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阪大物理学オナーセミナー (担当:長島)Note 2 20 6 5 6 ビッグバン宇宙 6.1 ロバートソン・ウォーカー計量 1922 にフリードマンが一 つけ、1929 にハッブルが 移を して した まる。 1947 ガモフが し、1965 ペンジャス・ ィルソンによる宇 マイクロ により して確 した。ただし、 インフレーションを めた (Concordance Model) が確 した つい WMAP された 2003 して あろう。 宇宙原理 、宇 アインシュタイン ある。宇 ( ) ある。ある。 めた4 に拡 する いわゆる るが、これ により される。 1. > 100 Mpc * 1) スケール すれ ある。 2. マイクロ ) * 2) ゆらぎ 10 5 ある。 する 1. してロバートソン・ ォーカー * 3) ける。 ds 2 = c 2 dt 2 a(t) 2 [ dr 2 1 kr 2 + r 2 (dθ 2 + sin 2 θdϕ 2 ) ] (1) a(t) * 4) する宇 スケールを す因 つ。(r, θ, ϕ) 、スケールに よら れる * 5) 。宇 する 、まず宇 ている して すれ 、宇 a(t) をかけて るこ きる。k = 0, ±1 ( )お、r あって、 = d= dr/ 1 kr 2 えられる。 2. ハッブル ける。 v = HR v R にある 退 H(t)(˙ a(t)/a(t); ˙ a = da/dt) による あるがハッ ブル う。 ハッブル H 0 H(0) H 0 = 100 h km s 1 Mpc 1 = h × (9.77813 Gyr) 1 h = 0.73 ± 0.04, 1 Gyr = 10 9 yr (2) いう つ。宇 ある。 * 1) Mpc = 10 6 pc, 1 pc = 3.26 * 2) CMBR (Cosmic Microwave Background Radiation): から 2.725 ± 0.001K をする。宇 40 * 3) さを ds 2 = g µν dx µ dx ν し、g µν テンソル いう。3 ユークリッド ds 2 = d2 = dx 2 + dy 2 + dz 2 4 ミンコフスキー ( ) ds 2 = (c 2 dt 2 dx 2 dy 2 dz 2 )える まる。ロバートソン・ ォーカー (k = 0) に変 するミンコフスキー しい。 * 4) 大きさを r して するかにより変わる。a(t)r t る。 * 5) たせた a 1

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阪大物理学オナーセミナー (担当:長島):Note 2 平成 20年 6月 5日

6 ビッグバン宇宙

6.1 ロバートソン・ウォーカー計量

現代宇宙論は、1922年にフリードマンが一般相対論方程式の中に膨張宇宙解を見つけ、1929年にハッブルが銀河

の赤方遷移を発見して膨張宇宙の観測的証拠を提供した時に始まる。次いで 1947年にはガモフが火の玉宇宙論を

提唱し、1965年のペンジャス・ウィルソンによる宇宙背景マイクロ波の発見により定説として確立した。ただし、

宇宙の組成やインフレーションを含めた標準宇宙論 (Concordance Model)が確立したのはつい最近で、WMAP衛

星の観測結果が発表された 2003年として良いであろう。

宇宙原理 宇宙論の出発点は、宇宙原理とアインシュタインの一般相対性理論である。宇宙原理とは”宇宙空間は

一様等方 (どこで見てもどの方向を見ても同じ)である。” と言う仮定である。時間を含めた4次元的に拡張する

といわゆる定常宇宙論となるが、これは観測により否定される。

宇宙原理の主な観測的証拠は

1. 銀河分布は、> 100Mpc * 1) 以上のスケールで平均すれば一様である。

2. 宇宙マイクロ波(背景輻射とも言う) * 2) のゆらぎは、全天に亘り 10−5程度である。

宇宙原理を仮定すると

1. 宇宙の計量としてロバートソン・ウォーカーの計量* 3) が導ける。

ds2 = c2dt2 − a(t)2

[dr2

1− kr2+ r2(dθ2 + sin2 θdϕ2)

](1)

a(t) * 4) は時間と共に膨張する宇宙のスケールを表す因子で、長さの次元を持つ。(r, θ, ϕ)は、スケールに

よらない静止宇宙での無次元の座標で共動座標と呼ばれる* 5) 。宇宙を議論するときは、まず宇宙が静止し

ているものとして共動座標系で計算すれば、宇宙膨張の効果は共同座標での値に a(t)をかけて得ることが

できる。k = 0,±1は空間の曲率を表す (後述)。なお、r は座標であって、共動座標系での実際の長さ ℓは、

ℓ =∫

dℓ =∫

dr/√

1− kr2で与えられる。

2. ハッブルの法則が導ける。

v = HR :vは距離 Rにある銀河の後退速度。H(t) (≡ a(t)/a(t); a = da/dt)は時間による量であるがハッ

ブルの定数と言う。現時点のハッブル定数を H0 ≡ H(0)と書き

H0 = 100h km s−1Mpc−1 = h× (9.77813Gyr)−1 h = 0.73± 0.04, 1Gyr = 109yr (2)

という値を持つ。宇宙論でもっとも重要な定数である。

* 1) Mpc= 106pc, 1pc= 3.26光年* 2) CMBR (Cosmic Microwave Background Radiation):宇宙の全天から来る電波雑音。絶対温度 2.725± 0.001K の黒体輻射分布をする。宇宙誕生後約 40万年の残像。* 3) 計量とは空間の長さを表す量で、ds2 =

∑gµνdxµdxν で定義し、gµν を計量テンソルという。3 次元ユークリッド空間では ds2 = dℓ2 =

dx2 + dy2 + dz2、4次元ミンコフスキー空間 (特殊相対論の成り立つ世界) では、ds2 = (c2dt2 − dx2 − dy2 − dz2)。計量を与えると空間の幾何学が決まる。ロバートソン・ウォーカーの計量は、平坦宇宙 (k = 0)の場合は、時間と共に変化するミンコフスキー計量に等しい。* 4) 宇宙空間の大きさを表す量。r として何を採用するかにより変わる。a(t)r が時刻 t での実の距離となる。* 5) 共動座標に長さの次元を持たせた場合は、aは無次元。

1

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証明. 遠くの銀河の共動座標を r、地球の共動座標を r = 0とすれば、距離 ℓは

ℓ = a(t)∫ r

0

dr1− kr2

=

a|k| sinh−1(

√|k|r) k < 0

ar k = 0

a|k| sin−1(

√|k|r) k > 0

(3)

で与えられる。これを固有距離 (proper distance)と言う。後退速度 vは

v =dℓdt=

ddt

[a(t)

∫ rE

0

dr1− kr2

]=

dadt

∫ rE

0

dr1− kr2

=dadtℓ

a≡ H(t)ℓ (4a)

現時刻を t = 0とし、H0 ≡ H(0)、ℓ → Rで置き換えれば、ハッブルの法則 v = H0Rを得る。

H−10 ≃134億年をハッブル時間と言いほぼ宇宙の年齢に等しい。c/H0 ≃ 4000Mpcをハッブル距離と言い、ビッグバ

ンに発せられた光の到達距離であるので、ほぼ我々に見える宇宙の大きさに等しい。ハッブルの法則は、R> c/H

では後退速度が光速度を越えることを意味する。従って、ハッブル距離より遠くにある物体から発せられた光は、

我々に向かって飛来できないことを意味する。これを地平線と表現することがしばしばある。

なお、これに対して物体の速度は光速度を超えられないという特殊相対論の法則を破るのではないか?という質

問が良く寄せられる。特殊相対論は与えられた空間内での物体の速度が光速を越えないことを要求しているので

あって、時空そのものの膨張については当てはまらない。遠くでの物体運動はその付近では十分に光速以下に収

まっている。時空の膨張速度も局所的には光速度以下である。ここでの時空の膨張と遠くでの時空膨張は独立に

生じている現象であるので、結果的に相対速度が光速を越えても何らかの物理法則に抵触するわけではない。こ

れと似た現象にブラックホールの地平線がある。ここでも遠くの観測者から見れば、地平線を越えた向こうでは

時空が光速度以上で後退しているのである。

6.1.1 赤方遷移

ハッブルは遠い銀河ほど光の赤方遷移

z≡ λ0 − λλ

λ0 : 観測された波長、

λ : 発光源での波長(5)

が大きくほぼ距離に比例して増大することを発見した (z∝ R)。赤方遷移を光のドップラー遷移と解釈すれば、赤

方遷移は v << cの時 v/cに等しいのでハッブルの法則となる。

しかし、赤方遷移の真の起源は宇宙膨張にある。そこで、赤方遷移と宇宙膨張の正確な関係式を与えよう。

dη(t) =dt

a(t), ℓ(r) =

∫ r

0

dr√

1− kr2(6)

を定義する。ηは共形時間 (conformal time)と呼ばれる量である。ℓ(r)は共動座標系での長さであり、宇宙空間で

の測地線長* 6) を表す。共動座標 r = r 地点から時刻 t ∼ t + δtに発射された光を、r = 0で時刻 t0 ∼ t0 + δt0に受け

取ったとすれば、光の行路は ds2 = 0で与えられるから、

cη(t0) − η(t) = ℓ(r) (7)

(7)の右辺は時刻によらないから、

δη(t0) = δη(t) ⇒ δt0a(t0)

=δt

a(t)(8)

* 6) 曲がった空間での最短距離。ユークリッド空間での直線に相当する。

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光の波長と振動数を λと νと書き、δ tとして 1/νをとれば

νa(t) = ν0a(t0) (9)

∴ν

ν0=λ0

λ= 1+ z=

a(t0)a(t)

(10)

a(t0)/a(t0 − dt) ≃ 1+ [da/dt|t=t0/a0]dt = 1+ H0dtであるから

z≃ H0dt = H0dℓc=v

c(11)

となって赤方遷移はドップラー効果と考える式を再現する。

このことは、遠方にある銀河から発せられる光は、銀河の固有速度 (peculiar velocity)* 7) を無視すれば常に赤方に

(λ0 > λ)に遷移することを意味する。すなわちハッブル法則を再現するが、その本来の意味は、上式から判るよう

に赤方遷移 (1+z)が、光が放射された時点から受け取った時点までの宇宙の膨張率を表し、放射時点での宇宙の

サイズ (より正確にはスケール)に反比例することを意味する。固有運動を別にすれば銀河自体は動いていないが、

銀河間の空間が拡がることにより波長が伸びる現象である。見かけ上はあたかも動いたように見え、ドップラー

効果による赤方遷移が生じたのである。

赤方遷移は空間膨張が原因であるから、光に限らず質量を持つ物質の運動量もまた赤方遷移をし、宇宙膨張に伴

い運動量が小さくなる。この現象は量子力学で考えれば判りやすい。質量を持つ物質はド・ブローイ波であり、や

はり空間膨張により波長が伸びるのである。

6.1.2 宇宙の幾何学

kは空間の曲率を表す。

k = +1 閉じた宇宙

k = 0 平坦宇宙

k = −1 開いた宇宙

図 1:3種類の空間構造:平坦宇宙、閉じた宇宙、開いた宇宙。それぞれの空間幾何学が異なる。3角形の内角の和は ∠A+ ∠B+ ∠C = π+ kS/R2

で与えられる。k = 0,±1、Sは三角形の面積、Rは空間の曲率半径であるので、3角形の内角の和はそれぞれ、=, >, < π となる。また平行線が、それぞれ、一本だけ引ける、一本も引けない、無限個ある世界でもある (補遺3参照)。

ロバートソン・ウォーカーの計量と空間の幾何学との関係を見るには、次のように考える。以下、時間部分は無

視して空間部分の計量のみを考える。曲がった3次元空間を視覚的に描くことは難しいので、次元を一つ下げて、* 7) 銀河は周囲の銀河団の重力により局所的な運動を行う。観測される赤方遷移は、宇宙膨張による赤方遷移と固有運動による赤方遷移の和である。従って近傍にある銀河 (例えばアンドロメダ銀河) は青方遷移を示すこともある。

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3次元空間内に埋め込まれた2次元空間を考える(図 1参照)。平坦な空間は 2次元平面を表し、極座標を使えば

空間の計量 dℓ2は、動径方向の微小線素 drと方位角方向の微小線素 rsϕの2乗和で表せる (Figure 2 (a))。

dℓ2 = dr2 + r2dϕ2 (平面の計量) (12)

次に球面上における線素は、Figure 2 (b)において、北極点からの距離 Dにおける P1点での計量は、極角方向の

微小線素 dD = Rdθと、方位角方向の微小線素 rdϕの二乗和で表せる。ここに r は球の回転軸 (z軸)からの P1ま

での距離であり、r = Rsinθ, θ = D/Rである。したがって計量は

dℓ2 = dD2 + r2dϕ2 = R2

[dθ2 + sin2

(DR

)2

dϕ2

](13)

と表せる。ここで θの代わりに r で表すと

Rdθ =dr

cosθ=

Rdr√

R2 − r2=

dr√1− r2/R2

(14)

したがって曲面の計量のもう一つの表式は

dℓ2 =dr2

1− r2/R2+ r2dϕ2 (15)

次に4次元空間 (x, y, z,u)に埋め込まれた3次元球を考えるには、2次元の r2 = x2 + y2を3次元の r2 = x2+ y2+ z2

に拡張すればよい。

x2 + y2 + z2 + u2 = r2 + u2 = R2 (16)

という 4次元空間に埋め込まれた 3次元球面内での計量は、極座標を採用すれば、

dℓ2 =dr2

1− r2/R2+ r2(dθ2 + sin2 θdϕ2) (17)

となることが結論された。ユークリッド空間計量との差は第 1項のみであるが、これは等方的な空間であるので、

θ = ϕ = 0での計量 dℓ2 = drのみを考えても一般性を失わないことによる。

図 2: 左図:(a)平面上  (b)球面上での線素 dℓ。  (c):球面 (双曲面)上の長さ PQ= D+(PQ′ = D−)は r 平面上へ投影すると Rsinθ(Rsinhθ)になる。

次に開いた空間を考えるために、計量が dℓ2 = dr2/(1+ r2/R2)で定義される空間を考えてみよう。今、

u = Rcoshθ, r = Rsinhθ (18)

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で定義される点 Qを r − u平面で考えれば、これは

u2 − r2 = R2 (19)

という双曲線を与える (図 2(c)参照)。4次元空間では

x2 + y2 + z2 − u2 = −R2 (20)

となる。したがってこれは図 1右図の開いた空間の一つの切り口と考えられる。ここで、r = 0の P点から Q′ 点

までの双曲線上の長さ D− を計算してみると

D− =∫ r

0

dr√1+ r2/R2

= Rlog

rR+

√1+

r2

R2

= Rsinh−1 rR

(21a)

∴ r = RsinhD−R

(21b)

したがって θ = D−/Rであることが判る。この関係式は球面上での θ = D+/Rに対応する(図 2(c))。誤解のないよ

うに繰り返すが、双曲面上での長さの定義と球面上での長さの定義は違う。4次元ユークリッド空間の長さの定義

を使うと双曲面上での上の関係式は成り立たない* 8) 。

これまでの考察をまとめると、

dℓ2 =dr2

1− Kr2+ r2(dθ2 + sin2 θ2dϕ2)

K = +1/R2 3次元球面空間

K = 0 3次元ユークリッド空間

K = −1/R2 3次元双曲面空間

(22)

さて、ロバートソン・ウォ-カー計量の空間部分にはスケール因子 a(t)がかかっていて、a(t)r が実際の長さとな

るので、r の決め方には任意性がある。現時刻でのスケール因子を a0 = a(0) = 1と置けば、r は現時刻での実際の

長さを表す。この場合はロバートソン・ウォ-カー計量の中で、k→ K = k/R2と読み替えなければならない。他

方、r = Rr′, a = a′/Rと変換し r ′, a′ を改めて r, aと書き直せば、最初に掲げたロバートソン・ウォ-カーの計量

を得る。この場合は共動座標 r は無次元量でかつ 0 ≤ r ≤ 1の範囲の値をとる。したがって

ds2 = c2dt2 − a2(t)

[dr2

1− kr2+ r2(dθ2 + sin2 θdϕ2)

]a(0) = Rと設定した場合 (23a)

= c2dt2 − a2(t)

[dr2

1− k(r2/R2)+ r2(dθ2 + sin2 θdϕ2)

]a(0) = 1と設定した場合 (23b)

曲率はどのスケールで無視できないか? a0 = 1とした場合は曲率の値は k/R2であり、k=0は R→ ∞に相当することが判る。慣例上 a0 = 1ととる事が多いが、k = ±1, 0と書いている場合は a0 , 1であるので注意を要する。

曲がった空間を平坦空間で近似した場合、曲率による補正項は、r/R ∼ O(1)すなわち宇宙スケールの距離や構造

を問題にするとき、始めて無視できなくなる。Rの値は後述の式 (62)から、R≫ c/H0 ≃ 140億光年程度もしくは

それ以上である。通常の天体物理で扱う銀河や銀河団などの現象では r2/R2 ≪ 1であるので、k = 0と置いて差し

支えない。

6.2 宇宙発展方程式

6.2.1 フリードマン方程式

* 8) dℓ = dr/√

1− r2/R2 という長さは、(x, y, z,u) 空間で計量を dℓ2 = dr2 − du2 と定義して得られる。あるいは、3次元球面での式からu→ iu, R→ iRと形式的な置き換えでも得られる。これはミンコフスキー型の計量である。

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図 3: 任意の点を中心に半径 Rの地点にテスト粒子 (銀河) を置き、ニュートンの力学方程式を立てると、フリードマン方程式に類似の式が得られる。

宇宙はどのように発展するであろうか? 正確な式と意味づけには一

般相対論を使う必要があるが、ここでは直観的に判りやすいニュート

ン力学で考察してみよう。宇宙は一様膨張をしていて、どの点から見

ても近傍の銀河は遠ざかっているとする。

そこで、宇宙の任意の点 Pを選び、半径 RPの地点に単位質量を持つ

テスト粒子 (銀河)を置く。粒子は動径速度 vを持つとしよう。質量

分布が Pを中心とした球対称分布であるから、半径 RP内の全物質質

量 M = (4π/3)ρmR3Pによる重力が粒子に働く。ρmは平均物質密度であ

る。テスト粒子の運動方程式は、運動エネルギーと重力エネルギーの

和が全エネルギーに等しいと置いて

12v2 − 4π

3GρmR3

P

RP= E (24)

この方程式から、宇宙が物質のみでできている場合は、E > 0または

E < 0に応じて、テスト粒子は無限遠に遠ざかるか、やがては引き

戻されるかの境目となる。これを宇宙が開いているもしくは閉じていると表現する。膨張宇宙では、粒子速度は

v = (RP/RP)RP = HRPと書けるので、上式は

H2 =8π3

Gρm +2E

R2P

(25)

上式は任意のRPで成立するので、スケール因子 a(t)を使って 2E/R2P→ −kc2/a(t)2と置き換える。曲率 kとスケー

ル因子 a(t)の決め方はロバートソン・ウォーカー計量の説明で述べた通りである。さらに、相対論では物質とエ

ネルギーは等価であるので、物質密度 ρmを物質エネルギー密度 ρ/c2で置き換え、エネルギー密度に放射エネル

ギー密度 ρr と真空エネルギー密度 ρΛ を加える。

H2 =8π3c2

Gρ − kc2

a2, ρ = ρm + ρr + ρΛ (26)

となる。これがフリードマン方程式として知られる宇宙の発展方程式である。歴史的に慣用する式では、しばし

ば真空エネルギー密度 ρΛ の代わりに、

Λ =8πGc4ρΛ (27)

で定義される定数の”宇宙項”を導入し、分離して書き直す。そうするとフリードマン方程式は

H2 =8π3c2

Gρ − kc2

a2+Λc2

3(フリードマン方程式) (28)

となる。この式はロバートソン・ウォーカー計量を使って一般相対論方程式

Rµν −12

Rgµν − Λgµν =8πGc3

Tµν * 9) (29)

を完全流体に適用することにより導ける方程式に一致する。運動方程式は通常、右辺=初期条件=原因、左辺=

運動の時間・空間発展=結果という形で書かれる。アインシュタインは、宇宙項を時空の幾何学構造を特徴付け

る一つの因子として方程式の左辺に置いたが、現在の解釈は、宇宙項は真空エネルギーとして、他の物質と共に

時空の幾何学構造を決める外的要因と見なすので、右辺に持ってきてエネルギー・運動量テンソルの中に含める。

ホットビッグバン理論では、熱宇宙という初期条件(時刻 t = t0 ≃ 0で時空は高温のプラズマ状態)から発展して

現在の宇宙構造になったと考えるのである。* 9) アインシュタイン方程式とも言う。数学的には連立 10次元の複雑な式であるが、物理的意味付けは次の通りである。Rµν はリッチの曲率テンソル、Rはスカラー曲率と呼ばれる量で、計量テンソル gµν の 2階微分で書かれる量である。Gは重力定数、Tµν はエネルギー・運動量テンソルである。従って、一般相対論方程式は、時空に存在するエネルギー・運動量が、時空 (計量テンソル) の時間発展と曲率とを決める運動方程式となっている。

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6.2.2 エネルギー保存則

宇宙発展を決める上で重要なもう一つの式は、熱力学第1法則である。

dQ= dU + PdV ⇒ d(ρV) + PdV= 0 (エネルギー保存則) (30)

dQ= 0とする理由は、宇宙は一様であるから、宇宙内のどこの体積 Vをとっても熱の出入りは差し引きゼロであ

ることによる。圧力を含めるのは物質分布が流体で近似できるからである。Equation (30)を使うと、Eq. (28)を微

分することによって、次の宇宙加速に関する式が得られる。

aa= −4πG

3c2(ρ + 3P) +

Λc2

3(宇宙の加速方程式) (31)

宇宙加速の式はニュートンの万有引力の式の拡張となっている。それを見るために書き換えると

d2adt2= −G

Ma2, M =

1c2

(ρ + 3P− Λc4

4πG

)4π3

a3 (32)

括弧内第 1項 ρ/c2が質量密度でニュートンの万有引力を表す。一般相対論では圧力も重力に寄与すること、そし

て宇宙項=斥力 (反重力)をも含むことが判る(宇宙項の符号が負であれば引力となる)。真空エネルギーは負の圧

力 (P = −ρΛ)を持つので、真空エネルギー密度項は、宇宙項 Λと同じ寄与を与える。真空エネルギー密度は非常

に小さく、現在の臨界エネルギー密度と同じ程度(陽子 5個 /m3 ∼ 10−23gr/m3)程度である。さらにこの式から判

るように、通常の重力が距離の二乗に逆比例して弱くなるのに (M=定数)、反重力の強さは距離に比例して強くな

る (Λ=定数)。これが、重力は地球・惑星規模で観測できるのに反し、反重力が銀河団距離くらいの大きなスケー

ルでも観測されず、宇宙全体の全真空エネルギーを集め、宇宙全体の運動を問題にして始めて姿を表したことの

理由である。

演習問題 6.1. フリードマン方程式 (28)と熱力学第1法則 (30)を使って、宇宙加速方程式を導け。

演習問題 6.2. 真空エネルギーは負の圧力 (P = −ρΛ)を持つことを示せ。

E = 0 (k = 0)になる密度を、宇宙の臨界エネルギー密度と定義すると

ρc ≡3c2

8πGH2 (33)

特に現時点での臨界エネルギー密度は、ハッブル定数の値などを入れれば

ρc|t=0 = 1.88× 10−29 h2 g/cm3 = 10.5× h2 keV/cm3 ≃ (3meV)4 * 10) h = 0.71± 0.1 (34)

で、1立方メートル内に数個の陽子がある程度の密度であり、現代技術では実現不可能な超高真空状態である。真

空エネルギーを考えないならば、宇宙がやがて収縮か永遠に膨張し続けるかの分かれ目は、ρ ≷ ρcであるが、そ

れは同時に宇宙が閉じるか開くかの構造を持つこと (k ≷ 0)と対応している。

”一様等方な宇宙”の発展を決める変数は、G, k, Λを与えられた定数とすれば、a(t), ρ, Pの 3つであり、3変数

を完全に解くには方程式がもう一つ必要である。それは熱力学の状態方程式 (§ A.1参照)で与えられる。まとめる

と宇宙の発展は次の4式を解くことにより与えられる。ただし、最初の3式のうち2組のみが独立である。。

* 10) 自然単位

7

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宇宙の発展を決める基本方程式

H2 =8π3c2

Gρ − kc2

a2+Λc2

3フリードマン方程式 ∗∗ (35)

aa= −4πG

3c2(ρ + 3P) +

Λc2

3宇宙加速方程式 ∗∗ (36)

d(ρV) + PdV= 0 エネルギー保存則 ∗∗ (37)

P = wρ, w =

0 物質 ∗

1/3 輻射

−1 真空エネルギー

状態方程式 (38)

∗ 運動エネルギーを質量に比べて無視する。 ∗∗(35)(36)(37)の中の2式のみが独立である。

6.3 宇宙マイクロ波

宇宙初期は熱的平衡状態にあり、時刻にして3分以降、t = trec ∼ 40万年くらいまでは、フォトン・電子・バリオ

ンのプラズマ状態にあった* 11) 。t = trecで、電子と水素やヘリウムの原子核とが結合して原子となり、電気的に

中性となるので、この時刻以降はフォトンは障碍なしに自由に飛来できる。これを再結合* 12) もしくは晴れ上がり

と呼ぶ。再結合前 γ + H e− + p, γ + He e− + α, γ + e− → γ + e−, e− + p→ e− + p

再結合後 全宇宙が主として中性水素と中性ヘリウム、そしてフォトンよりなる。(39)

このフォトンは 137億光年の距離を旅して、我々に届く* 13) 。すなわち、宇宙マイクロ波は直接観測可能な最も遠

くかつ最も過去の時代の宇宙遺跡であり (火の玉の燃えかす)、地球からは全天(全方位)で観測される電波雑音で

ある。

再結合以前は、フォトン・電子・バリオンのプラズマは、電磁力を通じて互いに結合しており、圧力の強弱による

音波を発生し振動する。音速は vs ≃√

13cで光速度に近い。音波は粗密波であるので、密度の濃いところと薄いと

ころでエネルギー密度に差が従って温度に差がでる。パイプ内では、音波の半波長の整数倍がパイプ長に一致す

るところで共鳴を起こすように、背景輻射フォトンもまた時刻ゼロ (ビッグバン)より音波で到達可能な最大距離

(音波の地平線:現時点での観測では視角にして約 θ ≃ 1)と波長が合う所で共鳴を起こし、この強弱が観測可能で

ある。* 14) この音波地平線を3角測量の基線として使うことにより、宇宙空間の曲率を測定することができる (後

述)。また、音波のスペクトルを観測することにより、種々の宇宙変数の値を決めることができる。理由は、フォ

トンとバリオンは電子を介して堅く結合し、あたかも力学的ばねにつながれているように振る舞うことにある。バ

リオンは重いので引きずり効果があり、圧縮は助け膨張は妨げる方向に働く。従って最大圧縮 (奇数番目の山)と

次の最大膨張 (偶数番目の山)では同じ振幅にならない。これから宇宙のバリオン量を測定できる。また、フォト

ン・バリオン・プラズマは暗黒物質の重力影響下にもあるので、音波の振幅を調べることにより暗黒物質の量も

* 11) 1秒以前は、温度により様々な粒子が存在する。粒子質量を mとすれば、kT > 2mc2 では、大量の粒子・反粒子が発生するからである。時刻1秒の温度は 1MeVを若干下回り、電子・陽電子対が対消滅してフォトンになる時刻である。時刻3分で全ての中性子は陽子と結合し、バリオンはほぼ陽子とヘリウム原子核のみとなる。* 12) 始めて結合するのに再結合とは言葉の使い方がおかしいが、慣用でこう呼ぶ* 13) 実際は中性水素は光を吸収して励起状態に行けるので、宇宙はある波長の光(可視光)にとってはかなり不透明である。雲の中に居る感じで暗黒時代という。時刻 10億年程度 (z = 6 ∼ 10)に最初の星が形成され、その光によって中性原子が再イオン化され、プラズマ状態となる。イオンは光を散乱させるが、密度が薄ければかなり透明である。(現在の宇宙状態)* 14) 視角が大きいところは、温度のゆらぎの原因が異なる。それは音波地平線より大きいところであり、因果律の成り立たないところである。ここでは背景に存在する暗黒物質の重力ポテンシャルをはい上がることに伴う赤方遷移がゆらぎの原因となる。

8

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判る。WMAPは宇宙マイクロ波の精密観測により、宇宙論で重要な 10数個のパラメターを精度良く決定し、標

準宇宙論 (Concordance Model)を打ち立てたのである。

6.3.1 スペクトル分析

宇宙マイクロ波の強度は、実験誤差の範囲で黒体輻射の式

Iνdν =8πhc3

ν3dν

ehν/kT − 1(40)

に正確に従う (図 4)。単位は、単位周波数・面積・立体角あたりの受領エネルギーである。電磁波の波長は 1cm

前後であり、マイクロ波領域にある。

図 4:左図:宇宙マイクロ波のスペクトルは、誤差の範囲内で黒体輻射に一致する。右上図:温度ゆらぎは 10−3 の精度では双極子成分のみが見える。右下図:双極子成分を差し引いた後の 10−5 精度での温度ゆらぎの地図。(WMAP のデータ http : //map.gs f c.nasa.gov/mmm/pubpapers/threeyear.html)

電磁波の強度・スペクトルを測定することにより、温度 T を知ることができる。方向 n = (θ, ϕ)の宇宙マイクロ波

の温度を T(n)と書いて、全天での温度分布を調和関数で展開すると

T(n) = T0[1 + β · n +∞∑ℓ=2

ℓ∑m=−ℓ

aℓ,mYℓ,m(θ, ϕ)] (41a)

T0 =14π

∫T(θ, ϕ) sinθdθdϕ = 2.725± 0.001K (41b)

第1項は全天に亘る温度平均値、第2項は地球の運動 (速度 β)によるドップラー効果を表す* 15) 。温度の平均値か

らのゆらぎを異方性(Anisotropy)という。異方性は

δTT0

(n) =T(n) − T0

T0(42)

で定義される。異方性が統計的に等方的であれば、ϕにはよらず

< aℓ,maℓ′,m′ >= δℓℓ′δmm′ < |aℓ |2 > (43)* 15) 地球が速度 β << 1で動いていれば、マイクロ波の周波数はドップラーシフトを受けて、ν→ ν′ = ν(1+ β)となる。黒体輻射の式を ν→ ν′に変換すれば、T → T(1+ β) となる。方向 n の速度成分は β · n であるので、温度が T → T(1+ β · n) に上がったように見える。

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と書ける。< · · · >は全天に亘る統計的平均である。実際には、異方性の絶対値を精度良く測ることは困難であるが、方向 n1と n2の温度差は精度良く測れるので、cosθ = n1 · n2だけ離れたゆらぎの非等方性 (相関関数)を次式

で定義すると

C(θ) =12

⟨∣∣∣∣∣T(n1) − T(n2)T0

∣∣∣∣∣2⟩ = ⟨δTT0

(n1)δTT0

(n2)

⟩(44)

(41)(43)を使えば、相関関数は

C(θ) =14π

∞∑ℓ=0

(2ℓ + 1)CℓPℓ(cosθ), Cℓ = |aℓ |2 (45)

と書き直すことができる。Pℓ はルジャンドル多項式である。Cℓ は測定器の分解能より大きな角度スケールで、し

かし、観測領域幅より小さい角度スケールでのみ大きな値を持ち、測定器の雑音成分から分離できる。ルジャン

ドル関数は、−1 ≤ cosθ ≤ 1で l個のゼロ点を持つので、一般的にCℓの項は、角度スケール 180/ℓ + 1の成分の強

さを表す。

 観測では第 2項の双極子成分が圧倒的に大きく

T1 = T0β = 3.346± 0.017× 10−3K (46a)

v = cβ = 369.19± 19km (46b)

と表される (図 4右上)。双極子成分を取り除いた残りの項 (ℓ ≥ 2)の自乗平均温度ゆらぎは (図 4右下)√⟨(δTT

)2⟩= 1.1× 10−5 (47)

となる。宇宙マイクロ波の温度ゆらぎが全天にわたって 30µKより小さいという事実は、宇宙原理を支持する最良

の証拠である。しかし、このデータの示す大きな成果はゆらぎが小さくはあるが有限値であったということであ

り、しかもインフレーションモデルの予言とほぼ一致したことである。この成果にたいして、マイクロ波スペクト

ルを正確に測定したマザーとゆらぎを検出したスムートは 2006年のノーベル物理学賞が与えられた。

6.4 宇宙の発展

6.4.1 熱的宇宙

宇宙はビッグバンと共に始まった。宇宙論にとって重要なエポックは次のように大別される。

ビッグバン t = 0?

インフレーション時代 t ∼ 10−36 − 10−34 sec? 真空エネルギー優勢時代

輻射優勢時代 t ∼ 10−34 sec− 10万年 輻射エネルギー優勢時代

軽元素合成 t = 3分 宇宙水素とヘリウムの起源

再結合 t ∼ 40万年 重力収縮による分子雲・星の形成開始

星・銀河形成時代 t ∼ 40万年 ∼ 100億年 物質エネルギー優勢時代

第 2のインフレーション? t ∼ 100億年-現代 宇宙項優勢時代

エネルギー密度と温度のスケール依存性 エネルギー保存則 (30)を変形して、V ∝ a3と状態方程式 (38)を使えば

dρρ + p

= −3da → dρρ= −3(1+ w)da (48a)

∴ ρ ∝

a−3 物 質  (w = 0 )

a−4 輻 射  (w = 1/3)

constant 宇宙項  (w = −1)

(48b)

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宇宙発展の温度依存性: 熱的状態では ρrad ∝ T4, ρm ∝ T3であるから (補遺参照)

T ∝ 1a∝ 1+ z 輻射・物質優勢時代。 (49)

すなわち、輻射・物質優勢時には宇宙膨張に従い温度はスケールに逆比例して下がってゆく。さてインフレーショ

ン時にはどうなるであろうか? 赤方遷移は宇宙膨張が原因であり、物質の運動量もまた赤方遷移でスケールに逆

比例して小さくなって行くことも見た。インフレーションが始まったとき、粒子は熱平衡にあったとしよう。エネ

ルギーはGUTスケール (& 1016GeV)であるから、全ての粒子は輻射であったと見なして良い。インフレーション

によって仮に熱平衡から切り離されたとしても、熱平衡分布は維持したまま、運動量が赤方遷移をしてゆく。エネ

ルギー密度 ϵ ≃ pc ∝ 1/aであるから、温度もまた ∼ 1/aで下がって行く。インフレーションは指数関数的膨張で

あり、終了時はスケールが ∼ 1040倍も大きくなるので温度は極低温にまで下がるであろう。インフレーションが

終わった段階 (相転移終了)で、それまで宇宙膨張の原因であった真空エネルギーが、潜熱として解放され、様々

の粒子が大量に再生産され、熱化するので (再加熱)、宇宙は再びホットビッグバン状態に戻る。この後の宇宙発

展はインフレーションモデル提案以前の標準的なホットビッグバンモデルと同じであると考えられる。すなわち、

輻射優勢ついで物質優勢時代へと移行する。

スケールとハッブル定数の時間依存性 フリードマン方程式

H2 =8π3c2

Gρ − kc2

a2, ρ = ρm + ρr + ρΛ (50)

から、曲率項は ∼ a−2依存性を持ち、エネルギー密度は式 (48)から ρm ∼ a−3, ρr ∼ a−4, ρΛ ∼ const.のスケール依

存性を持つ。従って現在は物質および宇宙項が優勢であるが、宇宙初期 (a→ 0)では物質項、宇宙項、曲率項はほ

ぼ無視できて輻射優勢となる。初期宇宙は曲率の値に関係なく平坦空間となることに留意しよう。今、物質優勢、

輻射優勢、真空優勢の各時期についてスケールの時間依存性を導いておこう。物質優勢ならば ρm ∝ 1/a3なので、

H = a/aを考慮して (50)を書き直せばdadt=

A√

a→ a ∝ t2/3 (51)

輻射優勢ならば、同様にして a ∝ t1/2

真空優勢ならば、

a ∝ eHΛt, HΛ =

√8πG3c2ρΛ =

√Λc2

3(52)

aの時間依存性が判れば、ハッブル定数 H = a/aの時間依存性も判る。まとめると

輻射優勢時 a ∝ t1/2 H =12

1t

(53a)

物質優勢時 a ∝ t2/3 H =23

1t

(53b)

真空優勢時 a ∝ eHΛt H = HΛ =定数 (53c)

H−1をハッブル時間という。

地平線 観測者に影響を及ぼすことのできる (因果関係にある)事象位置の最大半径を粒子地平線という。観測可

能な宇宙の最大半径と言っても良い。これは時刻 t = 0に r = 0から発せられた光の r 方向に伝播する光の到達

距離として与えられる。実際の距離は共動座標系での距離にスケール因子 a(t)を掛けて得られるから、光の経路

ds2 = 0を考慮すると

dH(t) = a(t)∫ r

0

dr√

1− kr2= a(t)

∫ t

0

cdt′

a(t′)=

2ct = cH−1 輻射優勢

3ct = 2H−1 物質優勢(54)

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輻射優勢時期はごく初期、時間にして ∼10万年までであるから、最近の宇宙加速膨張を無視して、宇宙年齢の大

部分は物質優勢であったとすれば、現在の地平線の大きさは宇宙年齢に光速をかけた量のほぼ3倍の距離となる。

地平線距離が光速で走った距離の3倍となるのは、宇宙の膨張効果である。

一方

dE ≡ a0

∫ ∞

t0

cdt′

a(t′)(55)

が存在するときこれを事象の地平線という。これは無限大の時間を費やせば見える範囲もしくは影響を及ぼせる

範囲を決める。指数関数的膨張をするとき、a(t) ∼ eH0t であるから dH = c/H0、すなわち、影響の及ぼせる範囲は

わずかでどんなに時間を掛けても、dH = c/H0以上には及ばない。この事象の地平線はそれより外では膨張速度が

光速度を越えており、事象の地平線の外側から出る光は決して事象の地平線の内側に入って来られないから、事象

の地平線より外はいつまで待っても決して見えない領域である。

以上から判るように、物質もしくは輻射宇宙では、粒子地平線は存在するが、事象地平線は存在しない。加速膨

張宇宙では事象の地平線が存在する。減速膨張では、現在見える範囲 (粒子の地平線)は有限であるが、時間と共

に大きくなるので、十分時間をかければどんなに遠くの事象でも観測できる。加速膨張では、これが有限距離に

とどまる。事象の地平線は粒子地平線の最大到達値と言える。

6.4.2 宇宙の曲率決定

空間の曲率を決める原理図を図 5に示す。3角測量を行い、3角形の内角の和が 180°より大きいか小さいかで判

断する。曲面幾何学の大家ガウスはドイツの3つの山で3角測量をして、地球空間の曲率を決めようとしたが、距

離が小さすぎてユークリッド幾何学からの差は見ることができなかった。現代の3角測量は、Dとして晴れ上が

り当時の (音波)地平線 (∼ 40万光年)、Lとして宇宙の差し渡し距離 ∼ 138億光年を使う。

図 5: (左)空間の曲率は3角測量をして内角の和が 180°より大きければ閉じた空間、小さければ開いた空間である。視差角は開いた空間であればユークリッド幾何で与えられるものより小さく、逆に閉じた空間であれば大きい。曲面幾何学の先駆者ガウスはドイツの3つの山で3角測量をしたが、平坦空間からの差は見つけられなかった。現代の3角測量は、D として晴れ上がり当時の (音波) 地平線 (∼ 40万光年、ただし現在のスケールで測れば 147Mpc)、Lとして、宇宙の果てまでの距離 ∼ 137億光年を使う。(右)宇宙マイクロ波の温度ゆらぎは、音波による圧力の強弱を反映していて、TV 画面のノイズに似ている (図 4右下図と比較せよ。)。ノイズのスペクトルを分析をすれば、TV 画面のサイズをを Dとして、λ = 2D/n,n = 1,2, · · · の波長の所に定常波ができるので強度が大きくなる。すなわち、TV のノイズ分布より TV 画面サイズが判る。同様にマイクロ波の強弱から音波地平線の大きさが判る。

晴れ上がり時の音波地平線は、宇宙マイクロ波のスペクトル分析より得られる。宇宙マイクロ波は圧力の強弱によ

り音波を発生する。宇宙マイクロ波中のフォトン・電子・バリオンのプラズマはつながれたばねのように振動し、

音速は ∼√

1/3cでほとんど光速に近い。ビッグバン以降の音波の最長到達距離を音波の地平線(=音速×宇宙時

12

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刻)と言い、再結合時の音波の地平線長は ds = 147± 4(Ωmh2/0.13)−0.25(Ωbh2/0.024)−0.08 Mpcと計算できる* 16) 。

この長さを地球上から眺めて視角を測定すれば、再結合時点に発せられた宇宙マイクロ波の地球へ至る経路も既

知であり、dA = 13.7± 0.4Gpcと与えられるので、視角を測定してユークリッド幾何学公式からのずれを見れば、

宇宙の曲率を定めることができる。

θA =ds

dA=

147Mpc13.7Gpc

≃ 0.011= 0.63 (56)

音波は (音波)地平線の長さを Dとして、λ = 2D,2D/2,2D/3 · · · の波長の所に強い山を持つので、ノイズ分布のスペクトル解析をすれば D (より正確には視角 θA)が判る。これは、TVの箱の大きさを知らなくても、TV画面のノ

イズ分布解析より TV画面サイズが判るのに似ている。スペクトル分布を調和関数で展開したときの次数 ℓは大体

見込み角 θA ∼ 180/(ℓ + 1)に対応する* 17) 。上記の音波地平線の見込み角 ∼ 0.63は ℓ ∼ 280に相当し、観測 (図 6

右)と合っている。すなわち平坦宇宙の幾何学が成立している。WMAP観測値の詳しい解析からは

Ωk = −0.01± 0.012 (57)

と決められた。

図 6: (左)空間の曲率により観測されるノイズ分布が変わる。BOOMERANGによる観測は平坦宇宙であることを示している。(右) WMAP観測の宇宙背景輻射強度を調和関数展開した強度分布。調和関数の次数 ℓ は、見込み角 θA と θ ≃ 180/ℓ の関係にある。最初の山の位置 ℓ ∼ 200が音波の地平線サイズを表すので、理論値と比較して宇宙の曲率が決められる。

6.4.3 宇宙のエネルギー勘定

真空エネルギーを考えないならば、宇宙がやがて収縮か永遠に膨張し続けるかの分かれ目は、ρ ≷ ρcであるが、

それは同時に宇宙が閉じるか開くかの構造を持つこと (k ≷ 0)と対応している。真空エネルギーが存在すると、真

空エネルギーの寄与は時間と共に変わらないが、物質や輻射エネルギー密度は宇宙膨張に従い減少するので 式(48b)参照 、いずれは真空エネルギーが優勢となり、加速膨張に転じる。現代は正にそのような時期にある。現時点での臨界エネルギー密度は

ρc = 1.88× 10−29 h2 g/cm3 = 10.5× h2 keV/cm3 ≃ (3meV)4 * 18) h = 0.71± 0.1 (58)

* 16) 現時点での大きさ。再結合時の大きさ (∼ 40万光年) は zdc = 1100で割る。* 17) ルジャンドル関数で展開した場合、ℓ 次のルジャンドル関数は ℓ 個のゼロ点を持つので、大ざっぱに言えば、0 ≤ θ ≤ π を ℓ + 1分割した時の成分を取り出して見ていることになる。

13

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で、1立方メートル内に数個の陽子がある程度の密度であり、現代技術では実現不可能な超高真空状態である。宇

宙論では密度をしばしば臨界密度に対する相対比で書き、Ω = ρ/ρcと表す。Ωを使ってフリードマン方程式 (35)

と加速度の式 (36)を書き換えると

Ωm + Ωr + ΩΛ = 1−Ωk (59)

Ωk ≡ − c2kH2a2

Note:|k|a2=

1R2, Rは宇宙の曲率半径 (60)

q =12

(1+ 3

)Ωm −ΩΛ q ≡ − a/a

a/a= − a

aH2(61)

qは減衰パラメターと呼ばれる量である。上の式は任意の時間で成り立つ式であるが、これを現時点での式と見れ

ば、全ての Ωは観測量である。Ωm ≃ 0.25, ΩΛ ≃ 0.75, Ωr ≃ 0であるので* 19) 、Ωkもまた ∼ O(1)の量となる。す

なわち宇宙の曲率を観測量で表す式は、(60)より

|Ωk(t = 0)| = c2

R2H20

= |1−Ωm −Ωr −ΩΛ| ≃ O(1) → R≃ cH0= 13.8G lyr = 4.2Gpc (62)

実際の観測では Ωk = −0.011± 0.012と測定されているから (後述)、上の R値は下限値である。なお、以下では特

に断らない限り、Ωを Ω(t = 0)の意味で使うこととする。

k = 0という観測事実 (インフレーションモデルを受け入れれば理論的にも正しい)を入れれば、一般相対論の結

論は

Ωm + Ωr + ΩΛ = 1 あるいは ρm + ρr + ρΛ = ρc (63)

である。ρc ∝ a2であるので、運動エネルギー密度と解釈できよう。とすれば、この式は全宇宙の運動エネルギー

とポテンシャルエネルギーが等しい、あるいは宇宙の全エネルギーはゼロであるというように解釈できよう。

6.5 宇宙の終焉

一昔前の標準見解では、宇宙の曲率と宇宙の運命とは密接に結びついていた。宇宙項がないモデルでは、宇宙物

質量が臨界密度を超えていれば、それは閉じた宇宙であり、同時に物質の重力が膨張エネルギーに勝ってやがては

収縮する宇宙である。物質量が臨界密度以下ならば、それは開いた宇宙であり、同時に物質の重力が膨張エネル

ギーに勝てず永遠に膨張し続ける。しかし、膨張速度はやがて一定となり、等速膨張となる。物質量がちょうど臨

界密度に一致すれば、宇宙はやはり開いているが、物質による重力と膨張エネルギーが釣り合うので膨張速度が

次第にゼロに近づく。

 加速膨張の発見は、宇宙の終焉に関する見通しを完全に変えた。加速膨張のもとでは、質量ゆらぎは成長でき

ず現在の宇宙構造がこれ以上発展することはなく、現時点で製作した銀河地図は未来にわたってそのまま保たれ

る。もし、加速膨張が真空エネルギー (宇宙項)によるものならば、加速は永続しやがては指数関数的膨張となる。

加速膨張下では地平線は拡がらずに縮まる。これは地平線の果ての少し内側の領域を考えてみればよい。地平線

は光速の一定速度で拡がりつつある。その少し内側では膨張速度が光速よりやや小さいが、加速膨張であるから

しばらくすれば光速を越えるので地平線を追い越し、結果として地平線は内側に縮むのである。ただし、これは

膨張に相対的な話であって地平線そのものの大きさは ∼ ctで拡がってゆく。この結果、見えていた遠くの銀河は

次々と地平線の彼方に消え去るので、1000億年もすると見渡すかぎりの宇宙には、今は近傍にいる数個の銀河し

* 18) 自然単位* 19) 現時点では輻射エネルギーの寄与はほとんど宇宙マイクロ波から来るので、ρr は容易に計算できる。ρmは通常物質と暗黒物質を含み、銀河や銀河団の観測から、ΩΛ は Ia型超新星の観測から得られるが、もっとも精確な値は宇宙マイクロ波の音波振動解析より得られる。

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か残らない (図 7)。宇宙の終末は寂しく、しかも (文字通りの意味で)暗い。もっとも 50億年先には、天の川銀河

はアンドロメダと衝突して混沌としているので、そちらの結果をまず憂慮すべきであるが。その場合でも銀河は

十分大きく星の分布密度は小さいので、星同志が衝突する心配はする必要がない。銀河構造が変わるのみである。

図 7:寂しき宇宙の終末。上段は減速膨張で地平線 (赤い球面) は参照面 (青い球面) より速い速度で拡がってゆくので、見える銀河の数は増え続ける。下段は加速膨張で参照面は地平線より速く拡がり、見える銀河 (地平線内の銀河)の数は減少してゆく。1000億年後には、広い宇宙に近傍の銀河数個しか残らない。

 しかし、暗黒エネルギーの正体まだ解明されていない。もし、加速膨張の原因がスカラー場であるならば、い

ずれはポテンシャルの底に落ち着く。もし、このポテンシャルの最低値がゼロであるならば、宇宙は再び物質優勢

に戻り減速膨張に転じる。もし、ポテンシャルの最低値がマイナスであるならば、これは負の宇宙項に相当する

から、いずれは物質エネルギーとポテンシャルエネルギーが相殺し収縮に転じることになる。最低値が正値であ

るならばどんなに小さい値でも加速膨張が絶えることは無く、永遠に膨張し続ける。宇宙の行く末は暗黒エネル

ギーの解明にかかっているのである。

A 補遺

A.1 熱力学基本公式

熱平衡状態にある粒子の (数)分布関数は

dn= f (p)g

Vdp

(2π~)3(64a)

f (p) =1

exp[(ϵ − µ)/kT] ± 1(64b)

で与えられる。ここに gは粒子の持つスピン自由度で電子やフォトンは g = 2である。ϵは粒子の持つエネルギー、

µは化学ポテンシャル、kはボルツマン定数、T は絶対温度を表す。±の符号はフェルミ・ディラック (FD)統計お

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よびボーズ・アインシュタイン (BE)統計に対応する。従って

n (数密度) =g

(2π~)3

∫f (p)d3p (65)

ρ (エネルギー密度) =g

(2π~)3

∫ϵ f (p)d3p (66)

P (圧力) =g

(2π~)3

∫p · v f (p)d3p =

g

(2π)3

∫ |p|23ϵ

f (p)d3p (67)

化学的に平衡状態にある化学ポテンシャルの和は等しいので、

i + j ↔ k+ l ⇒ µi + µ j = µk + µl (68)

化学ポテンシャルは、粒子数密度やエネルギー密度が判れば決められる。フォトンの化学ポテンシャルはゼロで

ある* 20) 。粒子の化学ポテンシャル (µ−)と反粒子の化学ポテンシャル (µ+)に違いがあると、粒子数と反粒子数に

差が出るが、初期宇宙の粒子数の非対称度は小さいので、µ− = µ+ として良い。

輻射=相対論的粒子(T ≫ m, ϵ ≫ m)

相対論非縮退 (T ≫ µ)

n = gζ(3)π2

(kT)3

(~c)3×

1 : BE

3/4 : FD ζ(3) = 1.202· · · ζ(s)はゼータ関数(69)

ρ = gπ2

30(kT)4

(~c)3×

1 : BE

7/8 : FD(70)

P =ρ

3(71)

宇宙マイクロ波: 宇宙マイクロ波は温度が 2.725Kの黒体輻射であるので、上記公式に観測値を入れると、温度、

数密度、エネルギー密度が求められる。輻射分布は等方的なので

d3p(2π~)3

= 4πp2dph3= 4π

ϵ2dϵ(ch)3

=4πc3ν2dν (72)

マイクロ波強度は、数分布にエネルギーを掛けて得られるから

Iνdν = ϵdn= ghν f (p)d3p

(2π~)3=

8πhc3

ν3dν

ehν/kT − 1(73)

これはプランクの黒体輻射強度の式を与える。積分を実行すると全エネルギー密度 ργ が得られる。

Tγ = 2.725± 0.001 (74a)

nγ = 2ζ(3)π2

(kT)3

(~c)3= 410.4± 0.5/cm3 (74b)

ργ =π2

15(kT)4

(~c)3= 0.261eV/cm3 (74c)

相対論縮退(T ≪ µ)

n =g

6π2

µ3

(~c)3(75a)

ρ =g

8π2

µ4

(~c)3(75b)

P =ρ

3(75c)

* 20) 理由1:初期宇宙では、e− + e+ ↔ 2γ で、粒子数非対称は非常に小さい (∼ 10−9)。  理由2:背景輻射の観測スペクトルから、µ < 9× 10−6 が言える。D.J.Fixsen et al.: Astro. Phys. J.473(1996), 576

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非相対論的粒子(T ≪ m, ϵ ≪ m)(BE, FD)

n =g

~3

(m kT2π

)3/2

e−(mc2−µ)/T (76a)

ρ = nmc2 (76b)

P = nkT≪ ρ (76c)

フェルミオン粒子の統計的非対称

n+ − n− =2g~3

(mkT2π

)3/2

sinh

(µc2

kT

)e−mc2/kT kT ≪ µ, Note: µ+ = µ− for q+ q↔ γ + γ (77)

エントロピー

dS =dQT

(78)

s =SV=ρ − µn+ P

T(79)

A.2 真空エネルギーが負の圧力を持つことの証明

証明 6.2: 真空が断面積 S、体積 V の管の中に閉じ込められているとしよう。エネルギーは E = ρVVで与えられ

る。ここで、力 Fを管壁に加えて、∆x動かした場合のエネルギー増加は、∆E = ρV∆xSとなる (図を参照)。従っ

て圧力 Pは

P =FS= −∆E∆x= −ρV (80)

図 8:真空エネルギーは負の圧力を持つ。

証明 2: 熱力学第 1法則から、外部と熱のやりとりがなければ、内部エネルギーは外に仕事をした分だけ減る。

dU = −pdV, U = ρV ⇒ dρdV= −(ρ + p) (81)

真空エネルギー密度は体積が増えても変わらないから左辺はゼロ。したがって p = −ρ。

A.3 幾何学の公準と非ユークリッド幾何学

ユークリッドの幾何学原論には以下の5つの公理が挙げられている:

点と点を直線で結ぶ事ができる

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線分を延長して直線にできる

一点を中心にして任意の半径の円を描く事ができる。

全ての直角は等しい (角度である)

直線が 2直線に交わり、同じ側の内角の和を 2直角より小さくするならば、この 2直線は限りなく延長され

ると、2直角より小さい角のある側において交わる。(平行線公理、第五公理)。

 第五公理は「平行線の錯角は等しい」という命題 (図 9)、あるいは「一つの線上にない点を通って平行線がただ

一つ書ける」という命題とも同値である。

図 9:錯角の定義: aと y、bと x を錯角という。

演習問題 A.1. 上の公理を使って、3角形の内角の和は 180 に等しいことを証明せよ。

 ユークリッド幾何学はこの5つの公理に基づいて、500あまりの定理を持つ矛盾のない閉じた数学体系となって

いる。しかし、第 5の公理は冗長に見え、不要ではないかとの疑いがもたれ、2000年に亘り第 5公理を他の公理

から導く努力が続けられた。19世紀に入り、もし第 5公理が余分であるならば、これを否定する命題をたてれば

どこかで矛盾が起きるはずという想定で追求がなされた。そしてこの最後の命題を、「無限個の平行線が書ける」

あるいは「一本も書けない」と変えても論理的に矛盾のない数学体系を作れることが、前者についてボヤイ、ロバ

チェフスキーにより見出され、後者についてはリーマンにより見出された。ガウスもまたこのことを認識してい

た。これを非ユークリッド幾何学といい、前者は曲率が負で開いた、後者は曲率が正で閉じた空間での幾何学を

表すことが明らかにされた (図 1)。

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