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非破壊検査第 58巻 10号, pp.446-451 (2009.10) 解説
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高輝度放射光 CT法による腐食疲労損傷の観察 中井善一,塩澤大輝 神戸大学大学院
Observations of Corrosion Fatigue Damage
by Computed Tomography using Ultra-bright Synchrotron Radiation
Yoshikazu NAKAI and Daiki SHIOZAWA
Graduate School of Engineering, Kobe University
キーワード: 腐食,疲労破壊,損傷評価,CT,アルミニウム合金
1. はじめに 金属材料は,腐食環境中で強度が著しく低下する場合が多い.また,無負荷状態よりも,負荷された状態のほうが腐食による損傷が激しいことが多い.その原因は,負荷によって,表面の不働態皮膜が破壊され,金属の新生面が溶液に直接曝されるためである.大気中における疲労では,表面にすべり帯が形成されて,すべり帯より疲労き裂が発生することが多いが,腐食環境中では,結晶のすべりによって不働態皮膜が破壊され,その部分がアノード,不働態皮膜で覆われた部分がカソードとなることによって,局部電池が構成される.その結果,腐食ピットと呼ばれる微小な穴ができ,それが徐々に成長して,やがてピットよりき裂が発生し,破断に至る.したがって,腐食疲労損傷を把握するには,腐食ピットの発生と成長挙動を詳細に調べることが重要である. 腐食疲労過程中の腐食ピットの成長挙動に関しては,従来,金属顕微鏡を用いた研究が多く行われてきたが,金属顕微鏡ではピット形状を三次元的に観察することができない.そのため,駒井らは,走査型電子顕微鏡(SEM)によるステレオフラクトグラフィー手法を開発した 1).しかし,この場合,一旦疲労試験を中断し,真空環境下に試料を置くことが必要である.駒井らは,走査型原子間力顕微鏡を用いて,腐食環境に浸漬したままで,ピットの成長挙動を観察することも行っている 2).しかしながら,AFMで観察することのできる凹凸は数μm以下であり,腐食疲労においては,数十μm 以上の深さのピットが形成されるため,必ずしも有効な観察法とは言えない.Wei ら 3)は,エポキシ樹脂によって腐食ピットのレプリカを作成して,それを SEM によって観察した結果,腐食ピットは複雑な三次元形状をしていることを明らかにしている. 著者らは,これまでに,高輝度放射光を用いた
μCT(Computed Tomography)法によるイメージング技術によって,鉄鋼材料中の介在物の観察や,ねじ
り疲労き裂,フレッティング疲労き裂の観察を行ってきた 4)-7)が,本解説では,同技術によって,腐食疲労過程におけるピットおよびき裂の発生と成長を観察した結果について述べる.
2. CTイメージング法 2.1 透過コントラスト法
X線CT法は,観察対象に種々の方向からX線を照射し,透過したX線が作る二次元像の画像群に数値演算処理を施すことにより三次元像を再構成する方法である.産業用 CTで得られるイメージング像は,透過コントラストによるものである.
2.2 屈折コントラスト法 吸収コントラストでは,それぞれの物質のX線吸収率の差に起因するコントラストしか現れないため,密度差の少ない物質の識別が困難である.このような場合に威力を発揮するのが,異材界面における X 線の屈折を利用した屈折コントラスト法である. 図 1に示すように,平行なX線を試料に入射した場合,透過像上で試料の密度分布境界線上にあたる部分では,屈折した X線と直進した X線の分離が生じる.屈折したX線が検出面に届かない検出面上では強度が落ち,わずか内側では屈折光の寄与で強度が増す.このため平行度の高い放射光の透過像では,吸収線量の差が低い物質同士でも,境界が強調されたイメージが得られる.これを屈折コントラストイメージと呼んでいる. 屈折コントラストを利用することにより,密度差
図 1 屈折コントラスト法.
高輝度放射光 CT法による腐食疲労ピットおよびき裂の発生と成長の観察
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の異なる物質間の界面が強調されるとともに,開口量が少ないき裂を強調することができる 6).原理から明らかなように,透過光検出器を観察試料より離す(L を大きくする)ことによって界面の幅が太くなるため,透過コントラスト法と同じ検出装置を用いることができるが,取り得る Lの最大値は装置の制限を受ける. 腐食ピットのように溶液または大気と金属のようにX線吸収係数の差が大きく,かつ屈折コントラストの効果を用いなくとも検出を行える観察対象に対しては,界面が太くなるとかえって画像がぼやけ,イメージング像の分解能を低下させることになる.そのため,観察対象によって,吸収コントラストと屈折コントラストを使い分ける必要がある.
2.3 回折コントラスト法 図 2に示すように, Braggの回折条件を満たす結晶粒の場合,回折角の方向に結晶粒の投影像が現れ,透過像には結晶粒の投影形状をした暗い領域が観察される.試料に対して種々の方向からX線を入射すると,各結晶粒に対して回折条件を満たす場合が多数存在する.回折条件を満たした場合の像を抽出して,三次元像を再構成すると,結晶粒の形状を三次元的に同定することができる 8).また,回折角より,結晶方位,格子ひずみを求めることが可能となる.原理的には,試料を構成する全ての結晶粒の形状,方位,ひずみを三次元的に求めることができるので,多結晶体の研究に極めて有力な方法であるが,まだ研究が緒についたところであり,今後の発展が
期待される.
3. 腐食槽形状の影響 金属試料のCT撮影を行う場合,1回の観察に 1h程度以上の時間を要するため,溶液中に試料を浸漬した状態で観察を行うと,その間にも腐食が進行し観察には望ましくないため,通常は溶液を抜き取って腐食槽をつけたまま観察を行っている.腐食槽の取り外しには時間を要するため,腐食槽を付けたまま観察を行い腐食槽の CT像への影響を調べた.その結果を図 3に示す.(a)および(b)は矩形断面試料,(c)は円形断面試料の場合である.(a)より,Type Iの腐食槽を取付けた場合,再構成像全体を横切るアーティファクトが現れていることがわかる.CT 像を再構成する場合,腐食槽を含めた試料の全幅が撮影領域に入る必要があるが,Type Iの場合,腐食槽の幅はそれよりも大きく,中央部のみが撮影領域内に入る.このような場合でも,腐食槽の撮影領域内に入っている部分が均一であればほとんど問題はないが,Type Iの場合,入射方向によってX線透過厚さが異なっているだけでなく,図 3(a)右図に示した場合のように,入射方向によっては撮影領域内にシリコンチューブが入らない場合もあり,その前後でシリコンチューブの透過厚さが不連続に変化する.このことがアーティファクト発生の原因であると考えられる.Type IIの場合,試験片の外側にアーティファクトが見られるが,試験片内部のアーティフ
図 2 回折コントラスト法.
500 mμ 500 mμ 200 mμ
(a) Type I 腐食槽 (b) Type II腐食槽 (c) 腐食槽なし (d) Type III 腐食槽 図 4 CTイメージングにおける腐食槽の影響.
(a) Type I (b) Type II (c) TypeIII
図 3 腐食槽形状.
中井善一,塩澤大輝
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ァクトは,腐食槽を着けずに測定した(c)と,ほとんど異ならない.Type IIの場合も,腐食槽は中央部しか撮影領域内に入らないが,回転方向に対して腐食槽は滑らかな形状であり,また,全ての入射方向に対してほぼ同一の透過厚さになっている.したがって,腐食槽によるX線吸収量はほぼ一定である.この場合も,再構成された試料内部各点における線吸収係数の値そのものは真の値ではないが,測定された値と真の値との差は断面内でほぼ一定であるため,線吸収係数の分布像にアーティファクトがほとんど現れなかったものと考えられる.Type III を用いた場合には,試料が回転した場合でも透過像に写る腐食槽がほぼ均一となるため,腐食槽によるアーティファクトはほとんど見られない.なお,いずれの場合も,試料断面内に,中心が CT撮影時の試料回転中心と一致した円周状の模様が見られるが,これはアーチフアクトと考えられる.
4. 腐食ピットの観察
4.1 SEM観察との比較 2mm×3mmの矩形断面を有する試験片について,破断後の表面状態を SEM によって観察した結果を図 5 に示した.表面は不働態皮膜で覆われており,
この皮膜は,亀甲模様状に割れている.また,皮膜の一部が脱落していることが観察される.腐食疲労過程中にμCTを行った結果の一例を図 6に示した.(c)は不働態皮膜と母材の界面付近,(a)と(b)は不働態皮膜中,(d)は母材中のμCT 像である.μCT 像においても試験片表面の不働体皮膜に細かな割れが見られる.なお,割れた不働体皮膜の下に腐食ピットが存在していることは重要である.従来行われてきた表面観察では,このような腐食ピットを発見することができないはずである. なお,これより 5×104cycles後にμCT撮影を行った結果では,この皮膜は観察されなかった.このように,本材料の場合,試験片表面では皮膜の生成と脱落が繰り返されているようである.
4.2 腐食ピットの三次元形状 矩形断面試験片における腐食ピットを観察した
(a) 界面から 4.1μm上の断面.
(b) 界面から 1.4μm上の断面
(c) 不働態被膜と母材の界面
(d) 界面から 2.7μm下の断面
図 6 試料表面のCT像 (σa=120MPa, N=3.5×105cycles).
図 7 腐食ピットの三次元形状(σa=120MPa, N=3.5×105cycles).
50 mμ
図 5 試料表面の SEM像. (σa=80 MPa, Nf=4.97x106)
高輝度放射光 CT法による腐食疲労ピットおよびき裂の発生と成長の観察
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結果の例を図 7に示した.図 7では,再構成像に二値化を施すことにより試料の表面形状を三次元的に表している.図 7より試験片表面に腐食ピットが形成され,このとき腐食ピットの深さは約 10μmであることが分かる.さらに矢印で示すように腐食ピットの中に,ピット発生の起点となった介在物と見られるくぼみが見られる.このように不働態被膜の下に存在する場合でも腐食ピットの詳細な形状を観察することが可能である. 次に直径 1.4mmの円形断面試験片を用いて,腐食ピットの詳細な観察を行った結果を以下に述べる. (1) 腐食ピットの発生
応力振幅σa=115MPa,負荷繰り返し数 N=4.9×105cyclesにおけるCT像の例を図8および9に示す.図 8では再構成結果の断面像を,図 9では二値化処理した表面形状を示している.図 8において,試験片長手方向(圧延方向)に細長く伸びた腐食ピットが見られる.この腐食ピットの大部分は表面に現れておらず,内部を植物の根のように広がっている.この形状は圧延方向に分布した介在物-母材界面あるいは結晶粒界に沿った腐食によるものと考えられる.また,腐食ピット発生部の表面は,盛り上がっていることが分かる.腐食ピットの他の例を図 10に示した.この場合も,図 8の場合よりも長さは短いが,ピット底に圧延方向に長い形状の像が認められる.なお,この場合,腐食ピットが発生した位置における表面の盛り上がりが顕著であり,表面観察では,腐食ピットは見られない.このような盛り上がりは,マルテンサイト系ステンレス鋼の AFM観察においても認められている 9).このように介在物が表面に現れている箇所で腐食反応が活発となり不働態皮膜が形成される.さらに繰返し負荷により不働態皮膜に割れが生じることで,介在物分布にそって腐食反応が進行しているものと考えられる. (2)腐食ピットの成長 図 8と同じ腐食ピットの時間的変化を図 11および 12に示した.図 9, 11および 12より,繰返し数の増加(時間の経過)とともに腐食領域が拡大するとともに腐食ピットの深さが大きくなっていることが分かる.図 12のような腐食ピットの形状はWeiら 3)によってエポキシ樹脂を用いたレプリカ法で観察された結果と類似である.
図 9 腐食ピットの三次元形状(N=4.9×105cycles)
(a) 円周方向断面像.
(b) 横断面.
図 8 腐食ピットの断面像 (σa=115MPa, N=4.9×105cycles).
中井善一,塩澤大輝
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(3) き裂の発生 図 12 で観察した腐食ピットからのき裂の発生が観察された.き裂発生前および発生後の腐食ピットの CT像の例を図 13に示す.図 13(a-1)および(b-1)より試料表面(xz 面)の断面像に着目すると,表面で見られる大きな腐食ピットからき裂は発生せず,浅いが面積の大きな腐食ピットからき裂が発生していることが分かる.図 13(a-2)および(b-2)に示した表面に垂直な断面像(yz 面)では,腐食ピットの底から
さらに下部においても腐食領域が存在し,もっとも深く腐食が進行した位置においてき裂が発生している.腐食ピットの深さは 12μmであり,き裂が発生した腐食領域の深さは 40μmであった.このように腐食ピット底からさらに腐食反応が進行している複雑な現象を放射光を用いた CTイメージング法により観察できた.放射光を用いた CTイメージング法によれば腐食ピット形状をより詳細に把握できるとともに,金属組織構造と腐食疲労の進行を評
図 12 腐食ピット (N=1.24×106 cycles)
図 11 腐食ピット (N=5.94×105 cycles)
5.6 mμ0 mμ 8.4 mμ 11.2 mμ 15.4 mμ 18.2 mμ 22.4 mμ20 mμ
(1)(2)(3)(4)
試料表面からの距離 (a) 円周方向断面像.
20 mμ (1) (2) (3) (4)試料長手方向の位置 図 ) ( (a)
(b) 横断面. 図 10 腐食ピットおよび不働態被膜の断面像 (σa=115MPa, N=4.9×105cycles).
高輝度放射光 CT法による腐食疲労ピットおよびき裂の発生と成長の観察
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価することが可能となることから,CT イメージング法は破壊メカニズムの解明だけでなく材料開発の分野においても非常に有効なツールであると考えられる.
5. おわりに 高輝度放射光を用いた CTイメージング技術は日進月歩である.CCDカメラが高性能化し,観察時間が大幅に短縮されれば,腐食ピット成長挙動のリアルタイム観察も夢ではない.また,回折コントラスト法を導入することができれば,腐食ピットの発生・成長しやすい結晶方位や結晶粒界に関する知見も得られるものと期待される.
参考文献
1) 駒井 謙治郎,菊地 純:ステレオフラクトグラフィー,養賢堂,p.48,(1996).
2) 駒井 謙治郎,箕島 弘二,伊藤 雅彦:STM/AFM による応力腐食割れき裂進展の
その場観察, 材料,Vol. 43,No.486, pp.336-342 (1994).
3) Robert P. Wei and D. Gary Harlow : Corrosion and corrosion fatigue of aluminum alloys –An aging aircraft issue, Proc. of Fatigue 99, (1999), pp. 2197-2204.
4) 塩澤大輝,中井善一,森影康,田中拓,尾角英毅,宮下卓也:高輝度放射光の X線 CTイメージングを用いた高強度鋼中の介在物の定量的評価,日本機械学会論文集(A),第72巻,第 724号,pp.1846-1852 (2006).
5) Y. Nakai, D. Shiozawa, Y. Morikage, T.Kurimura, H. Tanaka, H. Okado, T. Miyashita: Observation of Inclusions and Defects in Steels by Micro Computed-tomography using Ultra bright Synchrotron Radiation, Fourth International Conference on Very High Cycle Fatigue, Edited by John E. Allison, J. Wayne Jones, James M. Larsen, and Robert O. Ritchie, pp.67-72, TMS, Warendale, Pennsylvania (2007).
6) 塩澤大輝,中井善一,栗村隆之,森影康,田中拓,尾角英毅,宮下卓也,梶原堅太郎:放射光マイクロトモグラフィによる鋼中のき裂観察,材料,Vol. 56, No. 10,pp.951-957 (2007).
7) D.Shiozawa, Y.Nakai, T.Kurimura and K.Kajiwara : Observation of Fretting Fatigue Cracks by Micro Computed Tomography with Synchrotron Radiation,Proc. ICF-12, OS12.086 (2009).
8) W. Ludwig, S. Schmidt, E. M. Lauridsen and H. F. Poulsen : X-ray Diffraction Contrast Tomography: A Novel Technique for Three-Dimenshional Grain Mapping of Polycrystals. I. Direct Beam Case, Joural of Applied Crystallography, Vol. 41, pp.302-309, (2008).
9) Y. Nakai, Y. Shimizu, S. Fujiwara and T. Ogawa : Atomic-Force Microscopy of Corrosion Pits and Crack Initiation In Fatigue of Metals, Advances in Fracture Research (Proceedings of 10th International Conference on Fracture), K.Rasvi-Chandar, B.L.Karihaloo, T. Kishi, R.O.Ritchie, A.T.Yokobori, Jr. and T.Yokobori, eds. STP 1, 101 (2001).
(a-1) 試料表面 (a-2) 断面イメージ (a) N=1.24×106 cycles
(b-1) 試料表面 (b-2) 断面イメージ (b) Nf=1.25×106 cycles
図 13. 腐食ピットからのき裂の発生