6
1.はじめに においの主観評価は個人ごとに評価が大きくばら つくため、一般に多くのパネルによる評価が必要と される。例えば、建築学会規準 1) では、臭気強度、快・ 不快度測定は 6 名以上による 3 回の評価の合計 18 個以上が必要としており、非容認率の測定は 60 以上による 60 個以上の評価が必要としている。し かし、現実的には多くのパネルを用意することは困 難な場合が多いため、より少数のパネルによる複数 回の実験で得た評価結果で代替できれば、非常に実 用的である。 本報告では、嗅覚測定における必要パネル数に関 して様々な検討を行うために、60 名のパネルに対し てにおいの強さ、快適性、嗜好性、印象、容認性を 回答させる主観評価実験を実施するとともに、その 中の任意に抽出した 6 名のパネルに対して複数日に 同様の実験を計 15 回(3 ×5 日)繰返し、計 90 のデータを得た。本報では、実験結果を基にして、 60 名から得られた 60 個の評価値と 6 名から得られ 60 個の評価値との間の評価の差異について検討、 少人数サンプルにおけるサンプル平均と母平均との 関係に関する考察、サンプルの非容認率の標準偏差 に関する検討を行った結果について報告する。 2. 実験概要 2.1 試料臭気の作成 悪臭防止法の三点比較式フラスコ法では、排水等 をガラス製のフラスコに入れて試料とするが、本実 験ではその簡易法としてミネラルウォーターが封入 されていた PET ボトル ( ポリエチレンテレフタラ ート製 ) をフラスコの代わりに用い、ペットボトル を押すことでヘッドスペースの臭気を押し出し、そ れを嗅ぐという手法で実験を実施した(図 1)。試 官能試験におけるサンプルサイズ ─嗅覚測定におけるパネル数について─ 山中 俊夫 1) ,竹村 明久 2) 1) 大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻,教授,博士(工学) 2) 大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻,博士後期課程,修士(工学) 嗅覚試験で行われる様々な評価項目 ( 臭気強度、快・不快度、非容認率 ) のそれぞれに対して、パネル数 とパネルの属性によって、結果にどのような誤差が含まれるのかについて、種々の実験を行った結果を基に 考察を行った。さらに、パネルが少数しか得られない場合に、どうすれば安全で合理的な結果を引き出すこ とができるのか、という観点から臭気強度と非容認率に関しての検討例を示した。 嗅覚,官能試験,パネル,臭気強度,快・不快度,非容認率 図1 検臭方法 表1 1-butanol 注入量と 濃度条件 図3 タイム スケジュール 図2 実験室平面 アスマン通風乾湿計 (FL+920) おんどとり (FL+700) 開口 (w*h=100*2140) 開口 (w*h=100*2140) 南側窓 北側窓 パネル パネル パネル パネル 入口 オイルパネルヒータ ルームエアコン 2125 (FL+1890) 5829 水中濃度 [ppm] 1‑butanol [ml] 0 0.1 0.001 0.003 0.01 0.03 0 1000 10 30 100 300 1st インストラクション 5 0 7 9 11 13 15 18 2nd 3rd 6th 5th 4th 1st 2nd 3rd 6th 5th 4th 1st 2nd 3rd 6th 5th 4th 20 22 24 26 28 31 33 35 37 39 41 50 (2回目) (3回目) [min] 被験者属性調査 (1回目) 休憩 休憩 料臭気としては、欧州で多く用いられる 1-butanol (n-butanol) を採用した 2) 。試料は PET ボトル内 入れた 蒸留水 100ml に対して 0.0010.0030.010.030.1ml 1-butanol を加えた 5 段階の水中濃度 となる様に調整し、1-butanol を加えない蒸留水のみ 1 条件と合わせて計 6 条件とした(表 1)。

官能試験におけるサンプルサイズ ─嗅覚測定におけ …labo4/www/paper-top.files...習慣等) を回答させた。また、60 名のうちの6 名(20 ~ 22 歳、男子3

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Page 1: 官能試験におけるサンプルサイズ ─嗅覚測定におけ …labo4/www/paper-top.files...習慣等) を回答させた。また、60 名のうちの6 名(20 ~ 22 歳、男子3

1.はじめに

 においの主観評価は個人ごとに評価が大きくばら

つくため、一般に多くのパネルによる評価が必要と

される。例えば、建築学会規準 1) では、臭気強度、快・

不快度測定は 6 名以上による 3 回の評価の合計 18個以上が必要としており、非容認率の測定は 60 名

以上による 60 個以上の評価が必要としている。し

かし、現実的には多くのパネルを用意することは困

難な場合が多いため、より少数のパネルによる複数

回の実験で得た評価結果で代替できれば、非常に実

用的である。

 本報告では、嗅覚測定における必要パネル数に関

して様々な検討を行うために、60 名のパネルに対し

てにおいの強さ、快適性、嗜好性、印象、容認性を

回答させる主観評価実験を実施するとともに、その

中の任意に抽出した 6 名のパネルに対して複数日に

同様の実験を計 15 回(3 回× 5 日)繰返し、計 90 個

のデータを得た。本報では、実験結果を基にして、

60 名から得られた 60 個の評価値と 6 名から得られ

た 60 個の評価値との間の評価の差異について検討、

少人数サンプルにおけるサンプル平均と母平均との

関係に関する考察、サンプルの非容認率の標準偏差

に関する検討を行った結果について報告する。

2.実験概要

2.1 試料臭気の作成

 悪臭防止法の三点比較式フラスコ法では、排水等

をガラス製のフラスコに入れて試料とするが、本実

験ではその簡易法としてミネラルウォーターが封入

されていた PET ボトル ( ポリエチレンテレフタラ

ート製 ) をフラスコの代わりに用い、ペットボトル

を押すことでヘッドスペースの臭気を押し出し、そ

れを嗅ぐという手法で実験を実施した(図 1)。試

官能試験におけるサンプルサイズ

─嗅覚測定におけるパネル数について─

山中 俊夫 1),竹村 明久 2)

1) 大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻,教授,博士(工学)2) 大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻,博士後期課程,修士(工学)

 嗅覚試験で行われる様々な評価項目 ( 臭気強度、快・不快度、非容認率 ) のそれぞれに対して、パネル数

とパネルの属性によって、結果にどのような誤差が含まれるのかについて、種々の実験を行った結果を基に

考察を行った。さらに、パネルが少数しか得られない場合に、どうすれば安全で合理的な結果を引き出すこ

とができるのか、という観点から臭気強度と非容認率に関しての検討例を示した。

嗅覚,官能試験,パネル,臭気強度,快・不快度,非容認率

図 1 検臭方法

表 1 1-butanol 注入量と濃度条件

図 3 タイムスケジュール

図 2 実験室平面

アスマン通風乾湿計(FL+920)

おんどとり(FL+700)

開口(w*h=100*2140)開口

(w*h=100*2140)

南側

北側

パネルパネル パネルパネル

入口

オイルパネルヒータルームエアコン

2125

(FL+1890)

5829

水中濃度[ppm]

1‑butanol[ml]

0

0.1

0.0010.0030.010.03

0

1000

1030100300

1stインストラクション

5

0

79111315

18

2nd3rd

6th5th4th

1st2nd3rd

6th5th4th

1st2nd3rd

6th5th4th

2022242628313335373941

50

(2回目)

(3回目)

[min]

被験者属性調査

(1回目)

休憩

休憩

料臭気としては、欧州で多く用いられる 1-butanol (n-butanol) を採用した 2)。試料は PET ボトル内に入れた蒸留水 100ml に対して 0.001、0.003、0.01、0.03、0.1ml の 1-butanol を加えた 5 段階の水中濃度

となる様に調整し、1-butanol を加えない蒸留水のみ

の 1 条件と合わせて計 6 条件とした(表 1)。

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2.2 主観評価実験

 実験は、2007 年 12 月 16 日~ 2008 年 1 月 17 日にス

テンレスで内装した実験室にて実施した。実験室には

機械換気設備はなく、図 2 中の南北の窓を 100mm ずつ

開けて自然換気を行いながら、実験時は適宜ルームエ

アコンとオイルパネルヒータによる暖房を行った。実

験時の温湿度は、乾球温度が 19.9 ~ 30.0℃の範囲、相

対湿度が 34.3 ~ 98.3% の範囲であった。パネルは本学

学生 (19 ~ 26 歳、男子 28 名、女子 32 名 ) 計 60 名とし、

図 3 に示したスケジュールで 1 日につき各パネル 3 回

の主観評価を行った。試料濃度の提示順は各回ごとに

順不同で行い、パネルには試料の内容に関する情報は

与えていない。

 評価項目は図 4 を用いた。においの強さと快適性に

関しては、大迫 3) の研究成果を基に等間隔性が高いと

考えられる尺度を作成し、嗜好性は同快適性尺度を参

考に作成した。印象については既往の研究 4) により抽

出された 4 因子の代表尺度を使用した。容認性につい

ては、そのにおいがする室内に長時間在室していると

想像した場合の許容の可否として回答させた。

 主観評価実験後にパネルの属性 ( 年齢、性別、喫煙

習慣等 ) を回答させた。また、60 名のうちの 6 名 (20~ 22 歳、男子 3 名、女子 3 名 ) には、上記の実験を異

なる日で計 5 日 ( 計 15 回 ) 実施した。尚、パネルには

適切な報酬を支払った。

3.60 人サンプルと選抜 6名の 10 回サンプルとの比較

3.1 検討用データの選定

 まず、60 名に対して 3 回つづ行った評価のうちの代

表値としての 1 回のデータ、及び 6 名による 15 回行っ

た評価のうち考察に用いる 10 回のデータを選定する。

図 5 に 60 名のパネルに対して 3 回づつ行った結果より、

各回について得られた水中濃度とにおいの強さとの関

係図を示す。横軸は試料 1-butanol の水中濃度、縦軸は

臭気強度を表し、円の面積

で各評価値の度数、プロッ

トで評価の中央値と第一、

第三四分位点を示した。

 図 5 より、3 回の検臭結果

にはほぼ同じ傾向が見られ

ることがわかる。紙面の都

合上図は割愛したが、水中

濃度と印象、快適性、嗜好

性、容認性の関係について

も 3 回の評価に差異はほと

んど見られなかった。故に、

以下の検討では、1 回目の

評価値を用いて検討を行う

こととする。次に 6 名の評

価値については、異なる 5

図 4 評価尺度

無臭

弱い

らくに感知できる

若干強い

強い

強烈な

極端に快かなり快快やや快快でも不快でもない

極端に不快かなり不快不快やや不快

受け入れられない

受け入れられる

このにおいがする室内に長時間在室していると想像したとき、このにおいを受け入れられますか?

極端に好きかなり好き好きやや好き好きでも嫌いでもない

極端に嫌いかなり嫌い嫌いやや嫌い

親しみやすい親しみにくい

生き生きした生気のない

複雑な単純な

温かい冷たい

臭気強度

容認性印象

嗜好性快適性

非常に

非常に

かなり

かなり

やや

やや

どちらでもない

図 5 水中濃度と臭気強度との関係(60 人 3 回検臭の比較)

図 6 水中濃度と臭気強度との関係(6人 10 回検臭の選び方の比較)

102040

検臭1回目 検臭2回目 検臭3回目

第三四分位点

第一四分位点

中央値強烈な

強い若干強い

らくに感知できる弱い無臭

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

臭気強度

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

102040

強烈な強い

若干強いらくに感知できる

弱い無臭

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

1,2回目 2,3回目 1,3回目

第三四分位点

第一四分位点

中央値

臭気強度

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

日間で各日 3 回 ( 計 15 回 ) の実験を行ったうち、日に

よる評価傾向の偏りを避けるため各日より 2 回の評価

値を抽出し、合計して 10 回の評価値を選定した。ここ

で、各日 3 回の実験のうち 2 回を選定するには 1, 2 回目、

2, 3 回目、1, 3 回目を代表値とする 3 通りの方法が考え

られるが、図 6 に示す様に、水中濃度とにおいの強さ

の関係をはじめ、他の項目 ( 図は割愛した ) との関係に

も差異はほとんど見られなかったため、1, 2 回目の評

価値を用いて検討することにする。

3.2 60 名による 1 回評価と 6 名による 10 回評価の評

価傾向の比較

 図 7 に水中濃度とにおいの強さ、快適性、嗜好性、

容認性の関係を示す。図中には 60 名による 1 回の評価

◆と 6 名による 10 回の評価◇について、それぞれの評

価の中央値と第一、第三四分位点を表す。容認性は、

縦軸を「受け入れられない」と回答したパネルの割合

即ち、非容認率で示した。

 水中濃度とにおいの強さとの関係では、6 名による

10 回評価の方が中央値で 0.5 から 1 段階程度低い評価

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となり、水中濃度が低いほどその差は大きい。水中濃

度と快適性及び嗜好性の関係では、6 名による 10 回の

評価の方が、中央値で 0.5 段階以内ではあるが、やや

高い中庸寄りの評価傾向を示している。水中濃度と容

認性の関係では、6 名による 10 回の評価の方が水中濃

度 100ppm 以下の条件でかなり低い非容認率となり大

きな差異が見られる。これらの結果より、6 名のパネ

ルは低濃度域でにおいを弱く感じており、快・不快度

と嗜好度を中庸寄りに、非容認率を低い側に評価して

いると言える。これらの図から見る限り、今回選抜し

た 6 名の 10 回の評価は、60 名 1 回のデータを代表す

るこのとは言い難いことがわかる。

3.3 選抜された 6名の評価傾向の検証

 今回選抜した 6 名のパネルのにおいの強さの傾向に

ついて詳細に検討な検討を試みる。

 まず、60 名のパネルによる 1 回のにおいの強さ評価

評価値の分布を正規分布と仮定するともに、一般的な

20 歳前後の学生を母集団と想定した場合の母平均と母

分散についての推定値を求める。次にその推定値を元

に、母集団から 6 名を抽出する場合の評価の平均値と

分散を予想した ( 表 2)。それを母集団から 6 名を選出

する場合の評価値の平均値と分散の理論値であるとみ

なして、6 名の評価の平均値及び分散と比較すること

により、3.2 節の 6 名の評価の傾向に偏りがあったかに

ついて検討する。

 ここで、6 名選出の場合の標本平均は母平均と同じ

とし、標本分散は下式に従い算出した。

s2=n −1

nσ2

 (s2:標本分散、 s2:母分散)

 得られた理論値と実際の 6 名のデータを比較するこ

とで、6 名の傾向について検討する。図 8 は、水中濃

度とにおいの強さとの関係について、表 2 の理論値と

3.2 節で用いた 6 名の評価の平均値と標準偏差を比較し

たものである。全 15 回の検臭は 1 日 3 回の 5 日間であ

ったことから、図中の " 行 " が 1 日の内での 3 回の評

価を示し、" 列 " が各日の 1 回目から 3 回目までの評価

を示す。平均値を全体について見ると、検臭回数 5 回

以降の水中濃度が低い領域で 6 名の評価の平均値が理

論値よりかなり低くなる傾向が見られる。検臭 15 回目

では、全ての水中濃度で臭気強度評価が理論値を尺度

にして 1 段階程度下回る傾向が見られた。5 日間の評

価の推移 ( 図中 (1) から (5)) を見ると、異なる日に実験

を行ったにも関わらず、日を追うごとに臭気強度評価

が低くなることがわかる。この理由として、実験期間

にパネルが定期的に同じ臭気を検臭することで、パネ

ルがそのにおいに慣れてしまい、回を追うごとに特に

低濃度の臭気に対する感度が鈍化した可能性が考えら

れる。この現象は、長期間の頻繁な暴露に起因する順

応現象(以下「長期順応」と呼ぶことにする。)と考え

られる。このことは、においの主観評価実験について

実験日を改めて実施しても、延べ回数が多くなる場合

には、順応による評価の偏りが生じる可能性を示唆す

る。ただし、1 日目の評価及び、2 日目のでの第 1 回目

図 7 水中濃度と臭気強度,快・不快度,嗜好度、容認性との関係(60 人 3 回検臭と 6人 10 回検臭との比較)

強烈な強い

若干強いらくに感知できる

弱い無臭

100

80

60

40

20

0

[%]

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

極端に快かなり快

快やや快

快でも不快でもない

極端に不快かなり不快

不快やや不快

極端に好きかなり好き

好きやや好き

好きでも嫌いでもない

極端に嫌いかなり嫌い

嫌いやや嫌い

第三四分位点

第一四分位点

中央値

660* 1

*10::

660* 1

*10::

660* 1

*10::

660* 1

*10::非

容認率

臭気強度

嗜好度

快・不快度

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

表 2 母集団から 6名を選出する場合の臭気強度評価の平均値とばらつき(理論値)

10 2.87 0.58 0.7630 2.95 0.89 0.94

100 3.55 0.46 0.68300 3.85 0.98 0.99

1000 4.45 0.80 0.90

水中濃度[ppm] 標準偏差標本分散標本平均

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の評価は比較的理論値に近いことから、1 日限りの 3回程度までの繰返し検臭、及び 1 回のみの 3 日目まで

の検臭であれば、長期順応による影響は大きくないと

も言えよう。

 また、いずれの日でも 2 回目以降の評価は 1 回目の

評価に比べて低いことがわかる。本実験では濃度の異

なる試料の検臭間隔を 2 分、6 種類の水中濃度の検臭(1回分の実験)の後の休憩を 3 分としたが、この間隔で

同一の臭気について今回の濃度程度の検臭を繰り返し

たことで、嗅覚疲労が起きた可能性が考えられる。

 一方で、検臭 1 日目・1回目の検臭でも、もともと

低濃度域の評価がやや低い傾向は見られることより、

この 6 名のパネルの低濃度域での感度がやや低かった

可能性も否定できない。

 また、標準偏差については、やや大小は見られるも

のの概ね一致している。

4.少人数サンプルにおける平均値と母平均との関係

 3 章での検討により、60 名から 6 名を選んで 10 回の

検臭を行う場合、その 6 名の反応特性の代表性に関す

図 8 理論値と 6名のパネル評価との比較

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

強烈な

強い

若干強い

らくに感知できる

弱い

無臭

臭気強度

強烈な

強い

若干強い

らくに感知できる

弱い

無臭

臭気強度

強烈な

強い

若干強い

らくに感知できる

弱い

無臭

臭気強度

強烈な

強い

若干強い

らくに感知できる

弱い

無臭

臭気強度

強烈な

強い

若干強い

らくに感知できる

弱い

無臭

臭気強度

1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]1 10 102 103 104

水中濃度 [ppm]

(1)1日目

(2)2日目

(3)3日目

(4)4日目

(5)5日目

検臭1回目 検臭2回目 検臭3回目

検臭4回目 検臭5回目 検臭6回目

検臭7回目 検臭8回目 検臭9回目

検臭10回目 検臭11回目 検臭12回目

検臭13回目 検臭14回目 検臭15回目

理論値

S.D.

実験値S.D.

:理論値

:6名による実験値

る問題と、長期検臭による嗅覚の長期順応、連続検臭

による嗅覚疲労の問題があることが明らかになった。

嗅覚の長期順応や疲労の問題については、今後検討を

行うこととして、ここでは、少人数サンプルの場合の

平均値と母平均との関係について、実験データを基に

検討を行うこととする。

 表 2 に示した様に、臭気強度の評価値の標準偏差は

試料の水中濃度によって同一ではない。これを各水中

濃度の臭気強度の度数分布で示したものが図 9 である。

水中濃度 30, 300ppm での標準偏差が他の濃度より大き

くなっていることがわかる。これはもともとの 60 名の

データのばらつきの違いに依存するものである。

 60 名の第 1 回のデータから、1 名〜 10 名のデータを

抽出する場合の全抽出の組み合わせに対して、平均値

を算出し、その標準偏差を求めた結果を図 10 に示す。

 いま、同様にしてサンプル人数とサンプル平均の標

準偏差との関係を求めたものを図 11 に示す。図中には、

60 名のデータから、母集団の平均値と母分散 s を推定

し、それをもとにサンプル平均の標準偏差を算出し、

サンプル平均の標準偏差を求めた結果も併記している。

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この場合、サンプル平均の分散 sas は次式で求めた。

σ

as=

N

Nσ =

σ

N (N:サンプル数)

 図 11 より、いずれの水中濃度においても、サンプル

図 9 6 名のパネルによる臭気強度の平均の度数分布

◆:1名◇:2名▲:3名△:4名■:5名□:6名×:10名

凡例

10 102 103

水中濃度[ppm]

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

平均値の標準偏差

図 10 水中濃度と臭気強度の標本平均の標準偏差との関係

図 11 サンプル人数と臭気強度の標本平均の標準偏差の関係

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

平均値の標

準偏

0抽出人数[人]

2 4 6 8 10

◆:10  [ppm]◇:30  [ppm]▲:100 [ppm]△:300 [ppm]□:1000[ppm]

60名データから得られた値

単位:

水中濃度

1000 [ppm]

300 [ppm]

100 [ppm]

30 [ppm]

10 [ppm]

母集団の推定値から算出した場合

図 12 水中濃度と臭気強度の信頼区間

数が大きくなるほど、サンプル平均の標準偏差はサン

プル数の平方根に反比例して小さくなることがわかる。

プロットは 60 名のデータから抽出したものであるの

で、理論値よりもやや小さい値となっていることがわ

かる。

 ここで求めた理論値を基に、水中濃度と臭気濃度し

の関係において、信頼度 95% の信頼区間を併記したも

のが図 12 であり、その値の一覧を表 3 に示す。

 図 12 及び表 3 から、パネル数が 6 名であれば、臭気

強度については、信頼区間は尺度で± 1 段階程度以下で

あることがわかる。つまり、例えば臭気強度の基準が

ある尺度値に設定されている場合、パネル数が 6 名で

あれば、一段階以上低い結果が得られていれば、95%の確率で基準値を満足していると言うことができる。

 一方、非容認率については、60 人の 1 回目の非容認

率と母集団の非容認率が等しいと推定した上で、各抽

出パネル数における非容認率の確率分布を求め、その

標準偏差を算出した。図 13 は、パネル数と、非容認率

の標準偏差との関係を示したものであるが、パネル数

が 10 人程度で、およそ 10 〜 15% の非容認率の標準偏

表 3 臭気強度の 95% 信頼区間幅の 1/2

1.63 1.15 0.94 0.82 0.73 0.67 0.522.02 1.43 1.17 1.01 0.90 0.83 0.641.46 1.03 0.84 0.73 0.65 0.60 0.462.13 1.51 1.23 1.06 0.95 0.87 0.671.92 1.36 1.11 0.96 0.86 0.79 0.61

[ppm]

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差が生まれることがわかる。パネル数が 60 名の場合に

は、その標準偏差は 5 〜 7% となる。この様に、非容

認率に対しても、サンプル数の影響を考慮することが

重要であることがわかる。

4. おわりに

 60 名のパネルの主観評価を元に、6 名のパネルによ

る 10 回の評価との評価傾向の差異について検討した結

果、低濃度域で両者の差異が大きいことがわかった。

これより、60 名のパネルによる評価から母集団の評価

を理論値として算出し、選抜した 6 名の評価の一般性

を確認した。その結果、今回選抜した 6 名のパネル群

が低濃度域に関して感度が低いパネルであった可能性

と、同一パネルに対する複数日の検臭によりパネルが

臭気に対して順応し、低濃度域の臭気に対する感度が

鈍化した可能性と、複数回の検臭による嗅覚疲労の可

能性が示唆された。

 また、臭気強度を対象として、パネル数とサンプル

平均の標準偏差との関係について、正規分布を仮定し

た理論的検討を行い、小数サンプルおいては、平均値

のばらつきが大きいので十分な安全率が必要であるこ

とを示した。また非容認率についてもサンプル数と非

容認率の標準偏差の関係を示し、予想される誤差につ

いて検討を行った。

参考文献

1) 室内の臭気に関する対策・維持管理規準・同解説,日本建築学会

環境基準 AIJES-A003-2005,20052) 例えば Piggot et al:RATIO SCALES AND CATEGORY SCAL-ES

OF ODOUR INTENSITY, Chemical Senses and Flavor 1, pp.307-316, 1975

3) 大迫政浩:嗅感覚のモデル化にもとづく環境臭気の評価に関する

基礎的研究,京都大学博士論文,19914) 冨田武志,山中俊夫,甲谷寿史,松尾真臣:建築材料から発生す

るにおいの主観評価(その 4)においの印象及び評価項目間の関係,

日本建築学会大会学術講演梗概集 D-2,pp.959-960,2001.9

図 12 サンプル人数と非容認率の標準偏差の関係