13
4.3輻射流体 4.3.1 輻射流体力学とは 輻射流体力学とは,聞き慣れないという読者が多いと 思う.簡単に言えば,通常の圧縮性流体で,運動量やエ ネルギーの変化に光や紫外線,X線などの輻射(radia- tion)が絡んでくる流体現象を解き明かす「学問」のこ とである.輻射流体力学が研究対象となる分野としては, (!)天体物理・宇宙物理[1] (2)兵器研究[21 (3)慣性核融合[3] (4〉磁場核融合のダイバータ物理[4] (5)気象学[5] などを例として挙げることができる.(1)の場合から簡単 に説明していこう. 銀河形成においては,重力で収縮していく原始銀河の 雲が光を出しながらエントロピーを下げ,重力による温 度上昇を輻射冷却により抑えることで収縮が持続する. 銀河形成は107~108M◎(M◎は太陽質量)の分子雲か ら始まると考えられている.標準的な宇宙モデルに基づ く銀河形成モデルでは,小規模の楼銀河(小さい銀河) が多く発生し過ぎると指摘されている.この困難は紫外 光による加熱で緩和されるのではないか,と考えられて いる.そこで,水素の分子,原子,分子イオン(H2+) 等を含む輻射流体力学問題を解き,銀河形成の条件が調 べられる[6]. 星形成についても水素の分子形成,解離,電離やヘリ ウムの電離などを通して,時間とともに変化する物質の 状態が輻射輸送とからみ,光学的にうすい時は輻射冷却 していたものが時間とともに輻射が閉じ込められ,初期 の星形成へとつながっていく.この場合,中心の密度が 20桁程度変化するわけでその中での輻射流体現象を議論 する必要がある[7].星形成の初期状態に達するまでに はさらに複雑な輻射流体の解明が必要である.Fig。4.3-1 に示したのは有名なハッブル宇宙望遠鏡が捉えた星の誕 生の現場(7,000光年の距離にあるワシ星雲)である (h吻/勿ρ03舵.廊砿64%/).写真の後ろにある大質量星 からの紫外線により雲が蒸発し星の卵が生まれようとし ている.このような複雑系のシミュレーションも要求さ れている。 星風の問題では,星表面からの輻射による圧力(輻射 圧)が重要となる.星表面からの光子はhω/oの運動量 を持っており(ここでhはプランク定数,ωは光の角 振動数,oは光速),これがまわりの物質で吸収された り散乱されることにより圧力となる.物質が星の重力で 落下する力と輻射で外方へ受ける力同士がバランスした 時の光度をエディントン光度(五E)といい .乙E讐4πcOノ協¢/σ で与えられる。ここで0は重力定数,Mは星の質量, 規は粒子質量で,σが光の吸収ないし散乱の断面積であ る.完全電離の水素であればσはトムソン散乱だけであ るが,星の大気は炭素,窒素など含み,これらの部分電 離した原子による断面積が重要となる(詳しくは[1]を 参照).このようなメカニズムによる星風は輻射駆動型 恒星風と呼ばれている. 同様の議論は新星の爆発でも成り立つ.ただしこの場 合,大気の密度が高い分,光子の圧力より,光やX線 による加熱,それに伴う圧力の上昇が爆発の光度曲線を 支配することになる(詳しくは[8]を参照).超新星爆発 のモデルも輻射輸送の扱いに敏感である[9].この場合, 光速に近い速度で物質が放出されるため,吸収線がドッ プラーシフトを受け,空間とともにラインの位置がずれ Fig.4.3-1ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた星の誕生の現場 91

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4.3輻射流体

4.3.1 輻射流体力学とは

 輻射流体力学とは,聞き慣れないという読者が多いと

思う.簡単に言えば,通常の圧縮性流体で,運動量やエ

ネルギーの変化に光や紫外線,X線などの輻射(radia-

tion)が絡んでくる流体現象を解き明かす「学問」のこ

とである.輻射流体力学が研究対象となる分野としては,

 (!)天体物理・宇宙物理[1]

 (2)兵器研究[21

 (3)慣性核融合[3]

 (4〉磁場核融合のダイバータ物理[4]

 (5)気象学[5]

などを例として挙げることができる.(1)の場合から簡単

に説明していこう.

 銀河形成においては,重力で収縮していく原始銀河の

雲が光を出しながらエントロピーを下げ,重力による温

度上昇を輻射冷却により抑えることで収縮が持続する.

銀河形成は107~108M◎(M◎は太陽質量)の分子雲か

ら始まると考えられている.標準的な宇宙モデルに基づ

く銀河形成モデルでは,小規模の楼銀河(小さい銀河)

が多く発生し過ぎると指摘されている.この困難は紫外

光による加熱で緩和されるのではないか,と考えられて

いる.そこで,水素の分子,原子,分子イオン(H2+)

等を含む輻射流体力学問題を解き,銀河形成の条件が調

べられる[6].

 星形成についても水素の分子形成,解離,電離やヘリ

ウムの電離などを通して,時間とともに変化する物質の

状態が輻射輸送とからみ,光学的にうすい時は輻射冷却

していたものが時間とともに輻射が閉じ込められ,初期

の星形成へとつながっていく.この場合,中心の密度が

20桁程度変化するわけでその中での輻射流体現象を議論

する必要がある[7].星形成の初期状態に達するまでに

はさらに複雑な輻射流体の解明が必要である.Fig。4.3-1

に示したのは有名なハッブル宇宙望遠鏡が捉えた星の誕

生の現場(7,000光年の距離にあるワシ星雲)である

(h吻/勿ρ03舵.廊砿64%/).写真の後ろにある大質量星

からの紫外線により雲が蒸発し星の卵が生まれようとし

ている.このような複雑系のシミュレーションも要求さ

れている。

 星風の問題では,星表面からの輻射による圧力(輻射

圧)が重要となる.星表面からの光子はhω/oの運動量

を持っており(ここでhはプランク定数,ωは光の角

振動数,oは光速),これがまわりの物質で吸収された

り散乱されることにより圧力となる.物質が星の重力で

落下する力と輻射で外方へ受ける力同士がバランスした

時の光度をエディントン光度(五E)といい

.乙E讐4πcOノ協¢/σ

で与えられる。ここで0は重力定数,Mは星の質量,

規は粒子質量で,σが光の吸収ないし散乱の断面積であ

る.完全電離の水素であればσはトムソン散乱だけであ

るが,星の大気は炭素,窒素など含み,これらの部分電

離した原子による断面積が重要となる(詳しくは[1]を

参照).このようなメカニズムによる星風は輻射駆動型

恒星風と呼ばれている.

 同様の議論は新星の爆発でも成り立つ.ただしこの場

合,大気の密度が高い分,光子の圧力より,光やX線

による加熱,それに伴う圧力の上昇が爆発の光度曲線を

支配することになる(詳しくは[8]を参照).超新星爆発

のモデルも輻射輸送の扱いに敏感である[9].この場合,

光速に近い速度で物質が放出されるため,吸収線がドッ

プラーシフトを受け,空間とともにラインの位置がずれ

Fig.4.3-1ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた星の誕生の現場

91

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プラズマ・核融合学会誌 第75巻増刊「高エネルギー密度プラズマ研究とその応用」

るというやっかいな問題を解く必要がある.その他にも,

「宇宙の晴れ上がり」(ビッグバン後10万年のころ)のあ

との再電離メカニズムの解明などがあるが,この研究な

どもホットな話題である[10].宇宙物理における輻射流

体力学問題については,文献[1]のTable-1を参照して

いただきたい.

 次は,頭の痛い「兵器研究」における輻射流体力学の

重要性である.たとえば文献[11]で述べられているよう

に,輻射による爆縮(radiation implosion)が水爆の基本

原理であることは周知の事実である.いわゆるUram-

Teller型(旧ソ連でいうところのSakharov-Zerdovich

型)の原理は,原爆(プライマリ)によるX線輻射を「ホー

ラム」と呼ばれるウラン238の空洞に閉じ込め,これに

より均一な輻射場を作り,それによるアブレーション圧

力を利用して水素を爆縮(セカンダリ)するというもの

である[11].輻射流体の兵器への応用をこれ以上記述す

る知識はないが,米国国家予算の研究開発費の内,51.2

%がDefense(国防研究)である現実[12]は我々の想

像の及ばない世界があることを示唆しているだろう.

 次が「慣性核融合」である.米国のLLNL(ローレ

ンスリバモア国立研究所)のレーザー爆縮研究の中心は

金キャビティ(輻射閉じ込め容器のことで,やはりホー

ラムとも呼ばれる)を用いたX線駆動爆縮であったし,

次のNIF(National Ignition Facihty)における点火爆縮

実験も主にはX線駆動爆縮である[3].X線駆動の利点

は上記と同じで,ホーラム(この場合,完全な空洞では

なくて両端を少しすぼめた金の筒)のX線閉じ込め効

果で均一な輻射場が得られることにある.金のキャビテ

イの内壁にレーザーを集光することにより,輻射温度が

200eV程度のプランク分布に近い「理想的光源」を作

ることができる口3].これを利用することにより,高温

高密度プラズマのオパシテイ(光の透過度)を調べたり,

宇宙物理の模擬実験を実施することができる(本特集号

4.3.3参照).また,輻射強度の均一性が良いことから,

キャビテイからのX線を用い均一な衝撃波を形成でき,

状態方程式の研究等に有効な手段となる[13,14].また,

理想的な光電離プラズマが作れるなど,基礎科学研究の

ッールとして可能性は広がる.

 レーザー核融合では,球中心に向うターゲットのエン

トロピー分布を輻射により制御し,流体力学的不安定性

の低減を図ることが提案されている口5].この場合,プ

ラスチック球殻の表面に金の薄膜や金を混入させたフ

ォーム(発砲スチロール)をコーテイングしたりして,

球殻の外層部のみのエントロピー上昇を図る.また,輻

射を利用してターゲット加速の初期擾乱の発生を抑える

ことなどが提案され,その有効性が実験的に確認されて

いる[16].

 ターゲット設計はシスラム工学であり,輻射をその一

要素と考え,色々と工夫することにより,流体不安定性

に強い爆縮モードを探しうる可能性がある.そのために

も,輻射流体力学の基礎をしっかり固める必要があるこ

とを付記しておく.

 磁場核融合の重大テーマの一つはダイバータ理工学で

ある(1998年6月プラハで開催されたICPP会議で,M。

RosenbluthがITERの最大の課題は3D問題である,

と講演した.3Dとは,「Divertor,Disruption,andDol-

lars」だそうである).ダイバータでは比較的高密度で

低温の部分電離プラズマの問題を扱う必要があり,今後,

輻射流体力学の観点から研究を進める必要がありそうで

ある口7].その際,レーザー核融合で開発されてきた

輻射流体コードが少しはお役に立つのでは,と期待して

いる[18].

 気象学の分野の数値計算モデルも最近は格段に進歩し

ているようだ.光や赤外線の吸収や放射は気象を支配す

る重要な要素である.雲のない時はかなり正確な計算が

できるが,雲の効果のモデリングは難しく,雲による反

射,吸収,射出を正確に計算する必要にせまられている

[5].この場合,大気のオパシテイはよくわかっている

ので,三次元的な輻射の伝播をいかに正確にかつ簡便に

解くかが問題になっているようだ.これは宇宙物理の多

重星形成などと共通の話題である.

 その他,最近話題のレーザーアブレーションによる表

面加工やプラズマプロセスなどでも「短時間に効率よく」

をめざせば部分電離プラズマの密度も上がり,輻射輸送

を無視できなくなると考えるのが自然であろう.プラズ

マ物理の世界では輻射流体は古くて新しい話題と言えよ

うか.

 本特集号で取りあげられている高エネルギー密度の物

理の根幹が輻射流体力学である.そして,それを研究す

るために流体,原子過程,多電子系の原子物理等の高度

な知識が要求される.本質的に流体と輻射がからんだ,

非平衝な物理現象を扱うことから,多次元の流体コード

をベースとした輻射流体コードの開発が研究の中枢を成

す.そこでは,個人の研究としては限界があり,複数の

専門家集団による組織だったコード開発やその実験・観

測への応用の取組が不可欠である.日本の大学でこのよ

うな取り組みを行いうるかが,今後の課題である.同時に,

それなしには,たとえば「すばる望遠鏡」(h伽’伽躍ω.

92

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第4章 高エネルギー密度プラズマの応用

耀o.召oブρβ励o脇/)が撮えた美しい宇宙も,日本の研究

者は「絵」を楽しむだけで,米国等のコード先進国に解

析という最大の「うまみ」を献上してしまうことに,結

果としてなりかねない.核融合についてもしかりである.

心して研究に取り組まなければならない.

                  (高部英明)

        参考文献[1]梅村雅之:プラズマ・核融合学会誌74,1267(1998).

[2]GA.Goncharov,Phys.Today49,44(1996).

[3]」.D.Lin(ll,‘%6π宛l Co7zガ麗”z召%渉丑z競oπ”(Springer

  Verlag,NY,1998)。

[4]T.Katoαα乙,”Atomic Physics and Ra(iiation Pro-

  cesses in Plasmas”,NIFS-MEMO-11,MFS Report,

  Aug.1993.

[5]気象庁編「数値予報の基礎知識」(気象業務支援セ

  ンター発行,東京,1995)第5章.

[6]須佐 元:「輻射輸送・輻射流体力学研究会報告書」

  (中本泰史編,筑波大学計算物理センター,1998)

  P,76.

[7]大向一行:「輻射輸送・輻射流体力学研究会報告書」

  (中本泰史編,筑波大学計算物理センター,1998)

  P.82.

[8]M.Kato and I.Hachisu,Astrophys。J.437,802

  (1994):M.K:ato,Pub1。Astron.Soc.Japan 51,525

  (1999).

[9]S工Blimikov,Th67〃zo窺κ16α7S砂67刀o槻6(NATO

  ASI Series VoL486,Kluwer Acad.Pub.,1997)P㌧589.

[10]梅村雅之:パリテイ14,56(1997).

[11]G,A,Goncharov,Phys.Today49,45(1996).

[12]L Goodwin,Phys。Today52,56(1999).

[13コ西村博明:プラズマ・核融合学会誌74,1259(1998).

[14]G,W.Collins6地ム,Science281,1178(1198).

[15]S.Bodner6勧∠,Phys.Plasmas5,1901(1998).

[16コM.Dunne切畝,Lα3ε7加!6耀o!ぎ碗漉!h漁渉渉67(10P

  Con£Series140,1995),P.93.

[17]藤本 孝:“原子過程研究会”(核融合科学研究所,

  1998年6月)の「まとめ」より.

[!8]高部英明:プラズマ・核融合学会誌75,1145(1999).

4.3.2 慣性核融合

(1)はじめに

 慣性核融合はICF(lnertial Confinement Fusion)と略

され,核融合燃料を爆縮・加熱し高温・高密度のコアプ

ラズマが飛散せず,自己の慣性力で保持されている極め

て短い時間内に核融合反応を爆発的に行ってしまう原理

や方法を意味する.ICFでは,爆縮を駆動する方法とし

て高強度レーザーを用いる方法が最も研究が進んでお

り,これをレーザー核融合という.

 本節ではレーザー核融合に焦点を絞り,コアプラズマ

研究の重点課題を6つに大別し,研究の流れと現状を簡

単に報告する.また,レーザー核融合を核燃焼が起こる

レベルまで推進する際,問題となってくるであろう核兵

器研究との関連についても触れておきたい.

(2)レーザー核融合物理のシナリオと課題

 レーザー核融合の物理シナリオをFig.43-2に示す.

レーザーが球ターゲットの表面に照射され,超高圧力(数

10Mbar)がターゲット表面に発生する.これにより発

生する強い衝撃波が燃料部を球中心に向け加速し,最終

的に固体密度の1,000倍以上に燃料のDT (重水素・三

重水素)を圧縮する,もし,この爆縮が充分球対称であ

り,中心に形成された高温のスパーク部が充分な大きさ

であれば,スパーク部が点火する.ここで生成される核

反応粒子(アルファ粒子)により自己加熱が起こり,核

融合爆轟波(detonation wave)が形成される.そして,

スパーク部のまわりの爆縮された高密度の主燃料部へこ

の爆轟波が伝搬し,核融合反応が一挙に引き起こる.そ

の結果,入射レーザーエネルギーの100倍以上の核融合

エネルギーの発生を可能とする.

 燃料ペレットを爆縮するには2つの方法がある.1つ

は多数本のビームレーザーをペレット周りから一様に照

射する方法で,「直接照射駆動」と呼ばれる.もう1つ

はレーザー光を高Z物質でできたキャビティの内面に照

射し,放出される軟X線(0.1~2keV)で燃料ペレット

を照射する方式で,「間接照射駆動(または,X線駆動)」

[1]とよばれる.前者の方式はエネルギー結合効率に優

れているが,照射の不均一性が球対称爆縮に多大の影響

を及ぼすのに対し,後者は照射の一様性に優れているが,

エネルギー伝達率が低いので核融合高利得を得るのは難

しい.このため,両者の長所を生かしたハイブリッド(混

成)型の駆動方式の研究も開始されている[2].

 以上がごく簡単なレーザー核融合の成功シナリオであ

る.しかし,このシナリオを実験室で実現するためには

解明されなければならない多くの物理課題がある.

 レーザー核融合の物理シナリオに出てくるキーワード

をレーザー照射から核融合エネルギー発生まで列挙する

と,Fig.4書3の上から下のような流れになる.図の中

心が球対称爆縮による成功シナリオである.右側は,高

速電子やX線などによる主燃料部の予備加熱を示して

いる.これは圧縮前の燃料の内部エネルギーを上昇させ

低エントロピーの爆縮を妨げるので,必要なレーザーエ

ネルギーを増大させてしまう.一方,左側は流体不安定

93

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プラズマ・核融合学会誌 第75巻増刊「高エネルギー密度プラズマ研究とその応用」

⑧膨頓Fig.4.3-2 レーザー核融合の物理シナリオ、

等による球対称爆縮のやぶれに関連した事項が列挙せれ

ている.Fig.43-3をながめながら,レーザー核融合研

究の物理課題を分類すると以下の6つに大別できる.各

課題に関する研究の現状について簡単にまとめてみよう.

課題(1〉レーザー・プラズマ相互作用はパラメトリック

不安定など非線形プラズマ物理の好例として多くの優秀

な研究者を魅了してきた.研究のピークは25年ほど前で

レーザー核融合研究が一挙に広がるきっかけとなった.

その後(15年ほど前),共鳴吸収により発生する高速電

子のエネルギー輸送の問題が精力的に研究された.結果

として,レーザーとプラズマの相互作用の物理モデルは

ほぼ確立した[3].

 ところが,CPA(Chirped Pulse Amplification)技術の

発達により,起高強度(強度が1020W/cm2程度)レーザー

を用いた高速点火核融合[4,5]が可能となったことから,

相対論的プラズマと超高強度レーザーの非線形相互作用

という,かつての話題と質的に異なる物理が興味深い研

究として取り上げられることとなった[6].ここで相対

論的とは,レーザー電場による電子の振動エネルギーが

〃Zoo2(~500keV,ここで〃Zoは電子の静止質量,6は

光速)を越える領域を示し,磁場が非線形相互作用に重

要な役割を担う[7].フィラメンテーション,相対論的

自己収束,強磁場発生などがキーワードとなる.

課題(2)電子エネルギー輸送の研究は,電子の運動論的

効果に焦点が絞られている.つまり,レーザー加熱によ

る非マクスウエル分布の発生(いわゆるLangdon効果

[8])と,急峻な温度変化に伴う非局所的熱輸送の問題

である.これは,Fokker-Planck(F-P)方程式を電子に

ついて直接解くことにより解析できる.一次元の場合に

ついてF-P方程式を解き非局所熱輸送を議論すること

レーザー核融合のシナリオ

          囲           !  反射           吸収,_損失誘導ラマン散乱   レーザー不均一性 ! 欝ブリユアン散乱

㌦レ欝遡㍊.柔売鮎し.諜\灘騨

メシュコフ不安定性 1 輸送制限非局所輸送

婆敬↓講~....鞭  レーリー /飛行  低エント・ピー

テーラ 定性論  耀形     ↓                減速相型           け非減速相型

        中心点火領域+主燃料      -    乱流混合  1       繭》点火一アルファ粒子加熱           寺   ↓         核燃焼波の伝搬   燃焼による                 擾乱安定化          」

        塵工霊ヨ

Fig.4,3-3 レーザー核融合における様々な物理過程.中央上

     から下への流れが「成功」シナリオであるのに対し,

     その右側にはエネルギー輸送上,左側には流体力     学的不安定性上,不都合な.物理の流れが示されて

     いる.

は20年前精力的に行われた[9].ところが,爆縮コード

の中で自己無撞着に解くことはまだ多数の課題をかかえ

ているのが現状である[10].

 さらに,非局所熱輸送がアブレーション面の流体不安

定の成長率と強く関係していることから[11],多次元爆

縮コードに取り込むことが重要な課題となっている.こ

のためには,電子を流体と分布関数の混合モデルで表現

し,定式化していくことが必要で,柔軟な思考が要求さ

れる.

 高速点火では,100MG程度の強磁場がレーザーによ

り発生するため,電子輸送はこの磁場との結合を考慮し

て扱う必要がある.これは,プラズマ物理のニューフロ

ンティア研究ともいえる研究で,流体コードと結合して

の研究は手付かずの状態である.

課題(3)爆縮のダイナミックスの基礎は圧縮性の流体力

学である.レーザーによるターゲット加速のロケットモ

デル[12]や,その際の結合効率(ペイロードヘのエネル

94

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第4章 高エネルギー密度プラズマの応用

ギー伝達率のことで,流体力学的効率とも呼ばれている)

は,理論的にはっきりしており,実験でモデルの検証が

なされている.爆縮実験は多ビーム照射のレーザー装置

を有する大研究所で行われてきており,高温・高密度圧

縮が達成されている.しかし,一連の爆縮実験から我々

が学んだことは,流体混合が最も重要な課題であり,実

験での中性子数等が対応する一次元コードの値に比べ,

ずっと低いということである[13].流体混合の数値計算

モデルが色々と開発されてきており,いくつかのモデル

は実験結果をよく説明する[14].このような流体混合モ

デルは星の進化等に関連した天体物理にも応用が可能で

あり,単純な混合理論に取って変わっていくであろう.

課題(4)流体力学的不安定性はレーザー核融合研究の主

研究課題である.「自然が親切で,球対称な爆縮をお許

しくださるなら」,レーザー核融合など「ちょろい」も

のである.ところが,我々の身の回りを含め,不安定現

象は,ごく自然に見られる.しかし,この悲観的な暗闇

を一条の明かりが照らしていることは救いである.それ

が「アブレーション安定化(ablativestabnization)」で

ある.この効果により,加速相の不安定成長の制御が可

能となる.この効果の理論的導出は15年前[15]に行われ,

実験的に正しいことが異なる研究機関で最近になって確

認された[16].レーザー核融合に関連して研究されてき

た流体不安定・乱流混合の知識は「圧縮性乱流混合の物

理」という新しい研究分野を切り拓く原動力となってい

る[17].これは,もちろん,天体物理や気象現象と深い

つながりを持つ.興味の対象は強い衝撃波により引き起

こされる界面の不安定性や,粒子や輻射によるエネル

ギー輸送の不安定性へ与える影響などである.

課題(5)原子モデルとX線輻射輸送の研究を行うには,

多電子系の原子,非平衡原子過程,レート方程式,原子

データベースなどに関する広い知識が要求される.原子

モデルは,数え切れないほど提案されているモデルから

どれかを,例えば,平均イオンモデルとかDCA(De-

tailed Conflguration Accounting)とかを選択しなければ

ならない(詳しくは本特集号1.4を参照).また,複雑な

コードを用いて原子構造の計算をしたり,レート方程式

のソルバを開発する必要がある.相当数のスペシャリス

トを組織した研究体制が必要である.

 ターゲットの一部が中,高Z物質の場合,輻射流体

力学が問題となる.輻射と流体はオパシティを通して結

合する.中,高Zの部分電離イオンのオパシティ計算

は大変やっかいである.オパシティ計算コードの開発に

携わる20以上のグループが集まって国際ワークショップ

を開催している.[18].UTA(UnresolvedTransition

Arrey)やSTA(SuperTransitionArrey)と呼ばれる統

計手法を使って何万というライン群のモデリングが行わ

れている[19].このような近代的原子物理といえるよう

な数値原子物理学は,我が国で立ち遅れている分野であ

り,若手育成を含め,取り組む必要がある.

課題(6)ターゲット設計は統合された物理(integrated

physics)を扱う.上にふれたすべての物理モデルを含む

流体コードを開発する必要がある.一次元の爆縮コード

を用い,ターゲットの最適化を行う.そして,次に,一

次元と同等の物理を含む二次元コードで,流体力学的に

どの程度安定であるか調べる.レーザー核融合研究にお

ける,このような統合爆縮コードの開発が占める重要性

の割合はきわめて大きい.統合コードは実験のデザイン

や結果の解析はもとより,将来計画の策定においてもか

なめの役割を担う.

(3〉レーザー核融合を推進するにあたって

 次のショッキングな文からスタートしよう[20].

 「レーザー核融合研究は水爆の成功から数年後にはス

タートしていた.それは,まだレーザーが発明される

1960年より前であった.1957年には,リバモア研で,原

爆を点火に用いずにどれだけ小さい水爆が作れるかにつ

いてJ.Nuckolls*は思い巡らしていた.水爆の基本概念

の発案者の一人,E.Tellerが1952年核兵器研究のセン

ターとしてリバモア研を創設したのであり,NuckollS

の研究は研究所の主旨にかなったものであった.1960年

までに,水爆を子供のオハジキのサイズにまで小さくす

る設計を完了していた.」〈文献[20]の117ページより引用>.

 レーザー核融合は,かくのごとく,その生い立ちから

核兵器と深くつながっていた.爆縮の概念は1972年まで

機密扱いであったし,米国での爆縮実験(X線駆動爆縮)

のデータは1993年12月まで機密のベールに包まれていた

⊂21].NOVA実験のデータはオープンになったものの,

爆縮シミュレーション用LASNEX等のコードの中味は

依然,機密扱いのままである.

 現在建設が進んでいる米国の:NIF(National Ignition

Facility)の第一目的は国防研究であり[22],ICFという

言葉は米国では兵器研究を含む(むしろ主とする)活動

を示し,慣性核融合をエネルギー源にしようという研究

は1FE(lnertialFusionEnergy)として言葉が使い分け

られている.ICFがDOE (米国エネルギー省)のDP

(DefenseProgram)(h妙’/ケ1”z〃ω.4ρ.ゴ06.go∂/)に属する

のに対し,IFEはOfficeofScienceの部局に属している(h渉々)’//zoωzo.6先ゴ06.90zノ/).

95

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プラズマ・核融合学会誌 第75巻増刊「高エネルギー密度プラズマ研究とその応用」

 MF完成(2005年)の後,現時点では実験の15%が

公開の学術的研究に当てられることになっている.しか

し,NIFで点火・燃焼が実現したとしても,現在の機

密政策のままでは,その詳しい内容は公にされないであ

ろう.フランスが進めているLMJ(Laser Mega Jurle)

とて同じである.主目的は国防研究であり,やはり10%

が学術研究に割り当てられるものと伝えられている.

 かくのごときICF先進国の動きに対し,日本独自と

して,どの様にIFEを推進するかは,国際政治学抜き

で決められることではないであろう.これが,物理的課

題以上に重い課題としてのしかかる可能性もあり,しっ

かりした議論が今後不可欠であると考えている.

(4)まとめ

 慣性核融合研究はまだ工学の段階にはなく,理学とし

ては大変魅力的な物理課題をかかえている.さらに,レー

ザー核融合の全シナリオを追跡する統合コードの開発

は,今後増々重要となってくる計算科学の牽引車になる

と確信している.もっと理論・シミュレーション重視の

IFE展開を図ることが望まれる.

 日本において,点火・高利得の研究を進めるにあたっ

て,重要な課題として核兵器研究との関連が浮き彫りに

なる.将来の研究を担うであろう,次の世代の人達が置

かれる状況を想像しつつ,国際政治学をも含む広い視野

に立った研究推進計画の策定が要求されている.

                  (高部英明)

* John Nuckollsはレーザー核融合研究の理論的指導

者で,後に,リバモアの研究所長に登りつめた.リバ

モアのX駆動型爆縮の路線はこの文章のような背景が

あって決定していった.ところが,冷戦終結後の研究

所の体質改善が打ち出せず,所長解任となった.

        参考文献[1]J.Lindl,Phys.Plasmas2,3933(1995)。

[2]H.Shiraga6!ごz乙,、P700.16!h Z/VT Co刀ゾ:Fz6sズo刀

  翫6㎎y,IAEA,Montrea1,Canada,7-110ct l996,3,

  79(1997).

[3]W.L Kruer,Th召Ph』y3ズosげ加367加6名側初s’1

  (Add.Wesley,1988).

[4]M.Tabak6如乙,Phys。Plasmas l,1626(1994).

[5]小特集「高速点火核融合」プラズマ・核融合学会誌

  74,361(1998).

[61S.C。Wilks,Phys.Fluids B5,2603(1993あ

[7]A.Pukov and J.Meyer-ter-Vehn,Phys.Rev.Lett。

  76,3975(1996),

[8]A.B.Langdon,Phys.Rev.Lett。44,575(1980エ

[9]A.Bell4α乙,Phys.Re肌Lett.46,243(1981).

[10]E,M.Epperlein,Laser Part.Beams12,257(1994)。

[11]H。Azechiα磁,Phys。Plasmas4,4079(1997).

[12]B.Ripinαα乙,Phys.Flui(ls23,1012(1980エ

[13]K.Mima6地ム,Phys.Plasmas3,2077(1996).

[14]高部英明:解説「慣性核融合と流体不安定」プラズ

  マ・核融合学会誌73,147、313㍉395く1997)第7章.

[15]H.Takabeε置αム,Phys.Fluids28,3676(1985〉.

[16]EM.Epperlein,Laser Part Beams12,257(1994)第

  3章.[17] R.Youngαごzム(e(土),Co〃z1)7召33必16T%7わz61ωzオM砒2π9

  (World Scientifiic,Singapore,1996).

[18]例えば, A。RickarむJ.Quant.SpectroscαRad.

  Transfer54,326(1995).

[19]A.BapShalom6如ム,Phys.Rev.A20,2424(1979).

[20]T.A.HeppenheimeL Th6漁%一物46S観,(An Omni

  Press,Boston,1984).

[21]B.G LevL Physics To(1ay47,17(1994).

[22]例えば,1.Goodwin,PhysicsToday52,59(1999).

4.3.3実験室天文学

 メイマンが1960年にレーザーを発明からほぼ40年が経

過した.この間にレーザーは短パルス・高強度化されて

きた,その経過をFig.4.3-4に示す[1].この図は,点線

の傾きで評価すると3年ごとに出力が1桁ずつ増大した

ことを示す.加速器の世界ではこのような横軸が「年」

で縦軸が「ビームエネルギー(eV)」の図をLivingstone

chartと呼ぶそうである[2].ちなみに,文献[2]によれ

ば,加速器は過去60年間に亘り,6年で1桁ずつエネル

ギーが増えて来ている.

 レーザー核融合研究などに牽引され生み出された高強

度レーザーはCPA(Chirped Pulse Amplification)等(本

特集号2.3参照)の革新的アイデアも加わり,極限物理

を研究する新たなツールとして成長したと言えようか.

これにより,「高強度レーザー科学」とでも表現できる

新たな分野が生まれつつあると確信している.

 その新たな科学の中で,魁となるのが実験室天文学で

ある.レーザーが発明されて間もなく,J.Dawsonがジ

ャイァントレーザーで生成されるプラズマの可能性につ

いて論文を書いた[3].その論文の中で彼は高強度のレー

ザーを用いて天体物理のモデル実験が可能であり,その

例として太陽フレアや超新星残骸の無衝突衝撃波の研究

などを挙げている。その後,レーザー核融合研究を通し

て,高温・高密度プラズマの物理研究が成熟してきたこ

とから,レーザーを用いた実験室での天体物理の研究が

96

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第4章 高エネルギー密度プラズマの応用

現実味を帯びてきた[4].同時に,天体観測技術の急速

な進展がに伴い,天体の様子が詳しく知られるようにな

り,実験に裏打ちされた高度なシミュレーションコード

の解析が必要となってきた.こうして,模擬実験と宇宙

をシミュレーションコードを伸介として繋ぐ研究が,宇

宙物理の方からも期待されるようになってきた[5].

 加速器が宇宙開びゃくから3分問の物理を調べるため

の実験装置であるならば,高強度レーザーは宇宙の歴史

150億年マイナス3分問の物理現象(ただし,重力相互

作用現象は除く)を模擬実験で調べる装置と,宇宙物理

の観点から表現できようか.

 レーザープラズマと宇宙を繋ぐ視点は3つに分類でき

る.それは

 (a)物理の同一性

 (b)物理現象の相似性

 (c)物理の類似性

である.まず,項目(a)はわかりやすい.レーザーを用い

て天体や天体表面のプラズマと同じ温度・密度のプラズ

マを作り調べることである.例えば,状態方程式やX

線の放射率,吸収係数,また,NIF(National Ignition

1015

 1012

ハ診ζ馨、。9

£蜷㊤

蝕106

103

iOx/3ye蹴s

CPA ノ   ノ

   ノ  ノ ノノ

ノModeLockingノ

Q-swiching

Free running

1960 1970 1980     1990  Year

Fig.4.3-4短パルス・高強度レーザーの出力の進展.(Joshi    and Corkum[1]).

Facility)[6,h!ゆ’〃Zσ36鳳llπ乙go∂。4σs6鴬吻z剛のよう

な大がかりな装置を使えば,各種核融合反応率とその密

度依存性などが研究の対象となる(h妙’〃卿躍卿.ll鉱go∂

/3擁6%6召_oπ_1σ367s/).

 項目(b)は,流体現象や原子過程の自己相似性に着目し

たもので,例えば,数千年の年齢で直径が数十光年の超

新星残骸を,時間・空間とも1020分の1に小さくして,

同じ物理現象をレーザー駆動の爆風波内に再現しようと

いうものである.航空機設計の際の風洞実験がよい例で,

高速気流現象を支配するマッハ数やレイノルズ数を保っ

たまま機体のサイズを1,000分の1に縮小しデータを取

るのと同じことである.ただ,スケール変換が桁違いな

だけである[7].項目(b)の例としては,強い衝撃波と物

質の相互作用[8],エネルギー輸送が支配する系での流

体不安定性[9],非平衡原子過程,輻射流体力学現象[4]

などが挙げられる.

 項目(c〉は,まだ相似変換などがはっきりせず,漢然と

類似した物理が研究対象である.具体的には,超高強度

レーザーを用いた反物質の生成[10]とそれによる電子・

陽電子プラズマの生成などを示す.ブラックホールや中

性子星の周りは電子・陽電子プラズマで満ちており,活

動銀河核(AGNActiveGalaxyNuclei)もそうである

[11].電子・陽電子プラズマを発生させ磁場や物質と相

互作用させる実験を考えている.これは,今,宇宙物理

最大の謎,γ線バーストの火の玉モデル[12]のモデル実

験にも繋がる.同時に観測されるγ線による光核反応

なども興味深い.項目(c)では,レーザーを照射した金の

空洞からの200eV程度のX線を利用した光電離プラズ

マの研究が,例えば,Cygnus X-3で観測されている非

平衡プラズマの研究[13]や,将来のX線観測衛星

ASTRO-Eで観測が期待されているX線レーザー天体

の研究に繋がる.

 米国ではリバモア研のB.Remingtonが宇宙物理の第

一線の研究者(超新星理論のD.Amett,輻射流体計算

科学のJ.Stone,相対論プラズマのE.Liangなど)と共

同研究体制を組み研究を推進している.リバモア研の

NOVAレーザーを使って,すでに数々の流体現象を中

心とした実験を実施している[14].我が国では大阪大学

レーザー核融合研究センターで実験が開始されたところ

である[15].また,実験室天文学の推進・情報交換を目

的に国際ワークショップ(lntemational Workshop on

Laboratory Astrophysics)(h妙’//7σs6〆3.ll鉱go∂/1σs67s/

如響6施3ケo)が2年ごとに開催されている.次回,第3

回のワークショップは2000年3月30日一4月1日,ライ

97

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プラズマ・核融合学会誌 第75巻増刊「高エネルギー密度プラズマ研究とその応用」

惑星形成中性子星 宇宙構造学  新星爆発 B H周辺プラズマ

     白色掻星超新星残骸

星の進化    太陽フレアー 星の内部構造

宇宙線起源 元素の起源 超新星爆発 核合成

暗黒物質 天文学 ガンマ線バースト

星の形成 (天の宇宙物理)スター・バースト

大規模シミュ 実験室天文学 レーザー核融合レーション学 エネルギー開発

(地の宇宙物理)

オパシティー 高エネルギー密度物理 状態方程式

輻射流体力学(共通の研究対象)

電子・陽電子プラズマ流体不安定 電磁流体力学

非平衡原子過程核燃焼波

光電離プラズマ衝撃波物理

多電子原子物理 強結合プラズマ

Fig,4。3-5 天文学と高出カレーザーを用いた実験室天文学の関係を示す.両者とも「高エネルギー密度物理」が学術基盤である、それらに関連するキーワードを示した、

ス大学(Texas)でE Liangの主催で開催される.第1

回に比べ第2回の会議では,宇宙物理からの発表が大き

く増え[6],さらに内容の充実した会議になると期待し

ている.読者の方には,実験室天文学の最新のレビュー

[17]を読んでいただきたい.

 最後に本特集号の表題との関連に触れよう.レーザー

核融合の学術的基盤は高エネルギー密度の物理であり,

Fig.4.3-5の下に記されているようなキーワードを研究

対象としている.天文学,とくに天体物理の学術的基盤

のかなりの部分は,やはり,高エネルギー密度の物理で

あり,それを基礎にFig。4.3-5上に記されたような課題

を研究している.そこで,高強度レーザーによる実験室

天文学は高エネルギー密度物理を明らかにしていくと同

時に,宇宙で特有な状況における高エネルギー密度物理

現象の発現を模擬し,究明しようというわけである.天

文学を「天の宇宙物理」と表現するなら,実験室天文学

は「地の宇宙物理」である.両方の物理の基礎となるの

は「高エネルギー密度物理」であり,この新しい「天と

地」の関係を実りあるものとしていくには,天文学・宇

宙物理学の研究者と高強度レーザー科学の研究者の「人

の和」が不可欠であること,つまり,「天地人」*が鍵を

握っていることを付言して筆を置きたい. (高部英明)

*:「天地人」は阪大レーザー研の名誉所長・山中千代

衛先生がよく言われていた言葉.実験室天文学はまさ

に「天の時」を得ており,それを推進できるだけの技

術・物理・人材をレーザー核融合研究で培ってきたと

いう「地の利」を生かし,あとは「人の和」を得て成

就すると期待している.

        参考文献[1]CJ.Joshi and PB.Corkum,Phys.To(1ay48,36

  (1995).

[2]戸塚洋二:「素粒子物理」(岩波書店,1992年)

  P.23。

[3]」.M.Dawson,Phys.Fluids7,981(1964).

[4]高部英明他:小特集「高強度レーザーを用いた実

  験室宇宙物理」プラズマ・核融合学会誌74,1254  (1998).

[5]梅村雅之:プラズマ・核融合学会誌7生1267(1998).

[6]A.Lawler,Science275,1252(1997).

[7]高部英明:「高強度レーザーと天体プラズマ」数理

  科学,1999年1月号,p.36-42.

[8]」.M.Stone and M.L.Norman,Astrophy。J.390,Ll7-

  ll9(1992).

[9]T.Shlgeyama,PubL Astron.Soc.Jpn,47,581(1995).

[10]T.Cowan,∫oδ6加δ1づsh64初P簸ys.Rev.Lett.

[11]E.Liang,Nature381,49(1996)。

[12]例えば,N.Gehrelsan(IJ.Paul,Phys,Today51,26

98

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第4章 高エネルギー密度プラズマの応用

  (1998)。

[13]K.Kawashima and S.Kitamoto,PubL Astron.Soc.

  Jpn,48,Lll3(1996).

[14]B.Remington6惚乙,P亘ys.Plasmas6,2065(1997).

[15]Y.G.Kang6如乙,Laboratory Simulation of the Col.

  1ision of the Supemova l987A with its Ring N’ebula,

  3幼〃z旗64♂o Astrophys。J.Lett.(1999)。

[16]高部英明:プラズマ・核融合学会誌74,630(1998).

[17]B。Remington,D,Amett,P.Drake an(1H.Takabe,

  Science284,1488(1999).

4.3.4 状態方程式

 自然界には我々の日常の環境からはるかに逸脱した温

度,密度環境下にある物質が存在する.このような物質

の内部状態を温度や密度,圧力などの物理量で表現する

ことをその物質の状態方程式と呼ぶ.高出力レーザーの

出現により,星の内部状態に匹敵するような物質の状態

研究が実験室レベルで可能となってきた.

 レーザーを物質に集光照射することにより発生する圧

力は,膨大な値をとる.例えば,レーザー集光強度1014

W/cm2の場合,数Mbarの圧力を発生し,これに対応

する衝撃波が物質内部へと伝搬する.既に確認されてい

る最高圧力は,750Mbar程度である.レーザー核融合は,

こうして発生するアブレーション圧力を利用し球状燃料

ペレットを球対称爆縮させる.このように,高い圧力を

発生する手法が研究室レベルで比較的簡単に得られるよ

うになってきている.とくに近年テーブルトップレー

ザーの普及は目覚ましく,こうした小型レーザーを用い

た状態方程式の研究も進展しようとしている[1].ただ

し,本当に高い圧力を得るには,まだ大型のレーザー装

置による一次元形状を維持した実験がトップデータをた

たきだしている.こうした大型レーザーの代表としては,

米国リバモア研究所のNOVAレーザー(ただし,この

装置は,1999年5月にシャットダウン),米国ロチェス

ター大学のオメガレーザー,大阪大学の激光レーザーな

どが挙げられる.

 これまで状態方程式研究に用いられてきた二段ガスガ

ン,爆薬実験と比べるとレーザーを用いた実験は,空間,

時間スケールともに格段に小さく,短時間となり,計測

精度はやや劣化し,・データの誤差が10%程度となる.

ハa993の

100

10

Sesame

ψ

  φ ψ ψゆψ

 、 、  、  、、

階  }  φ

Dlsso    ◎n Model

  O.4   0.6   0.8   1.0   1.2

     Denslty(gc㎡3)

DaSilva等による重水素圧縮実験結果[5].ノヴァ

レーザーシステムの1ビーム(波長527nm,パルス幅10ns)を使用.レーザー光は,プラスチック

層(20拝m)で吸収され,アルミ層,重水素層へと衝撃波が伝搬する.レーザー集光強度は,1013W/cm2.高速電子等による前駆加熱の影響は,ター

ゲット後面をマイケルソン干渉計でモニタし,衝撃波到達前の加熱による動きがないことを確認している.重水素の圧縮率は,衝撃波伝搬の側面か

らX線バックライトにより高性能X線顕微鏡で観測しピストン面と衝撃波面を同時に観測することで得られた.

#12719

  0

20

 ω三Φ 40∈

F60

80

Streak lmage

0.2

Fig.4、3-6

Fig.4,3-7

0 200  400  600  800μm

Laser Energy19。2J

O.2-20-1μm

比較的小型のレーザー(エネルギー20J)を用い,

多層膜飛翔体を飛ばした実験結果、多層膜飛翔体は,アルミ(0.2μm),ポリイミド(20μm),タンタ

ル(1μm)からなり,レーザー(波長1,053nm,パ

ルス幅壕ns,強度1013W/cm2)は,アルミ面から照射.タンタルは,薄いために希薄波がポリイミド面から侵入する衝撃波と出会うたびに衝撃波加速を得,多段加速を受ける.この場合,シミュレー

ションとも良い一致を示し,筍km/sを超えるタンタル膜の加速が観測された.

99

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プラズマ・核融合学会誌 第75巻増刊「高エネルギー密度プラズマ概究とその応用」

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Fig.4.3-8

一4 一2

一丸による水素の相図[1].

位の臨界点を表す.

       0        2        4        6

         夏・9ρm(9/cm3)

圧力表示のある破線は,等圧線,<Z>は,電離度,αdは分子の解離度,CGLは気液相転

またレーザー照射して発生するプラズマとレーザーとの

相互作用から発生する高速電子,X線により,衝撃波

伝搬前方の物質が先に加熱される前駆加熱が起こる.こ

うした課題は,現在さまざま方法で克服されようとして

いる.

 Koenigら[2]は,比較的小型レーザーで初めて圧力

10-50Mbar領域において,Phase Zone Plate[3]とい

う位相板を挿入することで,レーザーの集光強度の空間

分布をフラット(200μm径)にし,アルミを標準試料

として,横に並べた金ターゲットの衝撃波速度と同時計

測を行い,状態方程式テーブルSESAME[4]の結果と

10%程度の誤差で一致していることを示し,こうした

レーザー衝撃波実験が実際に状態方程式研究に使用可能

であることを示した.

 近年の実験では,L.DaSilvaら[51が慣性核融合の燃

料である液体重水素の状態をレーザー衝撃波を用いて調

べた結果がまず注目に値する.Flg,43-6に示すように,

NOVAレーザーを用い,圧力領域1-2Mbarにおいて

は,従来考えられていた以上に重水素が圧縮された.圧

縮密度は,l g/cm3を超えることが判明し,理想気体に

おける強い衝撃波による到達密度限界(一次元の場合元

の密度の4倍)を超えている.これは,水素分子が解離

することで内部エネルギーが減少し圧縮性が良くなるこ

とに起因していると説明している.図では,横軸に密度,

縦軸に圧力をとり,実験データ点(圏)とともに分子解

離モデルによる予測曲線(点線)が示されている。これ

までのガス銃によるデータ(◇)も0.2Mbar程度まで

示されている.SESAME (実線)の予測とは,異なる

ことが明らかである.この実験結果は,慣性核融合用の

ターゲット設計にも重要な関わりを持つ.現在,進行中

の米国の国家プロジェクト”NationallgnitionFacillty

(N’IF)”は,2007年の点火,利得実験をめざしている.こ

こで使用されるターゲット設計においてDaSilva等の結

果を用いると従来の出力より核融合出力が2倍(一次元

シミュレーション)から9倍(二次元シミュレーション)

改善されるという結果が示された[6].

100

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第4章 高エネルギー密度プラズマの応用

 R.Caubleら[7]は,レーザーの代わりに,X線を衝

撃波ドライバーに用い,薄い金フォイルを70km/sの

速度で飛翔させ,金フォイルにぶつけるフォイル衝撃法

により100ps程度の時問内で750Mbarの圧力発生を報

告した.さらに,このフォイル衝撃法において衝撃波イ

ンピーダンス整合の原理[8]を応用した提案に基づき

[9],田中ら[10]は,比較的小型のレーザーで実験を実

施した.レーザービームの空問プロファイルを,通常こ

うした実験で使用されるような特殊な技法でレーザー強

度の均一化をはかることはしなかったが,安定にレー

ザー集光スポット直径500μmで厚み0.5μmのTaフォ

イルを10km/s以上の飛翔速度まで加速することがで

きた.Fig.43-7には,この実験で得られたデータを示す.

図は,横軸空問,縦軸時間を示し,加速されたTaフォ

イルが速度計測用のガラスステップに衝突し,発光した

ところを可視ストリークカメラで捉えたものである.こ

うした手法が確立されれば,高い精度でかつ,高速電子

などの前駆加熱の影響を極力抑えたレーザー衝撃波法に

よる状態方程式研究が可能となる.

 また,理論研究の最近の進展は,一丸ら[11]による金

属水素とPychnonuclear Fusionの提案が挙げられる.

一連の論文の中で,金属水素,非金属水素の相転位に関

わる自由エネルギー,クーロンエネルギーの収支から木

星の過剰赤外輻射の5分の1程度が説明できるとしてい

る.また,金属水素を生成すれば,pD反応(陽子一重

水素)による反応が支配的となり,これまで考えられて

いたより,20-30桁以上の核融合反応率増倍が可能とな

る.こうした反応は,白色わい星内の核反応で起こって

いると考えられる.こうした金属水素の生成は,地球上

でも断熱限界ぎりぎりに圧力を上げていき,密度王00

g/cm3,温度1ρ00K以下の状態を重水素で生成するこ

とにより可能であるという提案である.そこで示されて

いる水素の相図をFig。43・8に示す.圧力表示のある破

線は等圧線を,<Z>は電離度を,αdは分子の解離度を,

CGLは気液相転位の臨界点をそれぞれ表す.

 今後の研究の動向としては,慣性核融合研究からは,

重水素の状態方程式データを数Mbar以上の領域で取得

していくことが求められている.さらに一丸らの提唱す

る超高密度領域の研究へ拡張することも考えられる.

レーザー飛翔体加速でも如何にして飛翔体そのものの温

度を上げずに(できれば固体状態のまま)飛翔させ,被

対象物質に衝撃をあたえるかということは,より精度の

高い状態方程式研究には欠かせない.また,こうした温

度制御されたフォイルの加速研究は,慣性核融合研究の

燃料球爆縮過程でも求められていることであり,宇宙物

理,慣性核融合,高密度プラズマにおける状態方程式研

究は,お互いに密接に絡み合っている.今後は,こうし

た複数の分野からの研究者がお互いの興味を背景にし

て,共通する部分のうちそれぞれが得意とするところを

担当しながら数年ごとに重点テーマ設定を行い,複合的

に進める新しい研究手法が望まれる.

                  (田中和夫)

        参考文献[1]M.Yoshida8砲乙,Appl.Phys.Lett73,1(1998).

[2]M.Kloenig6如ム,Phys.Rev.Lett74,2260(1995).

[3]R.M.Stevensonε如乙,Opt.Lett l9,363(1994)

[4]T-4Handbook of Material Properties Data Bases,

  LA-10/60-MS,UG34,Los Alamos National Labora-

  tory,Nov.1984伽n1)zめ1露h60ひ.

[5] L DaSilva4ごz乙,Phys.Rev.Lett78,483(1997).

[6]T.R Dittrich6如ム,Phys.Plasmas6,2164(1999卸

[7] R.Caubleε渉α1.,Phys.Rev.Lett.70,2102(1993〉.

[8]π忽hyセlo6め加卿!P伽o〃観¢editedbyR  Kinslow(Academic Press,New York,1970).

[9]M.Yoshida,ρ吻膨60解解耀乞6読o%.

[10]K.A.Tanaka6砲乙,3励吻漉4!o Phys.Plasmas.

[11]一丸節夫1物理学会誌53,2,93(1998〉およびそこに

  上げられている参考文献.;S.Ichimaruε!認,Phy.

  Plasmas62649(1999).

4.3.5 オパシティ・

 一般にレーザーを固体に照射すると,まず表面に生成

されたプラズマが膨張し,レーザー光は臨界密度下流側

近傍で吸収される.吸収エネルギーは熱電子へと変換さ

れ,これが輸送媒体となって上流の高密度領域を加熱す

る.しかし,物質が金のような高Z物質でできている

場合は様子が異なり,熱電子に代わって輻射がエネル

ギー輸送の主役となる.高Zプラズマは電子数が多く,

輻射をともなう遷移数も膨大であるため,吸収された

レーザーエネルギーの大半は流体運動ではなく輻射に変

換される.この領域は光学的に薄いので,上流下流両側

にX線を放射する(輻射変換領域).しかし,臨界密度

領域からアブレーション領域までの高密度領域は光学的

に厚く,極めて限られた領域内で下流側のX線を吸収

し,温度上昇して輻射放出を行う.一番深いところにあ

る輻射熱波の伝播フロントは急峻化し,アブレーション

フロントと一体となって伝播する.こうしてアブレーシ

ョンを伴った放射熱波(Radiation Heat Wave)が形成さ

れる[1].その結果,レーザー照射側では変換領域およ

101

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プラズマ・核融合学会誌 第75巻増刊「高エネルギー密度プラズマ研究とその応用」

び再放射領域からのX線が同時に観測される.一般に,

物質内部における光の透過の度合いをオパシティ (不透

明度)と呼ぶ.媒質のオパシティが高いと,光学的に厚

い状態となり,X線などの輻射への変換効率や再輻射

率(Albedo:アルベド)が大きく,金のような高Zプ

ラズマでは両効率とも80%を超えることもある[2,3].

 レーザープラズマに限らず,宇宙を含めた我々の世界

を構成する物質の中では輻射圧力や輻射エネルギー輸送

が流体運動の駆動力となることがある.これは輻射が電

子を介して物質を加熱・冷却し,その結果生じた圧力変

動が流体運動に影響を与えるためである.周波数レの輻

射に対する輸送方程式の一般形は,

1 ∂一  1レ+Ω・▽∫レ=ゴ.一κノノソーS.

6甜(1)

で表される[4].ここで6は光速,Ωは輻射の伝搬方向

の単位ベクトル,ブ.は放射強度,ガ.は誘導放出による

低減分の補正を加えた吸収係数14],S.はコンプトン散

乱などの光散乱成分を表す.輻射過程には制動放射(自

由一自由遷移),輻射再結合(自由一束縛遷移),輻射脱

励起(束縛一束縛遷移)の3つの過程がある.吸収過程

はすべてこの逆過程をたどる[4].

 ある温度,密度のプラズマに対し,様々な電離状態の

イオンが存在する.各イオンには主量子数πや軌道角

運動量1などに応じ細かく分岐した多数のエネルギー準

位が存在し,衝突や輻射過程を通じて,電子はある平衡

状態へと向かう.この領域からの輻射は三次元方向に伝

搬し,隣接する流体の運動やエネルギー状態に影響を与

える.このような流体運動と輻射過程が密接に結びつい

た問題を輻射流体力学では取り扱う.具体的な解法は以

下のような手順を踏む:まず代表的な温度,密度を仮定

して電子のエネルギー状態を決定し,原子モデルのデー

タ(エネルギー準位,振動子強度,衝突励起断面積など)

からブ.やノ.を求める.この結果をもとにレート方程式

を解き,電離度や励起レベルの分布(ポピュレーション)

などが求められ,(1)式を用い繰り返し計算を経て輻

射スペクトル強度1.が得られる.一般に,プラズマの

流速に比べ光の伝搬速度は十分早いので,この段階では

(1)式の左辺第1項の寄与は無視される.得られた輻射

スペクトル強度1.を流体方程式の熱源項として投入し,

流体を記述する温度,密度,流速などのパラメータが決

定する.一連の計算を自己矛盾がなくなるまで繰り返し

計算し,最終のプラズマパラメータが求められる.この

ような計算においては物質の放射と吸収を記述する物理

4

2

       X一『ay

   傷コ( 一□   laser\sample(Be)spect「omete「    heat and backlight source(Au》time(ns)

100  150200 100  150200   100

photon energy(eV)

150200

Fig.4.3-9 オパシティ計測の原理とBeを測定対象とした,

    時間分解吸収分光像[14].一般に,才パシティ計    測をするには光源自体と,サンプルの自発光と,    見かけの透過光(自発光が透過光成分に重畳して    いる)の3つのスペクトルを同時に別々に測定す    る必要があるが,この方式では自発光は少ないと    して簡素化されている.また,プラズマの加熱源    とオパシティ観測用の光源も兼用されている.加    熱源の位置により,プラズマの加熱の様子が変わ    り,イオン化に伴う吸収スペクトルの変化がよく    出ている.

量を正確に求める必要があり,様々な原子モデルが提案

され,流体コードヘの組み込みがなされている.一般的

な解法として遮蔽水素近似・平均イオンモデル[5]があ

る.これ以外に数千本のラインを取り扱ったモデルや

[6],計算機能力を最大限に活用したUTA(Unresolved

Transition Array)[7],STA(Super Transition Array)

[8]などのモデル,さらには多重励起,多電子系の何千

万本ものラインを取り扱うような複雑な原子モデル[9]

によるものまでが開発されている.このような複雑なア

プローチがなされる一方で,解析モデルにより輻射熱輸

送を記述する試みもなされている[10].これは熱伝導係

数や輻射の平均自由行程の温度・密度スケール則[11]を

アブレーションを伴った流体運動を記述する自己相似解

と結合したもので,金薄膜中の輻射熱輸送[12]やキャビ

ティ内X線閉じ込め[3],円筒内輻射再分布[13]などの

実験結果がよく説明されている.

 各種原子コードは放射や吸収スペクトルの計測(オパ

シティ計測)結果と比較され,そのモデルの妥当性検証

と精度改善が図られている.ある物質中の主な輻射に関

する平均的なオパシティは輻射熱波の伝搬や再放射を観

測することによって測定できる.しかし,オパシティは

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第4章 高エネルギー密度プラズマの応用

物質に応じた複雑なスペクトル構造をもち,温度,密度

の関数でもあるため,精密なオパシティ評価には物質を

一定の温度・密度の環境下に置き,既知の連続X線を

照射して透過率スペクトルを測定するのが一般的な手法

である.試料の加熱にはレーザープラズマX線が用い

られる.Fig.4.3-9にオパシティ測定原理とBeを測定対

象とした例を示す[!4].一般に,試料の自発光成分を別

途計測し,除去することが必要であるが,この例では低

Z物質であるので,自発光寄与は少ないものとして省略

されている.試料が加熱されるに従い,イオン化が進み,

K吸収端が高エネルギー側にシフトしているのがよくわ

かる.このような計測では温度・密度勾配のない一様な

プラズマ条件を作るため,細心の注意が必要とされる.

高強度レーザーを用いた同様なオパシティ計測が様々な

物質に対してなされ(例えばC[15],Na[16],Al[17],

C1[18],Ar[19],Fe[20],Ge[21],Au[!2]など),

原子モデル計算のチェックに活用されているが,原子

コードの妥当性を検討し,この改良を進めていくには小

さな研究組織単位ではその進展に限界がある。理論と実

験がうまく結合した組織的な研究体勢が不可欠であり,

オパシティコードを高精度化するための世界的プロジェ

クトやワークショップが定期的に開催されているE22].

残念ながら,我が国での高エネルギー密度プラズマを対

象としたオパシティのデータベース化の取り組みは希薄

である.

                  (西村博明)

        参考文献[1]RSigel6!o乙,Phy&Rev.A38,5779(1988).

[2]H.Nishimura8如乙,Phy&Rev.A43β073(1991).

[3]H.Nishimuraε勧ム,Phys.Rev。A44,8323(1991).

[4]Y&B.Zer(10vich an(i Yu.P.Raizer,Ph』ys乞cs oゾ’Shocゐ

  肋泥s伽4π㎏h-丁召〃ψ召紹!%76夏y470ゐ刀o彫歪o Ph6一

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[5]G.C.Pomraning,ThεEg襯あo%6ゾノ~04ズ砒o%丑y♂

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[6]例えばR.C.Manchiniε地1.,Rev.Sci.Instrum63,

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[7]J.Bauche6地乙,Phys.Rev.A20,2424(1979).

[8]A.Bar-Shalom6地乙,Phys。Rev.A40,3138(1989).

[9]C.A.Iglesias and F。J.Rogers,Asrophys.J.464,943

  (1996).

[10] RゆPakula and R Sigel,Phys.Fluids28,232(1985);

  R.Pakula an(i R.Sigel,Phys.Flui(is29,1340(E)

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[11]GD.Tsakiris an(i K.Eidmann,J.Quant Spectrosc.

  Ra(iiat.Tranfer38,353(1987).

[12]R.Sigel8オσ乙,Phys.Rev.Lett6義 587 (1990);R。

  Sigelε如乙,Phys.Rev.A45,3987(1992第

[13]C.St6ckl an(i GD.Tsakiris,Phy&Rev.Lett70,943

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[14]W.Schwanda and Kl.Eidmann,Phys.Rev.Lett69,

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[15]K.Ei(imannε!α乙,Phys Rev。E52,6703(1995).

[16]P。T.Springer誘α乙,Phys.Rev,Lett7α943(1993).

[17]TS.Perryα{z乙,Phy$Rev.Letし67,3784(1991).

[18]A.Hauerε彪乙,Phys.Rev.A34,411(1986).

[19]RC.Manciniασ乙,」.Qunati.Spectrosc.Radiat

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[20]LB.Da Silva6渉α乙,Phys.Rev.Lett.69,438(1992).

[21]」.M.Fosterε地ム,Phys.Rev.Lett67,3255(1991).

[22]A.Ricker七J.Quant.Spectrosc。Radiat Transfer54,

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