6
664 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス効果に及ぼす血清蛋白の影響― 1)広島県 保 健 環 境 セ ンタ ー微 生 物 第 二部 ,2)国 立呉 病 院 臨 床検 査 部,3)広 島 大学 教 育 学 部幼 児 保健 学 雅 博1)松 俊 二2)小 正 夫3) (平成12年4月3日 受 付) (平成12年6月13日 受 理) Key words: virucidal activity, disinfectant 陽 イ オ ン界 面 活 性 剤 系,両 性 界 面 活 性 剤 系,ビ グア ナ イ ド系,ア ルデ ヒ ド系 お よびハ ロゲ ン系 の 計5 種 の 消 毒 剤 の 殺 ウ イ ル ス 効 果 を,DNAウ イ ル ス の ヒ トヘ ル ペ ス ウ イ ル ス,ヒ トア デ ノ ウ イ ル ス,ブ タパ ル ボ ウ イ ル ス の3種 お よ びRNAウ イ ル ス の ウ シ ラ ブ ド ウ イ ル ス,ヒ ト免 疫 不 全 ウ イ ル ス,ポ リオウイル ス の3種 を用 い,血 清 蛋 白 質 の 非 混 在 お よ び 混 在 の 条 件 下 で検 討 し た.ア ルデ ヒ ド系 お よ びハ ロゲ ン系 の 消 毒 剤 は す べ て の ウ イ ル ス に対 して 有 効 で あ っ た が,陽 イ オ ン界 面 活 性 剤 系,両 性 界 面 活 性 剤 系,ビ グ ア ナ イ ド系 消 毒 剤 は エ ンベ ロ ー プ を有 す る ウ イ ル ス に 対 して の み 有 効 で あ っ た.血 清 蛋 白 質 の 混 在 は, 陽 イ オ ン界 面 活 性 剤 系,両 性 界 面 活 性 剤 系 消 毒 剤 の 殺 ウ イ ル ス 効 果 に 強 く影 響 した. 〔感染症誌74:664~669,2000〕 消 毒 制 に よ る消 毒 処 理 は 感 染 防 止 対 策 上,重 な手段である。消毒剤の効果は原因微生物の局在 部からの排除および感染成立に必要なウイルス量 の 減 少 の いず れ か,あ る い は 両 者 に よ り決 定 され る。 と くに ウ イ ル ス 構 成 成 分 の 変 性 や破 壊 に よ り 感染性 ウイルス量を減少させる殺ウイルス効果は 重 要 で あ るが,ウ イルスの性質は多様であ り,各 消毒剤の効果はウイルスごとに異なる可能性が考 えられる. 著者 らは,ウ イ ル ス核 酸 の 違 い,エ ンベロープ の 有 無 な どの 性 状 の 異 な っ た6種 類のウイルスに つ い て,現 在,保 健 医 療,研 究 機 関 等 に お い て多 用 され て い る陽 イ オ ン界 面 活 性 剤 系,両 性界面活 性 剤 系,ビ グ ア ナ イ ド系,ア ルデ ヒ ド系 お よびハ ロ ゲ ン系 の消 毒 剤 の う ちか ら計5剤 を 選 び,そ ぞ れ の 薬 剤 に よる 殺 ウ イ ル ス効 果 を検 討 した. 材料 と方法 1) 供試消毒剤 供 試 し た消 毒 剤 は,陽 イ オ ン界 面 活 性 剤 系 のA 剤,両 性 界 面 活性 剤 系 のB剤,ビ グアナ イ ド系の C剤,ア ルデ ヒ ド系 のD剤 お よ び ハ ロ ゲ ン系 のE 剤 で,そ れぞれの有効成分および常用希釈倍数を Table1に 示 した.各 消毒剤 は試験 のつ ど,滅 菌純 水でそれぞれ所定の濃度に調整 して使用 した. 2) 供試ウイルス エ ンベ ロー プを有 す るDNAウ イルス として ヒ トヘ ルペ ス ウ イ ル ス(HHV)1型 の9633株,RNA ウ イ ル ス と して ウ シ ラ ブ ドウ イ ルス(BRV)の62- 48-21株 お よび ヒ ト免 疫 不 全 ウ イ ルス(HIV)1 型 の9544株 を用いた。 エ ンベ ロ ー プ を 欠 くDNAウ イ ル ス と して ヒ ト 別 刷 請 求先:(〒734-0007)広 島市 南 区皆実 町1-6-29 広島県保健環境センター微生物第二部 野田 雅博 感染症学雑誌 第74巻 第8号

消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

  • Upload
    others

  • View
    10

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

664

消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討

―殺ウイルス効果に及ぼす血清蛋白の影響―

1)広島県保健環境セ ンター微生物第二部,2)国 立呉病院臨床検査部,3)広 島大学教育学部幼児保健学

野 田 雅 博1)松 田 俊 二2)小 林 正 夫3)

(平成12年4月3日 受付)

(平成12年6月13日 受理)

Key words: virucidal activity, disinfectant

要 旨

陽 イオ ン界 面 活性 剤系,両 性 界面 活性 剤系,ビ グア ナ イ ド系,ア ルデ ヒ ド系 お よびハ ロゲ ン系 の 計5

種 の消毒 剤 の殺 ウイル ス効 果 を,DNAウ イル スの ヒ トヘ ルペス ウ イルス,ヒ トアデ ノ ウイ ルス,ブ タパ

ル ボ ウイル スの3種 お よびRNAウ イルス の ウシ ラブ ドウイル ス,ヒ ト免疫不 全 ウイル ス,ポ リオ ウイ ル

ス の3種 を用 い,血 清蛋 白質の非 混在 お よび混在 の 条件 下 で検 討 した.ア ルデ ヒ ド系 お よ びハ ロゲ ン系

の消毒 剤 はす べ ての ウイル ス に対 して有 効 であ った が,陽 イオ ン界面 活性剤 系,両 性 界面 活性 剤系,ビ

グ アナ イ ド系 消毒 剤 はエ ンベ ロー プ を有 す る ウイ ルス に対 して のみ有 効で あ った.血 清 蛋 白 質の混 在 は,

陽 イオ ン界面 活性 剤系,両 性 界面 活性 剤系 消 毒剤 の殺 ウイ ルス効 果 に強 く影 響 した.

〔感染症誌74:664~669,2000〕

序 文

消毒制による消毒処理は感染防止対策上,重 要

な手段である。消毒剤の効果は原因微生物の局在

部からの排除および感染成立に必要なウイルス量

の減少のいずれか,あ るいは両者により決定 され

る。 とくにウイルス構成成分の変性や破壊により

感染性 ウイルス量を減少させる殺ウイルス効果は

重要であるが,ウ イルスの性質は多様であ り,各

消毒剤の効果はウイルスごとに異なる可能性が考

えられる.

著者 らは,ウ イルス核酸の違い,エ ンベロープ

の有無などの性状の異なった6種 類のウイルスに

ついて,現 在,保 健医療,研 究機関等において多

用 されている陽イオン界面活性剤系,両 性界面活

性剤系,ビ グアナイ ド系,ア ルデヒ ド系およびハ

ロゲン系の消毒剤のうちか ら計5剤 を選び,そ れ

ぞれの薬剤による殺ウイルス効果を検討 した.

材料 と方法

1) 供試消毒剤

供試した消毒剤は,陽 イオン界面活性剤系のA

剤,両 性界面活性剤系のB剤,ビ グアナイ ド系の

C剤,ア ルデヒド系のD剤 およびハロゲン系のE

剤で,そ れぞれの有効成分および常用希釈倍数を

Table1に 示 した.各 消毒剤は試験のつ ど,滅 菌純

水でそれぞれ所定の濃度に調整 して使用 した.

2) 供試ウイルス

エ ンベ ロープを有するDNAウ イルス として ヒ

トヘルペスウイルス(HHV)1型 の9633株,RNA

ウイルスとしてウシラブ ドウイルス(BRV)の62-

48-21株 お よびヒ ト免疫不全 ウイルス(HIV)1

型の9544株 を用いた。

エンベロープを欠 くDNAウ イルスとしてヒ ト

別刷請求先:(〒734-0007)広 島市南区皆実町1-6-29

広島県保健環境セ ンター微生物第二部 野田 雅博

感染症学雑誌  第74巻  第8号

Page 2: 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

消毒剤の殺 ウイルス効果 665

Table 1 Contents of disinfectants.

ア デ ノ ウ イ ル ス(HAV)3型 の9607株,ブ タパ ル

ボ ウ イル ス(PPV)の84-33-1株,RNAウ イ ル ス

と して ポ リ オ ウ イル ス(PV)1型 のSabin株 を用

い た.

こ れ ら ウ イ ル ス の う ちPVは 国 立 予 防 衛 生 研 究

所(現:国 立 感 染 症 研 究 所)よ り分 与 され た もの

で あ り,HHV,BRV,HIV,HAVお よ びPPV

は筆 者 らに よ り分 離 され た1)~3)もの で あ る.

3) 使 用 細 胞

ウ イ ル ス 感 染 の 標 的細 胞 に はVero細 胞(サ ル

・腎細 胞 株),HmLu-1細 胞(ハ ム ス ター ・肺 細 胞

株),HEp-2細 胞(ヒ ト ・喉 頭 癌 細 胞 株),CPK

細胞(ブ タ ・腎細 胞 株)お よ びJurkat-tat細 胞(ヒ

ト ・T細 胞 株;AIDS Research and Reference

Reagent Program)を 用 い た.Vero細 胞,HmLu-

1細 胞,HEp-2細 胞 お よ びCPK細 胞 は そ れ ぞ れ

細 胞 増 殖 液(GM)4)に 浮 遊 させ48穴 組 織 培 養 用 マ

イ ク ロ プ レー トに500μl/穴 ず つ 分 注 し,単 層 形 成

後使 用 した.

Jurkat-tat細 胞 は 後 述 す る 方 法 に よ り48穴 組

織 培 養 用 マ イ ク ロ プ レー トに500μl/穴 ず つ 分 注

し浮 遊 培 養 した.

な お,Vero細 胞 はHHVとPV,HmLu-1細 胞

はBRV,HEp-2細 胞 はHAV,CPK細 胞 はPPV

お よ びJurkat-tat細 胞 はHIVの 感 染 価 測 定 に 使

用 した.

4) ウ イ ル ス 感 染 価 の 測 定

各 ウ イ ル ス を 滅 菌 リ ン 酸 緩 衝 生 理 食 塩 液

(PBS,pH7.2)で10倍 階 段 希 釈 した.あ らか じめ

既 報 に 準 じた 細 胞 洗 浄 液4)で3回 洗 浄 した 培 養 細

胞 に 各 ウ イ ル ス 希 釈 液 を100μlず つ4穴 に 接 種

し,37℃,60分 間 で 感 染 を行 っ た.感 染 後,細 胞

維 持 液(MM)4)5)を400μl加 え,37℃ で5~7日 間培

養 した.

また,浮 遊培養細胞を用いた測定方法ではGM1)

を用いて作製 した細胞浮遊 液(1×107/ml)100μl

に階段希釈 した ウイルス液を上述 と同様 に接種

し,37℃,10分 間感染 を行 った.感 染 後,GM

を400μl加 え37℃ で培養 した.培 養2時 間後に1

/2量 のGMを,以 後4日 毎に1/2量 のGMを 交換

し,14日 間培養 した.

それぞれについて細胞変性効果(CPE)を 観察

して,50%組 織培養感染量(TCID50)/100μlを 算出

した.

5) 殺ウイルス効果試験

ウイルス液(105.5~7.0TCID50/100μl)500μlに,滅

菌PBS400μlお よび各消毒剤の試験濃度 よ り10

倍濃厚に調整 した消毒液100μlを 混和 し,室 温で

15,30お よび60分 間処理 した.こ のウイルス ・

消毒液の混合液は,後 述するように消毒剤成分の

細 胞毒性 を考慮 して処 理完了後 速や か に滅 菌

PBSで100倍 に希釈 し,そ の感染価を測定 した.

なお,対 照には消毒液のかわ りに滅菌PBSを 用い

た.

血清混在下の殺 ウイルス効果試験は,前 述のウ

イルス液500μlに 供試ウイルスに対す る中和抗体

あるいは非特異的ウイルス増殖抑制物質を含まな

いことをあらか じめ確認 した牛胎児血清(FCS)

400μlを混合 し,以 後同様に処理 し,感 染価を測定

した.

成 績

1) 消毒剤の各種培養細胞に対する細胞毒性

消毒剤の培養細胞 に及 ぼす細胞毒性 をみるた

め,あ らか じめ試験濃度より10倍 濃厚に調整 した

消毒剤を滅菌PBSで10倍 階段希釈 し,培 養細胞

に各希釈あた り100μlを4穴 ずつ接種 し,37℃ で

平成12年8月20日

Page 3: 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

666 野田 雅博 他

Table 2 Virucidal effect of disinfectants on enveloped viruses

4~7日 間 培 養 後,培 養 細 胞 代 謝 阻 害 に よ るpH

指 示 薬 の 呈 色 異 常 お よ び トリパ ンブ ル ー 染 色 に よ

る 細 胞 の 生 存 の 有 無 を 観 察 し て,TCID,。/100μl

を 算 出 し た.そ の 結 果,各 消 毒 剤 はVero細 胞 に

225~3.0log,HmLu-1細 胞 に2.5~3.0logお よ び

HEp-2細 胞 に2.75~3.25log,CPK細 胞 に25~

3.0log,Jurkat-tat細 胞 に25~3.25logの 細 胞 毒 性

を示 し た.こ れ らの 結 果 か ら以 下 の 試 験 に は ウ イ

ル ス ・消 毒 液 の 混 合 液 を処 理 完 了 後,100倍 に 希

釈 し,消 毒 剤 の 細 胞 毒 性 作 用 が 試 験 の 結 果 に著 し

く影 響 し な い よ う に した.

2) エ ンベ ロ ー プ を有 す る ウ イ ル ス に 対 す る殺

ウ イ ル ス 効 果

i) 血 清 非 混 在 下

HHV,BRVお よ びHIVは す べ て の 消 毒 剤 の

所 定 の 処 理 で い ず れ も 残 存 ウ イ ル ス 感 染 価<0.5

logと な っ た(Table2>.

ii) 血 清 混 在 下

HHVはC剤 の200倍,30分 間 処 理,D剤 の50

~100倍 ,15分 閥 処 理 お よ びE剤 の200倍 ~2,000

倍,15~60分 間 処 理 で そ れ ぞ れ 残 存 ウ イ ル ス 感 染

価<0.5logと な った.A剤 お よ びB剤 で は,そ れ

ぞ れ60分 間処 理 後 の 残 存 ウ イ ル ス 感 染 価 は ≧2.5

logお よ び1.0~ ≧2.5logで あ っ た.

BRVはD剤 の50倍,15分 間 処 理 お よ びE剤

の200倍 ~1,000倍,30分 間 処 理 で 残 存 ウ イ ル ス

感 染 価<0.5logと な っ た.A剤,B剤 お よ びC剤 で

は,そ れ ぞ れ60分 間 処 理 後 の残 存 ウ イ ル ス 感 染 価

は ≧2.5log,2.0~ ≧2.5logお よ び1.0~ ≧2.5logで

あ っ た.

HIVはC剤 の200倍,60分 間 処 理,D剤 の50

~200倍 ,15~30分 間 処 理 お よ びE剤 の200~

1,000倍,30分 間 処 理 で そ れ ぞ れ 残 存 ウ イ ル ス 感

染 価<0.5logと な った.A剤 お よ びB剤 で は,そ

れ ぞ れ60分 間 処 理 後 の 残 存 ウ イ ル ス 感 染 価 は ≧

2.5logお よ び2.0~ ≧2.5logで あ っ た(Table2).

感染症学雑誌  第74巻  第8号

Page 4: 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

消毒剤の殺 ウイルス効果 667

Table 3 Virucidal effect of disinfectants on non-enveloped viruses

3) エ ンベロープを欠 くウイルスに対す る殺 ウ

イルス効果

i) 血清非混在下

HAVはD剤 の50倍,15分 間処理およびE剤

の200~1,000倍,15~30分 間処理で残存ウイルス

感染価く0.510gと なった.A剤,B剤 お よびC剤 で

は,それぞれ60分 間処理後の残存ウイルス感染価

は≧2.5log,≧2.5logお よび20~ ≧2.5logで あ っ

た.

PPVはD剤 の50倍,15分 間処理お よびE剤 の

200倍,15分 間処理で残存 ウイルス感染価く0.5

10gと なった.A剤,B剤 およびC剤 はHAVに 対

する効果とほぼ同様の傾向を示 した.

PVはD剤 の50倍,60分 間処理お よびE剤 の

200倍,15分 間処理で残存 ウイルス感染価く0.5

10gと なった.A剤,B剤 およびC剤 はHAVに 対

する効果とほぼ同様の傾向を示 した(Table3).

ii) 血清混在下

HAVはC剤 の50倍,15分 間処理お よびE剤

の200~1,000倍,15~30分 間処理で残存 ウイルス

感染価く0.5logと なった.

PPVお よびPVに 対するD剤 お よびE剤 の効

果は,そ れぞれHAVに 対する効果とほぼ同様の

傾向を示 した.

なお,A剤,B剤 お よびC剤 は血清非混在下の

条件において顕著な効果を認めなかったため,試

験を実施 しなかった(Table3).

考 察

各種消毒剤 による殺 ウイルス効果を薬剤の使用

濃度,処 理時間,薬 液中の血清混在の有無など種々

の条件下で試験 した.そ の結果,エ ンベロープを

有するウイルスは,血 清非混在下においては一部

の薬剤濃度の低 い場合 を除き,い ずれの条件で も

容易に殺滅 された.

一方,エ ンベロープを有 しないウイルスは消毒

剤の種類により容易に殺滅 されるものと,全 く殺

平成12年8月20日

Page 5: 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

668 野田 雅博 他

滅 されないもの とがあることが示 された.

つぎに,血 清非混在下で殺 ウイルス効果を認め

た消毒剤についてウイルス ・消毒液の混合液に血

清を添加 した条件を追加 して種 々検討 した.そ の

結果,血 清を添加 した場合,非 添加の場合に比 し,

殺ウイルス効果が消失あるいは減衰する傾向があ

ることが示された.と くに陽イオン界面活性剤お

よび両性界面活性剤系の消毒剤において効果の減

衰が顕著であった.

HIVを 対象 とした試験 に用いたウイルス液(感

染 細胞培養 液上清)は 成分 に最終濃 度10%の

FCSを 含んでいる.こ のため,上 述 した血清非混

在下の成績は少 なくとも5%のFCSが 含 まれた

条件である.し かし,各 剤の殺ウイルス効果は良

好な成績を得た.そ の他のウイルスはいずれもウ

イルス液にはFCSを 含んでいない.

これまでのい くつかの報告6)~11)では,消 毒剤成

分の培養細胞への影響 を除 くため,消 毒液処理完

了後,中 和剤 を用いて薬効成分を処理 したのち,

残存 ウイルス量を測定 している.今 回,我 われは

中和剤の培養細胞に及ぼす影響 を考慮 し,ウ イル

ス ・消毒液の混合液 を消毒処理後100倍 に希釈

し,培 養細胞への影響を減ずる試みをした.こ の

ため成績で示 した対照ウイルスのウイルス感染価

は出発 ウイルスの ウイルス感染価 に比べ,約20

10gの 差が生 じている.す なわち,今 回の検討にお

いて得 られた◎(残 存ウイルス感染価<0 .5logを

示す)の 結果は出発 ウイルス液を基準としてウイ

ルス感染価 を算出した場合,真 に残存ウイルスが

検出限界以下である,あ るいは>0.5log~ ≦2.0log

の範囲で ウイルスが残存 しているとも考 え られ

る.し か し,実 際においては出発ウイルスの感染

価から少なくとも4.0log前 後の感染価の低下があ

るため,減 毒 されていると考えるのが妥当であろ

う.

今回の実験では希釈操作を実施するため高力価

のウイルスを使用 しなければならないことや使用

ウイルスが培養細胞で安定して増殖 させることが

可能であることなどの理由か ら,ラ ブ ドウイルス

科およびパルボウイルス科のウイルスでは動物由

来ウイルスを用いた.し かし,こ れらのウイルス

において も基本的な物理化学的性状 はヒ ト由来ウ

イルスと同一 と考えられる.

以上のことから,殺 ウイルスを目的として消毒

剤を使用する場合は,対 象とするウイルスに適し

た消毒剤 を選定すること,適 正な使用濃度を守る

こと,充 分な処理時間を付与すること,薬 液は新

鮮なものを使用すること,な どに留意すべ きと思

われる.ま た,薬 液調整用溶液に糖蛋 白質変性作

用 を有するアルコール等の有機溶媒を併用するこ

とは殺ウイルス効果 を高めるうえで有効な方法 と

思われる.

今回の検討で一部の薬剤では薬液中に有機物が

混在すると殺ウイルス効果の減衰あるいは消失が

生 じることが確認された.こ のため,期 待 した殺

ウイルス効果を得るため には消毒処理過程 に先

立って洗浄操作を加えるなどの消毒薬液への有機

物等の混入を最小限に抑えることも効果的な方法

と思われる.た だしこの処理過程では,洗 浄操作

中のウイルスの飛散,洗 浄済み液の後処理等に配

慮が必要であろう.

したがって,保 健医療,研 究機関等における病

原微生物の殺滅処理は薬剤処理にのみ依存するの

ではなく,必 要に応 じて他の消毒,滅 菌処理法で

ある高圧蒸気滅菌,ガ ス滅菌,紫 外線滅菌,放 射

線滅菌,焼 却等を有効に活用することが必要であ

ろう.

文 献

1) 松田俊二, 野田雅博, 豊田安基江, 徳本静代, 宮

田正彦: 広島県におけるヒト免疫不全ウイルス

(HIV-1)の 分離とV3領 域遺伝子の解析. 感染症

学雑誌1996; 70: 931-937.

2) Noda M, Inaba Y, Banjo M, Kubo M: Isolation of

Fukuoka virus, a member of the Kern Canyon se-rogroup viruses of the family Rhabdoviridae, from cattle. Vet Microbiol 1992; 32: 267-271.

3) 野 田雅博, 山下秀之, 宮本守人: 豚異常産胎児か

らの豚パルボ ウイルスの分離 と蛍 光抗体法 に よ

る迅速診断. 日獣会誌1986; 45: 251.

4) 野田雅博, 妹尾正登, 徳本静代, 稲葉右二: 単純

ヘ ルペ スウ イルス1型 の赤血球 凝集抑 制お よび

補体要求性-赤 血球凝集抑制抗体.臨 床とウイル

ス1993; 21: 167-170 .

5) Noda M, Koide F, Asagi M, Inaba Y: Physico-

chemical properties of transmissible gastroenteri-

感染症学雑誌  第74巻  第8号

Page 6: 消毒剤の殺ウイルス効果に関する検討 ―殺ウイルス …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/74/...消毒剤の殺ウイルス効果 665 Table 1

消毒剤の殺 ウイルス効果 669

tis virus hemagglutinin. Arch Virol 1988; 99:

163-172.

6) 栗 村 敬, 大 津 啓 二, 上 羽 昇: Glutaraldehyde

に よ る ウ イ ル ス の 不 活 化. 防 菌 防 黴 誌1977;

5: 15-18

7) Kobayashi H, Tsuzuki M, Oda T et al.: Inactiva-

tion of hepatitis B virus. Jpn J Med Instrum 1980; 50: 524-525.

8) Brown T T: Laboratory evaluation of selected

disinfectants as virucidal age against porcine par-vovirus pseudorabies virus and transmissible

gastroenteritis virus. Am J Vet Res 1981; 42:

1033-1036. 9) Scott FW: Virucidal disinfectants and feline vi-

ruses. Am J vet Res 1980; 41: 410-414. 10) Engelbrecht RS, Weber MJ, Salter BL, Schmidt

CA: Comparative Inactivation of viruses by chlorine. Appl Environ Microbiol 1980; 40: 249-256.

11) Kaplan JC, Crawford DC, Durno AG, Schooley RT: Inactivation of human immunodeficiency vi-rus by betadine. Infection Control 1987; 8: 412-414.

Virucidal Activity of Disinfectants. Influence of the Serum

Protein upon the Virucidal Activity of Disinfectants

Masahiro NODA, Shunji MATSUDA & Masao KOBAYASHI1)Division

of 2nd. Microbiology, Hiroshima Prefectural Institute for Publiec Health and Environment Science2)Division

of Microbiology, Institute for Clinical Research, Kure National Hospital3)Department

of Child Health, Faculty of Education, Hiroshima University

Five disinfectants were tested for virucidal activity on three DNA viruses and three RNA vi-

ruses in the presence or absence of serum protein. Disinfectants of the aldehyde and halogen groups

had a virucidal activity on human herpes virus, bovine rhabdo virus, human immunodeficiency virus,

human adeno virus, porcine parvo virus, and polio virus. Disinfectants of the invert and amphoteric

soap groups, and biganide group had a destructive effect on RNA and DNA viruses possessing an en-

velope. The presence of serum protein exerted great influence upon the virucidal activity of disinfec-

tants of the invert and amphoteric soap groups.

平成12年8月20日