32
1 .は じ め に 高齢化の急速な進展は様々な歪みをうみだしているが,なかでも象徴的な社会問題として高齢 者の社会的孤立と貧困がある。貧困を単なる物的欠乏としてみるのではなく,社会関係の欠如や 社会的排除との連関を重視する現代的認識のもとでは,高齢者の孤立と貧困は,高齢者の生活保 障や就労機会の確保とともに,地域における社会関係の再編成の問題に結びつけられる。しかも, 高齢者の場合,生活段階や加齢にともなう諸事情から「地域」と「就労」は密接に結びついてい るため,孤立や貧困の問題を予防・解決していくためには地域において高齢者と就労を仲介する 地域組織・中間組織の設立や機能化,中間組織の連携による地域システムの構築が不可欠である。 63 シルバー人材センターは高齢者に就業機会を提供することを事業としているが,その 目的は,高齢者の社会参加と地域貢献を促進し,地域を活性化することにある。その意 味で,もともと社会的機能に軸足をおきつつ,経済的機能をあわせもつ地域の社会運動 組織である。近年,シルバー人材センターは,経済的側面において二つの課題をつきつ けられている。第一に,高齢者就業斡旋機能の強化,第二に,経済的自立性の向上であ る。背景にあるのは,高齢社会が提起する諸問題,例えば,国家財政の逼迫,地域活動 の担い手不足,高齢者の就業ニーズの増加,そして高齢者の貧困と孤立である。 経済的側面における機能強化の要請に対して地域社会組織としてのシルバー人材セン ターはどのような方向で運動を展開していけばよいのか,本稿では,新しい公共社会の 形成との連関で検討した。 キーワード:シルバー人材センター,地域活性化,高齢者就業,社会的包摂,経済的機能強化,新 しい公共社会 高齢社会問題とシルバー人材センターの役割

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 - josailibir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/...2.高齢社会の一側面 孤立と貧困 高齢社会は,シルバー人材センターのような社会的事業経営を必要としている。官公庁統計を

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塚 本 成 美

1.は じ め に

高齢化の急速な進展は様々な歪みをうみだしているが,なかでも象徴的な社会問題として高齢

者の社会的孤立と貧困がある。貧困を単なる物的欠乏としてみるのではなく,社会関係の欠如や

社会的排除との連関を重視する現代的認識のもとでは,高齢者の孤立と貧困は,高齢者の生活保

障や就労機会の確保とともに,地域における社会関係の再編成の問題に結びつけられる。しかも,

高齢者の場合,生活段階や加齢にともなう諸事情から「地域」と「就労」は密接に結びついてい

るため,孤立や貧困の問題を予防・解決していくためには地域において高齢者と就労を仲介する

地域組織・中間組織の設立や機能化,中間組織の連携による地域システムの構築が不可欠である。

63

要 旨

シルバー人材センターは高齢者に就業機会を提供することを事業としているが,その

目的は,高齢者の社会参加と地域貢献を促進し,地域を活性化することにある。その意

味で,もともと社会的機能に軸足をおきつつ,経済的機能をあわせもつ地域の社会運動

組織である。近年,シルバー人材センターは,経済的側面において二つの課題をつきつ

けられている。第一に,高齢者就業斡旋機能の強化,第二に,経済的自立性の向上であ

る。背景にあるのは,高齢社会が提起する諸問題,例えば,国家財政の逼迫,地域活動

の担い手不足,高齢者の就業ニーズの増加,そして高齢者の貧困と孤立である。

経済的側面における機能強化の要請に対して地域社会組織としてのシルバー人材セン

ターはどのような方向で運動を展開していけばよいのか,本稿では,新しい公共社会の

形成との連関で検討した。

キーワード:シルバー人材センター,地域活性化,高齢者就業,社会的包摂,経済的機能強化,新

しい公共社会

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割

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このような地域中間組織の一つに,高齢者就業組織としてシルバー人材センターがある。

近年における高齢者の就労ニーズの増大は,シルバー人材センターに機能強化を迫っている。

しかし,どのような機能強化が必要なのか。提供する就業機会を増やせばよいのか,あるいは就

業時間や配分金を増やせばよいのか(1)。問題はそう単純ではない。シルバー人材センターは,単

なる就業斡旋機関ではなく,非営利の社会的事業経営であり,一定の目的と組織原則をもつ地域

の運動組織でもあるからである(2)。シルバー人材センターの複雑な組織特性と運動体としての社

会的役割を考えると,要請のままに受動的に高齢者の就業需給機能を強化するのではなく,シル

バー人材センターをとりまく社会環境を検討して,まず機能強化の方向性,すなわちシルバー人

材センター運動の方向性を明確にしなければならない。

シルバー人材センターは,健康で働く意欲のある高齢者を組織し,生活課題を掘りおこして有

償の仕事として処理することで,高齢者の社会参加と生きがいの増進,地域社会関係の再編をう

ながし,地域を活性化することを目的として設立された。根底にあるのは,労働が個人と社会を

結びつける重要な手段のひとつであるという考えである。シルバー人材センターの労働は有償で

あるが,収入を目的とはしない「生きがい就業」であり,高齢者就業を事業とする福祉と労働の

境界間組織であるが,「地域のあり方を変えていく」(長勢,1987,216頁)社会運動体でもある。

1974年の東京都高齢者事業団の設立以来,高齢社会における先駆的な社会的事業経営として40

年間の歴史をあゆんできたシルバー人材センター事業は,現在,会員数,契約金額あるいは事業

展開など停滞傾向にある。くわえて,政府の迫る就業需給調整機能の強化は,シルバー人材セン

ターの「生きがい就業」や「地域の活性化」「地域社会の再編」などの社会的・福祉的役割を形

骸化し,その存在意義を掘り崩す可能性がある。しかし,社会環境の変化は,シルバー人材セン

ターに変革をもとめている。

高齢者事業団の生成期から今日まで,日本の社会経済はおおきな変貌を遂げてきた。大量生産・

大量消費を基盤とした高度資本主義経済が行き詰まるようになってきたこと,東西冷戦構造の瓦

解とグローバル化による世界の再編,市場原理の浸透と金融・経済のボーダレス化の進展,先進

諸国におけるポスト工業化などの世界史的潮流を背景に,高齢化の進展,労働の多様化,福祉国

家の後退などは社会の諸局面に様々な変化を生みだした。日本においても新しい貧困や社会的排

除の問題が生じ,「格差社会」という語が定着する(安田/塚本,2009)。国家財政の縮減や経済

的に窮乏化する高齢者の増加は,高齢者就労機会の必要性を増大させたし,公助の縮小は自助と

共助システムの必要性を増大させた。これは,市場セクターと公的セクターによる社会経済の

運営が限界にきており,共助システムに支えられた市民による新しい社会領域 サード・セク

ター の構築が模索されはじめたことを意味している。地域中間組織であるシルバー人材セン

ターの運動の方向性も,このような社会環境の変化のなかで位置づけられなければならない。

城西大学経営紀要 第12号64

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生活スタイルの個人化からくる社会的ニーズの多様化がすすんだことも,市民による共助組織

の形成と機能化が急務となってきている要因のひとつである。しかし,シルバー人材センターの

ような市民参加型の社会的事業経営は経済的に自立することがむずかしく,補助金など公的資金

に依存せざるをえない。そのため,国家財政の縮減傾向のなかでつねに補助金削減の圧力をうけ

るとともに,補助金の額や使途の制限により国家行政の下請機関にくみこまれていく可能性があ

る。経営の独立性の保持は,サード・セクターの経営にとってもっとも重要な課題である。

このような状況のなかで,シルバー人材センターに突きつけられている課題は,以下の二つで

ある。第一に,高齢者の就業ニーズに対応するように就業需給機能を強化すること,第二に,経

済的自立性の向上にむけて組織を変革することである。しかし,これらの課題解決のための具体

的方策を検討するまえに,運動体としてのシルバー人材センターが整合的に,つまり,設立の趣

旨を維持したまま課題に応えるためにはどのような方向性をもった運動の展開が可能であるのか

を考えなければならない。そもそも,シルバー人材センター事業が停滞傾向にあるということは,

高齢社会のニーズに応えられていないということである。会員数減少の原因としては継続雇用の

義務化や高齢者就労機会の拡大などの外的諸要因の影響も考えられるが,事業の停滞傾向が継続

雇用義務化より以前から始まっていること,また,継続雇用後の65歳以上の高齢者も入会して

こないことなどを考えあわせると,事業停滞の真の原因は,外的諸要因よりむしろシルバー人材

センターの事業に魅力がないこと,組織が非効率であること,組織の性格が曖昧であるとともに

運動体としての方向性が不明確なことなど,組織に内在する諸要因にある。

本稿では,高齢社会が提起する諸問題がシルバー人材センターに要求する機能強化の文脈を,

地域社会の再編と活性化をめざすシルバー人材センター運動の論理から解釈し,どのような方向

での機能強化が可能なのかを考えたい。まず第一に,高齢社会問題とは何かを考えるため,高齢

社会の一つの断面,とくに高齢者の孤立と貧困の問題状況を概観する。シルバー人材センターは,

高齢者に就業機会を提供する社会的事業経営であり,労働と福祉の中間に設立された境界間組織

であるので,高齢者の貧困や孤立のように労働と福祉の接点にある社会問題には対応しなければ

ならない。第二に,高齢社会問題への政策的対応としてシルバー人材センターはどのように考え

られているのか,国家的政策におけるシルバー人材センターの位置づけと評価,国家からの機能

強化の圧力を明らかにする。シルバー人材センターは,公共性の高い経営であるうえに,歴史的

に公的機関との強い結びつきをもち,国家的政策の影響をうけやすいため,そのなかでどのよう

に位置づけられているのかも検討する必要がある。そのうえで,第三に,高齢社会の就業領域に

おけるシルバー人材センターの現代的意義を検討し,最後に,シルバー人材センターの運動の方

向性と役割を模索したい。シルバー人材センターにおける高齢者の就業労働は,地域における高

齢者の社会的包摂と新しい公共社会の形成という社会的文脈で再考される必要がある。

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 65

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2.高齢社会の一側面 孤立と貧困

高齢社会は,シルバー人材センターのような社会的事業経営を必要としている。官公庁統計を

用いて,高齢社会の状況をみてみよう。国立社会保障・人口問題研究所の推計では,現在20歳

前後の若年層が高齢者になる2060年には,日本の総人口は9千万人をわりこみ,高齢化率40%

の社会となることがわかっている(図表1)。現役世代は1.2人で1人の高齢者を支えなくてはな

らず,70歳以上を高齢者として計算しても20~69歳の1.4人で1人の高齢者を支えなければな

らない。『平成26年版高齢社会白書』によれば,2013年の高齢化率は25.1%であり,2011年度

の年金・医療・福祉その他を合わせた社会保障給付費は107兆4,950億円で国民所得の31.0%を

占め,そのうち67.2%にあたる72兆1,940億円を,年金保険給付費と高齢者医療給付費,老人

福祉サービス給付費(介護関係など)および高年齢雇用継続給付費を合わせた高齢者関係給付費

が占めている(3)。経済的・財政的観点から,高齢者の就労はすでに焦眉の問題である。

より深刻なのは,人口減少と高齢化率の上昇のもつ社会的意味である。2015年を起点として

平均すると,2060年までに人口は年88.6万人ずつ減少し,高齢者人口は年1.5万人ずつ増加す

る。このように人口減少の高齢社会で想定されるのは,単身高齢者世帯の増加(5),家族規模の縮

小,過疎化,貧困率の上昇あるいは社会的孤立などによる,社会的交流の減少と社会関係の希薄

化である。就業による社会関係の構築(就業の社会的次元)を追求する意義はここにある。

高齢者の貧困と孤立は,高齢社会の象徴的問題である。まず,高齢者の社会的孤立の問題をみ

城西大学経営紀要 第12号66

図表1 高齢社会の状況

(単位:万人)

年度 総人口現役世代人口

(20~64歳)65歳以上人口 65�74歳人口 75歳以上人口

高齢者を支える

現役世代の数

1990年 12,3617,590

(61.4%)

1,489

(12.1%)

892

( 7.2%)

597

( 4.8%)5.1人

2010年 12,8067,497

(59.0%)

2,924

(23.0%)

1,517

(11.9%)

1,407

(11.1%)2.6人

2030年 11,6626,278

(53.8%)

3,685

(31.6%)

1,407

(12.1%)

2,278

(19.5%)1.7人

2060年 8,6744,105

(47.3%)

3,464

(39.9%)

1,128

(13.0%)

2,336

(26.9%)1.2人

* ( )内は総人口に対する比率を,「高齢者を支える現役世代の数」は65歳以上の高齢者を20~64歳人口何

人で支えるかを表す。

(出所) 内閣府『平成24年版高齢社会白書』より作成(4)

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てみよう。東京都監察医務院では,「単身世帯の者が自宅で死亡したこと,あるいはそのような

死亡の様態」を「孤独死」と定義している(6)。東京特別区における65歳以上の高齢者の孤独死

は,2003年に1,441人であったが,2008年に2,205人になり,2014年には2,885人と自宅死亡の

高齢者の過半数にあたる57.8%が孤独死であった(7)。一人暮らし高齢者の出現率の高い地域は,

大まかにいって島嶼部と過疎地,大都市であるという研究結果もあり(河合,2009),東京のよ

うな大都市ではとくに高齢者の孤立は社会問題としてとらえる必要がある。人口過密地域におけ

る社会関係の分断は,過疎地における物理的・空間的な要因とは異なる社会の個人化と市民の意

識の問題が絡んでくるからである。

財団法人東京市町村自治調査会の「高齢者の社会的孤立の防止に関する調査報告書」(2012年

3月)では,「高齢者の社会的孤立」を「高齢者が通常保有する三つの基本的な社会関係ネット

ワークが欠如している状態」と定義している。三つの社会関係ネットワークの欠如とは,①「日

常的なコミュニケーション相手の不存在」,②「必要な相談相手の不存在」,および③「体調や怪

我等の緊急時の際に駆けつけてくれる相手の不存在」である。同調査報告書には,「高齢者の孤

立を防止する上で参加や役割発揮を重点的に働きかけていきたい団体・機関等」は「自治会・町

内会」50.5%,「民生委員」43.1%,「地域包括支援センター」42.2%という調査結果が載せられ

ており,社会的孤立防止のための地域の互助活動や見守りネットワークの構築に対して商店街や

新聞販売店,宅配業者など一般事業者の協力や参加が必要であること,社会福祉協議会などの地

域の多様な活動団体が積極的な機能を果たすことへの期待などが述べられている。シルバー人材

センターへの言及もわずかにある。上山市が見守りサービスの訪問活動をおこなう人材の紹介を

シルバー人材センターに委託し確保していること,新宿区が一人暮らし高齢者への情報誌の訪問

配布をシルバー人材センターに委託していることなどの事例をあげ,個別支援は必要だが定期的

支援は不要であるような高齢者への訪問活動にさいして無償ボランティアが確保できない地域は,

有償ボランティアの養成やシルバー人材センターへの訪問委託を検討することを提案している

(同報告書,55頁;67頁)。

高齢者の貧困化も軽視できない問題になっている。震災前の2010年の数字をもとに編集され

ている『平成24年版高齢社会白書』では,世帯主が65歳以上の高齢者である「高齢世帯」は増

加傾向にあり,一般世帯総数に占める「高齢世帯」の割合は2010年の30.8%から2030年には

39.0%になるとされているだけではなく,「高齢世帯」に占める「単独世帯」の割合も2030年に

は約 4割の37.7%になると予測されている。2014年2月の被生活保護世帯は1,598,818世帯で増

加傾向にあり,「高齢者世帯」(65歳以上の人のみで構成されるか,またはこれに18歳未満の未

婚の人が加わった世帯)の構成割合は45.6%であった(8)。相対的貧困率も高齢になるほど高くな

り,日本の平均(16%程度)にくらべて,70歳代にはかなり高い数値になっている(図表 2)(9)。

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 67

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また,『平成26年版高齢社会白書』では,全世帯の平均年収

が548.2万円であるのに対して「高齢者世帯」の平均所得は

303.6万円で,世帯人員一人あたりの所得でみると,全世帯

平均が208.3万円で「高齢者世帯」は195.11万円となり,

「高齢者世帯は平均世帯人員が少ないことから……大きな差

はみられなくなる」としているが,1人当たり13万円強の

差は少なくない数字である。ただし,貧困率は所得を基準と

して算出された数字であり,必ずしも生活実態を表すもので

はない。例えば,二人以上世帯の貯蓄現在高をみると,全世帯の平均は1,658万円だが「高齢世

帯」は2,209万円であり,「高齢世帯」の16.5%は4,000万円以上の貯蓄を有するのに対して,全

世帯では10.4%にしかすぎない(10)。高齢者の場合,生活感覚や生活水準にはかなりおおきな個人

差があり,シルバー人材センターでの聴取調査では,「国民年金だけで十分に楽しく暮らせる」

と言う人から「年収が数百万円あるので十分」と言う人まで様々であったが,生活実感として

「300万円あれば夫婦二人で生活には困らない」と言う会員がほとんどであった(11)。「高齢者世帯」

の平均所得とほぼ同額である。

平均所得をみると高齢者の貧困はなかなかみえてこないが,不平等度をしめすジニ係数をみる

と高齢者に所得格差が広がっている状況がわかる(12)。「平成23年所得再分配調査報告書」で世

帯規模によらない等価所得を見てみると,等価当初所得のジニ係数は1999年に0.4075であった

が 2011年には 0.4703に上昇しているのに対して,等価再分配所得のジニ係数は 0.3326から

0.3162になっており,社会保障や税などの再分配政策によって改善されているのがわかる。しか

し,高齢者に関しては,他の年齢階級と比べて相対的にジニ係数は高くなっており,75歳以上

の階級では当初等価所得のジニ係数が0.7276と非常に高く,再分配後でも0.3638と高い水準に

ある(図表3)。また,2012年1月に実施された「ホームレスの実態に関する全国調査(生活実

態調査)」によれば,ホームレスの平均年齢は59.3歳で55.2%は60歳以上であり,路上生活が5

年以上の者が46.2%あると報告されており,明

らかに高齢者は増加傾向にある。ホームレスの

60.4%は廃品回収などの仕事をしており,平均

収入は約3.5万円だが,48.0%は3万円未満の

収入しかない。

高齢者の貧困化がすすんでいることは確かで

あるが,いまのところ一般的な高齢者の生活状

況はまだそれほど深刻にはなっていないことを

城西大学経営紀要 第12号68

図表2 高齢者の相対的貧困率

(単位:%)

男性 女性

60�64歳 15.1 16.8

65�69歳 15.5 19.0

70�74歳 17.3 26.6

75�79歳 19.8 25.8

(出所) 内閣府『平成24年版高齢社

会白書』26頁から抜粋

図表3 高齢者の年齢階級別ジニ係数

世帯員年齢階級ジニ係数

等価当初所得 等価再分配所得

60~64歳 0.4854 0.3450

65~69歳 0.6030 0.3194

70~74歳 0.6872 0.3072

75歳以上 0.7276 0.3638

(出所) 厚生労働省「平成23年所得再分配調査報告書」

42頁から抜粋

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しめす調査結果もある。55歳以上の高年齢者を対象とした経済生活に関する意識調査では(13),

「家計にゆとりがあり,まったく心配なく暮らしている」と答えた人17.0%と「家計にあまりゆ

とりはないが,それほど心配なく暮らしている」と答えた人53.0%をあわせて暮らし向きに「心

配ない」とした人は70.0%にのぼる。他方で,「平成24年国民生活基礎調査の概況」によれば,

「高齢者世帯」の91.9%は,平均所得以下の世帯所得しかなく,生活意識については,「高齢者世

帯」の54.0%が「苦しい」と答えており,「普通」42.7%,「ゆとりがある」3.3%となっている。

健康に関しては,健康状態が「良い」ほど暮らし向きに「心配ない」人の比率は高く,健康状態

が「良い」と答えた人の76.5%は暮らし向きには「心配ない」としている(図表4)。他の健康

状態に関する意識調査では,高齢になるにしたがって「よくない」とする人の比率は増えるが,

「よい」「まあよい」「ふつう」の合計をみると65~69歳で63.6%,70~74歳で58.4%という割

合になっている(14)。

相対的多数をしめるのは,暮らし向きに心配のな

い健康な高齢者であり,シルバー人材センターが組

織化の主要な対象とするのはこれらの高齢者層であ

る。シルバー人材センターは,この平均的な高齢者

を会員の主流としながら,多様な生活状況にある高

齢者を包摂し,共助組織として地域の社会関係を形

成していくことがもとめられる。高齢者の貧困化と

孤立化が問題になりはじめていることは諸統計のし

めすとおりであり,今後,高齢化と単身世帯の増加

がすすめば状況はさらに深刻化してくる。財政的問

題から再分配政策が限界になれば格差はひろがる。

結果として,社会的交流がさらに減少し,社会関係が希薄になれば,地域社会はますます活力を

失うことになる。もっとも,単身世帯の増加という事実がそのまま社会的孤立を意味するわけで

はないが,社会的孤立は社会関係の分断であり,経済生活の不安,貧困化と相まって高齢者の生

きがい感の喪失につながる。高齢社会における高齢者の生活不安は社会問題であり,生活不安の

なかからでてくる地域の社会的需要を充足しつつ社会関係を創ることは,運動組織としてのシル

バー人材センターの役割の一つである。

貧困化と孤立化のすすむ高齢社会において,高齢者はどうあるべきなのか。ひと言でいえば,

自立と共生である。高齢者は,国庫財源が縮小し支える現役世代が減少するため,経済的に,自

立をしなければならない。単身世帯が増加するので高齢者は精神的にも身体的にも,また生活に

おいても自立しなければならないし,自然発生的な地域のネットワークが弱体化しているなかで

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 69

図表4 経済的な暮らし向きと健康状態

(単位:%)

経済的な暮らし向き

心配ない 心配である

65~69歳 70.6 29.2

70~74歳 65.1 34.3

75~79歳 70.6 28.0

80歳以上 80.0 18.8

[健康状態]

良い 76.5 22.9

良くない 52.7 46.1

(出所) 内閣府「高齢者の経済生活に関する意識調

査」(2012年),18頁から抜粋

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社会的に支え合わなければならない。孤独死の状況をみても,地縁血縁関係を土台とした伝統的

な共同体的社会関係がなくなってきていることは疑いのないことである。社会関係もしくは社会

関係の生まれてくる環境は,自然発生的に生じてくるのをまつのではなく,意図的につくりだし

ていかなければならない。かつてのような共同体とは異なった原理で地域における社会関係を形

成し共助のネットワークをつくることは,いまや高齢社会の差し迫った現実的要請となっている。

さらに,もう一歩踏み込めば,高齢者自身が社会の縁辺に属する少数者ではなく,また福祉の受

動的な対象者でもなく,社会階層の意義ある一翼を担う能動的な社会の形成者でなければならな

いし,地域社会を再編成するネットワークの形成者として社会的自治の担い手とならなければな

らない。

それでは,このような自立と共生の社会をどのようにして実現するのか。自立と共生の社会を

創るのには,自助と共助の組織が不可欠である。高齢者が社会形成の能動的主体として,社会の

一翼を担うためには高齢者の組織が必要である。前述のように,高齢者の貧困化と孤立化ははじ

まっているが,最も多数を占めるのは暮らし向きにおいても健康状態においても「普通」以上の

高齢者である。この多数の平均的な高齢者で,健康で働く意欲のある高齢者を地域活動の担い手

として組織する団体のひとつとして,「生きがい就業」をめざすシルバー人材センターは適して

いる。

しかし同時に,シルバー人材センターは,就業機会の提供を事業としており,「臨短軽」の範

囲内であれば,「生活のための就業」に応えることもできる。貧困あるいは孤立の状態にある高

齢者を,就業における共働者として,あるいは就業をつうじた事業の成果として社会的に包摂す

ることはシルバー人材センターの運動目的に反するどころか,地域の社会的形成や活性化にとっ

て必要な事業である。確かに,「生きがい就業」を目的とするシルバー人材センターが,収入を

目的とする「生活のための就業」に対応してよいのかという戸惑いが,シルバー人材センター内

にはある。他方で,現実に,会員の三分の一程度は「生活のための就業」としてシルバー人材セ

ンターで働いているという調査結果もある(後述)。この会員の実態と就業需給メカニズムとし

ての機能強化という要請からくるシルバー人材センターの経済的機能強化は,地域社会関係の形

成のための「社会的包摂」という視点から,シルバー人材センター運動に矛盾なく組み込むこと

ができるはずである。経済行為としての就業は,暮らし向きに不安をかかえる高齢者の自助を支

援し,就業が本質的にもつ社会的次元は希薄化する社会関係と共助のネットワークをつくる。シ

ルバー人材センターの就業は,高齢者に(追加的ではあるが)収入源と社会との結びつきを提供

することで,二つの機能を同時にはたすのである。

城西大学経営紀要 第12号70

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3.国家的政策におけるシルバー人材センターの位置づけと評価

3.1.高齢社会政策におけるシルバー人材センターの位置づけ

高齢者に就業機会を提供するシルバー人材センターの役割は,国によっても高齢社会の重要な

施策として位置づけられている。ここでは,シルバー人材センターに対してポジティブな役割を

期待している「高齢社会対策大綱」(2012年9月)「生涯現役社会の実現に向けた就労のあり方

に関する検討会報告書」(2013年6月)および「生涯現役社会の実現に向けた雇用・就業環境の

整備に関する検討会報告書」(2015年6月)と,ネガティブな評価をくだした行政刷新会議の

「事業仕分け」をみることで,大まかに,国家的政策におけるシルバー人材センターの位置づけ

と指摘されている問題点の洗いだしをする。

内閣府の「高齢社会対策大綱」(以下,「大綱」)では,多様な形態による雇用・就業機会の確

保として,「特に,退職後に,臨時的・短期的又は軽易な就業等を希望する高齢者等に対して,

地域の日常生活に密着した仕事を提供するシルバー人材センター事業を推進する」ことを明言し

ている(「大綱」,7頁)。「大綱」は,1995年に制定された「高齢社会対策基本法」第6条に基づ

いて定められたものである。日本は1994年に高齢化率14%を超え「高齢社会」にはいったが,

同法の前文では,「高齢化の進展の速度に比べて国民の意識や社会のシステムの対応は遅れて」

おり,「早急に対応すべき課題は多岐にわたるが,残されている時間は極めて少ない」と緊迫し

た問題意識が述べられている。同法の目的として第1条で「国及び地方公共団体の責務等を明ら

かにする」と規定され,また「大綱策定の目的」において「政府が推進すべき基本的かつ総合的

な高齢社会対策の指針」(第6条)と述べられているので,シルバー人材センター事業の推進は,

国にとっても即戦力の期待される高齢社会対策の一つの柱ということになる。

「大綱」は社会全般を対象としているため総花的に記述されているが,あるべき姿として描か

れているのは共助の社会である。「大綱」は,自助と共助,公助の最適バランスに留意して自助

と共助のシステムをつくる必要性を強調しつつ,高齢者の意欲と能力を活用するために「多様な

ニーズに応じた柔軟な働き方が可能となる環境整備」をするとともに,生きがいや自己実現のた

めの「居場所」と「出番」をつくるという。つまり,多様な働き方と社会参加の機会の必要性を

説いている。さらに,高齢者の社会的孤立を防止するために「コミュニティの再構築」が必要で

あるが,「地縁や血縁にとらわれない新しい形のつながり」もふくめた「互助」の関係を再構築

すること,つまり,新しい地域社会の共助システム形成の必要を説く。

「大綱」では,分野別基本施策の就業・年金等分野において,多様な就業形態の一つとしてシ

ルバー人材センターを就業の経済的次元と結びつけて位置づけており,自助の支援システムとし

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 71

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ての役割に期待している。他方で,社会参加の機会については,「高齢者は経済的な側面だけで

はなく,生きがいや社会参加を重視していることも多いため,雇用にこだわらない社会参加の機

会の確保を」するために「新しい公共」の推進を主張する。「新しい公共」は,高齢者を含めた

市民やNPO,ボランティア団体,自治会等の地域の組織,換言すると,サード・セクター組織

が主体となって公共サービスを提供するものとしている。また,一人暮らしの高齢者の社会的孤

立をなくすために民生委員やボランティア,民間事業者等と行政が連携して高齢者のための地域

生活支援のシステムをつくる必要性も説く(「大綱」,17�19頁)。しかし,「大綱」では,就業と

生きがい・社会参加は別の事柄として述べられており,社会参加や「新しい公共」,地域生活支

援のシステムのなかにシルバー人材センターは組みこまれていない。

「大綱」では,シルバー人材センターにおける就業労働の経済的次元が前面におしだされてい

る。就業を収入と結びつけて考えることは自然のことであるが,シルバー人材センターにおいて

は,「自主・自立,共働・共助」の理念からいっても,「生きがい就業」という事業の目的からいっ

ても,就業の社会的次元がより強調されなければならない。「大綱」では別々の事柄として述べ

られている自助の支援や社会参加,生きがい,「新しい公共」,地域生活支援は,シルバー人材セ

ンターの事業と就業労働のなかでは,一つの有機的に結びついたシステムとして機能することに

なる。「出番」や「居場所」,「新しい公共」などの言葉の源流がどこにあるかは不明だが(15),

2009年12月30日に当時の鳩山内閣が閣議決定した「新成長戦略(基本方針)~輝きある日本

へ~」においてたてられた6つの戦略分野の「雇用・人材戦略」のなかでは,少子高齢化による

「労働力人口の減少」への対応の文脈で述べられている。「新しい公共」は,新しい雇用と需要を

うむ分野として期待され,国民すべてが能力と意欲に応じて社会参加できる「プラットフォーム」

のひとつとして位置づけられている。

高齢者の活躍の場として「企業型雇用や起業,NPO型雇用をはじめ,シルバー人材センター

を通じた就業,民生委員・児童委員,有償・無償ボランティア等がある」として就業と社会参加

を結びつけ,さらに「プラットフォーム」構想に言及しているのは厚生労働省の「生涯現役社会

の実現に向けた就労のあり方に関する検討会報告書」(以下,「報告書(2013)」)である。「大綱」

が高齢社会における全般的な対策の指針であるのに対して,「報告書(2013)」は就労対策に焦点

をしぼった提言をおこなっている。高齢者就業の社会的次元を視野のなかにいれているため,シ

ルバー人材センターへの言及もおおい。

「報告書(2013)」の基本的な問題意識は,「大綱」と同じで,少子高齢化の進展による高齢社

会の「支え手」不足と「労働力人口の減少」にある。地域社会においても,高齢期になって雇用

関係からの離脱過程にあるひとの多くが雇用労働から生活に密着した地域活動に軸足をうつすよ

うになる一方で,地域の諸活動を担う「支え手」が不足している現状がある。地域の生活のなか

城西大学経営紀要 第12号72

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からでてくる福祉や育児,家事,環境,文化などの諸領域の社会的需要は多様で個別的であり多

くの労働力を必要とするため,無償のボランティアにだけたよるのではなく,有償ボランティア

も活用することで「支え手」を確保できる。しかも,地域に帰ってくる元気な高齢者に「居場所」

と「出番」を創りだすことは「地域の活力維持の必須課題」である,と「報告書」は主張する

(「報告書(2013)」,4頁以下)。そこで,「支え手」の足りない地域のニーズと健康で活動意欲が

豊富な高齢者の就業と社会参加を結びつけることで,地域の活力をつくりだすシステムが必要に

なる。

システムを担う具体的な組織として「報告書(2013)」が挙げているのは,シルバー人材セン

ター,社会福祉協議会,地域包括支援センター,NPOなどの地域にすでに存在し多様な活動を

おこなっているサード・セクター組織である。特筆すべきは,シルバー人材センターと高齢者事

業団が就業の場というだけではなく,高齢者の社会参加の場として認知され,他のサード・セク

ター組織と併記されていることである。地域の共助システムをつくるうえで「報告書(2013)」

がサード・セクター組織に期待しているのは,各組織が連携を強化するための情報を共有する地

域のプラットフォームの形成,および地域のニーズと高齢者をマッチングするコーディネータと

しての役割である(16)。シルバー人材センターの役割は,就業(=有償労働)をつうじて,健康

で働く意欲のある高齢者と地域のニーズを結びつけることである。

シルバー人材センターは,サード・セクター組織のひとつとして高齢社会政策において積極的

な役割を果たすことを期待されており,国からも「広く国民のニーズがあり,優先度が高い事業

である」,「適切な成果目標を立て,その達成度は着実に向上している」「活動実績は見込みに見

合ったものである」など,一応ポジティブに評価されている(17)。一方で,近年とくに指摘され

ている問題点は,おおづかみに言って4点にしぼられる。第一に,高齢者の就業ニーズと提供す

る仕事のミスマッチ,第二に,事務局の運営体制,第三に,組織運営に関与するものの意識,第

四に,他組織との連携,である。

第一の問題点は,最も見えやすい現象である。「報告書(2013)」でもシルバー人材センターに

ついては,「従来型の除草作業や植木の剪定,駐輪場の自転車整理などの仕事が多く,定年退職

前にホワイトカラーとして働いていた高齢者の中には,シルバー人材センターへの受注が少ない

事務的な職種を希望するため,ミスマッチが起こっている」とし,新しい分野の就業機会開拓を

積極的におこなっているセンターもあるが,「高齢者のニーズに対応した就業機会を十分提供で

きているとはいえない」としている(「報告書(2013)」,6頁)(18)。そのうえで,シルバー人材セ

ンターをこれまで以上に活用するためには,「高齢者のニーズの変化に対応した就業機会の提供」

が求められており,「地域が求めるニーズにマッチし,かつ,高齢者の就労ニーズにマッチする

新たな分野への就業開拓や,就業機会の創出を行っていく必要」があると述べる。とくに,近年

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 73

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の企業の退職者には事務的な仕事を希望する人も多く,「従来の請負型の就労だけではなく,派

遣による就労を活用し,発注者の指揮命令が必要な事務的な就業機会を失わないようにしていく

ことが必要」である,と指摘している(「報告書(2013)」,9頁)。

第二,第三および第四の問題点は,シルバー人材センターの経営問題である。経営を効率的か

つ有効に機能させていくための組織体制,人事制度,職業意識,勤労意欲などに関するマネジメ

ントが,シルバー人材センターは充分ではない。これらの問題点についてはシルバー人材センター

の内部においても,強い危機感をもって自覚されている。「シルバー人材センター事業をよく理

解していない職員や理事や会員がいる」「職員の仕事への積極的な態度がみられない」,あるいは

「職員がスキルを磨く機会がない」「人事交流が少なく,仕事を深く理解したり仲間と議論するこ

とがなく刺激が乏しい」「シルバー人材センターの職員は人事異動もなく孤立しやすい」などの

発言には,組織の停滞性と閉塞感がにじみでている(19)。シルバー人材センター事務局でのヒア

リングによってえられたおおくの知見からは,人事制度の不備が読みとれる。また,「報告書

(2013)」では,地域には「シルバー人材センター,社会福祉協議会,地域包括センター,NPO

等,現状でも様々な機関が存在し,多様な活動を行っているが,それぞれの機関同士,また,行

政等との十分な横の連携がとれているケースは少ない」と,組織間連携の不備が指摘されている

(「報告書(2013)」,5頁)。

「報告書(2013)」をうけて,「生涯現役社会の実現に向けた雇用・就業環境の整備に関する検

討会報告書」(以下,「報告書(2015)」)では,シルバー人材センターの機能強化にたいしてふみ

こんだ提言をおこなっている。つまり,同報告書は表題のように「雇用・就業環境」に特化した

政策的提言であるため,シルバー人材センターの就業需給機能に着目して,「今後センターは労

働者派遣事業や職業紹介事業によって雇用・就業機会を提供することについても積極的に対応し,

生きがい就労を含めていわば高年齢者雇用・就業機会提供の総合デパートとして機能できるよう

にすること」(「報告書(2015)」,18頁)をもとめている。

同報告書では,「報告書(2013)」をより具体化したかたちで,例えば,組織間連携に関しては

地方自治体やハローワークとの連携を明示しているし,新しい事業分野として平成 27年度に導

入された「介護予防・日常生活支援総合事業」に積極的に参加して,介護・保育支援事業におい

て一定の質的水準を確保しつつ高額になりすぎないようなサービスの提供をすべきであることを

述べている。しかし,「報告書(2015)」の特異性は,シルバー人材センターが設立された30年

前とは環境がおおきく変わっていることを強調し,第一に,就業機会拡大にむけた機能強化のた

めにシルバー人材センターも雇用領域にふみこむべきであると暗示していること,第二に,新し

い職域拡大のために就業時間規制の緩和を検討すること,などにたちいっている点にある。第一

の点に関しては,労働者派遣の充実,第二に関しては,「臨短軽」要件の緩和が課題となる(20)。

城西大学経営紀要 第12号74

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「報告書(2015)」が提言していることは,就業需給調整システムとしてのシルバー人材センター

の経済的機能の強化である。同報告書では,経済的機能を強調することによって,民業圧迫や高

齢者を安価な労働力として利用することに対する懸念,あるいは一般的な雇用労働との関係や会

員の労働者性はどのように考えるのかという問題意識をのぞかせているが,「生きがい就業」は

どうなるのかという点については言及されていない。むしろ,センター会員と民間労働者が単純

にトレードオフにはならない可能性(=「臨短軽」の緩和が民業圧迫にはならない)や,現実に,

就業における指揮命令関係が発生せざるを得ない場合があること,または労働衛生の確保や労働

災害時の負担などを指摘し,「センターに対する補助金における就業機会・職域開拓に係るイン

センティブを強化すること」(「報告書(2015)」,24頁)を施策として講じる必要性を主張して

いる。

3.2.経済的機能強化の圧力

シルバー人材センターにたいして最もネガティブな評価をくだしたのは,行政刷新会議の「事

業仕分け」である。「事業仕分け」は,独立行政法人や政府系公益法人など組織と事業について,

事務・事業の内容や体制の効率性や保有資産の適正性,行政との間の資金や人の流れの透明性,

情報公開などの視点から(21),見直しをおこなった。シルバー人材センター事業は国庫援助事業

として仕分けの対象となり,2009年11月13日と2010年11月15日に「仕分け作業」がおこな

われている(22)。論点となったのは,補助金は適正か,補助金の効率的執行がおこなわれている

か,事務局コストの削減努力はしているか,とくに人件費や管理費は適正か,あるいは民業を圧

迫していないかなどの諸点で,基本的にはシルバー人材センター事業そのものの是非ではなく,

経営問題であった。他方で,30年もやっている事業にもかかわらず高齢者の3%未満の会員数し

かいないというのは,「国民にとってはあまり魅力的でない仕組みではないか」「シルバーが高齢

者にとってあまり魅力がないということは明らかになりつつある」という発言もあり,シルバー

人材センターが環境の変化に適応できていないのではないかという意見もあった(23)。

結果として,「事業仕分け」第1弾では「予算要求の3分の1程度を縮減する」という最終判

断がくだり,第2弾でも「第1弾の評価結果を確実に実施」することがもとめられた。実際には,

2010年度概算要求136億円から3分の1程度の縮減は,予算激変を緩和するため複数年度で執

行されたが,「事業仕分け」での議論と決定は政権が代わった現在も「行政事業レビューシート」

というかたちで継承されている。シルバー人材センター事業に対する補助金の削減はセンターの

現場に衝撃を与え,経営効率化と経済的自立性向上へのインセンティブとなった。補助金の削減

は2009年度以前もおこなわれていたが,2009年度予算を基準として「事業仕分け」がおこなわ

れ,それ以後の2013年度までは減額の幅がおおきくなっている(図表5)。補助金の推移からはっ

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 75

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きりしていることは,第一に,「事業仕分け」以降に一般会計からの補助金額が大幅に減少して

いることと,第二に,2015年度から雇用勘定から拠出された補助金がくわわっていることである。

2014年度までのシルバー人材センター事業に対する補助金は税金を収入源とする一般会計か

ら拠出されていたが減額されつづけ,2015年度からは特別会計からの補助金がくわわることで

補助金全体は大幅な増額となっている。労働保険特別会計は,労災勘定,雇用勘定,および徴収

勘定に区分され,基本的には,事業主から徴収した雇用保険料と労災保険料からなりたっている。

特別会計は目的に応じて種々あるが,労働保険特別会計は事業主の負担する費用を主要な収入源

としているため,事業主のメリットになることや雇用の安定につながることに使用されることが

要求される。「事業仕分け」による補助金の減額はシルバー人材センターに経済的自立性の向上

をもとめたが,雇用勘定からの補助金拠出は,「報告書(2015)」の提言するシルバー人材センター

の経済的機能強化の圧力 「補助金における就業機会・職域開拓に係るインセンティブ」 と

なっている。つまり,雇用保険法第62条における「失業の予防,雇用状態の是正,雇用機会の

増大その他雇用の安定を図るため」の雇用安定事業としてシルバー人材センターの就業需給機能

を利用すること,換言すれば,雇用領域にふみこむこと=労働者派遣事業と職業紹介事業の拡充

をシルバー人材センターに要求していることになる。

「事業仕分け」における補助金の適正性は端的に言えば「費用対効果」であり,「シルバー人材

センターの活動そのものについては,就業を希望する多くの高齢者のために一定の役割を担って

いるものという認識にたっており」,その意義を否定していない。しかし,指摘された問題点の

なかでも,シルバー人材センターが魅力のない組織なのではないか,シルバー発足当時とは状況

が変わってきているにもかかわらず会員数の増加がそれほどでもないというのは仕組みに問題が

あるのではないか,などの意見を無視することはできない。シルバー人材センターが高齢者と社

会のニーズに適合していないということ,組織が環境に適応していないということを意味するか

らである。

城西大学経営紀要 第12号76

図表5 シルバー人材センター事業補助金の推移

(単位:百万円)

年度 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度

補助金額13,372 13,225 11,305 9,023 9,077 8,897 9,223 11,535

(7,538)

12,021

(7,559)

内,労働保険特別会計雇用勘定 3,997 4,462

契約金額 307,923 296,885 298,395 295,293 290,525 290,801 298,040

(注) *契約金額は,国庫補助対象外のシルバー人材センターを除外した数字である。

*2016年度は要求額である。

*括弧内の数字は一般会計からの補助金額を表している。

(出所) 全シ協「平成27年度事務局職員研修会資料」より作成

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内閣府の調査をみても,高齢者のシルバー人材センターにたいする関心は高いとは言えない。

「平成20年度高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」では,「グループや団体で自主的に

行われている活動(地域活動)に,今後とも(又は今後は),参加したいと思うか」という問に

たいして,「参加したい」(54.1%)と「参加したいが事情があって参加できない」(16.2%)をあ

わせて70.3%のひとが参加意欲をもっており,高齢者の地域活動への参加意欲は高い。しかし,

「現在参加している団体や組織」では,町内会・自治会が40.9%と突出して高く,趣味のサーク

ル・団体20.0%,健康・スポーツのサークル・団体16.8%,老人クラブ14.5%とつづき,シルバー

人材センター等の生産・就業組織は2.4%にしかすぎない。

シルバー人材センターの粗入会率(会員数を60歳以上人口で除した数値)全国平均は1.8%な

ので実際の会員数はより少数派ということになるが,しかし,72万人を超える高齢者を就業人

員として組織している団体は他に存在しない。労働力としても無視できない数である。シルバー

人材センターの粗入会率は何パーセント程度が適正であるかというのは,簡単に決められる問題

ではないが,東京都高齢者事業団構想当時,東京都老人福祉基礎調査(1971年)をもとに,仕

事に就いていない高齢者のうちで雇用労働はのぞまないが働く能力をもち,「収入のある仕事が

あればしたい」というものが,60歳以上の人口のうち2.5%ぐらい存在すると推計し,事業団発

足にふみきったという経緯はあったようである(三浦,1980,118頁)。

国家的政策において,市民参加型の公共社会形成が重要な課題となっており,そのなかでシル

バー人材センターはおおきな役割をはたすことが期待されている。他方で,シルバー人材センター

は収入が得られる就業の組織なので,高齢者の生活の安定に資することを期待されるのも当然で

ある。しかし,運動体としてのシルバー人材センターの目的は,「生きがい就業」であり,高齢

者の社会参加であり,地域の活性化である。シルバー人材センターが公共社会の形成において独

自の機能を担うためには,経済的役割と社会的役割の異なる二つの役割を止揚し(aufheben),

新しい公共社会形成の一翼を担うという運動の方向性を明確にする必要がある。以下では,この

点について考えてみたい。

4.高齢者就業におけるシルバー人材センターの現代的意義

経済的必要からシルバー人材センターでの就業をのぞむ会員は設立当初からいたし,シルバー

人材センターの経済的役割,つまり「生活のための就業」に対応するべきであるという主張は過

去にも現在にも散見できる(24)。それでは,現在シルバー人材センター会員で「生活のための就

業」をもとめる会員はどのくらいいるのか。全シ協(全国シルバー人材センター事業協会)の

「シルバー人材センター会員の実態に関する調査」(2010年)をみてみたい(25)。

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 77

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調査によれば,65歳以上75歳未満の会員は

全体の69.1%で,会員が主たる家計負担者であ

る割合は72.0%である。会員の年金収入は250

万円未満が81.5%でほとんどを占め,100万円

未満が27.5%もいた(図表6)。高齢者世帯の

公的年金・恩給収入の平均は216.2万円(平成

22年「国民生活基礎調査」)なので,シルバー

人材センター会員の約三分の二はこの平均を下

回っていることになる(26)。「会員」収入と「世

帯」収入を単純に比較することはできないが,

シルバー人材センター会員の7割強は,主たる家計負担者である。シルバー人材センターで働く

理由は(3つまで選択),「健康によい」64.3%「生きがい」54.8%「お小遣い」35.8%「生活費」

34.7%であり,配分金の使途は(3つまで選択),「趣味・娯楽等」62.5%「家計の財源」62.1%

「家族づきあい」53.9%となっている。生活費のためにシルバー人材センターで働く会員が三分

の一以上,配分金を家計の財源としている会員は六割以上もいる。さらに,暮らしぶりをたずね

た設問では,「大変苦しい」9.6%と「やや苦しい」26.1%をあわせて35.7%であり,「普通」は

59.7%であった。このうち,暮らしの状況を「大変苦しい」と答えた会員の70.0%が,シルバー

人材センターで働く理由(複数回答)を「生活費」と回答し,暮らしの状況を「やや苦しい」と

答えた会員の55.8%が,シルバー人材センターで働く理由(複数回答)を「生活費」と回答して

いる。また,暮らしの状況を「大変苦しい」と答えた会員の86.8%が,配分金の使途(複数回答)

を「家計の財源」と回答し,暮らしの状況を「やや苦しい」と答えた会員の80.0%が,配分金の

使途(複数回答)を「家計の財源」と回答した。生活が苦しい会員は生活費を得るためにシルバー

人材センターで働き,配分金を家計の財源にしているということである。

前述のように,高齢者の貧困と孤立は社会問題であるが,「平成24年国民生活基礎調査の概況」

では「高齢者世帯」の54.0%が生活は「苦しい」と言っていることを考えると,シルバー人材セ

ンター会員の35.7%は少ない比率である。また,内閣府の「高齢者の経済生活に関する意識調査」

(2012年)を細かくみると,年齢階級別では,シルバー人材センター会員の実態に近い70~74

歳の階級で相対的に家計が「心配である」割合が高くなっているし,家族形態別にみれば,今後

増加していく60歳以上の単身世帯では「心配ない」66.0%であるのに対して「心配である」は

32.0%と相対的に高く,55~59歳の単身世帯では「心配ない」30.4%,「心配である」69.6%とほ

とんどの人が経済的な暮らし向きに不安をかかえている。

生活が「苦しい」シルバー人材センター会員の比率が相対的に少ないのは,シルバー人材セン

城西大学経営紀要 第12号78

図表6 会員の年金(恩給)収入

(単位:%)

構成比 累 計

100万円未満 27.5

100万円以上150万円未満 17.4 44.9

150万円以上200万円未満 18.6 63.5

200万円以上250万円未満 18.0 81.5

250万円以上300万円未満 12.3 93.8

300万円以上 6.1 99.9

(出所) 全シ協「シルバー人材センター会員の実態に関

する調査」平成22年より作成

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ターがもともと「生活のための就業」ではなく「生きがい就業」を提供する組織であり,月に3

万数千円程度の追加的収入はえられるが生活を支えるだけの収入はえられないからである。しか

し同時に,この比率の少なさはシルバー人材センターが生活に不安をかかえる高齢者を会員とし

て十分に包摂しきれていないということもあらわしている。

全シ協の実態調査からみえてくるシルバー人材センター会員の経済生活は,高齢者世帯の平均

収入をやや下回る中下層高齢者層に属する70歳前後の家計を負担する高齢者会員が,家計を支

えるためにシルバー人材センターで仕事をしており,シルバーで働くことが家計の経済的補填に

つながらない場合は退会することもある,ということである(27)。会員がセンター以外での就業

日数がおおいほど退会する傾向は高く,センター以外での就業日数が一日増えるごとに退会する

傾向は1.3倍になるという調査結果もある(原田/杉澤/柴田,2009)。おおまかに言って,シル

バー人材センター会員の約三分の一は「生活のための就業」を必要とする高齢者である。この三

分の一,つまり生活不安をかかえる高齢者を排除するのか,包摂するのか。この判断は,個々の

センターがすべきことであろうが,高齢者事業団から引き継がれたシルバー人材センターの運動

体としての原点を考えるとき,この限界労働力としての高齢者は包摂すべきである。それは,単

に経済的な受け皿という理由からだけではない。

シルバー人材センターの「生活のための就業」に対する対応の要請は,地域の労働事情によっ

て異なる。例えば,東京はもともと高齢者事業団としてのシルバー人材センター発祥の地であり

高齢者事業の福祉的性格を色濃くもっているだけではなく,労働市場において雇用を含む仕事が

豊富にあるため,シルバー人材センターに「生活のための就業」をもとめる圧力は少ない。「生

活のための就業」を必要とする高齢者は,労働市場において多様な仕事をみつけることができる

からである。他方で,求人の少ない地方ではシルバー人材センターに「生活のための就業」をも

とめる圧力は強くなる。他に選択肢が少ないからである。しかし,東京においても労働市場適合

的能力の低い高齢者は就労機会が少なく,シルバー人材センターがこうした限界労働力に就業機

会を提供することは福祉的視点,あるいは社会的包摂の視点からも重要になる。シルバー人材セ

ンターにおける「人材」とは,健康で働く意欲があり,働くことに生きがいを見いだす高齢者で

ある。この人材が社会的包摂の担い手になることによって,地域は社会的に形成される。

高齢期が勤労者のひとつの生活段階であるとすると,高齢者の就労問題は勤労者の生活問題で

ある。しかも,高齢社会の就労問題は,雇用領域以外での多様な働き方による高齢者の経済生活

と社会生活での自立と保障を視野にいれている(28)。シルバー人材センターで中心になるのは,

働く意欲のある健康な高齢者である。介護や看護の必要な高齢者や働けない高齢者は,福祉の対

象となる。サード・セクターにおける問題解決型の社会的事業経営としてのシルバー人材センター

は,福祉からも労働(あるいは,雇用)からも排除され,労働と福祉の隙間に落ちこんでしまっ

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 79

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た労働市場適合的能力の低い限界労働力である高齢者の生活問題に対処することによって,より

おおきな意義をもつ。高齢社会の就労問題とは,労働市場における競争力の弱い高齢者の社会生

活と経済生活 社会関係の形成と収入 の問題にどのように対応するかということに他なら

ない。このことは,シルバー人材センターに,「生活のための就業」をもとめる高齢者がつねに

一定程度いることからも明らかである。

労働市場適合的能力とは,労働市場における適応力のことであり,①労働能力:専門能力・ス

キルなど,②基本的資質・適性:身体的・心的資質や能力,労働適性,社会的性格,認知能力な

ど,③所有諸資源:資産,学歴,職歴,教養,文化的・芸術的素養,人脈などの経済資本,文化

資本,社会関係資本,④生活環境:生活の柔軟性から成る。労働市場適合的能力の高い高齢者は

労働市場における競争力があるため,雇用労働や独立自営の事業によって収入を確保するととも

に社会とも結びつくことができる。他方で,労働市場適合的能力の低い高齢者は,雇用労働や独

立事業をつうじて社会と結びつく機会と可能性が乏しく,社会的孤立や貧困の状態におちいりや

すい。例えば,60歳代前半で継続雇用からもれた高齢者,65歳以上の高齢者,職業や職場の移

動を繰り返し50歳代後半期に定職がない高齢者,自営業者で事業をたたみ収入も貯蓄もほとん

どない高齢者,国民年金のみあるいは無年金の高齢者などで,とくに労働市場における競争力が

乏しい高齢者は,「雇用」以外の領域で就業を考え,企業以外の組織によって社会的に包摂され

る必要がある。これまでの高齢者就労問題は,政策も研究も基本的に「雇用」促進をめぐって論

じられてきたし,65歳までの継続雇用の義務化も実現した。しかし,多様な高齢者の就労を問

題にする場合,とくに雇用になじまない,雇用領域から排除された労働者の就業を考える場合,

社会的な視点から「雇用」以外の道筋をつくることも必要である。ここに,シルバー人材センター

の第一の社会的意義がある(29)。

労働市場適合的能力は,「能力」という語を用いているが,構成要素からもわかるように個人

に還元されない環境諸条件をふくんでいる。能力の形成や展開は生活条件との相互作用のもとで

おこなわれ,個人をとりまく生活条件は社会経済の構造やシステムに規定される。社会や労働市

場における個人の適応力や競争力を問題にするさいに,個人還元的な能力だけをとりあげても無

意味である。とくに,具体的な生活環境が,その時々の経営労働生活に適応できるかどうかとい

う点で,生活の柔軟性は重要である。生活の柔軟性があるということは,自由に弾力的に企業な

どの勤務に対応できるということである。例えば,幼児を育てているシングルマザーや老親の介

護をしている勤労者は生活を柔軟に勤務に適応させることはむずかしい。労働力利用の主権,あ

るいは「労働時間統治権(Zeitsouver�anit�at)」(Kohli,2000;R�urup/Gruescu,2005)が経営に

ある限り,生活の柔軟性は勤労者にとって労働市場における競争力の条件となる。高齢者の場合

は,健康状態に条件づけられた生活状況や老齢による心身の状態なども生活の柔軟性と関係して

城西大学経営紀要 第12号80

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くる。労働力利用の主権が高齢者自身にあるためには,労働は任意就業でなければならないし,

就業組織は自主自立の民主的・自治的組織でなければならない。

市場セクターや公的セクターにおける雇用とは異なり,シルバー人材センターにおいて重視さ

れるのは労働市場適合的能力ではなく,「自主・自立,共働・共助」の意思である。どのような

形態であっても就労の意味は,収入とともに社会と関係を結ぶことにある。雇用の場合は経営に

対する従属関係のもとで経営活動をつうじての社会との間接的な結びつきになることがおおいが,

シルバー人材センターの場合は,具体的に見えるかたちで諸個人が地域社会と直接的に結びつい

ている。シルバー人材センターにおける高齢者の能力活用は,高齢者本人がその能力を最も有効

に発揮できるような仕事を発掘し提供するという意味であり,営利追求活動にとって必要な労働

力という意味での,生産要素としての「労働力の活用」「人材活用」とはちがう。つまり,企業

の職務遂行にとって必要な労働力の調達とは逆に,地域と高齢者にとって必要な仕事を調達し提

供することで高齢者の能力を活用するというスタンスである。シルバー人材センターでは,労働

の社会的次元と精神的次元が重視される。

シルバー人材センターはすべての高齢者に開かれた運動組織であり,地域社会において様々な

状況にある高齢者がそれぞれの能力を活かして生活問題の解決をめざす共働・共助の社会関係を

つくる。会員の職業経歴や収入の多寡,能力の分野などは多様であり,この多様性こそが様々な

高齢者を包摂するという点で,シルバー人材センターの意義をより高める条件となる。「生きが

い」をもとめる高齢者,組織の従属関係からはなれて自由に働きたい高齢者,労働市場において

競争力の弱い高齢者など様々な高齢者が共働し共助し合うような協同組織をつくることで高齢者

をひとつの社会的勢力として組織し,高齢者の自立を支援するだけではなく能動的な社会の形成

者として就業をとおして活動する場をつくることは,シルバー人材センターの第二の社会的意義

である。

シルバー人材センターは,就業機会の提供をとおして,高齢者の「生きがい就業」に資する組

織であり,「生活のための就業」に対応することはできないとされる。しかし,平均的な人間に

とって「生きがい」は生活のなかで実感されるものであり,とくに高齢期における「生きがい」

は「生活の安定」を前提条件とする。「生きがい」と「生活の安定」が緊密に連動する以上,高

齢者就業は勤労者の生活問題として,これらを一つの括りのなかでとらえなければならない。シ

ルバー人材センターは働くことをとおして高齢者の「生きがい」ある生活をめざすために設立さ

れた団体であるが,提供される仕事は有償労働であり,はじめから収入は欠かせない存立条件で

あった。高齢者が地域のなかで胸を張って独立の人格として自立していくためには年金にプラス

して自由になる小遣い程度の収入が必要であり,この収入を得る機会を提供するという経済的意

図は,副次的ではあってもシルバー人材センター設立の趣旨のひとつである(30)。そして,収入

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 81

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が生活のためであるのか,小遣いであるのか,あるいは貯蓄のためであるのか,その使途は問わ

れるべき性質のものではない。

シルバー人材センターには,「生きがい就業」も「生活のための就業」もなく,「高齢者のため

の就業」があるだけである。会員が,就業をつうじて社会に貢献することに生きがいを感じるの

か,社会と結びつきをもつことに生きがいを感じるのか,仕事そのものに生きがいを感じるのか,

仲間と協力し合うことに生きがいを感じるのか,あるいは収入を得ることに生きがいを感じるの

かは主観的問題である。ある女性会員は,専業主婦として家事・育児に従事していたが,40歳

のときに働きはじめ58歳まで営業事務として働いていた。その後,義母と実母の介護が必要と

なり仕事を辞めて5年間介護生活に専念した後,シルバー人材センターで働いて久しぶりに収入

を得たときに「何とも言えない充実感」をもったという(31)。自分で働いて収入を得ることでも

たらされる自己確認と自立の感覚は,高齢者だけではなくすべての人間の心の健康にとって軽視

できない事柄である。

それでは,シルバー人材センターが堅守すべき一線はどこにあるのか。仕事そのものが公益性

をもつということ,事業そのものが収益性ではなく社会的需要の充足を目的としているというこ

と,したがって事業や仕事が収益目的・収入目的であってはならない,ということである。生活

のために働きたい高齢者に就業機会を提供するのは公益的な社会的に意義のある事業であるが,

それによってシルバー人材センターは収益を追求してはならないし,会員も収入それ自体を追求

することはできない。収入に生きがいを感じることは自由だが,収入の追求を目的としてはなら

ない。この曖昧な一線をより明確化し確認するための文言が「臨時的かつ短期的なもの又はその

他の軽易な業務」,すなわち就業労働における「臨短軽の原則」である。制度上はこの原則の範

囲内にあるものを「生きがい就業」と呼んで,収入を目的としないために就業時間も雇用保険が

適用されない週20時間未満に抑えられており,これを超えるものを「生活のための就業」と呼

んでいるにすぎない。したがって,シルバー人材センターの抱える問題は,制度の範囲内でどれ

だけ「生活のための就業」に貢献できるのかというジレンマであって,社会的包摂の視点から

「生活のための就業」に貢献することに論理的問題はない(32)。「臨短軽」は制度上の文言であっ

て,個人にとって就業労働の意味が「臨短軽」を超えなければ「生きがい」で,超えれば「生活・・

のため」ということではないからである。仕事の種類や時間にかかわらず,「生きがい就業」は

シルバー人材センターにおいては「自主・自立,共働・共助」として理念化され,働くことをつ

うじて実践される。

高齢者の就業は,市場セクターと公的セクターの間隙にある問題である。健康で働く意欲はあ

るが労働市場適合的能力が低く,労働市場において競争力が弱い高齢者は市場セクターから見過

ごされる。ここに,資本主義企業の限界がある。企業は万能の組織ではないし,営利性は経済の

城西大学経営紀要 第12号82

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唯一の規準ではない。それにもかかわらず,企業の原則が社会のあり方と人間の行動様式や思考

様式を支配するところから社会的諸問題が生じることもすくなくない。労働市場適合的能力は社

会的条件によって規定されるにもかかわらず,雇用労働領域では組織の事情が優先されるため,

諸個人の生活環境・生活条件は後回しにならざるをえない。生活環境・生活条件を考慮しつつ,

生きがいを優先させながら高齢者に就業=有償労働の機会を提供して自立を支援し,地域に共助

のネットワークをつくることで高齢者を社会的に包摂して地域における相互扶助の社会関係を形

成していくところに運動体としてのシルバー人材センターの第三の社会的意義がある(33)。

所得,貯蓄および年金のすべてが目減りしている状況のなかで,高齢者の経済生活に資する就

業のあり方を模索することは必要である。しかし,それがただちにシルバー人材センターの「第

二のハローワーク」化や「失業対策事業」化につながるということではない。労働市場適合的能

力の低い限界労働力である高齢者にとっては,収入だけではなく,社会との結びつきも必要であ

る。この必要を満たすのは,単なる労働の組織ではなく,社会的・福祉的性格をあわせもつ社会

的事業経営である。この両方の要請に応えるためには,シルバー人材センターは健康で働く意欲

のある平均的な高齢者を組織して「地域」と「就業」を「生きがい就業」として結びつけ,地域

を活性化する運動体としての本質を放棄することはできない。経済的役割と社会的役割を止揚し

てより高次の運動体として発展していくためには,環境の必要のままに圧力をくわえ,シルバー

人材センターを別の組織に変えるのではなく,シルバー人材センターが主体的に柔軟に環境の要

請に応えるとともに,シルバー人材センターが活動できる環境を創造 新しい公共社会の形

成 していく必要がある。

5.新しい公共社会の形成とシルバー人材センター

シルバー人材センターのもつ社会的意味は,過小評価できない。シルバー人材センターの原点

は地域再生・地域活性化を目的とする社会運動である。労働省職業安定局高齢者対策部職業対策

課長としてシルバー人材センターの法制化に尽力した長勢甚遠は,「人間関係,地域社会のあり

方を変えていくのは決して行政の役割ではない。意識運動,精神運動であり,文化運動である。

シルバー人材センターは就業機会の確保,提供という手段を通じてこの運動を行うものであると

思いたい。……(中略)……行政の介入等により自由な発想による運動が妨げられるようなこと

があるならば,それと対決する自信と覚悟をもった運動として発展していってもらいたいと思う。

その運動は単に高年齢者に関するものだけではなく,社会全体の変革の端緒となるべきものであ

り,そのように期待したい」(長勢,1987,216頁)と言う。

長勢甚遠の念頭にあった地域社会が日本の伝統的共同体であったのに対して,新しい公共社会

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 83

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は伝統的共同関係とは異なる社会関係によって形成されなければならないが,地域を変える運動

であるという点は,いまも変わらないシルバー人材センターの原点である。そして,シルバー人

材センター運動が地域居住者である会員の就業によるというところに,新しい社会関係形成の鍵

がある。つまり,地縁・血縁による拘束性の強い伝統的共同関係でもドライな利害・契約関係で

もない,自発的な仲間的な協同関係による,いわば第三の関係による地域社会関係の再編成であ

る。地域社会の再編成という経済効果をこえた社会的効用によって,シルバー人材センター事業

は経済政策あるいは労働政策としてではなく,社会政策として位置づけられる(34)。

また,高齢者事業団の設立に尽力した小山昭作は,高齢者事業団において高齢者の自発性や創

意性,自主性を基本とした管理運営が,高齢者の自助と共助と連帯を培い,地域社会を基盤とし

た高齢者の自主的活動を高め,高齢者の社会参加を促進し,活力ある地域社会づくりにつながっ

ていくと言う(小山,1980,178頁)。他方で,小山は,高齢者事業団を伝統的な労働力の雇用市

場との関連で一般労働力の需給をめぐる労働市場と直結してとらえるような雇用・失業問題とし

て考えるのであれば,論ずるべきことはほとんどないとする(同書,184頁)。高齢者事業団と

同様,シルバー人材センターは,労働市場との連関で失業問題の視点から,就業機会の提供団体

と考えるべきではない。しかし,貧困問題を物的欠乏という意味での経済問題としてだけではな

く,社会関係の欠如という意味での社会問題として,あるいは社会的排除の問題としてとらえる

現代的認識のもとでは(安田/塚本,2009),「生活のための就業」に応えることは,シルバー人

材センターの役割のひとつである。公的扶助のような福祉からも労働市場からも排除された高齢

者を社会につなぎとめることは,シルバー人材センターが地域社会関係を再編成して新しい公共

社会を担う運動体であれば,社会的包摂の視点から無視できないからである。

シルバー人材センターの経済的役割を主張する議論のなかには,シルバー人材センターとサー

ド・セクター,あるいは新しい公共社会の形成を結びつけたものはほとんどない。しかし,シル

バー人材センターが労働と福祉の接点にある社会的事業経営である以上,公的セクターでも市場

セクターでもない第三の領域での位置づけを考えることは必然である。つまり,シルバー人材セ

ンターに経済的機能強化をもとめ,これまで以上の高齢者の就業需給調整を要求するのであれば,

高齢者就業問題を単なる経済問題としてではなく社会問題としてとらえなおし,新しい社会的諸

問題に対応するための問題解決型の社会的事業経営としてシルバー人材センター運動の展開を新

しい領域のなかに位置づけて考えなければならない。地域社会における共同性の希薄化からくる

高齢者の孤立と貧困の問題など高齢社会の象徴的問題にみられるように,共助システムを土台と

する新しい公共社会の形成は急務である。

地域に公共社会領域をつくり,地域の共助ネットワークを再編する試みとして提唱されたのが,

「大綱」の言及する「新しい公共」である。「新しい公共」は公的イニシアティブのもとにでてき

城西大学経営紀要 第12号84

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た考え方であり,福祉国家の縮小と無関係ではない。むしろ,「新しい公共」は,福祉社会を上

からつくろうとする政策的用語である。内閣府の「新しい公共」推進会議は,「新しい公共」を

「人びとの支え合いと活気のある社会」であり,「それをつくることに向けたさまざまな当事者の

自発的な協働の場」とする。目指されているのは,「すべての人に居場所と出番があり,みんな

が人に役立つ歓びを大切にする社会であるとともに,その中から,さまざまな新しいサービス市

場が興り,活発な経済活動が展開され,その果実が社会に適正に戻ってくる事で,人びとの生活

が潤うという,よい循環の中で発展する社会」であり,「NPOや社会的課題を解決するためにビ

ジネスの手法を適用して活動する事業体」に「社会に多様性をもたらしている存在」として期待

をよせる(35)。地域における社会関係を再編成するために,社会的課題に対応する社会的事業経

営=サード・セクター組織の必要を説いている。「新しい公共」推進会議ではサード・セクター

を「市民セクター」と呼び,「市民セクターとは,特定非営利活動法人,一般社団・財団法人,

公益社団・財団法人,医療法人,特定公益増進法人(学校法人,社会福祉法人等),協同組合,

法人格を持たない地縁団体(自治会・町内会,婦人・老人・子供会,PTA,ボランティア団体等)

等の民間非営利組織のほか,公益的な活動を主な目的とする営利組織からなるセクター」と定義

する(36)。

「新しい公共」を政府が説いて上からの形成をすすめようとする背景には,基本的に二つの事

情がある。第一に,財政の逼迫と,第二に,伝統や慣習の社会的拘束力の低下からくる地域活動

を担う労働力の不足,である。財政の逼迫から地域の社会的・福祉的機能の担い手を家族や地域

住民にゆだねようとする流れは,1970年代の「日本型福祉社会」に遡ることができるが,今日

では地域活動を担う労働力が不足している(37)。ここから,サード・セクターの非営利社会的事

業経営にたいする社会性と企業性の両立と,伝統的な共同性や公と私の役割分担とは異なる原理

で結合した地域ネットワークの形成という二つの要請がでてくる。伝統的共同性とは異なるとい

う点で「新しい」公共は,公と私の中間に存在する社会領域に企業とも政府とも拮抗する勢力と

してそれらと協力,対抗,あるいは監視をしあう地域のネットワークをつくるということである。

「新しい公共」は,いわゆる「第三の道」をめざすものとしてとらえることができ,発想として

はふるくからあるものだが,近年では2009年の「新成長戦略(基本方針)」などに影響をみるこ

とができる。

第三の道という言葉は20世紀初頭から使用されていたが,世界的に広めたのはイギリスの社

会学者A.ギデンズである。ギデンズは,第三の道という語を「過去二,三〇年間に根源的な変

化を遂げた世界に,社会民主主義を適応させるために必要な,思考と政策立案のための枠組み」

として,「旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道」としてもちいている

(Giddens,1998,邦訳 53頁;55頁)。1998年に刊行されたギデンズの『第三の道』は,多くの

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 85

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論点とアジェンダを総花的に提示した小著であり要約することは困難であるが,ギデンズの主張

をあえて短く言えば,第三の道は民主主義の深化(民主主義の民主化)をすすめることであり,

民主化をすすめるためには市民社会を再構築することが必要であるということである。そのため

に必要なことは,高齢社会問題への対応という文脈からは,生活共同体の再生である。

生活共同体の再生は,地域コミュニティの形成と民主的家族の形成に集約されるとともに,地

域と家族をとりまく環境への視座も要求される。健康的で豊かな生活にとって欠かせないのは,

自然環境と社会環境の健全な維持である。ここから,エコロジーや持続可能性,環境配慮型近代

化という視点と,「包摂」と「排除」あるいは市民権の尊重,公共空間に参加する権利という視

点が生じる。健全な社会環境を形成するためには,すべての地域住民の市民権を尊重し,社会的

排除をなくし,平等で自由な公共社会を確立・維持する必要がある。貧困問題や高齢者問題,母

子世帯問題など社会的排除につながりやすい社会的諸問題を,市民と自治体の協働によって解決

し地域コミュニティをつくっていくための重点は,支援ネットワーク,自助,社会関係資本の充

実の三点である(同訳書,98頁以下;173頁以下;185頁)(38)。

ギデンズの理論を基礎にして考えると,「新しい公共」は市民が自立的・自発的におこなう地

域の社会的自治を土台とする市民社会形成の論理からでてくる。他方,政策用語として政府の財

政的事情から考えると,市民を安価に動員して地域の社会的・福祉的必要をみたそうとする行政

の論理とも理解することができる。この二つの立場は原理的には対立していても,現実において

は両立可能である。公共サービスにおける公的サービスの縮小は,市民参加型組織による公共サー

ビス供給の条件でもあるからである。問題は,行政の関与の仕方である。収益性の低い公共サー

ビスを事業領域とする社会的事業経営は,補助金がなければたちゆかない。政府が補助金の額や

使途に制限をくわえて事業の方向性を政策的に誘導するのであれば,経済的自立のむずかしい社

会的事業経営は,政府の下請機関にならざるをえない。

公的におこなわれるべき公共サービスを市民が自らおこなうことに問題はない。市民結社であ

る社会的事業経営と公的機関とは,相互補完的であるべきであり,協働する必要がある。しかし,

市民の組織が政府の下請となることは同時に,国家的支配装置の下部機関となることも意味する。

行政にとって都合のよい組織と事業が選択され,場合によっては,市民個人に対する強制装置と

して機能しうる。国家行政が強力な強制的支配装置であることと,国家的政策と地方自治の立場,

および地域市民の立場は必ずしも一致するものではないということは十分に意識したうえで,サー

ド・セクターの形成やシルバー人材センターの役割は考えられなければならない。

市民による社会的事業経営が,経済的自立性の低さから行政の下請機関になることを避けるた

めには,それを公的サービスの代行機関として公的セクターの下部に位置づけるのではなく,市

民主体の公共サービス領域としての新しい公共社会を構築する必要がある。新しい公共社会の構

城西大学経営紀要 第12号86

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築には,市民組織が自由に活動できるサード・セクターの開拓が不可欠であり,それによっては

じめて,70年代の「日本型福祉社会」とは本質的に異なる市民が主体となった新しい福祉社会

をつくることができる。シルバー人材センターが,その一端を担えるかがおおきな課題である。

6.結 び

新しい福祉社会への移行は,推進力となる主体の自発的意志と外的諸要因の相互作用によって

おこなわれる。つまり,国の政策的・意図的な転換の推進(地域や市民のエンパワーメント,制

度の整備や財政支援など)と市民の自発的・自主的運動の双方向から,福祉社会は形成される。

そのどちらがイニシアティブをとるかは国によっても地域によっても様々でありうる。例えば,

イタリアの社会的協同組合には,精神疾患や薬物濫用,若年失業,長期失業,障害者福祉,高齢

者福祉など「社会的排除」や「新しい貧困」に関連した社会問題に社会的サービスを提供するこ

とで対応しようとして生まれた小さな事業経営も多く,これらは地域の実情のなかから生まれた

自発的で自主的な社会的労働である。その意味で,社会的協同組合は強い市民的イニシアティブ

をもち,「そもそも当事者や協力者たちが,まず自前で問題に立ち向かい,それが一定の社会的

認知を獲得し公的サービスの一環に組み入れられていく」というように,「官」が対処しなかっ

た個別的・具体的な社会的諸問題への自助的・共助的な対応として出発したものが,社会的に認

められ資金面の公的保障がえられるようになったものである。しかし,このイタリアの社会的協

同組合にも,「官」が主導して設立を誘導したケースも少なくはなく,「上」からと「下」からの

二つの源流がある(田中,2005,173頁;213頁)。

福祉社会が過不足なく社会的需要を充足していくためには,地域に社会的労働に支えられたサー

ド・セクターを切り拓いていく必要がある。市民社会の伝統のあるヨーロッパでは,主として市

民的イニシアティブによってサード・セクターが形成されてきた。A.エバース/J.�L.ラヴィル

によれば,ヨーロッパのサード・セクターの形成にあたってとくに貢献したのは,協同組合や共

済組合,アソシエーション等の「社会的経済」であるが(Evers/Laville(ed.),2004,邦訳5頁),

市民的イニシアティブの強いヨーロッパにおいてもサード・セクターと政府の関係は曖昧であり,

福祉社会においては政府(公的セクター)とサード・セクターの役割と関係を明確にする必要が

ある。ただし,これはあくまでも具体的現実のなかでそれぞれの組織に何ができるかという組織

の機能と限界を明らかにするという意味であって,各セクターの境界線を明確に引くということ

ではない。そして,これは具体的案件のなかで市場に委ねることと公的セクターが引き受けるこ

と,あるいはサード・セクターが社会的非営利活動としておこなうことをそれぞれ丁寧に選別し

て関係づけていく地道な作業によって可能となる。共助のシステムを構築していくためには,政

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 87

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府と共助組織,とくに公的機関による資金援助を不可欠とするサード・セクターの社会的非営利

事業経営との関係を明確にしていかなければ混乱と非効率が生じる。シルバー人材センターにし

ても公的機関との関係は明確ではなく,これを明らかにすることは今後の発展にとって最もおお

きな課題の一つとなっている。

V.ペストフは,スウェーデンの現実をもとに,「社会サービス生産のための財源,供給,規制

の三要素が一つの組織に統合されているモデルは,福祉国家のための可能なモデルの一つにすぎ

ない」とし,「公的セクターと非営利セクターとの間の明確な分業とパートナーシップ」を別の

選択肢としてあげる。この分業とパートナーシップは,「社会サービスの公的財源と非営利的供

給」のことである。「福祉社会においては公共セクターはもはや社会サービスの唯一の供給者で

なくなったばかりでなく,また必ずしも主要な供給者でさえないが,依然として社会サービスの

資金調達とその質の規制について完全に責任を保持する」のであり,これは社会サービスの資金

調達と供給の分離を意味している(Pestoff,1998,邦訳14頁;92�93頁)。資金調達と社会的サー

ビスの供給が分離した福祉社会においても,公的セクターが責任を放棄するわけではない。むし

ろ,スウェーデンのような福祉国家の伝統のある国では,公的セクターとサード・セクターの共

同と役割分担が共助社会の基盤となる。しかし,公的セクターとサード・セクターがパートナー

として対等に協働するためには,市民のイニシアティブ,つまり市民の能動的な参加による社会

的事業の主導が不可欠である。そうでなければ,サード・セクターは他のセクターと対等な関係

にある独立したセクターではなく,単なる公的セクターの出先か,市場セクターの下請になって

しまう。

シルバー人材センターのひとつの目的は,国家的政策の実行装置としてではなく,市民による

自治的協同組織として地域の社会的自治と民主的社会の形成に資することにあるので,独立性は

確保されなければならない。シルバー人材センターは,地域社会において期待された機能は「日

本型福祉社会」の構想と近親性をもつものではあったが,組織原則においては民主性と自治性を

そなえた近代的組織を標榜する事業経営である。シルバー人材センターをふくむ社会的事業経営

の独立性を確保するためには,まず公的セクターおよび市場セクターと拮抗するサード・セクター

の独立性を確保し,そのなかでそれぞれの目的に応じた諸経営の位置づけをおこなう必要がある。

そうしてはじめて,シルバー人材センターも設立の意図を実現するかたちで地域の共助組織とし

ての位置づけをもつことができる。

地域の生活環境を健全にたもつためには新しい公共社会の形成が必要であり,伝統的共同性の

壊れている現代における公共社会の形成はサード・セクターの拡充なくしては成り立たない。そ

して,サード・セクターが成立するためには社会的労働と中間組織の存在が不可欠である。中間

組織の形態は多様であるし,また多様でなければならない。多様な中間組織のひとつであり「高

城西大学経営紀要 第12号88

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齢者」と「就業」を結びつけて,地域コミュニティをつくろうとしているのがシルバー人材セン

ターである。就業による住環境維持や高齢者の健康維持,社会参加,追加収入を得ることによる

生活の余裕,あるいは子育て支援事業や介護支援事業をつうじての現役勤労世代の支援などは,

すべて地域コミュニティの形成に寄与するものである。多様なニーズに応えて地域を活性化する

ためには,就業需給機能を強化して多様な人材の確保することが不可欠である。しかし,シルバー

人材センターが今後より発展していくためには,これらのことにくわえて,独立した公共社会形

成の担い手として,高齢者の貧困や孤立などの高齢社会問題に対応することができるか,また,

地域の社会的需要をほりおこし対応していくことができるか,それによって地域社会を活性化で

きるかにかかっている。経済的自立性向上のための組織変革も就業需給調整機能の強化も,この

社会的文脈でなされなければならない。

(1) シルバー人材センター会員の就業は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」第41条で「臨時

的かつ短期的なもの又はその他の軽易な業務」(「臨短軽」)に限られ,2016年3月時点では,就業時

間は雇用保険適用外の週20時間未満月10日程度に制限されている。また,「配分金」は会員の就業

報酬であり,就業の契約金額(いわゆる,売上)から材料費と5~10%(一般的には9%程度)の事

務費が差し引かれ,残りが会員の配分金として支払われる。シルバー人材センター会員の就業は基本

的に請負で行われ,会員はシルバー人材センターと雇用関係にないため,「賃金」と言わず「配分金」

という。近年では,シルバー人材センターは派遣事業もおこなっており,この場合は,都道府県シル

バー人材センター連合が派遣元となり,「賃金」と「手数料」が発生する。

シルバー派遣を含めて,本稿ではシルバー人材センターの「就業」という語を用いる。雇用は「雇

用」,雇用以外の働き方を「就業」,「雇用」と「就業」の両方をふくむものとして「就労」という語

を用いる。

(2) 本稿では,端的に,非収益的な,あるいは収益性の低い社会的需要を事業化して,有償・無償でお

こなう非営利経営を「社会的事業経営」と呼ぶ。

(3) 2010年度の社会保障給付費は103兆 4,879億円で国民所得の29.6%,高齢者関係給付費は70兆

5,160億円で社会保障給付費の68.1%であった(『平成25年版高齢社会白書』より)。さらに,国立社

会保障・人口問題研究所の「平成25年度社会保障費用統計」では,2013年度社会保障給付費は110

兆6,566億円対国民所得比30.56%になっている。

(4)『平成25年版高齢社会白書』は現役世代を15~64歳で集計しているが,本論ではより現実的に

20~64歳にしている『平成24年版高齢社会白書』の数字を用いた。

(5) 兆候はすでにあらわれている。65歳以上の高齢者のいる世帯は,2011年に1,942万世帯で全世帯

(4,668万世帯)の41.6%で,単身高齢者についてみてみると,65歳以上の高齢者のいる世帯(1,942

万世帯)のうち「単独世帯」が24.2%,「夫婦のみ世帯」30.0%,「親と未婚の子のみの世帯」19.3%

となっており,65歳以上の高齢者(2,975万人)のうち 16.8%が「一人暮らし」の高齢者(=単独世

帯)である。2010年に65歳以上人口の16.3%(4,791千人)であった「一人暮らし」高齢者は,2030

年には19.8%(7,298千人)になると推計されている。なお,2011年の数値は,岩手県,宮城県およ

び福島県を除いたものである。2010年には,65歳以上の高齢者のいる世帯は2,071万世帯で,全世

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 89

�注�

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帯(4,864万世帯)の42.6%であった。

(6)「孤独」は主観的な感覚で見えにくいことから,近年では比較的外からでも見えるという理由で

「孤立」という語がもちいられるようになっている。

(7) 東京都監察医務院「東京都監察医務院で取り扱った自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計(平

成26年)」(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kansatsu/kodokushitoukei/index.html)

より。

(8) 被生活保護世帯数は保護停止中をふくむ数字だが,「高齢者世帯」の構成割合は保護停止中を含ま

ない1,590,547世帯に対する割合である。

(9) 相対的貧困率は「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)

の中央値の半分に満たない世帯員の割合」をさし,OECDなど近年では一般的にこの値が貧困線と

して使用される。OECDFactbook2013によれば,OECD加盟国の平均貧困率が11%であるのに対

して,日本の相対的貧困率は16%で6番目に高い数値となっている。また,相対的貧困とは,「その

社会で慣習となっている,あるいは標準と認められている生活を維持したり,社会的諸活動に参加し

たり,生活の必要条件や快適さを保つために必要な生活資源を欠いている状態」(P.タウンゼント)

をいう。

(10)『平成25年版高齢社会白書』では,世帯人員一人あたりの所得は,全世帯平均が200.4万円である

のに対して,「高齢者世帯」では197.4万円となっている(同白書,15頁)。また,平成21年の「国

民生活基礎調査」をもとにしている『平成24年版高齢社会白書』では,全世帯の平均年収が549.6

万円であるのに対して「高齢者世帯」の平均所得は307.9万円となっているが,平成25年の「国民

生活基礎調査」では,全世帯平均は528.9万円で高齢者世帯は300.5万円であった。また,貯蓄現在

高に関しても,本論では『平成26年版高齢社会白書』を引用したが,『平成24年版高齢社会白書』

では,全世帯の平均は1,664万円で,「高齢世帯」は2,257万円となっていた。所得も貯蓄も目減りし

ているのが分かる。

(11) 高齢・障害者雇用支援機構における「島根県におけるエイジフリー社会に向けた雇用・社会活動に

関する調査研究」(2009),「首都圏におけるエイジフリー社会構築に向けた就業・社会活動に関する

調査研究」(2011),「高齢者の労働移動の現状と課題 高齢期のエンプロイアビリティ向上にむけ

た支援と労働市場の整備に関する調査研究」(2013)でのヒアリング,および松山市シルバー人材セ

ンター(2013年9月17/18日)での調査を指す。

(12) 日本のジニ係数は,OECDの統計を見ると,近年では先進国のなかでアメリカやイギリス,ポル

トガル,スペインなどとともに高い数値を示している。

(13) 内閣府「高齢者の経済生活に関する意識調査」,2012年3月を参照。

(14)『平成25年版高齢社会白書』21頁を参照。この数字は,厚生労働省の「平成22年国民生活基礎調

査」をもとにしている。

(15)「新しい公共」とその類義語の使用例については,高島(2013)が簡潔に整理している。本稿で

「新しい公共社会」という語を用いているのは,政治的あるいは政策的用語としての「新しい公共」

と区別するためである。「新しい公共社会」は,ときには行政と協働しながらも,地域の社会的ニー

ズを満たし,社会的諸問題の予防や解決,あるいは地域の活性化に資する市民参加型組織や,市民の

自発的な活動によって成立する社会的自治の領域を想定している。

(16)「報告書(2013)」では,「これらの取組を行う主体としては,地域で活動している組織(シルバー

人材センター,社会福祉協議会,地域包括支援センター,NPO,高齢者事業団等)を活用しつつ,

行政が積極的にサポートすることによって,その組織に新たな機能を持たせることも,プラットフォー

ムとして機能させるために必要である」としている(「報告書(2013)」,8頁)。

(17) 厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部高齢者雇用事業室「平成24年行政事業レビューシー

城西大学経営紀要 第12号90

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ト」を参照。

(18) ホワイトカラー層出身の高齢者は事務的な職種を希望する,という一見自明であるかのように見え

るこの図式は慎重に検討する必要がある。まだ十分に実証されていないからである。

(19) 注(11)の調査における事務局からのヒアリング,および多摩市シルバー人材センター(2013年11

月19日),草加市シルバー人材センター(2014年2月17日),新座市シルバー人材センター(2014

年11月20日)における事務局でのヒアリングに基づく。

(20) これらの要求にどのように対処するか,すなわちシルバー人材センターの就業労働をどのように再

解釈するかは,今後のシルバー人材センター運動のあり方にとって重要な問題である。本稿は,シル

バー人材センター運動の方向性を検討することを目的としているので,これらの諸論点をどのように

解釈するかは,今後の課題としたい。

(21)「政府関連公益法人の徹底的な見直しについて」(平成21年12月25日閣議決定)より。

(22) 以下の「事業仕分け」の内容については,内閣府行政刷新会議事務局作成の議事録「行政刷新会議

ワーキングチーム『事業仕分け』第2WG」(平成21年11月13日)および「行政刷新会議ワーキン

ググループ『事業仕分け』WG�A」(平成22年11月15日)による。

(23) この点に関しては,「報告書(2015)」も同様の趣旨のことを述べている(「報告書(2015)」,18頁)。

(24) 例えば,初期のものとして,森田(1985)は経済的必要の高い会員は排除するか包摂するかどちら

かで,包摂するのであれば法的整備を考えるべきであることを主張している。岩田/山口(1989)は,

現実には必要生活費の補充のために働きたい高齢者に一定程度の対応をすべきだとする。また,近年

の研究でも,シルバー人材センターの経済的受け皿としての役割を主張するものもある(例えば,

瀧/野崎(2008),萱沼(2011)など)。

(25) 詳細については,拙稿(2013)を参照。

(26) 平成26年調査の「国民生活基礎調査」では公的年金・恩給収入の平均は203.3万円で,所得や貯

蓄と同様(注(10)),目減りしている。

(27)「中下層高齢者」は,ここでは高齢者の世帯所得の平均近辺からやや下の所得層を指す。

(28) 例えば,就労の介護予防効果なども,社会生活における自立の問題である。

(29) この箇所は,拙稿(2009)122頁をもとに書き直している。

(30) 大河内一男は講演のなかで,「高齢者事業団は,高齢者の能力を活用する一つの仕組みとして発想

されたもので,高齢であるために,一般雇用になじまないか,またそれを望まないが健康のため,生

きがいのため,あるいは生活のためといった多様な欲求をもって,働くことを希望する高齢者に,そ・・・・・

の働く場を提供しようとするものであります」と言っている(大河内,1985,163頁―傍点引用者)。

また,実際に,内閣府の「団塊の世代の意識に関する調査」(2012)では,42.5%が「仕事・事業を

したい」と回答しており,42.3%がこれまでは「普段の生活を維持するために」貯蓄をしてきたが,

53.9%は今後「病気や介護が必要になったときなど,万が一の場合に備えるため」貯蓄をするとして

いる。60歳時点での就労目的は,「生活費を得るため」(73.0%),「将来に備えて蓄えを増やすため」

(43.0%),「生活費の不足を補うため」(21.3%)となっている。65歳までの「高年齢者」の就労目的

が「生活のため」であるという傾向は,様々な調査から確認できる。

(31) この会員はヒアリング当時 68歳で,ポスティング,封入作業,受験生へのビラ配布などの仕事に

従事しており,シルバー人材センターでの収入は年額でも7万円程度であった。シルバー人材センター

には61歳で登録している。営業事務を辞めたあとに職業安定所に2回ほど行ったが仕事はなかった。

夫婦の年金その他の勤労収入をあわせて300万円程度の年収であるが生活はかなり厳しく,夫の医療

費などもかかるため月額で5万円程度の収入は必要である,ということであった。

(32) 拙稿(2013),227頁を加筆・修正して転用。派遣に関しては就業時間を延長する法案が国会を通

過し,65歳以上の高齢者の雇用保険適用とともに法制化される。しかし,それであればなおさら,

高齢社会問題とシルバー人材センターの役割 91

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シルバー人材センターにおける高齢者就業の意味をよく考えなければ,シルバー人材センターは単な

る就業斡旋機関になってしまう。

(33) 社会的包摂とはEUの定義によれば,「貧困や社会的排除の状態にある人々が,経済,社会および

文化的な生活に参加し,当該地域社会において一般的だと考えられる標準的な生活水準および福祉を

享受するために必要な機会や資源をえること,および生活に影響をあたえる意思決定に参加をすすめ,

基本的人権が保証される状態」をいう(EuropeanCommission,2003)。

(34) 小林謙一は,シルバー人材センターの公共補助の論理を,「仕事の需給双方の直接的な内部経済効

果を超えた,高齢者の健康維持,生き甲斐の充足,それらにもとづく社会政策上のプラス効果などの

間接的な外部経済にもとづいて組み立てうる」(小林,1994,2頁)としている。就業という経済行為

の公益性だけを根拠にした経済政策としてではなく,シルバー人材センター事業は社会政策のなかに

位置づけられる。

(35) 内閣府「新しい公共」円卓会議「『新しい公共』宣言」(平成22年6月4日)。

(36) 内閣府「新しい公共」推進会議専門調査会「政府と市民セクターとの関係のあり方等に関する報告」

(平成23年7月)。

(37)「日本型福祉社会」は,経済企画庁の「新経済社会7ヶ年計画」(1979)で使用されてひろまった語

である。同計画書では,「新しい日本型福祉社会の実現」の項で「個人の自助努力と家庭や近隣・地

域社会等の連帯を基礎としつつ,効率のよい政府が適正な公的福祉を重点的に保障するという自由経

済社会のもつ創造的活力を原動力とした我が国独自の道を選択創出する,いわば日本型ともいうべき

新しい福祉社会の実現」を謳っている。

(38) 翻訳ではinclusionを「包含」と訳しているが,ここでは近年の定訳にしたがって「包摂」として

いる。また,地域コミュニティ形成の重点については,ギデンズは貧困問題の文脈で,低所得者居住

地域の経済的再生を想定して述べている。1997年 12月に設置されたイギリス社会的排除対策局

(SocialExclusionUnit)は,社会的排除のリスクを増大させる不利益として,①片親世帯あるいは

単身者,②低い労働適性能力あるいは低い技能,③身体的障害,④50歳以上の年齢,⑤少数民族集

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城西大学経営紀要 第12号92

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城西大学経営紀要 第12号94

SocialProbleminAgedSociety

andRolesofSilverHumanResourceCenter

NarumiTsukamoto

Abstract

TheworkofSilverHumanResourceCenter(SHRC)istoprovideaworkfortheeld-

erly,anditspurposeistopromotetheparticipationandcontributionoftheelderlyto

societyandtovitalizethelocalcommunity.SHRCisoriginallyasocialmovementorgani-

zationinlocalcommunitybothwithsocialfunctionandwitheconomicfunction.Recently

SHRChastwoissuesitshouldworkonimmediately:firstly,toenhancethefunctionto

provideaworkfortheelderly,andsecondly,toinnovatetheorganizationforraisingthe

degreeofeconomicindependence.Thebackgroundoftheseissuesareproblemsraisedby

agedsociety,forexample,thenation・shard-pressedeconomy,decreaseoflaborforcefor

activitiesoflocalcommunity,increaseofneedsoftheelderlyforwork,andpovertyand

isolationoftheelderly.

Thispaperdiscussestheissue,forwhatdirectionSHRCmovementassocialorganiza-

tioninlocalcommunitywilldevelopfordemandofenhancementofeconomicfunction,

relatingtonewpublic.

Keywords:SilverHumanResourceCenter,vitalizationoflocalcommunities,theworkoftheelderly,

socialinclusion,enhancementofeconomicfunction,newpublic