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私たちは毎日、選択を行う。昼食に食べるものを決めるなど、 一部の選択は簡単で、結果が異なることはほとんどない。他 の選択はもっと複雑で、長期にわたって重大な影響を及ぼす ことがある。たとえば、アライアンス製品を開発するための 新規プロジェクトに 3 億ドルの投資を行うかどうかをパー トナー会社と共に決定する場合などである。 賢く選択 : 協力的な意思決定を 通じてアライアンス の価値を高める 著者 : マイケル・バーグランド (CA-AM) および デビッド・トンプソン (CA-AM) マイケル・バーグランド (CA-AM) は、イーラ イリリー アンド カンパニーのアライアンス ネジメント担当ディレクターの 1 人であり、リ リーのバイオ医薬品事業単位のアライアンスを 率いている。 デビッド・トンプソン (CA-AM) は、イーライリ リー アンド カンパニーの最高アライアンス責 任者であり、ASAP 取締役会の一員でもある。

マイケル・バーグランド (CA-AM) および デビッド・トンプソン … · し、提携ガバナンス ミーティング後に話を進める準備を整えるこ

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Page 1: マイケル・バーグランド (CA-AM) および デビッド・トンプソン … · し、提携ガバナンス ミーティング後に話を進める準備を整えるこ

私たちは毎日、選択を行う。昼食に食べるものを決めるなど、一部の選択は簡単で、結果が異なることはほとんどない。他の選択はもっと複雑で、長期にわたって重大な影響を及ぼすことがある。たとえば、アライアンス製品を開発するための新規プロジェクトに 3 億ドルの投資を行うかどうかをパートナー会社と共に決定する場合などである。

賢く選択 :協力的な意思決定を 通じてアライアンス の価値を高める

著者 : マイケル・バーグランド (CA-AM) および デビッド・トンプソン (CA-AM)

マイケル・バーグランド (CA-AM) は、イーライリリー アンド カンパニーのアライアンス マネジメント担当ディレクターの 1 人であり、リリーのバイオ医薬品事業単位のアライアンスを率いている。

デビッド・トンプソン (CA-AM) は、イーライリリー アンド カンパニーの最高アライアンス責任者であり、ASAP 取締役会の一員でもある。

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特集記事

多くの点で、アライアンスに関する重要な決定を下すことは、彫刻家が粘土で作品を製作するプロセスと似ている。初期段階では、芸術家は必要に応じて粘土を付け足したり取り除いたりして、簡単に作ることができる。粘土が硬くなり始めるにつれて、形を整えるのが次第に難しくなっていき、粘土は最後には石のように硬くなってしまう。形を整えやすい状態に粘土を保つために、彫刻家たちはさまざまなテクニックを駆使するが、そのテクニックに共通する点が 1 つだけある。そのテクニックによって、芸術家が抱いた元のビジョンを体現する仕上がりの作品を本人が形作るための時間ができる、ということだ。

アライアンス マネジメントにおいては、パートナーシップの究極的な目標に大きな影響を及ぼす可能性がある重要な決定を当社がどのように下すのかを見ていくとわかるように、多くのチーム メンバーが複雑で延々と続くプロセスに関与するようになっていくことがよくある。参加する "芸術家" の人数を考慮すると、最終製品を形作るための手法は多様であることを当社はこれまでに観察してきた。そして、多くのアライアンスに関する決定が、粘土をこねて形作るようなプロセスを経て下されているのではないことも見てきて

いる。実際のところ、当社は、一方の側がミーティングの前に既に独自の結論に達していたことが明らかな提携ガバナンスとチーム ミーティングを推進してきた。これは事実上、粘土が既に硬くなっていたため、コラボレーションが現実に起こり得なかったことに相当する。このような状況が起きた場合、コラボレーションとなることを意図した意思決定プロセスは、最終的には互いに対等な立場での交渉のようになる。関与する人数、頻度、および下すべき決定の多様性を考慮すれば、1 件のアライアンスに対して、コラボレーションに関与する各関係者の最高の知識を体系的に動員すべきである。代替案は、巧みであるとは言えない。意思決定プロセスの体系

が非常に粗雑な場合は、ビジネス リスクが高まり (成果は標準以下 )、法的不確実性と人的リスクの可能性が生じることになる。(「アライアンス マネジメントの評価 : リスク軽減と問題解決のアプローチを示して価値を定量化」(『Strategic Alliance Magazine』2011 年第 3 四半期を参照 )

ただし、意思決定プロセスが十分に実施される場合は、大きなメリットが認められる。各会社が保有する専門知識を効果的に活用してプロセスと結果の形成をサポートすることで、アライアンス グループは予算、開発タイムライン、およびその他のビジネス上重要な転換点を、単独企業が生み出す製品にありがち

各会社が保有する専門知識を効果的

に活用してプロセスと結果の形成を

サポートすることで、アライアンス

グループは予算、開発タイムライン、 およびその他のビジネス上重要な

転換点を、単独企業が生み出す製品

にありがちな事例よりも正確に

定義し監視することができる。

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な事例よりも正確に定義し監視することができる。この精度で認識されたコストは、時間とプロセスの点では非効率的かもしれないが、これまでの経験から言えることは、管理がうまくいっている協力的な意思決定プロセスは、全体としてパートナーシップにとって良好な結果と高い価値につながるのである。

確信曲線他の規律のために開発された特定のツールを流用して、協力的なアライアンスの意思決定を促進できることが分かっている。これを示す一例が、よく引用される効果階層 (R・J・ラビッジと G・A・スタイ ナー (1961 年 )、 "A Model for Predictive Measurements of Advertising Effectiveness"、Journal of Marketing 25(6)、59-62) である。この階層は、時間の経過と共に意見が "硬化" していくに従って、個人がどのように購買決定を下すのかを説明しようとするものである。これまで、当社はこのモデルの原理をアライアンスの意思決定に当てはめて、いわゆる "確信曲線" を作成してきた。下記の図で、態度は "ある人物または物事に関する扱い方、気質、感情、または立場。傾向や志向 (特に精神的なものについて言う )" のように定義できる。誰かが特定の信念、つまり "何かが正しいと信じている感覚" を持っているとき、その人物に影響を及ぼすことはより困難になる。そしてその信念が発展して "確信" に

変わると、ある選択が正しいと固く信じ込んでいるため、その人物を説得するのはさらに困難になり、リソースを集中的に費やすようになる。 確信曲線は、アライアンスのプロフェッショナルたちが、重要な決定を導入するための時間を予定したり、アライアンスが共同の決定事項に到達するための所要時間を見積もるために使用できる簡単なツールである。簡単にまとめると、ある人物がある特定の話題についてさらに "態度を硬化" させるか "確信" すればするほど、その人物の考え方を変えるにはより長い時間と多くのエネルギーが必要になるということだ。余談だが、コラボレーションと交渉の間には大きな隔たりがある点も見逃せない。コラボレーションが協働で価値を生み出すことを目指すのに対して、交渉では自分の側が勝利を収めることが重要となる。アライアンス マネージャーが、自分たちがアライアンス内で促進しているのがコラボレーションなのかそれとも交渉なのかを理解することは必要不可欠である。確信曲線に関する背景をいくつか説明し、この曲線の効果的な使用方法を提示するために、簡単なケース スタディを 3 件まとめてみた。読む際は、アライアンス マネージャーが、交渉よりもコラボレーションを促進している方法 (またはその反対 ) に留意されたい。

態度

信念

確信

確度

変革を促すための努力/リソース

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ケース スタディ 1

提携ガバナンス ミーティング

状況 : 2 週間後に、A 社と B 社の間でシニア提携ガバナンス ミーティングが開かれる。

職務 : アライアンス内の主要プロジェクトを承認しても良いかを検討する話し合いが議題にある。

対応 : 提携ガバナンス ミーティングに先立ち、A 社のアライアンス マネージャーは経営チームを招集して、A 社が何週間も取り組んできたプロジェクトと提案について話し合う。A 社は資金提供を承認し、提携ガバナンス ミーティング後に話を進める準備を整えることにする。B 社のアライアンス マネージャーも事前ミーティングを開き、そのミーティングの中で、プロジェクトによりブランドに対する大きなリスクがのしかかることになるとチーム リーダーが判断し、関連するコストをサポートすることはしないと決定する。

質問 : この議題について話し合うとき、コラボレーションはどの程度生じると思うか ?

ケース スタディ 2

予定外

状況 : 両社は四半期に一度の提携ガバナンス ミーティングに出席している。代表者たちが次々とトピックを進めていた際、B 社がグループに話し合いたい "予定外" の提案があると丁寧に申し出る。

職務 : 議長たちは、その提案について述べることを許可する。

対応 : プレゼンテーション中、B 社は両社が新バージョンのアライアンス製品を発表すべきだと提言する。B 社は初期の裏付け調査の概要を述べるが、そのイニシアチブのコストとタイムラインを見積もることは時期尚早であると言う。A 社がこの情報を目にするのは今回が初めてであるため、A 社はコミットすることができない。

質問 : B 社の提案に関するアライアンスの決定の早さと効果を向上させるために、何ができただろうか ?

ケーススタディ

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ケース スタディ 3

公開された主要な結果

状況 : A 社と B 社は、商品化に向けた製品を共同開発している。A 社が開発をリードし、B 社は共同意思決定権を持っている。アライアンスでは、開発プログラムが成功だったのかどうかを知ろうとしている。公開日を考慮して、アライアンス マネージャーは、両社のチームが結果について知り、その情報を広める方法を決定する共同ミーティングを促進する。

職務 : ミーティング終了前に、両チームは両社が知見と推奨事項を両社のリーダーたちに伝えるために使用する共同メッセージを作成する。

対応 : このミーティングで、両社は集団で結果を評価し、言外の意味についてすり合わせ、プロジェクトを前に進めるべきかどうかを判断する。質問 : このアライアンスが共同決定に至ったいくつかの要素としては、何があるか ?

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結果を検討する

ケース スタディ 1 では、両社が自社の決定に関して明白な確信を持っている。A 社は、パートナーと話し合っていないにもかかわらず、先に進めるための社内承認を実際に得ている。誠心誠意行った可能性が高いが、アライアンス マネージャーは、グループが合意に達しなくなる状況を意図せずに助長してしまった可能性がある。状況を考慮すると、提携ガバナンス ミーティング中の話し合いの傾向は、真のコラボレーションというよりは交渉セッションであったように思われる。社内一致に達するために、提携ガバナンス ミーティングの前に事前ミーティングが開かれることがよくあるが、各議題の "硬化" がどれほど進み、この硬化が議題の結果にどのような影響を及ぼすのかをアライアンス リーダーが理解することが

重要である。アライアンス マネージャーは、会社の基準をもっと協働的なアプローチにリセットするように努力することで、事前ミーティング中にこれらの話し合いを導くことができる。ケース スタディ 2 では、アライアンス マネージャーは、提携ガバナンス委員会のミーティングにおける予定外の議題を制限するために、パートナーシップの開始時に想定内容を設定できたはずである。B 社は "確信した" 立場は示さなかったものの、A 社は話し合いを先に進めることができず、結果としてアライアンスの効率が低下した。予定外の項目はできるだけ生じないようにし、やむを得ず生じてしまった場合でも、範囲と時間に 制限をかけてから話し合いを始めることをお勧 めする。予定時間内に当事者たちが結論に到達できない場合は、その予定外

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の項目について再度話し合うための日付を定め、その間に存在する可能性がある情報やアイデアのギャップを当事者たちがどのように埋めることができるのかに関して、道筋を明確にする必要がある。当事者たちがギャップを埋めることができない場合は、チームが提携ガバナンス組織に議論の各側面を明確かつ簡潔に提示する必要がある。すると、アライアンス マネージャーは、予定されていたアライアンスの議題に戻ることができる。注意していただきたいのは、お互いに合意した提案をチームが持ち帰ることを推奨しているのではない、という点だ。むしろ、ここで推奨しているのは、綿密に検討された合意に達することができない場合には、合意に達していない点の概要を簡潔にまとめたプレゼンテーションを持ち帰ることである。特定の決定事項に合意するかどうかにかかわらず、当事者たちが調整されたプレゼンテーションを持ち帰るものとするという取り決めを設けることで、コラボレーションが促進される。言い換えると、物事を別の角度から見ることは許容されるが、パートナーの観点を理解して明確に表現できなければならないということだ。ケース スタディ 3 では、A 社と B 社はある協力的な基準の範囲内で業務を行っており、アライアンス マネージャーが真のチームワークを発揮できるような有効な基本事項を設定している。どちらの組織も、状況を集団で評価した後、受け取ったデータに基づいて以降のステップでコラボレーションを行った。このプロセスが終結したのは、アライアンスが結果と推奨事項を各組織に共同で伝達したときである。両社が結果について異なる見解を持っていた場合、その見解の違いはエスカレーションを行うかどうかを判定する合同サブセッションで簡単に把握することができていたはずだ (ケース スタディ 2 での状況と類似 )。ケース スタディ 3 のプラスの結果を全体的に考慮するために、両社が上記と同じ結果を別のときに別の場所で受け取っていたら、という別のシナリオについて検討してみよう。各社は独自に結果の評価を開始し、以降のステップで結論に達していただろう。そして、その結論をトップ経営陣に伝達していただろう。両方の組織でそのプロセスが発生した後、それぞれのアライアンス マネージャーは、A 社と B 社がコラボレーションするよりも交渉する可能性の方がはるかに高い提携ガバナンス ミーティングを推進しようとする。このバラバラのプロセスの結果、2 つのチームは不和に陥り、効率が低下して、人的リスクとビジネス リスクも高まってしまう。

より良い決断を下せるように準備する

これらのケース スタディは、アライアンス チームが確信曲線上の位置に基づいて、特定の意思決定行動をどのように身をもって示せるのかを明らかにしている。アライアンス マネージャーは、新しいパートナーシップにおける基準を設定するか、既に確立しているアライアンスにおける基準を調整することで、より効果的なコラボレーションを促進する際に、非常に重要な役割を演じることができる。自社のアプローチについて検討するときに、アライアンスが "確信の罠" に陥らないようにするために念頭に置いておくべきキー ポイントをいくつか紹介しよう。 1.提携ガバナンスの提案内容が調整されたアライアンス基準を確立する。(当事者の観点間の重大な相違点を明確に理解して、異なる見解と論理的根拠を共同で示す必要がある。)

2.提携ガバナンス ミーティングで予定外の議題が持ち上がる可能性を排除する。予定外の議題についてどうしても話し合わなければならない場合は、厳しい時間制限を設ける。

3.各社での事前ミーティングを活用して、特定のトピックに関する自社チームの確信レベルを理解する (可能であれば、パートナーの確信レベルも )。そしてその情報を使って、効果的な提携ガバナンス ミーティングの構想をまとめる。個別の社内提携ガバナンス承認を受けようとするときは、アライアンス パートナーと共同で作成した内容と資料を使う。

4.各社のエグゼクティブに対する伝達事項を共同で作成し調整する文化を培う。これにより、両方の組織が同じ内容とメッセージを確実に受け取ることができる。

5.これらのコラボレーション基準を提携ガバナンス委員会ミーティング内だけでなく、作業チーム内にも広める。

早期のコラボレーションを促進できるように協力し合うことで、アライアンス プロフェッショナルたちは、自分たちが管理するアライアンスのために意思決定プロセスを効果的に形作ることができる。意思決定プロセスの重要性に関して適切な意識とリーダーシップを持つことで、協働的なパートナーたちは、交渉が延々と続くという罠を避け、各チームが持つ専門知識と経験を活用してアライアンスを通じて真の価値を生み出すことに集中することができる。 n

最後に、日本語版への翻訳にあたり、ご助言頂いた山口 栄一氏 (薬学博士、CA-AM) に感謝する。

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