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渦鞭毛藻Peridinium sp.のシストの休眠と発芽 誌名 誌名 日本プランクトン学会報 ISSN ISSN 03878961 巻/号 巻/号 311 掲載ページ 掲載ページ p. 23-33 発行年月 発行年月 1984年7月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

渦鞭毛藻Peridinium sp.のシストの休眠と発芽Bulletin of Plankton Society of Japan Vol. 31, No. 1, pp. 23-33, 1984 渦鞭毛藻Peridinium sp. のシストの休眠と発芽

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渦鞭毛藻Peridinium sp.のシストの休眠と発芽

誌名誌名 日本プランクトン学会報

ISSNISSN 03878961

巻/号巻/号 311

掲載ページ掲載ページ p. 23-33

発行年月発行年月 1984年7月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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Bulletin of Plankton Society of Japan Vol. 31, No. 1, pp. 23-33, 1984

渦鞭毛藻 Peridiniumsp.のシストの休眠と発芽1)

遠藤拓郎・長田 宏2)

(広島大学生物生産学部)

Resting and Germination of Cysts of

Peridinium sp. (Dinophyceae) l)

T AKUO ENDO AND HIROSHI NAGATA 2)

Faculty of Aρρlied Biological Science, Hiroshima Uni’ver・sity,

2-17 Midori-machi, Fukuyama 720

Abstract

In August 1981, a red tide of Peridinium sp. (Dinophyceae) occurred in the coastal waters near

Fukuyama, located in the central part of the Seto Inland Sea. After the red tide, a large number

-0f cysts of Peridinium sp. were collected from the sea-bottom muds and utilized for germination

experiments, from which the following features were clari五ed. 1) Cysts of Peridinium sp. require

a resting period prior to germination even if cultured under favourable conditions. The length of

the resting period was three or four months when cysts were stored and incubated at 20°C, but

delayed for one or two months if stored at 5°C and incubated at 20°C. 2) The most important

environmental conditions influencing germination were water temperature and oxygen levels.

Optimum temperature for germination of cysts was about 25°C, with germination prevented at

5°C. Anaerobic conditions completely prevented germination, though many cysts survived for at

least nine months. Other conditions, for example, light regime or salinity, was not as influential.

The following three requirements were found for the germination of Peridinium sp. cysts:

1) completion of the resting period (3 or 4 months), 2) moderate temperature (about 25°C), and

3) aerobic conditions. If all these requirements are satisfactory at the same time, then cysts can

germinate within a few days.

From September 1981 to December 1982, investigations were carried out regularly on the

seasonal fluctuations in the cyst and plankton densities of Peridinium sp., their ability to germト

nate and water temperature at a coastal station near Fukuyama. During this period, red tides

of Peridinium sp. were never observed. Of particular interest, in the summer of 1982, though

water temperature was approximately 25°C and the resting period of cysts completed, the maxi-

mum density of plankton of Peridinium sp. was only 33 cells•mz-1. This result was below

expectations since as many as 2,000-4,000 cysts・cm-3 in the sediments were recorded during that

time. Probably, germination was inhibited by the anaerobic conditions in the mud. Thus, it

is concluded that even if a large number of cysts exist in the sediments, this does not always

result in the occurrence of red tides.

渦鞭毛藻の一部の種においては,その生活史の中でシストと呼ばれる一一運動性を失い,周囲に丈夫な殻を形

成して水底に沈んでいる一一時期のあることが知られている.近年,赤潮の発生機構において,また,貝類毒化

現象においても,シストの果たす役割の重要性が認識されはじめた(PRAKASH1967, WALL 1975,村上 1976,

ANDERSON & w ALL 1978, DALE et al. 1978, ANDERSON & MOREL 1979,飯塚 1983).したがって,今後

1〕1984年 4月25日受理(Accepted25 April 1984)

2)現在:日本海区水産研究所干951新潟市水道町 1-5939-22 (Present Address: Japan Sea Regional

Fisheries Research Laboratory, 1-5939-22, Suido-cho, Niigata 951)

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24 日本プランクトン学会報第31巻第1号 (1984)

は各海域に分布するシストの種名と分布量を明らかにすると共に,その生理・生態的特性,形成・発芽,赤潮へ

の発展過程などに関する研究が必要である.

本研究では,広島県福山市沿岸の海底泥から分離した Peridiniumsp.のシストについて,休眠期の有無と,

発芽に好適な環境条件を培養実験によって明らかにした.一方, 1981年 9月から16か月聞にわたり福山市の沿岸

海域の 1定点における本種シストの発芽率の季節変化を追跡するとともに底泥中のシストの現存量,および海中

の遊泳細胞の出現数と水温との関係などについて調べた.その結果,本種のシストには休眠期があり,また,発

芽には好適な温度と充分な酸素濃度が必要であることを明らかにした.したがって,シストが赤潮の発生源とな

る条件として休眠を終えた充分な量のシストが適水温期に海底泥の中から泥の表面や海水中に分散することが必

要と考えられる.

材料・方法

1. シストの採集と分離

1981年 8月中句,広島県福山市周辺の沿岸海域において Peridiniumsp.による赤潮が発生し,ほぽ10日間続

いた.その後, 9月16日に Fig.1に示した定点で底泥を採取して調べたところ,泥 1cm3中に本種のシストが

約 1×104個の密度で見出された.

36。N

34・

,,.

Fig. 1. Sampling station.

シストを底泥から分離する方法は, ONBE(1978)に従った.すなわち,約 300mlの炉過海水に 30~50cm3

の底泥を懸濁させ,ふるいに通して炉過洗浄したのち,ふるい目 63μmを通過し, 25μmのふるい上に残った

画分を取り出し, 50%(W/V)ショ糖溶液を加え,遠心分離(3,000rpm, 5 min)を行った.その結果浮上した

シストを集め,伊過海水で洗浄した後,以下の培養実験に用いた.なお,本法では分離の過程で数分間ショ糖液

への浸漬,遠心分離など,シストに衝撃を与えることになるが,これらはシストの発芽に特に大きい影響を与え

ることはないことが確認されている(長田,未発表〉.また,シストの分離に先立ち通常行われる底泥の超音波処

理はシストの発芽を早める可能性のあることが指摘されている(DALE1979)ので,ここでは用いなかった.

一方,シストの現存量の測定には,安達ほか(1980)の方法によった.すなわち,底泥を正しく 1.25 cm3取

り,約 lOOmlの炉過海水に懸濁させ,超音波を5分間照射した(SonoBright, UW-25型).その後,ふるい

を用いて 70~25μmの画分を集め,その一部についてシストを計数し,底泥 1cm3中のシスト数に換算した.

2. シストの培養

シストの培養は福代ほか(1977)の方法によった.Fig. 2に示したスライドグラス 1枚に数十個体のシストを

収容した.培養は Erd-Schreiber液を用い, 20°C,6,000 lx (光周期 12し 12D)で行い, 1週間後に発芽の有

無を調べた.遊泳細胞がシストの殻から完全に脱出したときをもってシストの発芽と見なし,培養総シスト数に

対する発芽シスト数から発芽率(%)を求めた.また.シストの休眠期間や発芽条件を調べるために,次のような

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遠藤・長田: Peridinium sp.のシストの休眠と発芽

[:t:::tt:] ,

A B c D

Fig. 2. Cyst incubation chamber.

A: 76×26 mm slide glass, B: 50×24 mm cover glass,

C: culture medium with cysts, D: vinyl tape, 0.4mm

thick, attached to cover glass with vaseline.

実験を行った.なお,すべての培養実験において 100個体以上のシストを使用した.

25

2-1. 休眠期聞に与える保存温度の影響: 1981年10月5日に採取した泥を 5。C と 20。Cの暗所に保存し, 2週

間間隔で泥の一部を取り出し,シストを分離,培養して 1週間後の発芽率を求めた.

2-2. 水温,光周期の影響: a. 1981年 11月11日に採取した泥からシストを分離し,直ちに 20°c,12L: 12D;

20°c, 24D; 5°C, 24Dの3条件下で培養を開始し, 22日聞にわたって毎日発芽率を調べた.このうち, 5°C,

24Dで培養したシストについては, 16日後に 20°c,24Dの条件下に移して引続き培養し発芽率を調べた. b.

シストの発芽に与える水温の影響を詳細に調べるため, 11月18日に採泥,分離したシストを 5,20, 25, 30°Cの

4段階の温度条件下で培養し, 9日聞にわたって発芽率を調べた.この実験に限り,培養は培養器の外部から入

る自然の弱光下で行った.

2-3. 塩分の影響: 1981年10月5日に採取し, 20°cで保存した泥から, 4か月後の1982年 2月にシストを分離

した.これらのシストを 5~55%oSの範囲の10段階の塩分に調整した培養液中で 1週間培養した後,発芽率を比

較した.各塩分段階は 35%oSの外洋海水を希釈あるいは濃縮して作成した.

2 4. 酸素条件の影響: a. 1981年10月5日に採取し, 5°Cで保存した泥から1982年 1月に分離したシストを用

いた.内部が無酸素状態に近くなるように設定した透明嫌気ジャー(BBL,Gas Pak) (20。C)中に培養スライド

グラスを収容した.このとき,培養液が周囲の低酸素外気にふれるよう,カバーグラスを少しずらして貼りつけ

た(Fig.2).対照として通常の好気条件下で培養したものを用いた. 1週間後に両者の発芽率を比較し,嫌気条

件下においたシストは好気条件下に移し,さらに 1週間培養して発芽の有無を調べた.b.シストを嫌気条件下に

長期間保存した場合の発芽率の変化を調べた.すなわち, 1981年 9月16日に採取し,密閉容器に収容して20°c

で保存していた泥を, 1982年2月20日から上述の嫌気ジャーに移した.以後, 1982年 12月まで 1か月に 1度,

泥の一部を取り出してシストを分離し, 20°cの好気条件下で 1週間培養した後,発芽率を求めた.

3. 天然シストの観察

現場におけるシストの現存量および発芽の季節変化などを明らかにするために, Fig.1に示した定点において

1981年 9月から1982年12月まで,ほぽ2週間間隔で計34回,表層(0~2cm)の泥を採取した.同時に表面水温

を測定し,採水も行った.なお, 1982年 5月以降は,測温と採水は毎週行った.シストは採泥後数時間以内に分

離し,培養を開始して 1週間後の発芽率を調べた.また,底泥中のシストの現存量および海水中の同種の遊泳細

胞の出現数も調べた.

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日本プランクトン学会報第31巻第 1号(1984)26

1. Peridinium sp.のシストと遊泳細胞

1-1. シスト(PlateIA)

シストは黄緑色ないし淡褐色の球形で,直径 35~SOμm,表面は滑らかで椋や突起,また遊泳細胞に存在する

溝や鎧板に対応する構造は認められない.その内部には,多数の頼粒を充満しており, 1~2個の赤色粒(red-

pigmented body, DALE 1979)がある.また,一部のシストでは活発な原形質流動(ブラウン運動〉が観察され

た.発芽後のシストの殻は無色透明である.発芽孔はいわゆる cryptosuturalarcheopyleであったが,シスト表

面に模様がないため,発芽孔の位置を特定することはできなかった.また,本種のシス卜が石灰質の殻を有する

か否かを調べるために塩酸を滴下したが,外見上特に変化は認められなかった.

1-2. 遊泳細胞(PlateIB)

体長 30-40μm,体幅 20-30μmで黄褐色を呈する.上殻は円錐形,下殻は半球状で,後角や後刺はない.横

溝は幅広く,腹面で横溝の幅とほぼ等しい段差が観察された.主鎧板配列は, 4',3a, 7ペグペ 2""であり,

頂板 1'は四角形,前挿間板 2aは六角形の ortho-hexaタイプと確認できた.

主鎧板がこのような配列を示すものには Protoρeridinium,Ensiculijera, Scrippsiellaおよび Peridiniumな

どの各属が知られている.このうち Protoperidiniumでは横溝の背面に縫合線は見られないが,他の 3属はその

位置に 1ないし 2本の縫合線が認められる(DALE1977,福代・鳥海 1981).本研究における種類の鎧板は極め

て薄く,横溝板の精査は困難であったが,横溝背面に少くとも 1本の縫合線が認められるのでProtoperidinium

属ではないと考えられる.本種の遊泳細胞の形態は Seriρ1psiellatrochoideaによく類似しているが,後者のシ

ストは細胞壁に石灰質成分を多量に含み,表面に短い聴を有することが知られている(WALL& DALE 1968,

WALL et al. 1970). しかし本対象種のシストには椋がなく,さらに耐酸性であったことから石灰質とは考えに

くい.また Ensiculifera属も石灰質のシストを形成するが,日本ではまだ採集の報告がない(福代・鳥海 1981).

以上の観察結果から,本研究の対象種は Peridiniumsp. とした.

シスト内に見られた赤色粒は発芽直後の遊泳細胞内にも存在したが,数日後にそれは消失した.

2. シストの休眠期間

5°Cと 20。C で保存したシストの発芽率の変化を Fig.3に示した.20°cで保存した泥から得たシストでは,

採泥直後は 10%台と低かったが, 60日後には 90%以上へと急増した.一方, 5°Cで保存したシストでは, 20°c

で培養すると採泥後60日ごろまでの間,発芽率は 10%から 30%まで漸増し, 120日目には 90%近くにまで上昇

した.発芽率は保存後 120日日ごろまでは 20°c保存のシストの方が 5°Cのものよりも高いが,それ以降は数

50

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E ‘- @ CJI

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360 240 120 。。

Days of storage

Fig. 3. Germination of cysts of Peridinium sp. stored at 5°C (open circle) and

20°C (solid circle). Both were incubated at 20°C, 12L: 12D for one week.

After that, percent germination was calculated.

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遠藤・長田: Peridinium sp.のシストの休眠と発芽

か月にわたって両者とも 80%以上の高い発芽率を維持した.

3. 発芽に及ぽす環境条件の影響

3-1. 水温,光周期

27

a. 水温と光周期を異にする 3つの条件下でシストを培養した結果を Fig.4に示した.発芽率は 20°c,12し

12Dの条件下で最も高く培養開始後1週間以内で発芽率は急増し,その後ゆるやかになり, 22日後には 80%以

上に達した.20°c, 24Dにおける傾向も同様であったが,発芽率はかなり低く推移した.一方, 5°C,24Dでは

発芽はまったくみられなかった.しかし, 16日目に 20°cに移した結果, 3日後に発芽を開始し, 6日目の発芽

率は約20%に達した.

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Daysαf ter incubation Fig. 4. Influence of temperature and photoperiod on the germination

of cysts of Peridinium sp. Cysts were incubated for 22 days.

c 100乃もr

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30。c

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Days after incubation

Fig. 5. Influence of temperature on the germination of cysts of Peridinium

sp. Cysts were incubated at 5, 20, 25, 30°C for 9 days.

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日本プランクトン学会報第31巻第 1号(1984)

b. 5, 20, 25, 30°Cの 4段階の温度における発芽率は 25°Cで最も高く,ついで 30°C,20°cの順であっ

た(Fig.5). 5°Cでは前項で示した実験結果と同じく,発芽は完全に抑制された.25°Cと30°Cでは培養開始後

3日間で全発芽シスト数の約 90%,20°cでは約 80%が発芽し,その後新たに発芽するものは少なかった.

3-2. 塩分

Fig. 6に示されるように 5ルSにおける発芽率は約 20%にとどまったが, 10~35%。Sの広い範囲にわたって

90%以上の高い発芽率を示した.それ以上の高塩分になるとしだいに低下し, 55%oSでは 40%以下となった.

3-3. 酸素条件

好気条件下で培養した結果450個体中 373個体(82.9%)が 1週間以内に発芽したのに対し,嫌気条件下で培

28

100

50

co一-puc--』』』@。

↑cωω』@仏

60

Sαl ini ty ( %。}

Fig. 6. Influence of salinity on the germination of cysts

of Peridinium sp. Cysts were incubated at 20。C at

di旺erentsalinities for one week.

40 20 。。

100 r

50

cozoEE』

ω

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Fceo』@仏

10 5 。。

of storage

Fig. 7. Germination of cysts of Peridinium sp. stored

at anaerobic condition. Cysts were incubated at

20°C at aerobic condition for one week.

Months

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29'

養した 341個体はまったく発芽しなかった.しかし,このシストを好気条件下に移した結果, 1週間以内に 224

個体(65.7%)が発芽した.

一方,長期の嫌気状態がシストの発芽に及ぼす影響を調べた結果を Fig.7に示す.これから発芽率は何れも

70~95%の高い値を示した. 9か月間嫌気条件下にあったシストでも発芽率は約 80%であった.

4. 福山沿岸域における調査

1981年9月から翌年12月までの間,定点における水温は 8月に最高の 28°Cに達し, 1,2月に 7°Cの最低値

を記録した(Fig.Sa).

Peridinium sp.のシストの休眠と発芽遠藤・長田:

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1981 1982

Fig. 8. Seasonal changes in surface temperature (a), and motile cell

density of Peridinium sp. (b) at the station shown in Fig. 1.

( b)

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Fig. 9. Seasonal changes in cyst density of Peridinium sp. in sediments (a), and ability of germination of cysts within a week at 20°C, 12L: 12D (b).

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1982

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1981

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30 日本プランクトン学会報第31巻第 1号(1984)

Peridinium sp.の遊泳細胞は, 1981年8月の赤潮時に 20,000個体・ ml-1の高密度に出現したが,その後急

減し,特に12月から翌年3月までは,まったく見られなかった.その後6月から 7月にかけて再び増加したが,

最高でも 6月23日の 33個体・ ml-1にとどまった(Fig.Sb).なお,この日は Heterosigmasp.による赤潮が発

生していた.調査期間中,周辺の海域で Peridiniumsp.が赤潮になるまで増殖したことはなかった.

底泥中の Peridiniumsp.のシスト数は,赤潮終息直後の1981年 9,10月には底泥 1cm3当り約 10,000個存

在したが,その後次第に減少して翌年 12月には約 1/10の 1,000個程度になった(Fig.9a).これらのシスト

の 20°cにおける発芽率の季節変化を Fig.9bに示した.発芽率は1981年9月には約 20%にすぎなかったが,

その後増大して周年12月には90%以上に達した.この高い発芽率は翌年7月下旬まで維持されたが, 8月には減

少しはじめ, 9月下旬から10月上旬には 40%に低下した.しかし,その後再び増大して12月には約 90%にまで

回復した.

論議

渦鞭毛藻のシストの発芽について, ANDERSON(1980)は, Gonyaulaxtamarensisのシストの休眠期間を検

討し,この期間の長さを決定するのは保存温度であり,低温では延長すると述べている.さらに, WALL(1971)

によると,シストは低温で保存すると死滅することなく長期間生存するという.本研究における Peridiniumsp.

のシストについても,これらと同様の結果が得られた.

また, ANDERSON& WALL (1978)は, G.tamarensisや G.excavataのシストの発芽は光周期によって影

響されることは少ないことを報告し, ANDERSON& MOREL (1979)は, G.tamarensisのシストは無酸素状態

におくと発芽が遅れることを示唆したが,これらはいずれも本実験の結果と一致している.

なお,本実験では, Peridiniumsp.のシストの発芽率は 25°C付近で最も高い結果が得られた.ANDERSON

& MOREL (1979)によると, G.tamarensisのシストの発芽は数。Cの温度の上昇・下降による刺激によって起

こるとしているが, Peridiniumsp.については未だこのような実験は行っていない.

本研究の結果から Peridiniumsp.のシストの発芽には,次の 3条件すなわち, 1) 3, 4か月聞の休眠期閣の

終了, 2) 25°C前後の水温, 3)好気的環境,が必要であることがわかった.これらの条件すべてが同時に満た

されないと,シストは発芽することができない.一方,光周期や海水の塩分は,発芽の主要な要因にはならない

と考えられる.

以上のことを前提として福山沿岸海域における Peridiniumsp.のシスト発芽について以下に考察する.現場

水温が 20°c以上を示したのは, 1982年には 5月~10月の聞であり, 7,8月には 25°Cを越えて発芽に最も適し

た水温となった(Fig.Sa).しかもその間,底泥中には休眠期間を終了したと考えられるシストが 1cm3当り,

2,000~4,000個の高密度で存在し, 5月~ 9月の聞はシスト現存量の急激な減少は認められなかった(Fig.9a).

しかし,海水中の遊泳細胞の出現数は,最高33個体・ ml-1に達したにすぎない(Fig.Sb).一般に海底泥中では,

バクテリアの有機物分解によって酸素が消費され,富栄養化海域の底泥中は夏期に無酸素状態となって還元層の

発達することが知られている.したがって,本定点付近においても 5~8月に底泥中に低酸素状態(嫌気的環境)

が発達したため好適水温にも拘わらずシストの発芽が抑えられたものと考えられる.

なお,観測期間中,底泥表層中のシスト数は引き続き減少する傾向にあった(Fig.9a). しかし,一方その底

泥中における鉛直分布(0~20cm)を調べたところ,赤潮発生直後,表層に多かったシストが日数の経過と共に

しだいに上下層で均一化していく傾向があるが,表層から 6~7cm層までのシストの総数にはほとんど変化がみ

られないことがわかった(長田,未発表〉.このことから,表層泥中のシストの減少は発芽によるというよりも,

シストの鉛直的な分散によるためと考えられ,その原因として海水による底泥の擾乱や生物撹持などが推察され

る.

このことは逆に,底泥の巻き上がりにより,シストが好気的条件下に移ることによって発芽が促進されること

を示唆している.一方,赤潮多発水域の海底泥中には,植物プランクトンの増殖に必要な栄養塩や増殖促進物質

が豊富に含まれており,これを凌漂して除去することも赤潮防除対策のーっとされている.しかし,本実験の結

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遠藤・長田: Peridinium sp.のシストの休眠と発芽 31

果からみると,シストは底泥中の還元層に埋没していても,少くとも数か月間は死滅しないので,底泥が擾乱に

よって酸素の豊富な場所に巻き上げられれば,その中のシストは数日で発芽することが可能となる.したがって,

シストが高密度に集積している海域を波諜する場合には,これらのことを留意する必要がある.

1982年 8月から12月にかけて現場のシスト発芽率が大きく変化した(Fig.9b).シスト自身が発芽能力に生理

的な周期性(年周期の体内時計 circannualrhythm)をもっている可能性が強いが,底泥の還元状態進行に伴う

環境悪化の影響も考えられるので,いま原因は明らかでない.

本研究で対象とした種は前述の観察結果にもとづき Peridiniumsp.としたが,類似種の Ser争psiellatro・

choidea ( = Peridinium trochoideum (STEIN) LEMMERMANN)には,石灰質のシストのほかに,本対象種のシ

ストと同じく表面が滑らかで石灰質の殻をもたないシストも存在することが知られている(WALLet al. 1970).

本種の同定には今後更に詳細な観察を必要とするがその結果は後日改めて報告したい.

謝辞

本研究を進めるにあたり,種々御討議いただいた広島大学生物生産学部遠部卓教授,松田治助教授,今林

博道助手に感謝致します.東京大学農学部福代康夫博士にはシストの種名に関し,貴重な御教示をいただきまし

た.また,広島大学生物生産学部 R.B. SIGEL氏には英文の校聞を賜りました.あわせて感謝の意を表します.

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Explanation of Plate I

Cysts and motile cells of Peridinium sp. A: cysts, B: motile cells germinated from cysts. Scale: 50 μm.

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PLATE I.

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