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大阪市大F季刊経済研究J γo l .26No.1June2003,pp.19-36 ISSN0387-1789 都市経済学における空間に依存する効用モデルの 一般的取 り扱いについて 小長谷 【摘要】 本論文では, 2 次元都市空間を交通費と空間効用によって特徴づける 「Tw座標系とい う概 念 を導 入す る こ とに よ り,完 全 な 2 次元平面座標の加法的空間効用モデル ( 2 次元的空 間効用モデル)の振 る舞いを一般 的に理解で きることを示 した. 現実のほとんどの大都市で,地価 (地代 ) の分布 は都心 か ら特 定 方 向 の セ ク ター に大 き く 偏心 した複雑な構造 をもっている.都心 までの距離のみか らなるこれまでの多 くのモデルで はこの現象の説明は難 しいが, 2 次元的空間効用モデルでは,長期的に形成 される空間的外 部性効果を空間効用関数を通 じて取 り入れることが可能であ り,現実の複雑 な 2 次元的デー タにも適用可能なため,実際の地価 (地代 )構造 を実証 的 に分析 す る道 が 開か れ る. もっとも単純な例 として,空間効用関数の分布が交通費関数上の都心 とは別の第 2 のコア 地域 を持つ と仮定するだけで,セ クター構造 をもった地価 (地代 )分布 が容 易 に得 られ る こ とを示 した. Ⅰ.現実の地代 1)を説明する上での困難 1 .都市経済学における基本モデル アロンゾの研究 ( A lonzo1964) を噂矢 とし ,1970 年代以降整備された単核都市モデル maxim ize: u -u (Z , q) ( 空間に依存 しない効用関数) S. t . : I-T (r) -Z+ R (r) q ( 交通費を含む所得制約) r:都心 までの距離 〔キーワー ド〕都市経済学, 2 次元的空間効用モデル,Tw 座標系,地価(地代),セクター構造 1 )良 く知 られているように,利子率一定の場合,時間的割引率の裁定条件 [地価 -地代/利子率] によって,地価 と地代 は一定の比例関係 にある. したがって本論文では両者 をほほ同一視 して使 う.

都市経済学における空間に依存する効用モデルの 一般的取り扱い …dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/DB00011040.pdf · 都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取り扱いについて

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大阪市大 F季刊経済研究J

γol.26No.1June2003,pp.19-36

ISSN0387-1789

都市経済学における空間に依存する効用モデルの

一般的取り扱いについて

小長谷 一 之

【摘要】

本論文では,2次元都市空間を交通費と空間効用によって特徴づける 「Tw座標系」とい

う概念を導入することにより,完全な2次元平面座標の加法的空間効用モデル (2次元的空

間効用モデル)の振る舞いを一般的に理解できることを示した.

現実のほとんどの大都市で,地価 (地代)の分布は都心から特定方向のセクターに大きく

偏心 した複雑な構造をもっている.都心までの距離のみからなるこれまでの多 くのモデルで

はこの現象の説明は難 しいが,2次元的空間効用モデルでは,長期的に形成 される空間的外

部性効果を空間効用関数を通 じて取 り入れることが可能であ り,現実の複雑な2次元的デー

タにも適用可能なため,実際の地価 (地代)構造を実証的に分析する道が開かれる.

もっとも単純な例 として,空間効用関数の分布が交通費関数上の都心 とは別の第2のコア

地域を持つと仮定するだけで,セクター構造をもった地価 (地代)分布が容易に得られるこ

とを示した.

Ⅰ.現実の地代 1)を説明する上での困難

1.都市経済学における基本モデル

アロンゾの研究 (Alonzo1964)を噂矢とし,1970年代以降整備された単核都市モデル

maximize: u-u(Z,q) (空間に依存 しない効用関数)

S.t.: I-T (r)-Z+R (r) q (交通費を含む所得制約)

r:都心までの距離

〔キーワード〕都市経済学,2次元的空間効用モデル,Tw座標系,地価 (地代),セクター構造

1)良く知られているように,利子率一定の場合,時間的割引率の裁定条件 [地価-地代/利子率]

によって,地価と地代は一定の比例関係にある.したがって本論文では両者をほほ同一視して使

う.

20 季刊経済研究 第26巻 第 1号

u:効用

q:住宅の消費量 (土地面積)2)

Z:合成財 (住宅以外の全ての財)の消費量 (通常これを基準財 とし価格 1とお く)

∫:総所得

R (Z・):Z・における地代

T (∫) :rにおける都心までの通勤交通費

は,単純ではあるが,今日まで多 くの都市経済学の結論を導き出した基礎 となったものである.

このモデルが,通常の財 に関するミクロ経済学の単一消費者モデルと異なる点は,個々の

消費者よりは大 きく,一国のマクロ経済よりは小 さな,都市圏 (metropolitanarea)という,

いわば中間的なメソスケールの集計経済を扱 う点である.このことから以下のような 3つの

大きな特徴がある.

1)価格のうち,地代 R (I・)は,内生変数で空間に依存.

ミクロ経済学の個人 レベルの部分均衡モデルでは,通常の財は全国市場で取引がなされ,

全国的に一律の価格が決定 される.都市経済学のモデルでは,合成財は通常の財であ り,価

格は所与 (-都市圏の住民はpricetaker)であるが,地代はそうではない.地代は,各都市圏

の内部において,地主 と利用者の間の取引によって決定 されるものなので,都市圏スケール

をあつかう都市経済学の立場では,各都市圏内部で,いわばモデル自身を解 くことによって,

内生的に決定 されるものなのである.上記のモデルでも,地代は,R (T)として,最終的

には空間的関数として決定 される存在となっている.

2)交通費 T (r)は,交通産業を含まない限 り通常は外生変数であるが,やは り都市圏

ごとに決まり,空間に依存.

2)実際には,都市の土地利用の構成要素の種類は住宅だけでない.しかし経験的に,オフィス的

土地利用,商業的土地利用,工業的土地利用などがより集約的であり,通常の都市の場合,住宅

的土地利用が都市圏全面積の7割~8割に達する優勢なものであるため,まず住宅的土地利用を

考えるのである.この場合,さらに通勤関係も簡単化できるのが利点である.これに対 して,経

済活動の主体となる就業地をも,かならずLも都心に集中するものでなく,一般的な立地をとる

と考えると,通勤関係が複雑になることは想像できる.このような,居住と就業がすべて一般的

に立地すると考え,居住地一就業地間には通勤費用の効果,各就業地の経済活動間には集積の経

済の効果が働 くとした,いわば都市内の一般均衡モデルは複雑になるが,一次元においてFujita

andOgawa(1982)が解明している.

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取り扱いについて 21

3)都市内住民に関する集計.

都市圏を構成する無数の住民に対 して,所得,選好 (効用関数の形状)などに多様性をも

たせて,集計 をすることにより,総人口,総生産関数,総差額地代 などの 「都市集計量

(urbanaggregates)」を計算できる.これによりたとえば東京への一極集中問題 (八田1994)

などが論 じられた.

上記から,都市経済学におけるモデルとは,通常のミクロ経済学の消費者行動モデルに立

脚 しながら,これを空間構造をもった都市圏というメソスケールに拡大 したもの,というこ

とができる.

2.単純化の仮定

単核都市モデル (式 (1),式 (2))には,分析を簡単にするため,以下の2つの大きな

仮定が設けられている.

【仮定 1,非空間的効用関数の仮定】

この仮定では,式 (1)のように,消費者の効用は,通常の財の消費量 Z と,住宅の消費

量 qの2者のみで決定され,他の要素 (特に空間変数)には一切依存 しないと考える.いい

かえると,「我々が住宅を選択する場合には,予算に対する通勤費の影響以外には,その場所

を問わず,その大 きさだけで評価する」と考えていることになる. しか し,我々が日頃住宅

を購入する場合,(たとえ通勤要因を除いたとしても3))「~地域の住宅」 というブランディン

グがなされた状態で選択を行うことが多いことからみても,実際は効用に空間変数が入ると

考えるのは自然なことである. しかしながら,空間を追放 し,財の消費量のみを含む上記式

(1)のような非空間的効用関数によって単純で明解な比較静学的な結論が得 られること,こ

れに対 し,効用に空間変数が入るととたんに扱いが複雑となり単純な結論が得 られなくなる

こと,などが理由となって,後述するいくつかの先駆的例を除けば,空間に依存する効用は

あまり研究がなされてこなかった.

【仮定2,一次元的単核都市の仮定】

これには2つのレベルがある.

3)もしある個人にとって,就業地があるセクターに都心からずれて立地して場合には,通勤に近

いこと,都心を越えるトリップが抑制されることから,通常住宅もその同じセクターで選ばれる

傾向にある (たとえば,大阪都市圏内で,新大阪や江坂で就業する者の多くは御堂筋線や阪急線

や北大阪急行沿線に住宅を求める).この効果は,通勤関係を一般化した一般均衡モデルの問題

となるのでここでは扱わない.ここではあくまで就業地は都心のみと考える.

22 季刊経済研究 第26巻 第 1号

【仮定 2-1】就業地がすべて都心に集中していること.

【仮定 2-2】地代関数Rと,交通費関数 Tとが,一次元的尺度である都心からの距離 r

のみの関数であ り,2次元的なセクター構造 (角度依存性)を持たないこと.

である.注 2),注 3)のように,【仮定 2-1】を完全に排除すると,都市圏内の一般均衡

モデルの範噂となるので,本論文では主として 【仮定 2-2】の撤去を問題にしたい.

3.現実の地代 (地価)の空間構造

ここでは,モデルを現実の説明能力という点から評価 し,上記の仮定の妥当性 を検討 して

みることにしたい.そこで現実の地代はどのような構造をしているのか簡単な例 をあげる.

ここでは,地代の代替 として,地価のデータ4)を用いる.2000年の国土庁の公示地価のデー

タを要約 5)したものが図 1である.

この例が示すように,地価の分布は,詳 しくみると,完全な同心円ではな く,都心からの

距離が同 じ地点であっても,違う方向に対 しては,高いところと低いところがある.大阪部

市圏では図 1のように特 に北部セクターが高 くなってお り,東京都市圏では都心からの距離

が同じであっても西部セクターが高いことが知られている.

こうした事実やこれまでの研究を要約すると,都市経済学モデルで,代表的な空間の関数

となっている交通費と地代 (地価)については,次のようなことを結論づけることができる.

1)交通費は,多 くの都市で近似的に同心円的な構造をもつとしてよい.

よく知 られているように,郊外鉄道などの公共交通や,アクセスが限定された道路 (高速

道路など)は,放射線形状 を構成 し,都心から都市圏内の一般地点 までのルー トは,都心か

ら駅や出入 り口へ までの放射線ルー トと,その駅や出入 り口から一般地点までのルー トとい

う2段階構造 となる. しか し,こうした非同心円的な細部構造は,適当な変換を用いて技術

的には説明可能であ り,実質的には,交通費関数は,同心円的な構造をもつとしてよい.

2)これに対 し,地代 (地価)の非同心円構造は,より本質的な意味をもっている.

上記の例でも示 されているように,地代 (地価)の空間構造が,完全な同心円をなさず,

ある方向に片寄 りをもったセクター構造 となることは,多 くの実証があ り,古 くから知られ

てきた事実である.すなわち,世界中の多 くの都市,特に19世紀の産業革命以降形成 されて

きた大都市で,地代 (地価)のセクター構造は,通常普遍的に見 られる現象なのである.こ

4)前掲注 1)

5)実際には,公示地価は各地点でばらつきがある.これは,GISというソフトを使って一種の空

間的平滑化をおこなったもの.

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取 り扱いについて 23

凡例 (¥/m2)

mesh

高:3561495

低:9460

図 1 現実の地価 (地代)分布の例 (大阪大都市圏)

2000年の地価公示価格を1kmメッシュで平滑化したもの,サンプルポイント数4003.都心からの距離が同じであっても地価 (地代)の高いセクターと低いセクターが存在 し,等地価 (地

代)曲線は完全な同心円ではなく複雑な構造をとる.

24 季刊経済研究 第26巻 第1号

の事実は,都市生態学 (urbanecology),ないし都市社会学 (urbansociology)の分野で古 く

から知られ,ホイ トのセクター理論 (Hoyt1942)として有名であったものである.

4.一般化の方向

上記のような地代 (地価)の複雑な構造を説明しようとする場合,ベーシックなモデルの

仮定を取 り除いて,拡張 しなければならないことは明らかである.そこで,このような地代

(地価)の複雑な構造が生 じる要因を考 えてみると,一種の確立 された空間的な外部性

(establishedspatialexternality)が近隣のレベルで複雑に働いていることがわかる.正の空間

的外部性の例には,いわゆる.高級住宅地などで見られる確立されたブランドイメージの効果

などがあり,負の空間的外部性の例には,NIMBY6)などとよばれる迷惑施設が近隣-及ぼす

効果などがある.

こうした多様な外部性の効果は,もちろん集合的性質をもってお り,他の無数の住民や施

設の立地決定によって長期的に形成され,変化 していくものである.しかしながら,ある一

住民の立地決定という短期においては,外部性は,すでに確立されたものとしてその住民の

決定に影響するとして差 し支えない.これを考慮するもっとも簡単なやり方は,こうした空

間的外部性が立地決定者に与える影響を,効用関数内の変数として明示的に導入することで

ある.そうすることによって,すでにある街区に対 して,立地決定者が,好 きであるか,嫌

いであるか,という選好の効果を解明することができる.空間的外部性は空間に依存するか

ら,このことは必然的に,非空間的効用の第 1仮定を捨てて,効用に空間変数を導入するこ

とを意味する.すなわち,空間に依存する効用のモデルは,こうした現実の多様な空間的外

部性の効果を説明す・ることができるのである.

(1)空間的効用を導入したモデル (【仮定 1】を取 り除いたモデル)

それでは,これまで空間的効用を明示的に扱った研究にはどのようなものがあるだろうか.

都市経済モデルの包括的な著作であるFujita(1989)の第2部第7章の近隣外部性モデルは,

空間に依存する効用を正面から扱い,有用な結論を導いた代表的な例である.

maximize: u-u (Z,q,E (d (I・)))

S.t.: I-T (r)-Z+R (T) q

d (r) :rにおける人口密度

E(・) :人口密度に依存する近隣外部性

∂u/∂E>0 (外部性は効用を高めるよう符号を設定)

6)NIMBY-NotlnMyBackYard(どこか遠くの場所には必要なことは認めるが,家の裏庭には

御免な施設)の略

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取り扱いについて 25

∂E/∂d<0 (人口高密な住宅地ほど,外部性は低下して魅力が下がると仮定)

このモデルの成果の一つが,い くつかの都市自治体で住宅地の環境を守るために導入され

ている最小土地区画制度の意義を証明したことである.すなわち,公的土地所有下での最小

土地区画と効用の間の山形の関係 を導いて,一定水準までの大 きさの最小土地区画基準は,

住民の効用を高めることを確かめた.

最近では,佐々木 (2003)が,上記の qを,資本Kと土地 qを投入 して得 られる複合的住

宅サービスHに置き換え,住宅サービスの生産関数H-H(K, q)を導入したモデル

maximize: u- u (a,H (K,q),d (r)) (4)

S.t.: I-T (I・)-Z+R (r) q+pK (5)

でより一般的な分析を行い,不在地主のみの場合には政策的手段が必要など,上記の結論の

再検討をおこなっている.

(2)空間的効用を導入 した2次元モデル (【仮定 1】および 【仮定 2-2】を取 り除いたモ

デル)

式 (3),式 (4)のモデルなどは,密度の増加によって,混雑 ・騒音などが増大 し,負の

外部性が増大 し,効用が低下すると考えるものである.しかしその密度関数は,都心からの

距離 rという一次元的な尺度のみで決まるので,高密度住宅地も都心から一定距離を取 り巻

くリング状のものになっていることを意味する.上記の第3節 「現実の地代 (地価)の空間

構造」で述べたように,これは,現実の地価データを説明するという観点からすると改良の

余地があるといえる.そこで本稿では,【仮定 1】に加えて,【仮定 2-2】をも取 り除くよ

り一般的なモデルを考えることによって,こうした現実の地代の空間構造をうまく説明でき

ることを示す.

Ⅰ.交通費および空間効用の変化とそれに伴う地代の変化

1.モデルの設定

【仮定 1】および 【仮定 2-2】を取 り除いたモデルとして,具体的には,空間変数を.

1次元的な都心からのスカラー距離 rでなく.一般的な2次元位置ベクトル「とする.

効用は空間に依存する効用成分を加え,地代関数,交通費関数とも,一般的な2次元都市

空間内の位置「の関数とする.すなわち,

maximize: u- V (Z,q)+W (r)

S.t.: I-T (r)-a+R (r) q

r- (x,y) :住宅の2次元都市空間内の位置ベクトル

U:総効用

26 季刊経済研究 第26巻 第 1号

Ⅴ:非空間的効用成分 (合成財 と住宅の消費量からなる.通常の効用 と同 じ仮定,以

下,「非空間効用」とよぶ)

W:空間的効用成分 (近隣外部性等の効果を表現,以下 「空間効用」 とよぶ)

q:住宅の消費量 (土地面積)

Z:合成財 (住宅以外の全ての財)の消費量 (通常これを基準財 とし価格 1とお く)

∫:総所得

R (r):2次元都市空間内位置 rにおける地代

T (∫) :2次元都市空間内位置 rにおける都心までの通勤交通費

である (図2).

2.Tw変換

このモデルのもとで行われる都市住民の選択の結果を解釈するためには,これまであまり

扱われてこなかった2次元都市空間の表現の仕方を工夫する必要がある.そこでここでは次

のような考え方を用いる.

このモデルでは, 2次元都市空間座標 r- (x, y)(住宅の 2次元都市空間内の位置ベク

トル)の関数として,交通費関数 T (「)と空間効用 Ⅳ (「)の2着がある

r- (x, y) ト (T (r),W (r))

という関係になっている.これは丁度 2変数対 2変数の関係であるので,逆にTおよびWの

2つの値で,2次元都市平面上の位置を指定できるはずである.すなわち,交通費および空

間効用の2つを空間座標 としてとりなおすことを意味する.

r- (x,y) ト (T,W)

以下ではこれを便宜的にTw変換,これによって都市平面内の位置 を指定することをTw

座標系とよぶことにする7).

もっとも代表的な例は,図3のように,

1)交通費関数は都心 を中心 とした同心円的なものである 《交通費関数か らみたコア地域

の存在≫が,しか し,

2)空間効用関数は,あるセクターに効用の高い地域 (高級住宅地など)の塊があ り,空

間効用が,そこを中心 として,都心 とは違 う第2の同心円的構造をもっている ≪空間効用

関数からみたコア地域の存在≫,

とする場合である.以下では,この典型的分布 (図3)に従って考察する.

7)実際には,大域的な一対一関係は成立 しないので,これは局所座標系である.しかし,T等値

線とW等値線の包絡線やW等値線の谷線で区切った小セクター (パッチ)ごとに以下の議論を行

うことにより、有限回のアルゴリズムで計算可能であることはわかるだろう.

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取 り扱いについて

Ⅰ一丁

図2 財空間内の予算線と等総効用線の接点としての均衡解

図3 Tw座櫛系で表現した都市空間構造の典型的な例

(等交通費線と等空間効用線の代表的配置)

27

28

Z

Ⅰ一丁

Ⅰ一丁'

季刊経済研究 第26巻 第 1号

図4 空間効用一定で交通費が増加した場合の財空間内の均衡点の移動

図5 空間効用一定で交通費が増加した場合の都市空間内Tw座標系上の移動

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取 り扱いについて 29

Z

Ⅰ一丁

図6 交通費一定で空間効用が増加した場合の財空間内の均衡点の移動

図7 交通費一定で空間効用が増加した場合の都市空間内Tw座棲系上の移動

30 季刊経済研究 第26巻 第 1号

3.W-一定で, Tが増加する (T- T'>T)場合

空間効用Wが一定で,交通費 Tが増加する (T一 丁'>T)場合 には,均衡は以下のよう

になる. まず図 4のような (Z-q)空間で考える.ここで効用は, Zとqのみに依存する

非空間効用成分のみで表現 した切断面であることに注意する.すなわち,都市内住民が均衡

している状態の共通の効用をUとすると,図4のグラフは,

U-W-V(Z, q)

を表 している.交通費の増額 と共に Z切片が下方に移動するため,均衡点はPか らP'-,

矢印のように右下方にシフ トする.これは一種の代替効果であ り',住宅の消費は増加 し,他

の合成財の消費が減少 し,地代は低下することが導かれる.これを都市空間内で考えたもの

が図 5で,W-一定の等値線に沿って,交通費 Tが増加する場合には,Tか らT'(>T)へ

と,都心から離れる位置へ移動する.ごの場合は交通費の増大効果により地代が低下するの

である.

4.丁-一定で,〝が増加する (〟-〝'>〝)場合

交通費 Tが一定で,空間効用 Wが増加する (W- W'>W)場合には,均衡は以下のよう

になる.まず図6の (Z-q)空間では,空間効用の増加 と共に実質的な非空間効用の-定

借が,

U-W-V(Z, q)

から

UIW'- V (Z,q)

に減少するため,非空間効用 V (Z, q)のみで表現 した無差別曲線 としては,より下方の

曲線に移る.そこで, Z切片 を保 ちながらこれに接する予算線は時計回 りに回転するため,

均衡点はPからP'へ,左下方にシフ トする.これは空間効用による効果であ り,シュワー

ベの法則 により住宅が上級財であることを仮定すると,通常の場合,住宅の消費は減少 し,

地代は上昇することが導かれる.これを都市空間内で考えた ものが図 7で, T-一定の等値

線に沿って,空間効用 Wが増加する場合には,WからW'(>W)- と,高級住宅地域の中核

へ と近づ くことを表 している.この場合は,空間効用の成分の増加が評価 され,地代は上昇

するのである.

Ⅱ.等地代 (地価)曲線

1.Tw変換による,等地代曲線の斗出

我々にもっともはっきりとわかる都市経済の指標は,第 Ⅰ.章第 3節でも述べたように,現

実の地代 (地価)曲線であ り,特にその等値線 (contour:コンター)の様相である.これは

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取 り扱いについて 31

図8 等地代曲線を構成する2方向移動に対応した財空間内の均衡点の移動

図9 都市空間内Tw座標系上の2方向の移動が合成されて等地代曲線が得られる

32 季刊経済研究 第26巻 第1号

図 1のように,現実の地価データで測定され厳密に検証可能なものである.そこで,上記の

2次元的空間効用モデルが有用かどうかを示すためには,現実的な地代 (地価)の特徴 をも

った等値線が導出できるかどうかを調べればよい.

ここでは,前章で導入 したTw変換座標を使って,等地代曲線を導出する方法を示す.

図8は,前章の第3節で示 したT変換,第4節で示 したW変換を連続 しておこなった状態

を, 1つのグラフにまとめたものである.

まず,第 1段階で Tの増加を考える.すなわち,,.Wが一定で, T一 丁'>Tとなる場合,

均衡点は,同じ無差別曲線上を移動 し,P (Z書, q*)からP'(Z*', q*')-右方にシフ

トする.このとき,

R- R'<R

と,地代は低下する.

次に,第2段階で Wの増加を考える.すなわち, Tが一定で,〟- Ⅳ'>Ⅳとなる場合,

非空間効用の一定値が,

U-W-V (Z,q)

から

U-W'- V (Z,q)

に減少するため,より下方の無差別曲線にシフトする.既述のように予算線は時計回 りに回

転するため,均衡点はP'(Z*', q*')からP''(Z*", q*")へPからP''へ左方にシフ

トする.このとき,地代は上昇するが,等地代曲線上では,これが丁度第 1段階の変化 と打

ち消 しあって,

R'-R

と,地代がもとの値に回復するはずである.すなわち,(Z-q)財空間内の変化は,予算線

の並行移動に対応する.これは地代が予算線の傾きであることから従 う結果である.

この時の第 1段階の変化

q*トq*'

と,第2段階の変化

q*'トq*''

は,丁度通常の ミクロ経済学の消費者行動論の基礎 にあるスルツキー分解 (Slutzky

Decomposition)の空間的対応物とみることができる.ただし,ここでは地代 (地価)が一定

なので,

総効果-代替効果 (交通費効果)+空間効用効果

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取り扱いについて

ノ′一 一 一 一一 等空 間効用線

亡:i `‥」=「 、、(W-一定等値 線)ヽ \

/

/

nHu rHu

/

ヽヽ \ヽ \\ ヽ\ ヽ ヽ\ヽi:IiZi::I

一 一 一_一 一

■■■--一一一一

\\\ヽ

J

/ /

/ /

/

等地代曲線

(R-一定等値線)

図10 Tw座席系を利用して得られた等地代曲線

33

となっている.

実際の等地代 (地価)曲線は,図 9のような座標微少要素を積分することによって丁度,

交通費の最高点となる都心 と空間効用の最高点となる高級住宅地の重心を2つの中心とし,

その2つの中心を取 り巻 く楕円的な形状 となり,観察される地代 (地価)のセクター的構造

をうまく説明することができる (図10).

2.等地代 (地価)曲線の方程式の導出

最後に,このような等地代 (地価)曲線の厳密な方程式を導こう.

(1)ラグランジュの制約条件付き最大化問題の形式

一般モデルの式 (6),式 (7)を,ラグランジュの制約条件付 き最大化問題 として定式化

する.

ラグランジアン上は,

L (2, q,r,))=V (Z, q)+W(r)

-,i lz+R (r)q-I+T (r)I

となり,均衡条件は,

∂L/∂Z-0から,∂V/∂2- )-0

(8)

(9)

34 季刊経済研究 第26巻 第 1号

∂L/∂q-0から,∂V/∂q-,]R (r)- 0

∂上/∂「-0から,

(10)

∂W (r)/∂r-メ tq∂R (r)/∂r+∂T (r)/∂rl- 0 (ll)

∂上/∂)-0から,Z+R (r)q-Ⅰ+T̀'(r)- 0

となる.

式 (9)と式 (10)は,良 く知 られた加重限界効用均等法則,

(av/aq)/ (av/az)-R (r)

である.

式 (12)は,予算制約式そのものに他ならない.

式 (ll)は,これに式 (9)を代入 して,

∂W (r)/∂r- (∂V/∂Z)× tq∂R (r)/∂r+∂T (r)/∂rl

よって,

aR (r)/ar-

(1/q)1(∂V/∂Z)・一・1 (∂W (r)/∂r)- (∂T (r)/∂r)i

これが,空間効果の相互連関性を示す方程式である.

ここで,等地代 (地価)・曲線上では,,∂R (r)/∂r-0 とお くと,

aw (r)/ar- (av/az)xaT (r)/ar

(12)

(13)

となる.ここで,∂ ・ /∂rとは, 2次元空間座標による空間微分であるから,勾配演

算子 (gradiant)ナブラ∇を使って,

vw (r)- (av/az)XVT (r)

とも書ける.

(14)

(2)アロンゾ流の付け値地代最大化問題の形式と包絡線定理

ところで,位置座標ベク トルrは,都心からのスカラー距離 rと同じく,最大化問題におい

てはパラメータの一つであるから,それに関する変化は包絡線定理で把握できるはずである.

すなわち,マーシャル流の効用最大化問題を,等価のアロンゾ流の付け値地代最大化問題に

定式化 し直すと,最大化目的関数は地代R (r)となる.

その定式化は, V-V (Z, q)をZについて解いたものを,

Z-Z (q, V)

とすると,

R (r)-m axq [1I-T (r)-Z (q,U-W (r))i/q]

という最大化問題 として表現される.

この [ ]内の最大化目的関数をf (q,r)とすると,均衡解 q*(「)を代入 して,

R (r)-i (q'(r),r)

(15)

都市経済学における空間に依存する効用モデルの一般的取 り扱いについて

包絡線定理から,

∂R (r)/∂r-∂f (q*(r),r)/∂rLq-一定

- (-1/q)‡∂T (r)/∂r- (∂Z/∂V)(∂W (r)/∂r)I

等地代曲線の方程式は,

aR (r)/ar-0

より,

∂T (∫)/∂r- (∂Z/∂Ⅴ)(∂Ⅳ (r)/∂「)-0

これを書き換えると,

(av/az)XV T (r)-Vw (r)

となって式 (14)と一致する.

35

(16)

(17)

この等地代 (地価)曲線の方程式は,一種の補償方程式であ り,交通費 Tが増加 して消費

者からみて便利が悪 くなっても.その分.地域の魅力 Wが高 まれば埋め合わせ られて.同 じ

地代 (地価)でも我慢するという意味をもつ.その際の,交通効果を補償する空間効用効果

の変換比率は,非空間効用成分の合成財に関する限界効用であるということを示 している.

【文献】

奥野正寛 ・鈴村輿太郎 (1985)『モダン ・エコノミックス 1:ミクロ経済学 Ⅰ』岩波書店.

佐々木公明 (2003)帽β市成長管理とゾーニングの経済分析』有斐閣.

八田達夫 (1994)『東京一極集中の経済分析』日本経済新聞社.

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(2003.9.4.受理)