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現代の高等教育は、グローバル化した「知識基盤社会」において、活躍 する人材を育成することが求められています。専門的な知識の習得ととも に、社会人として活躍できる能力(ジェネリック・スキル)を、学生に身 につけさせることが課題です。 そうした能力は「学士力」や「社会人基礎力」と表現されることもあり、 ジェネリック・スキルを育成する取り組みがさまざまな形で行われていま す。ジェネリック・スキルの育成においては、「ポートフォリオ」や「プロ グレスシート」と呼ばれる学生自身や他者からの振り返りを記入できる形 式による評価などが用いられていますが、一方で、客観的な測定の必要性 も認識されています。 河合塾では㈱リアセックとともに、大学生のジェネリック・スキルを測 定する「P ROG」テストを開発しました。9月3日には福岡で、11月4日 には東京で「今、大学教育に求められるジェネリックスキル」というシン ポジウムを実施しました。そこでは、「PROG」を用いた大学でのジェネ リック・スキル育成の取り組みを紹介し、ジェネリック・スキルの育成とその評価について、議 論を行いました。 そこで、本誌11月号では、そのシンポジウムの内容を一部ご紹介し、大学教育におけるジェネ リック・スキル育成の取り組みと、その評価・分析に関する内容を課題についてレポートします。 CONTENTS 1. 基調講演 「大学生のジェネリック・スキルを育成・ 評価するために」 神戸大学 大学教育推進機構 川嶋太津夫教授 2. ジェネリック・スキルをどのようにして 測定・評価するか 大学での取り組み 3. 愛媛大学 4. 九州国際大学 …………………… p53 …………………… p56 ………………………… p58 …………………… p60 今、大学教育に求められる ジェネリック・スキル 社会に通用する力をいかに評価・育成するか 近年、大学でジェネリック・スキル育成が求められる ようになった背景と、大学教育で育成するにあたっての ポイントや課題について、神戸大学 大学教育推進機構 の川嶋太津夫教授の講演から紹介する。 知識基盤社会への移行と 流動性の高い社会への移行が背景 「ジェネリック・スキル」の「ジェネリック」とは、 「一 般的な」「汎用的な」という意味で、社会でどんな仕事 に就いても必要な力を指す。そしてこの力を、大学教育 の中で育成することが求められるようになっている。 この背景として川嶋先生はまず、社会が知識基盤社会 に移行したことを挙げる。「知識基盤社会においては、 知識の多寡ではなく、学んだ知識を活用して、新たな価 値を生み出す能力が必要とされま す。そして知識基盤社会の中核を 担うことを期待される大卒人材に は、知識を活用するために必要な 創造的思考力、問題解決力、分析 力といった力、さらに協働する力 やリーダーシップが求められるの です」 もうひとつの社会的背景として川嶋先生が指摘するの が「ポートフォリオ社会」「生涯学習社会」への移行で ある。「厚生労働省の調査によると、2005年の大学卒業 後3年での離職率は 35.9%、1年目でも 15.0%でした。 そして 30 歳から 34 歳の同一企業定着率は、1998 年か ら 2003 年は 60%であったのに対し、2003 年から 2006 大学生のジェネリック・スキルを育成・評価するために 基調講演 神戸大学川嶋太津夫教授 Kawaijuku Guideline 2011.11 53

今、大学教育に求められる ジェネリック・スキル · 現代の高等教育は、グローバル化した「知識基盤社会」において、活躍 する人材を育成することが求められています。専門的な知識の習得ととも

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Page 1: 今、大学教育に求められる ジェネリック・スキル · 現代の高等教育は、グローバル化した「知識基盤社会」において、活躍 する人材を育成することが求められています。専門的な知識の習得ととも

 現代の高等教育は、グローバル化した「知識基盤社会」において、活躍する人材を育成することが求められています。専門的な知識の習得とともに、社会人として活躍できる能力(ジェネリック・スキル)を、学生に身につけさせることが課題です。 そうした能力は「学士力」や「社会人基礎力」と表現されることもあり、ジェネリック・スキルを育成する取り組みがさまざまな形で行われています。ジェネリック・スキルの育成においては、「ポートフォリオ」や「プログレスシート」と呼ばれる学生自身や他者からの振り返りを記入できる形式による評価などが用いられていますが、一方で、客観的な測定の必要性も認識されています。 河合塾では㈱リアセックとともに、大学生のジェネリック・スキルを測定する「P

プ ロ グ

ROG」テストを開発しました。9月3日には福岡で、11月4日には東京で「今、大学教育に求められるジェネリックスキル」というシンポジウムを実施しました。そこでは、「PROG」を用いた大学でのジェネリック・スキル育成の取り組みを紹介し、ジェネリック・スキルの育成とその評価について、議論を行いました。 そこで、本誌11月号では、そのシンポジウムの内容を一部ご紹介し、大学教育におけるジェネリック・スキル育成の取り組みと、その評価・分析に関する内容を課題についてレポートします。

CONTENTS

1. 基調講演「大学生のジェネリック・スキルを育成・評価するために」 神戸大学 大学教育推進機構 川嶋太津夫教授

2.ジェネリック・スキルをどのようにして測定・評価するか

大学での取り組み3. 愛媛大学4. 九州国際大学

…………………… p53

…………………… p56

………………………… p58…………………… p60

今、大学教育に求められるジェネリック・スキル 社会に通用する力をいかに評価・育成するか

 近年、大学でジェネリック・スキル育成が求められる

ようになった背景と、大学教育で育成するにあたっての

ポイントや課題について、神戸大学 大学教育推進機構

の川嶋太津夫教授の講演から紹介する。

知識基盤社会への移行と流動性の高い社会への移行が背景

 「ジェネリック・スキル」の「ジェネリック」とは、「一般的な」「汎用的な」という意味で、社会でどんな仕事に就いても必要な力を指す。そしてこの力を、大学教育の中で育成することが求められるようになっている。 この背景として川嶋先生はまず、社会が知識基盤社会に移行したことを挙げる。「知識基盤社会においては、知識の多寡ではなく、学んだ知識を活用して、新たな価

値を生み出す能力が必要とされます。そして知識基盤社会の中核を担うことを期待される大卒人材には、知識を活用するために必要な創造的思考力、問題解決力、分析力といった力、さらに協働する力やリーダーシップが求められるのです」 もうひとつの社会的背景として川嶋先生が指摘するのが「ポートフォリオ社会」「生涯学習社会」への移行である。「厚生労働省の調査によると、2005 年の大学卒業後3年での離職率は 35.9%、1年目でも 15.0%でした。そして 30 歳から 34 歳の同一企業定着率は、1998 年から 2003 年は 60%であったのに対し、2003 年から 2006

大学生のジェネリック・スキルを育成・評価するために基調講演

神戸大学川嶋太津夫教授

Kawaijuku Guideline 2011.11 53

Page 2: 今、大学教育に求められる ジェネリック・スキル · 現代の高等教育は、グローバル化した「知識基盤社会」において、活躍 する人材を育成することが求められています。専門的な知識の習得ととも

年は 50%となり、10 ポイント低下しています。このような非常に流動性の高い社会において、我々の生涯は、複数の職業、就業先から構成される『ポートフォリオ』とならざるをえません。このような社会を私は『ポートフォリオ社会』と呼んでいます。同時に、学問の細分化、高度化により、大学で学んだ知識も時間が経過すると時代遅れのものとなってしまいますから、生涯にわたって学び続けられる力が必要です。つまり、『生涯学習社会』になるということです」(川嶋教授) 大学の変化に目を向けると、2011 年には、大学等進学率が 56%に達している。「つまり、若者の2人に1人は大学に行く時代です。そして新卒就職者に限ると、大卒者が7〜8割を占めます。このことは、ほとんどの若者にとって、大学が社会との接点となることを示しています」(川嶋教授) また、大学設置基準の改正によって、2011 年度から、

「大学における社会的・職業的自立に関する指導等(キャリアガイダンス)」、 すなわち大学教育を通じた「就業力」の育成が義務化された。大学で就業力の育成が求められる背景について、川嶋教授は「就業力(Employability)が求められているのは世界的な流れです。日本でも、大卒者の3分の1が3年以内に離職する現状であり、生涯に数回職業や勤務先を変える状況になると、働くことを継続できるような力が必要になってくるでしょう。つまり、社会的、職業的に自立した生涯を送ることができる力を必要としています。この力こそ、ジェネリック・スキルというわけです」と説明する。

先進国が共通して迎える大学教育の転換期

 ここで、ジェネリック・スキルと職業・仕事で求められている力について、整理しよう。川嶋教授によると、まず就業に関するスキルは、<図表1>のようなスキル

に分けられる。その中でも大学教育で求められているジェネリック・スキルは、あらゆる職業を越えて活用できる移転可能なスキルである。 「『Employer-wide Skills』は、これまで日本の企業が重視してきたスキルで、終身雇用を前提としたスキルでした。他の3つのスキルは、呼称は多少違っても、世界のどの国でも近年求められているスキル<図表2>です。そして4つのうちの『Generic Skills』が、今、大学での育成が求められているのです」(川嶋教授) 次に、大学で育成するコンピテンスについて、川嶋教授はロンドン大学の Barnett 教授による「アカデミックな力と社会的(労働の世界)な力」と「特定の分野に限定して必要な力と一般的に必要な力」の2つの軸により、4つの分野に区切って整理した図を紹介した。 「<図表3-1>のようにヨーロッパの大学はこれまで一般的にA・Cの領域の、特定の専門分野についてのアカデミックな教育と、イギリスの旧ポリテクニックに代表されるような高度な職業教育を行ってきました。日本とアメリカでは、主にA・Bの領域の、専門分野におけるアカデミックな教育と一般教育、そして医師や薬剤師、教員養成などB・Cの領域を重点的に教えるプロフェッショナルな職業教育を行ってきました」(川嶋教授) 一方、同教授による、これからの大学で育成すべき力を示した図が<図表3-2 >である。この図について川嶋教授は「新たに加わったのが、Dの『汎用的なコンピテンス』です。そして伝統的な大学はこれまで、Dの部分を意識して育ててこなかったため、文部科学省は『学士力』、経済産業省は『社会人基礎力』を定めて、育成することを推奨しています。点線は、元の図に、私が、学士力と社会人基礎力に相当する領域を重ねたものです。もちろん、大学によってどの力を育成するかの濃淡

・Generic Skills:あらゆる職業を越えて活用できる 「移転可能 Transferable」なスキル

・Vocational Skills:特定の「職業」に必要な特定の 「技術的」スキル

・Employer-wide Skills : 特定の「組織」で必要な スキル

・Job-specific Skills:特定の「仕事」に必要な スキル

あいまい

日本企業が重視してきた

OJTが基本

カテゴリー

知的コンピテンス

社会的コンピテンス

コミュニケーション・

コンピテンス

オーストラリア Mayer Key Competencies

英国 (NCVQ)Core Skills

カナダ Employability Skills Profile

米国 (SCANS) Workplace Know-how

情報を収集し、分析し、整理する 数的スキル 問題解決力

他者との協働 チームワーク

アイデアと情報の伝達 技術の活用

生涯学習力 数的スキル 問題解決力

他者との協働

コミュニケーションスキル 情報技術

思考力 数的スキル 問題解決力意思決定力

思考スキル(創造的思考、判断、問題解決) 基本スキル(読み書き、数学、対話)

責任感 他者との協働

チームワーク リーダーシップ 責任感

コミュニケーションスキル 技術の活用

情報の活用 技術的システムの理解

<図表1>ジェネリック・スキルとは(1)

・Generic Skills:あらゆる職業を越えて活用できる 「移転可能 Transferable」なスキル

・Vocational Skills:特定の「職業」に必要な特定の 「技術的」スキル

・Employer-wide Skills : 特定の「組織」で必要な スキル

・Job-specific Skills:特定の「仕事」に必要な スキル

あいまい

日本企業が重視してきた

OJTが基本

カテゴリー

知的コンピテンス

社会的コンピテンス

コミュニケーション・

コンピテンス

オーストラリア Mayer Key Competencies

英国 (NCVQ)Core Skills

カナダ Employability Skills Profile

米国 (SCANS) Workplace Know-how

情報を収集し、分析し、整理する 数的スキル 問題解決力

他者との協働 チームワーク

アイデアと情報の伝達 技術の活用

生涯学習力 数的スキル 問題解決力

他者との協働

コミュニケーションスキル 情報技術

思考力 数的スキル 問題解決力意思決定力

思考スキル(創造的思考、判断、問題解決) 基本スキル(読み書き、数学、対話)

責任感 他者との協働

チームワーク リーダーシップ 責任感

コミュニケーションスキル 技術の活用

情報の活用 技術的システムの理解

<図表2>ジェネリック・スキルとは(2)

54 Kawaijuku Guideline 2011.11

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はあってよいのですが、A〜Dのすべての力を育成しなくてはなりません」と説明する。

大学教育全体でのジェネリック・スキル育成体制の構築が鍵

 大学教育の中でどのようにしてジェネリック・スキルを育成するかについては、川嶋教授は「チームで働く力が社会から求められているからといって、『チームワーク』を育成する科目を新たにつくる必要はありません」と指摘する。「<図表4>のように、カリキュラムに埋め込んで育成していくことが大切です。そのためには、教員が協働した組織的な取り組みが必要です」 この上で、川嶋先生が重要だと述べるのは、育成する能力を単に各科目にマッピングするだけでなく、到達目標を学生に示すことである。到達目標は最終的な目標だけでなく、段階的に「○○できる」という形で提示すること。教員は、学生の成長をモニタリングして、学生を評価(アセスメント)し、学生の行動と達成度を記録にとっておくこと。さらに、学生にも自己評価させ、自分の学習状況を管理する力をつけて、最終的には自立的な

学習者となることを促すことである。  大学教育におけるジェネリック・スキル育成の課題としては、①スキルギャップ、②育成手法の開発、③評価

(アセスメント)手法の開発を挙げる。 スキルギャップの課題とは、大学の教員の間では未だにジェネリック・スキルの重要性の認識が低いという点である。例えば、日本経済団体連合会による 2011 年の

「産業界の求める人材像と大学教育への期待に関するアンケート」では、「大学生の採用にあたって重視する素質・態度・能力」の平均は、5ポイント満点で、「主体性」が 4.6 ポイント、「コミュニケーション能力」と「実行力」が 4.5 ポイント、「チームワーク・協調性」が 4.4ポイントであるのに対し、「専門課程の深い知識」は 3.5ポイントであった。 一方、2011 年の日本高等教育学会における串本剛氏の報告によると、全国の大学の学科長に対する、習得を重視する項目についてのアンケート調査では、「学科の専門分野に特有の知識の習得」が 85.1%、「学科の専門分野に特有の考え方・ものの見方」が 80.1%、「学科の専門分野に特有の技能・技術」が 72.8%であった。それに比べて、ジェネリック・スキルに含まれる「対人的能力(リーダーシップ等)の向上」64.3%、「認知的能力(課題解決能力等)の向上」56.2%は重視する割合が低い。 「いずれにせよ大学は、これまでジェネリック・スキルの育成を意識して行ってこなかったことを反省すべきです。そして、卒業生のモニタリングや企業や社会との対話を含め、大学を卒業した学生が、変動性の高い社会で生きていくことのできる能力を育成するための環境や機会を提供していく。これが、これからの大学教育でしょう」と川嶋教授は締めくくった。

B学問分野共通のコンピテンス

A学問分野固有のコンピテンス

C職業固有のコンピテンス

欧州の大学日米の大学学術的(大学)

学術的(大学)

一般的特定的

社会的(労働の世界)

Barnett, R(1994)., The Limits of Competenceを修正

プロフェッショナル

リベラル・アーツ

B学問分野共通のコンピテンス

A学問分野固有のコンピテンス

D汎用的な

コンピテンス

C職業固有のコンピテンス

一般的特定的

社会的(労働の世界)

Barnett, R(1994)., The Limits of Competenceを修正

学士力 社会人基礎力

社会学 日本史 哲学 物理学 経済史 計量経済学

産業組織論

知識分野

スキル

チームワーク

コミュニケーション

課題解決力

IT技能

○ ○

○○

○○

<図表3-1>大学で育成するコンピテンス(従来)

B学問分野共通のコンピテンス

A学問分野固有のコンピテンス

C職業固有のコンピテンス

欧州の大学日米の大学学術的(大学)

学術的(大学)

一般的特定的

社会的(労働の世界)

Barnett, R(1994)., The Limits of Competenceを修正

プロフェッショナル

リベラル・アーツ

B学問分野共通のコンピテンス

A学問分野固有のコンピテンス

D汎用的なコンピテンス

C職業固有のコンピテンス

一般的特定的

社会的(労働の世界)

Barnett, R(1994)., The Limits of Competenceを修正

学士力 社会人基礎力

社会学 日本史 哲学 物理学 経済史 計量経済学

産業組織論

知識分野

スキル

チームワーク

コミュニケーション

課題解決力

IT技能

○ ○

○○

○○

<図表3-2>大学で育成するコンピテンス(今後)

B学問分野共通のコンピテンス

A学問分野固有のコンピテンス

C職業固有のコンピテンス

欧州の大学日米の大学学術的(大学)

学術的(大学)

一般的特定的

社会的(労働の世界)

Barnett, R(1994)., The Limits of Competenceを修正

プロフェッショナル

リベラル・アーツ

B学問分野共通のコンピテンス

A学問分野固有のコンピテンス

D汎用的なコンピテンス

C職業固有のコンピテンス

一般的特定的

社会的(労働の世界)

Barnett, R(1994)., The Limits of Competenceを修正

学士力 社会人基礎力

社会学 日本史 哲学 物理学 経済史 計量経済学

産業組織論

知識分野

スキル

チームワーク

コミュニケーション

課題解決力

IT技能

○ ○

○○

○○

<図表4>カリキュラムに埋め込まれたジェネリック・スキル教育の例

図表 1 〜 4 はいずれも川嶋教授作成

Kawaijuku Guideline 2011.11 55

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学んだ知識を活用する力を「リテラシー」経験を積んで身につける力を「コンピテンシー」と定義

 河合塾と(株)リアセックでは、今回、ジェネリック・スキルへの客観的評価を行うためのテストを開発した。それが「P

プ ロ グ

ROG」(注)である。 ジェネリック・スキルの客観的評価を行うにあたって、まず、ジェネリック・スキルを「高校までの教育においてその土台が形作られ、学士課程教育を通じて形成されていく」ものであり、社会活動と研究活動の両方に通用する力だと考えている。 現在、大学教育の評価は多様な方法によって行われている。例えば、専門教育・教養教育などの評価は成績評価や GPA で行われており、卒業論文やゼミの論文や正

ジェネリック・スキルをどのようにして測定・評価するか河合塾/㈱リアセック

課外のプロジェクト活動はポートフォリオというエビデンスによる評価、就職活動においては SPI、自己分析、資格試験などが行われている。しかし、これまではジェネリック・スキル部分への客観的評価が存在しなかったが、私たちはこの部分への評価が重要だと考えた。 ジェネリック・スキルを測定するテストである

「PROG」では、ジェネリック・スキルを大きく2つに分け、「学んだ知識を活用して課題を解決する力」を『リテラシー』と呼び、「経験を積むことで身についた行動特性」を『コンピテンシー』と呼ぶこととして、それぞれの力を測る手法を開発している。

「リテラシー」は、データやグラフ、文章を読み取る力を測る問題で評価

 「リテラシー」についての測定項目は、OECD による「キーコンピテンシー」、経済産業省による「社会人基礎力」、文部科学省による「学士力」から、「問題解決」に関わる技能を抽出して、①情報収集力、②情報分析力、③課題発見力、④構想力、⑤表現力、⑥実行力の6つに整理した<図表1>。その上で、①〜④は、ペーパーテストで測定が可能であると考え、①〜④のプロセスに即した場面を設定して、適切な考え方や行動を多選択肢や短答式記述で回答する問題を作成した。 例えば、②の情報分析力であれば、データやグラフを提示し、その種類と特性を理解しているか、『読み取り』と『分析』のポイントを把握できているか、複数のデータから読み取れることを統合して、ある結果を導き出すことができるかを測る問題を出している。また、文献・資料を提示し、内容を客観的に捉え、文脈や文章の構造を理解し、図示したり要約したりできる力を測るといった問題も考えられる。 また、③の課題発見力であれば、『A子さんは英語の時間に自分の興味や関心について英語で話せなかった』という授業のある場面を想定した文章を出題して、話せなかった理由を選択肢から選ばせるような問題を出題する。多様な場面を設定することで、広い視点から問題を洗い出す力や洗い出した問題を整理・分類する力、解決

情報収集力

情報分析力

課題発見力表現力

実行力

情報収集力

情報分析力

課題発見力

構想力

表現力

実行力

⑥実行力問題解決のプロセスを俯瞰し、解決策の実施をコントロールしながら問題解決を遂行し、それを評価する力

⑤表現力状況や場面に即して、伝えたいことを伝えたい相手に、的確な手段を用いて伝える力

④構想力さまざまな条件・制約を考慮しながら問題解決までのプロセスを構想し、その過程で想定されるリスクや対処方法を構想する力

①情報収集力課題発見・課題解決に向けて、幅広い観点から適切な情報源を見定め、適切な手段を用いて情報を収集・調査し、それらを適切に整理する力

②情報分析力事実・情報を思い込みや憶測ではなく、客観的にかつ多角的に整理・分類し、それらを統合して隠れた構造を捉え、本質を見きわめる力

③課題発見力さまざまな角度、広い視野から現象や現実を捉え、その背後に隠れているメカニズムや原因について考察し、解決すべき課題を発見する力

問題解決のプロセス

<図表1>「PROG」で用いる、「リテラシー」にかかわる     問題解決のプロセスと6つの力

PROGのコンピテンシー (リクルートと共同定義した基礎力) 内 容

対課題基礎力

対人基礎力

対自己基礎力

課題発見力

計画立案力

実践力

親和力

協働力

統率力

感情制御力

自信創出力

行動持続力

問題の所在を明らかにし、必要な情報分析を行う

課題解決のための効果的な計画を立てる

効果的な計画に沿った実践行動をとる

円満な人間関係を築く

協力的に仕事を進める

場をよみ、目標に向かって組織を動かす

仕事場面での気持ちの揺れをコントロールする

ポジティブな考え方やモチベーションを維持する

主体的に動き、良い行動を習慣づける(学習行動を含む)

555件

124件

141件

65件

206件

469件

131件

88件

635件

掲載件数

<図表2>求人広告から確認した基礎力

リクナビ掲載企業のうち、32 業種計 960 社の選考基準のテキスト分析

(注)PROG…Progress Report On Generic Skills(プログ)

56 Kawaijuku Guideline 2011.11

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ジェネリック・スキルをどのようにして測定・評価するかすべき課題を設定する力などを測ろうとしているのである。

「コンピテンシー」は行動特性を測り、モデルとなる集団の特性との比較で評価

 次に「コンピテンシー」の測定項目については、厚生労働省による「企業が求める人材の能力などに関する調査」など、2000 年以降に実施された企業や社会が求める力についての調査を集め、アンケート項目を調査し、これを、「対課題」「対人」「対自己」の3つの分野と各分野3つずつ計9つの力に整理した。それをリクルートのリクナビの求人広告で広告表現として登場した件数を集計し、それらを参考に項目を整理した<図表2>。 テスト問題の作成については、例えば『あなたは責任感がありますか?』と問われれば、責任感がなくても『責任感がある』という回答ができないように工夫することが課題となった。そのために、回答を迷うような場面を設定し、その人がどの程度実践できたかその頻度(経験値)を尋ねるといった「場面想定形式」で能力を測定するなどの工夫をしている<図表3>。 実際の社会においてこのような選択肢に対する回答は1 つではないため、採点方法も工夫した。社会人にも事前にテストを実施し、彼らがどのような行動特性・判断基準を持つかをデータベース化している。そのパターンと受検者との回答を比較し、どの程度、若手の社会人の行動特性や判断基準に近いかを測定できるテストとなっている。

テストの結果を多様な属性別に分析することで大学教育とジェネリック・スキルの相関を検証

 このようにして開発した「PROG」テストが、大学教育と相関するのかという観点で試行・分析を行った。全国の大学生 9,290 人の結果である。 男女の比較では、「リテラシー」は全体的に女性の方が優位だが「コンピテンシー」は差がない。ただし項目別に見ると、情報分析力や統率力は男性、親和力や行動持続力は女性のスコアが高かった。学年別にみると、「リテラシー」は1〜2年生では大きな変化がなく、3〜4年生で上昇した。「コンピテンシー」は1〜3年生では大きな変化がなく、4年生になると少し上昇した。この結果から、就職活動や卒業研究が「コンピテンシー」向

上に有効である一方、3年生までは「コンピテンシー」を伸ばす機会が少ないのではないかという仮説が成り立つ。入試難易度別では、難易度が高い大学の学生ほど「リテラシー」のスコアが高い。「コンピテンシー」は、難易度の高さと、問題解決力と自己管理力の相関がやや見られ、コミュニケーション力は難易度との相関は低いという結果だった。 「PROG」テストの大学教育における活用方法については、例えば、アセスメント(評価)を最初に行って、それに基づいて学生自身がアクションプランを立て、学生自身が PDCA を行ってポートフォリオに記入し、それをもとに大学が学生の状況を把握し、不足しているところをプログラムで補うことなどを想定している。さらに、3年次に再度アセスメントを受け、就職活動や進学準備に使うことも考えられる。つまり、成績と自己評価と客観的評価を組み合わせる方法が1つのモデルとなりうると考えている<図表4>。

Curriculum Policy

専門教育↑

初年次教育

キャリア教育

Diploma Policy / Learning Outcomes

GPA自己評価・証拠

ポートフォリオ/プログレスシート

就職活動・進学準備

学生自身のPDCA

アクションプラン作成

アセスメント=PROG

育成プログラム

アセスメント=PROG

Admission Policy /選抜・AO・推薦

客観的評価

<図表4>評価と育成のモデル

設 問 選択肢 低← 経験値 →高

チームで作業に取り組むとき、一人だけ手を抜いているように思える人がいたら、あなたはどのように行動することが多いですか。

何か困っているのではないかと声をかける

真剣に作業に取り組むように注意する

黙って自分の作業に集中する

一緒に頑張ろうと励ます

1 2 3 4 5

1 2 3 4 5

1 2 3 4 5

1 2 3 4 5

A

B

C

D

<図表3>場面想定形式(短文)

Kawaijuku Guideline 2011.11 57

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 大学憲章と大学における教育の基本目標に基づき、大

学全体でジェリックスキルの育成に取り組んでいる愛媛

大学。教育の効果測定、評価に関する課題や展望につい

て、同大教育・学生支援機構で教育企画室副室長の秦敬

治教授に伺った。

ディプロマポリシーや教育目標に掲げられるジェネリック・スキルの育成

 愛媛県松山市に立地する愛媛大学は、学士課程は法文学部、教育学部、理学部、医学部、工学部、農学部の6学部からなる総合大学で、約1万人の学生が学んでいる。大学憲章では「自ら学び、考え、実践する能力と次代を担う誇りをもつ人間性豊かな人材を社会に輩出することを最大の使命とする。とりわけ、地域に立脚する大学として、地域に役立つ人材、地域の発展を牽引する人材の養成がこれからの主要な責務であると自覚する」と謳い、教育に関する基本目標4つの項目の1つに「学生が豊かな創造性、人間性、社会性を培うとともに、自立した個人として生きていくのに必要な知の運用能力、国際的コミュニケーション能力、論理的判断能力を高める教育を実践する」(下線は編集部)ことを掲げている。 秦教授は、「本学もそうですが、多くの大学や学部がディプロマポリシー(学位授与の方針)や教育目標に、自ら学び、考え、実践する能力の育成であるとか、グローバルリーダーや地域のリーダーとして活躍できる人材の育成といった項目を掲げています。これは、ジェネリック・スキルを持つ人材の育成を目指していることにほかなりません」と語る。そして「ポリシーや目標として掲げるからには、それを育成するカリキュラムとなっているかをチェックし、そうでなければそのようなカリキュラムにする必要があります。その次に、どのような科目を履修すれば、学生がその力を修得して卒業できるかを図示したマップを作ります。さらに、マップが有効かどうかを評価しなければなりません」と説明する。

秦敬治 教育企画室副室長

正課と正課外の間にある準正課科目を手がかりにジェネリック・スキルを育成

 では、愛媛大学では、学生のジェネリック・スキルをいかにして育成しているのか。秦教授は「ジェネリック・スキル育成には、そのための科目を設置する方法や、専門教育の中で育成するよう授業を工夫するという方法があります。しかし前者を採用すれば、単位数をどうするかという影響が出ますし、後者であれば専門教育を担う教員の協力が不可欠ですが、いずれにせよ時間がかかります。そこで本学では、正課科目と正課外科目の間に『準正課科目』を設け、ジェネリック・スキル育成につながるプログラムを設定し、それらを増加させ効果を挙げること検討し始めました」と説明する。 同大の準正課科目とは、単位は付与されないが大学が戦略的に用意したプログラムのことで、新入生オリエンテーションや就職オリエンテーション、海外研修制度(の一部)、愛媛大学リーダーズ・スクール(ELS、2007年度学生支援GP)、『お接待』の心に学ぶキャンパス・ボランティア(SCV、2004年度教育GP)、環境ESD(2006年度現代GP)などがある。 なお、ELSは、教育目標に「リーダーシップのある学生の育成」を掲げる大学や学部が多いことや、学士力や社会人基礎力という言葉が、各大学のディプロマポリシーに多いことなどに着目して2007年にスタートした取り組みである。そこで目指すものは、例えば経営学の科目にある「リーダーシップ論」といったものではなく、もっと汎用的な会社やNPO、あるグループやチームなどの組織のリーダーに共通して必要な能力を育成することである。アメリカでは多くの大学で行われている取り組みだが、日本では愛媛大学のELSが最初だと言う。 また、秦教授は、「正課と準正課とを明確に区別して

「リーダーズ・スクール」など、正課科目、正課外科目やその間にある準正課科目などを通じてジェネリック・スキルを養成

愛媛大学

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いないのも、本学の優れた点」と言う。ELS<図表>は、正課科目のリーダーシップに関する講義とゼミナール、準正課科目のセミナーや学生主導のプロジェクトから成る。ELSには学部・学年を問わず誰でも参加することができる。学内資格の

「愛媛大学ELS資格」を取得するには、正課のELSゼミナールを履修したうえ、所定のプログラムを修了しなければならないが、資格取得を目的とせず、参加したいプログラムだけに参加する学生も多い。また、ELSゼミナールは当初は単位認定されていなかったが、相当な学習量があり、効果が見られることもあって、2単位が付与されることになった。 「他にも準正課科目としてスタートし、効果を認められた後、正課科目に移行したプログラムがあります。また、当初ジェネリック・スキル育成を目的とせず設置したプログラムの中にジェネリック・スキル育成につながるものもありますから、現在それを整理し、その上で新たなプログラムを考えているところです」(秦教授) ちなみに、同大の共通教育や、FD(ファカルティ・ディベロップメント)、学生支援などを担う教育・学生支援機構の全学的な教育改革に関する今年度のテーマは「共通教育におけるジェネリック・スキル」、来年度は「学部教育におけるジェネリック・スキル」、再来年度は「大学院教育におけるジェネリック・スキル」の予定である。

「PROG」を活用したジェネリック・スキル育成に有効なプログラムの評価

 このようにしてジェネリック・スキル育成を行っているが、課題は教育効果の測定だと秦教授は言う。「授業評価やFDは実施していますが、教育効果のアセスメント(評価)を完璧に行うことは困難で、永遠に改善を重ねていかなくてはならないテーマです」  教 育 効 果 の 測 定 に つ い て 検 討 し て い た と き に、

「PROG」の試行テストがあり、それに参加することになった。全学の学生や教員に参加を呼びかけたところ、約300名の学生が、個人やゼミ単位、サークル単位で応募し、受検した。秦教授は「サンプル数は少ないものの、

<図表>ELSプログラムの概要

興味深い結果が出ました。学部ごとのリテラシー、コンピテンシーの傾向が明らかになり、1年生から3年生までは順調に成績が上がり、4年生は3年生より少し成績が下がったことがわかりました。この要因は就職活動による大学教育の中断ではないかと推測しています」と、説明し、大学入学後に、学生のリテラシー、コンピテンシーの力が伸びていることが確認されたと語る。 今後の教育効果のアセスメントについて、秦教授は、測定結果だけを見るのではなく、結果を有効に活用するためには、なぜそのような結果が出てきたのかを学生の成績や生活等と結びつけて分析することが必要だと説明する。 「私見ですが、何らかの指標によって教育効果を測定することは必要だと思います。ただし、その評価の結果が大学の授業やプログラムによるものなのかを検証するために、学生の正課、準正課のプログラムへの参加状況、部活動やサークル、アルバイトなどの正課外の活動、睡眠時間や朝食をとるかどうかといった生活習慣、自宅生か下宿生か、就職活動における内定の取得状況など、さまざまな情報と結びつけて、分析することが必要です。今後、大学では評価の実施だけでなく、そのような情報を所持し、かつ学内で有効に活用できる仕組みがあることも求められると思います。ジェネリック・スキル育成のためには、これらのことを継続して実施する必要があると思います」(秦教授)

ELSゼミナール(少人数教育・個別指導)

省察(Reflection)

知識(Knowledge)

実践(Practice)

リーダーシップ関連授業リーダー研修会

スキルアップセミナー(集合教育)

ELSプロジェクト(プロジェクト学習・TBL

秦教授提供

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 九州国際大学法学部では、地方公務員、中でも警察官

を志す学生が多い。そこで求められているのは幅広い仕

事を行う能力である。そのため、九州国際大学では、ジェ

ネリック・スキルの育成に取り組んでいる。大学教育の

中での位置づけや測定、教育改革について、学部長の山

本啓一教授に伺った。

大学でのジェネリック・スキル育成の必要性を痛感

 北九州市八幡東地区にある九州国際大学は、その歴史を、1930年に北九州地域の勤労青年のための夜学として設立された九州法学校にさかのぼる。戦後、新制大学の八幡大学となり、1989年に九州国際大学と改称した。現在は、法学部、経済学部、国際関係学部の3学部で、1学年約600名の学生が学んでいる。2010年には、法学部の「地域連携型体験教育による就業意欲の向上」プログラムが文部科学省の就業力育成支援事業に採択された。 今回「PROG」を実施した法学部では、地方公務員、中でも警察官を志す学生が多い。「公務員や警察官に求められる力とは、第一に幅広い仕事に対応できる基礎学力と学習能力だといえます」と山本啓一学部長は語る。 「警察官のキャリアは、実は、幅広い仕事を次々とこなしていくジェネラリストであることが求められます。だからこそ、公務員採用試験は、一般教養試験と小論文、面接で構成されているのです。従って、公務員試験に合格するためには、試験対策以上に学生のジェネリック・スキル育成が不可欠です」と言う。 また、ユニバーサル化に伴い、同学部にも「高校までに育成されるべきリテラシー」が不足する学生が入学するようになった。そのため、山本学部長は、「大学教育を通じてジェネリック・スキルを育成する必要性をより一層感じるようになりました」と言う。しかし、これまで初年次教育等を除けば、学生のジェネリック・スキル育成を意識した教育や評価は行っておらず、育成手法の検討も不十分であった。 そこで法学部では、まずは「PROG」テストによって学生の現在のジェネリック・スキルを測定し、GPAや、

入学時のプレイスメントテスト、入試形態、期末テストの成績と比較することとした。 「PROG」テストの結果について、同学部の学生は、コンピテンシーはおおむね良好で、コンピテンシーよりリテラシーの方に課題があることがわかった。 また、法学部のディプロマポリシー(学士号授与の方針)には「法律を使って考える」「問題を解決する」「大学で学んだ知識を活用する」といった言葉が含まれており、これは、専門教育を通じてリテラシーを育成することを教育目標としている、と言い換えられる。そこで今回は、

「PROG」テストのうち、リテラシーを中心に詳しい分析を行った。

リテラシーは高校の成績と相関が高いことが大学教育の課題

 リテラシースコアとGPAの関係を見ると、GPAの高い学生の方が、リテラシーテストとの関連性が低いことがわかった。つまり、大学の成績が良くても、リテラシーが高いとは必ずしもいえないのである。 「主観的な感想になりますが、リテラシースコアの高い学生は、GPAに関係なく、授業中やゼミでの質問に即座に答えられる学生だったり、応用問題を扱う問題で成績が良い学生だと感じていますので、今回のリテラシースコアには納得できる面があります。逆に、GPAが高いのにリテラシースコアが低い学生が多く存在する理由としては、授業で学生のリテラシーを正しく評価できていないからではないかと考えています。というのは、授業の成績には、学生の最終的な達成度や理解度だけでなく、平常点など普段の努力がかなり反映されてしまっていることが多いのです。また、授業の中で、知識を活用するという要素が十分に含まれていないことなども考

学生のリテラシーを向上させるための教育目標の設定や専門知識とリテラシーを共に測定できる試験・教育を目指して

九州国際大学

山本啓一 学部長

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えられます。教員の中には『成績優秀な学生ほど就職に苦労する』などと言う人もいますが、それは大学が学生のジェネリック・スキルを正しく評価できていないからかもしれません」(山本学部長) 他方、プレイスメントテストは、リテラシースコアと相関がある程度見られることがわかった。特に1年生の相関が高く、2年生でもほぼ同じ傾向である。 また、リテラシーのスコアを、入試形態別に分析したところ、センター試験利用入試、一般入試、推薦入試、AO入試で入った学生の順に、リテラシーが高いという結果が出た。これも、2年生でほぼ同じ傾向が見られた。 以上から、山本学部長は「リテラシーに関して、高校までの学力との相関が高いということは、大学の教育が高校までの教育成果を塗り替えられていない、つまり、大学教育を通じたリテラシーの育成が十分でないことを意味します」と憂慮する。

リテラシーを意識した教育目標の設定や専門知識、リテラシー両方を測定できる試験を実施

 以上を踏まえ、同学部では、学生のリテラシーを向上させるための教育改革を開始した。今年度より、就業力育成支援事業採択と並行して、「学生の能力を段階的に鍛える教育」の模索へと方向を転換。カリキュラム改革、シラバス改革、授業評価改革の検討を開始した。 まずは、1年次配当の文章表現科目「教養特殊講義5・6」(各2単位)の開講である。初年次で、少人数教育によるライティングスキル育成科目が不可欠だとの考えから、学部独自で文章表現科目を開講した。この科目を4名の教員が担当することで1クラス50名以下とし、履修指導により1年生はほぼ全員が履修することした。 この科目では、単に文章を書けるようにするだけでなく、リテラシー育成を意識し、

①与えられた課題から書く材料を見つけられる②設問のポイントを正しく読み取れる③別の視点からも考えられる④原因を明らかにして説明できる⑤文章の内容を要約できる⑥データ・図表を読み取れる

<図表>課題Aと課題Bではどちらの方が難問か?

と具体的に6つの達成目標を示すことにした。 特に⑥は重視したという。というのも、「PROG」テストの結果を反映するように、AとBという2つの課題<図表>を比較すると、課題Bの方が学生の達成率が圧倒的に低いことがわかったからである。「この結果によって、文章表現科目においても、課題Bのように、データを読み取り、それを正しく説明したり、解釈できるような学習が必要だということがはっきりわかりました。同じことは他の科目でもいえます」(山本学部長) 試験でも、共通の中間テストや学外評価委員に作成を依頼した期末テストを実施し、教員による授業のブレをみたり、「PROG」テストとの相関を検証した。 その他「法律学入門」「民法入門」でも少人数クラスを作り、リテラシーの育成を意識した授業を展開し始めている。また、リテラシーに関する教員研修や勉強会も開始している。その結果、「法律学入門」の期末試験は、分析の結果、授業で教えた知識を問うだけでなく、複数の観点から学生の評価をしていることが明確になったという。 「専門知識を理解できたか否かだけでなく、専門知識とリテラシーの両面を問う試験を作る。試験を作るだけでなく、学生がそれに答えられるような授業内容に変えていく工夫が大学に求められるようになると感じました。今後は、学生のリテラシーを問う問題を考え、それを定期試験で問うことはもちろんですが、それに加えて、学生に求めるリテラシーの概念を大学として明確化・マップ化し、カリキュラム設計と授業の設計を行う必要があると思います」(山本学部長)

課題A 「ホッブスとルソーについて与えられた資料を読み、二人の思想家の対比的な考え方を踏まえた上で、なぜ人間社会において法律は必要なのかという点について、あなたの意見を400字以内で述べよ。」

課題B 次の3つの日本経済に関する表から読み取れることは何か。40字以内でまとめなさい。

→課題Aより課題Bの方が圧倒的に達成率が低い。

IMD国際競争力順位の変遷

1990年 2008年

1位 22位【出所】World Competitiveness Yearbook

一人当たりGDPの世界ランキング推移

2000年 2008年

3位 23位【出所】IMF World Economic Outlook Database

世界GDPに占めるシェアの推移

1990年 2008年

14.3% 8.9%【出所】IMF World Economic Outlook Database

山本教授提供

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