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平成 14 年度研究調査報告書 高齢化社会におけるドライバの運転動作と サポートシステムの在り方に関する研究 報 告 書 平成 16 年 3 月 財団法人 国際交通安全学会 International Association of Traffic and Safety Sciences

New 高齢化社会におけるドライバの運転動作と サポートシステムの ... · 2019. 4. 12. · -1- 1.緒言 1.1 高齢化社会と交通事故との関係

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  • 平成14年度研究調査報告書

    高齢化社会におけるドライバの運転動作と

    サポートシステムの在り方に関する研究

    報 告 書

    平成 16 年 3 月

    財団法人 国際交通安全学会

    International Association of Traffic and Safety Sciences

  • 研究委員会の構成

    P L : 景 山 一 郎 (日本大学教授)

    藤 岡 健 彦 (東京大学工学部 産業機械工学科助教授)

    鶴 賀 孝 廣 (本田技術研究所)

    大須賀 美恵子 (大阪工業大学情報科学部 情報メディア学科教授)

    栗谷川 幸 代 (日本大学生産工学部 機械工学科助手)

    田久保 宣 晃 (科学警察研究所交通部 車両運転研究室 主任研究官)

    堀 江 良 典 (日本大学生産工学部 人間工学研究室教授)

    事 務 局 : 岩 澤   茂 (国際交通安全学会)

    角 田 米 弘 (国際交通安全学会)

  • 目 次

    第1章 緒 言

    1-1 高齢化社会と交通事故との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

    1-2 高齢ドライバに関する研究動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

    1-3 研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6

    第2章 高齢者の基礎特性

    2-1 体力的側面(筋力・平衡能) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

    2-2 感覚生理的側面(視覚・聴覚) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11

    2-3 動作・行動的側面・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17

    第3章 ドライバの運転特性計測実験Ⅰ

    3-1 解析内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

    3-2 操舵・制動特性評価法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

    3-3 ドライビングシミュレータ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24

    3-4 被 験 者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24

    3-5 実 験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26

    3-6 実験結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30

    第4章 第 4 章 ドライバの運転特性計測実験Ⅱ

    4-1 実験の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

    4-2 実験概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35

    4-3 生理指標を用いた特徴場面抽出手法の提言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36

    4-4 多変量解析によるドライバの運転特性推定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46

    第5章 高齢者用ドライバサポートシステムへの提案

    5-1 既存のドライバサポートシステム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56

    5-2 高齢ドライバの運転支援システム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64

    5-3 高齢ドライバの運転支援システムの在り方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70

    第6章 結 論

  • -1-

    1. 緒言

    1.1 高齢化社会と交通事故との関係

    ここでは,最近の交通事故の発生傾向や推移から,高齢者の交通事故の実態と特徴を検討す

    る.

    まず,概略として,図1.1-1に年齢層別の交通事故死者数および人口10万人当たりの交通事故死

    者数の推移を示す.この値は自動車乗車中だけでなく,歩行者や自転車などの死者も含んでいる.

    高齢者の死者数は 1970 年代半ばからは一貫して増加し,1993 年には若年層の死者数を上回り,

    1995 年には 3240 人と過去最高となった.それ以降は,3100~3200 人前後で横ばいとなっている.

    特に 1980 年代前後において他の年齢層で減少もしくは横ばいで推移していたことに対して,その増

    加が際だった傾向であった.これは,社会の急激な高齢化の影響を強く受けた結果と考えられる.

    2002 年において,65 歳以上の高齢者の交通事故死者数は全体の 37.8%,さらに 75 歳以上のいわ

    ゆる後期高齢者は全体の 21.0%を占める.高齢者の占める割合は,1970 年の 16.3%から,19.5%

    (1980 年),23.8%(1990 年),34.9%(2000 年)と増加している.一方,人口 10 万人当たりの死者数は,

    近年減少しつつあるとはいえ高齢者の指標が最も高い.一般に人口当たりの死者数は,交通行動

    でのリスクを犯す傾向と,身体の脆弱性の傾向との両者の結果といえるが,高齢者の場合は,身体

    の脆弱性の影響を強く受けた結果と考えることができる.

    図 1.1-2 に年齢層別交通事故死者の状態別構成率(2002 年)を示す.全年齢合計と比較して,高

    齢者では歩行中と自転車乗車中の割合が高く,自動車乗車中(運転中,同乗中共に),自動二輪乗

    車中の割合が低い.特に自動車運転中については,前期高齢者と後期高齢者で差が大きく,年齢

    による交通手段の利用実態の差,世代としてのモータリゼーションの差などの理由が推定される.図

    1.1-3 には高齢者の状態別死者数の推移を示す.図は 1979 年以降の傾向である.自動車乗車中死

    者は一貫して増加しており,その傾向は他の状態より顕著である.特に 1990 年半ばから他の状態が

    図 1.1-1 年齢層別の交通事故死者数および人口 10 万人当たり死者数

    0

    500

    1000

    1500

    2000

    2500

    3000

    3500

    4000

    4500

    1970

    1974

    1978

    1982

    1986

    1990

    1994

    1998

    2002

    死者

    0.0

    5.0

    10.0

    15.0

    20.0

    25.0

    30.0

    35.0

    40.0

    1970

    1974

    1978

    1982

    1986

    1990

    1994

    1998

    2002

    人口

    10万

    人当

    たり

    死者

    15歳以下

    16~24歳

    25~29歳

    30~39歳

    40~49歳

    50~59歳

    60~64歳

    65歳以上

  • -2-

    横ばいとなっているに対し,自動車乗車中は増加している.全年齢層と 20 年間の状態別構成率の

    変化を比較した右図からもわかるように,全年齢では自動車の割合は若干増加しているにとどまるの

    に対し,高齢者では自動車乗車中死者がこの 20 年間に約2倍に増加している.自動車乗車中死者

    の割合は,高齢者の 1982 年では 9%,2002 年では 22%,全年齢での 1982 年では 37%,2002 年で

    は 41%である.高齢者では,自動車乗車中死者の割合の増加に伴い,歩行中死者の割合が減少し

    ている.これらの傾向は,社会の高齢化だけでなく,高齢者の交通手段の変化や,高齢者の生活様

    式の変化(外出機会の増加など)の影響と考えられる.

    次に,高齢者の自動車運転に係わる事故の傾向から,高齢者の交通事故の経年的な特徴にお

    ける,高齢者の母数の変化の影響を検討する.図 1.1-4 の左図は,高齢者に係わる交通関係指標

    (人口,免許保有者数など)について,1991 年値を 100 とした 10 年間の推移である.人口が 10 年間

    で約 1.4 倍に増加しているが,免許保有者数の増加はそれ以上に著しく,10 年間で約 2.3 倍となっ

    ている.高齢者の自動車利用傾向が進んでいることが伺える.これに対する交通事故死者をみると,

    全死者数は人口と,自動車乗車中死者数は免許保有者数と同傾向の増加率となっており,高齢者

    図 1.1-3 高齢者の状態別交通事故死者数の推移

    0

    200

    400

    600

    800

    1000

    1200

    1400

    1600

    1800

    1979

    1981

    1983

    1985

    1987

    1989

    1991

    1993

    1995

    1997

    1999

    2001

    高齢

    者(65歳

    以上

    )の

    状態

    別死

    者数

    歩行中

    自転車

    二輪車

    自動車

    9%22%

    37% 41%13%

    12%

    22%18%

    18%

    18%

    10% 12%60%

    48%30% 29%

    0%

    10%

    20%

    30%

    40%

    50%

    60%

    70%

    80%

    90%

    100%

    1982年

    2002年

    1982年

    2002年

    高齢者 全年齢

    その他

    歩行中

    自転車

    二輪車

    自動車

    図 1.1-2 年齢別の交通事故死者の状態別構成率(2002 年)

    10%

    23%

    32%

    6%

    7%

    10%

    2%

    3%

    9%

    8%

    10%

    9%

    18%

    19%

    12%

    56%

    37%

    29%

    0% 20% 40% 60% 80% 100%

    後期高齢者(75歳以上)

    (n=1409)

    前期高齢者(65-74歳)

    (n=1735)

    全年齢

    (n=8326)

    状態別の交通事故死者構成率

    自動車運転中

    自動車同乗中

    自動二輪

    原付

    自転車

    歩行者

    その他

  • -3-

    の事故の増加が母数となる集団の拡大に伴っていることがわかる(例えば免許保有者で 2.3 倍,自

    動車乗車中死者数で 2.0 倍).その一方で,1995 年前後から,事故の増加率は徐々に母数の増加

    率と乖離する傾向にあり,母数の増加ほど事故は増加していない.社会情勢の変化や,安全対策の

    影響により相対的に事故が減少していることとなる.また,図 1.1-4 の右図は免許保有者当たりの事

    故件数を年齢層別に比較したもので,1992 年には,年齢が高くなるにしたがって率が低下していた

    が,2002 年には若年者を除く 30 歳代以上はほぼ同程度となっている,高齢運転者の運転行動とそ

    の結果としての事故発生傾向が質的に変化している可能性が示されている.

    さらに,高齢運転者の起こす事故の傾向を検討する.

    図 1.1-5 に事故の第一当事者(原付以上)の年齢層別に,交通死亡事故(2002 年)の事故類型別

    構成率を示す.全年齢と高齢者を比較すると,出会い頭事故,右折時事故は高齢者で構成率が高

    い.これに対して,人対車両事故,追突事故等は高齢者で構成率が低い.高齢者の具体的な運転

    行動(歩行者により注意を払うために歩行者事故が減少する,先行車との距離を長めにとるために

    追突事故が減少する等)の影響の可能性,および,高齢者の交通行動(相対的に追突事故が発生

    しやすい混雑時の運転や幹線・高速道路での運転を避けるために追突事故が減少する等)の影響

    の可能性,の両面の要因が推定される.

    図 1.1-6 に事故の第一当事者(原付以上)の年齢層別に,交通死亡事故(2002 年)の違反別構成

    率を示す.これは事故の原因となった運転者の違反である.全年齢と高齢者を比較すると,優先通

    行妨害,一時停止違反,運転操作不適(安全運転義務違反)での違反は高齢者での構成率が高い.

    一方,全年齢で 15%を占める最高速度違反は,高齢者では 1%とほとんど発生していない.高齢者

    は速度を抑制している傾向が明確であり,その一方で,操作や交差点での確認が不得手という可能

    性を示唆するデータである.

    100

    120

    140

    160

    180

    200

    220

    240

    1991

    1992

    1993

    1994

    1995

    1996

    1997

    1998

    1999

    2000

    高齢

    者の

    交通

    関係

    指標

    の推

    (1991年

    を100)

    65歳以上免許保有者

    65歳以上自動車乗車中死者数

    65歳以上人口

    65歳以上交通事故全死者数

    0.0 500.0 1000.0 1500.0 2000.0

    75歳以上

    65-74

    60-64

    50-59

    40-49

    30-39

    25-29

    16-24歳

    免許保有者10万人当たり

    交通事故件数(第1当事者)

    2002年 1992年

    図 1.1-4 高齢者の交通事故関係指標の推移

  • -4-

    以上の傾向をまとめる.

    ・ 社会の高齢化および高齢者の自動車利用傾向の増大の背景を受け,高齢者の事故は増加し

    ている.

    ・ 一般的に高齢者の事故は他の年齢層に比較して,歩行中や自転車利用中に事故に遭う機会が

    多いが,高齢者の自動車乗車中事故が増加することにより,その傾向差も少なくなりつつある.

    ・ 高齢運転者の事故を他の年齢に比較すると,出会い頭事故,右折時事故の構成率が高く,追

    突事故,人対車両事故の構成率が低い.また,優先通行妨害,一時停止違反,運転操作不適

    による事故の構成率が高く,最高速度違反による事故の構成率が低い.

    4%

    5%

    5%

    7%

    15%

    1%

    4%

    7%

    4%

    12%

    9%

    16%

    13%

    13%

    12%

    7%

    8%

    11%

    26%

    21%

    0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

    全年齢

    (n=7324)

    高齢者

    (n=1077)

    違反別の交通死亡事故件数の構成率

    信 号 無 視 通 行 区 分 最 高 速 度 優先通行妨害 一時不停止

    運転操作 漫然運転 脇見運転 安全不確認 その他

    図 1.1-5 第一当事者年齢層別の死亡事故件数の違反別構成率(2002 年)

    図 1.1-5 第一当事者年齢層別の死亡事故件数の事故類型別構成率(2002 年)

    20%

    12%

    7%

    4%

    13%

    14%

    7%

    4%

    15%

    27%

    6%

    9%

    7%

    5%

    17%

    14%

    7%

    11%

    0%

    1%

    0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%

    全年齢

    (n=7324)

    高齢者

    (n=1077)

    事故類型別の交通死亡事故件数の構成率

    人対車両 横断中 人対車両 その他 車両相互 正面衝突 車両相互 追突

    車両相互 出会い頭 車両相互 右折時 車両相互 その他 車両単独 工作物

    車両単独 その他 その他

  • -5-

    1.2 高齢ドライバに関する研究動向

    高齢ドライバに関しては多くの研究がなされており,それらは運転特性を直接に対象とした研究,

    運転に関係する身体機能を中心とした研究,高齢ドライバの交通事故に関する研究に分類できる.

    高齢者の身体機能の純粋な計測としては,(社)人間生活工学研究センター(HQL)の研究が代表的

    な例であるが,運転状態に模した条件下での高齢者の基礎特性計測としては,平松,宇野らの研究

    (1)(2)などがある.これらの多くは実際の運転ではなく,CRT 上でハンドル追従操作をするなど,運転

    動作の一部をタスクとし運転に関する認知,判断,操作などを行わせて基礎特性の計測を行ってい

    る.また,より実際の運転に近い状態での計測としては,シャシダイナモ上で実際の自動車を運転さ

    せて視力の加齢効果の影響を研究した吉村らの報告(3)などがあり,最近ではドライビングシミュレー

    タでの研究が盛んに行われている.高齢ドライバの交通事故に関しては,高齢免許保有者数とそれ

    に伴う高齢ドライバの交通事故が社会の高齢化以上に増大している背景から,近年各方面で盛んに

    行われている.平松,宇野は高齢ドライバ研究の一環として調査資料(4)を発表しており,(財)交通事

    故総合分析センター,(財)日本損害保険協会なども独自の事故データ収集機能をいかした高齢者

    事故の分析,研究を実施している.

    参考文献

    (1) 平松金雄,宇野宏:高齢ドライバの運転基礎特性,自動車技術,Vol.48, No.12, p.44-49(1994)

    (2) 宇野宏,平松金雄ほか:複合作業下における高齢ドライバの基礎特性,自動車技術会学術講演

    会前刷集 941,9432534(1994-5)

    (3) 吉村健志ほか:ブレーキ反応に及ぼす視覚系の加齢効果の研究,日本交通科学協議会誌,第

    2 巻,第1号,p.47-53(2002)

    (4) 平松金雄,宇野宏:高齢ドライバが係わる交通事故,自動車研究,第 16 巻,第 4 号,p.29-36,

    (1994)

  • -6-

    1.3 研究目的 高齢社会に突入して,高齢者の人口比率が25%に迫る勢いになっている.特に地方の農村等で

    は,過疎化に伴い高齢者の比率が増加している.これに伴い,高齢者は自分自身で移動手段を確

    保する必要があり,自動車の役割が非常に重要となっている.そこで,前節に示したように,高齢ドラ

    イバに対する研究が数多く行われているが,かならずしも十分な結果が得られているわけではない.

    特にその結果は,視野狭窄や反応遅れの増加といった高齢者の平均的な特性に注目したものがほ

    とんどである.このため,これらの成果は社会へ警鐘を鳴らす効果はあるが,高齢者へのサポート手

    法開発という実質的な改善効果はほとんど期待できない.さらに,70 歳を越えるドライバであっても,20 歳台と遜色のない運転動作ならびに反応速度を持っている場合もあれば,逆に 20 歳台であっても高齢者と同じような反応を示すドライバも存在する.このように個人差が非常に大きいため,統計的

    な解析は,これまでのような平均的ドライバに対するサポートシステムの開発という情報しか与えない

    事になる.しかし,実質的には,前述のように,高齢者個人個人の特性に合ったサポートシステムを

    考えなければ,お節介なシステムとして高齢者に受け入れてもらえない可能性がある.そこで,本研

    究では,個別ドライバの問題点を抽出する手法開発と,これに伴うサポートシステムの在り方につい

    て,提言を行うことを目的とする.

  • -7-

    2. 高齢者の基礎特性

    高齢ドライバの特性把握を行うためには,実際に高齢者に運転操作をさせてその特徴を抽出する

    だけでなく,運転に関係のある心身機能の基礎的特性を把握しておくことが重要であると考える.そ

    こで,本章では,これらの特性を体力的側面,感覚生理的側面,動作・行動的側面に分類し,説明

    および実験結果を示す.

    2.1 体力的側面(筋力・平衡能)(1)(2) 体力的側面は,次の3側面に分けられる. ① 筋力と瞬発力:動的活動を起こすときに働く力であり,筋力を主役とする側面である. ② 持久力:運動を続ける能力であり,筋力の他呼吸器,循環器の働きが,関与する側面である. ③ 調整力:1つの目的にかなった運動として行動を調整する能力であり,神経系の働きが関与する.

    平衡性,巧緻性,敏捷性などの要素が考えられる. 能力低下の著しいものとしては,感覚,平衡機能,抗病および回復力,消化吸収機能がまずあげ

    られる(図 2.2-1).このほかに,記憶力や学習能力等の精神機能,字を書く速さや運動調節といった動作調節能力,伸脚力の低下が指摘されている.

    一方,これらの諸機能の低下にたいして,呼吸ガス代謝,握力・屈腕力・背筋力といった脚力以外

    の筋力,筋作業持久能力などは,比較的低下が遅い.また,一定の条件でできるだけ速やかに一定

    の動作を繰り返す運動機能,フリッカー,分析力と判断力,計算能力といった精神機能も 20~24 歳の人に比べて,それほど低下していない.

    図 2.1-1 最高期(20~24 歳)を基準としてみた 55~59 歳年齢者の各種機能水準の相対関係(1)

  • -8-

    このように,加齢によって人間の持つ様々な機能が衰退していく速さは,それぞれの身体部位によ

    って,必ずしも一様でないことが分かる.したがって,こうした結果を見ると,高齢者は,高度スピード

    を要求される仕事や足場が不安定な場所での仕事,暗いところでの作業,腰や肩を極度に使う作業,

    夜勤,低温,高温に皿さらされる作業などには向いていないが,経験の生かせる作業であれば,か

    なりの高齢まで適応が可能であるといえる.ただし,加齢に伴う心身変化は決して一律でなく,「個人

    差」が大きいことも考慮しなければならない.

    2.1.1 筋力 筋力を評価する際,簡単な方法のひとつに握力測定がある.握力は,スメドレー式握力計により,

    左右交互に2回ずつ測定し,おのおのよい方の記録をとり,それらを平均したもので,単位は[kg]である(図 2.2-2).

    筋力は筋線維の走向に直角の横断面積と比例するといわれている.筋力は諸機能のうちでは比

    較的加齢による低下の少ない部類に入る.注目されるのは,高齢者の筋力の低下は,手や腕の力

    背筋にくらべて,脚力の低下の方が大きいとされている.同じ筋であるのに脚力の低下が著しいのに

    は,2つの理由が考えられている. ひとつは,筋に対して日常その筋の最大筋力の 40%以下程度の働きしかさせておかないと筋力は低下するので,少なくとも1日1回以上最大筋力の 50%以上の筋力を発揮して筋力の維持増強をはかる必要があると考えられている.しかし脚力を発揮する筋群は人体では最大の筋群であるので,筋

    力維持には相当強い負担をかけなければならぬのに,中年以降ではともすれば足をかばって十分

    な力を出さない.例えば椅子から立上るのにも,脚力だけでたたないで,テーブルに手をついて腕

    の力を借りて立つ傾向がある.このようにして脚に対して日常十分な刺激を与えていないのが,脚力

    低下の一因ではないかというのである. ふたつめの要因としては,足は腕にくらべて心臓に対して下方に位置するので,血行力学の見地

    からみると,静脈血環流の抵抗は当然に大きいわけで,長時間の立位により鬱血の起こりやすく,腕

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    5~9

    10~

    14

    15~

    19

    20~

    24

    25~

    29

    30~

    34

    35~

    39

    40~

    44

    45~

    49

    50~

    54

    55~

    59

    60~

    64

    65~

    6970

    年齢 [歳]

    握力

    [kg

    ]

    男性

    女性

    図 2.1-2 加齢による握力低下(2)

  • -9-

    に比べて血行が良くない傾向にあると考えられる.しかもその上に動脈硬化性の変化が股動脈の方

    に起こり易いといわれ,そのことも脚部の循環を不良にすることがあるようである.こうした原因はとも

    あれ,腕筋より脚筋の力の低下が著しいということは多くの人の指摘するところで,『老化は足より』と

    いわれる. とくに太ももの筋肉が減ると,歩いたり立つのが困難になる.高齢者がつまずきやすいのも,太も

    もの筋肉不足で筋力が低下しているためで,歩くときに足が上がらず,知らず知らずに足を引きずっ

    てしまうためだ. だれでも 30 歳を過ぎると 1 年で 1%の筋肉が落ちるという.さらに,病気やけがで寝込んだとすると,2 日で 1%の筋肉が落ち,これが 10 日続くと 5%,つまり 5 年分の筋肉が 10 日で落ちてしまうことになる.高齢者が病気やけがで寝込んだことがきっかけで寝たきりになるのも,寝込

    むことで急激に筋肉が落ち,歩くのに必要な筋肉がなくなってしまうからだ. また,運動で疲労した筋肉に休養を与え,栄養を補給することで,筋肉はより強くなる性質があり

    (筋肉の超回復という),運動後30分から1時間以内に良質のタンパク質を補給すると,より効果的な貯筋ができるという.

    2.1.2 平衡感覚(1)(3) 体力的な老化を測る指標として平衡能がよく用いられる.その理由は,平衡能が1つの器官の機

    能としてではなく,神経系の反射機能,深部感覚,三半規管などの各種の機能の総合された結果で

    あると考えられるからである. 平衡能を閉眼片足立時間によって測定すると,閉眼して 30 秒以上片足で立っていられる者は,20歳代で 50%以上,30 歳代で 30%弱,40 歳代では 10%弱であるとされる(図 2.2-3).したがって,加齢に伴って身体のバランスを維持することがむずかしくなり,高所作業や足場の悪いところでの作業に

    は適さないと考えられる.また,運転行動においてもカーブ時の戻しタイミングや直線走行などにも

    影響を与えていると考えられる.

    参考文献

    (1) 大島正光,大久保堯夫:人間工学,朝倉書店,p.21,94~96,1997

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    30~34 35~39 40~44 45~49 50~54 55~59 60~64 65~

    年齢[歳]

    閉眼

    片足

    立時

    間 

    (秒

    大島・狩野1955

    都立大 1967

    図 2.1-3 加齢による閉眼片足立時間の低下(5)

  • -10-

    (2) 鈴木隆雄:日本人のからだ,朝倉書店,p.135,1996

    (3) 所 正文:中高齢者の運転特性,白桃書房,p.66~68,1997

    (4) 勝木新次:中高齢者の体力と労働,労働科学叢書 41,p.54~57,1976

    (5) 沼尻幸吉:中高齢者の生理機能,労働の科学,36,No.5,1974

  • -11-

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    1.2

    15~

    20

    21~

    25

    26~

    30

    31~

    35

    36~

    40

    41~

    45

    46~

    50

    51~

    56

    56~

    60

    61~

    65

    66~

    70

    71~

    75

    年齢 (歳)

    視力

    静止視力

    動体視力

    2.2 感覚生理的側面(視覚・聴覚)(1)

    2.2.1 視覚

    運転に必要な情報の約 8 割は視覚を通して摂取しているといわれている.しかも,視力は加齢の影

    響をとりわけ強く受け,他の機能に比べて老化が早く進行するとされている.また,運転行動に必要

    とされる視力は,静止視力のみならず,動く対象に対する反応が要求されるために,動体視力の役

    割が重要になる.

    まず,静止視力の加齢による変化を見ると,45 歳~50 歳の間で下降現象が始まることが多くの研

    究によって指摘されている.この原因について,鈴村(2)は,老人性縮瞳,水晶体の老化による光覚

    閾値の上昇を指摘している.次に動体視力については,一般に静止視力の約 60%程度の視力測

    定値であるといわれている.そして,加齢との関係をみると,動体視力と静止視力との差は 45 歳頃か

    ら急速に増大している(図 2.3-1).中でも対象物が水平方向に動く場合よりも,垂直方向に動く方が

    視力の低下が大きいとされている.また,動体視力は対象物の移動速度が増すにつれて直線的に

    低下し,この傾向は 20 歳代よりも 30 歳代,40 歳代と加齢が進むにつれて,その低下率が大きくなる

    ことが明らかにされている.ちなみに,動体視力と静止視力との視覚過程の差異は,光学的要因に

    含まれる調節機能と,生物学的要因である網膜と中枢における感覚機能との相違であることが推定

    されている.

    さらに視覚に関しては,暗いところでものが見えはじめる順応力,いわゆる暗順応(dark

    adaptation)が加齢とともに低下することが指摘されている(図 2.3-2).一般に暗闇では光に対する眼

    の感受性は高進するが,加齢に伴って暗順応での光への感受性は低下し,閾値も高くなるとされて

    いる.

    運転場面では,夕暮れ時のものの見えにくさ,トンネルに入ったときの状態などがこの現象である

    と考えられる.夕暮れ時の事故と視力との関連については,「日没後の急激な明るさの低下により,

    図 2.2-1 加齢に伴う静止視力,動体視力の低下(2)

  • -12-

    視力が落ちるその上光のコントラストがなくなり,ものが見えにくくなり,この傾向は加齢の進行ととも

    により一層激しくなる」と指摘されている.

    加齢によって夜間視力は低下するが,静的条件下の作業については,照明条件などによってサ

    ポートが可能であるため,高齢者にとってもそれほど大きな問題ではない.しかし,動体視力を必要

    とする動的視環境での作業,および同様な視環境における選別能力を必要とされる視作業におい

    ては,問題生ずると指摘される.

    2.2.2 聴覚

    運転行動において,聴覚は視覚よりは重要度は低いものの,視覚に次ぐ重要な情報受容器官で

    ある.

    聴力についても,加齢と共にほぼ直線的に低下していくことが明らかにされている.しかし,加齢

    による聴力低下は,すべての音に対して一様に生ずるのではなく,周波数の高い音(高音)に対して

    顕著に起こる,とくに,高齢者は 4000Hz や 8000Hz といった高音域での聴力低下の著しいことが指

    摘されている(図 2.3-3).老人性難聴は,動脈硬化症を主体とした臓器病変で,臓器血管の硬化に

    伴う内耳基底膜の強直が初期に蝸牛の基礎回転に起こり,それがしだいに上方回転に波及するた

    めと,基底膜の hyalinization(硝子質化)および thickening(肥厚)ならびにカルシウムの沈着のため

    に起こすものといわれている.

    また同一音を聞き取ることのできる距離も加齢の影響が顕著である.20 歳前後では 80cm の距離

    から聴取された音も,60 歳になると 30cm 以内でないと聞き取れないとしている.

    図 2.2-2 加齢と暗順応過程(3)

  • -13-

    加齢による聴力低下を可聴レベルと可聴距離の側面から指摘したが,これは運転行動において,

    次のような危険性を示唆している.周波数の高い音に対して,加齢による聴力低下が顕著であるとい

    うことは,機械音やエンジン音に対して困難性を高めていると考えられる.すなわち,後方から接近

    するバイク等に十分な注意が行き渡らない危険性がある.

    参考文献

    (1) 所 正文:中高齢者の運転特性,白桃書房,p.65~88,1997

    (2) 鈴村昭弘:空間における動体視知覚の動揺と視覚適性の開発,日本眼科学会誌,75,

    p.1974-2006,1971

    (3) 国際交通安全学会:高齢ドライバーの人的事故要因に関する調査研究(中間報告書その1),

    1991

    (4) トヨタ交通環境委員会:企業とミドルドライバー,企業内での交通安全教育,トヨタ自動車広部,

    1986

    (5) 大島正光,大久保堯夫:人間工学,経営工学ライブラリー,朝倉書店,p.15~21,1997

    図 2.2-3 加齢と周波数可聴レベル(4)

  • -14-

    2.2.3 データベース

    (社)人間生活工学研究センター(Research Institute of Human Engineering for Quality Life:

    HQL)では独自および委託研究として高齢者の生理機能,運動特性などの特徴抽出方法を開発

    し,多数の被験者を対象に測定を実施してその結果を公表している.また測定方法および結

    果の一部はインターネット上でも公開されていて,出典明記を条件に引用を認めている(HQL

    のホームページ:http://www.hql.jp/).本項では,その中から特に高齢ドライバーの運転特性に

    影響すると考えられる項目の例を引用して紹介する.

    (1)視野 視野計を用いて,中心部を見ているとき,中心部に提示した文字を読んでいるときに,ど

    のあたりのものが見えるかを計測した結果である.図 2.2-4 に示すように高齢者は上方の視野が狭くなっている.HQL ではその要因として,上まぶたの下垂と推測している.

    図 2.2-4 高齢者の視野の特徴(HQL のウェブサイトより)

    (2)暗順応

    明所から暗所に入ったときに物が見えるように順応する能力で,ここでは図 2.2-5 に示す視標

    面の明るさを変化させ,規定時間内に読み取れる文字の濃度で順応機能を評価している.図 2.2-6

    に示すように,高齢者では順応能力が著しく低下している.

  • -15-

    図 2.2-5 暗順応測定用視標の例(HQL) 図 2.2-6 高齢者の暗順応機能の測定例(HQL)

    (3)まぶしい光の影響

    視野内の光により不快感を感じたり視覚の減退が出てくる現象をグレアという.ここでは

    目に入る光の角度により,まぶしい光の近くの文字が読めるかどうかを図 2.2-5 と同様の視標

    を使用して測定している.図 2.2-7 に示すように,グレアは高齢者に非常に大きく現れている.

    (4)騒音を伴う家庭内作業時の音の聞きとり

    騒音中で音が聞こえ,内容を認識できる能力も加齢とともに低下する.ここでは図 2.2-8 の

    ように掃除機を使っているとき,および水洗いをしているときにどれくらいの大きさの声で

    あれば内容が分かるかを測定している.音が聞こえてもすぐ内容が分かるわけではなく,内

    容を聞くためにはさらに大きな音にする必要がある.高齢者は掃除機の騒音は比較的問題が

    図 2.2-7 高齢者におけるグレアの影響(HQL)

  • -16-

    少なかったが,水洗いのきは声が聞き取れない人が多く,騒音の種類の影響を受けることが

    分かった.

    図 2.2-8 騒音内での聞き取り能力測定(HQL)

    図 2.2-9 加齢による騒音内での聞き取り能力低下(HQL)

  • -17-

    2.3 動作・行動的側面

    一般に運転を含めた人間の行動は,メンタル面を含んだ総合的なものであると考えられる.多くの

    場合,これは「認知-判断-操作」の3段階のプロセスで表現されることが多い.前節までに述べら

    れた基礎的な諸特性は,外界の情報を取得するセンサー的な機能や,最終的に操作を行う際のア

    クチュエーター的な機能が,加齢とともに変化することを示すものであった.実際には,「高齢者は咄

    嗟の判断が遅れておろおろしてしまう」などといわれるように,メンタル面においても加齢の変化が及

    ぶと考えられる.ここでは,判断等のメンタル面を中心にした,動作・行動等に関わる高齢者の能力

    の特性について加齢による差異から示すこととする.

    なお,本節については,既存の文献,特に,高齢者運転者教育のために用いられる運転適性検

    査に関する大塚他の研究結果(1)(2)(3)を引用する.この大塚らによって用いられているCRT型運転

    適性検査機は,視覚刺激が提示されるCRTと,刺激に対する反応をおこなう対象としてのハンドル,

    ペダル(2種類),手押しスイッチ(2種類)および周辺機器で構成されている.

    (1)単純反応

    1刺激5試行の単純反応検査の結果を図 2.3-1 に示す.課題は,視覚刺激が提示された場合に,

    踏んでいるペダルからできるだけ速く足を離す反応を行わせる検査で,刺激の種類が1種類であるこ

    とから,判断のプロセスの影響があまり介在しない状況での動作・行動の検査となる.被験者数は 20

    歳未満 47 名,20 歳代 355 名,30 歳代 241 名,40 歳代 225 名,50 歳代 169 名,60 歳代 76 名,70

    歳代 15 名となっている.これは後述する選択反応検査においても同様である.

    単純反応時間の年齢層別平均値については,20 歳代(0.273 秒)と比較して 60 歳代(0.338 秒)で

    は約 1.2 倍と長くなる結果を示している.年齢層別群内の標準偏差については,20 歳代(0.050 秒)

    と比較して 60 歳代(0.087)では約 1.7 倍とよりばらつきが大きくなる結果を示している.

    また,個人内での5試行中のばらつき(変動係数=標準偏差÷平均値)をみると,20 歳代(平均値

    16.0%,標準偏差 14.8%)に比較して 60 歳代(平均値 26.2%,標準偏差 17.3%)では,平均値(約 1.6

    倍),標準偏差(約 1.2 倍)ともに大きくなる結果を示している.個人内のばらつき程度を示す,もう一

    つに指標とされた5試行中の最大値と最小値の差についてみると,20 歳代(平均値 0.137 秒,標準

    偏差 0.204 秒)に比較して 60 歳代(平均値 0.372 秒,標準偏差 0.545 秒)では,平均値(約 2.7 倍),

    標準偏差(約 2.7 倍)ともに非常に大きくなる結果を示している.これらの差は,群内のばらつき(標準

    偏差)の差よりも非常に大きい結果を示している.

    以上のことから,刺激に単純に反応する行動について,高齢者は若年者に比較して反応時間が長

    くなるが,これについては個人差が大きく,また,個人内でのばらつきは加齢によって非常に大きくな

    ることがわかる.

  • -18-

    200

    300

    400

    500

    -19

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (a) 平均反応時間

    平均

    反応

    時間

    (mse

    c)

    0

    500

    1000

    1500

    -19

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (c) 最大と最小の差(個人内)

    最大

    -最

    小(個

    人内

    )(m

    sec

    )

    0

    20

    40

    60

    -19

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (b) 変動係数(個人内)

    σ/

    平均

    ×100(個

    人内

    図 2.3-1 年齢層別の単純反応検査結果(参考文献4のデータより作成)

    300

    400

    500

    600

    -19

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (a) 平均反応時間

    平均

    反応

    時間

    (mse

    c)

    0

    200

    400

    600

    800

    -19歳

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (c) 最大と最小の差(個人内)

    最大

    -最

    小(個

    人内

    )(m

    sec

    )

    0

    20

    40

    60

    -19

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (b) 変動係数(個人内)

    σ/

    平均

    ×100(個

    人内

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    -19歳

    20-29

    30-39

    40-49

    50-59

    60-69

    70歳

    -

    (d) 誤反応数

    誤反

    応回

    数(回

    図 2.3-2 年齢層別の選択反応(2刺激)検査結果(参考文献4のデータより作成)

  • -19-

    (2)選択反応

    2刺激 50 試行の選択反応検査の結果を図 2.3-2 に示す.課題は,視覚刺激が提示された場合に,

    一方の刺激の場合ではできるだけ速く踏んでいるペダルから足を離し,もう一方の刺激の場合はな

    にもしない(足をペダルから離さない)というものであり,刺激の種類が2種類であることから,前述の

    単純反応と比較して判断のプロセスの影響が大きくなる検査となる.

    選択反応時間の年齢層別平均値については,20 歳代(0.450 秒)と比較して 60 歳代(0.499 秒)で

    は約 1.1 倍となる.年齢層別群内の標準偏差については,20 歳代(0.057 秒)と比較して 60 歳代

    (0.079)では約 1.4 倍となる.

    また,個人内での 50 試行中のばらつき(変動係数=標準偏差÷平均値)をみると,20 歳代(平均

    値 23.0%,標準偏差 6.32%)に比較しても 60 歳代(平均値 23.8%,標準偏差 6.37%)では,平均値,

    標準偏差ともにあまり大きい差が見られず,単純反応検査結果と異なる傾向を示している.個人内の

    ばらつき程度を示す,もう一つに指標とされた 50 試行中の最大値と最小値の差についてみると,20

    歳代(平均値 0.468 秒,標準偏差 0.182 秒)に比較して 60 歳代(平均値 0.515 秒,標準偏差 0.203

    秒)では,平均値,標準偏差ともに約 1.1 倍程度で,これも加齢の変化は大きくない.

    一方,選択反応における誤反応数の年齢層別平均については,20 歳代(1.77 回)と比較して 60

    歳代(2.92 回)では約 1.6 倍となる.年齢層別群内の標準偏差については,20 歳代(1.62 回)と比較

    して 60 歳代(2.38 回)では約 1.5 倍となる.

    以上のことから,判断を伴う行動について,高齢者は若年者よりも反応時間,反応時間の個人差

    および個人内でのばらつきともに,わずかに大きくなる傾向にあるが,顕著な差ではない.単純な反

    応行動と比較すると,選択反応の反応時間については年齢差が小さくなることを示している.しかし

    ながら,誤反応数については,加齢の影響が大きく,誤反応回数,その個人差ともに高齢者では多く

    なることが示されている.

    (3)複雑な選択反応

    3刺激 24 試行の選択反応検査の結果を図 2.3-3 に示す.課題は,3種類の視覚刺激が提示され

    る条件下で,第一の刺激が提示された場合には,できるだけ速く踏んでいるペダルから足を離し,第

    二の刺激が提示された場合には,左手のスイッチを押している手を離し,第三の刺激が提示された

    場合には,右手のスイッチを押している手を離す課題であるり,刺激の種類が3種類であることから,

    より複雑な判断を要する検査となる.

    選択反応時間の年齢層別平均値については,20 歳代(0.508 秒)と比較して 60 歳代(0.630 秒)で

    は約 1.2 倍となる.年齢層別群内の標準偏差については,20 歳代(0.061 秒)と比較して 60 歳代

    (0.124)では約 2.0 倍となる.

    3刺激での選択反応の結果は,2刺激での選択反応の結果に比較して,年齢差がより明確になっ

    ているもので,特に,加齢による個人差の増大は単純反応での差異よりも大きい結果となっている.

  • -20-

    以上の結果を表 2.3-1 にまとめる.

    全体的に、刺激に対する反応を中心とした行動・動作の検査結果から,加齢によって反応時間が

    若干長くなること,年齢層別の平均値の差以上に,年齢層内での個人差や,個人内でのばらつきに

    加齢の影響が表れることが示されている.これらの差は場合によっては加齢の影響よりも大きい.高

    齢者であっても若者と変わらない反応をする者がいるなどといったように,高齢者を安易に画一的に

    取り扱うべきではないことがわかる.

    また,2刺激の選択反応で加齢による差が少なくなり,単純反応と,3刺激での選択反応でより加

    齢による差が大きくなっている.あくまでも推定ではあるが,単純反応は,身体的な運動能力の影響

    が大きいために年齢差が生じ,選択条件が複雑になると思考過程の負荷が大きくなるために年齢差

    が生じる,と考えることもできる.

    ただし,2刺激の選択反応のように,反応時間での年齢差が小さくなる場合でも,誤反応数という

    指標で見ると,年齢差が大きく、高齢者に誤反応が多いという特徴が示されている.

    表 2.3-1 行動・動作の年齢差のまとめ(参考文献 2 の結果を基に作成)

    指標

    (値は 20 歳代の結果を 1 とした 60 歳代の結果)

    単純反応

    (1刺激)

    選択反応

    (2刺激)

    選択反応

    (3刺激)

    年齢層別平均値 1.2 1.1 1.2

    年齢層別標準偏差(個人差) 1.7 1.4 2.0

    個人内のばらつき(変動係数)の平均値 1.6 1.0 1.2

    個人内のばらつき(変動係数)の標準偏差 1.2 1.0 1.8

    個人内のばらつき(最大と最小の差)の平均値 2.7 1.1 1.5

    反応

    時間

    個人内のばらつき(最大と最小の差)の標準偏差 2.7 1.1 2.1

    年齢層別平均値 - 1.6 1.6 誤反

    応数 年齢層別標準偏差 - 1.5 1.4

    400

    500

    600

    700

    800

    -19

    20-2

    9

    30-3

    9

    40-4

    9

    50-5

    9

    60-6

    9

    70歳

    -

    (a) 平均反応時間平

    均反

    応時

    間(m

    sec)

    図 2.3-3 年齢層別の選択反応(3刺激)検査結果(参考文献4のデータより作成)

  • -21-

    参考文献

    (1)小川剛:警察庁方式CRT運転適性検査法の開発とその活用,月刊交通,20 巻,12 号,p.58-71,

    1989.12

    (2)大塚博保,鶴谷和子,貝沼良行,磯部治平,松浦常夫,山口卓耶,内田千枝子:警察庁方式CR

    T運転適性検査の開発,科学警察研究所報告交通編,31 巻,1 号,p.57-65,1990

    (3)大塚博保:警察庁方式CRT運転適性検査からみた高齢運転者の動作・行動機能,月刊交通,

    21 巻,3 号,p.107-112,1990.3

  • -22-

    3.ドライバの運転特性計測実験Ⅰ

    3.1 解析内容 高齢ドライバの操舵(ハンドル操作)・制動(ブレーキ操作)における認知・判断・操作の特性を,一

    般ドライバの特性と比較することにより調査する.データ収集には実車による実験も必要であるが,実

    際の道路交通環境下では交通状況が刻々と変化し,ドライバ間の運転特性比較が難しく,体系立て

    て調査することが困難である.そのため,一定条件の下で,効率的にデータ収集することができるド

    ライビングシミュレータを用いて実験を行う.認知特性については,視覚刺激と聴覚刺激に対する反

    応を調べる.判断特性については車線変更できるかどうかの右車線の安全判断について調べる.操

    作特性については,ハンドル操作,ブレーキ操作について調べる.

    3.2 操舵・制動特性評価法 3.2.1 ドライバモデル

    操舵特性についてはドライバモデルとして前方注視モデルを用いて評価する.前方注視モデル

    について説明する.ドライバは図 3.2-1 のように,車両の前方 L を注視し,現在の車両の姿勢のまま L進んだとした場合,つまり,L/V なる時間の後に生じるであろう車両の横変位と目標コースのずれεを検知し,フィードバック制御を行うと考える.式(3.2.1),(3.2.2)にε,操舵角δを示す.この考え方は,現在最も簡単に人の制御を考慮したときの車両の運動を考える場合にとられるドライバモデルと

    なっている.このモデルは連続的に操舵を行うというもので,結果的には,ヨー角と横変位の誤差に

    比例した制御動作を行うフィードバック補正操舵モデルである.

    )( ψε ⋅+−= LyyOL (3.2.1)

    εδ TsKe −= (3.2.2) y

    y

    L

    前方注視点

    εψ

    OLyy =目標コース  図 3.2-1 前方注視モデル

    このモデルにおいて,ドライバパラメータであるドライバの反応時間 T[s],操舵ゲイン K[rad/m],前方注視点までの距離 L[m]の値を各実験で各被験者について求め,操舵特性を評価する.制動特性については,ドライバの反応時間 T[s],加速度α[m/s/s]を各実験で各被験者について求め,評価する.

    3.2.2 ドライバパラメータの影響 ドライバパラメータ T・K・L の値の変化による影響について検討する.シミュレーションでの車両モ

    デルは平面二輪モデルを用い,運動方程式は式(3.2.3)のように表される.用いたパラメータの値を表 3.2-1 に示す.またこのシミュレーションをブロック線図で表すと図 3.2-2 のようになる.

  • -23-

    δψ

    =

    −−+

    +−

    +−−+

    +

    ff

    f

    rrffrrffrrff

    rfrrffrf

    KlKy

    KlKlsV

    KlKlIss

    VKlKl

    KKsV

    KlKls

    VKK

    ms

    22

    )(2)(2)(2

    )(2)(2)(2

    222

    2

    (3.2.3)

    表 3.2-1 車両のパラメータ m ][1350 kg

    I ][2160 2kgms lf ][0.1 m

    rl ][5.1 m

    Kf ]/[36480 radN

    rK ]/[57220 radN

    yδ ψOL

    yModelVehicle

    L++

    +ModelDriver

    図 3.2-2 シミュレーションのブロック線図

    4[m]の右車線変更を行う状況を想定する.V:100[km/h],T:0.4[s],K:0.006[rad/m],L:40[m]での結果から T,K,L の中から一つずつ T:0.6[s],K:0.012[rad/m],L:50[m]と変化させたときの横変位のシミュレーション結果である(図 3.2-3).T を大きくすると,車線変更開始が遅くなり,横変位のオーバーシュートが大きくなる.K を大きくすると,オーバーシュートが小さくなり,急な車線変更となる.L を大きくすると,オーバーシュートが小さくなる.

    -6

    -5

    -4

    -3

    -2

    -1

    0

    1

    0 5 10

    time[s]

    横変

    位y[

    m]

    V100[km/h]T0.4[s]K0.006[rad/m]L40[m]

    T=0.6[s]

    K=0.012[rad/m]

    L=50[m]

    図 3.2-3 横変位のシミュレーション結果

  • -24-

    3.3 ドライビングシミュレータ 運転特性解析のために,ドライビングシミュレータ(図 3.3-1)を使用する.ドライビングシミュレータ

    を使用する利点としては,様々な状況の設定が容易であること,実験を安全に進めることができること

    等が挙げられる.この利点から,統一した環境下で実験を行うことができるため被験者間の運転特性

    が比較できる.また,実車では困難な事故直前状況を再現し緊急回避実験などを行うことによって,

    運転支援システムについて検討することが出来る.

    図 3.3-1 ドライビングシミュレータの外観

    3.4 被験者 3.4.1 被験者の年齢と運転歴

    今回の実験の被験者は一般ドライバ 3 名と高齢ドライバ 3 名である.各被験者の年齢と運転経験を表 3.4-1 に示す.被験者としては,最低週 1 回程度普段から運転しており,高速道路も定期的に利用しているドライバを選んだ.

    表 3.4-1 被験者の年齢と運転経験

    一般ドライバ 高齢ドライバ 被験者 1 2 3 4 5 6 性別 男 男 男 男 男 男

    年齢(歳) 22 23 47 70 70 74 運転暦(年) 2 3 28 35 54 41

    運転頻度(回/週) 1 3 1 3 1 4 高速道路の利用 年 5 回 週 1 回 月 1 回 月 2 回 週 1 回 月 2 回

    3.4.2 運転適性検査 今回の実験での被験者が運転適正度において,その年齢層の中でどのようなレベルにあるかを

    調べるために科学警察研究所にて運転適性検査を行った.検査を行ったのは被験者 1・4・6 であり,被験者 1・4・6 が各年齢層の中でどの程度のレベルにあるか把握する.

  • -25-

    運転適性検査の内容は,CRT 適性検査,ドライビングシミュレータ(DS)適性検査,安全運転態度検査の 3 つであるが,結果例として表 3.4-2 に CRT 適性検査の結果を示す.各検査での指標と 20歳代(N=355),70 歳代(N=15)の平均と標準偏差,また被験者 1・4・6 の検査データと,それぞれの年齢層の平均と標準偏差から求められた Z 得点(偏差値)を示している.また,各指標の説明を表3.4-3 に示す.

    結果を見ると,総合判定では,被験者 1 は 20 歳代の中で「3」,被験者 4・6 は 70 歳代の中でそれぞれ「4」,「3」である.被験者 1 は 20 歳代の中で,反応時間,誤反応数などほぼ標準的なレベルである.一方,被験者 4 は 70 歳代の中で,反応時間で得点が高く,誤反応数で標準的レベルである.被験者 6 は反応時間の得点が非常に高くなっているが,誤反応数が多くなっているため,総合判定が「3」という結果となっている.この結果から被験者 4・6 は高齢ドライバの中では,反応時間についてはとても速いレベルにあることがわかる.70 代の反応時間の平均値は被験者 4・6 の平均値の 1.15~1.3 倍程度である.今回の高齢被験者 3 名のうち 2 名が反応時間においては,かなり速いレベルにあるということをあらかじめ踏まえた上で,実験結果を検討していく.

    表 3.4-2 CRT 適性検査結果

    343総 合 判 定

    27 .63048 .45712 .95059 .07041 .56111 .19070 .47操 作 の 速

    43 .7759 .118 .37 .33011 .61056 .214 .29 .0708 .600節 約 率

    58 .712649 .610226 .370103 .1564 .013321 .900102 .3バ ラ ン スハ ン ド ル操 作 検

    72 .70 .5662 .40.610 .0490 .67164 .20 .510 .0480 .578反 応 速 度

    (sec )

    58 .7756 .197 .86013 .83054 .534 .9105 .210誤 反 応

    (全 領 域 )

    55 .5244 .541 .8303 .00056 .801 .2700 .860誤 反 応(周 辺 )

    59 .0559 .056 .47010 .83053 .234 .2004 .350誤 反 応(中 心 )

    側 方 警戒 検 査

    35 .31047 .354 .1803 .87048 .621 .6201 .770誤 反 応

    55 .80 .4055 .00.420 .2280 .53352 .10 .430 .1830 .468反 応 む ら

    (sec )

    79 .10 .3564 .30.430 .0540 .50755 .30 .420 .0570 .450判 断 的 動作 (sec )

    ア ク セ ル反 応 検

    Z得点

    検 査データ

    Z 得点

    検 査デー タ

    標 準 偏差

    平 均Z得点

    検 査デー タ

    標 準 偏差

    平 均

    747022年 齢

    被 験 者 6被 験 者 4n=1570s被 験 者 1n=35520s

    343総 合 判 定

    27 .63048 .45712 .95059 .07041 .56111 .19070 .47操 作 の 速

    43 .7759 .118 .37 .33011 .61056 .214 .29 .0708 .600節 約 率

    58 .712649 .610226 .370103 .1564 .013321 .900102 .3バ ラ ン スハ ン ド ル操 作 検

    72 .70 .5662 .40.610 .0490 .67164 .20 .510 .0480 .578反 応 速 度

    (sec )

    58 .7756 .197 .86013 .83054 .534 .9105 .210誤 反 応

    (全 領 域 )

    55 .5244 .541 .8303 .00056 .801 .2700 .860誤 反 応(周 辺 )

    59 .0559 .056 .47010 .83053 .234 .2004 .350誤 反 応(中 心 )

    側 方 警戒 検 査

    35 .31047 .354 .1803 .87048 .621 .6201 .770誤 反 応

    55 .80 .4055 .00.420 .2280 .53352 .10 .430 .1830 .468反 応 む ら

    (sec )

    79 .10 .3564 .30.430 .0540 .50755 .30 .420 .0570 .450判 断 的 動作 (sec )

    ア ク セ ル反 応 検

    Z得点

    検 査データ

    Z 得点

    検 査デー タ

    標 準 偏差

    平 均Z得点

    検 査デー タ

    標 準 偏差

    平 均

    747022年 齢

    被 験 者 6被 験 者 4n=1570s被 験 者 1n=35520s

  • -26-

    表 3.4-3 CRT 適性検査の各指標の内容

    検査名 データ項目 指導用評価区分名 内容

    判断的動作(sec) 反応動作の速さ 反応時間の平均値

    反応むら(sec) 適度な精神緊張の維持 反応時間の最大値と最小値の差 アクセル反応検査

    誤反応 動作の確かさ見込み反応 エラー数

    誤反応(中心) 注意配分 エラー数

    誤反応(周辺) 注意配分 エラー数

    誤反応(全領域) 注意配分 エラー数 側方警戒検査

    反応速度(sec) 注意配分 反応時間の平均値

    バランス 注意配分&情報処理の巧

    みさ

    右と左の成績の差.左右同成績だと

    100 で,左>右で 100 より大,左<右

    で 100 より小の値となる.

    節約率 情報処理の巧みさ 検査全体を3区分し,後半で前半や

    中半より習熟がみられるほど値が大

    きい.成績が下がると負の値を取る

    場合もある.私見に対する取り組み

    の性格をも示す

    ハンドル操作検査

    操作の速さ 情報処理の巧みさ 成功数

    3.5 実験 3.5.1 実験の流れ

    最初に,各ドライバはドライビングシミュレータの練習走行として,首都高を模擬したコースを約 5分間運転する.これは,被験者における実車を運転する時の感覚とシミュレータを運転する時の感

    覚との間に生じるギャップを緩和することを目的としたものである.

    その後実験を行う.走行コースは道路幅 4[m]の 2 車線直線道路である.実験状況としては通常走行時と緊急回避時を想定し,表 3.5-1 のように実験 A・B・C を行う.実験 A で通常走行時,緊急回避時の車線変更によって操舵特性(ドライバパラメータ T・K・L)を調べる.実験 B で緊急回避時の制動特性(ドライバパラメータ T・α)を調べる.実験 A・B では操舵・制動における単純反応時間 T を調べるが,実験 C では車線変更の際の安全判断も含めたときの反応時間 T を調べる.各実験ともそれぞれの内容を練習後に実験を開始する.

  • -27-

    表 3.5-1 各実験の意義

    認知→操作 認知→判断→操作 操舵 制動 操舵・制動

    視覚 T,K,L

    (実験A1)

    通常走行 聴覚

    T,K,L (実験A2)

    警報無し T,K,L

    (実験 A3) T,α

    (実験 B3) T

    (実験 C3) 緊急回避

    警報有り T,K,L

    (実験 A4) T,α

    (実験 B4) T

    (実験 C4)

    3.5.2 実験 A(操舵) 実験 A では操舵特性を調べる.60,100,140[km/h]の 3 速度で速度は自動制御であり,ハンドル

    操作のみを行う.各速度で左車線を定速走行中,ランダムなタイミングで実験 A1 では矢印(図3.5-1),A2 ではブザーが発生する.実験 A1,A2 は通常走行時の操舵特性を調べる実験であり,これらの合図が出現後出来る限り速くハンドルを切り始め車線変更を開始し,但し側壁に衝突したりし

    ないよう安全に車線変更を行う.実験 A3,A4 ではランダムなタイミングで前方に相対距離⊿x,相対速度⊿V の車両が突然出現する(図 3.5-2).前方車両は自車両より低速度であり,出現後一定速度を保って走行する.実験 A3 では前方車両が突然出現するだけであり視覚での認知となるが,実験A4 では前方車両出現と同時に警報が発生し聴覚での認知が加わる.警報は実験 A2 で使用した音と全く同じものを用いる.実験 A3,A4 は緊急回避時の操舵特性を調べる実験であり,前方車両との衝突を避けることを最優先に前方車両出現後できる限りの急操舵による車線変更を行う.

    ドライビングシミュレータでの実験結果と 3.2 章で述べた前方注視モデルを用いたコンピュータシミュレーション結果との比較によって,ドライバパラメータである T・K・L の値を 1 度の車線変更ごとに求める.緊急回避時では,前方車両にも側壁にも衝突せず,回避に成功した場合の T・K・L の値を求める.ここでの T は,各刺激に対する操舵単純反応時間とする.

    図 3.5.1 実験 A1 の状況

  • -28-

    x∆

    m4

    V∆相対速度

    路側帯

    図 3.5-2 緊急回避の状況

    3.5.3 実験 B(制動) 実験 B では緊急回避時の制動特性を調べる.この実験ではハンドルは使用せず,アクセル操作

    によって 60,100,140[km/h]の各速度を保ち直進走行中,ランダムなタイミングで図3.5-2 と同様に前方車両が突然出現する.実験 B4 では車両出現と同時に警報が発生する.被験者はブレーキ操作のみを行い,できる限りの急制動で前方車両との衝突を回避する.

    前方車両出現から被験者がブレーキを踏み始めるまでの反応時間 T と制動中の加速度αを求める.ここでの T の値は,緊急回避時での制動単純反応時間とする. 3.5.4 実験 C(判断を含む操舵・制動)

    実験 C では,緊急回避時での右車線の安全判断を含めた認知・判断・操作の特性を調べる.この実験では,後方確認のためにサイドミラーとルームミラーも使用する.またハンドル・アクセル・ブレー

    キを自由に操作する.70~120[km/h]程度で左車線を走行中,ランダムなタイミングで前方車両が突然出現すると同時に,右車線にももう 1 台の車両が同時に出現する(図 3.5-3).右車線の車両は速度 60~140[km/h]程度であり,自車両の前方 30[m]から後方 50[m]程度の範囲でランダムな速度と位置で出現する.右車線車両は出現後一定速度を保って走行する.実験 C4 では車両出現と同時に警報が発生する.被験者は出来る限り 2 台の車両との衝突を回避するよう操作し,ミラーで安全判断後車線変更可能と判断したときには,車線変更をしてもよい.車線変更ができない場合には,ブレー

    キ操作のみでの衝突回避を行う.

    この実験では車両出現から操舵開始,制動開始までの時間T(Cy),T(Cx)を求める.このとき判断に要する時間は表 3.5-2 に示すように,安全判断後車線変更を行った場合のT(Cy)と実験 A での操舵単純反応時間T(A)との差によって求めることができる.また,T(Cx)とT(B)の差を求め,安全判断という作業が加わったことによるブレーキ操作への遅れの影響を調べる.

  • -29-

    x∆

    m4

    V∆相対速度 路側帯

    ]/[14060][3050

    hkmm

    ~−

    進行方向

    図 3.5-3 実験 C の状況

    表 3.5-2 各実験での反応時間

    認知 → 操作 実験 A 操舵 T(A) 実験 B 制動 T(B)

    認知 判断 操作 操舵 T(Cy) 実験 C 制動 T(Cx)

    判断に要する時間は前方車両,右車線車両の相対距離や相対速度によって影響されると考えら

    れる.従って,前方車両,右車線車両の相対距離と相対速度を一定に設定し,統一した状況で実験

    することにより判断時間を比較することとした.特にここでは右車線後方状況の安全判断に要する時

    間を求めるために,統一した状況は図 3.5-4 のように設定した.しかし,統一した同じ状況ばかりでは被験者はしっかりとした安全判断を行わない可能性が出てくるため,出現する前方車両・右車線車

    両の相対速度・相対距離をランダムに設定したものとを混在させて実験を行った.

    ][4 m

    路側帯

    ]/[33 sm

    進行方向

    ]/[7 sm

    ]/[28 sm

    ][45 m

    ][50 m

    図 3.5-4 実験 C で統一した状況

  • -30-

    3.6 実験結果 3.6.1 実験 A(操舵)結果

    実験 A の実験結果例を示す.図 3.6-1 に 60[km/h]での操舵角,横変位,ヨー角の結果を示す.実験結果とシミュレーション結果との比較によりパラメ-タ T・K・L の値を求める.T の値は合図出現から操舵開始までの時間によって求めた.K・L の値は横変位にて,シミュレーション値が実験値に近づくように調整し,目で見た限りに出来るだけ近づいた値で求めた.

    -0.04

    -0.03

    -0.02

    -0.01

    0

    0.01

    0.02

    0.03

    0 5 10 15 20

    time[s]

    steer[

    rad]

    simu値実験値

    -5

    -4

    -3

    -2

    -1

    0

    1

    0 5 10 15 20

    time[s]

    y[m

    ] simu値実験値

    -0.14

    -0.12

    -0.1

    -0.08

    -0.06

    -0.04

    -0.02

    0

    0.02

    0 5 10 15 20

    time[s]

    yaw

    [rad

    ]

    simu値実験値

    図 3.6-1 実験 A1 結果例(被験者 2,V=60[km/h],T=0.39[s],K=0.0068[rad/m],L=32[m])

    図 3.6-2 に実験 A での一般ドライバ,高齢ドライバの 100[km/h]での T・K・L の結果を示す.各実

    験で各被験者について 8 回分の平均と標準偏差を求め,一般,高齢各 3 人分の平均,標準偏差の平均をとったものである.

    また表 3.6-1 に一般ドライバと高齢ドライバ,被験者 5 の各速度での操舵単純反応時間 T の平均の比較を示した.T については,一般と高齢を比較すると全ての実験において高齢の方が平均が大

    きくなっており(1.15~1.35 倍),標準偏差も大きくなっている(1.17~1.92 倍)ことがわかる.実験 A1(視覚)と A2(聴覚),A3(警報無し,つまり視覚)と A4(警報有り,聴覚)とで視覚と聴覚に対する反応を比較すると,視覚より聴覚の方が T の平均も標準偏差も小さくなっている.特に高齢では聴覚の標準偏差が小さくなっている.実験 A1 と A3,A2 と A4 で通常走行時と緊急回避時での反応を比較すると,緊急回避時で T の平均も標準偏差も小さくなっている.特に高齢では緊急回避時で反応が速くなりやすく,緊張感などの心理的影響を受けやすいものと考えられる.高齢では緊急回避時の

    視覚刺激(実験 A3)での T が通常走行時の聴覚刺激(実験 A2)より小さくなっているほどである. 高齢被験者 4・6 は 70 年代の中ではかなり反応が速い被験者であると運転適性検査の結果からあ

    らかじめ分かっている.従って,ここでの高齢の T は標準的レベルの高齢ドライバより小さくなっていると考えられる.そこで,被験者 4・6 と被験者 5 の T の平均を比較する.3.4.2 章で述べたように,運転適性検査における 70 代の反応時間の平均は,被験者 4・6 の平均の 1.15~1.30 倍であった.被

  • -31-

    験者 5 の T の平均は,被験者 4・6 の 1.17~1.25 倍であり,被験者 5 の値が高齢ドライバの標準的レベルに近いと考えることができる.一般と被験者 5 の T の平均を比較すると,被験者 5 は一般の 1.29~1.56 倍となっている.

    0

    0.1

    0.2

    0.3

    0.4

    0.5

    0.6

    A1 A2 A3 A4

    T[s

    ]

    0

    0.1

    0.2

    0.3

    0.4

    0.5

    0.6

    A1 A2 A3 A4

    T[s

    ]

    0

    0.005

    0.01

    0.015

    0.02

    0.025

    A1 A2 A3 A4

    K[r

    ad/m

    ]

    0

    0.005

    0.01

    0.015

    0.02

    0.025

    A1 A2 A3 A4

    K[r

    ad/m

    ]

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    A1 A2 A3 A4

    L[m

    ]

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    A1 A2 A3 A4

    L[m

    ]

    図 3.6-2 実験 A(100[km/h])の一般ドライバ(左)と高齢ドライバ(右)の結果

    表 3.6-1 操舵単純反応時間の比較

    一般ドライバ 3 名 高齢ドライバ 3 名 比率 被験者 4・6 被験者 5 比率 T[s] 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 平均

    A1 0.37 0.043 0.50 0.064 1.35 1.49 0.47 0.58 1.22

    A2 0.32 0.042 0.40 0.050 1.26 1.17 0.37 0.47 1.25

    A3 0.34 0.026 0.39 0.049 1.15 1.92 0.37 0.44 1.17

    A4 0.27 0.024 0.32 0.034 1.18 1.39 0.31 0.37 1.21

    K については,緊急回避時で高齢の平均が一般よりやや小さくなっている.特に被験者 5 が小さく,急な車線変更ができていないことを示している.L については目立った差はなかった.

  • -32-

    3.6.2 実験 B(制動)結果 結果 B では制動でのパラメータ T,αを求める.制動単純反応時間 T は,前方車両出現からブレ

    ーキを踏み始めるまでの時間によって求めた.加速度αについては,ブレーキを踏み始めてから停

    止するまでの間の平均値を求めた.

    表 3.6-2 に一般ドライバと高齢ドライバ,被験者 5 の各速度での T の平均の比較を示した.T の平均については,やや高齢の方が大きく,一般の 1.04 倍となっている.操舵では高齢の T が一般の1.15~1.35 倍であったことと比較すると,制動では操舵より高齢の反応が遅れる割合が小さくなっている.また,T の標準偏差についても,制動では高齢と一般でほぼ等しくなっている.実験 B3(警報無し)と B4(警報有り)での T について比較すると警報有りの方が平均も標準偏差も小さくなっている.

    被験者 4・6 と被験者 5 の T の平均を比較すると,被験者 4・6 は被験者 5 の 1.06~1.16 倍であり,制動では操舵ほど反応時間の差はない.一般と被験者 5 の T の平均を比較すると,被験者 5 では一般の 1.10~1.13 倍となっている.

    加速度については,一般と高齢で差はなかったが,被験者 4 がやや小さく,ブレーキ踏力が弱いと考えられる(表 3.6-3).

    表 3.6-2 制動単純反応時間の比較

    一般ドライバ 3 名 高齢ドライバ 3 名 比率 被験者 4・6 被験者 5 比率 T[s] 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 平均

    B3 0.52 0.079 0.55 0.080 1.04 1.01 0.54 0.57 1.06

    B4 0.45 0.043 0.46 0.042 1.04 0.98 0.44 0.51 1.16

    表 3.6-3 実験 B(100[km/h])での加速度の平均

    α[m/s/s] 一般ドライバ 3 名 高齢ドライバ 3 名 被験者 4 B3 -6.6 -6.7 -5.9 B4 -6.6 -6.7 -5.8

    3.6.3 実験 C(判断を含んだ操舵・制動)結果

    図 3.6-3 に被験者 1 の実験結果例を示す.車両が出現した瞬間からのブレーキ力,操舵角,横変位,速度の結果を示している.結果を見ると,被験者は前方車両認知の次にまずブレーキを踏んで

    いることが分かる.次に右車線確認後ハンドルを切り始め車線変更を行っている.操舵角において,

    車両出現から約 0.3[s]後に緩く操舵を行っているがこの時間がほぼ操舵単純反応時間であり,それから安全判断を行った後,操舵を開始し車線変更を行っていると考えられる.このような回避行動は

    実車においても現実的な操作であると考えられる.

    表 3.6-4 に一般ドライバ,高齢ドライバ,被験者 5 の実験 C4 での判断に要する時間を示す.安全判断に要する時間は一般で 0.51[s],高齢で 0.42[s]と高齢の方が短くなっている.この時間で適切に安全判断できているかどうかを分析する.図 3.6-4 に一般,高齢ドライバの右車線安全判断結果を示す.横軸は⊿V(=自車両速度-右車線車両速度),縦軸は⊿x(=右車線車両位置-自車両位

  • -33-

    置)である.可能とは,右車線車両に衝突せず車線変更できた場合であり,衝突とは車線変更を行っ

    たが右車線車両に衝突した場合である.不可能とは,一旦車線変更できないと判断したが右車線車

    両通過後車線変更を行った場合である.図 3.5-4 のように統一した状況で出現させた場合では全て車線変更が可能となっており,ランダムに出現させた場合では右車線車両のとの相対距離,相対速

    度によって様々なケースがある.一般ドライバでは可能と不可能の境界辺りに若干衝突のケースが

    存在しているが,安全判断が十分行われ,判断に要する時間は 0.51[s]で妥当であると考えられる.一方,高齢ドライバでは,右車線車両が後方に出現しても多くの場合で車線変更を行い衝突してい

    る.高齢ドライバでは判断時間が短くなっていたが,判断が速いのではなく判断不十分であると考え

    られる.

    0

    1000

    2000

    3000

    4000

    5000

    6000

    0 1 2 3 4 5 6

    time[s]

    bra

    ke[N

    ]

    -0.04

    -0.03

    -0.02

    -0.01

    0

    0.01

    0.02

    0.03

    0.04

    0 1 2 3 4 5 6

    time[s]

    steer[

    rad]

    -4

    -3.5

    -3

    -2.5

    -2

    -1.5

    -1

    -0.5

    00 1 2 3 4 5 6

    time[s]

    y[m

    ]

    24.5

    25

    25.5

    26

    26.5

    27

    27.5

    28

    0 1 2 3 4 5 6

    time[s]

    V[m

    /s]

    図 3.6-3 実験 C3 被験者 1 の結果(制動開始 0.66[s],操舵開始 0.98[s])

    制動操作は右車線状況に関わらず行えるはずであるが,実験 C では判断という動作が加わったことによる影響で制動単純反応時間より遅れが生じている.一般ドライバでは 0.04[s]と小さいが,高齢ドライバでは 0.19[s]と大きくなっている.高齢ドライバでは実交通のようにさらに状況が複雑になると制動にも遅れが出る上,安全な判断ができなくなる可能性がある.このことからも高齢ドライバの運転

    支援システムに対して検討していく必要がある.

  • -34-

    表 3.6-4 実験 C4 での判断に要する時間の比較

    一般 高齢 被験者 5 A4 0.27 0.32 0.37 C4 0.78 0.74 0.92 操舵

    判断 0.51 0.42 0.55 B4 0.45 0.46 0.51 C4 0.49 0.65 0.67 制動

    判断 0.04 0.19 0.16

    -60

    -40

    -20

    0

    20

    40

    -20 -10 0 10 20

    ⊿v[m/s]

    ⊿x[m

    ] 可能不可能衝突

    -60

    -40

    -20

    0

    20

    40

    -20 -10 0 10 20

    ⊿v[m/s]

    ⊿x[m

    ] 可能不可能衝突

    図 3.6-4 実験 C4 での一般(左),高齢(右)ドライバの右車線安全判断結果

  • -35-

    4. ドライバの運転特性計測実験Ⅱ

    4.1 実験の目的 近年,高齢ドライバの運転支援に関する研究が多く行われており,高齢ドライバの動作機能等の

    衰えなど平均的な特性が示された(1)(2)が,高齢ドライバの運転行動は,個人特性やそのときの状況に

    大きく依存し,非高齢ドライバのそれに比して個人差が非常に大きいことから,各個人の様々な運転

    状況における運転特性の抽出を行う必要があると考える.しかしながら,様々な運転状況における

    様々な個人のデータは膨大な量となり,そこから意味のある特徴を抽出するには,なんらかの方針が

    必要となる.そこで,本章では,始めに情動変化により生じる生理指標を用いて,特徴場面を効率的

    に抽出する方法の検討を行う.次に,その方法により抽出された特徴場面について,走行状況,運

    転動作,車両の状態量,ドライバおよび同乗者の状態から多面的に分析を行い,個人レベルにおけ

    る高齢ドライバの運転支援について検討を行う.

    4.2 実験概要 実路走行における高齢ドライバの運転状況を計測するため,実車実験を行った.以下に概要を示

    す.

    4.2.1 走行コースと実験車両 本実験では,高齢ドライバの運転特性の検討を行うとの観点から,高齢ドライバの交通事故多発

    地点として報告がある交差点を多く含む走行コースを設定した(図4.2-1).実験車両は,国産2200ccの普通乗用車である(図4.2-2).

    図 4.2-1 走行コース(出展先 http://www.mapion.co.jp/)

  • -36-

    図4.2-2 実験車両 4.2.2 計測項目

    計測項目としては,抽出された場面の状況を正確に多面的に捉えるため,走行状況として前方画

    像と後方画像を,運転動作としてハンドルトルク,ハンドル角度,アクセル開度,ブレーキ踏力,ハン

    ドルの把持状態を,車両の状態量として,前後速度および加速度,横速度および加速度,ヨー,ロー

    ル,ピッチ方向の角度および角速度を,ドライバの状態として,顔画像,アイマーク,顔面温度分布,

    心電図,呼吸を,同乗者の状態として,顔画像,心電図を計測した.また,ドライバおよび同乗者の

    危険感に関する主観評価を収集するため,危険を感じたときに押してもらうボタンを用意した.

    4.2.3 被験者属性 被験者は,日常的に運転をしている年齢67~75歳(平均70.5歳),運転歴35~50年(平均43.7年)の

    高齢ドライバと全実験共通で年齢22歳,運転歴2年の若年同乗者である.実験目的および内容について十分な説明をした上で,実験参加の承諾を得た.

    4.2.4 実験手順 走行実験を始める前に,個人特性として,視力・色覚調査や単純反応時間を測定し,運転頻度や普

    段の運転目的など日常の運転行動に関するアンケートを行った.アンケート終了後,実験車や装着

    したセンサに十分に慣れてもらうため練習走行を行った.練習走行後,二回の走行実験を行った.

    なお,走行コースについては,「次の交差点を右折してください」等,毎回同じ地点で実験者がドライ

    バに指示を与えた.また,走行速度などの細かな指定は行わず,普段どおりの走行を心がけるように

    教示した.走行実験後には,ドライバに走行中のビデオを見せながら,運転中に気になったことにつ

    いてアンケートを行った.また同乗者にも,高齢ドライバの運転行動で気になったことについてアンケ

    ートを行った.

    4.3 生理指標を用いた特徴場面抽出手法の提言

    4.3.1 なぜ生理指標を用いるか

    ドライバの状態を把握するには,ドライバ本人の自己申告を求める(主観評定,内省報告ともいう)

    か,行動(運転に直接かかわる行動,副次行動ともに)から推察する方法,生理指標を用いる方法が

    ある.ここで対象とするドライバの状態は,高緊張とヒヤリ・ハットである.ドライバが危険を予知したと

    き,あるいは苦手な運転場面に遭遇したとき,緊張が高まると考えられる.また,事前に危険に気づ

  • -37-

    かず,危険場面に遭遇してハットしたり,危なかったとヒヤリとしたりする.そこで,これらの状態・事態

    (イベント)を生理指標を用いて検出することで,特徴場面を抽出することができると考える.もちろん,

    生理指標の変化が生じたからといって,必ずしもドライバの特徴が存在するということにはならない.

    そこで,抽出した箇所を,環境情報,車両情報,運転行動と照らし合わせて解析することにより,偶然

    の変化か危険を予知した等の特徴場面であったかを取捨選択していくのである.そして,選ばれた

    特徴場面のドライバ行動を解析し,その行動を防ぐか,適切な行動を助ける,あるいは,結果の被害

    を最小化するといったようなドライバ支援手段を提案する.

    つまり,ここで提案するのは,生理指標をトリガとしたデータ収集方法であり,多次元の長時間の大

    量のデータの中に埋もれている重要な箇所を効率よく見つけ出すひとつの方法であ�