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聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 46, pp. 119–128, 2018 1 聖マリアンナ医科大学 放射線医学 2 聖マリアンナ医科大学 救急医学 3 太田総合病院 放射線科 4 東京女子医大八千代医療センター 放射線科 5 八女総合病院 放射線診断科 6 国立病院機構災害医療センター 放射線科 CT 所見に基づく臓器損傷分類の 治療方針との相関性に関する研究 (脾損傷) おお くま せい ごう 1 まつ もと じゅん いち 2 やま した ひろ たか 3 うら たけ 4 しん じょう やす もと 5 もり もと こう へい 6 むら ひで ふみ 1 なか じま やす 1 (受付:平成 30 8 22 ) 背景) 2008 中島らは推奨治療法を付記した CT 所見に基づく臓器損傷分類を作成した これまでのところ本分類の実用性は検討されていない今回我々は実症例を後方視的に 検討し本分類の推奨治療と比較検討した対象と方法) 当施設を含む 3 施設で 2006 4 1 日から 9 9 ヶ月の間に経験した脾損傷 96 肝損傷 117 例を対象とした対象症例を CT 損傷分類で分類し各グレードで実際に行わ れた治療を調査したCT 損傷分類での推奨治療法と異なる治療が行われた症例ではその理 由を検証した結果) 各グレードで緊急止血術が行われた割合は脾損傷で I 0%II 25%III IVR 46.7%IV IVR 80.1%V IVR 69.2%手術群 26.9%肝損傷で I 0%II 0% III IVR 24.2% 手術群 3.0% IV IVR 76.0% 手術群 8% V IVR 33.3%手術群 55.6%であったいずれも損傷程度が高度になるにつれIVR や手術といった 止血術が行われた症例が増えておりまたより侵襲度の高い手術が選択されていた一方で合併症の治療に付随して予防的に IVR が施行されたもの微細な血管損傷が見逃されていたた め保存的経過観察となったものなど推奨治療と異なった治療が施行された症例もあった結論) CT 損傷分類は治療選択の参考として一定の有用があると考えられる索引用語 肝損傷脾損傷臓器損傷分類CT (computed tomography)IVR (interventional radiology) 1990 年代後半から 2000 年代にかけて広範囲を 短時間で撮影可能な多列検出器 CT (Multiple-detector row Computed Tomography以下 MDCT) が臨床に おいて広く用いられるようになったMDCT 傷診療においても多用されるようになりその有用 性が学術論文としても示されるに至った 1)2)3)4) 2012 27 119

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原 著 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 46, pp. 119–128, 2018

1 聖マリアンナ医科大学 放射線医学2 聖マリアンナ医科大学 救急医学3 太田総合病院 放射線科4 東京女子医大八千代医療センター 放射線科5 八女総合病院 放射線診断科6 国立病院機構災害医療センター 放射線科

CT 所見に基づく臓器損傷分類の治療方針との相関性に関する研究 (肝・脾損傷)

大おお

熊くま

正せい

剛ごう

1 松まつ

本もと

純じゅん

一いち

2 山やま

下した

寛ひろ

高たか

3

三み

浦うら

剛たけ

史し

4 新しん

城じょう

安やす

基もと

5 森もり

本もと

公こう

平へい

6

三み

村むら

秀ひで

文ふみ

1 中なか

島じま

康やす

雄お

1

(受付:平成 30 年 8 月 22 日)

抄 録背景) 2008 年,中島らは,推奨治療法を付記した CT 所見に基づく臓器損傷分類を作成したが,これまでのところ本分類の実用性は検討されていない。今回我々は,実症例を後方視的に検討し,本分類の推奨治療と比較検討した。対象と方法) 当施設を含む 3 施設で 2006 年 4 月 1 日から 9 年 9 ヶ月の間に経験した脾損傷 96

例,肝損傷 117 例を対象とした。対象症例を CT 損傷分類で分類し,各グレードで実際に行われた治療を調査した。CT 損傷分類での推奨治療法と異なる治療が行われた症例では,その理由を検証した。結果) 各グレードで,緊急止血術が行われた割合は,脾損傷で I 型 0%,II 型 25%,III 型 IVR

群 46.7%,IV 型 IVR 群 80.1%,V 型 IVR 群 69.2%・手術群 26.9%,肝損傷で I 型 0%,II 型0%,III 型 IVR 群 24.2%・手術群 3.0%,IV 型 IVR 群 76.0%・手術群 8%,V 型 IVR 群33.3%・手術群 55.6%であった。いずれも損傷程度が高度になるにつれ,IVR や手術といった止血術が行われた症例が増えており,またより侵襲度の高い手術が選択されていた。一方で,合併症の治療に付随して予防的に IVR が施行されたもの,微細な血管損傷が見逃されていたため保存的経過観察となったものなど,推奨治療と異なった治療が施行された症例もあった。結論) CT 損傷分類は治療選択の参考として一定の有用があると考えられる。

索引用語肝損傷,脾損傷,臓器損傷分類,CT (computed tomography),IVR (interventional radiology)

緒 言

1990 年代後半から 2000 年代にかけて,広範囲を短時間で撮影可能な多列検出器 CT (Multiple-detector

row Computed Tomography,以下 MDCT) が臨床において広く用いられるようになった。MDCT は,外傷診療においても多用されるようになり,その有用性が学術論文としても示されるに至った1)2)3)4)。2012

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表 1 CT 所見に基づく臓器損傷分類 (脾臓)

表 2 CT 所見に基づく臓器損傷分類 (肝臓)

図 1 CT 損傷分類 (脾臓) 代表的 CT 所見a: III 型 被膜断裂を認めるが活動性出血はない。b: IV 型 実質内の活動性出血を認める (矢印)。c: V 型 腹腔内へそそぐ活動性出血をみとめる (矢印)。

年には,国内の外傷初期診療ガイドラインにも外傷全身 CT のプロトコールとともにその標準的な読影手法も解説され5),MDCT は外傷初期診療において高い位置を占めるようになった。

外傷患者の治療方針は循環動態,損傷形態,合併損傷,血液凝固能などをもとに決められる。損傷の有無や部位,数,ならびにその程度は CT で評価可能であり,きわめて緊急性が高い場合を除いて,治療方針決定において CT が果たす役割は大きい。特に出血は外傷死亡の最大の要因のひとつであり6)7),造影剤の血管外漏出像や仮性動脈瘤形成といった活動性出血を示す所見は,CT で評価可能な重要な所見である。

中島らは 2008 年,脾損傷と肝損傷を対象に「CT

所見に基づく臓器損傷分類」(以下 CT 損傷分類) を発表した8)(表 1, 2,図 1, 2)。これは CT 所見に基づく臓器損傷分類に取り組んできたメリーランド大学ショック・トラウマセンターの Shanmuganathan ならびに Mirvis ら9–12)の協力を得て作成されたものであり,特に脾損傷分類は彼らが 2007 年に 400 例を対象として作成した分類13)を改訂したものとなっている。この CT 損傷分類の骨子は,CT で評価できる臓器そのものの損傷の程度に加え,血管損傷の評価として活動性出血,仮性動脈瘤,動静脈瘻を評価項目に加えている点であり,損傷のグレードが高くなるにつれ,活動性出血の程度もより高度になるよう

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大熊正剛 松本純一 ら120

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図 2 CT 損傷分類 (肝臓) 代表的 CT 所見a: III 型 被膜断裂を伴わない実質内の活動性出血

をみとめる (矢印)。b: IV 型 被膜断裂部の実質内活動性出血をみとめ

る (矢印)。c: V 型 被膜下からさらに腹腔内へそそぐ活動性出

血をみとめる (矢印)。d: V 型 肝静脈 1 次分枝周囲の血腫: 血管途絶や

extravasation がなくても損傷を疑いながらマネージすべき所見で,読影からは V 型と分類する (CT

分類作成時のコンセンサス,矢印)。

に作成されている。各損傷グレードに応じた推奨治療法が付記されていることも特徴である。より高いグレードの損傷になると,より侵襲度の高い治療が推奨されるようになっている。

本分類が発表されて 10 年が経つが,これまでのところ本分類における損傷程度と治療方針の関係について実症例を用いて検証した研究はみられない。今回我々は,自施設および関連施設で経験された脾損傷,肝損傷の症例について,CT 損傷分類で推奨される治療法と一致するものと逸脱するものを後方視的に検討し,外傷診療における CT 損傷分類を運用方法について検証した。

材料および方法

症例選択2006 年 4 月 1 日から 2015 年 12 月 31 日までの間

に,聖マリアンナ医科大学病院,聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 (以下西部病院),国立病院機構災害医療センター (以下災害医療センター) を受診した鈍的受傷機転による肝損傷および脾損傷のうち,

プライマリーサーベイを通過し,CT が施行された症例を対象とした。聖マリアンナ医科大学病院では,電子カルテの病名登録で「脾損傷」または「肝損傷」と登録されている症例を検索し,西部病院と災害医療センターでは CT 検査報告書上「脾損傷」または「肝損傷」のいずれかが含まれているものを検索した。穿通性受傷機転,CT 撮影前に止血治療が行われたもの,造影 CT で 2 相撮影が施行されていないもの,臨床的に損傷の可能性が疑われてはいるが CT

では所見が見られないもの,治療方法が不明なもの,治療撤退となったもの,外来死亡となったものは除外した。

患者情報年齢,性別,頭部・胸腹部・骨盤の合併損傷,止

血治療の方法,2 週間後の転機 (生存もしくは死亡)

を診療録から収集した。治療方法は,1) 止血術として開腹術を行ったもの (interventional radiology: 以下 IVR,を併用したものを含む) (以下手術群),2)

IVR のみ行ったもの (以下 IVR 群),3) いずれも行わず保存的に経過観察を行ったもの (以下経過観察群),の 3 つに分類した。

画像評価各症例の臓器損傷分類 (CT 損傷分類および外傷学

会分類) は,救急画像診断を専門とする放射線診断専門医 3 名の合議により,CT 所見をもとに行われた (外傷学会分類は手術所見に基づく分類であるが,多くの症例で手術が行われていないため,手術が行われた症例以外については CT 所見から類推することとした)。

CT 画像は,動脈優位相 (造影剤注入開始 40 秒後)

と実質相 (造影剤注入開始 100 秒後) で撮像したもの(300 mgI/ml 濃度の造影剤 2 ml/体重 kg の容量を 30

秒間で注入) を 3 または 5 mm 厚で表示したものを読影に用いた。冠状断像や矢状断像が入手できる場合には,それらを用いて読影を行った。

CT損傷分類と治療方法の関係についての検証CT 損傷分類で分類された各々の症例に対し,手

術・IVR・経過観察のいずれの治療方法がとられたかを調査した。CT 損傷分類で推奨される治療方法と異なった方法が選択されている症例については,その根拠を診療録から検索した。比較として,従来

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CT 損傷分類の肝・脾損傷の後方視的検討 121

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表 3 脾損傷分類 2008 (日本外傷学会)

表 4 肝損傷分類 2008 (日本外傷学会)

表 5 患者背景

の臓器損傷分類である日本外傷学会臓器損傷分類2008 (以下外傷学会分類) (表 3, 4) についても同様の検証を行った (外傷学会分類は治療法選定を目的として作成されたものではないが,低グレード損傷で侵襲度が高い治療法が選択されたものと高グレード損傷で経過観察が行われたものについて,その根拠を検索することとした)。

倫理的配慮本研究は,聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会

より「通常診療により得られた診療情報を用いる観察研究」として承認を受けている (承認番号第 4115 号)。

結 果

脾損傷では,聖マリアンナ医科大学病院 42 例,災害医療センター 51 例,西部病院 3 例,計 96 例で

あった。平均年齢 27.69 歳,男性 78 例,女性 18

例,合併損傷があったものは 39 例 (40.63%) であった (表 5)。

肝損傷では聖マリアンナ医科大学病院 69 例,災害医療センター 34 例,西部病院 14 例,計 117 例であった。平均年齢 33.85 歳,男性 73 例,女性 44

例,合併損傷があったものは 53 例 (45.30%) であった (表 5)。

2 週間以内に死亡した症例は脾損傷 1 例,肝損傷7 例であり,いずれの症例も画像上は頭部外傷や,他臓器損傷を主たる出血源とする失血や多臓器不全によるものと考えられ,脾損傷もしくは肝損傷が直接の死因となったものはなかった (表 6)。

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図 3 CT 損傷分類と治療 (脾臓)

グラフ内,括弧内の数字は人数。

図 4 CT 損傷分類と治療 (肝臓)

グラフ内,括弧内の数字は人数。

表 6 死亡症例

表 7 推奨治療と実際に行われた治療が異なる症例 (脾損傷)

CT損傷分類と治療方法脾損傷

CT 損傷分類では I 型 3 例,II 型 16 例,III 型 30

例,IV 型 21 例,V 型 26 例であった。治療方法との関係では,I 型で全例経過観察となっており,損傷のグレードが高くなるにしたがって緊急止血術が施行された割合が,II 型で IVR 群 25% (4/25 例 ),III 型で IVR 群 46.7% (14/30 例 ),IV 型で IVR 群80.1% (17/21 例 ) と増え,V 型では IVR 群 69.2%

(18/26 例) に加え手術群が 26.9% (7/26 例) であった(図 3)。一方,保存的経過観察が推奨されている II 型で IVR 群が 25.0% (4/16 例) あり,IVR または開腹術が推奨されている IV 型,V 型で経過観察群がそれぞれ 19.0% (4/21 例) と 3.8% (1/26 例) あった (表 7)。肝損傷

CT 損傷分類では I 型 7 例,II 型 43 例,III 型 33

例,IV 型 25 例,V 型 9 例であった。治療方法との関係では,I 型 II 型で全例経過観察となっており,損傷のグレードが高くなるにしたがって緊急止血術施行された割合が,III 型で IVR 群 24.2% (8/33 例)

手術群 3.0% (1/33 例),IV 型で IVR 群 76.0% (19/25

例) 手術群 8% (2/25 例) と増え,V 型では IVR 群33.3% (3/9 例) 手術群が 55.6% (5/9 例) であった (図4)。一方,経過観察もしくは IVR が推奨されている III 型で手術群が 3.0% (1/33 例) あり,IVR または開

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CT 損傷分類の肝・脾損傷の後方視的検討 123

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図 5 外傷学会分類と治療 (脾臓)

グラフ内,括弧内の数字は人数。

図 6 外傷学会分類と治療 (肝臓)

グラフ内,括弧内の数字は人数。

表 8 推奨治療と実際に行われた治療が異なる症例 (肝損傷)

腹術が推奨されている IV 型 V 型では経過観察群がそれぞれ 16.0% (4/25 例) と 11.1% (1/9 例) あった(表 8)。

外傷学会分類と治療方法脾損傷

外傷学会分類で被膜断裂のない I 型 II 型損傷で,手術群は 2.2% (1/46 例),IVR 群は 34.8% (16/46 例)

あった (図 5)。その治療方針決定の理由は,手術となった 1 例は循環動態不安定であったためであった。IVR となった 16 例中,11 例は血管損傷を認めたためであり,3 例は他臓器損傷に対する IVR の際に予防的に塞栓した。2 例は診療録からは治療方法決定の理由は不明であった。肝損傷

外傷学会分類で被膜断裂のない I 型 II 型損傷で手術群は 2.1% (2/97 例),IVR 群は 20.6% (20/97 例)

あった (図 6)。手術となった 2 例はいずれも循環動態不安定であったため手術が施行されている。IVR

が施行された 20 例中 16 例は血管損傷ありと評価されたため,1 例は血腫が経時的に増大したため,1 例は血圧の低下あったため,IVR が施行されている。その他 2 例は診療録からは治療方法決定の理由は不明であった。

考 察

腹部臓器損傷に対する治療方針は,循環動態やポータブル単純 X 線写真,迅速簡易超音波検査 (FAST:

focused assessment sonography for trauma) を含むプライマリーサーベイにおける所見から,セカンダリーサーベイにおける CT 所見,その時点での診療チームの構成要員や施設の事情などを総合して決定される14)。CT で捉えられる臓器損傷形態と造影剤の血管外漏出像 (extravasation) や仮性動脈瘤形成 (pseudoa‐

neurysm) などの活動性出血の有無・程度は,循環動

態と並んで,治療方針決定に際し最も重要な評価項目である15)16)。外傷学会分類は,手術所見を基に作成されており,臓器の損傷形態を表現するには有用な分類法である一方,治療方法選択を想定した分類ではないため,臓器損傷の程度が低くても IVR や外科手術といった侵襲的な治療介入が行われることや,逆に損傷程度が高度であっても保存的加療が行われることが起こりうる。今回我々は,治療方針決定に有用な損傷分類作成を目指して中島らが提案した CT

損傷分類の妥当性を検証すべく,実際に行われた治療方法との関係を検証した。

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脾損傷では,分類のグレードが上がるにつれて,IVR や手術といった止血術が施行された症例が増え,より侵襲度の高い手術が選択されていたが,推奨治療と異なる治療方法が選択されている症例もあった。それらを個別に検討すると,経過観察が推奨されている II 型で IVR が施行されたものが 4 例あり,うち 3 例で他臓器損傷に対する IVR に際して同時に塞栓がなされており (1 例は血管造影で血管損傷所見があったが,2 例は予防的塞栓),脾臓単独損傷であれば経過観察となっていた可能性がある。他 1 例も当時の評価で仮性動脈瘤ありと評価したため IVR が施行されたが,血管造影では血管損傷所見はなく予防的塞栓が行われた。後方視的に救急画像診断を専門とする放射線診断専門医が読影すると仮性動脈瘤は指摘されず,正確に読影がなされていれば経過観察が選択されていた可能性がある。また IVR または手術が推奨されている IV 型 V 型で経過観察となった症例では,5 例中 3 例が当時の評価で血管損傷なしと評価されていた。後方視的に救急画像診断を専門とする放射線診断専門医が読影すると造影剤の血管外漏出像が指摘されており,正確な読影がなされていれば治療されていた可能性がある。しかし,いずれの症例も生存しており,見逃される程度の活動性出血であれば治療介入は不要かもしれない。いずれの症例も若年でありかつ合併損傷がなく,血液凝固能の破綻をきたすような症例ではなかったことも影響していると考えられた。

肝損傷においても,分類のグレードが上がるにつれて IVR や手術といった止血術が施行された症例が増え,またより侵襲度の高い手術が選択されていたが,推奨治療と異なる治療法が選択されている症例が存在した。経過観察もしくは IVR が推奨されている III 型で手術が施行された 1 例は,活動性出血は指摘できなかったものの血腫量は大きく,循環動態不安定であった。また IVR または手術が推奨されている IV 型 V 型で経過観察となった 5 例では,いずれも当時の評価で血管損傷なしと評価されており,循環動態は安定していた。後方視的に救急画像診断を専門とする放射線診断専門医が読影すると造影剤の血管外漏出像が指摘されており,正確な読影がなされていれば治療されていた可能性がある。しかし,脾損傷と同じく,いずれの症例も生存しており,見逃される程度の活動性出血であれば治療介入は不要かもしれない。

脾損傷・肝損傷のいずれにおいても損傷程度の低い I 型 II 型において推奨治療を逸脱するのは合併損傷症がある場合であり,損傷程度の高い IV 型 V 型で推奨治療を逸脱するのは微細な活動性出血を見逃した場合が多かった。

外傷学会分類においても治療方法と損傷グレードを対比した。外傷学会分類は手術所見に基づき損傷の形態により分類したものであり,本来,治療方法選択との関連を想定したものではない。しかし,外傷学会分類でも一部例外はあるもののグレードが上がるにつれて緊急止血術が行われた割合は増えており,活動性出血だけでなく損傷形態も損傷の重症度に関連していることが示唆される。脾損傷では,肝損傷に比べて Ia 型 Ib 型で緊急止血術が行われた割合が多かったが,脾臓は肝臓に比して疎な組織であるため,同様の損傷形態でも治療が必要になる割合が高くなっているものと思われる。一方で,Ia 型から Ib 型までいずれのグレードにおいても経過観察と緊急止血術が施行された症例の両方が混在していた。特に脾損傷,肝損傷ともに被膜断裂のないもしくは軽度で腹腔内出血量も多くない I 型 II 型損傷においても IVR や手術が施行された症例が存在していた。そのうち脾損傷で 64.7% (11/17 例),肝損傷で 72.7%

(16/22 例) において,CT 所見で活動性出血を認めたことにより治療が行われていた。

現在日本外傷学会臓器損傷分類委員会においても,CT を加味した新分類が検討されており,当時委員の一人であった中島8)より CT 分類の提案を受けて血管外漏出像の有無とその程度 (被膜を越えて腹腔内に広がっているか否か),また仮性動脈瘤の有無に関する情報を加えて記載する方向性が示されている17)。またこうした検討と関連して,船曵らの報告でも,CT で活動性出血所見がみられる鈍的肝損傷は IVR

や手術の適応としている18)。2018 年には米国外傷外科学会においても活動性出血を加味した臓器損傷分類の改訂が提案されており19),今後米国からさらに多い症例数での評価が行われる可能性もある。今回の研究では,活動性出血があったものの微細であり見逃されたため経過観察となった症例もあったが,その場合でも生命予後は良好であった。活動性出血が全例緊急止血の適応となるわけではなく,中には経過観察可能なものもあると思われる。しかし,どのような場合に活動性出血がある症例で経過観察が可能かについては明確な知見が存在しておらず,現

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CT 損傷分類の肝・脾損傷の後方視的検討 125

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在のところは止血術を施行することが標準的であろう15)16)。

今回の研究では死亡例はすべて合併損傷があるものであり,肝損傷・脾損傷に関しては推奨治療が施行されていた。治療法選択の問題ではなく,多臓器損傷の治療自体の困難さを反映しているものと考えられる。

本検討には複数の限界がある。対象となった症例は脾損傷 96 例,肝損傷 117 例であるが,各損傷程度別にみると,少ない群では 3 例,多い群では 43 例と,各群に所属する症例数に大きなばらつきがみられた。統計学的により適切な検討を行う上では,各損傷程度において多くの症例蓄積が可能となるよう,さらに多くの施設と協力し,全体の症例を増やして検討すべきであると考えられた。また,治療方針に関しては,個人レベルでも,施設ごとにおいても統一されたプロトコールで診療が行われていたわけではないため,ばらつきが生じ得た可能性がある。実際の治療方針決定は,診療プロトコールがどうであったかだけではなく,その時点での診療チームや施設の事情なども加味されて決定されることもあり,必ずしも本来採るべきとされている治療法が行われているとも限らない。その意味では実際の診療結果だけを見て後方視的に診断結果と比較するには限界がある。統一されたプロトコールを共有し,逸脱する場合の根拠の明示化・記録化が必要であると考えられた。実際の治療方針決定は,損傷形態や活動性出血,血管損傷の有無,ならびに循環動態の推移だけでなく,さらに凝固障害の有無や程度,年齢といった要素も大きく関わってくるものであり,実際には,さらに多くの医師側・施設側の要因も検討して行われるものである。活動性出血や血管損傷,損傷形態といった画像所見から得られる情報に加え,少なくとも患者から得られる生理学的指標を融合させることで,更に実践的で診療に有用性の高い損傷分類あるいは重症度分類が作成可能かもしれないが,同時に複雑化も懸念され,新たな損傷分類がどこまで詳細かつ正確である必要があるかについても議論されるべきであろう。画像診断を専門としない医師が読影を担当することが多い外傷診療において,画像診断の質を担保するうえでも,また臨床情報と画像情報を統合した病態解析・治療法提案を行う上でも,今後 AI(artificial intelligence)を用いた検討にも期待がかかるところである。

結 語

CT 損傷分類の各グレードにおける推奨治療法は,当院および関連施設の症例においては,実際に行われた治療法との一致率も高く,実運用上有用ではないかと思われた。ただし合併損傷に対する治療や,画像所見の解釈の違いが治療方針決定の違いに影響していたと思われ,また本分類の骨子である血管損傷の所見そのものの有無が必ずしも治療方針決定の最重要項目ではない可能性も見え,注意が必要である。

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大熊正剛 松本純一 ら126

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1 Department of Radiology, St. Marianna University School of Medicine2 Department of Emergency and Critical Care Medicine, St. Marianna University School of Medicine3 Department of Radiology, Ota General Hospital4 Department of Radiology, Tokyo Women’s Medical University Yachiyo Medical Center5 Department of Radiology, Yame General Hospital6 Department of Radiology, National Hospital Organization National Disaster Medical Center

Abstract

CT-based Hepatic and Splenic Injury Grading System:

Correlation with Treatment Management

Seigo Okuma1, Junichi Matsumoto2, Hirotaka Yamashita3, Takeshi Miura4, Yasumoto Shinjo5, Kohei Morimoto6,

Hidefumi Mimura1, and Yasuo Nakajima1

BackgroundIn 2008, Nakajima et al. created an organ damage classification system based on CT finding to guide recom‐mended treatments in patients with hepatic and splenic injury, but its practicality has not yet been investigated.This hepatic and splenic injury grading system, which includes extravasation, pseudoaneurysm and arteriove‐nous fistula, aims to provide a guideline for initial management decisions. However, no studies have reviewed itsusefulness, and thus we attempted to assess the efficacy and usefulness of the grading system.Materials and MethodsFrom April 2006 to December 2015, we retrospectively reviewed 96 splenic and 117 hepatic injury patients andassessed the effectiveness and correlation of the scoring system with the patients’ actual clinical injury. We com‐pared the injury grades (from least severe[grade I] to most severe[grade V]) with the degree of invasiveness ofthe initial treatment management (least to most invasive: conservative<interventional radiology<surgery).ResultsThe CT-based scoring system showed satisfactory correlation between the degree of severity of managementand the injury in 90.6% (87/96) of the splenic and 94.9% (111/117) of the hepatic injury patients. There was adirect correlation between the degree of treatment invasiveness and the scoring grade.ConclusionThe CT-based scoring system proposed by Nakajima et al. can be a very useful tool in correlating the grade ofsplenic and hepatic injury with the invasiveness of the initial treatment and in predicting initial treatment man‐agement. However, the scoring system has limitations in that the management decision does not solely dependon imaging findings but also various other factors.

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