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2015.3 No.106 ISSN 0910-2019 風にきく 土にふれる そして はるかな時をおもい 環境をまもる 風にきく 土にふれる そして はるかな時をおもい 環境をまもる 独立行政法人 農業環境技術研究所 巻  頭  言 NIAESトピックス 研究トピックス INDEX 新たなステージへ ……………………………………… 2 土壌のCO2吸収「見える化」サイトの機能強化 …………………… 3 ー土壌炭素量の増減と温室効果ガス発生量を総合評価ー 飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作る ………………… 5 ー農村地域の資源循環システムを提案ー 所変わればススキも変わるーススキの地域性について ………… 7 農業環境技術研究所 研究成果発表会2014 未来につなげよう農業と環境   ……………………………………………………… 9 ● 農業分野における気候変動への対応:これまでとこれから ………………… 9 農林水産省委託プロジェクト研究成果発表会 農業環境技術公開セミナーin奈良 悠久の地で「農業」と「環境」を考える ……………………………………… 10 農環研サイエンスカフェ  「土壌」は足もとに広がる宇宙 ……………………………………………… 10 ● 平成26年度(第7回)農環研若手研究者奨励賞  ……………………… 11 ● 一般公開のご案内 …………………………………………………… 12 農環研サイエンスカフェ 「土壌」は足もとに広がる宇宙

農環研ニュース No. 106農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3 2 3 新たなステージへ 研究統括主幹 井手 任研究トピックス

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2015.3No.106

ISSN 0910-2019

風にきく 土にふれるそして はるかな時をおもい 環境をまもる

風にきく 土にふれるそして はるかな時をおもい 環境をまもる

独立行政法人 農業環境技術研究所

巻  頭  言

NIAESトピックス

研究トピックス

I NDEX

農環研ニュース No.106 平成27年3月30日発  行 独立行政法人 農業環境技術研究所 〒305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-3電  話 029-838-8191(広報情報室 広報グループ)ホームページ  http://www.niaes.affrc.go.jp/ (バックナンバーを読むことができます) 印刷 (株)高山

● 新たなステージへ ……………………………………… 2

 

● 土壌のCO2吸収「見える化」サイトの機能強化  …………………… 3  ー土壌炭素量の増減と温室効果ガス発生量を総合評価ー

● 飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作る ………………… 5  ー農村地域の資源循環システムを提案ー

● 所変わればススキも変わるーススキの地域性について ………… 7 

● 農業環境技術研究所 研究成果発表会2014   未来につなげよう農業と環境 ……………………………………………………… 9 ● 農業分野における気候変動への対応:これまでとこれから ………………… 9  農林水産省委託プロジェクト研究成果発表会● 農業環境技術公開セミナーin奈良    悠久の地で「農業」と「環境」を考える ……………………………………… 10● 農環研サイエンスカフェ  「土壌」は足もとに広がる宇宙 ……………………………………………… 10 ● 平成26年度(第7回)農環研若手研究者奨励賞  ……………………… 11● 一般公開のご案内 …………………………………………………… 12

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NIAES トピックス

農環研サイエンスカフェ 「土壌」は足もとに広がる宇宙

一般公開のご案内417/417/ 金10:00~16:00

    筑波農林研究団地の研究所では、科学技術週間にともない一斉に一般公開

  を行います。農業環境技術研究所は、「未来につなげよう 安全な農業と環境」を

テーマに4月17日(金)に開催いたします。子どもからおとなまで、見て・さわって・聞い

て・話して、農環研の研究をお楽しみください。

展示・実演・体験

ミニ講演(各25分)

雑草ギャラリー

宇宙から見た世界の環境

国際土壌年ってなに?(10:30~/13:30~)

130年前へのタイムトラベル

個性をいかして『分ける』

農業と環境を考えるー最新研究成果パネルの展示ー

世界の農地で必要な水の量は?-蒸発量をリアルタイムで監視・予測-

しみ込む水と    流れる水

微生物の力でお・も・て・な・し

農業環境インベントリー展示館見学

農業環境の放射能を調べる

アンケートにご協力くださった方にミニトマトの苗をプレゼントします。

里山の大切さを教えてくれた「ミニ農村」(11:00~/14:00~)

Page 2: 農環研ニュース No. 106農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3 2 3 新たなステージへ 研究統括主幹 井手 任研究トピックス

農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

2 3

新たなステージへ

研究統括主幹  井手 任

研究トピックス研究トピックス

農地からの温室効果ガス削減効果を計算する 農地の生産力を維持・増進するために、作物残渣や堆肥などの有機物を農地にすき込む管理がよく行われます。近年、これが地球温暖化の緩和策の一つになると期待されています。なぜなら、農地に投入する有機物の量を増やすことで土壌中の炭素が増えると、その分、大気に放出される二酸化炭素(CO2)が減少することになるためです。これを土壌の炭素貯留と呼びます。 しかし、土壌に蓄積する炭素がどの程度増えるかは、気象条件や土壌の種類などさまざまな要因が関係するため、同じような管理を行っても、場所によって大きく異なる場合があります。また、土壌炭素量の変化はゆっくりなので、その程度を実際の畑や水田で計測して把握するためには、長い期間が必要です。 私たちは、土壌炭素量の変化を予測する数値モデル(改良RothC)の研究を進めてきましたが、その成果を活用して、農地土壌に蓄積する炭素量の変化を計算し、増加分を土壌のCO2吸収量として示すウェブサイト、土壌のCO2吸収「見える化」サイトを作成し、2013年に公開しました(農環研ニュースNo.102を参照)。 一方、土壌炭素量を増やすために有機物の施用量を増やすと、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)などの温室効果ガスの発生量が増えてしまう、いわゆるトレードオフの関係があります。たとえば、CH4は、水田に水を張ることにより土壌が還元状態になると、メタン生成菌の働きによって発生しますが、有機物の投入量を多くするほど発生量が多くなります。また、N2Oは、化学肥料や有機物として投入される窒素の量が多いほど、発生量が多くなります。そのため、地球温暖化の緩和のためには、土壌から大気に放出されるCO2だけでなく、これらのガスも考慮する必要があります。また、農業機械や農業資材(肥料、農薬、プラスチック資材など)に由来する化石燃料の消費によって発生するCO2も重要です。

土壌のCO2吸収「見える化」サイトの機能強化ー土壌炭素量の増減と温室効果ガス発生量を総合評価ー

農業環境インベントリーセンター 白戸 康人

 そこで、昨年度公開したウェブサイトの機能を拡充し、土壌炭素量だけではなく、CH4やN2Oの発生量、さらには化石燃料消費も加えた総合評価ができるようにしました。

項目を選択するだけで自動計算 トップページ(図1)から上部緑色のバーをクリックすると、計算、Q&Aやリンクのページに移動します。

 「計算」のページに表示される地図上で目的の地点をクリックすると、その場所の位置情報(緯度経度)を利用して、気象と土壌の情報が自動的に得られます(図2)。

 一方、国内では、人口減少に伴う国土の姿が大きな

焦点であり、昨年7月に国土交通省が公表した「国土

のグランドデザイン2050~対流促進型国土の形成

~」では、人口減少や少子化を背景に、「コンパクト+

ネットワーク」をキーワードとした提言がなされていま

す。その中では、たとえば、周辺集落を一体的に支える

とともに、6次産業機能を持ち雇用を生み出す「小さな

拠点」を全国に5,000か所程度想定するなどのイメー

ジが示されています。また、田舎暮らしを促進して地方

への人の流れを創出するなどの戦略も提案されてい

ます。その際に、里山や耕作放棄地、空き地など、人間

の手を離れる空間を新たな環境システムにどう組み

込むかは、地域の環境を考える上で重要な課題と思

えます。

 地方消滅の危機を示したいわゆる「増田レポート」

が多くの議論を呼び、以前から懸念されてきたことが、

いよいよ目前に突きつけられる状況となっています。

国土や農業の姿が大きく変化する可能性がある中、

農業環境研究の視点から取り組むべき課題は少なく

ありません。2050年、農業を支える環境、農業に育ま

れる環境はどうあるべきか。そこから逆算して見た時

に、今はどんな位置にあるのかを見定めながら、環境

変動に対応する技術や環境保全の新たな仕組みの

創出に関する研究を進めていく必要があります。国立

研究開発法人としての第一歩を踏み出すに当たり、農

業環境研究の新たなステージへ向けて、十分な準備

を進める一年にできればと考えています。

環研は、独立行政法人通則法の改正に伴い、

この4月から国立研究開発法人となり、さらに

来年4月には、農業・食品産業技術総合研究機構、農

業生物資源研究所及び種苗管理センターとの統合が

予定されています。一昨年30周年を迎えた農業環境

研究は、新たなステージへと向かうことになります。ま

た、この農環研ニュースがお手元に届けられる頃には、

新たな食料・農業・農村基本計画や農林水産研究基

本計画が策定・公表されていることと思います。そうし

た中、国土や地域の環境を左右する大きな流れにつ

いて、すでに公表されている資料を参考に概観してみ

たいと思います。

 これまでに、今世紀半ばの2050年を展望した施策

の展開方向が、さまざまな機関で検討されています。

たとえば、2012年に公表された「OECD Environmental

Outlook to 2050: The Consequences of Inaction/

OECD環境アウトルック2050:行動を起こさないこと

の代償」は、2050年時点の世界人口を90億人以上、

世界経済の規模を現在の4倍と想定した上で、世界の

環境問題を指摘しています。すなわち、①気候変動が

生物多様性喪失を最も加速させる要因となる、②大

半の地域で都市排水と農業による汚染・富栄養化が

進む、③世界的に見て大気汚染が早期死亡をもたら

す最大の環境要因となる、④非OECD諸国では有害化

学物質による被害が深刻化する、などです。こうした問

題に対して、農環研は、気候変動と生物多様性、窒素・

リンの循環、有害化学物質対策などの分野で貢献で

きると考えます。

農 ざんさ

図1 サイトのトップページタイトル下の「計算」をクリックしてスタートします

図2 「場所の選択」のページ地図上をクリックするか、住所を入力するだけの簡単操作

Page 3: 農環研ニュース No. 106農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3 2 3 新たなステージへ 研究統括主幹 井手 任研究トピックス

農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

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新たなステージへ

研究統括主幹  井手 任

研究トピックス研究トピックス

農地からの温室効果ガス削減効果を計算する 農地の生産力を維持・増進するために、作物残渣や堆肥などの有機物を農地にすき込む管理がよく行われます。近年、これが地球温暖化の緩和策の一つになると期待されています。なぜなら、農地に投入する有機物の量を増やすことで土壌中の炭素が増えると、その分、大気に放出される二酸化炭素(CO2)が減少することになるためです。これを土壌の炭素貯留と呼びます。 しかし、土壌に蓄積する炭素がどの程度増えるかは、気象条件や土壌の種類などさまざまな要因が関係するため、同じような管理を行っても、場所によって大きく異なる場合があります。また、土壌炭素量の変化はゆっくりなので、その程度を実際の畑や水田で計測して把握するためには、長い期間が必要です。 私たちは、土壌炭素量の変化を予測する数値モデル(改良RothC)の研究を進めてきましたが、その成果を活用して、農地土壌に蓄積する炭素量の変化を計算し、増加分を土壌のCO2吸収量として示すウェブサイト、土壌のCO2吸収「見える化」サイトを作成し、2013年に公開しました(農環研ニュースNo.102を参照)。 一方、土壌炭素量を増やすために有機物の施用量を増やすと、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)などの温室効果ガスの発生量が増えてしまう、いわゆるトレードオフの関係があります。たとえば、CH4は、水田に水を張ることにより土壌が還元状態になると、メタン生成菌の働きによって発生しますが、有機物の投入量を多くするほど発生量が多くなります。また、N2Oは、化学肥料や有機物として投入される窒素の量が多いほど、発生量が多くなります。そのため、地球温暖化の緩和のためには、土壌から大気に放出されるCO2だけでなく、これらのガスも考慮する必要があります。また、農業機械や農業資材(肥料、農薬、プラスチック資材など)に由来する化石燃料の消費によって発生するCO2も重要です。

土壌のCO2吸収「見える化」サイトの機能強化ー土壌炭素量の増減と温室効果ガス発生量を総合評価ー

農業環境インベントリーセンター 白戸 康人

 そこで、昨年度公開したウェブサイトの機能を拡充し、土壌炭素量だけではなく、CH4やN2Oの発生量、さらには化石燃料消費も加えた総合評価ができるようにしました。

項目を選択するだけで自動計算 トップページ(図1)から上部緑色のバーをクリックすると、計算、Q&Aやリンクのページに移動します。

 「計算」のページに表示される地図上で目的の地点をクリックすると、その場所の位置情報(緯度経度)を利用して、気象と土壌の情報が自動的に得られます(図2)。

 一方、国内では、人口減少に伴う国土の姿が大きな

焦点であり、昨年7月に国土交通省が公表した「国土

のグランドデザイン2050~対流促進型国土の形成

~」では、人口減少や少子化を背景に、「コンパクト+

ネットワーク」をキーワードとした提言がなされていま

す。その中では、たとえば、周辺集落を一体的に支える

とともに、6次産業機能を持ち雇用を生み出す「小さな

拠点」を全国に5,000か所程度想定するなどのイメー

ジが示されています。また、田舎暮らしを促進して地方

への人の流れを創出するなどの戦略も提案されてい

ます。その際に、里山や耕作放棄地、空き地など、人間

の手を離れる空間を新たな環境システムにどう組み

込むかは、地域の環境を考える上で重要な課題と思

えます。

 地方消滅の危機を示したいわゆる「増田レポート」

が多くの議論を呼び、以前から懸念されてきたことが、

いよいよ目前に突きつけられる状況となっています。

国土や農業の姿が大きく変化する可能性がある中、

農業環境研究の視点から取り組むべき課題は少なく

ありません。2050年、農業を支える環境、農業に育ま

れる環境はどうあるべきか。そこから逆算して見た時

に、今はどんな位置にあるのかを見定めながら、環境

変動に対応する技術や環境保全の新たな仕組みの

創出に関する研究を進めていく必要があります。国立

研究開発法人としての第一歩を踏み出すに当たり、農

業環境研究の新たなステージへ向けて、十分な準備

を進める一年にできればと考えています。

環研は、独立行政法人通則法の改正に伴い、

この4月から国立研究開発法人となり、さらに

来年4月には、農業・食品産業技術総合研究機構、農

業生物資源研究所及び種苗管理センターとの統合が

予定されています。一昨年30周年を迎えた農業環境

研究は、新たなステージへと向かうことになります。ま

た、この農環研ニュースがお手元に届けられる頃には、

新たな食料・農業・農村基本計画や農林水産研究基

本計画が策定・公表されていることと思います。そうし

た中、国土や地域の環境を左右する大きな流れにつ

いて、すでに公表されている資料を参考に概観してみ

たいと思います。

 これまでに、今世紀半ばの2050年を展望した施策

の展開方向が、さまざまな機関で検討されています。

たとえば、2012年に公表された「OECD Environmental

Outlook to 2050: The Consequences of Inaction/

OECD環境アウトルック2050:行動を起こさないこと

の代償」は、2050年時点の世界人口を90億人以上、

世界経済の規模を現在の4倍と想定した上で、世界の

環境問題を指摘しています。すなわち、①気候変動が

生物多様性喪失を最も加速させる要因となる、②大

半の地域で都市排水と農業による汚染・富栄養化が

進む、③世界的に見て大気汚染が早期死亡をもたら

す最大の環境要因となる、④非OECD諸国では有害化

学物質による被害が深刻化する、などです。こうした問

題に対して、農環研は、気候変動と生物多様性、窒素・

リンの循環、有害化学物質対策などの分野で貢献で

きると考えます。

農 ざんさ

図1 サイトのトップページタイトル下の「計算」をクリックしてスタートします

図2 「場所の選択」のページ地図上をクリックするか、住所を入力するだけの簡単操作

Page 4: 農環研ニュース No. 106農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3 2 3 新たなステージへ 研究統括主幹 井手 任研究トピックス

農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

4 5

 次に、作物の種類、作物残渣の処理方法、ならびに堆肥の施用の有無をメニューから選択します。残渣や堆肥の量は標準的な値が自動的に入りますが、直接数値を入力することもできます。作物で「水稲」を選択した場合は、CH4発生量計算のために水管理(間欠かんがいか常時湛水か)を選択します。CH4発生量は、この水管理、選択した場所の土壌タイプ、ならびに有機物管理(ワラ、堆肥などの施用の有無)をもとに計算されます。 N2Oの発生量は、作物残渣、堆肥、化学肥料に含まれる窒素の量から計算されます。これらの窒素投入量も、自動的に標準的な値が入るようになっていますが、数値の直接入力も可能です。CH4とN2O発生量は、日本国温室効果ガスインベントリ報告書が採用している方法で計算しています。 化石燃料消費由来のCO2排出量は、文献に基づいて、作物ごとにエネルギー由来、農薬由来、肥料由来、プラスチック資材由来の合計値が表示されます。

 次に、ここまで選択した条件を確認するページが表示されます。計算する条件を変えたい場合は、ここで修正できます。最後に「計算開始」ボタンをクリックすると、気象や土壌の情報、ユーザーが選択した作物や管理の情報が、自動的に改良RothCモデルに導入され、今後20年間の土壌炭素量の変化が計算され、結果がグラフで示されます(図3)。 さらに、このページの下部にある「メタンや一酸化二窒素も加えた総合評価結果を見る」をクリックすると、土壌炭素量の増減に加え、CH4、N2O、化石燃料消費によるCO2の発生量を、すべてCO2量に換算した総合的な評価の結果が表示されます(図4)。

今後の期待 このウェブサイトを利用すれば、「農地の管理を変更することで、さまざまな温室効果ガス発生量にどのような効果があるのか」について、ユーザーが総合的に理解することができます。多くの人に利用してもらい、農業に関連する温室効果ガスの削減につながることを期待しています。

 近年、資源循環型社会の構築のため、再生可能な資源である植物バイオマスが世界的に注目されています。農環研では、農村地域において、低コストで効率的に植物バイオマスを利用できる技術の一つとして、飼料用作物のロールベールを用いた省エネ型エタノール生産技術を開発し、これを農村地域の資源循環システムに取り入れることを提案します。

エタノール固体発酵法 農環研では、飼料用イネなどの非食用植物体を収穫後、貯蔵しながらエタノールを生産する「エタノール固体発酵法」を開発し、平成21年に報告しました(農環研ニュースNo.84参照)。この方法は、牛などの飼料として一般的な、サイレージ調製技術を応用したものです。 通常、牧草や飼料作物などの材料草からサイレージを作る場合、材料草を収穫直後にロール状に成型して、フィルムで密封したり、小さなプールのようなサイロに詰め込んだりします。そうすることで、野菜の漬け物と同様に、材料草に付着している乳酸菌が、草の内部に貯蔵されている少量の糖を利用して乳酸を生産します。乳酸は材料草を腐敗させる微生物を殺し、栄養分の損失を防ぎます。 

 「エタノール固体発酵法」では、サイレージを調製する時に、バイオマス分解酵素(植物バイオマスを分解して糖に変える酵素)と酵母菌(糖からエタノールを作る微生物)を同時に加えることで、サイロの中で、材料草が糖に分解される反応と、糖から酵母がエタノールを作る反応が、並行して進みます(図1)。水分が少ない条件でエタノール発酵させるため、「固体発酵法」と呼びます。この方法は、農家がサイレージ生産に使う既存の技術や設備を利用し、調製後はエタノール発酵が自然に進行するため、余計な労力やエネルギーを使用しない省エネ型のエタノール生産技術です。飼料用イネ植物を用いて、実験室内で試験した結果、試験開始2週間後に生産されたエタノールは、飼料イネ乾燥重量10kgあたり、99.5%のエタノール換算で最大2.1リットル(L)でした。

土壌のCO2吸収「見える化」サイトを改良

図3 「結果(土壌炭素)」のページ20年間の土壌炭素の変化(計算結果)を、「あなたの管理」と「標準的管理」について図示し、その差を削減効果として自動車の台数に換算して表示します

図4 「結果(温室効果ガス総合評価)」のページCH4とN2O排出量、化石燃料消費によるCO2排出量も加えた総合評価の結果を表示します

研究トピックス

飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作るー農村地域の資源循環システムを提案ー

生物生態機能研究領域 堀田 光生 北本 宏子

図1 エタノール固体発酵法

たんすい

図2 飼料イネロールを用いた実規模でのエタノール生産と回収

Page 5: 農環研ニュース No. 106農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3 2 3 新たなステージへ 研究統括主幹 井手 任研究トピックス

農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

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 次に、作物の種類、作物残渣の処理方法、ならびに堆肥の施用の有無をメニューから選択します。残渣や堆肥の量は標準的な値が自動的に入りますが、直接数値を入力することもできます。作物で「水稲」を選択した場合は、CH4発生量計算のために水管理(間欠かんがいか常時湛水か)を選択します。CH4発生量は、この水管理、選択した場所の土壌タイプ、ならびに有機物管理(ワラ、堆肥などの施用の有無)をもとに計算されます。 N2Oの発生量は、作物残渣、堆肥、化学肥料に含まれる窒素の量から計算されます。これらの窒素投入量も、自動的に標準的な値が入るようになっていますが、数値の直接入力も可能です。CH4とN2O発生量は、日本国温室効果ガスインベントリ報告書が採用している方法で計算しています。 化石燃料消費由来のCO2排出量は、文献に基づいて、作物ごとにエネルギー由来、農薬由来、肥料由来、プラスチック資材由来の合計値が表示されます。

 次に、ここまで選択した条件を確認するページが表示されます。計算する条件を変えたい場合は、ここで修正できます。最後に「計算開始」ボタンをクリックすると、気象や土壌の情報、ユーザーが選択した作物や管理の情報が、自動的に改良RothCモデルに導入され、今後20年間の土壌炭素量の変化が計算され、結果がグラフで示されます(図3)。 さらに、このページの下部にある「メタンや一酸化二窒素も加えた総合評価結果を見る」をクリックすると、土壌炭素量の増減に加え、CH4、N2O、化石燃料消費によるCO2の発生量を、すべてCO2量に換算した総合的な評価の結果が表示されます(図4)。

今後の期待 このウェブサイトを利用すれば、「農地の管理を変更することで、さまざまな温室効果ガス発生量にどのような効果があるのか」について、ユーザーが総合的に理解することができます。多くの人に利用してもらい、農業に関連する温室効果ガスの削減につながることを期待しています。

 近年、資源循環型社会の構築のため、再生可能な資源である植物バイオマスが世界的に注目されています。農環研では、農村地域において、低コストで効率的に植物バイオマスを利用できる技術の一つとして、飼料用作物のロールベールを用いた省エネ型エタノール生産技術を開発し、これを農村地域の資源循環システムに取り入れることを提案します。

エタノール固体発酵法 農環研では、飼料用イネなどの非食用植物体を収穫後、貯蔵しながらエタノールを生産する「エタノール固体発酵法」を開発し、平成21年に報告しました(農環研ニュースNo.84参照)。この方法は、牛などの飼料として一般的な、サイレージ調製技術を応用したものです。 通常、牧草や飼料作物などの材料草からサイレージを作る場合、材料草を収穫直後にロール状に成型して、フィルムで密封したり、小さなプールのようなサイロに詰め込んだりします。そうすることで、野菜の漬け物と同様に、材料草に付着している乳酸菌が、草の内部に貯蔵されている少量の糖を利用して乳酸を生産します。乳酸は材料草を腐敗させる微生物を殺し、栄養分の損失を防ぎます。 

 「エタノール固体発酵法」では、サイレージを調製する時に、バイオマス分解酵素(植物バイオマスを分解して糖に変える酵素)と酵母菌(糖からエタノールを作る微生物)を同時に加えることで、サイロの中で、材料草が糖に分解される反応と、糖から酵母がエタノールを作る反応が、並行して進みます(図1)。水分が少ない条件でエタノール発酵させるため、「固体発酵法」と呼びます。この方法は、農家がサイレージ生産に使う既存の技術や設備を利用し、調製後はエタノール発酵が自然に進行するため、余計な労力やエネルギーを使用しない省エネ型のエタノール生産技術です。飼料用イネ植物を用いて、実験室内で試験した結果、試験開始2週間後に生産されたエタノールは、飼料イネ乾燥重量10kgあたり、99.5%のエタノール換算で最大2.1リットル(L)でした。

土壌のCO2吸収「見える化」サイトを改良

図3 「結果(土壌炭素)」のページ20年間の土壌炭素の変化(計算結果)を、「あなたの管理」と「標準的管理」について図示し、その差を削減効果として自動車の台数に換算して表示します

図4 「結果(温室効果ガス総合評価)」のページCH4とN2O排出量、化石燃料消費によるCO2排出量も加えた総合評価の結果を表示します

研究トピックス

飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作るー農村地域の資源循環システムを提案ー

生物生態機能研究領域 堀田 光生 北本 宏子

図1 エタノール固体発酵法

たんすい

図2 飼料イネロールを用いた実規模でのエタノール生産と回収

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農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

6 7

飼料イネを用いた実規模のエタノール生産 この技術を実用化するため、飼料イネロールベールを材料に用いて、実規模でのエタノール生産試験を4年間にわたって実施しました。まず、飼料用イネを収穫機で刈り取り、これにバイオマス分解酵素と酵母を加えて、直径約1mのロール状に成型し、サイレージ用のフィルムで密包しました(図2)。ロールベールは、サイレージと同様に、温度管理せず屋外に置いたままの状態で、ロールベール内のエタノールの濃度経過を調べました。飼料用イネ品種「リーフスター」を用いた試験では、試験開始6か月後に、乾燥重量1トン(t)あたり平均175Lのエタノールが生産・蓄積し、14か月目の観察終了時まで、ほぼ同じ濃度でした(図3)。ロールベールサイレージは、もともと家畜飼料として長期間貯蔵し、通年給餌するためのものなので、エタノール生産に長時間を要することは大きな問題にはなりません。 次に、実規模のエタノール回収(蒸留)装置を用いて、ロールから粗精製エタノール溶液(エタノール濃度約10%)を回収しました。ロール1個に貯まったエタノール(100%濃度換算で平均15.6L)のうち、最大13.5L(約9割)を回収することができました。 また、この試験によるロール内の成分の変化を調べた結果、全体の約1~2割がエタノールに変換され、約6~7割が固形分(残渣)として残り、それ以外は二酸化炭素や乳酸などに変換されていました。

農業地域の資源循環システム 従来、バイオエタノールは、蒸留後、濃縮・精製して車や機械の燃料に用いられてきましたが、この工程で多額の費用とエネルギーが必要でした。一方、農環研では、平成24年にエタノールを畑土壌の消毒に使う、「低濃度エタノールを利用した土壌還元消毒法」を開発しています。これは、1%以下の濃度に薄めたエタノール溶液を土壌に湛水した後、被覆することで、土壌を消毒し、病害虫の発生を抑制する方法です。そこで、現在、ロールベールから回収したエタノールを精製・濃縮せずに、生産地域で「土壌還元消毒法」の資材として利用できないか検討しています。濃縮等の工程がいらず、近隣の農業にバイオエタノールを役立てることができます。 さらに、エタノール回収後の残渣には、家畜飼料として重要な成分が通常のサイレージと同程度以上含まれており、特にタンパク質の量が増えているなど、粗飼料として利用できる成分値を示しました。 この技術はエネルギーや労力をかけない省エネ型発酵生産技術として、また、非食用バイオマス資源をさまざまな用途(土壌消毒用資材、家畜飼料、燃料など)に利用する新しい資源循環システムとして、活用が期待されます(図4)。実用化するためには、今後、発酵残渣の家畜への飼養試験などで飼料としての品質を確認すること、また、発酵産物からエタノールを回収するエネルギー消費が少ない簡便な方法の開発が必要です。

 「所変われば品変わる」ということわざは、同じものでも地域が変わると名称や用途が異なる例えですが、同一生物種でも地域が変われば特性が異なることがあります。たとえば、今回紹介するススキでは、北海道など日本の北では8月末に開花しますが、鹿児島や沖縄など南では9月末から10月ごろに開花します。また、日本各地の開花期が異なるススキを同じ畑に集めて栽培した場合でも、同じ時期に開花することはなく、各々の生まれ育った土地と同じ順番に開花するため(写真1)、ススキの開花期は遺伝的にも地域ごとに異なると考えられます。このように、ススキには開花期の違いから日本にはいくつかの地域性があると考えられます。

ススキ草原とのり面緑化 ススキは、まぐさ、茶草、茅葺屋根、茶花などさまざまな用途で利用されています。火入れや刈取りなどの伝統的な管理が行われてきたススキ草原には(写真2)、希少種や絶滅危惧種が生育しており草原の生物多様性が維持されています(農環研ニュースNo87、No99参照)。2013年には阿蘇のススキ草原が「草原の維持と持続的農業」として、また、静岡のススキを利用したお茶栽培が「茶草場農法」として世界農業遺産

飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作る研究トピックス

所変わればススキも変わる-ススキの地域性について生物多様性研究領域 早川 宗志

図3 飼料イネロール内のエタノール濃度

に登録され、ススキの伝統的な管理と利用は農業の持続性や生物多様性保全の面からも再評価されています。 このような伝統的利用法に加えて、ススキは、のり面緑化用資材として産業目的でも利用されています。のり面緑化とは、道路脇などの斜面が崩れるのを防ぐために植物を生育させることです。この緑化に用いる種子には生育が旺盛な外来種が用いられてきましたが、自然環境を重視する自然公園などでは、外来種に代わり在来種の使用が推奨されました。しかし、当初はススキであれば産地の違いは考慮されなかったため、外国で採集されたススキの種子が使用されてきたと

きゅうじ

ざんさ

たんすい

図4 エタノール固体発酵法を用いた農村地域での資源環境

(L/t 乾燥重量)

250

200

150

100

50

0

品種:リーフスター

0 1 3 6 10 12 14経過時間(月)

エタノール濃度

写真1 日本各地から収集したススキ同じ環境(農環研ほ場)で栽培しても採集地ごとに開花期が異なる

写真2 火入れによる伝統的管理が行われるススキ草原山梨県と神奈川県の県境の明神山(2011年9月14日撮影)

かやぶき

き ぐ

おうせい

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農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

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飼料イネを用いた実規模のエタノール生産 この技術を実用化するため、飼料イネロールベールを材料に用いて、実規模でのエタノール生産試験を4年間にわたって実施しました。まず、飼料用イネを収穫機で刈り取り、これにバイオマス分解酵素と酵母を加えて、直径約1mのロール状に成型し、サイレージ用のフィルムで密包しました(図2)。ロールベールは、サイレージと同様に、温度管理せず屋外に置いたままの状態で、ロールベール内のエタノールの濃度経過を調べました。飼料用イネ品種「リーフスター」を用いた試験では、試験開始6か月後に、乾燥重量1トン(t)あたり平均175Lのエタノールが生産・蓄積し、14か月目の観察終了時まで、ほぼ同じ濃度でした(図3)。ロールベールサイレージは、もともと家畜飼料として長期間貯蔵し、通年給餌するためのものなので、エタノール生産に長時間を要することは大きな問題にはなりません。 次に、実規模のエタノール回収(蒸留)装置を用いて、ロールから粗精製エタノール溶液(エタノール濃度約10%)を回収しました。ロール1個に貯まったエタノール(100%濃度換算で平均15.6L)のうち、最大13.5L(約9割)を回収することができました。 また、この試験によるロール内の成分の変化を調べた結果、全体の約1~2割がエタノールに変換され、約6~7割が固形分(残渣)として残り、それ以外は二酸化炭素や乳酸などに変換されていました。

農業地域の資源循環システム 従来、バイオエタノールは、蒸留後、濃縮・精製して車や機械の燃料に用いられてきましたが、この工程で多額の費用とエネルギーが必要でした。一方、農環研では、平成24年にエタノールを畑土壌の消毒に使う、「低濃度エタノールを利用した土壌還元消毒法」を開発しています。これは、1%以下の濃度に薄めたエタノール溶液を土壌に湛水した後、被覆することで、土壌を消毒し、病害虫の発生を抑制する方法です。そこで、現在、ロールベールから回収したエタノールを精製・濃縮せずに、生産地域で「土壌還元消毒法」の資材として利用できないか検討しています。濃縮等の工程がいらず、近隣の農業にバイオエタノールを役立てることができます。 さらに、エタノール回収後の残渣には、家畜飼料として重要な成分が通常のサイレージと同程度以上含まれており、特にタンパク質の量が増えているなど、粗飼料として利用できる成分値を示しました。 この技術はエネルギーや労力をかけない省エネ型発酵生産技術として、また、非食用バイオマス資源をさまざまな用途(土壌消毒用資材、家畜飼料、燃料など)に利用する新しい資源循環システムとして、活用が期待されます(図4)。実用化するためには、今後、発酵残渣の家畜への飼養試験などで飼料としての品質を確認すること、また、発酵産物からエタノールを回収するエネルギー消費が少ない簡便な方法の開発が必要です。

 「所変われば品変わる」ということわざは、同じものでも地域が変わると名称や用途が異なる例えですが、同一生物種でも地域が変われば特性が異なることがあります。たとえば、今回紹介するススキでは、北海道など日本の北では8月末に開花しますが、鹿児島や沖縄など南では9月末から10月ごろに開花します。また、日本各地の開花期が異なるススキを同じ畑に集めて栽培した場合でも、同じ時期に開花することはなく、各々の生まれ育った土地と同じ順番に開花するため(写真1)、ススキの開花期は遺伝的にも地域ごとに異なると考えられます。このように、ススキには開花期の違いから日本にはいくつかの地域性があると考えられます。

ススキ草原とのり面緑化 ススキは、まぐさ、茶草、茅葺屋根、茶花などさまざまな用途で利用されています。火入れや刈取りなどの伝統的な管理が行われてきたススキ草原には(写真2)、希少種や絶滅危惧種が生育しており草原の生物多様性が維持されています(農環研ニュースNo87、No99参照)。2013年には阿蘇のススキ草原が「草原の維持と持続的農業」として、また、静岡のススキを利用したお茶栽培が「茶草場農法」として世界農業遺産

飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作る研究トピックス

所変わればススキも変わる-ススキの地域性について生物多様性研究領域 早川 宗志

図3 飼料イネロール内のエタノール濃度

に登録され、ススキの伝統的な管理と利用は農業の持続性や生物多様性保全の面からも再評価されています。 このような伝統的利用法に加えて、ススキは、のり面緑化用資材として産業目的でも利用されています。のり面緑化とは、道路脇などの斜面が崩れるのを防ぐために植物を生育させることです。この緑化に用いる種子には生育が旺盛な外来種が用いられてきましたが、自然環境を重視する自然公園などでは、外来種に代わり在来種の使用が推奨されました。しかし、当初はススキであれば産地の違いは考慮されなかったため、外国で採集されたススキの種子が使用されてきたと

きゅうじ

ざんさ

たんすい

図4 エタノール固体発酵法を用いた農村地域での資源環境

(L/t 乾燥重量)

250

200

150

100

50

0

品種:リーフスター

0 1 3 6 10 12 14経過時間(月)

エタノール濃度

 「所変われば品変わる」ということわざは、同じもの

写真1 日本各地から収集したススキ同じ環境(農環研ほ場)で栽培しても採集地ごとに開花期が異なる

写真2 火入れによる伝統的管理が行われるススキ草原山梨県と神奈川県の県境の明神山(2011年9月14日撮影)

かやぶき

き ぐ

おうせい

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農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

8 9

いう経緯があります。「所変われば品変わる」のように、中国産ススキの遺伝的特性が日本産ススキと異なる場合、中国産の導入はむしろ日本産ススキへの遺伝的かく乱という負の影響をもたらす可能性があります。そのため、中国産ススキと日本産ススキには遺伝的特性に違いがあるのか、また、日本国内のススキでも遺伝的な地域性があるのか、ある場合はどのような地域に分けることができるのかを明らかにする必要がありました。

日本のススキに遺伝的な地域性があるか? 家系図のように遺伝的なつながりを調べ、それを地図上に示すことによって地理的な視点から進化を考える学問を系統地理学といい、生物の地域性を認識するのに適しています。そこで、国内におけるススキの地理的パターンを明らかにするために、核DNAのITS領域を用いた系統地理学的研究を行いました。その結果、日本の主要4島(北海道、本州、四国、九州)と南西諸島の間には、トカラ海峡付近を境にして、系統的に異なるススキが生育しており(図1)、ススキは南から北へ向かって少数の系統が急速に分布拡大していたことが明らかになりました。主要4島のススキには地域的な系統もありましたが、いずれの場所でも共通な1系統が優占していたため明瞭な地域性はありませんでした。

中国産ススキによる遺伝的かく乱のリスクは? 日本のススキは遺伝的な面から、主要4島と南西諸島で分かれることが明らかとなりました。では、中国産のススキはどうでしょう?実際にのり面で使用される中国産ススキによる日本在来ススキへの遺伝的かく乱のリスクを明らかにするために、中国産緑化用種子の遺伝的解析を行いました。その結果、中国産ススキには日本全国のススキからは検出されなかった系統が含まれていたため、日本在来系統に対する遺伝的かく乱のリスクがあることがわかりました。さらに、中国産緑化用種子には、ススキと近縁のオギが混入しており、しかも、日本産オギ(4倍体)とは倍数性の異なる2倍体のオギであることもわかりました。

遺伝的かく乱を回避するために 以上のように、核DNAのITS領域を用いた系統地理学的解析では、主要4島において開花期の早晩性に一致する明瞭な地理的差異は見られませんでした。つまり、遺伝的な面から考えると、主要4島内でススキの人為的な移動が許容される範囲は、先行して研究されているブナなどの例に比べると相対的に広い可能性があります。その一方、地域ごとに開花期が異なることから、生態的な面からは、ススキの移動許容範囲は狭いと考えられ、自然公園などの自然環境の保全が重視される場所において緑化種子を使用する場合には、注意を払うことが望まれます。 今回紹介したススキのように、のり面緑化など、産業的に用いられる在来草本の地域性についての研究はまだまだ不足しています。そのため、在来草本の地域性に関して「一般的な性質」といえるようなものはまだわかっていません。しかし、南北に長い日本列島では、開花、発芽、休眠等のさまざまな生態的特性が地域によって異なる事例も知られており、「所変われば品変わる」ということを考慮する必要があるといえます。

所変わればススキも変わるーススキの地域性についてNIAES トピックス

報 告

 (独)農業環境技術研究所では、研究成果発表会を2年に

一度東京で開催し、研究所が取り組む農業環境研究のおも

な成果について、一般の方々に分かりやすく紹介しています。

2014年は「未来につなげよう農業と環境」をテーマとして、

11月28日(金曜日)に、新宿明治安田生命ホール(東京都新

宿区)において開催しました。今年の成果発表会では、慶應

義塾大学の大沼あゆみ教授をお招きして「生態系サービス

への支払と農業の可能性」と題した特別講演をいただきま

した。生態系サービスとは、人間の暮らしを支える食料や水

の供給、気候の安定など、生物多様性を基盤とする生態系

から得られる恵みのことです。特別講演では、農業生態系が

これまで無償で提供してきた生態系サービスの価値の大き

さを、マネー化して捉えやすくすることが、農業の持続的な

発展を実現する上で重要であると、実例や試算に基づいて

紹介いただきました。特別講演に続き、農環研から5題の研

究成果を紹介しました。いずれも、農業環境の未来への継

承と、環境と調和した持続的な農業のための研究テーマで

あり、実用化を見据えたものです。発表したのは若手から中

堅の主任研究員が中心でしたが、農環研設立以来の諸先輩

方による研究成果の上に立脚したテーマでもあります。参加

者からは、「いずれの発表も実用化の可能性が高い内容で、

今後の研究活動にさらに期待します」など、好意的なご意見

や今後の活動への期待が寄せられました。また、開会前と休

憩時間には、農環研に10あるリサーチプロジェクトの活動

をポスターで紹介しましたが、「さまざまな研究領域を分野

の垣根を越えて研究を進めていることが伝わってきまし

た。」という応援の言葉をいただきました。

(企画戦略室長 山本 勝利)

農業環境技術研究所 研究成果発表会2014未来につなげよう農業と環境

 農林水産省では平成22年度からプロジェクト研究「気候

変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開

発」を実施し、温暖化などの気候変動に対応する取り組みを

強化しています。このプロジェクトの農業分野は農環研と農

研機構が中核となって実施し、昨年12月10日には、新宿明

治安田生命ホールにおいて、研究成果発表会を開催しま

した。

 発表会では、地球規模で進む温暖化がわが国の農業に与

える影響、それに対応した適応技術、農業分野でできる温室

効果ガス排出削減技術についての研究成果を、9講演と30

のポスターで発表しました。また、農業団体や民間企業から

のパネラーを交えたパネルディスカッションを行ない、一般

からの参加者153名も参加して、活発な意見交換を行うこと

ができました。

(研究コーディネータ 八木 一行)

農業分野における気候変動への対応:これまでとこれから農林水産省委託プロジェクト研究成果発表会

NIAES トピックス報 告

図1 ススキの系統地理学的分布パターン各円はそれぞれの地域に生息するススキ集団における各遺伝子型の頻度を示す。枠内に示した円は遺伝子型の凡例。日本のススキは、トカラ海峡付近で2つに分かれ、主要4島内では、明瞭な地域性は認められなかった。

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農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

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いう経緯があります。「所変われば品変わる」のように、中国産ススキの遺伝的特性が日本産ススキと異なる場合、中国産の導入はむしろ日本産ススキへの遺伝的かく乱という負の影響をもたらす可能性があります。そのため、中国産ススキと日本産ススキには遺伝的特性に違いがあるのか、また、日本国内のススキでも遺伝的な地域性があるのか、ある場合はどのような地域に分けることができるのかを明らかにする必要がありました。

日本のススキに遺伝的な地域性があるか? 家系図のように遺伝的なつながりを調べ、それを地図上に示すことによって地理的な視点から進化を考える学問を系統地理学といい、生物の地域性を認識するのに適しています。そこで、国内におけるススキの地理的パターンを明らかにするために、核DNAのITS領域を用いた系統地理学的研究を行いました。その結果、日本の主要4島(北海道、本州、四国、九州)と南西諸島の間には、トカラ海峡付近を境にして、系統的に異なるススキが生育しており(図1)、ススキは南から北へ向かって少数の系統が急速に分布拡大していたことが明らかになりました。主要4島のススキには地域的な系統もありましたが、いずれの場所でも共通な1系統が優占していたため明瞭な地域性はありませんでした。

中国産ススキによる遺伝的かく乱のリスクは? 日本のススキは遺伝的な面から、主要4島と南西諸島で分かれることが明らかとなりました。では、中国産のススキはどうでしょう?実際にのり面で使用される中国産ススキによる日本在来ススキへの遺伝的かく乱のリスクを明らかにするために、中国産緑化用種子の遺伝的解析を行いました。その結果、中国産ススキには日本全国のススキからは検出されなかった系統が含まれていたため、日本在来系統に対する遺伝的かく乱のリスクがあることがわかりました。さらに、中国産緑化用種子には、ススキと近縁のオギが混入しており、しかも、日本産オギ(4倍体)とは倍数性の異なる2倍体のオギであることもわかりました。

遺伝的かく乱を回避するために 以上のように、核DNAのITS領域を用いた系統地理学的解析では、主要4島において開花期の早晩性に一致する明瞭な地理的差異は見られませんでした。つまり、遺伝的な面から考えると、主要4島内でススキの人為的な移動が許容される範囲は、先行して研究されているブナなどの例に比べると相対的に広い可能性があります。その一方、地域ごとに開花期が異なることから、生態的な面からは、ススキの移動許容範囲は狭いと考えられ、自然公園などの自然環境の保全が重視される場所において緑化種子を使用する場合には、注意を払うことが望まれます。 今回紹介したススキのように、のり面緑化など、産業的に用いられる在来草本の地域性についての研究はまだまだ不足しています。そのため、在来草本の地域性に関して「一般的な性質」といえるようなものはまだわかっていません。しかし、南北に長い日本列島では、開花、発芽、休眠等のさまざまな生態的特性が地域によって異なる事例も知られており、「所変われば品変わる」ということを考慮する必要があるといえます。

所変わればススキも変わるーススキの地域性についてNIAES トピックス

報 告

 (独)農業環境技術研究所では、研究成果発表会を2年に

一度東京で開催し、研究所が取り組む農業環境研究のおも

な成果について、一般の方々に分かりやすく紹介しています。

2014年は「未来につなげよう農業と環境」をテーマとして、

11月28日(金曜日)に、新宿明治安田生命ホール(東京都新

宿区)において開催しました。今年の成果発表会では、慶應

義塾大学の大沼あゆみ教授をお招きして「生態系サービス

への支払と農業の可能性」と題した特別講演をいただきま

した。生態系サービスとは、人間の暮らしを支える食料や水

の供給、気候の安定など、生物多様性を基盤とする生態系

から得られる恵みのことです。特別講演では、農業生態系が

これまで無償で提供してきた生態系サービスの価値の大き

さを、マネー化して捉えやすくすることが、農業の持続的な

発展を実現する上で重要であると、実例や試算に基づいて

紹介いただきました。特別講演に続き、農環研から5題の研

究成果を紹介しました。いずれも、農業環境の未来への継

承と、環境と調和した持続的な農業のための研究テーマで

あり、実用化を見据えたものです。発表したのは若手から中

堅の主任研究員が中心でしたが、農環研設立以来の諸先輩

方による研究成果の上に立脚したテーマでもあります。参加

者からは、「いずれの発表も実用化の可能性が高い内容で、

今後の研究活動にさらに期待します」など、好意的なご意見

や今後の活動への期待が寄せられました。また、開会前と休

憩時間には、農環研に10あるリサーチプロジェクトの活動

をポスターで紹介しましたが、「さまざまな研究領域を分野

の垣根を越えて研究を進めていることが伝わってきまし

た。」という応援の言葉をいただきました。

(企画戦略室長 山本 勝利)

農業環境技術研究所 研究成果発表会2014未来につなげよう農業と環境

 農林水産省では平成22年度からプロジェクト研究「気候

変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開

発」を実施し、温暖化などの気候変動に対応する取り組みを

強化しています。このプロジェクトの農業分野は農環研と農

研機構が中核となって実施し、昨年12月10日には、新宿明

治安田生命ホールにおいて、研究成果発表会を開催しま

した。

 発表会では、地球規模で進む温暖化がわが国の農業に与

える影響、それに対応した適応技術、農業分野でできる温室

効果ガス排出削減技術についての研究成果を、9講演と30

のポスターで発表しました。また、農業団体や民間企業から

のパネラーを交えたパネルディスカッションを行ない、一般

からの参加者153名も参加して、活発な意見交換を行うこと

ができました。

(研究コーディネータ 八木 一行)

農業分野における気候変動への対応:これまでとこれから農林水産省委託プロジェクト研究成果発表会

NIAES トピックス報 告

図1 ススキの系統地理学的分布パターン各円はそれぞれの地域に生息するススキ集団における各遺伝子型の頻度を示す。枠内に示した円は遺伝子型の凡例。日本のススキは、トカラ海峡付近で2つに分かれ、主要4島内では、明瞭な地域性は認められなかった。

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農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

10 11

NIAES トピックス報 告

 この賞は、研究所内の若手研究者の活性化を図るため、

(独)農業環境技術研究所に勤務する40歳以下の研究職職

員および農環研特別研究員(いわゆるポスドク研究員)の中

から、とくに優れた業績をあげた者を表彰するものです。表

彰式と受賞者講演が、1月16日に行われました。

職員の部:

土壌環境研究領域  安部 匡 任期付研究員 

植物の機能を活用した農作物のカドミウム汚染リスク低減

技術の高度化に関する研究

 カドミウムで汚染された水田でカドミウムをたくさん吸収

するイネ(カドミウム高吸収イネ)を栽培し、イネにカドミウ

ムを吸収させて土壌を浄化する技術が開発されています。

このカドミウム高吸収イネは、外国の品種の中から見出され

ましたが、収穫前に倒れや

すく、籾がこぼれ落ちやす

いという欠点がありました。

そこで、このイネのカドミ

ウム高吸収にかかわる遺

伝子の解析を行い、その

情報をもとに日本の飼料

用イネと交配して欠点を

改善した実用性の高いカ

ドミウム高吸収イネを育

成しました。

特別研究員の部:

生物生態機能研究領域 渡部貴志 農環研特別研究員

生分解性プラスチック分解酵素の大量生産系に関する研究

 生分解性プラスチック(生プラ)は、環境中の微生物の働

きにより分解されるため、利用後に回収と廃棄処理がいらな

い資材として、農業用マルチフィルムなどへの利用が図られ

ています。しかし、資材としての強度を確保すると、期待通り

に分解が進まない場合がありました。そこで、自然界から見

つけた生プラを強力に分解する微生物を利用し、その能力

を最大限に発揮させるため、培養方法の改良や遺伝子組換

え技術の利用などを検討しました。その結果、微生物の生プ

ラ分解酵素の生産量を当初の千倍以上に引き上げ、農地に

設置した生プラマルチフィルムを短時間で分解させることに

成功しました。

生物多様性研究領域 早川宗志 農環研特別研究員

日本の草地・里山景観を代表する野草の遺伝的多様性保全

のための研究

 生物は同一種内においても多様であり、同一種内の形態

的・生態的・遺伝的変異を正しく評価することは生物多様性

保全のために重要です。同一種内でも地域による変異があ

る場合、地域性を考慮しない生物の移動は遺伝的かく乱を

もたらす可能性があります。そこで、草地景観を代表する在

来野草であり、のり面緑化などに利用される、ススキとヨモ

ギについて、地理的な視点から系統進化を調べました(スス

キについては、本誌p7を参照)。また、人と自然の関わりが深

い里山に生育するラン科植物において分類学的研究を行

いました。

平成26年度(第7回)農環研若手研究者奨励賞NIAES トピックス

報 告

 (独)農業環境技術研究所は、研究成果の社会への発信と、

その普及に関わる地方自治体との連携を深めるために、農

業環境技術公開セミナーを毎年開催しています。平成26年

度は、奈良県のご後援、奈良県農業研究開発センターのご

協力を得て、12月3日(水曜日)、橿原市立かしはら万葉ホー

ルにおいて開催しました。セミナーでは、農地土壌の全国的

な長期調査、奈良県土壌の実態、生物多様性に配慮した農

業の評価法、土着天敵の活用、新しい残留農薬の分析法、

水田での農薬の動態把握について、6題の講演が行われま

した。近隣自治体やJAなどの生産者団体、一般から99名の

参加があり、農業と環境への関心の高さがうかがわれまし

た。会場では、奈良県農業研究開発センター、農業環境技術

研究所、奈良県立御所実業高校から、研究成果のポスター

展示も行われ、参加者との活発な質疑応答が行われました。

(連携推進室長 大倉 利明)

農業環境技術公開セミナー in 奈良悠久の地で「農業」と「環境」を考える

き物や、腐植、水や気体も含めた存在であり、その働きは食

料生産の場にとどまらないこと、また、世界中で起きている

土壌荒廃を防ぎ、土壌の持続的な利用方法を考えるために

国際土壌年が定められたことなどが紹介されました。その後、

大倉の案内で土壌標本(土壌モノリス)を見学していただき

ました。

 会場の農業環境インベントリー展示館は、国内外の土壌

モノリス二百数十点を所有する、日本で最も充実した土壌

モノリスの展示施設です。参加した32名の方々は、さまざま

な土壌の特徴や成り立ちに触れてその奥深さに魅了され、

土壌の大切さを実感していました。

(広報情報室 広報グループ)

農環研サイエンスカフェ「土壌」は足もとに広がる宇宙

NIAES トピックス報 告

 7回目を迎える農環研

サイエンスカフェは、

2015年が国際土壌年で

あることから「土壌」を題

材として、2月1日(日曜

日)に研究所内で開催し

ました。

 はじめに、話題提供者の農業環境インベントリーセンター

の大倉利明主任研究員(連携推進室長兼任)から、土壌は

単に岩石が風化した無機物の集まりではなく、そこに住む生

もみ

前列左から 渡部、早川、理事長、安部

カドミウム汚染水田浄化用イネ

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農環研ニュース No.106 2015.3 農環研ニュース No.106 2015.3

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NIAES トピックス報 告

 この賞は、研究所内の若手研究者の活性化を図るため、

(独)農業環境技術研究所に勤務する40歳以下の研究職職

員および農環研特別研究員(いわゆるポスドク研究員)の中

から、とくに優れた業績をあげた者を表彰するものです。表

彰式と受賞者講演が、1月16日に行われました。

職員の部:

土壌環境研究領域  安部 匡 任期付研究員 

植物の機能を活用した農作物のカドミウム汚染リスク低減

技術の高度化に関する研究

 カドミウムで汚染された水田でカドミウムをたくさん吸収

するイネ(カドミウム高吸収イネ)を栽培し、イネにカドミウ

ムを吸収させて土壌を浄化する技術が開発されています。

このカドミウム高吸収イネは、外国の品種の中から見出され

ましたが、収穫前に倒れや

すく、籾がこぼれ落ちやす

いという欠点がありました。

そこで、このイネのカドミ

ウム高吸収にかかわる遺

伝子の解析を行い、その

情報をもとに日本の飼料

用イネと交配して欠点を

改善した実用性の高いカ

ドミウム高吸収イネを育

成しました。

特別研究員の部:

生物生態機能研究領域 渡部貴志 農環研特別研究員

生分解性プラスチック分解酵素の大量生産系に関する研究

 生分解性プラスチック(生プラ)は、環境中の微生物の働

きにより分解されるため、利用後に回収と廃棄処理がいらな

い資材として、農業用マルチフィルムなどへの利用が図られ

ています。しかし、資材としての強度を確保すると、期待通り

に分解が進まない場合がありました。そこで、自然界から見

つけた生プラを強力に分解する微生物を利用し、その能力

を最大限に発揮させるため、培養方法の改良や遺伝子組換

え技術の利用などを検討しました。その結果、微生物の生プ

ラ分解酵素の生産量を当初の千倍以上に引き上げ、農地に

設置した生プラマルチフィルムを短時間で分解させることに

成功しました。

生物多様性研究領域 早川宗志 農環研特別研究員

日本の草地・里山景観を代表する野草の遺伝的多様性保全

のための研究

 生物は同一種内においても多様であり、同一種内の形態

的・生態的・遺伝的変異を正しく評価することは生物多様性

保全のために重要です。同一種内でも地域による変異があ

る場合、地域性を考慮しない生物の移動は遺伝的かく乱を

もたらす可能性があります。そこで、草地景観を代表する在

来野草であり、のり面緑化などに利用される、ススキとヨモ

ギについて、地理的な視点から系統進化を調べました(スス

キについては、本誌p7を参照)。また、人と自然の関わりが深

い里山に生育するラン科植物において分類学的研究を行

いました。

平成26年度(第7回)農環研若手研究者奨励賞NIAES トピックス

報 告

 (独)農業環境技術研究所は、研究成果の社会への発信と、

その普及に関わる地方自治体との連携を深めるために、農

業環境技術公開セミナーを毎年開催しています。平成26年

度は、奈良県のご後援、奈良県農業研究開発センターのご

協力を得て、12月3日(水曜日)、橿原市立かしはら万葉ホー

ルにおいて開催しました。セミナーでは、農地土壌の全国的

な長期調査、奈良県土壌の実態、生物多様性に配慮した農

業の評価法、土着天敵の活用、新しい残留農薬の分析法、

水田での農薬の動態把握について、6題の講演が行われま

した。近隣自治体やJAなどの生産者団体、一般から99名の

参加があり、農業と環境への関心の高さがうかがわれまし

た。会場では、奈良県農業研究開発センター、農業環境技術

研究所、奈良県立御所実業高校から、研究成果のポスター

展示も行われ、参加者との活発な質疑応答が行われました。

(連携推進室長 大倉 利明)

農業環境技術公開セミナー in 奈良悠久の地で「農業」と「環境」を考える

き物や、腐植、水や気体も含めた存在であり、その働きは食

料生産の場にとどまらないこと、また、世界中で起きている

土壌荒廃を防ぎ、土壌の持続的な利用方法を考えるために

国際土壌年が定められたことなどが紹介されました。その後、

大倉の案内で土壌標本(土壌モノリス)を見学していただき

ました。

 会場の農業環境インベントリー展示館は、国内外の土壌

モノリス二百数十点を所有する、日本で最も充実した土壌

モノリスの展示施設です。参加した32名の方々は、さまざま

な土壌の特徴や成り立ちに触れてその奥深さに魅了され、

土壌の大切さを実感していました。

(広報情報室 広報グループ)

農環研サイエンスカフェ「土壌」は足もとに広がる宇宙

NIAES トピックス報 告

 7回目を迎える農環研

サイエンスカフェは、

2015年が国際土壌年で

あることから「土壌」を題

材として、2月1日(日曜

日)に研究所内で開催し

ました。

 はじめに、話題提供者の農業環境インベントリーセンター

の大倉利明主任研究員(連携推進室長兼任)から、土壌は

単に岩石が風化した無機物の集まりではなく、そこに住む生

もみ

前列左から 渡部、早川、理事長、安部

カドミウム汚染水田浄化用イネ

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2015.3No.106

ISSN 0910-2019

風にきく 土にふれるそして はるかな時をおもい 環境をまもる

風にきく 土にふれるそして はるかな時をおもい 環境をまもる

独立行政法人 農業環境技術研究所

巻  頭  言

NIAESトピックス

研究トピックス

I NDEX

農環研ニュース No.106 平成27年3月30日発  行 独立行政法人 農業環境技術研究所 〒305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-3電  話 029-838-8191(広報情報室 広報グループ)ホームページ  http://www.niaes.affrc.go.jp/ (バックナンバーを読むことができます) 印刷 (株)高山

● 新たなステージへ ……………………………………… 2

 

● 土壌のCO2吸収「見える化」サイトの機能強化  …………………… 3  ー土壌炭素量の増減と温室効果ガス発生量を総合評価ー

● 飼料イネからエタノールと家畜飼料を同時に作る ………………… 5  ー農村地域の資源循環システムを提案ー

● 所変わればススキも変わるーススキの地域性について ………… 7 

● 農業環境技術研究所 研究成果発表会2014   未来につなげよう農業と環境 ……………………………………………………… 9 ● 農業分野における気候変動への対応:これまでとこれから ………………… 9  農林水産省委託プロジェクト研究成果発表会● 農業環境技術公開セミナーin奈良    悠久の地で「農業」と「環境」を考える ……………………………………… 10● 農環研サイエンスカフェ  「土壌」は足もとに広がる宇宙 ……………………………………………… 10 ● 平成26年度(第7回)農環研若手研究者奨励賞  ……………………… 11● 一般公開のご案内 …………………………………………………… 12

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NIAES トピックス

農環研サイエンスカフェ 「土壌」は足もとに広がる宇宙

一般公開のご案内417/417/ 金10:00~16:00

    筑波農林研究団地の研究所では、科学技術週間にともない一斉に一般公開

  を行います。農業環境技術研究所は、「未来につなげよう 安全な農業と環境」を

テーマに4月17日(金)に開催いたします。子どもからおとなまで、見て・さわって・聞い

て・話して、農環研の研究をお楽しみください。

展示・実演・体験

ミニ講演(各25分)

雑草ギャラリー

宇宙から見た世界の環境

国際土壌年ってなに?(10:30~/13:30~)

130年前へのタイムトラベル

個性をいかして『分ける』

農業と環境を考えるー最新研究成果パネルの展示ー

世界の農地で必要な水の量は?-蒸発量をリアルタイムで監視・予測-

しみ込む水と    流れる水

微生物の力でお・も・て・な・し

農業環境インベントリー展示館見学

農業環境の放射能を調べる

アンケートにご協力くださった方にミニトマトの苗をプレゼントします。

里山の大切さを教えてくれた「ミニ農村」(11:00~/14:00~)