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〔研究ノート〕 バーナードの組織道徳論と経営倫理 西 バーナードの組織道徳論 経営倫理学の必要 モラルの定義 経営モラリティの内容 モラリティ内容の検討→阻織人の倫理 モラリティ内容の検討-ものベースの倫理 モラリティ内容の検討一道徳的制度 モラリティ間の対立 モラリティ間対立の解消 モラリティと責任 責任優先説 責任優先と組織境界 社会的責任 管理者の責任 環境倫理 経営倫理学(business ethics)は,アメリカでは10年以上前から盛んに なっている.教科書も何冊か出版され,カリキュラムに取り入れている大 学もある.わが国では,それほど盛んではないが,もっと注目されてもよ いと思う.現代は産業社会の過渡期かと思われるほど,実に多く,の問題が 噴出しており,それらは倫理ないしパラダイム(ものの考え方)と関連が -127-

バーナードの組織道徳論と経営倫理 · バーナードの組織道徳論と経営倫理 [主著pp.276~277, p.279,p.285].これらの中には,個人が一般的に守る

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〔研究ノート〕

バーナードの組織道徳論と経営倫理

西 岡 健 夫

       目  次

バーナードの組織道徳論

経営倫理学の必要

モラルの定義

経営モラリティの内容

モラリティ内容の検討→阻織人の倫理

モラリティ内容の検討-ものベースの倫理

モラリティ内容の検討一道徳的制度

モラリティ間の対立

モラリティ間対立の解消

モラリティと責任

責任優先説

責任優先と組織境界

社会的責任

管理者の責任

環境倫理

 経営倫理学(business ethics)は,アメリカでは10年以上前から盛んに

なっている.教科書も何冊か出版され,カリキュラムに取り入れている大

学もある.わが国では,それほど盛んではないが,もっと注目されてもよ

いと思う.現代は産業社会の過渡期かと思われるほど,実に多く,の問題が

噴出しており,それらは倫理ないしパラダイム(ものの考え方)と関連が

               -127-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

あるからである.問題を挙げ始めると,資源払底,環境汚染,南北軋眠

貿易磨擦,アメニティの低さ,ワーカホリック,精神的ストレスなど枚挙

にいと=まがないにれらの問題は多様に見えるが,いずれも産業社会を推

進してきたパラダイムや倫理感(自然の一方的利用,物質主義,成長重視,適

者生存観など)から出ている.

 私は,犬ここで倫理と言う時,狭い意味での人の道(例えば十戒)や倫理

原理(功利主義や義務論)だけではなく,パラダイム,世界観,価値観,理

念,ビジョン,ライフスタイルといったものまで念頭に入れている.資源,

環境などの問題を抱えた現代社会の状況に合わせた状況倫理を考えねばな

らず,そのためには物質的豊かさ対心の幸福レ競争対ゆとり,など価値感

やライフスタイルを検討しなければならないからである.

 こうした問題意識を背景に,本稿ではバーナードの組織道徳論を取り上

げる.バーナードは,ニュージャージー・ベル電話会社の社長やロック

フェラー財団の理事長を務めた実務家であるとと:もに,1938年に著わし

た主著『経営者の役割』によって経営学史上バーナード革命と呼ばれるほ

どの業績を残した学者である.彼は,主著の中やいくつかの論文において

1930年代にすでにモラリティの重要性を唱えており,経営倫理学の先達

と言っていい.しかも,彼の言うモラリティには,理念とか世界観も含ま

れており,その点では私の問題把握と通じるものがある.これがバーナー

ドのモラリティ論から学ぼうとした動機である.

バーナードの組織道徳論

 1938年に著わされた主著『経営者の役割』の第17章(管理責任の性

  1)質』,および, 1958年に『カリフォルニア・マネジメン斗・レビュー』

                            2)の巻頭を飾った論文=「ビジネス・モラルの基本的情況」の二つ(以下,前

者を主著,後者をBMと略す)を主たる参考文献として,バーナードの経営

                 -128-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

倫理理論の整理を試みる.ふつう経営倫理という時,従業員,取引先,消

費者などに対して人間社会の中で企業が守るべき倫理という意味で用いら

れる.しかし,バーナードは,人間社会の中で企業という組織が守るべき

倫理だけでなく,企業という組織の中で,その構成員が守るべき倫理につ

いてもとり上げている.そのためか,用語としても組織を意識した組織道

徳organizational moralityという用語を多用している.

 また,先に倫理という言葉を用いたが,バーナードは,いわゆる狭義の

倫理だけでなく,理念,世界観,慣習,技術準則,組織や他の成員への忠

誠,なども含めて,経営倫理を考えている.その結果,用語のうえでも,

ethicsという用語はほとんど使わず,道徳性morality, moralあるいは,

道徳準則moral codes, 行為準則codes of conductという用語を使って

いる.以下,このことを念頭に置いて整理を進めよう.       犬

経営倫理学の必要

 バーナードは, BMの中で次のように言う。企業組織は,慣習,文化様

式,世界についての暗黙の仮説などを表現・反映した,自律的な道徳的制

度(moral institution)であり,経営意思決定は,大いに道徳的な問題

(moral issues)に関係かおる(BM p.234)。

 しかし,組織におけるモラリティは,全体社会に行きわたっている道徳

や,法的存在としての法人組織の責務とほとんど関連がない[BM p。234].

実際,ユダヤ・キリスト教倫理のような,単純な遊牧や農耕生活を踏まえ

た,純粋に個人的関係の倫理によっては,企業経営のように,組織を必要

とし,複雑なモラリティが絡んでくる情況には対処していけない[BM

pp.235~238].

 ここに,一般倫理学(個人の倫理学)だけでなく,経営倫理学(business

ethics)が要請される理由がある。アメリカでは,ウォーターゲート事件

               -129-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

の起った1972年頃からbusiness ethicsが盛んになりレ関連著書が続々

と刊行されているが√バ―ナードは既に戦前にその必要性を主張していた

わけで,。非常に先見の明かあったと言わねばならない。

 ただし=,現代の経営倫理学では,組織め内外における企業の責任が主に

論じられているのに対し,バーナTドは,=そうした企業の責任というより

も,企業組織の中での個人,トとくに管理者の責任を論じている。そのため,

モラリ=:テイの内容として,組織への忠誠(organizational loyalty)が挙げ

ら=れ[BM p. 248]√丁組織全体のため士(for the犬=good:of the organization

as a whole)という準則が論じられる[主著p. 285, p.289, p. 292, p.294].

また,BM==においてモラリテイは「組織に望ましいこと」「社会の利益」

に関連すると述べ[BM p.240]√ホワイトヘッドを引用して,社会体系の

継続に対する責任感に触れている=が[BM pp. 236 ~ 237],この社会体系は

組織と読み替えてもよい。ここにも,全と個の統合,即ち,個人を活かす

とともに,組織の存続発展もはかろうとするバーナードの意図がよく出て

いる(バーナード理論を全と個の統合理論として明快に把えたのは飯野教授であ

 3)るトL   ニ

モラル句定義

主著では,道徳moraトとぱ,個人に内在する一般的,安定的な性向で

あってレかかる性向と一致しない直接的,特殊的な欲望,衝動,関心は禁

止・統制し,一致するものはそれを強化する傾向をもっもの,とされる;

またBMでは,道徳的行動moral behaviorとは,私利私欲や,意思決

定の直接の結果に関係なく,何か正しく何か間違いかについての信念ない

しは感情によって支配されている行動,とされる。

 BMしにおける定義の方が明快であるが,いずれも,道徳が功利主義

(utilitarianism)ではなく義務論(deontology)によって理解されているの

               ー・130 -

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

がわかる.主著では,直接の欲望・衝動をコントロールする(快楽の追求

を放任しない)と七ており, BMでは行為の予測される丁結果」上でなく,

何か正しいかに関する準則に基いて善悪を判断するとしているからである.

また,道徳的に責任ある行為は,刑罰や報酬と無関係に働く深遠な確信に

よってのみもたらされるとしているが注著p. 282],これも功利主義を排

し義務論の立場に立つものであるレ要するに,行為の善悪は,功利的計算

で一義的に決めることは難しぐ,義務として社会的に了解されている,つと

見てよい.              ト 〉      y   .

 人開か道徳的に行動するのは,主体的に行動する自由を与えられていれ

ばこそであlるト自由の無いところに道徳的行動は無い.遺伝・本能によりこ

行動パターンが決定論的に決まる動物や,行動の自由を奪われた奴隷には,

道徳も倫理も考えられないだろう.この点に関し,バーナードは,∇自由意

思により選択力を持つという人間の側面を強調し√彼の理論の出発点に据

えている[主著pp.13~16].そこから,道徳,および,それを守る責任が

出てくる.              .‥     ニ     ………

 人間は「経済人」として経済的計算に基き行動すると前提する経済学的

企業観や,組織は公式組織の指揮系統・権限システムにより動ぐと見る伝

統的法律学的組織観は,人間を決定論的,機械的に把えている.従って,

そこには道徳,倫理の人つでくる余地が無い.バーナードは,そうした決

定論的見解に反対したのだが,主著の序においては法律的解釈とともに経

済人仮説の非を批判している[主著pp。39~41].上     犬  ◇

経営モラリティの内容

 主著では,モラリティの内容は整理されていないが,キリスト教道徳,

国民としての準則,商業道徳,正しく仕事するという準則,組織のためと

いう準則,非公式組織の準則,家族のためという準則などを挙げている

               -,3レー

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

[主著pp. 276~277, p.279,p.285].これらの中には,個人が一般的に守る

べきものと,個人が組織人として守るべき=ものとが含まれている.

 ここで重要なことは,社会的に公認されている公的準則だけでなく,行

動の準則になるものをすべて一括して考察すべきだ,さもないと,公的準

則を遵守しさえすれば責任を果していると考えるようになる[主著p. 278],

としている点である.モラリティとして広い範囲のものが考えられている.

このことは,道徳の起源として,①超自然的な起源, ②一般的・政治的・

宗教的ならびに経済的な環境を含む社会的環境,③物的環境における経験,

生物的な特性ならびに種族発生の歴史,④技術的な慣行あるいは習慣を挙

げ,道徳は,個人に対して現に働きかけている累積された諸影響の合成物

だとしている[主著p. 273]のと軌を一にしている.

 トBMでは,モラリティの内容を広くとる基本的な考え方はもちろん同じ

だが,次の8項目に整理されている.それらは一般的で単純なものから,

より・特殊的で複雑なものに至る順序で配列されている[BM p.243].

 ①個人的責任 犯罪的行為や不道徳的行為をしないこと,とくに盗みを

したり,嘘をついたりしないこと,他人の利益を快く認め,約束を守るこ

となどを指す.これは,世間一般にだれもが守らねばならない道徳的責任

である.

 ②代理的ないし公的な責任 代理人あるいは公的地位を占める者として

負うべき責任を指す.法的規制の及ぶ代理行為だけでなく,組織の従業員

の行為にもかかわる.組織社会といわれる現代において,最も基本的な責

任である.個人的行動の倫理と代理的行動の間にはギャップかおる.極端

な例を挙げれば,代理的行動としでは殺人さえせねばならないことがある

(警官,兵士,死刑執行人の場合).

 ③職員としての忠誠 それぞれの公的資格で行為する個々人への忠誠,

他の職員に対する職務上の忠誠を指す.この忠誠は,服従ではなく,心か

らの協力を意味する.ここから組織の凝集性が生れる.また,この忠誠は.

               -132-

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          “-ナードの組織道徳論と経営倫理

個人的忠誠と混同すべきでないよ=個人的忠誠は,公的地位にあるか否かに

かかわらず継続するが,職員として相互に尽す忠誠は組織上の地位につい

ている間しか続かないのである.

 ④法人としての責任 法的な権利義務を超えて法人として担うべき道徳

的責任を指す.法人は法的な仮構だが,契約や裁判の当事者となり√所有

権などを持ちうる社会的実在である.法人としての責任には, (a)株主,債

権者,取締役,従業員などの正当な利害にかかわる内的責任と. (b)競争者,

地域社会,政府,社会一般などの利害にかかわる「社会的責任」とがある.

 ⑤組織への忠誠 個人的関心ないし利益を超越する存在としての組織に

対する忠誠を指す.極端な場合には,=「組織の利益のため」(for the good

of the organization)に大きな個人的犠牲を伴なうことがある.  1

 ⑥経済的責任,浪費や非能率を避けたり,借金の返済義務を果したりす

るという意味での責任を指す.浪費や非能率については,“貨幣ベース

ではなく,“ものベース=で考えられている.貨幣ベースの経済的計算で

は引き合い,能率が上がっていても,ものベースでは浪費になることが少

なくない.販売している食料を棄ててまで供給を減らし価格低下を防ごう

とする行動が,その典型的な例である.

 ⑦技術的および科学技術的責任 正しいやり方で質の高いよい仕事をす

るという意味での責任を指す.専門家としての誇りや良心,職人気質など

に現われるが,組織での仕事一般に見られるものである.これは,貨幣

ベースでの経済計算と両立しないことがある.仕事の質と貨幣的経済性と

が逆比例する時,この責任が顕在化する.

 ⑧法的費任 明文化されたルールだけでなく,内的で私的な諸ルールを

も含めて,それを守ろうとする遵法精神を指す.それは,制裁回避など利

害感覚に基くのではなく,遵法が,効果的な協働,公正と正義,組織の統

一とモラールのために不可欠のものだとの信念に基いている.

133

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

モラリテイ内容の検討(そ:の1)=組織人の倫理

 以上,バーナードがBMでモ

ラリティとして挙げている8項目

[BM pp.242~252]を要約した.

そこに見られる特徴を考えると,

何よりも,企業経営に即して倫理

道徳を把えている点が挙げられる.

その点で,現在盛んになうてきた経営倫理学の先覚者だと言ってよい.

BMに挙げられている8項目の内, ①から⑤までは,個人¬一組織(法人)

一全体社会という枠組でモラリティを把えている.図示すると,上図の通

りで,図中,①は個人的責任, ②は代理的責任, ③は他職員への忠誠, ④

と④'は法人としての責任, ⑤は組織への忠誠を示している.法人として

の責任は√従業員など内的環境に対する内的責任④と,競争者,地域社会

など外的環境に対する社会的責任④'とに分かれる.

 ことでは,個人が組織の中で組織人として守るべき道徳(②,③,⑤)

と,組織(法人)が環境に対して守るべき責任(④,④りとが把えられて

いるトこれらは,個人レベルの倫理(十戒など宗教倫理にせよ人権・正義にせ

よ)や倫理上の判断基準(功利主義,義務論がその代表)を取り上げる一般

倫理学を超えるものであり,組織倫理学あるいは経営倫理学とでも名付け

られるべき領域である.もちろん,組織の中でも個人的倫理が問題となり,

BMでは①で取り上げられている.しかし,組織を舞台とした倫理を考え

る時,それは主役にはならない.              .

 このように,バーナードのBMは経営倫理学の先駆的な業績であるが,

現代の経営倫理学では,従業員や取引先など利害関係者や一般社会に対す

る企業の倫理・責任(前図の④,④り が主に論じられるのに対し,バー

ナードは組織人としての個人の倫理・責任(前mの②,③,⑤)を含めてお

               一-134―

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

り,それにかなりの力点を置いて論じている.この点は,組織の倫理を扱

う時,見逃せないにもかかわらず,現代の経営倫理学には欠落しているよ

うに見える.もっとも,法人としての企業の倫理を取りげるのが経営倫理

学,組織人としての個人の倫理をも含めるのが組織倫理学だとすれば,

バーナードの道徳理論は後者になる.

 それはともかく,バーナードの挙げるモラリティは誤解を招く恐れがあ

るのも事実である.代理的行為の責任(③)は認めるとしても,それは個

人に責任のがれの口実を与えないか(アイヒマン裁判のよケに)とか,組織

に対する忠誠(⑤)は欠かせないとしても,それは全体主義と結びつかな

いか(とくに企業がイエのように組織されるわが国では,企業一家の意識が高ま

りすぎ,組織エゴイズムを育まないか)とかいった懸念が出てくることが予想

される.しかし,言うまでもなく,これは誤解である.し

 バーナードは,組織的協働を通じて個人と協働の同時的発展,個と全の

統合を図る道を模索したのであり,全体中心に傾斜しているわけでは決し

てない.出発点の人間観からして,自由意志の側面を重視しており,だか

らこそ倫理が取り上げられもするのである.また,人々の中から組織が形

成されるからには,組織人としての個人の倫理が確立されなければレ組織

は有名無実となってしまう.意義あるものとしてっぐられた組織を存続発

展させていくために,組織倫理が必要となるのである.

 BMの8項巨だけ見れば,法人としての企業が環境に対して負う責任よ

りも,組織人としての個人が組織の中で負う責任について論じられている

(項目数も多い)ようにも見えるが,そうではない.むしろ√法人としての

責任が強く意識されており,社会的責任を既に一早く1930年代に論じて

いると言える.オープンシステム観(企業はより大きなシステムの一部.消費

者なども誘因貢献の交換者として組織の一成員)に立ち,思わざる結果(企業

活動の副作用)を論じているなどがそれだが, BMでは④に社会的責任を

明確にかかけ,また主著第17章最終節において,はっきりと寸組織の存

               -135 -

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

続は,=それを支配しているモラリテ々の高さに比例する.先見,長期目的,

高遠な理想こそ協働が持続する基盤だ』[主著p. 295]と述べている.

モラリティ内容の検討(その2)-ものベースの倫理

 BMに掲げられている8項目の内, ⑥, ⑦, ⑧はそれぞれ経済的責任,

技術的責任,法的責任であるが,これらは,①~⑤が責任主体からの議論

なのに対し,責任観点からの議論になっている.この中で,私は, ⑥と⑦,

とくに⑥の経済的責任に注目したい.

 現代の産業社会のように,貨幣経済ないし市場経済が行き渡った社会に

おいては,経済的と言えば,“貨幣ベースで見て合理的ということを指

している.経済計算,効率↓利益見通しなどほとんどが“貨幣ベースで

行われる.しかし,貨幣ベースでは合理的であっても,“ものベースで

は合理的でない(ムダ使い,浪費になるという意味で)場合が少なくない.

バーナードが挙げた,食料価格推持のためのストックの廃棄[p. 249]も

その一例だが,一般化して言えば,諸財の相対価格体系が,“もの”(資

源)を浪費しても貨幣的には引き合うようにできている場合に,そうした

不合理が生じる.製品価格が非常に上昇し(独占や知価付加によることも多

い).原材料費(資源)が割安になる場合や,人件費上昇のため,機械(つ

まり“もの・資源”)で代替(省力化)したり,回収するより使い捨てしたり

する方が割安になる場合がそれである.

 このような場合,いかに“貨幣ベースでは合理的(利益増加)となっ

ても,“もの(資源)ベースの合理性を犠牲にすることは誤りである.

とくに,近年のように資源払底,環境汚染という地球的規模の危機を迎え

つつある時代には,なおさら“ものベースの合理性に注目しなければな

らない.バーナードの時代には,まだ資源環境問題を無かったのだが,彼

の言う⑥経済的責任は,“ものベースでの責任であり,これは非常に重

               -136 -

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

要だと思う.

 ⑦の技術的責任にも,アンチ貨幣ベースという点では, ⑥の経済的

責任と共通している.すなわち,貨幣的な利益最大化をはかるという行動

準則からはずれも,専門家あるいは職務担当者としては仕事の質を低下さ

せず,向上させねばならないというのが技術的責任だからである.

 以上のように,⑥と⑦は,貨幣ベースでの判断が支配する企業組織の中

で,それをチェックする非貨幣ベースでの判断基準ないし倫理だと言える.

なお,⑧の法的責任は,遵法精神を指すことから見て, ⑤の組織への忠誠

と一緒に把えられるのではないかと思う.

モラリティ内容の検討(その3)一道徳的制度,中間集団

 最後になったが,バーナードのモラリティ内容論の重要な基本的特徴と

して,モラリティを広義にとらえ,組織を道徳的制度(moral institution)

と見ている点かおる.すなわち,『組織は社会的システムとして,慣習,

文化様式,世界についての暗黙の仮説,深い信念,無意識の信仰を表現し,

反映する.それらは,組織を自律的な道徳的制度たらしめる』[BM p.

234]と述べ,また,『組織が違えば道徳的風土(moraトclimate)も大いに

異なるので,他の組織に転じる時,そこの道徳的風土のコツを覚えるのに

多くの時間を必要とする』[BM p.242]と述べている.これは近年脚光を

あびている組織文化論で言われていることと同じである.バーナードは組

織文化論の先駆者でもある.

 もう一つ,モラリティ内容論につき付け加えると,バーナードには準拠

集団ごとにモラリティを把え,モラリティ間の対立を問題にしているとこ

ろがある.家族,組織,専門家集団,非公式組織,国家といった帰属集団

ないし準拠集団のモラリティを守ったり,それら集団に忠誠を尽したりす

る問題を取り上げている[主著pp。279~280, p.283,p. 289].こうした問題

               -13卜-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

は,中間集団を介在させず,個人一社会の枠組で倫理を考えるのではなく,

個人一組識一社会の枠組で倫理を考えるバーナードだからこそ出てくる問

題だと言える.

 そして,そこでのモラリティ間の対立は,帰属ないし準拠集団間の対立

として現われ,当人の立場から見て遵守の順位がつけられる.例えば,主

著の中には,子供のためには殺人や盗みもするという過激な例示[主著p.

279]が登場する.これは状況倫理的なモラリレディ対立の解決法であるが,

功利主義や義務論をかかげる一般倫理学から見ると疑義があるかもしれな

い.しかし,アトム的な個人ではなく,企業など中間集団と個人とのかか

わりを念頭に置いて倫理を考えようとすると,バーナードが述べているこ

とにはさらに耳を傾ける必要がある.

モラリティ間の対立

 組織の中の個人は,さまざまのモラリティを身につけているが,それら

モラリティ間の優先遵守順位がわからず,どのモラリティに従うべきか決

めかねて悩むことが少なくない.ここでバーナードが挙げるさまざまのモ

ラリティというのは,先に説明したように, (1)十戒などの宗教倫理や

社会のルール・慣習を守る個人としての倫理, (2)代理的責任を果し,

他の職員や組織への忠誠を尽すとともに,社会的責任をはじめとする法人

の責任を,法人の代表者として分担する組織人としての倫理, (3)技術

的責任や経済的責任など非貨幣ベースによる倫理,を指している.

 このモラリティの内容を見てもわかるように,バーナードは,一般倫理

学が問題にするような,功利主義か義務論か,効用か人権か,といったモ

ラリティ間の対立よりも,組織に即して√組織人が出合う芒ラリティ対立

を取り上げる.組織人としては,上述の(1)だけでなく, (2), (3)

(主として(2))の倫理的責任も背負わされているから,遵守すべき準則

               -138-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

の数が大幅に増える.このことをバーナードは,モラリテ4が複雑になる

(complex morality),と表現している[主著p. 284].

 アトム的個人一全体社会の枠組ではなくて,個人一組織(中間集団)一

社会という組織社会の枠組で倫理を考えると,モラリティ間の対立が利害

の対立のように見えることがある.とくに,個人の帰属集団間の利害対立

のように見えることが多い.バーナードが挙げている例を見ても,家族を

とるか仕事をとるかの問題[主著p. 281電話交換手の例]や,約束・会合の

対立[主著p。283]がそうであるし,また,個人の組織関連(organization

connections)が多いほど行動準則・モラリティも増えて複雑になると言っ

ている[主著p. 283]のもそうである.だが,背後にあるモラリティの対

立を見落してはならない.                 /

モラリティ間対立の解消

 モラリティ間の対立は,一般倫理学では,功利主義的計算により代替的

な行為・規則を比較するとか,功利か人権かの場合は原則として最小限の

人権を優先させるとか,そういった考え方により解決される.しかレ

バーナードは独自の切り口から,この問題に迫っている.

 バーナードが関心を寄せているのは, (1)異なったモラリティをもっ

た個人の集りである組織をいかにまとめで協働の実を挙げていくのか√ま

た,(2)個人が組織の中で直面するモラリティの対立,例えば,組織の

ためという準則と正直感(the sense of what is honest)のような深遠な

個人準則との対立(内部告発の悩みや,我々は何のために何をしているのかとい

う疑念もこのモラリティ対立の一つである)や,“ものベースの責任と貨幣

的経済性の対立(貨幣利益追求をとるか,資源浪費を防ぎ,製品安全性向上をは

かるかのジレンマがそれである)などいかに対処していくか,である.これ

らに対し,バーナードは,道徳の創造(creation of moral codes, moral

               -139……

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

creativeness)が肝要であり,それが経営者(executive)の役割だと言う.

 (1)に対しては,経営理念,集団精神,価値,基本的考え方(points

of view)などを創造し,それを従業員に教えこむことを通じ,一体感・

凝集性を育むことが必要であり,誘因の経済における説得の方法[主著p。

159].もこれにかかわる[主著p。291]とバーナードは言う.この点は,現

代経営学では組織文化論としてとり上げられている.

 (2)に対しては,当初の目的やどの準則にも低触しないような代替的

方法を発見するか,または,例外や妥協など現行の行為を道徳的に正当化

するか,のいずれかであり,前者は行政的,後者は司法的である[主著p.

292]とバーナードは言う.行政的方法は,目的ないし規範を所与として,

それにかなう行為・方法を見つける方法であり,逆に,司法的方法は,現

行の例外行為・方法(目的・規範・準則に反する)をそのままにして,それ

を認めうるように目的・規範・準則の面で調整(変更,新たに設定)する方

法である.

 行政的方法は,言い換えれば,ある観点から望ましいと思われる提案が,

別の観点からは弊害が出ると予測される時,弊害,「思わざる結果」を伴

うことなく,当初の目的を達成する方法を発見することである.バーナー

ドは,副作用の無い薬の開発(例えば,コカインに代わるノボカインの開発)

を例示している.豊かさと自然保護という二つの価値が対立している現代

社会においては,それら両価値を二つながら実現する方法(例えば,循環

的エネルギー,土に戻るプラスチックの開発)が,行政的方法だと言えよう.

 司法的方法は,具体的に言えば,目的を変更・再規定したり,組織の全

般的目的と合致するような新しい細部目的を採用したりすることにより,

モラリティ対立を解決することである.各部門の対立を避けるために,上

位目的を設定したり,「組織のため」という規範を設けたり,ものの見方

を変えてみたりするのも,これにあたる.

 ところで現代社会においては,人々は物質的豊かさを享受するように

               -140-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

なった.しかし,一方では資源払底,環境汚染,南北衝突や,管理社会化,

生活の潤いの欠徐,精神的ストレスの高まりなどの問題かおり,その背後

には,豊かさを実現するのに寄与した物質主義,競争主義,成長主義のよ

うな規範・価値観がある.今後は,豊かさの追求だけでなぐ,弊害の除去

にも努力せねばならず,そのためには,物質主義や競争主義と,反物質主

義やゆっくりずむという相反する規範・価値を止揚していくような規範・

価値の創造が待たれているトこの方面における「道徳の創造」が現代社会

の課題である.

モラリティと貴任

 個人の道徳水準(moral status),すなわち,どれだけモラリティを知っ

ているかということと,現実に責任をとって道徳的行動をするか否かとい

うこととは別問題である[主著p. 274].いかに複雑なモラリティを知って

いても,それだけでは何にもならない.責任をとってこそはじめて意味を

持つ,責任とは,モラリティ・準則に反する直接的衝動・欲望・関心に逆

らい,モラリティ・準則と調和する欲望・関心に向かって√モラリティ・

準則を強力に遵守する能力をいう[主著p. 286,p.274].

 個人が責任ある行動をすることは,人間としての義務である.そうする

ことが利益を生むからではなく,そうすることが正しいことだから個人は

そうしなければならないのである.個人が行動に責任をとるべきなのは,

個人に自由が与えられているからであり,責任と自由とは表裏一体の関係

にある.

 報酬とか制裁とかは,道徳準則の確立には役立つかもしれないが,責任

の確立には役立だないと言ってもよい[主著p. 281].責任をもって準則を

守るのは,そうすると得だからとか,そうしないと罰せられるからではな

く,それが人間としての義務だからである.また,責任をとるのは,他か

               -141-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

ら強制・方向づけされるからではなく,自由判断によりそうするからであ

る:.‥‥‥    =‥‥ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥:

宍以上レ主著の中で√バTナードが述べている責任論を要約したレそれは,

義務論的道徳観,自由意思論的人間理解と軌を一にしている∧BMでは,l

主著のような責任論は展開していないが,結論の中で,責任は恣意的に委

任できないものであり√責任が進んで受け入れられ.責任感という道徳感

覚が発達しなければ√自律的行動は確保しえず,ト組織は存続発展しない√

という趣旨のことを述べている.これは,飯野春樹教授の責任優先説につ

ながっていく.以下,教授の著書『バーナード研究』第8章「主著への自

己批判と責任優先説」を参照しながら↓なぜ「はじめに責任ありき」なの

かを考えてみよう.

責 任 優 先 説

ニここで,飯野教授による責任優先説をまとめておく.教授の見解は次の

通りである(私なりにまとめているため誤解かおるかもしれないが).    /

 =バ¬ナードは主著において,……全人的人間観に立ちシステムアプローチに

基ずいて,個人と組織の同時的発展の可能性を探り,組織の道徳的側面と

りーダーシップの重要性を強調した‥しかし,責任の問題の考察が不充分

なまま残り√この点に自身で不満をもっていたバーナードは√後日いくっ

かの論文などを通じて√責任についての考察を進め,「責任優先説」と呼

びうる主張を展開した.                 ‥

 伝統理論では射限責任均等の原則が説かれる.権限責任均等の原則とは,

与えられた権限と負うべき責任とは同量て権限=責任)であるという原則

である.それには,権限を重視し丿権限は管理職務の鍵であり,責任は権

限に付随するものだ,とする法定説的権限優先説(クーンツとオドンネル)

とレ逆に,権限思考を批判し,職能(組織内の各職務)の中には責任があり.

               -142 -

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“-ナードの組織道徳論と経営倫理

権限は責任の派生物だ,とする責任権限職能説(R.デービス,フォレット)

とがある。責任については,前者の権限優先説では,権限委任者(上司)

への応答としての責任(responsibility to superiors)つが,また後者の職能

説では,職務に対する責任(responsibility for job)が重視されているが,

いずれも個人の視点,自己への責任(responsibility to oneself)が欠落し

ている。  く                           ‥

 これに対し,バーナードは次のように説く。個人は権限がなくとも責任

は負わねばならない。組織の仕事は。大低は権限のない責任,権限より大

きい責任,権限をあてにしない責任のもとで行われる(責任>権限).委任

されるのは権限よりは責任であって,権限とは部下が委任された責任を受

容して自律的に遂行できるように保護するものだ(権限保護説)レ責任ほど,

それを負うことが個人の能力の範囲内なら,個人を発展させるものはない。

命令によってさせれば,=部下の責任を免除してしまい,行為の知的自由を

制約するからである。                 1

 伝統理論とバーナード理論(近代理論)の,責任権限についての見解の

相違の背景には,組織観や人間観の相違かおる.伝統理論では√組織とは

一定の目的を達成するための道具だと見られ,目的達成のためにいかに効

率的に仕事の配分の体系を組み上げ,いかに権限を付与するか(組織構造,

公式組織の問題)という技術的,法律的観点が中心となる.そしてょ人間

観については,マグレガーで言えばX理論(普通の人間は統制・命令されな

いと努力して仕事しない)をとっている.

 一方,=バーナードは,人間観については全人仮説に立ち,人間の自由意

思を重視する.マグレガーで言えば, Y理論(人間は自発的に進んで仕事す

る)的人間を前提している.そして,組織とは,こうした生身の人間が複

雑に相互作用する動態的なシステムであり,モラリティ(道徳,価値,理念,

世界観など)が非常に重要な役割を果す道徳的制度(moral institution),

                -143-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

責任のシステムであって,そこでは√==組織と個人,有効性と能率がいかに

調整統合されるかが鍵となる.ノ

>伝統理論では,組織は機械のごときもので,権限つまり命令服従の体系

により動くと見られる.もし,そうなら,犬各人は権限と同量の責任を持つ

だけでよく,ことさら責任感とかモラリティとかリーグ=シップとかは問

題とならない.ところが,組織は,機械ではなく,自由な人間が相互作用

し,また個の総和が全とはならない(例えばチームワーク,雰囲気など)よ

うなシステムであるから,名自の責任,モラリティおよび管理者のリー

ダーシップが重要なのだ,とバーナードは説く.

 人間性,組織の本質から見て,=各個人が責任感(権限とは無関係に)を持

だねばて人間として自分自身に(responsibility to oneself)),組織は存続

発展しない.組織は,権限の体系ではなく,責任のシステムなのである.

権限責任的均等原則に立てば,権限がなければ責任もない,権限に見合っ

たことをすればよく,それ以上はするべきでない,また,責任を問われる

のなら,それに見合った権限を与えられていなければならない,というこ

とになる.これは,まさに官僚主義的な責任回避であり,これでは組織は

健全に機能しない.責任優先こそ銘記されるべきである.

 責任優先説の背後には,新しい人間観,組織観だけでなく,時代の変化

もある.すなわち,がってのように環境が比較的静態的で,専門化が未発

達な時代には,組織をクローズド・システムとみなし,機械のような職

務・権限システムを築いて,命令一元性の原則,例外原則,ライン・ス

タッフ分離の原則などの管理原則に基ずいて管理していればよかった.

 しかし,環境の変化,技術の進歩が急激で,専門化が発達した時代にな

ると,組織をオープン・システムとして認識し,構成員が複雑に相互作用

する流動的な柔構造システムとして理解しなければならなくなる.それは

権限で動く組織ではなく,責任で動く組織である.そこでは,伝統理論の

組織原則や管理原則はそのままでは通用しない.また,現代のように自由

               一則-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

で民主的な社会においては,個人は自由と責任を一対のものとして持って

いるが,そうした社会に呼応して組織も,自由な個人が責任感を持って動

かしていくものと把える必要がある.

責任優先と組織境界

 バーナードは,責任優先の単純なケースとして,セールスマンの仕事を

挙げ,セールスマンは顧客に購入を強いる権限を持っていないが,販売活

動に対する責任は与えられている,と言う.しかし,これは伝統理論から

見ると奇異にうつるかもしれない.伝統理論では,権限と責任を組織内部

的に把えるからである.組織内の相互関係を規定するものとして権限と責

任を把えると,両者は均等するように見えることもある.

 それに対し,バーナードは,権限と責任を組織の外部も含めて把える.,

バーナードは,組織をA system of consciously coordinated

activities or forces of two or more personsと定義し,顧客・地域住

民・取引先など伝統理論で環境として把えられるものはもちろん,従業員

をも組織の環境とみなす(前者は外的環境,後者は内的環境).そして,彼ら

が組織に貢献する限りにおいて彼らは貢献者,つまり構成員であり,組織

は彼らに影響力を行使すると見る.

さらに,これら構成員は人的システ

ムを構成し,人的システムは物的シ

ステム(資本,機械など).社会的シ

ステム(のれん,信用など)とともに

組織を支え,全体として協働システ

ムを築き上げる,と把える.伝統理

論において,あるいは一般に,組織

とか組織体とか呼ばれているのは,

145

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

ほぼバーナードの協働システムにあたる. =日        ……=

 バーナードヤの組織および構成員の概念は,以上のように独自のものであ

り,そうした把え方からすれば,セールスマンと顧客(一般にはセールスマ

ンだけが組織の構成員とされるが,バーナード理論ではいずれも構成員とみなされ

る)との間に権限・責任を考えても不思議はないことになる.バーナード

の組織概念は,以上のように構成員や環境を把えるという意味で,オープ

ン・システム的概念でありレ伝統理論の組織,環境の把え方と大きく異な

る.                      犬

うヽヾ-ナー下の組織・環境概念で見れば,行政組織の責任もよぐ見えてく

る.行政組織は資源・環境,経済運営などに関し大ぎな責任を持っている

が,構成員とみなjされるべき一般市民に対してことさら権限を与えられて

いるわけではない.しかし,責任に見合った権限が与えられるまで挑手傍

観していてよいわけではない.バーナードのオープン・システム的組織観

からすると,= このように責任は権限より大きいのである.伝統理論のよう

に組織体内部(組織内の職務分掌)だけで権限,責任を把えていると√権限

の与えられていないことはしないといった官僚制の悪弊が出やすいように

思われる.                            :

 もちろん,責任が権限より大きいとか,権限の範囲だけでなく人間とし

ての責任も負わねばならないと言っても,それにはおめずと限度かおる.

責任は組織(目的,職能)によって限定される必要かおる.そして,組織

により限定された公式的責任と,個人が受容した主体的責任,つまり,客

観的責任と主観的責任の統合ないしバランスを考えるべきことは言うまで

もない.

社 会 的 貴 任

組織の社会的責任を考える時にも,責任優先の思考が重要である.企業

146-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

は,その勢力や権限に見合うだけの社会的責任を持てばよい,といった勢

力(権限)均衡原則では問題に対処できない.確かに勢力・権力・権限の

大きいものほど,大きな責任を求められるとか,責任をとらねば勢力を維

持できないとかいう意味では,勢力と責任とは均衡するように見えるが,

かと言って,勢力や権限に見合う範囲で社会的責任を持てばよい,という

ことにはならない.例えば,環境汚染や製品欠陥に対して,中小企業は大

企業ほど勢力が無くとも責任は負う.また,企業と地域住民との関係を考

えると,企業は地域住民に何ら権限は持だないが,責任は持らている.

 責任は,勢力や権限の有無とは無関係に,自由判断のもとに自己が行

なった行為に対して持つべきものである.また,‥責任は,他から課せられ

るものではなく,自ら内在的に負うべきものである.これが人間としての

責任であって,社会的責任を論じる時にも忘れてはならない.

 ここまで,社会的責任と責任優先説との関連について見てきたが,バー

ナード理論は理論全体が社会的責任と深い関連がある.,直接に社会的責任

に言及していると思われる個所としては主著では第17章第5節,……とくに

『組織の存続は,それを支配している道徳性の高さに比例する.先見,長

期目的,高遠な理想こそ協働が持続する基盤だ』としている個所[主著p.

295],また, BMでは「ビジネスにおけるモラリティの種類」の中に「法

人とおての責任」を挙げ,その一つとして「競争者,地域社会,政府,社

会一般などの利害に関係する責任」に触れている個所[BM p.247]を挙げ

ることができよう.

 だが,重要なことは,バーナード理論が全体として,社会的責任も含め

た責任を重視している点である.すなわち,

 ①組織を構成する人間の自由意思を重視する.そこから責任や倫理が問

題になってくる.

 ②組織は構成員相互の複雑な相互作用から成るシステムであり,全体

(組織)と個(構成員),有効性(全体目的の達成)と能率(構成員の満足,能率

               一一147一一

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

は有効性だけでなく「求めざる結果(unsought consequences)」によっても強く

影響される)め統合調整が課題となる.能率や「求めざる結果」を考慮す

ることは社会的責任を考慮することである.

 ③組織は「協働のシステム」という抽象的実在である.そこから見ると,

従業員,株主,取引先,消費者などは等しく環境であるとともに,組織と

関連をもつ(貢献する)限り構成員となるレこの意味で,オープン・シス

テムと言え,ここからも社会的責任が出てくる.

 ④組織は道徳的制度(理念,世界観,モラリティを共有し,それが原動力と

なる)である.権限で動く機械ではなく,責任感で動く責任システムであ

る.だからこそ,従業員の責任とともに,組織(法人)としての責任が重

要になる.

 ⑤組織は,サブシステムが積み上げられた複合システムだが,それ自体,

社会というより大きな複合システムの一部をなすサブシステムである.と

すれば,組織レベルで論じた責任論が全体社会レベルにもあてはまる.つ

まり,個人が組織に対七て責任を持う(代理的責任や忠誠)のと同様に.組

織は全体社会の中で責任を持っている.かくて,全体社会の中での社会的

責任が出てくる.

 以上,バーナードの責任優先思考についての飯野教授の所説(言わゆる

責任優先説),および,それと社会的責任論との関連を,同教授著『バー

ナード研究』第8章を参照しながら私なりにまとめてみた。経営倫理や社

会的責任に関心を寄せる者の一人として,バーナード・飯野教授の責任優

先説に私は全面的に賛成したいと思う。

管理者の責任

最後になったが,バニナードはとくに経営者ないし管理者の責任を重視

-148 -

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

している.そもそも主著のタイトルはThe Functions of 、the

Executiveであり,第17章はExecutive Responsibilityについて論じ

たものである.管理者の職位は, (a)複雑なモラリティを含み, (b)高い責任

能力を必要とし,(c)活動量が多い.ノそのため, (d)それにふさ/わしい能力が

必要であり,とくに(e)他の人々のために道徳を創造する(creating morals

for others)能力が要求される[主著p. 285]. (b)の責任能力・責任感の必要

性は管理階層ではむしろ一定であり,また,(c)の活動量も統制できること

が多い.しかし, (a)のモラリティの複雑さは,=地位が上るにつれますます

高まっていく[主著p. 287].

 そこで, (a)の管理者の能力としては,とりわけ号ラリティの対立を解決

する能力が重要となる.そのうえ,組織の他の人々のために, (e)の道徳創

造が必要となる.それには,理念,価値,考え方を創造して,それを従業

員に教えこみ,組織を統合していくことと,どの準則にも抵触しない代替

的方法を発見したり,例外や妥協などを道徳的に正当化する司法的方法を

講じたりすることとがある[主著pp. 291~293,本稿pp. 140~141].

 管理者のリーダーシップには,技術的側面と道徳的側面とがあるが,後

者が決定的に重要である.技術的側面は局部的,客観的,一時的であり,

知識,技能,体力などにおける個人的優越性の側面である.それは教育可

能で,積極的行為に必要とされる.一方,道徳的側面は一般的,主観的,

不変的であり,決断力,不屈の精神,勇気などにおける個人的優越性の側

面である.それは教育により授けることが困難で,人がどんなことをさし

控えるかという事実によく現われる[主著p. 271].

 リーダーシップは,道徳・責任の側面が重要で,とくに道徳創造職能こ

そリーダーシップの本質である.そして,それは管理責任の最高のテスト

でもある.それを果すには,リーダーが√個人準則と組織準則とが一致し

ているという確信を持っていなければならない(その確信が無ければ部下は

ついてこない)からだ[主著p. 294].かくて,リーダーシップとは,『共同

               -149一一

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

目的に共通な意味を与え,他の諸誘因を効果的ならしめる誘因を創造し,

変化する環境の中で,し無数の意思決定の主観的側面に一貫性を与え=,協働

に必要な強い凝集力を生み出す個人的確信を吹きこ右もの』である[主著

p.:296]i1万協働が目的を達成するには,協働の構造・過程とリーダーシップ

の両方が不可欠であるレリーダーシップは協働にとって起爆剤かつ触媒の

ような働きを果す[主著p. 270].

環 境 倫 理

 産業化の副作用と経営倫理の関連を考えて本稿を締めぐくりたい.現在

私達は物質的には大変豊かな生活を享受しているが,反面,犬資源払底,環

境汚染など顕在的な問題や,管理社会・競争社会に起因するストレス,豊

かさの面でのマクロとミクロの乖離,繁栄の中の幸福感欠如など潜在的な

問題を抱えているレしかもよプラス(豊かさ)よりマイナス(諸問題)が目

立ちはじめ,プラスの限界効用がてい減局面を迎えつつあるように思われ

る:.これらの問題は,豊かな社会を育んだのと同じ根から出ている副作用

であるから,根の部分,産業化(それを進めた科学技術,社会・経済諸制度)

について反省してみる必要かおる.それには,物質的豊かさという布団の

ぬく△もりから,しばらく抜け出てみる覚悟がいるだろう.

ニ産業化の副作用,とくに資源・環境問題は科学技術により解決できるか

もしれない.しかし,それだけに依存するのではなく,今までの考え方万・

パラダイムを見直すことが必要であるよ即ちレ物質主義,拝金主義(貨幣

べゞス思考),成長主義,競争主義,営利主義など一連の経済思潮の行き過

ぎは是正しなければならない.これは広い意味で経営倫理の問題である.

行き過ぎの是正には√消費者や市民にも責任かおるが√現代社会では何と

言らても企業の力が大きいから,企業の自覚が肝要である.なかでも経営

者の役割が重要で,人々を力づけ統合していくような企業社会のビジョ

               -150-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

ン゜理念を創り出さねばならないだろう.それがバーナードの言う「道徳

の創造」なのである.

 では,現代の状況下では,どんな内容の理念ないし道徳(大きく言えば

八ラダイム)が考えられるだろうか.こ,のような具体的内容については,

異なった状況下に生きたバーナードにはもとより答はない.=,私は,この点

の考察は他日を期したいと思っているが,一つだけヒントになる文献をと

り上げておきたい.それは, K. S. Schrader-Frechette, Environmental

Ethics (The Boxwood Press, 1981)であり,資源環境問題が厳しくなった

中で,新しい倫理が必要か,必要とすれば,どんな内容かなどが検討され

   4)ている.

 私は今のところ次のように考えている.倫理原理という意味でなら,伝

統的な功利主義と義務論の組み合わせでやっていける,即ち,基本的人権

については功利的計算にかかわらず保障し,それ以外については功利主義

ルールでいけばよいのではないかと思う.これは規則功利主義の考え方で

ある.ただ,功利計算に際し考慮すべきことはレ状況の変化(豊かさの効

用曲線がてい減局面を迎え,資源・環境面などで副作用が大きくなった)に応じ,

変わってきている.そうした状況変化に応じた「状況倫理」が必要とされ

る.

 具体的には,競争よりゆとり,カネより時間,量より質,物より心,経

済より自然,といった価値観の変化が生じている.また,自然と一体感を

持ち,足るを知る「東洋倫理」も見直されてきている.それから,短期よ

り長期(未来の世代の参加)という発想も大切である.だが,現実の経済・

経営ないし功利計算に,こうした変化はなかなか反映されない.そこで,

第一に,意識変革をもつと進める必要かおる.それには経営者がビジョ

ン・理念をはっきりしめすことが重要である.第二に,各企業に受け入れ

られやすい方法を探る必要かおる.それには,ルール化して競争条件を等

しくすること,私利に訴えることが重要である.どの企業も守らねばなら

                -151-

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バーナードの組織道徳論と経営倫理

ないようにルール化すれば,資源環境問題などに心をくだいた企業だ討が

不利益をこうむることがなくなる.また,私利に訴えれば,受け入れやす

いことはもちろ:んだが,人間性から見て孫くらいまで私利の範囲に含まれ

でいるから,第n世代が第n+2世代まで私利として考慮することがくり

返されれば,尚未来の世代まで視野に入れた判断が下せるようになる.

 このようにして,企業は,単なる貨幣利益極大化マシーンではなく,社

会が本当に必要:とする財・サービスを供給し,従業員にとっては,有意義

な仕事と人々との交流を楽しむ生きがいの場にすることが可能と心る.

              参 考 文 献

1)C. I.バーナード『経営者の役割』(山本・田杉・飯野訳,ダイヤモンド社,

 1968)

 2)C. I.バーナード「ビジネス・モテルの基本的情況」『W.B.ウォルフ,飯野

春樹編了経営者の哲学,バーナード論文集』(文真堂,1986)第11章)

3)\飯野春樹『バーナード研究』(文真堂, 1978)

 4) K. S. Schrader-Frechette, Environmental Ethics (The Boxwood

  Press,1981)

                 *文献中の引用個所はそのつど本文中に記載.

                        (平成2年5月21日受理)

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