9
43 I. はじめに 内視鏡的硬化療法endoscopic injection sclerotherapyEISや内視鏡的静脈瘤結紮術endoscopic variceal ligationEVLの手技の習得は食道静脈瘤の緊急出血 例に対する止血救命のみならず再出血防止対策あ るいは出血再発予防として重要である現在簡便な手 技である EVL を第 1 選択とする施設が多いがEVL 後の 高率な再発に悩まされていることも事実でありEVL の再発防止のための様々な工夫がなされている再発の 少ない安全な EIS の手技を習得するための教育システム の構築が必要かもしれない本稿では安全かつ効果的 な内視鏡治療の手技を中心に述べるII. 安全性と有効性を考慮した治療戦略 食道静脈瘤は門脈血行動態からみると氷山の一角に 過ぎない食道静脈瘤の背景にある病態や門脈血行動態 を十分に把握することが静脈瘤治療を安全かつ効果的 に施行するうえで重要である患者の病態からみた治療戦略1患者の病態としては基礎疾患の病態や併存疾患の重 症度の把握である基礎疾患が肝硬変の場合は高度肝 障害Child C T.bil. 4 mg dl 以上の有無と肝細胞癌 HCCの浸潤範囲特に Vp 3, 4 の有無が重要である高度肝障害があれば EVL で対処することで安全性が得ら れる高度肝障害例に対する EIS は肝不全の誘因となる ので禁忌とされている 1Vp 3, 4 を有する HCC 例の場合出血例なら EVL で出血点を結紮して止血を図ることで対 処できるが予防的治療の有用性についてはコンセンサ スが得られていないまた全身状態として低アルブ ミン血症 T.bil. 2.5 g dl 以下), 血小板減少症 2 万以下), 全身の出血傾向DIC),大量の腹水貯留高度脳症度腎機能障害心不全などは内視鏡治療の禁忌であるそこでアルブミンや血小板数の補正を行い腹水のコ ントロールをしたうえで内視鏡治療を行うことで安全な 静脈瘤治療を達成できる門脈血行動態からみた治療戦略 門脈血行動態の把握には超音波内視鏡検査EUS他に MDCT による 3 次元構築3D-CTが有用である食道静脈瘤の血行動態を考慮した治療手技によって果的な治療を達成できる1超音波内視鏡EUSEUS は食道胃壁内外の血行路を非観血的に把握する 手段として有用である静脈瘤は 20 MHz 細径超音波プ ローブultrasonic microprobeUMPによる観察で粘 膜下層に無低エコー管腔像として描出される食道静 脈瘤はしばしば貫通血管perforating veinを介して壁 在傍食道静脈peri-esophageal veinsPeri-vや並走傍食 道静脈para-esophageal veins Para-vと交通している 22).中部食道では静脈瘤の排出路として奇静脈が観 日門亢会誌 2011; 17: 43 51 食道静脈瘤に対する内視鏡治療(EIS EVL小原 勝敏 1 内視鏡的硬化療法(endoscopic injection sclerotherapyEIS)や内視鏡的静脈瘤結紮術(endoscopic variceal ligationEVL)の手技の習得は,食道静脈瘤の緊急出血例に対する止血(救命)のみならず, 再出血防止あるいは出血再発予防対策として必要不可欠である.とくに,再発の少ない安全な EIS 手技は熟練を要するが,十分に習得しておくことが大切である.また,内視鏡治療によって起こりう る合併症とそれらの防止策の知識が必要であり,安全かつ効果的な内視鏡治療を達成するには,患者 の病態,とくに基礎疾患の病態や併存病変の重症度の把握と超音波内視鏡や 3D-CT による門脈血行動 態の把握が不可欠であり,それぞれの状況に応じた最良の治療法を選択できる. KEY WORDS: esophageal varices, endoscopic injection sclerotherapy (EIS), endoscopic variceal ligation (EVL), portal hemodynamics Obara K 1 : EIS EVL: Endoscopic injection sclerotherapy and endoscopic variceal ligation for esophageal varices. JJPH 2011; 17: 43 51 1 福島県立医科大学附属病院内視鏡診療部960-1295 福島県福島 市光が丘 11 Department of Endoscopy, Fukushima Medical University Hospital, 1 Hikarigaoka, Fukushima-shi, Fukushima, 960-1295 Japan 本論文は17 回日本門脈圧亢進症学会総会富山 2010にお ける教育セミナーの講演内容を再編集し執筆した2010 11 9 日受付2010 11 25 日受理総  説

食道静脈瘤に対する内視鏡治療(EIS EVL - JST

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Page 1: 食道静脈瘤に対する内視鏡治療(EIS EVL - JST

日門亢会誌 2011; 17: 43─51 43

I. はじめに

 内視鏡的硬化療法(endoscopic injection sclerotherapy:EIS)や内視鏡的静脈瘤結紮術(endoscopic variceal

ligation:EVL)の手技の習得は,食道静脈瘤の緊急出血例に対する止血(救命)のみならず,再出血防止対策あるいは出血再発予防として重要である.現在,簡便な手技である EVLを第 1選択とする施設が多いが,EVL後の高率な再発に悩まされていることも事実であり,EVL後の再発防止のための様々な工夫がなされている.再発の少ない安全な EISの手技を習得するための教育システムの構築が必要かもしれない.本稿では,安全かつ効果的な内視鏡治療の手技を中心に述べる.

II. 安全性と有効性を考慮した治療戦略

 食道静脈瘤は門脈血行動態からみると,氷山の一角に過ぎない.食道静脈瘤の背景にある病態や門脈血行動態を十分に把握することが,静脈瘤治療を安全かつ効果的に施行するうえで重要である. 患者の病態からみた治療戦略(図 1) 患者の病態としては,基礎疾患の病態や併存疾患の重症度の把握である.基礎疾患が肝硬変の場合は,高度肝

障害(Child Cで T.bil. 4 mg/dl以上)の有無と肝細胞癌(HCC)の浸潤範囲,特に Vp 3, 4の有無が重要である.高度肝障害があれば EVLで対処することで安全性が得られる.高度肝障害例に対する EISは肝不全の誘因となるので禁忌とされている 1).Vp 3, 4を有するHCC例の場合,出血例なら EVLで出血点を結紮して止血を図ることで対処できるが,予防的治療の有用性についてはコンセンサスが得られていない.また,全身状態として,低アルブミン血症(T.bil. 2.5 g/dl以下),血小板減少症(2万以下),全身の出血傾向(DIC),大量の腹水貯留,高度脳症,高度腎機能障害,心不全などは内視鏡治療の禁忌である.そこで,アルブミンや血小板数の補正を行い,腹水のコントロールをしたうえで内視鏡治療を行うことで安全な静脈瘤治療を達成できる. 門脈血行動態からみた治療戦略 門脈血行動態の把握には超音波内視鏡検査(EUS)の他にMDCTによる 3次元構築(3D-CT)が有用である.食道静脈瘤の血行動態を考慮した治療手技によって,効果的な治療を達成できる. 1)超音波内視鏡(EUS) EUSは食道・胃壁内外の血行路を非観血的に把握する手段として有用である.静脈瘤は 20 MHz細径超音波プローブ(ultrasonic microprobe:UMP)による観察で粘膜下層に無~低エコー管腔像として描出される.食道静脈瘤はしばしば貫通血管(perforating vein)を介して壁在傍食道静脈(peri-esophageal veins:Peri-v)や並走傍食道静脈(para-esophageal veins:Para-v)と交通している 2)

(図 2).中部食道では静脈瘤の排出路として奇静脈が観

日門亢会誌 2011; 17: 43─51

食道静脈瘤に対する内視鏡治療(EIS/EVL)

小原 勝敏 1

内視鏡的硬化療法(endoscopic injection sclerotherapy:EIS)や内視鏡的静脈瘤結紮術(endoscopic variceal ligation:EVL)の手技の習得は,食道静脈瘤の緊急出血例に対する止血(救命)のみならず,再出血防止あるいは出血再発予防対策として必要不可欠である.とくに,再発の少ない安全な EISの手技は熟練を要するが,十分に習得しておくことが大切である.また,内視鏡治療によって起こりうる合併症とそれらの防止策の知識が必要であり,安全かつ効果的な内視鏡治療を達成するには,患者の病態,とくに基礎疾患の病態や併存病変の重症度の把握と超音波内視鏡や 3D-CTによる門脈血行動態の把握が不可欠であり,それぞれの状況に応じた最良の治療法を選択できる.KEY WORDS: esophageal varices, endoscopic injection sclerotherapy (EIS), endoscopic variceal ligation (EVL), portal hemodynamics

Obara K1: EIS/EVL: Endoscopic injection sclerotherapy and endoscopic variceal ligation for esophageal varices. JJPH 2011; 17: 43─51

1 福島県立医科大学附属病院内視鏡診療部(〒 960-1295 福島県福島市光が丘 1)

1 Department of Endoscopy, Fukushima Medical University Hospital, 1 Hikarigaoka, Fukushima-shi, Fukushima, 960-1295 Japan 本論文は,第 17回日本門脈圧亢進症学会総会,富山 (2010) における教育セミナーの講演内容を再編集し執筆した.(2010年 11月 9日受付,2010年 11月 25日受理)

総  説

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日門亢会誌 2011; 17: 43─5144

察される. 2)MDCT(3D-CT) EUS同様に門脈血行動態を把握するうえで重要な検査である.MDCTによる三次元構築(3D-CT)は食道・胃

静脈瘤の供血路や副血行路の発達程度を把握するために有用であり,腹部血管造影検査に取って代わる検査法である(図 3).

図 1 患者の病態からみた食道静脈瘤の治療戦略

Child C, T.bil. 4mg/dlVp3,4)

図 2 EUSと 3D-CTによる門脈血行動態の検索方法

EUSによる食道・胃壁内外の血行路を把握

3D-CTによる門脈血行路を把握

以上)肝細胞癌

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図 3 食道静脈瘤症例の 3D-CTと静脈瘤造影所見の対比.61歳の男性,アルコール性肝硬変合併食道静脈瘤の患者.治療前の 3D-CT(A)では,供血路が左胃静脈であり,治療時の静脈瘤造影(B)では 3D-CTと同様の供血路や食道静脈瘤像が得られた.治療前の 3D-CTによって,適切な治療範囲を推測できた.

A B

III. 安全かつ効果的な治療手技

 出血時の緊急治療 全身管理下の緊急内視鏡が有用であり,タイミングを逃さず可及的に行う.その際,誤嚥防止やスコープの交

換を容易にするためにオーバーチューブを併用し,出血点を圧迫止血するために 6 cm装着バルーンをスコープ先端に装着しておく.愛護的にスコープを挿入し,出血源を検索する.出血点を確認したら,6 cm装着バルーンで2~ 3分間圧迫し一時止血を図る.出血が弱まった時点

図 4 出血例に対する標準的な治療手技.全身管理下の緊急内視鏡で出血点を確認したら(A),装着バルーンで 2~ 3分圧迫止血し,出血が弱まったところで出血点を Oリング 1個で結紮(EVL) し (B),全身状態不良でなければ,引き続き X線透視下に結紮部の肛側を穿刺し 5%

ethanolamine oleate (EO) を用いた血管内注入法 (EO法) (C)を施行し,供血路をも閉塞し完全止血を図る.高度肝障害がある場合は,EVLを選択する (D).

O 5 EO

EVL (-) EIS (+) EVL

EVL

Child C, T.bil.4mg/dl

B C DA

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でスコープを一度抜去し,スコープに EVL用デバイスとOリングを装着して, 出血点を結紮する.結紮後, 他部位からの出血がないかを確認する.呼吸・循環動態が安定していれば X線透視下に EISを行う (図 4).ただし, 緊急血液検査で高度肝障害例なら,引き続き EVLで対処する. 治療する静脈瘤を 7時の方向に移動させ,6 cm装着バルーンで血行遮断し,食道胃接合部近傍で鋭角に穿刺する.穿刺針は静脈瘤径に応じて 20, 23, 25Gのいずれかを選択する.穿刺後に造影剤添加硬化剤(5% ethanolamine

oleate:EO)の入ったシリンジの陰圧をかけながら血液逆流を確認後,EOを供血路の起始部まで注入する(EO

法).ここで大切なことは穿刺針の瘤内保持であり,術者は内視鏡モニターから目を離さず,食道の動きが大きい場合はその動きに合わせて穿刺針を同じ方向に最小限の範囲で動かし穿刺状態を保持する.第 1助手は EO注入に専念し,第 2助手はスコープを口元で固定しながら患者を観察する.EO注入時の X線モニターの観察は第3助手が行い,EOがどこまで注入されたかを声に出して知らせ,供血路起始部に注入された時点で注入停止を伝える.術者はすぐに抜針せずに 1~ 2分間待ってから再度 EOを注入する(時間差注入法).他の静脈瘤も同様にEO法を行うが,EO総注入量は 0.4 ml/kg以内とする.多量の EO注入は重大合併症(心原性ショック,腎不全など)の原因となる.ただし,適量でも低アルブミン血症(2.5 g/dl以下)では EOの不活化(EOと Albが結合)

が低下し溶血が起こりやすくなる.この対策として術前の Albの補充とハプトグロビンの投与を行う. 待機治療(EO・AS併用法) 初回治療では,可能な限り EOの血管内注入(EO法)を繰り返し,食道静脈瘤および供血路を血栓化させる.血管内注入が困難になったら 1% Aethoxysklerol(AS)の血管外注入(AS法)で残存細血管(再発予備血管群)や血栓化静脈瘤の完全消失を図る(図 5). 1)静脈瘤造影下硬化療法(EVIS:EO法) EVIS(endoscopic varicealography during injection

sclerotherapy)とは,10% EOと造影剤を等量混合した 5%EOを X線透視下に食道静脈瘤内から供血路まで注入する手技であり,安全かつ効果的な EO量を注入できる唯一の方法である.EVISでは食道壁外シャントや門脈へのEOの流入をチェックでき,重大合併症(腎不全,心原性ショック,肝不全,門脈血栓など)を未然に防止できる. EO法のコツを以下に述べる.治療する静脈瘤は 7時の方向で穿刺すると鋭角に刺入でき,針の固定性もよいので血管外に漏れにくい.静脈瘤に穿刺後,血液逆流を確かめ EOを注入する.EOは X線透視下に確認しながら供血路の起始部まで注入する.EOが門脈に流れないようにすれば門脈血栓の合併を防止できる.EO注入後はすぐに抜針せずに 1~ 2分待ってから EOを再注入すると,初めに造影された供血路とは別の供血路 (後胃,短胃静脈,噴門静脈叢,壁在傍食道静脈など) が造影されたり,Peri-vの造影がみられる (時間差注入法) (図 6) 3).これ

図 5 EO・AS 併用法および地固め法

EO AS APC

EO APC

EO AS

EO AS

併用法および

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日門亢会誌 2011; 17: 43─51 47

らの血管は再発時の供血路となるので,初回治療時にすべて閉塞することが再発防止上きわめて有用となる 4).また,EOの総注入量は 0.4 ml/dl以内とするが,EOが注入途中で漏れた場合は直ちに中止し,穿刺針を抜去する.針穴出血が多量であれば装着バルーンで止血後,再度治療を試みる.すべての静脈瘤を治療後,トロンビン2万単位を散布して終了する.1週後に前回治療した静脈瘤を再度穿刺し,逆流があれば,すなわち不完全な血栓形成なら EOの追加治療を行う.逆流がなければ,完全閉塞性血栓ができたと判定できる(試験穿刺法).血栓形成の程度を客観的に判定するには UMPが有用である.無エコー管腔像を呈する静脈瘤は血栓形成によって高エコー実質像に変化する.少しでも無エコー管腔像が残存していれば,不完全治療と判定できる.なお,EO法に対して治療難治性を呈する食道静脈瘤は巨木型食道静脈瘤と大きな食道壁外シャントを有する食道静脈瘤の場合である. (1)巨木型食道静脈瘤 巨木型は食道静脈瘤全体の約 2~ 4%にみられ,すだれ様血管(柵状血管)を介さずに左胃静脈から直接食道静脈瘤へ流入するので血流が速く血液量が多く,高頻度に食道壁外シャントを合併することが難治の要因になっている.治療は,6 cm装着バルーンで確実に血行遮断し,造影剤による静脈瘤造影でシャントの存在と血流量の程度を確認する.造影良好で左胃静脈まで造影できれば EO

を供血路まで注入し,時間差注入法で同様に治療する.

一方,造影不良でシャントを伴う場合は,次の項を参照されたい.巨木型の場合は 1回の EO法では治療困難なことが多く,完全閉塞させるためには 1週後に EO法を追加することが多い. (2)食道壁外シャント例 EO法の注意点は,EOが供血路に注入されず食道壁外シャントを介して肺や心臓あるいは全身に流出する場合であり,危険なシャント(門脈・肺静脈シャント(PPVA),下大静脈(IVC))(図 7)の存在を考え,直ちに EO注入を止める.EOが PPVAから肺静脈に流れるとショックや肺塞栓,IVCへの流出ではHb尿や腎不全の危険性がある.造影剤だけでシャント造影を行い,造影不良なら無水エタノール(ET)0.5~ 1 mlを間欠的に投与(総量 3 ml以内)し,1~ 2分間待って再度造影してみる(ET法).それでシャントが閉塞し供血路が造影されてくれば,EOを供血路に注入する(図 8).もし,供血路が造影されなければ,その静脈瘤は1週後の治療とし,抜針後出血は6 cmバルーンで 2~ 3分間圧迫し止血する.止血後は他の静脈瘤をEO法で治療しておく.1週後の ET法が無効な場合は,シャント血管を UMPで確認後,貫通血管部を Oリングで結紮して閉塞する.その後結紮部肛側の静脈瘤を穿刺しEOで供血路を閉塞する(選択的EVL・EO併用法)(図 9,図 10).危険なシャントを治療前に把握するには UMPが有用である.UMPで貫通血管径が 3 mm以下なら EOが,3~ 5 mmなら ETが効果的である.5 mm以上では ET

でも限界であり選択的 EVL・EO併用法が有用となる.

図 6 EO法の効果的な手技(時間差注入法).A:LsF2CbRC1の食道静脈瘤である.B:治療する静脈瘤を下部食道で 7時の方向から穿刺する.C:X線透視下に EOを供血路まで注入する.D:供血路の一部が造影されたら,そのままで 1~ 2分待って,再度 EOを注入すると,主な供血路(左胃静脈)以外の供血路や壁在傍食道静脈(Peri-V:矢印)が描出される.

A

B

C D

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 EO法のもう一つの注意点は門脈への EO流入を避けることである.門脈に多量の EOが流れると門脈血栓や肝不全の危険性がある. 2)1% ASの血管外注入法(AS法) EO法ですべての静脈瘤が完全閉塞性血栓となった時点で AS法を施行する.ASは血栓化した静脈瘤内や残存細

血管周囲の粘膜内に 1~ 2 mlずつ注入し静脈瘤の脱落と線維化を期待する(AS総量 20 ml以内).なお,ASは粘膜下層に注入すると拡散してしまい効果が得られず,筋層への注入は炎症が食道外膜に波及し縦隔洞炎や胸水貯留,あるいは食道穿孔の危険がある.以上のような EO・AS併用法 5)によって供血路の完全閉塞と食道静脈瘤の

図 8 食道壁外シャント症例の治療手技.食道静脈瘤を穿刺し,造影剤添加 5% ethanolamine oleate(EO)を注入したところ,EUSで予想したように EOはシャントへ流れたため直ちに中止し(A),無水エタノール 1 mlを注入した.そのままの状態で約 2分間程待ってから再度造影剤のみを注入した.その結果,供血路が描出されてきたので,直ちに EOに変えて供血路(後胃と短胃静脈)に EO 20 mlを注入した(B).

4.2mm

A B

シャントへ流出

(シャント径 4.2 mm)

図 7 危険な食道壁外シャント症例の造影所見.PPVAへの EO流出はショックや肺塞栓の危険性があり,下大静脈への EO流出はヘモグロビン尿や腎不全の危険性がある.

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図 9 巨大シャント例に対する 選択的 EVL・EO 併用法.A:貫通血管径 5 mm以上の場合,硬化剤がシャント血管に流出し,供血路へ硬化剤を注入することができない.B:20 MHz細径プローブの観察で貫通血管を確認して,近傍の静脈瘤のないところに点墨しておく.それを目印に貫通血管部を Oリングで結紮する(選択的 EVL).C:結紮部の肛側を穿刺し,硬化剤(EO)を供血路に十分注入する.

A B C

図 10 食道壁外シャント症例に対する選択的静脈瘤結紮術併用硬化療法.巨大な食道壁外シャント (貫通血管径 6.5 mm) (A, F) のために食道静脈瘤はまったく描出されず, 無水エタノール 1 mlを間欠的に注入(総量 2 ml) したが無効であった(G).そこで,貫通血管部位を EUSで確認後,同部を内視鏡で同定できるように点墨した (B).点墨を目安に貫通血管をOリングで結紮し (C, D),シャントへの血流を遮断したうえで EOを供血路(左胃静脈)の起始部まで注入し終了した(E, H).

F

G H

A B C D E

シャントへ流出

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完全消失を達成でき,再出血防止効果が得られる. 3)地固め法(図 5) 再出血させない手技として地固め法 6, 7)が有用である.本法は EO・AS併用法で食道静脈瘤が消失した時期に食道胃接合部から口側 5 cmの範囲を全周性にアルゴンプラ

ズマ凝固法(A PC)で焼灼し全周性潰瘍を形成させる(高周波出力 40 W, アルゴン流量 1.0 l/分).そのコツは下部食道全周を隙間なく白焼き状態にすることであり,不十分な地固め, すなわち散在性の A PC照射では地固め効果が得られない.全周性潰瘍の治癒により, 粘膜~粘膜下層

図 12 EVL・AS併用法および EVL・地固め法の手技

O EVL1 AS 1-2ml APC

EVL AS APC EVL

食道胃接合部から Oリングを可能な限り,密に掛ける

EVL後の潰瘍間の粘膜内に 1% ASを 1~ 2 mlずつ注入する

下部食道に形成された潰瘍以外の粘膜を APCで全周性に焼灼する

全周性潰瘍の治癒とともに厚い線維組織で置換される.しかし,供血路は残存する

AS法 APC法EVL

EVL・AS併用法 EVL・地固め法

EVL・地固め法完成

図 11 EO・AS併用法および APC地固め法の手技.A:EO法施行中で EO注入部以外の静脈瘤も色調がブロンズ色に変化している.B:AS法施行中で EO法後の血栓化静脈瘤内や細血管周囲に ASを 2 mlずつ注入した.C:AS法後の潰瘍形成.D, E:AS法後の潰瘍間の粘膜に APCを全周性に焼灼した.F:1カ月後の内視鏡所見では食道静脈瘤は完全消失している.G:EUSでは粘膜~粘膜下層が無構造になり肥厚している.

A B C

D E F G

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は密な線維組織で置換され, 静脈瘤の発生母地は消失することで再発防止効果が得られる.地固め効果の評価にUMP が有用であり,食道壁内の管腔像消失と全周性の均一な壁肥厚 (5~ 6 mm) があれば効果的である (図 11). 予防治療(EO・AS併用法) 静脈瘤出血は様々な要因によって起こる.出血危険因子としては臨床所見や門脈血行動態の変化が重要であるが,客観的な出血予知としては内視鏡所見が最も重要である. 臨床所見では,肝障害の進展,エンドトキシン血症,腹水貯留,門脈本幹腫瘍塞栓,肝動脈─門脈シャント,外的要因(飲酒, NSAIDs服用)などが静脈瘤出血の誘因となる.門脈血行動態の変化としては,12 mmHg以上の門脈圧で静脈瘤出血がみられるが 8),門脈圧と食道静脈瘤の程度との相関性はなく,門脈圧は必ずしも食道静脈瘤圧を反映しているとは限らない.同じ門脈圧でも静脈瘤圧や静脈瘤壁の張力は出血例で高いことから 9),食道静脈瘤の内圧が高く,径が大きく,壁が薄いことが出血のリスクになる.食道静脈瘤の内圧が低い症例では大きな門脈─大循環短絡路(腎静脈系短絡路など)を有することが多い. 内視鏡所見からみた食道静脈瘤の最も重要な risky sign

は発赤所見 (red color sign:RC sign) であり, これらの出血率は 70%以上と高率である 10).また, RC signがなくても緊満した青色静脈瘤 (Cb) は有意に出血率が高く 11),形態別では F3静脈瘤が F1-2静脈瘤に比べて出血率が高い.食道・胃静脈瘤内視鏡治療ガイドライン 1)では,F2, F3

の大きな静脈瘤,または F因子に関係なく RC sign陽性の静脈瘤を治療適応としている. 出血のリスクの高い静脈瘤に対しては,積極的に予防的 EISを行う.治療手技は出血・待機治療に準ずる.出血例と異なり,患者の病態や門脈血行動態を十分に把握して行えるので,より安全な EISを達成できる. EVLの適応と手技 EVLの長所は硬化剤による合併症がなく,手技が簡便で入院期間が短いことである.従って,EIS禁忌例にはよい適応となる.しかし,EVL単独では治療後の短期再発が高率にみられる.この再発を防ぐために EIS(AS法)との併用が行われているが,この方法では供血路を閉塞できないために,再発率は EO・AS併用法に比べ高い.

EVL・EIS(AS)併用法に APC地固め法を加えると再発率は低下するが(図 12),それでも EO・AS併用法の成績より劣っている.また,供血路閉塞を考慮した手技としてEIS・EVL同時併用法(EISL)12)が行われている.現在,EVLの普及は目覚ましく,EVLを第 1選択としている施設が多いが,長期予後や患者の QOLの観点から EVLの適応を見直すべきである.

IV. お わ り に

 食道静脈瘤に対する標準的な治療法とは,患者の病態と門脈血行動態に応じた,安全でかつ再発がなく,患者の QOLを考慮した治療である.

文   献

1) 小原勝敏,豊永 純,國分茂博:食道・胃静脈瘤内視鏡治療ガイドライン.消化器内視鏡ガイドライン第 3版,日本消化器内視鏡学会監修,医学書院,東京,2006,215 ─233

2) 日本門脈圧亢進症学会編:門脈圧取扱い規約.改訂第 2版,金原出版,東京,2004

3) 小原勝敏:食道静脈瘤.消臨 1999; 2: 573─585 4) 小原勝敏,引地拓人,高木忠之,他:内視鏡的硬化療法(EIS)

─ EO・AS併用法─.消臨 2006; 9: 382─388 5) 小原勝敏:胃・食道静脈瘤の治療法─硬化療法─.

Mebio 2002; 19: 8─15 6) 小原勝敏,大平弘正,坂本弘明,他:食道・胃静脈瘤に

対する EO・AS併用法の新しい工夫─ AS地固め法─.Gastroenterol Endosc 1989; 31: 2977─2981

7) 小原勝敏,小島俊彦,入澤篤志,他:食道静脈瘤に対する地固め法の新しい工夫─ Laser地固め法─.Gastroenterol Endosc 1994; 36: 716─721

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