2
314 中毒研究 26:314-315,2013 はじめに アセチルサリチル酸(acetylsalicylic acid,以下 ASA と略す)に代表されるサリチル酸(salicylic acid以下 SA と略す)系薬は,非ステロイド性消炎薬 NSAIDs)に分類される解熱鎮痛消炎薬で,医療用 のみではなく広く一般に市販されており,しばしば 自殺目的に大量服用される。 今回,ASA を大量内服した症例を経験し血清中 濃度の推移を検討したので報告する。 Ⅰ 症  例 患 者61 歳,女性。 既往歴:うつ病で他院通院中。過去に最低でも 2 回の大量内服経験あり。 現病歴:某日 18 時半頃,同僚が電話をしたさい, 呂律が回らない状態であったため救急要請し,当院 救急部に搬送された。自宅に ASA 330 mg)・ダイ アルミネート配合錠 84 錠,トリアゾラム(0 . 25 mg54 錠,ニトラゼパム(5 mg)錠 22 錠,イミプラ ミン塩酸塩(25 mg)錠 40 錠,エチゾラム(1 mg)錠 68 錠と,大量の薬物の空シートがあり,急性薬物 中毒疑いで入院となった。 入院時現症:体温 36.3 ℃,血圧 174/97 mmHg脈拍 100 /min,呼吸数 16 /minSpO 2 98.0%(酸 3L マスク),意識レベル JCSⅡ-20GCS E3V2M5入院時検査所見:血液・生化学検査でとくに異常 は認められなかった(Table 1)。尿中薬毒物定性検 査(トライエージ ® )では,ベンゾジアゼピン系と三環 系抗うつ薬に陽性反応がみられた。また,来院時の SA の血清中濃度は 746 μ g/mL で,中毒域であった。 SA 血清中濃度の測定は Trinder 比色法(Dimension ® SIEMENS 社)を用いて行った。腹部 CT にて胃内 にごく少量の高吸収域があり,残存した薬物と考え られた。 入院後経過:活性炭の投与と尿のアルカリ化を図 るため炭酸水素ナトリウムの投与を行った。SA 清中濃度は徐々に低下し(Fig. 1),内服より 22 間後には 471 μ g/mL となり,中毒域を脱した。精 神科治療を行い,第 4 病日に退院となった。 原稿受付日 2012 年 9 月 3 日,原稿受領日 2013 年 1 月 9 日 アセチルサリチル酸中毒における血清中濃度の推移 富 永  綾 1) ,伊 関  憲 2)3) ,林田 昌子 2)3) 豊口 禎子 1) ,白 石  正 1) 1) 山形大学医学部附属病院薬剤部 2) 山形大学医学部救急医学講座 3) 福島県立医科大学医学部地域救急医療支援講座 <Hematology> WBC 6 , 860 /μL RBC 454×10 4 /μL Hb 13 . 7 g /dL Plt 26 . 8×10 4 /μL <Biochemistry> TP 7 . 4 g/dL Alb 4 . 4 g/dL T.Bil 0 . 4 mg/dL AST 54 IU/L ALT 43 IU/L LDH 294 IU/L BUN 7 mg/dL Crea 0 . 60 mg/dL Na 138 mEq/L K 3 . 3 mEq/L Cl 99 mEq/L CRP 0 . 77 mg/dL PT 10 . 4 sec PT% 114 . 0 PT-INR 0 . 90 Bloodgasanalysis (O 2 3 L mask)> pH 7 . 447 PaCO 2 33 . 0 mmHg PaO 2 85 . 5 mmHg HCO 3 22 . 3 mmol/L BE 1 . 0 mmol/L <Serumdrugconcentration> SA 741 . 1 μg/mL Table 1 Laboratory data on admission

アセチルサリチル酸中毒における血清中濃度の推移jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/26_4_314.pdf2017/03/26  · Postgrad Med 2009;121:162-8. 3)

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  • 314 中毒研究 26:314-315,2013

    はじめに

     アセチルサリチル酸(acetylsalicylic acid,以下ASAと略す)に代表されるサリチル酸(salicylic acid,以下 SAと略す)系薬は,非ステロイド性消炎薬(NSAIDs)に分類される解熱鎮痛消炎薬で,医療用のみではなく広く一般に市販されており,しばしば自殺目的に大量服用される。 今回,ASAを大量内服した症例を経験し血清中濃度の推移を検討したので報告する。

    Ⅰ 症  例

     患 者:61歳,女性。 既往歴:うつ病で他院通院中。過去に最低でも 2

    回の大量内服経験あり。 現病歴:某日 18時半頃,同僚が電話をしたさい,呂律が回らない状態であったため救急要請し,当院救急部に搬送された。自宅に ASA(330 mg)・ダイアルミネート配合錠 84錠,トリアゾラム(0 .25 mg)錠 54錠,ニトラゼパム(5 mg)錠 22錠,イミプラミン塩酸塩(25 mg)錠 40錠,エチゾラム(1 mg)錠68錠と,大量の薬物の空シートがあり,急性薬物中毒疑いで入院となった。 入院時現症:体温 36 .3℃,血圧 174/97 mmHg,脈拍 100回/min,呼吸数 16回/min,SpO2 98.0%(酸素 3 Lマスク),意識レベル JCSⅡ-20,GCS E3V2M5。 入院時検査所見:血液・生化学検査でとくに異常

    は認められなかった(Table 1)。尿中薬毒物定性検査(トライエージ®)では,ベンゾジアゼピン系と三環系抗うつ薬に陽性反応がみられた。また,来院時のSAの血清中濃度は 746μg/mLで,中毒域であった。 SA血清中濃度の測定は Trinder比色法(Dimension® SIEMENS社)を用いて行った。腹部 CTにて胃内にごく少量の高吸収域があり,残存した薬物と考えられた。 入院後経過:活性炭の投与と尿のアルカリ化を図るため炭酸水素ナトリウムの投与を行った。SA血清中濃度は徐々に低下し(Fig. 1),内服より 22時間後には 471μg/mLとなり,中毒域を脱した。精神科治療を行い,第 4病日に退院となった。

    原稿受付日 2012 年 9月 3日,原稿受領日 2013 年 1月 9日

    アセチルサリチル酸中毒における血清中濃度の推移

    富 永  綾1),伊 関  憲2)3),林田 昌子2)3)

    豊口 禎子1),白 石  正1)1)山形大学医学部附属病院薬剤部2)山形大学医学部救急医学講座

    3)福島県立医科大学医学部地域救急医療支援講座

    <Hematology>WBC 6 ,860 /μLRBC 454×104 /μLHb 13 .7 g /dLPlt 26 .8×104 /μL

    <Biochemistry>TP 7 .4 g/dLAlb 4 .4 g/dLT.Bil 0 .4 mg/dLAST 54 IU/LALT 43 IU/LLDH 294 IU/LBUN 7 mg/dLCrea 0 .60 mg/dLNa 138 mEq/LK 3 .3 mEq/LCl 99 mEq/LCRP 0 .77 mg/dLPT 10 .4 secPT% 114 .0 %PT-INR 0 .90

    <�Blood�gas�analysis (O2�3 L�mask)>

    pH 7 .447PaCO2 33 .0 mmHgPaO2 85 .5 mmHgHCO3- 22 .3 mmol/LBE -1 .0 mmol/L<Serum�drug�concentration>SA 741 .1 μg/mL

    Table 1 Laboratory data on admission

  • 富永,他:アセチルサリチル酸中毒における血清中濃度の推移 315中毒研究 26:314-315,2013

    Ⅱ 考  察

     ASAを大量内服すると,過呼吸(呼吸中枢刺激),耳鳴,難聴,嘔気,嘔吐,呼吸性アルカローシス,代謝性アシドーシス,意識障害,腎機能不全,呼吸機能不全などを生じるといわれている1)。大量内服時の処置法としては活性炭による吸着,下剤投与,輸液,炭酸水素ナトリウム投与(尿のアルカリ化,代謝性アシドーシスの補正),強制利尿,血液透析などが推奨されている2)。今回の症例では ASAの内服量が 27 ,720 mgで,重症化すると報告されている 300~500 mg/kg1)を超えている可能性があった。血液透析の適応としては,著明なアシドーシス,低血圧,SA血清中濃度 1 ,000μg/mL以上であることが報告されているが3),今回の症例ではこのような症状は認められなかったため透析は行わず,輸液や炭酸水素ナトリウムの投与を行った。 その結果,ベンゾジアゼピン系薬物の大量服薬による意識障害などはあったが,経過中は予想された中毒症状は生じることなく経過した。 今回の症例では薬物塊がごく少量であり,濃度の経過は比較的線形であった。近似曲線の傾きからSAの半減期を算出すると,約 17 .8時間となる。健

    康成人に ASAとして 660 mgを投与した場合の半減期は 2 .13±0 .84時間と報告されている4)。大量服薬時には半減期が長くなることはすでに知られているが5),今回の症例では ASAと同時に内服した薬剤すべてに抗コリン作用があり,消化管蠕動運動が低下したために薬物塊からの薬剤の溶出,薬剤の腸管への吸収が遅くなったことも半減期が延長した一因として考えられる。

     本稿の要旨は,第 34回日本中毒学会総会・学術集会(2012年,東京)で発表した。

     【文  献】

    1) ChyKa PA, Erdman AR, Christianson G, et al:Salicy-late poisoning:An evidence-based consensus guideline for out-of-hospital management.Clin Toxicol(Phila)2007;45:95-131.

    2) Pearlman BL, Gambhir R:Salicylate intoxication:A clinical review. Postgrad Med 2009;121:162-8.

    3) OʼMalley GF:Emergency department management of the salicylate-poisoned patient. Emerg Med Clin North Am 2007;25:333-46.

    4) 関川彬,高田昌彦:アスピリンの生体内動態.薬局1984;35:687-93.

    5) 村田厚夫:サリチル酸.日本中毒学会編,急性中毒標準診療ガイド,じほう,東京,2008,pp126-9.

    Fig. 1 Serum salicylic acid concentration

    1,000900800700600500

    400

    300

    200

    100

    Serum salicylic acid concentration

    Time(hr)600 12 24 36 48

    C=1024e-0.039 t

    R2=0.96T1/2=17.8 hr

    (μg/mL)