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鹿児島県医師会報 平成30年4月号 86【はじめに】 てんかん原性関連領域は発作間歇時に は脳灌流が低下し、発作時/発作直後は 上昇することが知られており、てんかん 外科治療の術前評価の一つとして両者 SPECTの差分をMRI上に重畳するSISC OM(Subtraction Ictal SPECT Co- registered to MRI)が頻 用されている。しかし、 SISCOMは、ECDなど放 射性トレーサーを予め準 備して放射線管理区域内 で発作捕捉しなければな らないこと、被爆のため 検査回数に制限があるこ と、高価な検査機器であ り施行可能施設に限りが あることなどの短所も有 している。 ASL(Arterial Spin Labeling)はMRI シーケンスの一つであり、放射性トレー サーの代わりに頚部へラジオ波磁場照射 を行い、磁場スピンを逆転させた血液を 内因性トレーサーとすることで、脳灌流 画像を得る方法である(図1)。このため 非侵襲的であり、多くの施設に設置され ているMRIで複数回の検査を容易に実施 することが可能である。一方で、外部ト レーサーを用いる検査法に比べて、SN比 (信号対雑音比)が低い点が短所となる。 本稿では、当院のGE製3T MRI (Disc overy MR750w)によるASL撮影の経験 をもとに、てんかん救急医療における有 用性について述べる。 【症例】 50歳代男性。右頭頂葉脳梗塞後の部分 てんかんのために、2年前からレベチラ セタム1000mg/日を内服中であったが、 疾病受容が不充分で次第に怠薬傾向とな った。今回、急に上肢に強い顔面を含む 左半身のしびれ感と運動麻痺で発症し た。救急来院時、意識は清明、左片麻痺 図説脳神経外科 (第 143 回) てんかんとASL(Arterial Spin Labeling) 大坪 俊昭 1 、高田橋 篤史 1 、花谷 亮典 2,3 、細山 浩史 2,3 、丸山 慎介 3,4 樫田 祐美 2,3 、中村 克己 1 、八代 一孝 1 、藤元 登四郎 1 、有田 和徳 2 1 一般社団法人藤元メディカルシステム藤元総合病院 2 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科脳神経外科学 3 鹿児島大学病院てんかんセンター 4 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科小児科学 図1. ASLの原理 GE Healthcare GE Workshop Report 2012から引用

図説脳神経外科 - Kagoshima Uns/pdf/143.pdfstate diagnosis of epilepsy. J Neurol Sci 359 : 424−429, 2015 2) Shimogawa T, et al : The initial use of arterial spin labeling

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Page 1: 図説脳神経外科 - Kagoshima Uns/pdf/143.pdfstate diagnosis of epilepsy. J Neurol Sci 359 : 424−429, 2015 2) Shimogawa T, et al : The initial use of arterial spin labeling

鹿児島県医師会報 平成30年4月号86—

【はじめに】

 てんかん原性関連領域は発作間歇時には脳灌流が低下し、発作時/発作直後は上昇することが知られており、てんかん外科治療の術前評価の一つとして両者SPECTの差分をMRI上に重畳するSISCOM(Subtract ion Icta l SPECT Co-registered to MRI)が頻用されている。しかし、SISCOMは、ECDなど放射性トレーサーを予め準備して放射線管理区域内で発作捕捉しなければならないこと、被爆のため検査回数に制限があること、高価な検査機器であり施行可能施設に限りがあることなどの短所も有している。 ASL(Arterial Spin Labeling)はMRIシーケンスの一つであり、放射性トレーサーの代わりに頚部へラジオ波磁場照射を行い、磁場スピンを逆転させた血液を内因性トレーサーとすることで、脳灌流画像を得る方法である(図1)。このため非侵襲的であり、多くの施設に設置されているMRIで複数回の検査を容易に実施

することが可能である。一方で、外部トレーサーを用いる検査法に比べて、SN比

(信号対雑音比)が低い点が短所となる。 本稿では、当院のGE製3T MRI(Discovery MR750w)によるASL撮影の経験をもとに、てんかん救急医療における有用性について述べる。

【症例】

 50歳代男性。右頭頂葉脳梗塞後の部分てんかんのために、2年前からレベチラセタム1000mg/日を内服中であったが、疾病受容が不充分で次第に怠薬傾向となった。今回、急に上肢に強い顔面を含む左半身のしびれ感と運動麻痺で発症した。救急来院時、意識は清明、左片麻痺

図説脳神経外科 (第143回)

てんかんとASL(Arterial Spin Labeling)大坪 俊昭1、高田橋 篤史1、花谷 亮典2,3、細山 浩史2,3、丸山 慎介3,4

樫田 祐美2,3、中村 克己1、八代 一孝1、藤元 登四郎1、有田 和徳2

1 一般社団法人藤元メディカルシステム藤元総合病院2 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科脳神経外科学3 鹿児島大学病院てんかんセンター4 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科小児科学

図1. ASLの原理

GE Healthcare GE Workshop Report 2012から引用

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鹿児島県医師会報 平成30年4月号 —87図説脳神経外科

は上肢2/5, 下肢3/5であった。けいれん発作はなく、突然の感覚障害と左半身運動麻痺であったため、脳梗塞再発の可能性も視野に入れ、ASLを含むMRI施行した。発症後1時間48分後のASL画像では脳梗塞痕前縁および内側を中心に高灌流が示され、また発症後24時間後の再検ではこの領域が低灌流となっていることが示された(図2)。60歳代健常ボランティアと比較した統計画像でも、発症から1時間48分後のASLにおける高灌流が客観視できた(図3)。てんかん発作時には、発作発現に関連する領域で血流が増加することから、今回の症状は右頭頂葉起源のてんかん発作であったと診断が可能であった。

【まとめ】

 本症例のようにてんかん発作か虚血によるものかの判断に迷う場合にはASLが有用である。また、ASLは脳血管障害のみならず非けいれん性のてんかん発作の診断にも有用であり1、2)、我々も非けい

れん性てんかん重積の初期診断に有用であった症例を経験している。SN比は3T MRIの方が高いものの、1.5T MRIでも後付けoptionで実施可能な場合があり、更なる普及が期待される。

【参考文献】

1) Matsuura K, et al : Usefulness of arterial spin-labeling images in periictal state diagnosis of epilepsy. J Neurol Sci 359 : 424−429, 2015

2) Shimogawa T, et al : The initial use of arterial spin labeling perfusion and diffusion-weighted magnetic resonance images in the diagnosis of nonconvulsive parital status epilepticus. Epilepsy Res 129 : 162−173, 2017

図3. 発症後早期のMRI/ASL統計画像

発症後1時間48分と60代健常ボランティアのASL

とを比較処理し、MRIに重畳。p<0.001, uncorrected

t=3.485

図2. ASL画像

PLD: post labeling delay。高梗塞領域(矢印)の全

方内側にかけて血流増加(矢頭:赤色領域)が認め

られる