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— 20 — はじめに テニスは非対称な動きの競技であり,テニス選手の関節 可動域には左右差があることが報告されている 1)~ 5.し かし,レベルや年齢による違いについては不明である.今 回,我々は男子テニス成人トップレベル,ジュニア選手の メディカルチェック(以下 MC)結果を左右差に注目し競 技レベル,年齢による違いを検討した. 対  象 男子日本代表選手(以下全日本群)(16 32 才)16 および関西ジュニア選抜選手(以下関西Jr.群) 12 14 才) 7 名. 方  法 日本テニス協会強化本部 TSS(テクニカルサイエンスサ ポート)メディカル部門にて使用しているコンディショニ ングチェックシートを用い,整形外科的メディカルチェッ ク(問診,タイトネステスト,関節可動域)を行った.タ イトネスは 1)大腿四頭筋,2)ハムストリングスの下肢 2 部位を対象とした.タイトネスの評価手技は奥脇の報告を 参考とした(奥脇透 6).また,関節可動域(以下ROM) 7 関節(肩,肘,手,股,膝,足)18 個目に対し角度計 を用い,同一手技で両グループの計測を行った(表 1). 解  析 解析は paired t-test,Wilcoxon test および Mann-Whit- ney U test を用い p < 0. 05 を有意差ありと判定した. 右(  ) 左(  ) 肩関節 伸展 屈曲(肘屈曲位) 水平内転 2 nd 内旋(90°外転位内旋) 3 rd 内旋(90°屈曲位内旋) 肘関節 屈曲 伸展 前腕 回内 回外 手関節 掌屈 背屈 股関節 SLR 伸展 内旋(屈曲 0°) 外転 膝関節 屈曲(腹臥位) 足関節 背屈(膝屈曲) 背屈(膝伸展) 表1.関節可動域測定表:7 関節 18 項目から構成される. テニススポーツ障害とメディカルチェック 日本テニス協会ナショナルチーム 奥平 修三・中田  研 関西テニス協会医科学委員会 奥平 修三・橋本 祐介・米谷 泰一・中田  研 京都警察病院 整形外科 奥平 修三 大阪市立大学大学院医学研究科 整形外科 橋本 祐介 大阪労災病院 スポーツ整形外科クリニック 米谷 泰一 大阪大学大学院医学系研究科 器官制御外科学(整形外科)スポーツクリニック 中田  研 スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 15:20−23 2010

テニススポーツ障害とメディカルチェック › pdf › 15_15.pdf · その予防について 日本整形外科スポーツ医学会雑誌 2004; 24(1):12 10)高橋亮輔,武藤芳照,森健躬.ジュニアテニスプレーヤーの

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Page 1: テニススポーツ障害とメディカルチェック › pdf › 15_15.pdf · その予防について 日本整形外科スポーツ医学会雑誌 2004; 24(1):12 10)高橋亮輔,武藤芳照,森健躬.ジュニアテニスプレーヤーの

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はじめに

テニスは非対称な動きの競技であり,テニス選手の関節可動域には左右差があることが報告されている1)~ 5).しかし,レベルや年齢による違いについては不明である.今回,我々は男子テニス成人トップレベル,ジュニア選手のメディカルチェック(以下MC)結果を左右差に注目し競技レベル,年齢による違いを検討した.

対  象

男子日本代表選手(以下全日本群)(16 ~ 32才)16名および関西ジュニア選抜選手(以下関西Jr.群)(12 ~ 14才)7名.

方  法

日本テニス協会強化本部TSS(テクニカルサイエンスサポート)メディカル部門にて使用しているコンディショニングチェックシートを用い,整形外科的メディカルチェック(問診,タイトネステスト,関節可動域)を行った.タイトネスは1)大腿四頭筋,2)ハムストリングスの下肢2部位を対象とした.タイトネスの評価手技は奥脇の報告を参考とした(奥脇透6)).また,関節可動域(以下ROM)は7関節(肩,肘,手,股,膝,足)18個目に対し角度計

を用い,同一手技で両グループの計測を行った(表1).

解  析

解析はpaired t-test,Wilcoxon test およびMann-Whit-ney U testを用いp<0. 05を有意差ありと判定した.

右(  )左(  )肩関節 伸展

屈曲(肘屈曲位)水平内転2nd内旋(90°外転位内旋)3rd内旋(90°屈曲位内旋)

肘関節 屈曲伸展

前腕 回内回外

手関節 掌屈背屈

股関節 SLR伸展内旋(屈曲0°)外転

膝関節 屈曲(腹臥位)足関節 背屈(膝屈曲)

背屈(膝伸展)

表1.関節可動域測定表:7関節18項目から構成される.

テニススポーツ障害とメディカルチェック 

日本テニス協会ナショナルチーム奥平 修三・中田  研

関西テニス協会医科学委員会奥平 修三・橋本 祐介・米谷 泰一・中田  研

京都警察病院 整形外科奥平 修三

大阪市立大学大学院医学研究科 整形外科橋本 祐介

大阪労災病院 スポーツ整形外科クリニック米谷 泰一

大阪大学大学院医学系研究科 器官制御外科学(整形外科)スポーツクリニック中田  研

スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 15:20−23 2010

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結  果

メディカルチェック時に障害を有していた選手は全日本群,関西Jr. 群各1名で,いずれも腰椎分離症であった.下肢タイトネスは,大腿四頭筋タイトネスは全日本群で50%,関西Jr. 群で57%,ハムストリングタイトネスは全日本群で62. 5%,関西Jr.群で57. 0%と競技レベルに差を認めなかった.

ROM左 右 差 は 全 日 本 群 で 上 肢7項 目( 肩 屈 曲90°

内 旋( 肩3rd内 旋 ), 肘 屈 曲, 前 腕 回 内・ 回 外, 手 関節 屈 曲・ 伸 展 ) に 認 め ら れ た. 左 右 差 は 前 腕 回 外13. 2°で, そ の 他 は い ず れ も10°未 満 で あ っ た. 反対 に, 関 西Jr. 群 で はROM左 右 差 は 上 肢2項 目( 肩外 転90°内 旋( 肩2nd内 旋 ), 肩3rd内 旋 ) と 下 肢1項目(股関節内旋)で認められた.その差は肩2nd内旋で20°,股関節内旋で9. 4°と競技レベルと年齢により左右差を認める部位に違いが認められた(図1,2).SLR(straight leg raise)はいずれの群も70°未満であった.

図1.テニス競技レベルと関節可動域(上肢)(平均±SD)   関西Jr.群は全日本群と異なり肩関節にのみ可動域の左右差を認める.

図2.テニス競技レベルと関節可動域(下肢)(平均±SD)   関西Jr.群は全日本群と異なり股関節に可動域の左右差を認める.

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考  察

テニス選手における関節可動域の左右差は全日本トップレベルにおいて上肢に,ジュニア選手は肩関節以外の上肢には左右差を認めず,股関節左右差を認めることが報告されている7),8)が両者を同様の調査方法で比較した報告はない.テニス選手も野球選手同様に利き腕(ラケット保持側)の肩関節内旋ROM制限が存在し,この左右差はプロおよびジュニア両方に認められる7)~ 11).Ellenbecker 2)

はROMの10°以上の左右差は関節の異常を示唆すると述べており,今回の関西Jr. 群の肩関節で左右差が20°であったことから精査をおこなう必要があることを選手へのフィードバック時に説明した.

下肢タイトネスと関連するSLRについてアスリート(中学~大学)(男子1, 478人,女子629人)のSLR(利き側/非利き側)は男子75. 0°±10. 2°/ 75. 0°±9. 5°,女子81. 0°±11. 5°/ 82. 0°±11. 1°11),JISS(国立スポーツ科学センター)では68. 3°/ 68. 9°(男女含)12)と報告されている.今回,ハムストリングスタイトネスの発生率に競技レベル・年齢の差を認めず,SLRも70°未満と減少していることから,テニス(競技)では下肢タイトネスとSLRの低下がおこりやすいと推測される.下肢タイトネスが下肢傷害・障害に関連するとの報告13)~ 17)もあり,タイトネスの改善はテニス選手の障害予防のために必須であると考えられる.

関西Jr. 群では股関節可動域の左右差が存在したが,腰痛・股関節痛を訴える選手は認めなかった.しかし,テニスジュニア選手の腰痛の発症率は10 ~ 47%と報告18)~ 25)

されている.腰椎分離症のジュニア選手は本人の自覚と異なりSLR(利き側/非利き側)45°/ 80°,股関節内旋ROM(利き側/非利き側)30°/ 45°といずれも10°以上の左右差を示していた.Vad 26)はプロテニス選手のLead Hip(右打ちの場合は左股関節)の内旋可動域の減少は腰痛と関連すると報告しており今後,腰痛発生の恐れがある.このため,股関節動域制限と腰痛の関係について医学的な精査・評価が必要になると思われる.

結  語

テニス選手を同一のMCで調査した結果,成人トップレベル,ジュニア選手とも肩関節内旋,ジュニア選手で股関節内旋の左右差を認め,競技レベル,年齢により可動域左右差の発現部位が異なった.関節可動域制限と傷害・障害発生部位,頻度との関連に対して縦断的研究が必要である.

参考文献

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2)Ellenbecker TS, Roetert EP, Bailie DS, et al. Glenohumeral joint total rotation range of motion in elite tennis players and baseball pitchers. Med Sci Sports Exerc. 2002;34:2052−6

3)Ellenbecker TS Transactions of IOC world conference on prevention of injury & illness in sports. Troms∅, Norway 2008

4)Ellenbecker TS, Ellenbecker GA, Roetert EP, et al. Descriptive profile of hip rotation range of motion in elite tennis players and professional baseball pitchers. Am J Sports Med. 2007;35:1371−6

5)Kibler WB, Chandler TJ. Range of motion in junior tennis players participating in an injury risk modification program. J Sci Med Sport. 2003;6:51−62

6)奥脇透,松田直樹.6. 股関節・大腿.臨床スポーツ編集委員会編. 新版 スポーツ外傷・障害の理学診断・理学療法ガイド 東京:文光堂;2004.p 109−114

7)奥平修三,中田研,別府諸兄.日本男子テニス代表選手の身体特性 臨床スポーツ医学会誌2008;16(4):S 195

8)奥平修三,橋本祐介,中田研.テニス関西ジュニアトップ選手(14才以下)の身体特性 臨床スポーツ医学会誌2009;17

(4):S 1119)金森章浩,別府諸兄.ジュニアテニス選手のスポーツ障害と

その予防について 日本整形外科スポーツ医学会雑誌 2004;24(1):12

10)高橋亮輔,武藤芳照,森健躬.ジュニアテニスプレーヤーの肩関節・股関節可動域および上肢・下肢周径について —障害予防の観点から— 身体教育医学研究 2004;5:25−29

11)Kibler WB, Chandler TJ, Uhl T, et al. A musculoskeletal approach to the preparticipation physical examination. Preventing injury and improving performance. Am J Sports Med. 1989;17(4):525−31

12)三木英之.メディカルチェックと整形外科サポート 日本整形外科学会雑誌(第81回日本整形外科学会学術集会号)2008;82(3):S 410

13)Jones BH, Cowan DN, Tomlinson JP, et al. Epidemiology of injuries associated with physical training among young men in the army. Med Sci Sports Exerc. 1993;25(2):197−203

14)Krivickas LS, Feinberg JH. Lower extremity injuries in college athletes: relation between ligamentous laxity and lower extremity muscle tightness. Arch Phys Med Rehabil. 1996;77(11):1139−43

15)Worrell TW, Perrin DH. Hamstring muscle injury: the influence of strength, flexibility, warm-up, and fatigue. J Orthop Sports Phys Ther. 1992;16(1):12−8

16)松岡素弘,青木治人,清水邦明,他.整形外科的メディカルチェックの結果と傷害との関係 —高校サッカー選手を対象とした検討— 臨床スポーツ医学 2005;22(10):1269−1275

17)滝川正和,武田寧,伊藤博一,他.整形外科的メディカルチェックからみた大学サッカー選手の身体特性 —特に股関節・骨盤を中心として— 体力科学 2001;50:211−218

18)渡辺幹彦,栗山節郎,森山朝正,他.ジュニア選手のメディカルチェックについて 日本体育協会スポーツ医・科学研究報告 1991;95−97

19)菅原洋輔,寺崎拓也.ジュニアテニス選手のコンディショニング調査 久留米大学健康・スポーツ科学センター研究紀要 2007;15:85−87

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20)梅林薫,木内真弘,佐藤陽治,他.ジュニアテニス選手のコンディショニング,傷害に関する調査研究 日本体育学会大会号2002;53:504

21)日本テニス協会医事委員会 テニスによる,外傷(けが)・ 障害(こしょう)に関するアンケート2003 http://www. jta-tennis.or.jp/tennismedical/

22)原田幹生,高原政利,林雅弘,他.ジュニアテニス選手に生じる障害・外傷のアンケート調査 日本整形外科スポーツ医学会雑誌2005;25(1):76

23)Safran MR. Tennis profile questionnaire —validation— Transactions of the 4th International Conference on Sports

Medicines and Science in Tennis. Coral Gables, Florida, USA 1998

24)Safran MR. Racquet Sports. Freddie Fu. In:Sports Injuries 2nd ed. Philadelphia USA:Lippincott Williams & Wilkins;2001.P. 617−656

25)Reece LA, Fricker PA, Maguire KF, et al. Injuries to Elite Young Tennis Players at the Australian Institute of Sport. The Australian J Sci Med in Sport 1986;Nov:11−15

26)Vad VB, Gebeh A, Dines D, et al. Hip and shoulder internal rotation range of motion deficits in professional tennis players. J Sci Med Sport. 2003;6(1):71−5