11
2008.6 経営センサー 31 31 Ⅰ.世界の水環境問題 スイスのダボスで開催された世界経済フォー ラム(2007 年 1 月)において地球環境問題が焦 点となった。同時期にパリで「IPCC」(気候変動 に関する政府間パネル)が開催され、第 1 作業部 会として、“地球の温暖化は確度が高く、人為的 原因によるものである”との第 4 次報告(2007 年 2 月 2 日)がなされた。地球という閉鎖的環境 において、人口増加と経済成長に伴うエネルギー 消費が地球の自浄能力を超えた結果と考えられ る。 世界の水環境問題は、これを切っ掛けに広く 認識されるようになった。温暖化は、地球社会 に及ぼす影響が重大で、地球の生態系への影響 だけではなく、大規模な水不足、農業への打撃、 感染症の増加、自然災害の激化など、悪影響が 複合的に生じる恐れが強いことを“日本の科学 者”(中央環境審議会会長・鈴木基之氏等)が指 摘した。 現在、これら地球環境問題は、政府レベルで も高い関心が払われており、『水・エネルギー・ 食糧』のトライアングルの関係にある問題の解決 が必要であると認識され、各方面でその対策が検 討されているところである(図表1)。 水問題! 日本の貢献は? ―世界の水環境問題解決に貢献する東レの水処理膜技術と 日本企業の水処理事業世界展開に向けて― Point 1 人口増加と経済発展から、世界の水需要と環境汚染が進んでいる。 2 この世界の水環境問題解決に向け、日本(東レ)が得意とする水処理膜技術が、基幹技術となって きた。 3 今後は、日本企業が、水処理事業分野で、いかに世界展開するかが課題となる。 東レ株式会社 顧問 水処理・環境事業本部・技術センター 栗原 優(くりはら まさる) 1963 年群馬大学工学部応用化学科卒業、東洋レーヨン株式会社(現 東レ)入社。基礎研究所 有機化学研究室配属。1970 年工学博士(東京大学)授与。米国 IOWA 大学 J.K.Stille 教授のもと で博士研究員留学。1991 年高分子研究所長兼地球環境研究室長。理事、研究本部(機能膜)担 当、ケミカル研究所長。常務理事を経て 2002 年常任理事。2003 年から専任理事。水処理事業 本部(技術渉外)・技術センター(水処理技術開発センター)・研究本部(水処理)担当。 2006 年から、現職。国際脱塩協会理事、日本脱塩協会会長。 東レ株式会社 水処理・環境事業本部 水処理・環境事業企画管理室 主幹 (事業開発担当部長) 竹内 弘(たけうち ひろむ) 1971 年慶應義塾大学工学部機械工学科修士課程修了、東レ株式会社入社。エンジニアリング 研究所配属。フィルトライザー製品設計、トレカ高速回転試験機設計担当。1977 年(財)造 水促進センター出向、海水淡水化装置の運転管理技術開発。1980 年開発部にて PEC 膜エレ メント開発・プロセス開発。その後、中東・欧州等海外向け海水淡水化技術サポート(メン ブレン事業部)、液体、ガス分離膜事業企画(新事業企画部)沖縄県海水淡水化プロジェク ト・技術担当(メンブレン事業部)、上水プラント事業開発担当(水処理システム事業部)を 経て現職。 経済・産業/産業技術

水問題!日本の貢献は? - TORAY · Ⅰ.世界の水環境問題 スイスのダボスで開催された世界経済フォー ラム(2007年1月)において地球環境問題が焦

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2008.6 経営センサー3131

Ⅰ.世界の水環境問題

スイスのダボスで開催された世界経済フォー

ラム(2007 年 1 月)において地球環境問題が焦

点となった。同時期にパリで「IPCC」(気候変動

に関する政府間パネル)が開催され、第 1作業部

会として、“地球の温暖化は確度が高く、人為的

原因によるものである”との第 4 次報告(2007

年 2 月 2 日)がなされた。地球という閉鎖的環境

において、人口増加と経済成長に伴うエネルギー

消費が地球の自浄能力を超えた結果と考えられ

る。

世界の水環境問題は、これを切っ掛けに広く

認識されるようになった。温暖化は、地球社会

に及ぼす影響が重大で、地球の生態系への影響

だけではなく、大規模な水不足、農業への打撃、

感染症の増加、自然災害の激化など、悪影響が

複合的に生じる恐れが強いことを“日本の科学

者”(中央環境審議会会長・鈴木基之氏等)が指

摘した。

現在、これら地球環境問題は、政府レベルで

も高い関心が払われており、『水・エネルギー・

食糧』のトライアングルの関係にある問題の解決

が必要であると認識され、各方面でその対策が検

討されているところである(図表 1)。

水問題! 日本の貢献は?―世界の水環境問題解決に貢献する東レの水処理膜技術と日本企業の水処理事業世界展開に向けて―

Point1 人口増加と経済発展から、世界の水需要と環境汚染が進んでいる。2 この世界の水環境問題解決に向け、日本(東レ)が得意とする水処理膜技術が、基幹技術となって

きた。3 今後は、日本企業が、水処理事業分野で、いかに世界展開するかが課題となる。

東レ株式会社顧問水処理・環境事業本部・技術センター

栗原 優(くりはらまさる)1963 年群馬大学工学部応用化学科卒業、東洋レーヨン株式会社(現 東レ)入社。基礎研究所有機化学研究室配属。1970年工学博士(東京大学)授与。米国 IOWA大学 J.K.Stille 教授のもとで博士研究員留学。1991年高分子研究所長兼地球環境研究室長。理事、研究本部(機能膜)担当、ケミカル研究所長。常務理事を経て 2002 年常任理事。2003 年から専任理事。水処理事業本部(技術渉外)・技術センター(水処理技術開発センター)・研究本部(水処理)担当。2006年から、現職。国際脱塩協会理事、日本脱塩協会会長。

東レ株式会社水処理・環境事業本部水処理・環境事業企画管理室主幹

(事業開発担当部長)

竹内 弘(たけうちひろむ)1971 年慶應義塾大学工学部機械工学科修士課程修了、東レ株式会社入社。エンジニアリング研究所配属。フィルトライザー製品設計、トレカ高速回転試験機設計担当。1977 年(財)造水促進センター出向、海水淡水化装置の運転管理技術開発。1980 年開発部にて PEC 膜エレメント開発・プロセス開発。その後、中東・欧州等海外向け海水淡水化技術サポート(メンブレン事業部)、液体、ガス分離膜事業企画(新事業企画部)沖縄県海水淡水化プロジェクト・技術担当(メンブレン事業部)、上水プラント事業開発担当(水処理システム事業部)を経て現職。

経済・産業/産業技術

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経営センサー 2008.6

経済・産業/トピックス

32

経済・産業/産業技術

32

世界の水需要は、人口増加の 2 倍の速さで増

加していると言われている。現在の世界が必要と

している水量と水質を確保するためには、最適な

水質制御と高速処理が可能な膜処理技術が必須の

技術であると認識されてきた。

本稿では、世界の水環境問題の内、水不足と

環境汚染の解決に向けた「東レの水処理膜技術」

と「日本企業の水処理事業世界展開に向けて」に

ついて述べる。

Ⅱ.東レの水処理膜技術

東レは、1968年に研究開発を開始、1980年に工

業用超純水製造RO膜の開発・上市を契機に、様々

な用途の分離膜を開発・供給してきた(図表2)。

飲料水 と 衛生設備 を持たない人口を半減 するという国連の目標が未達。

水問題 は、 食糧問題 、 エネルギー問題 と 一体化して解決すべき 世界的課題 である。

水問題 は、 炭酸ガス問題 と同列に扱うべ き世界的課題 。

水問題は世界的課題

水・エネルギー・食糧の関係

エネルギー 食料

世界の人々

農業 淡水化 発電

食糧生産

バイオ燃料

バーチャル・ ウォーター

5.813.8

39.7

0

20

40

60

1900 1950 2000 2025

増大する世界の水使用量 [千億リットル]

FAO: Food and Agriculture Organization 出典:FAO

年間1人当たりの水資源量

[千リットル/年・人]

52.4(予想)

1000

データなし

1700300010000

特に水不足が深刻な地域

図表1 世界の水資源と水問題

出典:UNESCO出所:第 67 回総合科学技術会議(2007 年 5月 18 日開催)資料3 最近の科学技術の動向「世界へ貢献する日本の

技術-日本が誇る水利用技術を例に-」

0.001μm 0.01μm 0.1μm 1 μm 10μm

高分子 イオン・低分子 コロイド

粘土

1価イオン 多価イオン

ウィルス クリプトスポリジウム 大腸菌 バクテリア

トリハロメタン 農薬・有機物

東 レ の 膜 製 品

膜 の 種 類

分 離 対 象 物 質

大きさ

RO膜 NF膜 M膜 MBR

“MEMBRAY” “TORAYFIL”

“ROMEMBRA”

病原性微生物の除去 下排水処理

高度処理の前処理

下排水処理 硬水の軟水化 有害物質の除去

超純水の製造 海水の淡水化 排水高度処理

UF膜

NF(ナノろ過) RO(逆浸透) UF(限外ろ過) MF(精密ろ過)

図表2 膜の種類と東レの膜製品

出所:東レ株式会社

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今後の景気の焦点は設備投資の持続力

2008.6 経営センサー33

水問題! 日本の貢献は?

33

水資源の枯渇や水質の悪化など今世紀の「水

問題」の解決、すなわち飲料水や工業用水などの

都市用水と農業用水(灌漑用)の確保のためには、

①従来の河川・湖沼・地下水の浄水技術と共に、

持続的な水資源としての②海水・かん水の淡水化

技術や③下廃水の再利用技術が求められている

(図表 3)。

1.海水淡水化(RO膜)

海水を水源とし真水を得る技術(海水淡水化

技術)は、中東を中心に、海水を加熱蒸発後に凝

縮・回収する方法(蒸発法)が主流であったが、

近年、経済性に優れることから逆浸透膜を利用し

た海水淡水化方式の導入が顕著になってきた。当

社は、高効率「濃縮水昇圧二段法」や超高圧逆浸

透膜等の開発と共に、膜製品の生産・供給能力の

増強により、膜による造水コストの低減化を行っ

てきた。

この結果、東レ RO 膜の出荷量は年率 20 %以

上で伸びており、プラント累積造水量は日量

1,400 万 m3(5,600 万人の生活用水相当)になっ

ている(図表 4・5)。

当社の RO膜は、架橋芳香族ポリアミド複合逆

浸透膜であり、海水・かん水の淡水化、下廃水の

再利用、超純水用などの各種用途に使用されてお

り、日本化学会技術賞(1992 年)、大河内記念生

産賞(2003 年)等を受賞している。

世界の大規模海水淡水化 ROプラントを図表 6

に示す。トップ 20 位の 6 件で当社膜が採用され

ている。このうち、稼働している大規模プラント

を紹介する。

1)アルジェリア/ハンマ(Hamma)の海水淡

水化設備、規模は 20 万 m3/日とアフリカ最

大の海水淡水化プラントで、本年 2 月に稼

働開始した。

2)シンガポール/チュアス(Tuas)の海水淡

水化設備の規模は 13.6 万 m3/日と環太平洋

地域最大のもので、シンガポールにおける

全使用水量の 10 %以上、生活用水使用量

の 20 %に相当する量である。

3)トリニダード・トバコ/ポイント・リサ

(Point Lisas)の設備は、13.6 万 m3/日で、

西半球最大の海水淡水化プラント。このプ

ラントは、海水淡水化 RO 部分に東レ独自

の高効率・低コスト型海水淡水化システム

である『濃縮水昇圧 2 段法』を採用し、従

来の淡水回収率よりも高い 47 %の回収率

を実現している。

①河川・湖沼・地下水①河川・湖沼・地下水

世界的な 水不足・水質汚染

中空糸MF膜 MBR用浸漬膜 RO(逆浸透)膜

①河川・湖沼・地下水 ②海水・かん水 ③下廃水

「持続可能な水資源確保」 ①河川・湖沼・地下水の浄水処理+②海水・かん水の淡水化+③下廃水再利用

図表3 膜の実用分野

出所:東レ株式会社

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経営センサー 2008.6

経済・産業/トピックス

34

経済・産業/産業技術

34

累積造水量 (10,000 m3/d) 膜の出荷量(造水量ベース)は、年率20%以上で伸びている

0

1,000

1,500

500

Seawater

Brackish water

Ultrapure water

(Fiscal Year)

1,030

1,360

790

640

510

430370

310240

200170130110

95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07

累積造水量

図表4 東レRO膜が採用されているプラントの累積造水量の推移

出所:東レ株式会社

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● ●

累積造水量 : about 14,000,000 m3/day (内、海水淡水化 over 2,500,000 m3/day)

排水再利用

約5,600万人の生活用水に相当

as of May 2008

Israel 92,960 m 3/dIsrael

92,960 m3/d 84,000 m 3/d84,000 m3/d

Singapore136,000 mSingapore136,000 m3/d

Kuwait 320,000 m 3/d

Kuwait 320,000 m3/d

Saudi 91,000 m 3/d* Saudi Arabia 91,000 m3/d*

Trinidad

136,000 m

Trinidad and Tobago 136,000 m3/d

* Joint delivery with other companies

40,000 mOkinawa40,000 m3/d*Algeria

200,000 m

Algeria

200,000 m3/d

Saudi 150,000 m 3/d

Saudi Arabia

150,000 m3/d

Korea

Australia66,000 mAustralia66,000 m3/d海水淡水化 かん水淡水化

図表5 東レRO膜納入実績/大型プラント代表例

出所:東レ株式会社

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今後の景気の焦点は設備投資の持続力

2008.6 経営センサー35

水問題! 日本の貢献は?

35

2.陸水の浄水処理(UF/MF膜)

陸水の水処理分野では、膜の処理能力の高さと

病原性原虫のクリプトスポリジウム除去の有効性

など、処理水質の良さが認められたことから、世

界的に広く利用されるようになってきた。設備の

大型化とともに、大量処理、省エネルギー(低圧)

運転、高信頼性運転が求められるようになった。

東レは、世界的水不足対策を予測した事業拡

大策として、先行メーカーの性能をしのぐ高性能

膜の開発に取り組み、物理的強度、化学的耐久性

の高い PVDF 素材の採用と、「熱誘起相分離法」

を製膜基本原理に、独自の結晶化技術を組み合わ

せて、高透水性と高強度を両立する PVDF 中空

糸製膜技術を工業レベルで確立した。

as of March 2008

Country Location Capacity (m3/d)

Operation Year Membrane Manufucturer

1 Israel Ashkelon 330,000 2005 Dow2 Saudi Arabia Shuqaiq 216,000 (2008) Toyobo3 Saudi Arabia Rabigh 205,000 (2008) Toyobo4 Algeria Hamma 200,000 2008 Toray4 Algeria Beni Saf 200,000 (2008) Hydranautics6 UAE Fujairah 170,000 2003 Hydranautics7 Saudi Arabia Shuaiba 150,000 (2009) Toray8 Spain Valdelentisco 140,000 2007 Dow9 Trinidad & Tobago Point Lisas 136,000 2002 Toray9 Singapore Tuas 136,000 2005 Toray9 Australia Perth 136,000 2006 Dow12 Australia Gold Coast 132,500 (2008) Hydranautics13 Saudi Arabia Yanbu 128,000 1998 Toyobo14 Spain Carboneras 120,000 2002 Hydranautics15 Saudi Arabia Jeddah 113,600 1989 Toyobo16 UAE Dubai 100,000 2005 Dow16 Algeria Skikda 100,000 (2008) Hydranautics18 USA Tampa Bay 94,635 2007 Dow19 Israel Palmachim 92,250 2007 Toray20 Saudi Arabia Al Jubail 91,000 2000 DuPont-Toray(24,240cmd)

図表6 世界の大規模海水淡水化ROプラント

出所:東レ株式会社

清澄水用膜 表流水用膜 表流水用膜 HFM HFS HFU

UF膜

0.1μm 0.05μm 15万

対称構造

種類 清澄水

平均濁度 ~0.05度 0.05~30度 5~100度

清澄水での 高ろ過流束運転可能

低濁度表流水で 高ろ過流束運転可能 凝集前処理不要 特長

膜の種類 MF膜

対象原水

表流水

孔径または分画分子量

膜構造 非対称構造(複合中空糸膜)

図表7 水源水質に対応した3種類の PVDF 製中空糸膜

出所:東レ株式会社

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経営センサー 2008.6

経済・産業/トピックス

36

経済・産業/産業技術

36

また、水処理用ろ過膜に重要な「低ファウリン

グ性」について、上述の支持層に、東レのナノフ

ァブリケーション技術による「低ファウリング性

分離機能層」を組み合わせることで独創的な「複

合中空糸膜」を開発した(2007 年日本化学工学会

技術賞受賞)。この「低ファウリング性分離機能

層」は、微細で平滑な構造を有し、汚れ物質の膜

内部への浸入を抑制し、物理的な洗浄で容易に汚

れ物質を膜表面から剥離することが可能となる。

この結果、東レは PVDF 中空糸膜モジュール

として、(1)「清澄水」用途のMF膜、(2)「表

流水」用途の低ファウリングMF膜、(3)「汚濁

表流水」用途の UF 膜を開発し、あらゆる水源水

質に対応可能な 3 種類の PVDF 製中空糸膜モジ

ュールをラインナップした(図表 7)。

2002 年 6 月に国内上水道用途で初受注して以

来、2007 年 4 月までに国内外の累積造水量で日

量 22 万 m3 を受注している。特に、国内最大規

模の膜ろ過浄水処理施設である東京都砧浄水場及

び砧下浄水所(合計給水量日量 88,000 m3)で、

本膜ろ過プロセスが採用され、2007 年 3 月から

供給が始まった(図表 8)。

3.都市下水の処理と再利用(MBR)

水資源を持続的に確保・利用するため、下廃

水の処理と再利用の技術が重視されてきた。特に、

MBR(メンブレン・バイオ・リアクター)では、

従来法で使用される沈殿池を必要としないため、

(1)省スペースであること、(2)浄化効率が飛躍

的に向上できることから、最近、世界規模で急速

に普及し始めたが、効率の向上と安定運転のため

の膜ファウリング抑制が重要な技術となっている。

なかでも、分離膜には汚泥に対して目詰まりし

にくい特性や、高い化学的・物理的耐久性が要求

される。東レは、目詰まり防止効果が高い平膜構

造で、膜素材としては耐久性が高い PVDFを使用

した浸漬型膜モジュールを開発した(図表 9)。

PVDF 膜表面の微細孔径は、活性汚泥粒子より

細かな約 100nm に制御し、孔径分布がシャープ

でかつ微細孔の数を多くすることにより、汚泥が

目詰まりしにくく、かつ透水性を高く維持できる

構造とした。海外を中心にテストを進め、特に、

欧州の実用化試験では、従来の膜モジュールの 2

倍以上の性能が実証されたことから、現在では多

くの納入実績を得ている(2008 年 3 月現在の受

注累積約 20 万 m3/日)。

飲料水 海水淡水化前処理 工業用水

United States

Ishikawa8,000 m3/d

Ishikawa5,000 m3/d

Hyogo8,000 m3/d

Hokkaidom3/d

Ehime m3/d

Tokyo88,000 m3/d

United States3,300 Korea

30,000 m3/d

Overseas

3,200 m3/d

3,500

2,700

m3/d

図表8 東レのMF/UF 膜納入実績

出所:東レ株式会社

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今後の景気の焦点は設備投資の持続力

2008.6 経営センサー37

水問題! 日本の貢献は?

37

4.統合膜処理システム(IMS)

複数の膜による水処理プロセスは、統合膜処理

システム(IMS:インテグレーテッド・メンブレ

ンシステム)と言われるが、様々な水資源及び利

用目的に合わせて最適な水処理プロセスを構築出

来ることが特長である。特に、当社は、MF膜から

RO膜までの全4種類の膜を自前の技術で保有して

いるので、膜の特長を生かし、最高のパフォーマ

ンスとコスト削減が実現できる(図表10)。

膜による排水再利用の方法は、大きく分けて 2

種類になる。下水の 2 次処理水を膜ろ過後、RO

膜で処理する方式と、下水をそのままMBR で処

理し、RO膜にかける方式である(図表 10 /Ⅲ)。

膜利用の排水再利用プラントで世界最大は、ク

ウェートのスレビア(Sulaibiya)プラントである。

給水能力 32 万 m3/日の水は農業用水、工業用水

として使用されている。都市下水を原水としてい

るが、飲料水相当の良好な水質が得られている

(図表 11)。本分野では東レの RO膜は高いシェア

を有している。

PVDF平膜

Type B

平膜表面の細孔径分布 (FE-SEM写真から算出)

Number of pore (10 12 / m2 )

Pore diameter(micron)

0

0.5

1

1.5

0 0.2 0.4 0.6 0.83.0 micron

平膜表面のFE-SEM写真

3.0 micron

PVDF平膜 Type B

図表9 MBR用 PVDF 平膜の基本特性

出所:東レ株式会社

II. 浄水分野

Feed Product

SWRO membrane BWRO membraneMF/UF membrane

I. 海水淡水化分野

Feed Product

MF/UF membrane MF/UF membrane

III. 排水再利用分野-1

MF/UF membrane RO membrane

2ndEffluent

MBR: Membrane BioreactorMBR RO membrane

WasteWaterProduct

III. 排水再利用分野-2

2nd Effluent: Biological Treatment Effluent

Product

図表 10 統合膜処理システム IMS (Integrated Membrane System)

出所:東レ株式会社

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経営センサー 2008.6

経済・産業/トピックス

38

経済・産業/産業技術

38

Ⅲ.日本企業の水処理事業世界展開に向けて

地球環境問題の根本原因は、人口増加と経済成

長にあることは明らかである。人類共通の課題と

して世界的な水不足と水環境汚染の解決に向けて、

膜処理技術の開発、普及が目覚ましい勢いでなさ

れている。これは、必要な水量と水質の確保に向

けて、水質制御と高速処理に対応できる膜処理技

術が必須技術であると認識されてきたことによる。

1.膜処理法の普及規模

全膜種の普及状況を示す(図表 12)。

河川・湖沼・地下水等の陸水の浄水処理に用

いられるMF膜・ UF膜と海水やかん水の淡水化

に用いられる RO膜等の全膜種の水量換算年間出

荷量(2006 年時点)は、累積ベースで日量 3,200

万 m3(1 億 2,000 万人の生活用水に相当する水量)

と加速度的に増加していることが明らかになっ

RO MembraneManufucturer

Toray

Not Fixed

Hydranautics

Hydranautics

Hydranautics

Toray

Hydranautics

Hydranautics

Toray

Toray

UF/MF MembraneManufucturer

Norit

Not Fixed

Siemens(Memcor)

Asahi Kasei

Siemens(Memcor)

Pall

Siemens(Memcor)

GE (Zenon)

Siemens(Memcor)

Hyflux

OperationYear

2005

(2009)

2007

2006

1997-2001

(2008)

2003

2003

2006

2004

Capacity(m3/d)

320,000

228,000

220,000

140,000

75,000

66,000

40,000

32,000

30,000

24,000

Location

Sulaibiya

Changi

Fountain Valley

Ulu Pandan

West Basin

Luggage Point

Kranji

Bedok

Tianjin

Seletar

Country

Kuwait

Singapore

USA

Singapore

USA

Australia

Singapore

Singapore

China

Singapore

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

as of April 2008

Industrial Water,Agricultural Water,Indirect Drinking

WaterUF/MF membrane RO membrane

Sterilization

SecondaryEffluent

Waste Water

図表 11 世界の大規模・膜利用排水再利用プラント

出所:東レ株式会社

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

32,000,000 m3/d, 2006

0

5,000,000

10,000,000

15,000,000

20,000,000

25,000,000

30,000,000

35,000,000SWRONF+BWROLP+MF+UF

水量換算年間出荷量

(m3/d)

図表 12 全膜種の普及状況(累積ベース)

出所:膜分離技術振興協会: 浄水膜第 2版(技報堂出版),p6, 2008.2

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今後の景気の焦点は設備投資の持続力

2008.6 経営センサー39

水問題! 日本の貢献は?

39

た。これは年率 20 ~ 25 %の増加であり、世界の

人口増加年率 1.3 %、水需要の増加年率約 3 %を

大きく超えているが、推定される 1年当たり全体

の水需要量の増加分 1,000 ~ 2,000 万 m3/日に対

し、膜の年間出荷量(造水量ベース)は高々 600

万 m3/日であることから、ここ当分の間は膜の受

注は高い伸びが続くものと推定できる。

2.日本の膜メーカーのシェア

膜処理技術の要である膜そのものの供給は、

日本の膜メーカーの占める割合が圧倒的に高いこ

とが明らかになった。特に、海水淡水化用の RO

膜については、約 70 %が日系企業であり、全膜

種に対しても 60 %と高い。MF / UF 膜は、日

系企業が 43 %で、海外メーカーが優位にある

(図表 13)。

これは世界の膜メーカー(図表 14)に示すよ

うに、海外メーカーは、M& A によって膜メー

カーを買収してきたが、日本の大部分のメーカー

は、自前の技術開発にて膜技術を獲得、蓄積した

日 本

海 外

60%

40%

70%

30%

43%

57%

全膜種 (SWRO) (NF+BWRO) (LP+MF+UF)

SWRO膜

LP+MF+UF膜

図表 13 水処理用膜の供給国(日本・海外)別出荷量割合

出所:膜分離技術振興協会: 浄水膜第 2版(技報堂出版),p12, 2008.2

【東レ調査】

Overseas

Japanese Mitsubishi Rayon

GE (US)

Daicel Chemical

Nitto Denko

Koch (US)

Siemens (Germany)

Norit (Netherlands)

Kubota

Asahi Chemical / Pall (US)

Toyobo

Toray

DOW / Filmtec (US)

◎ : High share product ○ : product in the market △ : under development

Osmonics Zenon Zenon

Memcor Memcor

Filmtech Filmtech Omex Omex

PuronAbcorUOP UOP Abcor

X-Flow

Hydranautics

○ ○

◎ ◎ ○ ○

○ ○

○ ○ ◎ ◎

○ ○ △ ◎

◎ ○

△ △

○ ○ ○

○ ◎ MBRRO MFUFNF

図表 14 世界の膜メーカー

出所:東レ株式会社

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経営センサー 2008.6

経済・産業/トピックス

40

経済・産業/産業技術

40

ものであり、水質制御と高速処理について、絶え

ず性能向上が求められる現在の膜処理技術分野で

の強さの源泉がここにあるものと考えている。

3.世界の水処理事業の中での日本企業の位置付け

世界の水処理事業について目を向けると、日

本は、膜などの素材分野では強いものの、その市

場規模は、世界で年間 1兆円程度である。水処理

事業の本丸である管理・運営分野では、2025 年

時点で年間 100 兆円規模に増大すると予想されて

いることから、この分野への参入が中・長期的な

事業拡大にとって極めて重要であり、日本企業へ

の大きな課題である(図表 15)。

水処理事業の形態は、図表 16 に示すように、

(1)水道事業の管理・運用、(2)プラント建

設・エンジニアリング、(3)機器・素材の供給

の 3つに分けられる。

この中で、最近、大きな変化が生じてきてい

るのが、世界の水道事業分野である。水処理技術

は、地域特性(水質条件と経済条件)に左右され

るので、ローカルな問題として解決することが基

本であるが、管理・運営能力を有している欧州の

世界水ビジネスの市場規模 【東レ推定】 (兆円)

0

20

40

60

80

100

120

EPC  10兆円規模

素材  1兆円規模

管理・運営  100兆円規模

2005年 2025年

図表 15 世界水処理事業の市場規模

(引用) 産業競争力懇談会: 急拡大する世界水ビジネス市場へのアプローチ(最終報告書),p2, 2008.3出所:東レ株式会社

【東レ推定 2008年5月】

プラント建設 (EPC)

機器・素材 供給

水道事業 (上水・下水)

新規・水事業 (造水・再利用)

管理 (資産所有)

建設

エンジニアリング

ポンプ

運用 (運転維持管理)

世界 日本 市場規模予測 (2025年)

100兆円

(60兆円) -2005年-

10兆円

1兆円

公共事業 公共事業

Sulzer, Calder, Grundfos, ERI

ヴェオリア(仏)、スエズ(仏)、 GE(米)、フィッシア(伊)、 ドーサン(韓国)

ダウ(米)、GE(米) シーメンス(独)

①国際コンソーシアム型 丸紅、三井物産、 住友商事、三菱商事、

②国内民需型 栗田工業(*)

三菱重工、日立造船、 ササクラ、日揮、東洋エンジ、 千代田化工、鹿島建設、

酉島製作所、荏原製作所、 日立製作所

東レ、旭化成、 日東電工、クボタ、東洋紡績

荏原製作所、日立製作所、 栗田工業(*)、オルガノ(*)

①欧州水メジャー: ヴェオリア(仏)、スエズ(仏) ②M&Aによる新規参入型: GE(米)、シーメンス(独) ③国家戦略型:

シンガポール、オランダ、 韓国(ドーサン)、ドイツ

図表 16 水処理事業の形態と日本の課題

(注)企業名は、グループ統合会社(代表例)、*印は、民需主体(非社会インフラ設備)を示す。出所:東レ株式会社

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今後の景気の焦点は設備投資の持続力

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水問題! 日本の貢献は?

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水メジャー(ヴェオリア〔Veolia Water : 1853

年設立、フランス〕、スエズ〔Suez : 1822 年創

立、フランス〕)や、M & A による新規参入の

GE、シーメンス(Siemens : 1847 年設立、ドイ

ツ)、国家戦略型のシンガポール、オランダ、韓

国の参入が続いている。

これに対し日本勢は、中東地区における

IWPP1 として商社が事業化を進めているが、水

道・下水道の世界の公共事業分野については、プ

レーヤーが存在しないのが実情である。

4.日本企業の水処理事業世界展開に向けて

水道・下水道分野では、水環境問題解決に向

けた、(1)浄水と造水、(2)下廃水の処理と再

利用について、日本は膜を基幹技術とした優れた

水処理技術を有していることから、水処理施設の

管理と運用を含む水処理事業の全体を統合し、欧

米の水メジャーに対峙できる民間系企業の出現が

待望されている。

産業競争力懇談会(COCN)2 では、世界水ビジ

ネスの戦略マップ(図表 17)を作成すると共に、

今後の活動方針として、次の 3つを提言としてま

とめた。

①推進体制の確立/民間フォーラムの設立

②モデル事業の創出

③ R&Dの推進

2008 年 7 月 7 日から開催される G8 洞爺湖サ

ミットにおいて、日本政府は、世界の『水・エネ

ルギー・食糧』の問題解決への政策提言発表を検

討しており、現在、各方面で鋭意検討が進められ

ている。

1 IWPP: Independent Water and Power Project, 独立系の造水・発電事業2 産業競争力懇談会(COCN): Council on Competitiveness Nippon

資金潤沢

資金欠乏

A・・・既に欧米水メジャーが優位なエリアであり、他領域から進出を図る。 B・・・ODAなど日本の国際協力が活発に行われている領域。 C・・・日本の先進技術を活用した取り組みが可能な領域。 D・・・潜在的市場規模は大きく、今後のR&Dに期待される領域。

水資源豊富 水資源不足

A C MENA諸国、中国都市部…

既に欧州水メジャーが 優位な領域

マレーシア、タイ、インド インドネシア、ベトナム …

アジア周辺国、アフリカ…

世界各国

欧州水メジャーや 新規欧米企業も参入

欧州水メジャー進出開始 一部地域を除き未進出

従来技術の領域 先進技術の領域(造水・下廃水・

高度処理・地下水処理)

第三段階の

国・地域

第二段階の

国・地域

第一段階の

国・地域

B D

図表 17 世界水ビジネス戦略マップ

(注) MENA: Middle East & North Africa出所:産業競争力懇談会: 急拡大する世界水ビジネス市場へのアプローチ(最終報告書),p16, p32, 2008.3