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2050 年ゼロエミッションの戦略と技術 脱炭素で先頭を走る欧州 2020年12月

脱炭素で先頭を走る欧州...量の削減目標を40%から60%へ引き上げる検討が進んでいる。 2 2030 年の目標のベースになる2020 年の目標に対しては、すでに目ざましい成果が上がってい

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2050 年ゼロエミッションの戦略と技術

脱炭素で先頭を走る欧州

2020年12月

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謝辞

本レポートの作成にあたり、数多くの企業・団体にご協力いただいたことを感謝いたします。

エネルギー投資に関する経済データの分野で世界的に権威のある Bloomberg NEF から、データの

利用を許可していただきました。

執筆担当者

ロマン・ジスラー 自然エネルギー財団 上級研究員

石田雅也 同 シニアマネージャー

英語版

The Quest to Decarbonize Europe

2020 Strategies towards 2050

Copyright © 2020 Renewable Energy Institute

免責事項

本レポートに記載した情報は執筆時点で入手可能な内容に基づいていますが、その正確性に関し

て自然エネルギー財団が責任を負うものではありません。

公益財団法人 自然エネルギー財団とは

自然エネルギー財団は、東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故を受けて、孫正義(ソ

フトバンクグループ代表)を設立者・会長として 2011 年 8 月に設立されました。安心・安全で豊かな

社会の実現には、自然エネルギーの普及が不可欠であるという信念から、自然エネルギーを基盤

とした社会の構築することを目的として活動しています。

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目次

エグゼクティブ・サマリー ............................................................................................ 1

はじめに .................................................................................................................... 4

第 1 章: 2050 年カーボン・ニュートラル ...................................................................... 5

1. 長期ビジョン (2050 年) ....................................................................................... 6

2. 中間目標 (2030 年) .......................................................................................... 12

3. 進捗 (2018 年まで) ........................................................................................... 15

第 2 章: 主要 5 カ国の脱炭素戦略 .......................................................................... 20

1. 中長期の目標と進捗 ........................................................................................ 20

2. セクター別の自然エネルギー導入効果 ............................................................ 28

第 3 章: 主要技術の動向 ........................................................................................ 38

1. 洋上風力発電 .................................................................................................. 38

2. 電気自動車 ...................................................................................................... 43

3. グリーン水素 .................................................................................................... 49

おわりに .................................................................................................................. 55

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図の目次

図 1:欧州グリーンディールの概要 ....................................................................................................... 6

図 2:EU のエネルギー消費における構成比率 .................................................................................... 8

図 3:EU における電源構成の実績と予測 ........................................................................................... 9

図 4:EU におけるエネルギー・システムのコスト(シナリオ別) .......................................................... 11

図 5:EU の排出権価格(2008 年 4 月~2020 年 10 月) ................................................................... 13

図 6:EU の温室効果ガス排出量(1990~2018 年) ........................................................................... 16

図 7:EU における自然エネルギー の比率(2018 年、セクター別) ................................................... 16

図 8:世界の主要な国・地域に見るデカップリング(1990~2019 年) ................................................ 17

図 9:主要 5 カ国における温室効果ガス排出量の実績(1990~2018 年)と目標(2030 年) ........... 21

図 10:主要 5 カ国のエネルギー・セクターにおける温室効果ガス排出量(1990 年、2018 年) ...... 23

図 11:主要 5 カ国における温室効果ガス排出量の削減計画(2020~2030 年、分野別の比率) .. 23

図 12:主要 5 カ国における温室効果ガス排出量の削減計画(2020~2030 年、国別の比率) ...... 24

図 13:主要 5 カ国における自然エネルギーの比率(全セクター) .................................................... 25

図 14:主要 5 カ国のエネルギー消費量(1990~2018 年、2030 年目標) ........................................ 26

図 15:主要 5 カ国における自然エネルギー電力の比率と目標 ....................................................... 28

図 16:主要 5 カ国と日本の電源構成(1990 年、2019 年) ................................................................ 30

図 17:主要 5 カ国と日本の電源別の発電コスト(LCOE、2020 年上半期) ...................................... 31

図 18:主要 5 カ国の温冷熱の消費に占める自然エネルギーの比率 .............................................. 34

図 19:フランスとイタリアの自然エネルギーによる温冷熱消費の 2030 年目標 .............................. 35

図 20:主要 5 カ国における運輸セクターの自然エネルギーの比率 ................................................ 36

図 21:英国とドイツの洋上風力発電の導入量(2010~2019 年) ..................................................... 40

図 22:英国の洋上風力発電のプレミアム(インフレを考慮した 2019 年時点の価格) .................... 41

図 23:リチウムイオン蓄電池の価格低下(インフレを考慮した 2019 年時点の価格) ..................... 43

図 24:フランス、ドイツ、英国の電気自動車の保有台数(2010~2019 年) ...................................... 45

図 25:フランス、ドイツ、英国の公共充電器の設置台数(2012~2019 年) ...................................... 45

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表の目次

表 1:EU がタクソノミーで規定した持続可能な経済活動 ..................................................................... 7

表 2:EU の 2030 年の脱炭素目標 ..................................................................................................... 12

表 3:EU の 2020 年の主な脱炭素目標 .............................................................................................. 15

表 4:主要 5 カ国における脱炭素の中期・長期目標 ......................................................................... 20

表 5:主要 5 カ国のエネルギー・セクターにおける温室効果ガス排出量の内訳(2018 年) ............ 22

表 6:主要 5 カ国の石炭火力発電と原子力発電 ............................................................................... 29

表 7:主要 5 カ国と日本の太陽光・風力発電の導入量(2019 年実績、2030 年目標) .................... 32

表 8:フランス、ドイツ、英国の洋上風力入札計画 ............................................................................. 41

表 9:電気自動車のタイプと概要 ........................................................................................................ 43

表 10:主要 5 カ国における電気自動車の導入目標 ......................................................................... 44

表 11:主要 5 カ国の電気自動車に対する購入促進策 ..................................................................... 46

表 12:欧州の主要な自動車メーカーによる電気自動車の販売・開発計画 ..................................... 47

表 13:EU の水素推進に向けた重点領域と活動 ............................................................................... 52

表 14: 欧州の主なグリーン水素プロジェクト ...................................................................................... 53

コラムの目次

コラム 1:新型コロナウイルス(COVID-19)が電力セクターに与える影響 ………………………… 18

コラム 2:電気自動車の販売比率が 5 割を超えたノルウェー ………………………………………… 48

地図の目次

地図 1:欧州連合の加盟国と非加盟国 …………………………………………………………………5

地図 2:欧州の洋上風力発電の有望地域(2030 年末時点)…………………………………………38

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エグゼクティブ・サマリー

EU(欧州連合)および欧州の 5 つの経済大国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国)は共通

の目標として、2050 年にカーボン・ニュートラルの達成を目指している。

EU のレベルでは 2019 年 12 月に「欧州グリーンディール」(European Green Deal)を打ち出した。

前年の 2018 年 11 月に戦略的な長期ビジョンとして掲げた“繁栄ある、現代的で、競争力のある、

気候中立の経済”を実現するための中心的な政策である。

この 2050 年までのビジョンでは、電力セクターを中心にエネルギー効率化(energy efficiency)と

自然エネルギー(renewable energy)の 2 つが脱炭素の柱になる。加えて温冷熱セクターと運輸セク

ターの電化(electrification)も重要な役割を担う。

欧州のエネルギー消費量と燃料構成

Mtoe:100 万トン(石油換算)

出典:European Commission

EU の脱炭素戦略においては中間目標が設定されている。2030 年までに温室効果ガスの排出量

を 1990 年比で最低でも 40%削減する。そのためにエネルギー消費量全体(電力、温冷熱、運輸を

含む)に占める自然エネルギーの比率を 32%に、エネルギー効率を 32.5%向上させる。さらに排出

量の削減目標を 40%から 60%へ引き上げる検討が進んでいる。

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2030 年の目標のベースになる 2020 年の目標に対しては、すでに目ざましい成果が上がってい

る。2020 年の温室効果ガス排出量の削減目標 20%(1990 年比)に対して、2018 年の時点で目標

を上回る 23%を削減した。特に電力における自然エネルギーの比率が 32%に達した効果が大き

い。

2020 年に入ると、EU は新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大によって脱炭素の取り組み

が遅れることのないように決意を新たにした。それを象徴するものがグリーンリカバリー計画である。

2021 年から 2027 年の 7 年間に EU の予算として、約 2 兆ユーロ(約 250 兆円)にのぼる景気刺激

策を採択した。このうち 30%は気候変動対策に割り当てられて、EU の温室効果ガス排出削減目標

のために振り向けられる。

国ごとの状況を見ても同様である。欧州の 5 つの経済大国では、温室効果ガスの排出量削減、

自然エネルギーの導入拡大、エネルギー消費量の削減、それぞれの中間目標を掲げて対策を実

行中だ。特にコスト競争力の高い太陽光と風力の電力を主体に自然エネルギーの電力を拡大して

脱炭素を推進する。石炭火力は 5 カ国すべてでフェーズアウト(段階的廃止)が決まっていて、最も

早いフランスで2022年に、最も遅いドイツでも 2038年までにフェーズアウトを完了する予定である。

欧州の主要 5 カ国における自然エネルギー電力の比率

注:英国は 2030 年の目標を設定していない

出典:Eurostat、International Energy Agency、European Commission

温冷熱セクターにおいてはバイオエネルギーに加えて、電力を使って熱を供給するヒートポンプ

の利用拡大が重要な役割を果たす。化石燃料を使う既存の設備をヒートポンプに置き換えることに

よって脱炭素を促進する。産業分野、例えば鉄鋼や化学産業においては、自然エネルギーの電力

で作る「グリーン水素」の利用拡大も期待できる。

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運輸セクターでは、蓄電池のコスト低下により、乗用車の電化が急速に進んでいく。乗用車以外

の輸送手段、例えば大型の車両、鉄道、船、航空機においては、先進的なバイオ燃料やグリーン

水素で脱炭素が進む見込みである。

技術面に目を向けると、脱炭素の実現手段として、洋上風力発電、電気自動車、グリーン水素に

期待がかかる。

特に英国は洋上風力発電のリーダーで、2019 年までに 10GW(ギガワット=100 万キロワット)の

発電設備を導入した。国全体の電力の 10%近くを供給している。さらに 2030 年までに 40GW まで

拡大して、電力の 3 分の 1 を洋上風力発電で供給できるようにする計画だ。

電気自動車の分野では、蓄電池のコスト低下と各国の支援策(補助金や税控除など)が進行中

である。

グリーン水素の分野でも、自然エネルギーの電力のコスト低下とともに、水を電気分解して水素

を発生させる水電解装置(エレクトロライザー)のコストが下がってきた。グリーン水素の利用は脱

炭素を実現しにくい鉄鋼や化学産業、さらに乗用車以外の運輸セクターにおいて極めて重要にな

る。ただし洋上風力発電や電気自動車と比べて技術が成熟していないため、政策による国の支援

が必要である。フランスとドイツはグリーン水素を促進する戦略を打ち出している。

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はじめに

欧州の経済を牽引するフランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国の 5 カ国すべてが 2050 年まで

にカーボン・ニュートラルを実現する意向を明らかにしている。この 5 カ国は過去 30 年間にわたっ

て気候変動の抑制策を推進して、目ざましい成果を上げてきた。特に電力セクターにおいては、

2018 年に EU(欧州連合)全体で自然エネルギーの比率が 32%に達している。

カーボン・ニュートラルを目指す各国の長期目標は、経済・環境・社会面で新たな便益をもたらす

期待がある。いまや持続可能なライフスタイルが求められることに加えて、大気汚染の改善や経済

面の機会創出なども期待できるため、各国の長期目標は社会全体から広く支持されている。ただし、

あらゆる経済セクターが抜本的な変革を実施しなければ、脱炭素は達成できない。

特に電力と熱の供給を中心とするエネルギー産業、さらに運輸セクターを加えると、EU の温室効

果ガス排出量の約半分を占めている。欧州の大手電力会社は当初は対応が遅れて経済的な困難

に直面したが、フランスの EDF と ENGIE、イタリアの Enel、ドイツの RWE などは過去数年のあいだ

に風力と太陽光の発電設備を数 GW(ギガワット=100 万キロワット)単位で増強して、自然エネル

ギーの比率を高めてきた。

自動車産業においては、従来の内燃機関(ガソリン・エンジン)からパラダイムシフトが進んでい

る。欧州のいくつかの国では、道路にゼロ・エミッション・ゾーンを設ける、あるいは内燃機関の自動

車を規制する、といった施策が始まった。そうした動きに対応して、自動車メーカーは蓄電池のコス

ト低下もあり、安価な電気自動車の開発を推進中だ。電気自動車の販売台数も急速に拡大してい

る。フランス、ドイツ、英国では、電気自動車の登録台数が過去 5年間に3倍以上に増加した。2019

年の時点で、それぞれ 23~26 万台になっている。

カーボン・ニュートラルを達成する道筋は、まだ完全に見えているわけではない。とはいえ今後

10 年間の各国の計画とともに、過去および現在の進捗を見れば、どのような取り組みが重要な役

割を果たすかは明らかである。自然エネルギー、エネルギー効率化、電化、エネルギー貯蔵の 4 つ

である。いずれにおいても主要な技術が確立されているため、今後の導入可能量を見極めること

はむずかしくない。加えて技術開発の進展による性能向上とコスト低下も見込める。4 つの分野を

中心に脱炭素を進めることで、EU がカーボン・ニュートラルの目標を達成できる可能性は高い。

一方で電力セクターにおいて石炭火力発電は消え去り、原子力発電の比重は大幅に縮小する。

温冷熱セクターと運輸セクターでも化石燃料を代替する手段が進化していく。

本レポートでは、欧州全体と主要 5 カ国が 2050 年までにカーボン・ニュートラルを達成するため

に展開する戦略および 1990 年からの進捗を体系的に示す。先行する欧州の成功と挑戦をもとに、

日本においても脱炭素の活発な議論が進むことを期待して。

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第 1 章: 2050 年カーボン・ニュートラル

欧州連合(EU)と英国は 2050 年までにカーボン・ニュートラルを目標に掲げている。カーボン・ニ

ュートラルとは、CO2(二酸化炭素)の排出量と大気からの CO2 の吸収量をバランスさせることを意

味する。CO2 の吸収量を増やす方法としては、樹木の生えていない土地に植林することなどがある。

EU と英国は共通の目標に向けて、2050 年のビジョンを策定したうえで、2030 年までの中間目標

を設定した。この第 1 章では EU の 2050 年までの計画と進捗に焦点を当てる。次の第 2 章で英国

のほかフランス、ドイツ、イタリア、スペインを加えた欧州の 5 つの経済大国の状況を解説する。

地図 1:欧州連合の加盟国と非加盟国

出典:Maproom “Map of EU Countries after Brexit”(2020 年 8 月 13 日時点)

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1. 長期ビジョン (2050 年)

欧州委員会は長年にわたる脱炭素の実績をもとに、今後の戦略を示す「欧州グリーンディール」

(European Green Deal)を 2019 年 12 月に公表した。2050 年までにカーボン・ニュートラルを達成す

るためのロードマップである。クリーンで循環型の経済へ移行するとともに、生物多様性を回復させ、

大気汚染を低減するために、地球上の貴重な資源を有効に活用する実行計画をまとめた。投資の

必要性、利用可能な金融手法、公正で包括的な移行を保証する方法も示している(図 1)。

図 1:欧州グリーンディールの概要

• 2030 年および 2050 年に向けた意欲的な目標

• クリーンで安価・安定したエネルギー供給.

• クリーンで循環型の経済に向けて産業界を誘導

• エネルギー効率と資源効率の高い建築・改築.

• 無害な環境に向けて汚染を排除.

• 生態系と生物多様性の保全・再生

• 公正かつ健全で環境にやさしい食料システム

• 持続可能な効率の良い移動手段

出典:EU Commission “The European Green Deal” (2019 年 12 月)

欧州グリーンディールは EU のエネルギーと気候に関する政策を形成するための基盤でもある。

EU の法制度は加盟国の法制度に反映されて、各国の政策に組み込まれる。経済、環境、政治、社

会、技術のすべての面において、脱炭素を実現する戦略をダイナミックに方向づけるものである。

このフレームワークのもと、主要な施策として「欧州グリーンディール投資計画」(European Green

Deal Investment Plan)と「公正な移行メカニズム」(Just Transition Mechanism)を 2020 年 1 月に打

ち出した。さらに同年 3 月には「欧州気候法」(European Climate Law)の提案があり、7 月にはエネ

ルギー・システムの統合と水素に関する戦略を採択した。1

欧州グリーンディール投資計画では、今後 10 年間に少なくとも 1 兆ユーロを持続可能な投資に

振り向ける。そのうちの半分は EU の予算から拠出する。公正な移行メカニズムのための投資も含

まれている。エネルギー転換の影響を最も大きく受ける地域の労働者と市民を支援するために、

2021 年から 2027 年までに少なくとも 1000 億ユーロを投入する計画である。2

欧州気候法の提案は、2050 年までにカーボン・ニュートラルを実現する政治的な約束を法律で

規定することによって、投資を呼び込むことが目的である。それに加えて、カーボン・ニュートラルを

達成するまでの道筋、定期的な進捗評価、さらに進捗が十分でない場合の対策を設定するための

条件を示している。3

European Green Deal

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EU のエネルギー・システムの統合と水素に関する戦略では、さまざまなエネルギーキャリア、イ

ンフラ、消費部門を結びつけて、一体的に計画・運用するシステムを目指す。並行して水素の開発

を進めていく。この両方が補完的に作用して脱炭素を拡大する。

エネルギー・システムの統合は電化に重点を置くのに対して、水素は電化がむずかしい分野に

おいて自然エネルギーの電力を貯蔵して利用することを可能にする。4 電気自動車とグリーン水素

(自然エネルギー由来の水素)については第 3 章で解説する。

このほかに EU が 2020 年 6 月に採択した「タクソノミー」による規制が、欧州グリーンディールを

推進する。EU のタクソノミーは世界初の”グリーン・リスト“であり、持続可能な経済活動を分類する

システムである(表 1)。あらゆるタイプの投資家にとって、自分たちの投資の対象が厳格な環境基

準に合致しているかどうか、さらに気候変動を抑制する政策と整合しているかどうか、を見極めるた

めのツールになる。このタクソノミーによって、グリーンで持続可能な投資を加速する。5

表 1:EU がタクソノミーで規定した持続可能な経済活動

セクター 活動

農林 (1)植林、(2)農地再生、(3)森林再生、(4)森林管理、(5)森林保全、

(6)植物育成、(7)家畜飼育

建築 (1)新築、(2)改築、(3)個別の改築手法、(4)自然エネルギーの導入、

(5)専門職による科学的・技術的な活動、(6)建築物の取得・所有

電力、ガス、蒸気、空調

(1)自然エネルギー(バイオ、地熱、水力、海洋、太陽光、風力)および

ガスによる発電、(2)送電・配電、(3)電力の貯蔵、(4)熱の貯蔵、(5)水

素の貯蔵、(6)バイオガスやバイオ燃料の製造、(7)ガス供給ネットワー

クの改良、(8)地域冷暖房、(9)電気ヒートポンプの導入・運用、(10)自

然エネルギー(バイオ、集光型太陽光、地熱)およびガスによる冷暖房と

電力のコージェネレーション、(11)自然エネルギー(バイオ、集光型太陽

光、地熱)およびガスや排熱による冷暖房

情報通信技術 (1)データ処理、ホスティングおよび関連する活動、(2)データを活用し

た気候変動監視策

製造

(1)低炭素な技術の開発、(2)セメント、(3)アルミニウム、(4)鉄・鉄鋼、

(5)水素、(6)その他の無機な基礎化学品(カーボンブラック、炭酸ナトリ

ウム、塩素)の製造、(7)その他の有機な基礎化学品・肥料・窒素化合

物・成型前のプラスチックの製造

運輸

(1)鉄道、(2)鉄道貨物輸送、(3)公共交通、(4)低炭素な輸送インフラ

(陸上、水上)、(5)乗用車・商用車、(6)路上貨物輸送サービス、(7)都

市間定期輸送、(8)内陸水上交通、(9)内陸水上貨物輸送

水、廃棄物、下水処理

(1)水の収集・処理・供給、(2)集中型の排水処理、(3)嫌気性消化法に

よる下水汚泥およびバイオ廃棄物の処理、(4)無害な廃棄物の分別回

収・輸送、(5)バイオ廃棄物の堆肥化、(6)無害な廃棄物からの資源再

生、(7)埋立地ガスの回収・利用、(8)二酸化炭素の大気からの直接回

収、(9)人為的な排出の回収、(10)二酸化炭素の輸送、(11)回収した

二酸化炭素の永久隔離

注:ガスによる発電は CO2 排出係数が 100 グラム/kWh 以下であることが条件のため、CO2 回収・貯蔵技術

が必要になる。製造の(2)~(5)および運輸の(5)に関して、出典の資料に記載はないが、持続可能な経済

活動のためには“低炭素”であることが条件になる。

出典:European Union Technical Expert Group on Sustainable Finance “Taxonomy: Final Report of the

Technical Expert Group on Sustainable Finance” (2020 年 3 月)

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タクソノミーは気候変動の抑制に貢献する持続可能な活動をセクターごとに網羅したものである。

エネルギーに関しては、原子力を持続可能な活動に含めるかどうか現在のところ決まっていない。

原子力発電は放射性廃棄物による潜在的な環境負荷があるためだ。6

欧州グリーンディールは「豊かで、現代的で、競争力のある、気候中立な経済を目指す戦略的な

長期ビジョン」を実現する中核の施策である。2018 年 11 月に策定した 2050 年のビジョンでは、電

力セクターを中心に、エネルギー効率化と自然エネルギーが欧州の脱炭素の 2 本柱になることを

示した。それに加えて温冷熱セクターと運輸セクターの電化も重要な課題として取り組む。7

エネルギー効率化の施策によって、EU では 2050 年までにエネルギーの消費量を 2005 年比で

半減できると推定している。削減できるエネルギー需要の多くは建築物によるもので、住宅セクター

と商業セクターの両方を含む。

2050 年時点の住宅ストックの大半は現在すでに存在していることを想定すると、改築率を向上さ

せながら、住宅における燃料の多くを電化、地域冷暖房、バイオガス、太陽熱によって自然エネル

ギーに転換していくことになる。さらに高効率の製品や機器(LED 照明など)、スマートな建物・機器

管理システム(スマートメーターやスマートサーモスタットなど)、改良型の断熱材などを普及させる

必要がある。

脱炭素を目指すシナリオであれば、2050 年における EU のエネルギー消費量のうち 50%以上を

自然エネルギーが占めると予測されている(図 2)。

図 2:EU のエネルギー消費における構成比率

Mtoe:100 万トン(石油換算)

出典:European Commission “A Clean Planet for All: A European Strategic Long-term Vision for a

Prosperous, Modern, Competitive and Climate Neutral Economy” (2018 年 10 月)

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原子力の比率は従来と同じくらいの水準か多少は上昇して 14~17%になる想定である。ただし

原子力が拡大するわけではない。原子炉の廃止、運転期間の延長と原子炉の新設を考慮すると、

減少か横ばいになる見込みだ。それでもエネルギー消費量全体が大幅に縮小して電力の占める

割合が高まるために、原子力の比率は下がらない。

電力セクターに限れば、2050 年の脱炭素シナリオでは、エネルギー消費量の 81~85%が自然

エネルギーになり、現在の約 30%から大幅に増える(図 3)。風力と太陽光の比率は現在の約 15%

から 65~72%に上昇する見込みである。一方で原子力は 25%から 12~15%へ、火力は約 40%

から 2~6%へ低下する。火力の比率がこれほど小さくなると、二酸化炭素回収・貯蔵(CCS)技術

は電力セクターにおける脱炭素にほとんど貢献しない。

図 3:EU における電源構成の実績と予測

出典:European Commission “A Clean Planet for All: A European Long-term Strategic Vision for a

Prosperous, Modern, Competitive and Climate Neutral Economy: In-Depth Analysis”(2018 年 11 月)

このような電源構成を実現できると、発電に伴う CO2 排出係数はほぼゼロになる。2019 年の EU

の CO2 排出係数は 0.267 キログラム(CO2 換算)/kWh だった.8 日本の CO2 排出係数は 2019 年

度に 0.474 キログラム(CO2 換算)/kWh で、EU よりもはるかに高い。9

EU は 2020 年 11 月に、洋上風力発電の導入量を拡大する戦略を発表した。現時点で 12GW の

導入量を 2030 年までに 60GW 以上に、さらに 2050 年までに 300GW に拡大する。それに加えて海

洋エネルギーや浮体式の風力・太陽光発電などの新しい技術を利用して、40GW を追加する目標も

掲げた。

これほど大規模な導入量の拡大を実現するために、EU 加盟国は新たな導入場所、国民の理解、

関係者の参画、国境を越えた送配電ネットワーク、建設に必要なバリューチェーンの増強を含めて、

長期戦略を策定する必要がある。EU から加盟国に対しては、海底の平坦な場所を対象に複数の

国が 2050 年までに共同で洋上風力発電を導入するための長期計画の策定方法や、国境をまたぐ

送電プロジェクトに対してコストと便益を分配する方法などをガイダンスとして提供する。10

Page 15: 脱炭素で先頭を走る欧州...量の削減目標を40%から60%へ引き上げる検討が進んでいる。 2 2030 年の目標のベースになる2020 年の目標に対しては、すでに目ざましい成果が上がってい

10

EU では最終エネルギー消費における電力の比率は 2050 年までに 50%以上に達して、2018 年

の 25%以下の状況から少なくとも倍増する見通しだ。2018 年の時点では、電力と熱を除いた化石

燃料の比率は 60%を超えていた。11

今後はコスト競争力のある太陽光と陸上・洋上風力によって電化を実現できる。自然エネルギー

の電力を利用することによって、温冷熱セクターと運輸セクターの脱炭素化が進んでいく。電力を直

接利用するケースもあれば、電力や持続可能なバイオエネルギーを利用できない場合には、電力

から生成した液体燃料やガス(水素など)を間接的に利用する方法も考えられる。

こうした未来はスマートで柔軟なシステムを必要とする。消費者を巻き込みながら、相互接続性

を高め、大規模なエネルギー貯蔵を可能にして、デマンド・レスポンスやデジタル化によるエネルギ

ー管理を強化しなくてはならない。実現には毎年 5200~5750 億ユーロの投資が求められるが、投

資効果は大きい。

微粒子物質による大気汚染が原因の早期死亡を 40%以上も減らすことができ、年間に 2000 億

ユーロにのぼる健康被害を防ぐことができる。同様に天候に関連する災害とコストを削減できる。

例えば欧州における河川の氾濫による被害額は、現在は年間に 50 億ユーロだが、今後は最大で

1120 億ユーロに達する可能性がある。

もう1つ重要な点は、EUにおける化石燃料の輸入額(現在2660億ユーロ)を大幅に削減できて、

貿易および地政学上の立場を好転させることである。2031 年から 2050 年までの 20 年間に、累計

で 2~3 兆ユーロの輸入額を削減できる見込みである。

一方でエネルギー・システムにかかる全体のコストは 2070 年まで増加していく。脱炭素のシナリ

オにはさまざまなものがあるが、どのシナリオでもコストは増加する(図 4)。特にエネルギー・システ

ムを刷新するために必要な発電設備、インフラ、装置・機器、車両などの資本費が大きく、そのうえ

で脱炭素を実現するコストが加わる。

想定されるコストは、脱炭素に取り組むレベルのほか、採用する技術や行動などによって差が出

てくる。脱炭素を推進すると、現状のまま推移した場合(BL:ベースライン)と比べて資本費が多くか

かる。発電設備や送配電網、新たな燃料などに投資が必要になるためだ。

興味深いことに、カーボン・ニュートラルを実現するシナリオのうち、最も意欲的な「1.5 TECH」

(CO2 回収・貯蔵に関連してバイオマスを多用)と「1.5 LIFE」(ビジネスと消費を循環型経済に移行)

では、エネルギー・システムのコストが増加した後に減少する。エネルギー消費と化石燃料の削減

効果によるものである。

2065 年くらいには、すべてのシナリオの中で 1.5LIFE のエネルギー・システムのコストが最も低く

なる。カーボン・ニュートラルを達成するためには、一時的にコストが増える可能性はあるものの、

いずれコストは下がっていく。脱炭素の効果として、人々の健康を増進し、気候関連の災害リスクを

削減でき、エネルギー安全保障も強化できる。

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11

図 4:EU におけるエネルギー・システムのコスト(シナリオ別)

注:BL:Baseline(現状の脱炭素の延長)、ELEC:Electrification(全セクターで電化を推進)、H2:Hydrogen

(産業・運輸・建築物で水素を使用)、P2X:Power-to-X(産業・運輸・建築物で電力ベースの燃料を使用、水

素は他の電力ベースの燃料を生産するための中間物質として主に利用)、EE:Energy Efficiency(全セクター

でエネルギー効率化を推進)、CIRC:Circular Economy(資源と素材の利用効率を改善)、COMBO:

Combination(温室効果ガス排出量 80%削減シナリオとコスト改善の組み合わせ)、1.5 TECH:1.5℃ Technical

(COMBO シナリオをベースに CO2 回収・貯蔵を推進)、 1.5 LIFE:1.5℃ Sustainable Life(COMBO と CIRC を

組み合わせてライフスタイルを変革)

以上のうち、ELEC、H2、P2X、EE、CIRC は 2050 年までに温室効果ガス排出量を 80%削減(1990 年比、CO2

吸収量を除く)、COMBO、1.5 TECH、1.5 LIFE は 2050 年までに温室効果ガス排出量を 90%削減(1990 年

比、CO2 吸収量を含む)、図 2(p8)の“1.5℃”平均シナリオは 1.5TECH と 1.5LIFE の平均

出典:European Commission “A Clean Planet for All: A European Long-term Strategic Vision for a

Prosperous, Modern, Competitive and Climate Neutral Economy: In-Depth Analysis”(2018 年 10 月)

EU が脱炭素を具体的にどう実行していくかは今後の課題だが、すでに 2050 年までの長期戦略

を策定した国もある。欧州の経済大国の中ではフランスと英国が策定済みである。ただし各国の長

期戦略を見ると、未来に向けて進んでいる最先端のダイナミックな動きをとらえた実践的な洞察を

欠いている。12

2050 年のカーボン・ニュートラルへ向かう EU の状況を理解するためには、2030 年の中間目標と

現在までの進捗を見る必要がある。

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12

2. 中間目標 (2030 年)

脱炭素を実現する長い道のりにおいて、EU は 2030 年の中間目標を設定している。2050 年まで

にカーボン・ニュートラルを達成するという大きな目標に向けて、中間目標をもとに具体的な課題を

明確にして取り組みを進めるためである。 特に重点を置くのは、温室効果ガス排出量の削減、自

然エネルギーの拡大、エネルギー効率の改善である(表 2)。

表 2:EU の 2030 年の脱炭素目標

項目 最低目標

温室効果ガス排出量 40%削減(1990 年比)

自然エネルギー 最終エネルギー消費の 32%

(セクター別の目標は運輸の 14%だけ)

エネルギー効率 32.5%改善

出典:European Commission “2030 Climate & Energy Framework” (2020 年 8 月 4 日時点).

EU では欧州グリーンディールの一部として、2020 年 10 月に欧州議会の議決により温室効果ガ

ス排出量の目標を 40%から一気に 60%へ、続いて欧州委員会でも 55%以上に高めるように提案

が出された。13 加盟国は 2020 年末までに新たな目標に合意することを求められている。EU では

2018 年に、自然エネルギーとエネルギー効率の目標を 27%から 32%と 32.5%に引き上げている。

自然エネルギーに関しては、運輸セクターを除いてセクターごとの目標を設定していない。ただし

欧州の主要 5 カ国では、電力における自然エネルギーの比率を 2030 年までに 40~74%へ高める

目標を掲げている。フランスは 40%、ドイツは 65%、イタリアは 55%、スペインは 74%である。英国

だけは 2030 年の目標を設定しないが、すでに 2019 年の時点で 35%に達している。さらに英国全

体の電力の 3 分の 1 を洋上風力発電で供給する計画を明らかにしている。英国の洋上風力の発

電量は 2019 年の時点では全体の 10%弱である。

2030 年の中間目標は、EU 全体と加盟各国の対策の両方で実現する。主要な政策は 3 つある。

第 1 に欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS:Emissions Trading System)、第 2 に国別排出削

減目標、第 3 に 2030 年の国内エネルギー・気候計画(NECP:National Energy and Climate Plan)で

ある。

国家間では EU-ETS によって、温室効果ガスを排出する経済活動の負の外部性を内部化する。

環境や生命に害を与える温室効果ガスに対して、経済的なペナルティを与えるものである(汚染者

負担原則)。

EU-ETS は 2005 年に世界で初めて国際間の排出量取引制度として始まり、取引規模は現在で

も最大だ。温室効果ガスの対象としては二酸化炭素(CO2)が代表的で、電力と熱の生産、エネル

ギー多消費産業(石油精製、鉄鋼、化学など)、商用航空などから排出する。このほかに、硝酸・ア

ジピン酸・グリオキシル酸・グリオキサールの生産に伴う亜酸化窒素の排出、さらにアルミニウムの

生産によるフルオロカーボンの排出を含む。すべてを合わせると、EU の温室効果ガスの約 45%を

占める。これを 2030 年までに 43%削減(2005 年比)しなくてはならない。14

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EU-ETS は長年にわたる排出枠の過剰供給により、CO2換算 1 トンあたり 10 ユーロという低価格

が続いていた。そこで 2019 年に“市場安定化リザーブ”(market stability reserve)と呼ぶ余剰排出

枠を排除するメカニズムを導入した結果、1 トンあたり 20~30 ユーロ前後まで上昇した。2000 年代

後半の世界金融危機が起きて以降は見られなかった高い水準である(図 5)。これによって、温室

効果ガスの排出量がほぼゼロの自然エネルギーと原子力、さらに発電用の燃料として石炭に比べ

て排出量の低いガスに恩恵を与えた。

図 5:EU の排出権価格(2008 年 4 月~2020 年 10 月)

出典:Ember “EUA Price”(2020 年 10 月 15 日時点)

加えて国内の炭素税が EU-ETS を補完する役割を担う。フランスでは工業・建築・運輸セクター

における CO2、スペインでは全セクターにおけるフッ素化ガスに排出枠を設けているほか、英国で

は炭素価格の下限を設定している。

2020 年にはフランスの炭素税が最も高くて、1 トンあたり 45 ユーロである。この制度を導入した

2014 年の時点では 7 ユーロだったが、税の効果を高めるために何度かにわたって価格を引き上げ

てきた。これに比べてスペインの炭素税は 1 トンあたり 15 ユーロと低い。

英国ではフランスやスペインと異なる“下限炭素価格”(carbon price floor)と呼ぶ制度を実施して

いる。EU-ETS を補完するために、発電事業者に対して 1 トンあたり最低 20 ユーロを支払うように

求める。2013 年に制度を導入した時には 13 ユーロだった。15

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14

EU の加盟国は EU が定めた 2030 年の脱炭素目標に合わせて、国内の排出削減目標と 10 年

間の国内エネルギー・気候計画(NECP)を策定する必要がある。a

国内排出削減目標においては、EU-ETS の規定に含まれない活動に伴う温室効果ガスの排出

が対象になる。住宅、農業、廃棄物、運輸(航空を除く)の分野である。すべての活動を合わせると、

EU の温室効果ガス排出量の 55%程度にのぼる。この排出量を 2030 年までに 30%削減(2005 年

比)する必要がある。16

EU-ETS の対象になる温室効果ガス排出量とそのほかの国内排出削減目標を合わせて、2030

年までに 36%削減(2005 年比)あるいは 40%削減(1990 年比)することが目標になっている。これ

に対して日本の排出目標を同じ時期で比較すると、25%削減(2005 年比)あるいは 18%削減(1990

年比)で大幅に低い。17

さらに EU 加盟国は NECP を策定することによって、温室効果ガスの排出削減、自然エネルギー

の拡大、エネルギー 効率の改善を実施するためのロードマップを示す。18 2021 年から 2030 年まで

の実行計画について、加盟国は 2018 年末までに欧州委員会に草案を提出するように求められた。

さらに欧州委員会の評価と提言をもとに、加盟国は 2019 年末までに最終案を提出した。2020 年に

最終案の評価を受けたうえで、2021 年から計画を実行する。

各国は NECP の草案と最終案の双方において、国民、事業者、地域の意見を反映しなければな

らない。それに加えて 2 年ごとに進捗レポートを提出する必要がある。

NECP の策定にあたっては、政府の各部門が連携して、公共投資と民間投資の双方を促進する

計画づくりが欠かせない。例えば自然エネルギーの分野では、エネルギー消費全体における自然

エネルギーの比率を目標として設定するだけではなく、電力、温冷熱、運輸などセクター別に自然

エネルギーの比率を設定する必要がある。セクターごとの目標を設定して評価することによって、

全体の目標達成につなげる。

エネルギーと気候に関する取り組みは EU では目新しいものではない。過去 10 年から 15 年に

わたって実行してきた経験がある。

a EU の加盟国は日本のように温室効果ガスの排出削減に向けた NDC(Nationally Determined Contribution、自国が決定

する貢献)を個別に提出する必要はない。EU 全体で全加盟国を網羅した NDC を提出している。各国ごとの排出量は割り

当てられていない。EU の NDC は 2030 年の温室効果ガス排出量の削減目標と整合する。

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3. 進捗 (2018 年まで)

EU は 2008 年に、「2020 年の気候・エネルギー政策パッケージ」を制定した。その中で温室効果

ガス排出量の削減、自然エネルギーの拡大、エネルギー効率の改善、という 3 つの主要な目標を

設定した(表 3)。

表 3:EU の 2020 年の主な脱炭素目標

項目 目標

温室効果ガス 20%削減(1990 年比)

自然エネルギー 最終エネルギー消費の 20%

(セクター別の目標は運輸の 10%だけ)

エネルギー効率化 20%改善

出典:European Commission “2020 Climate & Energy Package”(2020 年 8 月 5 日時点)

2020 年の目標においても 2030 年の目標と同様に、自然エネルギーのセクター別の目標は運輸

セクターを除いて設定していない。主要 5 カ国の電力セクターにおける自然エネルギーの目標は

26%から 40%である。スペインが 40%で最も高く、次いでドイツの 39%、英国の 31%、フランスの

27%、イタリアの 26%である。

2020 年に向けた政策パッケージは大きな転機になった。従来にない脱炭素の取り組みのベース

になり、大きな成功を収めている。

代表的な成功例が、現在のNECPに相当するNREAP(National Renewable Energy Action Plans、

国内自然エネルギー実行計画)である。過去 10 年間にわたって実行した計画では、2020 年までの

最終エネルギー消費における自然エネルギーの目標のほか、電力・温冷熱・運輸の各セクターの

目標を加盟国ごとに設定した。その際にエネルギー効率の改善も考慮している。19

1990 年から 2018 年までの実績を見ると、EU 全体で温室効果ガス排出量を 23%削減して、2020

年の目標(20%)を 3 ポイント上回った(図 6)。エネルギー供給産業、特に電力と熱の生産による貢

献が大きい。

その一方で最終エネルギー消費における自然エネルギーの比率は、2018 年に 18%に達した。

2004年と比べて倍増である。2020年の 20%の目標達成は目前である。2018年のセクター別では、

電力で 32%、温冷熱で 8%、運輸で 8%が自然エネルギーになった(図 7)。

エネルギー効率の改善に関しては、2018 年の時点で 16~17%に達した。これも 2020 年の目標

(20%)に近づいている。特に 2005 年以降に、EU のエネルギー消費量は 6~10%減少した。20

主な要因は 2 つある。1 つは 2000 年代後半の世界金融危機による経済の低迷、もう 1 つは気候

変動の抑制策としてエネルギー利用の効率化に積極的に取り組んできた効果である。

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図 6:EU の温室効果ガス排出量(1990~2018 年)

Mt CO2:100 万トン(CO2 換算)

出典:Eurostat “Greenhouse Gas Emissions by Source Sector – updated June 9, 2020”

図 7:EU における自然エネルギー の比率(2018 年、セクター別)

出典:Eurostat “Share of Energy from Renewable Sources – updated August 27, 2020”

これらの進展によって、EU は 2 種類のデカップリング(非連動性)を実証した。1 つはエネルギー

消費量と経済成長のデカップリング、もう 1 つは温室効果ガス排出量とエネルギー消費量のデカッ

プリングである。エネルギー消費量と経済成長のデカップリングを実現できたことは、EU がエネル

ギーの効率化によって、より少ないエネルギー消費量でより多くの富を生み出したことを意味する。

温室効果ガス排出量とエネルギー消費量のデカップリングでは、特に自然エネルギーを主体に

温室効果ガス排出量の少ない技術を活用した効果が大きい。温室効果ガスとエネルギー資源の制

約がある中で、持続的に成長する経済を実現したことは極めて重要な成果である。

-23%

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014 2017

Mt CO2

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実際に 1990 年から 2019 年までの 30 年間において、EU の域内総生産(GDP)は 63%拡大した

(図 8)。その間に 1 次エネルギー消費量を 4%低減、CO2 排出量を 23%削減した。このようなデカ

ップリングは世界の主要国(日本、米国、中国)では達成できていない。

図 8:世界の主要な国・地域に見るデカップリング(1990~2019 年)

出典:CO2 排出量と 1 次エネルギー消費量は BP “Statistical Review of World Energy 2020”(2020 年 6 月)、

GDP は World Bank “GDP (constant 2010 US$) – updated October 13, 2020”

日本では 30 年間に GDP が 32%しか成長しなかった。一方で CO2 排出量は 3%増加した。1 次

エネルギー消費量は 2019 年と 1990 年で同じ水準である。いちおうデカップリングになっているもの

の、EU と比べて格段にペースが遅い。福島第一原子力発電所の事故が発生して CO2 排出量が増

加したが、その後はエネルギー効率化と自然エネルギーによって CO2 排出量の減少が続いている。

このように EU はより多くの富をより少ないエネルギーから生み出すことに加えて、よりクリーンな

エネルギーを使って脱炭素に向けた正しい道筋を描き出すことに成功した。

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2020 年には世界中が新型コロナウイルスの感染拡大(COVID-19)の被害を受けた。 しかし欧州

の脱炭素化の歩みは、エネルギーの面でも政策の実行面においても影響を受けていない。

COVID-19 によってエネルギー消費量は減少した。電力セクターにおいては、発電コストの点で

自然エネルギーが高い競争力を発揮するようになった状況の中で、消費量の減少が起こった。発

電時の限界費用のみならず、ライフサイクル全体を通じた均等化発電原価(LCOE:Levelized Cost

Of Electricity).においても、自然エネルギーのコスト競争力が最も高くなった。この結果、石炭火力、

ガス火力、原子力発電が大きな影響を受けた(詳細は「コラム 1:新型コロナウイルス(COVID-19)

が電力セクターに与える影響」を参照)。

EU の首脳は 2020 年 7 月に、“グリーンディール”を実施することに合意した。COVID-19 の影響

を受けた社会と経済を回復するために、2021 年から 2027 年までに総額 1 兆 740 億ユーロにのぼ

る景気刺激策(予算の一部は欧州グリーンディール投資計画から拠出)、および 7500 億ユーロの

COVID-19 対策ファンドを組み合わせて、合計 2 兆ユーロに近い規模を投資する。このうち 30%に

相当する 5500 億ユーロを気候保護のためのプロジェクトに割り当て、EU の温室効果ガス排出削減

目標の実現に生かす。

この巨額の資金をどのように使うのか、現時点でガイドラインは示されていないが、歴史上で最

大の気候分野に対する投資になる。21

コラム 1:新型コロナウイルス(COVID-19)が電力セクターに与える影響

2020 年に新型コロナウイルスが世界中に広がった。感染拡大を抑えるために、ロックダウン

(都市封鎖)などの対策が実施された。人々の活動にさまざまな影響を与え、とりわけ経済活動が

停滞した。エネルギーは運輸などを通じて、人々の活動と経済活動を支える。

電力セクターでは需要が大幅に減少した。2020 年 1 月から 6 月までに、イタリアとスペインでは

2019 年と比べて電力消費量が 9%も減少した。フランス、ドイツ、英国でも 6~8%減少している。

それに加えて、限界費用の高い電力源が大きな影響を受けた。需要が大幅に減少する中で、

限界費用の低い電力源を優先する“merit order dispatch”が適用されたからである。フランスでは

原子力、ドイツでは石炭火力、英国ではガス火力が減少した。

電力需要が減少する一方で、限界費用がほぼゼロの自然エネルギーが拡大した。この 2 つが

組み合わさったことにより、原子力と火力発電が縮小しただけではなく、電力の価格も低下した。

卸電力取引の平均スポット価格は、2020 年上半期に極めて低い水準で推移した。フランスとドイ

ツでは 3 米セント/kWh 以下(前年同期 4.5~5 米セント/kWh)、イタリア、スペイン、英国では 3.5

~4 米セント/kWh(同 6~6.5 米セント/kWh)である。価格の低下と販売量の減少は、原子力と火

力の発電事業者に大きな打撃を与えた。

もうひとつ明らかになったことは、電力供給システムに大量の自然エネルギーを加えられる点

だ。ドイツでは電力消費量の 50%以上を自然エネルギーで供給した。イタリア、スペイン、英国で

は 40%以上、フランスでも 30%に達した。

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主要 5 カ国における電力消費量の変化(2020 年上半期を 2019 年上半期と比較)

注:自然エネルギーは水力、風力、太陽光、太陽熱、地熱、バイオ、自然エネルギー由来の廃棄物、潮流

を含む。 出典:International Energy Agency “Monthly Electricity Statistics – Data up to June 2020”

電力消費量に占める自然エネルギーの比率(2020 年 1~6 月)

注:太陽光には太陽光発電と太陽熱発電を含む。その他の自然エネルギーにはバイオ、自然エネルギー

由来の廃棄物、地熱、潮流を含む。 出典:International Energy Agency “Monthly Electricity Statistics –

Data up to June 2020”

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第 2 章: 主要 5 カ国の脱炭素戦略

1. 中長期の目標と進捗

⚫ 温室効果ガス排出削減

欧州の主要 5 カ国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国)は、温室効果ガスの排出削減に

関して、2050 年までにカーボン・ニュートラルを実現するという目標で一致している。この目標を達

成するためには、電力、温冷熱、運輸など、すべてのセクターの温室効果ガス排出量を大幅に削

減しなくてはならない。そのうえでごくわずかに残る排出量を上回る吸収量を確保できれば、カーボ

ン・ニュートラルを達成できる。

2050 年までの長期目標に対して、イタリアを除く 4 カ国は、2030 年の中間目標を設定している。

ドイツは 55%削減(1990 年比)、英国は 57%削減(同)で最も意欲的である。フランスが 40%削減

(同)で続き、スペインは 23%削減(同)で 4 カ国の中では最も低い(表4)。

表 4:主要 5 カ国における脱炭素の中期・長期目標

国 2030 年 2050 年

フランス 40%削減(1990 年比) カーボン・ニュートラル

ドイツ 55%削減(1990 年比) カーボン・ニュートラル

イタリア ― カーボン・ニュートラル

スペイン 23%削減(1990 年比) カーボン・ニュートラル

英国 57%削減(1990 年比) カーボン・ニュートラル

出典:英国以外は European Commission “National Energy and Climate Plans”、英国は House of Commons

Library “UK Carbon Budgets” (2019 年 7 月)

この目標に加えて、EU 加盟国は EU-ETS の対象にならない経済活動(航空以外の運輸や住宅

など)に対しても、温室効果ガスの排出削減目標を具体的に設定しなくてはならない。2030 年まで

の削減目標(2005 年比)は、フランスが 37%、ドイツが 38%、イタリアが 33%、スペインが 26%で

ある。

将来に向けた脱炭素の目標を達成することは、どの程度むずかしいのか。それを確認するため

に、5 カ国における最近までの実績と過去の経緯を振り返ってみたい。

1990 年から 2018 年までの温室効果ガス排出量の推移を見ると、ドイツと英国の削減量が最も

多い。それぞれ約 30~40%の削減率で、CO2 に換算すると 3 億トン以上にのぼる。とはいえ 5 カ国

のうちドイツと英国は現在でも最大の排出国である(図 9)。

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図 9:主要 5 カ国における温室効果ガス排出量の実績(1990~2018 年)と目標(2030 年)

Mt CO2:100 万トン(CO2 換算)

出典:1990 年~2018 年の温室効果ガス排出量は Eurostat “Greenhouse Gas Emissions by Source Sector

– updated June 9, 2020”、2030 年の目標は英国以外が European Commission “National Energy and Climate

Plans”、英国は House of Commons Library “UK Carbon Budgets” (2019 年 7 月).

18 世紀半ばの最初の産業革命から 20 世紀の終盤まで、ドイツと英国は欧州における石炭の重

要な拠点として栄えてきた。しかし 1990 年代に始まった新しい政策により、両国の石炭消費量は過

去 30 年間に大幅に減少した。

ドイツでは国内の公共投資の圧縮および EU 域内の補助金政策との不一致により、石炭産業に

対する補助金を縮小したことが大きく影響した。英国では電力システム改革のもと、ガス火力発電

を優遇する制度によって一気に流れが変わり、石炭火力の縮小をもたらした。今日のドイツでは自

然エネルギーの拡大が石炭の縮小につながり、英国では自然エネルギーとガスが石炭を縮小させ

ている。22

フランスとイタリアでは 1990 年以降、温室効果ガス排出量を 16~17%削減したが、主な要因は

運輸セクター以外の石油消費量の大幅な減少である。フランスではオイルショックによって 1970 年

代に原子力を推進する計画が始まり、1990 年代の終わりまで続いた。それに加えて自然エネルギ

ーが温室効果ガスの排出削減に貢献している。イタリアは自然エネルギーとガスの組み合わせで

排出量を削減してきた。

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5 カ国の中で経済規模が最も小さいスペインだけは、1990 年から 2018 年のあいだに温室効果

ガスの排出量が 20%増加している。ただし、この間の経済成長は 5 カ国で最大の 76%に達した。

特に世界金融危機が発生した 2007~2008 年までは、ガスを中心に経済成長に伴ってエネルギー

消費量が増加した。2007 年から 2018 年までは温室効果ガスの排出量を 23%削減したが、これは

自然エネルギーの増加とエネルギー消費量の減少によるものである。

このような成果があるものの、5 カ国のいずれもカーボン・ニュートラルに向けて 2030 年の中間

目標を達成することは簡単ではない。今後 10 年間に脱炭素を強力に進める必要がある。2030 年

まで温室効果ガスの排出量を毎年約 3~4%削減しなくてはならない。これは各国が 1990 年から

2018 年までに削減した比率を大幅に上回る(英国の 2%弱が最高)。ただし楽観的な要因として、

脱炭素の手段が従来よりも安価で容易に入手できるようになった点が挙げられる。

⚫ セクター別の温室効果ガス排出削減

主要 5 カ国の脱炭素の取り組みの中心になるのは、エネルギー・セクターである。このセクターに

はエネルギー供給産業のほか、運輸・産業・商業・住宅で使われる燃料が含まれる。5 カ国が過去

30 年間に削減した温室効果ガスの 83%はエネルギー・セクターによるものである。現在でも排出量

の 4 分の 3 以上を占めている。23

1990 年以降、エネルギー・セクターの温室効果ガス排出削減の半分以上はエネルギー供給産

業がもたらした。その大半は電力と熱の生産による。このほかに石油精製や固形燃料の製造でも

排出量は減っているが、その量は少ない。

エネルギー・セクターの中では、運輸の分野だけが温室効果ガスの排出量を増加させた。2018

年にはエネルギー供給産業を抜いて最大の排出源になった(表 5、図 10)。いかに運輸に伴う温室

効果ガスを削減するかが重要な課題であり、同時に経済的な機会も生まれている。

主要 5 カ国では今後 10 年間に削減する温室効果ガス排出量の約 90%をエネルギー・セクター

から捻出する計画である。

表 5:主要 5 カ国のエネルギー・セクターにおける温室効果ガス排出量の内訳(2018 年)

サブセクター 主な排出源(エネルギー・セクターにおける比率)

エネルギー供給産業 電力・熱の生産(25%)

運輸 路上輸送(29%)

産業 鉄・鉄鋼(4%)、化学(2%)、非金属製品(2%)

住宅・商業 住宅の燃料使用(13%)、商業・施設の燃料使用(6%)

注:ドイツの化学分野における排出量を含まない。

出典:Eurostat “Greenhouse Gas Emissions by Source Sector – updated June 9, 2020”

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図 10:主要 5 カ国のエネルギー・セクターにおける温室効果ガス排出量(1990 年、2018 年)

Mt CO2:100 万トン(CO2 換算)、その他は特定できない排出源

出典: Eurostat “Greenhouse Gas Emissions by Source Sector – updated June 9, 2020”

エネルギー供給産業と運輸を合わせると、2018 年の温室効果ガス排出量全体の 60%を占めて

いる。同様に 2030 年までに削減する排出量の 60%以上をエネルギー供給産業と運輸で見込んで

いる(図 11)。

図 11:主要 5 カ国における温室効果ガス排出量の削減計画(2020~2030 年、分野別の比率)

注:その他は特定できない排出源

出典:英国以外は European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”、英国は United

Kingdom Government “Updated Energy and Emissions Projections: 2018 – updated May 16, 2019”

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エネルギー供給産業における脱炭素は、運輸よりも早く進むという見方が一般的である。特に電

力において、コスト競争力のある自然エネルギーが化石燃料を代替できる状況になっている。

国ごとに見ると、ドイツでは温室効果ガス排出量の削減目標 55%のうち、半分以上をエネルギー

供給産業で達成する計画である。発電における石炭の使用を削減する対策が中心になる。すでに

石炭火力発電の比率は大幅に低下しているが、それでも 2019 年の時点で発電量全体の 30%を占

めている。

ドイツでは原子力発電を 2022 年までにフェーズアウト(段階的廃止) する計画だが、自然エネル

ギーの拡大によって石炭火力の削減も可能になる。石炭火力は 2038 年までにフェーズアウトする

ことを最近決定した。

フランスでは電力の大半を原子力と自然エネルギーで供給しているため、エネルギー供給産業

による温室効果ガス排出量の削減目標は全体の 15%である。イタリア、スペイン、英国では、削減

目標の 40%前後をエネルギー供給産業で見込んでいる。

主要 5 カ国の 2020 年から 2030 年までの温室効果ガス排出削減目標のうち、20%以上を運輸

が占める。ドイツを除くと、各国の排出量で最も多いのが運輸である。この分野の排出量を削減す

ることが目標達成には欠かせない(図 12)。

図 12:主要 5 カ国における温室効果ガス排出量の削減計画(2020~2030 年、国別の比率)

注:その他は特定できない排出源

出典:英国以外は European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”、英国は United

Kingdom Government “Updated Energy and Emissions Projections: 2018 – updated May 16, 2019”

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⚫ 自然エネルギーの導入拡大

英国bを除く主要 5 カ国は、エネルギー消費量全体(電力、温冷熱、運輸)に占める 2030 年時点

の自然エネルギーの比率に関して、新たな目標を設定した。およそ 30~40%に引き上げるもので、

2020 年の目標と比べて 10~20 ポイントも高い。特にスペインが意欲的で、2030 年の目標を 42%

に設定した。2020 年の目標(20%)の 2 倍以上である(図 13)。

図 13:主要 5 カ国における自然エネルギーの比率(全セクター)

出典:2004~2008 年は Eurostat “Share of Energy from Renewable Sources – updated August 27, 2020”

(2020 年 9 月 2 日時点)、2020 年目標は European Commission “National Renewable Energy Action Plans

2020”(2020 年 8 月 26 日時点)、2030 年目標は European Commission “National Energy and Climate Plans

(NECPs)”(同)

各国は 2004 年以降、自然エネルギーの比率を大幅に増やしてきた。イタリアは 6%から 18%へ

3 倍増、ドイツは 6%から 16%へ、スペインは 8%から 17%へ、ともに 2 倍以上の増加である。フラ

ンスは 10%から 17%へ、英国はわずか 1%から 11%まで到達した。

それぞれの国が 2020 年の目標を達成できるか注目されるところだ。自然エネルギーの電力の

開発が旺盛なことに加えて、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響によるエネルギー消費量の減

少があり、目標にかなり近づいている。

b スコットランドは 2030 年までに 50%の目標を掲げている。

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自然エネルギーの電力が拡大すると、他のセクターの脱炭素が進む相乗効果も期待できる。運

輸の電化や電力由来の燃料生産(水素を含む)によって、自然エネルギーの電力をより有効に活

用しながら、あらゆるセクターの脱炭素を前進させることが可能になる。このようなセクター・カプリ

ングを実現するためには、電気自動車用の充電器や熱のネットワークの拡大をはじめ、抜本的な

システム変更が必要になる。

⚫ エネルギー効率の改善

脱炭素の目標を達成するためには、より多く自然エネルギーを利用するだけではなく、エネルギ

ー消費量を今日と比べて大幅に削減しなくてはならない。

主要 5 カ国のうち英国を除いて、2018 年から 2030 年までのあいだに、エネルギー消費量を 15

~20%削減する計画である。英国だけは 5%の削減を見込んでいる。ただし英国は 1990 年から

2018 年までにエネルギー消費量を 12%削減した実績がある。この削減率はドイツをわずかに抜い

て 5 カ国中で最大だ。フランス、イタリア、スペインではエネルギー消費量が増えている。

フランスとイタリアが 2030 年の目標を達成するためには、エネルギー消費量を 1990 年の水準以

下に削減しなくてはならない。経済成長とエネルギー消費量の増加が最も遅かったスペインでは、

1990 年比で 2030 年のエネルギー消費量を 26%増に抑える必要がある(図 14)。

図 14:主要 5 カ国のエネルギー消費量(1990~2018 年、2030 年目標)

Mt CO2:100 万トン(CO2 換算)

出典:1990 年~2018 年は Eurostat “Energy Efficiency – updated February 24, 2020”、2030 年目標は英国

以外が European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”、英国は United Kingdom

Government “Updated Energy and Emissions Projections: 2018 – updated May 16, 2019”

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エネルギー消費量を削減する主な対象として、建築物、運輸、産業の 3 つのセクターがある。

建築物セクターでは、住宅、商業、公共施設で、既築と新築の両方のエネルギー効率を改善して

いく。今後も建築物の過半数は既築であることから、大量のリフォームが必要になる。例えばスペイ

ンでは、2020 年から 2030 年までに 120 万戸の住宅を対象に、リフォームによってエネルギー効率

を改善する計画である。新築に関しては、ネット・ゼロ・エネルギー・ビルを推進する。優先度の高い

対策として、外構をはじめ、壁・天井・窓の断熱がある。さらに冷暖房や照明などの効率的な機器を

普及させる。

運輸セクターでは、複数の戦略が進んでいる。人の輸送においては、路上交通に代わって徒歩

や自転車を推進する。貨物輸送の場合には、鉄道や内陸水上交通へ移行する。このほかにも、移

動手段を集約するためにシェアリング(カープールやカーシェア)、都市高速交通の開発、より効率

的な自動車(電気自動車、プラグイン・ハイブリッド自動車、燃料電池自動車)の普及が挙げられる。

産業セクターでは、特に高温と低温の熱を利用する工程において、エネルギー効率を高める技

術や対策の開発が重要である。さらに産業分野の建築物に資源効率の高い建築素材(エコセメン

ト、木材、粘土など)を利用するとともに、建築物を解体して素材をリサイクルすることも求められる。

エネルギー効率を改善するための政策もさまざまな形で実施する。建築物セクターでは、例えば

フランスとスペインで熱性能の基準が設けられているほか、ドイツと英国では低利子あるいは無利

子の融資、イタリアでは税控除がある。

特に運輸セクターでは、インフラ面の変更に加えて、低排出の自動車に対する規制面・経済面の

優遇制度が設けられている。EU 全体では 2020 年の新車の乗用車に対する排出規制(95 グラム/

キロメートル)を実施中だ。ドイツではサイクルゾーンの設置や交差点付近の駐車禁止拡大、スペ

インと英国では都市部における低排出ソーンの創設、フランスではよりクリーンな自動車に買い替

えた場合の補助金がある。

産業セクターにおいても、個々の産業に合わせて各種の規制や経済政策を実施して、エネルギ

ー効率の改善を促進する。

こうした施策に加えて、エネルギーをよりスマートに利用できる技術の進化が期待される。デジタ

ル技術、計測・制御技術、センサー技術、さらにエネルギー管理ソフトウエアやエネルギー関連機

器・プロセスの最適化が、エネルギー効率を改善するツールになる。

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2. セクター別の自然エネルギー導入効果

⚫ 電力

欧州の主要 5 カ国における脱炭素戦略の根幹は、自然エネルギーの比率を高めることである。

ドイツでは、電力消費量(発電量+輸入量-輸出量)に占める自然エネルギーの比率を 2019 年

の 43%から 2030 年までに 65%へ、スペインでは 37%から 74%へ、イタリアでは 35%から 55%へ

引き上げることが目標である。

英国は自然エネルギー全体の 2030 年の目標を掲げていないが、2030 年までに電力の 3 分の 1

を洋上風力発電だけで供給することを目標にしている。2019 年の時点では洋上風力で 10%、自然

エネルギー全体では 35%になっていることから、2030 年には 50%以上の電力を自然エネルギー

で供給できる見込みだ。

フランスの 2030 年の目標は 40%にとどまるが、それでも 2019 年の 23%から 2 倍近くまで増や

す計画である。

5 カ国の実績を見ると、2020 年の目標はほぼ達成できる状況になっている(図 15)。 これに続い

て 2030 年の目標も達成できる可能性は大きい。

図 15:主要 5 カ国における自然エネルギー電力の比率と目標

出典:2004 年~2018 年は Eurostat “Share of Energy from Renewable Sources – updated August 27, 2020”、

2019 年は International Energy Agency “Data and Statistics”(2020 年 9 月 16 日時点)、2020 年目標は

European Commission “National Renewable Energy Action Plans 2020”(2020 年 8 月 26 日時点)、2030 年

目標は European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”(2020 年 8 月 26 日時点)

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フランスの目標が他国と比べて低い理由は、電力の大半(2019 年の時点で 70%)を原子力発電

によって脱炭素化できているためである。ただし 2035 年までに原子力の比率を 50%まで引き下げ

ることを目標にしている。

主な理由は 4 つある。第 1 に経済性において、原子力のコスト競争力が既設・新設ともに自然エ

ネルギーと比べて悪化している。第 2 に環境面でも、熱波が発生した時などに原子炉の冷却水が

問題となり、一時的に運転を停止しなくてはならない事態が発生している。地球温暖化に対して脆

弱な面がある。第 3 は社会的な問題として、福島第一原子力発電所をはじめ重大な事故によって

原子力に対する受容度が低下している。第 4 は技術面で、原子炉の新設と廃炉、使用済み核燃料

や放射性廃棄物の処分など、難問が山積している。

原子力を自然エネルギーで代替する取り組みは、欧州では一般的になっている。すでにイタリア

は 1990 年に原子力発電のフェーズアウトを完了した。ドイツは 2022 年までに、スペインは 2023 年

までに、原子力発電からフェーズアウトすることを発表している。

英国だけは原子力発電を縮小する方針を発表していない。低炭素の電力源として信頼性がある

と考えているためだが、コストの問題に直面している。建設中のヒンクリーポイント C 原子力発電所

では、発電コストが 14 米セント/kWh(キロワット時)に上昇している。このほかに日立製作所が英国

内でウィルファ原子力発電所の開発を進めていたが、経済合理性を理由にプロジェクトから撤退す

ることを 2020 年 9 月に決定した。24

原子力発電もさることながら、石炭火力発電の未来はもっと暗い。主要 5 カ国すべてが石炭火力

からフェーズアウトする。5 年以内にフランス、イタリア、英国がフェーズアウトして、スペインは 2030

年までに、最後にドイツが 2038 年までにフェーズアウトを完了する予定だ(表 6)。

表 6:主要 5 カ国の石炭火力発電と原子力発電

国 フェーズアウト/削減

石炭火力 原子力

フランス フェーズアウト(2022 年までに) 削減(2035 年までに発電量の 50%に)

ドイツ フェーズアウト(2038 年までに) フェーズアウト(2022 年までに)

イタリア フェーズアウト(2025 年までに) フェーズアウト(1990 年に完了)

スペイン フェーズアウト(2030 年までに) フェーズアウト(2035 年までに)

英国 フェーズアウト(2024/2025 年までに) 計画なし

出典:英国以外は European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs),”、英国は United

Kingdom Government “End of Coal Power to Be Brought Forward in Drive Towards Net Zero – February 4,

2020”

原子力発電の削減あるいはフェーズアウト、さらに石炭火力発電のフェーズアウトを同時に推進

することは意欲的な試みである。各国で発電量が減少しているとはいえ、今なお力を発揮している

産業であり、フランスの原子力やドイツの石炭火力は雇用の問題も大きい。

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それでもフェーズアウトは着実に進んでいる。ドイツでは原子力の発電量の比率が 1990 年の

28%から 2019 年には 12%まで低下した。英国では同じ期間に石炭火力の比率が 65%から一気に

2%まで減少している。その分を代替したのは、ドイツでは自然エネルギー、英国では自然エネルギ

ーとガス火力である。

エネルギー転換の影響を大きく受けるドイツの採炭地域などを対象に、「公正な移行メカニズム」

(Just Transition Mechanism)を EU 全体で推進していく。社会的・経済的な移行コストに着目して、

新しい職場を創出するほか、移行に伴って職を失う人たちに対する転職や新たなスキルの習得を

支援するためのプロジェクトなどが主な内容である。

主要 5 カ国では、過去 30 年間に自然エネルギーの電力の比率が上昇して、化石燃料による火

力(石炭、石油、ガス)と原子力は減少した。対照的に日本では、原子力は福島第一原子力発電所

の事故もあって減少したが、火力は増加している(図 16)。

図 16:主要 5 カ国と日本の電源構成(1990 年、2019 年)

注:自然エネルギーは水力(揚水式を含む)、風力、太陽光、太陽熱、地熱、バイオ、自然エネルギー由来の

廃棄物、潮流を含む。その他は自然エネルギー由来ではない廃棄物と種別不明の電源を含む。

出典:International Energy Agency “Data and Statistics”(2020 年 9 月 16 日)

欧州の主要 5 カ国では、自然エネルギーで原子力や火力を代替するために、いくつかの要因が

効果を上げている。自由な競争を促進する電力システム改革、固定価格買取制度や入札制度など

温室効果ガスを排出しない自然エネルギーを支援する政策、さらに風力(陸上、洋上)と太陽光を

中心に産業の発展と市場拡大によってもたらされた劇的なコストの低下などである。もはや環境の

問題だけではなく、経済性の点でも自然エネルギーの重要度が高まっている。

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ドイツを例に挙げると、風力と太陽光に長期に多額の投資が続いた結果、2014 年から 2019 年の

あいだに合計で 33GW(ギガワット=100 万 kW )の新たな発電設備が追加された。この間に家庭向

けの電気料金はわずか 2 米セント/kWh 高くなっただけである。同じ期間に大口ユーザー向けの産

業用は 2 米セント/kWh 以上安くなった。25 原子力と石炭火力を自然エネルギーで代替することの

経済性を示している。

すでに風力と太陽光は新たな電力の供給源として圧倒的に安くなった。主要 5 カ国における

LCOE(均等化発電原価)を見ると、陸上風力は 4~5 米セント/kWh まで下がり、最も安いケースで

は 3 米セント/kWh を切る。 太陽光は通常のケースで 4.5~7 米セント/kWh だが、最も安いケース

では 3.5 米セント/kWh になっている(図 17)。このコスト水準は 2019 年の市場価格(4.5~6 米セン

ト/kWh) と比べても競争力がある。26

図 17:主要 5 カ国と日本の電源別の発電コスト(LCOE、2020 年上半期)

注:ドイツ、イタリア、スペインは長年にわたって原子力発電所を建設していないうえに、新設する計画もない

ため、データがない。日本では経済産業省が 2015 年に、運転開始後 10~15 年を経過した旧来型の原子力

発電所を対象に試算したデータがあるが、現時点では有効とみなせず、それ以降の新しいデータはない。

出典:BloombergNEF “Levelized Cost of Electricity 1H 2020”(2020 年 4 月)

特に最近の数年間で、洋上風力が目ざましく進展した。今のところは陸上風力や太陽光と比べ

てコストが高いが(国による差が大きい)、フランス、ドイツ、英国では市場価格(補助金なし)で取引

するケースが出てきている。最も競争力のあるプロジェクトでは 5~6 米セント/kWh の水準になって

いる。経済性に加えて、大きな導入ポテンシャルが残っていることから、各国は脱炭素に向けて洋

上風力を大幅に拡大していく計画である(洋上風力発電については第 3 章で詳しく解説)。

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2030 年の目標達成に向けて、欧州の主要 5 カ国は風力(陸上・洋上)と太陽光に大規模に投資

する。

フランスは 2019年から 2030年のあいだに、太陽光発電の設備容量を約 10GWから約 40GWへ、

陸上風力を 16GW から 34GW へ、さらに洋上風力も約 5~6GW へ拡大することを目指す。ドイツは

太陽光を約 50GW から約 100GW へ、洋上風力を約 8GW から約 20GW へ増やす目標である。

イタリアは太陽光に注力して、約 20GW から約 50GW へ 2 倍以上に拡大する。スペインは太陽光

をフランスと同様に約 10GW から約 40GW へ、風力(陸上・洋上)を約 25GW から約 50GW へ増加さ

せる。洋上風力に最も意欲的に取り組んでいる英国は、すでに 10GW の規模で世界のリーダーに

なっているが、2030 年までに 40GW へ大幅に拡大する計画である。

一方で日本はどうか。2019 年には太陽光発電の設備容量が 62GW に達して、欧州の主要国を

上回っている。しかし 2030 年の目標が 64GW と低く、より高い目標を掲げなければ、現在のリード

を保てない可能性がある。さらに風力はわずか 4GW しか導入できていない。2030 年の目標も

10GW(洋上風力は 1GW 以下)と低く、すでに欧州の各国が到達しているレベルである(表 7)。

表 7:主要 5 カ国と日本の太陽光・風力発電の導入量(2019 年実績、2030 年目標)

国 太陽光発電

風力発電

陸上 洋上

2019 年 2030 年 2019 年 2030 年 2019 年 2030 年

フランス 11GW 35-44GW

(2028 年) 16GW

33-35GW

(2028 年) 0GW

5-6GW

(2028 年)

ドイツ 49GW 98GW 53GW 67-71GW 8GW 20GW

イタリア 21GW 51GW 11GW 18GW 0GW 1GW

スペイン 9GW 39GW 26GW 50GW 0GW (陸上に含む)

英国 14GW - 14GW - 10GW 40GW

日本 62GW 64GW 4GW 9GW 0GW 1GW

出典:2019 年は International Renewable Energy Agency “Renewable Energy Statistics 2020”(2020 年 7

月)、2030 年は英国と日本を除いて European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”、

英国は Queen Elizabeth II “The Queen’s Speech 2019 – December 19, 2019”、日本は経済産業省 “長期エ

ネルギー需給見通し関連資料”(2015 年 7 月)

太陽光と陸上・洋上風力は出力を補完し合えるものの、安定した電力供給を保証するには十分

ではない。欧州の主要 5 カ国は電力供給システムの柔軟性を高めるために、一連の対策を進めて

いる。近い将来に主力の電力供給源になる 3 種類の発電方法(太陽光、陸上風力、洋上風力)に

伴う出力変動を調整する対策である。

4 つある戦略的な手段は、国際連携、電力貯蔵、デマンド・レスポンス、そして火力や原子力など

従来型の発電所のフレキシブルな運用である。

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国際連携は自然エネルギーを活用するうえで極めて重要な役割を果たす。EU 全体で国際連携

の比率を 2020 年までに 10%、2030 年までに 15%へ引き上げることが目標である。各国は国内の

発電量をもとに、目標達成に必要な規模の送電ケーブルを隣国とのあいだに敷設しなくてはならな

い。27

例えばドイツは現時点で約 15GW の送電容量を 2030 年までに 30~35GW へ増強する必要があ

る。英国は EU 加盟国ではなくなったが、ノルウェー、フランス、ベルギーとのあいだで 4GW を超え

る連系線を建設中で、2021 年までに完成させる計画だ。さらに今後 10 年間で新たな開発も見込ま

れている。28

電力貯蔵に関しては、蓄電池、揚水発電、水素という 3 つの選択肢がある。イタリアでは 2030 年

までに 10GW の新たな貯蔵容量が必要になると想定している。分散型の貯蔵手段(蓄電池を含む)

で 4GW、揚水発電と電子化学的な生産手段(水素など)を合わせて 6GW を見込んでいる。スペイン

では 2030 年までに、2.5GW の蓄電池と 3.5GW の揚水発電の合計で 6GW、フランスでは 2030~

2035 年までに 1.5GW の揚水発電を追加する計画である。29

揚水発電は環境面の懸念があることから、多くの EU 加盟国では環境アセスメントに基づく許可

が必要になる。加えて EU には「Water Framework Directive」(水政策枠組み指令)がある。揚水発

電を含む既設・新設の水力発電設備も対象になる環境法である。この法律では河川の流域と生態

系の悪化を防ぎ、維持・強化することを目的として、河川管理計画と関連する対策を求めている。30

デマンド・レスポンスに関しては、フランスが長年にわたって利用時間帯別の電気料金制度を導

入している。電力の消費量が少ない時には価格を下げて、消費量がピークの期間に価格を上げる。

最近ではスマートメーターのようなデジタル技術を利用して、自動的に電力消費量を調整することも

可能である。フランスではデマンド・レスポンスの容量を 2019 年の 3GW 以下から 2028 年には 7GW

近くまで拡大する計画である。

従来型の発電所をフレキシブルに運用する対策は新しいものではない。フランスでは原子力発

電所をよりフレキシブルに運用することを検討中で、原子炉の出力を 1 時間以内に 10 万 kW オー

ダーで変動できるようにする。ドイツでは出力を調整しやすいガス火力発電所を重視している。

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⚫ 温冷熱

温冷熱の需要を電化すれば(住宅用のヒートポンプなど)、自然エネルギーの電力の拡大に伴っ

て脱炭素を実現できる。ただし、すべての温冷熱の需要を電化することできない(産業分野におけ

る高温の熱供給など)。欧州の主要 5 カ国では、電化と非電化の両面で自然エネルギーの目標を

掲げている。達成できれば大幅な改善になる。

フランス、ドイツ、イタリア、スペインでは、温冷熱の消費量における自然エネルギーの比率を

2018 年から 2030 年のあいだに 2 倍近くまで引き上げる計画である。最も進んでいるフランスでは

22%から 38%へ増やす。イタリアでは 19%から 34%へ、スペインでは 17%から 31%へ、ドイツで

は 14%から 27%へ拡大できると予測している。

しかし過去の実績を見ると、2030 年の目標達成は簡単ではない。各国は 2020 年の目標も掲げ

ているが、2018 年の時点で目標に到達しているのはイタリアだけである。ドイツとスペインは目標か

らさほど離れていないが、フランスと英国はかなりむずかしい状況にある(図 18)。

図 18:主要 5 カ国の温冷熱の消費に占める自然エネルギーの比率

出典:2004~2018 年は Eurostat “Share of Energy from Renewable Sources – updated August 27, 2020”

(2020 年 9 月 2 日時点)、2020 年目標は European Commission “National Renewable Energy Action Plans

2020”(2020 年 8 月 26 日時点)、2030 目標は European Commission “National Energy and Climate Plans

(NECPs)”(同).

温冷熱セクターで自然エネルギーの拡大がむずかしい理由のひとつは、バイオのほかにコスト

競争力のあるエネルギー源が見あたらないことである。化石燃料、特にガスと比べたコストが最大

の課題である。2018 年の時点で各国が温冷熱として利用している自然エネルギーの大半はバイオ

燃料である。特に入手しやすい固体のバイオ燃料(薪、端材、木質ペレット、家畜廃棄物、野菜など)

が多くを占める。都市から排出する生ごみやバイオガスも少量だが使われている。31

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バイオエネルギーで熱を生産する産業はすでに成熟していて、これから大幅なコスト削減は技術

面でも燃料面でも期待しにくい。今後さらに生産量を増やすためには、政策面の支援(助成金など)

が必要になる。

欧州の主要 5 カ国では、温冷熱の分野でヒートポンプも推進している。ヒートポンプを採用すると、

空気中のアレルギー源を削減して、室内の空気を改善できるメリットも大きい。

ただし現在のところヒートポンプの導入コストは、化石燃料による熱の供給と比べて高い。例えば

ドイツでは、最もコスト競争力のあるヒートポンプの場合、1kW あたりのコストが大規模ビル用で 940

ユーロ、小規模ビル用で 1370 ドル程度である。ガスや石油のボイラーと比べて約 2 倍になる。これ

から導入量が増えて、製造の効率化・標準化が進んでいけば、コストは下がるだろう。32 ドイツでは

空冷式ヒートポンプのコスト削減は 2030 年までに 3%と予測している。政策面では、フランスが補

助金、ドイツでは交付金や低利融資、イタリアでは税控除を実施している。

各種の施策が計画どおりの効果を発揮すれば、フランスとイタリアでは 2030 年までに、ヒートポ

ンプが重要な役割を果たすことになる(図 19)。

図 19:フランスとイタリアの自然エネルギーによる温冷熱消費の 2030 年目標

注:ヒートポンプは外気を利用するため自然エネルギーに含む。

出典:European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”

このほかに太陽熱と地熱が使われているが、その割合は今後も少ないと予想される。

2030 年以降になると、グリーン水素が重要な役割を果たす。例えば、石油の精製に必要な熱を

化石燃料に代わって供給できる(グリーン水素については第 3 章で詳しく解説)。

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⚫ 運輸

運輸セクターはエネルギー供給産業とともに、脱炭素の主要な対象である。しかし石油による輸

送手段を代替できるコスト競争力のある方法は今のところない。車両の購入費と燃料費を合わせ

た全体のコストで比較すると、ようやく電気自動車がいくつかの国で競争可能になりつつある。

電力や温冷熱と比べて、運輸における自然エネルギーの利用率ははるかに低い。そうした状況

の中で、欧州の主要 5 カ国は今後 10 年間に運輸セクターにおける自然エネルギーの利用比率を

大幅に高める計画である。

ドイツ、イタリア、スペインでは、運輸セクターの自然エネルギーの比率を 2030 年までに 22~

28%へ引き上げる。いずれも 2018 年の時点では 7~8%に過ぎなかった。フランスは 2018 年には

9%で他国を上回っていたが、2030 年の目標は 15%と控えめである。

ここで注記しておきたい点は、運輸セクターにおける自然エネルギーの比率を計算する方法が

複雑なことだ。利用する技術の環境性能や持続可能性によって、倍率が異なる。例えば、先進的な

バイオ燃料では 2 倍、路上輸送の電力では 4 倍、鉄道輸送の電力では 1.5 倍になる。

各国が 2030 年の目標を達成するためには、相当な努力が必要になる。というのも、さほど意欲

的ではない 2020 年の目標でさえ達成できない可能性がある(図 20)。

図 20:主要 5 カ国における運輸セクターの自然エネルギーの比率

出典:2004~2018 年は Eurostat “Share of Energy from Renewable Sources – updated August 27, 2020”、

2020 年目標は European Commission “National Renewable Energy Action Plans 2020”(2020 年 8 月 26 日

時点)、2030 目標は European Commission “National Energy and Climate Plans (NECPs)”(同).

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運輸セクターにおける自然エネルギーの比率を高める方法は主に 3 通りある。1 つはバイオエネ

ルギーで、再生可能な原料から持続可能な方法で作った先進的なバイオ燃料を利用する。農業廃

棄物や都市から出る生物由来の廃棄物から生成したバイオエタノールなどがある。

残る 2 つの方法は電化とグリーン水素である。いずれも自然エネルギーによるもので、今後 30

年間にわたって脱炭素に大きく貢献していく。特に路上輸送の電化と運輸用の水素に重点を置い

た政策を展開していく。車両の購入やインフラの整備を促進するための補助金などもある(詳細は

第 3 章を参照)。

これまでは運輸セクターにおける自然エネルギーの大半はバイオエネルギーによるものだった。

食品や飼料から生産するバイオ燃料が代表的である。2018 年の時点でバイオ燃料(廃棄物を含む)

と電気(自然エネルギー以外の電力を含む)の比率を見ると、フランス、ドイツ、スペイン、英国では

7 対 3 から 8 対 2 でバイオ燃料が多い。

3 通りの選択肢のうち、どれが主力になるかは輸送手段によって違いがある。さらに今後の産業

の進化も影響を与える。バイオ燃料の多くはすでに定着しているが、電気自動車は普及し始めた

段階であり、水素は将来の期待が大きい。

路上輸送の分野は運輸セクターの中で最大の温室効果ガス排出源である。欧州の主要 5 カ国

では、乗用車における電気自動車の役割が重要になると想定している。一方でトラックやバスなど

の大型車両は水素の役割が大きくなる可能性がある。電気自動車は蓄電池の重量と容量に制約

があるため、大型車両になると充電時間の長さや充電ステーションの利用可能性などの問題が生

じる。

鉄道の分野では車両の電化が進んでいる。電力インフラのない場所では、ディーゼル車に代わ

って水素が有力な代替手段になる。

海上輸送と航空輸送の分野で自然エネルギーを推進することは簡単ではない。コストとインフラ

の問題があり、船舶や航空機の設計あるいは格納方法に関しても変更しなくてはならない。

以上の施策が順調に進んでいくと、運輸セクターにおける自然エネルギーの比率は高まっていく。

最も意欲的なドイツでは、2020 年までに 20~25%程度、2030 年までに 50%近くまで到達すること

を目標に掲げている。

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第 3 章: 主要技術の動向

1. 洋上風力発電

⚫ 経済的な導入可能性

陸上風力と太陽光に続いて、洋上風力が欧州における主要な自然エネルギー電力の供給源に

なってきた。特に英国、ドイツ、さらにフランスも多額の投資を開始した。それほど経済的に魅力の

ある資源が広がっている。均等化発電原価(LCOE)は 7.5 米セント/kWh 以下まで下がり、新設のガ

ス火力と同等で、原子力と比べるとはるかに安い。EU 全体の電力消費量の 80~180%をカバーで

きるポテンシャルがあり、2030 年までに 3 兆 2000 億 kWh 以上の電力を供給できる見込みだ。資源

の多くは北海と大西洋にある(地図 2)。

地図 2:欧州の洋上風力発電の有望地域(2030 年末時点)

出典:WindEurope “Unleashing Europe’s Offshore Wind Potential: A New Resource Assessment”( 2017 年

6 月)

ドイツ

フランス

英国

イタリア

スペイン

北海

大西洋

地中海

バルト海

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特に北海に膨大なポテンシャルがある。風速が速く、水深は浅めで、海岸線からの距離もさほど

遠くない海域が広がっている。北海に面した英国は経済的に魅力のある洋上風力の資源に恵まれ

ていて、国全体の電力消費量の 3 分の 1 以上を洋上風力だけで供給することが可能である。この

ほかにフランスはドイツよりも多くの資源を抱えている。ただし大西洋(フランスの西側)は風速が速

いものの、水深が深くて、海が荒れることが多く、北海と比べると港からの距離も遠くなる。

フランス、イタリア、スペインが面している地中海では、水深が深いために浮体式の風車が必要

になる。

同様に日本においても、洋上風力発電で年間に 9 兆 kWh(国全体の電力消費量の約 10 倍)を

超える電力を供給できるポテンシャルがある。ただし水深の深い海域が多いため、浮体式の技術

を必要とする。33 日本の資源を生かすうえで、英国の導入拡大政策とフランスの浮体式の事例は

参考になる。フランスでは浮体式の洋上風力発電を推進するために、今後数年間にわたって数十

万 kW 規模のオークションを計画している。価格の目標は 13~14 円/kWh である。34

⚫ 意欲的な目標と進捗

欧州の主要 5 カ国のあいだでは、洋上風力発電に対する意欲にかなりの差がある。利用できる

資源のほか、導入できる技術の実績にも大きな差があるためだ。

英国は資源に恵まれていて、導入実績でも世界のリーダーである。有利な条件と産業の成功を

土台に、2030 年までに電力消費量の 3 分の 1 を洋上風力で供給する意欲的な目標を掲げている。

導入量を 40GW(ギガワット=100 万 kW)まで一気に拡大する計画で、そのうち 1GW は浮体式を見

込んでいる。年間の発電量は英国の全家庭の電力消費量を上回る。35

Ideol 社の浮体式風車(フランス)

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英国と比べると条件の良くないドイツだが、2030 年までに 20GW の導入目標を掲げている。フラ

ンスは 5~6GW の目標で進展は遅いが、海洋の利用に関する規制や協議が複雑なことが理由で

ある。イタリアの目標は 1GW にとどまっている。スペインは風力全体で 50GW の目標のうち、洋上

風力の割合は明らかにしていない。イタリアとスペインでは水深が深いといった自然条件の問題に

加えて、陸上風力と太陽光のコスト競争力が高いことも理由である。

英国とドイツは 2030 年に向けて意欲的な目標を掲げているが、過去 10 年間の目ざましい進展

を見れば、自信をもって達成できる状況と言える。2010 年の時点では、英国の洋上風力発電の導

入量は 1GW で、ドイツはほぼゼロだった。それが 2019 年末には英国が 10GW、ドイツが 8GW まで

拡大している(図 21)。

図 21:英国とドイツの洋上風力発電の導入量(2010~2019 年)

出典:International Renewable Energy Agency “Renewable Energy Statistics 2020”(2020 年 7 月)

欧州では英国とドイツのほかにも洋上風力発電の導入が進んでいる国がある。ベルギーとデン

マークでは 2019 年末の時点で 1.6~1.7GW、オランダでも 1GW 近い導入量になっている。

一方で日本の洋上風力発電の状況を見ると、現在の導入量は 0.1GW にも満たない。2030 年ま

でに 0.8GW という目標も低すぎる。日本の電力市場の規模はドイツの 2 倍、英国の 3 倍ある。両国

は過去 10 年間に 10GW 近い規模の洋上風力発電設備を追加した。日本の豊富なポテンシャル、

市場規模、技術の進化を考えれば、もっと高い目標を掲げることによって、洋上風力発電の強力な

産業基盤を確立できる。

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⚫ 支援政策

欧州では洋上風力発電プロジェクトを推進するために、大規模な入札を頻繁に実施する政策を

とっている。フランス、ドイツ、英国が採用しているほか、デンマークやノルウェーでも実施している。

フランスとドイツは 250~1000MW の入札を複数回にわたって実施する計画を発表した。英国では

7000~8500MW にのぼる膨大な量の入札を 2021 年から約 2 年間で実施する計画である(表 8)。

表 8:フランス、ドイツ、英国の洋上風力入札計画

国 入札年、入札量

フランス

2020 年:1000MW (着床式)、2021 年:250MW(浮体式)、2022 年:500MW(浮体式)

2021~2022 年:500~1000MW(着床式)、2023 年:1000MW (着床式)

2024 年から:1000MW/年(着床式、浮体式)

ドイツ 2021 年から:700~900MW/年

英国 2021 年から:7000~8500MW

出典:French Ministry of Ecological and Solidarity Transition “French Strategy for Energy and Climate: Multi-

year Energy Programming 2019-2023 2024-2028”(2020 年 4 月)、German Bundesnetzagentur “Wind

Turbines at Sea”(2020 年 9 月 23 日時点)、UK Oil & Gas Authority “UKCS Energy Integration Final Report:

Annex 1. Offshore Electrification”(2020 年 8 月)

このような推進計画を示すことは、事業者が洋上風力発電プロジェクトに投資しやすくなる点で

重要だ。導入量の大きな入札はスケールメリットをもたらす。入札を通じて事業者間の競争が進み、

技術も進化する。より大きな風車の開発、洋上における施工の簡素化、浮体構造の革新、送電イン

フラの進化(特に高圧直流送電)によって、欧州では過去 10 年間に発電コストが低下した。

英国を例に挙げると、2015 年に発表した第 1 ラウンド(2017 年~2019 年に運転開始)と 2019 年

に発表した第 3 ラウンド(2023 年~2024 年に運転開始)の入札のあいだに、プレミアム(市場価格

に上乗せする価格)が 136~143 ポンド/MWh から 48~50 ポンド/MWh へ下がった(図 22)。

図 22:英国の洋上風力発電のプレミアム(インフレを考慮した 2019 年時点の価格)

出典:United Kingdom Government, Department for Business, Energy & Industrial Strategy “Contracts for

Difference Allocation Round Results 1 (February 2015), 2 (September 2017), and 3 (October 2019)”

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英国における直近のプレミアムは約 6 米セント/kWh である。フランスでは 2019 年のプレミアムが

約 5 米セント/kWh だった。さらにドイツでは 2017 年と 2018 年の入札において、プレミアムなしの市

場価格で成立したケースがあった。

このような欧州における良好な結果を参考に、日本でも洋上風力発電を普及させる政策として、

入札の回数と量を設計すべきである。

英国では 2019 年に「洋上風力セクターディール」(Offshore Wind Sector Deal)を開始した。より

意欲的で広範な計画を通じて、政府と産業界の連携を推進している。経済成長を実現する新たな

産業戦略「Industrial Strategy: building a Britain fit for the future」 に基づき、洋上風力発電の強力

なサプライチェーンを構築して、国内外における事業者の生産性と競争力を高める。

主な支援策は 2 つある。第 1 に政府が最大で 7 億ドル以上の資金を用意して定期的に入札を実

施する。この資金を使って、発電事業者にプレミアム(固定の権利行使価格と変動する市場参照価

格の差額)を支給する。第 2 の支援策は「洋上風力成長パートナーシップ」(Offshore Wind Growth

Partnership)に 3 億ドル以上を投資して、サプライチェーンの企業群(アレイケーブル、ブレード製造、

土木、運搬、洋上運転、船舶など)に能力評価、助言サービス、助成金などを提供する。36

⚫ 事業者の参入状況

電力セクターにおけるエネルギー転換は、旧来の大手電力会社が保有する火力発電所と原子

力発電所の経済性を悪化させている。一方で各社は太陽光と陸上・洋上風力発電に多額の投資を

実行して、自然エネルギーの発電所を増やし始めた。特に洋上風力発電はプロジェクトの規模が

大きいことから、資金力のある大手の電力会社が力を入れて取り組んでいる。

フランスの電力会社 EDF は 4 つの大規模な洋上風力発電プロジェクトに参画した。合計で 2GW、

そのうち 480MW を建設中である。さらに EDF は英国においても、スコットランドの東海岸沖に広が

る北海で建設中の 450MW 洋上風力発電プロジェクト(Neart Na Gaoithe)に参画している。37

EDF に次ぐ規模のフランスの電力会社 ENGIE も、同様にスコットランドの東海岸沖で建設中の

1GW にのぼる洋上風力発電プロジェクト(Moray East)を推進している。ENGIE はベルギー沖で建

設中の 0.5GW のプロジェクト(Seamade Seastar 1)も推進中だ。38

ドイツの電力会社 RWE は英国とドイツにおいて、これまでに合計で約 2GW の洋上風力発電プロ

ジェクトに参画した実績がある。39 スペインの電力会社 Iberdrola は国内よりも有望な英国を中心に、

洋上風力発電事業の拡大に取り組んでいる。40

欧州の大手電力会社の中では、太陽光発電の世界的なリーダーでもあるイタリアの Enel だけが、

洋上風力発電に消極的である。陸上風力発電と比べてコストが高いこと、長期にわたる運転・保守

の実績がないためにリスクが大きいことが主な理由だ。

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2. 電気自動車

⚫ 目標

欧州の主要 5 カ国では、運輸セクターの温室効果ガス排出量の多くを自動車が占めている。蓄

電池の価格が技術革新と産業の進展により低下してきたことで、自動車を中心とする路上輸送の

脱炭素が可能になってきた(図 23)。

図 23:リチウムイオン蓄電池の価格低下(インフレを考慮した 2019 年時点の価格)

出典:BloombergNEF “Long-term Electric Vehicle Outlook 2020”(2020 年 5 月)

このような価格低下は 5 カ国で共通に見られる。各国が路上輸送の分野で、さまざまなタイプの

自動車を対象に(表 9)、意欲的な目標を掲げるようになった。

表 9:電気自動車のタイプと概要

タイプ 略称 概要

Battery electric vehicle

(蓄電池電気自動車) BEV

充電可能な蓄電池に貯蔵した化学エネルギーだけを使用

(プラグイン・ハイブリッド自動車のようにエンジンは搭載し

ていない)

Fuel cell electric vehicle

(燃料電池電気自動車) FCEV

燃料電池で水素と酸素を結合させて発電した電力で電気

モーターを駆動

Plug-in hybrid vehicle

(プラグイン・ハイブリッド自動車) PHEV

電気モーターとエンジンの両方を搭載して充電可能

(充電できないハイブリッド電気自動車を除く)

Zero-emission vehicle

(ゼロエミッション自動車) ZEV CO2 を排出しない BEV、FCEV、PHEV が対象

出典:自然エネルギー財団

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フランスと英国では、それぞれ 2040 年と 2030 年までに、エンジン搭載車の販売をフェーズアウト

して、電気自動車を拡大する計画である。ドイツとスペインでは、それぞれ 2050 年と 2040 年までに、

ゼロエミッション自動車の販売を 100%にする目標を掲げている。イタリアは 2030 年までに電気自

動車を 600 万台(蓄電池電気自動車 400 万台、ハイブリッド電気自動車 200 万台)に増やすことを

目指している(表 10)。

表 10:主要 5 カ国における電気自動車の導入目標

国 2030 年 2040 年 2050 年

フランス

蓄電池電気自動車 300 万台

ハイブリッド電気自動車 180 万台

(2028 年)

化石燃料で走る新車の

販売禁止 -

ドイツ 蓄電池電気自動車と燃料電池電気

自動車 700~1000 万台 -

すべての乗用車を

ゼロエミッション自動車

イタリア 蓄電池電気自動車 400 万台

ハイブリッド電気自動車 200 万台 - -

スペイン 電気自動車 500 万台 ゼロエミッション自動車の

販売 100% -

英国 エンジン搭載車の新車販売禁止 - -

自動車の保有台数に関する目標

エンジン搭載車の禁止あるいは電気自動車 100%の目標

出典:英国以外は International Energy Agency “Global EV Outlook 2020”(2020 年 6 月)、英国は United

Kingdom Government, Department for Business, Energy & Industrial Strategy “The Ten Point Plan for a

Green Industrial Revolution – updated November 18, 2020”

各国が推進する電気自動車の導入拡大によって、どのくらい温室効果ガス排出量を削減できる

かは具体的に示されていない。運輸セクター全体の排出削減目標の中に含まれている。

電気自動車の目標に加えて、フランスとドイツでは充電インフラに関しても目標を設定している。

フランスでは 2023 年までに公共の充電ポイントを 10 万カ所に拡大する計画で、2019 年から 3 倍

以上に増やす。ドイツでは 2019 年の時点で 4 万カ所に満たない状況から、2030 年までに 100 万カ

所に拡大する目標を掲げている。

⚫ 進捗

フランス、ドイツ、英国では各種の政策によって、電気自動車の保有台数(充電池電気自動車と

ハイブリッド電気自動車)は 2019 年に 23 万~26 万台の規模に達した(図 24)。フランスでは充電

式電気自動車が 16 万 7000 台に、ドイツでは同 14 万 6000 台に、英国ではハイブリッド電気自動車

のほうが多く 16 万台になった。より大きな市場がある日本では合計 29 万 4000 台である。

フランス、ドイツ、英国では電気自動車の販売台数は増えているが、新車の販売台数に占める

比率は現在のところ 3%程度である。

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図 24:フランス、ドイツ、英国の電気自動車の保有台数(2010~2019 年)

注:充電池電気自動車とハイブリッド電気自動車(燃料電池電気自動車は少数のため含まない)

出典:International Energy Agency “Global EV Outlook 2020”(2020 年 6 月)

充電インフラの整備に関しては、公共の充電器の設置が進行中である。ドイツでは 2019 年の時

点で 3 万 7000 カ所に公共の充電器を設置した(図 25)。フランスと英国は 3 万台前後である。各国

とも低速の充電器(22kW 以下)が多い。ちなみにガソリンスタンドは、フランスに約 1 万 1000 カ所、

ドイツに約 1 万 4000 カ所、英国に約 8000 カ所ある。41

図 25:フランス、ドイツ、英国の公共充電器の設置台数(2012~2019 年)

出典:International Energy Agency “Global EV Outlook 2020”(2020 年 6 月)

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日本には 2019 年の時点で約 3 万台の公共充電器が設置されている。フランスや英国とほぼ同

じ台数である。この点でも日本の市場規模を考えると、より多くの充電器を設置することが望まれる。

⚫ 支援策

電気自動車はコストの点では、まだエンジン搭載車と競争できる状況になっていない。特に消費

者が購入する時の費用が高いため、政府の支援策が必要になる。

欧州の主要 5 カ国には、電気自動車に対する 2 種類の支援策がある。購入時の補助金と税控

除である。電気自動車のタイプや温室効果ガスの排出量などに応じて、数千ドル程度の補助金が

付き、さらに税控除を受けられる場合がある。

フランス、ドイツ、イタリアでは、購入時に最大で 6800 ドルの補助金を支給している(表 11)。フラ

ンスで最高額の補助金を受けられるのは、充電池電気自動車、燃料電池電気自動車、高効率の

ハイブリッド電気自動車(CO2 排出量が 20 グラム/キロメートル以下の場合=欧州の新車における

標準的な排出量の約 5 分の 1)のいずれかで、小売価格が 5 万 800 ドル以下の場合である。フラン

ス国内では同時に税控除を受けられる地域も多い。

ドイツでは小売価格が 4 万 5200 ドル以下の蓄電池電気自動車の場合に最高額の補助金を支

給する。 イタリアでは CO2 排出量が 20 グラム/キロメートル以下の電気自動車を購入して、古い自

動車を廃棄した場合に最高額を受けられる。さらに蓄電池電気自動車を購入すると、登録から 5 年

間は自動車保有税が免除される。

表 11:主要 5 カ国の電気自動車に対する購入促進策

国 購入補助金 税控除 付随条件

フランス

6800 ドル* / 3400 ドル**

(BEV、FCEV、PHEV

< 20 gCO2/km)

国内の多くの

地域で登録

税を免除

* 小売価格 5 万 800 ドルまで

** 小売価格 6 万 7800 ドルまで(FCEV を除く)

古い自動車を廃棄した場合には補助金が増加

する場合がある

ドイツ

6800 ドル* / 5600 ドル**

(BEV)

5100 ドル* / 4230 ドル**

(PHEV)

- * 小売価格 4 万 5200 ドルまで

** 小売価格 7 万 3400 ドルまで

イタリア

6800 ドル* / 4500 ドル**

(0-20 gCO2/km)

2800 ドル* / 1700 ドル**

(21-70 gCO2/km)

登録から 5 年

間は自動車

保有税を免除

(BEV)

* 古い自動車を廃棄

** 古い自動車を廃棄しない

スペイン 1500~6200 ドル*

(PHEV、BEV) -

* 電力による航続距離が 72km 以上の場合に

最高額、ただし小売価格 4 万 5200 ドルまで

英国 最大 3800 ドル*

(BEV、PHEV**) -

* 小売価格の 35%まで、小売価格 6 万 3600 ド

ルまで

** CO2 排出量 50 gCO2/km 以下、電力による

航続距離 112 km 以上

出典:International Energy Agency “Global EV Outlook 2020”(2020 年 6 月)

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日本では蓄電池電気自動車に対する補助金が最大で約 3700 ドル、ハイブリッド電気自動車が

最大で約 1800 ドルである。欧州の 5 カ国と比べて補助金の額は低いが、購入時には消費税が免

除される。このほかに燃料電池電気自動車の補助金が最大で約 2 万 800 ドルと高額である。電気

自動車に対する戦略の違いが見られる。

⚫ 自動車メーカーの対応

電気自動車に対する優遇政策は、当然ながら自動車メーカーに大きな影響を与える。主要メー

カー各社は新たな対策として、2030年までの電気自動車の販売台数、グループ全体の販売台数に

占める比率、新モデルの投入などに関して、意欲的な目標を発表している(表 12)。

ドイツのフォルクスワーゲン・グループは、2020 年の夏までに 30 万台の電気自動車を販売する

目標を掲げた。さらに2025年までに販売台数を300万台に引き上げる。2030年には累計で約2600

万台の販売を目指す。同じドイツのダイムラー・グループは 2020 年に 10 万台を販売する。フランス

の PSA(プジョー)は 2022 年に約 100 万台を販売する計画である。

グループ全体の販売台数に占める比率では、フランスのルノーが 2022 年に 20%の目標を掲げ

ている。ドイツの BMW は 2025 年に 15~25%、ダイムラーとフォルクスワーゲンは 2025 年に 25%

である。さらにダイムラーは 2030 年までに 50%以上を電気自動車で販売することを目指す。

電気自動車の新モデルに関しては、BMW、ダイムラー、PSA は 2021 年から 2023 年までに 10~

14 モデル、フォルクスワーゲンは 2029 年までに 75 モデルを開発する。

表 12:欧州の主要な自動車メーカーによる電気自動車の販売・開発計画

国 グループ

計画

販売台数 グループの販売台数に

占める比率 新モデル

フランス PSA 90 万台(2022 年) - 14(2021 年までに)

ルノー - 20%(2022 年) 12(2022 年までに)

ドイツ

BMW - 15~25%(2025 年) 13(2023 年までに)

ダイムラー 10 万台(2020 年) 25%(2025 年)

50%以上(2030 年) 10(2022 年までに)

フォルクス

ワーゲン

30 万台(2020 年夏まで)

最大 300 万台(2025 年)

累計で約 2600 万台(2029 年)

25%(2025 年) 75(2029 年までに)

注:ルノーの計画には、アライアンスを組む日産自動車と三菱自動車を含む。

出典:International Energy Agency “Global EV Outlook 2020”(2020 年 6 月)

欧州の自動車メーカーと比べると、日本のメーカーの取り組みは消極的に見える。トヨタ自動車

グループは 2030 年までの目標として、蓄電池電気自動車と燃料電池電気自動車を合計で 100 万

台以上販売する計画である。合わせて蓄電池電気自動車の新モデルを 2020 年代の早い時期まで

に 10 モデルを予定している。ホンダ・グループは 2030 年までに電気自動車の比率を 15%に、日産

自動車は 2022 年までに蓄電池電気自動車の新モデルを 8 モデル投入する計画である。

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コラム 2:電気自動車の販売比率が 5 割を超えたノルウェー

ノルウェーの電気自動車の台数は 2019 年末に 32 万 9000 台に達した。中国と米国に次いで

世界で第 3 位、欧州では最大だ。2019 年の新車販売台数に占める電気自動車の比率は 56%に

達した。蓄電池電気自動車の販売台数が大幅に増加したことによる。

一方でノルウェーは水力発電によって国全体の電力消費量(2010 年以降は 1200~1300 億

kWh)をカバーできる(ただし年による)。このような恵まれた環境に加えて、電気自動車の進化が

経済面・技術面で進むことを見込んで、2025 年までにすべての新車をゼロエミッション自動車で

販売する目標を定めた。

ノルウェーでは他国のような購入時の補助金ではなくて、主に税控除によってゼロエミッション

自動車への転換を進めている。例えば蓄電池電気自動車の場合には、通常の付加価値税 25%

が免除される。

今後の課題は、経済的な支援策を減らすのと同時に、充電インフラを拡充することである。

2019 年の時点で公共の充電器は約 1 万台で、そのうち 40%以上が高速の充電器である。さらに

電気自動車と送配電網の統合も課題になる。

ルノーの電気自動車「Zoe」

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3. グリーン水素

⚫ 概要

グリーン水素は自然エネルギー由来の電力を使って、水を電気分解して作る。CO2 を排出しない

電力を利用するため、グリーン水素も CO2 を排出しないものとみなすことができる。

これに対して化石燃料に含まれる炭化水素から生成する水素が現在の主流だが、グリーン水素

と違って生産する時に温室効果ガスを排出する。天然ガスから作る水素を“グレイ水素”、石炭から

作る水素を“ブラウン水素と”呼ぶ。

CO2 を排出しないグリーン水素を開発して普及させることによって、脱炭素がむずかしい分野に

おける有効な解決策になる期待がある。

例えば電力セクターでは、季節性があるエネルギーを貯蔵する方法としてグリーン水素が適して

いる。今後は太陽光と風力の電力が大量に生み出されて、時間帯によって過不足が生じることが

想定される。その時にグリーン水素が電力の需給調整を柔軟に実施する効果的な手段になる。

さらに化学(アンモニアなど)、石油精製、製鉄といった分野で、グリーン水素は化石燃料を代替

できる可能性がある。すでに製鉄大手のアルセロールミタルは、欧州で初めて直接還元製鉄プラン

トを建設して、天然ガスの代わりにグリーン水素を使って鉄を製造する取り組みを開始した。42

運輸セクターでは、鉄道、船舶、航空機などエネルギー使用量の多い輸送手段でグリーン水素

が使われる可能性が大きい。航空機の分野では、大手航空機メーカーのエアバスが世界で初めて

ゼロエミッションの商用機を 3 種類のコンセプトで発表した。2035 年までに飛行距離が 1000~2000

マイルを超える航空機を商用化する計画で、主要な電源は水素である。43

エアバスのゼロエミッション航空機のコンセプト

「AirbusZEROe Blended Wing Body」

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このようなビジョンを実現する前に、グリーン水素が化石燃料由来の水素と比べてコスト競争力

を持つ必要がある。現在のところ EU では化石燃料由来の水素が 1 キログラムあたり 1.5~2.0 ドル

程度(天然ガスの価格に依存、CO2 のコストは含まない)に対して、グリーン水素は 3.0~6.5 ドルで

ある。44

ただし化石燃料由来の水素がもたらす環境負荷をコストとして把握する、あるいはグリーン水素

が気候変動の抑制に貢献する便益を認識することによって、現在のコストの差は縮まる。と同時に

自然エネルギーの電力がさらに低下して、水電解装置(エレクトロライザー)のコストが下がれば

(過去 10 年間に 60%低下)、コストの差は小さくなっていく。

欧州ではグリーン水素に対する新規投資が数多く発表されている。EU の本部があるベルギーの

ブリュッセルでは、大手の自動車メーカーや石油会社などが国際コンソーシアムの「水素協議会」

(Hydrogen Council)を創設した。ゼネラルモーターズやトヨタ自動車、サウジアラムコや中国石油化

工集団などが加盟して、水素によるエネルギー転換を推進する共通のビジョンと長期目標を掲げた。

加盟企業は 2017 年からの 3 年間で 13 社から 92 社に拡大。このコンソーシアムを通じて、欧州に

おけるグリーン水素は成長段階を迎えようとしている。45

⚫ EU の戦略 46

2020 年の夏に、EU の行政執行機関である欧州委員会(European Commission)が水素戦略を提

示した。この戦略の中で、水素を電力・運輸・産業・建築物の各セクターで幅広く活用できることを

示した。原料や燃料、あるいはエネルギーの輸送・貯蔵手段として利用できる。

水素は使用時に CO2 を排出することなく、空気を汚すこともほとんどない。温室効果ガスの排出

削減が急務で困難なセクターにおいて、脱炭素化の解決策になる。EU が 2050 年までにカーボン・

ニュートラルを達成するうえで、水素は“不可欠な”手段であると位置づけた。

ただし水素の生産量を拡大してコスト競争力を高めること、天然ガスや石炭からではなく自然エ

ネルギー(主に太陽光と風力)から水素を生産して初めて完全に脱炭素になることも、重要な課題

として挙げている。

日本では CCS(CO2 回収・貯留)システムを利用して生産する“ブルー水素”が注目されているが、

EU では過渡的な対策と位置づけている。今のところ CCS は商用段階に至っておらず、技術と経済

性の両面で実用性を示すごとができていない。CCS を発電に適用する場合でも、化石燃料ではなく

てバイオエネルギーの発電所に適用する BECCS(バイオエネルギーCCS)のほうが CO2 削減効果

は大きい。

EU は長期の水素戦略を実現するために、意欲的な計画を 3 つのフェーズに分けて策定した。

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2020 年から 2024 年までの第 1 フェーズでは、自然エネルギー由来の水素を生産する水電解装

置を 6GW 以上に拡大して、EU 全体で 2024 年までに 100 万トンのグリーン水素を生産できるように

する。化学業界などにおける水素の生産体制を脱炭素化するとともに、製鉄などの工業プロセスや

エネルギー消費量の多い運輸分野にも水素の利用を拡大することが目的である。

グリーン水素を拡大するためには、水電解装置の生産規模を大型の装置(最大 100MW)を含め

て増強する必要がある。水電解装置は石油精製や製鉄プラント、化学コンビナートといったエネル

ギー需要が集中する地域に設置することも可能だ。地域内で自然エネルギーの電力を供給して、

水素を生産できれば理想的である。さらに燃料電池バスなどに水素を供給するステーションも必要

になる。

次の 2025 年から 2030 年までの第 2 フェーズでは、エネルギー・システムの統合に水素が重要

な役割を果たす。水電解装置を 2030 年までに 40GW 以上の規模に拡大して、最大 1000 万トンの

グリーン水素を生産できるようにする。さらに欧州の近隣地域にも 40GW の水電解装置を導入して、

生産したグリーン水素を EU に輸入することを計画している。

EU の予測では、2030 年には自然エネルギーの電力が安価になり、水電解装置で生産するグリ

ーン水素のコストが化石燃料由来の水素と競争力をもてるようになる。運輸セクターでは、トラック

や鉄道、船舶でも徐々に水素が使われていく。グリーン水素は自然エネルギーを主体にした電力

システムにおいても、需給調整機能を提供して安定した供給力をもたらす。

第 2 フェーズでは EU 全域に水素の輸送手段が必要になる。自然エネルギーの資源が豊富な地

域から、水素の需要が集中する地域まで、水素の輸送システムを段階的に整備していく。欧州全

域をカバーする基幹ネットワークに加えて、水素供給ステーションのネットワークも構築しなくてはな

らない。既存のガス供給ネットワークの一部をグリーン水素の長距離輸送に利用することも考えら

れる。合わせて大規模な水素貯蔵設備も必要になる。EU に隣接する東欧諸国(ウクライナなど)や

地中海周辺地域(アルジェリア、エジプト、モロッコなど)とのあいだで国際取引も実現できるだろう。

最終的に 2050 年までの第 3 フェーズでは、グリーン水素の技術が成熟して、脱炭素がむずかし

いセクターでも大規模に利用できるようになる。

以上のような目標を達成するためには、大胆な投資が求められる。水電解装置に対する投資額

は 2030 年までに 240~420 億ユーロに達する、と EU では予測している。さらに水素の輸送・配送・

貯蔵と水素ステーションの整備に 650 億ユーロの投資が必要になる。

このような投資を促進して水素のエコシステムを確立するために、欧州委員会は「欧州クリーン

水素アライアンス」(European Clean Hydrogen Alliance)を立ち上げた。産業界から数多くの企業を

集めるとともに、政府や地方自治体、民間の非営利組織と連携を図って、グリーン水素や低炭素水

素(CO2 回収・貯蔵を組み合わせた化石燃料ベースの水素などを含む)の普及に向けた活動を推

進する。47

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欧州クリーン水素アライアンスに参加した企業は、化学のエア・リキードや BASF、石油の BP ヨ

ーロッパ、シェル、トタル、自動車のボッシュ、ダイムラートラック、トヨタモーターヨーロッパ、電力の

EDF、Enel、ENGIE、RWE、電力システムの三菱日立パワーシステムズやシーメンスエナジーなど、

主要な産業のリーディングカンパニーである。

このアライアンスでは、長期的にはグリーン水素、移行期間中は低炭素水素に注力する。48 実行

可能な投資プロジェクトを数多く生み出すことを目的に活動していく。すでに合計で 1.5~2.3GW に

のぼるグリーン水素の生産プロジェクトが建設中あるいは発表されているほか、22GW のプロジェク

トが見込まれている。これらのプロジェクトをすべて実現できると、EU の目標である 2030年に 40GW

の目標に対して約 60%を達成できる。

水素を推進する EU のエネルギー政策において、欧州クリーン水素アライアンスは主要な活動の

ひとつであり、投資行動を促進する役割を担う。このほかにもグリーン水素を普及するためには、

需要と生産の拡大、利用環境の整備、研究開発の促進、国際連携、といった 4 つの領域における

活動が重要になる(表 13)。

表 13:EU の水素推進に向けた重点領域と活動

重点領域 主要な活動例

投資行動の促進 「欧州クリーン水素アライアンス」を通じて、水素の生産と利用を促進し、開発プロジ

ェクトを拡大(2020 年末まで)

需要と生産の拡大 グリーン水素の利用セクターに対して、需要を喚起するための追加の支援策を実施

(2021 年 6 月まで)

利用環境の整備 水素インフラの構築計画を開始、各種の水素供給インフラの導入を加速(2021 年)

研究開発の促進 100MW 級の水電解装置の開発に着手、グリーン水素を活用する空港・港湾の提案

を募集(2020 年第 3 四半期)

国際連携 近隣地域を中心とした国々との協力促進(自然エネルギーの電力と水素に関して、

特にウクライナと)

出典:European Commission “A Hydrogen Strategy for a Climate-neutral Europe”(2020 年 7 月)

⚫ フランスとドイツの戦略 49

フランスとドイツが最近発表した新しい水素戦略は、現時点で最も先進的である。

フランスでは自然エネルギーと原子力による脱炭素水素(原子力を含むためにグリーン水素で

はない)を推進する。ドイツではグリーン水素(特に洋上風力による電力から生産)だけが長期的に

持続可能と考えられている。両国ともに、製鉄や化学などの産業分野、さらにトラック、バス、電車、

船舶、航空機などの運輸分野の脱炭素化が目的である。

フランスは 2030 年までに 70 億ユーロを水素に投資する。ドイツは 90 億ユーロの投資額のうち、

70 億ユーロを市場拡大に、20 億ユーロを国際連携に割り当てる。特にドイツはグリーン水素の輸

入に力を入れる。国内のグリーン水素の生産量だけでは十分ではないと判断して、EU に加盟する

北海・バルト海の周辺国、さらに南欧からも輸入する方針である。

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水電解装置に関しては、フランスは 2030 年までに 6.5GW を設置する目標を掲げている。ドイツ

は 2030 年までに 5GW、さらに 2035~2040 年までに 10GW へ拡大させる。すでにドイツが実施して

いるように、水電解装置を年間に 4000 時間、70%の効率で運転すると、フランスでは 2030 年まで

に 6.5GW で 180 億 kWh(50 万トン)相当の脱炭素水素を生産できる。ドイツでは 140 億 kWh(40 万

トン)相当のグリーン水素を生産できるようになる。フランスの現在の水素消費量は 90 万トン、ドイ

ツは 170 万トンにのぼるが、大半は化石燃料ベースの水素である。

フランスでは、このほかにも 2028 年までに達成する水素関連の目標を設定している。産業分野

で利用する水素の 20~40%を脱炭素水素に切り替える。このほかにもエネルギー消費量の多い

大型自動車のうち燃料電池電気自動車を 800~2000 台に増やし、水素供給ステーションを 2019 年

の約 30 カ所から 400~1000 カ所に拡大する。

フランスやドイツに遅れをとったものの、スペインも 2030 年までに4GW の水電解装置を導入して

グリーン水素を生産するロードマップを発表した。英国は低炭素水素だが、2030 年までに 5GW の

水電解装置を導入する目標を掲げた。50

このように各国で水素の導入を加速するためには、既存の支援策に加えて、資本助成金などの

追加の支援策が必要になる。

⚫ 主なグリーン水素プロジェクト

コスト競争力のある太陽光や風力の電力と大規模な水電解装置を組み合わせて、グリーン水素

を生産するプロジェクトが各国で進められている。それぞれのプロジェクトには、大手の石油会社、

ガス会社、電力会社などが参画している。

その中でも特に注目すべきプロジェクトが 3 つある。ベルギーの「Hyport Ostend」、フランスの

「HyGreen Provence」、オランダの「NortH2」である(表 14)。

表 14: 欧州の主なグリーン水素プロジェクト

国 プロジェクト

名 所有者 用途

水電解装置

容量 電力

完成

予定

ベルギー Hyport

Ostend

DEME、PMV、Port of

Oostende

運輸、温

熱、産業 50MW

出力抑制

対象の風力 2025 年

フランス HyGreen

Provence

ENGIE、Air Liquide、

Durance Luberon

Verdon Agglomération

産業 760MW 900MW の

太陽光 2027 年

オランダ NortH2 Shell、Gasunie,

Groningen Seaports 産業 750MW

10GW の

洋上風力 2040 年

出典:Institute for Energy Economics and Financial Analysis “Great Expectations: Asia, Australia and Europe

Leading Emerging Green Hydrogen Economy, but Project Delays Likely”(2020 年 8 月)

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Hyport Ostend (ベルギー)

3 つのプロジェクトの中では規模が最小だが、それでも水電解装置の容量は 50MW に達する。他

の 2 つのプロジェクトと違う点は、出力抑制の対象になる風力発電の電力を利用することである。

水素の用途も幅広くて、運輸、温熱、産業の 3 分野を想定している。完成時期は最も早く、順調に

進めば 2025 年に運転を開始する予定である(現在は計画段階)。

プロジェクトに参加するのは PMV と DEME の 2 社である。PMV はエネルギー分野のプロジェクト

を対象に、開発・建設・運転に対する資金提供で実績がある。DEME は洋上風力発電のパイオニア

である。プロジェクトの推進者は Port of Ostende(オステンド港)で、港における持続可能な経済活

動を拡大することが目的だ。

HyGreen Provence (フランス)

3 つのプロジェクトでは最大の 760MW の水電解装置を開発するほか、産業用の需要を満たすた

めに 900MW の太陽光発電設備を新たに建設して、グリーン水素を生産する。完成予定は 2027 年

(現在は開発前段階)。

参加企業は大手電力会社の ENGIE と大手ガス会社のエア・リキードで、プロジェクトの推進者は

広域都市圏を形成する Durance Luberon Verdon Agglomération である。

NortH2 (オランダ)

750MW の大規模な水電解装置に加えて、2040 年までに最大 10GW の洋上風力発電所を北海に

建設して、水電解装置に電力を供給する計画である。当初は 2027 年までに 3~4GW の洋上風力

で産業用の水素を生産する(現在は計画段階)。

水電解装置を陸上と洋上のどちらに設置するかは決まっていない。洋上に設置できれば、陸上

まで電力を送る必要がなくなり、海底ケーブルのコストと送電ロスを回避できる。現在は同じ海域に

ある石油・ガスの掘削・生産拠点)を利用して、洋上に水電解装置を建設・運転する可能性をテスト

している。

北海に近いオランダ北部のフローニンゲン市にあるガス田を 2022 年までに法律で閉鎖すること

が決まっていて、このガス田のパイプラインを NortH2 プロジェクトに統合できる見込みである。

このプロジェクトの参加企業は大手石油・ガス会社のシェル、ガスのインフラと輸送会社である

Gasunie の 2 社で、プロジェクトの推進者は Groningen Seaports(フローニンゲン港)である。

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おわりに

欧州は 2050 年までにカーボン・ニュートラルの達成を目指して、最初は 2020 年、さらに 2030 年

の中間目標を設定して取り組みを進めている。これから長期間にわたって温室効果ガス排出量を

削減する主要な対策は、自然エネルギーの導入とエネルギー効率の改善の 2 つである。

この方針のもと、EU および加盟国は新たなエネルギー政策を打ち出して実行計画を加速させる。

2019 年 12 月に公表した「欧州グリーンディール」が代表的なものである。同時に新型コロナウイル

ス(COVID-19)に対しても、気候変動対策を推進して経済・社会を回復させる「グリーンリカバリー」

を目指す。

EU 全体で温室効果ガスの排出量を削減するために、建築・運輸・産業セクターではエネルギー

効率の改善によって消費量を削減する。電力セクターでは安価な自然エネルギー(太陽光と風力)

の比率を大幅に高める。自然エネルギーの拡大に向けて、欧州の主要 5 カ国は 2040 年よりも前に

石炭火力をフェーズアウトさせ、原子力発電を大幅に縮小する。このほかに温冷熱セクターや運輸

セクターにおいても、自然エネルギーの大量導入を推進していく。

脱炭素を実現する新たな技術として、洋上風力発電、電気自動車、グリーン水素に注目が集ま

る。欧州では洋上風力発電の資源に恵まれている利点を生かして、各国が高い目標を掲げ、入札

を実施し、産業を育成し、技術革新を支援する。電気自動車は蓄電池のコスト低下と支援策によっ

て、普及期を迎えようとしている。グリーン水素は自然エネルギーと水電解装置のコスト低下、さら

に政策の後押しを受けて、これまで困難だった産業・運輸セクターの脱炭素化を促進する。

このような包括的で先進的な計画により、欧州は気候危機の解決に向けてリーダーシップを発

揮するとともに、経済・環境・社会面の新たな機会を獲得していく狙いだ。将来は不確実とはいえ、

欧州の取り組みは他の国・地域の参考になることは間違いない。いまだに明確な気候変動対策と

エネルギー実行計画を打ち出せていない日本を含めて。

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参考文献

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3 European Commission, European Climate Law (accessed August 13, 2020).

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5 European Commission, Sustainable Finance: Commission Welcomes the Adoption by the European Parliament of the Taxonomy Regulation – June 18, 2020 (accessed August 11, 2020).

6 European Commission, Frequently Asked Questions about the Work of the European Commission and the Technical Expert Group on Sustainable Finance on EU Taxonomy & EU Green Bond Standard – June 10, 2020 (accessed August 11, 2020).

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9 International Energy Agency, Data and Statistics (accessed November 16, 2020), and CO2 Emissions from Fuel Combustion 2019 (November 2019).

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18 European Commission, National Energy and Climate Plans (NECPs) (accessed August 4, 2020).

19 European Commission, National Renewable Energy Action Plans 2020 (accessed August 5, 2020).

20 Eurostat, Energy Efficiency – updated February 24, 2020 (accessed August 5, 2020).

21 European Council/Council of the European Union, Long-term EU Budget 2021-2027 – reviewed July 28, 2020 (accessed August 6, 2020).

22 Unless otherwise noted, energy trends described for all countries in this section are based on International Energy Agency, Data and Statistics (accessed end of August 2020).

23 Source: Eurostat, Greenhouse Gas Emissions by Source Sector – updated June 9, 2020 (accessed August 26, 2020).

24 United Kingdom Government, Department for Business, Energy & Industrial Strategy, Hinkley Point C – updated July 17, 2018, and Hitachi, Hitachi to End Business Operations on the UK Nuclear Power Stations Construction Project – September 16, 2020 (both accessed September 17, 2020).

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25 Bundesverband der Energie- und Wasserwirtschaft, BDEW-Electricity Price Analysis: Households and Industry (July 2020) (in German).

26 Électricité de France, Annual Results 2019 (February 2020).

27 European Commission, Electricity Interconnection Targets – updated March 17, 2020 (accessed September 3, 2020).

28 United Kingdom Government, Department for Business, Energy & Industrial Strategy, The UK’s Draft Integrated National Energy and Climate Plan (NECP) (January 2019).

29 International Energy Agency, Electricity Information 2020 (July 2020).

30 European Commission, Study on Energy Storage – Contribution to the Security of the Electricity Supply in Europe (March 2020).

31 International Energy Agency, Renewables Information 2019 (August 2019).

32 European Commission, Joint Research Centre, Decarbonising the EU Heating Sector (2019).

33 International Energy Agency, World Energy Outlook 2019 (November 2019).

34 French Ministry of Ecological and Solidarity Transition, French Strategy for Energy and Climate: Multi-year Energy Programming 2019-2023 2024-2028 (April 2020) (in French).

35 UK Government - Department for Business, Energy & Industrial Strategy, New Plans to Make UK World Leader in Green Energy – October 6, 2020 (accessed October 7, 2020).

36 UK Government - Department for Business, Energy & Industrial Strategy, Offshore wind Sector Deal – updated March 4, 2020 (accessed September 23, 2020).

37 Électricité de France, Half-year Results 2020: Appendices (July 2020).

38 ENGIE, Databook Results 2020-H1 (July 2020).

39 RWE, Power Generation and Capacity Data 2020-H1 (July 2020).

40 Iberdrola, Annual Financial Report 2019 (February 2020).

41 FuelsEurope, Statistical Report 2020 (June 2020).

42 ArcelorMittal, Climate Action in Europe, Our Carbon Emissions Reduction Roadmap: 30% by 2030 and Carbon Neutral by 2050 (May 2020).

43 Airbus, Airbus Reveals New Zero-emission Concept Aircraft – September 21, 2020 (accessed September 28, 2020).

44 European Commission, A Hydrogen Strategy for a Climate-neutral Europe (July 2020).

45 Hydrogen Council, Global Interest for Hydrogen Soars as Hydrogen Council Grows to 90+ Members – July 27, 2020 (accessed October 7, 2020).

46 European Commission, op. cit. note 42.

47 European Clean Hydrogen Alliance, List of the European Clean Hydrogen Alliance Members – September 25, 2020 (accessed October 6, 2020).

48 European Clean Hydrogen Alliance, Declaration of the European Clean Hydrogen Alliance – updated August 5, 2020 (accessed October 19, 2020).

49 French Government, National Strategy for the Development of Decarbonized Hydrogen in France (September 2020) (in French), and German Government, The National Hydrogen Strategy (June 2020).

50 Spanish Ministry for the Ecological Transition and the Demographic Challenge, Hydrogen Roadmap: A Commitment to Renewable Hydrogen (October 2020) (in Spanish), and United Kingdom Government, Department for Business, Energy & Industrial Strategy, The Ten Point Plan for a Green Industrial Revolution – updated November 18, 2020 (accessed November 25, 2020).

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脱炭素で先頭を走る欧州

2020年12月

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