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1 自己組織化の化学と数理 (独)産業技術総合研究所ナノシステム研究部門 山口 智彦 要旨 要旨 熱力学的にみると、自己組織化には2つのタイプがある。 すなわち、熱的平衡に近い状態で分子やコロイド粒子が 集合して秩序構造を形成する自己集合と、エネルギーや 物質の流出入を伴う平衡から遠く離れた開放系で長距離 相関や時間周期性が生じる散逸構造形成である。後者に は数理的にも興味深い問題が多い。散逸構造の一例とし て、時空間的な秩序構造が自律的に形成される化学反応 の渦巻き(BZ反応)を紹介し、その数理について概観する。 組織化する自己たち 平衡 時間 分岐点 組織化して生まれた自己 分岐点 Hopf分岐) 空間一様 グルコース 化学反応: 「もの」をつくるだけではない 細胞 ATP 食物+酸素 CO +水 細胞にとっては「サイクルが 常に回っている」ことが重要 (常に「流れ」がある) ミトコンドリア=ATPの生産工場 ATP ATP ATP ベロゥソフ・ジャボチンスキー反応 B.P. ベロウソフ A.M. ジャボチンスキー つくば講演会(1991) 物理的な波と化学反応の波 水面の波は干渉するが、BZ反応の波は衝突すると消える 同心円とラセン・パターンの違い ・ラセン・パターンの位相は閉じていない ラセン・パターンの中心では位相が定義できない A. ウィンフリーによる 中心付近の位相分布

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自己組織化の化学と数理

(独)産業技術総合研究所ナノシステム研究部門山口 智彦

要旨要旨熱力学的にみると、自己組織化には2つのタイプがある。すなわち、熱的平衡に近い状態で分子やコロイド粒子が集合して秩序構造を形成する自己集合と、エネルギーや物質の流出入を伴う平衡から遠く離れた開放系で長距離相関や時間周期性が生じる散逸構造形成である。後者には数理的にも興味深い問題が多い。散逸構造の一例として、時空間的な秩序構造が自律的に形成される化学反応の渦巻き(BZ反応)を紹介し、その数理について概観する。

組織化する自己たち

自己集合

平衡 時間

分岐点

平衡からの距離

組織化して生まれた自己

散逸構造

分岐点(Hopf分岐)

空間一様

分岐パラメータ

グルコース

化学反応: 「もの」をつくるだけではない

細胞

ATP

食物+酸素 → CO2 +水

細胞にとっては「サイクルが常に回っている」ことが重要(常に「流れ」がある)

ミトコンドリア=ATPの生産工場ATP

ATP

ATP

ベロゥソフ・ジャボチンスキー反応

B.P. ベロウソフ A.M. ジャボチンスキー

つくば講演会(1991)

物理的な波と化学反応の波水面の波は干渉するが、BZ反応の波は衝突すると消える

同心円とラセン・パターンの違い

・ラセン・パターンの位相は閉じていない・ラセン・パターンの中心では位相が定義できない

A. ウィンフリーによる

中心付近の位相分布

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BZラセン: コアが自己組織化される

コア(定義不能域)

チップ(特異点)

ラセン(酸化領域)

アルキメデスの渦巻き

caer

ar

ar

21 ← 円の伸開線

← アルキメデスの渦巻き

← 対数ラセン

BZラセンはどちら?

半径a

al

21 ar

コア

アルキメデス・ラセンから対数ラセンへの可逆的変化 (興奮性媒体中)

コアのみを外力(この場合は光)で操作する (R. Aliev et al).

コアの直径を大きくする

Cf.シミュレーション (R. Aliev et al).

自己組織化される階層構造

(M. Nishio).

球表面上のBZラセン:北極と南極の違い波面に垂直方向の速度 N

N=c-DK

c ∝(HAD)1/2

(J. Maselko and K. Showalter)

曲率の逆数 1/K

負の曲率を持つ波の速度Nは平面波の速度cより大きい

→ 吸い込み側のラセン・パターンは不安定

3次元のラセン

スイスロールを一ひねりしてつなぐ

スイスロールをすなおにつなぐ

A. Winfreeによる

どちらもあるはず・・・

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3次元のラセン(ゲル中)

内径1mmの円柱状シリカゲル中に

生成したBZラセン(ヘリックス) movie

厚さ2mmのシリカゲル中のBZラセン中央に、逆にねじれたラセンがみえる

光学的トモグラフィにより再構成したBZヘリックス

(R. Aliev et al).

ゲルでは3Dラセンが自発的に形成される

界面近くにラセンが生じ

次第に成長し

(P. Kettunen et al.)

ゲル界面の構造の乱れを仮定して計算すると・・・

次第に成長し

途中でねじれ、平面波を送り出す・・・何かに似てる・・・

BZ反応は決して単純ではない!

けれども、単純化できる

振動の1周期を3つにわける。→ それぞれで主役となる反応を考える→ 数理モデルをたてる

触媒 還元型 酸化型 還元型へHBrO2 ー 指数的増加 -Br- 減少 増加

セルオートマトン

休止 興奮 不応 休止

→ → → → →

ルール

反応式から数理モデルへ

Fe3+

Fe3+ Fe2+

Fe3+Fe2+

例えば Xの増加速度: dX/dt= ν1AY – ν2XY + ν3AX – ν4X2

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数理モデル( 2変数オレゴネータ)

BZkHAXkdt

dZ

BZhkHXYkAYHkdt

dY

XkHAXkHXYkAYHkdt

dX

j

j

5

22

3

2452

23

2

2

指数的増殖(自触媒反応) dt

zxd

dz

fzxyqyd

dy

xxxyqyd

dx

'

)1(

zxd

dz

qx

qxfzxx

d

dx

)1(

無次元化

y消去

指数的増殖(自触媒反応)

相平面上で考える

相平面上の点S(x(t), z(t))で系Sのふるまい(ダイナミックス)を記述する

zxd

dz

qx

qxfzxx

d

dx

)1(

ヌルクライン:左辺=0とおいた式の解

0 d

dz

d

dxの解

解が安定か(興奮性)不安定か(振動性)ということも考える

[Fe(III)]

[HBrO2]

リミットサイクル

反応リズムは拡散でつながりパターンを生む(位相引き込み)

反応拡散方程式セル1 セル2 セル3

⊿r ⊿r

r

cc

r

ccD

cDt

c

c

cdiffusion

3221

2

例:BZ反応: 青線は反応項、赤線は拡散項

単純な拡散の場合は物質が濃い方から薄い方へと移動するが、反応とカップルすると逆向きの移動も起こりえる

(Turing構造など)

BZ反応に見たものは?

チューリング構造ー様ざまなパターンを生み出すグレイ・スコットモデルー

Ch 的チ リング構造的

VDVkFUVdt

dV

UDUFUVdt

dU

V

U

22

22

)(

)1(

U+2V → 3V (1)V→ P (2)

J. Pearson, Science 261, 189(1993).

イメージ

U: 餌V: 生体(活性)

拡散項はパターン形成に必須

Chaos 的チューリング構造的自己複製の数理モデル

まとめ

◆ 生物のように、自分でリズムを刻み、自分でパターンをつくる現象は「自己組織化」と呼ばれています。

◆ 自己組織化は反応などの「流れ」のある条件のもとでおこりますます。

◆ BZ反応は自己組織化がおこる代表的な化学反応です。

◆ リズムやパターンを扱う自己組織化の研究では、数理的なアプローチが非常に重要です。