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落差工のある農業用排水路の整備時と施工9年後の生息魚種の比較 須藤 勇二 伊藤 暢男 ** 蛯名 健二 *** 宮本 修司 *** 平 吉昭 ***** 1.はじめに 農業用排水路の落差工は、「排水路の安全な機能保 持のために与える勾配配分の中から生ずる余剰落差を 調整する構造物」 1) である。 落差工の構造形式は、図-1に示すとおり、一般に 4種の構造形式に分けられる 2) 。最近の基準の運用の 解説 1) では、「落差工は、生物の移動に障害となるこ とがあるため、必要に応じて保全対象種の特徴等を踏 まえながら、生物の生息・生育環境の連続性に留意し て構造を検討する。」こととされている。このような、 生態系への配慮に関する考え方として、農林水産省の 土地改良事業計画設計基準等では、昭和53年9月制定 の「計画 排水」 3) に記載されていないが、平成13年 2月制定の「設計 『水路工』」 4) に記載されている。 また、基準に明記される前の平成2年度に整備が完了 した排水路において、生態系への配慮の考え方が取り 入れられた落差工の事例がある。 寒地土木研究所水利基盤チーム及び道東支所では、 道東地方の農業用排水路を対象に、平成23年度から平 成25年度までの3年間の予定で魚類調査を行い、落差 工が魚類の移動に与える影響を検討している。本報で は、平成23年に実施した魚類調査で把握した魚類の生 息状況を既往の調査結果と比較検討した。 2.方法 2.1 調査対象排水路の概要 調査の対象としたA排水路は、昭和30年頃と平成10 年頃に整備が行われた。排水路の概要としては、河口 から約70km 上流に位置し、総延長約6km(図-2)、 河床幅1.0 ~ 2.5m、河床勾配1/380 ~ 1/140、計画流 量が2.7 ~ 9.3m 3 /s、流域面積は約7km 2 である。当該 排水路には、合計19基の落差工が設置されており、そ の内訳は階段型(写真-1)が15基、水叩き段落型(真-2)が4基となっている。なお、階段型落差工の 1段当たりの段差は0.25m 程度であり、段落型落差工 における上下流の河床高の差は1m または1.5m である。 2.2 平成23年の調査方法 図-2に示すとおり、調査の対象とした排水路に、 下流調査区域・中流調査区域・上流調査区域の3つの 図-1 落差工の構造型式 技術資料 44 寒地土木研究所月報 №706 2012年3月

落差工のある農業用排水路の整備時と施工9年後の生息 ...4種の構造形式に分けられる2)。最近の基準の運用の 解説1)では、「落差工は、生物の移動に障害となるこ

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  • 落差工のある農業用排水路の整備時と施工9年後の生息魚種の比較

    須藤 勇二* 伊藤 暢男** 蛯名 健二*** 宮本 修司*** 平 吉昭*****

    1.はじめに

     農業用排水路の落差工は、「排水路の安全な機能保持のために与える勾配配分の中から生ずる余剰落差を調整する構造物」1)である。 落差工の構造形式は、図-1に示すとおり、一般に4種の構造形式に分けられる2)。最近の基準の運用の解説1)では、「落差工は、生物の移動に障害となることがあるため、必要に応じて保全対象種の特徴等を踏まえながら、生物の生息・生育環境の連続性に留意して構造を検討する。」こととされている。このような、生態系への配慮に関する考え方として、農林水産省の土地改良事業計画設計基準等では、昭和53年9月制定の「計画 排水」3)に記載されていないが、平成13年2月制定の「設計 『水路工』」4)に記載されている。また、基準に明記される前の平成2年度に整備が完了した排水路において、生態系への配慮の考え方が取り入れられた落差工の事例がある。 寒地土木研究所水利基盤チーム及び道東支所では、道東地方の農業用排水路を対象に、平成23年度から平成25年度までの3年間の予定で魚類調査を行い、落差

    工が魚類の移動に与える影響を検討している。本報では、平成23年に実施した魚類調査で把握した魚類の生息状況を既往の調査結果と比較検討した。

    2.方法

    2.1 調査対象排水路の概要

     調査の対象としたA排水路は、昭和30年頃と平成10年頃に整備が行われた。排水路の概要としては、河口から約70km 上流に位置し、総延長約6km(図-2)、河床幅1.0 ~ 2.5m、河床勾配1/380 ~ 1/140、計画流量が2.7 ~ 9.3m3/s、流域面積は約7km2である。当該排水路には、合計19基の落差工が設置されており、その内訳は階段型(写真-1)が15基、水叩き段落型(写真-2)が4基となっている。なお、階段型落差工の1段当たりの段差は0.25m 程度であり、段落型落差工における上下流の河床高の差は1mまたは1.5mである。

    2.2 平成23年の調査方法

     図-2に示すとおり、調査の対象とした排水路に、下流調査区域・中流調査区域・上流調査区域の3つの

    図-1 落差工の構造型式

    技術資料

    44 寒地土木研究所月報 №706 2012年3月

  • 図-2 排水路位置の概要

    図-3 A・B・C排水路位置関係

    区域を設定し魚類採捕調査を実施した。それぞれの区域の延長は、落差工を挟んで300m 程度である。調査の時期は平成23年9月・10月・11月の3回であり、調査には電気ショッカー、さで網およびたも網を使用した。採捕した魚類は、魚種の同定後、体長を計測し魚種ごとの個体数を記録した。

    3 既往調査

     既往調査は、排水路工事の施工前(平成8年)と施工後(平成14年)に実施されており、調査対象排水路で生息が確認された魚種が記録されている5)。なお、この調査では、A排水路のほかに、図-3に示す位置関係にあるB・C排水路でも同様の調査が実施されている。

    4 平成23年調査結果と既往調査結果の比較

     平成23年のA排水路で実施した採捕調査の結果と既往の調査結果は、表-1のとおりである。なお、既往の調査結果では、採捕された個体数は明示されておら

    ず、生息が確認された魚種のみの表示となっている。 また、B・C排水路での既往調査の結果を表-2に示す。

    4.1 生息状況の全体的傾向

     既往の調査で確認されている、スナヤツメ、フクドジョウ、イバラトミヨは、今回の調査でも採捕されていることから、A排水路を含む流域で再生産が行われていることが考えられる。

    写真-1 階段型落差工

    写真-2 段落型落差工

    寒地土木研究所月報 №706 2012年3月 45

  • 認されなかった可能性が考えられる。 さらに、上流調査区域と中流調査区域の間には、写真-2に示す段落型落差工が設置されているが、ニジマスは段落型落差工も遡上したと考えられる。 写真-3のように段落型落差工は、小流量時には比較的大きな落差がある。しかし、写真の赤点線に示す位置まで植生が倒伏しており、排水路の水嵩が増した形跡が見られる。それゆえニジマスは、水嵩が増して落差の影響が小さくなった際に遡上した可能性が考えられるが、具体的にどのような流量・落差の時に遡上したのかは不明である。

    4.3 ハナカジカの生息状況比較

     平成23年の調査でA排水路の下流調査区域で採捕されたハナカジカは、既往の調査では確認されていない。ただし、平成23年調査の下流調査区域が既往調査の調査範囲に含まれていない可能性があることから、ハナカジカが周辺排水路から移動してきたものであるか否かは不明である。

    4.2 ニジマスの生息状況比較

     平成23年の調査でA排水路の全調査区域で採捕された外来種であるニジマスは、既往の調査では確認されていない。このことから、既往の調査が行われた平成14年から、今回の調査を行った平成23年までの約9年間の間に、周辺の排水路からニジマスが侵入し、階段型落差工を遡上したと考えられる。なお、A排水路最下流の落差工に階段型落差工が設置された時期は、平成13年度であるため、平成14年調査ではニジマスが確

    写真-3 段落型落差工下流植生の倒伏状況

    赤点線の位置まで植生の倒伏が見られる。

    表-1 魚類採捕結果

    表-2 B・C排水路における既往調査結果

    46 寒地土木研究所月報 №706 2012年3月

  • 参考文献

    1) 農林水産省農村振興局企画部資源課監修:土地改良事業計画設計基準及び運用・解説 計画「排水」、pp.110-111、2006.

    2) 北海道開発局:排水路計画設計技術指針(案)、p.148、1998.

    3) 農林水産省構造改善局:土地改良事業計画設計基準 計画 排水、p.63、1978.

    4) 農林水産省農村振興局:土地改良事業計画設計基準 設計「水路工」、pp.34-36、2001.

    5) 山田久幸、粕谷典保:植生の早期回復に配慮した排水路工法について、水と土第141号、pp.71-75、2005.

    5 まとめ

     調査対象としたA排水路では、既往調査時点には確認されていなかった外来種であるニジマスが多数確認されていることから、階段型落差工はニジマスと同程度の遊泳力をもつ魚類に対しては移動障害にならないことが推察された。 また、平水時には遡上が困難である段落型落差工であっても、大雨等により河川の流量が増加した時には落差工の下流における水嵩が増したことで、上下流の河床高の差による影響が低減し魚類が遡上している可能性が示唆された。 A排水路での調査は、平成23年度から3年間行う予定である。平成23年度の調査では、A排水路における魚類の分布がある程度把握できたことから、平成24年度以降の調査では、トラップ調査、標識放流調査、遺伝子解析調査などにより魚類の生息範囲や移動状況に影響を与える因子の検討を行う予定である。

    須藤 勇二*Yuji SUTO

    寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ水利基盤チーム主任研究員

    伊藤 暢男**Nobuo ITO

    寒地土木研究所寒地農業基盤研究グループ水利基盤チーム研究員

    宮本 修司****Shuji MIYAMOTO

    寒地土木研究所技術開発調整監付寒地技術推進室道東支所主任研究員

    蛯名 健二***Kenji EBINA

    寒地土木研究所技術開発調整監付寒地技術推進室道東支所研究員

    平 吉昭*****Yoshiaki TAIRA

    寒地土木研究所技術開発調整監付寒地技術推進室道東支所主任研究員

    (副支所長)

    寒地土木研究所月報 №706 2012年3月 47