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57 森岡 実緒 *・石﨑 淳一 **・池田 浩之 *** 家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究 本研究では,自己の非開示や自己呈示の規範に合致した行動をしている人の違いに着目し,その背景に は日常生活において最も関わりの深く,影響を受けるであろう家族が関係しているのではないかと考え, 3つの関連を調査することを目的とした。対象者は関西圏の大学に通う大学生231名で,質問紙調査を行っ た。その結果,女性は家族成員間の情緒的絆を大事にしている人が多く,家族関係がバランスよく機能し ている人の場合,具体的に他者に対して否定的な感情やそれに関する情報を抑制する可能性があることが 分かった。また,家族機能が機能していないと認識できている人は,対人関係の場において否定的・嫌悪 的に自己の情報を開示することがあると示された。本研究では自己呈示は日常的に具体的な他者に対して 行われているにも関わらず,受け手である周囲が十分に検討されなかった。今後の研究としては,呈示者 を受け手の双方向のコミュニケーションとして捉え,その効果に実証的な検証を行う必要性がある。 キーワード:家族,自己開示,自己呈示,大学生 1. 問題 1-1. 自己開示及び自己呈示 日常生活において他者とのコミュニケーション の中で,私たちは自分自身に関する情報を伝える という行為を頻繁に行っている。こうした自分自 身に関する情報の伝達行為は,心理学において「自 己開示」や「自己呈示」とよばれている。この2 つの大きな違いとしては,行為性の意図性や,伝 達される内容の率直さにある。自己開示は,自己 の内に秘められている自己の心情や事実を他者に 伝える過程のことで,聞き手に対して率直に自分 自身の気持ちや経験などを伝えることである。一 方,自己呈示は他者が抱く自己への印象や評価を 意図的にコントロールして,自分にとって都合の 良いイメージを他者に伝える行為である。また, 自己開示は言語的な伝達が中心であるが,自己呈 示では容姿や服装,振る舞い方など,非言語的な 伝達も含めて全体的にどのようなイメージを他者 に伝えるかという点が重視されている。また,本 研究では,自己開示に関しては逆の考え方として 自己の非開示を用いることにした。 1-2. 自己の非開示について 自己の非開示の考え方として,自己隠蔽がある。 自己隠蔽とは「否定的もしくは嫌悪的と感じられ る個人的な情報を他者から積極的に隠蔽する 傾向」と定義されている( 河野,2000) 。河野 (2008)は日本語版自己隠蔽尺度を作成し,積極 的抑制の理論である心的外傷性の出来事を告白せ ずに抑制しておくには認知的な負荷がかかり,そ れがストレスとなる結果,健康状態を悪化させる という理論の妥当性を検討するために,自己隠蔽 傾向と自覚的身体症状との相関を検討した。18 ~ 25歳(平 均 年 齢19.79歳)の 大 学 の 学 生580名 (男性348名,女性232名)を対象に行った結果,自 己隠蔽尺度では性差が認められ,男性の平均が女 性よりも高いことが分かった。また,自己隠蔽尺 度得点と身体症状得点に有意な正の相関が認めら れた。これによって,自己隠蔽傾向が高いほど自 *   兵庫教育大学大学院学校教育研究科 **  神戸学院大学心理学部 *** 兵庫教育大学発達心理臨床センター

家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/18918/1...家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究

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  • 57

    森岡 実緒 *・石﨑 淳一 **・池田 浩之 ***

    家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究

     本研究では,自己の非開示や自己呈示の規範に合致した行動をしている人の違いに着目し,その背景には日常生活において最も関わりの深く,影響を受けるであろう家族が関係しているのではないかと考え,3つの関連を調査することを目的とした。対象者は関西圏の大学に通う大学生231名で,質問紙調査を行った。その結果,女性は家族成員間の情緒的絆を大事にしている人が多く,家族関係がバランスよく機能している人の場合,具体的に他者に対して否定的な感情やそれに関する情報を抑制する可能性があることが分かった。また,家族機能が機能していないと認識できている人は,対人関係の場において否定的・嫌悪的に自己の情報を開示することがあると示された。本研究では自己呈示は日常的に具体的な他者に対して行われているにも関わらず,受け手である周囲が十分に検討されなかった。今後の研究としては,呈示者を受け手の双方向のコミュニケーションとして捉え,その効果に実証的な検証を行う必要性がある。

    キーワード:家族,自己開示,自己呈示,大学生

    1. 問題

    1-1. 自己開示及び自己呈示 日常生活において他者とのコミュニケーションの中で,私たちは自分自身に関する情報を伝えるという行為を頻繁に行っている。こうした自分自身に関する情報の伝達行為は,心理学において「自己開示」や「自己呈示」とよばれている。この2つの大きな違いとしては,行為性の意図性や,伝達される内容の率直さにある。自己開示は,自己の内に秘められている自己の心情や事実を他者に伝える過程のことで,聞き手に対して率直に自分自身の気持ちや経験などを伝えることである。一方,自己呈示は他者が抱く自己への印象や評価を意図的にコントロールして,自分にとって都合の良いイメージを他者に伝える行為である。また,自己開示は言語的な伝達が中心であるが,自己呈示では容姿や服装,振る舞い方など,非言語的な

    伝達も含めて全体的にどのようなイメージを他者に伝えるかという点が重視されている。また,本研究では,自己開示に関しては逆の考え方として自己の非開示を用いることにした。

    1-2. 自己の非開示について 自己の非開示の考え方として,自己隠蔽がある。自己隠蔽とは「否定的もしくは嫌悪的と感じられる個人的な情報を他者から積極的に隠蔽する傾向」と定義されている(河野,2000)。河野(2008)は日本語版自己隠蔽尺度を作成し,積極的抑制の理論である心的外傷性の出来事を告白せずに抑制しておくには認知的な負荷がかかり,それがストレスとなる結果,健康状態を悪化させるという理論の妥当性を検討するために,自己隠蔽傾向と自覚的身体症状との相関を検討した。18~ 25歳(平均年齢19.79歳)の大学の学生580名(男性348名,女性232名)を対象に行った結果,自己隠蔽尺度では性差が認められ,男性の平均が女性よりも高いことが分かった。また,自己隠蔽尺度得点と身体症状得点に有意な正の相関が認められた。これによって,自己隠蔽傾向が高いほど自

    *  兵庫教育大学大学院学校教育研究科** 神戸学院大学心理学部***兵庫教育大学発達心理臨床センター

  • 58 発達心理臨床研究 第26巻 2020

    かと考えた。家族とは,夫婦を中核とし,親子,きょうだいなど少数の近親者を主要な構成員とする集団である。家族関係は,夫婦関係,親子関係,きょうだい関係,祖父母―孫関係,および全体としての家族の関係など様々な視点からとらえることができる。さらに家族関係の中でも,親子関係のあり方は子どもの発達に重大な影響を及ぼし,「自己に対する肯定的な感情の獲得」,「他者と肯定的,協力的,親密な関係を形成する力の形成」,「自己の能力,目標を見極め,アイデンティティを達成する」などの健全な発達に乳幼児期から青年期までの親子関係の質が重要な意味をもつ(岡田・泉澤,2018)。ボウルビィは乳児と母親の愛着の安定の差が,後の親密な対人関係,自己理解,心理的障害に長期的に関連するとし,乳児の頃に安定した愛着を有していた子どもは就学前や10歳時に,教師やカウンセラーとの間に適切な関係が展開されることを明らかにしている。このことから,家族関係のあり方がその後の発達に影響し,人との関係づくりに影響していることが分かった。また,脳は環境によって構築される部分もあり,環境からの刺激を受けた神経回路だけが生き残って発達し,環境適応のための自然沙汰は幼い脳の中で開始される。そのため,家庭内で過ごす時間も子どもにとっての環境であり,価値観や考え方,人との関わり,相手の心境理解など影響することも考えられる(市川,2004)。脳機能における研究では,ボディイメージを司っている脳の場所は,相手の意図理解にも関わり,身体がしっかりしていると相手の身体の姿勢,動き,動作から相手の意図理解,社会性・コミュニケーションにもつながることが明らかにされている(小泉,2006)。また,草田・岡堂(1993)は家族関係とは家族1人1人の感情が複雑に絡み合うものであると同時に,きわめてプライベートで,家族以外の人々には明かしにくいような様々な事情やいきさつを含んでいるため,家族関係を家族以外の者が外部から客観的にとらえるのは難しいと述べている。本研究では,自己呈示と自己の非開示の伝達行動の背景には,日常生活において密接した関係にある家族

    覚的な身体症状が多いことが明らかになった。

    1-3. 自己呈示について 自己呈示の定義としてJones&Pittman(1982)より「他者との関係の中で自己の勢力を増大しようとする動機に基づき,自己の特性に関する他者の帰属を誘発あるいは形成するために行われる行動」(吉田,2005;2014)とされている。しかし,近年では自己呈示を特定の場面で生じる勢力の拡大を目的とした表面的な振る舞いとして扱うのではなく,日常的な社会的相互作用も含めて,広く目標志向的なコミュニケーションとして捉えることが提唱されている(福島,1996)。また,人は一般的に,自らが属する文化の中で望ましいとされる価値・規範に基づいて行動することによって周囲の他者と良好な関係を形成し,そのような振る舞いを通じて自己のあり方に満足する傾向がある。吉田・浦(2003)は,日本文化には自己卑下呈示を望ましいとする文化的な自己呈示規範が存在しており,自己卑下呈示を通じて適応が促進される過程は2つあるとしている。1つ目は自己卑下呈示を行うことそれ自体によって適応が直接的に促進される過程で,2つ目は自己卑下的に呈示した内容を他者から「そんなことはない」と否定する反応を受け取ることによって,間接的に適応が促進される過程であると述べている。また,自己卑下呈示とは「他者に対して選択的に自己の否定的な側面を提示すること,自己の肯定的な側面を積極的に呈示することを避けること」(吉田;浦,2003)と定義している。これは,日本文化では,自己卑下呈示に自らを提示する人物が,他者から好ましい人物として評価されるということは,人々が自己卑下呈示を通じて,周囲の他者と良好な関係性を築くことができることを示している。

    1-4. 家族関係について 本研究では,非自己開示や自己呈示の規範に合致した行動をしている人の違いに着目し,その背景には日常生活において最も関わりが深く,影響を受けるであろう家族が関係しているのではない

  • 59家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究

    とって測定するものである。また,自己の非開示を測定する尺度として使用する日本語版自己隠蔽尺度は,否定的あるいは嫌悪的な情報に限定して,どの程度積極的に話さないようにするかを測定するものである。

    2. 目的

     本研究では,非自己開示や自己呈示の規範に合致した行動をしている人の違いに着目し,その背景には日常生活において最も関わりが深く,影響を受けるであろう家族が関係しているのではないかと考え調査した。また,1 自己隠蔽尺度が向上すると,自己呈示規範内在化尺度は低下する2 男女別に分類した際に3つの尺度の下位因子間でそれぞれ大きく差が出る3 家族機能測定尺度の合計得点が高い人と低い人では自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の得点に差が出る4 群分けの分類では自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の下位因子においてそれぞれの群分けで差が大きく出る5 円環モデルに基づいた分類では自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の下位因子の得点においてそれぞれの分類の中で大きく差が出ると仮定し調査を実施した。

    3. 方法

    3-1. 研究の対象 調査対象者は,18歳から23歳までの4年生私立大学に在籍する大学生231名(平均年齢20.0歳)で,性別の内訳は男性111名(平均年齢20.1歳),女性120名(平均年齢19.9歳)であった。

    3-2. 材料 本調査では3つの尺度を使用した。1つ目は家族機能を測定する尺度として,立山(2007)の家族機能測定尺度(FACESⅢ)を利用した。これは,

    関係が影響を与えていると考え,質問紙を使用し大学生を対象に調査を行った。

    1-5. 測定に用いる尺度について 家族機能を測定する尺度として,家族機能測定尺度(吉田,2003;河野,2000)を用いた。この尺度は,図1の円環モデルが基礎となっており,円環モデルでは家族機能を「凝集性」「適応性」「コミュニケーション」の3次元でとらえる。立山(2007)によると凝集性とは「家族成員間の情緒的絆」と定義されており,主に情緒的な結びつき,家族成員間におけるお互いの関与の程度,時間,空間,意思決定,友人,趣味,余暇活動といった項目によって構成されている。また適応性とは,

    「状況的・発達的ストレスに応じて,勢力構造や役割を変化させる夫婦・家族システムの能力」と定義されており,主にリーダーシップ,規律,話し合いのスタイル,役割関係,規則といった項目によって構成されている。コミュニケーションは凝集性と適応性の両次元を促進させる働きをもつ。さらに,凝集性はA遊離,B分離,C結合,D膠着の4つに分類することができ,適応性はE硬直,F構造化,G柔軟,H無秩序の4つに分類することができる。また,これらを円環モデルに位置づけする場合,バランス群がGB,GC,FB,FCに群分けでき,中間群にはGA,FA,HB,HC,GD,FD,EB,ECに群分けでき,極端群にはHA,HD,EA,EDに群分けすることができる。自己呈示を測定する尺度として使用する自己呈示規範内在化尺度は,自己高揚呈示と自己卑下呈示の2つの因子から成り,それぞれに関わる規範について,個人が自分の中に取り入れて各規範に合致した行動を

    が外部から客観的にとらえるのは難しいと述べて

    いる。本研究では、自己呈示と自己の非開示の伝

    達行動の背景には、日常生活において密接した関

    係にある家族関係が影響を与えていると考え、質

    問紙を使用し大学生を対象に調査を行った。 1-5. 測定に用いる尺度について 家族機能を測定する尺度として、家族機能測定

    尺度(吉田,2003・河野,2000)を用いた。この尺度は、図 1の円環モデルが基礎となっており、円環モデルでは家族機能を「凝集性」「適応性」「コミュニ

    ケーション」の 3 次元でとらえる。立山(2007)によると凝集性とは「家族成員間の情緒的絆」と定

    義されており、主に情緒的な結びつき、家族成員

    間におけるお互いの関与の程度、時間、空間、意

    思決定、友人、趣味、余暇活動といった項目によ

    って構成されている。また適応性とは、「状況的・

    発達的ストレスに応じて、勢力構造や役割を変化

    させる夫婦・家族システムの能力」と定義されて

    おり、主にリーダーシップ、規律、話し合いのス

    タイル、役割関係、規則といった項目によって構

    成されている。コミュニケーションは凝集性と適

    応性の両次元を促進させる働きをもつ。さらに、

    凝集性はA遊離、B分離、C 結合、D膠着の 4つに分類することができ、適応性はE硬直、F構造化、G柔軟、H無秩序の 4つに分類することができる。また、これらを円環モデルに位置づけする

    場合、バランス群がGB,GC,FB,FCに群分けでき、中間群には GA,FA,HB,HC,GD,FD,EB,EC に群分けでき、極端群には HA,HD,EA,ED に群分けすることができる。自己呈示を測定する尺度とし

    て使用する自己呈示規範内在化尺度は、自己高揚

    呈示と自己卑下呈示の2つの因子から成り、それぞれに関わる規範について、個人が自分の中に取

    り入れて各規範に合致した行動をとって測定する

    ものである。また、自己の非開示を測定する尺度

    として使用する日本語版自己隠蔽尺度は、否定的

    あるいは嫌悪的な情報に限定して、どの程度積極

    的に話さないようにするかを測定するものである。

    2. 目的 本研究では、非自己開示や自己呈示の規範に合

    致した行動をしている人の違いに着目し、その背

    景には日常生活において最も関わりが深く、影響

    を受けるであろう家族が関係しているのではない

    かと考え調査した。また、 1 自己隠蔽尺度が向上すると、自己呈示規範内在化尺度は低下する 2 男女別に分類した際に 3 つの尺度の下位因子間でそれぞれ大きく差が出る 3 家族機能測定尺度の合計得点が高い人と低い人では自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の

    得点に差が出る 4 群分けの分類では自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の下位因子においてそれぞれの群分

    けで差が大きく出る 5 円環モデルに基づいた分類では自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の下位因子の得点にお

    いてそれぞれの分類の中で大きく差が出る と仮定し調査を実施した。

    3. 方法

    3-1. 研究の対象 調査対象者は,18 歳から 23 歳までの 4 年生私

    立大学に在籍する大学生231名(平均年齢20.0歳)で、性別の内訳は男性 111名(平均年齢 20.1歳),女性 120名(平均年齢 19.9 歳)であった。

    18 28 34 38 48

    34

    23

    19

    16

    9

    凝集性

    適応性

    図1. 家族機能測定尺度の群分け図

    極端群

    中間群

    バランス群

  • 60 発達心理臨床研究 第26巻 2020

    間の相関を求め,表1に示した。表1より,自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の相関係数に負の相関が認められた。よって,仮定1の自己隠蔽尺度が向上すると,自己呈示規範内在化尺度は低下するが支持された。

    4-2. 自己に関わる2つの尺度の下位因子間の相関係数 自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度の下位因子の相関係数を求め,表2に示した。その結果,自己卑下呈示と自己高揚呈示で負の相関が認められた。しかし,表1より自己卑下呈示と自己隠蔽の相関に負の相関が認められ,有意であることから自己高揚呈示が高い人ほど自己隠蔽をする傾向にあり,自己卑下呈示が高い人ほど自己隠蔽の頻度が高くなるという矛盾した結果となった。

    4-3. t 検定による男女別グループ統計量 また,表3では下位因子を男女別に分類し,平均値と標準偏差を求めた。その結果,凝集性において女性が男性よりも有意傾向であることが示された。( t (229) = -1.85, p

  • 61家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究

    れた( F (2,231) = 2.61, p

  • 62 発達心理臨床研究 第26巻 2020

    しく分析することができた。しかし3つの尺度においてはっきりとしたつながりを見出すことができなかった。これにより,家族関係とコミュニケーション能力は直接的な関係は認められないということが推察される。また,他者に自己を呈示または開示することは,社会での周囲の関係性や環境が影響しているのであって,必ずしも家族関係が影響しているのではないということが分かった。

    5-4. 本研究の限界 本研究の限界点として棄却された仮説があるということである。今回使用した自己呈示と自己隠蔽尺度は社会での他者とのコミュニケーションについて問う質問であった。そのため,家族機能測定尺度に関係性が出るような自己呈示と自己開示の尺度を見つけることができないと考えられる。自己呈示と自己開示の測定の仕方について改善の余地が考えられた。すなわち,自己呈示は日常的に具体的な他者に対して行われているにも関わらず,受け手である周囲のコミュニケーション能力が十分に検討されてこなかったことである。そのため,呈示者を受け手の双方向のコミュニケーションとして捉えて,その効果について質問紙調査だけでなく,実証的な検証を行う必要性がある。

    引用文献

    福島 治(1996).身近な対人関係における自己呈示:望ましい自己イメージと自尊心及び対人

      不安の関係 社会心理学研究,12 (pp20-32)市川 伸一(2004).子どもの発達と教育⑥開かれた

    学びへの出発 金子書房,163-164.小泉 英明(2006)「脳科学と教育」研究の現状と

    展望,脳と発達OFFICIAL JOURNAL OF   NEUROLOGY 38 (4),253-257.今野 暁子(2006).高校生における家族関係と食生

    活との関連 尚絅学院大学学術機関リポジトリ Retrieved fromhttps://shokei.repo.nii.ac.jp/?action=pages_

    自己卑下呈示と自己高揚呈示では負の相関が認められた。また,自己高揚呈示が向上していく人ほど自己卑下呈示は低下していくことが分かった。しかし,自己卑下呈示と自己隠蔽の相関が有意なことから,自己高揚呈示の高い人ほど自己隠蔽が高くなり,自己卑下呈示の高い人でも自己隠蔽の頻度が高くなるという結果となった。このことから,自己を高く見せながらも自己に関して隠蔽する人が多い為,自己を卑下する傾向の高い人ほど自己を隠蔽せず対人関係の場において,受け手とのコミュニケーションが取りやすいのではないかと推測できる。

    5-2. 家族機能測定尺度と円環モデル 立山(2007)では家族機能測定尺度において凝集性と適応性の男女差が認められなかったことに対して今回の調査では,男女差が有意傾向にあり,女性の方が高いことが分かった。このことから,本研究では女性は男性よりも家族成員間の情緒的絆を大事にしていることが推測できる。しかし,自己呈示規範内在化尺度ではあまり差が認められなかったことから,男女差よりも個人差の方があるのではないかと考えられた。また,円環モデルではバランス群に得点が集まることが理想とされている。これにより,群分けごとの分類では自己隠蔽尺度で極端群とバランス群の得点と中間群の得点では得点としては大きく出なかったものの,差が認められたことから,自己隠蔽尺度において家族機能が関係しているのではないかと推察される。さらに適応性に関しては,円環モデルにおいてE硬直とG柔軟に差があることから,自己を高く見せることに関してはG柔軟は高く,E硬直とH無秩序では低いために,自己を肯定的に見せつけることができない人が多いことが考えられた。

    5-3. 考察 本研究では家族機能と自己呈示や自己の非開示への影響について分析した。家族機能測定尺度の円環モデルを利用することで,自己呈示規範内在化尺度と自己隠蔽尺度との関係性についてより詳

  • 63家族関係と自己呈示や自己の非開示の特徴に関する研究

    価大学・創価女子短期大学学術機関リポジト リRetrieved from https://soka.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_act ion=repos i tory_v iew_main_ i tem_detail&item_id=35036&item_no=1&page_id=13&block_id=21

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    関連――文化的な自己呈示規範内在化傾向の世代差が及ぼす影響―― 東海学院大学東海学院大学短期大学部学術機関リポジトリ Retrieved fromh t t p s : / / t o k a i g a ku i n - u . r e p o . n i i . a c .jp/?act ion=pages_view_main&active_act ion=repos i tory_v iew_main_ i tem_detail&item_id=2573&item_no=1&page_id=13&block_id=21 

      html(2018年6月5日)吉田 綾乃(2014).自己卑下呈示が受け手の自己評

    価に及ぼす影響:対人関係,自己呈示の信憑性および自己呈示規範内在化傾向との関連性の検討 東北福祉大学機関リポジトリ Retrieved from  https://tfulib.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detai l&item_id=38&item_no=1&page_id=47&block_id=149html(2018年6月5日)

    吉田 綾乃・河野 和明(2000).自己開示・自己呈示 宮本 聡介(編) 堀 洋道(監) 心理尺度集Ⅴ――個人から社会へ〈自己・対人関係・価値観〉―― (pp.252-263)

    吉田 綾乃・浦 和明(2003).自己卑下呈示を通じた直接的・間接的な適応促進効果の検討 J-STAGE Retrieved from

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      html(2018年6月5日)

    view_main&active_action=repository_view_main_item_detai l&item_id=31&item_no=1&page_id=13&block_id=21html(2018年7月8日)

    河野 和明(2000).自己隠蔽尺度(Self-Concealment Scale)・刺激希求尺度・自覚的身体症状の関係 J-STAGE Retrieved fromhttps ://www. jstage . js t .go . jp/art ic le/jjesp1971/40/2/40_2_115/_article/-char/ja/

      html(2018年6月18日)河野 和明(2008).自己隠蔽尺度(Self-Concealment

    Scale)および抑制的会話態度尺度の尺度特性――記述統計と因子分析―― 東海学園大学学術情報リポジトリ 

      Retr i eved f rom ht tp : / / repos i to ry.t o k a i g a k u e n - u . a c . j p / d s p a c e /handle/11334/261

      html(2018年6月18日)草田 寿子・岡堂 哲雄(1993).家族関係・友人関係 

    吉田 富二雄(編) 堀 洋道(監) 心理尺度集Ⅱ――人間と社会のつながりをとらえる〈対人関係・価値観〉――(pp.143-148)サイエンス社

    溝上 菜摘(2010).児童期の家族関係と両親イメージが現在の自尊感情に与える影響 佛教大学大学院Retrieved fromhttps://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_DK003800002953html(2018年7月8日)

    岡田 郁子・泉澤真紀(2018).看護大学生の向社会的行動の状況――家族機能との関連―― 旭川大学リポジトリ Retrieved fromhttps://aulib.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=845&item_no=1&page_id=13&block_id=32html(2018年7月9日)

    立山 慶一(2007).家族機能測定尺度(FACESⅢ)邦訳版の信頼性・妥当性に関する一研究 創

  • 64 発達心理臨床研究 第26巻 2020

    Study on characteristics of family relations, self-presentation and no-self-disclosure

    Mio MORIOKA*, Junichi ISHIZAKI**, Hiroyuki IKEDA***

    *Graduate School of Education, Hyogo University of Teacher Education

    **Kobe Gakuin University

    ***Center for Development and Clinical Psychology, Hyogo University of Teacher Education

    In this study, we focused on the differences between people who acted in accordance with the norms of no-self-disclosure and self-presentation. We thought that this is related to the family which has big influence in our daily life.

    Therefore, we conducted a questionnaire survey on 231 college students in Kansai area. As a result, many women

    cherished emotional bonds between family members. Besides, it was found that person whose family relationship is

    functioning in a well-balanced manner, there is a possibility of specifically suppressing negative emotions and

    information related to others. In addition, it was shown that people who can recognize that the family function is not

    functioning may disclose their information negatively or aversive in the interpersonal relationship. Although the self-

    presentation was routinely given to a specific person, the surroundings of the recipient were not fully examined.

    Future prospects, it is neccessary to consider the interaction between the communication of the presenter and the

    communication of the receiver. It is also necessary to conduct empirical effect verification.

    Key Words: family, self-presentation, self-disclosure, college student