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72 株価予想と金融の不安定性* 一一ポスト・ケインジアンからの接近一一 要約 マクロ経済における実体蘭と金融商の相互作用を分析するには,企業の投資行動と資金調達の 定式化が必須となる。株式発行は,銀行借入と同様に重要な投資資金の調達手段であり,株価は キャピタルゲインを得ょうとする需要側の要因に大きく依存する。本稿では, Minsky(1975) の「金融不安定性仮説」をモデル化した Taylor and O'Connell (1985) や足立 (1994) にキャピ タルゲインを得ょうとする家計や銀行の株式投資行動を明示的に導入することで,株価予想およ び銀行信用がマクロ経済に及ぼす影響について考察する。結論として,動学モデルから.企業が 自らの負債・資本比率に関して株式配当額を弾力的に変動させるときや企業の株式・資本比率が, 家計の総資産に占める株式保有比率よりも小さいとき,定常状態は鞍点になることが示される。 定常状態が鞍点になるとき,中央銀行による金融政策は不安定な経路にある経済を定常状態に向 かう収束経路に移行させることができる。しかしその実現には困難を伴うことが指摘される。 1 はじめに サブプライムローン問題に端を発する近年の世界同時不況は,金融的要因がマクロ経済を不 安定化させる主因の 1 つであることを改めて示した。金融市場の複雑化と多層化が進展する中, 実体面と金融面の動態的関係を理論的に把握するためには,金融市場を明示したマクロモデル の構築が必要になる。 景気循環と金融システムに関する議論は,これまで数多くなされてきた。その中で,金融的 要因が実体経済にもたらす不安定性を議論した研究に Minsky(1975)がある九 Minsky の「金 〔キー・ワーズ〕 キャピタルゲイン.資産選択,金融的不安定性,金融政策 * 本稿作成にあたり,井本伸准教授(尾道市立大学)から貴重なコメントを頂きました。また,本誌 匿名のレフェリーから本論文に関して有益なコメントを頂きました。ここに記して深く感謝申し上げ ます。もちろん,残りうる誤謬はすべて筆者の責任です。 1) 資本主義経済に内在する経済の不安定性を強調する点で Minsky はポスト・ケインジアンに属する。 ポスト・ケインジアンの形成と展開については Lavoie (2006) が詳しい。また,ニュー・ケインジ アンの立場から, Kiyotaki and Moore (1995) Bernanke Gertler and Gilchrist(1996) は, r フイノ

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72

株価予想と金融の不安定性*一一ポスト・ケインジアンからの接近一一

渡 遺 敏 生

要約

マクロ経済における実体蘭と金融商の相互作用を分析するには,企業の投資行動と資金調達の

定式化が必須となる。株式発行は,銀行借入と同様に重要な投資資金の調達手段であり,株価は

キャピタルゲインを得ょうとする需要側の要因に大きく依存する。本稿では, Minsky (1975)

の「金融不安定性仮説」をモデル化した Taylorand O'Connell (1985)や足立 (1994)にキャピ

タルゲインを得ょうとする家計や銀行の株式投資行動を明示的に導入することで,株価予想およ

び銀行信用がマクロ経済に及ぼす影響について考察する。結論として,動学モデルから.企業が

自らの負債・資本比率に関して株式配当額を弾力的に変動させるときや企業の株式・資本比率が,

家計の総資産に占める株式保有比率よりも小さいとき,定常状態は鞍点になることが示される。

定常状態が鞍点になるとき,中央銀行による金融政策は不安定な経路にある経済を定常状態に向

かう収束経路に移行させることができる。しかしその実現には困難を伴うことが指摘される。

1 は じ めに

サブプライムローン問題に端を発する近年の世界同時不況は,金融的要因がマクロ経済を不

安定化させる主因の 1つであることを改めて示した。金融市場の複雑化と多層化が進展する中,

実体面と金融面の動態的関係を理論的に把握するためには,金融市場を明示したマクロモデル

の構築が必要になる。

景気循環と金融システムに関する議論は,これまで数多くなされてきた。その中で,金融的

要因が実体経済にもたらす不安定性を議論した研究に Minsky(1975)がある九 Minskyの「金

〔キー・ワーズ〕

キャピタルゲイン.資産選択,金融的不安定性,金融政策

* 本稿作成にあたり,井本伸准教授(尾道市立大学)から貴重なコメントを頂きました。また,本誌

匿名のレフェリーから本論文に関して有益なコメントを頂きました。ここに記して深く感謝申し上げ

ます。もちろん,残りうる誤謬はすべて筆者の責任です。

1) 資本主義経済に内在する経済の不安定性を強調する点で Minskyはポスト・ケインジアンに属する。

ポスト・ケインジアンの形成と展開については Lavoie(2006)が詳しい。また,ニュー・ケインジ

アンの立場から, Kiyotaki and Moore (1995)やBernanke,Gertler and Gilchrist (1996)は, rフイノ

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株価予想と金融の不安定性 73

融不安定性仮説」は,企業の資本構造や金融機関の資金供給行動といったミクロ的な金融的要

因がマクロ経済に及ぼす影響を分析しており. Keynes (1936) だけでなく. Fisher (1933)の

議論にも通じる。

Minskyの議論は. Kindleberger (1978)の理論的基盤となる一方で,様々な観点からモデル

化された。その代表的な研究に Taylorand O'Connell (1985)や足立 (1990) (1994)がある。

特に,足立は,銀行信用の拡張や収縮によって好況や不況が加速される過程をモデル化し,銀

行信用がもたらす経済の不安定性を指摘した 2)。

金融面と実体面の相互作用を分析する際,必須となるのが企業の投資行動と資金調達の定式

化である。株式発行は,銀行借入と同様に重要な資金調達の手段である。株価はキャピタルゲ

インを得ょうとする需要側の要因に大きく依存しており,株価変動は企業の資金調達や家計の

総資産を通じてマクロ経済に影響を及ぼしていく。株式市場に内在する各経済主体の株価予想

は経済動態を生み出す重要な要因となる。

しかし Minskyの議論をケインズ理論の枠組みに沿って展開した先行研究において,キャ

ピタルゲインを得ょうとする経済主体の行動を定式化したものは少ない3)。例えば,足立は,

株式収益予想として長期期待を明示しているが,それがキャピタルゲインを得ょうとする経済

主体のモデル化なのか明らかではない。また,伊藤 (1996) は,予想株価水準を明示している

が,静学モデルであるため. KeynesやMinskyが強調した経済の動態性について十分な分析が

なされていない。

そこで本稿では,金融市場に内在する将来予想として予想株価水準を明示し,キャピタルゲ

インを得ょうとする経済主体の株式投資行動や銀行信用を考慮、に入れたマクロモデルを構築す

る。本稿のモデルは,家計だけでなく銀行も株式投資を行う点で伊藤と同様の設定であるが,

動学モデルを新たに展開することでマクロ経済の動態的性質について考察する。分析では,企

業の負債・資本比率と予想株価による動学モデルを構築し金融的不安定性が生じる際の金融

政策の有効性について考察する。

足立らとは異なった結論として,本稿では,企業が自らの負債・資本比率に関して株式配当

額を弾力的に変動させるときや企業の株式・資本比率が 家計の総資産に占める株式保有比率

よりも小さいとき,定常状態は鞍点になることが示される。定常状態が鞍点になるとき,中央

¥ナンシャル・アクセラレータ仮説」を展開し 担保価値の変動がマクロ経済の変動を増幅させること

を議論している。その特徴として,経済の変動過程を情報の非対称性を考慮した経済主体の最適化行

動の結果として導出している。

2) Minskyの議論を非線形マクロ動学の分野において展開した研究に.Foley (1987)や Semmler(1987)

がある。また.Minskyとは異なる視点から IS-LM分析の見直しを行った研究に Bernankeand

Blinder (1988)カfある。

3) キャピタルゲインを考慮したマクロモデルは,合理的バブルを考察した OLGモデルでよく見られ

る。代表的な研究に Tirole(1985)がある。

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74 経済学雑誌第113巻第 l号

銀行による金融政策は不安定な経路にある経済を定常状態に向かう収束経路に移行させること

ができる。しかし金融政策によって中央銀行が基準貸付利率を収束経路の水準よりもわずか

でも高い値に設定すると,深刻な不況を招くことになるヘこの結論は,日本のバブル経済期

に景気を抑制するために行った公定歩合(当時の名称)の引き上げが,バブル経済の崩壊とそ

の後の深刻な不況を招いたとする議論と合致する。なお 本稿では財の価格を 1に固定して議

論することにする。

2 経済主体の行動

2.1 企業の投資決定5)

企業は,財・サービスを供給すると同時に 投資活動を行う経済主体である。企業は現存の

資本ストック Kのもとで新たな投資Iを行う。企業には倒産の可能性が毎期存在し倒産すれ

ば投資収益は得られない。投資の予想収益Qを一定として,企業の倒産可能性σを考慮した

とき,投資の予想収益の流列は {Q,(l-a)Q, (1-σiQ,…}と表される。このとき,投資の予想収

益の割引現在価値PVは,銀行の貸付利子率を rとして,

PV=エ:IQ(1σ)i-l/(1 + rY =Q /(r +σ) (1)

と表される。

現存資本ストックに対する投資の予想収益 Q/Kを資本蓄積率hの増加関数としまた,企

業の倒産確率 σを企業の負債・資本比率lの増加関数とすると,

Q/K=u(k), uk>O, Ukk<O, k=I/K (2)

σ=σ(1), a[ > 0, 1 = L / K (3)

と表される。なお,Lは企業における既存の負債残高を表している。

企業が今期計画する投資から期待されるネット・キャッシュフローの割引現在価値どは,

πf =Q/(r+σ(1)) -1 = [u(k)/(r +σ(l))-k]K (4)

と表され,企業はこの値を最大にするように資本蓄積率hを決定する。資本蓄積率kは,

uk =r+σ(1) (5)

4) 日本銀行は, 2006年にそれまで使用してきた「公定歩合Jという名称を「基準割引率および基準

貸付利率Jに変更した。本稿では,中央銀行が民間銀行に貸付を行う際の利子率を,便宜上, I基準

貸付利率」と呼ぶことにする。

5) 企業の投資決定と資金調達に関する定式化は 足立 (1990) (1994)に倣っている。

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株価予想と金融の不安定性 75

表 1 各経済主体のバランスシート

中央銀行 企業

中央銀行貸出金 AS | 中央銀行預金 R 資本 L

貨幣 MS 株式 qE

市中銀行 家計

貸出 Lb 預金 Dh 貨幣 W

株式 qEb 中央銀行借入金 Ab 預金 Dh

中央銀行預金 R 株式 qEh

を満たすことになり ,(5)式を資本蓄積率について解くと,

k=k(r,1) , kr<O, k{く O (6)

が導出できる。資本蓄積率は 貸付利子率および企業の負債・資本比率の減少関数となる。

2.2 投資の資金調達

次に,投資の資金調達について考えてみよう。企業は収益から銀行への利払いを行い,その

残りを賃金もしくは配当として家計にすべて分配するものとする。企業は,内部留保を行わず,

投資資金は銀行借入と株式発行によって賄われる 6)。

株式は,時価で発行されるものとして 1株の額面に対する時価との比率を q (以下の議論で

株価とはqを意味する)と表すことにする。新株発行の額面価値を L1E,新規借入量を L1Ldと

すると,

I=qf'..E+企Ld (7)

が成り立つ。借入総額Ldは既存の借入残高Lに新規借入量L1Ldを足し合わせたものであるから,

ど=L+必f (8)

と表される。 (8)式を (7)式に代入して,両辺を Kで割ると,資金調達式は.既発行の株式

の額面価値をEとして,

k = qxe + (Zd -1), X = f'..E / E , e = E / K , Zd =ど/K (9)

と表される。

さて,企業の株式発行について考えてみよう。株式は資本金として企業資本の根底をなして

6) 足立 (1990)(1994)では,資金調達手段として企業の内部留保も考慮に入れている。

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76 経済学雑誌第113巻第 l号

おり,利払いもなく償還期限や返済期限もない資金として財務の安定性を増加させ,外部資金

の調達力を高める。本稿では,足立 (1990) と同様に,株式発行は自己資本比率の安定といっ

た経営上の安定性をより重視して,既発行株式ストックと資本ストックの比率eが一定となる

ように長期的視野に立って決められるものとする 7)。すると,株式発行率xは,

x=till/E=k 、‘,,,ハU1i

(

と表され,今期の株式発行残高 qeSは,

qe' =qe+qex =qe+qek = qe(l+k) )

Ei‘,h畠

〆fι

、、

と表される。銀行借入 Id は • (10)式を (9)式に代入して,

Id = k(r,l) -qek(r,l) + 1 = (l-qe)k(r,l) + 1, 1:くO, I:<O, I,dミo (12)

と表される。銀行借入は投資関数に依存することになり,貸付利子率の減少関数となる。また,

株価に関しでも減少関数となる。

2.3 銀行行動自)

銀行は企業と同様に利潤を追求する組織体であり,貸出だけでなく,株式を購入することで

も収益を得るものとする。貸出に関して,企業への貸出量を Lb • 貸付利子率を r とすると,貸

出収益は rLbと表される。また,株式を保有すれば配当収益が得られ 株式を売却すればキャ

ピタルゲインが得られる。株式配当額について 1株当たりの配当額 νを企業の負債・資本比率

の減少関数として,

v=世(1), v' < 0 (13)

と表すと,株式Ebを需要することでの配当収益は v(I)Ebと表される 9)。また,キャピタルゲ

7) 短期的な観点から考察すると 株式発行は銀行借入と比べた場合の資金調達コストの有利性に依存

すると考えられる。足立 (1994)は,新株発行と銀行借入との選択を資金調達コストの最小化によっ

て定式化している。

8) 銀行行動の定式化は,伊藤 (1996)に倣っている。ただし伊藤は,経済変数を資本比率ではなく

絶対額で定式化している。

9) 1株あたりの配当額 vは,企業の負債・資本比率だけでなく,景気に応じても変動する。景気を表

わす指標として,産出・資本比率yを考慮すると,株式Ebを需要することでの配当収益は v(y,I)Eb

と表される。このように定式化しでも,以下の分析結果は,ほとんど修正することなく,妥当するこ

とがいえる。また,一般に,配当額と第2節で定義した投資収益Qには連動性がある。例えば,負債・

資本比率lの上昇は,利払いの負担を増加させるため,投資収益Qを減少させるものと考えられる。

これらを考慮して,投資収益を Q/K=u(k,l),u,<O, Ukl<Oと想定しでも,資本蓄積率は (6)式と同

様に表されることがいえる。なお • Ukl < 0は,資本蓄積率が上昇したときの資本あたりの投資収縫ノ

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株価予想と金融の不安定性 77

インによる収益は,予想株価水準を qeとして (qe--q)Ebと表される。

一方,銀行は預金や中央銀行からの借入金に対して利払いを行わなければならない。本稿で

は,簡単化のため,預金利子率は規制されているものとし銀行は家計からの預金需要をすべ

て受け入れるものとする 10)。また,企業に対する監査費用や貸し倒れによる損失などを利払い

以外の費用 Gとして考慮に入れる。

資本ストックあたりの銀行の利潤ポは,預金利子率を id' 家計からの預金需要を Dh,中央

銀行の基準貸付利率を ia,中央銀行からの借入金を Abとして,

πb = rlb + (qe _ q )eb + veb _ id dh _ i" ab _ g

Ib=Lb/K, eb=Eb/K, dh=Dh/K, ab=Ab/K, g=G/K (14)

と表される。

利払い以外の費用gについて,貸出量や株式購入量が多くなれば,監査費用や企業が倒産し

たときの損失額も大きくなる。そこで,費用関数gについて,貸出に関する費用をi,株式需

要に関する費用をピとして,iは資本ストックあたりの貸出量の増加関数とし,tは資本ス

トックあたりの株式購入額の増加関数としよう。また,銀行が主観的に評価した企業の倒産確

率は,企業の負債・資本比率lに依存するものとして,iとtのそれぞれの費用関数に考慮す

る。すると.費用関数gは,

g = gl(t ,1)+ g¥qeb ,1)

4 〉O, g;b〉O, 4lb〉O, g;bFb〉O, 4l〉O, gLI〉O (15)

と表される。第2次偏微分係数について,貸出や株式購入に関する限界費用は,自らの増加と

ともに逓増し,企業の負債・資本比率の上昇とともに増加するものと仮定する。

(13)式と (15)式を (14)式に代入すると,

7rb = rlb + (qe _q)eb +v(l)l-iddh _ iaab -i(lb ,1) -g2(qeb ,l) (14)'

となる。

一方,銀行のバランスシートから,総準備をRとして,

Lb +qEb +R = Dh +Ab (16)

、の増加分が負債・資本比率の増加とともに減少していくことを仮定している。

10) 金利自由化を考慮すれば,預金利子率を内生化すべきである。本稿では株価予想に焦点を当てるた

め,預金利子率は規制されているものとした。しかし預金利子率を内生化しでも,以下の分析結果

は,ほとんど修正することなく,妥当することがいえる。

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78 経済学雑誌第113巻第1号

が成り立つ。また,銀行は法定準備率 0を満たさなければならないため,総準備に関して,

R=()Dh 0くOく 1 (17)

が成り立つ。 (17)式を (16)式に代入して,両辺をKで割ると,

Ib + qeb = (1-())dh + ab (18)

となる。

以上の想定から,銀行は (18)式の制約のもとで (14)I式の利潤を最大にするように,貸出

量 Ib,額面で評価した株式購入量計,中央銀行からの借入金ピを決定することになる。 1階条

件を求めると,

gl~ (Ib ,/) = r-ia

q' -q+v(/) g:., (qeb ,/) = _ia +一一一一一千 q

が導出され,貸出量Ibおよび額面で評価した株式購入量ebは,

Ib =μ(r,l,ia) , μr > 0 , μIく0, μj'<0

i =f(q,l,q',ia) , んくo, 五く0, ~, >O , んくO

と表される 11)。また,時価で評価した銀行の株式需要は,

qeb = q. f(q,l,q' ,ia) , f +q/q < 0

と表される。

(19-a)

(19・b)

(20)

(21)

(22)

(20)式から,貸出量は貸付利子率の増加関数となる。また, (21)式から,額面で評価した

株式需要は予想株価水準の増加関数となる。現行の株価水準の上昇は額面で、評価した株式需要

を減少させ, (22)式から,時価で評価した株式購入額も減少させることがわかる。企業の負債・

資本比率の上昇は,株式配当額の減少と企業に対する銀行の主観的評価の低下を通じて貸出量

および株式購入量を減少させる。最後に 基準貸付利率の上昇は貸出量と株式購入量をともに

減少させる。

2.4 家計行動

家計は,総資産を預金Dh,株式qEh 貨幣Mhの3つの金融資産に配分して保有する。今期

の家計の金融資産保有額 W は,前期末までの資産保有残高 W に今期の家計の貯蓄 Shを足し

11) 中央銀行借入金は, (18)式から〆=lb+qebー (l-B)dhと表され,(20)式と (21)式を代入すれば,求

めることができる。また,法定準傍率0は一定と仮定して,便宜上,関数には表記しないものとする。

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株価予想と金融の不安定性 79

合わせたものであるから,

W=w+sh (23)

と表される。

さて.経済全体のバランスシートから,ある経済主体の資産は他の経済主体の負債になるこ

とを考えると,マクロ経済の究極的な資産である家計の資産残高 W は,企業の資本ストック

から構成されることになる。前期末における株式保有残高を今期の株価水準qで評価すると,

前期末における家計の資産残高は,企業のバランスシートを考慮して,

防'=L+qE (24)

と表される。

次に.家計の貯蓄ゲについて考えてみよう。企業は生産活動によって得られた収益から銀

行への利払いを行い,その残りを賃金もしくは配当として家計にすべて分配する。また,銀行

の収益や銀行の利払い以外の費用,中央銀行が市中銀行に貸し出したときに得られる利子収入

も何らかの経路を経て家計が受け取るものとする。すると,今期の経済全体の総所得はすべて

家計に帰属することになる。家計は総所得 Yの一定割合Sを貯蓄するものとすると,

Sh=sY (25)

と表される。 (24)式と (25)式を (23)式に代入すると,家計の今期の総資産は,

W =L+qE+sY (26)

と表される。

金融資産への配分は Tobin(1969)に倣って,総資産に対する各金融資産の保有比率が各金

融資産の収益率で表され.それらの資産は粗代替的であると仮定する。預金収益率は預金利子

率 idに等しく.株式収益率ρは時価で評価した既存の株式ストック 1単位あたりの配当とキャ

ピタルゲインの和で表されるものとする。また,貨幣を保有したときの収益率はゼロと仮定す

る。すると.各金融資産の需要関数は以下のように表される。

Mh=α(id,ρ)W, α戸<0, αρ<0 (27-a)

nh = s(id ,p)W , p戸>0, ι<0 (27-b)

qEh =y(id,p)W , y,' <0 , Yρ>0 (27-c)

ρ= qe -q+v(l)

(28) q

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80 経済学雑誌第113巻第 1号

(26)式と (28)式を (27)式に考慮して,各金融資産を資本ストック 1単位あたりに換算

すると,産出・資本比率をy(=Y/K)として,

mh=α(id,ρ)(l+qe+sy) , mh =Mh / K

m;く0, m: > 0, m;, < 0, mt > 0, m; > 0 (29-a)

dh = s(id,p)(l +qe +sy), dh = Dh / K

di~ >0 ,ぐ >0,ヰ <0, dt>O, 可>0 (29-b)

qeh = y(id,ρ)(l+qe+sy), qeh=qEh/K

qe;〈 O, qe;ミ0, qe;, > 0, qe:ミ0, qe; >0 (29-c)

と表される。

(29)式から,産出・資本比率の上昇は総資産を増加させるため,すべての金融資産の需要

を増加させる。予想株価水準の上昇は株式需要を増加させるが,粗代替性の仮定から,貨幣需

要や預金需要を減少させる。また,企業の負債・資本比率の上昇には 総資産を増加させる資

産効果と金融資産の保有比率を変化させる代替効果がある。代替効果が強く働くのは,企業が

自らの負債・資本比率に関して株式配当額を弾力的に変動させるときや家計が株式収益率に関

して株式とその他の金融資産との聞に高い代替性をもっときである。代替効果が資産効果を上

回れば,家計の株式需要は企業の負債・資本比率の上昇によって減少することになる。最後に,

今期の株価の上昇は貨幣需要や預金需要を増加させるが,時価で評価した株式需要への影響は,

株式収益率が低下するため 確定しないことがいえる。

3 市場均衡

3.1 財市場の均衡

経済体系は財市場,貸付市場,株式市場,預金市場,貨幣市場,中央銀行借入金市場の 6つ

の市場からなる。預金市場は,銀行が規制金利のもとで家計からの預金需要をすべて受け入れ

るものと想定したので,需要制約を受けることになる。また,中央銀行の基準貸付利率は政策

的に決められ,中央銀行は市中銀行が望むだけの金額を受動的に供給するものとする。すると,

中央銀行借入金市場も需要制約を受けることになる。したがって,経済モデルとして財市場,

貸付市場,株式市場,貨幣市場の 4つの市場均衡を考察すればよい。しかし,ワルラス法則か

らこれらのうち 1つの市場は独立ではない。ここでは,貨幣市場を捨象することにしよう。

まず,財市場の均衡からみていこう。財市場の均衡は投資と貯蓄が一致するときに達成され

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株価予想と金融の不安定性 81

る。企業には内部留保が存在しないので,経済全体の貯蓄額は家計の貯蓄額に等しい。よって.

財市場の均衡は (6)式の投資関数と (25)式の家計の貯蓄関数から,

k(r,l) = sy (30)

と表される。

財市場の不均衡は産出・資本比率yによって調整されるものとすると,その動きは,

タ=H(y,r) = k(r,l)-sy (30)'

と表される。財市場の調整過程が安定的であるためには,

Hy =-s <0 (31)

が満たされなければならない。しかし (31)式は,常に満たされていることがわかる。

3.2 金融市場の均衡

次に金融市場の均衡について考察してみよう。金融市場の均衡は貸付市場と株式市場の均衡

を考えればよい。貸付市場の均衡は (12)式と (20)式から,

(l-qe)k(r,I)+1 =μ(r,l,iO) (32)

と表される。

また,株式市場について,経済全体の株式需要は,家計と銀行の株式需要を足し合わせたも

のであるから,株式市場の均衡は (11)式. (22)式. (28)式. (29・c)式から,

q' -q+v(l) qf(q,q' ,1,iO) + y(一一一一一一)(1+ qe+ sy) = qe{1 + k(r,l)}

q

と表される凶。

(33)

貸付市場の不均衡は貸付利子率rによって調整され,株式市場の不均衡は株価qによって調

整されるものとすると,各変数の動きは,

r = X(y,r,q) = (l-qe)k(r,I)+1 μ(r,l,iO)

q' -q+v(l) q = Z(y,r,q) = qf(q,q' ,1,iO) +y(一一一一一一)(1+qe+sy)-qe{l + k(r,l)} q

と表される。各市場の調整が安定的であるためには,

Xr = (l-qe)丸一ん <0

12) 預金利子率は規制されているため,便宜上,関数には表記しないものとする。

(32)'

(33)'

(34)

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Zo = f +qf.-μ企~(I))(1+qe + sy) + ye -e(l + k)くo (35) q

が満たされなければならない。しかしこれらの条件はこれまでの想定から常に成り立ってい

る。

3.3 短期均衡と産出量の変動

経済の短期均衡は, (30)式の財市場の均衡式, (32)式の貸付市場の均衡式,それから (33)

式の株式市場の均衡式の 3本の方程式で表され,産出・資本比率y,貸付利子率r,株価qが

決定される。

そこで,短期均衡(y*,げ,q*)の安定性について考察してみよう。不均衡局面における動学

方程式は, (30)'式, (32)'式, (33)'式で表され,この体系の均衡債の近傍で 1次近似したと

きの係数行列を求めると,

s 久

M =1 0 (l-qe)久一μy

ys

O

-ek

q' + v(l) f+qf.-yo(一 一 「 一)ω+ye-e(l+k)

q -qekr

ω=1 +qe+sy

となる。なお,すべての偏微分係数は短期の均衡点で評価したものである。

この体系が安定的であるためには 以下の 3つの必要条件を満たさなければならない。

Hy+Xr+Zqく O (36-a)

I22卜lZ2卜lZ引>0(36ゐ)

Hy Hr H,

dj =IXy Xr XqlくO

Zy Zr Z,

これらの条件はこれまでの想定からすべて満たされている。そこで,短期均衡の解を求めると,

(36・c)

y = y(l, q' , ia), YIミ0, Yq' > 0, Y,.くO (37-a)

ハり〉a

グ'Z

Aり〈

e

rq

ハU〉一〈Ra

)

a

-t e q

l

(

グ'一一r

(37-b)

ハリ

〉一く唱

SOS

Aリ〉

q

nU3 ,

AU

〉一〈nuz

)

nvν a

・1e oa ,

l

f-nuz --

nua

(37 -c)

と表される。

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株価予想と金融の不安定性 83

まず,符号が決定している変数から見ていこう。予想株価水準の上昇は産出・資本比率およ

び株価を上昇させ,貸付利子率を下落させる。また,基準貸付利率の上昇は産出・資本比率を

低下させ,貸付利子率を上昇させる。

企業の負債・資本比率の上昇が短期均衡に及ぼす影響は確定しない。例えば,株価に与える

影響は,数式を用いて,

v' め=s[ {(l-qe)ムーん}(qh+yo'::_w+y)一(qe-y){丸(μ1-1)一μλ}]/d1 .q (38)

と表される。企業の負債・資本比率の上昇は,需要面において,株式配当額の減少と企業に対

する銀行の主観的評価の低下を通じて銀行の株式購入量を減少させる 13)。さらに,家計の資産

選択において代替効果が大きく働くと家計の株式需要も減少する。一方,供給面において,企

業の負債・資本比率の上昇は,投資を減少させるため.企業の株式発行量を減少させる。前者

の株式需要の減少量が後者の株式供給の減少量を絶対額で上回れば株価は下落することにな

る。投資の減少による株式発行の減少量は企業の株式・資本比率 (qe) に依存しており, (38)

式から,その値が家計の総資産に占める株式保有比率 (y) よりも小さいとき,株価は企業の

負債・資本比率の上昇に対して下落しやすいことがいえる 1ヘ次節で見るように,企業の負債・

資本比率の上昇によって株価を下落させる要因こそ,経済を不安定化させる要因となる。

このように外生変数の変化が短期均衡に及ぼす影響は, Minskyが指摘したように各経済主

体の行動や企業の資本構造に大きく依存している。次節では,モデルを動学化し,金融的要因

とマクロ経済の不安定性について詳しく見ていこう。

4 経済の不安定性と金融政策

4.1 動学モデル

本節では,これまで、外生的に扱ってきた変数lとqeを内生化することでマクロ経済の動学的

性質について考察する。特に,定常状態の性質を考察し,金融的要因が経済の不安定性に及ぼ

す影響や金融政策の有効性について分析していく。

まず,企業の負債・資本比率 lについて,時間に関する対数微分をとると,

1 L 1

1 L K

となる。 (12)式を (39)式に考慮すると,企業の負債・資本比率の変動式は,

(39)

凶 企業の負債・資本比率が銀行の株式需要に与える影響は,五 ={-g!'1 +(ザ'/q)}/q.g!.〆<0と表され,

株式配当額の変動(ザ <0)や銀行が株式を購入する際に企業の負債・資本比率に対して抱く主観的

評価(g:,ρ0)に依存することになる。

14) 企業の株式発行残高については, (11)式を参照。

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1 = (l-l-qe)k(r,/) (40)

と表される。

次に,予想株価水準q'の変動について考えてみよう。将来が不確実な現実にあって,予想は,

現在あるいは最近の過去において何が起こったかということに影響を受けやすい。そして.そ

の経験に基づいて予想は随時修正される。したがって,各時点において形成される予想株価水

準は,最近における現実の株価水準の影響を受けて時間を通じて変動するものと考えられる。

本稿では,予想株価の変動について,調整パラメーターを Eとして,

i/ =e(q-q'), e>O (41)

と想定しよう。

(40)式と (41)式の動学方程式に (37)式の短期均衡解を代入すると,

1 = {1-1-q(/,q'; ia)e }k(r(/,q'; ia ),/) (42・a)

q' = e[q(/,q' ;ia) _ q'] (42-b)

と表される。

定常状態における企業の負債・資本比率と予想株価水準を,それぞれ C,deとすると,

1-t; -q(t; ,q;')e = 0

q(l; ,q:') = q:'

が成り立つ 15)。定常状態で、は予想株価水準と現実の株価水準は一致する。

図1 定常状態

qe ilヲO

J

qf

/=0

。15) 定常状態における資本蓄積率を k;と表し, k; >0とする。

(43-a)

(43-b)

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株価予想と金融の不安定性 85

それでは,定常状態 (l;, q;.)の安定性について考察してみよう。 (42)式で表される微分

方程式体系を定常状態の近傍で 1次近似すると,

じ)=(;;:2)(ι) ¥t11ilj

n町

向仏“

/eti--t

、ι

(44)

(44-a)

α12 =-qq' .ek;く Q (44・b)

α21 =e.q/ (44・c)

a22 =e・(qq'-1) (44-d)

と表される。ただしすべての偏微分係数は定常状態で評価したものである。

定常状態が安定的であるためには,必要条件として,

a11 +a22 <0 (45-a)

a11 ・a22-a12・α21>0 (45-b)

が満たされなければならない。

しかしこれらの条件が一般に成り立つ保証はない。定常状態 (z;,q;")で評価した (45・b)

式の左辺の値は,

。11・a22-a12・α22=Eh:{1qqe(C,q;・)+ q/(l; ,q;.)e} (46)

図2 定常状態のシフト 図 3 金融政策の失敗

q;

/ ~ ~ ¥

¥ l=O

。 l:'l: 。 l:-c l

qe|¥/rdqe

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86 経済学雑誌第113巻第 l号

と表され• q,が負で,その絶対値が大きくなるとき. (45-b)式は満たされない。また,この

とき. (45-a)式を満たす可能性も低くなる。このような株価 (q,< 0)の動きをもたらす要因

を前節の比較静学分析に戻ってまとめ直すと,以下の 3つの要因が指摘できる。

(1)企業の株式配当額が企業の負債・資本比率に関して弾力的に変動する

(2)企業の株式・資本比率が.家計の総資産に占める株式保有比率よりも小さい

(3)銀行の株式需要が,企業の負債・資本比率に関する銀行の主観的評価に大きく依存している

これらの金融的要因が経済を不安定化させ,定常状態を鞍点にするのである。

そこで; (45ゐ)式が満たされず,定常状態が不安定になる様子を図に表してみよう。 q,が負となり • qq'の値が大きくなる場合を想定して,係数行列の各要素の値を al1< 0, a21く 0,

a22 > 0とすると, l-qe平面において i=0曲線は右下がりの曲線,グ =0曲線は右上がりの

曲線で表される。このときの定常状態の様子は図 1のように描かれる。例えば,点、Aのよう

な経済は定常状態に収束していく。しかし経済が収束経路に乗っていることは稀であり,収

束経路から逸脱した経済では時間の経過とともにそのズレが累積的に拡大していく。

その様子を図 1の点Bに注目して考察してみよう。経済が点Bにあるとき,予想株価水準は,

収束経路の点Aに比べて高い水準にある。銀行や家計の株式需要は旺盛で.株価は上昇傾向.

貸付利子率は低下傾向にある。企業は投資を増加させ,銀行借入を増加させていく。しばらく

すると,企業の負債・資本比率は低下し始めるが,それは銀行貸出量と株式需要の増加を生み,

更なる貸付利子率の低下と株価の上昇を招いていく。この過程で予想株価水準の上昇を抑制す

る力は働かず,経済は上方へと発散していくことになる。

4.2 金融政策の効果

それでは,政策面から中央銀行の基準貸付利率の変更が定常状態に及ぼす影響について考察

してみよう。基準貸付利率の上昇が株価を下落させるとき (q,.<0のとき). i =0曲線と

q' =0曲線は,基準貸付利率の上昇によってともに上方にシフトする 16)。定常状態における予

想株価水準は上昇し,企業の負債・資本比率は低下することになる。

dt: ^ dq;'_ハ一-'-< U 一一子 >Udia di"

定常状態のシフトは,収束経路の変更をもたらす。例えば,図 1において点Bは,当初,

収束経路よりも高い予想株価水準を招く経路にあったが,定常状態がシフトしたことで図2の

ように収束経路に乗ることができる。これは.基準貸付利率が上昇したことで¥発散経路のと

きと比べて予想株価水準の上昇が抑制されるからである。これらのことから,金融政策は,経

16) qj' =s[{(I-qe)k,ーん}qf,.-(qe-y)μj.k,l/ムと表される。ん <0の絶対値が大きいときや (qe-y)< 0

となるとき • q,.く Oとなる。

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株価予想と金融の不安定性 87

j斉を定常状態に収束させる安定化機能を有していることがいえる。

しかし,中央銀行が全知全能でない限り,ピンポイントで経済を収束経路に乗せることは難

しい。中央銀行が基準貸付利率の値をわずかでも収束経路の水準よりも高く設定すると,図3

のように,点Bは収束経路に乗らず.下降局面に入っていく。この様子は. 1990年代の日本

のバブル経済期に景気を抑制するために行った公定歩合のヲ|き上げが,バブル経済の崩壊とそ

の後の深刻な不況を招いたとする議論と合致する問。

以上,動学モデルによる考察から明らかとなった特徴的な結論をまとめると,次のようにな

る。

(1)企業の負債・資本比率lと予想株価水準q'で表される動学体系において,企業が自らの負

債・資本比率に関して株式配当額を弾力的に変動させるときや企業の株式・資本比率が家

計の総資産に占める株式保有比率よりも小さいとき,定常状態は鞍点となり,経済は不安

定化する。

(2)定常状態が鞍点になるとき,中央銀行による基準貸付利率の変更は,不安定な経路にある

経済を定常状態に収束する経路に移行させる機能をもっ。しかしその実現には,困難が

伴う。

5 おわりに

本稿では,予想、株価水準を内生化した動学モデルを用いて,金融的要因がもたらす経済の不

安定性について考察した。結論では,経済を不安定化させる主な要因として,企業の資本構造

や企業の負債・資本比率に関する株式配当額の弾力性が指摘された。政策面においては,金融

政策は定常状態をシフトさせ,発散経路にある経済を収束経路に乗せる機能を有していること

が示された。しかしそれと同時に,実現の困難性も指摘された。

今後の課題として, より効果的な金融政策を検討する必要がある。具体的には.不安定な定

常状態を常に安定な状態に変える経済政策やニュー・ケインジアンの枠組みで用いられる「テ

イラー・ルール」の有効性について検討することである。特に.後者の分析は.Minskyの議

論とニュー・ケインジアンの議論を融合させる試みであり,ケインズ経済学の領域において興

味深い研究となるだろう。

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