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28 バナナ アガロースゲル スリップ 大学  学コース 081320680

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平成28年度卒業論文

バナナの表皮とアガロースゲルのスリップ挙動の定量化

名古屋大学 工学部

物理工学科応用物理学コース

増渕研究室

学生番号 081320680

氏名 久世雅大

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要旨

本研究はバナナがどのように滑るかを知るために定常せん断測定及び

振動せん断測定を行い、アガロースゲルの結果と比較した。定常せん断

測定より、バナナは他のゲルと同様に流体摩擦を起こすことが分かった。

また振動せん断測定より、バナナ表皮は滑り始める時の応力と滑りが止

まる時の応力には差があることが分かった。この結果はアガロースゲル

では見られなかった。この現象はバナナが流体摩擦を起こしやすいゲル

であるためと考えられる。

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目次

要旨 1

第 1章 序論 3

1.1 はじめに . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

1.2 先行研究 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

1.3 目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

1.4 せん断測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

1.5 弾性と粘性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

1.6 貯蔵弾性率と損失弾性率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

1.7 ストライベック線図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

第 2章 実験方法 11

2.1 実験の概要 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

2.2 試料 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

2.3 粘弾性測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

第 3章 結果 16

3.1 定常せん断測定の結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

3.2 振動せん断測定の結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

第 4章 考察 27

4.1 試料溶媒の粘度推定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27

4.2 歪み制御の振動せん断測定における滑り挙動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

4.3 バナナとアガロースゲルの摩擦挙動の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31

4.4 今後の課題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33

第 5章 結論 34

謝辞 35

参考文献 36

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第 1章

序論

1.1 はじめに

バナナで転ぶというシーンは誰もが見たことあるような光景であろう。いつどこで習ったかはわからな

いが世界中の誰もが知っていることである。2012年に馬淵ら [1]はバナナの表皮の摩擦係数を測定し、イ

グノーベル賞を受賞した。彼らの研究ではバナナは流体摩擦を生じることが示されたが、そのメカニズム

については解明されていない。

バナナの皮は内部に溶液を含んでいてゲル状態であると考えられる。ゲルの摩擦については北海道大学

のグンら [2][3]によって研究され、摩擦係数が非常に低くなることや、これまで固体摩擦の法則として知

られてきたアモントンクーロンの法則に従わないことが分かっている。これらの研究により、低摩擦ゲル

は、人工関節や人工眼球などの医療、バイオ分野への応用が期待されている [4]。

本研究ではバナナ表皮が流体摩擦を生じるメカニズムを検討するために、スリップ挙動を測定した。ま

た、代表的なゲルであるアガロースゲルとも比較した。

1.2 先行研究

1.2.1 バナナ表皮の摩擦係数について

馬渕ら [1] はバナナの摩擦について研究を行った。その結果、バナナ表皮の摩擦係数は 0.066 であり、

雪の上のスキー板と同じくらいの値を持つということがわかっている。低摩擦の原因については馬淵らは

以下のように説明している。バナナを踏むと内部にある小胞ゲルが破壊される。その後、図 1.1のように

破裂したゲルがゾル状態となり潤滑層を形成する。このゲルからゾルへの不可逆な転移によりバナナ表皮

は流体潤滑を示す。

図 1.1 踏まれたバナナ表皮の構造変化。参考文献 [1]より引用。

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第 1章 序論 4

しかしこの研究ではどのような条件下で小胞ゲルが破壊されるかなど詳しいメカニズムについての言及

はされていない。

1.2.2 ゲルの摩擦について

グンら [3]により、トライボメーターによる摩擦測定が行われ種々のゲルの摩擦係数が得られている。

図 1.2に結果を示す。彼らの結果では、ゲルの摩擦係数は速度の増加により増大する。この現象はゲルの

流体潤滑により説明されている [3]。

摩擦係数

速度 mm/min図 1.2 参考文献 [3]より引用。●がゼラチンゲル、□が κ-カラギーナンゲル、○が PVAゲル、◇が

コンニャクゲル、▽が PAMPSゲル、▲が PNaAMPSゲルの結果である。

同様にトライボメーターを用いたその後の研究 [5] ではゲルの摩擦はアモントンクーロンの法則

(F = µN [6])に従わず、法線応力とせん断応力の関係が以下の式で表されることが報告されている。

f ∝ Pα (1.1)

ここで f は単位面積当たりの摩擦力であり、P は法線応力である。αは 0 − 1.0の範囲でありゲルの化

学構造に依存する。

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第 1章 序論 5

1.2.3 ゴムが作る潤滑層ついて

金子ら [7]はゴムが流体潤滑を起こした時の潤滑層の厚さを計測している。この研究ではレオメーター

で定常せん断測定を行いながらレーザー光を用いて潤滑層を直接計測している。試料には円盤状に成形し

た PDMSゴムを用い、その周囲を水で満たしている。結果を図 1.3に示す。

厚み

μm

距離 mm

図 1.3 x軸は円周方向の距離である。原点は外周上の同じ点。また、y軸は基盤と試料下部の間隔で

あり、生じた潤滑層の厚さを示す。

1 r.p.m.と 3 r.p.m.で厚みにピークが見られるのはゴムと基盤が非平行であり、隙間が生じているため

である。回転速度の上昇していくと潤滑層が形成される様子が観測された。100 r.p.m.で外周が完全に水

で満たされた。潤滑層の厚さは 550 r.p.m.において約 1.5 µ mとなった。しかし、これらの研究では潤

滑層の形成についての定量的に明かされてはいない。

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第 1章 序論 6

1.3 目的

本研究の目的はバナナ表皮のスリップメカニズムを検討することである。具体的には、バナナ表皮と一

般的な物理ゲルであるアガロースゲルのせん断応力と歪みの関係について比較すること、バナナのスリッ

プ挙動を定量化することの二つを行った。スリップの定量化のために定常せん断測定及び振動せん断測定

を行った。定常せん断測定では、歪み速度を変化させた時のせん断応力と法線力を計測し、摩擦係数と歪

み速度の関係を得た。振動せん断測定では、応力と歪みの関係を得た。実験の原理と解析の方針を示すた

めに本研究で用いたレオロジー測定についてこの後の節で述べる。次に測定から得られる物理量の意味に

ついて説明する。

1.4 せん断測定

レオロジー測定には静的測定と動的測定の二つがある。ひずみが一方向だけに加えられている場合を静

的測定と呼び、ひずみが正弦振動的に加えれられる場合が動的測定である。本研究においては、静的測定

である定常せん断測定と、動的測定である振動せん断測定の二つのモードの実験を行った。今回の測定に

使用したレオメーターの模式図を以下に示す (図 1.4)。トルクからせん断応力、法線力から法線応力を測

定し、これらの値を解析に用いた。

法線力トルク

試料

図 1.4 レオメーターの模式図

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第 1章 序論 7

1.5 弾性と粘性

図 1.5のように軽い平板に挟まれた試料を考える。下の平板は固定し、上の平板に重りを用いてせん断

応力を加えた時の試料の変形について考える。ここで、d(t)は変形量、hは平板間の距離、σ はせん断応

力である。

γ =d(t)

h(1.2)

式 1.2で与えられる γ を歪みとする。平板に挟まれた試料が理想的な弾性体(フック弾性体)の場合、せ

ん断応力 σ はずり歪み γ に対して次式のような比例関係にある。

σ = Gγ (1.3)

ここで Gはずり弾性率であり、物質固有の値を持つ。

Gを分子論的に考えるために試料がゴムやゲルのように高分子の網目状のものであるときを考える。

• 非圧縮である。

• 一様な変形である。

• 網目を構成する高分子の部分鎖は自由連結鎖と見なす。

• 部分鎖の相互作用は無視する。

という仮定のもとで歪み γ を与えた時の変形の自由エネルギーは

f(γ) =1

2nckBTγ

2 (1.4)

となる。ここで nc は単位体積中の部分鎖の数、kB はボルツマン定数、T は温度である。ここから歪みと

応力の関係を求めると次のようになる。

σ =∂f(γ)

∂γ= nckBTγ (1.5)

ここで式 1.3と比べると

G = nckBT (1.6)

となる。

次に平板に挟まれた試料が理想粘性液体(ニュートン流体)である場合を考える。このとき、せん断応

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第 1章 序論 8

力はずり歪みの時間微分に対して次式のような比例関係にある。

σ = ηγ̇ (1.7)

ここで γ̇ は歪みの時間微分である。η は粘度である [8]。

σ

図 1.5 試料の変形モデル

1.6 貯蔵弾性率と損失弾性率

振幅 γ0 の振動ひずみ γ(t) = γ0 cos(ωt) に対して、弾性体では σ(t) = Gγ0 cos(ωt)、粘性体では

σ(t) = -ηωγ0 sin(ωt) = ηω cos(ωt+ π2 )のように、それぞれひずみと同位相、または

π2 だけ位相が遅れ

た応力が生じる。弾性体と粘性体の両方の性質を持つ粘弾性体では弾性体と粘性体の中間の 0 < δ < π2

だけ位相のずれた振幅 σ0 の応力が生じる。

σ(t) = σ0 cos(ωt+δ) = σ1 cos(ωt)-σ2 sin(ωt) (1.8)

弾性体と同様にふるまう第一項の振幅を σ1 とし、粘性体と同様にふるまう第二項の振幅を σ2 とする。式

1.8から G′(ω)(貯蔵弾性率),と G”(ω)(損失弾性率) を以下のように定義する [9]。

G′(ω) =σ1

γ0(1.9)

G”(ω) =σ2

γ0(1.10)

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第 1章 序論 9

1.7 ストライベック線図

流体潤滑による摩擦が生じている場合、図 1.6のような潤滑膜の上を滑る平板には、次式のような摩擦

力がはたらく [11]。

F =ηUA

h(1.11)

y

摩擦力 F 速度 UW

h

図 1.6 おもりをのせた平板に働く摩擦力。参考文献 [10]より引用。

この式は摩擦力 F が粘度 η、平板の速度 U、平板の面積 Aに比例し、一方、平面と平板の間隔 hに反

比例することを示している。この式の両辺を荷重W で割ると次式のようになる。

µ =1

h

ηU

p(1.12)

ここで µは摩擦係数、pは法線方向の圧力とする。また、ηUp を軸受特性数という。この軸受特性数が小

さくなると平板の浮上能力が消えて、平板と平面が接触し始めてしまうため摩擦係数は大きくなってい

く。そのため、軸受特性数と摩擦係数の関係は図 1.7のようになる。

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第 1章 序論 10

流体潤滑流体潤滑境界

潤滑

境界

潤滑

混合

潤滑

混合

潤滑

112233摩擦係数

摩擦係数

図 1.7 ストライベック線図。参考文献 [11]より引用。

このグラフをストライベック線図という [12]。この曲線を描くことで摩擦がどのような状態にあるのか

を推定できる [10]。

流体潤滑 領域 1では摩擦係数が直線的に変化し、流体潤滑を表している。流体潤滑は潤滑膜があるため固体

面同士の接触はない。

混合潤滑 領域 2 ではみかけの接触面積内で流体潤滑と境界潤滑をしている部分が共存している。この潤滑

モードを混合潤滑という。

境界潤滑 領域 3では潤滑膜の厚さが薄くなると流体から生じる圧力によって物体を支えることができないた

め、潤滑層が消滅する。この潤滑モードを境界潤滑という

このストライベック線図は潤滑油を塗布した剛体 2面の摩擦挙動をよく表し、金属等でよく用いられて

いる [11]。ゲルにおいては流体潤滑を示す時に用いられる [2]。

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第 2章

実験方法

2.1 実験の概要

本実験ではバナナの表皮とアガロースゲルに対して、定常せん断測定および振動せん断測定を行った。

定常せん断測定では歪み速度と摩擦係数の関係、振動せん断測定では応力と歪みの関係を得た。

2.2 試料

本研究では新鮮なバナナの皮と乾燥したバナナの皮、アガロースゲルの 3つの試料を用いた。それぞれ

の作成方法を以下に述べる。

2.2.1 新鮮なバナナの皮

使用したバナナは購入後に冷蔵庫内で保存し、購入後 2日以内のものを使用した。これは新鮮なものを

使用することで、バナナが腐敗による構造の変化による個体差を減らすためである。また、バナナは日本

で一般的に食べられているフィリピン産のキャベンディッシュという品種を用いた。測定のために試料を

以下のように加工した。

1. 皮をむく。

2. 円形カッターを用いて直径 25mmの円盤状に成型する。

産地、品種は同じものを使用しているが、個体ごとに作成した試料の厚みは異なる。この試料の厚みの違

いよって試料にあたえられる歪みが違いが現れる可能性がある。そのほかにもバナナ内部の溶液の濃度や

構造にも個体差がある。この影響は本研究では考慮できなかったため、今後の課題である。作成した試料

は図 2.1ようなものである。

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第 2章 実験方法 12

図 2.1 作成した試料(バナナ)

2.2.2 乾燥したバナナの皮

乾燥したバナナの試料は以下のように作成した。

1. 皮をむく。

2. 円形カッターを用いて直径 25mmの円盤状に成型する。

3. コイン状になった試料を真空乾燥機 80℃の中で乾燥させる。乾燥時間は 12時間以上 18時間以内

とした。

真空乾燥機にはヤマト科学製の ADP200 を用いた。ゲージ圧で-0.1MPa まで減圧した状態で乾燥を行

なった。作成した試料は図 2.2ようなものである。

図 2.2 作成した試料(乾燥したバナナ)

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第 2章 実験方法 13

2.2.3 アガロースゲル

用いたアガロースゲルは以下のように作成した。

アガロース粉末(0.5g)を電子秤で量りとる。

     ↓ ← アガロース粉末をビーカー内で 10×TBE-buffer(50ml)に溶かす。

ホットスターラー (IKA製 C-MAG HS 4 digital)を用いて 20分かき混ぜながら 85℃まで温める。

     ↓

溶液が一様になったら金属製で直径 25mm円盤状の型に流す。

     ↓

3℃の環境下で冷やし固化させる。

     ↓

型から取り出し TBE-buffer中に 1週間以上保管した。

アガロースゲル作成においてホットスターラーでの加熱時には溶液蒸発による濃度変化を防ぐためにビー

カー上部にラップをかけた。概要を図 2.3に示す。作成した資料は図 2.4のようなものである。

1. 必要な量を

 計り取る

2. 溶液に

 溶かす

3. かき混ぜながら

 温める

4. 型に流し入れる 5. 冷やし固める

図 2.3 アガロースゲル作成の模式図

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第 2章 実験方法 14

図 2.4 作成した試料(アガロースゲル)

2.3 粘弾性測定

2.3.1 定常せん断測定

レオメーターはMalvern Instruments社の Bohlin Geminiを使用した。

定常せん断測定は表 2.1の条件で行った。

表 2.1 定常せん断測定の測定条件

条件 値

治具 25 mm パラレルプレート (バナナ)

   25 mm セレーテッドプレート (アガロースゲル)

温度 25◦C

せん断速度 0.1-150 s−1

測定時間は 1000秒であり、その間にせん断速度を対数的に減少させた。アガロースゲルの測定を行う

ときは試料と冶具の間での滑りを防ぐため冶具にはセレーテッドプレートを用いた。セレーテッドプレー

トは図 2.5の写真のような滑り止めのついた治具である。バナナは表皮の硬い部分が滑りにくくなってい

るのでパラレルプレートを用いた。この測定ではせん断速度を減少させた時の法線力とせん断応力を測定

した。法線力として治具と基盤の間のギャップを一定にするために必要な力の大きさを測定した。用い

た試料とそのギャップは新鮮なバナナで約 3 mm、乾燥したバナナで約 1 mm、アガロースゲルで約 1.5

mmであった。測定した法線力とせん断応力から式 2.1のように定義した摩擦係数 µを求めた。

µ =σ

P(2.1)

σ をせん断応力、P を法線応力とする。法線応力は、測定した法線力を使用した治具の面積で割ることで

求めた値を使用した。新鮮なバナナ及びアガロースゲルの実験中は試料の乾燥を防ぐため水で濡らした脱

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第 2章 実験方法 15

脂綿で囲い実験を行った。

図 2.5 セレーテッドプレート

2.3.2 振動せん断測定

レオメーターは応力制御試験については Malvern Instruments 社の Bohlin Gemini を使用した。ま

た、歪み制御試験については Anton paar社のMCR-301を使用した。これは Bohlin Geminiでは大き

い歪みに対して正確な結果を得ることができなかったためである。実験中は試料の乾燥を防ぐため水で濡

らした脱脂綿で囲い実験を行った。振動せん断測定は表 2.2の条件で行った。

表 2.2 振動せん断測定の測定条件

条件 値

治具 25 mm パラレルプレート (バナナ)

   25 mm セレーテッドプレート (アガロースゲル)

温度 25◦C

振幅 1 Hz

法線力 1.0 N

せん断応力 1-2000 Pa

歪み 0.01-150

測定は応力制御モードと歪み制御モードの 2つを行った。歪み制御をするモードでは一定の法線応力下

で歪みを対数的に増加させその時に生じたせん断応力を測定した。応力を制御するモードでは一定の法線

応力下で応力を線形的に増加させた。設定値まで増加させた後は応力を下降させ、その時に生じた歪みを

測定した。どちらも振動数は 1 Hz、法線力は 1 N、温度は室温の 25 ◦Cとした。

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第 3章

結果

3.1 定常せん断測定の結果

3.1.1 バナナの摩擦係数

定常せん断測定ではせん断速度を対数的に減少させ、法線力とせん断応力を測定し摩擦係数を求めた。

定常せん断測定の結果は図 3.1及び図 3.2のようになった。

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図 3.1 新鮮なバナナの定常せん断測定の結果。法線力のせん断速度依存。

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第 3章 結果 17

法線力はせん断速度を下げていくと小さくなった。この理由は、法線力によりバナナが押しつぶされ、

一定のギャップを保つために必要な法線力が小さくなったためである。

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図 3.2 新鮮なバナナの定常せん断測定の結果。せん断応力のせん断速度依存。

せん断応力はせん断速度を下げていくと小さくなり、γ ≃ 40s−1 付近で最小値をとった後に大きくなっ

た。この理由はせん断速度が 40s−1 よりも大きい範囲でバナナ表皮が流体潤滑をしているためと考えら

れる。なお、低せん断速度で dσdγ̇ < 0となっている領域はデータがうまくとれていない可能性がある。図

3.1と図 3.2から得られた摩擦係数の速度依存は図 3.3のようになった。

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第 3章 結果 18

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図 3.3 新鮮なバナナの定常せん断測定の結果

摩擦係数は低せん断速度領域ではせん断速度が大きくなると減少する。せん断速度が約 46s−1 となっ

たとき摩擦係数が最小値 0.14を示し、その後ゆるやかに上昇した。この図は図 1.7の領域 2から領域 1

にかけての挙動に対応するものと考えられる。

また、乾燥させたバナナの定常せん断測定の結果は図 3.4及び図 3.5のようになった。

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第 3章 結果 19

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図 3.4 乾燥したバナナの定常せん断測定の結果。法線力のせん断速度依存。

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図 3.5 乾燥したバナナの定常せん断測定の結果。せん断応力のせん断速度依存。

法線力とせん断応力はどちらもせん断速度に対して一定の値となった。新鮮なバナナの時と同様に摩擦

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第 3章 結果 20

係数 µを求めた結果は図 3.6のようになった。

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図 3.6 乾燥したバナナの定常せん断測定の結果。点線はせん断速度が 20s−1 以上の時の平均値。

低せん断速度では法線力が安定していないため、摩擦係数も不安定となった。高せん断速度では摩擦

係数は速度に依存しないことがわかった。せん断速度が 20s−1 以上の時の摩擦係数の平均値をとると

µ = 0.7となった。

以上から新鮮なバナナはせん断速度の上昇により摩擦係数が上昇する様子が見られた。これは、1章で

示したようなストライベック線図とみなすことができるため、せん断速度の上昇に伴い流体潤滑を示すこ

とがわかった。また、乾燥したバナナの摩擦係数は速度依存を示さず固体摩擦を示すことがわかった。

3.1.2 アガロースゲルの摩擦係数

アガロースゲルの定常せん断測定の結果は図 3.7及び図 3.8のようになった。

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第 3章 結果 21

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図 3.7 アガロースゲルの定常せん断測定の結果。法線力のせん断速度依存。

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図 3.8 アガロースゲルの定常せん断測定の結果。せん断応力のせん断速度依存。

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第 3章 結果 22

せん断速度が 100s−1 となったところで法線力、せん断応力が共に大きく減少している様子が見られる。

これは、アガロースゲルに亀裂が入り正確な測定を行うことができなくなったためである。せん断速度が

100s−1 以下の範囲では正確な測定が行うことができなかった。前節と同様に摩擦係数 µを求めた結果は

図 3.9のようになった。

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図 3.9 アガロースゲルの定常せん断測定の結果。

3.2 振動せん断測定の結果

3.2.1 バナナの歪みと応力の関係

振動せん断測定は歪みを変化させた測定と、応力を変化させた測定の 2つを行った。歪みを制御した測

定では一定の法線応力下で歪みを対数的に増加させその時に生じたせん断応力を測定した。新鮮なバナナ

の歪み制御による振動せん断測定の結果は次の図 3.10のようになった。

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第 3章 結果 23

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図 3.10 新鮮なバナナの歪み制御による振動せん断測定の結果。グラフ上部は歪みと G′ 及び G” の

関係。グラフ下部は歪みと応力の関係。

図 3.10の各領域で以下のような挙動が起きていると考えられる。

領域 1 せん断応力は歪みの増加に対して増加を示す。これは、この領域でバナナの表皮は弾性変形をし

ているためであり、バナナと基盤の間に滑りが生じていないことがわかる。

領域 2 せん断応力は歪みの増加に対して減少し、貯蔵弾性率が測定できなくなった。この領域は不安定

状態であり正確な値は測定できていないものと考えられる。

領域 3 再びせん断応力はが歪みの増加に対して増加した。一方、損失弾性率は歪みに対して減少した。

3.2.2 アガロースゲルの歪みと応力の関係

アガロースゲルの歪み制御による振動せん断測定の結果は次の図 3.11ようになった。

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第 3章 結果 24

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図 3.11 アガロースゲルの歪み制御による振動せん断測定の結果。図 3.10と同様。

領域 1ではせん断応力は歪みに対して増加している。その後、領域 2において応力が下降するとともに

貯蔵弾性率が測定できなくなる。領域 3では歪みに対して応力がわずかに上昇している。

歪みと応力の関係は図 3.10のバナナの結果と似ているが以下の点において異なっている。

1. 全体的にアガロースの方が応力が低い

2. 領域 2に入る歪みの値がバナナの方が小さい

3. 領域 3における σγ の値がバナナの方が大きい

3.2.3 バナナが示すヒステリシス

応力を制御するモードでは一定の法線応力下で応力を時間に対して線形に増加させ、設定値まで増加さ

せた後に下降させた。その時に生じた歪みを測定した。新鮮なバナナの応力制御による振動せん断測定の

結果は図 3.12のようになった。

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第 3章 結果 25

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図 3.12 新鮮なバナナの応力制御による振動せん断測定の結果。赤い線は応力を上昇させた時の結果。

青い線は応力を下降させた時の結果。

図 3.12の 1においてバナナは弾性変形を示し、滑りは生じていない。応力が約 2.0× 103Paになった

ところで歪みが上昇する様子が見られる。これはこの応力からバナナが滑り始めたことを意味している。

その後、2においては滑り変形を示す。応力を下降していくと 1.1× 103Pa付近で歪みが下降し、バナナ

の滑りが止まったことがわかる。まとめると以下のような挙動を示している。

1 弾性変形を示す。

2 ある応力を超えると歪みが上昇し滑る。

3 滑り始めた時と異なる応力で再び弾性変形を示す。

図 3.12から読み取れるように滑り始める応力と滑り終える応力には大きな差がある。つまり、バナナ

の摩擦はヒステリシスを示す。このようなヒステリシス挙動については他のバナナ試料でも見られ、再現

性がある。滑り始める応力と滑り終える応力の差の大きさは今回の実験では約 900Paであったが、この

応力の差には個体差が大きく出る。また、滑り始める応力も個体差が大きく、個体差の統計的研究は今後

の課題である。

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第 3章 結果 26

3.2.4 アガロースゲルのヒステリシス

アガロースゲルの応力制御による動的粘弾性測定の結果は図 3.13のようになった。

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図 3.13 アガロースゲルの応力制御による振動せん断測定の結果。図 3.12と同様のグラフ

約 210Pa になったところで dγdσ が変化する様子が見られるため、ここから滑りが生じていることがわ

かる。しかし、図 3.12のようなバナナの結果と異なり歪みが急激に上昇する様子や下降する様子は見ら

れない。また、依存性が変化する応力は応力を上昇させた時の結果と下降させた時の結果がほぼ等しく

なる。

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27

第 4章

考察

4.1 試料溶媒の粘度推定

アガロースゲルの歪み制御振動せん断測定の結果からアガロースゲルの溶媒の粘度を推定する。図??

の領域 3において流体摩擦を起こしている仮定して考察する。この時潤滑層の流体はニュートン流体であ

り、式 1.7を満たすとする。潤滑層の歪みを γ1 とするとその時間微分 γ̇1 は粘度を定数として応力に比例

する。

σ = ηγ̇1 (4.1)

与えた歪みと潤滑層の流体に与えられる歪みの関係は図 4.1のようになる。h0 を潤滑層を含めた試料の

厚さ、h1 を潤滑層の厚さとする。この実験において与えている歪みは γ(t) = γ0 cosωtなので、与えた歪

みと潤滑層の流体に与えられる歪みの関係を求めると式のようになる。

γ1 =h0

h1γ0 cosωt (4.2)

式 4.1を式 4.2へ代入すると、最終的に与えた歪みと応力の関係が求められる。

σ = ηωh0

h1γ0 (4.3)

のようになる。測定結果は与えた歪みと生じた応力の最大値なので cosωtを消去した。ここで、ゴムに

おける潤滑層の厚さが 550 rpm において 1.5µ m と報告されている [7] ので、ここでも潤滑層の厚さを

1.5µ mと仮定する。また、アガロースゲルの厚さは 1.5 mmとする。

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第 4章 考察 28

h₁h₀潤滑層

試料

図 4.1 潤滑層の歪みモデル

潤滑層はある応力 σl 以上で生じるものとすると

σ0 = ηωh1

h0γ + σl (4.4)

と書ける。式 4.4と図 3.11の一部を比較したものが図 4.2のようになる。フィッティングよりアガロー

スゲルの溶媒の粘度は η ≃ 0.77[mPa · s]と計算される。水の粘度が約 0.89[mPa · s]なのでこの仮定が妥

当であることがわかる。よって、振動せん断測定において歪みが 50以上の範囲でアガロースゲルは流体

潤滑を示すと考えられる。

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図 4.2 図 3.11の流体潤滑領域と式 4.4の比較。青い線が式 4.4。

前節 3.2.1と同様に式 4.4と仮定して図 3.10の結果と比較すると図 4.3のようになる。この結果、バナ

ナ内部の溶液の粘度は η ≃ 24[mPa · s]と推測できる。

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第 4章 考察 29

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図 4.3 図 3.10に流体潤滑領域と式 4.4の比較。青い線が式 4.4。

4.2 歪み制御の振動せん断測定における滑り挙動

4.2.1 バナナ表皮の滑り挙動

3.2.1節と 4.1節で述べたようにバナナ表皮は図 3.10領域 1では弾性変形、領域 3では流体潤滑をして

いる。領域 2は、領域 1と領域 3の間の領域であり弾性変形と流体潤滑の間の状態であるため、この時点

ではバナナ表皮は境界摩擦を起こしていると考えられ、不安定な状態のため正確な値は取れていないと思

われる。

以上をまとめると歪み制御による振動せん断測定で新鮮なバナナは以下のようなスリップ挙動を示すと

考えられる。

領域 1 小さい歪みでは弾性変形を起こし滑りは生じていない。

領域 2 ある歪みを超えると溶液が染み出しきて境界潤滑を示す。

領域 3 さらに大きな歪みを加えると流体摩擦となり、歪みの上昇により観測される応力が上昇する。

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第 4章 考察 30

4.2.2 アガロースゲルの滑り挙動

図 4.4は図 3.11の領域 1を拡大し両軸を線形にしたものである。せん断応力が 200Paを超えた付近か

ら歪みとせん断応力の関係が変化している。これは弾性変形から滑り変形に変わり、境界潤滑を示して

いる。

4.1節で述べたように領域 3においてアガロースゲルは流体潤滑をしている。領域 2では、バナナの時

と同様に歪みの上昇によって応力が減少している。領域 1においては弾性変形を示したのちに境界潤滑を

起こしているので、流体潤滑との間の状態である混合潤滑が生じ不安定な状態となっていると思われる。

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図 4.4 図 3.11の領域 1を拡大したグラフ

以上をまとめると歪み制御による振動せん断測定でアガロースゲルは以下のようなスリップ挙動を示す

と考えられる。

領域 1 小さい歪みでは弾性変形を起こしているが、ある歪みを越えると滑りを生じ、境界潤滑を起こす。

領域 2 バナナの時と同様に、ある歪みを超えると溶液が染み出しきて混合潤滑を示す。

領域 3 さらに大きな歪みを加えると流体潤滑となり、歪みの上昇に伴い観測される応力が上昇する。

以上から、バナナは弾性変形の後に流体潤滑を生じているが、アガロースゲルは境界潤滑と混合潤滑を

経てから流体潤滑を示すことがわかった。

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第 4章 考察 31

4.3 バナナとアガロースゲルの摩擦挙動の比較

図 3.12と図 3.13のグラフから分かるように新鮮なバナナの表皮とアガロースゲルの応力と歪みの関係

は大きく異なっている。ここでは次の 2点について比較を行う。

• 滑りが止まった後について。

• 応力を上昇させた時のグラフと応力を減少させた時のグラフに差異があるかないか(ヒステリシス

の有無)。

この 2点について考察する。

滑りが止まった後ついて

図 4.5はアガロースゲルの応力制御の振動せん断測定の結果(図 3.13)を拡大したものである。ア

ガロースゲルは滑り始めと滑り終わりで歪みと応力の関係が同じであるため、滑り始める前と滑り

を終えた後でゲルと基盤の界面に変化はないと考えられる。

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図 4.5 図 3.13を拡大したグラフ。赤い線が応力を上昇させた時の結果。青い線が応力を下降させた時の結果。

バナナについては図 4.6のようになる。ここでも再び弾性変形が見られるため滑り終えた後もゲル

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第 4章 考察 32

状態を維持していると考えられる。これは、馬淵らが主張するようなバナナの小胞ゲルの不可逆な

破裂によるゾル化と矛盾している。一連のバナナの摩擦挙動は可逆的なバナナ内部からの溶液のし

み出しによる流体潤滑のためだと考えることが出来る。

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図 4.6 図 3.12の弾性変形している部分を拡大したグラフ。赤い線が応力を上昇させた時の結果。青

い線が応力を下降させた時の結果。

ヒステリシスの有無

図 3.12において、応力の上昇時と下降時でバナナの挙動に差異が現れているのは流体潤滑を示し

ているためだと考えられる。応力とともに歪みが上昇するとあるところでバナナ内部の溶液がしみ

出すことにより流体潤滑を示す。流体潤滑状態になると摩擦係数が大きく減少するため滑り始めた

応力よりも小さい応力まで滑り続けることが出来る。

一方、アガロースゲルは応力の上昇時と下降時で挙動に差異が見られない。応力と歪みの関係が変

化していることから滑りが生じていると思われるが、これはこの応力の範囲においての滑りが境界

潤滑によるものであり、流体潤滑は示していないと考えられる。これは 4.1節において歪みが 50

を超えてから流体潤滑を示していることからも同様に考えることが出来る。また、図 3.13からわ

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第 4章 考察 33

かるように弾性変形の関係が変化し滑り始める応力はアガロースの方が小さい。これはバナナより

もアガロースの表面の方が滑らかであり、摩擦係数が小さいためだと考えられる。

以上より、この現象はアガロースゲルよりもバナナの方が小さい応力で流体潤滑を示すことを示す

ものである。

4.4 今後の課題

今後の方針としては、バナナの内部溶液の粘度を測定すること、潤滑層の厚さを調べること、アガロー

スゲルにおいて流体潤滑を示す条件を調べてることを考えている。

4.1節と 4.1節では潤滑層の厚さを仮定し、溶媒の粘度を推定した。逆に、バナナの内部溶液の粘度を

測定できれば潤滑層の厚さを推定できる。そこで、バナナが示す流体潤滑の潤滑層の厚さを測定し、先行

研究 [7]と比較していきたい。

アガロースゲルにおいて流体潤滑を示す条件を調べるためには

• 測定結果がゲルの濃度にどのように依存するかを測定する

• ゲル内部の粘度を大きくしその効果について調べる

以上の 2つを行いたいと思う。

ゲルの濃度を小さくすると式 1.6より弾性係数が減少することが予想される。ゲルの網目サイズは濃度

が小さい方が大きくなるため溶液がしみ出しやすくなると予想される。そのため、応力制御における振動

せん断測定では濃度が小さくなると応力の上昇に対して歪みが大きく上昇しより小さい応力で滑り始める

と思われる。アガロースゲルにおいても溶液のしみ出しによって流体摩擦が起きるとすれば網目サイズの

大きい低濃度のアガロースゲルの方が流体潤滑を生じやすいと予想できる。もし、流体潤滑が観測され

ればバナナの流体潤滑における条件がせん断応力による溶液のしみ出しであるということの根拠になり

うる。

また、ゲル内部の粘度が上昇すると式 1.7より潤滑層がより安定して形成されるので、粘度の上昇によ

りアガロースゲルがより小さい応力で流体潤滑を示すかもしれない。もし、粘度により流体潤滑が生じる

ことが示されればこれも溶液のしみ出しによる流体潤滑状態の形成の根拠になる。

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第 5章

結論

本研究ではレオロジー測定を行いバナナのスリップ挙動のメカニズムを明らかにしようとした。定常せ

ん断測定においてバナナは他の一般的なゲルと同様に流体潤滑を示すことが分かった。また、振動せん断

測定ではバナナの表面の摩擦係数は表面が滑らかであるゲルよりも大きいが、アガロースゲルよりも小さ

い応力の値で流体潤滑を示すことが分かった。今後の人工関節などの実用化に向けては潤滑層をより小さ

い値で安定的に形成することが重要となる。そのために今後の指針としては、今回分かったバナナの潤滑

層の形成のしやすさをモデル化していくことが挙げられる。

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謝辞

本研究に際して、数多くの発表の機会を与えてくださり、丁寧で熱心

なご指導をして頂きました本学 増渕雄一教授に心から感謝いたします。

また、いつも近くで暖かく見守ってくださり、度々重要な指針を与えてく

ださった本学 山本哲也助教授に感謝の意を表します。さらに、いつも

的確なアドバイスをしていただいた本学研究員の天本義史博士と Ankita

Pandey博士にも深く感謝いたします。

増渕研究室の平山貴也先輩、磯田卓万先輩、高田寛人先輩には普段か

ら親身に相談を受けて頂きました。心より感謝いたします。また、共に

学び高め合ってきた同期の夏目享治君にも深く感謝いたします。

最後に、これまで暖かく見守り辛抱強く支援をしてくださった両親に

対して深い感謝の意を表して謝辞といたします。

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36

参考文献

[1] Kiyoshi Mabuchi, Kensei Tanaka, Daichi Uchijima, and Rina Sakai. Frictional coefficient under

banana skin. Tribology Online, Vol. 7, No. 3, pp. 147–151, 2012.

[2] Jian Ping Gong. Friction and lubrication of hydrogels―its richness and complexity. Soft matter,

Vol. 2, No. 7, pp. 544–552, 2006.

[3] Jianping Gong, Megumi Higa, Yoshiyuki Iwasaki, Yoshinori Katsuyama, and Yoshihito Osada.

Friction of gels. The Journal of Physical Chemistry B, Vol. 101, No. 28, pp. 5487–5489, 1997.

[4] 山田直也, 古川英光. ソフトマター・ゲルの高強度・低摩擦性と応用可能性. トライボロジスト,

Vol. 58, No. 10, pp. 728–733, 2013.

[5] Gong Jian Ping, Yoshiyuki Iwasaki, and Yoshihito Osada. Friction of gels. 5. negative load

dependence of polysaccharide gels. The Journal of Physical Chemistry B, Vol. 104, No. 15, pp.

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[6] G Amontons. De la resistance causee dans les machines, tant par les frottemens des parties qui

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