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プール学院大学研究紀要 第 57 号 2016 年,393 〜 408 子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究 -親と子の関係性の視点から- 寺 田 恭 子 1) 野 原 留 美 2) 赤 井 綾 美 3) 田 宝 敏 美 4) プール学院大学短期大学部 1)   千里金蘭大学 2)  NPO 法人ウエルビーイング 3)   元和泉市立幼稚園園長 4)  Ⅰ.研究の目的 本研究は、寺田(2016)の先行研究を基盤にしており、子どもの主体性を育てることを目標に、 親自身が子どもとの関係性をふり返り、自己の子育ての課題を明確化するためのツール開発を目的 としている。本研究は、家族システム論を柱として、主体性育成の流れを組み立てている。つまり、 子どもを下位システムとして位置づけるならば、子どもの主体性を育てるためには、親の主体性が 育つこと、親の主体性のバランスがとれていること、親と子の相互主体的な関係性が成立している ことが重要であり、その親の主体性は、子育て支援者を含む他者との関係性が重要である、ことを 理論としている。 これまで親に関する尺度開発として、牧野(1983)の「育児不安尺度」、谷井・上地(2001)「親 役割診断尺度」、及川(2005)「親性への発達尺度」、野原ら(2010)「育児期家族力尺度」などがあ げられる。尺度は、高い得点になるに従ってその構成概念に適応すると解釈され、その解釈の上に立っ て、一般的に支援者が親を分析し、働きかけるためのツールとして位置づけられてきた。 本研究におけるそのツールの用い方としては、安井(2009:130-131)の支援方法を参考にした。 つまり、親自身の「実感」をキーワードに、客観的に把握された現実と実感を、親と子育て支援者 の関係性の中で照合し、整理する過程を通して、親自身が、対処技術(coping skills)や意味を見い だしていく、そういった親と支援者の協働作業の過程の中で、親自身が自己の子育ての課題目標を 設定するためのツールとして位置づけた。「主体性」という尺度で測ることが難しい概念を、いかに して構成化して組み立てることができるのか、さらに、親と支援者の協働過程の中で用いるツール として有効化するために、視覚化し、活用しやすいものとして開発することを問題意識としてもった。

子どもの主体性を育てる親の主体性 ... - Poole · た。さらに、「親の主体性」の定義として、「人の主体性を基盤として『親役割』3)」を達成すること

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プール学院大学研究紀要 第 57 号2016 年,393 〜 408

子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究-親と子の関係性の視点から-

寺 田 恭 子1)  野 原 留 美2) 赤 井 綾 美 3)  田 宝 敏 美 4) 

プール学院大学短期大学部 1)  千里金蘭大学 2)  NPO 法人ウエルビーイング 3)  元和泉市立幼稚園園長 4)  

Ⅰ.研究の目的

 本研究は、寺田(2016)の先行研究を基盤にしており、子どもの主体性を育てることを目標に、

親自身が子どもとの関係性をふり返り、自己の子育ての課題を明確化するためのツール開発を目的

としている。本研究は、家族システム論を柱として、主体性育成の流れを組み立てている。つまり、

子どもを下位システムとして位置づけるならば、子どもの主体性を育てるためには、親の主体性が

育つこと、親の主体性のバランスがとれていること、親と子の相互主体的な関係性が成立している

ことが重要であり、その親の主体性は、子育て支援者を含む他者との関係性が重要である、ことを

理論としている。

 これまで親に関する尺度開発として、牧野(1983)の「育児不安尺度」、谷井・上地(2001)「親

役割診断尺度」、及川(2005)「親性への発達尺度」、野原ら(2010)「育児期家族力尺度」などがあ

げられる。尺度は、高い得点になるに従ってその構成概念に適応すると解釈され、その解釈の上に立っ

て、一般的に支援者が親を分析し、働きかけるためのツールとして位置づけられてきた。

 本研究におけるそのツールの用い方としては、安井(2009:130-131)の支援方法を参考にした。

つまり、親自身の「実感」をキーワードに、客観的に把握された現実と実感を、親と子育て支援者

の関係性の中で照合し、整理する過程を通して、親自身が、対処技術(coping skills)や意味を見い

だしていく、そういった親と支援者の協働作業の過程の中で、親自身が自己の子育ての課題目標を

設定するためのツールとして位置づけた。「主体性」という尺度で測ることが難しい概念を、いかに

して構成化して組み立てることができるのか、さらに、親と支援者の協働過程の中で用いるツール

として有効化するために、視覚化し、活用しやすいものとして開発することを問題意識としてもった。

 

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394 プール学院大学研究紀要第 57 号

Ⅱ.概念の定義と操作化

1.概念の定義

(1)本研究における親の主体性の定義

 本研究におけるキーワードである主体性について、その定義はさまざまである 1)。本研究では、

木村(1994:60-61)や中村(2004)の先行研究を手がかりに、寺田(2016:10-11)が定義した「あ

らゆる生物は、生きることを目的として、周囲の環境に適応し、変化してきた。その変化してきた

関係のありようこそ、その種がもつ『主体性』である」を援用している。そして、「人」という種が

もつ主体性の定義は、「社会的存在」であり、その社会的存在とは、「互恵的な利他性や協同性が機

能する人同士の共同体をつくることで、自己の主体性の完成をめざす存在」(寺田 2016:13)2)とし

た。さらに、「親の主体性」の定義として、「人の主体性を基盤として『親役割』3)」を達成すること

を目的とした環境との適応のありよう」(寺田 2016:41)を援用した。

(2)概念の操作化

1)「子どもの主体性を育てる親の主体性」尺度の下位概念

 親の主体性の定義である「人の主体性を基盤として『親役割』を達成することを目的とした環境

との適応のありよう」を前提に、親の主体性をより具体化するために、寺田(2016)の原著から、キー

ワードを抽出し、それらのキーワードを下位概念として捉えることとした。

 抽出したキーワードは、「親アイデンティティ(親と子の相互主体的関係性を含む)」「地域の他者

との相互主体的な関係性」「親の個体内関係性の安定(自尊感情を含む)」「世代性(他者への関心を

含む)」の 4 キーワードである。

 各キーワードについて、以下のように説明をする。

(1) 親アイデンティティ(親と子の相互主体的関係性を含む)

 寺田のアイデンティティの定義 4)に沿って、親アイデンティティを「親役割に基づく親意識

の一貫性と連続性を子どもと共有することによって発生する自分が親であるという感覚」(寺田

2016:51 - 52)と定義した。そして、親役割に相応しい行動や子どもとのかかわりを遂行するこ

との積み重ねによって、親としての自己に自信と肯定感を得て「親アインデンティティ」を獲得

すると考えた(寺田 2016:50)。

 さらに、親アイデンティティは、「親の基本的自尊感情」と「親役割受容」が関係することが実

証研究(寺田 2016:87-101)によって明らかにされたが、これらは、子どもとの相互主体的な関

係性 5)が影響するのではないか、と仮説をたてた。

(2) 地域の他者との相互主体的な関係性

 社会的存在を前提とした人の主体性について、本研究では「関係性」の視点から、①自己の主

体性に他者との関係性が内在する、②他者との関係性に自己の主体性が内在する、という木村

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395子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

(1994)の論を参考に、親の主体性のありよう(自己充実主体性と繋合希求主体性のバランス)が

アンバランスである場合、地域の他者との相互主体的な関係性の成立が困難である、という実証

研究(寺田 2016:24-39)を基に、「地域の他者との相互主体的な関係性」を構成概念に加えた。

(3) 親の個体内関係性の安定(自尊感情を含む) 

図1.自己(私)の意識の重層構造(引用;寺田 2016:124)

 岡本(2007)、木村(2005)、梶田(1988)の先行研究をもとに意識の重層構造を作成し(図1)、

人は、個体内関係性(内在的関係性:自己意識の重層構造における関係性)と外在的関係性(他

者との関係性)の世界を生きている、これらの関係性は相互関係にある(木村 2005)、を前提に、

①自己を肯定し、他者(子どもを含む)を肯定する意識構造が他者(子どもを含む)との関係性

に影響を及ぼす、②自己との調整とは、自己といかに折り合えるのか、であり、その調整力が他

者(子どもを含む)との関係性に影響を及ぼす、という仮説を設定し、親の主体性の構成概念の

一つに加えた。

 自己肯定感は、自尊感情とも大きく関係していることから、自尊感情もこの構成概念に加えた。

自尊感情については、近藤(2010)の研究を参考に、要求の充足度を結果や成果ではかる「社会

的自尊感情」と、存在そのものを意味あるものとする「基本的自尊感情」の二つを自尊感情とし

て位置づけた。これらの親の自尊感情が、子どもの主体性に影響を与えるという実証研究(寺田

2016:56-86)を基に、社会的自尊感情については、ほどよい充足、基本的自尊感情については、

親アイデンティティとも関連するため、高いほど子どもの主体性を育てる、と考えた。

(4) 世代性(他者への関心を含む)

 エリクソンの心理発達課題である「世代性」6)と、親の主体性との関係に関する実証研究(寺

田 2016:102-119)を基に、構成概念として以下の点に着目した。

 ①他者への関心をもち、自己に固執しない能力

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396 プール学院大学研究紀要第 57 号

 ②他者に必要とされることに意味感を感じる

 ③主体的アイデンティティ 7)をもっている

2.「子どもの主体性を育てる親の主体性」尺度の下位概念と下位項目

表1.「子どもの主体性を育てる親の主体性」の下位概念別尺度項目

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397子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

 表1は、「子どもの主体性を育てる親の主体性」尺度の下位概念別尺度項目である。主体性、アイ

デンティティ、関係性に関する下位項目としては、「関係性の中での自立尺度」(畠中ら 2011:16-

17)を参考にした。親役割に関しては、谷井・上地(2001)「親役割診断尺度」、及川(2005)「親性

への発達尺度」、柏木・若松(1994)の研究、中村(2007)の研究を参考にした。相互主体的な関係

性や世代性については、寺田(2016)の研究を参考にして、下位項目を作成している。

Ⅲ.調査の方法

1.調査の対象と手続き

 調査対象者は、2 か所のつどいの広場を利用する保護者 163 名(回収率 100.0%)である。研究者

から 2 か所のつどいの広場の各施設長と施設を管轄する行政機関に口頭と文書により、本研究の趣

旨と方法、倫理的配慮について説明し、研究協力を依頼した。調査票は各施設を通して対象者に配

布し、回収方法は各施設にて回収を依頼し、研究者に一括郵送してもらった。調査期間は 2016 年 6

月 10 日から 8 月 31 日である。

2.調査の内容

 前述した手順により「子どもの主体性を育てる親の主体性」尺度案を作成し、その後、子育て支

援にあたっているつどいの広場のスタッフ 4 名と、子育て支援の研究者 3 名に依頼して、内容妥当

性の検討を行った。その結果、28 項目文を確定した。

 得点法は、各項目文に対して「全く思わない(感じない)」から「とても思う(感じる)」までの 5

段階で回答を求め、合計得点が高くなるほど「子どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなるよう、

選択肢にそれぞれ 1 〜 5 点を配点した。なお項目文の中には中庸な場合に「子どもの主体性を育て

る親の主体性」が高くなる項目もあるが、配点形式は他の項目文と同様に設定した。

 その他、調査対象者の属性として、年齢、子どもとの関係、子どもの数、職業、つどいの広場の

利用頻度について尋ねた。

3.分析の方法

 まず各項目についてI-T分析を行い、各項目得点が全体の得点の動きと連動しているかを確認

した。次に、項目得点が中庸な場合に「子どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなる項目を除

く 23 項目を用いて因子分析を行い「子どもの主体性を育てる親の主体性」の因子構造を確認した。

次に尺度のクロンバックα係数を算出し、信頼性を確認した。最後に、項目得点が中庸な場合に「子

どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなる項目と、因子分析の結果各因子に対する負荷量が 0.35

未満だったため除外した項目のうち、親と支援者の協働作業の過程の中で、親自身が自己の子育て

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398 プール学院大学研究紀要第 57 号

の課題目標を設定するためのツールとして必要であると判断した項目について、「子どもの主体性を

育てる親の主体性」得点との相関係数を算出した。

 なお、分析にはSPSS 24.0 Jを使用した。

4.倫理的配慮

 質問紙の表紙に、研究目的、調査への協力は自由意志であること、個人のプライバシーに十分配

慮すること、調査票は無記名であり個人を特定することはできないこと、回答内容によって広場を

利用されるにあたり不利益となるようなことはないこと、本研究に関わる者以外がデータを扱うこ

とはないこと、結果は学術的な目的以外に使用しないことを明記した。調査への同意は、調査票の

回収をもって得られたものとした。なおこの調査を実施するにあたっては、実施施設を管轄する行

政機関の承諾を得た。また、プール学院大学短期大学部研究倫理規定に基づき学長の承認を得て実

施した。

Ⅳ.結果

1.対象者の属性

 回答の得られた 163 票のうち、全ての尺度項目に欠損のなかった 150 票を分析の対象とした(有

効回答率 92.0%)。分析対象者の属性は以下の通りであった。母親 148 名(98.7%)、父親 2 名(1.3%)。

年齢は 20 代 52 名(34.7%)、30 代 85 名(56.7%)、40 代 12 名(8.0%)、無回答 1 名(0.7%)。子ど

もの数は 1 人 108 名(72.0%)、2 人 39 名(26.0%)、3 人 3 名(2.0%)。職業は主婦 126 名(84.0%)、

常勤(産休・育休中含む)16 名(10.7%)、アルバイト・パートタイマー 7 名(4.7%)、自営業 1 名

(0.7%)。つどいの広場の利用頻度は「よく利用する」24 名(16.0%)、「時々利用する」76 名(50.7%)、

「あまり利用しない」18 名(12.0%)、「今日が初めて」31 名(20.7%)、無回答 1 名(0.7%)であった。

2.項目分析

 質問項目の適切さを検討するため、各項目の分析を行った。まず、各項目の反応欠損値が 10%を

超える項目はなかった。また、一つの項目の得点の動きが、全得点に関連しているかを確認するた

めにI-T分析を行った。得点が中庸の場合に「子どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなる 5

項目を除く 23 項目の総和と、各項目との相関係数を算出した(表 2、表 3)。 23 項目すべてにr= .161

〜 .682(p < .05)の範囲で有意な相関が得られ、内的整合性が認められた。

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399子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

       表2.尺度の総得点と各項目の平均得点および標準偏差        N= 150

3.構成概念妥当性と信頼性の検討

 次に、「子どもの主体性を育てる親の主体性」の因子構造を確認するため、得点が中庸の場合に「子

どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなる 5 項目を除く 23 項目の質問項目を用いて因子分析(最

尤法、プロマックス回転)を行った。因子数は固有値1以上の基準を設け、因子に対する負荷量が 0.35

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400 プール学院大学研究紀要第 57 号

未満の項目を除外した(表4)。

表3.I-T分析結果    項目文の前の番号は実際の調査票内の番号である。(*) は逆転項目 

 各因子の検討を行ったところ、第 1 因子は「28. 自分は、自分に折り合いをつけることが下手だと

思います(逆転項目)」や「21. 人の目ばかり気にして、自分を失いそうになるときがあります(逆

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401子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

転項目)」などの 6 項目に高い負荷を示したため、『他者との関係性における自分との折り合い』因

子と命名した。第2因子は「2. 子どもが思い通りにならなくて、つらいことが多いと思います(逆

転項目)」や「3. 子どもとの関係で、感情的になることが多いです(逆転項目)」などの 3 項目に高

い負荷を示したため、『子どもとの関係性における自分の気持ちや思いへの過剰な関心』因子とした。

第3因子は「12.自分の子どもと一緒にいて楽しいです」や「13. 自分の子どもの楽しそうな笑顔を

みると、自分もうれしくなります」「6.自分は親になって良かったと思います」などの 5 項目に高

い負荷を示したため、『親アイデンティティの発達』因子とした。なお、尺度としての信頼性は、全

14 項目で Cronbach のα係数が .804 であった。各下位尺度のα係数は表4に示している。合計得点

の平均値は 35.5 点、標準偏差は 4.30 であった。また各下位尺度の合計得点を項目数で除したものを

下位尺度得点として算出したところ、第 1 因子の下位尺度得点は 3.2 点(SD0.66)、第 2 因子は 3.0

(SD0.96)、第 3 因子は 4.7(SD0.38)であった。

       表4.「子どもの主体性を育てる親の主体性」因子    全 14 項目α= .804

4.「子どもの主体性を育てる親の主体性」に関連する項目について

 因子分析の結果「子どもの主体性を育てる親の主体性」尺度に含まれなかった項目のうち、親と

支援者の協働作業の過程の中で親自身が自己の子育ての課題目標を設定するためのツールとして、

必要だと思われる項目について、検討した。

 まず「9.自分には一人の人間としていいところがたくさんあると思います」は因子分析の結果、

各因子に対する負荷量が 0.35 未満だったため、尺度項目としては除外された。しかしこの項目は「基

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402 プール学院大学研究紀要第 57 号

本的自尊感情」に関する項目で、「子どもの主体性を育てる親の主体性」の基盤を支える概念である。

I-T分析の結果からも、相関係数は .524 と相関関係が示されている。

 また、項目得点が中庸な場合に「子どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなる項目のうち、「7.

自分は親として他の人より優れていると思います」もI-T分析の結果から .328(-0.328)と相関関

係が示された。この項目は「社会的自尊感情」に関する項目で、基本的自尊感情と同様に「子ども

の主体性を育てる親の主体性」の基盤を支える概念である。

 その他、項目得点が中庸な場合に「子どもの主体性を育てる親の主体性」が高くなる項目のうち、

「4.子どもが目標を達成するまで頑張らせます」はI-T分析では相関関係は示されなかったが、

親の「期待、規範、理想」を示す項目として「子どもの主体性を育てる親の主体性」に関連するも

のとして考えた。そこで、「子どもの主体性を育てる親の主体性」尺度の合計得点と各下位尺度得点

との相関係数を算出した。その結果、第3因子との相関係数がr= .176(p < .05)と弱いながらも

相関関係が確認された。

Ⅴ.考察

 本研究は、親と支援者の協働作業を通して、親自身が子どもとの関係性をふり返り、子どもの主

体性を育てることを目標として、親自身の子育て課題を明らかにするツールを開発することを試み

た。データを分析した結果、子どもの主体性を育てる親の主体性分析として、「他者との関係性にお

ける自分との折り合い」「子どもとの関係性における自分の気持ちや思いへの過剰な関心」「親アイ

デンティティの発達」の3つの構成概念からなる 14 項目の尺度が求められた。さらに、この尺度項

目以外の項目として、子どもの主体性を育てるために重要とされる親の「基本的自尊感情」の項目

を加えた。また、尺度というツールが高得点になるほど成熟や発達を意味するため、バランスを要

する人の主体性を測ることには限界があったため、子どもの主体性が育つ上で、「中庸」であること

が望ましいと考えられる親の「社会的自尊感情」と「期待、規範、理想」の項目を加えた。

結果として、「子どもの主体性を育てる親の主体性分析シート」(図表1)という、ツールが完成した。

1.「子どもの主体性を育てる親の主体性分析シート」における因子分析項目

 因子分析結果(表4)から、3因子が明らかになった。

(1)第1因子「他者との関係性における自分との折り合い」

 本因子は、木村(2005)の「人は水平と垂直のあいだを生きている」=人の内在的関係性と外在

的関係性は相互関係にある、を論拠とした因子であると考える。自己との折り合いをすることで、

他者との関係性をつくり、また、他者との折り合いをすることで、自己をつくる、という人の主体

性の社会的存在を前提としたありようが因子として抽出できたこと、また、本因子が第1因子とし

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403子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

て抽出できたことは、子どもの主体性を育てるためには、親自身の他者との関係性が重要であると

いう家族システム論の捉え方が有効であることが実証され、大変意義のある分析結果であったと考

える。

(2)第2因子「子どもとの関係性における自分の気持ちや思いへの過剰な関心」

 本因子は、親のアンバランスな主体性のありようが子どもの主体性の育ちに影響を与える(寺田

2016:36)を論拠とした分析結果だと考える。親の自己の気持ちや思いへの関心が過剰に強い場合

(図2)、「子どもに干渉しすぎる」「子どもが親の目を気にしすぎる」などが指摘されており(寺田

2016:36)、また親自身の実感として「感情的になり、自己嫌悪になってしまうことが多い」(寺田

2016:79)が、親アイデンティティの発達を困難にし、結果として子どもの主体性やアイデンティティ

の発達に影響を与えると考える。

 

  図2.親の「自己の思いや気持ちへの関心が過剰に強い」主体性(引用;寺田 2016:36)

(3)第3因子「親アイデンティティの発達」

 親アイデンティティの発達は、親と子の相互主体的な関係性によって影響を受ける、を論拠とし

た因子内容である。親アイデンティティは、自分が親である、という感覚であり、親としての自信

と肯定感によって獲得できるものである。子どもとの相互主体的関係性が成立するときに、親とし

ての自信や喜び、意欲、充実感が生まれてくる(寺田 2016:80)。子どもの存在そのものに感謝し、

子どもの主体性を認め、子どもが幸せであることに親として喜びや幸福を感じる、そんな自分を親

として肯定する感情が、第3因子だと考える。

2.「子どもの主体性を育てる親の主体性分析シート」における他の項目

(1)「基本的自尊感情」

 基本的自尊感情は、比較とか優劣とは無縁に、理由もなく絶対的、根源的な思いとして自分はこ

のままでよいのだと思える、そうした感情である。質問項目である「自分には一人の人間としてい

いところがたくさんあると思います」は、絶対的な自己肯定感を表すものであり、自己のみならず、

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404 プール学院大学研究紀要第 57 号

他者(子どもも含む)に対しても肯定的まなざしを向ける力を意味する。この肯定的まなざしを核

とする親の基本的自尊感情と子どもの主体性の育ちには、有意な関連があることが、寺田(2016:

71-86)の研究からも実証されている。

(2)「社会的自尊感情」

 主体性の基盤である社会的自尊感情と基本的自尊感情はバランスがとれていることがのぞましい

(近藤 2010)、と指摘される。しかし、親の社会的自尊感情が高すぎる場合に、他者との比較におけ

る結果や成果にこだわり過ぎ、子どもの自己肯定感や自信、意欲などの育ちに深刻な影響を及ぼす

ことが、臨床事例から数多く報告されている(たとえば、佐々木 1998;吉川 2001)。そのため、こ

の項目は中庸がのぞましいとして設定している。

(3)「期待、規範、理想」

 本項目は、自己の意識構造(図1)における内在的主体性の部分にあたる。岡本(2007:41)は、

この部分を「心の中の母親像」「内在化された親性」と呼び、梶田(1988:91)は「理想的自己像」

と紹介している。これらの重層構造のフィルターを通して自己を規定すると解釈する(寺田 120-

143)。親の期待、規範、理想が高すぎる場合、子どもの主体性にマイナスの影響を及ぼすことがさま

ざまな臨床事例(たとえば吉川 2001)から報告されている。本研究では、この項目について、中庸

を理想として設定している。第3因子との有意な関連性が認められ、親の期待、規範、理想が高す

ぎると、子どもとの関係性や、親アイデンティティにも影響が及ぶと考えられる。

3.今後の研究課題

 親と子育て支援者の協働作業の中で、親自身が子育てをふり返り、親自身の主体性の発達課題を

明らかにするために、本研究で示した「子どもの主体性を育てる親の主体性分析シート」を活用し

ていきたいと考える。そして、その効果の検証を含む研究実績を積み重ねることによって、本研究

の妥当性、信頼性を検証していきたいと考えている。

謝辞

 本研究にご協力くださいました「つどいの広場」関係のみなさまに心より感謝申し上げます。

付記

 本研究は、平成 28 年度文部科学研究費補助金(基盤研究 C)課題番号:15K00743 の研究助成を

受けて実施しています。

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405子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

図表1.子どもの主体性を育てる親の主体性分析シート

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406 プール学院大学研究紀要第 57 号

<注>

1)本研究の重要なキーワードである主体性については、研究領域においてその定義が異なる。異なる背景につ

いて、浅野・野島(2001:53-58)は、カント以後のドイツ観念論哲学の枠組みの中で2つの流れがあったこ

とを指摘する。つまり、一つは、実存の哲学において認識構造としての自我の側面から捉える「主体性」と、

もう一つはマルクスを経由した社会主義の思想において行為の場面における「行為主体」としての「主体性」

である。本研究においては、前者の視点から定義を設定し、本研究の主体性概念とは、社会的存在を前提と

した人の実存的主体性のありよう(様式)であり、鯨岡(2006)と畠中(2009)の論から、主体性は、自己

充実欲求に基づいた主体性=自身の気持ちや想いに関心を置き自己を貫きたいという主体性=「自己充実主

体性」と、繋合希求性に基づいた主体性=相手の気持ちや想いに関心を置き相手を信頼し寄り添いたいとい

う主体性=「繋合希求主体性」から構成されている(寺田 2016:14)。

2)平子(1997:2)は、アリストテレス哲学の文脈から次のように解釈している。「人間というのは、自己の自

然本性の完成をめざして努力しつつ、ポリス的共同体(つまり《善く生きること》を目指す人同士の共同体)

をつくることで完成に至る、という(他の動物には見られない)独特の自然本性を有する動物である」

3)本研究における「親役割」の定義については、Rusell(1974)の研究、高見ら(2009)の研究、大森・太田

(2013)の研究、馬場(1990)の研究から、「自分(親)の親としての役割を受容し、その役割を親自身が達

成することを目的として、子どもの生命や安全に関して保護し、社会的存在になるべく心身の発達を促すこ

と」(寺田 2016:30-31)とした。

4)アイデンティティとは、自己における斉一性と連続性の意識を他者と共有することによって発生する「自分

が自分である」という感覚(谷村 2000:6)であるといえる。前節で示した本研究の主体性概念から解釈すると、

相互主体的な関係性の中にアイデンティティという感覚が育ち、アイデンティティと主体性は相互に作用し

合い、それぞれ確立されていくと考えられる(寺田 2016:16)

5)自己と他者の主体性が相互に作用し合いながら、弁証法的発展変容することによって人の主体性は確立され

ていく、と考える。本研究では、そのありようを「相互主体的」な関係性と定義し、社会的存在である人は

誰でも「相互主体性」を前提とした主体性をもっていると考える。

6)本研究では、世代性の定義について、岡本(2007:51)の論を援用し、「達成された自らのアイデンティティ

でもって他者を支え育てること」としたい。 

7)梶田(1998:68-169)は、アイデンティティについて、「社会的アイデンティティ」と「主体的アイデンティ

ティ」があり、「社会的アイデンティティ」が「肩書き」に象徴される社会的役割や立場などの社会的なラ

ベルが中心となって自己の内面を規定するのに対して、「主体的アイデンティティ」は、自分でつかんだ実感・

納得・本音としての意味=自分の中に感じ取る意味感が根拠になると論じる。

<引用文献>

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Page 15: 子どもの主体性を育てる親の主体性 ... - Poole · た。さらに、「親の主体性」の定義として、「人の主体性を基盤として『親役割』3)」を達成すること

407子どもの主体性を育てる親の主体性分析に関する研究

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中村桂子(2004)『ゲノムが語る生命』集英社新書。

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408 プール学院大学研究紀要第 57 号

(ABSTRACT)

A study on the intersubjectivity analysis of the parent forNurturing the intersubjectivity of the child

- From the point of view of the relationship between parent and child –

TERADA Kyoko  NOHARA Rumi AKAI Ayami  TAHO Tosimi 

The purpose of this study is to develop a tool for nurturing the intersubjectivity of the

child. This tool is used through the parent and parenting supporter collaborative work. It helps to

reflect on the relationship between parent and child to clarify the parenting challenges parent

own.

Survey results showed three concepts of the intersubjectivity of the parent -

"Compromise with myself in relationships with others" "Excessive attention to their feelings in the

relationship with the child" " Development of parent identity " .These 3 concepts constituted the

scale of the 14 items.

Furthermore, this scale added the following 3 items of the intersubjectivity of the

parent because it was considered necessary for nurturing the the intersubjectivity of the child, -

"Basic self-esteem" "Social self-esteem" "Expect, Norms, Ideal".

And this study showed “Analysis sheet of the intersubjectivity of the parent to nurture

the intersubjectivity of the child ".you