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76 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 研修の実際をありありと はじめに 2018 11 5 日から 11 16 日にかけてフィ リピン共和国立熱帯医学研究所 RITMResearch Institute for Tropical Medicine)で熱帯医学研修 を行った(図1)。RITM は、感染症と熱帯病の治 療と研究を目的として 1981 年に JICA の援助に よって設立された施設である。フィリピンでの感染 症の治療・研究の要となっており、新興・再興感染 症が流行したとき治療や隔離の指定病院となってい る。また、東北大学が設立した熱帯医学の研究施設 も併設している。 1 日の研修の流れとしては、朝 8 時から入院患者 のカンファレンスを行い、そのあと入院患者の回診 を行う、というのが主な流れだった。カンファレン ス、回診はもちろん英語。医学用語(特に、感染症 は大学の医学教育では手薄なところだったので)の 把握には苦労した。 回診の後は、外来見学。結核外来、Animal Bite と呼ばれる動物咬傷外来、皮膚科外来、HIV 外来 など様々な外来を見学した。その後、大体 11 時半 ころからフェローの先生方との昼食。昼食後は、病 院併設の寮に戻って休憩。午後は 14 時から外来見 学をし 16 時から 17 時には終了するといった 1 であった。 国に一つの、感染症の専門病院という性格上、患 者数は常に多く、外来の合間を縫って救急外来の患 者を診るという慌ただしさだが、意外とメリハリの あるスケデュールであったように思う。外来など は、時間外には患者は完全にはけており時間外にダ ラダラ延びる光景はほとんど見られなかった。 印象に残ったことが二点ある。一つ目は、コメ ディカルとの明確な分業ができていることである。 例えば、外来の場合問診をとる看護師がおり、その あとに医師の診察、その後今後の説明や予約等をす る看護師への引継ぎと医師の診察はピンポイントな のである。Animal Bite に至っては看護師が問診、 1 度から 4 度までの分類、ワクチンの施行までを行っ ていた。 二つ目は、女医さんが大半を占めていたことであ る。病棟を受け持つフェローは 6 分の 5 人が女性、 皮膚科外来も大体 12 分の 10 人が女性医師であっ た(医院長も小児科の女医さんであった)。家庭を もっている先生も多くみな午後の業務の後は明るい うちにさっさと帰宅しているのが印象的であった。 女医の割合が多い理由について度々訪ねたが、明確 な答えは得られず、むしろ当たり前のことでは? といった感じで不思議がられてしまった。だが、以 上の二点はメリハリある就業時間の一つのカギであ ることだろう。(もっとも、私たちの面倒をメイン で見てくれた Dr. Larsen は寝ずの当直⇒ 1 日勤 務、という生活を 3 日置きで繰り返していた。彼 は貴重な独身男性労働力としてフル稼働していま した…。その合間に、私たちの観光案内もしてく れて、本当に感謝!) フィリピンレポート 研修の実際をありありと 佐藤琢 1) 1) 国立病院機構仙台医療センター 初期研修医

フィリピンレポート研修終わりの夕方は、近くのモール( Festival Mall)に出かけた。行きは日も出ており、風も気 持ちがいいので片道10

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Page 1: フィリピンレポート研修終わりの夕方は、近くのモール( Festival Mall)に出かけた。行きは日も出ており、風も気 持ちがいいので片道10

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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 研修の実際をありありと

はじめに2018 年 11 月 5 日から 11 月 16 日にかけてフィ

リピン共和国立熱帯医学研究所 RITM(Research Institute for Tropical Medicine)で熱帯医学研修

を行った(図1)。RITM は、感染症と熱帯病の治

療と研究を目的として 1981 年に JICA の援助に

よって設立された施設である。フィリピンでの感染

症の治療・研究の要となっており、新興・再興感染

症が流行したとき治療や隔離の指定病院となってい

る。また、東北大学が設立した熱帯医学の研究施設

も併設している。

1 日の研修の流れとしては、朝 8 時から入院患者 のカンファレンスを行い、そのあと入院患者の回診 を行う、というのが主な流れだった。カンファレン

ス、回診はもちろん英語。医学用語(特に、感染症

は大学の医学教育では手薄なところだったので)の

把握には苦労した。

回診の後は、外来見学。結核外来、Animal Biteと呼ばれる動物咬傷外来、皮膚科外来、HIV 外来

など様々な外来を見学した。その後、大体 11 時半

ころからフェローの先生方との昼食。昼食後は、病

院併設の寮に戻って休憩。午後は 14 時から外来見

学をし 16 時から 17 時には終了するといった 1 日

であった。

国に一つの、感染症の専門病院という性格上、患

者数は常に多く、外来の合間を縫って救急外来の患

者を診るという慌ただしさだが、意外とメリハリの

あるスケデュールであったように思う。外来など

は、時間外には患者は完全にはけており時間外にダ

ラダラ延びる光景はほとんど見られなかった。

印象に残ったことが二点ある。一つ目は、コメ

ディカルとの明確な分業ができていることである。

例えば、外来の場合問診をとる看護師がおり、その

あとに医師の診察、その後今後の説明や予約等をす

る看護師への引継ぎと医師の診察はピンポイントな

のである。Animal Bite に至っては看護師が問診、

1度から4度までの分類、ワクチンの施行までを行っ

ていた。

二つ目は、女医さんが大半を占めていたことであ

る。病棟を受け持つフェローは 6 分の 5 人が女性、

皮膚科外来も大体 12 分の 10 人が女性医師であっ

た(医院長も小児科の女医さんであった)。家庭を

もっている先生も多くみな午後の業務の後は明るい

うちにさっさと帰宅しているのが印象的であった。

女医の割合が多い理由について度々訪ねたが、明確

な答えは得られず、むしろ当たり前のことでは?

といった感じで不思議がられてしまった。だが、以

上の二点はメリハリある就業時間の一つのカギであ

ることだろう。(もっとも、私たちの面倒をメイン

で見てくれた Dr. Larsen は寝ずの当直⇒ 1 日勤

務、という生活を 3 日置きで繰り返していた。彼

は貴重な独身男性労働力としてフル稼働していま

した…。その合間に、私たちの観光案内もしてく

れて、本当に感謝!)

フィリピンレポート

研修の実際をありありと

佐藤琢 1)

1) 国立病院機構仙台医療センター 初期研修医

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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 研修の実際をありありと

その他の研修と余暇日々のルーティーン以外に、毎日多種多様な施設

も見学させてもらった。

一つは、マラリアを媒介する蚊や、熱帯地方特有

の感染症にかかわる生物の研究施設の見学。ここで

は主に蚊の採取の仕方や、飼育の仕方、飼育の現場

を見せてもらった。また、病理部ではマラリアなど

の顕微鏡標本を実際、顕微鏡を覗いての診断等を勉

強させてもらった。

いろいろな研究施設を見せてもらったが、私が一

番興奮したのは蛇毒ワクチンの研究施設に連れて

行ってもらったときであった。

施設見学は 1 日がかり。その施設は、ロスバニョ

スというマニラから高速道路で 1 時間半かけた南

の地域にあった。フィリピン一大きい湖のほとり、

眩しいほど青々とした熱帯の原生林豊かな山々の中

である。ロスバニョスとは、現地の言葉で“雨の降

るところ”という意味だそうだ。

施設の牧場では、4 ~ 50 頭ほどの馬がのんびり

過ごしていた。この馬たちに、蛇(フィリピンコブ

ラ)から採取した蛇毒を注射し、抗体からワクチン

を作るのである。まず、蛇毒の採取を見せてもらっ

た。蛇に採取用のボトルを咬ませ、にじみ出てきた

毒を採取する。この毒を直接馬に注射するわけでは

なく、弱毒化したものをもちいる。注射後、一定時

間ごとに馬のバイタル等を逐一観察、記録してい

く。馬たちは終始暴れることなく、穏やかにしてい

た。

研修終わりの夕方は、近くのモール(Festival Mall)に出かけた。行きは日も出ており、風も気

持ちがいいので片道 10 分ちょっとの道のりを歩い

た。フィリピンは熱帯特有の蒸し暑さがなく、気温

(毎日 30 度前後)のわりにカラッとしていて気持

ちがいい。すべて歩くと半日くらいはかかる巨大な

モール(中にはジェットコースターも!)で、

ショッピング、マッサージ、食事をするのがアフ

ター 5 の日課であった。

また、週末はセブ島へ。ビーチでのんびり、とい

きたいところだったが斯くいう私は体調を崩してし

まい 1 日ホテルのトイレに缶詰となった。

写真1: 新患案内。9ステップのうち医師がかかわるのは

ステップ6のみ

写真3: Dr.Larsen と。彼は国内の感染症試験でトップ

をとるスーパーマン

写真2: 外来説明室。医師の診察以外のステップはここ

で。プライバシーの配慮は手薄

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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 研修の実際をありありと

まとめ私は医師として、来年から十人十色の患者さんを

診なければならない。また、システムやハードの違

う様々な病院を回らなければいけない。その前段階

として、今回の研修は参加して大変よかったと思え

るものであった。多種多様な患者、疾患、医療資源。

その中で、医師としてどのように働くか、その心構

えを培う研修となった。

最後にフィリピンでお世話してくださった RITMの先生方、研修に同行してくださった先生方、渡航

を許可していただいた病院長はじめ病院関係者の皆

様、同行・看病してくれた宮倉・河野両先生に感謝

申し上げたい。

写真6:セブの青い海と元気だったころの私

写真4:自然豊かな施設&馬たち

写真5:蛇毒採取の様子