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インドネシア・ジャワ島西部の鐘乳石中の炭素・酸素同位体比変動 北愛美*・渡邊裕美子*・坂井三郎**・福永卓也*・田上高広*・竹村恵二*・余田成男* Carbon and oxygen isotopic variations of a stalagmite from western Java Island, Indonesia Manami Kita*, Yumiko Watanabe*, Saburo Sakai**, Takuya Fukunaga*, Takahiro Tagami*, Keiji Takemura* and Shigeo Yoden* * 京都大学大学院理学研究科, Graduate School of Science, Kyoto University ** 海洋研究開発機構, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology はじめに 鐘乳石は,陸域での連続的な古気候記録が得ら れることに加え,U/Th年代測定による高精度な 年代決定が可能であることから,近年注目されて いる古気候プロキシである.赤道域は,地球規 模の大気海洋循環を駆動している重要な地域にも かかわらず,現在でも古気候記録が少なく,特に 年々~100年という高分解能での研究は十分に行 われていない.そこで本研究では,アジア赤道域 の降水量を復元しその変動に影響を与える要因を 探るため,インドネシア・ジャワ島西部の Ciawitali洞窟で採取された年縞をもつ石筍試料 (CIAW15a)の炭素・酸素同位体比(δ 13 C・ δ 18 O)を年々スケールで分析し,その時系列変 動をウェーブレット解析した.その結果,過去 500年間(1440~2001年)において石筍試料 CIAW15aのδ 13 C・δ 18 Oはよく似た変動を示 し,エルニーニョ南方振動(ENSO)や,太陽活 動の変動と関連があることが明らかになった. 研究方法 石筍試料CIAW15aについては,これまでに Watanabe et al. (2010)で年代モデルと, δ 13 C,δ 18 Oの古気候プロキシとしての信頼性の 評価に関して研究成果が公表されている.石筍試 料CIAW15aのδ 13 C,δ 18 Oは降水量の観測デー タと良い負の相関があることから,地域的な降 水量のプロキシになることが示されている.その ため,これらの安定同位体比の値が低い(高 い)時期には降水量は多い(少ない)と解釈で きる. この研究結果をふまえ,石筍試料CIAW15aの δ 13 C,δ 18 Oから,研究地域における過去500年 間の降水量の変動を復元した.安定同位体比の 測定に用いた試料は,石筍試料CIAW15aから成 長軸に沿って過去500年分(1440~2001年)に 相当する部分を年々スケールで削り出し,作成し た(泉谷, 2010). さらに,卓越する変動の周期とその時期を知る ため,過去500年間のδ 13 C,δ 18 Oの時系列デー タについて,ウェーブレット解析を行った. 結果・考察 過去500年間(1440~2001年)で,石筍試料 CIAW15aのδ 13 Cは-14.146~-10.991‰,δ 18 O は-9.033~-4.960‰の値で変動する. δ 13 Cとδ 18 Oの時系列データは,過去500年に おいて増減の傾向がほぼ一致している.そして, 長期的に見ると,太陽活動の指標となる黒点数 の観測データ・氷床の 10 Be濃度・年輪の 14 C濃度 と正の相関がある.特に太陽活動の極小期に は,δ 13 C,δ 18 Oは明確な減少を示す.このこと から,西ジャワでは太陽活動が何らかのプロセ スで降水量の変動に影響を及ぼしていることが考 えられる. δ 13 Cとδ 18 Oの時系列データをウェーブレット 解析した結果には,共通して,2~7,10~20, 40,60~80年の周期性が見られた. ウェーブレット解析の結果において,2年~7年 の周期には同時に明確なシグナルがあらわれた が,この2~7年周期はENSOの周期性に対応して いる.現在の気候システムにおいて,研究地域の 降水はENSOの影響を強く受けている.今回の結 果は,現在の気候システムと同様に,過去500年 間でも研究地域で降水量の増減にENSOが影響し ていることが示唆される.特に2~7年周期が明 確に卓越する時期(1475~1525年,1600~ 1800年,1950~1965年)があり,ENSOの変動 を反映している可能性が考えられる . また,δ 13 Cとδ 18 Oのウェーブレット解析の結 フィッション・トラック ニュースレター 第24号 26 - 27 2011年 26

インドネシア・ジャワ島西部の鐘乳石中の炭素・酸素同位体比変動 · 2019. 3. 11. · Manami Kita*, Yumiko Watanabe*, Saburo Sakai**, Takuya Fukunaga*, Takahiro

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  • インドネシア・ジャワ島西部の鐘乳石中の炭素・酸素同位体比変動北愛美*・渡邊裕美子*・坂井三郎**・福永卓也*・田上高広*・竹村恵二*・余田成男*

    Carbon and oxygen isotopic variations of a stalagmite from western Java Island, Indonesia

    Manami Kita*, Yumiko Watanabe*, Saburo Sakai**, Takuya Fukunaga*, Takahiro Tagami*, Keiji Takemura* and Shigeo Yoden*

    * 京都大学大学院理学研究科, Graduate School of Science, Kyoto University** 海洋研究開発機構, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology

    はじめに鐘乳石は,陸域での連続的な古気候記録が得られることに加え,U/Th年代測定による高精度な年代決定が可能であることから,近年注目されている古気候プロキシである.赤道域は,地球規模の大気海洋循環を駆動している重要な地域にもかかわらず,現在でも古気候記録が少なく,特に年々~100年という高分解能での研究は十分に行われていない.そこで本研究では,アジア赤道域の降水量を復元しその変動に影響を与える要因を探るため,インドネシア・ジャワ島西部のCiawitali洞窟で採取された年縞をもつ石筍試料(CIAW15a)の炭素・酸素同位体比(δ13C・δ18O)を年々スケールで分析し,その時系列変動をウェーブレット解析した.その結果,過去500年間(1440~2001年)において石筍試料CIAW15aのδ13C・δ18Oはよく似た変動を示し,エルニーニョ南方振動(ENSO)や,太陽活動の変動と関連があることが明らかになった.

    研究方法石筍試料CIAW15aについては,これまでにWatanabe et al. (2010)で年代モデルと,δ13C,δ18Oの古気候プロキシとしての信頼性の評価に関して研究成果が公表されている.石筍試料CIAW15aのδ13C,δ18Oは降水量の観測データと良い負の相関があることから,地域的な降水量のプロキシになることが示されている.そのため,これらの安定同位体比の値が低い(高い)時期には降水量は多い(少ない)と解釈できる.この研究結果をふまえ,石筍試料CIAW15aのδ13C,δ18Oから,研究地域における過去500年間の降水量の変動を復元した.安定同位体比の測定に用いた試料は,石筍試料CIAW15aから成

    長軸に沿って過去500年分(1440~2001年)に相当する部分を年々スケールで削り出し,作成した(泉谷, 2010).さらに,卓越する変動の周期とその時期を知るため,過去500年間のδ13C,δ18Oの時系列データについて,ウェーブレット解析を行った.

    結果・考察過去500年間(1440~2001年)で,石筍試料CIAW15aのδ13Cは-14.146~-10.991‰,δ18Oは-9.033~-4.960‰の値で変動する.δ13Cとδ18Oの時系列データは,過去500年において増減の傾向がほぼ一致している.そして,長期的に見ると,太陽活動の指標となる黒点数の観測データ・氷床の10Be濃度・年輪の14C濃度と正の相関がある.特に太陽活動の極小期には,δ13C,δ18Oは明確な減少を示す.このことから,西ジャワでは太陽活動が何らかのプロセスで降水量の変動に影響を及ぼしていることが考えられる.δ13Cとδ18Oの時系列データをウェーブレット解析した結果には,共通して,2~7,10~20,40,60~80年の周期性が見られた.ウェーブレット解析の結果において,2年~7年の周期には同時に明確なシグナルがあらわれたが,この2~7年周期はENSOの周期性に対応している.現在の気候システムにおいて,研究地域の降水はENSOの影響を強く受けている.今回の結果は,現在の気候システムと同様に,過去500年間でも研究地域で降水量の増減にENSOが影響していることが示唆される.特に2~7年周期が明確に卓越する時期(1475~1525年,1600~1800年,1950~1965年)があり,ENSOの変動を反映している可能性が考えられる .また,δ13Cとδ18Oのウェーブレット解析の結

    フィッション・トラック ニュースレター 第24号 26 - 27 2011年

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  • 果には,550年,1750年,1800年付近により長い10~20年周期の変動が強くあらわれている.世界中の古気候記録で黒点数の変動と関連した11(22)年周期が報告されている.前述のδ13C・δ18Oの時系列変動に10~20年周期が卓越する時期は,黒点数が多い時期に対応している.このことから,太陽活動が活発な時期にだけ,黒点数の11(22)年周期が降水量の変動にあらわれるのではないかと考えられる.ただし,太陽活動が比較的活発だったと考えられる時期でも,ウェーブレット解析図にシグナルがあらわれていない時期もある(1850年付近).今後,さらに過去1000年間にさかのぼり,石筍試料CIAW15aの安定同位体比から降水量を復元し,その変動に影響を与える要因とプロセスを明確にしていく.

    参考文献泉谷健太郎, 2010, インドネシアの石筍に刻まれた過去400年にわたる安定同位体比変動. 京都大学大学院理学研究科修士論文.

    Watanabe Y., Matsuoka H., Sakai S., Ueda J., Yamada M., Ohsawa S., Kiguchi M., Satomura T., Nakai S., Brahmantyo B., Maryunani A. K., Tagami T., Takemura K. and Yoden S., 2010, Comparison of stable isotope time series of stalagmite and meteorological data from West Java, I n d o n e s i a . P a l a e o g e o g r a p h y , Palaeoclimatology, Palaeoecology, 293, 90‒97.

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