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- 1 - 〈道徳〉 道徳的判断力を育成する授業の工夫 モラルジレンマ教材の活用を通して(第4学年)八重瀬町立白川小学校教諭 佐久本 香 織 Ⅰ テーマ設定の理由 近年において、グローバル化や情報通信の進展、少子高齢化の進行など社会は激しく変化している。そ れに伴い、児童を取り巻く環境は、人間関係の希薄化、規範意識の低下、いじめなどの問題が生じ大きな 社会問題となっている。また、道徳教育の在り方に関する懇談会において、学校での道徳の時間が、他の 教科に比べて軽視されがち、読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導、発達段階などを十 分に踏まえず、児童生徒にわかりきったことを言わせたり書かせたりする授業が行われているなどの課題 があるとされ、「読む道徳」から「考え・議論する道徳」の授業へと更なる転換が求められた。 中央教育審議会教育課程企画特別部会においては、「生きる力」となる「確かな学力」「健やかな体」「豊 かな心」をそれぞれ単独で捉えるのではなく、「何を理解しているか、何ができるか(知識・技能)」「理解 していること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」「どのように社会・世界と関わり、 よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)」といった三つの柱で統合的に捉えるとし、これから の時代を生きる児童生徒に育成すべきこれらの資質・能力を確実に身に付けることができるようにするこ とが求められている。 このような状況を踏まえ、平成 27 年3月に、これまでの「道徳の時間」を「特別の教科道徳」として新 たに位置づけ、学習指導要領の一部を改正し小学校では平成 30 年度より教科化されることとなった。 学習指導要領解説総則編では、道徳科の目標が最終的には、道徳的行為を主体的に実践するために必要 な資質・能力である道徳性を養うという基本的な考えは変わらないが、道徳科の目標は、よりよく生きる ための基盤となる道徳性を養うための学習活動をさらに具現化する観点から、「物事を多面的・多角的に考 え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育成」 するとし、質の高い多様な指導法の工夫・改善が求められている。 これまでの自身の実践を振り返ってみると、児童に場面をイメージ化させたり、他者の立場に立って考 えさせたり、自分事として捉えさせたりすることが不十分であった。また、話合い活動がうまくいかず、 授業内容が深まらないこともあった。さらに、自分の考えや気持ちを文字にして表現すること、言葉にし て相手に伝えることが苦手な児童もおり、手立てが十分にできなかった。 道徳性の基盤となる道徳的判断力を育成するためには、様々な判断の根拠を示し、比較検討する必要が ある。その場合、主人公の言動に対して、判断の根拠や道徳的な正しさについて考えるなど、物事を一面 的に捉えるのではなく、広い視野から物事を多面的・多角的に考え判断することが大切だと考える。児童 にそのような力を身に付けさせるためには、例えば、発達の段階に応じて二つの概念が互いに矛盾、対立 しているという二項目の物事を取り扱うなどの指導の工夫が必要だと考えた。 また、すべての児童にとってわかりやすく理解しやすい授業づくりを意識し、興味関心をいだかせる教 材、視聴覚機器を活用した資料提示、モラルディスカッションの方法などを、ユニバーサルデザインの視 点から授業構築を行うことで、児童が一つの視点だけでなく、自分と異なる視点を自分の内面に持つこと によって多面的・多角的な考えを身に付けられるような授業展開が図れるのではないかと考えた。さらに、 質の高い多様な指導方法として①読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習②教師の問いかけ等に よる問題解決的な学習③モラルディスカッションによる道徳的行為に関する体験的な学習と評価(道徳性 発達段階での見取り)も行えることから、モラルジレンマ教材が有効な手法として考え、本テーマを設定 した。 〈研究仮説〉 内容項目の「B.主として人との関わりに関すること」の(6)「相手のことを思いやり進んで親切にす る」において、モラルジレンマ教材を活用し、すべての児童にわかりやすい理解しやすい授業を行う中で、 児童が多面的・多角的に議論することによって、道徳的判断力が育成されるであろう。 沖縄県立総合教育センター 後期長期研修員 第 61 集 研究集録 2017 年 3月

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〈道徳〉

道徳的判断力を育成する授業の工夫 -モラルジレンマ教材の活用を通して(第4学年)-

八重瀬町立白川小学校教諭 佐久本 香 織

Ⅰ テーマ設定の理由

近年において、グローバル化や情報通信の進展、少子高齢化の進行など社会は激しく変化している。そ

れに伴い、児童を取り巻く環境は、人間関係の希薄化、規範意識の低下、いじめなどの問題が生じ大きな

社会問題となっている。また、道徳教育の在り方に関する懇談会において、学校での道徳の時間が、他の

教科に比べて軽視されがち、読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導、発達段階などを十

分に踏まえず、児童生徒にわかりきったことを言わせたり書かせたりする授業が行われているなどの課題

があるとされ、「読む道徳」から「考え・議論する道徳」の授業へと更なる転換が求められた。

中央教育審議会教育課程企画特別部会においては、「生きる力」となる「確かな学力」「健やかな体」「豊

かな心」をそれぞれ単独で捉えるのではなく、「何を理解しているか、何ができるか(知識・技能)」「理解

していること・できることをどう使うか(思考力・判断力・表現力等)」「どのように社会・世界と関わり、

よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性等)」といった三つの柱で統合的に捉えるとし、これから

の時代を生きる児童生徒に育成すべきこれらの資質・能力を確実に身に付けることができるようにするこ

とが求められている。

このような状況を踏まえ、平成 27年3月に、これまでの「道徳の時間」を「特別の教科道徳」として新

たに位置づけ、学習指導要領の一部を改正し小学校では平成 30年度より教科化されることとなった。

学習指導要領解説総則編では、道徳科の目標が最終的には、道徳的行為を主体的に実践するために必要

な資質・能力である道徳性を養うという基本的な考えは変わらないが、道徳科の目標は、よりよく生きる

ための基盤となる道徳性を養うための学習活動をさらに具現化する観点から、「物事を多面的・多角的に考

え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育成」

するとし、質の高い多様な指導法の工夫・改善が求められている。

これまでの自身の実践を振り返ってみると、児童に場面をイメージ化させたり、他者の立場に立って考

えさせたり、自分事として捉えさせたりすることが不十分であった。また、話合い活動がうまくいかず、

授業内容が深まらないこともあった。さらに、自分の考えや気持ちを文字にして表現すること、言葉にし

て相手に伝えることが苦手な児童もおり、手立てが十分にできなかった。

道徳性の基盤となる道徳的判断力を育成するためには、様々な判断の根拠を示し、比較検討する必要が

ある。その場合、主人公の言動に対して、判断の根拠や道徳的な正しさについて考えるなど、物事を一面

的に捉えるのではなく、広い視野から物事を多面的・多角的に考え判断することが大切だと考える。児童

にそのような力を身に付けさせるためには、例えば、発達の段階に応じて二つの概念が互いに矛盾、対立

しているという二項目の物事を取り扱うなどの指導の工夫が必要だと考えた。

また、すべての児童にとってわかりやすく理解しやすい授業づくりを意識し、興味関心をいだかせる教

材、視聴覚機器を活用した資料提示、モラルディスカッションの方法などを、ユニバーサルデザインの視

点から授業構築を行うことで、児童が一つの視点だけでなく、自分と異なる視点を自分の内面に持つこと

によって多面的・多角的な考えを身に付けられるような授業展開が図れるのではないかと考えた。さらに、

質の高い多様な指導方法として①読み物教材の登場人物への自我関与が中心の学習②教師の問いかけ等に

よる問題解決的な学習③モラルディスカッションによる道徳的行為に関する体験的な学習と評価(道徳性

発達段階での見取り)も行えることから、モラルジレンマ教材が有効な手法として考え、本テーマを設定

した。

〈研究仮説〉

内容項目の「B.主として人との関わりに関すること」の(6)「相手のことを思いやり進んで親切にす

る」において、モラルジレンマ教材を活用し、すべての児童にわかりやすい理解しやすい授業を行う中で、

児童が多面的・多角的に議論することによって、道徳的判断力が育成されるであろう。

沖縄県立総合教育センター 後期長期研修員 第 61集 研究集録 2017年 3月

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Ⅱ 研究内容 1 道徳的判断力の育成

(1) 道徳的判断力

学習指導要領解説「特別の教科 道徳編」では、「道徳的判断力は、それぞれの場面において善悪

を判断する能力である。つまり、人間として生きるために道徳的価値が大切なことを理解し、様々

な状況下において人間としてどのように対処することが望まれるかを判断する力である。的確な道

徳的判断力をもつことによって、それぞれの場面において機に応じた道徳的行為が可能になる」と

ある。「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」においても、「身近な社会的課題を自分との関係にお

いて考え、その解決に向けて取り組もうとする意欲や態度を育てるように努めること」と記載され、

問題解決的な学習など、答えが一つでない課題に向かって議論を重ねるような授業が望まれている。

(2) 道徳的判断力を育成する授業

遠藤修(2016)は、道徳的判断力を育成する授業について、「道徳的に正しいと思われる行為や

言動を選択できる力を身に付けるために行われる授業である」「道徳的判断力を身に付けるためには、

様々な判断の根拠を示し、比較検討する必要があり、主人公の言動に対して、そのような判断をし

た根拠は何か」「その根拠は道徳的に正しいのかを考える授業になる」と述べている。

本研究では、道徳的判断力を「善悪を判断する能力」であると捉え、道徳的判断力を育成するた

めに、道徳的な問題場面(オープンエンドのモラルジレンマ資料・物語など)を設定し、「主人公はど

うすべきか」を問うことで、児童が、道徳的にどうすることが正しいと考えているかを授業で見取

るように試みた。

2 モラルジレンマ

(1) モラルジレンマと学習指導要領との関わり

学習指導要領解説、第3 指導計画の作成と内容の取扱いの2の指導上の配慮事項に、「(4)児

童が多様な感じ方や考え方に接する中で、考えを深め、判断し、表現する力を育むことができるよ

う、自分の考えを基に話し合ったり書いたりするなどの言語活動を充実すること」や3の教材につ

いての留意事項(2)のイに、「悩みや葛藤等の心の揺れ、児童が深く考えることができ、人間とし

てよりよく生きる喜びや勇気を与えられるものであること」とある。

また、今回の改訂によって、道徳の目標の「心情、判断力、実践意欲と態度」の部分が「判断力、

心情、実践意欲と態度」と変わったことから、「判断力」が重視されていると考える。

(2) モラルジレンマとは

荒木紀幸(2005)は、コールバーグ理論を取り入れたモラルジレンマ授業を、認知発達段階理論

に立つ授業、内発的に動機づけられた授業としている。

モラルジレンマ(道徳的な価値葛藤)は、集団討議(話し合い)によって解決に導く過程(オープン

エンド)を通して、子どもたちの道徳的判断力が育成され、道徳性をより高い段階に発達させるこ

とをねらいとした道徳的問題解決学習であることから、多面的・多角的に考え議論することや皆が

納得するよりよい「納得解」を再構築する経験を重ねる事ができると考える。

子どもがモラルジレンマに遭遇すると、不調和や矛盾を感じ始め、その状況を正しく調整するた

めに、自分の考えを変えたり調整したりする動機が生まれる。また、自分の道徳的な見方よりも上

位の道徳的思考に出会うと、自分の概念を調節するよう動機付けられ、結果として道徳性の発達レ

ベルが上がる可能性もあり、個々の子どもの道徳的な思考を刺激して発達を促すためにも、別の視

点から考えさせたり、他者の持つ多様な考えや判断の根拠や意見、見方に触れさせたりすることが

大切である。

このようなことを踏まえて考えられたのが、モラルジレンマ授業である。以上のような過程を通

して、子ども一人一人の道徳的判断力を育成し、道徳性発達段階をより高めることができるという

点からも、モラルジレンマは道徳的判断力の育成に有効性があると考える。

3 モラルディスカッションと「多面的・多角的に考え議論する」との関連性

(1) モラルディスカッション

モラルディスカッションの目的は、児童が自己の判断をただ主張することではない。また、ディ

ベートのように相手を打ち負かすことや学級内で合意を形成することでもなく、児童を他の子ども

たちの判断・理由づけに触れさせることで道徳的判断の構造の変容を促すこと(オープンエンド)で

ある。児童が多様な感じ方や考え方に接する中で、考えを深め、判断し、表現する力を育成するこ

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とや自分の考えを基に議論したり書いたりするなどの言語活動の充実にもつながる。

教室という限られた空間の中の授業で道徳的な判断力を養うためには、まず、児童が身近に感じ

られる教材や興味関心が持てる教材を選択すること。そして、教材の中の出来事や主人公の言動に

ついてしっかり把握し、問いに対して自分なりの考えを持ち議論を重ねる授業をつくる必要がある。

また、物事を一つの視点から捉えるのではなく、広い視野から多面的・多角的に考えて判断した

り、主人公の言動について様々な判断の根拠を示したり、道徳的に正しいかどうか比較検討をする

ことができる交流の場の設定が必要になる。その実践に、モラルディスカッションは有効な手法と

考える。

ディスカッションにおいては、まず、最初に「自己と他者の考え方の相互の批判・吟味(ディス

カッション1)」を行い、その後「自己と他者の考え方の相互の練り合わせ(ディスカッション2)」

を行う。その際、教師の役割として、児童生徒の意見表明、意見交流を促し、相互の意見の練り合

わせができるように発問を工夫をすることが大切となってくる。

本研究では、モラルディスカッションを通して、児童が多面的・多角的に考え議論することがで

きると考え実践を行う。

(2) 多面的・多角的に考え議論する

西野真由美(2015)によると、学習活動としての「多面的・多角的思考」とは、目標に到達する

手段・道具ではなく、学習活動の実現が目標に通じる4つのプロセスであり、価値の学習を道徳性

へつなぐ道徳的実践であるとしており、多面的・多角的思考を育成するためには、下記の教育方法

(学び)の質的転換が必要であるとしている。

① 「人はいかに学ぶか」という観点の元、授業設計を行う。(学び手にとって切実な課題設定を行

う)環境との相互交渉(文脈)の中で、既有の経験を生かしつつ、出会った問題(教材の内容)

に対処しようとする問題解決的な学習モデルを取り入れる。

② 問題解決学習の捉え直しを行う。(多様な意見や考えを持つ他者と協働で問題を解決しようとす

る学習を取り入れ、問題解決だけではなく新たな価値や考えを発見・創造を狙って授業を行う)

③ 問題解決をしていく中で、共同での学び・問題解決の先に、新たな「問い」が生まれる螺旋(サ

イクル)型の問題解決プロセスを取り入れる。

④ コミュニケーション自体の道徳的価値を重視する。(新たな価値の発見・創造を目指して話合い

を行わせ、実践的な討議自体が道徳的価値を育成するようにする)と述べている。

永田繁雄(2016)によると「多面的・多角的」をあえて区別すると以下のように、「多面的」と

は、外側からある立体をさまざまな側面からみるイメージとし、多様な考えの違いが大事にされる

認めあい、分かち合う話合いと捉える。「多角的」とは内側からある起点に自分が立ち、多様な角度

に視点を巡らせるイメージとし、自分の気持ちや考えを明確にしていくための磨き合い、議論する

話合いと捉えると述べている。

本研究では、このような定義を踏まえ、モラルジレンマの授業では、モラルディスカッション(話

合い)の中で、子どもたちが、一つの面だけではなく物事の違う面に注目したり、別の角度から見

直したりした上で、判断することから、「物事を広い視野から多面的・多角的に考え議論する」こと

になると捉え、授業を実践する。

4 コールバーグの発達理論(道徳性発達段階)による評価

コールバーグ(1971)によると、道徳性の発達は道徳的判断や道徳的思考を基調とした発達であり、

意志や感情は、成熟した道徳的判断、推論によって道徳的に方向付けられると主張している。

そして、道徳性の発達は、3水準 6段階(表 1)のように分けられるとし、小学生から中学生にかけ

てみられる道徳性の発展的な特徴は、段階 1~段階 4であるといわれている。

多角的とは 主に一つのことがらに ついて、自己の考えの 主張や生き方の選択肢 などを他者と切磋琢磨 し合い、一層明確にす ること

多面的とは 主に一つのことがらに ついて、見る側面を変 えたり多くのの見方を 生かしたりして、比べ 深めること。

図1 多面的思考 永田

図2 多角的思考 永田

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発達とは、順序性や連続性に従って起こる一定の規則に基づく連続的な変化であり、いくつかのま

とまりのある発達段階に分類することができる。

このようなことから、道徳性発達段階表を

活用することで、児童の道徳的判断力の変容

を見取ることができるのではないかと考える。

本研究では、コールバーグの道徳性発達段

階表を基にし、児童が第一次で判断した考え

が、他者と関わり、多様な考えに触れること

で、考えを再構築し、第二次の判断では発達

段階がより高い段階になることで道徳的判力

が育成されたと捉えることとする。

5 「すべての児童にとってわかりやすく理解

しやすい」工夫

文部科学省の調査から、通常の学級に在籍

する発達障害の可能性のある特別な教育的支

援を必要とする児童生徒がどの学級において

も一定数在籍していることがわかってきた。

また、学習上の困難さ、集中することや継続的に行動をコントロールすることの困難さ、他人と社

会的関係を形成することの困難さなど、状況ごとに、学習過程において想定される困難さに対する指

導上の工夫の必要性が高まってきている。

そのため、全員が参加し、活動できる授業を通し、すべての児童にとってわかりやすく理解しやす

いユニバーサルデザインの視点を意識した授業づくりを試みた。坂本哲彦(2014)によると、道徳の授

業のユニバーサルデザインの定義は、『学力の優劣や道徳的な見方・考え方の違い、発達障害の有無に

かかわらず、すべての子どもが、楽しく「考える・わかる」ように工夫・配慮された通常の学級にお

ける道徳授業のデザイン』と述べている。

本研究では、表2のような4つの視点を中心に取り組んだ。

(1) モラルジレンマを自分事と捉えさせる工夫

① ICTを活用した教材開発(写真1)

② 教材の開発

③ 道徳的葛藤をさせるための教師の発問の工夫

(2) モラルディスカッションのための工夫

① 多面的・多角的な思考を促す教師の発問の工夫

② 授業形態の工夫(個人、ペア、グループ、全体)

③ ぺープサートを用いた役割取得と「質問のしかた表」の

工夫(写真2)

④ ワークシートの工夫

(3) 思考・判断・表現を行わせる板書と発表方法の工夫

① 心のものさしの工夫

② 理解しやすい板書の工夫(場面絵、登場人物絵)

③ ネームプレートを活用(児童全員の意思表示機会)

④ ホワイトボードを活用(グループでのよりよい納得解、

全体でのシェア、他のグループの意見を比較)。(写真3)

今回の研究では、導入時にICTを取り入れ、視覚的に授

業に興味・関心を持てるように試みた。

表 1 コールバーグによる道徳性発達段階

水準 発達段階 定 義 Ⅰ 前慣習的水 準 (道徳判断は自己中心的活動の反映である)

1 罰と権威 への服従

規則に違反しないことによって罰を避けようとする。他人の要求にはほとんど配慮しない。自己の興味本位。

2 快楽や 賞賛志向

自分の為に報酬を求めて行動する。他人の要求に配慮するが、抽象的な概念である。正誤に関しては関心がない。

Ⅱ 慣習的水準 (社会的賞賛と非難に関する期待によって統制された役割への同調としての道徳判断)

3 対人的同調

「よい子」であろうとする。モラル上の理想を実現しようとするのではなく、友人や両親、その他の大人やグループの慣行的役割に従い、それに自らを一致させて、「正しい」行動をする。

4 法と 社会秩序の維持志向

文化的存在として,社会において己が果たしている役割に従って生活し,その役割を定める慣行的ルール(法、秩序、社会規範)に従って、「正しい」行動をする。

Ⅲ 慣習以後の自律的,原則的水準 (慣習にとらわれた判断をこえて自律的に判断する)

5 社会契約 志向

然るべき手続きや協定によって確立した合意に則って「正しい」行動を行う。人々は価値の相対性を認識し異なる見解を受け入れる。

6 普遍的な倫理原理志向

正義・正誤についてのユニバ-サルな抽象的な原則に従って行動する。人々は、理性・良心・モラル規則に則って、行動する。

表2 ユニバーサルデザインを意識した4つの視点

① 視聴覚機器を活用した導入。

② 個人、ペア、グループ、全体でのモラルディスカッションの工夫。

③ 写真や絵を活用した児童にわかりやすい板書の工夫。

④ ワークシートの工夫。

写真3 ネームプレート、

ホワイトボード活用

写真2 ぺープサート活用

写真1 ICT活用

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また、『「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について』(文科省 2016)にあげられる①読み

物教材の登場人物への自我関与が中心の学習②問題解決的な学習③道徳的行為に関する体験的な学

習をモラルジレンマ授業で行うことで、児童が多面的・多角的に物事を見ることができるであろう

と考える。

さらに、モラルディスカッションする中で多様な意見をもとに、よりよい判断を導き出すため考

え議論することから、道徳的判断力を育成すると共に、道徳科の目標である道徳性も養われると考

え本研究を進めていきたい。

Ⅲ 指導の実際 1 検証授業実施計画

主題名 内容項目 ねらい

実践1 【うばすて山】 オリエンテーション

規則尊重と 家族愛

○みんなで決めたことを最後までやり遂げる規則尊重とお年寄りに対する尊敬の念。家族に対する愛情について考えることができる。

実践2 【太郎にぃにぃ、とって】

一部自作資料 規則尊重と 思いやり・親切

○みんなで決めたことや約束を守る規則尊重。相手のことを思いやり、優しい気持ちで行動することを考えることができる。

実践3 【心と心のあくしゅ】副読本 思いやり・親切 ○親切とは、相手のことを理解し、相手のためになる行為であることを知る。

実践4 【ぼくは伴走者】ジレンマ資料 思いやり・親切 ○親切とは、相手のことを理解し、相手のためになる行為であることを知る。

実践5 検証1

【私のかわいいピーちゃん】 1 回目 自作資料

生命尊重と 思いやり・親切

○自分で決めたことをやり遂げる強い意志や生き物の命を大切にする思い。周りの人たちの立場や気持ちになって行動する思いやりについて考えることができる。

実践6 【私のかわいいピーちゃん】

2 回目 自作資料 生命尊重と 思いやり・親切

○自分で決めたことをやり遂げる強い意志や生き物の命を大切にする思い。周りの人たちの立場や気持ちになって行動する思いやりについて考えることができる。

実践7 【花ばちプレゼント】 1 回目 一部自作資料

規則尊重と 思いやり・親切

○みんなで決めたことを最後までやり遂げる規則尊重。お年寄りの立場に立って考える思いやりの心や相手の立場に立って行動する優しさについて考えることができる。

実践8 検証2

【花ばちプレゼント】 2 回目 一部自作資料

規則尊重と 思いやり・親切

○みんなで決めたことを最後までやり遂げる規則尊重とお年寄りの立場に立って考える思いやりの心や相手の立場に立って行動する優しさについて考えることができる。

(1) 検証授業1

① 主題名 「親切・思いやり」と「生命の尊さ」

【B-(6) 相手のことを思いやり、進んで親切にする】

【D-(18) 生命の尊さを知り、生命あるものを大切にする】

② 資料名 「わたしのかわいいピーちゃん」(自作資料)

③ 本時のねらい

・様々な立場に立って考える思いやりの心や相手の身になって行動する優しさ、生命の尊さにつ

いて考えることができる。

④ 本時の展開 ( 1/2 時間目)

時 間

学習活動 ○教師の主な発問・子どもの予想される反応 指導上の留意点 [手立て]

導入 5分

1 「親切・思いやり」、「生命の尊重」について考えよう

・思いやり・親切とは、相手が困っていたり、弱い立場の人を助ける優しい行動。命はかけがえのもの。かわりはない。を押さえる。

○「親切・思いやり」ってどんなこと?「命」ってどんなものでしょう?(ペット) ・消しゴムを落としたときに拾ってくれた。 ・困っているとき、声をかけてくれた ・一つしかないかけがえのないもの ・お金ではかえないもの

2 ジレンマ授業の約束の確認

展 開 前 段 15 分

3 「わたしのかわいいピーちゃん」の紙芝居プレゼンテーションを見て、 内容を把握する。(登場人物、あらすじ)

・簡単なあらすじや登場人物をつかむことができるようにする。

・どの児童にもわかりやすいように、挿絵や矢印を活用し、物語の内容や登場人物の心情を視覚化する。

○わたしは、どんな気持ちでピーちゃんを育てていますか? ・絶対最後まで育てるぞ

・はやく大きくなれ ○お母さんはピーちゃんを育てると言ったわたしのことをどう思っていたでしょう?

・育てられるわけないでしょ。 ○ピーちゃんが小さい時、周りの人は、どう思っていたのかな?

・かわいいね。 ちゃんと 言うこと聞くんだね。

展 開 前 段 15 分

○わたしとピーちゃんはどんな関係ですか? ・ピーちゃんと私は大の仲

良しであることを押さえる。

・わたしに役割取得(自我関与)させることでピーちゃんへの思いを明確にする。

・大のなかよし。 ・いつも一緒の家族 ○ピーちゃんは、わたしのことをどう思っているでしょう? ・いつもお世話してくれる。優しい人。一番の友達 ○ピーちゃんが大きくなった時、ピーちゃんに対するわたしの気持ちに変化はありまし

たか?

4 わたしは、どのような場面で何を悩んでいるのかとらえる。

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(2) 検証授業2

① 本時の展開(2/2 時間目)

わたしのかわいいピーちゃんが、周りの人に迷惑をかけてしまっているため、お母さんに、すててきてほしいと言われた。わたしは、ピーちゃんをどうするべきか迷っている。 「育てるべき」 「育てるべきでない」どうしたらいいのか? 迷っている。

・2つのうちどちらにするべきか迷っていることを捉えさせる。

A:ピーちゃんを育てるべき B:ピーちゃんを育てるべきでない

展 開 後 段 15 分

5 「わたし」に対する様々な周りの人の心の動きについて話合おう。

・意見や考えを話しやすい雰囲気にする。ペアからスタートする。

・質問例をもとに友達に質問してみよう。

・周り人の思いに役割取得(自我関与)させることで内省・自分の考えや行動を客観視できるようにする(メタ認知)。

・全体で確認する。

○お母さんは、わたしがどちらかを選んだとき、どう思うでしょう? A育 て る べ き:ひどい。これ以上はがまんできない。いいかげんにしろ。 B育てるべきでない:よかった。ゆっくり寝られる。近所の人とうまくいく。

○周りの人は、わたしがどちらかを選んだとき、どう思うでしょう? A育 て る べ き:ひどい。これ以上はがまんできない。いかげんにしろ。 B育てるべきでない:よかった。ゆっくり寝られる。安心だ 。

○ピーちゃんは、わたしがどちらかを選んだとき、どう思う?

A育 て る べ き:うれしいな。一緒にいられる。幸せ。楽しいな。 B育てるべきでない:ひどい。友達だと思っていたのに。大嫌い。

終 末 10分

6 一回目の判断をする。ワークシートに判断理由を考えて書く。 友だちと相談せず、自分でよく考えて判断しよう。 どちらを選んでもかまいませんが、選んだ理由が大切です。選んだ理由が相手にも伝わるようにしっかり書いて考えよう。

・自分で判断し、理由も必

ず書いて、自分の考えをまとめる。

・ワークシートに記入した後、2つのうち1つにネームプレートを貼り、自分の考えと全体の考えを視覚化する。

○わたしは、かわいいピーちゃんを「育てるべき」「育てるべきでない」 どうしたらいいでしよう?

「育てるべき」「育てるべきでない」二つのうち一つにネームプレートをはり、自分の考えと全体の考えを視覚化する。

時間

学習活動 ○教師の主な発問・子どもの予想される反応 指導上の留意点 [手立て]

導入 5分

1 前時に学習した「ピーちゃん」の内容を思い出してみましょう。 2 主人公の葛藤状況を再把握し、ワークシートに記入する。

・道徳的価値について確認

する。(親切・思いやり、生命の尊さ)

・わたしの葛藤状況を明確につかませる。

○「わたし」は、何を迷っているのですか? A:育てるべき。 B:育てるべきでない。

○あなたは、第1時間目に、ピーちゃんをどうすると決めたか?書いてください。

展開 前段 10 分

3 「わたし」の行動に対して、周りの人の気持ちはどうなるか。もう一度考えてみましょう。

・それぞれの役割の立場を

考えながら前時の意見を確認する。

・道徳的価値について確認する。(親切・思いやり、生命の尊重)

・自分の言動で周りの人がどのように自分の事を思うか考える。(メタ認知)

○「育てるべきでない」時、お母さんや周りの人はどういう気持ちになるでしょう? (親切・思いやり)

・これで、静かになる。 ・臭くなくてよい。 ・文句を言われない。 ・楽になった ・静かになる。 ・ゆっくり寝れる。 ・安心して過ごせる。

○「育てるべきでない」時、ピーちゃんは、自分のことをどう思うでしょう? (親切・思いやり)

・最後まで飼うって言った。 ・すてないでほしい。 ・何ですてるの。 ・ともだちとはなれたくない。

○「育てるべき」時、お母さんや周りの人はどんな気持ちになるでしょう? (生命の尊さ)

・いやだ。 ・また、文句言われるの。 ・いいかげんにしろ。 ・超 迷惑。 ・何とかすてさせよう。 ・文句を言いに行こう。

○「育てるべき」時、ピーちゃんはどんな気持ちになるでしょう? (生命の尊さ)

・ありがとう。 ・ずっと、一緒だね。 ・また、遊ぼう。 ・悪いことしてないから。 ・もっと暴れるぞ。

展開 後段 20 分

4 自分の第一次判断とその理由をもとにグループで考えてみよう。 グループのみんなの考えを聞いて、よりよい方法を考えよう。

・自分の第一次判断とその

理由をもとに役割取得をする。

・自分なりの考えを持ち、友達の意見を聞きながら、道徳的価値の理解を深めることができるようにする。

・多様な考えを持つ他者との関わりの中で、自分の考えを再構築する(発達段階を高められるようにする)

・「質問のしかた表」参考。

○ピーちゃんを 育てるべきか。 育てるべきでないか。 「わたし」はどうするべきですか?どうすることが いいのでしょうか?

(役割取得 10分程度)

・前の時間のワークシートを見ながら、第一次判断を理由もつけて発表する。他の登場人物の気持ちになりきって話す(ペープサート活用)。

・「なるほど・なっとく」と思った所は、きちんとメモする。意見があればきちんと言い、なんで?と思うところがあれば質問もする(質問のしかた表参考)。

・グループでの中で「いいね。納得」と思った意見をまとめ、ボードに書いて発表する。 (10分程度)

展開 後段 5 分

5 グループで話し合ったことをもとに クラスみんなで考えよう。

・多様な考えを持つ他者(他のグループ)との関わりの中で、自分の考えを再構築する。

・クラス皆が「いいねと納得する」納得解の構築。

(5分程度発表)

○親切・思いやりの立場からよりよい方法は? ○生命の尊さの立場からよりよい方法は? ○両方にとってよりよい方法はないでしょうか?

・両方にとってよりよい方法を考える。 ・他のグループの考えをシェアする。

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2 研究仮説の検証 本研究では、内容項目の「B.主として人と

の関わりに関すること」の「(6)相手のこと

を思いやり進んで親切にする」において、モ

ラルジレンマ教材を活用し、すべての児童に

わかりやすく理解しやすい授業を行う中で、

児童が多面的・多角的に議論することにより、

道徳的判断力が育成されるであろうとの仮説

のもと研究を進めてきた。

研究仮説の検証として、以下の 3つのこと

を中心に再検討した。

(1) 児童の興味関心を引きつけ、意欲を持た

せられたか

今回の研究では、文字を読むことや内容

の読み取りが苦手な児童に興味関心を持た

せ、教材の内容を、主人公の感じ方や考え

方に共感(自我関与、役割取得)させるため

の工夫として①視聴覚教材を活用しながら

資料を紙芝居的に展開する(写真4)。②内

容の全体を把握させるための板書の工夫と

して、挿絵や場面絵の活用や登場人物の心

情をしめす矢印の活用を行った(写真5)。

その結果、道徳の学習に関するアンケー

トで、「道徳の時間は大切だと思いますか」

との問いに対して、「そう思う」「どちらか

といえばそう思う」と答えた児童が 100%と

なったことから、意欲を持たせ興味関心を

引きつけることができたと考える。

また、「物語の主人公の気持ちや言動を自

分事として考えることができましたか」(図

3)「物語に登場する様々な人物の気持ちを

考えることができましたか」(図4)の問い

に対して「そう思う」「どちらかといえばそ

う思う」と答えた児童が 100%となった。

よって、児童は自分の考えを持ち、登場

人物に自我関与しながらどのように行動す

ればよいか自分の考えを持って判断するこ

とができたと考える。

このような授業の工夫改善を行うことで、

文章の読み取りに対して苦手意識のある児

童が、興味関心を持ち物語の世界へ引き込

まれ、主人公の葛藤の立場に立つための有

効な手立てができたと考

える。

終末 5 分

6 ワークシートに第二次判断(最終決定)その理由付けを考え記入する。

今度は友達と相談せず、自分でよく考えて判断してください。どちらを選んでもかまいませんが、選んだ理由が大切です。選んだ理由が相手にも伝わるようにしっかり考えて書いてください。途中で判断が変わってもかまいません。(再度、自分で考える)

・再度、自分事として考え、自分が判断した理由を必ず加えて、ワークシートにまとめる。

・自分の第二次判断をネームプレートを貼ることで意思表示する。

○「わたし」はどうするべきですか?ピーちゃんを 育てるべきか。 育てるべきでないか。どうすることがよりよい判断でしょうか?

7 第二次判断(最終判断)をし、黒板へネームプレートを貼る。

写真4 ICTを活用した導入

図3 アンケート1

図4 アンケート2

写真5 矢印や挿絵を活用した板書の工夫

図6 意見を記述するワークシート

図7 判断理由ワークシートとネームプレートで意思表示

図8 アンケート4

図9 アンケート5

図 10 アンケート6

図5 ペープサートを活用したディスカッション

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また、児童が物語の内容を理解し、登場人物の言動を自分事として捉えやすくなった結果、全員

が登場人物の立場や葛藤を理解し、自分なりの一次判断とその理由付けをすることができたと考え

る。

さらに、板書を見ることで自分と他者との違いに気づき、考えを深める手立てになったと考える。

(2) モラルディスカッションにおいて、児童が多面的・多角的に考え議論できたか

今回の研究では、モラルディスカッションを活発に行い、多面的・多角的な思考を促すことがで

きるように、最初に第一次判断とその理由を発表させ児童の様子を観察した。

その上で、自我関与しにくい児童の手立てとして、ぺープサートを活用し登場人物の立場からの

意見を言いやすくする工夫を行った(図5)。

また、個人・ペア・グループ・全体へと話合いを広げるための工夫として、「質問のしかた表」

の作成や様々な人物の立場に立った時、主人公の判断に対してどう思うか等が考えやすいワークシ

ートの工夫をした。

そして、記述をもとに主人公の葛藤に対して様々な見方や考え方、発言を促し、多面的・多角的

な思考がしやすいよう工夫・改善を行った(図6)。

モラルディスカッションの際に、児童の発言や話し合いの様 子の観察を行いな

がら、例えば、立場を変える発問(「あなたが○○の立場だったらどう思うか?」)や結果を考えさ

せる発問(「もし、そうすると、主人公はどうなるだろう」)、理由を問う発問(「なぜ、そう思った

のか?」)等、児童に、一段階上の道徳的発達段階の理由付けになるような発問を行った。

その結果、児童は、自分の考えをしっかりと持ち、話合いに臨むことができたと共に、多様な考

えと自分の考えを比較し、より良い判断へと再構築する手立てになったのではないかと考える(図

7)。

アンケート結果を授業前後と比較して考察を行ったところ、「ペア・グループの中で自分の気持

ちや思いを相手に説明することができましたか」(図8)の問いに対しては、16.4 ポイント上昇し

93.1%となった。さらに、「友達の考えや意見を聞きながら、自分はどうするか考えたりすることが

できましたか」(図9)の問いに対し、9.8ポイント上昇し、93.1%となった。また「自分の気持ちや

考えを書くことができましたか」(図 10)の問いに対し、20ポイント上昇し、100%となった。

授業後の児童の感想(表3)をから、モラルディスカッションにおいて、話合いの手順の改善、

自我関与(役割取得)をさせる話合い活動の工夫等により、自分の気持ちや意見をペア・グループで

発表しやすくなり、他者の意見から自分の考えを改善することができたと考える。

このようなことから、ほとんどの児童がワークシート等を活用して、活発に議論を行い、その結

果として後述するように、多くの児童で道徳性発達段階が上昇していたことから多面的・多角的な

思考が促されたと考える。

(3) 児童の道徳的判断力が育成されたか。

今回の研究では、コールバーグの道徳性発達段階表(表1)を基にし、新たに、本時の教材に合わ

せた価値分析表(表4)を作成して変容の見取りを行った。

また、ディスカッション前に行った第一次判断とディスカッション後に行った第二次判断の変容

表3 モラルディスカッションについての児童の感想

Aさん:周りの人達とお母さん、ピーちゃんの気持ちになったり、グループで話し合い、ホワイトボードに書くことが できて、最終判断も、しっかり書くことができました。思いやり、生命についても。

Bさん:命の大切さも分かったけど、自分の判断で命のことが決まるとわかって、命はとても大切だと分かりました。 Cさん:規則の事も分かったし、本当の思いやりについても分かり、私は、主人公になったつもりで考えられて、発表

することができました。 Dさん:最初は、育てるべきでしたが、人の意見を聞いて、育てるべきでないにかわりました。どちらの考えも大切だ

と思いました。

表5 児童の発達段階の変容

第 1次判断理由 段階 第 2次判断理由 段階

Aさん

(育てるべきでない)ピーちゃんが最初、赤ちゃんの時に病気でわたしにうつったら死んでしま

段階 0

(育てるべき) 母から受け継いだ大切な命なのに捨てたらバチがあたるからで

段階 1 罰回避

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の見取りを行った結果、(表5)、(図 11)、

(図 12)のように発達段階に変容が見られた。

(図 12)

を見ると、

モラルジ

レンマの

授業を重

ねるごと

に、学級全体の児童の道徳性発達段階が高い段階に移

行し、第一次判断より第二次判断時の方が高まってい

ることが伺える。

このことから、児童は、自分の考えをしっかり持ち、ペア・グループ・全体でのディスカッショ

ンの中で意見を表現したり、他者の様々な意見や考えに触れることで、よりよい解決方法を吟味し、

自分の判断をよりよい方向に再構

築できたと捉えることができる。

また、道徳の学習に関するアン

ケートから、「道徳の時間に学んだ

ことを毎日の生活の行動につなげ

ることができますか」(図 13)の問

いに対して、授業前と比べ、18.9

ポイント上昇し 82.2%とな

なった。

そして、「正しい事とわかって

いることを、実際の行動にうつす

ことができますか」(図 14)の問い

では、授業前と比べて 33.6ポイント上昇し 53.6%となった。

授業後の感想(表6)を見ると、授業を通じて学んだことを実際に行動にうつしていこうとする児

童の意欲が伺える。

このような結果より、道徳的実践意欲や態度が大幅に改善されたことから、導入や話合い活動の

方法の工夫改善により、児童が道徳的葛藤を多面的・多角的に考えることができたと捉えることが

できるであろう。

うかもしれない。 す。

Bさん

(育てるべき) たぶんお金で買ったかもしれないからお金を大切に使うから。

段階 0

(育てるべき) 最後まで飼う覚悟だったからです

段階 2 利己 主義

Cさん

(育てるべき) 周りの人が引っ越すだけでいいし、外に出さなければいい。

段階 0 自己 欲求

(育てるべき) 母からもらった大切な命なのにすてたらもったいないからです。

段階 2 欲求 充足

Eさん

(育てるべき) すてたらピーちゃんが悲しむし、最後まで育てるって決めたから。そしてピーちゃんを外に出さないようにする。

段階 2 利己 主義

(育てるべき) ピーちゃんを捨てたらピーちゃんがかわいそうだし、命と親切では、命の方が大切だからです

段階 3 利他 主義

表4 わたしのかわいいピーちゃん 価値分析表 (児童の道徳性の実態)

育てるべきでない 育てるべき

段階 0 自己欲求希求思考(願いかなう=善い行い)

・騒ぎを起こしているから ・世話をしているから

・一緒に遊びたいから ・思い出があるから ・かわいいから

段階 1 罰回避と従順思考(他律的)

・お母さんに怒られるから ・近所の人に怒られるから ・お母さんが言ったから

・とても大切なペットだから ・ピーちゃんがおこるから

段階 2 道具的互恵主義思考(欲求充足) ・隠して飼い続ける ・私も世話が大変だから

・捨てたら食べられてしまう ・これからきちんとしつける

段階 3 よい子思考(良い関係)

・誰も困らせたくないから ・近所の人やお母さんに迷惑だから

・ピーちゃんがかわいそうだから

・飼ってくれそうな友達を探す

・動物園や学校に持って行く 段階 4 法と秩序の維持思考(法律主義)

・近所の人たちとはこれからもつきあっていくから、ルール・マナーを守ることは大切

・自然に動物を捨てると罰せられる。

・動物保護施設に持っていく

達段階 の変化

にぃにぃ とって

ぼくは 伴走者

かわいい ピーちゃん

花ばち プレゼント

上昇 13 17 14 8

同じ 14 12 13 19

下降 1 1 2 1

図 11 発達段階の変化人数(人)

図 12 道徳性発達段階表をもとにした児童の変容

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Ⅳ 成果と課題 1 成果 (1) 導入の工夫をすることで、児童に興味関心を持たせ、物語の世界へ引き込ませ、主人公の葛藤の

立場に立たせることができた。

(2) モラルディスカッションにおいて、話合いの手順の改善、自我関与(役割取得)をさせる話合い活

動の工夫等により、自分の気持ちや意見をペアやグループ、全体で発表・共有しやすくなり、他者

の意見から自分の考えを再構築することができた。

(3) 板書やワークシートを工夫改善し、自分の意見や他者の視点を「見える化」することにより、葛

藤を多面的・多角的にとらえることができ、より高い発達段階に移行した児童が多くなった。

(4) 道徳性発達段階が全体的に上昇をしたことから、道徳的判断力が育成されると共に、道徳的実践

意欲や態度が高まってきた。

2 課題

(1) 道徳性発達段階表をもとに、児童の変容をより客観的に判断できる方法のさらなる工夫改善に取

り組む必要がある。

(2) 児童相互の話合い活動がよりよくできる方法と工夫改善に取り組む必要がある。

(3) 児童に揺さぶりをかける教師の発問の工夫改善に取り組む必要がある。

〈参考文献〉

道徳教育 2016 1月号 『特集 道徳的判断力が向上!特選資料ガイド』 明治図書

道徳教育 2016 10月号 『特集 新内容項目の教材&授業展開パーフェクトガイド』 明治図書

荒木紀幸編著 2015 『考える道徳を創る 「わたしたちの道徳」教材別ワークシート集 3・4年編』 明治図書

道徳教育 2015 11月号 『特集 道徳教育のセオリーを検証する』 明治図書

坂本哲彦 2014 道徳授業のユニバーサルデザイン 全員が楽しく「考える・わかる」道徳授業づくり 東洋館出版社

荒木紀幸著 2007 『21世紀型授業作り 124 モラルジレンマで道徳の授業を変える』 明治図書

荒木紀幸編著 2005 『モラルジレンマ資料と授業展開 小学校編 第2集』 明治図書

〈参考URL〉

文部科学省 2015 『小学校学習指導要領解説 特別の教科道徳編』最終閲覧 2016年2月3日

文部科学省 2014 『道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(第 2回) 配付資料 「多面的・多角的思考

力を育成する道徳授業」』最終閲覧 2016年2月3日

文部科学省 2016 『「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)』

表6 道徳の授業後の感想

A さん:自分がもし、そうなった時には、その人の気持ちを考えてやりたいと思います。

B さん:モラルジレンマの授業をして、相手の気持ちを考えて行動を行えるようになりました。

C さん:普段の生活でも今までの授業を生かしていきたいです。

D さん:道徳の勉強をしたら、弱い立場の人を助ける優しい行動ということが分かりました。

F さん:道徳の授業で分かったことは、最初は自分は最低だと思ったけど、最後らへんになると、自分

は自分を認めてきました。

図 13 アンケート7 図 14 アンケート8

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〈http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/111/houkoku/1375479.htm〉最終閲覧 2016年2月3日

文部科学省 2016 『教育課程部会 考える道徳への転換に向けたワーキンググループ(第 1回) 配付資料』

〈http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/078/siryo/1375323.htm〉最終閲覧 2016年2月3日

モラルディスカッションのねらいである一段階上の道徳的理由付けに上昇させるための工夫として、教師の発問は大切にな

る。いろいろな段階にいる子どもに対して、各々が次の段階へ上昇するのを援助する発問として、子ども達の思考が促され

るように、授業中、机間指導や児童の様子を観察しながら、実態を把握し、子ども達の発達段階に応じた一つ上の発問がで

きるように試みた。

①立場を変える発問として例えば、「あなたが○○の立場だったらどう思うか?」また、

②理由を問う発問として、「なぜ、そう思ったのか?」などの発問を、ペア・グループ、全体でディスカッションする場面

において行った。

③定義についての発問では、例えば、「○○とは、どういう意味?本当の○○って何だろう?」

④未来を考える発問として、「もしあなたがそうすれば、その後、どうなるだろう。」

⑤理解を確認する発問として、「○○が言ったことを、あなたの言葉で言ってごらん」

⑥議論に参加させる発問として、「○○さんが言ったことに対して、あなたはどう思う?」

教え込みにならない発問を意識し

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児童は、多様な判断をする他者のある判断理由が妥当か適切であるかを判断する事ができるようになると考える。