22
介護施設における BSC を利用した経営教育 Management education in welfare center Using the BSC ○岡本 辰夫*,張 英恩**,小宮山 ***,藤野 猛士***緒方 啓孝***,岡部 一光****,小山 嘉紀**** OKAMOTO,Tatsuo*, CHANG,Young-Eun**, KOMIYAMA,Satoru***, FUJINO,Takeshi***, OGATA,Nobutaka***, OKABE,Kazumitsu****, KOYAMA,Yoshinori**** * 両備ホールディングス 株式会社,** 株式会社 両備ヘルシーケア, *** 岡山県立大学大学院 情報系工学研究科, **** 岡山県立大学大学院 保健福祉学研究科 * Ryobi Holdings Co. Ltd, ** Ryobi Healthy Care Co. Ltd., *** Graduate School of Systems Engineering, Okayama Prefectural University, **** Graduate School of Health and Welfare Science, Okayama Prefectural University [要約] 介護保険制度の導入により,介護事業者にとっては経営へも意識を向けるようになった。しか し,誤った経営をしてしまう介護事業者は少なくはない。また,現場で働く職員がこれまでの仕事と全 く違った考え方で進めることへの抵抗感を示し,「施設を経営する」「経営に参加する」という考えがな かなか浸透しないという。このように,経営者層の経営教育はもちろんのこと,経営層に限らず現場で 働く職員の意識改革のための経営教育は現在の介護施設において必要なものなのである。本研究におい ては,バランスト・スコアカードを用いた経営教育を実践し,教育前後での経営感覚の調査を行った。 [キーワード] 介護施設,経営教育,バランスト・スコアカード 1.はじめに 介護保険制度の導入により,法律上ではサービ スに対して意識が向けられるようになったが,同 時に介護事業者にとっては経営へも意識を向け るようになった。しかし,今まで行ったことのな い経営に戸惑い,勘違いし,誤った経営をしてし まう介護事業者は少なくはない 1) また,河野は,措置時代から介護サービスを提 供している特別養護老人ホームでは,与えられた 予算での運営という概念から経営への変換がな かなか難しく,経営層が,研究会や講演会などに 参加し経営について積極的に学んだとしても,現 場で働く職員がこれまでの仕事と全く違った考 え方で進めることへの抵抗感を示し,「施設を経 営する」「経営に参加する」という考えがなかな か浸透しないという 2) このように,経営者層の経営教育はもちろんの こと,経営層に限らず現場で働く職員の意識改革 のための経営教育は現在の介護施設において必 要なものなのである。 利用者のニーズを見極めながら介護を提供す る人材を成長させていくことが介護事業経営の 基本であり,この環境を整えていくのが経営者の 大きな役割である。つまり,介護事業が成功する 最大のポイントは,人材に対する経営層の姿勢で ある。いかに,雇用する職員に,将来のビジョン や目的意識を持たせることができるか,各職員の 役割分担や使命を明確に示せるか,その目的や役 割に対する達成度や課題を適確に評価できるか が重要であり,これらを実現させるためには組織 体制の強化,職員教育が必要である。 本研究においては,バランスト・スコアカード (Balanced Scorecard)」(以下,「BSC」という) を用いた経営教育を実践し,教育前後での経営感 覚の調査を行った。調査結果については,BSC教 育の効果を確かめるため,t検定・因子分析・ク ラスター分析を行った。 1 科教研報 Vol.25 No.4

介護施設における BSC を利用した経営教育 - JSSEkenkyu/100401.pdfBSC教育の前後の2010年9月と2010年12月に実施 した。調査の方法は,質問紙(自記式)による調

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

介護施設における BSC を利用した経営教育

Management education in welfare center Using the BSC

○岡本 辰夫*,張 英恩**,小宮山 哲***,藤野 猛士***, 緒方 啓孝***,岡部 一光****,小山 嘉紀****

○OKAMOTO,Tatsuo*, CHANG,Young-Eun**, KOMIYAMA,Satoru***, FUJINO,Takeshi***, OGATA,Nobutaka***, OKABE,Kazumitsu****, KOYAMA,Yoshinori****

* 両備ホールディングス 株式会社,** 株式会社 両備ヘルシーケア, *** 岡山県立大学大学院 情報系工学研究科, **** 岡山県立大学大学院 保健福祉学研究科

* Ryobi Holdings Co. Ltd, ** Ryobi Healthy Care Co. Ltd., *** Graduate School of Systems Engineering, Okayama Prefectural University,

**** Graduate School of Health and Welfare Science, Okayama Prefectural University

[要約] 介護保険制度の導入により,介護事業者にとっては経営へも意識を向けるようになった。しか

し,誤った経営をしてしまう介護事業者は少なくはない。また,現場で働く職員がこれまでの仕事と全

く違った考え方で進めることへの抵抗感を示し,「施設を経営する」「経営に参加する」という考えがな

かなか浸透しないという。このように,経営者層の経営教育はもちろんのこと,経営層に限らず現場で

働く職員の意識改革のための経営教育は現在の介護施設において必要なものなのである。本研究におい

ては,バランスト・スコアカードを用いた経営教育を実践し,教育前後での経営感覚の調査を行った。

[キーワード] 介護施設,経営教育,バランスト・スコアカード

1.はじめに

介護保険制度の導入により,法律上ではサービ

スに対して意識が向けられるようになったが,同

時に介護事業者にとっては経営へも意識を向け

るようになった。しかし,今まで行ったことのな

い経営に戸惑い,勘違いし,誤った経営をしてし

まう介護事業者は少なくはない 1)。

また,河野は,措置時代から介護サービスを提

供している特別養護老人ホームでは,与えられた

予算での運営という概念から経営への変換がな

かなか難しく,経営層が,研究会や講演会などに

参加し経営について積極的に学んだとしても,現

場で働く職員がこれまでの仕事と全く違った考

え方で進めることへの抵抗感を示し,「施設を経

営する」「経営に参加する」という考えがなかな

か浸透しないという 2)。

このように,経営者層の経営教育はもちろんの

こと,経営層に限らず現場で働く職員の意識改革

のための経営教育は現在の介護施設において必

要なものなのである。

利用者のニーズを見極めながら介護を提供す

る人材を成長させていくことが介護事業経営の

基本であり,この環境を整えていくのが経営者の

大きな役割である。つまり,介護事業が成功する

最大のポイントは,人材に対する経営層の姿勢で

ある。いかに,雇用する職員に,将来のビジョン

や目的意識を持たせることができるか,各職員の

役割分担や使命を明確に示せるか,その目的や役

割に対する達成度や課題を適確に評価できるか

が重要であり,これらを実現させるためには組織

体制の強化,職員教育が必要である。

本研究においては,バランスト・スコアカード

(Balanced Scorecard)」(以下,「BSC」という)

を用いた経営教育を実践し,教育前後での経営感

覚の調査を行った。調査結果については,BSC教

育の効果を確かめるため,t検定・因子分析・ク

ラスター分析を行った。

1

科教研報 Vol.25 No.4

2.バランスト・スコアカード

BSCは,1992年にKaplanとNortonにより新しい

業績評価システムとして生み出された(1)(2)。従来

までの業績評価は,財務尺度のみで経営の良し悪

しを判断するものであった。しかし,これら財務

尺度は過去に行った経営の結果でしかない。つま

り遅行指標なのである。結果には必ず原因がある。

同様に遅行指標には必ずその原因となった先行

指標があるはずである。先行指標とは,企業が目

標とする成果を生み出す要因に関わる指標であ

り,遅行指標とは目標成果を表す指標である。長

期的な企業の価値創造を目指すのであれば,先行

指標の存在も重視すべきである。BSCは,先行指

標である「顧客」「内部ビジネス・プロセス」「学

習と成長」の視点で財務尺度を補うという目的で

誕生したのである。

BSCは,①財務,②顧客,③内部ビジネス・プ

ロセス,④学習と成長という4つの視点で業績評

価をするものである。その際に注意しなければな

らないのが,「ビジョンと戦略」を核として4つの

視点が構成されているという点である。BSCの究

極の目的は,企業価値創造にある。そのため,BSC

の4つの視点は企業価値創造を導くビジョン・戦

略から展開されなければならない。

すなわち,BSCは,企業価値創造を導くビジョ

ンと戦略をもとに4つの視点ごとに戦略目標を設

定し,その戦略目標を定量的な業績評価指標でも

って評価し,目標値を定め,具体的プロセスに落

とし込むものである。

BSCは現在多くの企業に採用されており,その

役割も業績測定から,新しい戦略導入の際に使用

する戦略マネジメント・システムとして用いられ

るようになり,その後,戦略を説明・表現する強

力なコミュニケーション・ツールへと進化を遂げ

ている3)。

BSCにより経営教育をする理由の1つは,八島に

より,BSCが知識社会における有力なツールと位

置付けられているためである。八島は,BSCが組

織内のコミュニケーションを促進する利点に着

目し,仮想WEB制作会社の経営および運営を通じ

て,ビジョンと戦略を構築し,BSCによるアクシ

ョンに落とし込むことを学生に体験させた。その

結果,学生の理解を深められたと述べている4)。

また,八島は,BSCが学部専門演習のゼミ運営で,

共通認識と納得性を得るためのコミュニケーシ

ョン・ツールとして,有効であることを述べてい

る5)。その他にも,富田は,BSCを経営シミュレー

ション・ツールと組み合わせて使うことで,経営

教育に有効に活用できることを示している6)。

3.BSC を利用した経営教育

我々は,2010年9月から12月にかけて,施設長

候補者4名に対してBSC教育を行った。

まず,澤根によるBSCについての小冊子(3)を読ん

でもらった。それによりBSCの基礎知識をつけて

もらったうえで,我々の作成したBSC教材Aを用い

て講義形式の勉強会を開催した。その際に,介護

の現場では分かりにくい言葉,表現を挙げてもら

った。職員にこの教材をそのまま使用すると難し

すぎるという意見から,上記の言葉,表現等を介

護施設の職員にも分かりやすいものにするため

に修正を加え,また実際の介護施設における簡単

なBSC例を作成して,BSC教材Bを作成した。BSC教

材Aは,BSCに興味を持った職員に対しての,自主

学習用の教材と位置付けた。

そして,2010年11月に,施設の職員を対象にBSC

教材Bを配布し,本調査の対象となる研修を週3回,

9:00~12:00まで行った。研修は,教材Bを利用し,

講義形式で行った。その後,BSCの自主学習用と

して,教材Aを渡した。

つまり,今回の教育は,①簡素な教材を用いた

講義形式の研修を行う,②詳細な教材による自主

学習を行う,ことで経営に対する知識習得を図る

ものである。

4.教育効果の分析

1)質問紙による調査

調査の対象は,施設の職員29名である。調査は,

BSC教育の前後の2010年9月と2010年12月に実施

した。調査の方法は,質問紙(自記式)による調

査である。質問紙は,「介護施設の経営において,

何が重要だと考えるか」という15設問からなるも

のである。全設問は,5段階尺度法により点数化

した(5点:全くそう思う,4点:どちらかといえ

ばそう思う,3点:どちらともいえない,2点:ど

ちらかといえばそう思わない,1点:全くそう思

2

わない)。施設にて実施した質問紙調査について,

質問紙を表 1に示す。

表 1 質問紙

質問紙の内容

1 長期的な経営計画で収支を分析する

2

介護利用者(入居者様,およびその家族)

とのコミュニケーションを密にし,常に問

題点を把握する

3

介護職員同士の情報交換や経営者とのコ

ミュニケーションを充実させ,情報伝達を

円滑にする

4 介護職員には,地域同業他社以上の賃金を

保証する

5 スキルの早期取得のための社内教育を充

実させる

6 入居者の健康面,精神面にも充分配慮する

7 地域の人々へ介護相談・セミナーを実施

し,地域に開かれた介護施設を実現する

8 充分な介護業務が実現できる環境を整備

する

9 効率性の観点より業務の常時見直しを図

10 個人の目標・価値観を考慮した長期的なキ

ャリアデザインを考えさせる

11

介護サービスの利用方法を,HP,雑誌,新

聞,公共施設の資料を通して充分に実施す

12 サービス内容と利用者ニーズとの差を定

期的に確認する

13 施設内で発生する情報の記録,利用を効率

的に行う

14 上位資格を目指す介護職員の支援を充実

させ,早期自律化を図る

15 施設のイメージをよくする

2)項目毎の検定

BSC教材Bを用いた教育前後の効果の有無を分

析するため,それぞれの項目について平均評価値

および標準偏差を求め,一対の標本によるスチュ

ーデントt検定を行った。当検定では,帰無仮説

として,「BSC教育前後で教育の効果は無い」(教

育前の質問紙調査結果の平均評価値=教育後の

質問紙調査結果の平均評価値)とし,両側検定で

実施した。t検定実施前に,各設問項目の正規性

を分析し,検定実施に問題ないことを確認した。

その結果を表 2に示す。

検定結果より,設問10および設問11が,有意水

準1%以下という非常に高い優位性を示した。また,

設問1も,有意水準5%以下という高い優位性を示

していた。

表 2 質問紙の回答結果の分析(n=29)

導入前 導入後 有意水準

(P値によ

る判定)

平均

評価

標準

偏差

平均

評価

標準

偏差

1 4.28 0.59 4.59 0.57 0.048 *

2 4.83 0.38 4.79 0.49 0.769

3 4.69 0.47 4.86 0.35 0.057

4 3.86 0.83 4.1 0.67 0.199

5 4.62 0.49 4.72 0.59 0.375

6 4.72 0.45 4.83 0.38 0.326

7 4.45 0.51 4.59 0.57 0.212

8 4.66 0.48 4.72 0.45 0.489

9 4.17 0.71 4.45 0.63 0.058

10 4.24 0.58 4.66 0.55 0.005 **

11 4.14 0.58 4.59 0.63 0.003 **

12 4.69 0.47 4.83 0.38 0.212

13 4.66 0.55 4.79 0.41 0.212

14 4.41 0.57 4.45 0.63 0.813

15 4.66 0.55 4.62 0.49 0.712

最も優位性が高かったのは設問11であり,これ

は介護施設の稼働率を上げるため潜在的な利用

者への意識が芽生えたと考えられる。次に優位性

が高いものが設問10であり,個人と施設のベクト

ルを統一し,長期的に自分のキャリアアップを考

える必要性を意識し始めたと考えられる。3番目

に優位性が高かったものが,設問1であり,長期

的な視野に基づいて経営を考えることの大切さ

を意識するようになったと考えられる。

3)因子分析

続いて,全設問を総合的に評価するために,因

子分析を行った。各因子の設問番号に対応する因

子負荷量が0.5以上のものを降順にソートした結

3

科教研報 Vol.25 No.4

果として,BSC教育前の結果を表 3に,抽出因子

の寄与率を表 4に示す。

表 3 因子別ソート因子負荷量(BSC教育前)

因子 1 因子 2 因子 3 因子 4

6 0.7349 0.2178 0.0544 -0.0222

3 0.7339 0.1370 0.1026 -0.0574

2 0.6383 0.4724 -0.0628 0.2314

14 -0.0868 0.6844 0.1095 0.1467

10 0.2727 0.5988 0.2689 0.0025

12 0.3307 0.5109 0.1906 0.1703

9 -0.1680 0.2281 0.7206 -0.1615

11 0.4856 0.2043 0.6913 0.0535

5 -0.0635 0.2249 0.1381 0.9592

1 0.1118 0.4632 0.0166 0.0133

4 -0.0558 0.0984 -0.4236 -0.1992

7 0.4806 -0.2000 0.1238 0.3198

8 0.0179 0.0685 0.4352 -0.0144

13 0.1796 0.1108 0.3986 0.2326

15 0.2446 0.2802 -0.0474 0.3258

表 4 抽出因子の寄与率(BSC教育前)

因子

No. 2 乗和

寄与率

(%)

累積寄与率

(%)

1 2.28 15.23 15.23

2 1.88 12.54 27.77

3 1.70 11.33 39.10

4 1.36 9.06 48.17

BSC教育前の結果を検討すると,表 4により,

第1因子(寄与率15.23%),第2因子(寄与率12.54%),

第3因子(寄与率11.33%)と3軸の因子が抽出され

た。

第1因子を構成している設問としては,設問6,

設問3,設問2といった「施設内部での情報共有」

を意識していることが分かる。第2因子は,設問

14,設問10,設問12という「キャリアアップ」を

示しており,第3因子は,設問9,設問11という「業

務改善」を示している,と見てとれる。

これにより,情報共有や業務改善といった,主

に施設内での出来事に対して解決策を模索する

ことが,介護施設の経営に必要だと職員が意識し

ていると考えられる。つまり,目の前にいる利用

者や自分自身への意識が集中している,といえる。

また,BSCの4つの視点(「財務」「顧客」「業務」

「学習」)に加え,「地域」という視点でこの分析

結果をみると,第1因子については,「業務」と「顧

客」を,第2因子では「学習」と「顧客」を,第3

因子では「業務」と「地域」を考えていることが

見てとれる。なお,ここで「地域」という視点を

使用するのは,医療系のBSCで使われることがあ

るためである。

また,BSC教育後の結果を表 5に,抽出因子の

寄与率を表 6に示す

表 5 因子別ソート因子負荷量(BSC教育後)

設問

番号因子 1 因子 2 因子 3 因子 4

13 0.8198 0.2032 0.0889 -0.0436

15 0.7014 0.3199 0.0564 0.4649

12 0.5835 0.2249 0.4167 -0.2590

5 0.5033 0.4880 0.0491 -0.1277

11 0.5021 0.1089 -0.1280 -0.1170

7 0.3379 0.7350 0.0874 0.0483

10 0.1941 0.6800 -0.0224 -0.5136

2 0.4133 0.6597 0.2500 0.1060

1 0.0459 0.5924 0.0326 0.2665

3 -0.0638 -0.0484 0.8526 -0.2503

6 -0.0897 0.2188 0.8492 0.4371

4 -0.0861 0.0231 -0.0992 0.5544

8 0.3506 0.1806 0.3379 0.5459

9 0.3848 0.0989 -0.0425 0.0775

14 0.3382 0.3367 -0.0608 0.0237

表 6 抽出因子の寄与率(BSC教育後)

因子

No. 2 乗和

寄与率

(%)

累積寄与率

(%)

1 2.74 18.26 18.26

2 2.44 16.26 34.53

3 1.85 12.35 46.88

4 1.53 10.19 57.07

BSC教育後では,表 6により,第1因子(寄与率

18.26%),第2因子(寄与率16.26%),第3因子(寄

与率12.35%)と3軸の因子が抽出された。

第1因子を構成している設問としては,設問13,

設問12,設問5,設問11という「客観的な施設イ

メージの向上」が,第2因子は,設問7,設問10,

設問2,設問1という「長期的な視野」が,第3因

4

子は,設問3,設問6という「情報共有」が見てと

れる。

これにより,客観的な施設イメージの向上や長

期的な視野といったことが,介護施設の経営に必

要だと職員が意識していると考えられる。つまり,

BSC教育前においては,施設内の出来事に向かっ

ていた意識が,地域や,利用者の家族等の施設外

へも向かい,さらに現在の顧客から将来の潜在顧

客まで意識が向かうようになったといえる。BSC

の4つの視点(「財務」「顧客」「業務」「学習」)に

加え,「地域」という視点でこの分析結果をみる

と,第1因子については,「業務」と「地域」「顧

客」「学習」を,第2因子では「地域」「学習」「顧

客」「財務」を,第3因子では「業務」と「顧客」

を考えていると読み取れる。

以上の分析結果より,第1因子では,BSC教育前

は,「業務」と「顧客」のみの視点だったものが,

BSC教育後には,それに加えて「地域」と「学習」

の視点が増えていることが分かった。また,第2

因子では,BSC教育前は「学習」と「顧客」のみ

だったものが,BSC教育後では「地域」と「財務」

の視点が増えていることが分かった。つまり,介

護施設の経営に対して自分たちの「学習」がどの

ように関連があるのかを意識し,「財務」にも意

識を向けるようになったと読み取れ,BSCの考え

方とも合っている。「地域」については,BSC教育

前は第3因子のみであったものが,BSC教育後では

第1因子,第2因子にも出現しており,意識が強ま

っている。つまり,地域密着というグループ理念

が中間層,一般層にも意識されるようになったと

いえる。

また,BSC教育前は,全体的に介護施設の経営

について短期的な解決策を示しているのに対し,

BSC教育後は,介護施設の長期存続を意識した解

決策に意識が向いてきており,潜在的な利用者へ

も意識が向くようになったことが読み取れる。

4)クラスター分析

さらに,教育前後の効果を,異なる視点で分析

するために,質問紙調査結果に対して,クラスタ

ー分析(ウォード法)を行った。その結果が図 1,

図 2である。

図 1 クラスター分析結果(BSC教育前)

図 2 クラスター分析結果(BSC教育後)

図中の数字は,被験者の識別のための番号で,丸

で囲んだ番号1~2の被験者は,施設の経営層を表

している。図 1より,BSC教育前は,2つのクラス

ター(図中の破線で囲んだ部分)に分類でき,番

号1~2の被験者が同一のクラスターのしかも近

い位置に固まっている。つまり介護施設の経営に

ついて,施設の経営層2人は非常に似た考えを持

っているということが分かる。

一方,図 2より,BSC教育後も,2つのクラスタ

ーに分類できるが,番号1~2が属しているクラス

ターの範囲が広がっている。これはつまり,経営

層と同じような考え方を持つことができるよう

になったことを意味している。

以上の分析結果より,BSC教育によって,介護

施設の経営について,経営層以外の被験者の中に

経営層と近い考えを持つ者が現れたと推定でき

る。

5)考察

以上の分析結果を要約すると次のようになる。

第1に,t検定の結果から,BSC教育によって介護

施設の稼働率を上げるため潜在的な利用者への

5

科教研報 Vol.25 No.4

意識が芽生えたことが明らかとなった。また,個

人と施設のベクトルを統一し,長期的に自分のキ

ャリアアップを考える必要性を意識し始めたこ

とが窺えた。

第2に,因子分析の結果から,BSC教育前におい

ては施設内の出来事に向かっていた意識が,地域

や,利用者の家族等の施設外へも向かい,現在の

顧客から将来の潜在顧客まで意識が向かうよう

になったことが明らかとなった。また,BSC教育

前は,全体的に介護施設の経営について短期的な

解決策を示しているのに対し,BSC教育後は,介

護施設の長期存続を意識した解決策に意識が向

いてきており,潜在的な利用者へも意識が向くよ

うになったことが読み取れる。「地域」について

も,BSC教育前後で意識が強まっており,地域密

着というグループ理念が中間層,一般層にも意識

されるようになったといえる。

第3に,クラスター分析の結果から,BSC教育に

よって,介護施設の経営について,経営層に近い

考えを持つ者が増えたことが明らかとなった。

5.おわりに

介護施設の職員に対しBSCによる経営教育を実

施し,その前後で質問紙による意識調査を実施し

た。その結果,t検定,因子分析,クラスター分

析のいずれにおいても職員の意識の違いが確認

できた。特に,因子分析においてはグループの理

念が中間層,一般層にも意識されるようになり,

クラスター分析では経営層・中間層・一般層が,

互いに近い考えを持つようになったことが分か

った。

今後の展開として,施設よりiPadを利用したe

ラーニング教育を考えて欲しいとの依頼があり,

現在進行中である。施設の職員からは,「もっと

BSCについて教えてほしい」「詳しく知りたい」等

の意見も出てきており,iPadにBSC教材を搭載し

た経営教育が可能になればと考えている。

引用文献

1) ミズ・コミュニティ編集部 (2005) 先進事例

に学ぶ介護事業の経営改革術―経営改善・人事

考課・リスクマネジメント・職員研修・ISO,『㈱

ヒューマンヘルスケアシステム』,p.3.

2) 河野篤 (2006) 高齢者福祉施設における経営

教育,『日本経営教育学会第54回全国研究大会

研究報告集』,pp.61-64.

3) Niven, Paul R. 著,清水孝,長谷川惠一 訳

(2007) 『バランスト・スコアカード経営』,p.18.

4) 八島雄士 (2006) バランスト・スコアカード

による経営教育プログラムの検討,『九州共立

大学経済学部紀要,Vol.105,pp.23-33.

5) 八島雄士 (2008) バランスト・スコアカード

による経営教育の実践に関する一考察:学部専

門演習における一事例の検討,『九州共立大学

経済学部紀要』,Vol.112,pp.43-53.

6) 富田輝博 (2003) バランスト・スコアカード

とマイクロワールドによる経営教育,『文教大

学情報学部 情報研究』第 29 号,167-177 頁

参考文献

(1) Kaplan, Robert S. and David P.Norton 著

櫻井通晴 監訳 (2001) 『キャプランとノート

ンの戦略バランスト・スコアカード』

(2) Kaplan, Robert S. and David P.Norton 著

櫻井通晴,伊藤和憲,長谷川惠一 監訳 (2005)

『戦略マップ-バランスト・スコアカードの新

しい戦略実行フレームワーク』

(3) 澤根哲郎 (2006) 『宝島に行くための戦略マ

ップの作り方-小さな会社の実践バランス・ス

コアカード』

6

介護施設における ICT による各種記録管理 Various record-keepings in welfare center by ICT

○藤野 猛士*,小宮山 哲*,緒方 啓孝*,張 英恩**, 三宅 新二**,岡部 一光***,小山 嘉紀***,横田 一正*

○FUJINO,Takeshi*, KOMIYAMA,Satoru*, OGATA,Nobutaka*, CHANG,Young-Eun**, MIYAKE,Shinji**, OKABE,Kazumitsu***, KOYAMA,Yoshinori***, YOKOTA,Kazumasa*

* 岡山県立大学大学院 情報系工学研究科,** 株式会社 両備ヘルシーケア, *** 岡山県立大学大学院 保健福祉学研究科

* Graduate School of Systems Engineering, Okayama Prefectural University, ** Ryobi Healthy Care Co. Ltd.,

*** Graduate School of Health and Welfare Science, Okayama Prefectural University

[要約 ]

介護付有料老人ホームである A 施設にて調査を行った結果,記録作成に手間がかかる,

記録を手で書くのが大変である,時間的な余裕がない,といった問題点が挙げられた。こ

れらの問題点が介護士の業務負担感の要因となっていると考えられる。このような介護士

の業務負担感の軽減には,ICT( Information and Communications Technology:情報通信技術)

の導入が効果的であると考える。そこで我々は,介護施設に関する様々な情報の記録およ

び蓄積を行い,更にそれらを可視化することにより,情報の提供や新たな発見を行うため

のシステムを提案する。様々な情報とは,食事や排泄,睡眠,入浴などの記録である。こ

れらの情報入力は施設職員のみに限定せず,被介護者本人やその家族なども入力を行える

こととする。本研究では,介護施設に関する様々な情報の記録に関する改善のためのシス

テムの提案と,プロトタイプシステムの開発を行った。

[キーワード ]

介護,施設内教育, ICT 応用,Web 応用,ヘルスケアシステム

1.はじめに

現在,我国は急速に人口の高齢化が進行し

ており,痴呆症,骨粗鬆症,寝たきりなどの

増加に加えて, ADL ( Activities of Daily

Living:日常生活動作)や QOL(Quality of

Life:生活の質)の著しい低下なども,大き

な社会問題となっている。そして近年,社会

福祉の理念は,旧来の保護救済という消極的

意味合いから,被介護者の自立支援,自己実

現,社会参加の促進へと転換してきている。

それは例えば,身辺介護や身の回りの世話と

いった生命・生活を維持する援助だけでなく,

被介護者の生きがい,楽しみ,交流,学びな

どのニーズにも対応していくというものであ

る。

介護施設(以下,「施設」という)の現状に

ついて,介護付有料老人ホームである A 施設

の介護士に,調査を行った結果,食事記録や

排泄記録といった記録作成に手間がかかる,

記録を手で書くのが大変である,時間的な余

7

科教研報 Vol.25 No.4

裕がない,といった問題点が挙げられた。こ

れらの問題点が介護士の業務負担感の要因と

なっていると考えられる。

このような介護士の業務負担感の軽減には,

ICT の導入が効果的であると考える。これま

でに我々は,介護分野を対象に,ICT による

支援を行う研究を行ってきた 1)~4)。

2.研究の目的

岡山県内の介護施設 A 施設における定例懇

談会では,被介護者本人やその家族から様々

な要望が挙げられている。これらの要望は食

事に関するものが主であるが,これらの要望

に応えるためには,まずは正確な現状把握が

必要であり,そのためには情報の蓄積とその

分析が必要である。それに対して,現状では

一部の記録は行われているものの,改善のた

めに十分な情報を把握することが出来ている

とは言い難い。

例えば A 施設では,食事に関しては,献立

の栄養計算や残食率などを記録している。し

かしこれらの記録は個人毎あるいはオンデマ

ンドな情報利用に対応できるものとはなって

いない。例えば介護施設が提供する食事以外

に被介護者は出先での食事や間食,訪問者の

手土産などを摂取するが,これらの把握は行

っていない。

我々が行った A 施設の施設職員からの聞き

取り調査により,食事や排泄などの記録作成

に関する手間が問題であることが分かった。

また,その場で記録出来ないことから,記憶

を頼りに記録書類を作成するため正確性に不

安があるという意見も得られた。

本研究では,介護施設に関する様々な情報

の記録の将来的な有効活用を見据えつつ,記

録の方法や管理についての改善を目的とする。

3.研究の方法

現状の記録管理の例として,例えば A 施設

では栄養士が日々の献立の作成を,介護士が

日々の食事の記録を行っている。食事の記録

は,残食率を 10 段階の割合に目分量で換算し,

手動で紙媒体に記すというものである。

「食は生命なり」といわれ,最近は特に,

単に食欲を満たし身体面の栄養を充足するの

みでなく「心」をも養い育てるものとして捉

えられている 5)。さらに,食事は癒しであり,

食事は心のケアであるといわれている 6)。長

生きも,心身ともに健やかなればこそであり,

そのためには日常の食生活が大切であるとい

う 7)。今後も高齢者が増加していく中で,健

やかな老いを迎えていただくため,病状の悪

化を防ぐため,さらには食べることの楽しみ

を満たしてもらうためにも,食事管理はきわ

めて重要であるといえる。

食事管理や健康管理についての研究・シス

テムは既に多数存在している。例えば,食事

や運動に関するデータを携帯端末装置で自己

管理できるシステム 8)や,ウェアラブル機器

を用いてリアルタイムに健康管理を支援する

システム 9)などがある。これまでに我々も,

健康管理のためのシステムとして,カメラ付

き携帯電話で撮影した食事画像や,カロリー

推移などを登録・閲覧できるシステム 10)を開

発してきた。システムの画面イメージを図 1

に示す。

これらを踏まえ,本研究では,介護施設に

関する様々な情報の記録および蓄積を行い,

更にそれらを可視化することにより,情報の

提供や新たな発見を行うためのシステムを提

案する。様々な情報とは,食事や排泄,睡眠,

入浴などの記録である。これらの情報入力は

施設職員のみに限定せず,被介護者本人やそ

の家族なども入力を行えることとする。

提案システムは,インターネットを介して

アクセスする Web システムとして構築する。

これにより,パソコンに限らず,携帯電話や

PHS,PDA,タブレット端末などの携帯端末

8

による入力も可能となる。これは介護士の負

担軽減や,被介護者本人及びその家族が外出

先で入力できることを考慮したためである。

その他にも,以下のような点をシステムの要

件とする。(1)携帯電話や PHS などの携帯端末

によって入力したデータや,歩数計などのウ

ェアラブル機器によって測定したデータなど,

様々なデータを蓄積・管理する。(2)蓄積した

データを基に,紙媒体ではできないような,

様々な提示を行う。

図 1 健康管理システムの画面イメージ

4.結果と考察

今回我々は,定例懇談会での要望の多くを

占める食事に関する部分を中心に,提案シス

テムの一部をプロトタイプシステムとして開

発した。

本プロトタイプシステムにより,パソコン

や携帯電話を使用して入力したデータをデー

タベースに蓄積し,インターネット上で随時

データを閲覧することができる。プロトタイ

プシステムの概要と流れを図 2 に示す。

プロトタイプシステムの使用の流れを図に

沿って説明すると,次のようになる。(1)栄養

士は,献立の作成および食事の提供を行う。

(2)栄養士は,食事画像や,栄養成分の計算を

行った結果であるカロリーをはじめとする摂

取栄養素などのデータを,プロトタイプシス

テムに登録する。(3)介護士は,被介護者の食

事が行われた後,デジタルカメラやカメラ付

携帯電話などで撮影し,残食率などのデータ

とともに,プロトタイプシステムに登録する。

その他にも日単位で,被介護者の体重・腹囲・

歩行数といった数値データを登録する。

なお,栄養士,介護士,被介護者およびそ

の家族は,パソコンや携帯電話などの端末を

用いて,食事画像,摂取栄養素,カロリー推

移のグラフ,コメントといったデータを随時

閲覧できる。

図 2 プロトタイプシステムの概要と流れ

5.おわりに

本研究では,介護施設に関する様々な情報

の記録に関する改善のためのシステムの提案

と,プロトタイプシステムの開発を行った。

提案システムでは,個々の具体的な項目への

考慮や施設の形態毎への対応を今後行う必要

がある。また,情報の可視化を挙げているが,

プライバシーへの配慮やセキュリティについ

ても考慮する必要がある。各種記録の有効活

用としては,食事や入浴,排泄,投薬などの

スケジューリングや,チームケアへの応用な

どが考えられる。

今後,システムの評価やそれに基づく改善

が必要である。また,システム全体の実装や

その運用によるデータの蓄積を行い,問題の

発見やその解決を行うことで本提案の有効性

を示して行きたいと考えている。

9

科教研報 Vol.25 No.4

引用文献

1) 小山嘉紀,林明倫,岡部一光,三宅新二,

横田一正(2008)仮想 3D 空間を用いた要

介護者観光旅行支援システムの開発と評

価.『情報文化学会誌』15 巻 2 号.pp.32-39.

2) 川口裕貴,藤野猛士,金川明弘,横田一正

(2009)先祖返り共存型 GA を用いた介護

士勤務表の自動作成.『スケジューリン

グ・シンポジウム 2009 講演論文集』.

pp.181-186.

3) 藤野猛士,小宮山哲,岡本辰夫,小山嘉紀,

横田一正,金川明弘(2010)介護施設にお

ける食事管理支援システムの開発.『第 26

回ファジィシステムシンポジウム』MC4-3.

pp.171-172.

4) 藤野猛士,小山嘉紀,岡本辰夫,宗正詩央

里,横田一正(2011)組織に対する意識と

組織階層における関連性分析の試み-介

護施設における BSC による経営強化を目

指して-.『日本福祉介護学会誌』18 巻 1

号.pp.57-64.

5) 山崎文雄 編著,丸山千鶴,深井葉子

(1996)『高齢者の食事介護マニュアル』.

第一出版.

6) 和田早苗,松尾千鶴子(2007)高齢者の

食環境と栄養管理.『兵庫大学論集』12号.

pp.179-184.

7) 杉橋啓子,山田純生,水間正澄,二木淑子,

西岡葉子(1997)『実践介護食事論~福祉

施設と在宅介護のための食事ケア』.第一

出版.

8) 井出一男(2001)携帯端末を用いた生活

習慣の改善支援-ハビットシステム.『医

療とコンピュータ』12 巻 5 号.pp.28-33.

9) 鈴木琢治,大内一成,土井美和子(2002)

LifeMinder:ウェアラブル健康管理システ

ム.『電子情報通信学会技術研究報告.HIP,

ヒューマン情報処理』101 巻 699 号.

pp.33-38.

10) 藤野猛士,小山嘉紀,松田敏之,田邉学,

藤田佳孝, 横田一正(2010)カメラ付き携

帯電話を利用したメタボリック症候群改

善システムの開発と評価.『教育システム

情報学会誌』27 巻 1 号.pp.111-117.

10

介護施設における ICT による笑顔訓練

An smile training with ICT at nursing facilities.

○緒方啓孝*,小宮山哲*,藤野猛士*,岡部一光**,張英恩***,小山嘉紀**,横田 一正*

OGATA,Nobutaka*,KOMIYAMA,Satoru*,FUJINO,Takeshi*,OKABE,Kazumitsu**,

CHANG ,Young-Eun***,KOYAMA,Yoshinori**, YOKOTA,Kazumasa*

*岡山県立大学大学院情報系工学研究科,**岡山県立大学大学院保健福祉学研究科,

***株式会社両備ヘルシーケア

*Graduate School of Systems Engineering, Okayama Prefectural University,**Graduate School of Health

and Welfare Science, Okayama Prefectural University,***Ryobi Healthy Care Co. Ltd.

[要約]本研究では,介護施設の職員を対象に,笑顔への興味・関心の向上,具体的には自分の笑顔

への自信や興味を持たせることを目的に,ICT を利用した笑顔訓練の実践を試みた。そして,意識調

査を行い,その調査結果を分析した。特定施設入居者生活介護事業や訪問介護事業所等,それぞれ異

なる介護サービスを提供する 6 事業所の職員を対象に,笑顔判定の実験および質問紙調査を実施した。

質問紙調査の結果に対して因子分析を行ったところ,笑顔判定への興味,笑顔への自信や意識の向上

が確認できた。分析の結果,笑顔訓練によって,笑顔に対する良い意識変化がみられた。

[キーワード]介護施設,笑顔,訓練,笑顔判定技術,ICT

1.はじめに

近年,笑いの身体に及ぼす影響について注目さ

れるようになってきている。例えば,健康へのポ

ジティブな効果を及ぼすこと 1),笑顔によるネガ

ティブな感情の緩和効果と表出抑制効果がある

こと 2)が報告されている。

笑いと免疫能の関係を確かめるため,寄席に来

た人を対象に,ガン細胞と闘う免疫細胞のひとつ

であるナチュラルキラー細胞の活性(NK 活性)

を調べたところ,開演前に比べ大笑いをした後が

はるかにアップしたという 3)。昇 4)によると,無

理やり作った笑顔であっても,悪くなった血行が

徐々に回復するという。

高齢者ケアにおいても,笑いの重要性が説かれ

ている 5)。介護分野と類似点が多い医療分野では,

患者と医療従事者とのコミュニケーションの際,

上質なユーモアが介在することにより,意思疎通

や信頼関係づくりがスムーズに行われるという 6)。

困難な状況の中でもユーモアを言うことで自己

のおかれている状況を客観視し,結果的にストレ

スやバーンアウト症候群から身を守ってくれる

ともいわれており 6),介護事業者にとっては笑顔

が重要な評価ポイントであることがうかがえる。

一方で,高田ら 7)によると,介護老人保健施設職

員の「笑い」への関心は,高いとはいえないのが

現状のようである。

2.研究の目的

先述の通り,コミュニケーションの促進による

介護の質向上,バーンアウト症候群の予防など,

介護分野や医療分野において,笑顔は重要な要因

となり得る。そこで本研究では,介護施設の職員

を対象に,笑顔への興味・関心の向上,具体的に

は,自分の笑顔への自信や興味を持たせることを

目的に, ICT( Information and Communications

Technology:情報通信技術)を利用した笑顔訓練

の実践を試みる。

3.実践方法

1)ICT による笑顔訓練

11

科教研報 Vol.25 No.4

本研究では,F 社の実験サイト「顔ラボ」にお

ける,“笑顔判定技術”を体験できるアプリケーシ

ョンである「スマイルチャンプ」8)を利用した。

笑顔判定技術とは,デジタル画像で写した顔写真

から笑顔を検出する技術である。目尻の下がり具

合や口角の上がり具合などを認識し,笑顔を数値

的に評価することにより「笑顔度」の判定ができ

る。スマイルチャンプは,利用者が Web サイト上

に写真をアップロードすると,アプリケーション

が自動で笑顔を検出した後,笑顔判定を行う 9)。

そして,様々な表情の顔写真を集めたデータベー

スと照らし合わせ,笑顔度を 0 点から 2000 点ま

で点数化し,点数が高い順に「ステキ笑顔」「ハ

ッキリ笑顔」「ナカナカ笑顔」「ハニカミ笑顔」「ビ

ミョウ笑顔」「ザンネン笑顔」という 6 段階のラ

ンクで評価する 10)。この笑顔判定技術を利用する

ことで,ICT による笑顔訓練を実践した。

2)実験

ICT による笑顔訓練の実践の試みとして,介護

施設にて,笑顔判定の実験を行った。使用機器は,

Web カメラを内蔵したノートパソコン 1台である。

ノートパソコンの Web カメラを用いて,被験者の

笑顔を撮影し,撮影したデジタル写真画像をもと

に,スマイルチャンプを利用して笑顔判定を行っ

た。この一連の流れを行うための機器構成(ハー

ドウェア・ソフトウェア構成)を,本研究におけ

るシステムと位置付けた。実験に要した時間は,

一人あたり約 5 分であった。実験の様子を図 1 に

示す。

図 1 実験の様子

3)質問紙による調査の対象と方法

本調査の対象は,A 県内の 6 事業所に所属する

介護職員 118 名と事務職等の職員 16 名で構成さ

れる 134 名のうち,協力が得られた 64 名の介護

施設の職員である。本調査の方法は,質問紙(自

記式)による調査である。全設問は,5 段階尺度

法により点数化している(5 点:全くそう思う,4

点:どちらかといえばそう思う,3 点:どちらと

もいえない,2 点:どちらかといえばそう思わな

い,1 点:全くそう思わない)。また,被験者の属

性として,性別,年齢,介護職の経験年数,笑顔

に関する自信(あり・なし)を調査した。

4)倫理的配慮

倫理的配慮として,被験者に調査の趣旨につい

て説明を行い,調査への参加は自由意志であるこ

と,いつでも辞退できることを説明した。

また,個人情報の保護や秘密保持,データは研

究目的以外では使用しないことを口頭で説明し,

同意を得た上で調査を実施した。

4.経過・結果

1)質問紙による調査とその結果

各施設にて実施した質問紙調査について,質問

紙の内容を表 1 に示す。調査は 2011 年 2 月から 3

月にかけて実施した。有効回答率は 100%であっ

た。

表 1 質問紙の内容

設問 内容

1 このシステムのことを誰かに教えたい

2 操作は簡単だった

3 今後も続けてこのシステムを利用したい

4 笑顔の判定は楽しめた

5 システムの判定結果は適切だった

6 上手く笑顔ができるようになった

7 自分の笑顔に自信がついた

8 ストレスが軽減された

9 仕事への緊張が和らいだ

10 意識しなくても笑顔になっていた

12

この質問紙の各設問に対する回答結果の平均

評価値および標準偏差を表 2 に示す。表 2 より,

平均評価値が高い設問 4 は,平均評価値が高く,

かつ標準偏差が比較的小さいことから,被験者の

多くが,笑顔の判定を楽しんで行ったことが読み

取れる。平均評価値が最も低い設問 8 については,

標準偏差が比較的大きいことから,笑顔の判定に

よってストレスが軽減されたと思う被験者と,そ

うは思わない被験者とに二分されたことが窺え

る。

表 2 質問紙調査結果

設問 平均評価値 標準偏差(n-1)

1 3.688 0.906

2 3.672 1.070

3 3.281 0.881

4 4.219 0.766

5 3.578 0.956

6 3.313 0.871

7 3.250 0.909

8 3.094 1.003

9 3.422 0.956

10 3.344 0.761

また,被験者の属性の調査結果より,笑顔に自

信がある被験者が 35 名(以下,「属性 A」という),

笑顔に自信がない被験者が 29 名(以下,「属性 B」

という)であることが分かった。設問 4(「笑顔の

判定は楽しめた」)において,属性 A の平均評価

値は 4.429,属性Bの平均評価値は 3.966であった。

設問 6(「上手く笑顔ができるようになった」)に

おいては,属性 A の平均評価値は 3.657 であり,

属性 B の平均評価値は 2.897 であった。設問 7(「自

分の笑顔に自信がついた」)では,属性 A の平均

評価値は 3.571,属性 B の平均評価値は 2.862 であ

った。これらの結果より,笑顔に自信のある被験

者は,そうでない被験者と比較すると,訓練を楽

しみ,より上手く笑顔ができるようになり,より

自信を持ったものと考えられる。

2)因子分析

全設問を総合的に評価するために,分析ツール

として「PASW Statistics Base 17.0.2」(SPSS㈱)を

使用し,因子分析を行った。その結果を表 3 に示

す。

表 3 因子分析結果

因子:説明

設問番号

第 1

因子

第 2

因子

第 3

因子

第 4

因子

第 5

因子

第 1 因子:笑顔への自信・意識向上

設問 7 0.899 0.110 0.172 0.021 -0.073

設問 6 0.709 0.181 0.226 0.316 0.234

設問 10 0.505 0.395 0.140 -0.011 0.226

設問 5 0.464 0.123 0.192 0.375 0.252

第 2 因子:笑顔による健康効果

設問 9 0.103 0.976 0.161 -0.018 0.073

設問 8 0.282 0.627 0.052 0.370 0.047

第 3 因子:システムへの興味

設問 1 0.235 0.166 0.755 0.139 0.235

設問 3 0.241 0.086 0.716 0.539 -0.074

第 4 因子:システムへの興味(操作性)

設問 2 0.062 0.071 0.225 0.793 0.121

第 5 因子:システムへの興味(笑顔判定)

設問 4 0.202 0.173 0.391 0.352 0.471

固有値 2.029 1.633 1.451 1.440 0.479

寄与率(%) 20.291 16.325 14.511 14.402 4.792

累積

寄与率(%) 20.291 36.616 51.127 65.529 70.322

固有値 1 以上の基準とスクリープロットにより

5 因子とし,主因子法,バリマックス回転を行っ

た。表 3 より,第 5 因子で累積寄与率が 70%を超

えているため,この質問紙調査の結果は 5 軸の因

子によって説明できるといえる。各設問の各因子

への影響の大きさを考慮しながら,因子の意味を

解釈する。

第 1 因子は,笑顔への自信や,笑顔そのものへ

の意識,笑顔判定の有効性といったことに関した

ものであると意味付けられる。よって,第 1 因子

13

科教研報 Vol.25 No.4

を『笑顔への自信・意識向上』と名付けた。

第 2 因子は,ストレス解消などの笑顔による効

果を示していると考えられるため,『笑顔による

健康効果』と名付けた。

第 3 因子は,システムに対する興味を示してい

るといえる。よって,この因子を『システムへの

興味』と名付けた。

また,第 4 因子,第 5 因子をそれぞれ,『シス

テムへの興味(操作性)』,『システムへの興味(笑

顔判定)』と名付けた。

5.考察

質問紙調査の結果より,被験者の多くが,笑顔

判定を楽しんで行っていたことが分かった。また,

因子分析の結果より,笑顔への自信や意識の向上,

笑顔の健康効果やシステムへの興味についての

認識の向上が確認できた。

6.おわりに

本論文では,笑顔への興味・関心の向上,具体

的には自分の笑顔への自信や興味を持たせるこ

とを目的に,「スマイルチャンプ」を利用して,

介護施設の職員 64 名に対して笑顔訓練の実践を

試み,その後の意識調査を行った。分析の結果,

笑顔判定への興味,笑顔への自信や意識の向上,

笑顔の健康効果やシステムへの興味についての

意識の向上といったことが確認できた。

今回の笑顔訓練は,一人あたり約 5 分と短いも

のであった。今後の課題としては,長期にわたる

笑顔訓練を行うことで時間や回数を増やし,その

効果を検証する必要がある。その際の訓練におい

てマンネリ化する可能性があるが,複数人で訓練

を行うことで笑顔を競い合うなど,ゲーム性を取

り入れることで解決を図ることができると考え

られる。

謝辞

調査にご協力いただきました職員の皆様に深く

感謝申し上げます.また,本研究におけるスマイ

ルチャンプの利用について快い承諾をいただき

した F 社に厚く御礼申し上げます.

引用文献

1) 石原俊一(2007)自律神経系に及ぼす自発的

笑いの実験的検討.『人間科学研究』29.pp.51-59.

2) 山本哲也,杉森伸吉,嶋田洋徳(2007)PD084

笑顔がネガティブな感情の緩和・表出抑制に及

ぼす効果.『日本教育心理学会総会発表論文集』

49.p.395.

3) 昇幹夫(1994)笑いの医学的考察.『笑い学研

究』1.pp.26-30.

4) 昇幹夫(1993)笑いとメンタルヘルス-ユー

モアセラピー.『こころの健康』8(2).pp.72-82.

5) 石倉健二(2010)認知症高齢者の「笑い」にみ

る自他理解-MMSE 得点と社会的笑いの関係

から.『介護福祉学』17(2).pp.115-123.

6) 清水晶子(2005)看護師の笑い・ユーモアの実

態について.『笑い学研究』12.pp.143-144.

7) 高田佳子(2004)介護老人保健施設職員の高

齢者の「笑い」についての意識調査.『笑い学

研究』11.pp.118-120.

8) 寺横素,阿部優子,沢野哲也 ほか(2009)顔

技術公開ラボサイト「顔ラボ」の開発.『富士

フイルム研究報告』54.pp.51-55.

9) CNET Japan(2008)富士フイルム「笑顔判定技

術」を元に笑顔をランク付けする「スマイルチ

ャンプ」-ラボサイトで公開,

http://japan.cnet.com/news/media/20376222/.

2011.03.20 確認.

10) ITmedia News (2008)顔写真の“笑顔度”判定

する Web アプリ 富士フイルムが公開,

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/30/ne

ws010.html.2011.03.20 確認.

14

科学的思考力を育むために開発したカリキュラムの評価

Evaluation of curriculum developed to bring up scientific thought

中山広文* 塩飽修身** 蒲生信博*** 橋田千寿****

Nakayama,Hirofumi* SIWAKU,Osami** Gamoh,Nobuhiro*** HASHIDA,Chizu****

岡山県立岡山御津高等学校* 岡山県立倉敷天城中学校** *** ****

Okayama Mitsu high school* Kurashiki amaki junior high school** *** ****

[要約] 併設型中高一貫教育校の併設中学校において,科学的思考力を育むためのカリキュラ

ムを開発して実践を行った。カリキュラム評価としてローソンテスト多肢選択版一部自由記

述版(1)(原版:Anton.E.Lawson,改訂版:笠潤平)を実施した結果,思考操作段階の伸長が

認められた。また,課題解決型学習(サイエンス探究)の論文を探究プロセスに関するルー

ブリック(2)をもとに評価したところ,論理的な考察にやや課題は残るが,課題解決の道筋や

観察・実験の計画性,見通しなどに成果を認めることができたので報告する。

[キーワード]カリキュラム,科学的思考力,CASE,言語技術教育,サイエンス探究

1.はじめに

科学的思考力を育むためのカリキュラムを開

発して実践を行っているのは,併設型中高一貫

教育校の岡山県立倉敷天城中学校である。同校

は,理数教育に重点を置く中学校として平成 19

年度に新設され,中高一貫の高等学校である倉

敷天城高等学校には,普通科と理数科が設置さ

れている。同高等学校は,平成 17 年度から文部

科学省 SSH 研究開発校の指定を受けて,中高一

貫教育における理数教育のカリキュラム開発を

主な開発課題として研究を行っている。

カリキュラムは,図1のように中学 1・2 年生

で推論形式を強化する体系的なプログラムであ

る CASE(3)(Thinking Science 3rd Edition(4))

と言語技術教育(5),中学 3 年生で課題解決型学

習「サイエンス探究」を履修している。また,

高等学校においては理数科を中心に「課題研究

Ⅰ・Ⅱ」を履修している。

このカリキュラムを開発した背景は次のとお

りである。

1 つ目は,高等学校における課題研究の指導

上の課題に起因する。課題研究の指導に当たっ

ては,研究テーマの設定,研究時間の確保,指

導者の力量など課題は多いが,もっとも大きな

課題は,義務教育段階で課題解決型学習を習得

するに至っていないことではないかと考えた。

そこで,義務教育段階において,内容的にも時

間的にも制約の多い教科指導とは別に,論理的

思考力を強化するプログラムとして CASE を導

入した。CASE は特定の論理的思考パターンを習

熟し,その思考パターンを別の状況でも用いる

ことを促すプログラムとなっているため,論証

の技術を向上させるには最も適していると判断

した。

高等学校

(普通科) (理数科)

プロジェクト型課題解決学習

課題研究Ⅰ・Ⅱ

中3

普通教科+「サイエンス」+「グローバル」

課題解決型学習「サイエンス探究」

中2

普通教科

「サイエンス」

CASE

普通教科

「グローバル」

言語技術教育

中1

図1 科学的思考力を育むためのカリキュラム

2 つ目は,CASE の授業構成の理論がヴィゴツ

キーの理論によることに起因する。CASE 教材に

は,グループ討議やクラス討議が必ず組み込ま

れており,生徒が新しい考えについて述べたり,

15

科教研報 Vol.25 No.4

互いに説明や根拠を求め合ったりすることが不

可欠となっている。このプロジェクトは英国で

開発されたものであり,根拠をあげて考えを述

べるという欧米の母語教育で指導される言語技

術教育が前提であると考えた。言語技術教育は,

日本の母語教育(国語教育)では弱い部分であ

り,これを補強しなければならないと考え,つ

くば言語技術教育研究所が独自に開発したプロ

グラムを導入した。

3 つ目は,中学校と高等学校の接続の在り方

に起因する。中学 1・2 年生の論理的思考力を高

める学習と高等学校のプロジェクト型課題解決

学習を繋げる中学 3 年生の学習は,本格的な課

題解決型学習を前に実際にそのプレ版を体験さ

せることであると考えた。ウォーミングアップ

という考え方に異論はないと考えるが,問題は

プレ課題解決型学習をどのようなプログラムの

もとに指導するかである。そこで,OECD 教育研

究改革センターの形成的アセスメントに関わる

研究(6)を参考に,本校独自のプログラムを開発

した。OECD 教育研究改革センターが 8 カ国の中

等教育学校において事例研究を行った結果,形

成的アセスメントの要素のうち「頻繁なフィー

ドバック」「学習プロセスへの生徒の積極的な関

与」「自己アセスメントとピアアセスメント」の

3 要素の重要性が確認された。このことから,3

要素を評価指標として高等学校で開発された

SSH 研究開発プログラムを検証し,その結果を

中学 3 年生の「サイエンス探究」のプログラム

に活かした。文献調査におけるログブックを利

用した「頻繁なフィードバック」,課題設定にお

ける「学習プロセスへの生徒の積極的な関与」,

論文作成における「自己アセスメントとピアア

セスメント」が検証結果を活かした新たなプロ

グラムである。

以上がカリキュラムの内容であり,現在,平

成 19 年度及び 20 年度入学生の 2 学年がこのカ

リキュラムを終了しているので,今回,カリキ

ュラム評価を行った。

2.研究の目的

1)CASE の導入効果の検証

本研究の第 1 の目的は,CASE の導入効果を検

証することである。それには,ローソンテスト

多肢選択版一部自由記述版を実施して,思考操

作段階の伸長を図ることができたかどうかを検

証する。

なお,この調査は,香川大学大学院教育学研

究科の笠潤平研究室の協力により実施した。

2)言語技術教育と課題解決型学習の導入効果

の検証

本研究の第 2 の目的は,言語技術教育と課題

解決型学習の導入効果を検証することである。

それには,中山(2007)らが開発した課題研究

(課題研究論文を中心とした)ルーブリックを

用いて,課題解決型学習(サイエンス探究)の

論文を評価することによって,科学的方法が身

に付いているかどうかを検証する。

3)カリキュラム評価

本研究の第 3 の目的は,開発したカリキュラ

ムが科学的思考力を育成するものであったかど

うかを評価することである。

3.研究の方法

1)ローソンテスト

ローソンテストは,生徒が 24 設問の科学的推

論に関する問題に答えて,その得点から思考操

作段階の形式的操作,過渡期,具体的操作のど

の段階に到達しているかを測定するものである。

調査時期

及び対象

平成 21 年 6 月

倉敷天城中学校 3 年 n=110

平成 22 年 6 月

倉敷天城中学校 1 年 n=113

倉敷天城高等学校理数科 1 年 n=14

2)課題研究ルーブリック

課題研究ルーブリックは課題研究論文を 4 つ

のカテゴリーに分けて評価規準を示したもので

ある。4 カテゴリーは「探究プロセス」「基本的

な概念,原理・法則などの系統的な理解」「科学

16

的な考察と処理能力」「創造的な能力」である。

今回は 4 カテゴリーの中で,発達段階が中学 3

年生であること,生徒にとっては初めての研究

論文であること,さらに,開発したカリキュラ

ムが思考操作の伸長をねらったものであること

から「探究プロセス」に絞って評価を実施した。

「探究プロセス」に関するルーブリックは表 1

のとおりである。

表 1「探究プロセス」に関するルーブリック

評価対象 「サイエンス探究」論文集 2010

岡山県立倉敷天城中学校第 2 期生

科学分野課題研究 n=58

評価時期 平成 23 年 4 月~5 月

評 価 者 本研究者 4 名(3 名は論文指導者)

評価基準 十分(4),おおむね十分(3),やや不

十分(2),不十分(1)の 4 段階評価

各評価規準の留意点

4.結果と考察

ローソンテストを中学 3 年生と中学 1 年生で

比較すると,CASE 未履修の中学 1 年生の形式的

思考操作段階が 23.0%(グラフ 2)に対して,履

修済の中学3年生では35.5%(グラフ1)と高くな

っている。しかし,思考操作のレベルは年齢と

ともに上昇するものであるから,この結果だけ

から CASE 導入の成果であるとは判断できない。

グラフ2で調査した学年がCASEの履修を終えた

段階において,どのように変容したかで判断さ

れなければならない。

グラフ 1 中学 3 年生 グラフ 2 中学 1 年生

そこで,2009 年中学 3 年の生徒の中で倉敷天

城高等学校理数科に進学した 25 名(内進生)と

CASE を履修していない市町村立中学校から同

学科に進学した 14 名(外進生)について,ロー

ソンテストを実施して比較した。

グラフ 3 内進生 グラフ 4 外進生

CASE を履修していない外進生の形式的思考

①研究課題を決めるまでの道筋がはっきりと示されている

②課題を明らかにするために適した観察・実験を計画し,その観察・実験結果の見通しを述べている

③科学的客観性を持って観察・実験結果を収集できている

④観察・実験の結果から論理的に考察して結論に至っている

⑤課題発見・研究計画・結果の分析と考察・課題解決という探究サイクルを適切に行っている

①探究プロセスに関するルーブリック

⑤仮説が検証されることに関しても,中学3年生ということから,多少稚拙であってもある程度高い評価を与えて可

④「考察」の評価であるが,中学3年生ということから,多少稚拙であってもある程度高い評価を与えて可

①「はじめに」で課題設定の道筋(課題設定に至った過程)がきちんと示されているかがポイント

②「はじめに」で仮説をきちんと述べ,それを検証するための観察・実験に計画性(「研究目的」)があるか否かの評価であり,変数制御の考え方が活かされているか,見通しが述べられているかなどがポイント

③「研究内容」「結果」の評価であり,サンプリングや傾向をつかむという考え方で観察・実験がなされているか(回数)など結果収集に客観性があるかなどがポイント

8.2

56.4

35.5

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

形式的

操作

過渡期

具体的

操作

2009年

中学3年

16.8

60.2

23.0

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

形式的

操作

過渡期

具体的

操作

2010年

中学1年

4.0

44.0

52.0

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

形式的

操作

過渡期

具体的

操作

2010年

高校1年

内進生

57.1

42.9

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

形式的

操作

過渡期

具体的

操作

2010年

高校1年

外進生

17

科教研報 Vol.25 No.4

操作段階が 42.9%に対して,内進生では 52.0%

と高くなっている。市町村立中学校から理数科

に進学する生徒も理数に関する興味・関心が高

く,科学的推論能力も高い。したがって,形式

的思考操作段階の割合の差は,CASE を履修した

か履修しなかったかの差と思われる。このこと

から,CASE 導入は効果があると判断してもよい

のではないかと考える。

「サイエンス探究」論文の「探究プロセス」

の評価は,グラフ 5 のとおりである。課題設定

の道筋と観察・実験の計画性や見通しに対して

は,高い評価が与えられる。仮説をきちんと設

定したり,CASE を履修することによって身に付

けたと考えられる入力変数,結果の変数,サン

プリング,モデリングなどの概念を持ち込んだ

りしている。また,言語技術教育を履修するこ

とによって身に付けたと考えられるパラグラフ

ライティング,ナンバリング,結論と根拠の順

序などがきちんとできている。

グラフ 5 探究プロセスの評価

一方,観察・実験に関しては稚拙なものが目

立つ。これは,約 60 名の生徒が同じ時間に理科

実験室において観察・実験を行わなければなら

ない環境にあり,観察・実験装置が限られ,自

由に使用することができないことを考えるとや

むを得ないところである。その中でも様々な工

夫をして観察・実験を行っている論文もいくつ

かあり,放課後あるいは家庭でも継続的に研究

を進めたものと考えられる。

論理性に欠ける考察が多かったのは,仮説を

検証するだけの観察・実験ができていないこと

に起因するものと思われる。

以上のことから,開発したカリキュラムは科

学的思考力を育成するものであったと考えられ

る。

5.おわりに

科学的思考力を育むためのカリキュラムを開

発して実践を行っているが,科学的思考力を育

むとは能力目標であり,当然 3 年間で結果が現

れるものではない。しかしながら,今回の調査

を通して,このカリキュラムは十分に目的を果

たしていると判断することができた。CASE と言

語技術教育はプログラムとして完成しているが,

「サイエンス探究」は環境整備や指導者の人数

など課題が多く,プログラムとして未完成であ

る。今後,中高一貫教育校の利点を活かすこと

によってこの課題を解決して行けば,このカリ

キュラムは全国のモデルとなるであろう。

参考文献

(1)笠潤平(2008) 認知的発達レベルを探る「ロ

ーソンテスト」日本語版の作成について 物

理教育研究会投稿

(2)中山広文ほか(2007) 理数系教員指導力向上

研修(希望型教学 2001)科学技術振興機構

(3)小倉康,笠潤平(2004) 英国における科学的

探究能力育成のカリキュラムに関する調査

国立教育政策研究所

(4)Adey,Shayer ほか(2003)『Thinking Science

3rd Edition』 Nelson Thornes 社

(5)三森ゆりか(2002) 『論理的に考える力を引

き出す2』 一声社

(6)有本昌弘(監訳)(2008) 『形成的アセスメ

ントと学力』 明石書店

0

10

20

30

40

50

60

70

道筋 計画性 実験 考察 サイクル

論文数

十分 おおむね十分 やや不十分 不十分

18

科学教育におけるキャリア教育の実践

-その意味付けと進め方について-

Practice of Career Training in the field of Scientific Education

○野村照代 A,中西 徹 B

NOMURA Teruyo, NAKANISHI Tohru

就実大学・GCDF-Japanキャリアカウンセラ-A,就実大学薬学部 B

Shujitsu University GCDF-Japan Career Counselor A,School of PharmacyB

[要約] 本年1月にキャリア教育の推進に向けた中央教育審議会の答申がとりまとめられた。いわば全人

的キャリア教育というべきこの新しい指針に沿って、今後どのように科学のキャリア教育を進めていった

らよいのか。いくつかのアンケート、セミナー、公開講座などの実施例の結果から、その意味付けと有効

な進め方について、考察し提言した。

[キーワード] キャリア教育、キャリアカウンセリング

1.はじめに

近年、科学におけるキャリア教育の重要性が

認識されつつある。特に理科離れを防ぐため

に、理系への強い動機付けや、理系の職業に就

くための知識や社会人力を含めたキャリア意

識を高めるような学習方法が求められている1)。本年 1 月にはキャリア教育の推進に向け

た中央教育審議会の答申がとりまとめられた2)。ここでは、単に職業教育に留まらない全

人的成長や発達を促すためのキャリア教育が

求められている。そこで科学教育におけるこの

ようなキャリア教育の意味付けと進め方、実践

方法について、これから各教育現場では急ぎ検

討ととりまとめが必要となっている。

2.研究の目的

上記のような状況下、答申で述べられている

新しいキャリア教育の概念に基づいた指導や

その実践方法について、調査研究や授業、セミ

ナーの場を通じて実際に検討し、その意味付け

も含めて一つの指針を示すことが本研究の目

的である。

今回の答申においては基礎的汎用的能力の

育成が特に求められている。この具体的内容は

「人間関係形成社会形成能力」「自己理解自己

管理能力」「課題対応能力」「キャリアプラン

ニング能力」の 4項目である。幼児期から高等

教育まで実践、体験を通じてこのような能力を

確実に育成することが重要とされている。

そこで今回、薬学部に入学した学生を対象に、

その進路決定に影響した大学入学以前の様々

な要因をアンケートにより調査を行うと共に、

1) 高校でのキャリア教育の授業 2) 大学に

おけるキャリア教育セミナー 3) 科学とキャ

リア教育普及のための一般公開セミナー の 3

つの講座を実際に実施、開催して、その成果や

参加者の感想などを基に、現在のキャリア教育

の問題点や今後、新しいキャリア教育が目指す

べき方向性について分析し考察した。

3. 研究の方法

(1)調査研究1

就実大学薬学部 1 年生から 3 年生約 300人を

対象に、自身の理系および薬学部への進路決定

に際して、理科教育が果たした役割についての

アンケート調査および聞き取り調査を行い、結

果を集計、分析した。

表1 アンケートの主な調査項目

理系キャリアへ進むきっかけや決めた時期

薬学部を知ったきっかけや進学を決めた時期、動機

印象に残った理科実験とその理由

(2)調査研究2

以下の 3 つのキャリア関連講座を開催、実施し

て、その成果を検討すると共に、参加者の意見、

19

科教研報 Vol.25 No.4

感想などを基に、その有効性や基礎的汎用的能

力育成への効果について検証した。

1) 岡山県立岡山芳泉高校におけるキャリア

教育授業の実施(2010.11)

岡山芳泉高校のキャリアアップ推進指定事業

の一環として、科学の専門的職業に就く方法

と、自己理解や社会人力形成を中心としたキャ

リアアップの方法について講義を行った。

2) 就実大学薬学部におけるキャリア教育セ

ミナーの開催(2010.5)

就実大学薬学部の学生を対象に、セミナー形式

で、対話能力、自己理解、社会人マナーなどキ

ャリア形成に必要な事項について、体験型、参

加型の講義を行った。

キャリア教育セミナー(就実大学)

3) 科学とキャリア教育普及のための中高生

と一般向け公開講座の開催(2010.9)

就実大学図書館 AV ホールにおいて、「科学を

めざす人たちへ」と題する公開講座を開催し

た。この公開講座では、まず岡山大学名誉教授

の早津彦哉氏が「まだ誰もやっていない実験に

挑む」と題した講演と実験を行って、科学のお

もしろさをアピールされ、そのあと「自分に合

った科学の仕事を見つけよう」と題する科学の

キャリア開発に関する講演を行った。

科学のキャリア開発についての講演(公開講座)

公開講座の告知ポスター

4 結果と考察

調査研究 1 の結果、全体の 1/3 程度の学生が

既に小中学校の時期に理系に興味を持ち、2/3

以上の学生に既に小中学校の時期に薬学部が

インプットされていることがわかった。これは

理科志向が比較的早い時期に決定されること

や、おそらく環境や周囲の要因で早い時期に学

生が薬学に接していることを示している。また

多くの学生が様々な理科実験によって理科の

おもしろさに目覚めていることがわかった。

一方、調査研究 2 における高校での講義では、

コミュニケーション能力、自己理解、キャリアプ

ランニングなど社会を目指すために必要な能力

の理解がまだ十分は行われておらず、キャリア教

育自体も、職業体験などを通した職業理解などに

留まっていることがわかった。また、科学の職業

についても、その具体的な内容や就職のための

方法についてまだ情報が不十分であるように

思われた。キャリアの決定に際しては、進路指

導の情報や職場体験、キャリア開発行事が重要

な役割を果たしていることがわかったが、現状

では必ずしも十分でない場合もあることがわ

かった。

次に、大学薬学部でのキャリア教育セミナー

では、マナーの学習や実践、および社会人力の

20

必要性を説明した。既に薬剤師という具体的な

方向性が定まっていることもあってか、学生に

は共感と理解を得ることができた。

アンケート結果 1: 薬学部を知った時期と

入学を決めた時期について

アンケート結果 2:印象に残った実験

最後に、科学とキャリア教育普及のための中

高生および一般向け公開講座「科学を目ざす人

たちへ」を開催したが、この講座が、いわゆる

科学のキャリア教育の一つの理想的実践とい

う実験的な要素を持っていたにもかかわらず、

100名近い多くの参加者を集め、新聞(山陽新

聞)やテレビ(NHK)にも取り上げられたのは、

現在のキャリア教育への社会の関心の高まり

を反映していると思われた。

この講座では前半に実験学習、いわゆる動機

付けを置いて、後半にその動機からキャリア形

成の手引きを行うという構成になっていたが、

参加者の小中高生および保護者や教員は、それ

ぞれにまず実験(核酸の酸化剤による発色変

化)に大変興味を持ち、実験が科学の基本であ

ることを改めて印象付けられた。また後半のキ

ャリア開発についての講演では、科学への興味

が具体的に社会や職業とどのように結び付い

ていくかということをアクティビティ(体験学

習)を通じて様々な角度から理解してもらった

が、運動会の役割を例にとった自己分析のアク

ティビティ、様々な理系や文系と称する職業の

分類などを通じて、科学の職業とは何か、また

それを目指すために必要な能力について、参加

者はそれなりに得るものがあったようであっ

た。参加者のインタビューなどからも、このよ

うな実践的、実験的試みをさらに続けていくこ

とは、若い世代が科学を目指すキャリア形成の

過程を大いに支援できると思われた。また今回

このような、科学の動機付けと専門的職業の間

でキャリア形成の橋渡しをするキャリアカウ

ンセラーの役割は重要であるとの認識をもっ

た。

5 おわりに

キャリア教育は、本年の中央教育審議会の答

申では、もはや全人的教育というべきものに達

しつつある。基礎的汎用的能力を育成しつつ職

業教育、キャリア教育をいかに展開していく

か、その実践メソッドについては現場において

種々考えうるものであるが、三角の図にもある

ように、しっかりした人間的能力、社会人能力

の上にキャリアは築かれるものであり、本質は

あくまで生徒、学生の個々のレベルアップにか

かっている。その意味で、重要なことは、科学

においては、現場の学校での授業や実験等によ

る動機づけと、専門的科学職業人による職業知

識の講義や体験学習、そして、生徒、学生の個々

21

科教研報 Vol.25 No.4

の能力を引き出して最適のアドバイスを行う

キャリアカウンセラーの三者が緊密な協力体

制を形成することであると考えられる。

キャリア開発に必要な基礎的能力

科学のキャリアの形成のためには、アンケ

ートにもあるように、早期からのキャリア

教育が必要であり、上記のような協力体制

に基づいて、理科実験などの理科学習や職

場体験などの職業教育、そしてキャリアカ

ウンセラーによる授業やカウンセリング

などを取り入れていくことが一つの有効

な方法であると考えられる。筆者らは、こ

のような方法を、理系キャリア形成におけ

る多元的体系的教育、あるいはマルチ化

( Multieducation in Career Development,

MECD)と呼んでいる。

MECD におけるキャリアカウンセリング

の重要性は、文部科学省が、学校教員に対

して、このような教育ができる能力を付与

するための講習制度やライセンス制度を

検討していることからもわかるが、現在、

公的には民間の認定機関による講習と資

格認定制度があり、筆者が有する GCDF

-Japan キャリアカウンセラーの資格もそ

の一つである。

GCDF-Japan キャリアカウンセラーの

認定制度

GCDF-Japan キャリアカウンセラーは米国

CCE Inc.の認定資格であり、その意味で国

際的ライセンスと言えるキャリアカウン

セラーの資格である。新しいキャリア教育

の展開に伴って、キャリアカウンセリング

やキャリアカウンセラーの重要性、必要性

は、今後ますます増大するものと予想され

る。

参考文献

(1) 理科の教育 2010 年 6 月号

特集「理科とキャリア教育」

(2) 教職課程 2011 年 5 月号

特集「最新答申で理解するキャリア教

育」

22