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天然地質材料に吸着した重金属(砒素・鉛・カドミウム・水銀)の 安定性に関する実験的研究-重金属再溶出の可能性- Experimental study on stability of heavy metals As,Pb,Cd,Hgadsorbed onto natural geologic materials.-a risk of re-elution of heavy metals- 野呂田 晋・原 淳子 Susumu Norota, Junko Hara キーワード:天然地質材料,吸着層,安定性,重金属,再溶出 Key words : natural geologic material, adsorption-layer system, stability, heavy metal, re-elution はじめに 平成 14 年に土壌汚染対策法が成立したことを契機 に,トンネル工事などで発生する自然由来(土壌・岩 盤にもともと含有されている)の重金属等を含む掘削 土に対しても,周辺の土壌・地下水等の環境保全のた めの対策が実施されるようになった.土壌汚染対策法 施行当時の対策工は,遮水シート等で雨水と掘削土の 接触を避ける遮水工が広く用いられていたが,遮水シー トなどの材料や対策工の施工期間が必要となることか ら,対策費用は高額となっていた. その後,平成 22 年には,国土交通省総合政策局に 学識経験者からなる委員会が組織され,「建設工事に おける自然由来重金属等含有岩石・土壌への対応マニュ アル(暫定版)」が発行された.平成 24 年には,リスク 評価に基づく重金属等の対策マニュアル(一般社団法 人北海道環境保全技術協会,2012 a )が発行されるな ど,自然由来の重金属等を含む掘削土に対する技術的 対応が包括的に示されるとともに,環境保全とコスト 縮減を両立した対策が可能となった. 近年,リスク評価に基づく対策工として注目されて いるのが,吸着層工法(図 1)である.実際の工事現場 での採用例も増加しており(防災地質チーム,2011), 本工法に関するマニュアルも発行されている(一般社 団法人北海道環境保全技術協会,2012 b). 本工法は,第 1 図に示すように,掘削土から溶出す る重金属等に対して吸着等の効果を持つ材料(吸着層) を掘削土の底面に敷くことにより,周辺の土壌・地下 水への影響を環境基準値以下にとどめる方法である. 通常,吸着層を作る材料は,近隣で採取される土砂 (天然地質材料)を母材に人工吸着材を一定の割合で配 合したものが用いられる.人工吸着材は,開発メーカー 等によって示された吸着性能値などをもとに各工事現 場で実施される適用性試験の結果を踏まえた上で,母 材と人工吸着材との最適配合比を決定し,より効果的 な吸着層を作成することができる. 一方,母材(天然地質材料)そのものも,人工吸着材 より性能や品質にばらつきがあるものの,一定の重金 属吸着能を有する(野呂田,2016).天然地質材料を用 いた吸着層工法は,より安価な対策工として,トンネ ル工事で発生する掘削土などで検討され始めているも のの,吸着した重金属の挙動が不明であり,土壌・地 下水等に対する安全性の検証が十分におこなわれてい ないことなどから,実用例は少ない. そこで本報告では,天然地質材料に吸着した重金属 (砒素・鉛・カドミウム・水銀)を対象に,各種試験を 実施した結果を報告する. 研究概要 本報告では,天然地質材料に吸着した重金属(砒素・ 鉛・カドミウム・水銀)の吸着・脱離に大きな影響を 及ぼすと考えられている pH 条件((社)土壌環境セン ター,2008 b,野呂田,2016 など)に着目し,以下に 示す 3 つの試験をおこなった. 1).硫酸添加溶出試験 「重金属等不溶化処理土壌の pH 変化に対する安定 北海道地質研究所報告,第91号,41‐48,2020 第1図 吸着層工法の概念図 Fig. 1 Conceptual diagram of adsorption-layer system. 41

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天然地質材料に吸着した重金属(砒素・鉛・カドミウム・水銀)の

安定性に関する実験的研究-重金属再溶出の可能性-

Experimental study on stability of heavy metals(As,Pb,Cd,Hg)adsorbed onto natural

geologic materials.−a risk of re−elution of heavy metals−

野呂田 晋・原 淳子

Susumu Norota, Junko Hara

キーワード:天然地質材料,吸着層,安定性,重金属,再溶出Key words : natural geologic material, adsorption−layer system, stability, heavy metal, re−elution

Ⅰ はじめに

平成14年に土壌汚染対策法が成立したことを契機に,トンネル工事などで発生する自然由来(土壌・岩盤にもともと含有されている)の重金属等を含む掘削土に対しても,周辺の土壌・地下水等の環境保全のための対策が実施されるようになった.土壌汚染対策法施行当時の対策工は,遮水シート等で雨水と掘削土の接触を避ける遮水工が広く用いられていたが,遮水シートなどの材料や対策工の施工期間が必要となることから,対策費用は高額となっていた.その後,平成22年には,国土交通省総合政策局に

学識経験者からなる委員会が組織され,「建設工事における自然由来重金属等含有岩石・土壌への対応マニュアル(暫定版)」が発行された.平成24年には,リスク評価に基づく重金属等の対策マニュアル(一般社団法人北海道環境保全技術協会,2012 a)が発行されるなど,自然由来の重金属等を含む掘削土に対する技術的対応が包括的に示されるとともに,環境保全とコスト縮減を両立した対策が可能となった.近年,リスク評価に基づく対策工として注目されて

いるのが,吸着層工法(図1)である.実際の工事現場での採用例も増加しており(防災地質チーム,2011),本工法に関するマニュアルも発行されている(一般社団法人北海道環境保全技術協会,2012 b).本工法は,第1図に示すように,掘削土から溶出す

る重金属等に対して吸着等の効果を持つ材料(吸着層)を掘削土の底面に敷くことにより,周辺の土壌・地下水への影響を環境基準値以下にとどめる方法である.通常,吸着層を作る材料は,近隣で採取される土砂(天然地質材料)を母材に人工吸着材を一定の割合で配合したものが用いられる.人工吸着材は,開発メーカー等によって示された吸着性能値などをもとに各工事現場で実施される適用性試験の結果を踏まえた上で,母

材と人工吸着材との最適配合比を決定し,より効果的な吸着層を作成することができる.一方,母材(天然地質材料)そのものも,人工吸着材

より性能や品質にばらつきがあるものの,一定の重金属吸着能を有する(野呂田,2016).天然地質材料を用いた吸着層工法は,より安価な対策工として,トンネル工事で発生する掘削土などで検討され始めているものの,吸着した重金属の挙動が不明であり,土壌・地下水等に対する安全性の検証が十分におこなわれていないことなどから,実用例は少ない.そこで本報告では,天然地質材料に吸着した重金属

(砒素・鉛・カドミウム・水銀)を対象に,各種試験を実施した結果を報告する.

Ⅱ 研究概要

本報告では,天然地質材料に吸着した重金属(砒素・鉛・カドミウム・水銀)の吸着・脱離に大きな影響を及ぼすと考えられている pH条件((社)土壌環境センター,2008 b,野呂田,2016など)に着目し,以下に示す3つの試験をおこなった.

1).硫酸添加溶出試験「重金属等不溶化処理土壌の pH変化に対する安定

北海道地質研究所報告,第91号,41‐48,2020

第1図 吸着層工法の概念図Fig. 1 Conceptual diagram of adsorption−layer system.

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性の相対的評価方法(土壌環境センター第2号技術標準)((社)土壌環境センター,2008 a)」に準拠した「硫酸添加溶出試験」.

2).脱離試験広範な pH変化に対する重金属の溶出傾向を評価す

るため,pHを変化させた試験溶液に対する重金属の脱離(溶出)試験.

3).カラム通水試験酸性雨を模擬した硫酸酸性溶液によるカラム通水試

験.

以下に,試験方法の詳細について述べる.

Ⅲ 試験方法

Ⅲ.1 供試試料

供試試料は,野呂田(2016)において吸着性能(分配係数)が高かった Y試料と O試料の2試料とした.第2図に両試料を採取した土取場の位置を示す.試料の採取は,土取場に露出する地層の主体となる代表的な層相から採取した.Y試料は,土取場 Yで採取した半固結の砂質凝灰岩である.O試料は,土取場 Oから採取した粘土質含礫砂である.野呂田(2016)にておこなった両試料の全岩含有量分析結果,バッチ式吸着試験結果から算出した分配係数および水溶出試験結果(環境省告示第18号準拠)を第1~3表に示す.

Ⅲ.2 重金属吸着試料の作成

天然地質材料に重金属を吸着させる方法は,公定法

などによる定めが無いため,本研究では,野呂田(2016)に従い,バッチ式により吸着させた.重金属吸着試料(以下,吸着土)の作製方法は,以下のとおりである.

1).Yおよび O試料を40℃で24~48時間乾燥し,目開き2.0 mmの樹脂製ふるいで2.0 mm以下に調整する.

2).上記調整済み試料と濃度既知(C0)の溶液をポリ容器内で混合し,24時間振とうする(200 rpm)(溶液の詳細は,野呂田(2016)を参照).

3).その後,遠心分離をおこない(3,000rpm,20分間),

第2図 試料採取位置Fig. 2 Sampling point in this study.

第1表 供試試料の全岩含有量分析結果(蛍光 X線分析法)(野呂田,2016より)Table 1 Whole−rock geochemical data of two test samples.

42 北海道地質研究所報告,第91号,41‐48,2020

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上澄み液を孔径0.45 μmのメンブレンフィルターでろ過し,ろ液について重金属の成分濃度(C)を測定する.

4).振とう前の重金属濃度(C0)と試験後の重金属濃度(C),溶液量(V)および試料量(W)から,次式により,試料への重金属の吸着量(Q)を算出する.

Q=(C0-C)V/W

5).ポリ容器内の試料を純水で洗浄後凍結し,真空にて凍結乾燥させたものを吸着土とした.吸着土は,Y試料,O試料ともに,砒素・鉛吸着土,カドミウム吸着土および水銀吸着土の3種作製した.

第4表に各重金属の吸着土の C0,Cおよび Qの値を示す.

Ⅲ.3 硫酸添加溶出試験

本試験は本来,人工吸着材によって不溶化処理を施した土壌が埋め戻された後に,酸性雨に土壌が暴露された際の重金属等の安定性を評価することを目的としている.pH4.0の酸性雨が年間2,000 mm降ると仮定し,100年間の酸曝露量を硫酸根として設定した硫酸酸性溶液(0.769 mmol/L)による溶出試験である.本試験は,環境省水・大気環境局土壌環境課(2012)「土壌汚染対策法に基づく調査及び措置に関するガイドライン(改訂第2版)」において,安定性に係る試験方法の例として記述されているほか,「人工資材による自然由来重金属等を含む掘削土対策の設計・施工マニュアル」(一般社団法人北海道環境保全技術協会,2017)においても,不溶化効果の確認試験として掲載されているなど,不溶化対策がおこなわれる多くの現場で採用されている.吸着層工法に用いる吸着層は,掘削土の底面に埋め

戻す形になることから,埋め戻し土と同様の外的変化に暴露される.そこで,本研究では,天然地質材料に吸着した重金属の安定性に関する試験として本試験を採用した.試験方法は,以下のとおりである.各重金属吸着土をそれぞれ1 g秤量し,0.769 mmol/

L硫酸溶液(pH 2.8)を10 ml加え,室温で6時間振とうする(200 rpm).その後,遠心分離をおこない(3,000

rpm,20分間),上澄み液を孔径0.45 μmのメンブレンフィルターでろ過し,ろ液について成分濃度(砒素,鉛,カドミウム,水銀)を測定した.測定方法は,砒素・鉛が電気加熱原子吸光法(Varian製:AA240 Z),カドミウムが ICP質量分析法(Agilent Technologies製Agilent 7500 cx),水銀が還元気化原子吸光法(日本インスツルメンツ製 RA−3320)である.

Ⅲ.4 脱離試験

重金属の吸着・脱離等には,pH条件が大きく影響することが明らかにされている.例えば,藤井ほか(2012),呉ほか(2016)では,人工吸着材によって不溶化処理された土壌に対し,酸(硫酸や塩酸)やアルカリ(水酸化ナトリウムや水酸化カルシウム)を用いて強制的に負荷を与え,安定性の評価をおこなっている.そこで,本研究においても,強酸性~強アルカリ性の pH

の試験溶液を用い,天然地質材料に吸着した重金属の脱離(溶出)試験を実施した.試験の方法は,以下のとおりである.

1).試験溶液は,酸性側については純水に硫酸を添加し,アルカリ性側については純水に水酸化ナトリウムを添加し,溶液のpHを0.5・2.0・4.0・6.0・8.0・10.0・13.0(±0.2)の計7段階に調整する.

2).吸着量既知(第4表:Q)の吸着土2 gに上記試験

第2表 供試試料の重金属分配係数(野呂田,2016より)

Table 2 Heavy metal distribution coefficient of two testsamples..

第3表 供試試料の水溶出試験結果(野呂田,2016より)

Table 3 Results of leaching test of two test samples.

第4表 吸着土の Co,C,Qの関係Table 4 Relationship between A, B, and C of two test samples (arsenic, lead, cadmium, mercury.)

天然地質材料に吸着した重金属(砒素・鉛・カドミウム・水銀)の安定性に関する実験的研究-重金属再溶出の可能性-(野呂田 晋・原 淳子) 43

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第5表 硫酸添加溶出試験の結果Table 5 Results of leaching test under sulfuric acid

condition.

溶液を20 ml加え,25℃で24時間振とう後,遠心分離をおこない(3,000 rpm,20分間),上澄み液を孔径0.45

μmのメンブレンフィルターでろ過し,ろ液について成分濃度(C)(砒素,鉛,カドミウム,水銀)を測定した.測定方法は,砒素・鉛・カドミウムが ICP質量分析法(Agilent Technologies製 Agilent 7500 cx),水銀が還元気化原子吸光法(日本インスツルメンツ製 RA−

3320)である.3).試験後の重金属濃度(C),溶液量(V)および吸

着土量(2 g)から,次式により脱離量(D)を算出した.

D=(C×V)/2

4).脱離量(D)および吸着量(Q)から次式により脱離率を算出した.

脱離率(%)=(D/Q)×100

Ⅲ.5 カラム通水試験

本試験は,砒素・鉛吸着土,カドミウム吸着土,水銀吸着土の各カラムを作成後,連続的に上向流でカラム内に試験溶液を通水した.試験に用いたカラムおよび試験方法は,第3図に示す.カラムは内径17.5 mmの円筒状のアクリル管を使用

した.カラム下部は通水用チューブを接続したシリコン栓で密閉した.カラム内の底面(シリコン栓の直上)にガラスビーズを敷き,ビーズの上位に PTFE製メッシュシートを敷いた.シートの上方に吸着土を数回に分けて充填した.吸着土の層厚が約30 mm(±2 mm)となるよう静的に締め固めた結果,各吸着土を充填した乾燥密度は,0.7~1.1 g/cm3となった.カラムの上部は,下部と同様に,吸着土の上に PTFE製メッシュシートを載せ,その上にガラスビーズを敷き,最後に通水用チューブを接続したシリコン栓で密閉した.カラムに通水した試験溶液は,純水に H2SO4を加え

pH 4.8(±0.05)に調整した硫酸酸性溶液とした.なお,試験溶液の電気伝導度は,1.5 mS/mであった.通水には,チュービングポンプを用いた.総通水量

は3,240 mlで,年間降水量を1,500 mm(北海道の1981

~2015年(10年間)の年平均降水量1,148 mm(北海道総合政策部政策局土地水対策課,2018)を上回る量に設定),降雨浸透率を30%と仮定し,約30年分の降水量に相当する.また,この通水量は,カラム内の間隙(体積)を試験溶液が650~800回入れ替わることに相当する.採水は30ml毎におこなった.採水試料は,孔径0.45

μmメンブレンフィルターでろ過し,ろ液について成分濃度(砒素,鉛,カドミウム,水銀)を測定した.測定方法は,砒素・鉛・カドミウムが ICP質量分析法(Agilent Technologies製 Agilent 7500 cx),水銀が還元気化原子吸光法(日本インスツルメンツ製 RA−3320)である.また,残液を用いて,pH・電気伝導度の測定もあわせておこなった.

Ⅳ 試験結果

以下に各試験の結果をまとめる.

Ⅳ.1 硫酸添加溶出試験結果

試験結果を第5表に示す.Y試料および O試料の各吸着土は,すべての重金属(砒素・鉛・カドミウム・水銀)において,その溶出濃度は定量下限値未満であった.

Ⅳ.2 脱離試験結果

第4図に,脱離試験結果を示す.砒素・鉛吸着土における砒素については,Y試料・

O試料ともに,pHが4.0以下になると僅かに脱離し始め,pH 1.0以下ではすべての砒素が脱離した.アルカリ性条件では,pH 13.0以上ですべて脱離した.砒素・鉛吸着土における鉛については,両試料とも

に pHが4.5以下になるとわずかに脱離し始め,pHが1.0以下になると,Y試料では約27%が,O試料では約58%が脱離した.アルカリ性条件では,pHが13.0

以上になっても,脱離率は両試料ともに1%未満であった.カドミウム吸着土は,両試料ともに pHが5.0以下

になるとわずかに脱離し始め,pHが1.0以下になると,96~98%が脱離した.アルカリ性条件では,両試料の脱離率は1%未満であり,鉛と同様の傾向を示した.水銀吸着土は,pHが1.0以下の強酸性条件および13.0

第3図 カラム通水試験の模式図Fig. 3 Schematic diagram of column test by continuous

water flow.

44 北海道地質研究所報告,第91号,41‐48,2020

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第4図 脱離試験の結果Fig. 4 Result of desorption test.

以上の強アルカリ条件で僅かに脱離したが,最大でも3%未満の脱離量にとどまり,砒素・鉛・カドミウムとは異なる傾向を示した.

Ⅳ.3 カラム通水試験結果

砒素・鉛吸着土のカラム通水試験結果を第5図に示す.縦軸は溶出液の砒素・鉛濃度,横軸はカラム内間隙の試験溶液による交換回数(回)としている.

Y試料の砒素濃度は,最初の採水試料(1~6回)で,1.8 μg/Lを示した.また,150~170回で,最大2.5 μg/

Lの濃度を示した.Y試料の鉛濃度は,通水開始から30回までの間に,最大6.8 μg/Lの濃度を示した.

O試料の砒素濃度は,すべて定量下限値未満(1 μg/

L未満)であった.O試料の鉛濃度は,通水開始から11

回までの間に,最大1.7 μg/Lの濃度を示した.Y試料の pHは,通水開始時が最も低く,3.4まで

低下した.溶出液の砒素濃度の上昇が認められた150

~170回交換時にも,pHが4.1まで低下したほか,440

~550回交換時にもわずかに pH低下(4.6)が認められる.その後,pHは,4.8~5.0まで徐々に上昇した.

O試料の pHは,Y試料と同様に,通水開始時が最も低く,4.1まで低下した.また,200~230回および320~350回交換時に pH低下(4.6~4.7)が認められる.なお,その際に,溶出液の砒素および鉛の濃度上昇は認められない.440~470回交換時には,pHが4.7から5.1に上昇したものの,その後の pHは4.8~4.9で推移している.

Y試料の電気伝導度は,通水開始時が最も高く,最大40 mS/mを示した.砒素濃度の上昇および pH低下が認められた150~170回交換時には,電気伝導度も上昇した.そのほか,pH低下が認められた440~550

回交換時にも電気伝導度がわずかに上昇している.O試料の電気伝導度は,Y試料と同様に,通水開始

時が最も高く,最大6.5 mS/mを示した.pH低下が認められた200~230回および320~350回交換時にも,電気伝導度が上昇している.カドミウム吸着土および水銀吸着土のカラム通水試

験では,重金属の溶出濃度はすべて定量下限値(カドミウム:0.3 μg/L,水銀:0.1 μg/L)未満であった.第6図

第5図 カラム通水試験の結果(砒素・鉛)Fig. 5 Result of column test by continuous water flow (Arsenic and lead)

天然地質材料に吸着した重金属(砒素・鉛・カドミウム・水銀)の安定性に関する実験的研究-重金属再溶出の可能性-(野呂田 晋・原 淳子) 45

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にカドミウム吸着土および水銀吸着土の溶出液の pH・電気伝導度の変化を示す.カドミウム吸着土の pHは,両試料ともに,試験溶

液の pH(4.8)より低下することはなく,最も低い値は,Y試料が5.6,O試料が5.4であった.また,カドミウム吸着土の電気伝導度は,両試料ともに,砒素・鉛吸着土と同様,通水開始直後の値が最も高かった.水銀吸着土の pHは,両試料ともに,試験溶液の pH

(4.8)より低下することはなく,最も低い値は,Y試料が5.6,O試料が5.2であった.また,水銀吸着土の電気伝導度は,両試料ともに,通水開始直後が最も高かった.

Ⅴ 吸着土の安定性および再溶出の可能性

硫酸添加溶出試験では,Y試料・O試料ともに,砒素・鉛・カドミウム・水銀の溶出濃度は,定量下限値

未満であった(第5表).定量下限値は,砒素・鉛・カドミウムの溶出量基準(10 μg/L)および水銀の溶出量基準(0.5 μg/L)の1/5~1/10の値である,脱離試験においては,砒素は,pHが4.0以下になる

とわずかに脱離し始め,強酸性条件(pH<1.0)で吸着した砒素のすべてが脱離した(第4図).また,強アルカリ性条件(13.0<pH)においても,吸着した砒素のすべてが脱離した.一方,鉛・カドミウムは,酸性条件(pH<4.5~5.0)で脱離率がわずかに上昇し始め,強酸性条件(pH<1.0)になると,鉛の60%程度が,カドミウムの90%以上が脱離した(第4図).水銀は,強酸性・アルカリ性条件で最大でも3%未満の脱離率にとどまった(第4図).土木研究所報告(2014)では,様々な岩種の掘削土に

対し,3年以上雨水に暴露させた時の浸出水の pH変化などを報告している.それによると,鉱脈試料などの例外を除き,浸出水の pHは,4.5~7.5程度の値を

第6図 カラム通水試験の pH・電気伝導度の変化(カドミウム,水銀).Fig. 6 Result of column test by continuous water flow (Cadmium and mercury)

46 北海道地質研究所報告,第91号,41‐48,2020

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示す.以上のことから,Yおよび O試料に吸着した砒素・

鉛・カドミウム・水銀は,pH4.0の酸性雨(年間2,000

mm)に100年間曝露されても溶出量基準(10 μg/L)を超過する濃度で再溶出する可能性は低いものと判断できる.加えて,鉱化変質帯など特殊な掘削土を除いた通常の pH範囲では,砒素・鉛・カドミウム・水銀は安定的に天然地質材料中にとどまると考えられる.カラム通水試験では,通水開始時(0~30回)に砒素・

鉛が,通水の中途(150~170回交換時)で砒素の濃度上昇が認められ,砒素で最大2.5 μg/L,鉛で最大6.8μg

/Lの溶出濃度であった.その際の溶出液の pHは,3.4

~4.1まで低下していた.上述のとおり,脱離試験において,溶液の pHが4.0以下になると砒素が,4.5以下になると鉛の脱離が始まる.このことから,溶出量基準(10 μg/L)を超過するには至らなかったものの,カラム通水試験における砒素および鉛の溶出は,pH

が4.0~4.5以下まで低下したことが主因と考えられる.一方,カドミウムおよび水銀は,カラム通水試験の

溶出濃度は,定量下限値未満であった.また,溶出液の pHは,試験溶液の pH(4.8)よりも低下することは無く,カドミウム吸着土で5.4,水銀吸着土で5.3が最も低い pHであった.脱離試験結果によると,カドミウムは,pHが5.0以下で脱離し始める.また,水銀の脱離率は3%未満にとどまっていた.したがって,カドミウムおよび水銀のカラム通水試験では,溶出液のpHが,脱離の始まる pHまで低下しなかったことで溶出量が小さな値にとどまったものと考えられる.

Ⅵ まとめと課題

本報告では,天然地質材料に吸着した砒素・鉛・カドミウム・水銀について,その安定性に関する各種試験を実施した.その結果,以下のことが明らかとなった.

1) 硫酸添加溶出試験の結果,砒素・鉛・カドミウム・水銀を吸着した天然地質材料(Y試料および O試料)は,pH 4.0の酸性雨(年間2,000 mm)に100年間曝露されても溶出量基準(10 μg/L)を超過するような濃度で再溶出することはなかった.

2) 脱離試験の結果,砒素は pH4.0以下で,鉛・カドミウムは pH4.5~5.0以下でわずかに天然地質材料から脱離する.さらに,強酸性条件(pH<1.0)では,砒素・鉛・カドミウムの脱離率が急激に上昇し,60~100%が脱離した.一方,水銀の脱離試験では,強酸性・アルカリ性条件においても,最大で3%未満の脱離率にとどまった.

3) カラム通水試験の結果,通水初期や通水中途にわずかに砒素・鉛が再溶出したものの,溶出量基準を

超過する濃度には至らなかった.カドミウム・水銀吸着土では,重金属の溶出濃度はすべて定量下限値未満であった.

4)カラム通水試験で確認された砒素・鉛の再溶出は,脱離試験結果から判断すると,溶出液の pHが4.0~4.5

程度以下まで低下したことが原因と考えられた.5)通常の掘削土からの浸出水の pH範囲(4.5~7.5)

では,砒素・鉛・カドミウム・水銀は,安定的に天然地質材料中にとどまるものと考えられる.

砒素については,堆積岩において,浸出水の pHがアルカリ性を示す掘削土も報告されているなど,浸出水には様々なタイプが存在する.しかし,今回の研究は,各重金属を含む単一種の溶液を用いて作製した吸着土に対する試験結果である.今後,液性や共存物質が異なるタイプの浸出水に対する安定性も検討する必要がある.

謝 辞

本報告をまとめるにあたり,北海道建設部土木局河川砂防課・同道路課,同環境生活部環境局循環型社会推進課,同総合企画部交通政策局新幹線推進室の関係各位には,研究の遂行にあたっての情報収集にご協力をいただいた.また,独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構北海道新幹線建設局には研究成果の発表の機会を提供いただいた.以上の方々に,ここに記して感謝の意を表します.

文 献

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48 北海道地質研究所報告,第91号,41‐48,2020