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報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ ムとして記録する。ホログラムは同じ場所に多重記録できるので,高密度化が可能である。本稿 では,まず,光の入射角度を変えて多重記録する角度多重方式においては,入射角度によって隣 接する2つのホログラムの角度間隔を変える必要があること,一定の角度間隔で全てのホログラ ムを多重した場合には多重数が制限されることを示す。次に,入射角度に対応して角度間隔を制 御する手法について述べ,角度多重数300においても誤り訂正が十分可能な10 -4 台以下のビッ ト誤り率が得られることを示す。 ABSTRACT A holographic memory can achieve a high recording density because it converts digital data into a two-dimensional array called a data page and records data pages as the holograms into the same volume of the recording medium. Regarding angular multiplexing holographic memory that records holograms by changing the incident angle of light, we analyzed the angular spacing dependency on the incident angle of light and the limitation of the multiplexing number under constant angular spacing. We also devised a method that controls angular spacing along with the incident angle that results in low bit error rate at a multiplexing number of 300. ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術 木下延博 室井哲彦 石井紀彦 上條晃司 菊池 清水直樹 Holographic Memory Technology for Increasing Recording Density Nobuhiro KINOSHITA,Tetsuhiko MUROI, Norihiko ISHII, Koji KAMIJO, Hiroshi KIKUCHI and Naoki SHIMIDZU NHK技研 R&D/No.138/2013.3 22

ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

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Page 1: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

報告

要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラムとして記録する。ホログラムは同じ場所に多重記録できるので,高密度化が可能である。本稿では,まず,光の入射角度を変えて多重記録する角度多重方式においては,入射角度によって隣接する2つのホログラムの角度間隔を変える必要があること,一定の角度間隔で全てのホログラムを多重した場合には多重数が制限されることを示す。次に,入射角度に対応して角度間隔を制御する手法について述べ,角度多重数300においても誤り訂正が十分可能な10-4台以下のビット誤り率が得られることを示す。

ABSTRACT A holographic memory can achieve a high recording density because it converts digital data intoa two-dimensional array called a data page and records data pages as the holograms into thesame volume of the recording medium. Regarding angular multiplexing holographic memory thatrecords holograms by changing the incident angle of light, we analyzed the angular spacingdependency on the incident angle of light and the limitation of the multiplexing number underconstant angular spacing. We also devised a method that controls angular spacing along with theincident angle that results in low bit error rate at a multiplexing number of 300.

ホログラム・メモリーの記録密度の向上技術

木下延博 室井哲彦 石井紀彦 上條晃司 菊池 宏 清水直樹

Holographic Memory Technology for IncreasingRecording Density

Nobuhiro KINOSHITA, Tetsuhiko MUROI, Norihiko ISHII, Koji KAMIJO, Hiroshi KIKUCHI and Naoki SHIMIDZU

NHK技研 R&D/No.138/2013.322

Page 2: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

空間光変調器(SLM)

記録媒体

記録媒体

信号光

参照光

回折光 参照光

ホログラム

(a) 記録時

(b) 再生時ホログラム

ページデータ

イメージセンサー

再生ページデータ

入力データ01011100

出力データ01010100

フーリエ変換レンズ(FTL)

1.まえがきホログラム・メモリーは,デジタル情報を2次元配列に並べた画像(ページデータ)を記録媒体に記録する。ページデータは2次元バーコードのような輝点と暗点が集まった画像であり,1つのページデータは約1Mビットのデジタル情報を持つ。光照射によって約1Mビットのデータを一括して記録・再生できるのでデータ転送速度の高速化に有利である。また,記録媒体への光の入射角度を変えて,記録媒体の同じ場所に複数のページデータを重ね書き(多重記録)したとしても,再生時にそれらを分離して読み出すことができるので,記録密度を高めることができる。これらの特徴から,ホログラム・メモリーは従来の光ディスクとは異なる新しい次世代の光記録技術として注目を集めている。当所では,スーパーハイビジョン1)の収録メディアや,NHKアーカイブス2)での膨大な映像資料の蓄積メディアとしての応用を目指して研究を推進している。記録媒体の同じ場所に多重記録する方法として各種の方法が提案されている。本稿ではその中で,光学装置の構成

がシンプルで安定性に優れた角度多重方式を検討した。角度多重方式では,1つのホログラムを記録した後,光の入射角度を変えて別のホログラムを記録する。この入射角度の変化量を角度間隔と呼ぶ。角度間隔は角度多重方式における記録密度を決定する重要な要素の1つである。本稿では,ホログラム・メモリーの記録時に有効な技術として,角度間隔が光の入射角度に依存することに着目し,角度間隔を制御して記録密度を向上させる技術について報告する。最初に,一定の角度間隔で角度多重数300の記録を行い,ビット誤り率(BER:Bit Error Rate)を小さくするためには角度間隔を入射角度によって制御する必要があることを示す。次に,角度間隔を制御することで,角度多重数300においても誤り訂正が十分可能な10-4台以下のビット誤り率が得られることを示す。

2.角度多重ホログラム・メモリーの光学系と記録密度

2.1 角度多重方式の原理ホログラム・メモリーの記録・再生の原理を1図に示

1図 ホログラム・メモリーの記録・再生の原理

NHK技研 R&D/No.138/2013.3 23

Page 3: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

記録時と同じ照射条件

照射条件

再生光の強度

再生光の強度

照射条件

回折強度が低い条件で別のホログラムを重ね書きすることができる

ホログラムを分離して再生可能

(a) ホログラムが持つ選択性

(b) 複数のホログラムの多重記録の条件

す。デジタル情報の記録時には,液晶パネルなどの空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)*1にページデータを2次元画像として表示し,レーザー光を2次元空間上で強度変調して信号光とする(1図(a))。参照光*2とフーリエ変換レンズ(FTL:FourierTransform Lens)*3を用いて集光した信号光とを交差さ

かんしょうじま

せて光の干渉縞*4(明暗分布)を生じさせる。この交差位置に記録媒体*5を置くことで干渉縞の明暗に応じた屈折率の分布(ホログラム)を記録*6することができる。なお,1図(a)に示すように,交差位置の直前で,信号光が最も集光するようにする。また,1図(a)ではディスク状の記録媒体の一部分にホログラムを記録する場合を模式的に示している。ディスクを回転させて,別の場所に別のホログラムを記録することもできるが,角度多重方式では同じ場所に別のホログラムを多重する。再生時には読み出し用の参照光を記録媒体に照射する

(1図(b))。参照光がホログラムで回折*7し,ページデータが重畳された再生画像が得られる。再生画像をイメージセンサー*8で撮影し,信号処理*9を行って元のデジタル情報を復元する。読み出し用の参照光の照射条件が記録時と一致しているときだけブラッグの回折条件*10が満足され,高い強度の

再生光が得られる。参照光の照射条件が記録時から外れるに従ってブラッグの回折条件が満たされなくなり,徐々に再生光が得られなくなる。従って,1つのページデータがホログラムとして記録されている場合の再生光の強度は2図(a)のようになる。2図(a)に示すホログラムが持つ選択性を利用することで,2図(b)に示すように,互いにクロストーク*11が生じない照射条件で,媒体の同じ場所に別のホログラムを多重記録することができる。ホログラム・メモリーにおける多重記録方式,すなわち,参照光の照射条件をどのように変えてページデータを重ね書きするかについては,これまでに各種の手法が考案されている。ホログラムの角度を変えて多重する角度多重方式3),参照光の空間的な位相分布を変えて多重する位相コード多重方式4)やスペックル*12シフト多重方式5)6),光の波長を変えて多重する波長多重方式7)などが代表的な多重方式である。角度多重方式の場合には,2図(a)の横軸の照射条件が参照光の入射角度または記録媒体の角度である。2図(a)は入射角度に対する再生光の強度を示すことになり,その場合の曲線を角度選択曲線と呼ぶ。また,その曲線の鋭さを角度選択性と呼ぶ。一般に,角度多重方式では参照光に平面波を用いるので,記録・再生装置の構成は比較的容易である。また,異なる記録・再生装置間での互換性が

*1 光ビームの断面を2次元画像に対応させて輝度変調するデバイス。ホログラム・メモリーでは対角寸法1インチ以下のプロジェクター用の液晶パネルまたはデジタルマイクロミラーデバイスを用いる。

*2 本稿の角度多重方式では,変調していない平面波を用いる。*3 レンズの有効径全体にわたって光学的フーリエ変換作用(空間的な

振幅・位相分布を空間周波数分布に変換する作用)を持つレンズ。*4 干渉性のある2つ以上の光が重なったときに生じる明暗の縞模様。*5 これまでLiNbO3などのフォトリフラクティブ(入射した光の空間的

な強度分布に応じて屈折率の変化が誘起される現象)結晶がホログラム・メモリー用の記録媒体として用いられてきたが,近年,高感度で安定した感光性樹脂材料(フォトポリマー材料)が開発され,主流となりつつある。

*6 光重合反応(光の照射によって低分子が多数結合して高分子になる反応)は干渉縞の明部では多く,暗部では少ないので,干渉縞の分布を屈折率の分布として記録することができる。

*7 波長とほぼ等しい大きさの構造物や屈折率差を持つ媒質を光が伝搬する際に,光の進行方向と異なる方向に光が回り込む現象。回折光から再生画像を得る。

*8 CCD(Charge Coupled Device:電荷結合素子)やCMOS(Comple-mentary Metal Oxide Semiconductor:相補型金属酸化膜半導体)などの撮像デバイス。

*9 画像の位置の検出,補間,デインターリーブ,誤り訂正などの処理。*10 光を照射したホログラム内の全ての場所で生じている回折光が合成

時に互いに強め合うための条件。ホログラム・メモリーにおける条件は参照光の波長,波面,入射角度である。

*11 所望の信号に隣接するホログラムからの信号が重畳されて検出される現象。ノイズの原因の1つ。

*12 粗い面にレーザーを照射したときに現れる斑点模様。

2図 ホログラムの選択性と多重記録の条件

報告

NHK技研 R&D/No.138/2013.324

Page 4: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

参照光を異なる入射角度で照射

記録媒体を異なる角度で配置

記録媒体記録媒体

信号光 信号光

参照光

ページデータ ページデータ

多重されたホログラム 多重されたホログラム

(a) 参照光の入射角度を変化 (b) 記録媒体の傾斜角度を変化

イメージセンサーへ

記録媒体

回折光

参照光

ポリトピックフィルター(短形開口)

角度

再生光の強度

高く,機械精度マージン*13を広くすることができる。このような理由から,角度多重方式を検討することにした。角度多重方式を実現する方法として,参照光の入射角度を変える方法3)(3図(a))と記録媒体を傾斜させて角度を変える方法(3図(b))がある。本稿では,記録媒体を傾斜させる方法を検討する。更に,記録密度を向上させるために,記録媒体の位置を少しシフトさせてホログラムを多重するポリトピック多重8)と呼ばれる手法がある。4図に示すように,ホログラムからの回折光が収束した位置にポリトピックフィルター

くけい

と呼ばれる矩形開口を設ける。矩形開口の寸法よりも大きなビーム径の参照光で読み出した場合には,隣接するホログラムからの回折光も生じるが,所望のホログラムからの回折光だけが通過できる大きさの矩形開口にすることで,クロストークのない信号を得ることができる。すなわち,ポリトピック多重ではホログラムの大きさによらず矩形開

口の寸法で位置シフトのピッチを決定することができる。ポリトピック多重は角度多重との親和性が高く,角度多重と組み合わせて比較的容易に実装可能である。2.2 記録密度の向上矩形開口を設けた角度多重におけるホログラム・メモリーの記録密度 D は1つのページデータの情報量を M,矩形開口の面積を S,角度多重数を mとしたとき(1)式で与えられる3)。

(1)

S はFTLの焦点距離とレーザー光の波長の積の2乗に比例し,ページデータの最小輝点寸法の2乗に逆比例する。従って,記録密度 D を大きくするためにはページデータの情報量や角度多重数を大きくするとともに,FTLの焦

*13 平面波を参照光に用いる角度多重方式の場合,記録媒体の位置シフトに対する選択性は低いので,位置シフトに対する機械精度を極端に高くする必要はない。

3図 角度多重方式における角度変化の方法

5図 角度選択性に対応した角度間隔の制御

4図 ポリトピック多重の原理

NHK技研 R&D/No.138/2013.3 25

Page 5: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

PBS3

SLM

PBS1

PBS2

ミラー

ミラー

ー3°

+27°

FTL

ミラー

レーザー光源

シャッター

信号光路

P偏光

短形開口

記録媒体

(a) 記録時

参照光路

PBS3

PBS1

PBS2

ミラー

HWP2

HWP1

HWP2

HWP1

ー3°

+27°

FTL

ミラーミラー

イメージセンサー

スペイシャルフィルター

スペイシャルフィルター

シャッター

シャッター

レーザー光源

短形開口

記録媒体

(b) 再生時

参照光路

θm

θm

S偏光 S偏光

P偏光 S偏光

P偏光

S偏光

点距離やレーザー光の波長を短くすることが有効である。なお,本稿では,角度多重数を増加するための条件を検討する。コゲルニックの結合波理論9)によれば,ホログラムの角度選択性,すなわち,角度選択曲線の鋭さを示す半値全幅*14は光の波長や媒体の厚さ,信号光と参照光とがなす角度に依存することが知られている。角度多重方式では光の入射角度または記録媒体の傾斜角度を変えてホログラムを多重記録するので,ホログラムごとに角度選択性に差異がある。ホログラムを一定の角度間隔で多重するではなく,5図に示すように,角度選択性に対応して角度間隔

を制御することで,限られた角度範囲の中にホログラムを最も多く多重できると考えた。

3.ホログラムの角度間隔の制御3.1 光学系6図に実験装置の光学系の配置図を示す。光源としてコヒーレンス長*15の長いシングル縦モードの半導体励起固体レーザー(波長532nm)を用いた。スペイシャルフィ

*14 最大強度の1/2となる2点間の距離。*15 レーザー光を分岐し,再度,重ね合わせて干渉縞を得る際に許容さ

れる最大の光路長差。

6図 実験装置の光学系

報告

NHK技研 R&D/No.138/2013.326

Page 6: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

(a) 2 : 4変調符号

(b) ページデータの例

2×2配列

2ビット 00   01   10   11

ルター*16を用いてレーザービームの空間的なノイズを除去した後,光学系に適したビーム径でコリメート*17する。記録時には半波長板(HWP:Half Wave Plate)*18のHWP1でレーザー光の偏光方向を約45°変え,偏光ビームスプリッター(PBS:Polarizing Beam Splitter)*19のPBS1で信号光(P偏光)と参照光(S偏光)のパワー比が所望の値となるよう調整し,分離する。信号光のビーム径を拡大した後,ページデータを表示したSLMに信号光を照射する。実験ではSLMとして画素数1,408×1,058,画素ピッチ10.4μmの反射型液晶パネルを用いた。ただし,そのうちの1,344×1,008画素を用いてページデータを表示した。ページデータ用の変調符号としてはさまざまな符号が提案されているが,ここでは符号の大きさが小さく,最も基本的な構成の2:4変調符号10)を用いた(7図(a))。2:4変調符号は,2×2配列のうちの1つの要素を輝点とする符号で,1つの符号に2ビットを割り当てることができる。1つの輝点を3×3画素で表したので,2×2配列はSLM上の6×6画素で構成される。従って,1つのページデータは75,264ビット(=2×1,344×1,008 / 36)のデジタル情報を持つことになる。7図(b)にページデータの例を示す。SLMで輝点の偏光だけが90°回転しS偏光となるので,SLMで反射した信号光のうちS偏光成分だけがFTL(焦点距離 f =28.2mm)を通過する。不要な高次回折成分*20

を除去するための矩形開口を通過させた後,信号光を記録媒体へ照射する。信号光と同時に,参照光(S偏光)をFTL側から記録媒体へ照射し,ホログラムを記録する。なお,信号光に挿入した矩形開口は再生時のポリトピックフィルターの役割も兼ねている。記録媒体としては,厚さ1mmのフォトポリマー材料11)

を2枚のガラス板で挟んだものを用いた。記録媒体を傾斜角度を変えることのできる回転ステージに設置し,記録媒体を回転させて角度多重記録をした。なお,信号光軸に媒体が垂直となる角度を0°としたとき,記録媒体を-3°から+27°まで回転させることができる。回転角度をθmとして,θm=-3°からホログラムの記録を開始し,θmが正となる方向に角度を変化させて多重記録した。再生時には,レーザー光の偏光方向をHWP1で約45°変え,PBS1でS偏光だけを取り出し,HWP2*21で90°偏光方向を変えてP偏光の参照光にする。この参照光を記録したときと逆の方向から記録媒体へ照射して再生光を得る。逆方向からの照射による再生は位相共役再生*22と呼ばれ,光学系の収差をキャンセルする効果がある12)。ホログラムからの回折光(再生光)は矩形開口とFTLを通過してイメージセンサーに結像する。イメージセンサーの画素数は2,048×2,048,画素ピッチは7.4μmである。2:4変調符号を復号し,得られたビット列を元のビット列と比較することでBERを算出した。3.2 一定角度間隔での課題目標とする多重数を300,従って,ホログラムを多重する角度間隔を0.1°とした。角度間隔が一定の0.1°の場合のBERを8図に示す。ホログラム番号が小さい範囲,すなわち,θmが-3°に近い範囲ではBERが大きい。この範囲

*16 レーザービームをレンズを用いて集光し,集光点に設置した微小開口を通過させることで不要な空間ノイズを除去するフィルター。微小開口が急峻な低域通過フィルターの役割を果たす。

*17 収束または発散するレーザービームをレンズなどを用いて平行ビームに調整すること。

*18 光学軸(複屈折結晶において入射した光が分離しない方向)の角度を変えることで直線偏光の光の偏光方向を回転させる光学素子。光学軸が0°の場合は0°,22.5°の場合は45°,45°の場合は90°偏光方向が回転する。

*19 直線偏光の光を互いに直交するS偏光(入射面に対して垂直に振動している光)とP偏光(入射面に対して平行に振動している光)に分離する光学素子。S偏光の光は反射し,P偏光の光はそのまま通過する。

*20 ページデータ内の輝点は基本となる空間周波数の他に高次成分も含んでいる。矩形開口などの空間フィルターを用いて高次成分を容易に除去することができる。

*21 HWP2は光学軸を回転できるように設置している。記録時は光学軸を0°,再生時は光学軸を45°にする。

*22 記録時と同一の経路を通り,伝搬方向が逆方向の参照光を照射して再生した場合には,記録時の信号光と同一の経路で,伝搬方向が逆の再生光を得ることができる。

7図 2:4変調符号とページデータの例

NHK技研 R&D/No.138/2013.3 27

Page 7: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

0 100 200 30010ー5

10ー4

10ー3

10ー2

10ー1

1 ー3 0 3 6 9 12 15 18 21 24 27

BER

ホログラム番号

回転角度 θm(°)

0.2

0.4

0.6

0.8

1

0.126°

正規化した回析効率

正規化した回析効率

正規化した回析効率

0

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

0.090°

26.7 26.8 26.9 27 27.1 27.2 27.3

11.7 11.8 11.9 12 12.1 12.2 12.3

ー3.5 ー3.4 ー3.3 ー3.2 ー3.1 ー3 ー2.9

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

0.065°

(a) θm が-3°の場合

(b) θm が12°の場合

(c) θm が27°の場合

回転角度 θm(°)

回転角度 θm(°)

回転角度 θm(°)

では,再生像に隣接するホログラムからのクロストークノイズが顕著であった。ホログラム番号が大きくなるに従って,すなわち,θmが大きくなるに従ってBERが減少し,ホログラム番号約150以上では10-5台のBERが得られた。このことは,クロストークノイズが光の入射角度に依存していることを示している。次に,各ホログラムの角度選択性を調べるために,θmを-3°,12°,27°として単一のホログラムを記録し,角度選択曲線を測定した(9図)。9図から半値全幅はそれぞれ0.126°,0.090°,0.065°であることが分かった。すなわち,θmが大きくなるに従って,半値全幅は減少することが分かった。角度間隔を一定とする場合には,最も広い半値全幅の値によって角度間隔を決定しなければならないので,多重数が大幅に減少する。そこで,角度間隔を制御して多重数を増加させる方法を検討した。3.3 角度間隔の制御による多重数の向上角度間隔を制御するために,ホログラムの記録順序に従って角度間隔を変える参照テーブル(角度間隔スケジュール)を作成した。なお,目標とする多重数は300である。ホログラム番号 nと n+1との角度間隔 Δθm(n)を3つの定点を通る(2)式の2次関数で定義した。

(2)

ここで,nは0~299までのホログラム番号,Nは299である。また,s,t,uは定数で,それぞれΔθm(0),Δθm(149),Δθm(299)である。9図の結果に,それぞれ0.01°の余裕を与えて,s=Δθm(0)=0.136°,t=Δθm(149)=0.100°,u=Δθm(299)=0.075°とした。角度間隔スケジュールを10図(a)に示す。なお,この場合の回転範囲

は29.88°であり,30°以下である。10図(a)の角度間隔スケジュールで300個のホログラムを記録・再生した場合のBERを10図(b)に示す。n=80~100付近および130~200付近では10-5台のBERが得られることが分かった。nが80以下の場合のBERは

8図 角度間隔が一定の0.1°の場合のBER

9図 角度選択曲線

報告

NHK技研 R&D/No.138/2013.328

Page 8: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

角度間隔一定

ホログラム番号

(a) 角度間隔スケジュール

ホログラム番号

(b) BER

角度間隔スケジュール

0 100 200 300

0.1

0.05

0.15

0.2

0

1

100 200 30010-5

10-4

10-3

10-2

10-1

ー3 27

BER

回転角度 θm(°)

角度間隔 Δθ m(°)

角度間隔一定

(a) 角度間隔スケジュール

ホログラム番号

(b) BER

角度間隔スケジュール調整後の角度間隔スケジュール

0 100 200 300

0.1

0.05

0.15

0.2

0

1

100 200 30010-5

10-4

10-3

10-2

10-1

ー3 27

BER

ホログラム番号

回転角度 θm(°)

角度間隔 Δθ m(°)

角度間隔が一定の場合よりは小さくなっているが,nが200以上では nの増加に伴ってBERは増加している。9図に示すように,角度選択曲線にはサイドローブ*23があり,このサイドローブがクロストークとなってBERを増加させていると考えた。8図に示すように,角度間隔が一定の場合には nが200以上でBERが小さいので,この範囲の角度間隔を広げることで対応するBERを改善できると考えた。そこで,nが49以下と222以上で角度間隔を広げ,n=50~221で角度間隔を狭めるように角度間隔スケジュールを変更した。すなわち,3つの定数を s=Δθm(0)=0.148°,t=Δθm(149)=0.092°,u=Δθm(299)=0.096°とした。11図(a)に調整後の角度間隔スケジュールを赤線で示す。なお,この場合の回転範囲も29.88°であり,30°以下である。この角度間隔スケジュールを用いて300個のホログラムを記録・再生した場合のBERを11図(b)に示す。nが30以下と280以上ではBERが多少大きいが,全て

のホログラムにおいて10-4台以下のBERが得られた。

4.むすび角度多重方式を用いたホログラム・メモリーにおいては,光の入射角度によって隣接する2つのホログラムの角度間隔を変える必要があること,多重数を増やすためには角度間隔を制御する必要があることを示した。角度間隔を制御するために,角度選択曲線の半値全幅に一定の余裕を与えて角度間隔スケジュールを導出して多重した結果,残留クロストークノイズの影響が現れ,BERが大きくなる範囲があった。そこで,角度間隔スケジュールを調整し直した結果,媒体厚さ1mm,レーザー波長532nm,角度多重数300という条件で,全てのホログラムで誤り訂正が十分可能な10-4台以下のBERを得た。多重記録方式以外の方法で記録密度を更に向上させるた

*23 最大強度を持つ山型の曲線の両横に位置する小さなピーク。

10図 角度間隔スケジュールで多重記録した場合のBER

11図 調整後の角度間隔スケジュールで多重記録した場合のBER

NHK技研 R&D/No.138/2013.3 29

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めには,ページデータに含まれる情報量の増加,光源の短波長化,レンズ焦点距離の短縮などが有効である。いずれの要素技術も重要なファクターであり,今後,それらの性能向上を図ることで更なる高記録密度を実証する予定である。本稿はJapanese Journal of Applied Physicsに掲載された以下

の論文の内容を元に加筆・修正したものである。N. Kinoshita, T. Muroi, N. Ishii, K. Kamijo and N. Shimidzu:“Control of Angular Intervals for Angle -MultiplexedHolographic Memory,”Jpn. J. Appl. Phys., Vol.48, No.3, pp.03A029.1-03A029.4(2009)

参考文献 1) E. Nakasu, Y. Nishida, M. Maeda, M. Kanazawa, S. Yano, M. Sugawara, K. Mitani, K. Hamasaki and Y.Nojiri:“Technical Development Toward Implementation of Ultra High-Definition TV System,”SMPTE Motion Imaging J., Vol.116, No.7-8, pp.279-286(2007)

2) 江原:“『NHKアーカイブス』の概要と課題,”映情学誌,Vol.61, No.11, pp.1567-1570(2007)

3) N. Kinoshita, T. Muroi, N. Ishii, K. Kamijo, H. Kikuchi, N. Shimidzu and O. Matoba:“Half Data PageInsertion Method for Increasing Recording Density in Angle Multiplexed Holographic Memory,”Appl.Opt., Vol.50, Issue16, pp.2361-2369(2011)

4) 石井,木下,椎野,藤掛,上條,清水,佐藤:“位相対称離散コサイン変換行列を用いた位相コードホログラム多重記録方式,”映情学誌,Vol.59, No.12, pp.1869-1874(2005)

5) 木下,室井,石井,上條,清水:“スペックル参照光を用いた角度多重ホログラムの実験的評価,”信学技報,Vol.106, No.409, MR2006-63, pp.37-42(2006)

6) M. Miura, O. Matoba, K. Nitta and T. Yoshimura:“Three-dimensional Shift Selectivity in Reflection-type Holographic Disk Memory with Speckle Shift Recording,”Appl. Opt., Vol.46, No.9, pp.1460-1466(2007)

7) G. A. Rakuljic, V. Leyva and A. Yariv:“Optical Data Storage by Using Orthogonal WavelengthMultiplexed Volume Holograms,”Opt. Lett., Vol.17, No.20, pp.1471-1473(1992)

8) K. Anderson and K. Curtis:“Polytopic Multiplexing,”Opt. Lett., Vol.29, Issue2, pp.1402-1404(2004)

9) H. Kogelnik:“Coupled Wave Theory for Thick Hologram Gratings,”Bell Syst. Tech. J., Vol.48,pp.2909-2947(1969)

10)S. Baba, S. Yoshimura and N. Kihara:“Inter-frame Image Processing Method for RecoveringHolographic Images,”Jpn. J. Appl. Phys., Vol.45, Issue2B, pp.1258-1265(2006)

11)L. Dhar, A. Hale, H. E. Katz, M. Schilling, M. G. Schnoes and F. C. Schilling:“Recording Media thatExhibit High Dynamic Range for Digital Holographic Data Storage,”Opt. Lett., Vol.24, Issue7, pp.487-489(1999)

12)石井,清水:“記録システム,”映情学誌,Vol.61, No.6, pp.732-734(2007)

報告

NHK技研 R&D/No.138/2013.330

Page 10: ホログラム・メモリーの記録密度の 向上技術報告 要約 ホログラム・メモリーはデジタル情報を2次元配列に変換した画像(ページデータ)をホログラ

きのしたのぶひろ

木下延博む ろ いてつひこ

室井哲彦

1997年入局。大阪放送局を経て,2000年から放送技術研究所において,光ディスク,ホログラム・メモリーの研究に従事。現在,放送技術研究所表示・機能素子研究部専任研究員。博士(工学)。

2004年入局。同年から放送技術研究所において,フィールドエミッションディスプレー,ホログラム・メモリーの研究に従事。現在,放送技術研究所表示・機能素子研究部専任研究員。博士(工学)。

いし いのりひこ

石井紀彦かみじょうこ う じ

上條晃司

1993年入局。同年から放送技術研究所において,光通信用デバイス,光ディスク,ホログラム・メモリーの研究に従事。現在,放送技術研究所研究企画部チーフエンジニア。博士(工学)。

1978年NHK入局。室蘭放送局を経て,1981年から放送技術研究所において,広帯域磁気記録,ハイビジョン用VTR,広帯域光ディスク,ホログラム・メモリー等の研究に従事。現在,放送技術研究所表示・機能素子研究部主任研究員。

きく ち ひろし

菊池 宏し み ず な お き

清水直樹

1984年NHK入局。神戸放送局を経て,1987年から放送技術研究所において,各種の光デバイス,ホログラム・メモリー,空間光変調器などの研究に従事。2008年から2010年まで(独)情報通信研究機構に出向。現在,放送技術研究所表示・機能素子研究部主任研究員。博士(工学)。

1982年入局。同年から放送技術研究所において,光記録材料,ホログラム・メモリー,空間光変調器などの研究・開発に従事。現在,放送技術研究所表示・機能素子研究部部長。博士(工学)。

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