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トマトの加熱調理によるグアニル酸生成およびその品種間差 誌名 誌名 日本食品科学工学会誌 ISSN ISSN 1341027X 著者 著者 安藤, 聡 坂口, 林香 巻/号 巻/号 62巻8号 掲載ページ 掲載ページ p. 417-421 発行年月 発行年月 2015年8月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

トマトの加熱調理によるグアニル酸生成およびその品種間差トマトの加熱調理によるグアニル酸生成およびその品種間差 誌名 日本食品科学工学会誌

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トマトの加熱調理によるグアニル酸生成およびその品種間差

誌名誌名 日本食品科学工学会誌

ISSNISSN 1341027X

著者著者安藤, 聡坂口, 林香

巻/号巻/号 62巻8号

掲載ページ掲載ページ p. 417-421

発行年月発行年月 2015年8月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi, 62 (8), 417 421, 2015 Copyright。2015,Japanese Society for Food Science and Technology doi : 10. 3136/nskkk. 62目417

研究ノート

http:グwww.jsfst.or.jp

トマトの加熱調理によるグアニル酸生成およびその品種間差

安藤聡ぺ坂口(横山)林香

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構野菜茶業研究所野菜病害虫・品質研究領域

Production of Guanylic Acid by Cooking of Tomato

Akira Ando* and Rinka Sakaguchi-Yokoyama

Vegetable Pest Management and Postharvest Division, NARO Institute of Vegetable

and Tea Science 360 Kusawa Ano Tsu Mie 514 2392

Guanylic acid enhances出eumarni tast巴ofglutarnic acid. We analyzed the content of guanylic acid in tomato fruits of 11 cultivars before and after cooking. The contents were significantly higher in heated ra出erthan non-heated fruit among all cultivars. To investigate the effect of heating on guanylic acid accumulation, we analyzed the content of即 anylicacid and its degradation product,山anosine,in tomato fruits heated at temperatures between 25℃ and 100℃. Based on the content of the two compounds, we speculate that the di民間ncein quantity betw巴enthe production and degradation of guanylic acid was the highest at 50-60℃,and that the maximum accumulation of guanylic acid occurred at 50 60℃. (Received Dec. 2, 2014; Accepted Apr.15, 2015)

Keywords : cooking, tomato, guanylic acid, glutamic acid, umami

キーワード・加熱調理, トマト,グアニル酸,グルタミン酸,うま味

5'グアニ jレ酸(以降グアニル酸と表記)や5’ーイノシン

酸(以降イノシン酸と表記)等の呈味性ヌクレオチドは,

うま味成分グルタミン酸との相乗効果により,少量で“う

ま味”を増強する.干しシイタケの主要なうま味成分とし

て知られるグアニル酸は,調理条件によって増加すること

が知られている 1)が,野菜類にはグアニlレ酸等の呈味性ヌ

クレオチドはほとんど含まれないとされそその存在は注目

号されてこなかった.

ところが,近年,堀江3)によって,トマトやナス等のナス

科野菜においては呈味性に影響を及ぼす可能性がある量の

グアニル酸が含まれること,さらに,加熱調理によってグ

アニル酸含量が増加することが報告された現在までに,

シイタケについては,内在性のヌクレアーゼによる RNA

分解とフォスファターゼによる脱リン酸化が調理過程にお

けるヌクレオチドの増減に関連していることが報告されて

いる山このような知見に基づき,うま味を効率的に引き

出すための干しシイタケの調理法等が提案されている叩

しかし野菜については,そもそも呈味性ヌクレオチドの

調査対象とされてこなかったため,その生成機構は勿論の

こと,調理条件が生成に及ぼす影響等は不明なままである.

そこで,本研究では,グルタミン酸を高濃度で含むことが

知られており,野菜類の中では比較的高濃度のグアニル酸

干514-2392三重県津市安濃町草生360・連絡先(Corr巴spondingauthor), [email protected]

を含むとされる3)トマトを対象として,加熱前後における

グアニル酸等の呈味成分の分析をおこない,その品種間差

を明らかにすると共に,加熱調理条件がグアニル酸生成に

及ぼす影響について考察した.

1. 実験方法

(1) トマト栽培および果実の加熱処理

調理加工用(9品種)および生食用(2品種)のトマト 11

品種(表1)を野菜茶業研究所(三重県津市)のビニールハ

ウスで慣行栽培し, 2013年夏季に収穫した果実を試験に供

した.

オーブン加熱試験については,第1および第2果房の果

実を用い,既報3)』こ従って試料調製したすなわち,果重

が200g未満の果実については,縦に 2分割し,帯部を切

除した後,一方を直ちに非加熱試料として成分抽出に用い,

もう一方を加熱処理した(図 lA).加熱には,家庭用過熱

水蒸気オーブン(AX-HC3,シャープ製)を用い, 250℃に

設定したウォーターオーブンモードで予熱せずに,果皮側

を下にして 15分間加熱した加熱終了後は室温で放冷し,

直ちに成分抽出に用いた.呆重が200gを超える生食用大

玉品種の果実については,縦方向放射状に4分割し, l切

片を非加熱試料,その対角線上に位置する切片を加熱用試

料とした(図 lB).各品種とも 5果ずつ分析に供し, 5果

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418 日本食品科学工学会誌第 62巻第8号 2015年 8月 ( 54)

表 1 供試したトマト品種

品種 果重b(g) 水分含量c(%) 種子販売者

調理用品種

なつのこまa 84±25 94.9±0.3 大和農園グループ

にたきこまa 74±16 94.8±0.2 大和農園グループ

サンマルツアーノ 3 65士9 94.4土0.2 Hortus社

ローマ VF 78土5 94.6±0.3 Hortusヰ土

エスクック -トール 94±12 94.3±0.1 サカタのタネ

クックゴールド 97±15 94.3±0.2 タキイ種苗

ティオクック 120±26 94.7±0.0 タキイ種苗

ノTスタ 72±10 95.0±0.1 カネコ種苗

ボンジョールノ 125±26 94.3±0.1 トキタ種苗

生食用品種

桃太郎8 228±57 94.1±0.2 タキイ種苗

麗夏(れいか) 256±95 94.3士0.2 サカタのタネ

a農研機構育成品種

b第 l~第2果房の果実5果の平均重量±標準偏差。

c bの5果の平均水分含量±標準偏差。70℃でか15日開通風乾燥.

200g以上の果実

図 I オーフン加熱試料の翻製

の平均値を結果として表示した.

加熱温度・時聞が成分変化に与える影響を調べる試験で

は,第 2から第4果房の果実を縦方向放射状に 2から 4分

割し,稽部を切除後, l果当たり l切片を 5果分(合計

200~300g)併せて以降の実験に供した果実の 0.5倍量

(w/w)の 20℃で凍結した蒸留水と共に,家庭用ミキサー

(MJ-MlO,パナソニック製)で2分間破砕しおよそ 1.2

mlの破砕液をマイクロチューブに分注した これを,湯

煎によって室温(25℃), 40℃, 50℃, 60℃,70℃,80℃,

100℃の温度で 10, 20, 60分間加熱した加熱後のチュー

プは直ちに氷冷し,成分分析試料の調製時まで-20℃保存

した 試料は破砕から加熱処理に至るまで常に氷中に保持

し,破砕液が常に 4℃以下に保たれていることを別途確認

したまた,破砕開始から加熱処理開始まで約 10分間を

要した.

(2)成分分析用試料の調製

非加熱およびオーブン加熱した果実については,マイク

ロ波加熱によって内生酵素の失活を図る方法7)に基づき処

理した まず,果実に 4倍量の蒸留水を加え,電子レンジ

を用いて沸騰直前まで加熱し,これをミキサー破砕して粗

i慮、過後, j慮液の遠心上清を回収したこれを孔径 0.45μm

のフィルターで液過して不溶残溢を除き,分析時まで -20

℃保存した

加熱温度 ・時間が成分変化に与える影響を調べる試験に

おいて,-20℃保存された破砕液については,安藤ら7)に

よるクロロホjレム抽出を一部改変しておこなった すなわ

ち,破砕液を解凍後, 15000rpm,4℃で5分間遠心し,上

清を回収したこれに等量のクロロホJレム加え,激しく撹

持後,再び遠心分離して水層を回収し,孔径0.45μmのフィ

ルターで液過した後, j慮液を分析時まで-20℃保存した

(3)有機酸,遊離アミノ酸,遊離糖の分析

フォトダイオードアレイ検出器を装備したキャピラリー

電気泳動システム(Agilent7100,アジレント製)を用い,

既報8)』こ従って,間接吸光法により検出した.ただし対

象成分の含有量に応じ,最終希釈倍率を 5~20倍とした分

析用試料を 50mbarで4~30秒間加圧注入して,電気泳動

を20分間おこなった 有機酸(クエン酸),遊離アミノ酸

(グルタミン酸,グルタミン,アスパラギン酸, rアミノ酪

酸),遊離糖(果糖,ブドウ糖,ショ糖)を分析対象成分と

して,標品のピーク面積と比較して定量した

(4)呈味性ヌクレオチド関連成分の分析

既報3)』こ従って,グアニル酸, 5'-アデニル酸 (以降アデ

ニル酸と表記),グアノシン,アデノシンを高速液体クロマ

トグラフィ ー (HPLC)により分析した.ただしカラム温

度を 40℃,移動相 AをlOOmMリン酸緩衝液(pH2.5)と

し移動相 B (90%アセトニトリル)を分析開始後5~ 25

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( 55) 安藤・坂口(横山):トマト加熱によるグアニル酸生成 419

表 2 オーブン加熱前後のトマト果実における主要呈味成分含量

にたきこま 桃太郎8

成分 含有量(mg/kg) 含有量(mg/kg)

加熱後b

含有量比c加熱後b

含有量比c非加熱a 非加熱a

果糖 14994±1151 14752±972 0.98 19240±1465 19009±865 0.99

ブドウ糖 13150土1481 13179士1183 1.00 18213±1035 18308士709 1.01

ショ糖 1073土262 820±231 0.76* 1549士256 1438士137 0.93

クエン酸 3346±464 3284±441 0.98 3605±454 3526±204 0.98

アスパラギン酸 412土73 401±68 0.97 490±62 474±62 0.97

グリレタミン 1135±173 1051±139 0.93 1119±290 1051±222 0.94

グルタミン酸 1394土235 1434±226 1.03 2122士543 2072±375 0.98

y アミノ酪酸 480±123 532±114 1.11* 705±267 695±205 0.99

アデニル酸 164.7±30.7 186.0±29.6 1.13 62.4±12.0 84.2土3.8 1.35**

グアニル酸 15.2士1.7 19.9±1.4 1.31神 6.1±1.0 10.2±0.4 1.67榊

a生果における新鮮重当たりの含有量(5呆の平均値士標準偏差).

b加熱後の果実における新鮮重(加熱前の重量)当たりの含有量(5呆の平均値±標準偏差).

C加熱前後の含有量比(b/a),材および*は,各々 1%.5%水準でa,b聞に有意差があることを示す.

分に O~7.5%とするリニアグラジエント条件へと改変し

た.

2. 実験結果および考察

(1)加熱による主要呈味成分含量の変化

我が国の調理用トマト品種の代表として,優れた栽培・

調理特性を持つ‘にたきこま’9)10)生食用品種の代表として,

優れた食味で知られる‘桃太郎 3•11)を用いて,オーブン加

熱がトマト果実中の主要呈味成分含量に及ぼす影響を調べ

た.オーブン加熱による重量減少率は, Iたきこま’で

13.9±4.9%,‘桃太郎8’で 16.7±3.4%であったことから,

オーブン加熱後の試料においては,水を主体とする揮発成

分の蒸発によって,呈味成分の濃縮が起こっていると考え

られた本報では,このような濃縮の影響を相殺し成分

含量の比較がしやすいように 非加熱試料およびオーブン

加熱後の試料共に新鮮重当たりの含有量として表示するこ

ととした トマト果実に多量に含まれ, トマトの味に大き

く関与していると考えられる呈味成分(遊離糖,有機酸,

アミノ酸)に加え,グルタミン酸とのうま味の相乗効果を

示す呈味性ヌクレオチドについて比較した(表2)ところ,

オーブン加熱によって‘にたきこま’のショ糖が有意に減

少した他, yーアミノ酪酸とグアニル酸が有意に増加してい

た.また,‘桃太郎8’については,アデニル酸とグアニル酸

が有意に増加していた.なお,動物性食品に多く含まれる

ことが知られているイノシン酸は,本研究において検出さ

れなかったが,既報12)においても, トマトを始めとする植

物性食品からは検出されていない. トマト果実中のショ糖

については,細胞破砕によって容易に酵素分解する可能性

が示唆されているのことから,本研究においては,加熱に

よる細胞の破壊に伴って分解され,減少したものと考えら

れる. rアミノ酪酸とグアニル酸の増加については,堀

江3)も同様な現象を異なる調理用品種‘テイオクック’にお

いて確認している yアミノ酪酸は,血圧上昇抑制作用等

の機能性が注目されているほか,酸味と塩味の増強効果を

有することを示唆する官能評価結果が近年報告されてい

る山4! y-アミノ酪酸は,野菜の中ではトマトに高濃度で

含まれるωが,これが加熱調理によって,さらに増量でき

るとなれば,加熱調理トマトの消費喚起に繋がると期待さ

れる.加熱によるアデニル酸の増加は,‘桃太郎8’でのみ

有意で、あったが,‘にたきこま’でも増加傾向が観察された.

アデニル酸によるグルタミン酸のうま味相乗効果の度合い

は,グアニル酸によるそれと比べて 0.078倍ωと微弱であ

る. しかし,両品種においてアデニル酸はグアニル酸の 10

倍程度の含有量を示したことから,アデニル酸によるうま

味相乗効果は,グアニル酸のそれの約 0.8倍に相当すると

考えることができる.したがって アデニル酸もトマトの

味への寄与は大きいと考えられる.調理用および生食用の

2品種の両方で唯一有意に増加していたグアニル酸は, ト

マト果実に含まれる主要呈味成分の中で最も加熱による増

加率が高かった少量でグルタミン酸とのうま味相乗効果

を示すグアニル酸は,加熱したトマトのおいしさにも最も

寄与している呈味成分の一つであると考えられる

(2)グアニル酸含量の品種間差

トマト果実のオーブン加熱によってグアニル酸が有意に

増加することが表2で示された.そこで,多様なトマト品

種におけるグアニル酸含量差を明らかにするため,上述の

‘にたきこま’と桃太郎8’に加え表1に示した9品種(調

理用8品種,生食用 l品種)について,オーブン加熱前後

のグアニル酸を定量した.その結果,図2に示したように,

全ての品種において,他の野菜3)と比べると比較的高い濃

度のグアニル酸が含有されていることが示されたまた,

全ての品種において加熱によりグアニル酸含量が有意(1

%危険率,ローマ V.F.のみ 5%危険率)に増加していた.

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( 56)

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2015年8月

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オーブン加熱前後におけるクアニル酸含量のトマト品種間差

生食用トマト 2品種と調理用トマト 9品種の果実について,

オープン加熱前 (非加熱)および加熱後のグアニル酸を定量し,5果の平均値を示した エラーパーは標準偏差を示す

図 2

15

10 100

図 3 加熱温度 ・時間によるグアニル酸関連成分の濃度変化

調理用トマト可こたきこま’の果実5個を混合し,氷温下でミキサー破砕後, 25~ 100℃で 10,20, 60分間加熱し,グアニル

酸(A)およびグアノシン (B)を定量した 10分および60分

間氷中保存した非加熱試料 (処理温度を O℃と表記)についても分析対象とした

りグアニル酸が顕著に増加することが明らかになった.そ

こで,次に加熱温度と加熱時聞がグアニル酸増加に及ぼす

影響を明らかにするため,調理用品種の代表として ‘にた

きこま’を,生食用品種の代表として ‘桃太郎8’を用いて

以下の試験をおこなった この試験では,試料の均一性を

図るため, 5個の果実をまとめて破砕した破砕液を密閉可

能なマイクロチューブに分注して加温した.また,室温

25℃から 100℃まで細かく温度条件を振って加熱するた

め,オーブン加熱ではなく 湯煎による加熱とした.その

結果,‘にたきこま’の加熱に伴うグアニル酸増加の推移は,

処理温度に応じて著しく異なる傾向が示された (図 3A).

また,グアニル酸の脱リン酸化分解物であるグアノシンの

濃度変化は,グアニル酸とは異なる温度特性を示していた

(図3B).‘桃太郎8’においても, eにたきこま’と同様な傾

向が確認されたため,データは省略した. トマト果実破砕

液中において,グアニル酸は主に RNAの酵素的分解に

よって生成され,その後,脱リン酸化を経てグアノシンへ

と変換されると考えられる4)図 3Aより ,グアニル酸は

0℃(氷中保冷中)においても生成され, 50~ 60℃をピーク

に70℃まで生成されると考えられる 80℃以上では各種

生食用の 2品種 (桃太郎8,麗夏) は,調理用品種と比べ

て,非加熱試料中のグアニル酸含量が低かったが,非加熱

試料中のグアニル酸濃度が低い品種ほど,加熱によるグア

ニル酸の増加率が高い傾向があった グアニル酸の増加率

は,新鮮重換算で 16.0~93.3%であったが,実際の加熱後

試料においては,揮発成分の蒸発による濃縮の影響により ,

35.3~138.5%に達していた なお,果重あるいは果実の水

分含量 (表 1)とグアニル酸増加との間に相関関係は見ら

れなかった.

堀江3)によると,グルタミン酸ナトリウム単独の水溶液

と,グルタミン酸ナトリウムおよびグアニル酸ナトリウム

からなる混合水溶液を比較した場合,以下の関係が成り立

80 70 50 60

処理温度(℃)

40 25 。

Y:混合溶液と等しいうま味を示すグルタミン酸ナトリ

ウム単独溶液中のグルタミン酸濃度 (mg/I)

[GMP] .混合溶液中のグアニル酸濃度 (mg/I)

[Glu] .混合溶液中のグルタミン酸濃度 (mg/I)

本試験においては,オーブン加熱によってグアニル酸が

新鮮重当たり 2.3~ 5.Smg/kg増加したが,単純な水溶液系

であれば,この濃度のグアニル酸増加によって, 1.9~ 3.4

倍のグルタミン酸ナトリウムを含む水溶液に相当するうま

味を呈することになる.このようなグルタミン酸との相乗

効果を考慮すると,トマトの加熱によるグアニル酸増加は,

加熱調理トマトのおいしさに寄与しているものと考えられ

る.

(3)加熱温度・時聞がグアニル酸増加に及ぼす影響

供試した全てのトマト品種において,オーブン加熱によ

Y = (1 +0.4ll[GMP]) [Glu]

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( 57) 安藤・坂口(横山):トマト加熱によるグアニル酸生成 421

ヌクレアーゼの活性が失われることにより,グアニjレ酸生

成がおこなわれないものと思われる. 40℃においてのみ加

温 10分以降の生成がほとんど見られない理由は不明で、あ

るが,この機序を理解するためには,グアノシンのみなら

ず関連する周辺代謝物の挙動をモニターする必要があるだ

ろう.一方,グアノシンは 60℃をピークとして 50~70℃

において加熱時間に伴って増加したが, 0~25℃および

80℃以上では増加しなかったこれら 2成分の挙動から,

トマト果実破砕液では, 50~60℃においてグアニル酸の生

成と分解の差が最大となった結果,最大のグアニル酸蓄積

が起こったと考えられる.

この実験では,破砕後の呆実試料を密閉チューブ中で加

熱したため,グアニル酸生成に関わる基質 RNAとリボヌ

クレアーゼ等の酵素や温度等の分布が,果実切片を直接加

熱するオーブン加熱とは大きく異なることが予想される

しかし本研究で得られた知見は, トマトのみならず野菜

類の調理・加工時の温度条件を制御することにより,グア

ニル酸の含有量を制御できる可能性を示唆するものであ

る.今後,野菜類の調理・加工とおいしさとの関係を考え

る上で,グアニル酸等の呈味性ヌクレオチドの含有量が重

要な指標となるものと考えられる.

3. 要約

グアニjレ酸等の呈味’性ヌクレオチドは,グルタミン酸と

の相乗効果により,少量でうま味を増強する.調理用 9品

種と生食用 2品種のトマトについて,加熱調理前後のグア

ニル酸含量を比較したところ 全品種において有意にグア

ニル酸が加熱により増加していた.加熱条件がトマトのグ

アニル酸の増減に及ぼす影響を調べることを目的に,

25~100℃でトマト果実を加熱したときのグアニル酸およ

びその分解物であるグアノシンの含有量を定量した.これ

ら2成分の挙動から, 50~60℃においてグアニル酸の生成

と分解の差が最大となった結果最大のグアニル酸蓄積が

起こったと考えられる.

本研究の栽培管理に当たっては 野菜茶業研究所研究支

援センターの山内克之氏の多大なるご支援をいただいた.

ここに記して感謝申しあげる.なお,本研究の一部は農林

水産省委託プロジェクト研究「農林水産資源を活用した新

需要創出プロジェクト」により実施した.

文 献

1) 津田崇子,シイタケの核酸関連物質に関する調理科学的研

究,日本調理科学会誌, 31,89-95 (1998).

2) 藤本正雄,核酸,「食品大百科事典」,(独)食品総合研究所編,(朝倉書店,東京).pp. 170-174 (2001).

3) 堀江秀樹,野菜の加熱にともなうグアニル酸の生成,日本調理学会誌, 45,346-351 (2012).

4) 津田崇子,遠藤金次,シイタケの加熱調理過程における核

酸関連物質の変動,日本家政学会誌, 41.407-411 (1990).

5) 津田崇子,きのこの調理 シイタケを中心に一,日本調理

科学会誌, 36, 344-350 (2003).

6) 遠藤金次,シイタケを煮る,調理科学, 22,58 62 (1989).

7) 安藤稔,中野明正,金子壮,坂口(横山)林香,東出忠柄,

畠中誠,木村 哲,日蘭トマト品種の呆実成分と収量性,

野菜茶業研究所研究報告, 14,印刷中(2015).

8) 堀江秀樹,キャピラリー電気泳動法による野菜の主要呈味成分の分析,分析化学, 58, 1063 1066 (2009).

9) 佐藤百合香,小沢聖,石井孝典,由比進,「クッキング

トマト」としての利用に向けた加工用トマト品種の加熱調

理適性の評価,園芸学研究, 3, 307 312 (2004).

10) 鈴木克己,佐々木英和,安場健一郎, i可崎靖,高市益行,

生育温度が心止まり性トマト‘にたきこま’の収穫期間に及ぼす影響,野菜茶業研究所研究報告, 10, 115-122 (2011).

11) 加屋隆士,桃太郎トマトの生育特性に関する知見,ハイドロポニックス, 27,4-5 (2013).

12) Yamaguchi, S.叩 dNinomiya, K., Umami and food palat-

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13) 佐々 木公子,岩城知津,植野洋志, GABA(rアミノ酪酸)

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14) 佐々 木公子,渡部治奈,植野洋志, GABA(r-アミノ酪酸)

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子編,(朝倉書店,東京) • pp. 69 81 (1994).

(平成26年 12月2日受付,平成 27年4月15日受理)