6
極限屈折率材料 誘電体 メタアトム 極限屈折率材料の探索とテラヘルツ波帯への応用 鈴木 健仁 産業に用いられる電磁波の周波数は時代とともに高周波数帯へと 移ってきており,当初は産業化が難しいと考えられていた周波数 も創意工夫により有効活用されている.しかしながら,ミリ波と可 視光の間のテラヘルツ波帯では,光学コンポーネントが成熟して おらず,開発に必要な材料も不足している.筆者の研究室では, 超高屈折率・極低反射材料などの極限屈折率材料を生みだした. この材料の応用例の 1 つとして,さまざまな連続発振テラヘルツ 波光源に導入可能な平面アンテナを紹介する.また,メタマテリ アルの発想に基づいて製品化に取り組んだ超高感度テラヘルツ 波帯偏光子 GoIS も紹介する. 1. まえがき 電磁波は我々人類にとって貴重な有限の資源であり,長い 歴史をみると,産業に用いられる周波数はその軸上を高周波 数帯に向けて一歩一歩ではあるが,着実に駆け上がってきて いる.例えば,テラヘルツ波帯での光源の研究開発は急速に 成熟を遂げている.2013 年に量子カスケードレーザーにより 160 K での 1.9 THz の発振が報告されている 1) .2016 年に は,共鳴トンネルダイオードにより室温での 1.92 THz の発振 が報告されている 2) .さらに今年 2017 年には,差周波発生 を用いて量子カスケードレーザーにより室温での 2.8 THz の発 振が報告されている 3) .検出器については,テラヘルツカメラ の製品化 4) や,カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)によるフレキシブルなテラヘルツカメラ 5) なども報告され ている.テラヘルツ波帯の光源や検出器を生かした産業で は,0.3 THz 帯に代表される高速無線通信 6) やテラヘルツイ メージング 7) などが報告されている.また現在のミリ波産業の 盛り上がりも,次世代での活用が期待される周波数帯を利用 したテラヘルツ波産業にとって大きな希望である. しかしながら,テラヘルツ波 1 を発振,検出するデバイス に用いるアンテナ,レンズ,偏光子,ビームスプリッタ,波長 板,フィルタ,ミラーなどのテラヘルツコンポーネントは,性能 やサイズも成熟の域までまだまだ達していない.テラヘルツ波 の巧みな制御を可能にするテラヘルツコンポーネントの成熟化 が不可欠である.そこで筆者の研究室では,周波数が時代と ともに必ず駆け上がってくると確信をもちながら,アンテナ技術 を 1 つのキーワードに,テラヘルツ波産業の全盛期に向けた 準備を進めている.しかしながら,アンテナをはじめとしたテラ ヘルツコンポーネントの開発を進めようとすると,テラヘルツ波 帯の材料不足の壁にぶつかる.例えば,自然界由来の高屈 折率なテラヘルツ波帯材料は非常に限られている.電磁波は 物質の材料特性により屈折,反射,透過する.特定の屈折 2 や透明度をもつ材料を自由自在に実現できれば,電磁 波の操作に大幅な自由度を与えられる.筆者の研究室では, 2000 年前後に登場したメタマテリアル 8)3 を活用し,極低反 射な超高屈折率材料などの極限屈折率材料 9,10) を生みだし た.誘電体中でメタアトムがばらばらな状態では極限屈折率 材料は機能しないが,1 のように,人の力で最適にメタアト ムを配置することで極限屈折率材料を生みだせる.そこで第 2 章では,図 1 に示す極限屈折率材料を紹介する.第 3 章 極限屈折率材料の探索とテラヘルツ応用(鈴木)/ 研究紹介 897 東京農工大学 大学院工学府電気電子工学専攻 〒 184-8588 小金井市中町 2-24-16. e-mail: [email protected] 分類番号 12.6 Exploration and terahertz applications of materials with unprecedented refractive indices. Takehito SUZUKI. Department of Electrical and Electronic Engineering, Tokyo University of Agriculture and Technology (2-24-16 Naka-machi, Koganei 184-8588) 研究紹介 1 テラヘルツ波 周波数で 100 GHz〜10 THz の電磁波.1 GHz(ギガヘル ツ)は 10 9 Hz.1 THz(テラヘルツ)は 10 12 Hz.波長で 3 mm〜30 μm の電磁 波. 2 屈折率 電磁波の伝搬に関する媒質のパラメータ.負の屈折率を有する材 料に入射した電磁波は “く” の字に曲がる.虚数部は損失を表す. 3 メタマテリアル 波長よりも微細な構造(メタアトム)により,波長よりも大き な全体構造を成すことで,自然界の材料では実現できない特性を設計できる技 術. 1 極限屈折率材料.

極限屈折率材料の探索とテラヘルツ波帯への応用 研 …web.tuat.ac.jp/~suzuki-lab/pdf/1710_OYO_BUTURI.pdfOY17A008(研究紹介_鈴木先生)_下版_再校_初校_0校.mcd

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OY17A008(研究紹介_鈴木先生)_下版_再校_初校_0校.mcd Page 1 17/09/22 12:13 v6.20

極限屈折率材料

誘電体

メタアトム

極限屈折率材料の探索とテラヘルツ波帯への応用

鈴 木 健 仁

産業に用いられる電磁波の周波数は時代とともに高周波数帯へと

移ってきており,当初は産業化が難しいと考えられていた周波数

も創意工夫により有効活用されている.しかしながら,ミリ波と可

視光の間のテラヘルツ波帯では,光学コンポーネントが成熟して

おらず,開発に必要な材料も不足している.筆者の研究室では,

超高屈折率・極低反射材料などの極限屈折率材料を生みだした.

この材料の応用例の1 つとして,さまざまな連続発振テラヘルツ

波光源に導入可能な平面アンテナを紹介する.また,メタマテリ

アルの発想に基づいて製品化に取り組んだ超高感度テラヘルツ

波帯偏光子GoISⓇも紹介する.

1. まえがき

電磁波は我々人類にとって貴重な有限の資源であり,長い

歴史をみると,産業に用いられる周波数はその軸上を高周波

数帯に向けて一歩一歩ではあるが,着実に駆け上がってきて

いる.例えば,テラヘルツ波帯での光源の研究開発は急速に

成熟を遂げている.2013 年に量子カスケードレーザーにより

160 K での 1.9 THz の発振が報告されている

1)

.2016 年に

は,共鳴トンネルダイオードにより室温での 1.92 THz の発振

が報告されている

2)

.さらに今年 2017 年には,差周波発生

を用いて量子カスケードレーザーにより室温での 2.8 THz の発

振が報告されている

3)

.検出器については,テラヘルツカメラ

の製品化

4)

や,カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube:

CNT)によるフレキシブルなテラヘルツカメラ

5)

なども報告され

ている.テラヘルツ波帯の光源や検出器を生かした産業で

は,0.3 THz 帯に代表される高速無線通信

6)

やテラヘルツイ

メージング

7)

などが報告されている.また現在のミリ波産業の

盛り上がりも,次世代での活用が期待される周波数帯を利用

したテラヘルツ波産業にとって大きな希望である.

しかしながら,テラヘルツ波

†1

を発振,検出するデバイス

に用いるアンテナ,レンズ,偏光子,ビームスプリッタ,波長

板,フィルタ,ミラーなどのテラヘルツコンポーネントは,性能

やサイズも成熟の域までまだまだ達していない.テラヘルツ波

の巧みな制御を可能にするテラヘルツコンポーネントの成熟化

が不可欠である.そこで筆者の研究室では,周波数が時代と

ともに必ず駆け上がってくると確信をもちながら,アンテナ技術

を1 つのキーワードに,テラヘルツ波産業の全盛期に向けた

準備を進めている.しかしながら,アンテナをはじめとしたテラ

ヘルツコンポーネントの開発を進めようとすると,テラヘルツ波

帯の材料不�足の壁にぶつかる.例えば,自然界由来の高屈

折率なテラヘルツ波帯材料は非常に限られている.電磁波は

物質の材料特性により屈折,反射,透過する.特定の屈折

†2

や透明度をもつ材料を自由自在に実現できれば,電磁

波の操作に大幅な自由度を与えられる.筆者の研究室では,

2000 年前後に登場したメタマテリアル

8)†3

を活用し,極低反

射な超高屈折率材料などの極限屈折率材料

9,10)

を生みだし

た.誘電体中でメタアトムがばらばらな状態では極限屈折率

材料は機能しないが,図 1のように,人の力で最適にメタアト

ムを配置することで極限屈折率材料を生みだせる.そこで第

2 章では,図 1 に示す極限屈折率材料を紹介する.第 3 章

極限屈折率材料の�探索とテラヘルツ応用(鈴木)/ 研究紹介

897

東京農工大学 大学院工学府電気電子工学専攻 〒 184-8588 小金井市中町 2-24-16. e-mail: [email protected] 分類番号 12.6

Exploration and terahertz applications of materials with unprecedented refractive indices. Takehito SUZUKI.

Department of Electrical and Electronic Engineering, Tokyo University of Agriculture and Technology (2-24-16 Naka-machi, Koganei 184-8588)

研究紹介

†1 テラヘルツ波 周波数で 100 GHz〜10 THz の電磁波.1 GHz(ギガヘル

ツ)は10

9

Hz.1 THz(テラヘルツ)は10

12

Hz.波長で 3 mm〜30 μmの電磁

波.

†2 屈折率 電磁波の伝搬に関する媒質のパラメータ.負の屈折率を有する材

料に入射した電磁波は “く” の字に曲がる.虚数部は損失を表す.

†3 メタマテリアル 波長よりも微細な構造(メタアトム)により,波長よりも大き

な全体構造を成すことで,自然界の材料では実現できない特性を設計できる技

術.

図 1 極限屈折率材料.

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同じペアカット金属ワイヤ構造で

屈折率の実部と虚部を自在に操れる.

高屈折率材料ゼロ屈折率材料

自然界の材料(シクロオレフィンポリマー)

負の屈折率材料

neff=−5.1+j0.61 (1.05 THz)反射電力31% 透過電力31%

neff=−0.38+j0.45 (0.34 THz)反射電力5.8% 透過電力88%

neff=−5.4+j0.32 (0.31 THz)反射電力23% 透過電力57%

neff=12+j0.92 (0.31 THz)反射電力5.1% 透過電力73%

neff=6.7+j0.12 (0.31 THz)反射電力1.2% 透過電力92%

0.2

−5

0

5

10

15

0.4 0.6 0.8 1.0 1.2

0.0

0.51.0

Frequency (THz)

s: 160 μmw: 54 μm

g: 60 μm

l: 90 μm

s: 557 μmw: 149 μm

g: 136 μml: 307 μm

s: 597 μmg: 60 μm

w: 208 μml: 318 μm

s: 164 μm

g: 85 μm

w: 46 μml: 313 μm

s: 86 μm

g: 94 μm

w: 54 μm

l: 313 μm

Real part of

refractive index neff

Imaginary part of

refractive index n eff

Ⓒ 2017 IEEE Ⓒ 2017 IEEE

Ⓒ 2017 IEEEⒸ 2017 IEEE

では,独自に生みだした極限屈折率材料のテラヘルツ波帯で

の応用例の 1 つの平面アンテナ

11,12)

を紹介する.第 4 章で

は,同様にメタマテリアルの発想に基づいて生みだした超高

感度テラヘルツ波帯偏光子 GoIS

Ⓡ13,14)

を紹介する.第 5 章

では「むすび」として今後の展望を述べる.

2. 極限屈折率材料の探索

テラヘルツ波帯での自然界由来の高屈折率な材料として

は,屈折率 3.4の Siや屈折率 3.1のMgOが挙げられる.自

然界由来の材料は屈折率が高くなると,反射も大きくなる.ま

た,テラヘルツ波帯での自然界由来の低損失な材料としてシ

クロオレフィンポリマーが挙げられ,テラヘルツ時間領域分光

法(Terahertz TimeDomain Spectroscopy: THz-TDS)による

実測の屈折率は0.5 THz で 1.53+j0.0012 である.メタマテリ

アルは,波長よりも小さな構造体のメタアトムの設計により,

比誘電率 εrと比透磁率 μ

rを自由自在に制御できる.材料の

屈折率 neffと波動インピーダンス Zはそれぞれ式(1),(2)で

表せる.

n= ε μ (1)

Z=( μ ε )Z (2)

ここで,εr,μ

r,Z

0はそれぞれ材料の比誘電率,材料の比

透磁率,真空の波動インピーダンスである.メタアトムで比誘

電率と比透磁率を設計し,任意な屈折率と反射率を有する材

料を自由自在に生みだせる.図 2 に,筆者の研究室でテラ

ヘルツ波産業のために準備を進めている高屈折率材料,ゼロ

屈折率材料,負の屈折率材料の屈折率実部・虚部の分布地

図を示す.極限屈折率材料として,屈折率 12 の超高屈折

率・低反射材料,屈折率 6.7 の高屈折率・低反射材料,ゼ

ロ屈折率・低反射材料を今後,高速無線通信で広く用いら

れることが期待される0.3 THz 帯で実現している.産業化の

際,製品ニーズの周波数帯や屈折率値に合わせた材料を提

供できる.材料の高周波数化も進んでいる.

図 3に,0.3 THz 帯の極限屈折率材料の構造とパラメータ

を示す.波長よりも小さな構造体のメタアトムを周期的に配列

して,波長よりも十分に大きな全体構造を構成したメタマテリ

アルである.メタアトムとして誘電体基板の表裏に金属ワイヤ

を配置している.この材料は偏波特性を有しており,テラヘル

ツ波の電界成分が金属ワイヤと平行な場合に材料特性が現れ

る.極限屈折率材料は,周期的な構造材料であることに着目

し,周期境界条件を有するメタアトムの 1 要素で材料特性を

設計できる.実効屈折率 neff

は式(3)〜(5)を用いて,周期

構造解析で得られた散乱行列 S(S11,S

21)から導出できる

17)

n=Imln(e

)+2mπ− jReln(e

)

k(d+2t)

(3)

e

=S

1−S

Z −1

Z +1

(4)

Z =±(1+S)

−S

(1−S)

−S

(5)

応用物理 第 86 巻 第 10号(2017)

898

図 2 高屈折率材料(全体像と拡大像),ゼロ屈折率材料,負の屈折率材料の屈折率実部・虚部の分布地図15,16).

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高屈折率材料 ゼロ屈折率材料 負の屈折率材料

l 313 μm g 94 μmd 23 μm s 86 μmw 54 μm t 0.5 μm

l 318 μm g 60 μmd 50 μm s 597 μmw 208 μm t 6 μm

l 307 μm g 136 μmd 50 μm s 557 μmw 149 μm t 6 μm

kyxz d

wd

w

dw

t tl

l l

t

シクロオレフィンポリマー

周期境界壁周期境界壁 周期境界壁

銅 銅ncop

シクロオレフィンポリマー

ncopシクロオレフィンポリマー

ncop

Ε

Η

g22

s2 s

2 s2

g22

g22

磁性の共振

誘電性の共振

比透磁率比透磁率

比誘電率

高屈折率材料 ゼロ屈折率材料 負の屈折率材料

比誘電率 比誘電率

比透磁率

kx

y

z

−30−20−100

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

102030

誘電体基板

カット金属ワイヤ

Frequency (THz)

Relative permittivity ε r Re (εr)

Im (εr)

−20−15−10−50

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

105

1520

Frequency (THz) Frequency (THz)

Relative permeability μ r

Re (μr)

Im (μr)

−20−15−10−50

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

105

1520

Relative permeability μ r

Re (μr)

Im (μr)

Frequency (THz)

−20−15−10−50

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

105

1520

Relative permeability μ r

Re (μr)

Im (μr)

−30−20−100

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

102030

Frequency (THz)

Relative permittivity ε r

Re (εr)

Im (εr)

−30−20−100

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

102030

Frequency (THz)

Relative permittivity ε r

Re (εr)Im (εr)

l

誘電体基板

カット金属ワイヤ

l

=

=

Ε

Η

ここで k0は真空の波数,m は整数,Z

rは真空の波動イン

ピーダンス Z0で規格化した波動インピーダンスである.

図 4 に,ペアカット金属ワイヤ構造による材料の動作原理

と,それぞれの材料の比誘電率と比透磁率の設計結果の周

波数特性を示す.テラヘルツ波の電界成分に対しては,金属

ワイヤ上に,電流が y 軸方向に誘起される.金属ワイヤ自体

がインダクタンス成分と抵抗成分を有する.y 軸方向の金属ワ

イヤ間のギャップはキャパシタ成分として動作する.等価回路

として考えると,図 4 左上図のように,直列の LC 共振回路と

して考えられる.この共振現象を利用することで,材料の比

誘電率を制御できる.一方で,テラヘルツ波の磁界成分に対

しては,表裏の金属ワイヤがコイルとして動作する.表裏の金

属ワイヤ自体がインダクタンス成分と抵抗成分を有するととも

に,表裏の金属ワイヤ間がキャパシタ成分として動作する.こ

れは,図 4 左下図のように,並列の LC 共振回路として考え

られる.この共振現象を利用することで,材料の比透磁率を

制御できる.高屈折率材料として振る舞う周波数帯では,比

誘電率と比透磁率が同時に高い値をとる.ゼロ屈折率材料と

して振る舞う周波数帯では,比誘電率と比透磁率が同時にゼ

ロに近い値をとる.負の屈折率材料として振る舞う周波数帯

極限屈折率材料の探索とテラヘルツ応用(鈴木)/ 研究紹介

899

図 3 極限屈折率材料の構造とパラメータ.

図 4 極限屈折率材料の動作原理.

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OY17A008(研究紹介_鈴木先生)_下版_再校_初校_0校.mcd Page 4 17/09/22 12:13 v6.20

k

従来のコリメートレンズ

CWテラヘルツ波光源

yxz

極限屈折率材料によるアンテナ

k

CWテラヘルツ波光源

yxz

Ε

Η

Ε

Η

6.04.02.0z-axis (mm)

x-axis (mm)

0.0−2.0−4.0 6.0

yzx

k

4.02.0z-axis (mm)0.0−2.0−4.0

−4.0

−2.0

0.0

2.0

4.0

x-axis (mm)

−4.0

−2.0

0.0

2.0

4.0設計したアンテナあり アンテナアンテナなし(a) (b)

−180

180(degrees)

0

Ε

Η

反射電力:5.1 %透過電力:73 %

反射電力:5.8 %透過電力:88 %

反射電力:23 %透過電力:57 %

ゼロ屈折率材料neff=−0.38+j0.45 (0.34 THz)

負の屈折率材料neff=−5.4+j0.32 (0.31 THz)

高屈折率材料neff=12+j0.92 (0.31 THz)

Measurements

Simulations

−5

0

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

5

15

10

20Refractive index neff

Re(neff)

Im(neff)

Frequency (THz)

−10−50

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

5

1510

20

Refractive index neff

Re(neff)

Im(neff)

Frequency (THz)

−10−50

0.25 0.275 0.30 0.325 0.35

5

1510

20

Refractive index neff

Re(neff)Im(neff)

Frequency (THz)

では,比誘電率と比透磁率が同時に負の

値をとる.比誘電率と比透磁率を同値制

御することで,極低反射材料を実現でき

る.メタマテリアルを利用した高屈折率材

料は 2011 年に報告されていた

18)

が,比

誘電率と比透磁率の同値制御ができてお

らず,反射が大きい材料であった.ペア

カット金属ワイヤ構造を利用した負の屈折

率材料はすでにマイクロ波帯で報告されて

いた

19〜21)

が,高屈折率材料の発見には

至っていなかった.

図 5に,高屈折率材料,ゼロ屈折率材料,負の屈折率材

料の実効屈折率スペクトルの実験結果と解析結果を示す.高

屈折率材料は,0.31 THz で neff=12+j0.92,反射電力

5.1 %,透過電力 73 % である.ゼロ屈折率材料は,0.34

THz で neff=−0.38+j0.45,反射電力 5.8 %,透過電力

88 %である.負の屈折率材料は,neff=−5.4+j0.32,反射

電力 23 %,透過電力 57 %である.材料の屈折率の実験値

は,THz-TDS 法(ドイツ Toptica Photonics 社製 TeraFlash

を使用)により測定した材料の透過係数 S21と反射係数 S

11

を用いて,式(3)〜(5)から求まる

17)

THz-TDS 法で反射係数を求める際,サンプルの材料のた

わみにより,リファレンスのミラーと比較した際に位相のずれが

起きる.有限要素法電磁界シミュレータ(米国 Ansys 社製

HFSSを使用)により求めた理想的な実験条件での反射位相

と比較し,たわみ量を見積もることで実験結果を補正してい

る.高屈折率材料,ゼロ屈折率材料,負の屈折率材料でそ

れぞれ 24 μm,16 μm,46 μm 入射光源側に,盛り上がって

いると見積もっている.図 5 で,実験誤差により電力保存則

が成り立たない範囲は水色で示している.

3. 極限屈折率材料の平面アンテナへの応用

第 2 章で実現した超高屈折率・低反射な極限屈折率材料

の応用例の 1 つとして,平面アンテナを紹介する.図 6のよ

うに,連続発振(Continuous Wave: CW)光源から発生する

テラヘルツ波を,コリメートレンズを用いることなく平面構造で

平面波に変換できる

11)

.アンテナの設計では,アンテナの端

部から中央部に向けて,屈折率が高くなるように高屈折率・

応用物理 第 86 巻 第 10号(2017)

900

図 6 極限屈折率材料のテラヘルツ波帯アンテナへの応用.

図 7 電界の位相分布の計算結果11).(a)アンテナなし,(b)アンテナあり.

図 5 高屈折率材料,ゼロ屈折率材料,負の屈折率材料の実効屈折率スペクトル(実験結果と解析結果).

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GoIS®II

テラヘルツ波

金属スリット構造

yzx

ba

c

Ε//

Ε⊥

1.0Frequency (THz)

0.50

20

40

60

80

100

Transmission power (%)

Transmission power (%)

0.2 1.5 −60

−40−30−20−10

Extinction ratio (dB)

Extinction ratio (dB)

0

−50

1.95

a=1.0 mmb=50 μmc=0.5 μm

a=2.0 mmb=50 μmc=20 μm

フィルム構造(シクロオレフィンポリマー)

0100

80

60

40

20

0

−10−20−30−40

−60−50

0.3 0.5 1.0 1.5 2.0 2.3

中空構造

Frequency (THz)Measurements Simulations

(b)(a)

0.25 0.30 0.3518

20

22

24

26

Frequency (THz)

Directivity (dB)

開口効率

70 % 60 %50 %指向性利得23.4 dB開口効率67.4 %

最適設計後

初期設計

Ε-planeΗ-plane

Magunitude of Ε (dB)

θ (degrees)0 30−30−60−90 60 90

−40

−30

−20

−10

0(b)(a)

低反射材料を配置する.これは,分布屈折率レンズの動作

原理と同様である.屈折率の実部の最大値が 17.4(反射電

力 3.6 %),最小値が 2.8(反射電力 12.7 %)の範囲で屈折

率を制御している.図 7 に,アンテナがない場合とある場合

の電界の位相分布の計算結果を示す.光源には 0.3 THz の

CW 光源を用いている.設計したアンテナによりテラヘルツ波

が平面波に変換されていることがわかる.図 8(a)と(b)に,

アンテナの指向性利得の周波数特性と0.3 THzでの電界の指

向性の計算結果を示す.初期設計の提案

12)

では,屈折率

をアンテナ上で方形状に分布させていた.そのため,テラヘ

ルツ光源の放射を指向性の強い平面波に変換できる20 dB

(100 倍)以上の指向性利得となる帯域は0.27〜0.31 THz で

あり,比帯域 13.3 %と狭帯域特性でもあった.そこで,理想

的な同心円状に屈折率を変化させた設計法

11)

を提案した.

この設計指針により,図 8 で示すように,中心周波数 0.3

THz で指向性利得 23.4 dB,開口効率 67.4 %を有する平面

アンテナを設計している.20 dB(100 倍)以上の指向性利

得となる帯域は 0.25〜0.35 THz であり,比帯域 33.3 % の広

帯域特性も有する設計である.ミリ波など,ほかの周波数帯

への応用はもちろんのこと,高周波数化し続けるCWテラヘル

ツ波光源にも応用できる.

4. 超高感度テラヘルツ波帯偏光子の開発

テラヘルツ波を活用した計測により,新たな物理現象の発

見や観測が可能である

22,23)

.筆者らはメタマテリアルの発想

に基づき,−50 dBの高消光比と80 %の高透過特性を有す

る非常に高感度なテラヘルツ波帯偏光子 GoIS

Ⓡ13,14)

を実現

した.可視光領域の偏光子の性能に迫る感度である.また,

従来のワイヤグリッドではワイヤを太くすると,消光比は高くな

るが,透過電力は低くなる.ワイヤを細くすると,消光比は低

くなるが,透過電力は高くなる.さらに,従来のワイヤグリッド

構造は非常に壊れやすい.

図 9 の開発した GoIS

Ⓡでは高消光比を実現するため,

カットオフ状態の金属平行平板導波路が有する負の誘電率を

利用している.そのため,金属板に平行な方向に電界を有す

るテラヘルツ波は,金属平行平板導波路のカットオフ周波数

以下では伝搬しない.一方で,金属板に垂直な方向に電界

を有するテラヘルツ波は透過する.この際,多重反射を極力

抑圧できるように設計している.構造は金属板の積層構造の

ため,非常に頑丈で壊れにくい.

設計では,x 軸方向に無限構造で,y 軸方向に無限周期

構造と見なせる.周期境界条件を有する導波路 1 本分を抜き

出し,この 2 次元モデルを解析すればよい.解析には商用の

電磁界シミュレータを用いても設計できるが,繰り返し補正に

耐えられる高速かつ精密な設計のため,モードマッチング

24)

を用いた.図 10 に,透過電力と消光比の実験結果と

解析結果を示す.

製品化にあたっては,(国研)科学技術振興機構(JST)の

支援を受けた.現在,特許ライセンス企業において製品化の

めどが立ち,サンプルを貸し出し中

25)

である.日本産業がア

ジアと世界で存在感を発揮していくために,研究室をご支援く

極限屈折率材料の探索とテラヘルツ応用(鈴木)/ 研究紹介

901

図 9 超高感度テラヘルツ波帯偏光子13).

図 10 (a)中空構造13),(b)フィルム構造14).消光比(赤線)と透過電力(青線)の実験結果.透過

電力のモードマッチング法による解析結果(黒線).

図 8 アンテナ特性の計算結果11).(a)指向性利得,(b)遠方界指向性.

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ださる方々から “三方よし” の社会貢献の姿勢を学んでいる

道中である.

5. むすび

本稿では,筆者の研究室で独自に生みだした超高屈折

率・極低反射材料などの極限屈折率材料の探索について紹

介した.また,極限屈折率材料の応用例の 1つとして,テラ

ヘルツ波帯での平面アンテナへの応用を紹介した.これは,

テラヘルツ波帯の各種光源に導入できる.さらに,メタマテリ

アルの発想に基づき実現した超高感度テラヘルツ波帯偏光子

GoIS

Ⓡについて紹介した.これは現在,サンプル提供中であ

る.今後,生まれたての極限屈折率材料の探索を進めるとと

もに,応用研究を展開していく.

謝 辞

本研究の一部は,文部科学省科学研究費若手研究(A)

(26706017),文部科学省科学研究費挑戦的萌芽研究

(26600108)の助成を受けたものである.共同研究者の皆様

に深く感謝申し上げます.第 4 章の実験結果は大阪大学永

井正也准教授との共同研究による成果です.平井精密工業

(株)からの温かいご支援に心より感謝申し上げます.研究室

をご支援くださる方々に深く感謝申し上げます.研究を推進し

てくれている研究室の学生,卒業生,スタッフの皆様に深く感

謝いたします.第 2 章は石原功基君,渡井和央君,竹林佑

記君,木村辰也君,佐藤竜也君,近藤諭君,司城誠君,

安田淳一君,第 3 章は大内隆嗣君,富樫隆久君,第 4 章

は岸湧大君が大きく推進してくれました.

文 献

1)M. Sasaki, T.T. Lin, and H. Hirayama: Phys. Status Solidi C 10, 1448

(2013).

2)T. Maekawa, H. Kanaya, S. Suzuki, and M. Asada: Appl. Phys. Express 9,

024101 (2016).

3)藤田和上,伊藤昭生,日髙正洋,枝村忠孝:第 64 回応用物理学会春季

学術講演会予稿集,14p-211-5 (2017).

4)N. Oda, S. Kurashina, M. Miyoshi, K. Doi, T. Ishi, T. Sudou, T. Morimoto,

H. Goto, and T. Sasaki: J. Infrared Millim. Te. 36, 947 (2015).

5)D. Suzuki, S. Oda, and Y. Kawano: Nat. Photonics 10, 809 (2016).

6)T. Nagatsuma, S. Horiguchi, Y. Minamikata, Y. Yoshimizu, S. Hisatake, S.

Kuwano, N. Yoshimoto, J. Terada, and H. Takahashi: Opt. Express 21,

23736 (2013).

7)T. Miyamoto, A. Yamaguchi, and T. Mukai: Jpn. J. Appl. Phys. 55, 032201

(2016).

8)J.B. Pendry: Nat. Mater. 5, 763 (2006).

9)鈴木健仁,石原功基,大内隆嗣:電子情報通信学会誌 99, 159 (2016).

10)K. Ishihara and T. Suzuki: J. Infrared Millim. Te. 38, 1130 (2017).

11)大内隆嗣,石原功基,佐藤竜也,富樫隆久,鈴木健仁:電子情報通信

学会論文誌 B J100-B, 235 (2017).

12)鈴木健仁,大内隆嗣,石原功基,佐藤竜也,富樫隆久,古謝望:レー

ザー研究 44, 116 (2016).

13)T. Suzuki, M. Nagai, and Y. Kishi: Opt. Lett. 41, 325 (2016).

14)Y. Kishi, M. Nagai, J.C. Young, K. Takano, M. Hangyo, and T. Suzuki:

Appl. Phys. Express 8, 032201 (2015).

15)渡井和央,石原功基,近藤諭,佐藤竜也,司城誠,鈴木健仁:第 64 回

応用物理学会春季学術講演会予稿集,14a-211-4 (2017).

16)K. Watai, K. Ishihara, S. Kondoh, T. Sato, M. Shijo, and T. Suzuki: Proc.

IEEE AP-S Symposium on Antennas and Propagation and USNC-URSI

Radio Science Meeting, TH-A5.1A.10 (2017).

17)X. Chen, T.M. Grzegorczyk, B.-I. Wu, J. Pacheco, Jr., and J.A. Kong: Phys.

Rev. E 70, 016608 (2004).

18)M. Choi, S.H. Lee, Y. Kim, S.B. Kang, J. Shin, M.H. Kwak, K.-Y. Kang, Y.-

H. Lee, N. Park, and B. Min: Nature 470, 369 (2011).

19)B. Kanté, S.N. Burokur, A. Sellier, A. de Lustrac, and J.-M. Lourtioz:

Phys. Rev. B 79, 075121 (2009).

20)P. Weis, O. Paul, C. Imhof, R. Beigang, and M. Rahm: Appl. Phys. Lett.

95, 171104 (2009).

21)H. Kubo, T. Yoshida, A. Sanada, and T. Yamamoto: IEICE T. Electron.

E95-C, 1658 (2012).

22)R. Shimano, G. Yumoto, J.Y. Yoo, R. Matsunaga, S. Tanabe, H. Hibino, T.

Morimoto, and H. Aoki: Nat. Commun. 4, 1841 (2013).

23)R. Matsunaga, N. Tsuji, H. Fujita, A. Sugioka, K. Makise, Y. Uzawa, H.

Terai, Z. Wang, H. Aoki, and R. Shimano: Science 345, 1145 (2014).

24)T. Suzuki, J. Hirokawa, and M. Ando: IEICE T. Commun. E92-B, 150

(2009).

25)http://web.tuat.ac.jp/~suzuki-lab/material_distribution.html

(2017 年 5 月 29 日 受理)

応用物理 第 86 巻 第 10号(2017)

902

P r o f i l e

鈴木 健仁(すずき たけひと)

2004年 3月東京工業大学卒,09年 3月同大博士課程修了,

博士(工学).06 年 4 月〜09 年 3 月独立行政法人日本学術

振興会特別研究員.09 年 4 月より茨城大学助教,15 年 4 月

より同大講師.17 年 4 月文部科学大臣表彰若手科学者賞.

17年 6月より東京農工大学准教授.