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47 教育実践報告 大学初年次生に対するレポートの指導 小野純一 名城大学非常勤講師 1.はじめに レポートは大学教育において大きな比重を占めて いる。しかし、実際には多くの学生が苦手に思って おり、教員も具体性の無いコピーアンドペースト (コピペ)だらけの文章に嫌気が差している。 筆者は、外国人留学生対象「日本語Ⅰ」と大学教 育開発センター「名城サプリメント教育(日本語表 現)」「学習サポートルーム」において、主に初年次 生に対して基礎的なレポートの指導を行っている。 本稿では、筆者が行った指導を紹介しつつ、どの ような点に注意すれば、初年次生でも短期間のうち に一定水準のレポートが書けるようになるのかを、 受講生の意見と実情を踏まえて考えることにする。 2.レポートの指導に対する不満 4月の開講時点においては、受講生のほとんどが レポートの意味すら把握していない。これは、入学 前にレポートの書き方を学んでいないためである。 しかし、その彼らが、わずか数か月後には、成績評 価の対象となるレポートを書かされることになる。 「受け身の姿勢でいては何も学べない。疑問があ るなら、教員に質問するなり、文献を読むなりして 自ら積極的に解決しなければならない」のが大学教 育の基本ではある。しかし「何も教えてもらってい ないのに、ただレポートを書けと言われても困る」 という不満の声が存在している以上、この問題につ いて、全くの無策でいるわけにはいかない。では、 現在、大学において行われているレポートの指導に は、どのような問題が存在しているのであろうか。 3.問題の所在 3. 1 レポートの定義 初年次生は、レポートとほかの文章(作文・小論 文・読書感想文など)との違いを、必ずしも十分に は理解していない。しかし、教員もまたレポートの 意味を深く考えることなく、提出を要する文章を安 易にレポートと呼ぶことがあるのではなかろうか。 本学での事例ではないが、筆者は、ある教員から 「この学生は事情があって定期試験が受けられない からレポートで評価してあげてください」と依頼さ れたことがある。「レポートでは評価しづらい」「レ ポートの書き方を指導していない」と伝えると「授 業の感想でも構わないから」とのことであった。ま た、出席不足の学生に「レポート書きますから許し てもらえませんか」などと懇願されたこともある。 これらの背景には、教員自身のレポートに対する認 識の甘さが存在しているのではなかろうか。 3. 2 レポートの書式 学会が論文を募集する場合、書式は細かく指定さ れている。一方、教員が学生にレポートを書かせる 際の執筆要項には、テーマ・文字数・提出先・提出 期限・提出方法・手書きか否かの区別などしか記さ れていないことが多い。そのため、学生は書式設定 の段階において、すでに悩まされることになる。 コピペについては、ほとんどの執筆要項において 明確に禁止されており、学生もそのことについては 認識している。しかし、コピペとは具体的にどのよ うなものであり、どのようにすれば、自説と引用が

大学初年次生に対するレポートの指導 · 図書館では、新入生が入学する時期に「新入生歓 迎イベント」が開催されているほか、レポート作成

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47

教育実践報告

大学初年次生に対するレポートの指導

小野�純一

名城大学非常勤講師

1.はじめに

 レポートは大学教育において大きな比重を占めて

いる。しかし、実際には多くの学生が苦手に思って

おり、教員も具体性の無いコピーアンドペースト

(コピペ)だらけの文章に嫌気が差している。

 筆者は、外国人留学生対象「日本語Ⅰ」と大学教

育開発センター「名城サプリメント教育(日本語表

現)」「学習サポートルーム」において、主に初年次

生に対して基礎的なレポートの指導を行っている。

 本稿では、筆者が行った指導を紹介しつつ、どの

ような点に注意すれば、初年次生でも短期間のうち

に一定水準のレポートが書けるようになるのかを、

受講生の意見と実情を踏まえて考えることにする。

2.レポートの指導に対する不満

 4月の開講時点においては、受講生のほとんどが

レポートの意味すら把握していない。これは、入学

前にレポートの書き方を学んでいないためである。

しかし、その彼らが、わずか数か月後には、成績評

価の対象となるレポートを書かされることになる。

 「受け身の姿勢でいては何も学べない。疑問があ

るなら、教員に質問するなり、文献を読むなりして

自ら積極的に解決しなければならない」のが大学教

育の基本ではある。しかし「何も教えてもらってい

ないのに、ただレポートを書けと言われても困る」

という不満の声が存在している以上、この問題につ

いて、全くの無策でいるわけにはいかない。では、

現在、大学において行われているレポートの指導に

は、どのような問題が存在しているのであろうか。

3.問題の所在

3. 1 レポートの定義

 初年次生は、レポートとほかの文章(作文・小論

文・読書感想文など)との違いを、必ずしも十分に

は理解していない。しかし、教員もまたレポートの

意味を深く考えることなく、提出を要する文章を安

易にレポートと呼ぶことがあるのではなかろうか。

 本学での事例ではないが、筆者は、ある教員から

「この学生は事情があって定期試験が受けられない

からレポートで評価してあげてください」と依頼さ

れたことがある。「レポートでは評価しづらい」「レ

ポートの書き方を指導していない」と伝えると「授

業の感想でも構わないから」とのことであった。ま

た、出席不足の学生に「レポート書きますから許し

てもらえませんか」などと懇願されたこともある。

これらの背景には、教員自身のレポートに対する認

識の甘さが存在しているのではなかろうか。

3. 2 レポートの書式

 学会が論文を募集する場合、書式は細かく指定さ

れている。一方、教員が学生にレポートを書かせる

際の執筆要項には、テーマ・文字数・提出先・提出

期限・提出方法・手書きか否かの区別などしか記さ

れていないことが多い。そのため、学生は書式設定

の段階において、すでに悩まされることになる。

 コピペについては、ほとんどの執筆要項において

明確に禁止されており、学生もそのことについては

認識している。しかし、コピペとは具体的にどのよ

うなものであり、どのようにすれば、自説と引用が

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名城大学教育年報 第13号(2019年3月)

区別された文章になるかについてまでは記されてい

ない。そのため、学生は不安に思いながらも、結果

として、出典が明示されていないコピペだらけのレ

ポートを、そのまま提出することになるのである。

3. 3 レポートの構成

 レポートに限らず、何らかの文章を書かせたとき

に、学生が関心を示すのはテーマと文字数である。

したがって、「何書いたらいいんですか」「どれぐら

い書いたらいいんですか」とは頻繁に尋ねられるが

「どう書いたらいいんですか」と構成(アウトライ

ン)について尋ねられることはほとんど無い。多く

の学生が冒頭から慌てて書き始めるものの、しばら

くすると手が止まり、「何書いたらいいのかわからな

くなりました」「何書いてるのかわからなくなりまし

た」などと教員に訴えかけてくるのが現状である。

 また、構成といえば、多くの学生が「起承転結」

を思い浮かべるが、レポートの構成は「起承転結」

ではなく「序論」「本論」「結論」である。ただし�

「序論」「本論」「結論」という言葉だけで、学生に�

レポートの構成を理解させることはできない。

3. 4 レポートの評価

 学生の多くは、提出後のレポートについてあまり

関心を持っておらず、単位さえ取得できれば良いよ

うである。しかし「本当にちゃんと読んでるの」「名

前だけチェックして捨ててるんじゃないの」などと

不信感をあらわにする学生も少なからずいる。また

「時間をかけて書いても、提出したらそれきりで、

返却してもらえない」「間違ってるところがあるはず

なのに、指導してもらえなければ意味が無い」など

と批判の声を上げる学生もわずかながら存在する。

 教員に対して積極的に要望を伝えることのできる

学生は数少ない。不合格になった学生に「どこが悪

かったのか、今後のために尋ねてみたら」と提案し

ても、「もともと自信が無かったから聞くまでもな

い」とのことであった。残念なのは「これでもっと

レポートが嫌になった」「自分の文章力の無さを思い

知らされた」という感想のみが残ったことである。

不合格になったレポートであっても、指導を受ける

ことによって、次回は合格できるかもしれない。�

それだけの積極性を学生には持って頂きたいが、教

員もレポートを成績評価の手段とするだけでなく、

何らかの方法でフィードバックしなければ、学生の

レポート作成能力は一向に向上しないであろう。

 成績評価についても、多くの学生から「レポート�

って、どうやって評価されてるの」という疑問の声

が寄せられている。レポート作成能力を高めるには

シラバスに記載されている成績評価における筆記試

験とレポート課題の割合よりも、レポートそのもの

の評価基準を明示することのほうが重要である。

3. 5 図書館の参考書

 図書館では、新入生が入学する時期に「新入生歓

迎イベント」が開催されているほか、レポート作成

の助けになる参考書が100冊以上まとめて配架され

ている。ただし、問題が無いというわけではない。

 まず、図書館を利用する学生が少ない。受講生に

尋ねたところ、レポートの書き方を知るために図書

館を訪れたことのある学生はわずか1名であった。

また、締め切りをまえに焦っている学生の参考にな

らない、レポートを作成するにあたっての心構えば

かりが述べられた参考書も数多く配架されている。

さらに、知識の乏しい学生が、多くの参考書を前に

して、どの参考書を選択し、どこまで参考書の記述

を信じれば良いのか決められないでいる。段落さえ

無い文章を書いているクラスメートが多いなかで、

レポートを書いたことの無い学生が、はたして自信

を持って参考書に書かれてあるような方法でレポー

トを書き、提出することができるであろうか。

4.筆者の取り組み

4. 1 日本語Ⅰ

 小野(2016)で紹介したように、筆者は、2014年

以来、毎年「留学生研究発表会」を実施しているが

最近は、まず「留学生研究発表会」を実施し、次に

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大学初年次生に対するレポートの指導

発表と同じテーマでレポートを書かせている。レポ�

ートを発表のあとで書かせるのは、スライドやハン

ドアウトの作成がそのままレポート作成の準備にな

り、また、発表することによって自説が整理され、

多くの有益なコメントも得られるためである。

 ハンドアウトの作成に際しては、以下のようなサ

ンプルを配付したうえで、文字のサイズから内容に

至るまで細かく説明した。なお、全体の構成を把握

させるため、サンプルはA4判1枚にまとめた。

4. 2 名城サプリメント教育(日本語表現)

 「名城サプリ」では、「レポート」「自己PR」「志�

望理由書」「改まったメール」「プレゼンテーション」

などを自由に学ぶことができるが、学生からの要望

が多かったのが「課題レポート」「奨学金の応募書類

(自己PR)」「専門ゼミナールの申込用紙(志望理由

書)」の書き方の指導と添削指導である。これらは

「型」を重視した指導が極めて効果的である。

 小野(2018)で紹介したように、優れた「自己PR」

「志望理由書」は、段落に分けられ、わかりやすく

まとめられている。「名城サプリ」の受講生も、当

初は「専門ゼミナールの申込用紙」の志望動機の記

入欄の多さ(経営学部(12行)人間学部(15行))

に圧倒されていたが、3段落に分割させると、「こん

なに少ないの」「これなら書けるかも」と喜び、わず

か1時間ほどのあいだに書きあげることができた。

 全体を分割することによって作業を行いやすくす

る方法は、文字数の多いレポートの指導において�

より効果的である。筆者は「日本語Ⅰ」での経験を

生かし、まず、ハンドアウトを作成させたうえで研

究発表を行わせた。大学教育開発センターの協力を

得て「オープンキャンパス」で発表させることがで

きたのは幸いである。次に、ハンドアウトの各項目

を長くしていくイメージでレポート(3000字)を書

かせたが、3名の受講生がみごとに構成が整ったレ

ポートをわずか3週間で書きあげることができた。

 入学したばかりの初年次生が、単位が取得できな

い「名城サプリ」に継続的に出席し、ハンドアウト

を作成したうえで「オープンキャンパス」で発表し

さらに、その結果を踏まえてレポートまで書きあげ

た様子は、そばで見ていて感動的でさえあった。

4. 3 学習サポートルーム

 学習サポートルームでは、学びに関する様々な相

談に乗っている。今年度はレポート課題が出される

時期に「レポートをチェックしてもらおう!」とい

うイベントを行い、言葉遣い・文章構成・引用方法

に焦点を当て、可能な限り細かくチェックした。(本学ウェブサイト「ニュース」2018年5月21日�中央筆者)

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名城大学教育年報 第13号(2019年3月)

4. 4 オープンキャンパス

(大学教育開発センター作成)

 筆者は「オープンキャンパス」において「気軽に

書ける小論文」というテーマで講義を行った。講義

の趣旨は、最初に構成を考えておくことによって各

段落に書くべきことがわかり、段落の位置を決めて

おくことによって書きやすいところから書くことが

できるというものである。ある参加者が「小論文は

書き始めが難しい」と話していたが、どこに何を書

くのかを予め決めておけば、必ずしも冒頭から書く

必要が無く、書きやすい部分から書いていくことが

できる。この点はレポートについても同じである。

5.おわりに

 筆者の経験では、初年次生に対するレポートの指

導において最も重要なことは、レポートの「型」を

習得させることである。学部(学科)ごとに、また

レポートの種類(論述・要約・実験など)ごとにガ

イドラインや見本レポートが作成・共有され、それ

ぞれの授業において積極的に活用されるようになれ

ば、学生は書式設定などに無駄に悩まされずに済み

教員も内容面の指導に集中できるようになる。

 また、受け取ったレポートは必ず返却し、適切な

方法でフィードバックする必要がある。ポイントを

明示したうえで学生自身にチェックさせるという方

法であれば多人数であっても対応でき、学生にも自

らのレポートを振り返らせることができる。いずれ

にしても、教員については「書かせて終わり」とい

う状況を、学生については「出して終わり」という

状況を、それぞれ改めていかなければならない。�

レポートの指導を通して初年次生の日本語表現力を

高め、その後の学習に繋げていきたいものである。

引用文献

小野純一(2016)「留学生に対する研究発表の指導」

『名城大学教育年報』第10号�名城大学FD委員会

小野純一(2018)「「自己PR」「志望理由書」の指導

上の留意点」『名城大学教育年報』第12号�名城大学 

大学教育開発センター委員会

(大学教育開発センター作成)