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槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 1
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書
2011 年 12 月 29 日~2012 年 1 月 3 日
日本勤労者山岳連盟・東京都勤労者山岳連盟 ぶなの会
2012 年 2 月 4 日作成
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 2
<はじめに>
去る 2012 年 1 月 3 日の槍ヶ岳北鎌尾根での遭難事故に際しましては、救助活動に当たっ
てくださった警察や消防、遭対協の方々、ぶなの会、GRAPPA の会員の皆様へ多大なご迷
惑、ご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。不幸中の幸いでパーティ全
員とも無傷で下山できましたが、ひとつ間違えれば全員が命を失っても全くおかしくない
事故でした。
今回の事故に関しては、厳しいご指摘を多く頂きました。無事自力下山するという最低
限の責任を行動で示せなかった事について、申し訳ない気持ちで一杯です。
今回の事故を振り返ると、山に向き合う姿勢そのものに大きな問題があったのではない
かと反省しています。再びこのような事故を起こさないためにも、事故の詳細な報告と原
因分析が必要だと考え、事故総括を報告書としてまとめました。まだ至らない点が多々あ
るかとは思いますが、皆様のご意見、ご批判を真摯に受け止め、これからの山行に生かし
ていきたいと思います。
米田聡・五十嵐文彰・嶋津敦子・服部知尋
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 3
Ⅰ事故概略
年末年始山行として 2011 年 12 月 29 日から 2012 年 1 月 3 日までの予定で長野県大町市
葛温泉から槍ヶ岳北鎌尾根を経て岐阜県の新穂高温泉まで抜ける計画で入山したが、1 月 3
日朝に槍ヶ岳北鎌尾根上の P14・P15 鞍部において悪天のため停滞となり、同日午後にヘ
リコプターによる吊り上げ救助を受けた。
Ⅱ山行計画
詳細は資料 1 山行計画書を参照。
ここには概要を抜粋して記載した。
<山行のメンバー>
L:米田聡・五十嵐文彰・嶋津敦子・服部知尋
※各メンバーともバリエーションルートを中心に年間を通して登山を行い、冬山経験は
5-15 年程度。厳冬期のアルプス 3000m 級の山中泊の経験もあった。
メンバーの詳しい山行経歴は資料 2 を参照
<行動計画>
12 月 29 日
葛温泉-七倉温泉-高瀬ダム-湯俣-千天出合{C1}
12 月 30 日
C1-P2-北鎌のコル{C2}
12 月 31 日
C2-P8-独標{C3}
1 月 1 日
C3―北鎌平―槍ヶ岳―槍ヶ岳肩の小屋{C4}
1 月 2 日
C4-大喰岳西尾根下降-新穂高
1 月 3 日
予備日
予備日 1 日・最終下山日時:1 月 3 日(火)
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 4
<装備>
一般的な冬山装備に登攀具(ハーネス・ロープなど)。総重量は平均 20 キロ強。燃料は
冬季用 500 サイズのガスボンベを 4 本、同 250 サイズのガスボンベを 1 本持参。予備日用
の食料として棒ラーメンを一人 2 食(夜・朝分)用意した。
Ⅲ行動記録
以下の文章の太字、下線部は今回の事故において問題と考えられる点、判断のキーポイン
トとなったところである。
<出発までの経過>
本山行を計画したのは 10 月中旬のことである。メンバーを 11 月上旬に正式決定し、各
自でルート勉強などを行っていた。また練習山行として遠見尾根~五竜岳の山行を行った。
主に冬山生活での認識合わせを目的としていた。(練習山行は悪天のため中退)
<入山~ヘリ搬送までの経過>
計画と実行動について、資料 3 に地形図を掲載した。
また山行期間中の天気図を資料 4 に掲載した。
12 月 29 日
曇りのち雪
6:50 葛温泉を出発
10:20 林道終点
12:45 湯俣
13:15 ヘルメット捜索のため戻る(五十嵐)
15:00 (五十嵐は 17:00) 湯俣上流地点(C1) [二俣より直線距離で約 700m 上流]
21:00 就寝
七倉温泉で計画書を提出し、北鎌尾根への入山者がほかに 3 パーティいる事を知る。先行
パーティのトレースに助けられて順調に進み、湯俣で硫黄尾根に向かう立川山岳会パーテ
ィに会う。
湯俣から 5 分ほど進み、水俣川にかかる吊橋を渡った地点で五十嵐がヘルメットを落とし
たことに気づき、捜索のため卖独で戻ることとする。(写真から、林道終点時にはザックに
ついていたため、捜索範囲は限定できた) 取り決め事項は、16:30 までに吊橋へ戻って
くる事だった。五十嵐以外の 3 人は先行して幕営適地を探すこととした。(13:15)
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 5
15:00 に五十嵐以外の 3 人は幕営地点に到着し、米田は五十嵐を迎えに行くために晴嵐荘ま
で戻り、嶋津・服部はテントの設営を行う。五十嵐は林道終点まで戻ってヘルメットを回
収したが、水切れでばてて帰幕が遅れ 16:20 に米田と合流、2 人が幕営地に着いたのは 17
時。
12 月 30 日
晴れ
4:00 起床
7:00 C1 出発
12:30 千天出合
13:30 P2 への尾根取付(最終渡渉終了地点)
17:15 P2 (C2)
朝食をとってから、昨夜汲んでおいた水が足りないことが判明し、沢に水を汲みにいく。
このため 30分ぐらいロスをしたため、出発までに 3時間かかる。中東沢を過ぎて渡渉開始。
1 回目(左岸→右岸)は難なく渡渉、2 回目(右岸→左岸)で嶋津、少しだけ浸水。
9 時前、3 回目(左岸→右岸)で嶋津の膝付近にあったビニール袋の上から浸水。これで両
足のブーツ・靴下を完全に濡らしてしまい、靴下を履き替える。
4 回目(右岸→左岸)嶋津は米田渡渉後、彼のビニール袋を借用して渡渉。
10 時前、5 回目はヘツリだが、五十嵐と服部は沢通しで進み、米田と嶋津はアイゼンを履
き古い残置ロープを使ってヘツリで進む。この時、服部は沢から上がる時に足を滑らせ沢
に落ち右足を濡らす。ただ、防水ソックスだったため足の中は濡れなかった。このあと、
左岸を大きく高巻き、懸垂 1P あり。
吊り橋跡の少し上流付近で 6 回目(左岸→右岸)を渡ってから、千天出合を右下に見なが
ら天上沢へ。最後の 7 回目(右岸→左岸)を渡り終えたのが 13 時過ぎ。
13:30 最終渡渉終了し、P2 の尾根に取付く。下部はトレースもあり快調に進んだが上部で
木登りの先が凍土+岩で悪く、ロープを 2 ピッチ出す。
暗くなったころに P2 着。日大の 3 人パーティのテントがあった。彼らも渡渉で浸水したの
で、早めに幕営したとのこと。
12 月 31 日
快晴
3:30 起床
7:10 C2 出発
12:45~13:10 北鎌コル
14:30 P8 と P9(2749 地点)の間(C3)
終日トレースほぼあり、快適に進む。P5 の巻きで先行する日大パーティに追いつく。そ
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 6
の後もトレースに助けられて 2749 地点直近まで進み、幕営適地を発見。この先は独標まで
進まないとテン場が無いと思っていたこと、独標の処理には時間がかかる事、さらには明
日の悪天予報で停滞の可能性もあった為、2749 直前にて行動終了。
テン場は悪天に備え、風を避けられるように雪を掘り、ブロックも積んだ。
なお、ロープは P5 の巻きの手前、北鎌のコルへの下りで、懸垂に使用しただけ。
16 時に天気図を取る、事前の予報通り明日は気圧の谷通過とのこと。
1 月 1 日
曇りのちガス・強風・雪
3:30 起床
6:45 C3 出発
11:45 独標ピーク(C4)
朝は視界良好、初日の出は雲の向こう側だった。独標取付きまでは順調に進む。独標は
予定より遅れていることもあり直登は避け千丈沢側から巻き始める。巻きでロープ 1 ピッ
チ出し、そのあとルンゼ状を登りで 2 ピッチ。2 ピッチ目はチムニー状の立った壁で黄色い
デイジーチェーンの残置あり。米田が空身で突破。その後詰めて独標ピークに至る。ロー
プを出している最中から雪が降り始め、視界がかなり悪化。風もそこそこ強い。独標ピー
クで下りルートを探すも明瞭なルートが見つからない。懸垂で降りることも考えたが、明
日、天候回復すればルートは見つかるだろう、という話になり時間は早いがこの日は行動
を打ち切る。独標ピークの岩陰を掘り、ブロックを積んでかなりしっかりしたテン場を作
成して終了。16 時に取った天気図では、本日通過した低気圧の西側には特に顕著な悪化の
兆しは見られなかった。
夜、明日進むか戻るかの話になったが、携帯はずっと圏外だったためここからなら進ん
だ方が下界に連絡できる場所へ早く出られる(肩の小屋が最も近い)のではないかという話
になり、継続決定。
1 月 2 日
ガス・強風
3:45 起床
7:25 C4出発。
8:20 独標(P10)とP11の鞍部
11:00 P13とP14の間
15:00 P15手前(C5)
夜の降雪でフライの末端が雪で埋まり、テント内が酸欠状態でガスが思うようにつかな
い。出発が大幅に遅れる。擬似晴天のせいか時折晴れ間がのぞき大槍が見える。前日より
視界は悪くない。前夜からの降雪で先行トレースは消えている。独標からP11の鞍部へ下る
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 7
トラバースで米田が100mほど滑落。 (幸い怪我はなし。時間的ロスもほとんどなく、この
あとの行程には影響しなかった) 千丈沢側を巻くのがセオリーと思っていたが、巻きも悪
いためルートファインディングに苦労し非常に時間がかかる。P13手前でチムニー状地形を
千丈沢側へ懸垂するもそのあとのトラバースが悪く、ルンゼ状地形をリッジへ登り返して
懸垂し、天上沢側で深いラッセルを強いられる。P15の手前のコルで幕営適地(C5)を見つけ
たが、いったんは西側へのルートを探していく。しかし、ルートが悪く結局引き返した。
ここで時間も15時となり、日没までに北鎌平へ辿りつけそうにないため行動を打ち切った。
この時点で、今後の見通しに不安を感じる。
なお、天候はガス時々晴れだが、西側はゴーグル無しでは目を開けられない程の強風だ
った。稜線の東側に懸垂で降りると風は避けられるが、ラッセルは腰上から首まで。
翌日以降の天候悪化に備え、数日間の停滞にも耐えられるように日没まで徹底的にブロ
ックを積む。下山遅れが濃厚になったためガスと食料を節約するが、かなり寒いため多く
のメンバーは寝られなかった。
天気図は 16 時に取るが、昨日通過した单岸低気圧が発達して大荒れの様相。これを踏まえ
明日朝に天候が好転してないようであれば救助を呼ぶ方向で一致。22 時も天気図を取るも
16 時と傾向変わらず。
1 月 3 日
4:00 起床 昨夜からの強風が続いており、明るくなってからの救助要請を決定。
7:45 救助要請の準備開始(段取り確認、連絡事項の整理、GPS の位置情報取得等)
8:02 無線にて非常通信開始。145.00 で呼びかけるも誰も応答がないので、他の通信に割
り込んで応答してもらうことを狙う。
8:25 144.72 にて会話中の柳沢さんに応対してもらう。状況および名前、年齢、人数、体
調、天候、携帯通話の可否、GPS データを伝える。なお状況としては風が強く動けず食料
と燃料の残量が乏しいこと、現時点で体調不良者がいないことは伝えた。(一部報道では低
体温症のため救助要請、とも出たが、このあとの交信も含め低体温症の話は一切なかった)
9:35 柳沢さんと交信。計画書をメールにて提出済みであることを伝える、全員の名前を確
認、ヘリにて 2 名ずつの救出計画があることを聞かされる。
11:29 柳沢さんと交信。大町警察のカネコさんが担当であることを聞かされる。ヘリが飛
べないので他の方法を検討しているとのこと。(午前中ヘリが飛んだが強風で断念と後で知
る) またこれ以降は大町警察の人からアマチュア無線にて連絡があるとのこと。
しかしここから約 3 時間、無線は音信不通となる
14:30 すぎ ヘリの音がしたので外に出ると一機飛来、スコップを振って合図する。食料と
燃料が厳しいと伝えたら燃料250サイズを1個と水500mlをいただく。嶋津ピックアップ。
また服部と五十嵐はハーネスを渡され準備。しかしヘリはそのまま飛び去る。またこの間、
報道のヘリに撮影されていたらしい。
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 8
15:00 すぎ ヘリ再度飛来、服部をピックアップ。食料(ソイジョイ 2、ゼリー2、滅菌ガー
ゼ、使い捨てカイロ)をもらう。
15:35 嶋津から在京へ、嶋津 1 名がヘリ救助されたと連絡。
15:58 服部から在京へ、服部 1 名がヘリ救助されたと連絡。
16:30 ヘリ再再度飛来。米田→五十嵐の順にピックアップ。
16:35 嶋津から在京へ、米田、五十嵐がヘリ救助されたと連絡。
16:51 米田と五十嵐、松本空港へリポート着。
松本空港に4人揃った後 県警航空隊の方から厳重注意。
大町署に移動。タクシー+電車+徒歩
(松本空港、大町署の玄関で報道関係者が玄関に待っていた。)
大町署で地域課の伊藤さん、遭対協の方に事情聴取と誓約書等を書きここでも厳重注意を
受ける。
20:00 前頃、無線を取ってくれた柳沢さんにお礼の電話入れる。
ひと段落後、米田がぶなの会メーリングリストに 4 人無事のメールを流す。
この日は信濃大町泊。
1 月 4 日
朝から松本空港へ向かい県警航空隊、防災消防航空隊へ挨拶にうかがったのち、帰京。
Ⅳ 救助要請に至った経緯について
■12/31 夜時点:計画よりやや遅れているもののさほど問題ではないと考え、誰も退却も救
助も考えなかった。
■1/1 夜時点:事前の予報通り天候悪く半日しか行動しなかった。この時点では退却の話も
出たが以下の理由で計画続行となった。
・計画書よりちょうど 1 日遅れであって予備日を含めばこの先計画通り行動することによ
り 3 日までに問題なく下山できること。
・16 時に取った天気図ではさほど天気の悪化の様相はなかったので翌日はもう少し順調に
進めると考えたこと
・仮に退却しても行程的にはすでに進むより長くなっており、予備日までに連絡のつくと
ころへ出られず下山遅れとなる可能性が高いと考えたこと
・携帯電波が入り在京へ状況を知らせるのが早いと言う意味では、退却するより槍の肩の
小屋のほうが早く、近いと考えたため
■1/2 夕方時点:思いのほか進めなかった。視界はあったが風雪強く、またルーファイに苦
しんだ。風も強かったためブロックをしっかり積む。明日の天気状況によっては篭城とな
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 9
ることも考慮。明日も今日と同じような状況かそれ以上悪化と考えられた。食料的には明
日はまだなんとかなる状態だったので進むことも可能だが悪化の場合、今日の行動ペース
を考えるとさほど遠くないはずの槍の肩の小屋に届かない可能性は高かった。そうなった
場合残食料・燃料共にきわめて乏しい状態で吹きさらしの中 2 日間の篭城となった後、自
力下山は極めて困難と思われた。(すでに今日の行動で凍傷ではないが手足先のしびれを感
じるメンバーもいたため)
小屋まで届かない可能性が高く、命の危険をも感じはじめすでに退却するには遅すぎる状
況を考え、これ以上の天候悪化の前に救助を呼ぶ方向とした。念のため明日朝の状況を見
たあと最終決定することとした。
22 時の天気図を取るも状況としては 16 時と何も変わっていなかった。
■1/3
朝 4:00:風の状況変わらず、進むことを断念。明るくなることを待つこととする。
1/3 8:00 救助要請開始
Ⅴ 在京の動き
・1/3
>11:30 頃代表 ぶなの会代表・杉山弥に大町警察署から電話が入る。
12:47 会のメーリングリストに杉山から状況報告メールを流す。
13:40 一部メンバーを現地派遣を決定
>15:35 下山連絡担当・高城に嶋津がヘリ救助されたと連絡が入る。
>15:58 杉山に服部がヘリ救助されたと連絡が入る。
16:16 会のメーリングリストに運営委員長・小玉健彦から状況報告メールを流す。
>16:46 小玉に米田、五十嵐がヘリ救助されたと連絡が入る。
17:06 会のメーリングリストに小玉から状況報告(全員救助完了)のメールを流す。
・1/9
代表:杉山弥 運営委員長:小玉健彦 リーダー部長:天久卓也
三役にて関係各所に挨拶に伺う。
長野県警大町署:地域課。長野県警察航空隊。長野県消防防災航空隊。
遭対協:北アルプス北部地区大町班。
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 10
Ⅵ 他パーティの動向
・日大 3 人パーティ
12/23 入山で 1/8 までの計画とのこと
入山から数日はクリスマス寒波で停滞、12/30 に P2(ぶなパーティと同じ場所)、12/31 は
北鎌のコル、1/3 には独標に到達していたと思われる。1/6 朝凍傷のため救助要請。独標に
てヘリで救出。
→予備日をたくさん持つことが成功につながるとは限らない例。
・千種アルパインクラブ
12/29 入山で 1/1 に下山。各日平均 11 時間行動している。
29 日に千天出合、30 日 P5 基部、31 日独標と P11 の間、とぶなパーティの数歩先を進ん
でいた。
→コンディションいい日には最大 11 時間行動など早めの行動は見習うべき点が多い。
Ⅶ 今回の事故の問題点
・全日程にわたって言えるが予定より行動が遅れていることについての緊迫感が無かった。
→入山前の週間予報支援図によれば 1/1 だけ崩れる予報であったため、天候が悪化して行動
できなくなることを想定していなかった。また、早い段階から細かいミスやアクシデント
で時間を使ってしまい、予備日を当て込んで行動しているため、終盤の本当に必要な状況
で予備日がなくなってしまっていた。予備日は何が起こるかわからない冬山であることを
考えると一日では十分ではなかった。予備食・燃料については計画日程分については十分
だったが、予備日分以上に持っていれば気持ちに余裕ができた可能性も考えられる。
・一日の行動時間が短い。(平均 8 時間)
→起床から出発までの準備行動に平均 3 時間かかっている、行動終了も理由はそれぞれあ
ったが、午後の早い目の時間だった。(他、4 泊 5 日で抜けている記録を見ても 10 時間は行
動している)
・退却の決断が遅れた。
→完全に浸水した嶋津を含め、渡渉に苦労した経験から来たルートを戻ることに対し、(再
度の渡渉を厭い)腰が重かったため。今思えば元旦の行動で独標の頭で行動終了・幕営し
た地点がターニングポイント。独標からの先のルーファイが視界不良によって厳しいので
あれば、翌日に託す前に、この昼の時点で幕営せず退却を開始していれば、自力下山でき
た可能性も高かったと推察される。また、一定日数ごとに足切りラインを設定し、到達で
きなかった場合は引き返す(ことを検討)など一定の基準値を自分たちで持っておくことも
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 11
考えられた。
・尾根上部のルーファイの見込みが甘かった
→北鎌のコルから上は、米田・五十嵐に夏道経験があったため、さほどルーファイで苦労
するとは思っていなかった。
Ⅷ 事故の総括
今回の事故では致命的な大きな失敗はなかったものの、計画より行動が遅れていることへ
の切迫感のなさが結果的に自力下山失敗につながった。その原因は上記Ⅶで挙げた通りだ
が天候への見込みの甘さ、行動時間の短さ、予備日の短さ、厳冬期における上部ルーファ
イについての見込みの甘さがあった。また引き返す決断が遅れたことも重要な点である。
天候、ルーファイについて最悪のケースを考え行動していれば、下山遅れとなっても自力
下山できていた可能性は高かったと思われる。
対策としては最悪のケースを常に想定しながら行動することが挙げられる。今回のケー
スであれば 1/1 に悪天で思うように進めなかった時点で翌日もその可能性を想定して行動
すべきだった。また、厳冬期の北アルプスなので、時間日程の貯金ができるくらいの行動
先取りで前進していく気持ちと実行が必要であった。安易に予備日を行動計画の日程に取
り込むべきではなかった。予備日を使わないと降りられないかもしれないと判明した時点
で、撤退を決断していれば最悪のケースは避けられたかもしれない。
今回の事故を起こしたことを深く反省し、得られた以上のような教訓を決して忘れるこ
となく、今後の登山活動に臨まなければならない。
Ⅸ ぶなの会を代表して
本遭難事故の顛末について会を代表してご報告いたします。今回の事故は、「いろいろな
要素が絡み合って最終的に前進も後退も不可能に至り救助要請を判断、幸運にもヘリコプ
ターで救助いただいた」と認識しております。これについて、出席を義務付けている例会
および会役員による運営委員会での都合4回の議論、および会で運用しているメーリング
リストによって多くの会員から意見が出されました。
そこでのポイントは「行動、燃料・食糧、予備日」の3点、また冬の北アルプスと対峙
する心構えについての意見もありました。会としてこれら議論を全て統一することは、残
念ながらこの 1 ケ月ではかなわず、これから継続的に議論を重ねる必要があると考えてい
ます。
ただ、今回の事故を機に会員全員が「二度とこのようなことを起こしてはならない」と
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 12
いう気持ちを新たにしたことは事実です。また「自分ならこの状況でどのような判断を下
したか」「自力下山するためには何が必要か」というシミュレーションも含む問題意識を持
ったことも事実です。このたびの事故を教訓として今後一層の安全登山を推進し、二度と
同じようなことを起こさないことを会としてお約束したいと考えます。
最後に、
事故発生から後処理まで対応して頂いた長野県警大町警察署の皆様
悪天の中ヘリを飛ばして頂き無事救助して頂いた長野県警航空警察隊および長野県
消防防災航空隊の皆様
地上からの捜索に備え出動準備をしてくださった北アルプス北部地区遭難対策協議
会の皆様
救助要請の無線を拾って頂き警察に通報してくださった茅野市のアマチュア無線家
の方。
上記の皆様に正月早々ご迷惑をおかけしたことをお詫びすると同時に心より感謝申し上
げます。
ぶなの会代表 杉山弥
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 13
資料 1:登山計画書
ぶなの会 山行計画書
作成 米田聡 2011/12/22 ver.1.0
○山域・ルート: 北アルプス・槍ヶ岳 北鎌尾根 (1/2.5 万図エリア :上高地、穂高岳、槍ヶ岳、笠ヶ岳)
○参考文献(書籍)とページ:チャレンジアルパインクライミング
○期 日: 12 /28(水)前夜発 ~ 1 /2(月) ※予備日 1/3(火)まで
○メンバー(記載事項:氏名、生年月日、血液型、住所、電話番号、保険口数、緊急連絡先)
五十嵐文彰 64.11.03 A 型 川崎市宮前区土橋 3-27-12 080-1066-7466 10 口 五十嵐直子(妻 090-9964-4582)
嶋津敦子 62.11.27 O 型 千葉県市川市東菅野 3-15-20 047-334-9386 10 口 嶋津孝枝(母 047-334-9386)
服部知尋 87.9.16 O 型 東京都新宿区上落合 3-14-9-203 080-5544-8596 5 口 服部典幸(父 080-5025-0207)
L 米田聡 75.11.14 O 型 川崎市多摩区中野島 5-2-3-802 080-6145-1493 10 口 米田泉(妻 080-6103-0069)
○行動予定
・ 12/28 (水)夜東京発-信濃大町
・ /29 (木)信濃大町(タクシー)-高瀬ダム-湯俣-千天出合い手前CS
・ /30 (金)千天出合手前CS-千天出合い-P2-北鎌のコルCS
・ /31 (土)北鎌のコルCS-独標CS
・ 1/1 (日)独標CS-北鎌平-槍ヶ岳-槍ヶ岳冬期小屋
・ 1/2 (月)冬季小屋-大喰岳西尾根下降-新穂高
・ /3 (火)予備日
○エスケープルート、荒天時対策山行中の留意点、安全対策
・迷ったらロープを出す。
・雪崩に注意。
・防風防寒対策を万全に
・引き返す
・渡渉
○主要装備
*共同装備
・テント(4-5人用)嶋津
・銀マット2 米田、嶋津
・コッヘルL(お玉付) 米田
・コッヘルM(JETBOIL) 米田
・ガスヘッド2 JETBOIL 米田、五十嵐
・ガス缶 大:全員 + 中:服部
・お盆、じょうご 各1 嶋津
・29 夜 30 朝 五十嵐 キムチ鍋 ラーメン
・30 夜 31 朝 嶋津 ワンタンご飯 フォー
・31 夜 01 朝 服部 豚汁 雑煮
・01 夜 02 朝 米田 ハヤシライス そば
・予備食 米田 嶋津(計 8 食 1 日分)
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 14
・無線機 服部
・ラジオ、天気図用紙 服部
・ロープ(HALF) 50m 米田
・スノーバー1 嶋津、デッドマン1 米田
・ブラシ 服部
・ハーケン適宜 五十嵐
*個人装備
【登攀具】
・ピッケル1、バイル1
・ヘルメット
・アイゼン
・ハーネス
・カラビナ+スリング長短 4 セット
・捨て縄
・環付ビナ1
・環付ビナ+確保・下降器
・アッセンダー
・デイジー+小環ビナ
・ワカン
・渡渉用ビニール袋(任意)
・沢ソックス(任意)
・サンダル(任意)
・ストック(任意)
・ナイフ、笛
・土嚢袋
・スコップ
・ビーコン
・プローブ
【衣類・生活用具・その他】
・ザック
・ヤッケ上下、中間着、下着
・スパッツ、ブーツ
・目出帽
・手袋(オーバー・厚手・薄手)+予備
・靴下+予備
・防寒着(フリース・ダウン)
・個人マット
・シュラフ+シュラフカバー
・ライター、日焼け止め
・ロールペーパー、てぬぐい
・カモノハシ
・高度計付時計
・サングラス(ゴーグル)
・地図、コンパス、GPS(任意)
・計画書、筆記用具
・ヘッドランプ+予備電池
・救急セット(持病薬含む)
・保険証、免許証、お金、カード
槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 15
・おつまみ、お酒、お茶類
・行動食、非常食
・カメラ(任意)
*食糧<4泊分> *非常食< 1 泊分棒ラーメン> *行動食<6日分>
*携帯電話番号 080-5558-9948(服部) *無線(JI1ZYS ぶなの会)
[会装備]4-5 人用テント(1112)、コッヘルL9804、無線機
[車両] なし
[下山連絡先]
・杉山弥さん(12/29-1/1)
090-3477-7016
・高城正樹さん(1/2-4)
090-9403-7583
*管轄警察等(電話番号)大町警察署 0265-83-0110
*管轄警察等への計画書提出の有無 有り
[email protected] へメールで提出
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所属団体 ぶなの会(東京都勤労者山岳会連盟加盟)
代表 杉山弥 〒332-0031 埼玉県川口市青木 2-3-19(090-3477-7016)
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槍ヶ岳北鎌尾根遭難事故報告書 16
資料 2:各メンバー 代表的な登山経歴
氏名 年月 日数 山名 備考2008年12月 4日 西穂高岳~涸沢岳西尾根2009年12月 6日 槍ケ岳・横尾尾根(途中敗退)2010年5月 5日 室堂~新穂高温泉(山スキー) リーダー2011年1月 3日 鋸岳~甲斐駒ケ岳2011年2月 2日 三田原山~火打山~シャルマン火打縦走(山スキー) リーダー2011年4月 2日 八ヶ岳 旭岳東稜2006年12月 4日 剱岳早月尾根2007年2月 3日 鳥甲山 白鞍嵓尾根2008年12月 4日 西穂高岳~涸沢岳西尾根2009年12月 6日 槍ケ岳・横尾尾根(途中敗退) リーダー2010年2月 2日 戸隠 八方睨コース2011年1月 3日 鋸岳~甲斐駒ケ岳2006年6月 18日 デナリ(マッキンリー) リーダー2008年12月 2日 クック リーダー2009年8月 3日 モンブラン3山縦走、マッターホルン リーダー2010年8月 2日 メンヒ、ユングフラウ リーダー2011年1月 3日 鋸岳~甲斐駒ケ岳2011年2月 3日 戸隠 P1尾根2011年3月 3日 富良野岳、上ホロカメットク、十勝岳(途中敗退) リーダー2011年4月 2日 八ヶ岳 旭岳東稜 リーダー2007年2月 5日 仙丈ケ岳 地蔵尾根2007年3月 3日 聖岳、茶臼岳2007年5月 5日 剱岳 別山尾根、長次郎雪渓(文科省リーダー研修)2008年2月 2日 富士山2008年12月 3日 北岳 リーダー2009年2月 4日 鳳凰岳早川尾根 リーダー2009年2月 8日 北岳~塩見岳 リーダー2011年1月 3日 鋸岳~甲斐駒ケ岳
米田聡
嶋津敦子
五十嵐文彰
服部知尋
資料 3 北鎌尾根地形図
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12/30 C2
12/31 C3
1/1 C4
1/2 C5 ピックアップ地点
計画 12/30 C2
計画 12/31 C3
計画 1/1 C4
計画 12/29 C1
12/29 C1
資料 4 山行期間中の天気図(12/29-1/3)
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