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鳥瞰コミュニケーション環境を用いたナビゲーションシステム 伊藤 英明 1 ,中西 英之 1 ,小泉 智史 2 ,石田 亨 12 1 京都大学情報学研究科社会情報学専攻 2 科学技術振興機構 CREST デジタルシティプロジェクト 1. はじめに 本稿では,多数の歩行者が存在する空間におい て,歩行者の様子を広い範囲に渡り CG を用いて 俯瞰し,さらに CG と実環境の人を位置に基づい て対応させることで歩行者との個別の音声コミュ ニケーションを実現するシステムについて述べる. 従来,歩行者への情報支援は目的とする施設へ のナビゲーションなど,歩行者個人の私的な目的 のための支援を行なうものであった.しかし,多 くの利用者がいる空間では,情報を求める歩行者 間で目的が衝突する可能性が高い.この際には, 情報提供者が他の歩行者の状態も考慮し,調整を 行なった上での個別の情報支援が必要となる. 例えば施設内に同じ設備が複数ある際は単に最 寄りの設備へ案内するのではなく,他の利用者に よる設備の混雑具合を考慮したナビゲーションに より,設備全体の利用効率を上げることができる. あるいは緊急時の避難誘導支援の際,一つの出口 に人が集中しないよう複数の出口に分散して誘導 することは誘導効率やパニック防止に有効である. このように,情報提供者が広い範囲で歩行者の 様子を知覚し,その位置を考慮して歩行者と個別 のコミュニケーションを行なう事は,歩行者にと って非常に有効なコミュニケーション手法となり うるにも関わらず,この点を考慮したコミュニケ ーションシステムの研究は従来行われていない. しかし,近年のユビキタスコンピューティング 技術の発達により,実環境に存在する人の様々な 情報の取得が可能となりつつある.また,計算機 の発達は,実時間センサ情報の効果的な視覚化を 可能とした.さらに,携帯電話に代表される小型 A Navigation System by Birds-Eye Communication Environment Hideaki Ito 1 , Hideyuki Nakanishi 1 , Satoshi Koizumi 2 and Toru Ishida 12 1 Dept. of Social Informatics, Kyoto University, Japan 2 JST CREST Digitalcity Project 通信デバイスの発達は,生活空間の至る所で双方 向の音声・映像通信を可能としている.こうした 技術的背景を基に,多数の歩行者の位置を考慮し た個別ナビゲーションを実現するコミュニケーシ ョン環境を提案し,そのプロトタイプを実装した. 2. 鳥瞰コミュニケーション環境概要 従来の複数の定点カメラと放送を組み合わせた 手法は多数の人の位置を考慮したナビゲーション の際に,誘導者の空間知覚,及びコミュニケーシ ョンの点で次のような問題があった. まず,複数の定点カメラの出力を並べた映像シ ステムでは広い空間の連続的な知覚が難しい.ま たカメラの増加に伴い映像監視者の負担が増え作 業効率が落ちることが指摘されている.一方,放 送では歩行者の状況に応じた個別コミュニケーシ ョンを行なうことができない. そこで我々は,実環境のセンサネットワークで 取得した歩行者の位置情報を元に,人の動きをCG で視覚化し,これを任意の仮想鳥瞰視点から俯瞰 する.この CG 画面と現実の歩行者を位置に基づ いて対応させ,CG 画面を直接用いて歩行者との 音声通信を制御する個別コミュニケーション環境 [1]を提案する(図1). (図 1.仮想鳥瞰視点からの個別ナビゲーション) 3.プロトタイプシステム概要 前述の鳥瞰コミュニケーション環境を用いたナ ビゲーションシステム実現するため,次の3つの

鳥瞰コミュニケーション環境を用いたナビゲーショ …ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/publications/04/hnp_ito...鳥瞰コミュニケーション環境を用いたナビゲーションシステム

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鳥瞰コミュニケーション環境を用いたナビゲーションシステム伊藤 英明 ∗1,中西 英之 ∗1,小泉 智史 ∗2,石田 亨 ∗1∗2

∗1京都大学情報学研究科社会情報学専攻 ∗2科学技術振興機構 CREST デジタルシティプロジェクト

1. はじめに 本稿では,多数の歩行者が存在する空間において,歩行者の様子を広い範囲に渡り CG を用いて俯瞰し,さらに CG と実環境の人を位置に基づいて対応させることで歩行者との個別の音声コミュニケーションを実現するシステムについて述べる. 従来,歩行者への情報支援は目的とする施設へのナビゲーションなど,歩行者個人の私的な目的のための支援を行なうものであった.しかし,多くの利用者がいる空間では,情報を求める歩行者間で目的が衝突する可能性が高い.この際には,情報提供者が他の歩行者の状態も考慮し,調整を行なった上での個別の情報支援が必要となる. 例えば施設内に同じ設備が複数ある際は単に最寄りの設備へ案内するのではなく,他の利用者による設備の混雑具合を考慮したナビゲーションにより,設備全体の利用効率を上げることができる.あるいは緊急時の避難誘導支援の際,一つの出口に人が集中しないよう複数の出口に分散して誘導することは誘導効率やパニック防止に有効である. このように,情報提供者が広い範囲で歩行者の様子を知覚し,その位置を考慮して歩行者と個別のコミュニケーションを行なう事は,歩行者にとって非常に有効なコミュニケーション手法となりうるにも関わらず,この点を考慮したコミュニケーションシステムの研究は従来行われていない. しかし,近年のユビキタスコンピューティング技術の発達により,実環境に存在する人の様々な情報の取得が可能となりつつある.また,計算機の発達は,実時間センサ情報の効果的な視覚化を可能とした.さらに,携帯電話に代表される小型

A Navigation System by Bird’s-Eye CommunicationEnvironmentHideaki Ito∗1, Hideyuki Nakanishi∗1, Satoshi Koizumi∗2

and Toru Ishida∗1∗2∗1 Dept. of Social Informatics, Kyoto University, Japan∗2 JST CREST Digitalcity Project

通信デバイスの発達は,生活空間の至る所で双方向の音声・映像通信を可能としている.こうした技術的背景を基に,多数の歩行者の位置を考慮した個別ナビゲーションを実現するコミュニケーション環境を提案し,そのプロトタイプを実装した.2. 鳥瞰コミュニケーション環境概要 従来の複数の定点カメラと放送を組み合わせた手法は多数の人の位置を考慮したナビゲーションの際に,誘導者の空間知覚,及びコミュニケーションの点で次のような問題があった. まず,複数の定点カメラの出力を並べた映像システムでは広い空間の連続的な知覚が難しい.またカメラの増加に伴い映像監視者の負担が増え作業効率が落ちることが指摘されている.一方,放送では歩行者の状況に応じた個別コミュニケーションを行なうことができない. そこで我々は,実環境のセンサネットワークで取得した歩行者の位置情報を元に,人の動きをCGで視覚化し,これを任意の仮想鳥瞰視点から俯瞰する.この CG 画面と現実の歩行者を位置に基づいて対応させ,CG 画面を直接用いて歩行者との音声通信を制御する個別コミュニケーション環境[1]を提案する(図 1).

(図 1.仮想鳥瞰視点からの個別ナビゲーション)3.プロトタイプシステム概要 前述の鳥瞰コミュニケーション環境を用いたナビゲーションシステム実現するため,次の3つの

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技術を使用してプロトタイプを実装した(図 2). まず視覚センサネットワークによる実時間人間追跡技術[2]を用いて歩行者の位置情報を取得し,この情報を基に実環境の歩行者を CG として仮想都市空間[3]上に視覚化した.このシステムはビデオ映像に映る歩行者を任意の視点から視覚化する研究[4]とは異なりセンサに依存しない.よって必要に応じて GPS 等,ビデオ映像以外の情報から位置情報を得ることができる. この仮想都市空間に専用デバイスを用いて複数の電話回線を接続し,歩行者がもつ携帯電話との音声通信機能を実装した.

(図 2.プロトタイプシステムの実装) 使用した視覚センサネットワークは,天井に取り付けた複数の自由曲面ミラーカメラの映像をもとに,実時間で複数名の歩行者を追跡することができる.プロトタイプでは計 28 台のカメラからなるシステムを京都駅構内に導入した(図 3).

(図 3.京都駅構内の視覚センサネットワーク)ここで取得された歩行者の位置情報はインターネットを介して仮想都市シミュレータへと送られる. シミュレータ上では,視覚センサネットワークを設置した京都駅構内の三次元モデル中に,歩行

者を実環境の位置に基づきエージェントとして表示する.また,公衆アナログ回線に接続されたシミュレータが,歩行者がもつ携帯電話からの発信を待ち受けることで歩行者とシミュレータ間の音声通信を実現する.さらに,この音声通信の制御をタッチディスプレイ上におけるエージェントへのタッチ動作を検出することで行なう. 動作確認のため,携帯電話をもつ 2 名の協力者を京都駅構内の中央 1 階段下に配置した.この2名の協力者を,我々が実装したプロトタイプシステムを用いることで,それぞれ反対方向へ分断して誘導することに成功した.4. おわりに 本稿では,情報提供者(スタッフ)と歩行者(一般利用者)という関係における情報支援環境として,鳥瞰コミュニケーション環境を提案し,実装した.今後は,スタッフ同士のコラボレーション環境としての提案環境の可能性についても評価を行なう予定である.謝辞本研究は JST CREST デジタルシティプロジェクトの成果である.地下鉄京都駅舎への視覚センサネットワーク導入においては京都市総合企画局情報化推進室,京都市交通局,大阪大学石黒研究室に多大なご協力を頂いた.参考文献[1] Hideyuki Nakanishi, Satoshi Koizumi, ToruIshida and Hideaki Ito, TranscendentCommunication: Location-Based Guidance forLarge-Scale Public Spaces, ACM CHI-2004,2004. (to appear)[2] 中西 英之, 小泉 智史, 石黒 浩, 石田 亨,市民参加による避難シミュレーションに向けて, 人工知能学会誌, Vol. 18, No. 6, pp. 643-648,2003.[3] 伊藤 英明,テー シューリン,中西 英之,羽河 利英,デジタルシティの三次元インタフェースの設計と実装, 電子情報通信学会論文誌, D-I,No.8, pp592-599, 2003.[4] Kelly, P.H., Katkere, A., Kuramura, D.Y.,Moezzi, S. and Chatterjee, S. An Architecturefor Multiple Perspective Interactive Video, Proc.Multimedia95, pp.201-212, 1995.