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水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 281 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005) pp. 281-292 大ダム建設が流況に与えた影響 ―タイ王国・Chao Phraya 川流域を対象として― Effect of the Large-Scale Dams on the Hydrological Regime; A Case Study in Chao Phraya River Basin, Kingdom of Thailand 手計太一 1),2) 吉谷純一 3) Taichi TEBAKARI Junichi YOSHITANI 1) 独立行政法人土木研究所水工研究グループ Hydraulic Engineering Research Group, Public Works Research Institute 2) 独立行政法人科学技術振興機構 Japan Science and Technology Agency 3) 独立行政法人土木研究所ユネスコセンター設立推進本部 Secretary for Preparatory Activities of UNESCO-PWRI Centre, Public Works Research Institute 人間活動が水循環に与える影響を評価する目的で,タイ王国最大の流域面積を持つ Chao Phraya 川流域を対象に,貯水池操作が 流況に与えた影響について検討を行った.Chao Phraya川流域は100億m 3 以上の多目的ダムを二つ有す.しかし,1995年までは厳 密な運用方法は無く,経験的に貯水池操作を行っていた.現在では,貯水池水位の上限と下限が決められ,その間に入るように操 作されている.特に乾期(1月から6月)においては,灌漑のために政府によって厳しいルールが決められている. 本稿ではこのような貯水池操作によって下流の流況に与えた影響を示した.その結果,ダム直下では特に顕著な流況の変化を捉 えた.さらに,FFT を用いたスペクトル解析の結果,下流の日流量は3.5日や7日といった短い周期特性を持つことがわかった. これは貯水池からの日放流量のスペクトル特性と一致したことから,貯水池運用が下流へ多大な影響を与えていることを明らかに した.このように,大規模な人間活動が水循環へ多大な影響を与えていることを示した. キーワード:スペクトル解析,貯水池操作,流況,人間活動,Chao Phraya 川流域 This paper is reported on reservoirs operation in Chao Phraya River basin, Kingdom of Thailand. The Chao Phraya River basin has two large-scale multi purpose reservoirs. These reservoirs did not have any operation rule until 1995. After 1995, the EGAT that is the operator made the reservoir operation rule in 1996. The EGAT had made the upper rule curve and the lower rule curve, then the storage volume has been operated between the upper rule curve and the lower rule curve. In the dry season (from January to June) , the EGAT had the special rule for release water. The committee on water resources of Thai government had made the weekly demand and then order to the EGAT. Spectrum of flow was analyzed by using FFT for daily discharges in Nakhon Sawan and immediate downstream of the Bhumibol dam(Royal Irrigation Department s code P.12) after the Bhumibol dam construction. Flow in Nakhon Sawan has periodic characteristics of 3.5 days and 7 days, and the released water from the Bhumibol dam at P.12 has periodic characteristics of 2.3 days, 3.5 days and 7 days. Reservoir operation affected the hydrological cycle considerably. The effect of reservoirs operation on hydrological regime was estimated in Chao Phraya River basin. As the result, the minimum discharge had been increasing year by year. And the discharge had been maintained. The reservoir operation had huge impacted on the hydrological regime in lower basin. Key words : Spectrum analysis, Reservoir operation, Hydrological regime, Human activities, Chao Phraya River basin 1),2),3)〒305 8516茨城県つくば市大字南原1 Minamihara 1- 6, Tsukuba City, Ibaraki 305-8516, Japan

大ダム建設が流況に与えた影響 ―タイ王国・Chao Phraya 川流域を ... · 2009-04-14 · 流況に与えた影響について検討を行った.Chao Phraya川流域は100億

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水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 281

水 文 ・ 水 資 源 学 会 誌

J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour.

Vol. 18, No. 3(2005) pp. 281-292

大ダム建設が流況に与えた影響―タイ王国・Chao Phraya川流域を対象として―

Effect of the Large-Scale Dams on the Hydrological Regime;A Case Study in Chao Phraya River Basin, Kingdom of Thailand

手計太一1),2) 吉谷純一3)Taichi TEBAKARI  Junichi YOSHITANI

1) 独立行政法人土木研究所水工研究グループHydraulic Engineering Research Group, Public Works Research Institute

2) 独立行政法人科学技術振興機構Japan Science and Technology Agency

3) 独立行政法人土木研究所ユネスコセンター設立推進本部Secretary for Preparatory Activities of UNESCO-PWRI Centre, Public Works Research Institute

 人間活動が水循環に与える影響を評価する目的で,タイ王国最大の流域面積を持つChao Phraya 川流域を対象に,貯水池操作が

流況に与えた影響について検討を行った.Chao Phraya 川流域は100億 m3以上の多目的ダムを二つ有す.しかし,1995年までは厳

密な運用方法は無く,経験的に貯水池操作を行っていた.現在では,貯水池水位の上限と下限が決められ,その間に入るように操

作されている.特に乾期(1月から6月)においては,灌漑のために政府によって厳しいルールが決められている.

 本稿ではこのような貯水池操作によって下流の流況に与えた影響を示した.その結果,ダム直下では特に顕著な流況の変化を捉

えた.さらに,FFTを用いたスペクトル解析の結果,下流の日流量は3.5日や7日といった短い周期特性を持つことがわかった.

これは貯水池からの日放流量のスペクトル特性と一致したことから,貯水池運用が下流へ多大な影響を与えていることを明らかに

した.このように,大規模な人間活動が水循環へ多大な影響を与えていることを示した.

 キーワード:スペクトル解析,貯水池操作,流況,人間活動,Chao Phraya 川流域

 This paper is reported on reservoirs operation in Chao Phraya River basin, Kingdom of Thailand. The Chao Phraya River basin

has two large-scale multi purpose reservoirs. These reservoirs did not have any operation rule until 1995. After 1995, the EGAT

that is the operator made the reservoir operation rule in 1996. The EGAT had made the upper rule curve and the lower rule curve,

then the storage volume has been operated between the upper rule curve and the lower rule curve. In the dry season (from

January to June), the EGAT had the special rule for release water. The committee on water resources of Thai government had

made the weekly demand and then order to the EGAT.

 Spectrum of flow was analyzed by using FFT for daily discharges in Nakhon Sawan and immediate downstream of the

Bhumibol dam (Royal Irrigation Department�s code P.12) after the Bhumibol dam construction. Flow in Nakhon Sawan has

periodic characteristics of 3.5 days and 7 days, and the released water from the Bhumibol dam at P.12 has periodic characteristics

of 2.3 days, 3.5 days and 7 days. Reservoir operation affected the hydrological cycle considerably.

 The effect of reservoirs operation on hydrological regime was estimated in Chao Phraya River basin. As the result, the minimum

discharge had been increasing year by year. And the discharge had been maintained. The reservoir operation had huge impacted

on the hydrological regime in lower basin.

 Key words : Spectrum analysis, Reservoir operation, Hydrological regime, Human activities, Chao Phraya River basin

1),2),3) 〒305-8516 茨城県つくば市大字南原 1-6 Minamihara 1- 6, Tsukuba City, Ibaraki 305-8516, Japan

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 Ⅰ.はじめに 

 経済発展の初期値として,農業は欠く事の出来な

い要素の一つである.さらに農業の発展のためには

水資源開発は必要条件である.そして,その水資源

開発にはダムの開発は必須の条件である.

 ダムの開発は,莫大な水資源を有し,かつエネル

ギーを生産する一方で,既存の生態系の破壊などと

いった負の役割を持つことも理解されている.

 WCD(2002)によると,現在,全世界には堤高 15

m以上の大規模ダムが45,000以上存在する.さらに,

2001年末現在において,1,400 以上のダムが建設中

である.その中でもインドや中国,トルコなどの割

合が大きい.その3カ国に次いで,国土の小さい韓

国や日本におけるダム建設数が多いことが特徴であ

る.韓国におけるダム開発の目的は,灌漑,発電や

利水であるのに対し,日本では主に治水である.

 1970年代のダム建設のピーク時ほどではないにし

ても,近年,上述のように世界中で多くのダムが建

設中である.しかし,果たして本当にこのような多

くのダムが必要なのであろうか.特に利水に関して

は,既存ダムの運用方法の効率化によって,ダムの

建設を減少させることはできないのだろうか.この

ような観点からは,線形計画法(LP;Linear Pro-

gram)や動的計画法(DP;Dynamic Programming)

による水の最適配分計画やダムの最適操作,さらに

はニューラルネットワークやAI などを用いた研究

などこれまでに多くの手法が提案されている.

 例えば,室田ら(1974)は普遍的な水資源計画方

法論の確立のための基礎的な研究の一環として,等

価線形貯水池システムを提案し,実用的な成果をあ

げている.竹内(1974)は多段階決定問題の確率的

最適手法として新しく開発されたDynamic Pro-

gramming Coupled with Linear Programming を貯

水池操作問題に適用している.

 貯水池群の最適操作の問題に対しDPを応用した

のは Little(1955)である.その後,高棹ら(1975)

は,最適制御問題に対し一般的手法として有効な

DPを利用して,ダム群の治水や利水操作の最適操

作の確立を求め,その有効性を明らかにしている.

さらに,通年を通した複数のダムの貯水池操作支援

を目的に,ダム操作規則参照用汎用推論エンジンの

開発をしている(高棹ら,1996).

 また,近年では1956年に創案されたシステムダイ

ナミックスを利用して,流域の社会・経済状況をも

組み込んだ水需給構造のシミュレーションが行われ

ている(池淵,2001).

 世界中のダムの建設が急激に多くなった1950年代

から約50年経った現在,ダムの建設や運用が河川へ

どのような影響を及ぼしていたかが明らかにされて

いる.例えば,Ye et al.(2003)はバイカル山脈に

端を発し,シベリアを通り北極海へ流れる Lena 川

流域を対象として,1936年から1999年という長期の

月流量データの変化を調べ,その経年変化が人間活

動に因る影響を受けているのか,それとも自然の変

化なのかを解析している.その結果,発電施設の建

設をした場所より下流では,顕著な流況の変化を捉

えている.対象流域では融雪出水もあり,気候の影

響を受けることで自然に流況が変化していることも

示している.そして,人間活動や地域,地球規模の

環境の変化が流況に与える影響の重要性を訴えてい

る.

 花崎ら(2004)は,ダムや貯水池が河川や水循環

に与える影響をグローバルに評価するために,世界

の500の貯水池を全球河川モデルTRIP に配置し,

それらの貯水池操作ルールを考慮したシミュレー

ションを行った。その結果,多くの課題を挙げなが

らも,全球の河川システムに対する貯水操作の影響

を定量的に示している.また,馬籠ら(2004)は既

存の貯水池の効率運用や環境影響評価のために,衛

星データを利用して貯水池の貯水量をモニタリング

することの重要性を訴えている.

 著者らは,社会変動と水循環の相互作用評価モデ

ルの構築を目指すために,まず社会変動と水循環と

の関係を明瞭に示すことが必要であると考えている

(手計ら,2003;手計ら2004a).

 以上を鑑み,本稿では,近年急激な経済成長を遂

げたタイ王国の中央に位置するChao Phraya川流域

を対象として,社会変動の一つとして考えられる

“大ダム建設”が下流に流況にどのような変化を与え

たのかについて研究を行った.

 Ⅱ.Chao Phraya川流域水資源開発史 

 1.概 要

 5000から6000年前から,現在でもChao Phraya川

の源流となっている,Pasak 川,Ping 川,Wang 川,

Yom川,Nan川沿いに人々は生活をし,そこから地

域社会が発展していった.その後も,時の王の下,

農業用水路,洪水防御のための堤防の建設が恒常的

に行われていた.このように,本流域における水資

282 原著論文 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005)

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源開発の歴史は非常に古い(椎貝,1993;RID,

2002).

 “Chao Phraya River”として認識され,組織的に

本流域における水資源開発が始まったのは,1350年

のAyutthaya 王国の設立からである.その頃の

Ayutthaya は Chao Phraya 川,Pasak 川,Lop Buri

川が流れ込み形成された“島”であった.次第に

Ayutthayaは社会経済的な中心となり,外洋への便

利な港となった.米は中国や周辺諸国へ輸出されて

いた.そのため,河川の掘削や河川をつなぐ水路の

建設などによって大型の船も通れるようになってい

た.Ayutthaya期の終わり頃には,至る所で水管理

システムが構築されていた.

 その後も,農業や飲料水のための水資源開発,船

交通のための水路網の建設が行われた.

 何れの王も,Chao Phraya 川流域の水資源開発の

重要性は認識し,積極的な政策を行ってきた.

 行政的組織とてしては,オランダ人技術者Ye-

honman vander Heide によって,1902年に“Canal

Department”が農業省の下部組織として発足した.

そ の 後1914年 に“Krom Thod Nam or Barrages

Department”,そ し て1927年 に“Royal Irrigation

Department”(以降,“RID”と略す)と改名され現

在に至っている.その名の通り,灌漑目的の水資源

開発が主な仕事であり,プロジェクトの全てを管轄

する組織である.治水は内務省の管轄である.

 現在,9つの省の下,30以上の機関によって,タ

イ国内の水資源開発を行っている.そのまとめ役と

して期待され,“Ministry of Water Resources and

Environment”が2002年に組織された.さらに,

2004年10月を目標に水関連の行政改革が行われつつ

ある(手計ら,2004b).

 2.Chao Phraya川流域とダム建設

 図-1に東南アジアに位置するタイ王国を示す.

タイ王国はインドシナ半島のほぼ中央,北緯5~21

度,東経97~106度に位置し,西と北にミャンマー,

北東にラオス,東にカンボジア,南にマレーシアと

国境を接している.面積は約51.4万 km2である.中

部平野地域,東部海岸地域,東北部高原地域,北部

水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 283

図-1 東南アジアに位置するタイ王国とタイ王国を代表する25の河川流域とChao Phraya 川流域.

Fig. 1 Map of South-East Asia and Kingdom of Thailand and 25 major watersheds and Chao Phraya River

basin in Kingdom of Thailand.

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および西部山岳地帯,南部半島地域の5地域に区別

され,国土の大半を平野部が占めている.

 さらに図-1はタイ王国内に位置するChao

Phraya 川流域を示している.流域面積は157,925

km2で同国の約30%を占め,29の県に跨る同国最大

の流域である.

 図-2に示したのが,Chao Phraya 川流域内の主

要な水文観測地点,ダムの位置である.地形的には,

北部の上流域は山岳地帯,中流域は氾濫原,下流域

はデルタである.北部から流れる Ping 川(36,018

km2),Wang 川(11,708 km2),Yom 川(24,720

km2),Nan 川(34,557 km2)が中流域に位置する

Nakhon Sawanで合流し,Chao Phraya川が始まる.

さらに西側から Sakae Krang 川が流入し,そして

Ayutthaya で東から流れる Pasak 川(18,200km2)と

合流し,タイ湾へ流れ出る.

 1957年,世界銀行の援助によって,タイ王国初の

大規模かつ多目的ダムの建設が認められた.そして

1964年,タイ王国初の多目的大ダムとして,Ping川

上流に国王の名を取ったBhumibol ダムが建設され

た.次に,1961年,Nan 川に同様規模の多目的ダム

を建設することが政府によって承認され,1977年,

Nan川上流に女王の名を取ったSirikitダムが完成し

た.両ダムの主な特徴を表-1に示す.両ダムは

EGAT(Electricity Generating Authority of Thai-

land:タイ電力公社)が管理・運営するものであり,

その主目的は発電であるが,RIDとの協議により灌

漑用にも運用している.運用目的は,発電,灌漑,

治水であり,その目的全てを達成しないとタイ王国

の経済発展に支障をきたすことは言うまでもない.

 本流域内では,中規模,小規模のダムは数多く建

設されているため,本稿では,Nakhon Sawan より

上流における中規模のダムについて図-3に示して

いる.さらに図-3にはNakhon Sawanにおける年

284 原著論文 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005)

図-2 Chao Phraya 川流域.

Fig. 2 Chao Phraya River basin.

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流出量の経年変化と大中規模のダムの建設年を示し

た.70年代後半から90年代前半にかけての流出量の

減少傾向は,土地利用の急激な変遷,特に灌漑面積

の増加にあると考えられ(手計ら,2003),それを誘

発したのは,灌漑用の中規模,小規模ダムの建設と

考えられる.一方で,1990年代後半以降の年流出量

は,1970年代以前のそれとほとんど変わらない.そ

の理由として挙げられるのは,偏ったダムの配置で

ある.大中規模ダム6つのうち,3つが Ping 川,

2つがNan 川,Wang 川が1つ(しかも本川上では

ない)でYom川には一つも無い.そのため,他の水

工施設が少ないことも相まって,Wang川とYom川

からはほぼ自然のまま流出していると考えられる.

中流域における洪水が多発する理由もここにある.

 最近では,かつて灌漑用に建設された中規模,小

規模ダムに改良を加え,発電の機能を持たせ有効活

用する試みが始まっている.

 Ⅲ.大ダム建設が下流の流況に与えた影響の実態

 

 1.Bhumibolダムの建設

 図-4にBhumibol ダムより約4 km下流に位置

する水文観測所 P.12 地点における月流出量と流域

平均月降水量の経年変化を示す.流域平均降水量に

ついては,10日間移動平均曲線に着目すると1952年

から長期的な増減傾向は読み取れない.一方,流出

量に注目すると,1964年のBhumibol ダム完成後,

明らかに流出量が減少している.最大流出量は減少

し,最小流出量は増加し,安定的に下流へ水資源を

供給するというダムの効果が明瞭に表れている.図

-5は同地点における年流出率の経年変化を示す.

ダム建設前後のそれを比較すると,30%程度減少し

ている.さらに,ダム建設後は経年的に減少を続け

ている.その要因はダム運用と関わりがあると考え

られるため,ダム建設後のダムへの流入量と放流量

の比を経年的に描いたのが図-6である.8月から

10月にかけて緑色から青色さらに白色になっている

のは,タイはこの時期雨期のため,ダムに溜め込み,

水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 285

表-1 Bhumibol ダムと Sirikit ダムの緒元.

Table 1 Principal features of Bhumibol and Sirikit

dams.

図-3 Nakhon Sawan(C.2 水文観測所)における

年流出量の経年変化とNakhon Sawanより上流域

に在る主要ダムの建設完成年.

Fig. 3 Annual runoff in Nakhon Sawan (C.2

hydrological station) and completed year of

large- and middle-scale dams.

図-4 Bhumibol ダム直下流(P.12 地点)におけ

る月流出量と流域平均月降水量の経年変化.

Fig. 4 Change in monthly runoff and rainfall in

P.12 station (down stream of the Bhumibol dam)

along the Ping River.

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11月から4月頃にかけて赤色になっていることから,

灌漑のために放流量を増加させていることがわかる.

ダム建設後から1979年頃までは,雨期であっても放

流量が多く,1979年以降は放流量が少なくなってい

る.

 ダム建設前後において,P.12 地点の流出量の年変

動がどのように変わったのかを示したのが図-7で

ある.ダム建設前の例として1952年の降水量と流出

量の一年間の変動パターン,ダム建設後の例として

1992年のそれらを比較した.降水量を比較すると,

どちらも9月にピークを迎え,雨期と乾期が明瞭に

分かれている.次に流出量を比較すると,ダム建設

前は降水量のピークと同様に流出量のピークも9月

に迎えるのに対し,ダム建設後は,9月を頂点とし

た下に凸のパターンを示している.このことからも,

雨期に水を溜め乾期に使用していることがわかる.

 2.Sirikitダムの建設

 1977年に完成したSirikitダムが下流の流況に与え

た影響を調べるため,ダムから約3 km下流に位置

する水文観測所N.12A 地点における月流出量と流

域平均月降水量の経年変化を図-8に示す.降水量

については,図中の10日間移動平均曲線に着目する

と,長期的な増減傾向はないことがわかる.流出量

に着目すると,ダム建設直後から最低流出量は増加

し,最高流出量は減少した.さらに年流出量に着目

した図が図-9である.図-8と合わせて考察する

と,降水量の季節変動に依存せず下流へ水資源を供

給していることがわかる.一方で,年流出量はダム

建設前後を比較して,ほとんど変化はない.

286 原著論文 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005)

図-5 Bhumibol ダム直下流(P.12 地点)におけ

る年流出率の経年変化.

Fig. 5 Annual change in runoff ratio in P.12

station (downstream of the Bhumibol dam).

図-6 Bhumibol ダムにおける月間流入量と放流

量の比の経年変化.(白色は,Inflow/Release の

比が10以上であることを示す.)

Fig. 6 Change in monthly ratio of inflow/release

in Bhumibol dam. (White color means Inflow/

Release ratio is over 10.)

図-7 Bhumibol ダム直下流にある P.12 観測所に

おけるダム建設前後の流出量の挙動の比較.

Fig. 7 Monthly runoff and rainfall in P.12 station

(downstream of the Bhumibol dam in 1952 and

1992).

図-8 Sirikit ダム直下流(N.12A 地点)における

月流出量と流域平均月降水量の経年変化(1997年

からの降水量データは入手できていない).

Fig. 8 Change in monthly runoff and rainfall in

N.12A station (downstream of the Sirikit dam).

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 3.Nakhon Sawanにおける流況の変化

 Nakhon Swan は,Ping 川と Nan 川が合流する,

Chao Phraya川流域で最も重要な地点の一つである.

さらに,本稿でこの地点を選んだ理由は,Nakhon

Sawan より下流では,建設された年が不明確で

あったり,公でない水理施設が数多くあり,適切で

ないと判断したためである.Nakhon Sawan は

Bhumibol ダムから約225km,Sirikit ダムから約

325km下流に位置する観測所C.2地点がある.まず,

Nakhon Sawan(C.2 地点)における1956年から2001

年までのハイドログラフを図-10に示す.毎年,8

水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 287

図-9 Sirikit ダム直下流(N.12A 地点)における

年流出量の経年変化.

Fig. 9 Annual change in runoff in N.12A station

(downstream of the Sirikit dam).

図-11 Nakhon Sawan(C.2 水文観測所)における

月流出量と流域平均月降水量の経年変化(1996年

からの降水量のデータは入手していない).

Fig. 11 Change in monthly runoff and rainfall in

Nakhon Sawan (C.2 hydrological station).

図-10 1956年から2001年までのNakhon Sawan(C.2 水文観測所)におけるハイドログラフ.

Fig. 10 Hydrograph in Nakhon Sawan (C.2 hydro-logical station) from 1956 to 2001.

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月頃からハイドログラフは立ち上がり始め,9月か

ら10月にかけて最大流量が発生している.さらに,

1月にはほぼ最低流量になり,3月や4月において

最も流量が小さくなっている.次にこの観測地点に

おける月流出量と流域平均月降水量の経年変化を図

-11に示す.降水量の10日間移動平均曲線に着目す

ると,降水量の長期的な増減傾向はみられない.流

出量に着目すると,Bhumibol ダム完成後,最低流

出量が増加したのに対し,最高流出量に大きな変化

は見られない.1980年代から1990年代初めにかけて

は,最高流出量は減少している.Bhumibol ダム完

成前後の最低月流出量を比較すると,ダム建設前の

1956年から1967年までの12年のうち,22ヶ月間に

おいて月流出量が2 mm以下であった.一方,ダム

建設後にはそのようなことは無く,安定した流量を

維持している.最高流出量が減少しない理由は,

Wang 川と Yom川には大規模な水工施設が少なく,

コントロールされていない流出があるためであると

考えられる.

 4.FFTを利用したスペクトル解析

 現在,スペクトル解析は極めて広い分野において

応用されている.自然科学系は基より,医学や社

会・経済,さらには人文科学においても利用されて

いる.降雨-流出過程におけるスペクトル解析の中

で代表的な研究として,日野・長谷部(1979)が開

発したフィルタ分離AR法が挙げられる.

 近年の河川流量データには,降雨-流出の物理過

程のみならず,貯水池操作に代表されるような人工

的な影響を多分に含んでいる.沖(2004)は,周波

数解析は流量観測データに含まれる自然変動を知る

ことができるのみならず,観測システム上含まれて

しまった人為的な影響などを抽出することもでき,

収集データの品質検査などにも役立つと指摘してい

る.

 以上を鑑み,本研究ではダム建設によって日流量

の周期特性がどのように変化したのか,またダムか

らの日放流量のスペクトル特性について高速フーリ

エ変換(FFT)を利用して解析を行った.

ランダム変数 x(t)のフーリエ変換を X(f)とする.

  X(f ) = � x(t)e - 12 π f t dt � 

N(= 2 p;p:正の整数)のデータ x(j)(j =0,1,2,…

N - 1)が与えられた時,この有限離散化フーリエ変

換をX(k)とする.

�0

  �  

     � � 

(k = 0,1,2,…,N/2)

 ここで,

  Δ t = T/N

  Δ f = 1/T

  t = j Δ t = j(T/N )

  f = k Δ f = k/T = k/(N Δ t)

  fN = N/(2T ) - 1/(2 Δ t) � 

(fN;Nyquist 周期数)

 なお,周期数範囲がNyquist周期数 fNよりも小さ

T―NjT― ―N

k―T

N - 1

・・- i2 π ・x(j)exp�X(k)=j = 0

T―Njk― ―N

N - 1

・- i2 π ・x(j)exp�=j = 0

288 原著論文 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005)

図-12 Nakhon Sawan(C.2 水文観測所)における

日流量のスペクトル特性の経年変化.

Fig. 12 Spectral characteristics of daily discharge

in Nakhon Sawan (C.2 hydrological station).

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いという条件から,kの範囲は次のように決まる.

   � � 

すなわち,FFTにより求められるフーリエ成分の

個数は,総データ数の半分となる.

 スペクトルは x(t)のフーリエ変換から次式で与え

られる.

  �  

     � � 

 ここで,Eはアンサンブル平均である.

 高速フーリエ変換(FFT)を用いたスペクトル解

析は多くの分野で利用されており,その詳細につい

ては良書が出版されているので参照していただきた

い(例えば,日野,1984;日野,2004).

 本研究では低周波域として季節周期や年周期に着

目し,高周波域として0日から10日まで極めて短い

周期特性について解析を行った.さらに,周期0日

が4月1日に相当し,約120日は7月,約180日は9

月に相当する.

 これを利用して,Nakhon Sawan における日流量

データについて,Bhumibol ダム建設前(1956-

1967),Sirikit ダム建設前(1969-1976),2大ダム

建設後(1978-2001)の3時期に分けて周期特性を

解析した結果を図-12に示す.3時期ともに持つ特

徴として,365日周期,9月と7月にピークを持つ

周期が挙げられる(図中の○印).これは,降水量が

N k �

2――

E[X(k)X * (k)]1

=k

PTT

[ X(k) 2]1

=T― ―

7月と9月の二つの山をもつ年周期によるものと考

えられる.さらに,50日から100日の周期帯におい

てもスペクトル形状が変化している.その要因とし

て,小規模や中規模の灌漑ダムの増加やポンプ揚水

箇所の増加などが推察できる.

 さらに,Bhumibol ダムと Sirikit ダムからの日放

流量,Nakhon Sawan における日流量,Nakhon Sa-

wan より上流域の平均日雨量のスペクトル特性を

示したのが図-13である.ここでは特に日雨量のス

ペクトル特性に着目すると,年周期と季節周期を明

瞭に判別できる.さらに,この特性はダムからの日

放流量やNakhon Sawanでの日流量のスペクトル特

性と一致していることから,雨量に依存しているこ

とが明確にわかる.

 次に,高周波域のスペクトル特性に注目する.図

-14�は1956年から1967年までのNakhon Sawanに

おける日流量の高周波スペクトル特性を示したもの

である.この期間において,高周波域には顕著なス

水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 289

図-14 1956年から1967年まで�,1978年から2001

年まで�のNakhon Sawan(C.2 水文観測所)に

おける日流量の高周波スペクトル特性.

Fig. 14 High frequency spectral characteristics of

daily discharge in Nakhon Sawan (C.2 hydro-

logical station) from 1956 to 1967 (a) and from

1978 to 2001 (b).

図-13 Nakhon Sawan(C.2 水文観測所)における

年代別日流量,Bhumibol ダムと Sirikit ダムから

の日放流量,日降水量のスペクトル特性.

Fig. 13 Spectral characteristics of daily discharge

in Nakhon Sawan (C.2 hydrological station),

daily released water from Bhumibol and Sirikit

dams and daily rainfall.

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ペクトル特性は見られない.一方,Bhumibolダム

とSirikitダムの二つが完成した後の1978年から2001

年までの高周波特性に注目したのが図-14�である.

この図から3.5日と7日の二つに周期特性が見られ

る.これは明らかに人間活動に因るものであると推

察できる.7日周期については,沖(2002,2004)

が大規模貯水池の操作によるものと示唆しているの

で,その可能性の一つとして考えられるBhumibol

ダムの影響に着目して,日放流量についてスペクト

ル解析を行った結果が図-15�である.その結果,

2.3日,3.5日,7日の周期を持つことがわかった.

さらに,図-15�はSirikitダムにおける日放流量の

高周波スペクトル特性を示している.ここでも,

2.3日,3.5日,7日といった周期を持つことがわか

る.このように,人間活動であるダム操作によって

下流の流況が影響を受けている顕著な例と言える.

ここで,Bhumibol ダムと Sirikit ダムからの日放流

量の高周波スペクトルには2.3日という卓越周期が

確認されるのに,Nakhon Sawan における日流量の

高周波スペクトルには見られない.この違いについ

ては,ナイキスト周波数を考えれば検証の難しい周

期領域と考えられるものの,現実には,両ダムと

Nakhon Sawan までの距離は約250 kmあり,その

間には大規模な灌漑地区がある.このような影響が

あるものと考えられる.

 このような周期性を持つ理由の一つとして,RID

が灌漑必要量を毎週,EGATに要求し,それに応じ

290 原著論文 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005)

図-15 Bhumibol ダムにおける日放流量�と

Sirikit ダムにおける日放流量�の高周波スペクト

ル特性.

Fig. 15 High frequency spectrum characteristics

of daily release water from Bhumibol dam (a)

and Sirikit dam (b).

図-16 Bhumibol ダムと Sirikit ダムのルールカーブ.

 (縦軸は水位を示し,横軸は月を示す.横軸のスタートは2003年4月からである.◆が upper rule curve,

○が lower rule curve.▲は2003年3月からの実績を示す.)

Fig. 16 Reservoir operation rule of Bhumibol and Sirikit dams.

 (The vertical line shows water level and the horizontal line shows month. The horizontal line starts from

April 2003 to March 2004. ◆ is upper rule curve, ○ is lower rule curve. ▲ is actual water level.)

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て放流量操作をしていることが挙げられる.次節に

てダムの運用について記述する.

 5.Chao Phraya川流域内のダム操作ルール

 まず,流域にとって最も重要なBhumibol ダムと

Sirikit ダムについて説明する.両ダムともに1995年

以前は,システマチックな運用はされていなかった.

経験を基に運用を行ってきた.しかし1996年より,

図-16に示すように,upper rule curve と lower

rule curve を作成し,その間に入るように運用をし

ている.

 乾期における運用ルールは,タイ王国政府の水資

源に関する委員会において,極めて厳密に定められ

ている.特に灌漑を管轄するRIDから EGATへ灌

漑要求量に関する公式文書を提出している.基本的

には表-2のように,週単位で供給量が決定されて

いる.これらの値は,中流域における農産物の生育

状況から判断して作成されている.さらに主要な規

定として以下の4つのルールがある.

 � 毎年,1月1日から6月30日までを「乾期」

と定める.

 � 上記の6 ヶ 月間におけるBhumibol ダムと

Sirikit ダムからの合計の放流量は65億m3.

 � 土曜日と日曜日は,電力需要が少なくても平

日の80%から90%を維持しなければならない.

 � Bhumibol ダムに関しては,放流量は160

m3/ sec を下回ってはならない.

 なお,あくまでBhumibol ダムと Sirikit ダム両方

からの放流量の合計値として規定されているので,

各々のダムからどれくらいの放流をするのかは,管

理するEGATに委ねられている.よって,EGAT

はダム各々の貯水量の状態から,各々のダムからの

放流量の比率を決めている.

 Bhumibol ダムと Sirikit ダム以外の中規模ダムに

ついては,全てRIDが管理と運用をする灌漑用ダ

ムである.それらのルールカーブは,過去の放流量

の平均から一本のルールカーブを導き出し,その曲

線に乗るような運用をしている.また,中規模や小

規模ダムは,そのほとんどが灌漑地域の直ぐ上流に

位置しているため,流域一体の運用をしているわけ

ではなく,各々の灌漑地域のために運用をしている.

 Ⅳ.結 言 

 1960年代から急激な社会・経済発展を遂げたタイ

王国の中央に位置し,同国最大の面積を持つChao

Phraya 川流域において,二つの大ダム(Bhumibol

ダムと Sirikit ダム)の建設が下流の流況に与えた影

響を調べた.その結果,以下のような知見が得られ

た.

 � Nakhon Sawan より上流域では,1952年から

1995年まで,降水量の長期的な増減傾向は見ら

れなかった.一方で,Bhumibol ダムや Sirikit

ダムの建設前後において,ダム直下にある水文

観測所の流出量に着目すると,ダム建設前より

もダム建設後は最低流出量が増加し,最高流出

量が減少した.これは,貯水池操作によって安

定的に水資源を供給するとともに,洪水の発生

を減少させている.極めて顕著な流況の変化が

捉えられた(図-4,図-8).

 � Chao Phraya 川流域のちょうど中間地点に位

置し,Ping 川と Nan 川が合流するNakhon Sa-

wan(C.2)にある水文観測所のデータから,

Bhumibol ダム建設後直後から最低流出量が増

加していることがわかる.一方で,最高流出量

は大きく減少してはいない.ダムの建設に因っ

て,水資源は安定的に供給されるようになった

ものの,4本の支川の中でWang 川と Yom川

には大規模な水工施設が無いため,最高流出量

はそれほど抑えられていないためと考えられる.

 � FFTを用いて,Nakhon Sawa nにおける日

流量のスペクトル解析を行った.その結果,降

水文・水資源学会誌第18巻3号(2005) 原著論文 291

表-2 乾期におけるBhumibol ダムと Sirikit ダム

からの合計の灌漑放流量(週単位の供給量).

Table 2 Total released water for irrigation from

Bhumibol and Sirikit dams in dry season

(weekly demand).

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水現象と同様の傾向と考えられる9月と7月に

ピークを持つ周期特性が得られた.同時に,3.5

日,7日という短い周期特性も得られた.この

要因を探るため,Bhumibol ダムと Sirikit ダム

の日放流量についてもスペクトル解析を行うと,

2.3日,3.5日,7日という上述のNakhon Sa-

wan における日流量のスペクトルと同じ短い

周期特性が得られた.このことから,Bhumi-

bol ダムや Sirikit ダムによって下流の流況に多

大な影響を及ぼしていることが考えられる.

 以上のように,大規模貯水池の操作が下流の流況

に多大な影響を与えていることを明らかにした.こ

れは流域の水循環や水資源を考える上で,このよう

な大規模な人間活動は無視することはできないこと

を示している.今後,中・小規模の貯水池の影響を

検討するとともに,Bhumibol ダムと Sirikit ダムの

利水,治水効果について評価をする必要がある.

謝辞:本研究は科学技術振興事業団/戦略的基礎研

究推進事業「社会変動と水循環の相互作用評価モデ

ルの構築」(代表:寶馨京都大学防災研究所教授)

の成果の一部である.査読者には大変有益な助言を

いただいた.合わせてここに記して謝意を表します.

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292 原著論文 J. Japan Soc. Hydrol. & Water Resour. Vol. 18, No. 3(2005)