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高等独文解釈 田中健二(大阪大学名誉教授) 編著 / 林正則(大阪大学名誉教授) 校正 NPO 法人 DGC 基礎研究所 発行 (2010 1 24 日) 1. 人間は社会的存在である 2. 西欧文化に及ぼした古代文化の影響 3. 「科学」の成立事情について 4. ある池の周辺と水面の景観 5. 「贈り物」はいかにあるべきか 6. シェリングとフィヒテの相違点 7. ジョン・ロックの文体の平明さについて 8. 「ソクラテスの哲学」について 9. 中世世界観の崩壊 10. 科学史上新紀元を画する時代 11. 認識そのもののための認識 12. 人間にとって最も大切な生活財 13. デカルト哲学の難点について 14. 現代に及ぼす古典作家の影響 15. 「知恵」と「科学」の相違 16. ドイツ民族の恵まれない生活圏 17. 啓蒙時代末期のドイツ文学事情 18. トーマス・マンの芸術観 19. 哲学史上カントが卓越した地位を占める理由 20. 過去の時代に対する見方 21. 意志の自由は責任・功罪の基礎である 22. ヘラクレイトスが後世に与えた影響 23. 内への道と外への道は同一である 24. 各国の古代文化摂取の仕方 25. 文化科学は社会科学である 26. ドイツ人の形而上的性格について 27. カント道徳律の意義 28. 労働の実績について 29. 議論の不毛性について 30. 精神的生活の現象について 31. 労働はその本質上商品ではない 32. 財の主観的・客観的価値 33. 啓蒙主義哲学の抽象性について 34. 文化の概念はいかにあるべきか 35. 社会と個人はどちらが先か 36. 言語は社会的根本現象である 37. 人類は今日奇妙な状態にある 38. 同種族は共属性を有している 39. 科学は完結したものではない 40. ゲルマン民族の人類史に及ぼした影響 41. 「巨人のように大きい」の意味 42. 軽率な人と慎重な人との差異 43. 進歩とは人間の意志の働きである 44. 自他に対する義務の発生理由 45. 人間は社会の福祉に責任がある 46. 規範と社会的要求との不一致について 47. ライブニッツ思想の特質 48. 自由を本気で信じうるのはどういう人間か 49. 歴史家の守るべき最高の戒律 50. 大政治家たるものの資質について 51. ヘルバルトの考え方について 52. スピノーザとライブニッツについて 53. ヘーゲル哲学は時代の表現である 54. 学的世界観学たる哲学の本質について 55. スピノーザの精神的偉大さについて 56. 中世思想の消極性について 57. 近代ヨーロッパ文化史の特徴 58. 人間の認識活動について 59. スピノーザ哲学の特質について 60. 財の不足が経済を生ぜしめる 61. 外面的財の追求は堕落を招く 62. ドイツ的イデオロキーの本質について 63. リッケルトの仕事について 64. 国民の教養層の任務について 65. ヨーロッパ中世文化の特質 66. カント認識論の成立事情 67. 形而上学は必ず擬人観を含む 68. 「体験」は概念的には不確定である 69. 有用な職業はすべて道徳的である 70. 中世形而上学と近世世俗哲学 71. ゲーテの「ものの見方」の特徴 72. 家庭の本質的な社会的機能 73. 「発端」は三種の意味に区別される 74. 真の芸術家には追随者が少ない 75. 動物にも道徳生活の前段階がある 76. 人間の不可思議な生命力 77. 人間の理想的状態を神に求めると... 78. 幸福的人格論と批判的人格論について 79. 歴史には様々な時代がある 80. 教育の歴史は人間文化の歴史である 81. 哲学は理性そのものには触れない 82. 社会生活は有機体に比せられる 83. 時代特有の精神を認識する方法

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高等独文解釈

田中健二(大阪大学名誉教授) 編著 / 林正則(大阪大学名誉教授) 校正

NPO法人 DGC基礎研究所 発行 (2010年 1月 24日)

1. 人間は社会的存在である

2. 西欧文化に及ぼした古代文化の影響

3. 「科学」の成立事情について

4. ある池の周辺と水面の景観

5. 「贈り物」はいかにあるべきか

6. シェリングとフィヒテの相違点

7. ジョン・ロックの文体の平明さについて

8. 「ソクラテスの哲学」について

9. 中世世界観の崩壊

10. 科学史上新紀元を画する時代

11. 認識そのもののための認識

12. 人間にとって最も大切な生活財

13. デカルト哲学の難点について

14. 現代に及ぼす古典作家の影響

15. 「知恵」と「科学」の相違

16. ドイツ民族の恵まれない生活圏

17. 啓蒙時代末期のドイツ文学事情

18. トーマス・マンの芸術観

19. 哲学史上カントが卓越した地位を占める理由

20. 過去の時代に対する見方

21. 意志の自由は責任・功罪の基礎である

22. ヘラクレイトスが後世に与えた影響

23. 内への道と外への道は同一である

24. 各国の古代文化摂取の仕方

25. 文化科学は社会科学である

26. ドイツ人の形而上的性格について

27. カント道徳律の意義

28. 労働の実績について

29. 議論の不毛性について

30. 精神的生活の現象について

31. 労働はその本質上商品ではない

32. 財の主観的・客観的価値

33. 啓蒙主義哲学の抽象性について

34. 文化の概念はいかにあるべきか

35. 社会と個人はどちらが先か

36. 言語は社会的根本現象である

37. 人類は今日奇妙な状態にある

38. 同種族は共属性を有している

39. 科学は完結したものではない

40. ゲルマン民族の人類史に及ぼした影響

41. 「巨人のように大きい」の意味

42. 軽率な人と慎重な人との差異

43. 進歩とは人間の意志の働きである

44. 自他に対する義務の発生理由

45. 人間は社会の福祉に責任がある

46. 規範と社会的要求との不一致について

47. ライブニッツ思想の特質

48. 自由を本気で信じうるのはどういう人間か

49. 歴史家の守るべき最高の戒律

50. 大政治家たるものの資質について

51. ヘルバルトの考え方について

52. スピノーザとライブニッツについて

53. ヘーゲル哲学は時代の表現である

54. 学的世界観学たる哲学の本質について

55. スピノーザの精神的偉大さについて

56. 中世思想の消極性について

57. 近代ヨーロッパ文化史の特徴

58. 人間の認識活動について

59. スピノーザ哲学の特質について

60. 財の不足が経済を生ぜしめる

61. 外面的財の追求は堕落を招く

62. ドイツ的イデオロキーの本質について

63. リッケルトの仕事について

64. 国民の教養層の任務について

65. ヨーロッパ中世文化の特質

66. カント認識論の成立事情

67. 形而上学は必ず擬人観を含む

68. 「体験」は概念的には不確定である

69. 有用な職業はすべて道徳的である

70. 中世形而上学と近世世俗哲学

71. ゲーテの「ものの見方」の特徴

72. 家庭の本質的な社会的機能

73. 「発端」は三種の意味に区別される

74. 真の芸術家には追随者が少ない

75. 動物にも道徳生活の前段階がある

76. 人間の不可思議な生命力

77. 人間の理想的状態を神に求めると...

78. 幸福的人格論と批判的人格論について

79. 歴史には様々な時代がある

80. 教育の歴史は人間文化の歴史である

81. 哲学は理性そのものには触れない

82. 社会生活は有機体に比せられる

83. 時代特有の精神を認識する方法

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1.

Der Mensch wird zum Menschen allein durch menschliche Gemeinschaft. Um sich davon auf

kürzestem Wege zu überzeugen, vergegenwärtige man sich, was wohl aus ihm würde, wenn er außer

allem Einfluß menschlicher Gemeinschaft aufwüchse. Er ist gewiß, daß er dann zum Tier herabsinken,

daß wenigstens die eigentlich menschliche Anlage sich nur äußerst dürftig, nicht über die Stufe einer

ausgebildeteren Sinnlichkeit hinaus in ihm entwickeln würde.

Aber der Mensch wächst nun nicht vereinzelt auf, auch nicht bloß der eine neben dem anderen

unter ungefähr gleichen Bedingungen, sondern jeder zugleich unter vielseitigem Einfluß andrer und in

beständiger Rückwirkung auf solchen Einfluß. Der einzelne Mensch ist eigentlich nur eine Abstraktion,

gleich dem Atom des Physikers. Der Mensch, hinsichtlich alles dessen, was ihn zum Menschen macht,

ist nicht erst als einzelner da, um dann auch mit andern in Gemeinschaft zu treten, sondern er ist ohne

diese Gemeinschaft gar nicht Mensch. [Natorp, Paul: Sozialpädagogik. Theorie der Willenserziehung

auf der Grundlage der Gemeinschaft. (1899)]

人間は人間社会によってのみ人間となる。このことをごく手っ取り早く確信するためには、人間が人間

社会の影響をまったく受けずに成長するものと仮定すれば、どんなものになるかを思い浮かべてみるが

よい。こうした場合には、必ずや人間は動物に堕し、少なくとも人間本来の素質は人間のうちできわめ

て微々たる発達しかせず、比較的高度に培われた感性の域を越えて発達することはないであろう。

ところで、人間は個々別々には成長しないで、また、ほぼ同じ条件のもとで互いに相並んで成長する

ばかりでなく、各人は他人から多面的な影響を受けながらも、同時にそうした影響に対して絶えず反作

用をしながら成長するのである。個人というものは、物理学者のいう原子と同じように、本来抽象的なも

のにすぎない。人間の人間たる所以のものをすべて考えてみると、人間は、先ず個人として存在し、そ

の後他人と交わりを結ぶにいたるのではなくて、こうした社会が無ければ決して人間たるものではない

のである。 〔ナトルプ、パウル「社会教育学 共同体の基盤に立つ意志教育の理論」〕

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2.

Wenn wir „Geschichte“ als Darstellung eines Geschehens fassen, das durch inneren Zusammenhang

zu einer Ganzheit verbunden ist, so müssen wir zugeben, daß ein direkter Einfluß von seiten der

asiatischen und nordafrikanischen Hochkulturen auf das abendländische Erziehungs- und

Bildungswesen nicht stattgefunden hat. Der Einfluß ist nur indirekt, und zwar gelangt er über zwei

Brücken zu uns: einerseits über die griechisch- römische Kultur, die in ihrer allmählichen Ausweitung

zu einem Sammelbecken für die Überreste fast aller frühorientalischen Kulturen wurde; anderseits

besteht noch die schmalere Brücke des zum Christentum geformten Judentums, das ebenfalls, wenn

auch anders als die hellenistische Welt, Erbin mehrerer anderer Frühkulturen wurde, so selbständig auch

es jene Einflüsse verarbeitete.

「歴史」とは内面的関連によって結び合わされて一つの全体を成すような事象の叙述であると考えると、

アジアおよび北アフリカの高度な文化の側から西欧の教育制度にたいして直接の影響が及ばなかった

ことは認めざるをえない。その影響は間接的たるにすぎず、しかも二つの橋を通って到来した。一方は

ギリシャ文化を経たものであって、この文化は漸次伸長するに従いほとんどすべての初期東方文化の

遺物を溜める貯水槽となった。他方またキリスト教に変形したユダヤ教という少し狭い橋があって、これ

はギリシャの世界とは趣を異にするが、やはり同じように、それらの影響を独自な形で細工したとはいえ、

それらの文化の後継者となったのである。

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3.

Wenn man unter Wissenschaft die selbständige und selbstbewußte Erkenntnisarbeit versteht, welche

das Wissen um seiner selbst willen methodisch sucht, so kann von einer solchen — abgesehen von

einigen erst der neueren Kenntnis sich erschließenden Ansätzen bei den Völkern des Orients,

insbesondere den Chinesen und Indern — erst bei den Griechen und bei diesen etwa seit dem Anfange

des 6. Jahrhunderts v. Chr. G. gesprochen werden. Zwar fehlte es den großen Kulturvölkern des

früheren Altertums weder an einer Fülle einzelner Kenntnisse, noch an allgemeinen Anschauungen des

Universums; aber wie jene an der Hand der praktischen Bedürfnisse gewonnen und diese aus der

mytischen Phantasie erwachsen waren, so blieben sie unter der Herrschaft teils der täglichen Not, teils

der religiösen Dichtung, und bei der eigentümlichen Gebundenheit des orientalischen Geistes fehlte

ihnen zu fruchtbarer und selbständiger Entwicklung die Initiative der Individuen. [Windelband,

Wilhelm: Lehrbuch der Geschichte der Philosophie. (1892)]

科学とは知識そのもののために方法的に探求する独立的かつ自覚的な認識作業であるとすれば(よ

うやく近ごろ知られるようになったのだが、東洋の諸民族、とくに中国人およびインド人において始まりか

けていた若干のものはしばらく措くとして)、ギリシャ人において、それもほぼ紀元前 6 世紀初頭以後に

おいて初めてそうしたものがあると言えるのである。もちろん、それ以前の古代の偉大な文化民族には、

豊富な個々の知識も宇宙に関する一般的な考えもなかったわけではない。しかし、個々の知識が実際

上の必要のために得られ、宇宙に関する一般的な考えが神話的空想から生じたのと同様に、これらの

民族はあるいは日常の難儀の、あるいは宗教的文学の覊絆を脱することはなかった。そして東洋精神

が独自の拘束を受けていたので、これらの民族は実り豊かに自主的に発展するためには、個々人の先

導的役割を欠いていたのである。 〔ヴィンデルバント、ヴィルヘルム「哲学史教本」〕

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4.

Nach einigen Kreuz- und Quergängen befand ich mich an dem Rande eines Wassers, das von

meinem Standpunkt aus etwa hundert Schritte lang und vielleicht halb so breit sein mochte, und von den

es an allen Seiten umgebenden Laubwänden nur durch einen breiten Steig und einzelne am Ufer

stehende Bäume getrennt war. Weiße Teichrosen schimmerten überall auf der schwarzen Tiefe;

zwischen ihnen aber in der Mitte des Bassins auf einem Postament, das sich nur eben über dem Wasser

erhob, stand einsam und schweigend das Marmorbild der Venus. Eine lautlose Stille war an diesem

Platze. Ich ging an den Ufern entlang, bis ich dem Kunstwerk so nahe als möglich gegenüberstand. Es

war offenbar eine der schönsten Statuen aus der Zeit Louis Quinze. Den einen der nackten Füße hatte

sie ausgestreckt, so daß er wie zum Hinabtauchen in die Flut nur eben über dem Wasser schwebte; die

eine Hand stützte sich auf ein Felsstück, während die andere das schon gelöste Gewand über der Brust

zusammenhielt. Das Antlitz vermochte ich von hier aus nicht zu sehen, denn sie hatte den Kopf

zurückgewandt, als wolle sie sich vor unberufenen Lauschern sichern, ehe sie den enthüllten Leib den

Wellen anvertraue. [Storm, Theodor: Von jenseits des Meeres. (1867)]

十字路や脇道をいくつか過ぎると、一つの池のほとりに出た。私の立っているところから見ると、長さが

ほぼ百歩、幅ばその半分ぐらいらしく、四方をとりかこんだ葉壁と池のあいだには、わずかに幅の広い

径が一本通じ、岸辺には、まばらに樹が生えていた。黒ずんだ深い水面には、至る所に白いカワホネ

がきらめいていた。そしてそれにまじって、池の中央にはかすかに水面に顔を出している台座の上に、

ヴィーナスの大理石像が淋しく黙って佇んでいた。その辺りは音もなくひっそりとしていた。私は岸を回

って出来るだけ近く像に向かい合うところに来た。それはどうやらルイ 15 世時代の最も美しい立像の一

つだった。素足を片方あげて、沐浴でもするように水のすぐ上に差しのべていた。片方の手で岩を掴み、

もう一方の手ですでにほどいた衣を胸の上でかき合わせていた。顔はこちらからは見えなかった。裸体

を波に委ねる前に、横合いから盗み見されるのを用心でもするように、頭をそむけていたからだった。

〔シュトルム、テオドール「海の彼方から」〕

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5.

Geschenke, von ganzem Herzen gegeben als Ausdruck der Liebe oder der Verehrung, der

Freundschaft und der getreuen Anhänglichkeit, sind unstreitbar etwas sehr Schönes. Geschenke,

gegeben mit dem Absicht, bei dem Beschenkten irgendeinen Vorteil zu erreichen, sich bei ihm

besonders einzuschmeicheln, ihn sich zu verpflichten, solche Geschenke sind eine Gemeinheit. Es ist

notwendig, hierüber klar und offen zu reden, denn so wie das Geschenk an sich schon etwas Belastendes

für den Beschenkten haben kann, so kann in manchen Fällen die Art des Geschenkes etwas Verletzendes

in sich tragen; der rein materielle Wert, sagen wir robust: die Auslagen, in die sich der Schenkende

gestürzt hat, spielen hier nämlich eine wesentliche Rolle. Was habe ich von einem Geschenk, von dem

ich weiß, daß es weit über die Verhältnisse dessen geht, der es mir gemacht hat! Ich darf es nicht

annehmen. Ob der andere dadurch gekränkt ist oder nicht, ist nicht meine Sache. Wenn mir aber mein

Freund oder auch nur ein guter Bekannter einen echten Kupferstich bringt, den er um achtzig Pfennig

oder um eine Mark in einem Antiquariat aufgestöbert hat, weil er weiß, daß mich das unbändig freut,

dann hat ein solches Geschenk seinen Sinn.

愛情、尊敬、友情、忠実などの表現として衷心からする贈り物は確かに非常に良いものである。相手

から何か利益を得ようとか、相手にことさらに取り入ろうとか、相手が自分に恩義を感ずるようにしようとか

いった下心をもってする贈り物は卑しいものである。このことについてはっきりと腹蔵なく言う必要がある。

その理由を述べよう。贈り物というものはそれだけでもすでに貰った方では迷惑なことがあるように、贈り

物の性質に腹立たしいことが含まれていることがよくある。つまりこの場合では、純物質的価値、露骨に

言えば贈り物をする方で思い切って支出した金というものが重大な役割を演ずるわけだ。寄越す人の

境遇から考えて高価過ぎることが分かっているような贈り物を貰ったって何になろうか。貰うべき筋合い

のものではない。先方がそれで怒ろうが怒るまいが、私の知ったことではない。けれども私の友人かもし

くはよく知っている人でもいいが、80ペニヒか 1マルクで古本屋から掘り出し物をした本物の銅版画を定

めし私が非常に喜ぶだろうと思って持ってきてくれたとする、こうした贈り物こそ意義があるのだ。

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6.

Schelling ist von Fichte sowohl in der persönlichen Art als in der Richtung des Denkens

grundverschieden. War Fichte fast ausschließlich mit dem Menschen als handelndem Wesen befaßt, und

bildete ihm die übrige Welt nur einen Hintergrund, so ist Schelling von Anfang an auf das Ganze der

Welt gerichtet, ihm faßt es sich zu einer lebendigen Einheit zusammen, aus der Verbindung damit muß

der Mensch sich selbst verstehen, nur daraus kann er seinem Leben einen Inhalt und eine Größe geben;

Fichte war ganz davon erfüllt, den Menschen moralisch aufzurütteln, ihn zu heben und umzuwandeln, er

rief ihn zu unermüdlicher Tätigkeit auf; Schelling dagegen verkettet ihn mehr mit der Welt und setzt ihn

in ein innigeres Verhältnis zu den Dingen, ihm ward die Höhe des Lebens ein künstlerisches Schauen

und möglichst auch Schaffen der Wirklichkeit; drängte Fichte stürmisch in die Zukunft hinein, so

fesselte Schelling der Blick in die Geschichte und das Verlangen, die Welt aus ihrem Werden zu

verstehen; wirkt Fichte vornehmlich durch die strenge Geschlossenheit seiner Art, so tut es Schelling

durch seinen Reichtum und seine Beweglichkeit.

シェリングは人物という点からも物の考え方という点からも、フィヒテとは全然違う。フィヒテの対象とした

のは行動するものとしての人間ばかりだと言ってもよいぐらいであって、その他の世界は単に背景たる

にすぎなかったのであるが、シェリングは最初から世界全体に向かっていった。シェリングの立場からす

ると、世界全体は合一して生命の横溢した統一体となっているのであり、世界全体との結びつきから人

間は自己の何たるかを解さねばならないのであり、かくしてはじめて人間は自己の生活に内容と大きさ

を与えることができるのである。フィヒテは人間を道徳的に奮起せしめ、向上せしめ、改心せしめんとひ

たすらこれ努め、人間を鼓舞してたゆまぬ活動をなさしめようとしていた。これに反し、シェリングは人間

をもっと世界と結びつけて、人間を事物ともっと深い関係にあると考えていた。シェリングからすれば、最

高の生活とは現実を芸術的に直観し、可能な限りこれを創造することでもあった。フィヒテは未来に向か

って突き進んだのであったが、シェリングは歴史を回顧して世界をその流転の相から理解せんとの念に

とらわれていた。フィヒテが与える感化力は主としてその本領とする厳しい一貫性にあるが、シェリングの

方はその内容豊富にして弾力性に富んでいる点にある。

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7.

Wie Descartes in Frankreich, so eröffnet Locke in England die Ära der gemeinverständlichen und

geschmackvollen Schreibweise in der Philosophie: den Bruch mit den Geheimnissen einer nur dem

Eingeweihten verständlichen Schulsprache. Bei Descartes und in noch höherem Grade bei Locke ist das

Wort nicht mehr als der einfach schlichte Ausdruck der Sache: Wenn bei jenem gelegentlich

mittendurch seine Syllogistik der rhetorische Zug des Franzosen durchbricht, so findet man davon bei

Locke keine Spur: er will schlechterdings nicht Effekt machen, sondern nur seinen Gedanken

verdeutlichen. Oft tut er in diesem Bestreben zuviel: er selbst sagt offenherzig in seinem Briefe an den

Leser, er glaube, daß das Buch hätte gedrängter abgefaßt werden können, und entschuldigt sich, daß die

stückweise und oft lange unterbrochene Abfassung desselben zu manchen Wiederholungen geführt habe.

Gewiß trifft das zu. Aber eben diese behagliche Breite hat gewiß viel dazu beigetragen, dem Buch einen

so großen Einfluß zu sichern: denn bei seinem gänzlichen Absehen von aller abstrusen Speklation, bei

seiner durchgängigen Berufung auf das, was jedem in der inneren Erfahrung gegeben ist, und bei seiner

einfachen Klarheit in der Darstellung mußte es jedem Denkenden verständlich werden.

デカルトのフランスにおけるように、ロックはイギリスにおいて哲学上平明・風雅な文体の時代を画する

ものである。すなわち専門の人しか分からぬ専門語の秘訣と絶縁したのである。言葉が事柄の端的な

表現以上のものでないことは、デカルトにおいてもそうであるし、ロックにおいては一層甚だしい。前者

にあっては時によるとその三段論法の真っ只中でフランス人特有の流麗な筆致が突如として出現する

のであるが、ロックにおいてはそうしたことはいささかも見受けられない。彼は絶対に効果を狙うことなく、

ひたすら自己の思想をはっきりさせようとするのである。往々にして彼はこうした努力の行き過ぎをするこ

とがある。彼自らも、読者宛の書簡において、この書物はもっと簡潔に書こうとすればそう出来たものをと

考えている、と率直に述懐して、執筆が断片的でしばしば長期にわたって中断されたことがあるために、

いろいろ繰り返して述べることとなったのを陳謝している。たしかにそれはその通りである。しかし、このよ

うに冗長に書いたればこそ、この書物が確実にかくも絶大な影響を及ぼすのに貢献するところ実に大な

るものがあったのである。というのも、一切の玄妙な思弁を全然度外視し、誰にも内面的な経験におい

て与えられている事物になにごとによらず依拠し、叙述にあたっては平明なために、この書物は考える

ひとなら必ず誰にも分かるようになったのである。

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8.

Als den Inbegriff seiner Weisheit erklärte Sokrates seine Einsicht, daß er nichts wisse, während

andere sich einbildeten, etwas zu wissen. Das Wesentliche für ihn und zugleich das Neue in der

Geschichte der Philosophie ist also, daß er nicht zu irgendwelchem Wissensinhalt drängt, sondern sich

und andere zur Selbstbesinnung treibt, zur Prüfung alles vermeintlichen Wesens auf sein Begründetsein.

Er will nicht, gleich den Sophisten, seinen Schülern fertige Schablonen einhämmern, sondern sie selbst

die Wahrheit finden lassen. Noch stärker als die Sophisten wendet er sich von der Naturphilosophie, ja

sogar von der Naturbetrachtung ab. Felder und Bäume, sagte er, können mich nichts lehren. Wer den

Menschen studiert, hat zum Naturerkennen keine Zeit. Seine Forschung gilt dem Menschen mit seinem

gesamten Denken und Wollen. Aber auch hier scheint ihm „ein Leben ohne Prüfung nicht lebenswert“.

Worin aber besteht das Wesen eines Dinges überhaupt? Das waren die Fragen, welche Sokrates sich

stellte und stellen mußte, weil ihn, im Gegensatze zu den Sophisten, nach einer allgemeingültigen

Wahrheit verlangte. In diesem Ringen nach Wahrheit, nach wahrem Wissen besteht seine ganze

Philosophie. Nur eins erscheint ihm als wahrhaft gut: das Wissen, die Selbsterkennung. Daher sein

Lieblingsspruch: „Erkenne dich selbst!“ [Vorländer, Karl: Geschichte der Philosophie. (1903)]

ソクラテスが自分の知恵の総括だと言っているのは、他の人々は 何か知っていると自惚れているのに

反し、自分は何も知らないのだという洞察である。したがってソクラテスにとって本質的であり同時に哲

学史上に新しいことは、彼が何らかの知識内容を求めようとはしないで、かえって自ら省み、いやしくも

いかがわしい知識はみな理屈が通っているかどうかを吟味せずにはいられないし、また他の人々 にもそ

うせずにはいられないような気持ちにさせる点である。彼はソフィストのように自分の弟子に既成の型を

叩き込もうとはせずに、彼ら自身をして真理を発見させようとするのである。彼は自然哲学、否、自然考

察をも顧みざる点ではソフィストよりも更に甚だしい。田畑や樹木は何も教えてくれないと彼は言った。

人間を研究する人には自然を認識する暇がないのである。彼の研究対象となるものは、思考と意欲とを

全部含めた人間である。しかしこの場合でも「吟味のない生活は生きがいのないもの」と彼は考えている。

とすればいったい事物の本質は何か。これ、ソクラテスがソフィストとは反対に普遍妥当的な真理を求め

たため、自分に向かって発しまた発せざるを得なかった問いである。このように真理、すなわち真の知

識を得んとする努力こそは彼の全哲学である。唯一つのことのみが真に善いものと彼は考えている。そ

れは知ること、すなわち自分を認識することである。だから彼がいつも好んで用いる言葉はかの「汝自身

を知れ」である。 〔フォアレンダー、 カール「哲学の 歴史」〕

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9.

Nicht die lutherische Kirche, sondern die Naturwissenschaft ist es gewesen, die das mittelalterliche

Denken zuerst entscheidend überwunden hat. Das Wort, das Galilei nach dem abgenötigten Widerruf

seiner Lehre gesprochen haben soll: „Und sie bewegt sich doch“ gilt uns deshalb mit Recht als ein

Markstein in der Entwicklung des menschlichen Denkens, wobei es wenig verschlägt, daß Galilei selbst

sich endlich gebeugt hat. Die Erde bewegt sich um die Sonne, hatte Galilei nach Kopernikus behauptet,

die Sonne bewegt sich um die Erde, lehrte die Kirche auf Grund der Schrift. Wenn sie aber auch die

Machtmittel hatte, den Widerruf zu erzwingen, der Siegeslauf der naturwissenschaftlichen Erkenntnis

ließ sich nicht aufhalten, das selbständige Denken ließ sich auf die Dauer nicht durch ihre Autorität

beugen. So wurde denn durch die Forschungen Newtons, Keplers u.a. das mittelalterliche, auf der Bibel

beruhende Weltbild zerstört und ein neues an seine Stelle gesetzt, das sich auf Erfahrung und

Beobachtung gründete.

中世思想を初めて決定的に克服したのは、ルターの 教会ではなくて自然科学であった。したがって、

ガリレイが自己の学説を撤回するよう余儀なくされた後に言ったと伝えられる「それでも地球は動いてい

る」という言葉は、人間の思想の発展途上における一転機とみなされるのももっともなことである。この場

合ガリレイ自身が屈服したことはあまり問題にならない。「地球が太陽の周囲を回るのだ」とガリレイはコ

ペルニクスに従って主張したのであったが、教会は聖書に拠って「太陽が地球の周囲を回るのだ」と教

えていた。しかし教会は撤回を強要する権力を持っていたけれども、自然科学的認識の凱旋行進を阻

むことはできず、自主的な思想は長くは強権に屈してはいなかった。こうしてニュートン、 ケプラーなどの

研究に押されて、聖書を基礎とする中世世界観は崩壊し去り、経験と観察とに基づく新しい世界観がこ

れに代わったのである。

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10.

Mit dem Jahre 1600 stehen wir in der Geschichte der Wissenschaft vor dem Tor der neuen Zeit. Die

mittelalterliche Kirche hat einen letzten Gewaltsieg errungen und vermag dreiunddreißig Jahre später

nur mehr noch die Kraft des alten, schwach gewordenen Galilei zu brechen. Nein, nicht einmal das, sie

vermag diesen Mann bloß zu quälen und kann doch nicht verhindern, daß er in der Gefangenschaft ein

Werk vollendet, welches nach dem Sturz des Alten mit dem Aufbau des Neuen beginnt.

Der neuen Zeit ist eine neue Art der Darstellung durchaus angemessen. Die Wissenschaft hat ihr

Antlitz verändert und verändert es mehr und mehr. Was früher Vorrecht bestimmter Völkerschaften war,

breitet sich durch den in der neuen immer stärker werdenden Verkehr über alle Länder aus, und was

früher nur im engumgrenzten mönchischen Kreise gepflegt werden konnte, wird durch die Tat des nach

Freiheit strebenden Bürgertums zum Gemeingut aller, nun sagen wir einmal „Glücklichen“.

1600 年は科学史上新紀元を画するものである。中世の教会は最後の暴力的勝利を博したのであっ

たが、それから 33 年の後には、衰えた老ガリレイを挫くぐらいしか力がなかった。いな、それさえも出来

なかった。この男を苦しめるだけしか出来ず、しかもなお彼が牢獄中に旧時代の崩壊の後に新時代の

建設を始める仕事を完成するのを如何ともなしえなかった。

新時代には新しい叙述方法が何といっても似つかわしいものであった。学問はその面目を一新し、ま

すますその面貌を改めていった。往時は特定民族の特権であったものが、新時代に交通がますます激

しくなるにつれて各国に普及し、昔は狭い範囲の僧侶社会にしか行なわれなかったものが、自由を求

める市民階級の活動によって、すべての、つまりまあ「幸福な人たち」といったものの共有財となったの

である。

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11.

Ein großer Unterschied des morgen und abendländischen Geistes besteht darin, daß der Orient nicht

hat, was Europa die Erkenntnis um ihrer selbst willen nennt. Diese entstand zuerst in Griechenland, und

manche glauben darum, erst hier die Geschichte der Philosophie beginnen zu dürfen. Es handelt sich

also um eine Wissenschaft und eine Wahrheit, die rein um ihrer selbst willen, ganz ohne Grund und

Zweck und Ziel als eben Wahrheit, geucht und gefunden wird. Ein Forschungstrieb war in Europa

erwacht, der sich ganz von seinem Mutterschoß, der Religion, gelöst und selbstherrlich gemacht hatte.

Er war nur möglich, wo die menschliche Persönlichkeit als solche sich auf sich selbst gestellt und

gegenüber der Gemeinschaft ihr eigenes Recht und ihre eigene Pflicht entdeckt und erobert hatte. Denn

diese europäische Erkenntnis und Wissenschaft um ihrer selbst willen mußte unausbleiblich mit der

bindenden und auf die Gemeinschaft verpflichtenden Religion und auch mit dem religiösen Erlebnis der

einsam forschenden Persönlichkeit in Widerspruch geraten, was denn oft genug zu einem tragischen

Konflikte wurde, wenn es nicht bei einem Nebeneinander blieb, welches nur deshalb nicht gegeneinaner

stieß, weil es nicht voneinander wußte.

東洋精神と西洋精神との一大相違点は、ヨーロッパで認識そのもののための認識と呼ばれるものが東

洋にないということである。この認識はまずキリシャで発生した。それゆえギリシャから哲学史を説き起こ

して差し支えないと思うひとが多い。つまり純粋に真理そのもののために、すなわち全然理由も目的も

目標もなく、まさに真理として求められ見出される科学であり真理なのである。母胎たる宗教から全然離

れて独立した一種の研究衝動がヨーロッパに目覚めたのであった。かかる研究衝動は、人間の人格そ

のものが独立して社会に対して自己の権利と自己の義務とを発見し獲得した場合においてのみ可能で

あった。というのも、このようなヨーロッパ流の認識と科学そのもののための科学は、勢いの赴くところ、人

間を拘束して社会にたいする義務を負わせる宗教ならびに孤高の探求者の宗教的体験とも矛盾せざ

るを得なかった。事実その結果、互いに知らなかったばかりに衝突が起こらないような併立状態にとどま

っていなかった場合には、往々にして悲劇的な葛藤となったのである。

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12.

Der Mensch kann nicht allein frei seine Lebensziele wählen, sondern auch alles erreichen, was er

ernstlich, einheitlich und mit Aufopferung jedes andern damit nicht vereinbaren Strebens will. Die

besten und mit besonnenem Handeln auch am leichtesten erreichbaren Lebensgüter sind: eine feste

sittliche Überzeugung, eine gute Bildung des Geistes, Liebe, Treue, Arbeitsfähigkeit und Arbeitslust,

geistige und körperliche Gesundheit und ein sehr mäßiger Besitz. Alles andere hat keinen, oder nur

einen damit gar nicht vergleichbaren Wert. Unvereinbar damit sind: Reichtum, große Ehre und Macht,

beständiger Lebensgenuß. Die drei Dinge namentlich, die die gewöhnlichen Menschen am meisten

suchen und sehr oft auch erreichen, aber immer nur mit Aufgabe der andern Güter: Geld, Ehre und

Genuß, muß man mit einem einmaligen raschen Entschluß innerlich aufgeben und durch andere

Lebensgüter ersetzen; sonst nützt es gar nichts, von Erziehung des innern Menschen auf religiöser oder

philosophischer Grundlage zu sprechen; es wird alles Schein, Halbheit und zuletzt Heuchelei.

人間は自分の生活目的を自由に選ぶことができるばかりでなく、またこれと両立しない他の努力をす

べて犠牲にして真剣に一途に得ようと思うものは何でも得ることができる。最もよい生活財であって慎重

に考えてやればまた極めて容易に得られるものは、固い道徳的信念、立派な精神修養、愛情、誠実さ、

作業能力、勤労意欲、心身の健全、とても程をよくわきまえた財産である。その他のものはすべて何ら

の価値もないか、あったところでこれとは全然比較にならぬくらいの価値しかない。これと両立しないも

のは、富、栄誉と権力、絶えざる現世享楽である。とりわけ、普通の人間が最も多く求めまたしばしば得

もするが、そのためにはいつも他の財を断念しなければならない三つのもの、すなわち金と名誉と享楽

とは、これをさっと思い切りよく断念し、これに代えるに他の生活財を以てせねばならない。そうしなけれ

ば宗教または哲学を基礎として人間の心を教育するなどといっても、何の役にも立たない。すべてが見

栄となり、いい加減になり、ついには偽善ともなるのである。

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13.

Man pflegt Descartes als einen der Hauptbegründer, wenn nicht als den ersten der neueren

Philosophie zu preisen. Und wenn man seine Bedeutung nach der Wirkung ermißt, die er auf die

Folgezeit gehabt hat, so kann diesem Urteil sicherlich nicht widersprochen werden. Anders wird unser

Urteil lauten, wenn wir es auf die Bedeutung und Originalität der Gedanken selbst gründen, Wie arm

steht dann diese Mischung aus Demokritischer Naturbetrachtung und Rudimenten Platonischer Ideen

der Platonischen Ideenlehre selbst oder auch der in ein großes Entwicklungssystem alle Gebiete des

Erkennens vereinigenden Aristotelischen Teleologie gegenüber! Mag man auch die Schwierigkeiten in

Rechnung ziehen, die einer solchen Vereinigung der Interesse der Zeit, wie sie hier als Aufgabe gestellt

war, im Wege standen, verkennen läßt sich nicht, daß dieser Versuch einer Vereinigung der beiden der

Renaissance der Wissenschaften ihr Gepräge gebenden Richtungen des Denkens vielmehr ein

äußerliches Nebeneinander als eine metaphysische Synthese darstellte. [Wundt, Wilhelm: Sinnliche

und übersinnliche Welt. (1913)]

通常、デカルトは近世哲学の鼻祖とまではゆかなくとも、とにかく主要な創始者の一人だと讃められて

いる。後世に及ぼした影響という点から彼の重要さを測れば、こうした判断にはなるほど反対するわけに

いかない。しかしその思想の重要性および独創性そのものを基礎にして考えるならば、これと違った判

断を下すだろう。そう考えると、テモクリトスの自然観とプラトンのイデアの痕跡とから成るこの混合物は、

プラトンのイデア論そのものあるいは認識の全領域を統合して一大発展体系たらしめるアリストテレスの

目的論に比すれば、まことに貧弱と言わざるを得ない。この時代の種々の 関心を統合することがこの場

合の課題であったが、その遂行の障害となっていた種々の 困難を顧慮するとしても、学問復興の特徴

をなす両思想傾向を統合しようとするこうした試みが、形而上学的総合というよりはむしろ外面的併立で

あったという事実はこれを見逃すわけにはいかない。 〔ヴント、ヴィルヘルム「感性的な世界と感性を超

えた世界」〕

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14.

Wenn wir irgendeine der Hauptströmungen des geistigen Lebens der Gegenwart nach rückwärts bis

zu ihren Quellen verfolgen, so treffen wir wohl stets auf einen der Geister unserer klassischen Epoche.

Goethe oder Schiller, Herder oder Lessing haben einen Impuls gegeben; und davon ist diese oder jene

geistige Bewegung ausgegangen, die heute noch fortdauert. Unsere ganze deutsche Bildung fußt so sehr

auf unseren Klassikern, daß wohl mancher, der sich vollkommen originell zu sein dünkt, nichts weiter

vollbringt, als daß er ausspricht, was Goethe oder Schiller längst angedeutet haben. Wir haben uns in die

durch sie geschaffene Welt so hineingelebt, daß kaum irgend jemand auf unser Verständnis rechnen darf,

der sich außerhalb der von ihnen vorgezeichneten Bahn bewegen wollte. Unsere Art, die Welt und das

leben anzusehen, ist so sehr durch sie bestimmt, daß niemand unsere Teilnahme erregen kann, der nicht

Berührungspunkte mit dieser Welt sucht. [Steiner, Rudolf: Grundlinien einer Erkenntnistheorie der

Goetheschen Weltanschauug, mit besonderer Rücksicht auf Schiller.]

現代における精神生活の主流のうち何れか一つを遡ってその淵源を尋ねると、大抵いつもわが古典

時代の思想家の一人にぶつかるのである。ゲーテもしくはシラー、ヘルダーもしくはレッシングがそれで

あり、彼らのいずれがその誘因となっている。そしてそうした誘因からしていろいろの精神的運動が発生

して、いまなおずっと続いているのである。われわれドイツ人の全教養は古典作家に依拠することきわ

めて大であって、本人は全く独創的だと自惚れていてもゲーテやシラーがすでに示唆したことを言う以

上に出ない人が多い。われわれは古典作家が創った世界にすっかり慣れてしまっているから、彼らが

教えてくれた道から外れて活動しようというような人が仮にあるとすれば、そういう人はわれわれの方でそ

れを理解するなどと期待するわけにはゆくまい。世界と人生とに対するわれわれの見方が彼らの影響を

受けること極めて大であるから、こうした世界との接触点を求めないような人にはわれわれは共鳴できな

いのである。 〔シュタイナー、ルードルフ「ゲーテ的世界観の認識理論の基軸 とくにシラーとの関連

で」〕

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15.

Der Tod stellt den Menschen vor das Antlitz des Ewigen. Indem er durch den Anblick des Todes in

der Gewißheit des Lebens erschüttert, der Grenzen des Daseins sich bewußt wird, sieht er es in seiner

Endlichkeit und begründet im Ewigen. Die Wissenschaft, wo sie sich streng in ihren eigenen Grenzen

hält, betrachtet die Welt, als wäre sie ganz in sich selbst begründet; für alles will sie die Ursache finden,

aber sie sucht diese nur in der Welt selber, und jeder Rückgang auf Außerweltliches wird als ein

Einbruch unwissenschaftlichen Geistes abgelehnt. Die Weißheit dagegen in ihrem Wissen um die

Grenze sieht das Endliche als Endliches, und sie weiß, daß es nicht aus sich selbst, sondern aus dem

Ewigen stammt. Sie betrachtet darum auch das Einzelne nicht in seiner bloßen Verflechtung mit

anderem Einzelnen innerhalb der Endlichkeit, sondern zugleich auch bezogen auf das Ewige. Dies teilt

ihm aus seiner eigenen Unendlichkeit einen unendlichen Gehalt mit. Das Ewige im Endlichen zu

erblicken, das Einzelne in das Licht des Unendlichen zu stellen und es als Zeugen einer weltüberlegenen,

göttlichen Macht zu verstehen, ist Sache der Weißheit. Sie verknüpft nicht, wie die Wissenschaft, das

Einzelne mit anderem Einzelnen in unzähligen Übergängen, sondern sie bezieht das Einzelne

unmittelbar auf das Ganze und weiß, daß es dies wesenhaft Ganze als den gottverliehenen Keim der

Ewigkeit in sich trägt.

死は人間をして永遠なるものに面接させる。人間は、死を見て生の確信に動揺を来たし生存の限界

を意識するようになると、この生存が有限なるものでありその基礎が永遠なるものの中にあると悟るので

ある。科学はそれ自身の限界を固く守るのであるから、世界を考察するにあたっては、あたかも世界が

全くそれ自身の中に基礎を有しているようにする。一切の原因を見出そうとするが、これを世界そのもの

の中においてのみ求めるのであって、世界の外にあるものにまで遡るのは非科学的精神の侵入だとし

てこれを一切拒否するのである。これに反して知恵は、限界を知っているから、有限なるものがそれ自

身から生ずるのではなく永遠なるものから生ずるということを知っている。故にまた個別的なるものを単

に有限性の限界内において他の個別的なるものと結合しているとばかりは見ずして、同時にまた永遠

なるものと関係しているものと見るのである。この永遠なるものはそれ自身が無限なるものであるところか

ら個別的なるものに無限な内容を分かち与える。有限なるものの中に永遠なるものを見、個別的なるも

のを永遠なるものに照らして見、これを世界の上位にあって神性を備えた力の証左だと解するのは知

恵のなすべきことである。知恵は個別的なるものを他の個別的なるものに結びつけてこれを無限に及ぼ

してゆくといった科学のやり方を取らずして、直接に全体的なるものと関係せしめ、個別的なるものがこ

の本質的に全体的なるものを永遠性の天与の萌芽として包蔵していることを知っているのである。

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16.

Versuchen wir, den Lebensraum des deutschen Volkes zu kennzeichnen, so muß vor allem gesagt

werden, daß Deutschland ein Land der Mitte zwischen Ost und West ist, auf keiner Seite durch

natürliche Grenzen geschützt und seit Jahrhunderten fast auf allen Seiten von Feinden umgeben. Wenn

wir mit Deutschlands Lage die völlige Abgeschlossenheit des insularen Englands vergleichen, die

starken natürlichen Grenzen Frankreichs und Italiens, die ungeheuren, schwach besiedelten Steppen

Rußlands, in denen das Feldherrngenie Napoleons zerbrach, dann können wir behaupten, daß kaum ein

anderes Volk einen derart ungünstigen Lebensraum besitzt wie das deutsche. In der Tat war Deutschland

im Laufe der Jahrhunderte wiederholt Kriegsschauplatz für die fremden Heere, hatte sich das deutsche

Volk gegen die Eroberungszüge der Römer, Franken und Franzosen von Westen her, gegen die

Anstürme der Hunnen, Ungarn und Mongolen vom Osten her, gegen das vordringender Türken von

Südosten her zu wehren.

ドイツ民族の生活圏の特徴を言い表してみようとする場合、まず第一に言わねばならないのは、ドイツ

が東欧と西欧との中間に位し、どちらを向いても自然的境界線によって保護されておらず、数世紀以来

殆どどの方面も包囲されている国だということである。ドイツの位置を、島国イギリスが全然外部から隔

絶し、フランス、イタリアが強固な自然的境界線を有し、ロシアがナポレオンのような用兵の天才でも敗

れた広漠として人口稀薄な草原を有しているのと比較するとき、ドイツ民族ほど恵まれない生活圏を有

する民族はほとんど他にないといえる。事実、トイツは数世紀にわたって一再ならず外敵の戦場であっ

たのであり、ドイツ民族は西方よりするローマ人、 フランク人およびフランス人の侵略にたいして、東方よ

りするフン族、ハンガリア人および蒙古人の侵入にたいして、東南方よりするトルコ人の進出にたいして

防衛しなければならなかった。

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17.

Die Anerkennung des Volksliedes als einer selbständigen künstlerischen Gattung, die ihre eigene

poetische Formensprache und ihre eigentümlichen Ausdrucksmittel besitzt, ist heute selbstverständlich.

In der Zeit der ausgehenden Aufklärung aber war dies keineswegs der Fall. Solange die Dichtung von

der Entwicklung der Philosophie und der Wissenschaften abhängig blieb, solange Vernunft und

Gesellschaft der Dichtung ihre Gesetze vorschrieben, und die Kultur das Vorrecht einer aufgeklärten

Bildungsschicht war, konnte der Dichter sein Wissen und seine Lehren höchstens in volkstümliche,

faßbare Gehalte einkleiden, um das Volk zu bilden und zu erziehen, aber Dichtung konnte nicht aus dem

Volke selber entstehen und Ausdruck eines ursprünglichen Lebens sein, das aller Bildung vorangeht.

Wohl kannte die deutsche Aufklärung bereits die Forderung: Dichtung für das Volk, d.h. Dichtung, die

moralische Wahrheiten und nützliche Einsichten, etwa in Form von Fabeln, versinnlichte und

versinnbildlichte, aber Dichtung des Volkes oder gar Dichtung im Geiste des Volkes, das gab es nur als

Volksbelustigung und Wanderbühne einer sozialen Unterschicht, von deren Roheit und Barbarei sich die

vernünftige Kunst zu reinigen suchte.

民謡は独自の文学的形式言語と独特の表現手段とを有する独立の芸術的ジャンルだと認めるのは

今日では自明なことである。しかし啓蒙時代の末期においては絶対にそうではなかった。文学が哲学

および科学の発達の覊絆を脱せず、理性と社会とが文学に対してその法則を規定し、文化が啓蒙され

た教養ある階級の特権であった間は、文学作家はその知識およびその主張をせいぜい通俗的で平易

な内実に盛って民衆を陶冶・育成することはできたが、文学は民衆そのものから生じ以て一切の教養

に先んずる根源的生活たることはできなかった。もちろんドイツにおける啓蒙主義はすでに民衆のため

の文学、換言すればば道徳的真理と有用な見識とを、例えば寓話の形で、具体化し象徴化する文学と

いう要請を知ってはいたが、民衆の文学あるいは更に進んでは民衆の精神における文学といったもの

は社会の下層階級の民衆娯楽、巡業劇団としてしか存在しなかったのであって、理性的芸術はその卑

俗と野蛮を払拭しようとしたのであった。

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18.

Die Kunst, so bittere Anklage sie sei, so tief ihre Klage um die Verderbnis der Schöpfung, so weit

sie gehe in der Ironisierung der Wirklichkeit und sogar ihrer selbst, ― es liegt nicht in ihrer Art, „den

Kampfplatz mit Hohngelächter zu verlassen“ [....] Sie ist dem Guten verbunden, und auf ihrem

Grunde ist Güte, der Weisheit verwandt, noch näher der Liebe. Bringt sie gern die Menschen zum

Lachen, so ist es kein Hohngelächter, das sie bringt, sondern eine Heiterkeit, in der Haß und Dummheit

sich lösen, die befreit und vereinigt. Aus Einsamkeit immer aufs neue geboren, ist ihre Wirkung

vereinigend. Sie ist die letzte, sich Illusionen zu machen über ihren Einfluß aufs Menschengeschick.

Verächterin des Schlechten, hat sie nie den Sieg des Bösen aufzuhalten vermocht; auf Sinngebung

bedacht, nie den blutigsten Unsinn verhindert. Sie ist keine Macht, sie ist nur ein Trost. Und doch ―

ein Spiel tiefsten Ernstes, Paradigma allen Strebens nach Vollendung, ist sie der Menschheit zur

Begleiterin gegeben von Anfang an, und diese wird von ihrer Unschuld nie ganz das schuldgetrübte

Auge wenden können. [Thomas Mann: Der Künstler und die Gesellschaft. (1953)]

芸術がいかにきびしい告発であろうとも、創造の堕落についての芸術の嘆きがいかに深かろうとも、芸

術が現実に、そればかりか自分自身にいかにひどいイロニーを浴びせようとも、― 「嘲笑しながら戦場

を去る」のは芸術のやり方ではない。 [中略] 芸術は善に結びついており、根底において芸術とは、

英知に近い善意、それより愛になお近い善意である。芸術は人々を笑わせることを好むが、芸術がもた

らすのは嘲笑ではなくて朗らかな笑いである。この笑いの中で憎しみや愚かさは解けほぐれる。それは

ひとを解放すると同時に結合する。芸術は孤独の中からつねにあらたに生まれるものであるが、その作

用は結合である。人間の運命に影響を与えることができるというような幻想を芸術はさらさら抱いていな

い。劣悪なものを軽蔑しながらも、芸術が悪の勝利を阻みえたためしはない。つねに意味賦与ということ

を心掛けながらも、芸術が世にも血なまぐさい無意味を阻止したためしはない。芸術は力ではない。慰

めであるにすぎない。それにもかかわらず ― こよなく厳粛な遊びとして、完成へむかっての全ての努

力の模範として、芸術は太初このかた人間に与えられた道づれである。そして人類は、罪に曇ったおの

れの目を、芸術の清らかさから背けてしまうことは決してできないであろう。 〔マン、トーマス「芸術家と

社会」〕

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19.

Die hervorragende Stellung Kants beruht darauf, daß er die verschiedenen Denkmotive der

Aufklärungsliteratur allseitig in sich aufgenommen und durch ihre gegenseitige Ergänzung zu einer

völig neuen Auffassung von der Aufgabe und dem Verfahren der Philosophie ausgereift hat. Er ist durch

die Schule der Wolffschen Metaphysik und durch die Bekanntschaft mit den deutschen

Popularphilosophen ebenso hindurchgegangen, wie durch die Versenkung in die tiefgreifenden

Problemstellungen Humes und durch die Begeisterung für Rousseaus Naturpredigt: die mathematische

Strenge Newtonscher Naturphilosophie, die Feinheit der psychologischen Analyse vom Ursprung

menschlicher Vorstellungen und Willensrichtungen in der englischen Literatur, der Deismus in seiner

Ausdehnung von Toland und Shaftesbury bis Voltaire, der ehrliche Freiheitssinn, mit dem die

französische Aufklärung auf die Besserung der politischen und sozialen Zustände drang ― all dies

hatte in dem jungen Kant einen treuen, überzeugungsvollen Mitarbeiter gefunden, der mit reicher

Weltkenntnis und liebenswürdiger Klugheit, wo es am Ort war auch mit Geschmack und Witz, dabei

fern von aller Selbstgefälligkeit und Überhebung die besten Züge des Aufklärertums typisch in sich

vereinigte. [Windelband, Wilhelm: Lehrbuch der Geschichte der Philosophie. (1892)]

カントの卓越した地位は、彼が啓蒙文学の種々の思考動機をあらゆる方面にわたって摂取しこれを

相補ってついに哲学の課題および方法に関する斬新なる見解へと成熟させたという点にある。彼はヴ

ォルフの形而上学を学び、ドイツの通俗哲学者を識ると同時に、またヒュームの深遠なる問題提起に沈

潜してルソーの自然礼賛に感激した。ニュートンの自然哲学の数学的厳密性、英文学における人間の

表象および志向の起源に関する心理分析の繊細性、ひろくトーランド、シャフツベリよりヴォルテールに

及ぶ理神論、政治的・社会的状態の改善を迫ったフランス啓蒙主義の率直なる自由精神、これらすべ

ては若きカントにおいて忠実にして信念強固なる協力者を見出したのであって、彼は広く世事に通じ、

好もしく怜悧であり、機に臨んで円転滑脱、さればとて傲慢不遜な所は微塵だにないといったように啓

蒙主義者気質の粋を典型的に一身に集めていた。 〔ヴィンデルバント、ヴィルヘルム「哲学史教本」〕

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20.

Was wir für uns selbst verlangen, das müssen wir auch den anderen Zeiten vergönnen, wir dürfen sie

nicht von uns selbst aus, wir müssen sie aus sich selbst verstehen, wir dürfen sie nicht an einem

absoluten Maßstabe, wir müssen sie an dem messen, was sie selbst sich zum Ziele setzten. So entsteht

die Flüssigkeit einer geschichtlichen Betrachtungsweise und entwickelt sich das Vermögen des

Menschen, sich rückhaltlos in alle Gestalten der Vergangenheit hineinzuversetzen, sie nachzubilden, ja

nachzuleben. Eine unermeßliche Weite und unbegrenzte Elastizität wird damit dem Leben grwonnen;

was immer die Menschheit bewegt, scheint auch uns zu eigen zu werden.

われわれが自身のために要求するものはこれを他の時代にも認めねばならない。他の時代をわれわ

れから理解してはならないのであって、これをそれ自らより理解しなければならない。これを絶対的標準

に照らして測ってはならないのであって、その時代自身が目標としたものに照らして測らねばならない。

かくして融通性のある歴史観が生じ、その結果なんら憚るところなく過去のあらゆる形態のうちに身を移

して考えてみて、それに倣って形成し、それに倣って生活するという人間の能力が発達する。このように

して生活は測り知れないほどに広くなり、無限の弾力性をもつに至り、人類を常に動かしているものは

われわれもこれを持つにいたるように思われるのである。

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21.

Weil der Mensch durch die subjektive Verpflichtung an die objektive sittliche Forderung gebunden

ist, weil das Gesetz vermöge der Freiheit zur Pflicht für ihn wird, besitzt er Verantwortlichkeit. Der

unreflektierte praktische Durchschnittsmensch denkt zwar nicht aus, aber setzt voraus, daß es in der

Macht des Menschen steht, ob er gut oder schlecht sein will. Es herrscht also die Annahme, daß der

Wille sich selbst bestimmt und jeder mindestens teilweise und letzten Endes schuld hat, wenn er ein

Schuft wird, und es sein Verdienst ist, wenn er als Ehrenmann lebt. Ja, manche Gedenk- oder Festreden

zeugen von der Auffassung, daß auch die Begabung noch eine Art Verdienst sei. Die Willensfreiheit

wird sogar auf außersittlichem Gebiet angenommen, auf sittlichem steht sie außer aller Frage. Sie ist die

Grundlage von Verantwortung, Verdienst und Schuld, und ohne sie keine Sittlichkeit. Ein

verantwortungsloser Mensch ist ein unsittlicher.

人間が主観的義務によって客観的道徳的要求に拘束されており、法則が自由によって人間の義務と

なるがゆえに、人間は責任を有するのである。無反省な実際的な普通人は、人間が良くなろうとするか

悪くなろうとするかは人間が勝手に決め得るということをもちろん徹底的には考えていないが、しかしこ

れを前提としているのである。つまり意志が意志自らを決定するのであって、何びとも破廉恥漢になる

場合には少なくとも部分的には、また究極のところは自分が責めを負うのであって、もし立派な人間とし

て生活すればそれは自分の功績であるという仮定が行われているのである。いな、記念講演もしくは祝

賀の辞には、天分もやはり一種の功績であるとの見解が存することを証明していることがよくある。意志

の自由は道徳以外の領域においてすらも存するものと考えられるのであって、道徳の領域においては

勿論のことである。これは責任、功罪の基礎であって、これがなければ道徳はあり得ない。無責任な人

間は不道徳な人間である。

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22.

Heraklit ist eine Art antiker Faust, der mit den Rätseln des Daseins ringt und bereits manche

moderne Elemente in sich trägt. Ein ursprünglicher Denker, dessen starke Seite offenbar in der genialen

Intuition, nicht in der wissenschaftlichen Einzelforschung lag, hat er nicht bloß auf seine, sondern auch

auf die nachfolgende Zeit bedeutsam eingewirkt. Platon hat in seiner Jugend Heraklits Einfluß erfahren.

Sogar Aristoteles ist nicht unberührt von ihm geblieben. Am meisten aber hat er auf die

Naturphilosophie und Theologie der Stoiker gewirkt, die insbesondere seine Logoslehre weiter

ausgebaut haben. Ja, noch bis in die neueste Zeit, haben sich so entgegengesetzte Naturen, wie der

gemütsinnige Schleiermacher und die verstandesscharfe Kämpfernatur Lassalles, sowie dessen

dialektischer Meister Hegel, dem Reize der dunklen Weisheit des Philosophen von Ephesos nicht

entziehen können. [Vorländer, Karl: Geschichte der Philosophie. (1903)]

ヘラクリートは 古代世界におけるファウストのようなものであり、彼は存在の謎と格闘し、すでに近代的

要素を少なからず持ち合わせている。独創的な思想家で、周知のように天才的直覚に長じていて、科

学的個別研究には長じていなかった彼は、彼の時代に対してのみならず、また次の時代に対しても非

常な影響を与えた。プラトンは若い時にヘラクリートの影響を 受け、アリストテレスさえもヘラクリートの影

響を受けないわけにはいかなかった。しかし彼が最も多く影響を与えたのはストア学派の自然哲学およ

び神学であって、この学派はとくに彼のロゴス説をさらに完全なものにしたのてあった。いな、やはり最

近世に至るまでも、一方では心情豊かなシュライエルマッヘル、他方では頭脳明晰な闘士ラサール 並

びにその弁証法上の師匠たるヘーゲルのように 正反対の資質をそなえた人士もエフェソス出身のこの

哲人の晦渋な知恵に魅せられたのである。 〔フォアレンダー、 カール 「哲学の歴史」〕

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23.

Der Weg nach Innen und Außen ist ein und derselbe. Wie das Außen aus dem Innen bestimmt wird,

so hat das Innen an dem Außen seinen Halt. Der Weg des Wissens nach Innen soll sich nicht in die

Absonderlichkeit eines Einzelgängers verlieren, sondern er soll zum wesenhaften Sein führen, in dem

Selbst und Sache gemeinsam wurzeln. Darum erkennt das Selbst an der Sache, ob es auf dem richtigen

Wege ist, und es findet sein Wesen nicht im einsamen Selbstgespräch, sondern im Zwiegespräch mit der

ihm wesenhaft verbundenen Sache. Die Bindung an sie verhindert das Abgleiten in leeres Einzeltum

und sichert die Richtung auf das Wesentliche. Willkürliche Einfälle werden sich von wesenhaften

Einsichten immer dadurch unterscheiden, daß sie sich an den Sachen nicht bewähren. In dem Wesen ist

aber das Selbst nicht nur mit der Sache, sondern auch mit anderem Selbst verbunden. Der Weg in die

Tiefe führt auch in diesem Sinne nicht in die Einsamkeit, sondern in die Gemeinschaft. Denn in

Gemeinschaft steht nicht, was sich mit der Schale berührt, sondern was im Kerne eins ist. Die zufälligen

Oberflächenansichten hat jeder für sich, und andere können sie ihm höchstens nachreden; aus je

tieferem Wesen heraus einer aber redet, um so mehr redet aus ihm die Gemeinschaft.

内へ向かう道と外へ向かう道とは同じ道である。外が内から決められるように、内も外に支えられる。内

を知るの道は独り歩きする人の孤立に陥ってはならぬのであって、自己と事物との共通の根底である本

質的存在に至るべきものである。故に自己は自分が正しい道を歩んでいるかどうかを事物によって知り、

自分の本質を孤立の独白に見出さずして之れを自分に本質的に結び付いている事物との対話に見出

すのである。事物につながっているために空虚な孤立に陥らぬように防がれ、本質的なものへの方向

が保たれる。気紛れが本質的な洞察と異なる所以のものは、いつもそれが事物で証明されないという点

にある。しかるに本質においては、自己は事物と連らなっているばかりでなく他の事物とも連らなってい

る。内奥への道はこの意味においても孤独に至るものではなくて共同体に通ずるものである。けだし共

同するものは表面で相触れるものではなくて、核心において合致するものだからである。偶然の皮相な

見解は人いずれもそれぞれ有するところであり、他人はこれを精々口真似するぐらいしかできない。しか

し本質から語ること深ければ深いほど、ますます多くその人を通じて共同体が語り出るものである。

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24.

Wie das Christentum, so wurde auch die Antike von den verschiedenen europäischen Völkern in

verschiedener Weise aufgenommen. Daß die Franzosen das Lateinische mit den französischen Akzenten,

die Engländer gar auch mit der englischen Lautbildung sprechen, während wir Deutsche uns ängstlich

bemühen, die überlieferte Form dieser Sprache sorgfältig zu beachten und zu bewahren, ist nicht nur

eine Äußerlichkeit, sondern weist auch auf Grade der Durchdringung und Aneignung des Fremden hin.

Deutlicher werden die Unterschiede, wenn man etwa vergleicht, wie die französischen Klassizisten

Corneille und Racine und wie Lessing, Goethe und Schiller die Poetik des Aristoteles verstanden und

anwendeten, wie sich etwa Winckelmann und wie die französischen Enzyklopädisten in die bildende

Kunst der Griechen einfühlten.

キリスト教と同様に、古典古代を摂取するにあたって、さまざまなヨーロッパ 民族はそれぞれ異なった

方法をとった。フランス人がラテン語をフランス訛で話し、イギリス人がその発音までも英語流にするが、

これに反しわれわれドイツ人がこの言語の伝統的な形式に細心の注意を払い、これを保存しようと努め

ているという事実は、単に外面的な事柄たるにとどまらず、外来要素に徹しこれを同化する程度をも示

しているのである。上述の相違がもっとはっきりしてくるのは、例えばアリストテレスの詩学を理解し応用

するにあたり、フランスの古典主義者コルネイユ、ラシーヌのとった方法 とレッシング、ゲーテ、シラーの

とった方法とを比較し、キリシャ人の造形美術の精神を味得するにあたり、例えばヴィンケルマンのとっ

た方法とフランスの百科全書家のとった方法とを比較する場合である。

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25.

Die Kulturwissenschaft ist immer Gesellschaftswissenschaft. Erst Gesellschaft ermöglicht die

Kultur, erst Gesellschaft macht den Menschen zu einem geschichtlichen Wesen. Gewiß hat auch eine

ganz isolierte Menschenseele ihre Entwicklungsgeschichte, auch rücksichtlich des Verhältnisses zu

ihrem Leibe und ihrer Umgebung, aber selbst die begabteste vermochte es nur zu einer sehr primitiven

Ausbildung zu bringen, die mit dem Tode abgeschnitten wäre. Erst durch die Übertragung dessen, was

ein Individuum gewonnen hat, auf andere Individuen und durch das Zusammenwirken mehrerer

Individuen zu dem gleichen Zwecke wird ein Wachstum über diese engen Schranken hinaus ermöglicht.

Auf das Prinzip der Arbeitsteilung und Arbeitsvereinigung ist nicht nur die wirtschaftliche, sondern jede

Art von Kultur basiert. Die eigentümlichste Aufgabe, welche der kulturwissenschaftlichen

Prinzipienlehre zufällt, dürfte demnach darin bestehen, daß sie zu zeigen hat, wie die Wechselwirkung

der Individuen auf einander vor sich geht, wie sich der einzelne zur Gesamtheit verhält, empfangend

und gebend, bestimmt und bestimmend, wie die jüngere Generation die Erbschaft der älteren antritt.

[Paul, Hermann: Prinzipien der Sprachgeschichte. (1920)]

文化科学はつねに社会科学である。社会あって初めて文化が可能となり、社会あって初めて人間が

歴史的存在となるのである。たしかに、まったく孤立した人間精神にもその発達史があり、その肉体およ

びその環境との関係から見てもそうである。しかし、そうした人間精神がどんなに天分があるにしても、

非常に原始的な発達しかできず、それも死ねば途絶えてしまうであろう。一個人が獲得したものを他の

個人に伝え、多くの個人が同一目的のために協同して初めてこうした狭い境柵を越えて成長しうるので

ある。分業と協同との原理に基づくものは、単に経済的文化だけではなくて、あらゆる種類の文化がそう

なのである。したがって、文化科学的原理論に課せられる最も独特な任務は、個人間の相互作用がど

のように行われるか、個人が受けたり与えたり、規定されたり規定したりしながら全体に対していかに関

係するか、新世代が旧世代の遺産をどう継承するかを示さねばならないということになるだろう。 〔パウ

ル、ヘルマン「言語史原理」〕

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26.

Der Deutsche sucht hinter der Erfahrungswelt leidenschaftlich eine andere, höhere Welt. Ihm ist

alles Erfahrungsmäßige nur Erscheinung, Sinnbild für das Wirkliche, das jenseits der Erfahrung liegt; in

alles trägt er einen geheimen Weltsinn hinein, die Grenzen der Vernunft sind seinem faustischen Streben

nach dem Unendlichen und Grenzenlosen viel zu eng, er überschreitet sie immer wieder in seinem

Denken und sprengt die Fesseln des Verstandes. Das rein Verstandesmäßige ist ihm zu einfach, zu

nichtssagend und nüchtern, erst das Irrationale, das Übervernünftige, manchmal auch das

Widerspruchsvolle und Widersinnige vermag seinen Forschergeist zu befriedigen. Er ringt mit seinem

Gott, den er nicht nur erahnen, auch erschauen und ergreifen möchte, er sucht ihn in und außerhalb der

Welt, aus der tiefen Überzeugung heraus, daß es jenseits der Erfahrungswelt noch etwas anderes geben

müsse.

ドイツ人は経験界の背後にもう一つの他の高次な世界を熱心に求める。ドイツ人からすれば、経験的

なるものはすべて現象にすぎず、経験の彼岸にある真実在を表す象徴にすぎない。一切のなかに宇宙

の神秘があると考える。理性の限界は無限・無窮を求めるそのファウスト的精進にはまことに狭隘に失

する。その思考において絶えずこの限界を超え、悟性の桎梏を打破する。純悟性的なものはドイツ人に

は単純・陳腐・無味に過ぎ、非合理的なものにして初めて、往々にして矛盾撞着したものさえも、その研

究心を満足させることができる。ドイツ人はその神と闘うが、ただにこれを感得するのみならず、またこれ

を観取し把握しようと願い、これを世界の内外に求める。経験界の彼岸になおこれと異なるものが存在

しなければならないとの深い確信よりするのである。

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27.

Ist der Wille des Menschen nicht frei, sondern durch die Allgemeingesetzlichkeit gebunden, so ist

auch der sittliche Wille determiniert, d.h. der Mensch kann dann überhaupt nicht nach eigenem Willen

sittlich handeln und somit wäre ihm dann auch jede Verantwortung für sein Tun abgenommen. Diese

wichtige Frage nach der Freiheit oder Gebundenheit des sittlichen Willens und Handelns muß dem

denkenden oder verantwortungsbewußten Menschen besonders am Herzen liegen.

Viele Geister, nicht nur Materialisten, sodern auch vor- und nach-Kantische Idealisten haben die

gleichzeitige Geltung der Determiniertheit im Naturgeschehen und der Freiheit des sittlichen Handelns

als Unmöglichkeit angesehen. Die Materialisten leugneten daher die Willensfreiheit, gewisse Idealisten

die Gebundenheit. K a n t war es, der gezeigt hat, daß neben dem Reich der Natur, in dem die

Kausalgesetzlichkeit herrscht, ein autonomes Reich der Freiheit existiert, bedingt durch das

„unerklärliche Faktum“ eines Sittengesetzes, das unbedingte Geltung erheischt. Beide Reiche stehen

dabei nicht im Gegensatz, sondern bedingen und fordern einander.

人間の意志が自由でなくて普遍法則性に拘束されているとすれば、道徳的意志もやはり決定されて

いるのであり、換言すれば人間はこの場合道徳的行為をなすにあたっては自己の意志に従うことは絶

対にできないのであって、したがってその場合にはその行為に対する責任もすべて解放されるというこ

ととなるわけである。道徳的な意志および行為が自由であるか、もしくは拘束されているかというこうした

重要な問題は、思考しかつ責任感ある人間が特に関心を有するものであるにちがいない。

多くの人士、すなわち唯物論者のみならず、カント以前およびカント以後の唯心論者も、自然事象中

にあって決定されていながら同時に倫理的行為が自由であるということは不可能だと考える。それで唯

物論者は意志の自由を否定し、ある種の唯心論者は被拘束性を否定する。カントこそは、因果法則性

の支配する自然界と並んで絶対に妥当すべき道徳律という「説明できぬ事実」によって制約されている

自立的な自由界の存在することを示したのであった。但しこの両界は互いに相対立するものではなくて、

互いに制約しかつ要請し合うものである。

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28.

Würde jeder alles das selbst erzeugen, was er verbraucht, so wäre die Ergiebigkeit der Arbeit sehr

gering. Müßte jeder einzelne die von ihm benötigten Schuhe, Kleider, Nahrungsmittel usw. selbst

herstellen, so würde er weder seine besonderen Fähigkeiten entwickeln, noch eine besondere

Geschicklichkeit bei der Herstellung von Gütern erlangen können. Er würde die Güter mehr oder

minder mühsam und schlecht produzieren. Und er müßte eine lange Lehrzeit durchmachen, um

überhaupt mehrere Güterarten herstellen zu können. Beschränkt sich dagegen jeder auf die Herstellung

einer Güterart, dann kann er seine Arbeit in einer seinen Fähigkeiten entsprechenden Weise einsetzen

und seine Fähigkeiten entwickeln. Er kann sich ferner bei der Herstellung des betreffenden Gutes eine

besondere Geschicklichkeit aneignen. Auf diese Weise erzeugt jeder das, was er am besten produzieren

kann, so daß die Ergiebigkeit der Arbeit in quantitativer und qualitativer Hinsicht um ein Vielfaches

gesteigert wird.

仮に各人が自分の消費するものをすべて自分で生産するとすれば、労働の実績は極めて僅少なもの

であろう。各個人が自分の必要とする靴、衣服、食料品等を自分で生産しなければならないとすれば、

その特殊の能力を発揮することもできないし、財を生産する場合に特殊の技倆を会得することもできな

いであろう。財を生産するにあたり程度の差こそあれとにかく骨が折れて拙劣になるだろう。そしていや

しくも数種類の財を生産しうるためには、長い間修業を積まねばならないであろう。これに反して、各人

が一種類の財しか生産しないならば、自分の能力に相応した仕方でその仕事をして自分の能力を発

揮することができるのである。なお、当該の財の生産にあたって特殊の技倆を身につけることができる。

このようにして各人はその最も得意とするものを作り、したがって労働の実績は量的に見ても質的に見

ても何倍にも増すのである。

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29.

Wenn zwei Gegner miteinander diskutieren, so geschieht es in der Absicht, wenn nicht den Gegner

zu widerlegen, so doch ihn davon zu überzeugen, daß er teilweise unrecht hat, und ihn für die eigene

Ansicht zu gewinnen. So oder so soll die Differenz zwischen ihnen überwunden werden, beide sollen

einander genähert werden. Man macht heute jedoch immer wieder die Erfahrung, daß diese Absicht

kaum mehr erreicht wird, und es ist daher berechtigt zu fragen, wozu wir noch diskutieren. Es gilt ja

nicht bloß für die parlamentarische Debatte, bei der das Ergebnis in der Regel schon vorher festgelegt

und beschlossen ist, sondern auch für jede andere Auseinandersetzung, daß wir im Grunde nur noch

Monologe sprechen und daß nur in seltenen Fällen der eine den andern zu überzeugen vermag.

二人の論敵同士が議論し合う場合には、その意図は、相手を論駁するというまではゆかなくとも、相手

が一部分間違っていることを納得させて自分の意見に従わせるためである。どっちみち双方のあいだ

の差異を取り除くようにして、互いに接近するようにするのが趣旨である。しかしながら、今日くりかえし

経験するところによれば、こうした意図はほとんどもはや実現されないのであり、したがって何故まだや

はり論争するのかということを問題にするのももっともである。実際、たいてい結論があらかじめ決定され

決議されている議会の討論ばかりでなく、その他の交渉談判の場合でも、われわれは結局のところ独

白しかせず、きわめて稀な場合にしか一方の論客が他方の論客を説得することができない、というのが

実情である。

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30.

Es gibt Erscheinungen des geistigen Lebens, denen man, durch Überlieferung und Gewohnheit, zu

nahe steht, um ein echtes Bild, einen wirklichen Begriff, eine gerechte und ganz umfassende Vorstellung

von ihnen zu haben. ― Am meisten wird es uns so ergehen mit den Gestalten der Religion, in der wir

erzogen und aufgewachsen sind: einer selbstverständlichen Verehrung in der Kindheit wird Zweifel,

Auflehnung und rationale Kritik im Jünglings-, im Mannesalter folgen; bis völlige Reife wenn auch

nicht zu neuer Gläubigkeit, so doch zu tieferem Verstehen und echter frommer Ehrfurcht gelangt. ―

Es ist bedeutsam genug, daß wir Deutschen nächst unserm Verhältnis zur christlichen Überlieferung fast

nur noch gegenüber der geistigen Welt Goethes, der Gestalt Goethes solche Wandlungen erleben.

精神的な生活の現象のなかには、伝統と習慣によってわれわれがこれに対してあまりに近すぎるため

に、それについて真正の像、真実の概念、正当な全く包括的な観念を持ちえないものがある。最も多く

そういったことになるのは、われわれが教育を受けて成長したところの宗教の諸形態についてであろう。

すなわち幼少時においてはあたりまえだと思って尊敬しているが、次いで青壮年期においては懐疑、

反抗および理性的批判をするようになるであろう。そうして遂に円熟した暁には、たとい新たな信仰をも

つようにならないとしても、しかし一層深い理解と純真・敬虔な畏敬の念を抱くようになるであろう。われ

われドイツ人がキリスト教の伝統に対する関係に次いで、ほとんどわずかにゲーテの精神的世界、ゲー

テの姿に対してのみかかる変遷を経ているのはまことに意義深いことである。

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31.

Ohne die Arbeit des Menschen kann das Ausmaß der naturgegebenen Knappheit der Güter nicht

vermindert werden, können keine knappen Güter beschafft werden. In Hinsicht auf die Beschaffung

wirtschaftlicher Güter vermögen die Naturkräfte und das Kapital nichts ohne die Beteiligung der Arbeit.

Der Boden und das Kapital erhalten erst durch die Arbeit wirtschaftliche Bedeutung. Die Arbeit ist

derentscheidende und wertvollste elementare Wirtschaftsfaktor in der Volkswirtschaft. Sie ist die

eigentliche Quelle des Wohlstandes der Völker. Die Arbeit ist der „persönliche Wirtschaftsfaktor“. Denn

sie ist unlösbar mit der Persönlichkeit ihres Trägers, mit dem Menschen, verbunden. Sie ist eine

Äußerung der menschlichen Persönlichkeit. Dadurch unterscheidet sie sich von allen anderen Gütern

der Volkswirtschaft. Die Arbeit kann weder wie die Waren aufbewahrt noch durch wirtschaftliche

Verwendung anderer Güter wie eine Ware produziert werden. Sie ist also ihrem Wesen nach keine Ware.

Nur durch den Willen des arbeitenden Menschen kann sie wirksam werden.

人間の労働がなければ財貨が自然のままに不足している程度が減少することはないし、不足した財

貨を手に入れることはできない。経済的財貨の入手という点から見ると、自然力と資本とは労働が加わ

らなければ何もできない。土地と資本とは労働によって初めて経済的な意義を持つようになる。労働は

国民経済における決定的にして最も重要な基本的経済因子である。それは諸国民の福祉の眞の源泉

である。労働は「人的経済因子」である。それは労働の担い手の人格、すなわち人間と不可分に結び

ついているからである。それは人間的人格の表現である。この点でそれは国民経済の爾余の財貨と異

なるのである。労働は商品のようにこれを貯蔵できないし、また商品のように他の財貨を経済的に使用

してこれを生産することもできない。だからその本質上商品ではない。それは労働する人間の意志によ

ってのみ活動しうるのである。

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32.

Die Fähigkeit eines Gutes, eine Menge anderer Güter einzutauschen, ist der objektive Tauschwert

der Güter. Denn dieser Wertausdruck gilt nicht bloß für eineinzelnes Wirtschaftssubjekt, sondern er gilt

allgemein für alle durch Tausch verbundenen Wirtschaftssubjekte. Ihm steht der sujektive Tauschwert

gegenüber, d.h. die subjektive Bewertung der zu tauschenden Güter im Tauschverkehr durch die

Tauschpartner. Kauft ein Wirtschafter ein Pferd für 5,000 DM, so beträgt der objektive Tauschwert des

Pferdes als Geldpreis ausgedrückt 5,000 DM. Der subjektive Tauschwert der 5,000 DM und des Pferdes

ist jedoch für die beiden Tauschpartner verschieden. Der Käufer muß das Pferd höher werten als 5,000

DM, sonst würde er es nicht für 5,000 DM kaufen. Und der Verkäufer muß es niedriger als 5,000 DM

werten, sonst würde er nicht für 5,000 DM verkaufen. Der Tausch setzt eine verschiedene subjektive

Bewertung der Güter im Tauschverkehr voraus, die Beurteilung der Dinge durch die Tauschenden muß

verschieden sein, soll Veranlassung zu einem Tausch gegeben sein.

ある財が他の多数の財と交換できるということは、その財の客観的交換価値である。このような価値表

現は個別的な経済主体にあてはまるのみならず、交換によって結合しているあらゆる経済的主体に普

遍的にあてはまるからである。これに対立するものは主観的な交換価値であり、交換をなすに当って交

換さるべき財に対して交換当事者側のなす主観的評価である。経済行為をなす人が一頭の馬を 5,000

マルクで買う場合にはその馬の客観的交換価値は価格で表せば 5,000 マルクとなる。しかしながら

5,000 マルクとその馬との主観的な交換価値は交換当事者双方の立場によって違う。買手はそれを

5,000 マルクよりも高く評価しているのに違いない。そうでなければ 5,000 マルクでは買わないはずであ

る。それから売手の方はこれを 5,000 マルクよりも低く評価しているに違いない。もしそうでなければ

5,000 マルクでは売るはずがない。交換は交換するときの財の主観的評価が違うということを前提として

いる。交換しようという気持ちがおこるためには交換当事者のなす物の評価が異なっていなくてはなら

ない。

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33.

Der Philosophie der Aufklärung war der individuelle Mensch der letzte Zweck alles Denkens und

Handelns. Dieser Mensch galt ihr aber immer und überall als der nämliche. Sie forderte gleiche Rechte

für alle nicht zum wenigsten deshalb, weil sie voraussetzte, daß die intellektuellen und sittlichen

Eigenschaften der Menschen ganz und gar übereinstimmten. Diese Eigenschaften könnten, so meinte

man, unterdrückt, verkehrt angewandt, nie aber wesentlich verändert werden. So schuf man sich einen

abstrakten Menschen, der unabhängig von allen geschichtlichen Bedingungen existieren, und den

überall die nämlichen Regeln der Sitte, des Rechts, der staatlichen Ordnung gültig sein sollten. Das

Extrem dieser Anschauung wird durch die revolutionäre Ethik der Franzosen vertreten. „Alle

Menschen“, meint Holbach, „werden mit gleichen natürlichen Anlagen geboren; ihre scheinbaren

Unterschiede entspringen nur aus den Verschiedenheiten der Erziehung, die auf das Gehirn ähnlich

einwirken, wie jene mechanischen Vorrichtungen der Wilden, durch die sie die Köpfe ihrer Kinder

verunstalten.“ [Wundt, Wilhelm: Rede des antretenden Rectors. (1889)]

啓蒙主義の哲学では個人が一切の思惟、行為の究極目的であった。しかしこの個人は何時でも何処

でも同じものと考えられていた。この哲学は万人の平等権を要求したが、それはとりわけ人間の知的な

らびに道徳的性質は一から十まで一致するものであると仮定したのによるのである。これらの性質は、こ

れを抑圧したり、その用い方を誤ったりすることはできるが、これを根本的に変化することは絶対に出来

ないというのである。こうして一個の抽象的人間が作り上げられたが、その人間は一切の歴史的条件に

左右されることなく存在すべきであり、いずこにおいても道徳、法、国家秩序の同一規則の適用を受け

るべきものとされた。この見解の極端を主張するものはフランス人の革命的倫理である。ドルバックは

「すべての人間は平等な自然的素質をもって生まれるものである。その一見差異と見えるようなものは

教育の相違から生ずるのであって、この相違は野蛮人がその子女の頭を奇形にするときに用いる機械

的装置と同じような影響を脳髄に及ぼすものである」と言っている。 〔ヴント、ヴィルヘルム「(ライプチヒ

大学)総長就任講演」〕

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34.

Gewöhnlich wird unter „Kultur“ der Inbegriff aller objektiv gegebenen religiösen, sittlichen,

künstlerischen und wissenschaftlichen Werte verstanden, doch scheint diese Begriffsbestimmung aus

zwei Gründen nicht ausreichend zu sein. Fürs erste wäre es durchaus nicht leicht, den Umfang dieses

Begriffes zu umgrenzen, zumal zunächst die grundsätzliche Frage entschieden werden müßte, ob zur

Kultur nur die in Form von Kulturgütern verwirklichten Werte gehören oder auch die möglichen Werte,

die vorerst als Ideen vorhanden sind, die als künftig zu lösende Aufgaben dem kulturschöpferischen

Geist gestellt werden. Fürs andere erschöpft die Hervorhebung der objektiven Seite den Begriff der

Kultur nicht. Denn Kulturgüter sind Vergegenständlichungen des Denkens und Fühlens

kulturschaffender Einzelwesen oder Gemeinschaften, weshalb eine Bezugnahme auf den Anteil des

schaffenden oder des nacherlebenden Subjekts unvermeidbar ist.

通常、文化といえば客観的に与えられた宗教的・道徳的・芸術的・科学的価値一切の総括概念の意

である。しかしながら、この定義は二つの理由からして不十分だと思われる。第一に、もしこの概念の外

延を限定しようとしても決して容易なことではあるまい。ことに文化に属するものは文化財という形をとっ

て具現化された価値のみであるか、あるいは一応は理念としてあるが、文化を創造する精神に対して将

来解決されるべき問題として課せられるような可能な価値もそうなのであるかといった根本問題の方を

先ず決めてかからねばならないはずだからである。第二に、客観的側面を強調するだけでは文化の概

念は尽くされない。そのわけは、文化財とは文化を創造する個人または社会の思想や感情が対象化さ

れたものであり、したがって創造もしくは追体験をする主体が関与するということをどうしても引き合いに

出さねばならないからである。

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35.

Die Frage, ob die Gemeinschaft früher als der einzelne sei und darum diesem die Normen

vorzuschreiben habe, die für die Zwecke des Einzellebens maßgebend sind, oder ob der einzelne früher

als die Gemeinschaft sei und darum diese sich nach den Zwecken zu richten habe, die für die Erhaltung

des Einzellebens nötig sind, steht am Anfang der Philosophie. Sie wird von der Sitte, die ursprünglich

im Leben selbst aller Philosophie vorausgeht, im Sinne der unbedingten Überordnung der Gemeinschaft

über den einzelnen und zugleich in dem der Übereinstimmung beider, der individuellen und der

gemeinschaftlichen Lebenszwecke entschieden. Mit dem Zweifel an der Gebundenheit des individuellen

Handelns an die Normen der Gemeinschaft und mit dem auf die Wiederherstellung der ursprünglichen

Unterordnung des einzelnen unter den Gesamtwillen gerichteten Streben beginnt daher alle Philosophie

als ein Streit dieser beiden Anschauungen, und um die Entscheidung dieses Streites bewegt sich im

tiefsten Grunde die ganze Entwicklung derselben. [Wilhelm Wundt: Erlebtes und Erkanntes.]

社会が個人よりも先にあり、したがって個人生活の目的の基準となる規範を個人に規定すべきものか、

もしくは個人が社会よりも先にあり、したがって社会は個人生活の維持、促進のために必要な目的に従

うべきものかという問題は哲学の発端にある。この問題は元来、生活そのものにおいてあらゆる哲学に

先行する風習の方からは、社会が個人に対して絶対に上位にあるものなりとし、同時に個人的生活目

的と社会的生活目的という両者が一致するものなりというように解決するのである。それ故、個人の行為

が社会の規範に拘束されているのを疑う一方、個人をして元のように全体意志の下位に復せしめんと

努力するとともに、あらゆる哲学がこの両見解の論争として始まり、もっとも深い根底においてこの論争

の解決を中心として哲学の全発展が行われるのである。 〔ヴント、ヴィルヘルム「体験と認識」〕

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36.

Die Sprache ist eine Erscheinung, die alle Förderungen und Werte, alle Nöte und Spannungen des

gesellschaftlichen Lebensprozesses wie mit der beredten Eindringlichkeit eines Symbols in sich

verkörpert. Sie ist recht eigentlich das soziale Grundphänomen im menschlichen Geistesleben,

objektiver Geist in reinster Gestalt.

Schon durch ihre Entstehung gibt sich die Sprache als das soziale Grundphänomen zu erkennen.

Mögen die Hypothesen über ihren Ursprung noch so weit auseinandergehen, keine von ihnen kann die

Tatsache zweifelhaft machen, daß das für ihre Entwicklung entschiedene Moment in der Verwendung

gegeben war, die sie als Mittel wechselseitiger Verständigung fand. Sie ist entstanden und hat sich

entwickelt nicht durch die schaffende Tat eines einzelnen oder einiger weniger erfinderischer Geister,

sondern durch die ineinander greifende Arbeit ungezählter Generationen; das treibende Moment ihrer

Fortentwicklung war das Bedürfnis, die Mannigfaltigkeit seelischer Inhalte durch einen immer

vollkommeneren Ausdruck mitteilbar zu machen.

言語は、社会的生活過程における一切の促進と価値、一切の困難と緊張を、あたかも象徴が力強く

人に迫るようなぐあいに、自己の内に具現化する現象である。言語は何といっても本来人間の精神生

活における社会的根本現象であり、極めて純粋な形態をとった客観的精神である。

すでにその発生からしても言語は社会的根本現象だということが窺われる。その起源に関する仮設が

随分まちまちであるにもかかわらず、それらの仮設の何れによるとしても、言語発達上決定的な原動力

は言語が相互意志疎通の手段として用いられた用法の中に存していた、という事実は決して疑わしい

ものとはならない。言語の発生および発達は一人もしくは若干少数の発明家の創業によるのではなくて、

何代にもわたる協力によるのである。言語を更に発達せしめた原動力は複雑な心的内容を一層完全な

表現で伝達できるようにしたいという欲求であった。

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37.

Die Menschheit ist heute in einem seltsamen Zustand, wie nie in der Weltgeschichte zuvor. Zum

erstenmal in der Weltgeschichte ist die Menschheit im äußeren Sinne ein Leib, eine innigst verbundene

Schicksalsgemeinschaft. Was in Tokyo geschieht, wird sofort, noch am selben Tage, in London und in

Kapstadt nicht nur gewußt, sondern auch höchst empfindlich, vielleicht in Form einer wirtschaftlichen

oder politischen Panik gespürt. Der fernste Osten und der fernste Westen sind in einer früher nie

gekannten Weise miteinander verbunden, durch die Überwindung der räumlichen Trennung, durch die

Einheit der Zivilisation und einer gewissen äußeren Kultur. Und gleichzeitig ist die Menschheit wie

vielleicht nie zuvor aufgelöst, dadurch, daß jenes Band geistiger Gemeinschaft, jeder anerkannten

höheren Autorität über allen fehlt. Darum zuckt dieser Leib der Menschheit heute in Schmerzen wie

kaum je zuvor. Die Menschheit ist unfähig, aus eigenen Mitteln das dadurch gegebene Problem zu

lösen.

人類は今日世界史上未曽有の奇妙な状態にある。世界史始まって以来初めて人類は外面的な意味

で一体となり、極めて密接に結合した運命共同体となっている。東京の出来事がすぐその日のうちにロ

ンドンやケープタウンで知られるばかりでなく、たとえば経済的ないし政治的恐慌の形で極めて鋭敏に

感ぜられもする。非常に遠く離れた東西は前例のない方法で互いに結び付いているが、それは空間的

分離を克服し、文明およびある種の外面的文化を統一することによってである。しかも同時に人類は恐

らく前例のないほどに分解しているが、これ実に何びとの上にも、精神的協同の絆、公認の高次な権威

の絆が欠如しているからである。だからこそ、人類のこのような身体は今日前例のないほどに苦しみ戦

いている。人類は自力ではこうして生じた問題を解決し得ないのである。

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38.

Alle Menschen desselben Stammes sind wegen ihres fortgesetzten Verkehrs und der Gleichheit ihrer

Verhältnisse von einem Bewußtsein der Zusammengehörigkeit erfaßt: ein Stammesbewußtsein

verknüpft sie zu einer inneren Einheit. Sie erkennen sich gegenseitig und werden von fremden Stämmen

erkannt an der gleichen Bemalung, der gleichen Sprache oder den gleichen Tänzen. Sie sondern sich so

von den übrigen Menschen ab und fühlen sich einander nähergerückt; und die gemeinsamen Erlebnisse

und Schicksale schlingen das Band immer fester. Die Menschen zerfallen für sie in Stammesgenossen

und Fremde. Nur die ersteren sind für sie wahre Menschen, Mitmenschen im eigentlichen Sinne. In

vielen Sprachen hat das Wort für die Stammesgenossen auch die Bedeutung unseres Wortes „Mensch“;

und die Griechen bezeichneten bekanntlich umgekehrt alle anderen Menschen als Barbaren, drückten

eben dadurch ihre Verachtung dieser Masse aus. Freilich gibt es vielfach noch eine Mittelstufe zwischen

dem eigenen Stamm und den Fremden, nämlich eine Anzahl benachbarter und befreundeter Stämme, die

in der Kultur verwandt sind und mit denen freundnachbarliche Beziehungen unterhalten werden.

同種族の人間はすべて互いに交際を続け境遇を同じうするために共属性の意識をしっかりと持って

いる。すなわち一つの種族意識によって結合されて内面的統一を有するにいたるのである。彼らは粉

飾を同じうし、言語を同じうし、あるいは舞踊を同じうしているところから、互いに認識し合いまた他の種

族から認識されるのである。彼らはこのように他の人間から分離して互いに更に親しくなったように感ず

るのである。そうして体験と運命を共にするためにますます団結が固くなる。彼らからすれば人間は同

種族の人と他種族の人とに分かれる。前者のみが真の人間であり、本来の意味での同胞だということに

なる。多くの国語では同種族の人に該当する語にはわが国語の「人間」という意味もある。それから逆に

ギリシャ人は、周知のごとく、他の人間を全部野蛮人と呼び、まさにかくすることによって彼らのこの大衆

にたいする侮蔑を表わしたのであった。もちろん自分の種族と他種族との間にはもう一つ中間段階があ

る場合が多いのであって、それは文化が似通っていて友誼関係を続けている一定数の隣接友好種族

である。

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39.

Der Außenstehende sieht eine Wissenschaft viel zu sehr im Lichte einer Lehre, die ihm so oder so,

ob nun durch Lehrbücher oder Lexika oder Vorlesungen, fertige wissenschaftliche Ergebnisse

übermittelt. Wissenschaft ist aber nichts Abgeschlossenes, kein ruhender geistiger Besitz an Wissen. Als

ein Bereich geistiger Tat geht Wissenschaft ganz und gar auf in geistiger Bewegung. Darum weiß nur

der richtig über sie Bescheid, der sich klar geworden ist, daß in der Wissenschaft allezeit das Beste erst

noch zu tun bleibt!

Als die entscheidende geistige Tat schreitet die Forschung voran. Sie ist hier die Herrin. Als Magd,

im Dienste der Übermittlung des Erforschten, folgt ihr die Lehre nach. Nicht im Verfasser von

Lehrbüchern, nicht im „Gelehrten“, immer nur im Forscher spiegelt sich die Wissenschaft selber in

einer Persönlichkeit. Darum hat auch der Forscher an dem Rastlosen dieser geistigen Bewegung teil.

Als „abgeschlossen“ darf ihm am allerwenigsten sein eigenes Werk erscheinen, sei es im Inhalt, sei es in

der wörtlichen Fassung.

門外漢はある科学を見るに際して、教科書によるにせよ、事典によるにせよ、講義によるにせよ、とに

かくある何らかの方法で、できあがった科学的成果を伝えてくれる学説の面から見すぎることが多い。と

ころで科学というものは完結したものでもなく、知識を精神的にじっと持っているものでもない。精神的な

行為のため領域として、科学は全然精神的な運動と化するのである。したがって、科学においては何時

も、最も良いものはこれからやらなくてはならないものだ、ということをはっきり知っている者だけが真に科

学の何たるかを知っているのである。

決定的な精神的行為として研究が先行する。研究はこの場合主人なのだ。研究の結果を伝えるため

に学説が召使いとなってこれに従うのだ。科学そのものがある人格のなかに反映するのは教科書の著

者ではなく、いわゆる「学者」ではなくて、いつも研究者だけである。だから研究者といえども不断のこの

ような精神的運動に参加するわけである。研究者は、内容においてであれ、字句においてであれ、自

分の著作が「完結した」ものだと考えることは絶対にしてはならないのである。

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40.

Wer die Geschichte der Menschheit im ganzen überblickt, kann sich dem Eindruck nicht entziehen,

welche tiefgreifende Wendung das Eintreten der germanischen Völker in den Kulturkreis der alten Welt

hervorgebracht hat. Durch sie wird der Raum, in dem die Geschichte spielt, gewaltig erweitert, werden

Länder, die bis dahin, wenig beachtet, ein Eigenleben etwa wie Innerafrika vor hundert Jahren führten,

erschlossen und in den Kreis der gesamteuropäischen Entwicklung einbezogen. Zum ersten Mal wird

der Kontinent zur kulturellen Einheit zusammengefaßt und eine Familiengemeinschaft abendländischer

Staaten geschaffen, die im Laufe von Jahrhunderten in stetem Wettbewerb den ganzen Erdball zum

Schauplatz ihrer Taten machen, die eigenen Errungenschaften auch den entferntesten Ländern mitteilen,

sie erobern, ausbeuten oder ihrem Einfluß unterwerfen, bis in unsern Tagen die Schicksale aller Völker

der Erde zu einer einzigen großen Einheit sich verflechten und das Wort „Weltgeschichte“ anfängt einen

Sinn zu haben.

人類の歴史を概観する人は誰でも、ゲルマン民族が古い世界の文化圏内に入ったためにいかに甚

だしい転換が生じたか、という印象からどうしても免れ得ない。これらの民族によって、歴史の行われる

空間が大いに拡大し、従来あまり顧みられずに、たとえば百年前のアフリカ奥地のように特異の生活を

していた諸国が開け、全欧州の発展の圏内に包含されるにいたった。ここに初めてこの大陸は相寄っ

て文化的統一体となり、西洋諸国家の家族的共同体が作られたのである。これらの国家は数世紀にわ

たり常に相角逐して全地球をその活躍舞台となし、自己の成果をいかなる遠隔の地にも伝え、これらの

諸国を占領し、搾取し、もしくは自己の勢力下に服せしめ、ついに現代においては地球上のすべての

民族の運命が互いに組み合わさって唯一の大統一体をなし、ここに初めて「世界史」という語が意義を

有するにいたったのである。

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41.

Ich nenne einen Menschen riesengroß, wenn er wenig größer als die bekannten Menschen. Und ich

nenne den Berg, der hundertmal größer ist als der größte Mensch, klein. Dies heißt nicht, daß ich den

riesengroßen Menschen irrtümlicherweise für größer halte als den kleinen Berg; obgleich ja sonst das

Riesengroße allerdings größer zu sein pflegt als das Kleine. Sondern jener Mensch bleibt in meinen

Augen so groß oder so klein als er ist; und der Berg behält in meinen Augen seine sehr viel

beträchtlichere Größe. Es bezieht sich eben das „riesengroß“ und das „klein“ gar nicht auf die Größen,

die ich beurteile, sondern es bezeichnet die Weise, wie ich mich in meinem Urteile zu diesen Größen

innerlich verhalte.

ある人間が私の知っている人間よりも少ししか大きくないのに、その人を巨人のように大きいと言い、

最も大きい人間の百倍も大きい山を小さいと言う。その意味は、巨人のように大きい人間を小さい山より

大きいものだと間違って考える、というのではない。もっとも、普通は巨人のように大きいものが小さいも

のより大きいのは勿論のことである。実はそういう人はやはり私の眼には実際の大きさと変わりがないの

であって、この山の方は私の眼にはやはり遥かにずっと大きく見えるのである。実のところ、「巨人のよう

に大きい」とか「小さい」とかいうのは、私の測る大きさとは少しも関係がないのであって、私が判断すると

きにこれらの大きさに対していだく心の持ち方を指して言うのである。

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42.

Der Unterschied zwischen impulsiven, d. h. unüberlegten und dem überlegten Charakter besteht

darin, daß das Benehmen des ersteren mehr als das des letzteren von äußeren Umständen, also vom

Zufall abhängt. Menschen, deren mitfühlende Sinnesart gepaart ist mit einer festeingewurzelten

Gewöhnung an allseitige Überlegung aller Folgen einer beabsichtigten Handlung, werden sich in der

Regel keiner Rücksichtslosigkeit und keiner Unbarmherzigkeit schuldig machen; aber selten werden sie

die Gutmütigkeit bis zur Gefährdung und Aufopferung vitaler Eigeninteressen treiben, es sei denn, daß

höhere Vernunftgefühle, ideale Zwecke, das verlangen.

衝動的な、すなわち軽率な性格と慎重な性格との差異は、前者の振る舞いが後者の振る舞いに比し

て、四囲の状況、つまり偶然によって左右されることが多いという点にある。同情心があって、しかも企

画した行為から生じる一切の結果をあらゆる側面から熟慮するという根強い習慣を併せ持つ人は、無

遠慮、無慈悲に流れることはまずないであろう。しかし自分の死活に関わる利益を危殆に瀕せしめ、こ

れを犠牲に供するほどにお人好しであることは滅多にあるまい。ただし、高尚な理性的感情、すなわち

理想的な目的からしてそれが必要な場合は例外である。

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43.

Es kann nicht nachdrücklich genug gesagt werden: der Fortschritt, die steigende Verwirklichung

vernünftiger Zweckgedanken in der Kultur ― das ist kein bloßes Werk der Naturgesetze; das vollzieht

sich nicht in der Weise, wie der Umlauf der Erde um die Sonne; das ist keine Einrichtung, sondern ein

Werk, aus dem die Persönlichkeit, der menschliche Wille, nicht zu eliminieren ist. Die Begeisterung, die

Hingebungsfähigkeit des Individuums ist das wahrhaft Treibende in aller Geschichte und sollte diese

Kraft einmal versiegen, so würde das für das moralische Universum das nämliche bedeuten, wie wenn

die leuchtende und wärmende Kraft der Sonne ihren Dienst versagen wollte: Verkümmerung, Erstarrung,

Tod.

いくら強調しても差し支えないことであるが、進歩、すなわち文化における理性的目的観念の上昇的

実現というものは、これは単に自然法則がつくったものではなく、これは地球が太陽の周囲を回転する

ような具合には行われず、これは制度ではなくて、人格、すなわち人間の意志を抜きにしてはできない

仕事である。個人の感激、没我能力が一切の歴史における真の原動力である。そうしてこの力がひとた

び枯渇しようものなら、それは道徳的世界にとっては太陽がものを照らし温める力を無くするのと同じよ

うな意味になるだろう。すなわち、萎縮、硬化、死滅である。

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44.

Das Sittengesetz fordert vom Menschen bewußte Realisierung des vernünftigen Weltplans. Er soll

die Stelle ausfüllen, die ihm als Menschen innerhalb desselben zukommt. Er soll seine menschliche

Natur auswirken, somit, da die Vernunft deren Eigenart begründet, seine Vernunft betätigen nach der

Seite der Erkenntnis wie in der bewußten Leitung seines Handelns. Er soll den erkannten Zweck seines

Eigenwesens realisieren, daraus ergeben sich ihm die Pflichten gegen sich selbst, und nicht minder die

Zwecke, die, in der Weltordnung begründet, ihn mit anderen verbinden, in der Familie, im Verkehr, im

bürgerlichen Gemeinwesen, daraus ergeben sich ihm Pflichten gegen die anderen. Gut ist, was jenem

System von Zwecken entspricht und sie fördert, böse, was ihnen widerstreitet, ihre Erfüllung hindert

oder unmöglich macht. Darum soll der Mensch das Gute tun und das Böse meiden, er soll es, weil das

ewige Gesetz dies vorschreibt, das Gesetz, welches er als ein vernünftiges, aus der Idee seines eigenen

Wesens entworfenes anerkennen muß. Darum begleitet auch die guten Handlungen, eigene wie fremde,

unwillkürlich unser Beifall und nicht minder die bösen ebenso unwillkürliches Mißfallen.

道徳率は人間に対して理性的な世界計画を意識的に実現せよと要求する。人間は、この計画の内

部で、人間として当然もつべき役目を果たさねばならない。人間は自己の人間的本性を鍛え磨かねば

ならない。すなわち理性がかかる本性の特質の基礎をなすがゆえに、人間は自己の理性を認識の方

面へも、また行為の意識的統御にも働かさねばならない。人間は自己の本質がもつ目的を認識して、

これを実現せねばならない。かくして自己自身に対する義務が生じる。また同様に、家庭とか交際とか

市民団体といった世界秩序を基礎として人間を他の人間と結合せしめる目的をも実現せねばならない。

かくして他人に対する義務が生じる。善というものは目的のこうした体系に即応しこれら目的を促進する

ものであり、悪というものはこれらの目的に背きその達成を阻害しあるいはこれを不可能ならしめるもの

である。この故に、人間は善をなして悪を避けねばならない。これ、永遠の法則がかくすることを命ずる

がゆえである。而してこの法則こそは、人間が理性的法則として、すなわち自己の本質の理念から企画

された法則として認めねばならないものである。したがって、自己の行為であれ、他人の行為であれ、

善き行為に対しては知らず識らず我々は賛意を表し、同様に悪しき行為に対しては、これまた知らず識

らず嫌悪の情ををもつのである。

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45.

Gewiß haben hochbegabte einzelne Menschen Großes geleistet für die Förderung der menschlichen

Kultur. Sie sind ihren Mitmenschen sittliche, religiöse, politische Führer gewesen, sie haben wichtige

Erkenntnisse errungen, bedeutsame Entdeckungen und Erfindungen gemacht. Aber auch diese genialen

Menschen hätten das alles nicht leisten können, wenn sie nicht als Kinder ernährt, gepflegt und erzogen

worden wären von den anderen. So darf man überhaupt sagen, daß die Menschen erst durch die

menschliche Gemeinschaft und in ihr zu „Menschen“, zu „Kulturmenschen“ werden. Darum sind sie

aber auch verpflichtet, wenn sie erwachsen sind, für die Wohlfahrt der Gemeinschft sich verantwortlich

zu fühlen und diese Wohlfahrt und damit die Entwicklung der Kultur nach Kräften zu fördern. Damit

der Mensch dies kann, muß nun neben seinem Wollen und seinem Gefühl für die Kulturwerte auch sein

Vorstellen und damit sein Verstand und sein Gedächtnis ausgebildet werden.

たしかに、非凡な才能を有する個人は人間文化の促進に大いなる貢献をしている。彼らはその同胞

にとっては道徳的、宗教的、政治的指導者であった。重要な認識を獲得し、大発見や大発明をした。

けれども、こうした天才といえども、仮に子供のときに他の人々に養育され教育されなかったとすれば、

こうした事業は全部成し遂げることができなかったであろう。それで一般に、人間は人間の社会によって、

また人間の社会のなかで初めて「人間」となり、「文化的人間」となるといって差し支えない。が、またそ

れゆえに、人間は成長した暁には社会の福祉に対して責任を感じ、この福祉、したがってまた文化の

発展をできるかぎり促進する義務がある。さて、これをなしうるためには、人間は文化価値に対して意欲、

感情のみならず、また表象、したがってまた知性、記憶をも涵養せねばならない。

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46.

Es ist nicht notwendig, daß das, was als sittliche Norm oder sittliches Kriterium gilt, sich mit den

wirklich sozialen Bedürfnissen genau deckt. Die Sittengeschichte zeigt überall ebensowohl den Fall,

daß Norm und Kriterium dem vorausgreifen, was in einem gegebenen Zustande einer Gemeinschaft

begründet ist, daß diese also noch nicht reif ist für Dinge, welche Einzelne, Vorgeschrittene ihr als

wertvoll verkünden, wie den anderen Fall, daß Normen und Kriterien immer noch autoritative Kraft

behalten, nachdem die Gemeinschaft, in der sie gelten, eigentlich schon über sie hinausgewachsen ist.

道徳的規範ないし道徳的基準と目されているものが真に社会的な要求と全く合致するとは限らない。

道徳史を見ると随所に、規範や基準が、ある社会の或る与えられた状態に根ざしているものを先取りし、

したがってこの社会が、先覚者たる個人から価値あるものだとして知らされる事物を受け入れるほどに

は未だ成熟していない、という場合もあれば、また一方規範や基準が通用している社会が本当はもうそ

の域を脱した後もなお、その規範や基準が権威ある力を維持している、という場合もある。

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47.

Was Leibniz von anderen Philosophen der neueren Zeit unterscheidet, das ist die ungemeine

Vielseitigkeit seiner Interessen, der außerordentliche Umfang seiner Kenntnisse. Aber mit der

Ausbreitung seines Wissens verbindet sich ein Streben nach Harmonisierung und Vermittlung, durch

das die eigentümliche Universalität seiner Natur erst zu ihrer vollen Geltung kommt. Wie er sich um

eine Universalsprache bemüht, eine umfassende Organisation der gesamten wissenschaftlichen Arbeit in

die Wege leitet, die christlichen Konfessionen zu einer Weltkirche einigen will, so will er auch in seiner

Philosophie dasjenige System schaffen, in dem sich die berechtigten Gedanken aller bisherigen Systeme

vereinigen, und ihre Gegensätze ausgleichen.

ライブニッツが近世の爾余の哲学者と異なる点は、彼の関心が並外れて多面的であり、彼の知識が

非常に広範であるということである。ところが、彼の知識が広がると同時にまた調和・調停をしようとする

努力が伴っており、これによって初めて彼の本性の独自な普遍性が十分に発揮されるのである。彼が

世界語をつくろうとしたり、学的研究全体の包括的な組織を企て、キリスト教の諸宗派を統一して世界

教たらしめようとするのと同様に、その哲学においても、従来のあらゆる体系の公認された正しい思想が

総合されている体系をつくり、それらの対立を調停しようとする。

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48.

An die Freiheit kann ernstlich nur glauben, wer den Bestand einer sittlichen Ordnung im Sinne eines

von dem Willen der Menschen unabhängigen Weltplanes annimmt und den Zweck des menschlichen

Lebens im einzelnen sowohl wie in Gruppen irgendeiner Art dahin verlegt, daß dieser Weltplan auf

Erden nach und nach immer mehr zur Durchführung komme. Aber nicht durch Gewalt und Autorität,

sondern mit freiem Willen und aus eigenem Entschlusse der Menschen. Die freie Tat des Menschen, aus

freiem Willen hervorgegangen, muß sich mit den ewigen Gedanken der Weltregierung zur Erreichung

ihrer Zwecke verbinden, das ist die Quelle alles echten und dauernden Schaffens und zugleich der

Grund, weshalb Freiheit bestehen muß, und Freijheit allein zum wahrhaft Guten führt, nicht Autorität.

自由を本気で信じることができるのは、人間の意志から独立な世界計画といった意味での道徳的秩

序が存するものと思い、個人ならびに何らかの種類の集団における人間生活の目的は、かかる世界計

画を地上に着々と実現せしめることだ、と考える人のみである。ただし、これは権力や権威によってでは

なくて、人間の自由な意志によって、人間自身の決意から行われるのである。自由な意志から発した自

由な人間の行為は、世界を支配するものの永遠なる思想と結合してその目的を達成するようにしなけ

ればならない。これは総ての純粋にして持続的な創造の源泉であると同時に、なぜ自由が存せねばな

らないか、またなぜ自由によってのみ真に善きことができるのであって権威によってではないのであるか、

という理由でもある。

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49.

Strengste Selbstzucht und Selbstkontrolle sind für den Historiker das oberste Gebot. Er muß

gleichsam ständig Buch über die in seiner individuellen Geistesbeschaffenheit liegenden Eigenschaften

führen, die ihn zu einseitigem und parteiischem Urteile über die Personen der Vergangenheit verlocken

könnten, wie Haß, Zuneigung, Bewunderung und Begeisterung, ebenso über die moralischen, sozialen,

politischen und religiösen Ideen, die kollektivpsychischen Faktoren insgesamt, deren Einflusse er sich

zu überlassen geneigt sein würde. Er wird sich ihrer als möglicher Fehlerquellen seiner Auffassungen

stets bewußt und peinlichst darauf bedacht sein müssen, sie zu unterdrücken. Es ist sein Beruf,

menschliche Handlungen der Vergangenheit, singuläre wie generische, an Hand der Quellen zu

ermitteln und zu rekonstruieren; er hat somit ihren äußeren Verlauf sowie die Motive, sowohl die

singulären wie auch die typischen, festzustellen, aus denen sie hervorgingen, und er wird daher genau

darauf zu achten haben, ob im einzelnen Falle in seiner eigenen Seele Saiten klingen, sei es verwandter,

sei es gegensätzlicher Art, die er daher zum Verstummen bringen soll. Ob das immer zu erreichen ist,

bleibe dahingestellt; aber er darf sich dieser Pflicht nicht schon vornherein entziehen oder es mit ihr

auch nur leicht nehmen.

極めて峻厳な克己と自制とは歴史家の守るべき最高の戒律である。歴史家たるものは、自己の個人

的気質のなかに存していて、自己をして過去の人物について狭量・偏頗な批評をさせる恐れのある性

質、例えば憎悪・愛好・賞賛・感激のようなものや、ややもすれば自己が感化され易く思われる道徳思

想・社会思想・政治思想・宗教思想、すなわち総じて集団的・心的因子をいわば常に帳簿に記入して

おかねばならない。これらが自己の見解を誤らしめる原因になるかも知れないと常に心していて、これら

を抑えつけるように細心の注意を払わねばならないだろう。単独的行為にせよ、一般的行為にせよ、と

にかく過去の人間の行為を史料によって調査し、再構成するのが歴史家の任務である。故に歴史家は

かかる行為の外面的経過およびこれらの行為を生ぜしめた単独的動機ならびに類型的動機を突きと

めねばならない。したがって個々の場合において好むと好まざるとに論無く、自己の心の琴線に触れる

ものがあるかどうかをよく心に留めねばならない。したがってもし琴線に触れる場合には、これを黙せし

めるようにすべきものである。それがいつもできるかどうかはここには問題としないが、この義務を始めか

ら回避したり、もしくはこれを少しでも軽視したりしてはならない。

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50.

Wer Großes auf irgendwelchem Gebiet erreichen will, muß sein Herz an bestimmter Stelle

verschließen, um die Kraft für das Wesentliche zu sammeln. Ohne eine gewisse Kälte und Härte ist ein

großer Staatsmann so wenig zu denken, als ohne die Kunst, die Menschen unter Umständen zu täuschen

und rücksichtslos die guten und schlechten Mittel für die höchsten Zwecke einzusetzen, mit allen

virtuosen Künsten der Diplomatie dem Vaterlande zu dienen. Bismarck gleicht hier ganz Friedrich dem

Großen, nur daß er, die hergebrachte Manier diplomatischer Täuschung verschmähend, mit meist

verblüffender Offenheit zuwege ging; er verzichtet damit freilich nicht auf die von ihm genial

gehandhabte Kunst, die Feinde Preußens zu überlisten und zu überraschen und auch in der inneren

Politik seine Gegner und seine Werkzeuge mit überlegener kalter Berechnung so zu behandeln, so ins

Garn zu locken, so auszuspielen, wie es für seine Zwecke nötig war. Wer derartiges einem leitenden

Staatsmann vorwirft, kennt die Welt nicht.

何らかの領域で大事を遂げようと欲するものは、あるところで己の情を抑えて、要所に力を集注しなけ

ればならない。おおよそ偉大な政治家は必ず一種冷ややかな酷薄さを持っているものであり、事情によ

っては人を欺きかつ情け容赦なく善悪両様の手段を至高の目的のために講じ、外交の全秘術を尽くし

て祖国に奉仕する手腕を必ず備えているものである。ビスマルクはこの点フリードリッヒ大王に酷似して

いる。ただ、彼は在来の外交的欺瞞策を退けて、大抵の人を唖然たらしめるほど公々然と事に当たっ

た。さりとてもちろん、彼はブロイセンの敵国を策略に乗せてその虚を突き、かつ内政においても自己の

政敵と与党とを、高所から冷静に打算して、己の目的に必要なように処理し籠絡し反目させる手腕を棄

てたわけではなく、この手腕を天才的に駆使している。大政治家のこうした点を非難するものは世の中

のことに無知な輩である。

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51.

Johann Friedrich Herbarts Denken ist absolut verstandesmäßig. Klarheit und Deutlichkeit der

Begriffe ist ihm das einzige Kriterium, Widerspruchslosigkeit der Welterfassung das einzige Ziel

philosophischen Denkens. Wie ein Nüchterner unter den Trunknen steht dieser scharfe, mathematisch

geschulte Denker neben den idealistischen Dichterphilosophen seiner Zeit, den Schelling und

Schopenhauer. Ein klarer, ja kühler Forscher, beherrscht er das Gebiet des abstrakten Denkens, ohne

sich wie Hegel von dem Rausch, der in der Abstraktion liegen kann, hinreißen zu lassen. Aber freilich

auch die Schwunglosigkeit des Nüchternen ist sein Teil. Seinen Ideen fehlt alles, was begeistern kann.

Jedes Pathos, echtes wie falsches, liegt ihm fern. Sein Stil hat keinen anderen Reiz als den allerdings

nichtgeringen einer völligen Klarheit und Durchsichtigkeit und die Fähigkeit der scharfen und knappen

Formulierung. Aber diese Gaben haben etwas Gefährliches, denn jeder falsche Schluß, jede

willkührliche Wendung offenbart sich sogleich dem aufmerksam folgenden Leser. Das innere Feuer des

Wahrheitssuchers fühlt man wohl durch die abstrakten Gedankengänge und die unerbittliche Kritik

hindurch; aber nirgends tritt es unmittelbar zutage, und nur in den pädagogischen Schriften erwärmt es

stellenweise die Darstellung selbst.

J. F. ヘルバルトの考え方は全く理屈詰めである。概念の明晰・判明が哲学的に考える際の彼の唯一

の標識であり、世界観の首尾一貫性がその場合における唯一の目標である。数学的素養のあるこの鋭

い思想家がシェリングやショーペンハウアーのような当時の理想主義的な詩人哲学者たちと相並んで

いる様は、あたかも酒に酔っていない人が酔っている人たちの中にいるようなものである。ヘルバルトは

明晰な、いな冷静な研究者であったから、ヘーゲルのように抽象思考にもありうる陶酔に溺れずして、

抽象的思考の領域を支配したのである。しかし、もちろん冷静な人にありがちの迫力の無さもかれの持

ち前である。彼の思想には人を感激せしめうるような点が全然欠如している。本心から出たものにせよ、

繕ったものにせよ、とにかく激情といったものは凡そかれには縁遠い。かれの文体には完全な明晰・透

徹という確かに少なからぬ魅力があるが、それが唯一の魅力であって、この文体は直截・簡明に公式化

する能力を有している。しかし、こうした天分には危うげなところがある。それは誤った推理をし、勝手気

ままな表現をすれば、注意深く読んでゆく読者にはいつでも直ちに看破されるからである。もちろん、こ

の真理探究者の内面的情熱は抽象的な思考過程と厳正な批判とを通して感ぜられるが、しかしこれは

いつでも直接には現れてこないのであって、わずかに教育学論集の中でところどころ叙述そのものに熱

を与えているにすぎない。

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52.

Hatte Spinoza die Welt durchaus als eine notwendige Folge aus dem Wesen und der Macht Gottes zu

begreifen gelehrt, so hat Leibniz, verführt von seiner Neigung zur Theologie, der Schöpfung den

Charakter einer sittlichen Tat Gottes zu geben gesucht und die Welt und den Weltlauf nicht von einer

absoluten oder metaphysischen, sondern nur von einer hypothetischen oder moralischen Notwendigkeit

abgeleitet. Das heißt, er stellt die Sache für gewöhnlich so dar, als ob sich Gott bei Erschaffung der Welt

alle die unzähligen, möglichen Welten in seinem Verstande vergegenwärtigt und aus denselben die

vollkommenste ausgewählt hätte. Aber diese Unterscheidung ist nicht nur unerheblich, sondern

geradezu irreführend. Schon Spinoza hat ihn antizipiert und völlig aufgelöst. Denn da unter allen Welten

nur eine die beste war, war sie auch allein möglich; sie allein trug die Bedingungen ihrer Existenz in

sich; alle andern dagegen waren unmöglich und konnten für den vollkommenen Verstand, welchem

diese Unmöglichkeit von Anfang an klar sein mußte, gar nicht als wählbar in Betracht kommen.

スピノーザは 世界を神の本質と力とより来る必然的結果に外ならぬと解するように説いたのであるが、

ライブニッツは神学が好きなところから、つい創造に対して神の倫理的行為といった性格を与えようとし

て、世界と世界の運行とを絶対的ないしは形而上学的必然性からではなくて、単に仮設的ないしは道

徳的必然性から導き出したのであった。つまり、かれはこの事柄を叙述するにあたっては、概ねあたか

も、神が世界を創造する際に無数の可能な世界を総て自分の頭の中で考えてみて、その中から最も完

全な世界を選び出したかのような筆法をもってした。しかしこのように区別するのは何ら取るに足らぬば

かりでなく、実に紛らわしいのである。すでにスピノーザがライブニッツの 立場を先取りしてこれを完全に

解消したのである。その事情を述べよう。一切の世界の中でただ一つの世界しか最善のものでないとさ

れたのであるからして、またこれだけが可能なわけであった。この世界のみがその存在の条件を備えて

いたのであって、これに反して一切の他の世界は不可能とされたのであり、この不可能なことを最初か

ら必ずはっきりと知っていたはずの完全な悟性の立場からすれば、それらが選ばれうるものと考えられる

ようなことは絶対にあり得ないことであった。

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53.

Hegel hat immer darauf gedrungen, die Philosophie nicht als das Werk der bloßen Individuen,

sondern als einen Ausdruck der Zeit, als eine Offenbarung ihres Strebens und Wollens zu verstehen.

Auch von seiner eigenen Philosophie läßt sich sagen, daß sie Hauptbewegungen der Zeit die höchste

wissenschaftliche Fassung gibt. Die Neuzeit bekennt die höchste Schätzung des Denkens und Erkennens,

bei Hegel wird es zu weltschaffender Macht erhoben und soll wie ein Sauerteig alle Verhältnisse

durchdringen; die Neuzeit hat einen starken Fortschrittsglauben, bei Hegel erhält er die tiefste

Rechtfertigung aus dem Ganzen der Gedankenwelt; die Neuzeit besitzt einen kräftigen Lebenstrieb, von

ihm aus sieht sie Vernunft in der Welt hinein und neigt zur Bejahung des Lebens, diese Bejahung kann

keinen großartigeren Ausdruck finden, als sie bei Hegel gefunden hat.

ヘーゲルが常に力説するところによれば、哲学とは単なる個人の仕事ではなくて時代の表現であり、

時代の努力、意欲の顕現であるということになる。ヘーゲル自身の哲学についても、これはその時代の

主要な運動を最も学問的に言い表すものといえる。近世の人々は思考および認識が最高の価値を有

しているものと信じている。ヘーゲルにおいては、この思考と認識は更に進んで世界を創造する力とな

り、ちょうどパン種のようにあらゆる状況に浸透するものとされている。近世においては進歩を信ずること

強く、ヘーゲルはかかる信仰の正しいことを思想の世界全体から最も深く証明している。近世の人々は

熾烈な生の衝動をもっていて、これから出発して理性を世界の中にあるものと考えて生を肯定する傾向

がある。かかる肯定はヘーゲルにおけるほど大規模に表現されたことはないのである。

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54.

Philosophie will Wissenschaft sein oder die Welt theoretisch betrachten. Der Philosoph muß daher

jeden Einfluß außerwissenschaftlicher Lebensmächte auf sein Denken, wie z.B. den seiner

Leidenschaften oder seiner politischen Ideale oder seiner religiösen Überzeugung, nach Möglichkeit

auszuschalten suchen, um zu dem vorzudringen, was sich dem reinen Erkennen von der Welt und dem

menschlichen Leben erschließt. Er hat beim Philosophieren den Schwerpunkt in ein theoretisch

kontemplatives Verhalten zu legen und alle praktische Aktivität, alles Eingreifen in das Weltgetriebe

wie alles, wozu seine handelnde Natur ihn drängt, zu unterdrücken. Er muß sich über die Parteien der

tätigen Menschen stellen, denn sonst kommt er zu keiner wissenschaftlichen Objektivität. Nicht

Willensmotive dürfen für ihn entscheidend sein, sondern allein Gründe, die sich logisch aufzeigen

lassen. Das hängt mit dem Wesen der Philosophie als einer wissenschaftlichen Weltanschauungslehre

notwendig zusammen, und nur dort werden wir von wissenschaftlicher Philosophie sprechen, wo diese

Tendenz maßgebend ist.

哲学の目的とするところは学たるにあり、すなわち世界を理論的に考察するにある。したがって哲学者

は学以外の生活上の勢力、たとえば自己の情熱、政治的理想、宗教的信念のようなものが自己の思索

に及ぼす一切の影響をできるだけ退けるようにして、世界および人生に関する純粋な認識が解明しうる

ところまで進まねばならない。哲学的思索をなすにあたっては理論的・静観的態度に重点を置くべきで

あって、実践的に活動したり、俗事に介入したり、自己の活動欲に駆られたりすることは一切慎まねば

ならない。哲学者は活動している人間の党派に超然たらねばならない。そうでなければ、とうてい学的

客観性に到達することができないからである。意志的動機によって決定してはならないのであって、論

理的に証明される根拠によってのみ決定すべきである。これは学的世界観学としての哲学の本質上当

然なことであって、かかる傾向が顕著な場合にのみ学的哲学と言うことにする。

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55.

So gut wie nur irgendeiner der Heroen der menschlichen Denkarbeit ist Spinoza der leuchtende

Beweis dafür, daß es keine wahre Genialität und keine höchste Entfaltung geistiger Kräfte gibt ohne die

Größe des Charakters. Wenn die Geschichte der Philosophie immer mit einer gewissen Feierlichkeit bei

dem Namen Spinoza anhält und über seine Bedeutung mit besonderer Vorliebe sich ergeht, so rührt das

vor allem daher, daß bei ihm ebenso sehr der Mensch unser Herz gewinnt, wie der Philosoph unsern

Geist fesselt; und es ist weniger der Reiz des Tragischen in seinem Geschick, welches er mit manchem

teilt, als vielmehr der ergreifende Eindruck wahrer innerer Größe, worauf dies allgemeine Interesse an

seiner Persönlichkeit beruht. Wenn die lautere Klarheit seiner Gedanken noch durch etwas übertroffen

werden kann, so ist es durch die fleckenlose Reinheit seines Charakters; in ihm ist kein Winkel, in den

sich die Lüge verkriechen kann, und alles, was er lebt, was er lehrt, trägt an sich den Stempel reinster

Wahrhaftigkeit und vollster Überzeugtheit.

人間の思想活動の英雄たちの中では、真の天才と精神力の最高度の発達とが性格の偉大さ無しに

は存しない、ということを明らかに証明する点では、スピノーザに 及ぶものはあるまい。哲学史がいつで

もスピノーザという 名のところで何となく荘重な態度で佇み、とくに好んで彼の意義を縷説するのである

が、その主要な原因は、哲学者としての彼が我々に 対して精神的な魅力を有すると全く同様に、われ

われが人間としての彼を慕うという点にある。そうして類例に乏しからざる彼の悲運の魅力よりも、むしろ

真の内面的偉大さの感動的印象の方が、彼の人格に対するこうした一般の興味の由来するところなの

である。彼の思想の純粋明晰な点をさらに凌駕するものがあるとするならば、それは彼の性格が清廉潔

白な点である。彼の心には虚偽の潜入しうべきところはどこにもない。彼の行動、彼の生活、彼の学説、

これすべて純粋極まりない誠実と溢れるばかりの確信という特徴を帯びているのである。

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56.

Das Denken des Mittelalters ist, im vollen Gegensatze zu dem Denken des griechischen Altertums,

nicht unmittelbar aus der lebendigen Berührung des forschenden Geistes mit der Wirklichkeit

entsprungen, sondern es ist im eigentlichen Sinne des Wortes eine Schulaufgabe. Gegeben sind mehr

oder minder kümmerliche Reste der antiken philosophischen Literatur; es sollen so gedeutet und

kombiniert werden, und zwar auf rein dialektischem Wege, daß daraus eine mit der Kirchenlehre nicht

kontrastierende, sondern mit ihr harmonisierende, sie ergänzende Weltanschauung entsteht. Der antike

Stoff, anfangs sehr geringfügig und auf wenige Schriften beschränkt, wächst im Laufe der Zeit immer

mehr an und damit wird auch das Problem der Scholastik immer schwieriger, immer verwickelter. Die

Probleme haben keine innere Lebenskraft: die ganze Scholastik bleibt von der Stoffzufuhr abhängig, bis

zuletzt der Moment kommt, wo der europäische Geist es müde wird, das Altertum nur in diesen

dialektischen Verrenkungen zu sehen, und sich direkt an die Quellen selbst wendet.

中世の思想はギリシャ古代の思想とは全然対立していて、研究的精神が現実と盛んに接触するとこ

ろから直接に生じたものではなくて、本来の意味での学校の課題である。与えられているのは古典古代

における哲学文献の多かれ少なかれとにかく貧弱な残片である。これを解釈し、これを結合するにあた

り、それも純粋に弁証法的な方法をとって、教義と対立せずにこれと調和しこれを補足する世界観が生

じてくるようにするという建前であった。古典古代の材料は、初めのうちは非常に貧弱で少数の書物に

限られていたが、時がたつにつれて段々と増加し、同時にスコラ哲学の問題もいよいよ困難になり、ま

すます複雑になった。これらの問題には内面的生命力がない。すなわち全スコラ哲学は引き続き材料

の入手に依存していたが、ついにヨーロッパの精神界が古代をこうした弁証法的な脱臼においてのみ

観ずるのに飽き足らずして、直接に原典そのものに向かう時機がきたのである。

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57.

Die Kulturgeschichte des modernen Europas ist von ihren Anfängen an dadurch charakterisiert, daß

sich jugendlichen, bisher wenig kultivierten Völkern eine verfeinerte, aber auch stark gealterte

Zivilisation überlagert, die über ein Jahrtausend lang für die Massen jener Völker eine Fremdkultur

blieb, was sich schon äußerlich dadurch kundgibt, daß in ganz Westeuropa bis an die Schwelle der

Neuzeit hin die Bildungssprache überwiegend das Lateinische ist. Infolgedessen zieht sich durch die

Geschichte aller abendländischen Völker das ganze Mittelalter hindurch eine Spaltung zwischen der

importierten höheren Bildung und dem bodenständigen Volksleben. Gewiß wird die römisch-christliche

Kultur, die in den Anfängen oft mit Gewalt den nordischen Völkern aufgezwungen wurde, später von

großen Teilen dieser Völker mit heißer Sehnsucht gesucht und stark ihrem Volkstum assimiliert, aber

ein Gegensatz, der zugleich höchst fruchtbare wie auch gefährliche Spannungen schafft, durchzieht die

ganze neuere Geschichte.

近代ヨーロッパ文化史の初期からの特徴をなすものは、従来あまり文化の開けていない若々しい民族

の上に、洗練されていながらも非常に老衰した文明が覆いかぶさって、それが千年以上もこれらの民族

の大衆には依然として異物的文化であったという事実である。この間の事情は、全西欧を通じて近代の

初頭にいたるまで教養語が主としてラテン語であるという事実によっても既に外面的に現れている。した

がってすべての西欧民族の歴史を通じて全中世にわたって、外来の高等教養と在来の大衆生活との

間に引き続き分裂が行われている。もちろん、初期においてはしばしば無理やりに北方民族に押しつ

けられたローマ・キリスト教的文化は、後にいたってこれらの民族の大部分によって渇望され、大いにそ

の民族性に同化せしめられたが、極めて生産的なると同時に危険な緊張を生ずる対立が近代全史を

貫いている。

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58.

Das menschliche Erkenntnisstreben findet sich einer Welt von Gegenständen gegenüber, die ihrer

Zahl nach unendlich, ihrer Beschaffenheit nach von unausschöpfbarer Mannigfaltigkeit sind. In dieser

Welt bewegt sich, wie der Strahl eines Scheinwerfers hin und her wandernd, das Erkennen von

Gegenstand zu Gegenstand, und die Epochen, die Kulturkreise, die Völker und die Individuen

unterscheiden sich nicht zum wenigsten dadurch voneinander, welchem Kreis von Gegenständen ihr

Erkenntnisinteresse in erster Linie zugewandt ist. Inmitten von allem Wechsel erkennender

Bemühungen aber heben sich zwei Grundrichtungen mit unverkennbarer Deutlichkeit hervor: der

erkennende Blick kann gerichtet sein auf die „Welt“ im eigentlichen Sinne, d. i. auf die Gesamtheit

dessen, was „außerhalb“ des erkennenden Subjekts aufzufinden ist ― und er kann gerichtet sein nach

„innen“, d. i. auf das, was im erkennenden Subjekt selber vorhanden ist und vor sich geht. Die

geschichtliche und die persönliche Erfahrung lehren übereinstimmend, daß in der Entwicklung des

Menschen die Blickrichtung auf die „Welt“ die frühere ist, und zwar aus dem einfachen Grunde, weil er

nur auf Grund solcher Erkenntnis sich in der Welt zurechtfinden und mit der Welt zurechtkommen

kann.

人間の認識活動は、数から見れば無限であり、性情から見れば無尽蔵に複雑極まりない対象の世界

に向かい合っている。この世界においては、認識は探照燈の光線のようにあちらこちらとさまよいながら

対象から対象へと移って行く。そして時代、文化圏、民族および個人は、それぞれの認識関心(それぞ

れ認識する場合の関心)がまず何よりも対象のいずれの範囲に向けられているかによって互いに区別

されることが案外少なくないのである。しかしながら認識活動が色々と変化する真っ只中で二つの根本

的方向が紛れもなくはっきりと現れて来る。すなわち認識する眼は本来の意味での「世界」へ、換言す

れば認識主観の「外」に見出されうるものの全体へ向けられることもあり、また「内」へ、換言すれば認識

主観そのものの中に存して行われているものへ向けられることもある。歴史上の経験からしても、個人的

経験からしても等しく分かることは、人間の発達においては「世界」へ眼を向けるほうが早く、それもそう

した認識に基づいてのみ世界の勝手が分かり、世界と折り合いがつくものであるとの単純な理由による

ということである。

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59.

Spinozas Philosophie ist nach ihrem reinsten Wesen kein System von Begriffen, sondern ein

Erlebnis, oder vielmehr ein alle einzelnen Erlebnisse, und seien es die geringsten, in ihrer Gesamtheit

und gleichmäßig in sich aufnehmendes ewiges Erleben; sie ist die sich an der Wahrnehmung aller Dinge

entzündende und sie beherrschende mystische Schauung des Hervogehens der Welt aus Gott. Der

rationale Erkenntniszusammenhang, als der sie sich in seinen Werken darstellt, gibt uns einen bloßen

Abglanz ihrer wahren Gestalt, die über alle Begriffe hinaus nichts anderes ist, als ein seliges Schauen.

Doch kann die rationale Erkenntnis zu diesem höchsten Wissen wohl anleiten und sich darin umsetzen.

Das ist gerade die Eigenart der spinozistischen Mystik, daß sie für das mystische Schauen weder ein

besonderes Inhaltsgebiet abgrenzt, noch es in Widerspruch setzt zu den Kategorien des Verstandes. Nur

bleibt die rationale Erkenntnis, obwohl sie sachlich dasselbe ausdrückt, mit ihren schwierigen, oft große

Umwege nehmenden Begründungen hinter ihm an Klarheit und zwingender Macht über die Seele weit

zurück.

スビノーザ哲学は、その最も純粋な本質からいえば、概念の体系ではなくて体験である。あるいは一

切の個々の体験を、それがどんなにつまらない体験であるにせよ、とにかく全部均等に摂取する永遠の

体験といった方がよい。一切の事物の知覚に端を発し、これを俯瞰する、「世界は神から出たもの」とみ

る神秘的直観である。彼の著作のなかではこの哲学は理性的な認識連関というように見えるが、それは

この哲学の真の姿の単なる残照を示しているのであって、その真の姿は一切の概念を超越して法悦の

直観にほかならない。けれども理性的認識はよくかかる最高の知への手引きとなり、その中で忽然と変

わりうる。スピノーザ哲学の神秘説の特質こそは、神秘的直観に特別な内容分野を区切りもせず、これ

を悟性の範疇と矛盾せしめないということである。ただ理性的認識は、事実上同じことを言い表しながら

も、しばしば大きな回り道をする難しい理由付けによって、明晰という点および人心に及ぼす迫力という

点では遥かにこれに及ばないのである。

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60.

Der Mensch hat Bedürfnisse, die er befriedigen muß, will er nicht zugrunde gehen. Er muß essen,

trinken, sich kleiden, muß sich eine Wohnung beschaffen, um vor den Unbilden der Witterung geschützt

zu sein. Aber die Dinge, die geeignet sind, menschliche Bedürfnisse zu befriedigen und die wir Güter

nennen, stellt die Natur in aller Regel nicht von selbst zur Verfügung. Der Mensch muß auf dieser Erde

tätig werden, muß Arbeit aufwenden, um sich die zu seiner Bedürfnisbefriedigung geeigneten Dinge

verschaffen zu können. Denn die Güter sind im Verhältnis zu den Bedürfnissen der Menschen von Natur

aus knapp (Tatbestand der „Knappheit der Güter“). Nur ganz wenige Güter, wie z. B. die Luft zum

Atmen, werden dem Menschen von der Natur in unbegrenzter Menge zur Verfügung gestellt, sind also

für ihn ohne Aufwand von Arbeit zu erlangen. Der Tatbestand der naturgegebenen Knappheit der Güter

macht menschliches Leben undenkbar, dessen Tun und Lassen nicht auch darauf gerichtet sein muß,

sich die zur Bedürfnisbefriedigung benötigten Güter zu beschaffen. Die naturgegebene Knappheit der

Güter ruft die Wirtschaft ins Dasein.

人間には、自分が破滅したくなければ、満足させねばならない欲求がある。食べ、飲み、着なければ

ならないし、風雨を凌ぐためには住居を手にいれなければならない。しかし人間の欲求を満足させるに

適し財と呼ばれる物は、概ねひとりでに与えられるわけではない。人間はその欲求を満足させるに適し

ているものを調達しうるためには、この世で働き労力を費やさねばならない。というのは、財は人間の欲

求に比すればもともと不足しているからである(「財の不足」という事実)。例えば呼吸するための空気の

ように、人間が自然から無制限に与えられており、したがって労力を費やすことなく得られる財はほんの

僅かしかない。財が自然のままに不足しているという事実からすれば、人間の生活でその作為不作為

が欲求満足のため必要な財を手にいれるという目的を有していないようなものは考えられない。自然の

ままでは財が不足しているから、経済が起こってくるのである。

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61.

Das gewöhnliche Glücksstreben ist nur ein Jagen nach dem Besitz von äußeren Gütern; daran aber

das ganze Streben und Leben zu setzen, das enthält einen inneren Widerspruch, ja eine tiefe

Erniedrigung des Menschen. Denn diese äußeren Güter sind nur Mittel zum Leben, ein auf sie

gerichtetes Streben können nie zur Ruhe und Befriedigung, es wird ins Endlose weitergetrieben und

bleibt dabei von äußeren Dingen abhängig, es raubt dem Menschen alle innere Selbständigkeit. Eine

wahre Befriedigung kann nur eine Betätigung bringen, die in sich selbst; ohre Aufgabe findet und nichts

über sich selbst hinaus erstrebt; eine solche Tätigkeit aber wird erreicht, wenn unter der Leitung der

Vernunft sich alle Kräfte verbinden und einen Gehalt gewinnen, wenn ein tüchtiger Mensch sich selbst

und seine Gesinnung in seinen Handlungen darstellt und anschaut. [Euken, Rudolf: Einführung in die

Hauptfragen der Philosophie. (1919)]

通常幸福を求めるということは、外面的な財を所有しようと狂奔することにすぎない。しかしそのようなこ

とに全生命を打ち込むということは内面的矛盾を含んでいる。いな、人間を甚だしく堕落せしめるもので

ある。何となれば、これらの外面的な財は生活の手段に過ぎず、これを目指す努力は決して満足するも

のでなく、無際限に続行し、そしてその際どこまでも外物に依存し、人間の内面的自主性を全部奪うか

らである。人をして真に満足せしめうるものは、自己自身のうちに自己の課題を見出し自己自身以上に

は何物をも追求しない活動のみである。ところで、こうした活動ができるのは、理性の指導のもとに一切

の力が結合してある内実をもつに至る場合、立派な人間が自己と自己の心持ちとを行為で表しかつ見

る場合である。 〔オイケン、ルードルフ「哲学の主要問題への手引き」〕

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62.

Es ist für uns heute insbesondere wichtig zu sehen, wie der Deutsche sich im Zeitalter seiner großen

Musik, Dichtung und Philosophie zwischen 1780 und 1840 eine weltfremde und wirklichkeitsferne

Ideologie aufgebaut hat. Jene deutsche Jugendgeneration, die sich „Sturm und Drang“ nannte, ist

keineswegs etwa mit dem Willen zu einer neuen Literaturgestaltung angetreten. Sie ging vielmehr

hervor aus einer politischen und sozialrevolutionären Gärung. Als sich diese Jugend aber nicht stark

genug erwies, die politische und soziale Wirklichkeit in Deutschland revolutionär anzupacken und

umzugestalten, da wich sie aus und erbaute sich oberhalb der Wirklichkeit jenes „Reich des reinen

Geistes, in dem der Geist sich selber genießt“, wie es Hegel in seiner Berliner Antrittsvorlesung von

1818 formulierte. Dieses „Reich des reinen Geistes“ war eben die deutsche Ideologie, eine Flucht vor

der politischen und aozialen Wirklichkeit mit ihren Aufgaben.

ドイツ人が 1780 年から 1840 年までの音楽・文学・哲学の隆盛期において、世間離れのした現実味

の少ないイデオロギーをどうして建てたかを見るということは今日のわれわれからすれば特に重要である。

かのシュトゥルム・ウント・ドランクと称していたドイツ青年層は、文学を新しく形成しようという意志を抱い

たりなどして出発したわけではない。むしろ鬱勃たる政治的・社会改革的気運から生じたのである。しか

るにこの青年層がドイツの政治的・社会的現実を革新的に把握し改革するに十分な実力を持ち合わせ

ていないことが判明するに及んで、この青年層は逃避して、かのヘーゲルがその 1818 年のベルリン大

学就任講演において要約したような、「精神が精神自らを亨受する純粋精神の世界」を現実の上部に

築いたのである。この「純粋精神の世界」こそ、実にドイツ的イデオロギーであり、政治的・社会的現実と

同時にその課題よりの逃避であった。

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63.

Nicht der Philosophiegeschichtsschreiber, sondern der Neukantianer Windelband war es, dessen

Lebensarbeit Rickert fortsetzte. Obwohl er stets mit der größten Verehrung von ihm sprach, machte er

seinem Lehrer doch hin und wieder den Vorwurf, daß er nicht genug Selbständigkeit und Konsequenz

gezeigt, zu viele historische Erinnerungen in seine Gedankengänge eingeflochten und sich besonders

dort, wo es auf Eindeutigkeit ankam, auf philosophiegeschichtliche Mannigfaltigkeiten zurückgezogen

habe. Gerade dadurch, daß er sie aus dem vielgestaltigen Geflecht ihrer zahllosen geschichtlichen

Beziehungen herausnahm, vereinheitlichte und systematisierte, brachte er Windelbands bedeutende

Einsichten erst zur letzten Klarheit und vollen Wirkung.

哲学史家としてのヴィンデルバントではなくて、新カント学派としてのヴィンデルバントの畢生の事業が

リッケルトの続行するところとなった。リッケルトはヴィンデルバントを語るときは何時でも絶大な尊敬をも

ってしたが、しかし師には 独立性と徹底性とにおいて足りぬところがあり、あまりに多くの歴史的記憶を

その思想行程に織り込み、特にはっきりさせる必要があった場合には哲学史上の複雑な事実に立ち返

ったという非難を時折なした。その無数の歴史的関連の多様な組み合わせの中から、これを取り出して

これに統一と体系とを与えることによって初めて、彼はヴィンデルバントの重要な洞察を徹底的に闡明

し、十分に活用させたのである。

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64.

Leiden machen den Menschen stark, oder sie zerbrechen ihn, eines oder das andere, je nach seinem

Fond, den er in sich trägt. Man glaubt nie im Glück, was man aushalten kann im Leid; dann erst lernt

man sich kennen. Die Aufgabe der Gebildeten einer Nation ist es also gar nicht, sich selbstmöglichst

von allen Leiden, welche die gesamte Menschheit bedrohen, frei zu erhalten, wie sie es jetzt tun, und

eine privilegierte Klasse zu bilden, sondern vielmehr, voll daran teilnehmend, sich durch die Kraft ihrer

Bildung darüber zu erheben und anderen den Weg dazu zu zeigen. Wenn sie diesen Sinn nicht haben, so

nützen sie der Welt nicht sehr viel mit aller ihrer Bildung und werden beseitigt werden, wie jede

Aristokratie, deren Lebenszweck nur noch die Selbsterhaltung ist. [Hilty, Carl]

苦しみは人間を強くすることもあれば、また駄目にすることもある。何れになるかということは本人の性

根次第である。楽しいときには、苦しいときにどれだけ耐え忍びうるかということが分からない。苦しくなっ

て初めて自分というものが分かる。だからある国民の教養ある人士の任務は、全人類を脅かす一切の

苦しみには、今やっているように、できるだけ捲き込まれないようにして特権階級をつくるということでは

なくて、むしろ大いに一役買って出て、その教養の力で人類の苦しみを克服して、そうする道を他人に

示すということである。もしも彼らにしてこうした心掛けがないならば、どんなに教養があってもあまり世の

役には立たないで、生活の目的としては僅かに保身しかないあらゆる貴族階級のように排除されてしま

うであろう。 〔ヒルティ、カール〕

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65.

Will man sich ein Bild vom mittelalterlichen Bildungs- und Erziehungswesen im ganzen machen, so

darf man nicht mit heutigen Maßstaben messen. Fortschritt, Individualismus, Wirklichkeitsnähe sind

Vorstellungen, die innerhalb der Welt des Mittelalters Fremdkörper sind, und die erst seit der

Renaissance sich sehr allmählich Geltung verschaffen. Auch die Idee der Gleichberechtigung aller

Menschen lag dem Mittelalter wie überhaupt, so auch im Erziehungleben fern. Eine gewisse

Gleichberechtigung gab es nur innerhalb der Stände, die als gottgewollte Einrichtungen galten und an

deren Grenzmarken niemand ernsthaft rüttelte. Gewiß kam es vor, daß starke Individuen einmal die

Standesschranken durchbrachen, aber das waren Ausnahmen. Im Grunde war diese ganze Kultur

statisch, nicht dynamisch. Alles galt als gottgegeben, fest, dauernd: Gesellschaft, Bildung,

Weltanschauung.

中世の教養・教育体制を概観しようとするならば、これを今日の標準で測ってはならない。進歩、個人

主義、現実味は中世の世界のなかでは異物であって、ルネサンス以来初めて漸次認められるにいたっ

た観念である。一切の人間は同権であるという思想も、中世一般には縁遠かったが、その教育生活に

おいてもそうであった。ある種の同権は階級内においてのみ存していて、諸階級は神意に基づく制度と

して考えられ、それらの境界を本気でゆさぶる(=それらの差別を本気で疑う)ものはなかった。強い個

人が階級の壁を打破したということはもちろんあったが、それは例外であった。要するに、この全文化は

静的であって動的ではなかった。社会、教養、世界観の一切は神から与えられたもの、永続的なものと

考えられていた。

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66.

Die Erkenntnistheorie Kants läßt sich als Abschluß einer Entwicklungbegreifen, die mit Descartes'

berühmtem Satz: Cogito, ergo sum, begonnen hatte. Rationalismus und Sensualismus sind, wenn auch

in verschiedener Auswertung, von ihm ausgegangen. Das Entscheidende war, daß Kant die Einsicht von

dem Gegebensein aller Erkenntnis in einem Bewußtsein zum Prinzip erhob und das Ich als notwendige

Bedingung aller Erkenntnis, soweit sie systematischen Charakter hat, erwies. Und indem er nun diesem

höchsten Prinzip die besonderen Grundlagen unserer Erkenntnis, Sinnlichkeit und Verstand und die aus

ihnen abzuleitenden Begriffe zuordnete, gelangte er dazu, dem menschlichen Erkennen einen sicheren

Geltungsbereich geben und zugleich seine Grenzen zu ziehen.

カントの認識論は、「我思う、故に我あり」というデカルトの有名な命題から始まった発展の結末として

把握することができる。合理論と感覚論とは、評価の仕方はまちまちだとしても、この命題から出発して

いる。決定的なのは、カントが一切の認識は一つの意識のなかに与えられているという洞察を原理とし

て取り上げ、自我が ― 認識が体系的な性格を有するかぎり ― あらゆる認識の必然的条件なること

を明らかにした点である。ところで彼はこの最高の原理にわれわれの認識の特殊な基礎、すなわち感

性、悟性およびこの両者から導出しうる概念を配属せしめることによって、ついに人間の認識に確実な

妥当範囲を与えるとともに、その限界を定めることができた。

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67.

Metaphysik ist das Suchen nach der umfassenden Einheit, nach einem Letzten und Obersten, einem

Prinzip der Einheit und Gestaltung der Welt, aus dem die Vielheit in der Wirklichkeit begriffen und

abgeleitet werden kann. In jeder Metaphysik steckt notwendig ein Anthropomorphismus und damit ein

leitender und sinngebender Mythos, ob er sich nun in anschaubaren Bildern oder in Begriffen vollzieht,

die abgeblaßte Bilder sind. Das Letzte und Oberste, das Prinzip, entstammt allemal der Anschauung: es

ist ein Bild und erzeugt einen Ablauf von Bildern: einen Mythos. Jede einzelne Wissenschaft ist von

einem solchen Mythos getragen, gesteuert, reguliert und durchdrungen. Er tritt allenthalben hervor, wo

aus der Fülle der zusammengeordneten Einzelerfahrungen das Prinzip dieser Ordnung und Deutung

selbst abgehandelt wird, in der Physik und Chemie überall, wo das anthropomorphe Prinzip

„Kraft“ erscheint, in „Geisteswissenschaften“ bei „Geist“ oder „Seele“. Die gesamte theoretische

Biologie von Aristoteles zu den Scholastikern, von Paracelsus über van Helmont zu Leibniz, die

cartesianisch-hobbistische Maschinentheorie, dann aber erst recht wieder die Theorie von Leibniz bis

zur Gegenwart, ist nichts anderes als die Abwandlung eines Mythos in einer Metaphysik.

形而上学とは包括的統一の探求であって、包括的統一とは究極・最高のもの、世界の統一・形成の

原理であり、この原理から現実における数多性が把握され導出されうるのである。どの形而上学にも必

ずある擬人観が含まれており、したがって、直観しうるべき比喩において行われるにせよ、色褪せた比

喩である概念において行われるにせよ、とにかくある先導的かつ意味付与的な神話が含まれている。

究極・最高のもの、すなわち原理は常に直観から生まれる。それは比喩であり、比喩の連続たる神話を

生む。いかなる個別科学もかかる神話に担われ、指導され、調整され、浸透されている。神話は、多く

の蒐集整頓された個々の 経験からこの整頓・解釈の原理そのものが購われるところには何処にでも現

れる。物理・化学では「力」という擬人的原理が現れる場合には何時もそうであり。「精神科学」では「精

神」または「心」という場合にそうである。アリストテレスからスコラ派まで、パラツェルズスからヘルモントを

経てライブニッツにいたる理論生物学全部、デカルト・ホッブズ流の機械論、それからまたライブニッツ

から現代にいたる理論となるといよいよ益々 甚だしく、これ実に形而上学におけるある神話の変遷なの

である。

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68.

Jedes systematische Denken sucht von einem Unmittelbaren auszugehen, das keine weitere

Ableitung gestattet. Dies Unmittelbare nennt man mit einem heute beliebten Wort „das Erlebnis“.

Dagegen ist nichts einzuwenden. Zweifellos hat es einen Sinn: alles, was in unser Denken eingehen soll,

sei unmittelbar „erlebt“, Doch ist der Begriff des Erlebens dann in einer sehr umfassenden Bedeutung

genommen und fällt mit dem zusammen, was sonst das „Gegebene“ oder das „Bewußte“ hieß. Etwas

sachlich Neues sagt die Lebensphilosophie damit also nicht. Höchstens eine Verbesserung der

Terminologie könnte sie als Verdienst für sich in Anspruch nehmen, und zugleich ist klar: beim Erleben

in dieser weiteren Form kann man nicht stehen bleiben. Seine Einheit und Universalität, auf die man

sich beruht, ist die der begrifflichen Unbestimmtheit. Wir müssen Begriff bilden, um zu einem

wissenschaftlich brauchbaren Ausgangspunkt des Denkens zu kommen, der einen methodischen

Fortschritt ermöglicht. Gerade weil alles „Erlebnis“ heißen kann, was es gibt, sagt das Wort uns nichts.

Eine Auswahl ist notwendig, und sie bedarf der theoretischen Rechtfertigung.

体系的思考というものはいずれも、もはやこれ以上のものからは導出できないという直接的なものから

出発しようとするのである。この直接的なものは現代の流行語をもってすれば「体験」と呼ばれている。こ

れに対しては何ら異論を挿む余地はない。われわれの思考のなかへ入るべきものはすべて直接に「体

験されたもの」だということは確かに一理はある。しかしこの場合には体験という概念は極めて包括的な

意味にとられ、昔は「与えられたもの」、もしくは「意識されたもの」と呼ばれていたものと一致するわけで

ある。したがって、生の哲学がかく言ったればとて事柄の上からはなんらの新味もない。せいぜい術語

の改正を自分の功績だと主張しうるくらいのところであって、また、このような最も広い形式での体験の

立場にとどまることができないのは明らかである。論者の根拠とする体験の統一性と普遍性とは概念的

には不確定なものである。方法上の進歩を可能ならしめるような学的に有用な思想端緒に達するため

には、概念を構成しなければならない。いやしくも存在するところのものは一切これを体験と呼びうるが

ゆえにこそ、この語はわれわれにとって無意味である。選択をする必要がある。しかもこの選択たるや、

理論的に是認されることを必要とする。

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69.

Die Sittlichkeit des Berufs ist, wie die des Besitzes, an die Zwecke gebunden, die er erfüllt. Jeder

Beruf ist sittlich, der sittlichen Zwecken dient, mag dies nun direkt geschehen, durch die unmittelbare

Beteiligung an den sittlichen Interessen der Menschheit, des Gesellschaftsverbandes, des Staates, dem

der einzelne angehört, oder indirekt, indem die Zwecke, die der Beruf erfüllt, materielle oder geistige

Unterlagen schaffen helfen, die zur sittlichen Kultur unerläßlich sind. In diesem Sinne ist jeder in

irgendeiner Weise nützliche Beruf, auch der des um die Not des Lebens ringenden Arbeiters, sittlich: er

ist eine Teilkraft in dem ungeheuren Triebwerk sittlicher Kräfte, welche die sittliche Ordnung

zusammensetzen. Auch ist es selbstverständlich, daß man den Begriff der nützlichen Arbeit hier nicht

allzu eng fassen darf: Nicht bloß alles, was dem intellektuellen Interesse dient, gehört hierher als eines

der wertvollsten Bildungsmittel sittlicher Fähigkeiten; auch die das Gemüt erhebende und läuternde

Kunst oder selbst das durch zerstreuende Beschäftigung und Erholungzu strengerer Arbeit stählende

Spiel können Gegenstände eines Berufs werden, der in dem Ganzen menschlicher Leistungen eine

wertvolle Stellung einnimmt.

職業の道徳性は、財産の道徳性と同様に、職業が果たす目的に結びついている。個人の属する人

類、社会団体および国家が有する道徳的利害関係に直接に関与するという直接の方法にてあれ、もし

くは職業の果たす目的が道徳的文化に必須なる物質的ないし精神的根底を創る手助けになるという間

接の方法にてあれ、いやしくも道徳的目的に役立つ職業なら何でも道徳的なのである。この意味にお

いては、なんらか有用な職業はすべて道徳的である。生活苦のために戦っている労働者の職業もまた

道徳的である。すなわちかかる職業は道徳的秩序を構成する道徳的諸力の巨大な機構内における部

分的な力である。それにまた、有用な労働という概念はこの場合余りに狭義に解してはならないこともも

ちろんである。すなわち知的関心に役立つあらゆるもののみが、道徳的能力の最も価値ある陶冶手段

の一つとしてこれに属するのではない。ひとの心を高め浄める芸術や、さては人を気晴らしに熱中させ

休養させることによって人身をもっとひどく辛い仕事に耐えるよう鍛える遊戯にいたるまでも、人間の事

業全体の中で一つの貴い地位を占める職業の対象たりうるのである。

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70.

Als im 16. und 17. Jahrhundert der neu sich regende Forschungstrieb auf allen Gebieten mit den

Resten der mittelalterlichen Scholastik aufräumte, als von dem Gebäude der aristotelisch-scholastischen

Physik und Metaphysik kein Stein mehr auf dem andern geblieben war, da retteten sich gerade jene zwei

Bestandteile des kirchlich-philosophischen Lehrgebäudes, die sich auf das anthropologische und auf das

soziologische Problem beziehen, ihren wesentlichen Grundgedanken nach unverändert in die neue Zeit.

Hatte aber die mittelalterliche Metaphysik die Gebundenheit des Geistes an den Körper im Sinne der

Beziehung aller irdischen Dinge auf die übersinnliche Welt als eine vorübergehende Gefangenschaft

betrachtet, aus der erlöst zu werden die Hoffnung der duldenden Seele sei, so wurde der

weltlichgesinnten Philosophie der kommenden Jahrhunderte dieselbe Vorstellungsweise zu einem

wllkommenen Werkzeug, um die anthropologischen Begriffe in jene mechanische Weltanschauung

einzufügen, die unter dem Einflusse der bahnbrechenden naturwissenschaftlichen Entdeckungen zur

Vorherrschaft gelangt war. [Wundt, Wilhelm: Die Anfänge der Gesellschaft. Eine völkerpsychlogische

Studie. (1907)]

16、17 世紀において澎湃たる研究欲があらゆる分野において中世のスコラ哲学の残滓を払拭して、

アリストテレス・スコラ哲学の流れを酌む物理学および形而上学の体系が全的に崩壊し去ったとき、教

会哲学の体系の構成分子のうち、人間学的問題に関するものと社会学的問題に関するものとの両者

が、その本質的根本思想についていえば、なんらの変化を来すところなく新時代に救出された。しかし

中世の形而上学は、精神が肉体に拘束されている状態を、あらゆる地上の事物の超感覚界に対する

関係という意味において、一時的な捕縛状態であるとみなし、この状態から救済されることを忍従する

魂の希望であるとしていたのであったが、これに次ぐ数世紀の世俗流の哲学はこの同一の考え方を幸

便に利用して、自然科学上の画期的な諸発見の影響のもとに全盛を極めるにいたった機械的世界観

に人間学的概念を即応させようとした。 〔ヴント、ヴィルヘルム「社会の起源 国民心理学的研究」〕

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71.

Parallel mit den Leistungen des deutschen Idealismus, eines Kant, Fichte, Schelling und Hegel, läuft

die Dichtung der Klassik und Romantik, die genau das gestaltet, was jene Denker auf ihre Weise zur

Darstellung bringen. Und wie durch die deutsche Philosophie, so geht durch die deutsche Dichtung ein

Zug nach Einheitsschau, das Streben, jene Zweiheit, in welche die Lebenswirklichkeit immer wieder

auseinanderzufallen droht, immer wieder in eins zusammenzuzwingen. Hegel versucht das, um an das

bekannteste Beispiel zu erinnern, auf dialektischem Wege, indem er über Thesis und Antithesis zur

Synthesis fortschreitet. An diesem logischen Mechanismus aber findet jener metaphysische Trieb auf

die Dauer kein Genüge, da es dem Deutschen weniger um die Ordnung eines starren Seins als um die

Lebensgesetzlichkeit einer ständig sich wandelnden und wachsenden, einer ewig schöpferischen

Wirklichkeit zu tun ist. Goethe, Hegels Zeitgenosse, deutet trotz mancher Berührung in eine ganz andre,

erst heute von uns begriffene, nun aber mit aller Energie verfolgte Richtung, wenn er verlangt, daß wir

uns „durch das Anschauen einer immer schaffenden Natur zur geistigen Teilnahme an ihren

Produktionen“ würdig machen müßten. Die Dinge herankommen zu sehen, also als etwas Wachsendes

und Werdendes, nicht aber Gewordenes zu betrachten, sei, meint er, die beste Art, sie zu erforschen, wie

er denn auch die Gottheit im Werdenden, nicht aber im Gewordenen sucht.

カント、フィヒテ、シェリングおよびヘーゲルのようなドイツ観念論の業績と並行して古典および浪漫主

義の文学があるが、これが形成するものはこれらの思想家たちがそれぞれの仕方で叙述するところに

外ならない。そうしてドイツ哲学と同様にドイツ文学を貫いているのは、ものを統一的に見ようとする傾向

であって、つまり、生活現実は絶えず二元性に分裂しそうになるが、その二元性を絶えず統合せずには

やまないという行き方である。最も有名な例を引くならば、ヘーゲルは定立、反立を経て総合に進むと

いう弁証法的な仕方でこれを試みている。しかるに、このような論理機構をもってしては上述のような形

而上学的衝動は長きにわたっては満足できない。けだしドイツ人の重視するのは、固定せる存在の秩

序というよりはむしろ絶えず変化成長して永遠に創造的な現実の生活法則性だからである。ヘーゲルと

時代を同じくするゲーテは、これと接触点が少なくないのに、これと全く異なり、今日になって初めてわ

れわれが理解するようになりしかも今や全力を挙げて追求されている方向を示している。すなわち彼は

「創造してやまない自然を直観することによってその所産にたいし精神的に共感し」得る域に達しなけ

ればならないとしている。したがって事物をこれが成長するままに見るということ、つまりこれを成長生成

しつつあるものと見るが、生成してしまったものとは見ないということは、これを研究する最善の方法であ

るとの見解を持しているが、事実また彼は神性を生成しつつあるものの中に求めて、生成してしまったも

のの中に求めていないのである。

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72.

Wer in eine Familie hineingeboren wird, der wird ― unter normalen Umständen ― in eine

menschliche Umwelt hineingeboren, in deren weiter und weiter sich ausdehnenden Kreisen die

natürlichen Verbände des Stammes, des Volkes, des Kulturkreises mit besonderer Deutlichkeit

hervortreten. Und was die Familie an Geistigem an ihr junges Glied heranbringt, das ist zum größten

Teil als solches nicht ihrem eigenen Schoß entsprungen, sondern aus den Weiten jenes Gesamtlebens ihr

selbst erst zugeströmt. Sie ist das Medium, durch welches hindurch jene umfassenden Verbände von

dem jungen Erdenbürger Besitz ergreifen. Deshalb ist es die wesentliche gesellschaftliche Funktion der

Familie, die heranwachsende Generation derartig zuzubereiten, daß sie, aus ihrem wärmenden Schoß

entlassen, innerhalb jenner großen Lebensverbindungen sofort ihren Platz in tätiger Mitarbeit

einnehmen kann.

家庭に生まれた人は、普通の境遇では、人間的環境に生まれたこととなり、この環境の範囲がどこま

でも拡張していって種族・民族・文化圏といったような自然的団体が特に明瞭に現れてくる。そして家

庭がその若い成員になじませる精神的なものは、大部分そうしたものとしては家庭自身の懐から出たも

のではなくて、全生活の各方面から家庭そのものにまず流れてきたものである。家庭は上述の広範な

団体が若い人間を捉えるに当たって用いる媒介物である。したがって家庭の本質的な社会的機能こそ

は、子弟をしつけるに当たり子弟が家庭の慈愛の懐を離れるとすぐに上に述べたような大きな生活団体

の内部に積極的な協力の地位を占めることができるようにする、ということである。

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73.

Wir haben im ganzen drei Bedeutungen des Wortes Anfang auseinanderzuhalten: erstens den

zeitlichen und zufälligen Anfang oder den Ausgangspunkt, mit dem der Philosoph faktisch beginnt, und

der kein Unmittelbares zu sein braucht; zweitens den begrifflichen und notwendigen Anfang, der als das

logisch Unmittelbare zum Anfang des Systems gemacht wird, weil alle folgenden Gedanken auf ihm

ruhen sollen; endlich drittens den Anfang, der als Prinzip alles Seins oder als Grund der Welt das

sachlich oder ontologisch Unmittelbare zu nennen ist, weil aus ihm alle übrigen Weltteile herstammen.

Scheidet man diese drei Begriffe des Anfangs und damit zusammenhängenden zwei Begriffe des

Unmittelbaren nicht voneinander, dann wird man nie zur Klarheit darüber kommen. womit das System

der Philosophie als mit seinem ersten Gedankengliede zu beginnen hat, um das zu leisten, was man mit

Recht von einem System verlangt.

発端という語の意味はこれを全部で三つ区別しなければならない。その一は時間的・偶然的発端、換

言すれば哲学者が事実上始めるのであって、なんら直接的なるものたるを要しない出発点である。その

二は概念的・必然的発端であり、論理的に直接的なるものとして体系の発端とされるのであるが、それ

はこれに次ぐ一切の思想がこれに基づくがゆえである。最後にその三は一切の存在の原理または世界

の根源として事物的または存在論的に直接的なるものと呼び得る発端であり、それはこれから世界の

爾余の部分が生ずるがゆえである。かような発端の三概念およびこれと連関する直接的なるものの二

概念相互間に区別をしなければ、体系から当然要求されるべきものをなすためには、哲学体系がどう

いうところから考え始めたらよいかということが判然としないであろう。

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74.

Es ist eine sachliche Notwendigkeit für den wahrhaft schöpferischen Künstler, daß er nur eine kleine

Gemeinde finden kann; er würde nicht als Bahnbrecher auf dem Gebiete der Darstellung neuer Gefühle

oder der Gewinnung neuer Mittel zur Darstellung der Gefühle anzuerkennen sein, wenn er von

vornherein auf eine sehr große Zahl von Menschen Eindruck machen würde. Denn diese sind im

allgemeinen noch nicht so weit entwickelt, daß ihnen das ganze Gebiet der bereits erreichten Kunst

geläufig wäre; sie haben deshalb auch gar nicht die notwendige Vorbereitung, die auf dieser geläufigen

Kunst sich aufbauende fortschreitende Kunst entsprechend aufzunehmen. Aber man soll nicht mit

Verachtung an diese Menschen denken, sondern soll sich sagen, daß auch sie einen Anspruch auf

Kunstgenuß in ihrem Sinne haben, und daß es durchaus unbillig wäre, von ihnen eine Teinahme an den

letzten Erwerbungen der Kunst zu beanspruchen, ebensowenig wie es billig wäre, etwa einem im

lebhaften Kampfe ums Dasein befindlichen Arbeiter vorzuwerfen, daß er kein besonderes Interesse an

den Problemen des vierdimensionalen Raumes nimmt.

本当に創造的な芸術家にはわずかの追随者しかないということは、その事柄上やむを得ないことであ

る。もしも始めからきわめて多数の人間に感銘を与えるものと仮定するならば、新しい感情を描写したり、

あるいは感情描写のための新手法を獲得したりする方面で先駆者として認められ得ないであろう。思う

に、これらの人間はおしなべて、既に到達した芸術の全領域に通暁するというほどにはまだ発達してい

ないのであり、したがってそのよく知られた芸術を基礎にして建てられる進歩的芸術をうまく採り入れる

に必要な準備も全然ないからである。けれども、これらの人間を蔑視すべきではなく、彼らといえどもそ

れぞれ我流に芸術を味わう権利があるのであって、芸術の最後的成果に参加せよと彼らに要求するの

は全然当をえないこと、あたかも例えば四次元の空間の問題にこれという興味を感じないからといって、

激烈な生存競争裡に立つ労働者を非難するのは当を得ないのと軌を一にするということを考えてみる

べきである。

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75.

Soweit wir den Menschen in der Geschichte zurückverfolgen, auf welchen Stufen der Kultur wir ihn

beobachten: immer erscheint er als Herdentier. Die Betrachtung der Tatsachen des sittlichen Lebens

kann daher von der Verwandtschaft, die gerade hier den Menschen mit den Tieren verbindet, nicht

unberührt bleiben. Und da wir rückhaltlos anerkennen müssen, daß die einfachsten Gefühle und Triebe

bei Tier und Mensch von wesentlich übereinstimmender Beschaffenheit sind, werden wir nicht anstehen

dürfen, in gewissen Erscheinungen des sozialen Lebens der Tiere Vorstufen des sittlichen Lebens

anzuerkennen.

われわれが人間を歴史に遡って追求するかぎりは、これをいかなる文化段階において観察するにし

ても、必ず人間は群居動物と思われるのである。それゆえ、道徳的生活の諸事実を考察するにあたっ

ては、まさにこの点において人間を動物と結合する類似性を考えないわけには行かない。そうしてわれ

われは最も単純な感情および衝動が動物と人間とにおいては本質的に一致した性状を有しているとい

うことをあっさり認めなければならないのであるから、動物のある種の現象において道徳的生活の前段

階を認めるに躊躇する必要はないであろう。

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76.

Das ganze Dasein des Menschen in allen seinen Erscheinungen ist eine Summe von Aktionen der

geheimnisvollen Macht der lebendigen Energie, die unsichtbar hinter allem steht. So bunt und so

mannigfaltig auch das Dasein sein mag, in allem wird es grtragen von der Kraft dieser lebendigen

Energie, die in jedem Tun des Menschen in die Erscheinung tritt. Die lebendige Energie tritt in den

fundamentalen Funktionen des menschlichen Leibes in der gleichen Weise zutage wie in den sublimsten

Formen ästhetischen Genusses, in der harten Arbeit des Landmannes ebenso wie in der schöpferischen

Kraft des Künstlers. Sie erscheint in den Taten des großen Heroismus wie in denen niedrigster Feigheit,

im Wachen und im Traum, in der Leidenschaft sinnlichen Liebesrausches wie in der wehmutsvollen

Entsagung: jede physische und psychische Daseinsform ist ihre Repräsentantin.

人間の全存在のあらゆる現象は、一切の背後に隠れている生命力の不可思議な力の動作の総和で

ある。存在がいかに多彩多様であるにしても、要するにそれは人間のあらゆる行為に現れるこうした生

命力の力に担われている。生命力は人間の肉体の基本的機能においても、芸術的鑑賞の最も崇高な

形式におけると同じように現れ、農夫の荒仕事の中にも、芸術家の創造力におけると同じように現れて

いる。剛毅果断な行為にも、低劣卑屈な行為にも、夢にも現にも、官能的な愛の陶酔の情熱にも、憂

欝に閉ざされた諦めにも現れている。心身両様の存在形式はいずれもこれの現れでないものはない。

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77.

Indem der Mensch sein Gutsein nicht mehr in sich selbst sucht, sondern bei Gott, es nicht mehr

selbst verwirklichen will, sondern es sich von Gott zusprechen, schenken läßt, hört er auf, sein Leben

und sein Zentrum in sich selbst zu haben. Er hat sein Leben nicht mehr im eigenen Streben, sondern in

Gottes Gaben. Er hat es also nicht als eigenes, sondern als fremdes, d.h. er hat es immer nur, sofern er

Gottes Wort hört. Er hat es nicht in sich, sondern außer sich, in Jesus Christus, im Wort Gottes. Er ist

darum nicht mehr ein selbstleuchtender Fixstern, wie er sich früher einbildete; sondern ein Stern mit

geliehenem Licht. Und damit ist er ganz von Gott abhängig geworden, nicht mehr Gottes Partner.

人間が自分の理想的な状態をもはや自分自身の中には求めないで、これを神において求め、これを

もはや自分自身で実現しようとはしないで、これを神から認められ賜るようにすると、自分の生活、自分

の中心を自分自身の中には持たなくなる。自分の生活をもはや自分自身の努力の中には持たないで、

神の恩寵のなかに持つのである。したがって自分の生活としてではなくて他の生活としてである。換言

すれば、人間が神の言葉を聞くというだけでいつもこの生活を持つわけである。この生活は自分のうち

にはなくて自己の外にあり、キリストのうちに神の言葉の中にあるのである。したがって人間は以前には

自ら光を発する恒星だと自惚れていたが、もはやそうではなくなって光を借りてきた星である。こうして人

間は全く神に依存するものとなったのであり、もはや神の相手ではなくなったのである。

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78.

In der Hervorhebung der Persönlichkeit besteht die Gemeinschaft zwischen der kantischen Ethik

und der ihr vorhergehenden Vollkommenheitsmoral der Aufklärung: aber während der Eudämonismus,

sei es in der shaftesburyschen oder in der leibnizschen Form, die Persönlichkeit als dasjenige dachte,

was aus der natürlich gegebenen einzelnen Individualität herausentwickelt werden soll, besteht für Kant

die Persönlichkeit in der Herrschaft des allgemeinen Vernunftgesetzes über alles individuelle Wollen.

Für die erste dieser beiden Persönlichkeitstheorien war es schwer, aus der empirischen Individualität zu

der gattungsmäßigen Gesetzlichkeit zu gelangen, und für sie bestand die Gefahr, die zum Teil an den

Romantikern zutage trat, bei dem Ausleben der natürlichen Individualität als bei dem letzten und

höchsten moralischen Wert hängen zu bleiben. In der kritischen Persönlichkeitslehre dagegen erschien

alle Individualität prinzipiell ausgelöscht und das moralische Wesen der Persönlichkeit damit erschöpft,

daß in ihrem Wollen Maximen herrschten, die für alle übrigen in ganz derselben Weise maßgebend

waren.

人格を強調するところにカントの倫理学とこれに先立つ啓蒙時代の完全説との結びつきがある。しか

しシャフツベリー流にせよ、ライブニッツ流にせよ、とにかく幸福説が人格を目して自然的に与えられた

それぞれの個性から発達すべきものだとしているのに反して、カントの説くところによると、人格とは普遍

的な理性法則が一切の個人的意欲を支配することにある。これら両人格説のうち、前者の立場からは、

経験的個性から類的法則性に到達することが困難であったし、部分的にはローマン主義者に見受けら

れたように、自然的な個性を十分に発揮するのが究極・最高の道徳的価値だとしてこれに執着する危

険があった。これに反し批判的人格説においては、人格はすべて原則的に解消し、そして人格の道徳

的本質は、その意欲の中には、あらゆる爾余の人格にたいしても全く同様に規準となる確率が支配す

る、というに尽きたかの観があった。

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79.

In der Geschichte der Menschheit gibt es Epochen, die einen einzigartigen Glanz und eine besondere

Schönheit besitzen, Zeiten, die immer wieder zum Verweilen einladen, in denen es etwas wie Erfüllung

gegeben zu sein scheint. Es gibt Zeiten, die etwas versprechen und etwas erwarten lassen und andere,

die das Zeichen des Verfalls nur zu deutlich zur Schau stellen. Es gibt leere und volle, langsame und

bewegte Zeiten. Auf Zeiten des ruhigen Abfließens der Begebenheiten folgen Epochen, in denen sich

eine Fülle des Großen und Bedeutsamen zusammendrängt. Aber am schönsten sind die Zeiten, in

denen neues Leben in neuer Form seine große Erfüllung findet.

Wenn wir in denkender Betrachtung bei solchen Epochen verweilen, so fühlen wir die Fülle und

Frische des jungen Lebens, das uns entgegenströmt. Uns erfüllt jenes Neue, Unerhörte, noch nie

Dagewesene, das so plötzlich als gerundete Wirklichkeit uns begegnet. [Mehlis, Georg: Die deutsche

Romantik. (1922)]

人類の歴史には独自の光彩、特別の美点をもつ時代、くりかえし低徊を誘い、充実というほどのもの

が存するように思われる時代がある。何かが起こりそうで、何かが待たれる時代があるかと思うと、また、

没落の兆しを余りにもはっきりと暴露する時代もある。空虚な時代もあれば、充実した時代もあり、緩慢

な時代もあれば、激動の時代もある。事件が緩やかに流れ去る時代に次いで、重大な事件が幅輳する

時代が来る。しかし最も美しいのは、新しい生活が新しい形式で大いに実現する時代である。

思いを潜めてこうした時代に低徊するとき、われわれはわれわれに向かって流れてくる若い生活の充

実・新鮮を感じる。われわれの心は、完結した充実として実に突如としてわれわれの眼前に現れ来る新

たなるもの、未曽有のもの、前例なきもので満たされるのである。 〔メーリス、 ゲオルク「ドイツ・ロマン主

義」〕

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80.

Geschichte der Bildung ist Geschichte der menschlichen Kultur, denn bei allen pädagogischen

Akten kommt das Bestreben der älteren Generation zum Ausdruck, daß die Jugend, die jüngere

Generation in den Lebensraum und in die Kultur ihrer Väter hineinwachse, daß Kultur in ihrer ganzen

Breite und Tiefe übernommen und erhalten, wenn möglich auch gefördert und weiterentwickelt werde.

Der gleiche Zeitgeist, der zur Schöpfung bestimmter Kulturgüter und zur Vernachlässigung anderer

Wertbereiche drängt, bestimmt auch die Formen der Kulturvermittlung, den Inhalt des stofflich

gebundenen pädagogischen Denkens und die Zielsetzungen alles Bildungsverfahrens. In den

Bildungsidealen spiegeln sich am reichsten das Denken und Wollen, die Kulturgedanken und

Kulturleistungen einer Generation oder eines Jahrhunderts wider, denn die Ziele von Erziehung und

Unterricht werden nicht von einzelnen Pädagogen oder Werttheoretikern ersonnen, künstlich ausgedacht

und „gemacht“, sondern erwachsen von selbst aus dem Urgrunde einer lebendigen Kultur.

教育の歴史は人間文化の歴史である。なぜならば、すべての教育活動においては、青年、すなわち

新時代人がその父祖の生活領域および文化の域に達し、文化の全幅にわたって継承保持し、できるこ

とならまた、これを促進発達させるようにしたいものだという旧時代人の努力が現れてくるからである。一

定の文化財を創造して他の価値領域を等閑視しようと迫る同じ時代精神は、文化仲介の形式、素材の

拘束を受ける教育思想の内容および一切の教育方法の目標設定をも決定する。教育理想の中には一

時代もしくは一世紀の思考および意欲、文化思想および文化業績が最も豊かに反映している。なぜな

らば、教育および教授の目的は個々の教育者ないしは価値理論家によって考案され、人工的に考え

出され、「作られた」ものではなくて、生きた文化の根源からひとりでに生ずるものだからである。

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81.

Die Philosophie, die grundsätzlich alles in Frage stellen will, weilsie nur dadurch die

Fundamentalwissenschaft sein kann, wagt doch einen Punkt, ein Gewisses nicht anzutasten: die

Vernunft selbst. Denn so argumentiert sie, da die Vernunft das Bohrwerkzeug ist, mit dem allein wir

arbeiten können, können wir offenbar nicht dieses Werkzeug selbst anbohren. Wir können nicht durch

die Vernunft die Vernunft selbst in Frage stellen. Grundsätzliche Skepsis hebt sich immer selbst auf, da

Grundsätzlichkeit offenbar kein skeptisches Verhalten ist. Hier also müssen wir Halt machen. Die

Gesetze der Vernunft sind ― um diesen Ausdruck von der Physik zu entlehnen ― das Bezugssystem,

auf das wir alles beziehen müssen. Sie sind dieletzte, allgemeinste Voraussetzung des Forschens

überhaupt.

哲学が原則として一切を問題にしようとするのは、かくしてのみ哲学が根本学たりうるからであるが、し

かし一点、すなわちある事柄にはあえて触れようとしない。それは理性そのものである。哲学がこれを論

証するところを述べよう。理性は研究に用いうる唯一の穿孔器であるがゆえに、もちろんこの道具そのも

のに孔を穿つことはできない。原則上の懐疑は常に自らを止揚する。けだし原則性は明らかに何ら懐

疑的態度ではないからである。したがってここではわれわれは立ち停らねばならない。理性の法則とは、

物理学の名称を借りて言えば、われわれが一切のものを関係させなければならないところの座標系で

ある。すべて研究する場合の究極的な最も一般的な前提である。

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82.

Um den eigentümlichen Lebenszusammenhang zu bezeichnen, der eine Vielheit von äußerlich

geschiedenen Lebewesen so wesenhaft verbindet, hat man sich schon früh des Vergleichs mit dem

Organismus bedient. Auch der Organismus besteht aus einer Vielheit von Elementen ― möge man

unter ihnen nun die Organe oder die Zellen verstehen ― die nicht etwa äußerlich, mechanisch

aneinandergefügt sind und aufeinander wirken, sondern in einer Lebenseinheit zusammengeschlossen

sind, die jedes Glied mit der Bewegung des Ganzen innerlichst verknüpft. Man redet im Sinne dieses

Vergleichs gern vom Leben einer gesellschftlichen Gruppe. Nicht minder oft hat man die Einheit des

gesellschftlichen Verbandes mit der Einheit des seelischen Geschehens verglichen, das dem

Einzelwesen beschieden ist. Auch die Einzelseele vereinigt in sich eine Vielheit von Wesensrichtungen,

Funktionen, Inhalten, die nicht in reinlicher Sonderung äußerlich nebeneinander liegen, sondern sich in

der Lebenseinheit persönlichen Daseins durchdringen. Hier wie dort also eine lebendige Einheit in der

Mannigfaltigkeit, die in dem Aufbau des gesellschaftlichen Ganzen getreulich wiederzukehren scheint.

外面的に分かたれた多数の生物を極めて本質的に結合する独特な生物連関に名称を付するために

は、古来既に有機体に比せられてきた。有機体というものも多数の要素 ― これを器官と考えてもいい

し、細胞と考えてもいい ― から成り立っているものである。これらの要素は、たとえば外面的に機械的

に寄せ集められて互いに影響し合うといったものではなくて、統合して一生活統一体をなし、それがそ

れぞれの分肢を全体の運動と極めて密接に結合するものである。こうした比喩の意味において一社会

集団の生活ということがよく言われる。同様にしばしば、社会団体の統一は、個体に与えられている心

的事象の統一に比せられてきた。個人の心も多数の本質的方向、機能、内容を統合しているのであっ

て、これらははっきりと分かれて外面的に並立するものではなくて、互いに融合して個人的存在の生活

統一をなすものである。したがって双方いずれの場合においても複雑多岐な中に活発な統一が存する

のであって、これは社会全体の構造の中にもそっくりそのまま在るように思われるのである。

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83.

Wenn wir den eigentümlichen Geist einer Zeit erkennen wollen, so müssen wir zu verstehen suchen,

welche Werte und Güter für sie bestimmend gewesen sind. Kulturlose Zeiten lebten das bloße Leben,

erfüllt von dem Verlangen, die sinnlichen Triebe zu befriedigen, und die noch vom Sinnlichen

gesättigten Ideen der Macht und Herrschaft, die über die bloße Befriedigung der Sinne und die

Erhaltung des Daseins hinaus zu kühnen Zielen des Ehrgeizes drängten, sind es augenscheinlich

gewesen, die das bloße vegetative Leben zu höheren Formen der Bewegung geführt haben. Solange das

mythische Bewußtsein das Vernunftleben der Menschen knospenhaft umschließt, treten noch keine

eigentümlichen Wertgegensätze hervor. Glauben und Wissen, ästhetisches Schauen und theoretische

Erkenntnis ruhen in ungeschiedener Einheit, von dem Traumbewußtsein des Göttlichen umsponnen.

Sobald aber der menschliche Geist damit beginnt, eine höhere Welt der Kultur aufzubauen, wird seine

Sehnsucht und sein Interesse je nach Volk, Zeitund Charakterreife verschiedenen Werten zugewendet

sein.

ある時代特有の精神を認識しようと思えば、いかなる価値および財がその時代に対して決定的であっ

たかを理解するように努めねばならない。文化の無かった時代は単なる生活を営んでいた。当時の人

の心は感覚的衝動を満足させようとの欲望に満ちていたからである。そうして、感覚的なものにいまだ

満足しながらも、感覚の単なる満足、生存の維持以上に出て功名の大望を求めてやまない権力的・支

配的思想こそは、たしかに単なる植物的生活をして活発な高次の形態をとらしめたものであった。神話

的意識が人間の理性生活を蕾のように包んでいる間は、特色のある価値対立は未だ現れない。信仰と

知識、芸術的鑑賞と科学的認識は未分の統一をなしていて、神性を有するものの夢意識に囲まれてい

る。ところで人間精神が文化の高次な世界を建設し始めると、その憧れ、その関心は民族、時代および

性格の成熟に応じてそれぞれ違った価値に向かっているであろう。