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農薬の環境影響について はじめに 農薬のリスクとは 農薬の環境中における挙動 生態系への影響 (独)農業環境技術研究所 上路雅子

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農薬の環境影響について

● はじめに

● 農薬のリスクとは

● 農薬の環境中における挙動

● 生態系への影響

(独)農業環境技術研究所

上路雅子

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農薬を使用しなかった場合の主要作物の平均減収率

0.0 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0

イネ

コムギ

ダイズ

リンゴ

モモ

キャベツ

ダイコン

キュウリ

トマト

ジャガイモ

ナス

トウモロコシ

平均減収率(%)

<はじめに>

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農薬のリスクとは

リスクとは?

有害な事象が起こる確率と重篤度を表す

リスク分析:リスク評価・リスク管理リスクコミュニケーション

「リスクゼロ」はあり得ないリスクは、白、クロの二分法で理解されるべきものでない

中西準子著 (2004)日本評論社 ISBN4-535-58409-5

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中西準子氏のホームページからhttp://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak306_310.html

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「毒と薬は使い方によって決まる」

「すべての物質は毒であり、毒でないものは

ありえない。用量が毒と薬を区別する」

パラケルス(1493~1541,スイス)

リスク 毒性×暴露(濃度×時間)(毒性:物質がもつ性質)

<生態リスク>

環境生物に対するリスク評価に、生物種の「生態学的意義」

「人の生存との関係」を加味した評価が本来の「生態リスク評価」

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農薬のリスク評価とリスク管理

リスク評価

<有害性の確認>

人の健康、生態系への影響(影響を示す用量を決める)

<用量反応評価>

用量と健康影響との定量的関係を決める(高濃度→低濃度への外挿など)

<暴露評価>

環境中での動態、濃度測定、暴露量推定

リスク管理

(行政当局)

規制措置の決定と実行

公衆衛生、経済的社会的、政治的バランスの検討

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毒性試験に基づく農薬のリスク管理毒性試験に基づく農薬のリスク管理

慢性毒性試験(動物実験、生涯試験)(農薬取締法)

最大無毒性量(NOAEL)×不確実係数 (通常 1/100)

1日摂取許容量(ADI) (食品安全委員会)

×人体重(53.3kg)人1日摂取許容量

作物別摂取量 作物別残留試験

作物別残留許容量 → 残留農薬基準(食品衛生法)

使用時期・回数 → 農薬使用基準(農薬取締法)

慢性毒性試験(動物実験、生涯試験)(農薬取締法)

最大無毒性量(NOAEL)×不確実係数 (通常 1/100)

1日摂取許容量(ADI) (食品安全委員会)

×人体重(53.3kg)人1日摂取許容量

作物別摂取量 作物別残留試験

作物別残留許容量 → 残留農薬基準(食品衛生法)

使用時期・回数 → 農薬使用基準(農薬取締法)

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ADI(一日摂取許容量)Acceptable Daily Intake

人がある物質の一定量を一生涯にわたって摂取し続けても、現時点でのあらゆる知見からみて、認むられる健康への悪影響がないと推定される一日当たりの摂取量を、 1日当たりの体重1kgに対するmg数として

「mg/kg体重/日」 で表した値

キーワードは…「一生」「毎日」「食べ続けて」「悪い影響が出ない量」「100の安全係数」

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残留農薬基準設定の考え方

一日摂取許容量の80%(mg/kg体重)↑

積算して,総摂取量(理論最大摂取量) ← 精密な日本型推定一日摂取量方式が安全レベル(ADI)を超えない. による摂取量の試算値が,国民平均,

↓ 幼小児,妊婦,高齢者について安全理論最大摂取量(mg) レベルを超えない.

∥ ・適正使用に基づく最大残留量米からの摂取量 ・可食部からの摂取量

(基準値×米の喫食量=摂取量) ・調理加工後の摂取量+

小麦からの摂取量+

大根からの摂取量+

ミカンからの摂取量+

その他の農産物からの摂取量

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農薬の挙動

農薬施用

水系(分解)

降雨

揮散

揮散

土 壌(分解、吸着)

大 気(分解)

流亡

<環境中における挙動>

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蒸発(揮散)

流亡、光分解

浸透、拡散、吸着

土壌中における農薬の消失過程

主として物理・化学的作用

残留量(log

分解(主として微生物)

時 間

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土壌中での挙動に関与する要因

農薬の性質に関する要因農薬の性質に関する要因

化学構造・分子量・蒸気圧・水溶解度など化学構造・分子量・蒸気圧・水溶解度など

土壌要因土壌要因

有機物含量・土性・CEC・pH・土壌微生物相有機物含量・土性・CEC・pH・土壌微生物相

気象要因気象要因

温度・湿度・日照・降雨・風温度・湿度・日照・降雨・風

農薬施用に関する要因農薬施用に関する要因

製剤型態・施用時期・施用方法製剤型態・施用時期・施用方法

耕作に関する要因耕作に関する要因

耕作方法・施肥・灌漑耕作方法・施肥・灌漑

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土壌中の半減期による農薬比率(%)

半減期 <10日 10~30日 30~100日 100~200日

畑状態 57 19 17 7

湛水状態 59 27 7 7

容器内試験(土壌温度25~30℃)、数値は該当する農薬数の%を示す

半減期:最高濃度が半分になる期間

半減期が原則180日以上の土壌残留性農薬は登録されない

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土壌中における挙動の例(山本)

経過日数 シマジン濃度

濃度(ppm)

(ppm)

2.0

0.2

0.0242日後

深さ(cm)

0-0.5

0 40 80 12 160 0 0.5 1.0

0.5-11-1.51.5-22-33-44-55-77-1010-15

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農地から水系への流出

畑地からの流出率は畑地の傾斜と降雨に大きく依存。散布直後の激しい降雨がない限り、一般に0.5%を超えることはない。

土壌粒子の流亡にともなう流出が大きい。

水田水中の農薬の最高値は、多くは散布当日または1-2日後。流出率と水溶解度に正の相関。

環境水中に入った農薬は、希釈、懸濁物や底質への吸着、化学的分解、生分解、光分解、大気中への揮散で急速に減少。

◆ 水田用農薬については、ライシメーターによる浸透流出水と田面水中の消長試験が登録にあたって必要とされる。

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ゴルフ場排水の農薬調査報告(環境庁(省))

年数 検体数 超過例数* 超過例数率(%)

1993 111,489 3 0.027

1994 106,895 1 0.0009

1995 108,563 1 0.0010

1996 102,846 1 0.0010

1997 120,774 5 0.0041

1998 112,683 2 0.0018

1999 95,760 0 0

2000 84,061 2 0.0024

2001 78,184 0 0

2002 79,893 1 0.0013

2003 60,858 0 0

2004 45,880 0 0

超過例数*:暫定指導指針値超過 調査対象農薬数:45種類

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<生態系への影響>

非標的生物への影響事例?

野生動物への影響 野生の高等動物への影響についての報告例は比較的少ない。外国の報告例で、有機塩素系殺虫剤を広範囲に散布した時に、コウモリ、野ネズミ、リスなどの哺乳動物が減少したという報告がある。

鳥類への影響 1960年代まで、残留性の高い有機塩素系殺虫剤によって野鳥が死亡したという報告は多い。新規農薬について鳥類に対する毒性を試験するようになっている。

魚類への影響 PCP などによる川魚の斃死事故があった。1971年の農薬取締法の改正により、魚毒性試験が義務づけられABC段階に分類され、農薬による魚の斃死事故は皆無に近くなった。

陸上生態系への影響 何らかの生態系への影響は否定できない。しかし、その影響が直接的か、二次的か判断は難しい。多くの研究例はあるが、十分に評価できる段階には至っていない。

土壌生態系への影響 「土が死んでいる?」 との多くの研究例がある。しかし、土壌消毒を目的とする場合以外に土壌生物が大きな影響を受けることはない。

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水田の周りの生物相が貧弱になった本当の原因は?

千葉大学の本山教授は千葉県香取郡水路での実態調査(魚類,甲殻類,両性類,昆虫類など)をふまえて,

水路・小河川がコンクリートの3面張りになった

灌漑水の供給停止による水路の干上がり

暗渠排水設備による水田の乾田化

埋め立て・宅地化による周辺のため池,その

他 の湿地の減少

家庭の一般排水の流入による水路の汚染

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生態影響評価の背景生態影響評価の背景

非標的生物に対する影響

水産動植物への危害防止の観点から評価されてきたが、生態系への影響評価ができるしくみとはなっていなかった

「第二次環境基本計画(平成12年)」持続可能な社会の構築を実現する上で、農薬の環境リスクの評価・管理制度の中に生態系の保全を視野に入れた取組を強化することが重要。

農薬取締法:平成15年3月28日改正。平成17年4月1日から施行

非標的生物に対する影響

水産動植物への危害防止の観点から評価されてきたが、生態系への影響評価ができるしくみとはなっていなかった

「第二次環境基本計画(平成12年)」持続可能な社会の構築を実現する上で、農薬の環境リスクの評価・管理制度の中に生態系の保全を視野に入れた取組を強化することが重要。

農薬取締法:平成15年3月28日改正。平成17年4月1日から施行

毒性評価のみで環境中での曝露量が考慮されていないためリスク評価として不十分

畑地等で使用される農薬が適用外のため農薬全体としてのリスク管理が不十分

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水産動植物に対する毒性に係る登録保留基準の改正概要水産動植物に対する毒性に係る登録保留基準の改正概要

改正後

生態系保全の観点から、魚類のみならず藻類、甲殻類を評価対象に追加

毒性評価のみならず、曝露評価を追加 (環境中予測濃度(PEC)と急性影響濃度(AEC)とを比較することによりリスクを評価)

畑地等で使用される農薬についても適用

登録保留基準リスク評価の結果、PECがAECを上回る場合には登録保留

昭和46年3月農林水産省告示346号(農薬取締法第3条第1項第4号から第7号までに掲げる場合に該当するかどうかの基準を定める件)(平成15年3月28日改正、施行平成17年4月1日)

改 正

改正前

改正前の課題

登録保留基準コイの半数致死濃度(48時間)が0.1ppm以下で、かつ毒性の消失日数が7日以上の場合(水田において使用するものに限る)

試験生物はコイのみのため生態系保全の視点が不十分

毒性評価のみで環境中での曝露量が考慮されていないためリスク評価として不十分

畑地等で使用される農薬が適用外のため農薬全体としてのリスク管理が不十分

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急性影響濃度(AEC)

急性毒性試験魚類 急性毒性試験(AECf)96hr-LC50×1/10(1~1/10)

ミジンコ類急性遊泳阻害試験(AECd)48hr-EC50×1/10(1~1/10)

藻類生長阻害試験(AECa)72hr-EC50×1

AEC=Min(AECf, AECd,

AECa)

PEC>AEC

第一段階(Tier1 PEC)数値計算による予測

第二段階(Tier2 PEC)水田使用農薬水質汚濁性試験非水田使用農薬地表流出試験又はドリフト調査試験

第三段階(Tier3 PEC)水田使用農薬圃場を用いた水田水中濃度試験又はドリフト調査試験等

環境中予測濃度(PEC)

登録

YES NO

登録保留

平成15年3月改定 平成17年4月から適用

急性影響濃度に基づく登録保留基準値

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環境中での挙動・影響評価試験

①土壌中運命に関する試験

(好気的土壌、嫌気的土壌、好気的湛水土壌)

②土壌残留性に関する試験

③水中運命に関する試験(加水分解、水中光分解)

④水質汚濁性に関する試験

⑤水産動植物への影響に関する試験

(魚類急性毒性、ミジンコ類急性遊泳阻害、藻類成長阻害)

⑥水産動植物以外への有用生物への影響に関する試験

(ミツバチ、カイコ、天敵昆虫、鳥類経口・混餌投与)

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「食の安全・安心」への要望に応えるために

● 農薬の安全性確保(人の健康、作物の薬害、作物残留、

環境・生態系への影響・・)

● 情報の共有、正確な判断力の養成

● 「リスク」の考え方の整理(食糧の確保、社会経済的

役割・・)

● 相互信頼の確保

農薬の適正使用を!

<おわりに>