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ISSN 1343-3997 Faculty of Economics, Wakayama University 1. はじめに─意思決定問題とは 2. AHP 3. インターフェイスの作成 4. おわりに 参考文献 練習問題 No.10-08 Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ AHP による意思決定─ 和歌山大学経済学部 牧野真也 2010 6 8 2012 4 7 2013 6 1 修正

Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲmakino/lectures/houdai/ahp.pdf · 1 和歌山大学経済学部 牧野真也 Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ

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ISSN 1343-3997

Faculty of Economics, Wakayama University

目 次

1. はじめに─意思決定問題とは

2. AHP

3. インターフェイスの作成

4. おわりに

参考文献

練習問題

No.10-08

Excelによる経済・経営分野の情報処理Ⅲ

─AHPによる意思決定─

和歌山大学経済学部

牧野真也

2010年 6月 8日

2012 年 4 月 7日,2013 年 6 月 1 日修正

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(表紙裏)

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1

和歌山大学経済学部 牧野真也

Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ

AHP による意思決定

2010 年 6 月 8 日 牧野真也

2012 年 4 月 7 日,2013 年 6 月 1 日 修正

1.はじめに─意思決定問題とは

私たちは,しばしば何らかの決定をしなければならない場面に立たされます。

昼食に何を食べるか,携帯電話は何を買うか,大学はどこを受験するか,就職

先をどこにするか,住居をどこにするか,結婚相手を誰にするか・・・日常的

なものから重大なものまでさまざまなレベルの決定をせまられます。このこと

は企業や政府などのさまざまな活動においても同様です。たとえば,新店舗を

どこに出店するか,新規事業としてどの事業を行なうべきかなどさまざまな決

定が求められるでしょう。

こうした問題は一般に意思決定問題と呼ばれています。ここでは,意思決定

問題を有限の候補(代替案)の中からもっとも適切なものを選択する(決定す

る)問題であるとしましょう。たとえば,今自動車を購入する場合にA車,B

車,C車の3つ代替案のうちどれがもっとも適切であるか決定するといった問

題です。現実には代替案をリストアップすることが困難である場合や,代替案

が組み合わせ的に無数存在する場合もあると考えられますが,ここでは,比較

的少数の代替案に限定できる問題を考えることにします。

どの代替案に決定するかは,意思決定者が代替案を評価するいくつかの基準

によると考えます。自動車の購入の場合は,たとえば価格,燃費,乗り心地,

安全性,デザインなどが考えられるでしょう。そして,このような意思決定問

題が難しい要因は,複数の異なる評価基準によって,代替案の評価が一致しな

いことにあると考えられます。たとえば,A車は価格は手ごろだが安全性に問

題があり,B車は価格は高いが安全性は十分であるといったようにです。この

ような基準が多くある場合,簡単にはどの代替案を選ぶべきかを決定できませ

ん。こうした複数の基準をもつ意思決定問題は多基準意思決定問題と呼ばれま

す。

このような意思決定問題のための代表的な手法として,AHP(Analytic

Hierarchy Process:階層分析法)があります。AHP は 1977 年に T. L. サーテ

ィによって提唱された手法であり,今日では多基準意思決定問題のためのもっ

ともよく用いられる手法です。また,この手法は計算の過程で表を多用するた

め,表計算に非常に適しています。以下,簡単な例に基づいて AHP の基本的な

部分を中心に説明します。

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2 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

2.AHP

AHP では意思決定問題の構造を,最終目標,評価基準,代替案の階層的な関

係と捉えます。そしてその階層構造に基づいて,最終目標からみた評価基準の

ウェイト(重要度),評価基準からみた代替案のウェイトを,一対比較(一対:

2つの項目を比較すること)に基づいて求め,それらを総合化して最終目標か

らみた代替案を評価します。プリミティブな一対比較を積み重ねそれらを計算

によって総合化することにより複雑な判断に役立てることが AHP の基本的な

考え方です。

AHP では以下の作業をします。

(1) 問題の階層構造を記述します。

(2) 階層構造に基づいた各要素(項目)間の一対比較を行ないます。

(3) 一対比較の結果からウェイトを計算します。

(4) (2)(3)に基づいて代替案の総合評価をします。

(5) 一対比較の整合性をチェックします。

以下,自動車の選定の問題を例に用いて,その手法と表計算ソフト Excel で

の実装(どのように作るか)について具体的にみていきましょう。

例題(自動車の選定)

X 君は,新しく自動車を購入しようと思っています。事前にいろいろ

調査して,A 車,B 車,C 車の 3 つに候補を絞り込みました。X 君は,

それらの中から価格,エコ性能,安全性,デザインの 4 つの基準で車を

選定したいと思っています。

(1) 問題の階層構造

まず意思決定問題を,「最終目標―評価基準―代替案」の階層構造で記述しま

す。この例題の場合は,たとえば以下の図1のような階層図で示すことになり

ます。この図は,最終目標と各評価基準,各代替案が,どのように関連づけら

れているか示しています。

Excel の図形描画機能などを用いて(挿入タブから適切な図形を組み合わせて)

描いてみてください。矩形(正方形/長方形)と直線やカギ線の組み合わせで

描くのが普通でしょうか。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 3

和歌山大学経済学部 牧野真也

図 1 自動車の選定の階層図

図は,一番上が最終目標,その下が評価基準,一番下が代替案という形で描

かれます。評価基準は,さらに具体的な評価基準によりさらに詳細化してもか

まいません。たとえば,「エコ性能」には,「燃費」「CO2 排出量」「有害物質排

出量」などがあるかもしれません。しかし,ここでは評価基準をさらに階層化

することは扱いません。

理解を深めるために,身近な問題を題材に,階層図を記述してみましょう。

(2) 一対比較

(1)の階層構造に基づいて,上の項目からみた下の項目について評価します。

ここでは評価する各項目について一対比較を行ないます。まず,最終目標に即

して評価基準の一対比較を行ない,さらに,評価基準ごとの代替案の一対比較

を行ないます。

この例題でいうと,まず「自動車の選定」という最終目標において「価格」「エ

コ性能」「安全性」「デザイン」の評価基準の中から一対(2つ)を取り上げて

比較し評価します。たとえば「価格」「エコ性能」の 2 つについて,最終目標に

照らし合わせて,どちらをどのくらい重視するか表1のような基準にしたがっ

て数値で表現します。例題の場合,評価基準は 4 項目なので,6 通り(=4C2)の

一対比較が行なわれることになります。

この一対比較による評価はそれぞれ評価する人の主観に基づいて,対象の一

対のみを考えて(他の項目は考えないで)評価します。問題全体が複雑で判断

しにくい状況であっても,このような一対比較は比較的容易であることが多い

でしょう。この一対比較の結果は,最終的には表2のような一対比較表にまと

価格 エコ性能 安全性 デザイン

A車 B車 C車

自動車の選定 最終目標

評価基準

代替案

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4 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

められます1。

表 1 一対比較値[出典:刀根(1986)14 ページを一部変更]

一対比較値 意 味

1

3

5

7

9

2,4,6,8

上記の数値の逆数

両方の項目が同じくらい重要

前の項目の方が後の項目より若干重要

前の項目の方が後の項目より重要

前の項目の方が後の項目よりかなり重要

前の項目の方が後の項目より絶対的に重要

補間的に用いる

後の項目から前の項目をみた場合に用いる

表2 一対比較表(目的─評価基準)

価格 エコ性能 安全性 デザイン

価格 1 3 5 7

エコ性能 1/3 1 5 7

安全性 1/5 1/5 1 3

デザイン 1/7 1/7 1/3 1

表2では,それぞれの行の評価基準が,列の評価基準に対してどのくらい重

要であるかを記述します。たとえば,「価格」は「エコ性能」に比べて「若干重

要」と評価しています。「重要」とは,上位の項目にふさわしいということです

から,それを「優れている」「よい」などと読み替えてももちろんかまいません。

なお,同じ項目同士の一対比較値は同じと考えられるので1を記入します。

また,反対の項目からみた一対比較値は逆数にすることになっている2ので,表

の対称位置(行,列が反対の位置)は必ず逆数が記入されます。したがって,

表の対角のいずれか一方の側のみ(たとえば表2のグレーの部分)を評価すれ

ばあとは,自動的に決定されることになります。サッカーなどのリーグ表に似

ています。

この,一対比較表自体を Excel で作成することは非常に簡単です。対角部分

のセルには1を入れておきます。左下半分のセルは,対角対称位置のセルの逆

数になるようにしておきます。

通常,1/3 のような分数は 0.33333…のように小数で表示されます。表示形式

を分数にするには,[数値]グループの[表示形式]のプルダウンから「分数」

1 以下の数値は,刀根(1986)14─24 ページを参考にしています。 2 なぜ逆数か?については心理学的な根拠があるのですが,ここでは触れません。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 5

和歌山大学経済学部 牧野真也

を選びます。また,分数を入力するには,表示形式をあらかじめ分数にしてお

くか,「0 1/3」のように 0 の後にスペースを空けて入力します。

A B C D E

1 価格 エコ性能 安全性 デザイン

2 価格 1 3 5 7

3 エコ性能 =1/C2 1 5 7

4 安全性 1 3

5 デザイン 1

6

次いで,評価基準─代替案の一対比較を行ないますが,ここでは,説明の都

合上,評価基準のウェイトの計算を先に行ないます。これらはどちらを先に作

業してもかまいません。

(3) ウェイトの計算

表2の一対比較表をみて,たとえば,この評価を行なった人は「価格」をも

っとも重視していることが読み取れるでしょう。しかし,この人は価格を他の

評価基準と比べて,いったいどの程度重視しているのでしょうか。また価格以

外のそれぞれの評価基準はどの程度重視しているのでしょうか。そのことを数

値化するための各評価基準のウェイトの計算方法について説明します。

ウェイトの計算にはいくつかの方法があります。固有値法やその簡易計算法,

幾何平均法などです。このうち,固有値法がもっとも信頼できる方法とされて

いますが,Excel で提供されている標準的な機能ではできないので(何らかのプ

ログラミングが必要となります),ここでは幾何平均法で行ないます。幾何平均

とは高校の数学などでは相乗平均と呼ばれるものです。値 𝑥1, 𝑥2, ⋯ , 𝑥𝑛の幾何平

均 Gは,以下の式で求められます。

𝐺 = √𝑥1𝑥2⋯𝑥𝑛𝑛

幾何平均法では,各評価基準(各項目)の一対比較値の幾何平均を求め,全

評価基準の幾何平均の合計が1となるように正規化したものをウェイトとしま

す。具体的な手順としては,それぞれの行の幾何平均を計算し,それらの幾何

平均の合計で各幾何平均を除したものをウェイトとします。

各評価基準の幾何平均は Excel で以下のように容易に計算できます。Excel

では任意の数(実数)でべき乗(^)できるので,=X^(1/n)で n 乗根を計算でき

ます。関数 POWERを使ってもかまいません。

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6 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

A B C D E F

1 価格 エコ性能 安全性 デザイン 幾何平均

2 価格 1 3 5 7 =(B2*C2*D2*E2)^(1/4)

3 エコ性能 1/3 1 5 7

4 安全性 1/5 1/5 1 3

5 デザイン 1/7 1/7 1/3 1

6

ウェイトは,各評価基準の幾何平均の合計で各幾何平均を除して求めます。

たとえば以下のように計算できます。

A B C D E F G

1 価格 エコ性能 安全性 デザイン 幾何平均 ウェイト

2 価格 1 3 5 7 3.2010859 =F2/F$6

3 エコ性能 1/3 1 5 7 1.8481478

4 安全性 1/5 1/5 1 3 0.5885662

5 デザイン 1/7 1/7 1/3 1 0.2871909

6 幾何平均計→ 5.9249907

最終的な結果は,以下のようになります。この結果から,この意思決定者は,

「自動車の選定」において,評価基準「価格」を約 54%,「エコ性能」を約 31%,

「安全性」を約 10%,「デザイン」を約 5%に重みづけているということになり

ます。

A B C D E F G

1 価格 エコ性能 安全性 デザイン 幾何平均 ウェイト

2 価格 1 3 5 7 3.2010859 0.5402685

3 エコ性能 1/3 1 5 7 1.8481478 0.3119242

4 安全性 1/5 1/5 1 3 0.5885662 0.0993362

5 デザイン 1/7 1/7 1/3 1 0.2871909 0.0484711

6 幾何平均計→ 5.9249907

一方,評価基準の一対比較とウェイトの計算と同様に,評価基準ごとに代替

案の一対比較とウェイトの計算を行ないます。その方法は,評価基準の場合と

全く同じです。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 7

和歌山大学経済学部 牧野真也

その結果,「価格」,「エコ性能」,「安全性」,「デザイン」の4つの評価基準に

おける代替案の一対比較表が4つ作成されます。

A B C D E F

1 価格 A 車 B 車 C 車 幾何平均 ウェイト

2 A 車 1 2 3 1.8171206 0.5396146

3 B 車 1/2 1 2 1.0000000 0.2969613

4 C 車 1/3 1/2 1 0.5503212 0.1634241

5 幾何平均計→ 3.3674418

6

7 エコ性能 A 車 B 車 C 車 幾何平均 ウェイト

8 A 車 1 1/5 1/2 0.4641589 0.1056381

9 B 車 5 1 7 3.2710663 0.7444632

10 C 車 2 1/7 1 0.6586338 0.1498987

11 幾何平均計→ 4.3938589

12

13 安全性 A 車 B 車 C 車 幾何平均 ウェイト

14 A 車 1 3 2 1.8171206 0.5278361

15 B 車 1/3 1 1/3 0.4807499 0.1396479

16 C 車 1/2 3 1 1.1447142 0.3325159

17 幾何平均計→ 3.4425847

18

19 デザイン A 車 B 車 C 車 幾何平均 ウェイト

20 A 車 1 1/3 1/3 0.4807499 0.1428571

21 B 車 3 1 1 1.4422496 0.4285714

22 C 車 3 1 1 1.4422496 0.4285714

23 幾何平均計→ 3.3652490

24

たとえば,評価基準「価格」の一対比較表において,セル D2の一対比較値は

3 ですから,A車はC車よりも価格において若干重要(優れている;よい)と評

価されていることになります。これらの一対表を Excel で作成し,同じ一対比

較値を入れた場合に幾何平均,ウェイトが同じ結果になることを確認してくだ

さい。一対比較値を入れるのは,対角の右上の3カ所だけにしてください。

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8 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

(4) 代替案の総合評価

(1)の階層構造にしたがって,最終目標における評価基準のウェイトと,評価

基準ごとの代替案のウェイトが求められたので,これらから最終目標における

代替案の総合評価を行ないます。

これまでみてきた最終目標における評価基準のウェイトと,各評価基準にお

ける代替案とのウェイトは,以下の表3のようにまとめることができます。

表3 ウェイト

自動車の選定 価格 エコ性能 安全性 デザイン

0.5402685 0.3119242 0.0993362 0.0484711

A車 0.5396146 0.1056381 0.5278361 0.1428571

B車 0.2969613 0.7444632 0.1396479 0.4285714

C車 0.1634241 0.1498987 0.3325159 0.4285714

そこで,各代替案の各評価基準に対するウェイトを,最終目標に対する各評

価基準のウェイトで重み付けすれば(乗ずれば),各代替案の最終目標に対する

正規化されたウェイトが計算できます(ウェイト自体が正規化された数値なの

で,必ずそうなります)。

Excel を使えば,上記の表3のようにまとめなくても,これまでの計算結果の

セルを直接参照して計算することができます。以下に計算結果を示すので,作

業して確認してください。なお F 列の総合得点は,B~E 列の和です。この総合

得点の和は必ず1になります(もちろん微少な誤差が出ることはあります)。

A B C D E F

1 価格 エコ性能 安全性 デザイン 総合得点

2 A 車 0.2915367 0.0329511 0.0524332 0.0069244 0.3838455

3 B 車 0.1604389 0.2322161 0.0138721 0.0207733 0.4273003

4 C 車 0.0882929 0.0467570 0.0330309 0.0207733 0.1888541

6

この結果,A車が約 0.38,B車が約 0.43,C 車が約 0.18 で最終目標が重みづ

けられます。いいかえれば,この度合いで購入する自動車として望ましいとい

う結果となり,B車がもっとも推奨されます。また,B~E 列は,総合得点の評

価基準ごとの内訳ということになります。たとえば,B車の望ましさには,「エ

コ性能」「価格」が大きく寄与し,「安全性」「デザイン」はあまり寄与していな

いことがわかります。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 9

和歌山大学経済学部 牧野真也

また,この結果を,たとえば以下の図2のようにグラフ化すると,さらにわ

かりやすくなるでしょう。

図2 グラフによる結果の表示

グラフ中,棒グラフ中の区分線は,[レイアウト]タブの[分析]グループの

[線]ボタンで表示できます。軸の反転は[軸の書式設定]の[軸のオプショ

ン]に[軸を反転する]のチェックボックスがあります。

(5) 整合度の計算

一対比較は,2つの項目のみに限定して行なわれますから,一対比較表全体

としては整合的でない可能性があります。たとえば,「価格」>「エコ性能」か

つ「エコ性能」>「安全性」のときに,「安全性」>「価格」と評価することは

整合的ではないでしょう。また,このような論理的な矛盾ではなくても,一対

比較値が大きく偏っているなど,一対比較表全体でみると整合的でない場合も

あります。

AHP では,一対比較表の整合性の度合い=整合度を計算することができます。

一対比較表の項目数を 𝑛,一対比較表を行列と見たとき3の最大固有値を λ と

すると,この場合,λ ≥ 𝑛であり,完全に整合的な一対評価がなされた場合,理

論的には λ は 𝑛 と一致します。

整合度は 𝐶𝐼 = (λ − 𝑛)/(𝑛 − 1) で計算される指標で,λ の理想値との乖離を

示す指標です。そして,その値は,0.1 が上限とされており,場合によっては

0.15 ぐらいまで許容できるとされています。(なお,λ ≥ 𝑛 なので 𝐶𝐼 ≥ 0 とな

ります。)

では,Excel で λ を計算する方法についてみてみましょう。すでに述べたと

おり Excel では固有値を計算する機能が提供されていないので,これに代わる

3 これを一対比較行列といいます。

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10 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

簡便な方法で計算します。

以下の表4に基づいて具体的に計算してみましょう4。

表4 一対比較表とウェイト(小数点以下 2 桁まで)

自動車の選定 価格 エコ性能 安全性 デザイン

0.54 0.31 0.10 0.05

価格 1 3 5 7

エコ性能 1/3 1 5 7

安全性 1/5 1/5 1 3

デザイン 1/7 1/7 1/3 1

i) 一対比較表の各項目のウェイトをそれぞれの列の値に乗じます。

自動車の選定 価格 エコ性能 安全性 デザイン

0.54 0.31 0.10 0.05

価格 0.54×1 0.31×3 0.10×5 0.05×7

エコ性能 0.54×1/3 0.31×1 0.10×5 0.05×7

安全性 0.54×1/5 0.31×1/5 0.10×1 0.05×3

デザイン 0.54×1/7 0.31×1/7 0.10×1/3 0.05×1

ii) 各項目について,行の合計をそれぞれのウェイトで除します。

自動車の選定 価格 エコ 安全 デザ

計 計

ウェイト 0.54 0.31 0.10 0.05

価格 0.54 0.93 0.50 0.35 2.32 2.32/0.54=4.3

エコ性能 0.18 0.31 0.50 0.35 1.34 4.32

安全性 0.11 0.06 0.10 0.15 0.42 4.20

デザイン 0.08 0.04 0.03 0.05 0.20 4.10

それらの値の平均が λ となります。

λ =4.30 + 4.32 + 4.20 + 4.10

4= 4.23

4 以下の方法は刀根(1986)22─23 ページに基づいています。実際の計算とは多少の誤差

が出るかもしれません。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 11

和歌山大学経済学部 牧野真也

iii) 整合度を上述の式に基づいて計算します。

𝐶𝐼 =λ − 𝑛

𝑛 − 1=4.23 − 4

4 − 1= 0.076…

整合度<0.1 なので,この一対比較表は十分な整合性をもっています。そうで

ない場合は,一対比較表の見直しを行ないます。

以上の計算が表計算で容易にできることは自明でしょう。

他の一対比較表も同様の方法で整合性をみることができます。

また,整合度に問題があり一対比較表を見直す場合,どの一対比較値を修正

すべきか見つけることは簡単でないかもしれません。そのため,修正すべき一

対比較値を見つける方法がいくつか提案されています。最も簡単な方法として,

ウェイトから一対比較値の理論値を計算し,実際の一対比較値との差を計算す

ることなどが考えられるでしょう。興味のある人は調べてみましょう。

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12 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

3.インターフェイスの作成

2では,一対比較表のセル中に直接一対比較値を入力しました。しかし,こ

の方法では,入力する箇所を間違える,とんでもない値を入力してしまうなど

の入力ミスがあるかもしれません。また,表1のような一対比較値の表を常に

参照しないと数値を決定できません。さらに,AHP はマーケティングなどにお

ける消費者アンケートなどで用いられることがありますが,その場合はわかり

やすいアンケート票の設計が必要になったり,実際に回答者に表計算ソフトへ

の入力を依頼したりする場合もあるでしょう。そもそも,表2のような一対比

較表自体が,わかりやすい入力・表示形式とはいえません。

ここでは,入力しやすく,また入力ミスを防いでくれるような,入力用のイ

ンターフェイスを Excel でつくってみましょう。たとえば,以下のようなワー

クシートを考えます5。

A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S

1

左の項目が絶対に重要

左の項目が明らかに重要

左の項目が重要

左の項目が若干重要

両方同じくらい重要

右の項目が若干重要

右の項目が重要

右の項目が明らかに重要

右の項目が絶対に重要

2 一対比較値 9 8 7 6 5 4 3 2 1 1/2 1/3 1/4 1/5 1/6 1/7 1/8 1/9

3 価格 ○ エコ性能

4 価格 ○ 安全性

5 価格 ○ デザイン

6 エコ性能 ○ 安全性

7 エコ性能 ○ デザイン

8 安全性 ○ デザイン

ワークシートの 1~2 行目は,表1の一対比較値を元に作成しています。3 行

目以降の各行の A列と S列に一対の組み合わせを入れておき,A列,S列のいず

れの項目をどのくらい重視するか,該当するセルに「○」を入れるようにしま

す。ここでは表2と同じ結果を入れています。

5 刀根(1986)32─33 ページ,高萩・中島(2005)17 ページを一部参考にしています。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 13

和歌山大学経済学部 牧野真也

○の位置から一対比較値を求める方法はいろいろ考えられますが,関数 SUMIF

を使うのが最も簡単でしょう。SUMIFは SUMIF(範囲, 条件, [合計範囲])という

書式の関数で,指定された「範囲」において「条件」を満たしたセルの合計が

計算されます。オプション引数の「[合計範囲]」が指定されている場合,その

「合計範囲」の対応部分が合計されます。

たとえば,以下では,セル範囲「A1:E1」の条件「">=5"」(このように文字列

で入れます)を満たす箇所(この場合セル B1,C1)に対応する合計範囲「A2:E2」

上のセル B2,C2の合計が計算され,結果は 500(=200+300)となります。

A B C D E F

1 1 5 8 3 2

2 100 200 300 400 500 =SUMIF(A1:E1,">=5",A2:E2)

3

このインターフェイスのワークシートでは,○が入力されているセルに対応

する一対比較値が 2 行目に示されているので,SUMIFを使えば簡単に数値化でき

ます。その値を2でつくった一対比較表が参照するようにすれば,AHP による

計算ができます。

また,○の入力に関して,いくつかのルールがあります。たとえば,特定の

行における○の数は,ただ1つでないと間違いです。関数 COUNTIF(範囲,検索条

件)を用いると,範囲中の検索条件を満たすセルの個数を得ることができます。

たとえば,=COUNTIF(A1:D1, ”=○”)6とすれば,A1:D1中のセルの値が”○”である

セルの個数がわかります。

この関数 COUNTIF を用いて,入力が正しいかチェックすること,たとえば○

が全く入っていない状態や,複数○がついている状態をチェックすることは,

IF 関数を使って簡単にできます。正しくない場合には,適切な警告を表示する

ようにしましょう。

さらに,セルへの入力を特定の値の中からプルダウンで値を選択できる「ド

ロップダウンリスト」を作成することもできます。これらを利用して誤入力を

防止することができます。これは,[データ]タブの [データ ツール]で [デ

ータの入力規則]の[設定]タブで設定できます。「入力値の種類」で「リスト」

を選択し,元の値に「○」などを入れてみましょう。以下の図3のようになり

ます。

6 検索条件の”=”は省略してもかまいません。

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14 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

図3 ドロップリスト

もちろん,他の一対比較表のためのインターフェイスも,全く同様に作成で

きます。

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Excel による経済・経営分野の情報処理Ⅲ─AHP による意思決定─ 15

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4.おわりに

以上,Excel を用いた AHP による意思決定についてみてきました。AHP は,

今日広く使われている意思決定手法です。ここでの説明は最小限にとどめてい

ます。もし AHP を使う機会があればさらに詳しく勉強してください。本稿がそ

のきっかけになればと思います。

参考文献

刀根薫(1986)『ゲーム感覚意思決定法─AHP 入門』日科技連。

高萩栄一郎・中島信之(2005)『Excel で学ぶ AHP 入門─問題解決のための

階層分析法』オーム社。

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16 和歌山大学経済学部,Working Paper Series,No.10-08(2010 年 6 月)

和歌山大学経済学部 牧野真也

練習問題

問題1 本文の説明に基づいて,

(1) AHP による「自動車の選定」のワークシートを作成しなさい。

(2) 一対比較値入力のためのインターフェイスを作成しなさい。

問題2 就職や投資などにおいて,その候補であるいくつかの企業の中からも

っとも適切な企業を選定する問題に AHP を適用してみましょう。

(1) 最終目標,評価基準,代替案の階層図を示しなさい。最終目標,代替案,

評価基準は各自適切に考えましょう。代替案としての企業は3つ以上にしま

しょう。評価基準としては,たとえば就職先の選定であれば,経営理念,や

りがい,仕事の内容,会社の雰囲気,給与,福利厚生,勤務地などいろいろ

考えられるでしょう(もっと大まかな評価基準でもかまいません。たとえば,

給与・福利厚生→待遇)。評価基準も3つ以上にしましょう。

(2) (1)に基づいて,各項目の一対比較,重み付け(ウェイトの計算)を行ない,

代替案を評価しなさい。 一対比較は自分自身で行ないましょう。問題 1 と同

じ一対比較値を使うことはやめましょう。

(3) (2)の整合度を評価し適正であることを確認しなさい。そうでない場合は,一

対比較表を修正しなさい。

問題3 その他,適切な意思決定問題を自分で設定し,AHP を適用してみまし

ょう。

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(裏表紙・裏)

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ISSN 1343-3997

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