dissertation
Textversion none
Kyoto University
―1573―
【661】
氏 名 大おお
庭ば
竜りゅう
太た
学位(専攻分野) 博 士 (地域研究)
学 位 記 番 号 地 博 第 48 号
学位授与の日付 平 成 19 年 9 月 25 日
学位授与の要件 学 位 規 則 第 4 条 第 1 項 該 当
研究科・専攻 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 地 域 研 究 研 究 科 東 南 ア ジ ア 地 域 研 究 専 攻
学位論文題目 現代トルコにおけるクルド・ナショナリズムとイスラーム――サイド・ヌルスィーの思想とクルド系ヌルジュ運動――
(主 査)論文調査委員 教 授 小 杉 泰 准教授 東 長 靖 准教授 岡 本 正 明
論 文 内 容 の 要 旨
本論文は,現代トルコにおけるクルド・ナショナリズムの思想・運動について,クルド人の宗教性を踏まえた上で総合的
な理解に達することをめざして,原典研究による思想研究とフィールドワークに基づく運動の事例研究をおこなったもので
ある。
第1章では,クルド・ナショナリズム研究へのアプローチについて,ナショナリズムの理論面から考察をおこなっている。
まず,ナショナリズムの世俗性を自明視した研究が近年批判の対象となっていることに着目し,宗教と密接に結びついた事
例を研究する際に,世俗主義的な前提を疑う必要性を論じている。特に,宗教が政治・社会と密接に結びつくイスラームの
場合,宗教がしばしば民族形成においても大きな役割を担うことが,ウンマ,ミッラなどの概念とともに検討されている。
宗教と結びついた形でナショナリズムが勃興する現象を,「宗教ナショナリズム」として捉えようとするアプローチもユル
ゲンスマイヤーらによって提起されているが,宗教を単に一要素として,場合によっては道具主義的に捉えていることを,
本論文は批判している。また,クルド・ナショナリズム研究では,左翼政党クルディスターン労働者党(PKK)の研究に
代表されるように,世俗主義を対象とすることが非常に多く,1980年代以降のイスラーム復興にともなうクルド・ナショナ
リズムの新しい傾向を分析できないままにきたことが指摘されている。
第2章では,20世紀のクルド・ナショナリズムの歴史的発展について,まずその前提となるマドラサ(高等教育施設)と
タリーカ(スーフィー教団)のネットワークの伝統,オスマン朝の崩壊にともなうイスラーム・システムの解体などが検討
された後,初期の諸党派や「シャイフ・サイードの反乱」(1925年)が詳しく論じられている。この時代には,ナショナリ
ズムと宗教性の結びつきは明確であった。同じ時代に前半生を送り,さらに,20世紀中葉に,ナショナリズムと宗教性を合
わせて新しい思想を展開することになったのが,サイド・ヌルスィー(1876/7~1960)であった。
第3章では,ヌルスィーに焦点を当て,まず,思想史上の彼の位置づけを論じたあと,彼の前半生,すなわちオスマン帝
国末期のクルディスターンを検討し,その社会的・文化的状況の中で,ヌルスィーが何をめざしていたのかを,原典の精読
から明らかにしている。ヌルスィーがクルディスターンで生まれ育ったことは,彼の思想を理解する上で決して欠かせない
要素である。従来の研究では,彼の民族的出自はほぼ無視されるか,過小評価されてきた。当時のクルディスターンの現状
を改革しようとして,ヌルスィーは,イスラームと科学を統合しうる教育を発展させなければならないと論じていた。さら
に,ヌルスィーのナショナリズム論が検討され,クルド人を中心に考えつつも諸民族の共生を構想していたことが明らかに
された。また,その思想が現在のクルド系ヌルジュ運動の源流となっていることが解明されている。
第4章では,ヌルスィーの思想を継承したクルド人のイスラーム運動が存在することが,現地における臨地研究の結果と
して,明らかにされている。それを本論文では,「クルド系ヌルジュ運動」と呼んでいる。これまでは,「ヌルジュ運動」と
言えばトルコ人の間に広がったイスラーム運動のみが知られ,その創設者ヌルスィーがクルド人であったこともほとんど知
られていない。トルコ人のヌルジュ運動は,いわば,ヌルスィーの思想に内在する民族性を捨象してイスラーム性を強調す
―1574―
るものであった。これに対して,クルド系ヌルジュ運動である「メド・ゼフラ」は,ヌルスィーが持っていた民族性をも合
わせて継承している。この章では,メド・ゼフラの組織形態,メンバーシップ,活動などがトルコ東部のクルド人地域にお
ける調査をもとに,詳しく検討されている。また,機関誌などの解析を通じて,その基本理念が明らかにされている。さら
に,ヌルスィーの主著である『リサーレイ・ヌル(光の書簡)』についても,トルコ系ヌルジュ運動による出版と,クルド
系の版では内容に異同があることも明らかにされている。
第5章は,メド・ゼフラの思想や主張から,クルド人問題の解決案を取り出し,それを具体的事例として,本論文の大き
なテーマであるナショナリズムと宗教の関係が考究されている。ここでは,民族性を内包したイスラーム思想として「クル
ド・イスラーム主義」が,宗教性を含み込む新しいナショナリズムの形態として提示されている。メド・ゼフラが,イスラ
ーム共同体を「諸民族の多元的共生社会」と構想していることが指摘されているが,ここには,クルド人問題の解決へ向け
た新しい可能性が示されているであろう。
終章では,全体を概括して,クルド・ナショナリズム研究への新しい視座を示すとともに,今後の眺望として,中東の他
の諸国におけるクルド・ナショナリズム研究を,本論文での理論的・実証的な事例研究を発展させる形でおこなうことが示
唆されている。
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
本論文は,現代トルコにおけるクルド・ナショナリズムとイスラームの関係性について,原典研究とフィールドワークに
基づく事例研究によって,理論と実証の両面から研究し,考察をおこなったものである。
2千万人とも推計されているクルド人は,人口規模において民族国家を有しない世界最大規模の民族とされている。第1
次世界大戦後の中東における地域形成過程で,クルド人は自分たちの国家を認められず,これまで,主としてトルコ,イラ
ク,イラン,シリアなどに居住してきた。クルド・ナショナリズムの観点から言えば,クルディスターン(クルド人の郷土)
がこれらの国々に分割されていることになり,彼らの居住地域の自治あるいは独立を求める闘争,あるいはマイノリティー
としての人権擁護の運動が,各国で行われてきた。クルド人問題は,これまで民族・ナショナリズム研究においても重要な
課題であると認識され,それなりに研究も蓄積されてきたし,中東地域研究においてもその重要性は認知されてきた。
しかし,それらの研究のほとんどが,ナショナリズムの世俗性を前提として,急進的な左翼政党であるクルディスターン
労働者党(PKK)などを対象として,クルド・ナショナリズムを考究してきた。クルド人の間にイスラーム復興の傾向が
生じ始めたのは1980年代のことで,それはトルコ国内のみならず中東全体の動きとも連動していた。このようなイスラーム
復興現象の顕在化は,クルド・ナショナリズムについても再考を促すものであった。
本論文は,まず,方法論的な問題として,ナショナリズムと宗教の関係について理論的な考察をおこなっている。従来の
ナショナリズム研究が,ナショナリズムの世俗性を前提としていることを本論文は批判的に概観し,さらに,そのような偏
りを修正する目的で提示されたユルゲンスマイヤーやファン・デル・フェールらの「宗教的ナショナリズム」論が,ナショ
ナリズムの一要素としての宗教の重視にとどまっており,とりわけイスラームのような社会性・政治性の強い宗教の場合に
は,より根源的な分析視角が必要であることを論じている。ナショナリズムと宗教の関係については近年,さまざまな再考
の試みがなされてきたが,本論文はその点において,クルド人の事例を検討することで新しい貢献をなしている。
続いて,本論文では,20世紀におけるクルド人の民族形成を,中東の歴史的な文脈と,マドラサ(高等教育施設)やタリ
ーカ(スーフィー教団)のネットワークに代表されるクルド社会の特徴を取り上げながら概観し,さらに,トルコおよびそ
の周辺における現代イスラーム復興の主要な思想家であるサイド・ヌルスィー(1876/7~1960)を取り上げ,トルコ語原典
を丁寧に読解,解析して,その民族論とイスラーム論を摘出している。ヌルスィーは,現代におけるイスラーム思想家とし
てきわめて重要であるが,その重要性に比して研究はまだ不足している。
特に日本では,原典からその思想を扱った研究はごく限られており,その点での貢献度は高い。しかも,欧米,日本を問
わず,ほとんどすべてのヌルスィー研究が,サイド・ヌルスィーがクルド人であったことを無視するか等閑視して,あたか
も民族性を超越したイスラーム思想家であるかのように扱ってきた。本論文は,ヌルスィーの民族的出自を考慮に入れて,
彼の大部の主著『リサーレイ・ヌル(光の書簡)』の中の民族論を分析した点で,独創的な貢献をなしている。ヌルスィー
―1575―
が,民族的存在を無視されてきたクルド人の民族意識を世俗的なナショナリズムに還元せずに,イスラーム思想との統合を
はかったという指摘は高く評価できる。
本論文の白眉は,現地での臨地研究によって,クルド系イスラーム思想家としてのヌルスィーを継承したイスラーム運動,
すなわち「クルド系ヌルジュ運動」と著者が名付けた運動を発見し,それを世界で初めて学術的に報告したことであろう。
トルコにおけるヌルジュ運動の重要性は広く知られているが,ヌルスィーの民族的出自が知られていないのと同様に,トル
コ人の間におけるヌルジュ運動とは別にクルド系の運動が存在することはこれまで全く未知であった。クルド的な民族性を
明示的な前提とした上で,イスラーム運動を展開しているヌルジュ運動の一形態である「メド・ゼフラ」を発見し,その歴
史的展開,思想的内容を紹介し,分析したことの功績は大きい。特に,クルド人居住地域での現地調査が種々の理由からき
わめて困難である現実を考えると,貢献度は非常に高い。本論文では,メド・ゼフラがイスラーム共同体を諸民族の多元的
共生社会として構想していることが解析されているが,ここからクルド問題を含む中東の民族問題の解決に関して現地で注
目すべき思想展開がなされていることが理解される。
筆者は,トルコ以外でのクルド・ナショナリズム研究を将来的な視野に入れているが,イラク,シリアというアラブ圏お
よびイランにおけるクルド人問題の考察,特に,ナショナリズムとイスラームの相関性に関する研究について,本論文は礎
石を置くことができたと評価される。
よって,本論文は博士(地域研究)の学位論文として価値あるものと認める。また,平成19年6月20日論文内容とそれに
関連した事項について試問した結果,合格と認めた。