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国立天文台天文シミュレーションプロジェクト成果報告書 ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射輸送計算コードの開発 牧野芳弘(京都大学) 利用カテゴリ XC-Trial 【研究背景・研究目的】 ブラックホール周囲の降着円盤は、超高速ジェットや強力な放射など、高エネルギー現象の起源 と考えられている。また、降着円盤からのエネルギーや運動量の放出は、周囲の星間ガスに影響 を与えるため、星や銀河の進化にとっても重大な影響である。しかしながら、降着円盤やジェットの メカニズムについては、まだよく分かっていない。 降着円盤の研究は1970年代に始まり、1次元の解析モデルを中心に発展してきた しかし、円盤 表面からのガス噴出や円盤内部の乱流など、多次元効果が重要ということが指摘され、しかも、輻 射場や磁場とガスの相互作用が問題の本質に関わることが示されてきたため、多次元の輻射磁気 流体力学計算が行われるようになってきた。特に、一般相対論を組み込んだ輻射磁気流体計算は、 最先端の研究課題であり、近年になってようやく実現可能となった。ただし、そこではM1 closure 法と呼ばれる近似法を用いて輻射モーメント式を解いている。M1 closure法は、光学的に厚い極限 で正しいが、薄い状況や、光学的厚みが1程度の場合に不正確な輻射場を示す場合がある。円盤 の冷却や、円盤表面からのガス噴出を正しく調べるには、光学的厚みが1かそれ以下の領域での 輻射輸送を正しく解かなければならない。よって、本研究では、ボルツマン方程式を用いて輻射輸 送方程式を直接解く、より厳密な一般相対論的輻射輸送計算コードを開発する。 【コードの開発状況】 コード開発の第一歩として、まず、Schwarzschild時空で、振動数積分したボルツマン方程式の移 流項をグリッドベースで解くコードの開発とテスト計算を行った。さらに、その後、同時空で振動数 依存したボルツマン方程式の移流項を解くコードの開発を行った。移流は陽的に積分している。こ れにより、光速でタイムステップを決める必要があるが、ブラックホール周辺では、そもそも流体の 速度が高速なため、これによる計算速度の低下は大きな問題とならない。逆に、陰的に解く際に必 要な大規模行列反転が不要となり、並列化効率が向上する。 本コードでは、Nagakura et al. (2014) で提唱されているように、輻射intensityの方向を実験室系 で、振動数を流体静止系で設定することも可能である。これは、本年度に、ガスと輻射の相互作用 をコードに実装するのを見越してのことである。この手法によって電子散乱を解く際の数値的な扱 いをシンプルにしつつ、誤差を小さくすることが可能となる。 空間と光の方向を合わせて約1.6 × 10 8 格子点を用いた輻射の伝搬テストでは、25並列で70分、 100並列で20分弱とおおよそスケールしていることが確認できている。 図1、図2にそれぞれ、シュバルツシルト時空と平坦時空でのテスト計算の結果を示す。赤道面で 3か所( < 3 , = 3 , > 3 ( = 2 = 1))からφ方向に=0から = 20 /まで定常

ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射輸送計算コードの開発 · 2020. 6. 15. · ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射輸送計算コードの開発

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Page 1: ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射輸送計算コードの開発 · 2020. 6. 15. · ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射輸送計算コードの開発

国立天文台天文シミュレーションプロジェクト成果報告書

ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射輸送計算コードの開発

牧野芳弘(京都大学)

利用カテゴリ XC-Trial

【研究背景・研究目的】

ブラックホール周囲の降着円盤は、超高速ジェットや強力な放射など、高エネルギー現象の起源

と考えられている。また、降着円盤からのエネルギーや運動量の放出は、周囲の星間ガスに影響

を与えるため、星や銀河の進化にとっても重大な影響である。しかしながら、降着円盤やジェットの

メカニズムについては、まだよく分かっていない。

降着円盤の研究は1970年代に始まり、1次元の解析モデルを中心に発展してきた しかし、円盤

表面からのガス噴出や円盤内部の乱流など、多次元効果が重要ということが指摘され、しかも、輻

射場や磁場とガスの相互作用が問題の本質に関わることが示されてきたため、多次元の輻射磁気

流体力学計算が行われるようになってきた。特に、一般相対論を組み込んだ輻射磁気流体計算は、

最先端の研究課題であり、近年になってようやく実現可能となった。ただし、そこではM1 closure

法と呼ばれる近似法を用いて輻射モーメント式を解いている。M1 closure法は、光学的に厚い極限

で正しいが、薄い状況や、光学的厚みが1程度の場合に不正確な輻射場を示す場合がある。円盤

の冷却や、円盤表面からのガス噴出を正しく調べるには、光学的厚みが1かそれ以下の領域での

輻射輸送を正しく解かなければならない。よって、本研究では、ボルツマン方程式を用いて輻射輸

送方程式を直接解く、より厳密な一般相対論的輻射輸送計算コードを開発する。

【コードの開発状況】

コード開発の第一歩として、まず、Schwarzschild時空で、振動数積分したボルツマン方程式の移

流項をグリッドベースで解くコードの開発とテスト計算を行った。さらに、その後、同時空で振動数

依存したボルツマン方程式の移流項を解くコードの開発を行った。移流は陽的に積分している。こ

れにより、光速でタイムステップを決める必要があるが、ブラックホール周辺では、そもそも流体の

速度が高速なため、これによる計算速度の低下は大きな問題とならない。逆に、陰的に解く際に必

要な大規模行列反転が不要となり、並列化効率が向上する。

本コードでは、Nagakura et al. (2014) で提唱されているように、輻射intensityの方向を実験室系

で、振動数を流体静止系で設定することも可能である。これは、本年度に、ガスと輻射の相互作用

をコードに実装するのを見越してのことである。この手法によって電子散乱を解く際の数値的な扱

いをシンプルにしつつ、誤差を小さくすることが可能となる。

空間と光の方向を合わせて約1.6 × 108格子点を用いた輻射の伝搬テストでは、25並列で70分、

100並列で20分弱とおおよそスケールしていることが確認できている。

図1、図2にそれぞれ、シュバルツシルト時空と平坦時空でのテスト計算の結果を示す。赤道面で

3か所(𝑟 < 3𝑟𝑔 , 𝑟 = 3𝑟𝑔 , 𝑟 > 3𝑟𝑔 (𝑟𝑔 = 𝐺𝑀 𝑐2⁄ = 1))からφ方向に𝑡 = 0から𝑡 = 20𝑟𝑔/𝑐まで定常

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的に光を入射した。カラーは輻射エネルギー密度を表す。解析解と同じように、Schwarzschild時空

で𝑟 < 3𝑟𝑔から放射した光はブラックホールに落ち込み、𝑟 = 3𝑟𝑔からの光は円軌道を描き、𝑟 > 3𝑟𝑔

からの光は遠方に脱出している。当然、平坦時空では 3本とも光は直進している。

図 1 Schwarzschild時空でのテスト計算の結果。カラーは輻射エネルギー密度を表す。縦

軸、横軸は𝒓𝒈 = 𝑮𝑴 𝒄𝟐⁄ = 𝟏として規格化している。

図 2 平坦時空でのテスト計算の結果。図 1 同様、カラーは輻射エネルギー密度を表し、

縦軸、横軸は𝒓𝒈 = 𝑮𝑴 𝒄𝟐⁄ = 𝟏として規格化している。