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多角化企業と生産性 *1 川上 淳之 *2 要  約 本論文は,財務省『法人企業統計』の個票データを用いて,企業の多角化と生産性との 関係を分析した。統計から把握できる多角化において,2003 年から多角化企業のシェア が大きく低下していた。また,製造業よりも非製造業で多角化されている傾向,専門的な 業種では多角化がされていない傾向がみられた。また,不動産・物品賃貸業,卸売・小売 業に多角化されており,製造業では製造業内の多角化がされていた。 多角化企業は非多角化企業と比べて生産性の水準が低いものの,長期的に上昇する傾向 が見られた。また,その上昇の幅は経営部門が大きい企業で大きかったが,非製造業が製 造業に多角化している場合には生産性を低下させていた。 キーワード:多角化,全要素生産性 JEL Classification:L11, L22, L25 Ⅰ.はじめに 我が国の統計によって,企業の生産活動は業 種別に把握されている。財務省『法人企業統計』 や経済産業省『企業活動基本調査』は企業単位 の生産活動をとらえており,その生産額は企業 全体が分類される業種分類沿って調査されてい るが,多角化している企業においては,必ずし も一つの分類に依らず,複数の業種にまたがっ て活動している。 経済産業省『工業統計』は企業単位ではなく, 事業所単位で調査が行われているため,多角化 を行っている企業が,異なる複数の分野で生産 を行っていても,活動別の生産量を把握できる が,多角化調査は昭和 62 年,平成元年に実施 されているが,他の年次では公表されていない。 また,調査対象が製造業に限られるために非製 造業の分野における参入を把握することができ ない。経済産業省『企業活動基本調査』は部門 別の売上高を調査項目に加えており,多角化を 把握することができる(平成 27 年調査では, 製造業に分類される企業の売上高の 2.7% が卸 * 1 本論文は執筆にあたり財務省総合政策研究所より『法人企業統計』の個票データの提供を受けた。また, 財務省総合政策研究所折原正訓研究官からは,個票データのパネルデータ化について助言をいただいた。 また,財務省総合研究所で開かれた報告会においては,論文を改善するコメントをいただいた。ここに記 して感謝する。なお,本論文における誤りは筆者に帰する。 * 2 帝京大学経済学部准教授。 - 83 - 〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第2号(通巻第 130 号)2017 年3月〉

多角化企業と生産性...る。Maksimovic and Phillips(2003)では単一 のセグメント企業と比較して,多角化されてい る企業ではコアではない多角化されているセグ

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多角化企業と生産性*1

川上 淳之*2

要  約 本論文は,財務省『法人企業統計』の個票データを用いて,企業の多角化と生産性との関係を分析した。統計から把握できる多角化において,2003 年から多角化企業のシェアが大きく低下していた。また,製造業よりも非製造業で多角化されている傾向,専門的な業種では多角化がされていない傾向がみられた。また,不動産・物品賃貸業,卸売・小売業に多角化されており,製造業では製造業内の多角化がされていた。 多角化企業は非多角化企業と比べて生産性の水準が低いものの,長期的に上昇する傾向が見られた。また,その上昇の幅は経営部門が大きい企業で大きかったが,非製造業が製造業に多角化している場合には生産性を低下させていた。

 キーワード:多角化,全要素生産性 JEL Classification:L11, L22, L25

Ⅰ.はじめに

 我が国の統計によって,企業の生産活動は業種別に把握されている。財務省『法人企業統計』や経済産業省『企業活動基本調査』は企業単位の生産活動をとらえており,その生産額は企業全体が分類される業種分類沿って調査されているが,多角化している企業においては,必ずしも一つの分類に依らず,複数の業種にまたがって活動している。 経済産業省『工業統計』は企業単位ではなく,事業所単位で調査が行われているため,多角化

を行っている企業が,異なる複数の分野で生産を行っていても,活動別の生産量を把握できるが,多角化調査は昭和 62 年,平成元年に実施されているが,他の年次では公表されていない。また,調査対象が製造業に限られるために非製造業の分野における参入を把握することができない。経済産業省『企業活動基本調査』は部門別の売上高を調査項目に加えており,多角化を把握することができる(平成 27 年調査では,製造業に分類される企業の売上高の 2.7% が卸

* 1  本論文は執筆にあたり財務省総合政策研究所より『法人企業統計』の個票データの提供を受けた。また,財務省総合政策研究所折原正訓研究官からは,個票データのパネルデータ化について助言をいただいた。また,財務省総合研究所で開かれた報告会においては,論文を改善するコメントをいただいた。ここに記して感謝する。なお,本論文における誤りは筆者に帰する。

* 2 帝京大学経済学部准教授。

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第2号(通巻第 130 号)2017 年3月〉

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売・小売り事業からの売上である)。ただし,ここで把握される多角化事業の分類は日本標準産業分類においては大分類にあたり,詳細な多角化を把握することはできない。 財務省『法人企業統計』は,売上高を記入する項目に,複数の業種を記載する箇所が設けられており,本業の業種(本論文では第一業種と呼ぶ),兼業の業種(本論文では第二業種,その他の業種と呼ぶ)を把握することが可能である。また,ここで示す業種は,日本標準産業分類における中分類まで見ることができるという点で,他の二つの統計よりも企業の多角化をみる上で適しているといえる。ただし,現時点において,筆者が調べた限りで『法人企業統計』は第二業種,その他の業種の売上高ではなく,企業が分類される本業の業種に沿って,企業全体の売上高のみ公表されている。 近年,個票データを用いた実証分析において,企業の多角化に注目をした分析が行われている(海外においては Bernard, Redding and Schott (2010),Eckel and Neary(2010),日本の調査で は 川 上・ 宮 川(2013),Dekle, Kawakami, Kiyotakaki and Miyagawa (2015)など)これらは,詳細な製品の分類における参入と退出の

分析を行っているが,製造業内の転換のみを扱っているという制約がある。以上の統計上の制約があるため,個票データを用いた実証分析において,我が国は広範な産業における多角化の分析が制限されている。 以上の点を踏まえて,本論文は,財務省『法人企業統計』の個票データを用いて,法人企業の多角化を概観するとともに,多角化を行っている企業と非多角化企業で全要素生産性の比較を行う。先行研究は多角化が企業の成長を促すとしているが,それには企業の経営資源と本業における専門性が重要な役割を果たすという指摘もされている。本論文は,これらを仮説として実証分析を行う。多角化を行っている企業は単一業種の企業と比較して生産性の水準は低いものの,生産性は長期的に上昇するという結果が得られた。 次節では,多角化と企業の生産性に関する先行研究から本論文で検証する仮説を示す。第 3節は分析に用いる『法人企業統計』と記述統計量を確認し,第 4 節で多角化の推移と業種別に見た多角化の状況を概観する。第 5 節で多角化と生産性との間の関係を分析し,第 6 節で分析結果のまとめと残される課題を示す。

Ⅱ.多角化と生産性との関係

 経済学において多角化は,範囲の経済性(Economies of Scope)という枠組みでとらえられる。これは,単純に一つの企業で 2 財以上の生産を行うことは,生産に係る費用が別個の企業が生産するよりも小さくなるというものであった。 それに対し,企業の成長や経営資源に注目している研究において,古くは Penrose(1962)が,多角化を議論している。Penrose(1962)によれば,企業は成長する過程において,一つの市場や製品のみを対象としている限り,その

市場の成長力に大きな影響を受け制限をされる。また,多角化がどのように行われるかは,企業がすでにどのような業種で活動をして専門性を獲得しているかによって説明されるため,その企業の専門性をベースとして確立していることは,多角化が成功するために必要であることを示している。同時に,Penrose (1962)が強調しているのは,企業の多角化が実現するためには,未使用の経営資源が存在する必要があるということである。 Teece(1982 , 1986)はPenrose(1962)や

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多角化企業と生産性

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Williamson(1975)の組織の取引費用に関するアプローチを踏まえ,市場の急激な変化に対して組織内の資源を統合し,構築し,再構成する能力であるダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)を持つ企業が,水平的に多角化を進めることを説明している。これらは,長期的に企業が競争力を持つために重要な役割を果たすと考えられる。 また,Prahalad and Hamel(1990)は企業の専門性に注目し,「競合他社を上回り,まねされることのない技術・能力」をコア・コンピタンス(Core Competence)と定義し,多角化を説明している。このコア・コンピタンスは,複数の商品・市場に推進することができる自社能力であると定義されている。その例としてPrahalad and Hamel(1990)が挙げているものがホンダのエンジン技術であり,これは自動車の生産のみではなく,芝刈り機や除雪機まで多角化を進める推進力となっているとしている。このコア・コンピタンスの議論は,同時に多角化によって企業の効率性を下げる可能性も指摘する。Eckel and Neary(2010)はコア・コンピテンスから離れた技術で多角化が行われることで企業全体の限界費用は上昇すると仮定している。これが,多角化を進めることで得られる一定の限界収入と等しくなるように企業内の財のバラエティが決まることを示している。 多角化と企業のパフォーマンスに関する実証分析を行っている研究は多いが,得られている結果は,多角化が企業パフォーマンスを高めるというものも,低下させるものも,両方得られている。例えば,Schoar(2002)は多角化を進めている企業は,多角化を進めていると同時に,既存の事業所の生産性が低下することによって全体の生産性は低下することを示している。Maksimovic and Phillips(2003)では単一のセグメント企業と比較して,多角化されている企業ではコアではない多角化されているセグメントの生産性が低いために全体の生産性を下げているという結果が得られている。アメリカの電気事業の多角化を分析している Goto, Low

and Makhija (2008)では特許を多く保有している企業,資金制約に直面していない企業においては,多角化による生産性上昇の効果が得られている。台湾の電子産業の事業所を対象にしている Jan Weng and Wang(2005)は 4 桁分類,7 桁分類レベルで多角化の影響をみたところ,多角化を進めている企業で TFP が成長していることを明らかにしている。 理論モデルの多くは,多角化を行っている企業は効率性を高め,成長を促すことを示しているが,コア・コンピテンスから離れた多角化を行う場合に非効率性を促すことを示す Eckel and Neary(2010)による指摘もされている。実証結果については,TFP の成長を促すことを示す Jangm Weng and Wang(2005)の分析もあるが,その他の研究では,必ずしも多角化によって効率性が高まるという結果が得られていない。 ここまでの先行研究から得られる以下の仮説を,本論文は「法人企業統計」の個票データを用いて検証を行いたい。まず,Penrose (1954)によると企業の成長の過程において,同じ財を生産し続けることは成長を阻害することにつながり,新たな市場への参入の試みが重要である。この点を踏まえると,以下の仮説が得られる。

仮説 1:多角化企業は単一の市場に参入している企業と比較して成長する。

 ただし,本論文では多角化企業と単一市場で資本ストックと労働投入が同一であるとした場合の企業の成長力を見るために,売上高成長率や従業者成長率ではなく,TFP 成長率の比較を行う。 Prahalad and Hamel(1990)は企業が既に参入している市場の専門性をベースに多角化を進めることで多角化が成功することを指摘している。また,その専門性を示すコア・コンピテンスから離れた事業への参入において限界費用が高くなるという。Eckel and Neary(2010)のモデルからの示唆を含めて,以下の仮説を検

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第2号(通巻第 130 号)2017 年3月〉

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証する。

仮説 2:企業の本業の専門性から離れた市場への多角化は非効率的である。

 企業の専門性と離れた分野で参入しているかどうかは,本業の業種と多角化される業種を製造業・非製造業・農林漁業の 3 業種でとらえて異なる分野に参入しているかどうかをみることで検証を行う。 Teece (1982, 1986)は多角化企業が成功するためには,企業の経営資源,特に急激な市場変化に対応する能力である,ダイナミック・ケイパビリティが必要であるとした。Penrose

(1954)でも同様に余剰の経営資源が多角化の成長の要因になると指摘している。ここからは,以下の仮説が得られる。

仮説 3:企業の経営資源が多い企業は多角化を成功させる。

 企業の質的情報である経営資源について「法人企業統計」は調査項目に加えていないため,ここでは変数として集計可能である役員報酬(=役員給与+役員賞与)と従業員報酬(=従業員給与+従業員賞与)の比率を代理指標として用いる。 以上の点を踏まえて,本論文は法人企業統計で定められる業種という制約があるが,多角化を進めている企業と単一の業種で活動している企業でどちらがより効率的であるかを比較したい。一方で,長期的に見た場合に市場の環境変化に対応するために多角化をする必要があるという Penrose(1962)や,TFP 成長率で多角化の効率性をみている Jangm Weng and Wang(2005)を踏まえ,TFP の水準ではなく,成長についても多角化と単一業種の企業で比較を行う。

Ⅲ.データ

 ここでは,法人企業統計の調査の概観をした上で,第 2 業種の計測方法,パネルデータの作成方法,TFP の推計方法について記述する。 本論文は,財務省『法人企業統計 年報』の個票データを用いて分析を行う。法人企業統計は営利法人企業を対象とした調査であり,平成20 年度調査より前の年の調査は金融業・保険業を対象としていない。その為,本論文の分析では金融業・保険業は含まない。調査は,上期調査と下期調査に分かれ,上期は 1 月 10 日,下期は 7 月 10 日に調査票が提出され,9 月の初旬に調査結果は公表される。個票の使用が認められた期間は,1983-2014 年であり,2014 年のサンプルサイズは 23,748 である。 法人企業統計の業種分類は日本標準産業分類

に準拠しているが,分析の対象となる期間内では,1994 年,2004 年,2008 年,2009 年に分類の改訂が行われている。その為,分析を行うためには調査期間内で業種分類を統合する必要があるが,本論文では 1983-2014 年で統合される分類 A と,2004-2014 年で統合される分類 B に分けた。分類 B を新たに設けたのは,2003 年以降第 2 業種の業種を把握することが可能になることと,多角化を行うにあたり,より詳細な分類で多角化の定義を行うことの方が適切であるためである1)。2004 年以降は情報通信業や飲食業,広告・その他の事業サービス業などが新たに分けられている。業種分類は図表 1 にまとめている2)。 『法人企業統計』の多角化は,調査項目では「業

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多角化企業と生産性

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図表 1 分析で用いる業種分類

業種分類 A(1983 年~) 業種分類 B(2004 年~) 2014 年業種分類

1 農業,林業 1 農業,林業1 農業6 林業

8 漁業 8 漁業 8 漁業10 鉱業 10 鉱業 10 鉱業15 建設業 15 建設業 15 建設業18 食料品製造業 18 食料品製造業 18 食料品製造業

20 衣服・その他の繊維製品製造業 20 衣服・その他の繊維製品製造業20 衣服・その他の繊維製品製造業21 繊維工業

22 木材・木製品製造業 22 木材・木製品製造業 22 木材・木製品製造業24 パルプ・紙・加工製品製造業 24 パルプ・紙・加工製品製造業 24 パルプ・紙・加工製品製造業25 印刷・同関連業 25 印刷・同関連業 25 印刷・同関連業26 化学工業 26 化学工業 26 化学工業27 石油製品・石炭製品製造業 27 石油製品・石炭製品製造業 27 石油製品・石炭製品製造業35 電気機械器具製造業 29 情報通信機械器具製造業 29 情報通信機械器具製造業30 窯業・土石製品製造業 30 窯業・土石製品製造業 30 窯業・土石製品製造業31 鉄鋼業 31 鉄鋼業 31 鉄鋼業32 非鉄金属製造業 32 非鉄金属製造業 32 非鉄金属製造業33 金属製品製造業 33 金属製品製造業 33 金属製品製造業34 一般機械製造業 34 一般機械製造業 34 生産用機械器具製造業35 電気機械器具製造業 35 電気機械器具製造業 35 電気機械器具製造業

36 自動車・同付属品製造業 36 自動車・同付属品製造業36 自動車・同付属品製造業37 業務用機械器具製造業

38 その他の輸送用機械 38 その他の輸送用機械 38 その他の輸送用機械39 その他の製造業 39 その他の製造業 39 その他の製造業40 卸売業 40 卸売業 40 卸売業

49 小売業,飲食店49 小売業 49 小売業50 飲食サービス業 50 飲食サービス業

34 一般機械製造業 34 一般機械製造業 51 はん用機械器具製造業59 不動産業 59 不動産業 59 不動産業89 その他のサービス業 60 情報通信業 60 情報通信業61 陸運業 61 陸運業 61 陸運業64 水運業 64 水運業 64 水運業89 その他のサービス業 69 その他の運輸業 69 その他の運輸業70 電気業 70 電気業 70 電気業71 ガス・熱供給・水道業 71 ガス・熱供給・水道業 71 ガス・熱供給・水道業

89 その他のサービス業73 その他の物品賃貸業 73 その他の物品賃貸業89 その他のサービス業 74 広告業

75 宿泊業 75 宿泊業 75 宿泊業76 生活関連サービス業 76 生活関連サービス業 76 生活関連サービス業89 その他のサービス業 77 リース業 77 リース業79 娯楽業 79 娯楽業 79 娯楽業

89 その他のサービス業

80 医療・福祉業 80 医療・福祉業60 情報通信業 81 放送業

89 その他のサービス業82 純粋持ち株会社

83その他の学術研究,専門・技術サービス業

85 教育・学習支援業 85 教育・学習支援業

89 その他のサービス業86 職業紹介・労働者派遣業89 その他のサービス業

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第2号(通巻第 130 号)2017 年3月〉

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種別売上高」から確認できる。図表 2 は現在使用されている調査票であり,売上高を最も高い業種,2 番目に高い業種,その他の業種という形式で記入する3)。つまり,『法人企業統計』は,2 業種までの多角化の状況を業種名と売上高で,その他の兼業業種については売上高の合計のみで把握できるといえる。ただし,第 2 業種の業種名が把握できるのは 2003 年以降で,それ以前の調査では第 2 業種の売上高しか把握することが出来ない。また,多角化される業種の定義はその時点の業種分類に依存している為,その調査時点において多角化の定義が異なる場合があることに留意する必要がある。 多角化企業で生産性が成長しているかどうかを把握するためには,『法人企業統計』のパネルデータ化を実施する必要がある。利用する個票データは,個々の企業に企業番号が付されているが,時系列で同一の番号が付されている場合もあれば,時間を通じて異なる番号が付されている場合もある。その為,番号のみに依存しないパネルデータ化をする必要がある。それには,企業名と住所,資本金と資産合計の数値を用いた。 まず,企業名と住所については,表記にゆれが存在している場合があるため,カナ・アルファ

ベットを全て全角形式から半角形式に変換をし,濁点,半濁点を除去した。記号が使われている場合には記号を除いた。ここから,企業名・もしくは住所名が一致しており,当期に記載されている「前期の資本金」または「前期の資産合計」が一期前の「当期の資本金」「当期の資産合計」のどちらかと一致していれば同一企業であるとみなし,パネル化した。パネル化するこ と が で き た サ ン プ ル サ イ ズ は 2014 年 で13,281 である(サンプル全体では 23,784)。 推 定 に 用 い る TFP は Good, Nadiri and Sickel(1997)による時系列の変化も考慮した多角的生産性指数(Multilateral productivity index)を用いる。これは,各企業の産出量と,代表値となる業種平均の産出量との差から,各生産要素についても各企業の投入量と業種平均投入量の差に,各企業の生産要素シェアと業種平均生産要素シェアをかけた値を引くことで求められる。これで計測される TFP 水準は次式で求められる4)。

1 )川上・宮川(2013)は本論文と同様に多角化を分析しているが,『工業統計』を用いて 6 桁分類である財単位を用いて分析を行っている。

2 )業種分類の統合は,財務省総合研究所ホームページ内の「調査対象業種分類の変遷(年次別調査)」(http://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/summary/nenpohensen.pdf)を参考にした。

3 )「平成 28 年度 財務省法人企業統計 記入要領(金融業,保険業以外の法人用)」には,「数種の業種の兼業をしている場合には,売上高の多い順に 2 業種を記入し,残余は「その他」の欄に記入してください」と書かれている。

4 )TFP の推計に用いた変数は補論を参照。

図表 2 業種別売上高の記入欄2.業種別売上高決 算 期 年 1 回 月 年 2 回    月,   日

業 種 コ ー ド 最 近 決 算 期 1 年 間 の 売 上 高百万円

01そ  の  他

合  計

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多角化企業と生産性

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 In TFPit は企業 i の t 期における生産性指数である。Y は実質売上高で測る産出量,Xikt は企業 i の t 期における実質化された生産要素 kの投入量である。生産要素は資本ストック,労

働,中間投入をとる。傍線は当該年の平均値を意味する。Sikt は各企業における生産要素 k のコストシェアである。TFP の推計に用いる変数で,TFP の推計がされたサンプルの 2014 年度の記述統計量は図表 3 に示した。より詳細な業種による多角化の分析を行うため,業種分類 Bに基づき,2004 年を基準年として計測を行った。 推計結果を製造業と非製造業でまとめて時系列で比較をしたものが図表 4 である。非製造業は製造業と比較して TFP の水準が低い傾向がみられ,リーマンショックによる景気の悪化においても同様の生産性の低下が確認される。一

InTFPit

=(lnYit-lnYt)+∑(lnYs-lnYs-1)

k=1

3

∑(Sikt+Skt)(lnXikt+lnXkt)

s-1

t

-┌││└

┌││└

21

k=1

3

s-1

t

∑∑(Sks+Sks-1)(lnXks+lnXks-1)+ 21

図表 3 TFP の推計に用いた変数の記述統計量

平均値 標準偏差 最小値 最大値

lnY   8.227 2.240 1.327 16.173 lnK   5.778 2.471 0.475 14.483 lnL   4.579 1.810 0.693 11.328 lnM   7.897 2.374 0.697 16.008 Kshare 0.144 0.170 0.000  0.999 Lshare 0.186 0.144 0.000  0.969 Mshare 0.670 0.209 0.000  0.999

図表 4 業種別 TFP の推移

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第2号(通巻第 130 号)2017 年3月〉

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方で,2014 年について,多角化企業と単一業種企業で生産性を比較したものが図表 5 である。単純な比較ではあるが,生産性のレベルで

比較をした場合に,多角化企業の生産性が低いことが示される。

Ⅳ.日本法人企業の多角化

 ここでは,第 2 業種の売上高から把握することが出来る多角化の状況をみる。多角化が行われているかどうかは,第 2 業種およびその他業種の売上高が 0 以上であるかどうかに依存している。ただし,第 2 業種の売上高が 0 でその他業種の売上高が 0 以上であるサンプルについては除外して推計を行っている。なお,多角化される業種が第 1 業種と異なるかどうかは各年次の業種分類に基づいている点については考慮す

る必要がある。集計結果は調査対象全期間(1983-2014 年)で業種分類 A,2004 年以降は業種分類 A より細かい業種分類 B に基づいている。また,2003 年までは多角化の対象である第 2 業種の分類は把握できないが,2004 年以降は第 2 業種の内容も確認する5)。 多角化の傾向を見るときに,製造業よりも非製造業の方がその割合が高い。特に,80 年代・90 年代はその差が大きい。時系列の推移をみ

5 )第 2 業種の業種名は 2003 年から把握することが可能であるが,2003 年時点では旧分類に従っている為,ここでは 2004 年以降のみ集計結果を掲載する。

図表 5 多角化企業と単一業種企業の TFP 分布(2014 年)

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多角化企業と生産性

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ると,1980 年代から 90 年代にかけて多角化をしている企業は上昇しているが,2003 年で大きく低下し,一つの業種に集中をするというリストラが行われた可能性がある(図表 6-2)。その傾向は,売上高シェアでみた図表 6-2 からも明確に確認される。第 2 業種の売上高シェアの低下が,多角化企業から単一企業が増えることによって生じているか,多角化企業内で売上高シェアが低下したかを確認するために,図表6-3 で多角化企業に限って第 2 業種の売上高シェアを確認したが,ここではシェアの低下傾向がみられなかった。この点において,2000年代の初頭に,多角化から単一化に転換が進んだことが示される。また,図表 6-4 にあるように,2002 年・2003 年は完全失業率が最も高かった時期であり,企業の事業撤退が雇用環境も悪

化させていたことが示唆される。 業種別に第 2 業種の保有状況を図表 7 でみると,運輸業,鉱業・建設業,卸売業・小売業,宿泊業・飲食サービス業で多角化がされており,製造業よりも非製造業の方が多角化されているという図表 6-1,図表 6-2 でみられた傾向がここからも確認される6)。一方で,情報通信業や医療・福祉業,農林漁業など専門的な知識を必要とする業種では多角化がされる傾向が少ないこともわかる。保有される第 2 業種は,最も多いものが不動産・物品賃貸業(2.8%),卸売・小売業(1.66%),その他のサービス業(1.00%)であった。利益率の高い業種,非製造業で保有される傾向が強いことがわかる。 一方で,製造業について確認すると,消費関連製造業は不動産・物品賃貸業,卸売。・小売

図表 6-1 多角化の推移(多角化の有無)

6 )図表 7 では,産業分類を大分類で表している。その為,同一の業種内で多角化されている場合がある。なお,消費関連製造業は,食料品製造業,衣服・その他の繊維製品製造業,木材・木製品製造業,印刷・同関連業であり,素材関連製造業はパルプ・紙・加工製品製造業,化学工業,石油製品・石炭製品製造業,窯業・土石製品製造業,鉄鋼業,非鉄金属製造業,金属製品製造業であり,機械関連製造業は情報通信機械器具製造業,一般機械製造業,電気機械器具製造業,自動車・同付属品製造業,その他の輸送用機械である。製造業の集約は,厚生労働省『毎月勤労統計』で公表される際に用いられる区分と同様である。

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図表 6-3 多角化の推移(売上高シェア・多角化企業)

図表 6-2 多角化の推移(売上高シェア)

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多角化企業と生産性

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業で多角化されている一方で,その他の製造業で多角化がされている傾向がみられる。素材関連製造業,機械関連製造業ではそれぞれ,同様に素材関連製造業,機械関連製造業で多角化される傾向がある。自社の本業に近い業種で多角化される傾向があることは,運輸業,電気・ガス・熱供給,宿泊業・飲食サービス業で同一の業種で多角化される傾向がみられることからも

把握できる。 多角化が行われる業種は製造業よりも非製造業の方が多く,保有される第 2 業種では,不動産業,卸売・小売業,その他のサービス業が多かった。個々の業種ごとに多角化の状況をみると,特に製造業は同じ製造業内で多角化が行われている傾向も確認された。

図表 6-4 完全失業率と企業の多角化の推移

図表 7 業種別にみた第 2 業種の保有割合(2014 年)

第 2 業種保有割合

第 2 業種の業種1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

第1業種の業種

 1 農林漁業  6.18% 0.00% 0.29% 1.76% 0.00% 0.00% 0.29% 1.18% 2.06% 0.00% 0.00% 0.29% 0.29% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 2 鉱業,建設業 12.82% 0.17% 0.58% 0.12% 1.12% 0.41% 0.29% 1.87% 5.89% 0.08% 0.46% 0.25% 0.12% 0.29% 0.04% 0.04% 1.08% 3 消費関連製造業  9.27% 0.14% 0.43% 0.07% 0.86% 0.07% 1.14% 2.43% 2.28% 0.29% 0.43% 0.07% 0.29% 0.07% 0.00% 0.00% 0.71% 4 素材関連製造業  9.44% 0.04% 1.31% 0.54% 1.55% 1.24% 0.54% 1.35% 1.86% 0.08% 0.12% 0.12% 0.04% 0.19% 0.04% 0.00% 0.43% 5 機械関連製造業  7.70% 0.00% 0.65% 0.04% 0.91% 2.90% 0.53% 0.57% 1.11% 0.11% 0.15% 0.04% 0.04% 0.11% 0.00% 0.00% 0.53% 6 その他製造業  5.82% 0.00% 0.71% 0.14% 1.28% 1.14% 0.00% 0.28% 1.28% 0.28% 0.00% 0.00% 0.00% 0.43% 0.28% 0.00% 0.00% 7 卸売・小売業 11.90% 0.05% 1.14% 0.30% 0.37% 0.30% 0.20% 2.26% 3.16% 0.12% 0.47% 0.15% 0.57% 0.47% 0.10% 0.12% 2.11% 8 不動産,物品賃貸業  9.83% 0.00% 2.15% 0.19% 0.09% 0.09% 0.09% 2.57% 0.28% 0.14% 0.47% 0.05% 0.80% 1.40% 0.14% 0.05% 1.31% 9 情報通信業  4.98% 0.00% 0.28% 0.07% 0.07% 0.14% 0.00% 0.93% 1.28% 0.00% 0.14% 0.07% 0.07% 0.50% 0.07% 0.21% 1.14%10 運輸業 18.19% 0.00% 0.47% 0.08% 0.24% 0.00% 0.08% 1.57% 6.85% 0.00% 6.06% 0.24% 0.71% 0.71% 0.00% 0.00% 1.18%11 電気・ガス・熱供給業  8.22% 0.00% 2.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 3.33% 0.22% 0.00% 0.00% 2.22% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.44%12 宿泊業,飲食サービス業 10.48% 0.00% 0.34% 0.52% 0.00% 0.00% 0.00% 1.37% 4.12% 0.00% 0.00% 0.00% 2.23% 0.86% 0.34% 0.17% 0.52%13 生活関連サービス業,娯楽業  9.26% 0.11% 0.44% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 2.40% 3.49% 0.00% 0.44% 0.22% 0.65% 0.54% 0.22% 0.22% 0.54%14 医療・福祉業  4.98% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.41% 2.49% 2.07% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00%15 教育・学習支援業  7.27% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.61% 1.82% 1.21% 0.00% 0.00% 0.00% 1.82% 0.00% 0.00% 1.82%16 その他のサービス業  6.92% 0.00% 1.40% 0.04% 0.12% 0.25% 0.21% 1.11% 1.73% 0.41% 0.04% 0.16% 0.29% 0.16% 0.08% 0.08% 0.82%  全業種  9.76% 0.04% 0.96% 0.20% 0.57% 0.63% 0.29% 1.66% 2.58% 0.14% 0.58% 0.16% 0.36% 0.43% 0.08% 0.06% 1.00%

(注) それぞれの第1業種内で,保有される第 2 業種の上位 3 位までが網掛けをしている。上位 1 位の第 2 業種は値を太字にしている。

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Ⅴ.推定結果

 多角化が TFP レベルに与える影響と TFP成長率に与える影響の二つにわけて推定を行う。Eckle and Neary(2010)にあるように,多角化をすすめることが本業のコアとなる事業から離れるものであれば生産性を低下させると考えられる。一方で,Teece(1982, 1986)で指摘されているように,二つの業種を一つの企業で統合して生産されることが範囲の経済性を持っている場合には,多角化を進めている企業の方が,単一業種の企業よりも生産性が高いと考えられる。両者の仮説は多角化が TFP に与える影響に対して正の効果と負の効果で反対の結果が得られることを示唆しているが,両者に共通するのが,本業と第 2 業種との間で補完的である業種で多角化をした方がより高い効果が得られることを示している。そこで,ここでは本業の業種・第 2 業種それぞれにおいて,鉱工業(鉱業・建設業・製造業),非製造業(農林漁業・鉱工業以外の業種)で区分を加えることで同じ鉱工業・非製造業内で多角化を進めたときに生産性により高い効果が得られるかを検証する。 TFP レベルと多角化の関係を固定効果モデルで推定をした結果を図表 8 にまとめている。多角化ダミーは,第 2 業種の売上高が 0 よりも大きければ 1,そうでなければ 0 のダミー変数である。一方で,多角化された第 2 業種が,農林漁業,鉱工業,非製造業であるかどうかで分けてみている。推定結果で示される係数は,全て単一業種企業の TFP レベルとの比較である。推定結果をみると,多角化されている企業と単一業種との間では,多角化されている企業の方で TFP レベルが低いことが示されている。また,第 2 業種を農林漁業,鉱工業,非製造業で分けてみると,農林漁業に参入している企業で TFP レベルが低い傾向がみられる。

 本業が鉱工業である企業に限定すると,農林漁業に多角化している企業の TFP レベルが,他の業種に参入している場合よりも TFP レベルが低いことが示される。この結果は,本業である製造業と農林漁業との間で補完性が低いことを示唆している。鉱工業と非製造業への多角化も,単一業種企業よりも生産性レベルが低かったが,両業種に差はみられなかった。非製造業では,農林漁業に参入している場合に単一業種企業との比較した TFP レベルの差はみられなかったが,鉱工業と同様に,他の業種への多角化を進めている企業では生産性レベルが低い傾向がみられている。 ただし,この推定モデルは多角化をしている企業で TFP レベルが低いのか,TFP レベルが低い企業で多角化がされているかについて,因果性を考慮していない。そこで,多角化企業でTFP レベルが低い場合であっても多角化を進めることが TFP を成長させるかどうかを確認した。 単一業種と多角化企業との間では多角化企業の方は TFP レベルが低かったが,TFP 成長率を比較すると,多角化企業の方が TFP 成長率は高い(図表 9)。多角化する業種を比較すると,第 2 業種が農林魚業の場合には,単一業種との間で TFP の成長率に差がみられない。鉱工業・非製造業で多角化を進めている場合には単一業種の企業と比較して TFP が成長していることがわかる。 鉱工業が本業である企業については,1 期差の TFP の成長率については鉱工業か非製造業で多角化している企業で TFP が上昇している。ことがわかる。ただし,その効果は鉱工業よりも非製造業分野で参入している効果が大きい。一方で,非製造業が本業の場合には,鉱工業では単一業種企業との間で差異が認められ

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多角化企業と生産性

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ず,非製造業で多角化をしている場合に TFP成長率が高いことがしめされる。以上の推定結果からは,多角化されている企業は,単年度で見た場合に TFP レベルが単一業種企業よりも低いものの,時間を通じて TFP が成長することが示される。 図表 9 でみた固定効果モデルの結果は 1 年間の TFP 成長率をみているため,長期的に TFPが上昇するかどうかについてはみていない。そこで,図表 10-1,10-2 ではそれぞれ本業が鉱工業・非製造業の企業について 2004 年に多角化している企業と単一業種企業で 1 年後から 10年後で TFP レベルがどれだけ変動するかをシンプルな最小二乗法から推定している。ただし,多角化企業は 2004 年から 2014 年にわたって多角化しており,単一業種企業は同様にすべての

期間で単一業種であるようにサンプルを選択している。この推定結果からは,多くのケースで多角化企業は単一業種企業と比較して長期的にTFP が上昇していることが示されるが,非製造業企業が製造業に多角化した場合には 4 期後以降 TFP レベルが単一業種企業と比べて低下していることがしめされる。これはリーマンショック以降に多角化を維持し続けた非製造業で TFP レベルが低下していることを示唆している。 一方で,仮説3で示したように,先行研究は多角化が成功するために必要な条件として,企業内の経営資源を挙げている。そこで,図表10 で行った長期的な TFP の変動について,役員報酬が相対的に従業員の報酬よりも高い企業と低い企業で比較を行った。その推定結果を図

図表 8 多角化が TFP レベルに与える影響

全業種 全業種 鉱工業 非製造業

多角化ダミー -0.025 ***

-19.50

多角化ダミー(農林漁業) -0.036 ** -0.038 *** -0.043 -2.24 -2.79 -0.98

多角化ダミー(鉱工業) -0.023 *** -0.022 *** -0.014 ***

-10.48 -10.25 -2.90

多角化ダミー(非製造業) -0.026 *** -0.020 *** -0.020 ***

-17.43 -9.35 -9.92

定数項 -0.107 *** -0.107 *** -0.037 *** -0.050 ***

-19.25 -19.20 -6.24 -19.46

年次ダミー YES YES YES YES業種ダミー YES YES YES YES

サンプルサイズ 197,739 197,424 87,250 107,469 グループ数 50,734 50,637 27,052 35,149 R2 乗値(between) 0.014 0.014 0.013 0.015 R2 乗値(within) 0.052 0.052 0.051 0.040 R2 乗値(overall) 0.017 0.018 0.016 0.012 F 値 67.380 64.870 48.310 41.440

0.000 0.000 0.000 0.000

(注)  推定結果の上段は係数,下段は White の修正を加えた頑健的t値である。推定方法は固定効果モデルを採用している。アスタリスク*,**,***はそれぞれ有意水準が10%, 5%, 1% で係数が 0 であるという帰無仮説を棄却することを示している。

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でまとめたものが図表 11-1 と図表 11-2 である。 本業が鉱工業である場合についてみると,役員報酬が相対的に低い企業は,多角化企業を行うことによる TFP の伸び大きさは,役員報酬が低い企業で小さく,高役員報酬の企業で大きいことが示される。また,その効果について異なる分野(非製造業)に参入している場合で高い。低役員報酬の企業では,本業と同じ製造業に参入している方が相対的に多角化によるTFP の伸びが大きい。このことから,他分野への参入と経営資源との補完的な関係が示唆される。一方で,図表 11-2 は本業が非製造業のケースをみているが,全体の推計と同様に他分野(製造業)に参入している企業で長期的な効果が得られていないことが示される。本業に近い業種(非製造業)に参入している企業では,高役員報酬企業で多角化による長期的な生産性

の上昇が確認されている。 これらの結果は仮説3を支持するものであるが,製造業については経営資源の高い企業においては本業との関連性が異なる分野への参入による効果が高く,参入業種と本業との関係に関する仮説2が成立しないことも示された。 この推定結果は,既存企業が成長する過程において,現在の業種と異なる業種への参入を行うことの効果を示すものである。ただし,製造業・非製造業両者の結果から示されるように,効果は短期的なものではないことや,マクロレベルのショックに影響を受けることも示唆される。

図表 9 多角化が TFP 成長率に与える影響

全業種 全業種 鉱工業 非製造業多角化ダミー 0.014 ***

6.81

多角化ダミー(農林漁業) 0.024 0.047 -0.096 **

1.01 1.39 -2.13

多角化ダミー(鉱工業) 0.011 *** 0.006 * 0.011 3.36 1.85 1.33

多角化ダミー(非製造業) 0.015 *** 0.011 *** 0.011 ***

6.35 3.01 3.77 定数項 0.081 *** 0.081 *** 0.013 0.001

6.57 6.58 1.00 0.17

年次ダミー YES YES YES YES業種ダミー YES YES YES YES

サンプルサイズ 108,506 108,365 49,466 57,693 グループ数 33,861 33,805 16,884 20,725 R2 乗値(between) 0.009 0.009 0.007 0.014 R2 乗値(within) 0.043 0.043 0.039 0.046 R2 乗値(overall) 0.015 0.015 0.010 0.016 F 値 38.120 36.580 27.860 35.830

0.000 0.000 0.000 0.000

(注)  推定結果の上段は係数,下段は White の修正を加えた頑健的t値である。推定方法は固定効果モデルを採用している。アスタリスク*, **, ***はそれぞれ有意水準が 10%, 5%, 1% で係数が 0 であるという帰無仮説を棄却することを示している。

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多角化企業と生産性

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図表 10-1 2004 年の多角化と TFP の変動(本業が鉱工業)

図表 10-2  2004 年の多角化と TFP の変動(本業が非製造業)

(注)  2004 年のデータを対象に TFP の変動を被説明変数において最小二乗法を行った推定結果のうち,多角化企業ダミーの係数をプロットしたものである。TFP の変動は 1 期差から 10 期差で各年の推定を行っている。また,多角化企業は 2004 年から 2014 年まで多角化している企業,非多角化企業は同期間で非多角化している企業に限定している。

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図表 11-1 2004 年の多角化と TFP の変動(本業が鉱工業・経営集約度別)

図表 11-2 2004 年の多角化と TFP の変動(本業が非製造業・経営集約度別)

(注) 図表10-1,10-2の注を参照。

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多角化企業と生産性

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Ⅵ.分析結果のまとめと課題

 本論文は財務省「法人企業統計」の個票データを用いて,多角化企業と非多角化企業との間で生産性の水準および生産性の成長率を比較した。多角化企業は生産性の水準は相対的に低かったが,成長率はより高いという結果が示された。また,この生産性の成長は 1 年間でみるよりも 10 年間の期間で見た場合で差が拡大しており,長期的な経営戦略において,多角化が有効であることが示された。また,同時に,製造業が非製造業分野で多角化した場合には,製造業での多角化とリーマンショック期以外には大きな差がみられなかったが,非製造業分野が製造業分野に多角化した場合には,短期的には生産性上昇の効果が確認されたが,長期的には非多角化企業よりも生産性が低下していた。このことから,非製造業において特にコア・コンピテンスから離れた参入による非効率性が示唆される。一方で,役員報酬と従業員報酬の比で代理した経営資源が豊富である企業は,多角化による成長の度合いが大きいことも確認された。 水準で見た場合に,低生産性の企業が多角化を行っている一方で,多角化を進めることで生産性が上昇するという結果が得られている。清田・滝澤(2008)が明らかにしているように,生産性が低い水準にある企業は退出する確率が

高い。これらの企業は,現在参入している市場とは異なる市場に参入することで,生産性が回復することが,本論文分析結果から示される。それは,多角化を進めようと考える企業に対して行われる投資が促進されることが求められるといえる。このことにより,雇用の創出やマクロレベルで見た時の経済成長が得られることが示唆される。ただし,多角化による生産性の成長には,非製造業においては専門分野に近い分野への参入が条件であり,経営資源の拡充も同時に求められることも,投資が行われるうえで考慮される必要がある。 また,本論文の分析においては幾つかの残された課題がある。まず,「法人企業統計」においては,多角化が日本標準産業分類でいうところの中分類での多角化しか把握できないため,同一業種内での多角化(ビールを製造していた企業が発泡酒に参入するなど)は多角化としてみなされていない。その点で,より詳細な品目分類で多角化の分析を行う必要があるだろう。また,本論文においては生産性と多角化企業との間の相関関係はみているものの,因果関係についてはパネルデータによる固定効果モデル推定以外は考慮していない。その点において,推定方法の改善を行う必要もある。

補論:TFP 推計に使用した変数

 本論文で作成した Good, Nadiri and Sickles (1997)の多角的生産性指数は,同様に『法人企業統計』の個票データを用いて指数を作成している乾・金・権・深尾 (2011)と同様に変数の作成を行った。まず,産出は法人企業統計か

ら得られる各企業の売上高を JIP データベース2015(以下 JIP2015)の産出デフレーターで実質化することで求めた。中間投入は,売上原価と販売費及び一般管理費から役員給与,役員賞与,従業員給与,従業員賞与,福利厚生費,減

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価償却費を引くことで求め,JIP2015 の中間投入デフレーターで実質化した。労働投入は,従業者数に JIP2015 の産業別労働時間を用いて得られるマンアワーの値を用いた。 資本ストックは,『法人企業統計』では企業i ごとに簿価表示で表示されているその他の有形固定資産額(KNBit)に,その年 t の産業 jの資本ストックにおける時価簿価比率 Kj

t/KNB j

t を乗じて求めた。産業 j の実質準資本ストックは,1982 年の『その他の有形固定資産額期末値』を JIP2015 の投資デフレーターで実質化して実質純資本ストックの初期値とし,恒久棚卸法により 1983 年以降の各年の実施純資本ストックを推計した。   I j

t は t 年の産業 j における名目投資(=当期末その他の有形固定資産額-前期末その他の有形固定資産額+減価償却)を JIP2015 の投資デフレーターで実質化したものであり,δj

t は

JIP2015 から得られる資本減耗率である。 資本の使用者費用 cit は以下の式で求めた。  

 zit は 1 単位の投資に対する固定資本減耗の節税分,ut は法人実効税率,λit は企業ごとに得られる自己資本比率,rt は長期市場金利(利付き国債利回り(10 年)),it 長期貸出プライムレートである。zit は,以下の式で求めた。

  

 労働コストは役員給与,役員賞与,従業員給与,従業員賞与,福利厚生費の合計値,中間投入のコストは中間投入の値を用いた。

参 考 文 献

乾友彦・金榮愨・権赫旭・深尾京司 (2011) 「生産性動学と日本の経済成長:『法人企業統計』個票データによる実証分析」 RIETI Discussion Paper Series, 11-J-042.

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清田耕造・滝澤美帆(2008)「退出の予兆『企業活動基本調査』を利用した分析」 『生産性と日本の経済成長 . ―JIP データベースによる産業・企業レベルの実証分析―』 東京大学出版会,pp. 129-156.

Bernard, A B., Redding, S J. and Schott, P K. (2010) “Multiple-Product Firms and Product Switching,” American Economic Review, 100(1), pp. 70-97.

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Kjt+1=(1-δj

t)K jt+I j

t

Cit= Pt1-zit

1-utλitrt+(1-ut)(1-λit)it

⎧|⎨|⎩

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多角化企業と生産性

Page 19: 多角化企業と生産性...る。Maksimovic and Phillips(2003)では単一 のセグメント企業と比較して,多角化されてい る企業ではコアではない多角化されているセグ

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第2号(通巻第 130 号)2017 年3月〉