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みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号 1 CIS 経済統合の現状と展望 [要 旨] 1. ソ連崩壊後、CIS(独立国家共同体)の 12 か国によって、FTA(自由貿易地域)や関 税同盟などの地域経済統合の形成に向けた様々な協定(複数国間協定)が締結されて きた。しかし、これらの協定は、締結国の一部による協定の未批准などから、いずれ も実現されていない。 2. この一方で、CIS 諸国は二国間ベースで多数の FTA 協定を締結してきた。この結果、 現在、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタンの 5 か国間 では若干の非関税障壁は残るものの、関税障壁は相互にほぼ完全に撤廃されており、 実態的に FTA が形成されているとみなすことができる。他方、域内の貿易障壁を撤廃 した上で、域外国に対する貿易障壁を統一する関税同盟は、 19971999 年頃にロシア とベラルーシの間で実現されていた可能性があるが、その後、両国の域外国に対する 貿易障壁には相違が生じており、関税同盟が実質的に機能していない。 3. CIS 域内貿易の動向をみると、ソ連崩壊後、1990 年代前半においては、域内貿易の価 格体系の急激な変化や、決済面におけるリスクの高まりなどにより、域内貿易の大幅 な縮小がみられた。しかし、1990 年代の後半以降、域内貿易は増加に転じている。 4. 域内貿易の動向について、さらに詳しく検討するため、輸出結合度と水平分業度の計 測を行った。この結果、CIS 諸国間の輸出結合度はきわめて高く、水平分業度につい ても、各国の域内貿易における水平分業度が、域外貿易における水平分業度を総じて 上回っていることが確認された。 5. ただし、CIS 域内貿易の輸出結合度と水平分業度は、いずれも趨勢的には低下傾向に あり、これは、CIS 経済統合の今後の発展可能性が薄れつつあることを示唆している ものと思われる。 6. CIS 諸国の多くが現在、準備を進めている WTO 加盟との関連では、今後、CIS 諸国 では、 WTO への加盟準備の一環として非関税障壁の低減・撤廃が進むとみられ、これ によって CIS 諸国による FTA の完成度が高まることが予想される。他方、関税同盟 については、CIS 諸国の一部が既に WTO に加盟済みであることから、短期的には実 現が難しい状況となっている。 政策調査部 主任研究員 金野 雄五 Tel03-3201-0578 E-Mail[email protected]

CIS 経済統合の現状と展望...CIS 経済統合の現状と展望 6 る経済統合の実現を目指したもの、c. CIS諸国の一部とCIS 以外の国との間で経済統合の

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みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

1

CIS 経済統合の現状と展望

[要 旨]

1. ソ連崩壊後、CIS(独立国家共同体)の 12 か国によって、FTA(自由貿易地域)や関

税同盟などの地域経済統合の形成に向けた様々な協定(複数国間協定)が締結されて

きた。しかし、これらの協定は、締結国の一部による協定の未批准などから、いずれ

も実現されていない。

2. この一方で、CIS 諸国は二国間ベースで多数の FTA 協定を締結してきた。この結果、

現在、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタンの 5 か国間

では若干の非関税障壁は残るものの、関税障壁は相互にほぼ完全に撤廃されており、

実態的に FTA が形成されているとみなすことができる。他方、域内の貿易障壁を撤廃

した上で、域外国に対する貿易障壁を統一する関税同盟は、1997~1999 年頃にロシア

とベラルーシの間で実現されていた可能性があるが、その後、両国の域外国に対する

貿易障壁には相違が生じており、関税同盟が実質的に機能していない。

3. CIS 域内貿易の動向をみると、ソ連崩壊後、1990 年代前半においては、域内貿易の価

格体系の急激な変化や、決済面におけるリスクの高まりなどにより、域内貿易の大幅

な縮小がみられた。しかし、1990 年代の後半以降、域内貿易は増加に転じている。

4. 域内貿易の動向について、さらに詳しく検討するため、輸出結合度と水平分業度の計

測を行った。この結果、CIS 諸国間の輸出結合度はきわめて高く、水平分業度につい

ても、各国の域内貿易における水平分業度が、域外貿易における水平分業度を総じて

上回っていることが確認された。

5. ただし、CIS 域内貿易の輸出結合度と水平分業度は、いずれも趨勢的には低下傾向に

あり、これは、CIS 経済統合の今後の発展可能性が薄れつつあることを示唆している

ものと思われる。

6. CIS 諸国の多くが現在、準備を進めている WTO 加盟との関連では、今後、CIS 諸国

では、WTO への加盟準備の一環として非関税障壁の低減・撤廃が進むとみられ、これ

によって CIS 諸国による FTA の完成度が高まることが予想される。他方、関税同盟

については、CIS 諸国の一部が既に WTO に加盟済みであることから、短期的には実

現が難しい状況となっている。

政策調査部 主任研究員 金野 雄五 Tel:03-3201-0578

E-Mail:[email protected]

CIS 経済統合の現状と展望

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[目 次] 1. はじめに ···································································································· 3 2. CIS 経済統合の制度面からの把握 ··································································· 5

(1) CIS 経済統合に関する複数国間協定の締結状況 ·············································· 6 a. CIS 全体としての経済統合を目指した協定··················································· 6 b. CIS 諸国の一部による経済統合を目指した協定 ············································ 6 c. CIS 以外の国との間で経済統合を目指す協定 ················································ 8

(2) CIS 経済統合の実態 ·················································································· 9 a. FTA の実現状況 ·····················································································10 b. 関税同盟の実現状況 ···············································································13

3. CIS 諸国間の貿易動向 ················································································ 15

(1) 1990 年代における CIS 域内貿易の大幅縮小とその背景 ··································15 (2) CIS 諸国の輸出結合度の計測 ·····································································18 (3) CIS 域内貿易における水平分業度の検討 ······················································20

4. CIS 経済統合の展望 ··················································································· 25

(1) FTA の展望 ·····························································································25 (2) 関税同盟の展望························································································26

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

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1. はじめに 1991 年 12 月 26 日にソ連が崩壊してから、今年の 12 月でちょうど 15 年間が経過した。

このソ連崩壊の直前(12 月 8 日)に、当時、ソ連を構成していたロシア、ベラルーシ、ウ

クライナによって結成され、その後、バルト 3 か国(エストニア、ラトビア、リトアニア)

を除く旧ソ連の 12 共和国すべてが参加することになったのが CIS (独立国家共同体;

Commonwealth of Independent States)である(図表 1)。 CIS 諸国ではその後、現在に至るまで、CIS の枠組みの中で FTA(自由貿易地域;Free

Trade Area)や関税同盟など、経済統合の形成に向けて様々な取り組みが進められてきた

が、これらの多くはいまだに構想の域を出ていないのが現状である。他方、ロシアとベラ

ルーシの間では 1999 年 12 月に連合国家創設条約が締結されるなど、CIS 諸国の一部で、

経済や政治面での統合を先行させる動きもみられる。この結果、現在、CIS 諸国の間で、

どのような経済統合が実現されているのか、また、どのような貿易が行われているのか、

第三国からみて、きわめて分かりにくい状況となっている。 FTA や関税同盟などの経済統合の形成は、経済統合を構成する当事国の経済だけでなく、

当事国の貿易制度や貿易動向、ひいては投資動向を通じて、第三国にも少なからず影響を

及ぼす可能性がある。折しも、CIS 諸国の多くが 1990 年代の深刻な不況から脱し、近年、

目覚しい経済成長に転じるなか、CIS 諸国間で実際にどのような経済統合が実現され、貿

易動向がどのように変化してきたかを検討することは、外国企業にとっても重要である。

図表 1:CIS 加盟国

(資料)経済産業省『通商白書』(2001 年版)より転載。

CIS 経済統合の現状と展望

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本稿の構成は以下の通りである。まず、第 2 章では、CIS 諸国間でこれまでにどのよう

な経済統合の試みが行われてきたか、また、現時点までに実際にどのような経済統合が実

現されたかについて、制度面から考察を行う。続いて第 3 章では、CIS 諸国間の貿易動向

を概観した後、CIS 経済統合の今後の発展可能性を論じる上で重要とみられる輸出結合度

と水平分業度の計測と計測結果の検討を行う。 後に第 4 章では、第 2 章および第 3 章で

考察した結果を踏まえつつ、 近、CIS 諸国が準備を進めている WTO(世界貿易機関)へ

の加盟との関連から、CIS 経済統合の今後について展望する。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

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2. CIS 経済統合の制度面からの把握 ソ連崩壊後、CIS 諸国の間では、地域経済統合の形成に向けて様々な協定(複数国間協

定)が締結されてきた(図表 2)。しかし、これらの協定のほとんどすべては、一部の締

結国による協定の未批准などから、実現が遅れている。他方、後述するように、CIS 諸国

間では、これらの複数国間協定とはまた別に、二国間ベースで多数の自由貿易協定が締結

されており、これらが実際の CIS 諸国間の貿易制度を規定しているとみられる。

図表 2:CIS 諸国によって締結された複数国間経済協定 協定(機構)名 設立年

(現参加国数)参加国

CIS 自由貿易地域創設協定 1994 年 (12)

アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、 グルジア、カザフスタン、キルギスタン、 モルドバ、ロシア、タジキスタン、 トルクメニスタン、ウクライナ、ウズベキスタン

ユーラシア経済共同体 (EEC;Eurasian Economic Community)

2000 年 (5)

ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、 ロシア、タジキスタン、ウズベキスタン

中央アジア協力機構 (CACO;Central Asian Cooperation Organization)

2002 年 (5)

カザフスタン、キルギスタン、ロシア、 タジキスタン、ウズベキスタン

GUUAM 1997 年 (5)

アゼルバイジャン、グルジア、モルドバ、 ウクライナ、ウズベキスタン

統一経済空間 (CES;Common Economic Space)

2003 年 (4)

ベラルーシ、カザフスタン、ロシア、 ウクライナ

経済協力機構 (ECO;Economic Cooperation Agreement)

1992 年 (10)

アフガニスタン、アゼルバイジャン、イラン、 カザフスタン、キルギスタン、パキスタン、 タジキスタン、トルコ、トルクメニスタン、 ウズベキスタン

黒海経済協力 (BSEC;Black Sea Economic Cooperation)

1992 年 (12)

アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、 ブルガリア、グルジア、ギリシャ、モルドバ、 ルーマニア、ロシア、トルコ、ウクライナ、 セルビア・モンテネグロ

(資料)UN-ECE(2005), “Building Trade Partnerships in the CIS Region”, “Regional Trade Agreements in the ECE” (Web-site; http://ecetrade.typepad.com/)。

以下ではまず、経済統合を目的として CIS 諸国によって締結された複数国間協定につい

て、その主な内容と実現状況を概観する。続いて、CIS 諸国間の実際の貿易制度を規定し

ているとみられる二国間 FTA 協定の締結状況を中心に、現在、CIS 諸国間で実態的にどの

ような FTA や関税同盟が実現されているか検討する。

(1) CIS 経済統合に関する複数国間協定の締結状況 これまでに経済統合を目的として CIS 諸国が締結した複数国間協定は、その参加国の範

囲に応じて、a. CIS 全体としての経済統合の形成を目指したもの、b. CIS 諸国の一部によ

CIS 経済統合の現状と展望

6

る経済統合の実現を目指したもの、c. CIS 諸国の一部と CIS 以外の国との間で経済統合の

実現を目指すもの、という 3 種類に大別することができる。以下では、この分類に基づい

て各協定の概要を紹介する1。

a. CIS 全体としての経済統合を目指した協定 現在の CIS の枠組みによる経済統合について規定している協定は、1994 年 4 月 15 日に

CIS の全加盟国(12 か国)によって調印された「自由貿易地域創設協定」である。 この協定のベースとなっているのは、その約一年半前の 1993 年 9 月 24 日に、ウクライ

ナ(準加盟)、グルジア、トルクメニスタンを除く 9 か国によって調印された「経済同盟

創設条約」である2。経済同盟条約は、CIS 経済統合の段階的な発展を目指したものであり、

具体的には、CIS 諸国による自由貿易連合(association)の形成、関税同盟の実現、共同

市場の形成、通貨同盟、という 4 段階が想定されていた。上記「自由貿易地域創設協定」

は、経済同盟条約が想定する CIS 経済統合の 4 段階のうち、 初の段階である自由貿易連

合の実現を目指したものとして位置付けられる。 CIS の全 12 か国によって調印された「自由貿易地域創設協定」は、しかしながら実現さ

れることはなかった。協定の調印から 5 年が経過した 1999 年 4 月の時点で、同協定を批

准したのは、12 か国中、半数の 6 か国(アゼルバイジャン、カザフスタン、キルギスタン、

モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン)に留まり、ロシアを含む残り 6 か国は未批准

だったため、同協定が発効することはなかったのである3。 現時点における自由貿易地域創設協定の実現(批准)状況は明らかではないが、「2001

年 6 月 1 日現在、ロシアとグルジア、トルクメニスタンの 3 か国が自由貿易地域の形成に

必要な国内手続きを終えていない」との情報があることから、CIS 全体としての経済統合

(FTA)の構想は、現在に至るまで実現されていないとみるのが妥当である(田畑(2004)p. 66)。

b. CIS 諸国の一部による経済統合を目指した協定 (a) ユーラシア経済共同体(EEC)創設条約 このように、CIS 全体としての経済統合の試みが難航するなか、CIS 諸国の一部の国だ

1 本章で紹介する各種の複数国間協定に関する情報は、とくに注記がない限り、UN-ECE の “Regional

Trade Agreements in the ECE”(Website; http://ecetrade.typepad.com/)による。 2トルクメニスタンは、当初は「経済同盟創設条約」に参加していなかったが、その後、1993 年 12 月に参

加した。なお、CIS 全 12 か国による経済同盟の創設については、「経済同盟創設条約」が締結されるよ

りもさらに前の 1993 年 5 月 14 日に実施された CIS 国家元首評議会で合意されていた。 3 この自由貿易地域創設協定が CIS 諸国の半数によってしか批准されなかった背景の一つとして、貿易の

際の間接税(VAT および物品税)の課税原則を巡り、CIS 諸国の間で対立が生じていたことが挙げられ

る。すなわち、同協定の第 8 条(a)では、間接税の課税原則として、仕向地主義課税原則(輸入国側が課

税する原則)が掲げられており、ウクライナなどがこの原則に賛同していたのに対して、ロシアなどは、

原産地主義課税原則(輸出国側が課税する原則。現在、EU 加盟国間の貿易で用いられている)を要求し

ていたのである(Clinton(2005)、田畑(2004))。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

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けで経済統合を進めようとする動きが 1995 年頃から現れた。まず、1995 年 1 月 6 日にロ

シアとベラルーシの間で「関税同盟協定」が締結され、同月 20 日、これにカザフスタンが

加わった。さらに 1996 年 3 月 29 日にキルギスタンが、1998 年 4 月 28 日にはタジキスタ

ンが加わり 5 か国となった。そして、これら 5 か国によって、1999 年 2 月 26 日、「関税

同盟および共通経済空間に関する条約」(以下、関税同盟協定)が締結された。この条約

では、参加国による関税同盟の形成に加えて、参加国間の労働力と資本の移動の自由化、

つまり共同市場の形成が目標として掲げられた4。 関税同盟協定に調印した 5 か国は、さらに 2000 年 10 月 10 日、「ユーラシア経済共同

体創設条約」に調印した。同条約文の第 2 条では、この条約の目的が、1999 年に 5 か国に

よって締結された関税同盟協定を効率的に実現することであると記されている5。ここから、

ユーラシア経済共同体が目指す経済統合とは、具体的には関税同盟協定と同じく、関税同

盟および共同市場の実現を目指したものであるとみられる。ユーラシア経済共同体にはそ

の後、2006 年 1 月にウズベキスタンが参加し、6 か国による経済統合が目指されることと

なった。 ユーラシア経済共同体創設条約の批准状況は明らかではないが、少なくとも、これまで

CIS の 12 か国による自由貿易地域創設協定の批准を拒んできたロシアが、関税同盟協定に

ついては 2001 年 5 月に批准したことは特筆すべきことであったと言える6。なお、後述す

る通り、ユーラシア経済共同体創設条約が掲げる関税同盟や共同市場の創設は、あくまで

も条約中で掲げられた今後の目標に過ぎず、現時点では関税同盟、共同市場のいずれも実

現されていないことに注意する必要がある。 (b) 中央アジア経済協力(CACO) 中央アジア協力機構は、1994 年にカザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタンの 3 か

国によって設立された「中央アジア経済同盟」(CAEU:Central Asian Economic Union)を前身とする。CAEU は、1998 年にタジキスタンが新たに参加した際に、「中央アジア経

済協力」(CAEC:Central Asian Economic Cooperation)へと名称が変更され、さらに

2002 年 2 月 28 日に「中央アジア協力機構(CACO)」に改称された。CACO にはその後、

2004 年 5 月 28 日付けでロシアが参加している。 CACO の設立目的としては、中央アジア諸国による様々な分野での協力関係の強化が掲

4 1999 年 2 月 26 日に CIS の 5 か国によって締結された「関税同盟および共通経済空間に関する条約」の

内容は、1999 年 2 月 25 日付ロシア政府決定 No. 221 の中で確認できる。 5 ユーラシア経済共同体創設条約の締結に至るまでの各国の動きや、同協定の内容、およびその実現状況

については、Rapota(2005)が詳しい。 6 なお、ロシアの関税同盟協定の批准について定めた法律(2001 年 5 月 22 日付ロシア連邦法 No.55)で

は、関税同盟協定の第 16 条および第 18 条(関税同盟国間の貿易において、間接税の課税原則として仕

向地主義課税原則を用いることを定めた条項)に関して、ロシアの石油・天然ガス輸出とベラルーシ向

け輸出(石油・天然ガスに限らず)をこの原則の適用外とする追加規定が盛り込まれた。ただし、この

追加規定は、2004 年 12 月 29 日付ロシア連邦法 No.209 によって、2005 年 1 月 1 日から撤廃された。

CIS 経済統合の現状と展望

8

げられており、その分野は経済以外にも、政治や科学技術、文化、教育など多岐に渡って

いる。経済統合に関しては、 終的な目標として共同市場の実現が掲げられており、その

ための第一段階として、今後 15 年間をかけて参加国間で FTA を形成することが目指され

ているが、実際の成果はきわめて乏しい。 (c) GUUAM 1997 年 10 月の欧州会議の首脳会談において、アゼルバイジャン、グルジア、モルドバ、

ウクライナの首脳が、安全保障、輸送、経済政策など幅広い分野での協力を目的として設

立を決定した地域グループで、当時の参加国の頭文字をとって GUAM という名称が付けら

れた(1999 年 4 月にウズベキスタンが参加したため、GUUAM に改称)。設立当初は結

束の度合いが緩やかな地域フォーラムとしての性格が強かったが、2002 年 6 月の GUUAM憲章条約の調印を境に、結束の強化が図られている。

GUAM 設立当初の目的としては、政治・安全保障分野における地域協力の推進や、相互

の輸送インフラの整備(具体的には TRACECA(Trans-Caucasus Transportation Corridor)プロジェクトの推進)、石油・天然ガスの開発分野における協力などが掲げら

れていた。2000 年には、GUUAM の新たな目標として FTA の形成が提案され、2002 年に

参加国による原則的な合意が得られたとされるが、その後は進展がみられない。 (d) 統一経済空間(CES) 「統一経済空間」は 2003 年 9 月 19 日の CIS 首脳会談で合意された経済統合構想で、ベ

ラルーシ、カザフスタン、ロシア、ウクライナの 4 か国が参加の意向を表明しているが、

現在までのところ、その設立協定の草案の存在が確認されるのみである。 設立協定の草案では、目標として市場統合(商品、サービス、資本、労働力の移動の自

由化)および関税同盟の形成に加えて、金融・財政・通貨政策における参加国間の協調も

掲げられている。ただし、 後に挙げた「金融・財政・通貨政策における協調」に関して

は、ロシアとベラルーシが事実上、通貨ルーブルによる通貨統合の実現を企図していると

される一方で、カザフスタンは新通貨 “Altyn” による通貨統合を目指しているとの観測も

あり、各国の思惑には相違がある。また、ウクライナは、そもそもこの経済統合構想が関

税同盟以上の段階に発展しないことを希望しているとする見方がある。 統一経済空間が他の経済統合構想と大きく異なる点は、参加国間で共通の執行機関を設

立し、この機関の決定に強制力を持たせることが予定されている点であるが、ウクライナ

の強い反対が予想されることから、実現可能性を疑問視する向きが多い。

c. CIS 以外の国との間で経済統合を目指す協定 (a) 経済協力機構(ECO) 1985 年にイラン、パキスタン、トルコが創設したものであり、その後、1992 年 11 月に

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

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CIS の 6 か国(アゼルバイジャン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルク

メニスタン、ウズベキスタン)とアフガニスタンの計 7 か国が新たに加わった。 参加国数の大幅な増加に伴い、1996 年 9 月 14 日にトルコで行われた閣僚会議では、新

しい基本憲章の採択や組織面の改正が行われ、これらに基づいて 1997 年から活動が開始さ

れた。活動の目的としては、地域経済協力を通じた持続的経済発展の条件の整備や、参加

国間の貿易障壁の撤廃による域内貿易の拡大、さらに社会、文化、科学分野における協力

促進も掲げられている。このうち、貿易障壁の撤廃については、2003 年 7 月に、UNDP(国

連開発計画)の協力を得て策定された貿易協定(ECOTA:ECO Trade Agreement)に ECO参加国が調印している。貿易協定の内容は、今後 8 年間のうちに、全商品の 80%以上の品

目に関して 高関税率を 15%にまで引き下げようというものであるが、貿易協定の批准、

実行はこれからの課題である。 (b) 黒海経済協力(BSEC) 黒海経済協力は、1992 年 6 月にアルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ブルガリ

ア、グルジア、ギリシャ、モルドバ、ルーマニア、ロシア、トルコ、ウクライナによって

設立され、2004 年 4 月にセルビア・モンテネグロが参加した。 設立目的は、エネルギー、観光、科学技術、輸送等、様々な分野での協力促進であるが、

2001 年に採択された「黒海経済協力の経済アジェンダ(Economic Agenda)」では、新た

な目標として、域内貿易障壁の撤廃や投資関連法の整備などによる参加国間の貿易・投資

の促進が追加された。同アジェンダは、長期的な目標として、参加国による FTA の形成可

能性にも言及している。

(2) CIS 経済統合の実態 以上で述べたように、1994 年の自由貿易地域創設協定を始め、CIS の複数国による、い

わば「面」としての経済統合の試みは、いずれも現時点までに実現されたとはいえない。

しかしその一方で、ソ連崩壊後、間もない頃から、二国間ベースで相互の貿易障壁の撤廃

を図る FTA 協定を締結する動きが始まっており、これらの二国間協定が CIS 諸国間貿易

の実際の制度を規定してきたとみられる。 以下では、こうした二国間協定の集積の結果として、現在、CIS 諸国間で実態的にどの

ような経済統合(FTA および関税同盟)が実現しているか、各種サーベイに基づいて考察

する。 結論から先に述べると、現在、ユーラシア経済共同体への参加国(ただし、ウズベキス

タンを除く)5 か国の間では、二国間 FTA 協定が相互に「網の目」状に締結された結果と

して、実態的に FTA が形成されているとみなすことができる。他方、FTA を実現した上

で、さらに域外国に対する貿易障壁を統一する関税同盟については、1997~1999 年にロシ

アとベラルーシの間で関税同盟が実現されていた可能性があるが、2000 年以降は成立して

CIS 経済統合の現状と展望

10

いないものとみられる。

a. FTA の実現状況 (a) 関税障壁の相互撤廃状況 CIS 諸国間でこれまでに締結されてきた多数の二国間 FTA 協定のうち、ロシアが他の

CIS 諸国との間で締結した二国間協定の締結日の一覧を示したものが図表 3 である。この

図表からは、ロシアが 1992 年 9 月(アゼルバイジャンおよびアルメニアとの協定締結)か

ら 1994 年 2 月(グルジアとの協定締結)までの約一年半の間に、トルクメニスタンを除く

すべての CIS 諸国と二国間 FTA 協定を締結したことがわかる。

図表 3:ロシアによる二国間 FTA 協定の締結状況

二国間 FTA 協定 FTA の例外品目に 関する付属議定書

付属議定書の修正・補足 に関する議定書

アゼルバイジャン 1992 年 9 月 30 日 1992 年 11 月 26 日 2000 年 11 月 29 日 アルメニア 1992 年 9 月 30 日 1992 年 12 月 7 日 2000 年 10 月 20 日 ベラルーシ 1992 年 11 月 13 日 1993 年 1 月 22 日 -- グルジア 1994 年 2 月 3 日 1994 年 5 月 11 日 2001 年 7 月 10 日 カザフスタン 1992 年 10 月 22 日 1992 年 12 月 24 日 2000 年 10 月 9 日 キルギスタン 1992 年 10 月 8 日 1992 年 12 月 26 日 2000 年 10 月 10 日 モルドバ 1993 年 2 月 9 日 1993 年 2 月 25 日 2001 年 5 月 29 日 タジキスタン 1992 年 10 月 10 日 1993 年 3 月 1 日 -- トルクメニスタン -- -- -- ウズベキスタン 1992 年 11 月 23 日 1993 年 1 月 13 日 2001 年 5 月 4 日 ウクライナ 1993 年 6 月 24 日 1993 年 6 月 24 日 --

(資料)田畑(2004), p. 64 より一部抜粋。

このような二国間協定の締結の動きは、まず、ロシアとその他の CIS 諸国との間で先行

して始まり、これにやや遅れて、ロシア以外の CIS 諸国の間に広がっていった7。CIS 諸国

間で締結されたこれらの二国間 FTA 協定は、形式的に、また内容的にも似通っており、協

定の締結国間の貿易に関して自由貿易の原則を適用すること、具体的には輸入関税を免除

することを義務付ける内容となっている(Freinkman, et. al (2004))。ただし、ここで注

意を要するのは、多くの二国間 FTA 協定には付属議定書というものがあり、その中で、自

由貿易原則の例外品目が規定されていることである。例外品目の輸入に際しては、通常の

関税率( 恵国待遇税率)が適用されることから、付属議定書中の例外品目の数、あるい

はその貿易額があまりに大きいようであれば、当該二国間で FTA が実現されているとは言

い難いということになる8。

7 Tumbarello(2005, p.7)による。なお、ロシア以外の CIS 諸国によって二国間 FTA 協定が締結された

新の事例としては、2001 年のベラルーシ・カザフスタン協定の締結が挙げられる。 8 実際には、砂糖、アルコール飲料、非アルコール飲料、タバコ類が自由貿易原則の例外品目として指定

されるケースが多い(Freinkman, et. al (2004), p. 46)。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

11

このような例外品目の多寡も含めて、現在の CIS 諸国による二国間 FTA 協定の締結状況

を示したのが図表 4 である。

図表 4:CIS 諸国による二国間 FTA 協定の締結状況 ALM AZE GEO TUR UZB TAJ KYR KAZ RUS BEL UKR MO

LARM × ◎ ○ × ◎ ◎ ○ ◎ ◎ ◎ ◎

AZE × ◎ ◎ ○ × × ○ ○ × ◎ ×

GEO ◎ ◎ ◎ ◎ × × ◎ ◎ × ◎ ×

TUR × × ◎ ○ × × × ○ × ○ ◎

UZB × ○ ◎ ○ ○ ◎ ○ ○ ○ ○ ◎

TAJ ◎ × × × ○ ◎ ◎ ◎ ◎ × ×

KYR ◎ × × × ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

KAZ ○ ○ ○ × ○ ◎ ◎ ◎ ◎ ○ ◎

RUS ◎ ○ ◎ ○ ○ ◎ ◎ ◎ ◎ ○ ○

BEL ◎ × × × ○ ◎ ◎ ◎ ◎ ○ ◎

UKR ◎ ◎ ◎ ○ ○ × ◎ ○ ○ ○ ◎

MOL

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ○ ○ ○

(注)1. i国(縦軸)の j 国(横軸)からの輸入に関する輸入関税の撤廃状況。 2. ◎:二国間 FTA 協定を締結しており、かつ例外品目がほとんど存在しない、○:二国間 FTA 協定

を締結しているが、例外品目が多く存在する、×:二国間協定を締結していない( 恵国待遇税率

に基づく輸入関税を適用)。 3. 太枠は、現在 FTA が実現されているとみられる 5 か国。

(資料)Freinkman, et. al (2004), p.46, UN-ECE (2005), pp. 3-4 により作成。

これは、世界銀行が独自に行った “Trade Diagnostic Integration Studies” というプロジ

ェクトのサーベイ結果と、国連欧州経済委員会(UN-ECE)が、CIS 各国政府による WTOへの報告資料をもとに行ったサーベイの結果をまとめたものである。これら 2 つのサーベ

イ結果の間にはいくつか不突合が確認されるが、少なくとも、現在ユーラシア経済共同体

に参加している 6 か国からウズベキスタンを除いた 5 か国(ベラルーシ、カザフスタン、

キルギスタン、ロシア、タジキスタン)の間では、例外品目がほとんど存在しない FTA が

実現されているという点で、両サーベイの結果は一致している9。 この他、アルメニア・グルジア間、アゼルバイジャン・グルジア間などでも、例外品目

がほとんど存在しない二国間 FTA 協定が有効であることから、CIS 諸国間の貿易における

9 なお、ロシアは現在、EU などの CIS 域外への石油・天然ガスの輸出に対して輸出関税を適用している

が、ユーラシア経済共同体の参加国(ただし、ウズベキスタンを除く)への輸出については、輸出関税

を免除している(金野(2006 b))。

j 国 i 国

CIS 経済統合の現状と展望

12

関税障壁は、CIS 以外の国との貿易と比べて、総じて、かつ著しく低いとみなすことがで

きる。

(b) 非関税障壁の相互撤廃状況 FTA の実現状況を観察するには、関税障壁だけではなく、関税以外の貿易制限的な通商

規則(非関税障壁)の撤廃状況も確認しておく必要がある10。CIS 諸国における非関税障壁

の実態を網羅的に把握することは、資料の制約上、きわめて困難であるが、断片的な情報

から、多くの CIS 諸国に関して、通関手続きが煩雑であることが事実上の非関税障壁とな

っていることが指摘されている(図表 5)。

図表 5:CIS 諸国の非関税障壁の事例 関税以外の税・課徴金 <ウズベキスタン>

・企業による非食料消費財の輸入に対して課徴金の支払い義務(2002 年 8 月現在、通関価格の 30%)

・輸入品に対して国産品よりも高い物品税率を適用。 ・キルギスタンからの貨物車両およびバスの自国内への入国およびトランジットに対する課金

(2003 年 10 月現在、車両1台につき 300 ドル)。 <グルジア>

・同国で保有登録されていない自動車(特殊車両を含む)の国内走行、および同国で登録されてい

る自動車によるトランジット貨物輸送に対する道路税の課税(例:前者は 40t トラックに対して

480 ドル、後者は 1 台につき 54~164 ドル)。 税関行政の非効率・不透明性 <CIS 諸国全般>

・通関手続きに必要な書類数の多さ、国ごとの手続きの相違などによる通関期間の長さ、税関当局

による収賄など。 <ウズベキスタン>

・同国境税関ポイント数の削減。 為替制限

・ウズベキスタンでは、1996 年から経常取引の支払いに関して為替制限を実施。

(資料)各種資料により作成。

さらに、ウズベキスタンなどの一部の CIS 諸国では、通関手続きの煩雑さ以外にも、関

税以外の税金や課徴金、為替制限などが非関税障壁として存在していることが確認される。

為替制限については、明示的に経常取引の支払いに関して為替制限が導入されている国と

してウズベキスタンが広く知られるが、この他にも、トルクメニスタンとベラルーシで為

替制限が導入されていることが確認される(EBRD(2005))。 これらの非関税障壁の多くは、CIS 諸国間の貿易に限らず、CIS 以外の国との貿易に関

しても存在するものであるが、ウズベキスタンのように、隣国であるキルギスタンからの

10 GATT 協定第 24 条によると、FTA の定義は「関税その他の制限的通商規則がその構成地域の原産の産

品の構成地域間における実質上すべての貿易について廃止されている 2 以上の関税地域の集団」である

ことから、FTA 域内では関税障壁だけでなく、非関税障壁も撤廃される必要がある。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

13

輸入に関してのみ非関税障壁を導入するケースも散見される11。 b. 関税同盟の実現状況 関税同盟とは、まず FTA が形成され、さらに第三国(FTA に参加していない国)に対す

る貿易障壁が統一化されることで実現するものである12。CIS 諸国による関税同盟の形成に

向けた取り組みは、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンが関税同盟協定を締結した 1995年 1 月頃から、これらの 3 か国によって開始された。この半年後の 1995 年 7 月には、「関

税同盟形成の第一段階の完成に関する議定書」が 3 か国によって調印された。この議定書

の中で、ロシアとベラルーシは近い将来、すべての品目について関税率を一致させること

で合意し、カザフスタンもその主要な輸出品目である非鉄金属(8 品目)の輸出関税率を

除き、基本的にロシアの関税率体系を採用する意向であることが確認された(Rapota2005, p. 11)13。 その後、関税同盟にキルギスタンとタジキスタンが加わり、以後、5 か国によって関税率

の統一化に向けた様々な取り組みが進められた。例えば、2000 年 2 月 17 日には「関税同

盟参加国の共通関税率に関する協定」が締結され、当面、関税率の統一化が見送られる品

目(非統一品目)の輸入額が、各国の前年の輸入総額の一定割合を超えてはならないこと

になった。具体的には、2002 年における各国の非統一品目の輸入額は、2001 年の各国の

輸入総額の 15%以下に抑えられなければならなくなったのである(タジキスタンのみ

25%)。しかも、この割合は 2004 年に 8%以下に、2005 年には 5%以下へと、段階的に

引き下げられることになった。また 2005 年には、関税率の非統一品目のリストが策定され、

5 か国が異なる関税率を導入することができる品目は、このリストに含まる品目に限定さ

れることとなった14。 このように、関税同盟の形成に向けて、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス

タン、タジキスタンの 5 か国によって、これまでに様々な取り組みが行われてきたわけだ

が、実際の進捗状況は思わしくない。例えば、早くから関税率の統一化が図られてきたロ

シア、ベラルーシ、カザフスタンの 3 か国に限ってみても、2000 年現在、3 か国で輸入関

11 さらに、2006 年 3 月以降、ロシアが品質上の問題を理由に、グルジアおよびモルドバからの飲料類(ワ

インおよびミネラルウォーター)の輸入を禁止しているが、この措置の科学的根拠は必ずしも十分に明

らかにされていない。このような、衛生・検疫や基準・認証制度の恣意的な運用による輸入制限も、非

関税障壁に該当すると思われる。 12 GATT 第 24 条によれば、関税同盟の定義は「(FTA の形成を条件として)同盟の各構成国が、実質的

に同一の関税その他の通商規則をその同盟に含まれない地域の貿易に適用すること」である。 13 カザフスタンにより関税率の統一化が見送られた非鉄金属の 8 品目とは、1995 年に策定された CIS の

商品分類(TN-VED SNG)によるものである。TN-VED SNG は、全 9 分類、9000 品目によって構成さ

れる。なお、これを発展させたものとして、2002 年にはユーラシア経済共同体の商品分類(TN-VED EvrAzEC)が策定された。TN-VED EvrAzEC も全 9 分類であるが、品目数は TN-VED SNG よりも多

い 11000 品目によって構成される。 14 このリストに含まれる商品は、品目数としては 3000(TN-VED EvrAzEC 分類による)と多いが、実際

に 5 か国の輸入総額に占める割合は、約 5%と僅少である(Rapota (2005), p. 44)

CIS 経済統合の現状と展望

14

税率が一致している商品数の割合(全品目数に占める割合)は、60%程度にすぎないとの

情報がある(Rapota (2005) p. 43)。 5 か国による関税率の統一化の遅れは、各国の平均輸入関税率の推移からも読み取ること

ができる。図表 6 は、1997~2003 年の CIS 各国の輸入関税率(単純平均)の推移を示し

たものである。二国間または複数国間で、すべての品目の関税率が統一化されれば、当然、

平均関税率も同一になるはずであるが、CIS 諸国で平均関税率の一致が確認されるのは、

1997~1999 年のロシアとベラルーシのみである15。

図表 6:CIS 諸国の平均輸入関税率の推移(%) 1997 1998 1999 2001 2002 アルメニア 5.0 3.7 4.3 4.3 4.3 アゼルバイジャン 12.0 12.0 12.0 10.8 10.8 グルジア 10.0 10.0 10.6 10.9 10.9 キルギスタン 11.0 11.0 9.2 5.2 5.2 モルドバ 9.4 9.4 8.9 6.9 7.0 タジキスタン 5.0 5.0 8.0 8.3 8.3 ウズベキスタン 21.0 29.0 29.0 19.0 19.0 ベラルーシ 12.6 12.6 12.6 12.2 12.2 カザフスタン 13.3 13.3 7.8 7.9 7.9 ロシア 12.6 12.6 12.6 11.3 11.3 トルクメニスタン 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 ウクライナ 10.0 12.7 14.7 12.7 12.7

(注)網掛け部分は、現在のユーラシア経済共同体参加国。 (資料)Freinkman, et. al (2004) p.52.(原出所は IMF)。

ロシアとベラルーシは、1999 年 12 月に「連合国家創設条約」を締結するなど、他の CIS

諸国と比べて格段に経済的・政治的な統合が進展していると目される国である。実際、1997~1999 年に両国の平均関税率が一致していたことは、その頃、両国間で関税同盟が実現さ

れていた可能性を示唆している。しかし、そのロシア、ベラルーシでさえ、2000 年以降は

平均関税率が同じではなくなっている。これは、2000 年以降、ロシアとベラルーシで経済

統合の強化に向けた動きがむしろ後退し、その結果、両国間で実質的には関税同盟が機能

しなくなったと解釈できる。

15 他方、平均関税率が同じであっても、それがすべての品目で関税率が同じであることを意味しない。従

って、1997~1999 年にロシア・ベラルーシ間で関税同盟が実現されていたかどうかを確認するには、厳

密には、すべての品目について両国の関税率の一致状況を確認する必要がある。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

15

3. CIS 諸国間の貿易動向 ソ連崩壊後、経済統合に向けた様々な取り組みが行われてきたなかで、CIS 諸国の貿易

動向は実際にどのように変化してきたのだろうか。以下では、ソ連崩壊後の CIS 諸国の貿

易動向を概観した上で、CIS 経済統合の今後の発展可能性を論じる上で重要とみられる輸

出結合度および水平分業度の計測を行う。

(1) 1990 年代における CIS 域内貿易の大幅縮小とその背景 CIS 諸国間の貿易は、1991 年 12 月のソ連崩壊後、1990 年代の前半を通して、きわめて

急激に減少した。Belkindas and Ivanova(1995)によれば、1991 年から 1994 年までの 3年間で、旧ソ連諸国(CIS の 12 か国にバルト 3 か国を加えた 15 か国)の域内貿易額(輸

出額と輸入額の合計)は、実に約三分の一となった16。この一方で、域外との貿易額も減少

はしたが、その減少の度合いは域内貿易に比べるとはるかに軽微であった。この結果、旧

ソ連諸国の貿易総額(域内・域外貿易額合計)に占める域内貿易の割合は、1991 年には

76.6%であったのが、1994 年には 60%にまで減じることになった。 このように、1990 年代の前半において、旧ソ連諸国の域内貿易が大幅に縮小した理由と

しては、以下の2つが重要であったと考えられる。 第一の理由は、域内貿易の価格体系の変化である。ソ連時代、域内貿易(厳密には、ソ

連を構成する共和国間の取引、すなわち移出入)と域外貿易における価格は、国家によっ

て厳格に管理されていたため、域内市場と世界市場とが分断され、両者の価格体系は著し

く異なっていた。具体的には、域内市場の価格体系においては、耐久消費財を中心に、工

業製品の価格が相対的に高く設定されていた一方で、エネルギー資源や原材料などの価格

は、相対的に著しく低く設定されていた。ところがソ連が崩壊し、多くの CIS 諸国が、か

なり急速に貿易およびその価格を自由化した結果、域内貿易におけるエネルギー・原材料

の価格は急騰し、エネルギー・原材料の域内貿易は大きく減少した。そして、余剰となっ

たエネルギー・原材料は、世界市場、つまり域外に輸出されるようになったのである。一

方、エネルギー・原材料価格の上昇によって域内の工業製品の競争力は急速に弱まり、域

外からの輸入に取って替わられた。つまり、域外貿易による域内貿易の代替が生じたので

ある。 第二の理由は、域内貿易が域外貿易と比べて、リスクの高い取引となっていたことであ

る。ソ連崩壊後、数年間のうちにロシア以外の CIS 諸国が相次いで独自通貨を導入したも

16 ソ連崩壊前および 1990 年代前半の CIS 諸国の貿易統計については、国際的に比較可能な通貨単位(米

ドル)への換算方法や、統計の捕捉率の点で多くの問題があるため、データの取り扱いには慎重を要す

る。本文中で紹介した Belkindas and Ivanova (1995) では、域内貿易額(ルーブル表示)を米ドル換算

するために、 “implicit exchange rate”を用いている。すなわち、まず 1990 年の貿易額を同年の公定

レートでドル・ベースに換算した後、ルーブル・ベースでの実質伸び率を適用して実質ドル・ベースで

の各年の貿易額を求め、さらにそれをドルのデフレーターを使って名目ドルに換算するという、複雑な

方法が用いられている。

CIS 経済統合の現状と展望

16

のの、ロシアのルーブルを含め CIS 諸国の通貨はいずれもハードカレンシーとの交換性が

十分ではなく、かつマクロ経済が混乱する中で為替レートも不安定であった。さらに、域

内貿易を支える決済制度や金融システムも未発達であった。こうした域内貿易のリスクの

高まりが、前述した域外貿易による域内貿易の代替にさらに拍車をかけたと考えられる。 図表 7 は、1991 年については Belkindas and Ivanova(1995)のデータを、1996 年以

降については IMF 統計を用いて、CIS 各国の全世界向けおよび CIS 域内向け輸出額の推移

をまとめたものである。

図表 7:CIS 諸国の全世界向けおよび域内向け輸出額の推移 1991 1996 2005

輸出額 1952.0 290.3 824.1アルメニア

域内輸出額 1882.0(96.4) 128.1(44.1) 136.5(16.6) 輸出額 6654.0 631.2 3939.6

アゼルバイジャン 域内輸出額 6167.0(92.7) 290.1(46.0) 541.0(13.7) 輸出額 21638.0 5680.7 10860.6

ベラルーシ 域内輸出額 19977.0(92.3) 3763.6(66.3) 5146.3(47.4) 輸出額 2493.0 198.8 1194.9

グルジア 域内輸出額 2463.0(98.8) 128.5(64.6) 399.3(33.4) 輸出額 13191.0 5926.0 26115.0

カザフスタン 域内輸出額 12008.0(91.0) 3180.0(53.7) 4244.0(16.3) 輸出額 3493.0 505.9 790.6

キルギスタン 域内輸出額 3470.0(99.3) 395.7(78.2) 307. 6(38.9) 輸出額 2732.0 795.2 1299

モルドバ 域内輸出額 2552.0(93.4) 543.3(68.3) 668.7(51.5) 輸出額 168455.0 83979.0 239277.0

ロシア 域内輸出額 115355.0(68.5) 15453.0(18.4) 30572.0(12.8) 輸出額 2310.0 771.5 849.0

タジキスタン 域内輸出額 1886.0(81.6) 331.0(42.9) 199.1(23.5) 輸出額 5029.0 1692.6 4741.2

トルクメニスタン 域内輸出額 4883.0(97.1) 120.2(7.1) 2205.4(46.5) 輸出額 51647.0 14400.0 35205.0

ウクライナ 域内輸出額 43147.0(83.5) 7405.0(51.4) 10122.0(28.8) 輸出額 10485.0 2619.6 3251.8

ウズベキスタン 域内輸出額 9228.0(88.0) 1077.8(41.1) 1337.7(41.1) 輸出額 290079.0 117490.8 328347.8 12 か国合計 域内輸出額 223018.0 (76.9) 32816.3(27.9) 55879.6(17.0)

(注) 単位は 100 万ドル。括弧内は、全世界向け輸出に占める域内向け輸出額シェア(%)。 (資料)Belkindas and Ivanova (1995), Foreign Trade Statistics in the USSR and Successor States, IMF,

Direction of Trade Statistics.

使用している換算レートが違うため厳密な比較は困難であるが、1991 年から 1996 年に

かけて、すべての CIS 諸国で域内向け輸出額が大幅に減少したのと同時に、域内向け輸出

の比率も大きく縮小した様子がみてとれよう。国別の動向をみると、域内向け輸出額が

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

17

も大きいのは常にロシアであり、これにウクライナ、ベラルーシが続く。これらの 3 か国

が域内貿易総額に占めるシェアも、常に 80%以上と高い。とくにロシアは、ソ連時代から

他の CIS 諸国への 大の石油・天然ガス供給国であったことから17、そのロシアが、1990年代の前半に域内向け石油・天然ガスの輸出価格を引き上げ、輸出量を大幅に減少させた

ことが、CIS 域内貿易が激減した直接的な引き金になったと思われる。ロシアの石油・天

然ガスの域内・域外向け輸出については、輸出価格に関するデータは十分に得られないが、

輸出数量の推移は図表 8 に示す通りである。

図表 8:ロシアの石油・天然ガスの輸出量の推移

(注)単位は、石油は 100 万トン、天然ガスは 10 億㎥。 (資料)ROSSTAT, Russia in Figures, IEA (2002), Russian Energy Survey.

一方、1996 年以降の動向については、図表 7 から、CIS の 12 か国すべてにおいて域内

向け輸出額が増加しており、域内貿易が回復基調にあることが確認できる。また、図表 8では、ロシアの域内向け石油輸出が 1997 年に底を打ち、以後、増加に転じている様子が示

されている。これらは、前述した CIS 域内貿易の大幅縮小をもたらした2つの要因、すな

わち、域内貿易の価格体系の変化と、域内貿易に関するリスクの高さという問題が、1990年代半ば頃までに相当程度、解消されたことを示唆していると考えられる。

(2) CIS 諸国の輸出結合度の計測 一般に、経済統合の形成や発展を促す要因としては、経済統合の構成国(または経済統

17 ロシア以外で、CIS 諸国の中で石油・天然ガスを産出し、域内に輸出している国としては、アゼルバイ

ジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンがある。

0

50

100

150

200

25019

90

1992

1994

1996

1998

2000

2002

2004

CIS域外向け

CIS向け

0

100

200

300

1988

1990

1992

1994

1996

1998

2000

2002

2004

<石 油> <天然ガス>

CIS 経済統合の現状と展望

18

合の形成を目指す国々)が、貿易によって相互に緊密に結びついていることが重要である

とされる18。そこで、CIS 各国が域内貿易において、どの程度、緊密に結びついているかを

測るために、以下では CIS 諸国の輸出結合度の計測を行う。 輸出結合度は、次の計算式によって求められる。 輸出結合度=(i 国から j 国への輸出額/i 国の輸出総額)/(世界から j 国への輸出額

/世界の総輸出額)

つまり、輸出結合度は、国際的にみた場合の j 国の輸入能力に比して、i 国の j 国に対す

る輸出が大きいか小さいかを表す指標であり、数値が 1 よりも大きいほど、i 国の j 国市場

への結びつきが強いことを意味する19。輸出結合度が高い場合、i 国の産業構造が j 国市場

と補完的であることや、地理的な近接性によって輸送などにかかる取引コストが低いこと

などが、その具体的な背景となっていることが多い。なお、時間の経過にともなって輸出

結合度が変化した場合、地理的な近接性は、その要因にはなりえないことに注意する必要

がある(西村(2000)pp.17-18)。FTA との関連では、貿易の取引コストが低減されると

いう意味で、本来、FTA の形成は輸出結合度の上昇に寄与すると考えられる。 CIS 各国相互の輸出結合度と、さらに、CIS 諸国からみて地理的に比較的近くに位置す

る経済大国として、EU および中国市場への CIS 各国の輸出結合度を、1996 年と 2005 年

の貿易統計から計測した結果を示したのが図表 9 である。 1996 年については、ほとんどすべての CIS 諸国が、相互の輸出に関してきわめて高い結

合度を示していることが特徴的である。個別国についてみると、とりわけ高い輸出結合度

を示しているのは、アルメニアおよびアゼルバイジャンによるグルジアおよびトルクメニ

スタンへの輸出、グルジアによるアルメニア、アゼルバイジャン、トルクメニスタンへの

輸出、それに、カザフスタンとキルギスタン、タジキスタンとキルギスタンの相互の輸出、

タジキスタンとウズベキスタン相互の輸出などであり、これらの輸出結合度は、いずれも 3桁ないし 4 桁であった。これらの国々の間で輸出結合度がきわめて高い背景としては、

18 例えば、地域統合前に貿易量が大きい国同士が“Natural Trading Partner (or Bloc)”であり、これら

が FTA を形成する場合、不自然な貿易の流れが発生する可能性が低いため、域内国の経済厚生が上昇す

る可能性が高いとする考え方がある(経済産業省(2001), p.163)。また、Baldwin(1993)が提唱す

る「ドミノ理論」は、ある国の企業が別のある国に対して大量の輸出を行っていることを前提として、

その輸出市場を喪失することへの懸念が、輸出企業による当該国政府へのロビー活動を強めさせ、それ

が地域経済統合(FTA)の拡大につながる、とするものである。 19 一般に、二国間の貿易の緊密性を表すもっともシンプルな指標としては、貿易相手国別シェア(i 国か

ら j 国への輸出額/i 国の輸出総額)が用いられるが、貿易相手国別シェアでは、二国間貿易の緊密性が

必ずしも正確に計測されない場合がある。例えば、経済規模や貿易額に関して、i が小国で j が大国であ

る(j 国の国際的な輸入能力が高い)場合、i の輸出総額に占める j 国向け輸出が大きかったとしても、j国の輸入全体に占める i 国シェアが小さければ、両国の貿易関係が緊密であるとは言い難い。この点、輸

出結合度では、j 国の国際的な輸入能力が考慮されるため、二国間の緊密性を表す指標として、より正確

であるといえる。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

19

図表 9:CIS 諸国の輸出結合度 <1996 年>

ARM AZE BEL GEO KAZ KYR MOL RUS TAJ TUR UKR UZB EU 中国

ARM - 0.0 3.5 123.2 4.1 0.2 0.8 29.8 0.0 259.9 5.6 1.8 0.6 0.0 AZE 0.0 - 4.5 753.8 28.4 12.3 24.1 15.9 23.9 234.4 11.7 10.7 0.3 0.0 BEL 5.0 5.9 - 3.0 17.4 8.2 49.0 48.1 5.0 4.2 28.6 16.5 0.2 0.4 GEO 1019.5 499.4 6.0 - 14.2 10.9 2.0 25.6 21.8 291.1 9.2 17.3 0.2 0.1 KAZ 0.0 6.9 6.7 8.8 - 128.8 2.0 37.8 91.2 28.4 12.2 41.1 0.5 2.6 KYR 0.0 25.9 9.4 2.0 257.5 - 6.0 23.9 211.2 26.4 6.3 274.0 0.1 2.4 MOL 57.1 33.0 36.3 17.8 11.1 53.3 - 48.5 1.8 15.4 19.8 5.0 0.3 0.0 RUS 11.0 7.7 28.9 5.7 32.8 11.8 17.2 - 14.7 5.5 28.3 14.4 0.8 1.8 TAJ 0.0 13.6 4.8 2.2 36.6 92.5 0.4 9.2 - 47.3 4.7 297.1 0.9 0.3 TUR 5.0 26.9 0.3 0.7 37.1 3.6 11.1 1.8 52.5 - 0.1 2.7 0.2 0.0 UKR 16.7 24.9 43.1 66.0 7.3 3.8 66.4 34.8 11.7 82.0 - 14.9 0.3 1.8 UZB 0.8 10.2 10.9 1.8 36.0 310.1 3.9 20.3 609.7 8.2 7.1 - 0.6 1.8

<2005 年> ARM AZE BEL GEO KAZ KYR MOL RUS TAJ TUR UKR UZB EU 中国

ARM - 0.0 2.0 140.2 1.1 0.9 1.0 9.2 0.0 28.0 2.6 3.1 1.5 0.0

AZE 0.0 - 0.3 182.4 2.7 0.3 0.1 3.9 201.3 68.6 0.7 6.2 1.8 0.1

BEL 6.5 3.7 - 1.2 7.3 2.3 28.4 32.0 11.0 7.5 15.3 13.8 0.9 0.7

GEO 368.4 56.6 2.0 - 4.1 3.2 0.4 9.9 9.0 464.9 3.9 7.1 0.7 0.0

KAZ 2.4 15.2 0.7 3.7 - 43.8 7.2 9.3 54.1 9.1 4.2 26.5 1.0 1.6

KYR 222.5 9.1 3.2 3.6 64.4 - 2.1 13.9 218.2 20.2 2.1 104.7 0.1 1.9

MOL 17.0 2.5 40.4 8.0 7.7 5.8 - 31.8 0.0 2.0 15.4 7.1 0.8 0.0

RUS 5.6 8.4 26.5 6.5 15.6 8.7 6.9 - 8.9 4.0 13.9 12.0 1.5 0.9

TAJ 0.0 0.1 1.7 12.6 2.7 31.0 0.0 8.4 - 42.9 4.9 296.5 0.4 0.2

TUR 2.6 6.4 0.1 31.4 0.6 1.3 0.0 1.2 65.6 - 115.4 11.4 0.4 0.1

UKR 16.3 16.3 14.0 21.1 11.6 3.6 78.8 16.7 8.3 30.8 - 14.0 0.7 0.3

UZB 3.9 1.7 2.8 21.0 21.5 85.3 0.8 20.9 479.0 81.4 6.0 - 0.5 2.0

(注)1. 輸出結合度は、(i 国(縦軸)からj 国(横軸)への輸出額/i 国の輸出総額)/(世界からj 国への輸出額/

世界の総輸出額)により求めた。 2. 網掛け部分は、輸出結合度が 3 桁以上の箇所。 3. 2005年のEUは、中東欧諸国等の新規加盟(2004年5月1日)国を含む25か国。1996年は拡大前の15か国。

(資料)IMF, Direction of Trade Statistics.

何よりも地理的な近接性が大きく影響していると考えられる。アルメニアとアゼルバイジ

ャン、グルジアの 3 か国は、コーカサス諸国と総称されることからもわかるように、互い

に国境を接する隣接国である。また、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トル

クメニスタン、ウズベキスタンの 5 か国も中央アジア諸国と総称される隣接国である。な

お、アルメニアとアゼルバイジャンは、国境を接する隣接国であるにもかかわらず輸出結

CIS 経済統合の現状と展望

20

合度がゼロとなっているが、これは民族紛争などの政治的要因によって、通商関係が途絶

しているためである20。 このほか、CIS 域内貿易において主要な位置を占めるロシア、ウクライナ、ベラルーシ

の 3 か国も、CIS 諸国の多くに対して 2 桁台の高い輸出結合度を示している。 一方、2005 年の各国の輸出結合度については、前述した 1996 年の特徴点と大きく異な

る点は見当たらないものの、いくつかの変化が確認される。この変化とは、第一に、2005年の CIS 諸国相互の輸出結合度が、1996 年と比べて軒並み低下していることである。輸出

結合度の低下は、これまでの CIS 諸国による経済統合に向けた取り組みが順調ではなかっ

たことの結果であると同時に、今後の CIS 経済統合の発展可能性が、徐々に薄れつつある

ことを示唆するものであると考えられる。 第二の変化は、1996 年から 2005 年までに CIS 域内への輸出結合度を低下させた国が多

い中で、ほとんどすべての CIS 諸国が、EU に対する輸出結合度を上昇させたことである。

なかでも、アルメニア、アゼルバイジャン、カザフスタン、ロシアの 4 か国については、

2005 年の EU に対する輸出結合度が、わずかではあるが 1 を上回った。ただし、後述する

ように、ロシアなどの産油国については、EU に対する輸出結合度の上昇が、おもに石油

や天然ガスなどのエネルギー資源の輸出増加によってもたらされた可能性がある。この場

合、輸出結合度が上昇した、という時に一般的に抱きがちな「当該国の産業の競争力が上

昇し、EU という先進地域市場においても比較優位を持つに至った」というイメージとは、

大きくかけ離れていることになる。

(3) CIS 域内貿易における水平分業度の検討 前項では CIS 諸国の輸出結合度を計測したが、輸出結合度によって示されるのは、二国

間全体としての貿易面の緊密性、もしくは、一国全体としての他国市場に対する比較優位

性であり、CIS 諸国が相互にどのように結びついているかは計測されない。とくに、CIS諸国ではソ連時代から総じて製造業(加工産業)の競争力が低いとされており、近年、製

造業の競争力強化を通じた産業構造の多様化・高度化が、多くの CIS 諸国で主要な政策課

題となっている。こうしたなか、CIS 諸国の貿易動向を検討する際には、各国の貿易品目

の構造にまで踏み込んだ検討が必要となる。 そこで以下では、国連のデータベース(UN-Comtrade)による各国の貿易品目別データ

を用いて、CIS 域内および域外との貿易における水平分業度の計測と検討を行う。 同一産業内において輸出と輸入が同時に行われる場合、この貿易形態は産業内貿易

(Intra-Industry Trade)と呼ばれる。例えば、日本が米国に自動車を輸出し、米国も日本

に対して自動車を輸出しているようなケースである。こうした産業内貿易が二国間で活発

20 実際、アルメニアとアゼルバイジャンの間では、1988~1994 年にナゴルノ・カラバフ紛争が生じていた。

両国の関係はその後も良好とはいえない。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

21

に行われている場合、両国間の貿易関係は水平分業的であるとみなすことができる21。 通常、産業内貿易の活発さの程度を示す指標としては、グルーベル=ロイドによる産業

内貿易指数(Bi)が用いられる。この指数は、ある産業(i)における輸出額を Xi とし、

輸入額を Mi とすると、以下の計算式によって求められる。 Bi =[1-|Xi-Mi|/(Xi+Mi)]*100 Bi は 0 から 100 までの数値をとり、数値が大きいほど、その産業において産業内貿易が

活発であることを意味する。 ある国全体としての水平分業度(B)は、こうして得た複数の Bi の、全産業についての

平均値として求められる。平均値を求める際には、ウェイトとして各産業の貿易額(輸出

額と輸入額の合計)が用いられる。つまり以下の計算式による。 B =[1-∑|Xi-Mi|/∑(Xi+Mi)]*100 B も Bi と同様、0 から 100 までの数値をとり、数値が大きいほどその国の水平分業度が

高いことを意味する。 水平分業度は、集計の方法を変えることによって、対全世界貿易のものだけでなく、特

定の地域(複数国によって構成されるグループ)に対する水平分業度を計測することもで

きる。また、全産業ではなく、特定の産業グループ(複数の産業)に限定した水平分業度

も計測可能である22。 本稿では、産業(i)として、SITC(標準国際貿易分類)の 1 桁分類を用いることとした。

そして、この商品分類に基づく貿易相手国別データをもとに、CIS 各国の域内貿易および

域外貿易における水平分業度を、それぞれ全産業(SITC の 1~9 分類)と製造業品目(SITCの 5~8 分類)について求めた。グラフの縦軸に域内貿易における水平分業度を、横軸に域

外貿易の水平分業度をとり、1996 年と 2005 年における各国の両指数の分布を表示したの

が図表 10 である。 同図表によって示される CIS 諸国の水平分業度の特徴は、以下の通りである。 まず、全産業の水平分業度については、1996 年、2005 年ともに、CIS 諸国の半数以上の

国で、域内貿易における水平分業度が域外貿易における水平分業度を上回っている。ここ

から、CIS 諸国の多くが、域外国との間で垂直分業的な貿易関係を相対的に強く持ってい

る一方で、他の CIS 諸国との間では、より水平分業的な関係を有していることがわかる。

21 他方、日本が中東諸国に対して自動車を輸出し、中東諸国が日本に対してもっぱら石油だけを輸出する

ような貿易形態は産業間貿易(Inter-Industry Trade)と呼ばれる。このような貿易形態が主流である場

合、日本と中東諸国の間の貿易関係は水平分業的ではなく、垂直分業的である。 22 以上の産業内貿易指数および水平分業度についての詳細は、上垣(2005), pp. 26-49 を参照されたい。

上垣(2005)では、ロシアの CIS 域内および域外貿易に関して水平分業度の計測が行われているほか、

TPD(Trade Performance Diagram)や収支貢献度(CSB;Contributing Share to Balance)など、独

自の指標を用いた分析が行われている。

CIS 経済統合の現状と展望

22

図表 10:CIS 諸国の水平分業度

<全産業>

<製造業品目>

(注) 矢印の始点が 1996 年、終点が 2005 年。ただし、始点の例外は、ARM:1997 年、BEL:1998 年、GEO:1999

年、TUR:1997 年。終点の例外は、AZE:2004 年、KAZ:2004 年、TUR:2000 年。TAJ は 2000 年のみ。 (資料)UN-Comtrade.

BE

GE

AZ

E

ARMMOL

TAJ UKR

RUS

KYR

KA

TUR

0

50

100

0 50 100

ARMAZ

BELGEO

KAZ

KYR

MOL

RUS

TAJ

UKR

TUR

0

50

100

0 50 100

域内水平分業度

域外水平分業度 →

域外水平分業度 →

域内水平分業度

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

23

また、同じく全産業の水平分業度の 1996 年と 2005 年の比較からは、近年、CIS 諸国の

多くが、おもに域外貿易の水平分業度を大きく低下させてきた様子がみて取れる。具体的

には、域内貿易において水平分業度を低下させた国の数が全体の半数以下の5か国にとど

まったのに対して、域外貿易においてはアルメニアとトルクメニスタンを除くすべての国

が水平分業度を低下させている23。また、CIS 諸国の域内・域外貿易における水平分業度の

単純平均をみても、1996 年から 2005 年までに、域内貿易における水平分業度の平均が 46.7から 46.2 へと、わずかな下落にとどまったのに対して、域外貿易の水平分業度の平均は、

36.3 から 29.7 へと大幅な下落を示している24。 つぎに、製造業品目に限定した場合の水平分業度について検討する。全産業の場合と同

様、1996 年、2005 年ともに CIS の多くの国で、域内貿易の水平分業度が域外貿易におけ

る水平分業度を上回っている。CIS 諸国は、製造業品目の貿易に限ってみた場合でも、域

内貿易において、より水平分業的な関係を持っているといえる。 ただし、製造業品目の水平分業度について 1996 年と 2005 年の比較を行うと、全産業の

場合とは、やや違った姿が明らかとなる。同期間中、CIS 諸国の域外貿易の水平分業度が

単純平均で41.3から38.0に下落したのに対して、域内貿易の水平分業度は同67.8から57.5へと、さらに大幅な下落を示している25。これは、域外貿易に関して、より大幅な水平分業

度の下落が生じた「全産業」と大きく異なる点である。 このような水平分業度の分布およびその変化がどのような背景や要因によってもたらさ

れているかについては、なお詳細な検討が必要であるが、主なものとしては、以下の諸点

が考えられる。 まず、CIS 諸国の域内貿易における水平分業度が、域外貿易よりも総じて高い理由とし

ては、CIS 諸国の間でソ連時代に形成された産業連関が水平分業的であり、こうした水平

的な産業連関が、今なお「一種の堅牢性を発揮しているため」(岩崎(2000 年)p. 232)であるとする見方が有力である。ソ連時代の産業連関の堅牢性を支える具体的な要因とし

て、同じく岩崎(2000 年)は、企業にとっての経済情報の不完全性や、ソ連時代に形成さ

れた技術的相互依存性、地理的近接性を指摘している。 CIS 諸国のほとんどの国(アルメニアとトルクメニスタンを除く)で全産業の水平分業

度が、とくに域外貿易において下落している背景としては、ロシアやカザフスタン、アゼ

ルバイジャンなどの石油・天然ガス(SITC 第 3 分類)の輸出動向が大きく影響している可

能性がある。つまり、ロシアやカザフスタンなどの石油・天然ガス産出国は、近年、その

生産量を急速に増加させており、こうした増産分の多くを CIS 域外への輸出に振り向けて

いる。この結果、SITC 第 3 分類を中心に域外貿易の産業内貿易指数が低下し、水平分業度

23 アルメニアの域外貿易における水平分業度が大幅に上昇しているのは、近年、同国でダイヤモンドの委

託加工(ベルギーやイスラエルからダイヤモンド原石を輸入し、研磨・加工した後に再輸出する形態)

が活発に行われているためと考えられる。 24 タジキスタンとウズベキスタンを除く 10 か国の単純平均。 25 脚注 24 と同じく、タジキスタンとウズベキスタンを除く 10 か国の単純平均。

CIS 経済統合の現状と展望

24

の低下につながったと解釈できる。 一方、近年、CIS 諸国の多くが、製造業品目の水平分業度を、とくに域内貿易に関して

低下させている背景としては、近年、CIS 諸国の通貨間で為替レートの格差が拡大してい

ることが考えられる。 図表 11 は、1996 年を 100 とした場合の CIS 諸国の通貨の実質実効為替レート(または

対ドル実質為替レート)の推移を示したものである。1996 年から 2005 年までの 9 年間に、

CIS 各国の通貨の間で為替レートの格差が拡大していることがわかる。1996 年を 100 とし

た場合、例えば、ベラルーシ通貨の為替レートは、2001 年まで実質的に下落を続け、その

後の上昇も緩やかであったため、2005 年において 70.7 の水準でしかない。一方、グルジ

アの通貨は、2000 年前後の下落幅が小さく、かつ 2003 年以降は上昇に転じたことから、

2005 年には 126.9 という高水準にある。 このように為替レートの格差が拡大した結果、為替レートが低水準で推移した CIS 国の

製造業品が、為替レートが上昇した他の CIS 国に対して競争力を強めることとなり、それ

が CIS 域内貿易における製造業品目の産業内貿易指数を引き下げた可能性がある。ここで

は一例として、ベラルーシと、為替レートが相対的に高く推移したロシアの間の機械類

(SITC 第 7 分類)貿易についてみてみる。1998 年のベラルーシのロシア向け機械類輸出

は 154 百万ドル、輸入は 80 百万ドルであった。2005 年には同輸出が 198 百万ドルに急増

した一方で、輸入は 96 百万ドルと伸び悩んだ。この結果、1998~2005 年にベラルーシ・

ロシア間の機械類の産業内貿易指数は、68.5 から 65.3 に低下したことが確認される。

図表 11:CIS 諸国通貨の為替レートの推移

1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005

ARM 87.6 94.2 93.9 96.0 95.0 87.7 79.3 83.9 93.7

AZE 111.8 114.4 98.2 92.0 89.7 88.4 89.4 95.4 108.6

BEL 83.3 81.3 59.2 45.2 46.0 50.8 57.0 63.9 70.7

GEO 104.2 100.7 82.5 87.9 87.6 87.4 93.7 110.9 126.9

KAZ 104.6 108.1 76.7 73.0 76.6 77.6 84.6 99.5 109.6

KYR 91.0 83.8 60.8 59.0 62.2 65.5 72.5 77.3 83.9

MOL 108.0 109.4 97.0 112.1 116.8 110.5 104.4 119.7 122.4

RUS 105.5 93.4 65.8 72.7 87.4 89.8 92.5 99.8 108.4

UKR 113.2 110.4 102.1 100.6 111.9 107.8 98.9 96.8 106.7

(注)1. 各国とも、1996 年を 100 とする実質実効(または対ドル実質)為替レートの指数。 2. 4 か国(ARM、MOL、RUS、UKR)は実質実効為替レート、その他 5 か国は、各国の名目為替レート(対

ドル)と CPI 上昇率から計算した実質為替レート。 (資料)IMF, International Financial Statistics.

また、これまで CIS 諸国間で直接投資がほとんど行われてこなかったことも、域内貿易

の水平分業度の低下と無関係ではない。例えば、近年、日本と中国の間では、製造業分野

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

25

を中心に日本から中国への直接投資が拡大しており、それに伴って製造業分野(IT 機器や

電気機器)における両国間の産業内貿易も拡大する事象がみられる26。このような、地域内

で直接投資が増大することで域内貿易における水平分業度が上昇するようなメカニズムが、

CIS 諸国では作用していないのである27。なお、CIS 諸国間で相互に行われる直接投資の額

についてはデータが限られているため、ここではロシアのデータのみ紹介する(図表 12)。

図表 12:ロシア・CIS 諸国間の直接投資額の推移(単位;百万ドル)

1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005ロシア→CIS 35.0 400.2 127.7 517.8 278.4 497.8 273.7 693.8 945.3 920.3

(%) 3.8 12.6 10.1 23.5 8.8 19.7 7.7 7.1 6.9 7.4CIS→ロシア 27.0 11.0 7.2 5.9 6.0 2.6 -196.2 45.5 35.6 78.8

(%) 1.0 0.2 0.3 0.2 0.2 0.1 -5.7 0.6 0.2 0.6

(注)1. 2002 年のデータの一部がマイナス表示になっているのは、過去にロシアに進出した外国企業がロシアから

撤退したことを意味する。 2. 上段(%)はロシアの対外直接投資総額に占める割合、下段(%)はロシアの対内直接投資総額に占める割

合。 (資料)ロシア中央銀行(http://www.cbr.ru)

26 小林(2005 年) 27 域内で直接投資が行われないこと自体は、域内貿易の水平分業度を低下させた要因ではないが、今後、

短期的に域内貿易の水平分業度が上昇する見込みが薄いという意味では重要である。なお、CIS 諸国相

互の直接投資だけでなく、CIS 域外の国から直接投資が行われ、それによって CIS 諸国間貿易の水平分

業度が上昇するケースも想定されるが、そのようなケースも実際にはほとんど見当たらない。

CIS 経済統合の現状と展望

26

4. CIS 経済統合の展望 第 2 章では、CIS 諸国ではこれまでに経済統合に向けた様々な取り組みが進められてき

たものの実際の進捗状況は緩慢であったことが明らかになった。また、第 3 章では、1990年代の後半以降、CIS 域内の貿易額は増加に転じているものの、輸出結合度や水平分業度

は低下傾向にあり、今後の経済統合の発展可能性が薄れつつあることが示された。では、

CIS 経済統合は今後、どのようになっていくのであろうか。以下では、第 2 章、第 3 章を

踏まえつつ、当面、ほとんどの CIS 諸国にとって重要な政策課題であるとみられる WTO加盟との関連から、CIS 経済統合の行方を展望する。

(1) FTA の展望 CIS 諸国による FTA の形成に向けた取り組みにおいて障害要因となっているのが、二国

間 FTA 協定における例外品目の存在と、CIS 諸国間貿易において広範にみられる非関税障

壁であることはすでに述べた。前者の FTA の例外品目については、近い将来、これらが撤

廃される兆候は今のところ見当たらず、今後も中・長期的に存続していく可能性がある28。

他方、CIS 諸国間の非関税障壁については、多くの CIS 諸国で、WTO への加盟準備の一

環として低減・撤廃が進められていくものと予想される。これは、現在までにトルクメニ

スタンを除く CIS 諸国のすべてが WTO への加盟を申請済みであり、かつ、非関税障壁の

撤廃は、各国が WTO 加盟に際して等しく求められる要件となっているからである。 ただし、図表 13 に示す通り、WTO への加盟準備の進捗状況には、国によって、かなり

相違が生じており、アルメニア、グルジア、モルドバ、キルギスタンの 4 か国がすでに

WTO 加盟を実現した一方で、アゼルバイジャン、タジキスタン、ウズベキスタンでは加盟

準備に遅れがみられる。加盟準備に遅れが生じているこれらの国々では、非関税障壁が撤

廃されるまでに、なお多くの時間を要すると考えられる。また、WTO への加盟申請さえ行

っていないトルクメニスタンでは、これらの 4 か国よりもさらに長期に亘って、非関税障

壁が存続していくと予想される。

28 FTA の例外品目については、必ずしも参加国間で例外品目を共通させる必要はなく、南アフリカ共同体

(SADC;Southern African Development Community)のように、貿易額に占める FTA の例外品目の

割合と、その削減スケジュール(SADC の場合、8 年以内に全廃予定)について、参加国間で合意が形

成されれば問題なしとする見方もある(UN-ECE,2005)。

みずほ総研論集 2006 年Ⅳ号

27

図表 13:CIS 諸国における WTO 加盟準備の進捗状況(年/月) 加盟申請 作業部会(WP;

Working Party)設置作業部会会合開始 WP 報告書草案作成

[WTO 加盟] アルメニア 1993/11 1993/12 1996/01 1997/03[2003/02]アゼルバイジャン 1997/06 1997/07 2002/06 -- ベラルーシ 1993/09 1993/10 1997/06 -- グルジア 1996/07 1996/07 1998/03 1999/02[2000/06]モルドバ 1993/11 1993//12 1997/06 1999/07[2001/07]カザフスタン 1996/01 1996/02 1997/03 2005/05 キルギスタン 1996/02 1996/04 1997/03 1998/04[1998/12]ロシア 1993/06 1993/06 1995/07 2004/10 タジキスタン 2001/05 2001/07 2004/03 -- トルクメニスタン -- -- -- -- ウクライナ 1993/11 1993/12 1995/02 2005/08 ウズベキスタン 1994/12 1994/12 2002/07 -- (注)非関税障壁の撤廃を始め、WTO 加盟準備の多くの作業は、各国による加盟申請を受けて設置される作業部会

(WP;Working Party)での会合を通じて進められる。また、一般に、WP 報告書草案が作成されたことは、当

該国の WTO 加盟準備が相当程度、進展したことを示している。 (資料)WTO(2005).

(2) 関税同盟の展望 WTO への加盟動向は、CIS 諸国による関税同盟形成の動きとも密接に関係する。各国が

WTO 加盟後に遵守を義務付けられる WTO 協定に、関税同盟の形成に関する規定が含まれ

ているからである。関税同盟の形成に関連する WTO 協定としては、複数の条項があるが、

その本質は GATT 第 24 条の第 5 項、すなわち、関税同盟などの地域経済統合の形成後、

これらに参加する当時国と参加しない第三国との間の貿易障壁や通商規則が、地域経済統

合の形成前と比べて高くなったり、制限的になったりしてはいけないという規定(外務省

(1995 年) p. 972)に集約される29。この規定を念頭に置きつつ、CIS 諸国の中で、関税

同盟の前段階である FTA の完成度が も高いユーラシア経済共同体(ただし、ウズベキス

タンを除く 5 か国)について、今後の関税同盟への発展可能性を検討すると、以下のよう

になる。 ユーラシア経済共同体は、現在、実態として FTA を形成しつつ、将来的には関税同盟へ

の発展を目指している段階にある。しかし、ユーラシア経済共同体の構成国のうち、キル

ギスタンだけは、1998 年にいち早く WTO 加盟を実現し、しかも、キルギスタンが WTO加盟時に約束した譲許税率(各国が WTO 加盟後に導入することができる関税率の上限)

は、非農産物平均が 6.7%、農産物平均が 12.3%であるなど、他の構成国と比べて総じて

29 関税同盟の形成に関する規定としては、この他にも、「妥当な期間内(10 年間が目安)」に行うための

計画・スケジュールがなければならない、個別の産品・部門(または関税同目への特定の参加国)の保

護を企図したものであってはならない、等の規定がある。

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低い (WTO (2005), pp. 19-23))。 こうした状況下で、今後、キルギスタンを含む 5 か国で関税同盟を実現させていくため

の道筋としては、基本的には、キルギスタン以外の 4 か国が、第三国に対する関税率をキ

ルギスタンの譲許税率と同じ水準まで引き下げるか、あるいは、キルギスタンが他の 4 か

国に合わせて、関税率を譲許税率よりも高い水準まで引き上げるしかない。そして、いず

れの選択肢も現実的には困難である以上、近い将来、ユーラシア経済共同体の構成国によ

って関税同盟が実現される可能性は、きわめて低いと考えざるを得ない。さらに 近では、

ユーラシア経済共同体のカザフスタンやロシア、さらに、同共同体には参加していないウ

クライナなどが個別に WTO への加盟準備を進めており、近い将来、それぞれの加盟条件

において WTO 加盟を実現するとみられている30。これは、WTO 未加盟の CIS 諸国が、ま

ず関税同盟を形成し、その上で一つの関税地域として WTO に加盟するというシナリオの

実現が、事実上、不可能であることを意味している31。 以上をまとめると、今後、CIS 全体としての経済統合は、基本的には現在の姿、すなわ

ち、これまでに締結された二国間 FTA 協定に基づいて、若干の例外品目と、若干の非関税

障壁が残存しつつも、概ね FTA が実現されている状態が、長期に亘って続くものと予想さ

れる。 一方、関税同盟については、近い将来、CIS の 12 か国すべてが 1 つの関税同盟を形成す

る可能性は、きわめて低いとみなさざるを得ない。他方、12 か国すべてではなく、一部の

CIS 諸国だけで関税同盟が形成される可能性は否定できないが、そのような関税同盟は、

形成されるとしても CIS 諸国による WTO 加盟の動きが一巡した後、それらの WTO 既加

盟国の集まりによってであると予想される。

30 図表 13 でも示される通り、現在までに WTO への加盟準備が比較的順調に進展してきたのはカザフス

タン、ロシア、ウクライナの 3 か国であり、これらの 3 か国は 2007 年中にも WTO に加盟する可能性が

ある。例えば、カザフスタンのナザルバエフ大統領は、同国が 2007 年中の WTO 加盟を目指していると

発言している(Itar-Tass, 26 May 2006)。また、ロシアのグレフ経済発展貿易相も、同国が 2007 年中

に WTO に加盟する可能性があると発言している(RIA Novosti, Sep. 27, 2006)。さらに、ウクライナ

政府は本年中の WTO 加盟を目指しているとの報道がある(RIA Novosti, Sep. 29, 2006)。 31 WTO 未加盟の CIS 諸国同士で関税同盟を形成し、その上で一つの関税地域として WTO に加盟する試

みは、「統一経済空間」(構成国は、ベラルーシ、カザフスタン、ロシア、ウクライナの 4 か国)によ

っても行われている。しかし、この試みは、ウクライナの強い反対によって進展していない。

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